2016年06月17日

◆都知事選、蓮舫軸に展開

杉浦 正章



凋落民進に救いの女神か
 

かつて国会で「政党助成金を2500万円も貯め込んでいる」と共産党に追及された蓮舫の答弁が見事であった。何と「私が国会議員を辞めたときに国庫に返納するためにも大切に使って、無駄遣いと言われないようにしている」と答えているのだ。青山学院で幼稚園から大学まで過ごした「いいとこのお嬢さん」でなければ、言えない答弁だろう。

日本との間で貿易業を営んでいた台湾人の父・謝哲信と、「ミス・シセイドウ」だった母・斉藤桂子の長女として東京都で生まれた。民進党はいまこの蓮舫が救いの女神のように見えるに違いない。
 

だから最初に名前出して潰されてはならないと、代表・岡田克也も幹事長・枝野幸男も大事にして、一切名前を口にしない。ただ一部の利口でない評論家が分析している自公との相乗り候補について、枝野は「任期途中で辞めた2代の都知事を作った自公と相乗りするような話はない」と真っ向から否定している。


まさに民進党にとっては千載一遇のチャンスが到来したのだ。それも党の政策が良い悪いではなく、専ら蓮舫という都知事候補にうってつけの人物にひとえに依存するチャンスなのだ。このチャンスをこともあろうに宿敵自公と分け合うことなどあり得ない。だから同党保守系の長島昭久を候補にすることなど真っ先に消えたのだ。
 

要するに都知事選は後出しじゃんけんなのだ。先に名前が出た候補がつぶれて、後出しした方が本格候補になる可能性が高いのだ。加えて蓮舫を擁立する際は、共産、社民、生活との4党選挙協力を実現させるため、事前の根回しが必要だ。参院でも4党、都知事選でも4党を実現して相乗効果を狙うのだ。その場合前回宇都宮健児を擁立した共産党がどう出るかだが、今回は蓮舫に乗りそうだ。共産党幹部が朝日に「蓮舫なら勝てる」と漏らしている。あまりにいい玉だから名前が出てしまうのだ。


一方、民進党最大の支持母体・連合の神津里季生も名前を出してしまった。「アピール性がある清潔な候補が求められている。蓮舫さんはこの条件にかなう人ではないか」と言ってしまった。蓮舫自身も「名前を挙げていただいて光栄だ。ただ舛添さんがおやめになっていないし、まだ態度表明の段階ではない」「ぎりぎりまで考えて決める」「仲間の声は大事だ」などと前向き姿勢である。
 

千載一遇というのは都知事選に勝てば、これが全国に波及しうる効果をもたらすのだ。これを最小限にとどめるために、先を読んだ自公は舛添要一の辞任を21日まで遅らせ、参院選とのタイミングを辛うじて外したのだ。だから参院選は22日公示で、7月10日投票だが都知事選は7月14日告示の31日投票へとずらしたのだ。これで地方への影響は少なくなるだろうが、参院選と都知事選は事実上ダブル選挙となる。


都内の街頭演説では都知事選だか参院選だか分からないような形となるのだ。多かれ少なかれ連動してしまうのだ。したがって参院候補である蓮舫が都知事に転出しても、その蓮舫人気が蓮舫に代わる民進党の参院候補を押し上げる効果をもたらすのである。まさに相乗効果である。そして都知事候補としての蓮舫が参院選では大活躍するというのが民進党の打算であろう。
 

これに対して自公はどう出るのだろうか。小池百合子を候補にして、女の対決で盛り上げることもあり得るが、蓮舫に比べたら顔で負ける。小池の顔は永田町臭くて、蓮舫のようなはつらつさがない。化粧も蓮舫の方がうまい。したがって蓮舫には負ける。自公候補で蓮舫といい勝負が出来るのは、総務事務次官で嵐とかいうアイドルグループの櫻井翔とかいう歌手の父親・桜井俊だろう。


やはり官僚で官房副長官だった元都知事・鈴木俊一と「俊」の字が似ているが、「政治家はもういい。真面目な官僚を」という真面目な都民には受けるだろう。しかし今後生じるであろう「蓮舫効果」というか「蓮舫現象」には勝てそうもないように思える。本人も及び腰だ。
 

そこで自公候補の切り札は前大阪市長の橋下徹だが、これはいい勝負になりそうだ。大阪で「都構想」とかいう訳の分からんものを持ち出しても、人気を保ち続けただけあって、今度は「東京国構想」(冗談)でも掲げて、得意の口から出任せで演説すれば、東京人は大阪人よりインテリでだまされにくいが結構説得力があるかも知れない。


本人は出馬を否定しているが、盟友関係にある首相・安倍晋三や官房長官・菅義偉が説得すれば受けるかも知れない。しかし蓮舫には紙一重で負けそうな気がする。負けても衆院選に出る足場を築いたことになるから、橋本にとっては悪い話ではあるまい。蓮舫が出馬すればハードルが高くなり、その他候補の石原伸晃や、東国原英夫。もしやと本人が期待している片山善博、完全否定の長妻昭、そして鈴木大地などは蓮舫の敵ではない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月16日

◆3度目の「自共対決」の背景を探る

杉浦 正章



共産は庇(ひさし)を貸して母屋を取る狙い
 

参院選は戦後政治史における3度目の「自共対決」選挙の様相を帯びてきた。首相・安倍晋三の発言も共産党への警戒心をあらわにするものが増え、共産党もしんぶん赤旗などで自共対決をプレーアップしている。共産党は民主党が大失政で政権を降り、2大政党による政権交代の時代が遠のいた結果をフル活用しているかのようである。その間隙(かんげき)を突くかのように勢いづいているのだ。1人区での民共共闘を成功させて、総選挙での躍進につなげる。これが共産党の長期戦略だ。
 

舌戦のボルテージが上がっている。専ら安倍の“先制攻撃”が目立つ。それもうまい。民共統一候補について「気をつけよう甘い言葉と民進党」と言うかと思えば、「民進党には、もれなく共産党がついてくる」といった具合だ。

前者は警察の「気を付けよう。甘い言葉と暗い道」をもじり、共産党との共闘の危うさを浮き彫りにした。「もれなく付いてくる」はよくあるコマーシャルの請け売りだが、1人区での共闘の現実を浮き彫りにして、すっと頭に入る。電通のプロにでも頼んだのだろうか。なかなか素人では作れない。
 

この“挑発発言”が相当利いたのか民進党代表・岡田克也と共産党委員長・志位和夫が頭から湯気を立てて怒っている。岡田が「これが総理大臣の言葉かと思う。共産党が大嫌いだという気持ちで、度が過ぎている。まるで共産党は非合法政党だと言わんばかりで遺憾だ」のだそうだ。


与党には共産党に戦後の火焔瓶事件や白鳥事件以来の暴力革命政党のイメージがあるが、民進党には全く警戒心がないのだろうか。自民党総務会長・二階俊博ら党幹部も安倍に歩調を合わせて「民進党にとっては気の毒なことだが、共産党にすべてを握られてしまった。


共産党に右向け右、左向け左と言われたら、その方向に連立を組んでいるのだから、動いていかなくちゃいけない。共産党に日本の政治を任せていいかどうか、この分かれ目がこの参院の選挙にあるとすれば、極めて重大な選挙だ」とこれまた挑発に出ている。
 

これに対する民進党幹部の発言はどうも言い訳じみている。選対委員長・玄葉光一郎は「共産党と政権を共にするわけではない。参院選は政権選択選挙ではない」と押され気味だ。一方対照的なのは共産党。与党の「自共対決」論が嬉しくて仕方がないのか、赤旗でも連日プレーアップしている。志位も安倍発言について「このような低次元の誹謗(ひぼう)中傷をやるべきではない。まともな政策論争ができない。政府与党による野党共闘攻撃、反共攻撃は日本の平和と民主主義、国民生活に対する攻撃にほかならない。


同時に彼らがいかに野党と市民の共闘を恐れているかを示すものにほかならない」と真っ向から取り上げて批判に出ている。共産党にしてみれば久しぶりの「自共対決」を前面に出して戦えるのは、願ってもない僥倖(ぎょうこう)なのだ。自民党と“対”で扱われること自体が、党内外に存在感を誇示できるチャンスでもある。
 

確かにこのところ共産党の躍進は著しい。2013年の参議院選挙で躍進、2014年の総選挙では議席数をこれまでの8議席から21議席に増やし、2015年の統一地方選挙では、県議空白だった7つの県で議席を獲得し、同党史上初めて全国すべての都道府県議会に党議員を獲得した。


