2008年03月26日

◆人間本来は左側通行

渡部亮次郎

長いこと大阪・豊中に住んでいた義兄が73歳になる前日に東京の病院で肝炎のため死去したのは2007年1月22日朝。あれから1年以上が過ぎた。連れ合いだった家人の姉は仕方無しに豊中の家を処分して東京に引き揚げることにした。

姉妹弟たちがその家を見納めがてら伊豆の温泉に漬かろうと出かけるので、餓死を避けるには同行した。それが2008年3月20日のこと。持病のための散歩も3日間無しとなった。血糖値は相当上がった。

大阪では大阪城見物。城には歴史が無いのだから登らずに下で待っていると側から聞えてくるのは中国語ばかりだったのだ。やたら中国人観光客が多い。30年前に勤務した時には想像もつかない風景だった。

日本人のお上りさんで叫ぶのは関西人だけ。まさか地元では叫ばないらしく、どこに居ても叫ぶ中国人だけが、やはり老若男女、
「喚く」のである。

東京から来たお上りさんは水掛不動を見たいという。カーナビは文句なし、最短距離を指示してくれる。私は足を延ばして心斎橋筋を歩いた。30年前、ここで人間の心臓が大抵は左にあることを再確認した思い出の地である。

大阪市内で唯一クルマ通行禁止の道路。人間しか通らない筋(南北)。
何の指示も無いが途絶えることの無い老若男女の流れは必ず「左側通行」。道路交通法とは反対である。東京人は却って法律を守ろうとして人にぶつかっている。大阪は真理に従い東京は役人に従うの図。

物知りに依ると、人が左側通行をしようとするのは、心臓を外敵から守ろうとする本能によるもので、極めて自然な事。むしろ敢えて人に右側通行を迫る道路交通法はむしろ残酷というべきとのこと。大阪人が正しいのだ。

東京の公園を毎日のように散歩しているが、それでも殆どの人は円の中心を左側に置いて、時計回りと逆の「左廻り」にして心臓を内側にしている。ヘソ曲がりは当然いるが。

日本では人も車も昔から左側通行が普通だったが、クルマ社会になったころ(1960年代後半)、人を危険から避けるという名目で、人間だけ「右側通行」に改められた。これをを対面交通という。

これによって、自動車と通行人とが相互を認識しながら通行することができるので事故は少なく、自動車が普及している社会においては法制化されている。対面交通制度は、自動車数の増加に伴い、大半の国で採用されている。

これには左側通行と右側通行とがある。日本においては道路交通法第17条第4項が「車両は、道路の中央から左の部分を通行しなければならない。」(条文中の括弧書き省略)と定めていることから左側通行が採られている。

通行区分採用の沿革については、様々な説がある。日本の左側通行については、江戸時代頃から武士などが左腰に差している刀が触れ合うことを避けて、自然と左側通行になっていたという説が一般に流布しているが、イギリス陸軍に範をとったという説や最初にイギリス車を輸入したからという説もある。

また、欧州大陸諸国の右側通行については、馬車の馭者は右手で鞭を振るうので、対向する馬車に鞭を当てないために自然と右側通行になったという説や、フランス革命の際に教会の定めた左側通行に対抗して右側通行にし、その後、ナポレオンがヨーロッパ各地を占領していったことで普及した説がある。

日本では、後に普及した自動車も通行人と同じく左側通行だったが、自動車の交通量の増大に伴い交通事故の危険性が増加したことから、対面交通が採用されるに至った。

その際、自動車の通行区分を変更すると、全国的に莫大な費用がかかることから、自動車の通行区分をそのまま維持して、通行人の通行区分の方を変更したとされている。

また、これに慣らせるため又児童同士の衝突事故を防止するため、日本の小学校では廊下の右側通行を指導する事例も見受けられる。

しかしながら、鉄道駅では人が左側通行をすることを前提に設計されてきた為、一般道路で人の右側通行が採用されて以降も、人の左側通行が採用されている。

序にクルマの左側通行だが、世界的に見て国の数としては日本などの左側通行は少数で英国、日本など、右側通行採用国が欧米初め多数である。

人口比では左側通行と右側通行の比率は34:66であり、道路の総延長距離で比較すると27・5:72・5になる。

他国に自動車を輸出する自動車メーカーは、同一車種について右ハンドル車と左ハンドル車の両方を設計・製造することが一般的である。

しかし例外的に、左側通行の日本では主に消費者の嗜好から輸入車の一部が左ハンドルで販売されている。逆に、右側通行であるロシアの、特に極東地域(沿海地方やハバロフスク地方など)、モンゴル、ミャンマー、また北朝鮮などでは、日本から右ハンドルの中古車が多数輸入、使用されている。

中国大陸は、戦前・戦中までは上海などのイギリス租界や日本租界、関東州(大連)といった日本の租借地、また満州などが左側通行であったが、1949年の中華人民共和国成立後は、全土が右側通行に変更・統一されている。

台湾、パラオ、フィリピン、朝鮮半島などは、日本に統治されていた時代は日本式の左側通行であったが、日本の敗戦後は右側通行に変更している。

航空機・船舶は右側通行で統一されている。

鉄道の複線区間は各国によってバラバラであるが、自動車の通行区分に準じていることが多い。

ただし、フランスのように左側通行になっているところや、スウェーデンや韓国のように混在しているところもある。路面電車は道路を走ることから、自動車と同じになっていることが殆どである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2008・03・24
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