2007年12月23日

◆所得倍増政策の頃

                    渡部亮次郎

産経ソウルの久保田るり子記者は「経済大統領」をアピールした李明博氏は、20代から30代の若者層の支持を集めた。特に20代の保守化現象は今回選挙の特徴だった、という。2007.12.19 22:46。

韓国青年たちの「政治理念よりも就職を」という主張を耳にするたびに思い出す事は、安保改訂反対で一時は自民党岸内閣を倒した大学、高校生たちが次に登場した池田勇人首相の「所得倍増論」でシュンとなった日本の1960年代である。

あれから50年近く経って韓国で学生たちは「88万ウォン世代」と呼ばれている。88万ウォン(約10万円)とは大卒にも拘らず非正規職にしか就けない大卒の平均給与額だ。

盧武鉉政権の経済運営の失敗は若年失業者を増加させ、大卒就職率は48%まで低下、若者層は革新政権に見切りを付けたのだ。「李明博氏圧勝の背景には88万ウォン世代の逆襲」があったのだ」との久保田記者の指摘には説得力があった。

10年前、金大中氏が大統領に当選したのは、朴正煕大統領以来の政治的締め付けに反発する若者の心が、共産主義体制への恐怖心を超越しても民主化に憧れる20代の心を捉えた。

ところが「韓国の20代はこれまで歴史的には過激で政治的だった。革命を求めて連帯してきた。ところがいまは脱政治で保守的で父母にも従順だ。

昔はアルバイトで生活できたが、いまは学費もデートも結婚も、父母に頼らないと生活できなくなったからだ」と禹●(=析の下に日)熏氏はいう。

韓国の非正規職従事者は約800万人、20代で公務員を含む希望の就職先に就けるのは約6%に過ぎないとの調査もある。

韓国経済は10年前の金融危機(IMF管理下)で構造調整を余儀なくされ、盧武鉉政権の大企業優先と公権力拡大の政策は企業の雇用創出能力を激減させた。その結果、経済成長率は約5%だが、大卒は就職難という構造的問題に直面しているのだ。

これについて半島問題に詳しい西岡力氏(東京基督教大学教授)は産経新聞(2007・12・21)の寄稿の中で「(青年の)保守化の流れを作り出した要員は第一に慮政権の無能力と失政だ」と断定している。

この政権が重用した人材は専門知識と実務経験の不足な左翼革命運動家出身だった。ために政策(の誤りから来る)朝令暮改、不正・腐敗蔓延などが繰り返されたという。

思い起こせばわが国の1960年、今考えてみれば岸信介首相の日米安保条約改訂は、歴史の流れに沿った真っ当な流れだった。それにも拘わらず、当時の日本社会党や日本共産党や総評は、安保破棄乃至廃棄に結びつけた大衆運動に繋げようとしてマスコミや学生を操った。

金大中や慮もまた膝を屈してでも北朝鮮と歩みを共にしようとして20代の青年を民族運動の観点から煽った。狙いは当初は当った。しかし戦略的には友好国日本や米国を仮想的視した結果、外資の投資が枯渇し経済が疲弊し、若者の就職先がなくなった。

投票年齢19〜39歳までの若年層の全投票者に占める割合は43・9%。この層が「就職問題を解決する」「経済を生き返らせる」と公約して、経済人としての実績のある李明博氏を支持したのは当然だ。

40代(22・5%)も李明博氏への支持が強かった。40代は盧武鉉政権誕生の原動力となった386世代(当時30代、80年代に民主化運動に参加、60年代生まれ)だ。5年前に進歩政権を選んだ、当時の盧武鉉支持層がそのまま李明博氏支持に回ったことになる。

世代論に詳しい高麗大の李名鎮副教授(41)は「若年層の保守化は同時に新しいものへの志向でもある。李明博氏のような政治家は、韓国の既存の政治家にはいなかった。

盧政権の選択は反エリートだったが、李明博氏は過去の政治へのアンチテーゼで、経済回復と発展への選択ともいえる」と分析している。

安保闘争のときの1960年6月も高度経済成長など想像もできない貧しい時代だった。政治のスローガンに「経済成長」を掲げる首相はどこにもいなかった。

しかし倒れた岸の後に登場した池田が「所得」を話題にするや否や国民、若者もまた雪崩を打つように「倍増」に群がったのだった。

それを考えれば韓国は怒るかも知れないが、これから「理念」よりも「実利」「所得」の歩みを始めるのではなかろうか。いうなれば韓国は「金大中」に漸く別れを告げたのである。文中敬称略。2007・12・21
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