この間、自民党も党勢を挽回しており、明らかに共産党は民主党退潮の穴埋めとして党勢を拡大しているのだ。したがって、共産党があえて参院1人区で候補を降ろして民進党などと統一候補を立てる背景には、各選挙区でこれまで取れなかった“情報”を入手し、対人関係も作って総選挙の決戦に役立てようとしている意図がある。
 

共産党躍進の歴史を見ればまず最初の躍進が1970年代前半だ。自民党副総裁・川島正次郎が「70年代は自共対決の時代になる」と予言したとおり、共産党は衆参50議席を越えている。第2次躍進は自民党幹事長・加藤紘一が「自共対決の足音が聞こえる」と述べた90年代後半から2000年にかけてだ。96年総選挙で15議席から26議席へ、98年参院選は選挙区7、比例代表8の計15議席の大幅な議席増となった。


そして今回の「自共対決」だ。共産党は民進党を推すわけだから代理戦争とも言えるが、安倍発言が象徴するように自民党の照準は共産党に合わされている。勝敗の焦点は、有権者が民共統一候補を“野合”と見るかどうかだろう。


確かに自民党選対委員長・茂木敏充が指摘するように“選挙野合”の側面が目立つ。なぜなら政策の一致点は「安保法制廃棄」の一点であり、財政、経済、外交、安保で両党の主張はバラバラである。したがって、万一政権を取った場合、安保法制破棄だけは実現するが、他の重要政策では一致せず、政権は分裂の危機にさらされることになる。

この大矛盾がある限り、「野合」であることは紛れもないのだろう。共産党は明らかに共闘という庇を貸して、自分の総選挙躍進という母屋を取ろうとしているのだ。

  <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月15日

◆自民党は内規で公私混同を戒めよ

杉浦 正章



舛添「貝殻追放」は「政治家狩り」の端緒
 

舛添要一は紛れもなく死に体となった。辞職は不可避である。この追放劇を鳥瞰(ちょうかん)すれば巨大なる「村八分」というか、広義の「貝殻追放」というか、法律よりも感情優先の側面が濃厚に感じられる。法律違反ではなくても、政治家を“野垂れ死に”させる新たな手段をマスコミとりわけ週刊誌が入手したことになる。


すべては政治資金の「使途」に関して法律がザル法であることが原因となっており、多くの政治家が首をすくめているのが現状だろう。今後扇情主義のイエロージャーナリズムの「政治家狩り」 が始まる可能性があり、これをいかに食い止めるか。法改正か、政党が独自の規律を一層厳しくして使途を制限するか。それ以外に方法は考えられない。
 

筆者が初めて「せこい」という言葉を使ったのが1か月前。舛添問題は「せこい」に始まって「せこい」に終わった。東大法学部1971年卒業と言えば、厳しい受験競争がたけなわの頃入学している。 一浪はヒトナミと言われ2浪、3浪は特に珍しくなかった時代だ。その東大法学部卒が舛添にあだとなった。物事を法的側面から見ることにはたけていても、政治家としての「統治」のセンスには決定的に欠けていたからだ。東大卒に良くある平衡感覚の欠如だ。政局が分からないから、自分が政局になっていることも分からない。一般有権者とのコミニケーション能力の欠如が、方向音痴の発言を繰り返す。
 

恐らく舛添は当初から法的に問題がないから乗りきれると判断したのだろう。たしかに政治資金規正法には使途の規定がなく、不記載と虚偽記載だけが有罪となる。政党助成法に到っては4条で何と「使途を制限してはならない」とまで規定している。だから舛添はヤメケン弁護士を第3者として引っ張り出した。「法的には問題ない」 と言う結論が分かっていたからだ。


加えて政治資金規正法も、過去の判例から見て本人が「政治活動だ」といえば通りやすい。だから「美術品は日仏交流の材料」「競馬は国際関係の研究」といった、発言を繰り返したのだ。問題は法的に通用しても、庶民の感覚で通用するかどうかなのだ 。
 

会社のつけに回せるかどうかで毎日四苦八苦している一般サラリーマンが、「家族旅行」「家族の食事」のつけまで政治資金に回している舛添に怒り心頭に発することが全く分かっていなかった。家庭の主婦にしてみても、10円でも安いスーパーに買いに行き、正月の家族旅行などは夢のまた夢。世論調査で圧倒的な多数の都民が、舛添の政治資金の使途を「ノー」と答えるのは当然だ。これが「貝殻追放」なるゆえんだ。


舛添の判断能力の欠如は、繰り返すが東大法学部卒のバランス欠如のなせる業であった。言っておくが逆に東大法学部卒で平衡感覚のある政治家は、首相になる素質があり、過去にも佐藤栄作などいくらでも例がある。今回のケースはカネで雇われたヤメケンですら「法律違反ではないが、不適切な支出」と指摘せざるを得なかった。舛添は法的には通用する言い訳が、だれからも蔑視されることに思いが到らなかったのだ。
 

問題は冒頭指摘したように、この「舛添ケース」が、政治資金をめぐるマスコミの摘発のハードルを極単に下げる第一歩となったことだ。週刊誌はいとも簡単に政治家を倒す手段を入手したことになり、こんご気にくわない政治家がいれば、「政治資金の使途」で追い詰めて辞任させることができるようになった。イエロージャーナリズムが日本で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しかねない情勢でもある。


しかし共産党を除いて、各政党は法改正には及び腰であることは確かだ。2013年の場合、自民党本部の収入の64.6%、民主党は82.5%が政党助成金であり、議員に分配されるほか、選挙費用、広報宣伝費などに使われる。民進党は民主党時代から助成金を貯め込んで選挙費用に回しているのが有名だ。
 

今回の場合は「公私混同」が問題なのであり、これは政治資金規正法と政党助成法が使途に関してはザル法であることが原因となっている。本来なら、法改正を推進すべきだろうが、ザル法を完全に抜け道がない方向で改正するには、まだこれから超大物議員らに対するマスコミの追及を経なければ難しいだろう。当面緊急措置として出来ることは、各議員への政党交付金支給にあたって、党の内規で一層厳しく制限をして、各議員に公私混同を戒めるしかあるまい。


とりわけ与党は早期にこれを実施しなければ、参院選で舛添絡みの集中攻撃を受けかねない。何事も先手を打つ事が重要だ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>(政治評論家)

2016年06月14日

◆安保法破棄では「侵入」に対処できぬ

杉浦 正章



野党「改憲論」でも空振り


「気を付けよう、甘い言葉と民進党」と首相・安倍晋三が、挑発すれば、民進党代表・岡田克也はかっとなって「まるで非合法政党だ。遺憾である」と反撃。水銀柱の上昇と正比例するかのように選挙選がヒートアップしてきた。自公は専らアベノミクスと安全保障に的を絞り、野党はこれに応じては状況不利と「憲法改悪」を攻撃の足がかりにする。


しかし改憲は自公に具体的な動きがなく、民進・共産の主張も「参院で与党に3分の2取らせたら改憲」と前提条件が付き、机上の空論の空振りになりがちだ。逆に与党は今そこにある安保の危機と、アベノミクスの実績という現実論で勝負しようとしている。


机上の空論対現実論の戦いであり、論戦は7対3で与党に有利に展開と見る。一方舛添問題は、自公が都議会で辞任に直結する不信任案を出しかねない辞任必至の状況にいたり、参院選での論点には、なりにくい情勢だ。
 

奇妙なことに共産党と社民党、朝日新聞の三者の見方が安倍の選挙姿勢批判で一致している。共産党委員長・志位和夫は「安倍首相は選挙戦をアベノミクス一本で戦い、選挙が終わると憲法を破壊する政治を繰り返した。これを2度行った。私たちは3度目は通用しないとはっきり言いたい」と指摘した。3年前の参院選後に秘密保護法を強行、1年半前の衆院選後に安保法制を実現させ、今度は改憲だと訴える。


朝日も「選挙が終わると、世論に左右されることなく持論の政策にアクセルを踏む。逆に、選挙が近づくと新たな経済政策を前面に打ち出す。首相は、こうした安倍政治の『二つの顔』を第2次政権の発足から繰り返し使い分けてきた」と批判。


