2008年01月12日
◆巴里だより 馬車と石畳
岩本宏紀(在仏)
ヨーロッパの観光地には馬車が多い。初めて乗ったのはベルギーのゲントだった。天気のよい日、屋根のない馬車に家族四人で乗り、古い街並みをのんびり眺めて回った。
ドイツのノイシュバンシュタイン城の馬車には、大変お世話になった。クリスマスだったのでとにかく寒かった。底冷えのする城の内部を見学して、外に出ると雪だった。
オランダ暮らしで寒さに慣れていると思っていた娘二人も、ゴムの長靴を通して伝わってくる冷たさに根をあげ、帰り道は馬車に乗せてくれと訴えた。馬車のなかが暖かかったかどうかは記憶にないが、屋根のおかげで雪はまぬがれ足の冷たさも軽減されて、ほっとしたのを憶えている。
シャルルドゴール空港からくるまで20分足らずの田園地帯に、サンリスという古い町がある。このあたりを占領していたローマ帝国が、大和朝廷よりも早い3世紀に造ったという城壁が今も残っている。
道は当然のことながら石畳。これがロマンチックとはほど遠い代物(しろもの)で、ハイヒールはもちろんスニーカーでも捻挫(ねんざ)しそうなくらいでこぼこだ。
観光客があまり来ないこの町にも馬車がある。日本の友だちと散策しているとき、後ろからパカパカという音が聞こえた。一瞬テレビかなと思った。放送劇で使われる擬音のような、典型的な馬車の音だったからだ。けれども振向くと本物の馬車だった。
両側の民家の壁と石畳との三面でこだまして、蹄(ひづめ)の音が心地よい残響を生む、ということをこの時初めて知った。
土の道でもアスファルトの道路でも、こんな乾いた響きにはならないだろう。馬車の音を聞くのはヨーロッパの古い町、それも馬車一台しか通れない路地に限る。(完)
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