2008年01月10日

◆大阪知事選を左右する超大物!?


                      毛馬 一三

大阪知事選は、今日10日告示され、33年ぶりの与野党3党による激戦が火蓋を切った。ところがこの選挙での有権者の関心は、選挙戦の行方であることは当然ながらも、告示直前表舞台に突如姿を現した“ある大物”に視線が注がれている。

ある“大物”とは、小説家堺屋太一氏のことである。知らない人は少ない筈だ。その堺屋太一氏が、橋下徹候補(38)<自民推薦・公明支持>を支援する「橋下氏を知事にする勝手連」を結成して運動を始めたのだから、大阪はビックリ。

知事選には、熊谷貞俊候補(63)<民主推薦>と梅田章二候補(57)<共産推薦>、それに橋下候補が事実上争うが、知名度の面からみると橋下候補が、2候補より群を抜いているのは、誰しもが認めるところだ。

そこに輪をかけて知名度の高い堺屋氏が、橋下氏の応援に回ったことで他候補陣営にとり俄に大きな脅威のなったことは事実。ならばマニフェストの内容で勝負し、戦いに打ち勝つしかないと、2陣営は新たな戦術に切り替える動き開始し出した。

ところで、堺屋氏と橋下氏が懇意になったのは、<某弁護士を通しての昨年11月初めのことで、そこから知事選に至る人間関係が出来た」という。当の堺屋氏は、「橋下氏の弁護士活動には、改革に欠かせない『迅速さ』がある。大阪の情報発信源になれる人でもある」と評価して、橋下氏を応援する決意を固めた>という(産経新聞)。

ご承知のように堺屋氏は、大阪市生まれ。通産省時代に大阪万博開催を提案、1970年の同大阪万博で成功を収める。退官後も、イベント・プロデューサーとして数々の博覧会を手掛けている(出典 ウィキペディア)。
いわば都市の経済基盤の確立と景気高揚を図る第一人者である。その堺屋氏が、自ら橋下氏を同道して自民党本部の首脳と引き合わせるなどの動きを見せるが、それはあくまで影で動く“フィクサー役”に終始していた。

しかしそうした水面下の生易しい動きだけでは済まされない事態に直面することになる。つまり関西経済連合会、関西経済同友会、大阪商工会議所など関西経済4団体が、堺屋氏の思惑とは外れた動きを見せ始めたからである。

堺屋太一氏の決断は早かった。舞台裏から演出するフィクサー役をかなぐり捨て、前記の「勝手連」を経済界中心に14名からなるメンバーで構成、表舞台に飛び出した訳だ。そして相手陣営に傾いている経済団体の切り崩し工作を着手し出したのだった。

会長自ら「橋下批判」を行い敢えて中立の立場を取ると宣言した関西経済連合界に対しては、友好関係の深い推薦政党の自民党に委ね、堺屋氏自身は、大阪商工会議所の政治団体「日本商工連盟大阪地区=小池俊二代表世話人」をまず説得、9日午後4時の会合で自らの陣営に引き入れる工作に成功した。

そして堺屋氏は、選挙事務所に各界代表で構成する「堺屋塾」のメンバーを派遣、自らは10日の告示直後の第一声を放つ市内高島屋デパート前での集会に出て、有権者に支援を呼びかけるなど、街頭活動の先頭に立った。

そんな中、熊谷陣営、梅田陣営のいずれも、告示日から連日東京本部から党首脳らが相次いで来阪、地元議員や支援者も駆けつけ、いわゆる“与野党対決”の政党色を全面に押し出した形の、激しい選挙活動を繰り広げる。

橋下陣営では、「支持」に回った公明党の府議や国会議員も同事務所に参画、自民党府議らとともに組織、票固め作戦計画立案・指示等を進める「裏方」に専念。その一方で街頭活動のすべては、知名度と人気の高い堺屋氏の「勝手連」と候補者との二人三脚の運動に委ねるいう、異例の両面戦術で臨む。

どうやら人気抜群の堺屋氏の動きが、今回の知事選挙の帰趨を決める大きな要因になってきたような気がしないでもない。投開票は27日に行われ新しい知事が誕生する。(了)
                              08.01.10
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