社民党幹事長の又市征治もNHKで朝日の請け売り発言をしていた。期せずしてか図りに図ってか左翼政党と左傾化言論機関が一致した。岡田も「安倍首相のねらいは憲法改正だ」と指摘したうえで、「アベノミクスによる争点隠しは認められない」と、何が何でも「安倍イコール改憲」に結びつけたい姿勢だ。しかし、安倍が2年あまりの残る任期で、国会の憲法調査会が具体化への議論も全く進めていない改憲を一挙に推進できるかと言えば、まさに机上の空論であり、無理なのだ。
 

この「アベノミクスが改憲の争点隠し」という主張は、いみじくも経済論争では民進党不利という姿勢が滲み出ている。「争点隠し」というのは、アベノミクスの効果を認めていなければ出ない言葉だ。


野党はアベノミクスに対しては、大企業も中小企業も収益が過去最高、有効求人倍率は全国で1を超えるという新記録、3年半で21兆円の税収増という数字に対抗する有効手段が見当たらないからだ。民主党選挙対策委員長・玄葉光一郎は「民主党時代のGDPの高さ」を指摘するが、デフレ要因がGDPの大半を占めていたのだから主張に無理がある。国民はGDPより就職の機会であり、景気の上昇だ。やがて実質賃金にも反映してくるから、希望を持てるのである。どの政党も自分の政策の成果で選挙戦を戦うのであり、自民党がアベノミクスを前面に出すことは不自然ではない。民主党が党内の政策はバラバラのまま、ただただ「消えた年金」だけを主張、政権に就いたのと同じだ。
 

とりわけクローズアップしてきているのは安保論争だ。民進と共産の共闘は、安保法破棄の一点だけで一致しており、両党ともこれで市民運動を盛り上げ選挙を有利に運ぼうとしているが、それが可能だろうか。繰り返される北朝鮮の核とミサイルの実験、南シナ海のスカボロー礁をめぐる米中の激突含みの対峙。これに新たに加わったのが、中国フリゲート艦の接続水域侵入による東シナ海での日中激突の危機だ。


玄葉は接続水域侵入について「我々もしっかり対応する。対応力は強化する」と言明したが、安保法を破棄して対応力が強化できるのか。安保法による日米防衛協力の強化は北にも中国にも大きな抑止力として働いているのである。民主党政権の漁船衝突事件におけるうろたえぶりからみて、現在も民主党政権が続いていれば中国艦船はとっくに接続水域を越えて領海に入っていただろうと思う。


安保法は東・南シナ海の緊迫に辛うじて間に合ったのであり、これを破棄して国の安全が確保出来るかということだ。民共は60年安保破棄党争に匹敵する愚挙を臆面もなく前面に出しているのだ。
 

安保法破棄だけで一致する民共選挙協力は、まさに自民党選対委員長・茂木敏充が「野合」と指摘するとおりで、他の政策での一致が見られないままだ。共産党書記局長・小池晃は野合批判について「市民の求める共闘が野合のはずはない」と断定しているが、一体共産党の言う市民とは誰か。共産党の支持率1.4%(時事)が市民か。指導者たるもの用語の使い方に気をつけた方がいい。
 

こうしてアベノミクスでは不利、安保論争でも不利な民共共闘が、ただ一つのより所とするのが「憲法改悪」という構図が浮かび上がってきているが、「仮定の論議」に警告を発しても説得力がない。茂木が「野党は対案を出して論議すべきだ」と指摘するとおりだ。自民党改憲案を否定するなら堂々と対案を提示すべきである。それがなければ「ケチを付ける」だけと言うことになる。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月10日

◆中国、ロシア艦船に“便乗”の姑息(こそく)

杉浦 正章



政府対応は民主党政権と格段の差
 

南シナ海から琉球諸島を抜け、対馬海峡を経てウラジオストクに向かうロシア艦隊のルートは、日本海軍に殲(せん)滅させられたバルチック艦隊の昔から同じだ。インドネシア沖での対テロ軍事演習を終えてロシア艦船が帰還するルートを中国が予測するのは容易であっただろう。


そして、あたかも“中露結託”のように見せかけて接続水域への侵入を図ろうと手ぐすねを引いたのだ。練りに練った歴史に残る茶番劇だが、それを筆者に看破されるようでは中国海軍もたいしたことはない。
 

政府が8日深夜から9日未明にかけて中国フリゲート艦とロシア艦艇の動きを別物であり、シンクロナイズしていないと短時間の間に判断したのは正しかった。中国の狙いの第一は日本の即応能力の掌握にあり、防衛省の連絡を外務省が受け、官邸が首相・安倍晋三以下冷静沈着に陣頭指揮に当たったのは、尖閣漁船衝突事件で慌てふためいて国益を大きく棄損した民主党政権と比較して格段の差がある。


とりわけ安倍の「不測の事態に備えよ」発言が注目される。これは、領海内に入れば自衛隊に海上警備行動を発令するとの意思表示であり、軍事行動も辞さぬ政府の決意の強さと隙の無さを垣間見せた。参院選を前に願ってもない好材料の発生だ。


政府のすべての動きを象徴させるのは9日午前2時に外務次官・斎木昭隆が中国大使の程永華を呼びつけ「勝手な振る舞いは許さない。今後このようなことが起これば必用な行動を取る」と厳重警告したことだ。この「午前2時の警告」は、日本外交史に残るものであろう。


「私が深夜に呼ぶのは初めてだ。それだけ事態は深刻だ」と述べる斎木の気迫に押されるように、大使が「エスカレートを望んでいない」と述べたのも当然のことであろう。大使が中国が東南アジア諸国に対して行っている“いじめ”が日本には通用しないことが分かった瞬間である。
 

中国が“挑発レベル”を急速に高めた背景には、日米主導の中国孤立化の動きへの反発が第一に挙げられる。伊勢志摩サミットでは「東シナ海および南シナ海における状況を懸念し、紛争の平和的管理および解決の根本的な重要性を強調する」とする“中国非難宣言” が発せられたのも痛手であった。


シャングリラ会議や、これに続く米中戦略・経済対話でもスカボロー礁をめぐって中国批判が集中し、習近平の海洋進出膨張路線は、とん挫しかねない状況に追い込まれている。米空母艦隊は南シナ海で中国海軍をけん制し、日本も最新鋭の護衛艦や潜水艦を送り込んでいる。習近平はひしひしと対中包囲網による孤立化を感ぜざるを得ない状況となっているのだ。
 

こうした状況のままでは習への求心力は弱体化せざるを得ず、ただでさえパナマ文書をめぐる「習近平の疑惑」がボディブローとして利きつつある。報道を抑えても、幹部の間では口コミで伝わり、権力闘争に影響するのだ。加えて中国経済の不振は目を覆わんばかりである。内政・外交ともに厳しい状況に置かれているのが実体だ。


こうした窮地を脱するために歴代中国政権が行ってきたことは、国民の目を外に向けることだ。東シナ海上空で米軍偵察機に戦闘機で急接近をし、今度は時々接続水域に入るロシア艦船の動きと習性を察知した侵入へと到るのだ。しかし今回の場合は、ロシアとの連携がさも成立しているかのような印象を与える姑息(こそく)そのものの動きであり、余りに幼稚であきれ返る。


ロシア大使館も「ロシア海軍の駆逐艦が尖閣諸島接続水域に入ったことに関して誤解があり、コメントする。当海域では中国と関係ない。ロシア海軍は定例の演習の帰途であり日本の領海に入ることも当然ない」と説明しているが、その通りだろう。すぐにばれてはどうしようもない。
 

ただ、習近平が一番誤解しているのは中国海軍のそれと比較した場合の海上自衛隊の戦闘能力だ。英国BBCは元自衛隊士官の山内敏秀による興味深い分析を最近報道している。これによると「中国海軍は数で勝っているものの、戦艦は博物館入りするようなものばかりで、052型ミサイル駆逐艦はまずまずだが、日本などの先進的な艦艇とまともに戦えるのはこの1種類だけだ」と述べたという。


確かに海上自衛隊の戦力は中国をはるかに上回るという専門家は多い。世界最強の米海軍将校が、海自と共同演習をした結果、「操船技術、航海技術などの練度といい、シーマンシップなどの礼節といい素晴らしい。世界有数の海軍だ」と感嘆の声を上げているという。
 

そもそも日本が中国海軍に敗れたのは663年の白村江の戦いだけであり、その後は元寇も追い返し、日清戦争での黄海海戦も圧勝している。習近平は中国がしょっちゅう脅しをかけているフィリピンやベトナムなどとは、格段の差があることを銘記して、日本に手を出せば大やけどすることを知るべきだ。


