2008年02月16日

◆注射を恐れる人々

                  渡部亮次郎

月刊 糖尿病ライフ「さかえ」2008年2月号によると、糖尿病でありながら、まだインスリン療法(自己注射)をしていない患者の多くは注射開始に抵抗感や不安を持っていることが分かった。

これは医薬品製造会社「日本イーライリリー」(神戸市)が2007年11月中旬までに行ったインターネット調査でわかったものだが、逆に既に注射をしている人の3割は「もっと早く始めていればよかった」と答えている。

調査は30〜60歳代以上までの男女各50人、計400人の糖尿病患者が対象。このうちインスリン治療を受けている人は93人、受けていない人は307人。

未治療の患者に注射開始への懸念を尋ねたところ75・6%が「とても心配」「かなり心配」と答えた。主治医から勧められた場合の対応では「気にせずに始める」と答えた患者はわずか4・7%。

「他に選択肢が無いから始める」は37・2%。「メリット、デメリットをじっくり検討」「経口治療薬の増量などを主治医と相談」がいずれも24・1%と慎重派が多く、「断る」も9・9%いた。

ところが既に注射治療中の患者は、開始時期について67・7%が「適切」、29・0%が「もっと早く開始すればよかった」と答えた。これはやってみると複雑でも痛くも無い事が分かるからだろう。

インスリン治療に対する考え(複数回答)では、未治療患者では、
「注射は複雑で面倒」が51・8%でトップ。「始めると一生止められない」36・5%、「インスリン注射するようになったら末期だ」26・7%など否定的な回答が上位を占めた。

これに対し、治療患者は「将来の合併症予防に役立つ」「血糖コントロールがしやすくなる」がそれぞれ63.4%、「他の治療法より効果が高い」が52・7%だった。

気付くように、注射に関する設問に「痛い」が無い。糖尿病の注射に関する限り「痛い」はなくなっているのである。

カナダの整形外科医フレデリック・バンティング(Frederick Banting)と医学生チャールズ・ベスト(Charles Best)が研究室でインスリンの抽出に成功したのが1921年。

1922年の春が過ぎ、ベストは大量の需要にも応えられるように抽出技術を工夫したが、精製は未熟であった。

別途1921年の発表の直後、イーライリリー社から、彼らは支援の申し出を受けており、4月にこの申し出を受けた。11月にリリー社は技術の革新に成功し、非常に純粋なインスリンの生産に成功した。このインスリンは、アイレチンという名ですぐ市場に出された。

インスリンは口から服用しても胃酸で無効になるため、現在も皮下注射以外に体内に取り込む方法がない。ところが欧米では間なしに患者自身による注射が可能になったらしいが、日本では1980年まで禁止された。患者は60年間、厚生省に見放された。

それを許可したのが園田直さん(故人)である。厚生大臣としては2度目の就任(鈴木善幸内閣)。日本医師会の反対を押し切っての決断だった。

日本でも患者自身による自己注射が可能となったので医療器具メーカーは注射器の工夫、針を極細にして痛みを減ずることに社運を賭けて競争を展開。

いまや日本における注射針の細さは0・2ミリ。世界一の細さ。髪の毛ぐらいで殆ど痛みを感じないレベルとなった。インスリン治療を開始してない患者大多数はこの「極細競争」の物語を知らないから恐れるのだ。

園田さん自身、30代からの糖尿病患者だったが、武道の猛者の癖に注射の痛みを怖がってインスリンを拒否し続けた。大臣在任中は極細針は間に合わなく、1984年4月2日、人工透析の末、腎不全で死んだ。享年70

秘書官としてこの事実を確認し、奇しくも自身、患者となったが極細針の恩恵により「この分ではお袋の歳(98}まで生きられると豪語している私の「注射推奨の弁」を聞いて注射を受け入れて戴きたい。

私は園田さんが死んだ84年の夏に2型を発症した。遺伝と運動不足、暴飲がきっかけだった。その後経口薬投与で頑張ったが、眼底出血を体験。5年前からインスリン自己注射を朝夕の2回。

その結果、いま(72歳)ではかかりつけの医師から「わたなべさんは糖尿病である以外、どこも悪くない」と言われるまでになった。焼酎も楽しんでいる事、当然。すべて注射のお陰である。2008・02・13
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