2008年03月12日

◆日本にもあった碧素

                  渡部亮次郎

碧素へきそ。戦時中に使われた言葉で、後のペニシリンのことである。日本でのペニシリンの開発は、昭和18年12月ドイツから送られてきた医学雑誌中のペニシリンの記事を見た陸軍軍医学校の一軍医少佐の提案で始まった。

翌昭和19(1944)年2月1日、医、薬、農、理など各学界の専門家を集め、陸軍軍医学校で開かれた第1回ペニシリン委員会が事実上のスタートになり、その年の5月には粗製とはいえペニシリンは実際に臨床に使われ、劇的な効果を上げた。

しかし、物資の不足、空襲などで工場での大量生産には至らず、運に恵まれた少数の人達だけが、ペニシリンにより命を救われ敗戦を迎えた。

その後、研究は東北大学などで続けられ「日本初のペニシリンの製造開始は1947(昭和22)年3月11日」(東京堂出版「366日の話題事典」80P)。経緯は角田房子著「碧素・日本ペニシリン物語」昭和53年7月15日発行 新潮社に詳しい。

世界でペニシリンの作用を最初に発見したのは、1928(昭和3)年、イギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングである。しかし、生産できる量がわずかだったので、医学界からは無視された。

その12年後の1940年にイギリスの生化学者アーネスト・チェーン、同じくイギリスの病理学者ハワード・フローリーらによって再発見され、量産にも道が開けた。

ハワード・フローリー(1898〜1968)は、強力な抗生剤であるペニシリンの性状を明らかにして、1945年にノーベル生理学・医学賞を同時受賞した。また、カビからペニシリンを分離する方法を開発した。

翌41年といえば昭和16年。12月8日には大東亜戦争の始まった年だが、この年に臨床的にペニシリンの有効性が確認された。

これをうけて、アメリカではイギリスの研究者を招いて、大規模な量産を開始した。ちょうど第2次世界大戦のさなかだったため、製造された薬品は、大量に戦場へと送られていった。

ペニシリンの存在を日本国民が初めて知ったのは、昭和19(1944)年1月27日の朝日新聞の記事だった。

「敵米英最近の医学界 チャーチル (首相) 命拾い ズルホン剤を補うペニシリン」アルゼンチン(当時、中立国)ブエノスアイレス発。

風邪から肺炎を起こしたチャーチルがペニシリンで命を救われた話と、ペニシリンの紹介記事が載せられた。しかし一部の人にしか知られなかった。

敗戦(1945年8月15日)後、進駐してきた米軍からペニシリンを貰って結核から立ち直った日本人の話は耳にしたものだが、実際に日本の製薬会社が製造したのは敗戦2年後だった。

ペニシリンは始め、数種類の成分がまじった状態で抽出されたのちその中のペニシリンGという物質が薬として利用されるようになったもの。

ペニシリンGは、細菌の細胞壁の合成を阻害する。そのため細菌は成長も増殖もできず、破壊される。ブドウ球菌、肺炎球菌、連鎖球菌、淋菌、髄膜炎菌、破傷風菌、梅毒スピロヘータなどに効果がある。

これにより細菌性の心内膜炎、敗血症、ガス壊疽(えそ)、淋病、しょう紅熱など、死にいたる病が治るようになった。ペニシリンの作用は、細胞壁を持たない人間の細胞にはおよぶことはなく、一般に副作用も少ない。

ただ、稀にアレルギー反応が起き、ショック(アナフィラキシー)で死亡することもある。使用前にアレルギー反応テストをおこなうのはこのためである。アレルギー体質の人は、とくに注意を要する。

注射でしか投与されないのはペニシリンが酸に弱く、飲み薬として使用すると、胃酸でこわされてしまうためである。糖尿病用のインスリンと同じ。

ペニシリンの登場によって、それまで治療出来なかった様々な病気が治せるようになったが、まもなくペニシリンが効かないブドウ球菌が現れた。

ペニシリン耐性黄色ブドウ球菌である。この菌はペニシリナーゼという特殊な酵素を産生し、これによってペニシリンは破壊されてしまうのである。

また、エンテロコッカス(腸球菌)、呼吸器や尿管に感染を起こす多くのグラム陰性菌は、ペニシリンそのものの作用に抵抗することもわかった。そこで、細菌のペニシリンに抵抗するメカニズムを研究し、ペニシリンを改良した半合成のペニシリンが得られるようになった。

そのひとつアンピシリンは、グラム陰性菌や腸球菌をはじめ効果を及ぼす対象範囲が広いうえ、酸に強く飲み薬としても使用できる。またメチシリンは、ペニシリナーゼを産生するブドウ球菌に有効である。

しかし、新しい抗生物質が広く使われるようになると、細菌は再びそれに抵抗するようになる。メチシリンに対しても、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が現れ、大きな問題になっている。

抗生物質と耐性菌とのいたちごっこは、ペニシリンの登場以来くりかえされている。(マイクロソフト「エンカルタ大百科」2006)

女性に患者の多い腎盂炎は最新の抗生物質ならすぐ効くが健保だと効きにくい注射をされる事がある。新薬が健保用に搭載されるまで1年はかかり、菌の方が強くなるからだと厚相秘書官時代に教えられた。2008・03・10

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