それにつけても沖縄県知事・翁長雄志は自分の県内の出来事なのに寂として声なしなのはいかがなものか。中国のやることはすべて黙認するのか。中国が沖縄を占領すれば中国国旗を振って歓迎するのか。いずれにせよ、参院選挙を前にして、またまた中国が与党に大きなプレゼントをしてくれた形となった。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月09日

◆スカボロー礁は米中激突の危機内包

杉浦 正章



中国不利の裁判結果が契機に
 

南シナ海のきな臭さは尋常ではない。中国が西のパラセル諸島、南のスプラトリー諸島の人口島造成に次いで東のスカボロー礁まで触手を伸ばそうとしているからだ。この3か所を結べば南シナ海における「牛の舌」と呼ばれる戦略拠点が完成する。完成すれば中国は防空識別圏を敷く。牛の舌に南シナ海は舐め取られることになる。


米太平洋軍司令官・ハリスが「砂の長城」と呼ぶ人工島戦略の完成である。オバマがフィリピンの眼前のこのスカボロー礁に人口島を作らせるか作らせないかは、習近平の海洋膨張戦略を食い止められるかどうかの決定的ポイントとなろうとしている。月内に予定されているオランダの常設仲裁裁判所の判断が、すべてのスタートとなる。


防衛相らのシャングリラ会議とこれに続く米中戦略・経済対話における米中のせめぎ合いは、煎じ詰めればすべてスカボロー礁問題に集約される。まさに米中激突の構図が浮き彫りとなった。まず米国防長官・アシュトン・カーターが中国が埋め立てを開始する場合について「米国や各国は行動を起こすことになる」と言明した。さらにカーターは「中国は仲裁裁判所の判断に従う必要がある」と強調した。


この「行動を起こす」という言葉は言うまでもなく軍事行動を意味しており、よほどのことがない限り米政府高官の口から出る言葉ではない。国際海洋法条約に基づいて設置されている同裁判所の判断は、中国に不利なものになることを察知した上での発言である。


これに対して中国統合参謀部副参謀長・孫建国は、「少数の国が混乱を起こすのを座視しない」と猛反発した。国務委員・揚潔チも「仲裁裁判を受け入れないという立場は変わらない」と受け入れ拒否を明確にした。まさに中国の「核心的利益」は死守するという立場の表明である。


一方、防衛相・中谷元はカーターと歩調を合わせ「中国が判断に従わなければ、法の支配を重視する観点から日本としても強く声を上げざるを得ない」と旗幟(し)を鮮明にさせた。自衛隊は既に、スカボロー礁と目と鼻の先にあるスービック湾に護衛艦や潜水艦「おやしお」を入港させたりしており、米軍と歩調を合わせて一種の示威行動を展開している。米国はスービック湾に海軍基地を再開する方向で準備を進めている。
 

最大の影響を受けるフィリピンは大統領・アキノが「米国はフィリピンを守らなければ地域からの信頼を失う」と、スカボロー礁がフィリピンの主権の範囲であることを鮮明にした。確かに排他的水域の200カイリ内に、ずかずかと入り込んできて同礁の実効支配を続ける中国には主権国家として我慢できないものがあろう。問題はアキノの任期が6月30日で終わり、トランプに似たロドリゴ・ドゥテルテが大統領に就任することである。


一時は対中対話姿勢に転じそうな気配もあったが、最近では「自国の権利を譲ることはない」と言い出している。中国もドゥテルテ抱き込み狙っていると見えて、外務省報道官の洪磊が「対話のドアは常に開かれている」などと発言している。次期大統領が腰折れになっては元も子もなくなる危険性は存続する。ドゥテルテをめぐって米中の抱き込み合戦が展開される。
 

こうした中で米国の対中抑止戦略はどのように進展するのだろうか。まず、中国を心理的に追い詰めようとするだろう。仲裁裁判所が判断を出せば、中国は当然拒絶する。同裁判所は中国も締約国である国際海洋法条約に基づいて設置されたものであり、拒絶は「法の支配」の原則を白昼堂々と無視したことになる。これを米国は国際世論に訴え、「中国異質論」に拍車をかけることになろう。


もちろん大多数の国は対中批判に回り中国は孤立する。既にインドネシア大統領のジョコ・ウィドドは同国が南シナ海での係争国ではないにもかかわらず「裁判所の判断は尊重されるべきだ」と言明している。中国から鉄道を敷設してもらっていることなど度外視して批判に回っている。米国は国際世論をまず味方につけるだろう。軍事行動はその上でのことである。
 

そうこうするうちに米国はスービック湾に海軍基地を再開して地歩を築くことが予想される。かっては世界一の海軍基地であったが、米軍がここから撤退したことが中国の進出を許したことは紛れもない史実だ。その反省にたっての動きとなるだろう。こうした動きに対して中国がどう出るかだが、もし性急にスカボロー礁の埋め立てに乗り出せば、米国は第7艦隊を派遣して阻止行動に出るだろう。米中直接対決になる。


弱虫オバマが在任中にその事態に発展させるかどうかは別にして、国務省、国防総省は共にスカボロー礁の戦略的価値は「死守するに値する」という点で一致している。日本にとっても、スカボロー礁問題で米国が敗退すれば、次に中国が触手を動かすのは東シナ海であることは目に見えている。何らかの協力は不可欠となろう。


こうした動きを知って習近平があえて火中のクリを拾うかどうかは予断を許さない。中国は隙を見せれば必ず砂の長城を完成に導こうとするが、隙がなければ「待ち」の姿勢に転ずる国である。しかし基本戦略を変えることはない。いずれにせよ仲裁裁判所の判断以降の南シナ海は「波高し」となる。固唾をのんで見守る必要がある。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月08日

◆トランプは極東のパワーバランスを棄損する

杉浦正章


米国民は「悪魔の選択」しかない
 

無知蒙昧(もうまい)爺さん対嫌われ婆さんの戦いとは、米国の政治も落ちぶれたものだ。大苦戦の末クリントン(68)が民主党の指名を確実にし、トランプ(69)と大統領の座を争うことになった。いずれも好感が持てないという「非好感度」調査は6割に達し、米国民はフレデリック・フォーサイスの小説ではないが「悪魔の選択」を迫られる。


選択の余地が極度に少なく、どの道を選んでも大きな痛みを伴う結果をもたらすのだ。しかし、どちらがいいかと言えばヒトラー現代版よりも、常識派がいいに決まっている。世界中がそう思っているに違いない。

トランプの危険性の最たるものは白人至上主義的なその言動だ。分析すれば批判の対象となる日本、中国、韓国、メキシコ、イスラム諸国などすべてが有色人種国だ。ヒトラーがゲルマン至上主義を唱えて台頭したのと酷似している。その演説の勘所も理性より感情を重視しており、ヒトラーが敗戦国ドイツの国民感情をフルに活用したのと相似形をなす。


元メキシコ大統領フェリペ・カルデロンが「トランプ氏が勝利すれば、世界中の反米感情が高まることにつながる。トランプ氏は私益のために社会の恐怖をあおっており、それはかつてヒトラーがやっていたのと同じことだ」と述べているのは至言だ。ヒトラーがトランプと異なる点は、もう少し知性があったことだろう。
 

過去にも米国には、共産主義者に対する弾圧旋風を起こしたジョセフ・マッカーシーや、人種隔離を主張したウオーレスアラバマ州知事がいるが、国の命運を左右する大統領ではなかった。トランプはクリントンとの本選挙になれば、その主張を軟化させるという見方があるが、たとえ軟化しても本心は予備選挙ですべて吐露しているのだから、何を言っても信用はおけない。
 

イギリスでは「トランプ入国禁止」の署名運動が起きたくらいだから、人種を問わず、世界中の反発をかっていることは確かだ。ある外交官が「トランプがなったらG7がG6になるだろう」と冗談を言っていたが、トランプ大統領イコール米国の孤立化であることは間違いない。トランプがなった場合に従来のように各国首脳が次々にワシントン詣でするかといえば、しないだろう。笑顔で握手しているような映像や写真を報道されれば、自らが国民の総スカンを食らいかねないからだ。安倍も「上洛」は控えた方が良い。


世界のパワーバランスはどうなるかだが、極東の変化が著しいものになろう。最近のトランプは、さすがに日本の核武装を明言しなくなったが、米軍駐留費の全額負担や、北の脅威から日本は自分で国を守るべきだという主張は継続している。


「日本が米軍駐留経費の負担を大幅に増やさなければ在日米軍の撤退を検討する」のだそうだ。米軍の極東展開は5年間に9465億円の「思いやり予算」に加えて、基地周辺対策費などで年間なんと6710億円に達する日本の負担で成り立っていることを知らない。いまや日本の負担なしに米国の世界戦略は成り立たないのだ。無知も甚だしいのである。長年積み上げてきた同盟関係を一瞬にして崩壊させかねない論理構成である。 
 

問題は同盟関係を毀損して米国のパワーが維持出来るかだが、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)するのは中国だけだろう。知日派のマイケル・グリーンが、時事通信のインタビューで「トランプ氏の発言は米政府の政策にはならないと思う。


まずトランプ氏に賛同し、政策の実現を手伝う機関が全くない。裁判所、議会、シンクタンク、メディア、軍など、多くの機関が彼を妨害するだろう」と述べている。しかし、例えば国防総省が全軍の最高司令官である大統領の命令を聞かないなどという事がありうるだろうか。それは一種のクーデターとなりかねない事態だ。 
 

クリントンがトランプ発言に対して「言うとおりにしたら米国は弱体化する」と予言しているがその通りだ。極東における米中対峙の構図は日米安保条約によって成り立っており、これが消失すればパワーバランスは一挙に中国が有利になる。


朝鮮半島も韓国が北朝鮮の攻勢にさらされることは火を見るよりも明らかだ。要するにトランプの安全保障への感覚は荒唐無稽(むけい)であるが、この米国の孤立化と命運を左右する問題が、大統領選の俎上に載らないのは米メディアの怠慢と無知があるのだろう。
 


元国防次官でクリントン側近のミシェル・フロノイは「クリントン氏が政権を取れば、近年の日米同盟強化の流れを継続する。日本防衛やアジアにおける日米協力を強化する新たな取り組みを模索するだろう」と述べているが、普通の大統領ならそうせざるを得ない事に思いが到る。常識なのだ。


トランプは「米国を偉大な国にするのは私だ」と胸を張るが、日本を軽視してそれが出来るのか。日本がバブルの時にニューヨークの不動産をめぐって手痛い目に合った個人的な恨みで対日関係を語るような、唾棄すべき男をちやほやしては、米国自体の存立の基盤を失うことを米国民は銘記すべきだ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月07日

◆自公が「及び腰」なら参院選に直結ー舛添辞任

杉浦 正章



マスコミの「都知事降ろし」に火が付いた
 

まるで「不適切知事」の様相である。第三者として都知事・舛添要一に雇われた弁護士は支出の「一部不適切」を指摘したが、その実体は一部どころか「山ほど不適切」である。


問題はこの知事を抱えて自民、公明両党は参院選挙を切り抜けられると思っているのかということだ。及び腰の姿勢からはそうとしか思えない。舛添が15日の都議会会期切れを狙っているのは明白だが、ひょっとしたら自公もそれを狙っているのではないかと思いたくなる。


その結果はどうなる。今日の全国紙の一面トップが示すように、ことは都民だけの関心事ではなくなった。全国民の関心事だ。野党が自公の無為無策を参院選の争点が出来たと小躍りするに違いない。自公はむしろ「舛添辞任」の先頭に立つべきであり、これをうやむやのまま参院選を勝ち抜けると思ったら甘い。
 

驚いたことに舛添が都議会議長らに熱海の別荘を売る方針を明らかにした後、自公の都連幹部が口裏を合わせるかのように「別荘を売ると言った」と述べたことだ。別荘を売ろうと売るまいと自分の資産が変わるわけではない。


都民の誰もが思っているにもかかわらず、両党幹部が「売る」と強調したことは、これで潮が引くとでも思っているからだろうか。それとも舛添から事前に「売りますから」とでも話があったことを垣間見せたのだろうか。事々左様に、うがちたくなるのは自公の都連は舛添問題で全く信用がないのだ。
 

今回の弁護士の会見をつぶさに聞いて分かったことは、舛添の弁護士への調査依頼の目的だ。「違法とは言えない」の一言を得るための茶番を演出したのだ。確かに弁護士はその通りの発言をした。もともと政治資金規正法も政党助成法も支出内容の是非についての規制はない。正確に金額や支出先を明記していれば、違法性を指摘できない仕組みになっている。過去に支出の是非で有罪判決が出たことはない。舛添はそこを狙った。
 

しかし弁護士の調査の結果、思惑が裏目に出てブーメランとして舛添の脳天を直撃した。不適切と指摘された支出が山ほど出てきたからだ。ホテルなどへの不適切な支出6件に始まって、飲食費14件、美術品106件、漫画の購入などなどである。美術品に到っては弁護士・佐々木善三が「数があまりにも多すぎる」と思わず漏らしたほどである。


これはまさしく、舛添の公人としての自覚を欠く金銭感覚の欠如を、白日の下に露呈したとしか思えない。佐々木はこうした、違法性がないが不適切な政治資金の支出に関して「私は法律家であっても道義的な責任の感覚は一般の方と変わらない」と発言した。雇われた方があきれる公私混同の支出ぶりである。法律家がここまで指摘するのは、限りなく道義的責任において「クロ」に近いと警鐘を鳴らしているのだ。
 

この結果、舛添の“狙い”は裏目に出た。もともと問われているのは違法性ではなく政治家としての道義性なのであり、会見結果はその道義性論議に確実に飛び火する形となったのだ。火の勢いは増しこそすれ衰える様相にない。


そこで再び及び腰の自公の対応になるが、両党都連の言い訳ほど馬鹿馬鹿しいものは無い。「4年後のオリンピックとかち合わせになる」というが、いま都政の尻に火が付いているのに4年後のことなど考えている暇はない。立派な知事選挙をオリンピックに見せることも民主主義国日本の在りようではないか。「勝てる候補が見当たらない」にいたっては屁理屈にすぎない。勝ち負けは別にして都政そのものが問われているのであり、正義を行うかどうかを、政党レベルの利害得失で考えるべきではない。
 

こうした自公の先延ばし論の背景には、追及する側にマスコミの矛先が回ったら手がつけられなくなる恐れがあることだろう。例えば質問者自身の支出を暴かれたら、ほぼ確定的に舛添と同様の事例を抱えており、質問が成り立たなくなるからだ。要するに多かれ少なかれやっていることなのである。
 

今後の日程を見れば15日が都議会の閉幕である。本会議は7日に代表質問、8日に一般質問があるが、事前のすりあわせが慣習となっており、言いっ放しで終わる可能性が強い。焦点は13、14日に予定される総務委員会だが、舛添はああだこうだで逃げ切ろうとするだろう。都議会会議規則は4条で会期延期を可能としているが、参院選の公示は22日だ。公示直前まで延期して、土俵の幅を広げれば、舛添の逃げ切りを防ぐことが出来るかもしれない。
 

要するに自公両党は、ここで躊躇してはならないということだ。もちろん舛添を担いだ責任はあるが、都民にも「不適切な知事」を選んだ責任がある。いま都民の7割以上が求めているのは「舛添の即時辞任」であり、「新知事選出」なのである。自公はそこを見極めて、舛添の首を取りに行く方向に転換すべきである。


自民党執行部は、愚鈍なる都議会自民党に「教育的指導」を行うべきであろう。こういう時の出番は副総裁・高村正彦が一番適役だ。前知事・^P直樹を辞任させたのは石原慎太郎との会談だが、今度は高村か、幹事長・谷垣禎一が前面に出て辞任への説得をすべきだろう。そうした「懲悪」の姿勢が参院選を前にして何より求められているのが自民党なのだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2016年06月03日

◆安倍は「賢者は聞く」を悟れ

【筆者より】
 政界は選挙戦入りで政治のニュースは途絶えがちになります。今後はニュースがないときは随想風【永田町独語録】でしのぎます。ご愛読ください。

【永田町独語録】

◆安倍は「賢者は聞く」を悟れ
杉浦 正章



官邸筋によると5月30日の安倍・麻生会談は「爺さん自慢に終始した」のだという。巷間の俗説では、消費増税延期で財務相・麻生太郎が3時間にわたる首相・安倍晋三の説得に、やっと首を縦に振ったとされるのが同日の会談だ。しかし、いくら麻生太郎が「解散だ」と首相の特権を奪ったかのように芝居をしても、もともとが盟友関係の出来レース。誰もが「大芝居、さもありなん」ということになる。


