2008年03月19日

◆福田が倒れぬわけ

渡部亮次郎

そのわけは民主党の日銀総裁をめぐるやたらな突っ張り作戦。国民を敵に回したのにも気付かぬその国会対策にある、と指摘するのは先輩記者の古澤襄さん(元共同通信社常務理事)。

<本来ならとっくに支持率が20%を切って危険水域に入っている筈の福田内閣が、まだ30%台の後半にある。それを支えているのは、何でも反対の民主党の下手な突っ張りだろうと思っていたが、読売新聞社の世論調査がそれを示してくれた。

日銀総裁の人事をめぐる民主党の突っ張りに国民の6割は批判的である。福田内閣の支持率はジリ貧状態にあるが、自民党の支持率は30%台で動いていない。それなのに民主党の支持率は20%を切って、一足先に危険水域に入っている。

何とも皮肉な現象である。民主党の突っ張りが相対的に福田内閣の大幅な支持率低下を防いでいることが明らかである。このところメデイアの世論調査は、福田内閣の支持率しか追っていない。ジリ貧状態にあるのは、世論調査をするまでもなく誰の目にも明らかである。

ドカ貧にならずにすんでいるのは何故か。年間で百万件を越す杜父魚ブログの記事アクセスを毎日、分析しているのだが、明らかに民主党の手法が福田内閣の支持率低下を防いでいるという傾向が出ている。>杜父魚ブログ(3月17日)

元々福田首相に総理総裁としての能力があったわけじゃない。それなのに政治的に助兵衛な蜃気楼が麻生政権を阻止するためにはどんな事でもするという引退政治家野中廣務がでっち上げたのが福田「見栄え」政権だったのである。

安倍晋三が政権を投げ出した時、最有力と見られた後継者は明らかに麻生太郎幹事長(当時)だった。改革路線を掲げ、明確に安倍路線継承を明確にしていた。

ところが知らぬ間にスネークが京都在から密かに這い出してきたのにマスコミは全く気付かなかった。引退した政治家が何かを企むなんて想像もしていない。

逸早く安倍の引退と麻生の野望を知った野中は急遽、上京。予て連絡を取っていた福田康夫の意思を再確認。まず渡仏中だった最大派閥の実力者森喜朗を電話で押さえつけた。

「ここはあんたの希望する福田クンで行きますよ。いいですな」。森に文句の言えるわけが無い。あの時、小渕首相が急に倒れた時、
野中ら「5人組」に後継総理にしてもらった恩義。さらに在任中、幹事長として野中に支えてもらった義理がある。

森がそうやって降伏した以上、清和会で野心を掻き立てていた町村がダウン。旧池田派は野中の子飼い古賀誠を通じて抑えられた。旧竹下派は元々野中の本籍地。親分津島雄二といえども野中に立ちふさがるだけの実力は無い。他派閥も福田阻止に動ける態勢にはなかった。

かくて政権構想も野心も無く、今季限りで引退を密かに決意していた男があれよあれよという間に総理総裁に躍り出た。それが福田政権なのだ。だから夢も希望も初めからあるわけではない。決断力の無いものに日銀総裁人事の絵解きなどできる筈がない。

高校で野球部だと投手ではなくキャッチャー。閣僚としては2代の官房長官をしたというが、あんなもの、佐藤栄作内閣までは大臣ポストではなかった。まともな大臣、党三役を経験していない。ただただ喧嘩しないだけのそこらの叔父さんに過ぎない。

理由は理解を超えるが、結果的に媚中、半(反)米で、ビジョンも野望も皆無。ただ親父が2年で追われた総理という椅子に出来れば4年はしがみついていたいだけの無能老人に過ぎないのである。

自民党内で元々強烈に支持した派閥は一つも無い。したがってきっかけさえあれば何時でも簡単に倒れる政権なのである。たとえば野中は今更何もいえないかも知れないが、誰かに「期待外れだったね」と一言洩らせば即倒閣に繋がる。

産経政治部の阿比留瑠比記者が、殆ど嘆いてている。総理官邸で毎日バカ殿を見ていると堪らなくなってくるのだろう。私も外務省から秘書官として先代を見ていた30年前を思い出して、遺伝を考えている。

<私にとって、この「とてつもなく高い支持率」は本当に謎に思えます。日本社会は実は得点主義のではなく減点主義の社会で、「何もしない、何もできない」ということは、意外と評価を低くすることにはつながらないのかと、ふと、そんなことを考えました。>
ご本人のブログより。文中敬称略。2008・03・19


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