2008年01月15日

◆原稿の書き方と生き方

                  渡部亮次郎

原稿と言うものを書き始めて50年以上が過ぎた。秋田県立秋田高校の文
芸誌「琢磨」、NHK19年間のニュース原稿、月刊誌「文藝春秋」政界夜話
「赤坂太郎」と書き続けた。今でも月刊『自由』と賀屋興宣氏創刊の月刊
『カレント』に書いている。

結論は「今」から書かなければいけない。回顧録でも「今」から書かな
ければ、読者はついてきてくれない、ということだ。いくら気張って書
いても、読まれなかったら書かなかったのと同じことになるからだ。

昔語りは老人の常。つい「そもそも」と昔の起こりから語るが、読む方
は、今に生きているから、「そもそも」には関心が無い。今、昔を語る
なら、今、こうなっているのは、昨日がこうだったから、と書かなけれ
ばならない。

昨日がああだったのは去年がこうだったからと溯って行ったほうが読者
を引っ張っていける。

老人は形式張ろうとしやすい。「本日ここに○○にあたり祝辞を述べる
ことが出来ますのは、本職の光栄至極の存じるところでありまして」。
私は子供ながらに噴き出したものだ。もっと心の籠もった言葉は用意し
て来なかったのかい。

私が最初に入ったのはラジオ時代のNHKだった。しかし入り方が変則だっ
たから初年兵としての研修は受けていない。初めから自己流で書いてき
た。

最初に対面したのは交通事故のニュース。新聞では見出しが立ち、本文
は何時、どこで、誰と誰が正面衝突。結果誰が死んだ。原因は何々だと
警察の話、で結ぶ。

日本で初のラジオ・ニュースを出したNHKは新聞の写しを作り、それを単
に「です」 「ます」と話し言葉にしただけ。幸い私はこういう悪文に
染まらずに済んだ(研修を受けていない)。ひとりで工夫せざるを得な
かった。

どこで交通事故があり、誰が死んだ。死んだのは誰それ、相手は誰。原
因は、で結んだり、原因が珍しければ、最初に原因を書いたりした。

何しろ新聞の文章を耳だけから聞いたのでは「どこそこの誰と誰が正面
衝突して誰が死んだ」ではみみは既に死者の住所を忘れている。

そこで耳だけですっきりわかるように5W1Hの配置さえ変えて分かる工夫
が必要なのである。

やがてテレビの時代になった。テレビのフィルムにラジオの文章を被せ
ただけでテレビニュースでござい、という事態が何年も続いた。何しろ
先輩記者がテレビ現場を独占して離さない。

そのうちに左遷されて東京から大阪へ。しばらくおとなしくしていたが、
部長の許可を得て、改革に乗り出した。火事を時間からではなく、見出
しを受けた文章の冒頭は「現場は・・・」で始めることにした。

都会の火事は交通渋滞のため、炎上している現場にカメラが間に合う事
は滅多に無い。みんな、既に消えた現場を映して「今日何時何分ごろ、
大阪何区何丁目の何さん方から出火し・・・」といったら視聴者は耳と
目が分裂し、理解できなくなる、というNHK内部の研究が出回っていたか
らである。
消えかかった火事を流しているのだから「現場はどこそこ」と言い、そ
のあとで経緯の説明をするようにした。現場の映像に「現場」の説明を
被せた方が視聴者は落ち着くはず。

やがて雑誌に原稿を依頼されるようになって事情は一変。起承転結で文
章を展開する事に成ったが、冒頭の3行を読めば結論の分かる文章に仕上
げるようにしている。すべてがそうは行かないこともあるが。

或いは「おでん」を題材に書く時は「おでん」の始まりから論ずるので
はなく、外国の「おでん事情」から入ったりする。驚かして興味を後に
引くためである。(未完)2008・01・13



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