岩本宏紀(在仏)
英仏海峡の白い断崖 the white cliffs of Dover という名前を初めて聞いたのは30年前のこと。BBC出版の英会話テープの出だしの台詞だった。長年どんなものだろうと気になっていたが、英仏海峡へ行く機会はなく、忘れかけていた。
ある時、フランス側でもこれが見られることを知った。ゴルフ友だちがエトルタ(Etretat)というまちのゴルフ場に誘ってくれたのだ。
エトルタは巴里の西200Km。砂浜ではなく鳩の卵くらいの小石の海水浴場があり、その裏にレストラン、ホテル、民家が密集している。三角州のようなその平地の北と南が海岸段丘になっている。
急な斜面を登った北側の丘には、石造りの小さな教会があり、まちを見守っている。南側の丘がゴルフコースだ。海からの強い風に煽られて苦労するが、あるときはまちを見下ろし、あるときは英仏海峡のきらめく水面(みなも)を眺めながらのゴルフは最高だった。
以来、エトルタはお気に入りのまちになった。
ちょっと肌寒いこの春のある日、またエトルタに行ってきた。教会からさらに海の方へ歩くと足がすくんだ。断崖は50メートルはあるだろう、飛んでいるかもめの背中が見える。
ほとんど垂直の崖のふちにも柵はない。「滑落の危険あり。自分の身は自分で守りましょう。」という立て札が代わりに立っている。その先には白い断崖が、遥か彼方、靄(もや)で見えなくなるまで続いている。
第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦は、ここでも敢行されたと聞いた。
この断崖を登ってくることはあるまいと、たかをくくっていたドイツ軍の裏をかき、勇敢にも連合軍は、鉤(かぎ)のついたロープを発射し、それをつたって忍者のようにこの垂直の断崖をよじ登ったという。援護射撃はあったにせよ、ロープの兵士と上で待ち構える兵士の優劣は明らかだ。
ノルマンディー(フランス北西部)では蒼々(あおあお)した芝生に白い十字架が整然と並ぶ墓地をよく見かける。エトルタの白い断崖と墓地のイメージがいつも重なってしまう。
(完)
2008年04月13日
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