2007年11月25日

◆北京の「ちょろぎ」

                   渡部亮次郎

秋田の田舎もの。「ちょろぎ」を知らなかった。1972年の国交正常化のと
き、粥の添え物として提供されて初めて見た。連日の脂っこい中国料理
に辟易、つい、こうなりゃ「かゆ」が食べたいなと壁に向かって呟いた
ら、翌朝、粥が出た。

壁に耳あり、障子に目あり。盗聴器もあるのだ。共産国には新聞記者や
カメラマンの中に暗殺者が紛れ込んでいるはず、というのが常識だと言
うから、国交の無い国からの連中は監視、盗聴は当然なのだろう。

未だに国交が無い上に無辜の民を拉致して行く国がある。政治家に同行
して記者団が訪問。日本への送稿電話の盗聴を予想して隣の部屋をガラ
リと開けたら、数人が耳にレシーバーを当てて盗聴中。「あなたが聴い
ている声の主は私だよ」と言う意味で自分の胸を指で指したら、目を白
黒させていたそうだ。

北京では石家荘出身というおばさん通訳がついたが、珍しくひらがなを
書けた。つい、日本人じゃないかと疑ったりした。ある日ホテルの中の
会議室みたいな部屋を間違って開けたら通訳たちが我々の動向を上司に
報告しているところであった。

中国語がきっぱり分かるわけではなかったが、周恩来総理が我々の動向
をあまりにもよく知っている事を知って、そう勘繰った次第。その上の
粥事件である。

粥の添え物として巻貝を真っ赤に染めたような漬物が出たのである。私
が「ちょろぎ」と対面したのはそれが初めて。他の連中は「なんだこの
田舎もん、ちょろぎを知らないとは、あきれたな」と思っただろう。

シソや梅酢に漬けて赤く色をつけ,黒豆に混ぜて正月料理としたり祝儀
用に使うとあるのだが、秋田の農村では普及していなかったのだ。

チョロギ
Chinese artichoke‖Japanese artichoke‖Stachys sieboldii Miq.

シソ科の多年草。地下に出来る塊茎を食用にする。中国の原産で水湿地
を好み,日本には元禄年間(1688‐1704)に入ったらしく《農業全書》に
最初の記載がある。和名は朝鮮を経て入ってきたため,朝鮮語のジロイ(
ミミズ)の転訛といわれている。

19世紀になってヨーロッパに,20世紀になってアメリカに入ったといわ
れる。

他の調理法としては、天ぷら、吸い物の具などが挙げられる。中国から
ヨーロッパにも伝わり、フランスでも食用とされる。フランスではクリ
ーム煮やサラダとして食べることがある。

フランスでjaponaise(ジャポネーゼ、日本風)と名前に付く料理には、
なぜか必ず付け合せにチョロギを盛り付ける。稀に、ちょろぎは魚との
食いあわせが悪いと言われることがある(ウィキペディア)。

草丈は30〜60cm程度で,茎は直立し断面は四角い。葉は対生で長円形で
厚く,周縁には鋸歯があり,茎葉には毛がある。花は淡紫色で茎の頂端
部に穂状につき,7〜9月に咲く。

夏から秋に地下茎が伸び,その先端に径約1.5cmで長さ約3cmの白色で駐
質の細長い塊茎をつける。塊茎には数個の輪状のくびれがあり,デンプ
ンを含まないがスタキオース stachyose を含有する。

塊茎を食用にするが,シソや梅酢に漬けて赤く色をつけ,黒豆に混ぜて
正月料理としたり祝儀用に使う。中国では風邪や咳止めにも利用される。
(世界大百科事典(C)株式会社日立システムアンドサービス)

また広辞苑によると「ちょろぎ」は草石蚕とあり「しほらしき物づくし
ちょろぎ貝割菜」(芭蕉文集)とある。

北京から還ってから1度、どこかで食べたような気がするが草丈は30〜
60cmと言う実物はいまだ見たことが無い。北京で初めて出合った「ちょ
ろぎ」。今年は日中国交正常化35周年だ。2007・11・20



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