確かに両者とも爺さんは自慢に値する。麻生が、吉田茂の孫なら安倍は岸信介の孫だ。戦後の日本を立て直した名宰相である。ただ安倍はもう1人の名宰相・佐藤栄作を叔父に持つ。どっちが偉いかと言えば、2人の名宰相の血筋を引く方が偉いのだ。岸と佐藤は兄弟であるからだ。
 

政治記者を半世紀もやっていると、蓄積されたノウハウや理屈よりもまず政治家を容貌で判断してしまう癖がつく。容貌を見れば長期政権か短期かが分かる。鳩山由紀夫も菅直人も顔を見てすぐに「長続きしないな」と思ったがその通りだった。


総じて日本の首相の容貌は、豊臣秀吉型と徳川家康型にわけられる。家康型はその子孫まで300年間にわたり統治を続けた。家康型は肖像画を見れば分かる。ふくよかで目鼻立ちが大きく、安定感がある。容貌だけで説得力があるのだ。秀吉型は田中角栄や小泉純一郎だろう。知略で持つタイプだ。このタイプはエネルギーの消耗が甚だしく、家康型に比べると損している。
 

安倍の場合はどうかと言えば、歴代最長の7年7か月続いた佐藤栄作の顔を受け継いでいる。容貌は出っ歯の祖父でなく、叔父の血筋を受け継いだような気がする。まさに家康型の容貌だ。佐藤は「政界の団十郎」と言われた絶世の美男子だったが、安倍も佐藤ほどではないが容姿が整っている。家康型のポイントは、存在するだけで説得力があることだ。威圧感があるのだ。


だから政治記者は淡島の佐藤邸に夜回りをかけるときは、内心「誰か他の社が来てくれないかなあ」などと思ったりしたものだ。「2人だけで会うと怖い」というのが定評だった。とりわけ「沈黙の時が怖い」のだ。威張っている政治記者だって怖いことはあるのだ。
 

安倍は怖さがなくむしろ気安さが感じられる。佐藤の支持率は30%前後で安倍と比べると低迷していたが、長期政権であった。沖縄返還の大事業が長期政権にした。大野伴睦が「伴ちゃん」と愛称で呼ばれていたのを佐藤はうらやましがって「栄ちゃんと呼ばれたい」と本音を漏らしたことがあるが、支持率が気がかりであった。安倍はその点「安倍ちゃん」と呼ばれている。支持率の高さもこの辺にあるのだろう。
 

佐藤の言うことは何を言っているのか分からない事が多かった。とりわけ予算委答弁などは、後でメモを見て発言を判読するのに一苦労だった。これに比べると岸の答弁はクリアカットで分かりやすかった。安倍はどうも切れ味は岸の方を受け継いだような気がする。国会答弁を聞けばぽつりぽつりの佐藤型や、「一言断定型」の小泉とは違う。立て板に水なのである。

すべてが頭の引き出しに入っていて、野党がどんな質問をしても、あふれるように答弁して間違わない。こんな首相はかつて見たことがない。野党は時間稼ぎと批判するが、そうではない。
 

なぜなら安倍は吉田松陰の「至誠にして動かざるもの、これいまだあらざるなり」を座右の銘としている。こちらが懸命に誠の心を尽くせば、感動しない人はいない。誠を尽くせば、人は必ず心動かされるという意味だ。だから懸命に説得しようとするのだ。


マスコミ界の長老がかつて安倍を評して「一生懸命なところが可愛い」と述べていたが、年長者から見るとたしかにそう見える。しかし田中角栄が晩年良く口にしたのは「賢者は聞き、愚者は語る」だ。古代ユダヤのソロモン王の言葉だが、安倍も記者会見の質疑応答では、もう少し多くの質問を受ける“対話調”にしたほうが良い。さる1日の会見でもまくし立てる印象があったが、この辺は脱皮した方が良い。
 

政権というものは運であり、長期政権は狙っても達成できるものではない。佐藤は60歳代後半から70代初めにかけての政権であったが、安倍は一回り若く50代後半から60代の政権だ。まさに政治家としては体力・気力・知力が最も充実した年代だ。年を取るごとに威圧感は増すが、まだ枯れるには早い。アベノミクスで日本中興の祖になることは十分可能だ。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月02日

◆参院選はアベノミクスVs民共共闘の様相

杉浦 正章



野党・朝日の増税延期批判は「詭弁」
 

通常国会終了に伴い、政局は参院選挙に向けて与野党激突段階に突入した。7月10日と確定した参院選挙の焦点は、アベノミクスの是非に絞られる。野党は「失敗・退陣」を求めるが、政府・与党は「成功」を唱えて、互いに譲らぬガチンコ勝負になろうとしている。


野党の理論的主柱は朝日新聞、与党は安倍が先頭に立って論戦を展開する。その前哨戦の口火を切ったのが1日の安倍の記者会見であり、2日付の朝日の社説だ。社説は安倍の増税延期を「納得できぬ責任転嫁」と断じて、民進・共産連合支持ににはっきりとかじを切った。折から民共両党は全小選挙区での共闘を実現させており、選挙はアベノミクス対民共共闘の様相となった。
 

安倍も「参院選最大の焦点はアベノミクスを力強く前に進めてゆくのか、後戻りするのかだ」とアベノミクスへの賛否を前面に据えた。それも「今こそアベノミクスのエンジンを最大限にふかし、一気呵成にデフレから抜け出す速度を最大限にあげる」と一歩も譲らぬ正面切っての対決姿勢だ。


それではアベノミクスをめぐる両者の主張を比較分析して論争の行方を占うと、総じて、安倍が実績を主張できるのに対して、野党と朝日はどうも「詭弁(きべん)」調が目立つ。詭弁とは外見・形式をもっともらしく見せかけた虚偽の論法だが、安倍の実績主義を論破できていない。
 

まず安倍は成功の理由として、@有効求人倍率が24年ぶりの高水準で全都道府県で上昇A高校生の就職率は24年ぶりの増加、大学生は過去最高B中小企業も含めて最も高い水準の賃上げを実現した、と強調している。


とりわけ税収がかってないほどの絶好調を示しており、安倍は「アベノミクスによって3年間で税収は21兆円に達した」と述べた。これを背景に、「2年半の消費税延期でアベノミクスをもう一段加速し、税収アップを確保して2020年度のプライマリーバランス黒字化を目指す」と言明した。
 

確かに3年間で21兆円の税収増なら、年平均で7兆円である。これは消費税10%で見込まれる税収増4.4兆円を大きく上回る。増税なしで黒字化は達成できるのだ。


一方で岡田は消費増税延期の代替財源として赤字国債の増発を挙げたが、これは官界、財界から総スカンを食らっている。安倍も「赤字国債で社会保障費を賄うことは無責任だ。自公の連立政権では絶対にしない」と真っ向から否定。街頭演説になった場合どちらが通用しやすいかは歴然としている。
 

岡田が述べたように「消費増税延期により、アベノミクスの失敗が歴然とした」という主張も、企業の収益が史上最高という現実の前に通用するかだ。総じて失業率が低く、企業の収益が良好で、賃上げも前例のない高水準ならGDPの6割を占める消費もやがては上昇に転ずるだろう。


野党の主張の欠陥は、GDPが他の指標に先駆けて上昇すべきだと言っているようで、経済学の基礎を知らない。GDPの空論より国民は食べてゆくのが重要なのだ。GDPが先行しない例は世界の経済でも良くあることだ。
 

一方で朝日の社説の責任転化論は2つあって1つは「海外の経済の不透明感を増税延期の理由にするのは新興国への責任転嫁に等しい」だ。しかし、安倍に海外の経済が不透明だから増税延期するとした発言があっただろうか。寡聞にして知らない。社説子は幻聴を聞くのだろうか。


G7サミットでも中国経済など新興国経済が原因となったリスクの存在は宣言された。そのための財政政策動員はうたわれたが、確かに消費増税はこれに逆行する。しかし、延期が中国への責任転嫁というのは、詭弁(きべん)の最たるものではないか。いくら朝日の大好きな中国であっても牽強付会のこじつけだ。
 

もう一つの「不人気な政策を先送りをすることで自らの公約違反にお墨付きを得ようとする。これは国民感情を逆手にとった有権者への責任転嫁でもある」に到っては、詭弁(きべん)を通り越して荒唐無稽(むけい)だ。国民感情に出来るだけ添うのが政治家のつとめであるが、安倍の延期の意図は、ひとえに20年続いたデフレからの完全脱却にある。


脱却しなければ国民はもっと不幸になるのが目に見えている。いま増税を実行しても高給取りで新聞貴族の朝日の論説子は痛痒を感じないかも知れないが、庶民は2度の増税に耐えられるほどの収入はない。安倍は大きく網をかぶせて当面経済を好転させて税収増につなげようとしているのであって、いま予定通りの増税を断行すれば、泥沼の不況に陥るのは目に見えている。


無定見に消費増税を主張して朝日は責任を取れるのか。それにつけても岡田が5月18日に消費増税延期を発言したときには、何ら反対の社説を掲載しないで、安倍の延期にだけ待ってましたとばかりに批判を展開することこそ不偏不党の社是に逆行するものではないのか。
 

安倍は会見で参院選の勝敗ラインを「国民の信を問う以上、目指すのは、連立与党で改選議席(121議席)の過半数の獲得だ」と発言した。これまでは「予党全体で非改選を含む過半数」としてきた。その場合必用な議席数は46議席だが、今回の改選議席の過半数は61議席を獲得する必要がある。自公の改選議席は合計で59議席。2議席のプラスで達成できるが、民主、共産を軸とした政策なしの野合的な野党共闘が全32の1人区で成立しており、厳しい戦いを迫られよう。


安倍の戦略のようにアベノミクスを前面に押し出して有権者の理解を得る必要がある。事実上アベノミクス対野合的民共共闘の様相となるのだろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年06月01日

◆安倍は山口の“頭なでなで”したほうがよい

杉浦 正章



「下駄の雪」が可哀想になってきた
 

またまた公明党は「どこまでもついて行きます下駄の雪」となった。代表・山口那津男はかねてから「雪ではない鼻緒だ。切れれば下駄は使い物にならない」とすごんでいるが、なかなか切るにも切れないのが苦しいところ。


最大の焦点であった消費増税再延期をめぐる首相・安倍晋三対山口の攻防は、安倍の突っ張りで山口がすっ飛んだ形となった。公明党は「どこまでもついて行く」しかないのが実情だ。公明が「補完勢力」としての立場をますます露呈させる結果となっている。何だか「下駄の雪」が可哀想になってきた。安倍は山口に一杯飲ませて“頭なでなで”した方がいい。勝ちすぎは良くない。
  

消費税問題が本格的な議題となった党首会談は5月24日だ。ここで安倍は結果的に山口を“はしご外し”で二階に上げた。増税について「法律で決めたことをやってゆくことに変わりはない。重大な状況でない限り実行する」と再延長なしの方針ととれる発言をしたのだ。山口はこれを本気と受け取った。これが間違いの元。筆者などはとっくに安倍がサミットをテコに再延期をすると書いていたが、山口はどうも人の言うことを素直に聞く性格らしい。
 

その山口をさておいて安倍は28日に財務相・麻生太郎、幹事長・谷垣禎一と会談して2年半の延期を伝えた。恐らく盟友関係にある麻生と安倍は、2人だけの会談の時に、その後の運びまで綿密に打ち合わせたに違いない。状況証拠から推理をすれば、麻生は「オレ怒ったふりするから」と述べ、安倍は「頼むよ」と言ったのだろう。


麻生が怒ったふりをして「解散だ」とぶち上げ、財務省や自民党内や公明党の気を引きつけ、最後には急転換すれば、「あの麻生すら転換した」と大勢が従うことになる作戦なのだ。自民党の政治家が困難な問題を処理する時にやる大芝居だ。筆者のように50年もだまされ続けていると手に取るように分かる。山口はこの海千山千の手口に引き回された。
 

麻生が翌日から「解散せよ」とぶち上げて舞台で大見得を切った。事態がどう展開するか固唾をのんで政界が見守る中で安倍は、麻生との会談の何と2日も後に山口と会談、「2年半延期する」と伝えたのだ。そのころにはいくらナイーブな山口でも麻生の言動は怪しいと気付いていたに違いない。


大勢は延期で決まりそうであると分かっていたのだ。しかし、「突然の話で、党内とよく相談する」と即答を避けるのが精一杯であった。5月24日に二階に上げて、はしごを外した瞬間が30日の会談であった。
 

こうした動きに出たのは、基本的に安倍が山口を常日頃からそれほど信頼していないことが挙げられる。信頼していればはしご外しはしないで説得する。山口は今年に入ってからも軽減税率を自民党にのませるのに四苦八苦の戦いを強いられており、その結果達成した同税率を加えた消費増税の方針を安倍がよもやひっくり返すとは思わなかったのだ。


したがって再延期の話が出る度に、「予定通り実施」発言を繰り返した。これも安倍の琴線に触れ続けたのだろう。もともと安倍は山口とは反りが合わなかった。安倍はスピッツ風に吠える政治家とは合わないのだ。
 

さらに安倍には、先祖伝来の大局観が備わっている。周りを見渡せば山口は完全孤立の状態だ。民進党代表・岡田克也が延期路線に転じて4野党は延期でそろった。そして安倍の耳に入る創価学会の動向は、「結構増税反対が多い」というものであった。それはそうだろう。圧倒的に庶民が多い学会員には、「なんで山口さんが1人で延期に反対しているのか分からない」という向きが多いのだ。


安倍がこの山口の完全孤立を突かないわけがない。突くと言うより、延期に賛成せざるを得ないと判断したのだろう。
 

こうして安倍VS山口の一戦は安倍の完勝に終わった。公明党は自民党の補完勢力としての役割をまたまた果たしてしまうことになったのだ。


公明党は伝統的には中道左派に属すると思うが、結果的には安保政策でも安倍に同調している。最近では、秘密保護法で山口は最初は猛反対の日本弁護士連合会に近づくかに見えたが、急旋回して安倍に付いた。集団的自衛権の容認についても山口は最初は消極的発言を繰り返しながら、限定的行使の歯止めがあることを理由に推進に回った。


この傾向は歴史的にも顕著に見られた。1992年のPKO協力法案、周辺事態法、イラク特措法などの成立に最後は協力してきた。自公連立は1999年から始まり、民主党政権の3年を除いて現在まで継続してきている。とりわけ自民党が参院で過半数を失ってからは、公明党の存在は不可欠となっている。もう自民党の一派閥のような傾向すらある。次回の参院選に勝とうが負けようが自公連立は維持され続けるのだろう。
(一部訂正)
       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年05月31日

◆内閣不信任案の牽強付会は著しい

杉浦 正章



出す前から空前の支持率が“否決”している
 

仲がいいのに首相・安倍晋三に真っ向から解散を求めるのは、財務相・麻生太郎の“大芝居”と思っていたが、やはりそうであった。本当に解散を求めたのではなく財務官僚に向けて怒って見せたのだ。いくら財務官僚が政治に疎いからと言って、たった3日で消費増税再延期にゴーのサインを出すとは思わなかっただろう。


まったく芝居がうまいが、すぐにばれる政権だ。それにつけても、財務省には悪いが、消費増税路線は極めて厳しい状況となった。2年半後に実現するかと言えば、安倍がやっていれば実現を迫られるが、18年9月の任期でやめてしまえば、次の首相が就任早々でやれるわけがない。実体は事実上凍結なのだ。
 

その芝居がうまい政権に野党が不信任決議案を上程する。不信任案となれば否決でも可決でも解散に直結し得るが、民進党代表・岡田克也はおそるおそる「解散せよ」と言いながら、どうか解散でダブル選挙になりませんようにと必死に祈っていたのが本音だろう。


それにつけても今回の野党の不信任案ほど牽強付会なものを知らない。アベノミクスの失敗、国民の声に耳を傾けない強権的な政治、憲法改悪の3点が提出の理由であるということだが、果たして核心のアベノミクスは本当に失敗したのだろうか。野党は朝日新聞に踊らされているだけではないのか。
 

アベノミクスと言えば、政権の根幹をなす最重要政策であり、この失敗は政権の全否定につながる。となれば、まず内閣支持率が竹下内閣のように3%まで落ち込まなければならない。しかし日経による直近の支持率は上昇して56%だ。史上最高の支持率を確保している首相が国民によって全否定されているのだろうか。されているわけがない。


なぜなら多くの国民は、「財源などは何処でもある」と国民を欺いた民主党政権の3年3か月こそが、欺瞞(まん)であると思っているのだ。有効求人倍率、失業率、企業の利益がそれぞれかってない好調な状況にあるのは、紛れもなくアベノミクスのもたらした効果でなくて何であろうか。
 

朝日と野党は国内総生産(GDP)の低さを指摘するが、国民はGDPなどどうでもいいのだ。はっきり言って求人が潤沢で嬉しい悲鳴なのだ。求人がなかった民主党政権より、働く場が文句さえ言わなければ潤沢な安倍政権の方がいいのだ。


GDPが低いからアベノミクスは破たんしたという岡田の主張は、まさに木を見て森を見ないかつての社会主義政党丸出しだ。大企業は史上最高の利益を上げている。その利益が中小企業にもおよび始めているのが最近の傾向だ。トリクルダウンがないと言ってケチをつけてきた野党の主張はここでも破たんする。大企業と中小企業が好調ならば、やがて消費意欲にも波及してGDPが上昇に転ずることは目に見えている。
 

さらに野党は朝日の社説「首相と消費税、世界経済は危機前夜か」に踊らされている。安倍のサミット議長としての運営に独善的なクレームをつけたものだ。社説は「世界の需要が一気に消失したリーマン時と、米シェール革命など原油の劇的な供給増加が背景にある最近の動きは、構造が決定的に違う」と主張している。さすがに朝日の影響力は大きく、テレビに出る経済評論家も恥ずかしげもなく、これをおうむ返しに請け売りしている。
 

しかし、安倍は構造的に同じだなどとは言っていない。現に危機がそこにあると言っているだけだ。政府の会合でノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・ スティグリッツ・米コロンビア大教授が世界経済の状況を「大低迷」と形容したとおり、G7の多くの国々では恒常的に多くの失業が発生しており、日本ほどの人手不足は考えられない状況にある。


朝日は全く触れていないが中国発の不況をどうとらえているのだろうか。この世界的な経済の不振は中国のバブル崩壊に端を発して、なをも影響が続いている事に言及していない。石油安に直面した産油国の不振にも言及していない。社説はご都合主義の批判のための批判を展開しているのだ。
 

こうした危機感があったからこそG7の宣言は「世界経済に対する下方リスクがある。我々は重大な危機に陥ることを回避するために適時にすべての政策を行うことにより対応する」と述べているのである。メルケルが「危機ではない」と述べているのは、あくまで現状が危機ではないと言っているのであって、将来については言及していない。


むしろ危機感を共有しているからこそ“リスク宣言”がまとまったのだ。だいいちメルケルは会議終了後に「サミットは成功であった」と述べているではないか。将来の危機感を共有しなかったら成功とは言わない。
 

サミットは矜恃を持った世界のトップリーダーの集まりであり、日本の都合で、増税回避のための誘導など出来るわけがないのである。これを主張する岡田は副総理までやったのにサミットの在りようを理解していない。中国の危機がいつ世界経済に悪影響を及ぼすかは、全く予断を許さないのであって、政治家として先を見据えた警鐘を鳴らすことは、まさに「先見の明」なのである。これを批判するのは「不明の到り」でなくて何であろうか。


朝日も野党も議長を務めた安倍の働きぶりについて日経の調査は62%が「評価する」と答えているのをどう見るのか。評価する国民を衆愚とみなすのか。その独りよがりが発行部数を減少させ、野党の支持率はあってなきが如き状況にいたらしめるのだ。
 

要するにアベノミクスの失敗を指摘する野党の内閣不信任案はあまりにもこじつけが目立つと言わざるを得ない。参院選でも野党は不信任案の主張を繰り返すと見られるが国民の共感は得られない。こうして消費増税は延期の方向が確定したが、2年半と言えば安倍の任期を越えている。


しかし、安倍が次の衆院選挙で勝った場合には、当然任期の延長問題が浮上する。したがって消費増税は安倍政権なら可能だが、政権が代わった場合は全く分からない。2度あることは3度在ると思っていた方がいい。その代わり、税収増が絶好調であり、消費増税でこの流れを塞ぐことこそ、今の経済状況にマッチしないのだ。


       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年05月27日

◆安倍が消費増税再延期を決断

杉浦 正章



近く表明、延期幅が焦点
 

伊勢志摩サミットをテコに消費増税の再延期または凍結を首相・安倍晋三が決断する方向が確定的となった。安倍はこれまで延期に否定的な方針を何度も言及してきたが、サミットは大勢として持続的経済成長のための機動的財政出動や構造改革を断行、新興国に代わって世界経済の牽引役としてその責務を果たす方向へと大きくかじを切った。


これは、議長国日本としても率先して増税延期で同調せざるを得ない流れとなった。サミットの宣言に添う形で安倍は再延期の方針を来月1日の通常国会閉幕までに言明することになる。


延期の幅を来年4月から2年間程度にするか、それともいっそ凍結して、将来の政権に対応を委ねるかは難しい判断を要することになる。2年間ならオリンピック景気が高まる時期であり増税の環境はあるが、オリンピック後は不況が訪れるのが常であり、不況を増幅しかねない。


加えて3年後には参院選もあり安易に現段階で時期を決めることは難しい。安倍はこれまで「リーマンショックや大震災級の事態が生じない限り、消費税は予定通り引き上げる」と言明してきた。しかし「最終的にはサミットを踏まえて適切に判断する」とニュアンスを残していた。


ところが26日のサミットで安倍はそのリーマンショックを例にあげて、「2008年の北海道洞爺湖サミットでは2か月後のリーマンショックを予知できなかった」と指摘し、現在世界経済が置かれている下方リスクの存在を強調した。安倍はグラフを使って商品価格の下落が55%でリーマンショック当時と相似形を形成していることを訴えて、大きなリスクに直面している世界経済を回復軌道に乗せる必用を説いた。


そしてそのリスクに立ち向かうために「伊勢志摩経済イニシアチブ」として機動的財政出動を前面に据えると同時に構造改革と金融政策の「3本の矢」で対応する方針を打ち出した。  


これに対してドイツのメルケルが「世界経済の現状を危機(crisis)とまで言うのは強すぎる」と主張した。しかし安倍は「現状」を「危機」と形容しているのではなく、場合によっては「危機に直面する」と形容して警鐘を鳴らしているのであり、メルケルの主張は見当が外れていた。


ただこのリーマンショック論議は、明らかに安倍が消費増税再延期へと自らの発言を大転換することを意味しており、筆者がサミットをテコに延期に転ずると何度も予言した方向が的中したことになる。


この増税延期の根拠については国内で反論が相次いだ。民進党代表・岡田克也は「一体何をもってリーマン・ショック前と似た状況なのか、まったく理解に苦しむ。自分の都合のいいように、消費増税の先送りの言い訳に使えるようにG7の場を利用していると言われても仕方がない」と酷評した。


朝日の編集委員・原真人も報道ステーションで「リーマンショックの時は世界中から需要が蒸発して55%下がったが、今度の下落は石油価格がシェールガスなど供給要因で下がったのであり、ショックの意味が違う」と反論した。
 

しかし、こうした反論には中国の大不況や、産油国の原油安に伴う危機的経済状況への視点が欠け、批判のための批判の色彩が強い。安倍が述べているようにサミットは最終的には「世界経済は大きなリスクに直面しているという認識では一致した」のである。


短期的には小康状態にあっても新興国の凋落は、リスクマネジメントが不可欠であることを物語っている。リーマンショック後はG7だけでは対処出来ない状況に陥り、世界経済の牽引役は中国など新興国に重心が移行した。しかし、今その新興国が不況の底に遭遇して、牽引役を果たせなくなったのだ。G7はこの構造的な状況変化とこれがもたらす危機を認識して、未来を見据えた対応を打ち出すべき時であったのだ。
 

「公共事業など一時的な景気刺激策を講じても意味がない」と主張する評論家もいるが、民間の需要が自律的に高まるには一定の時間が必用であることは言うまでもない。サミットの打ち出した機動的な財政出動で、当面需要の創出に努めることは、デフレからの完全脱却を確定的なものにするためにも不可欠である。安倍の指摘するように危機を予見できなかった洞爺湖サミットの轍を踏まないためにも、サミットは転ばぬ先の杖の経済対策を打ち出すことが正しいのである。


こうして安倍が消費増税の延期か凍結に踏み切ることは確定的となった。民進党など野党は安倍の過去の発言との整合性を、参院選挙に向けて突く姿勢だが、政治は危機に対して臨機応変の対応が必用である。状況に応じた柔軟な政策の転換は、とりわけ生き物のように豹変する経済政策に関しては不可欠だ。ありもしない財源があると主張して3年半も日本経済を迷走させた民主党政権の硬直性を岡田は認識すべきである。


今は政策不在の共産党との“野合”にいそしんでいるではないか。まず自分の頭のハエを追えと言いたい。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)