2007年11月18日

◆「わが祖国」を聴きながら

           渡部亮次郎(メルマガ頂門の一針・主宰)

高く済んだ秋空の下(もと)、ひさしぶり、MDでスメタナの「わが祖国」
を聴きながら、落葉で金色に輝く公園の道を散歩した。いつもは「ラジ
オ深夜便」の録音を再生したのにつづいて聴くのはモーツアルトかベー
トーヴェンなのに。

なにか壮大で厳粛な気分に浸ることができるからである。とても演歌や
フォークソングではこうは行かない。祖国、国土、独立、さらに故郷の
風物への愛を強烈に感じる。

連作交響詩『わが祖国』 (わがそこく、Ma Vlast) は、ベドルジハ・ス
メタナの代表的な作品で、1874年から1879年にかけて作曲された6つの交
響詩から成る。スメタナは聾唖者になっていた。

全6作の初演は、1882年11月5日、プラハ国民劇場横のジョフィーン島にあ
る会場で行われた。この曲は、近来、毎年行なわれるプラハの春音楽祭
のオープニング曲として演奏されることが恒例になっている。

 1 ヴィシェフラド  2 ヴルタヴァ  3 シャールカ  4 ボヘミアの牧
場と森から  5 ターボル  6 ブラニークの6曲から成るから、通しで聴
けば1時間20分ぐらいかかる。

音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、ある貴族の家の音楽教師
の座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リストからの資金援助を
受け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)となるが、作曲活動を続け、こ
の出来事の後に書かれた代表的な作品が『わが祖国』である。

1 ヴィシェフラド

『高い城』とも訳される。かつてボヘミア国王の住んでいた、プラハの
大きな城が描かれた作品。1874年に作曲された。吟遊詩人が古代王国の
栄枯盛衰を歌う、という内容である。

この作品の冒頭に現れ、全曲を通じて繰り返し用いられる旋律の最初の
部分には、スメタナの名前の頭文字B.S.(=B♭−E♭)が音として刻ま
れている。

2 ヴルタヴァ 『モルダウ』の名で知られる。一連の交響詩群の中で最
も知られた作品であり、単独で演奏されたり、録音されることも多い。
ヴルタヴァ川(モルダウ川)の、源流近くからプラハへと流れ込むまで
の様子が描かれている。1874年に作曲された。 スメタナの故郷を思う気
持ちが現れている。

3 シャールカ 1875年に作曲された。シャールカとはチェコの伝説に
登場する勇女の名である。恋人に裏切られたことによって男への復讐を
決意した、という。そのシャールカが男の兵士達を策略にはめて皆殺し
にする、という(男性にとっては首筋が寒くなる)内容である。

4 ボヘミアの牧場と森から 1875年に作曲された。ボヘミアの美しい
風景を音楽としたもの。途中、ドイツ風の歌やボヘミア風の歌といった
民族的な旋律も現れる。

5 ターボル 1879年に作曲された。ターボルとはボヘミア南部の町の
名である。フス派の人々の拠点であった。フス派の戦士の不屈の戦いを
描いている。彼らの間で歌われたコラール『汝ら神の戦士たち』が用い
られているが、これは『ブラニーク』でも引き続き用いられる。

6 ブラニーク 1879年に作曲された。ブラニークとはボヘミア中部の
山地の名である。その山々の深い森の中にて1000年前のチェコ民族の守
護聖人と勇士達が眠っており、チェコ民族が存続の危機に瀕した時に彼
らがよみがえって救いの手を差し伸べる、という伝説がある。

曲は、邪悪に覆われた祖国をその勇士達が勝利を収めて解放する、とい
う内容である。

ビール(チェコ・ビール)の醸造技師の息子として、ボヘミア北部のリ
トミシュル(Leitomischl)に生まれた。若い頃にピアノとヴァイオリン
を学び、家族の参加していた趣味的な弦楽四重奏団で演奏していた。

父親の反対にも拘らず、音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、
ある貴族の音楽教師の座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リス
トからの資金援助を受け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)になっても作曲をつづけた。の
ち1884年に正気を失い、プラハの精神病院へ収容され、この地で生涯を
終えた。ヴィシェフラトの有名人墓地に葬られている。

スメタナは、明確にチェコの個性の現れた音楽を書いた最初の作曲家で
あるといわれる。そのため、チェコ国民楽派 の開祖とされる。

彼の歌劇の多くは、チェコの題材に基いており、中でも『売られた花嫁』
は喜劇として最もよく知られている。彼は、チェコの民俗舞踊のリズム
を多用している。

また、彼の旋律は民謡を彷彿とさせる。同じ様にチェコの題材をその作
品中に用いた作曲家として知られる アントニン・ドヴォルザークに大き
な影響を与えた。

「わが祖国」の初演から100年に当たる1982年に、記念演奏会が東京で開
催された。(演奏は、ヴァーツラフ・ノイマンの指揮によるチェコ・フィ
ルハーモニー管弦楽団)同公演はライブ録音され、翌年レコードとして
発売された。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2007・11・14


◆「頂門の一針」第1000号記念号(渡部亮次郎氏 主宰)
               平成19(2007)年11月18日(日)

<記念号・目次>


   ・国連崇拝だめ「西側同盟」だ:泉 幸男

  ・福田アンシャンレジーム:山堂コラム191

  ・ひょうひょうのDNA:岩見隆夫

  ・「わが祖国」を聴きながら:渡部亮次郎

  ・武州多摩郡調布上石原:平井修一

            話 の 福 袋
            反     響
            身 辺 雑 記


第1000号   発行周期 不定期(原則日曜日発行)
      購読(無料)申し込み御希望の方は
      下記のホームページで手続きして下さい。

     http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック