2007年11月06日

◆庇で母屋を取る

                  渡部亮次郎

福田首相のやる事は危なくて見ていられない。危うく庇(ひさし)を貸して母屋を取られるところだった。小沢に持ちかけた民主党との連立の事だ。

庇とは軒に差し出した雨、日光よけの小屋根のこと。戸建ての家にはあるが、マンションには囲炉裏、掘炬燵と同じく存在しない。面倒をみてやった者から、逆に被害を蒙ることのたとえ(岩波ことわざ辞典)。

小沢にしてみれば、いくら参院で多数を制していても自分たちの政策は一つとして成立しない。衆院を自公に抑えられているからである。

そこへ「渡りに舟」とばかりに福田首相から「政策協議」と言う名の連立話が来た。福田首相にして見れば、参院を占拠されている現状では政府与党の提出法案は1本も成立していない以上、苦しみぬいた挙句、苦肉の策である。

当に「しめこのうさぎ」。小沢は自衛隊の海外派遣では国連云々で「鬼の首」をとった事もあり、弾む思いで党本部に帰った。「やったぜ!」。

政策協議を続ければ、参院多数をテコに民主党の主張の数々を政府与党に呑ませることができ、さすが民主党と国民をさらに寄せ付ける事ができる。説明なんかしなくたって明々白白の「事実」では無いか。

ところが、民主党幹部の誰一人、これを理解できる者はいなかった。何もしなくても次の総選挙では完全に勝利できると思い込んでいる。早く衆院を解散に持ち込むためにも自民党を助けるような事はすべきでない、の一点張り。分かっちゃいない。

民意はいまや反小泉にある。それが跳ね返って反安倍になっただけ。国民は今や、田中角栄のバラマキ政策に期待し「大きな政府」を渇望しているのだ。特に地方はそうである。それが地方で自民が負けた原因である。民主党の勝利とは言えない。小沢はそう読んだ。

ところが誰もこう考える奴はいない。批判一色。党首失格?「もうやってられないよ」。辞意表明は当然の帰結であった。

民主党は慰留するだろうが、小沢は辞意を翻す事はあるまい。男が廃る。小人数を纏めて政府に生殺与奪を迫れる新党結成に邁進するだろう。

庇(ひさし)を貸して母屋を取られる、と言うことわざがあるところを見れば、こういう事は事実として昔から随分存在したのだろう。
福田さん、危ないところだったね。 文中敬称略。2007・11・05
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