2008年01月20日

◆空しい日本政治の評論

                 渡部亮次郎

国会のみならず日本全体、政治がつまらない。いくら論評しても姿勢を正す能力の無い連中と分かったから興味がすっかり薄れてしまった。

第一に福田康夫である。引退寸前だった彼を総理にしたのは小泉純一郎によって引退に追い込まれた野中広務である。安倍辞任を先駆けて聞きつけ、京都の奥から駆けつけ、森喜朗や青木幹雄を説得して福田の萎えていた野心を呼び戻すのに成功した。

しかし目的に前向きなものは何一つ無い。小泉への怨念だけである。また福田本人にも抱負・経綸があるわけじゃない。用意された座布団に座ってみたもののタネ一つ持たない噺家のようなもの。民心は日々離れて行くのが自明の理である。

19日の施政方針演説にしたところで高い理想はどこにも無い。世論の反発、野党の反撃を食らわない事ばかりを並べ挙げて見せただけ。これだけ下手に出られれば、世間とは、却って馬鹿にして反発するものである。支持率が上がる訳は無かろう。

他方の民主党小沢一郎。自民党を脱党してから既に15年の歳月が流れた。途中、細川内閣を成立せしめた事もあったが、概ね野党生活を続けている。弟子と言いながらやって来た事は反角栄ばかりだ。

2007年夏の参院選挙で参院第1党となり、勢いに乗って衆院でも第1党になれば晴れて政権交代を実現できるわけだから、衆院の早期解散を目的にした国会運営を展開している。少なくとも幹部たちの路線に乗った振りをしている。

これは至極当然のように思えるが、私は裏目に出ると思う。山岡国対委員長の戦術の低劣さから、政府与党に対する「反対」がすべて「妨害」と映り、戦う「勇者」ではなく、正義に抵抗する「悪者」になりかかっている。

先の参院選の結果を民主党は「民主党の勝利」と言うが、これは違う。安倍チョンボ内閣による「自民党・公明党の敗北」に過ぎない。安倍に少しの精神力と大いなる体力があれば負けなかった選挙だった。

このことを一番気に病んでいるのが小沢であり、気付いていない風を装っているのが鳩山、全く気付いていないのが菅直人。先日会って驚いたが参院議長江田五月は恐るべき現実主義者。小沢に似ている。

小沢にしてみれば、参院が本当の勝利でなかったからこそ「大連立」で自民党に「トロイの木馬」として乗り込み、庇から母屋を盗ろうとしたのに、幹部を名乗る素人、ガキども。この亀裂、何時顕在化するか。

国民が、先に支持した小泉路線。これを継続して行くには自民党にとって安陪内閣ではあまりにも弱すぎた。地方への配慮を忘れて戦後レジュームの解消ばかりを訴えると言う単純性脳膜炎が敗北しただけで、民主党の勝利では絶対、無い。

野中広務の企図した福田康夫内閣は参院をめぐる野党対策に苦慮しながらも「3分の2」の壁に守られて、しかし思い切った事は何もできないまま、のんべんだらりと任期満了まで待つだろう。

その時、自民党がすっかり国民の支持を失っている可能性のほうが大きいが、憲政の「妨害者・民主党」の印象をもたれている危険性も大いにあるのだ。

日本の政治にとって最も恐しい事は「判官贔屓」。弱いものの味方。自民党と民主党。判官贔屓を受けられる方はいずれなのか、何時なのか。嵩にかかると民主党は衆院総選挙で惨敗する。

いずれにしろ小泉改革の継続者と見た安陪晋三が隠花植物に似て智恵不足は勿論だが力の全く無い、ただの優男だった事のショック
から立ち直れないまま越年だけした。文中敬称略。2008・01・19




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