2017年01月12日

◆年前半は“奇想天外”解散の傾向ー戦後の解散

杉浦 正章



「安倍解散」の本命は秋以降年内だろう
 

朝から晩まで解散がいつだろうかと考えるのが解散専門業の私の仕事だが、今年の見通しを聞かれれば「常在戦場」と答えるしかない。首相・安倍晋三の解散戦略は意表を突くことを旨としており、下手な判断をすると朝日のように昨年暮れに1月解散とトップで書いたと思ったら、一か月もたたないうちに「秋以降」などと訂正することになるからだ。


考えあぐねて、解散の歴史をひもとけば、一見ランダムに見える戦後24回の解散も、一定の定理・法則があることを発見した。それは年前半6月までは思いも付かない奇想天外の解散が圧倒的に多く、年後半はまじめに内政・外交上の政策を問う解散が3分の2を占める事に気付いたのだ。また年前半は解散がきわめて少なく8回であるのに対して、年後半は16回と倍に達する。
 

年前半の政策をテーマにした解散は、1月に海部俊樹の消費税解散があるだけで、後は鳩山一郎の「天の声解散」(1月)、吉田茂の「バカヤロー解散」(3月)、岸信介の不信任案可決を前提にした「話し合い解散」(4月)、大平正芳の思いがけない自民党反主流の反乱で不信任案が可決された「ハプニング解散」(5月)、中曽根康弘の「死んだふり解散」、宮沢喜一の「嘘つき解散」、森喜朗の「神の国解散」(いずれも6月)という結果となっている。
 

なぜこうなるかと言えば、年前半の通常国会においては次年度予算案や、重要法案の処理がひしめいており、ただ1人解散権を持つ歴代首相の多くは、党利党略より国政を優先させるからだ。解散・総選挙による通常国会の空白による国政の停滞を避けるのだ。従って年前半の解散は堪忍袋の緒が切れたケースや、激突による衝動、謀略などに限定されているのだろう。


逆に後半は7月から順に麻生の「政権選択解散」、小泉「郵政解散」、大平「増税解散」、橋本「小選挙区解散」、池田「安保解散」「所得倍増解散」、田中「日中解散」などなどと外交、内政上の重要な政策をテーマとする解散が多いのだ。
 

もちろん、政治は生き物であり、安倍政権に当てはまるものではない。それでは解散の可能性を探れば、まず2月はないだろう。戦後史にも2月の解散がないのは、予算委審議が始まったばかりであることが大きく作用している。3月の可能性だが民放番組で司会が「予算は衆院を通せば自然成立する。衆院で可決してから解散はないか」と自民党幹事長・二階俊博に聞いていたがあきれた。政治のイロハを知らない。解散をすれば国会は機能を停止し、すべての法案、予算案、条約案は廃案となるのであって、参院の審議中でも解散と同時に廃案だ。


したがって3月の解散は安倍が蓮舫に「バカヤロー」と自席でつぶやきでもしない限りないのだ。安倍はテレビで「不信任が可決されれば躊躇(ちゅうちょ)なく解散する」 と明言したが、大平の二の舞の同案可決は自民党内情勢から見てもあり得ない。不信任案を否決して解散することも可能だがまずないだろう。
 

予算成立後の4月の解散はありえないものではないが、天皇の退位を決める特例法が連休前後には審議入りすることを考えれば、解散しては「恐れ多い」ことにもなりかねない。そこで会期末6月の解散だが、これも難しいが可能性はある。例えば犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」関連法案で、会期末にあえて野党と激突して解散するケースだ。オリンピックを控えてテロを未然に防止するのだから、有権者には説得力がある。
 

最近、カジノ法案の強行採決でぶんむくれた公明党が、都議会公明党に命じて自民党との連係を反故にするという嫌がらせに出たが、これは公明党の「都議選があるから夏の解散はすべきでない」という主張が成り立ちにくいことを物語っている。


そもそも解散様は一番偉いのであって、もともと都議選ごときに左右されるものではない。都議会公明党が反自民の小池百合子と連携するなら、「解散するな」は成り立たないことになるからだ。都議選と衆院選のダブル選挙だって可能性がないわけではないが、都議会自民党の都民からの嫌われ方のひどさを見れば、衆院選までマイナス効果が出かねない要素がある。
 

こう見てくると秋の臨時国会における解散・総選挙が本命となるが、まだ油断はできない。それは安倍内閣の支持率が驚異的に高いからだ。最近のNHKの調査では支持55%、不支持29%。政党支持率は自民党38.7、民進党8.7と大きく差がついたままだ。自民党は年明け早々に選挙情勢調査を行ったが、その内容は極秘になっている。


しかし自民党幹事長・二階俊博はテレビで「今の情勢ならいつ解散があっても有利であり、自民党が勝つ」と述べており、安倍への支持率の高さを反映したものである公算が強い。しかし民進、共産など4野党共闘がまだ確定していない状況下でもあり、調査は共闘をすべて織り込んだものとはなっていないだろう。


いずれにしても、通常国会は何でもありだ。解散もありだし、今年中にはもちろん解散がある。来年では追い込まれ解散になってしまうから、安倍は今年中に解散を選択せざるを得ない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2017年01月11日

◆慰安婦像が「極東村八分」の国にもたらす構図

杉浦 正章
 


撤去など未来永劫に無理
 

安倍は早々に大使を復帰させよ


一昨年暮に全マスコミが「日韓合意」と沸き立っていたときに、筆者だけが慰安婦像問題が抜けていると指摘して「韓国によるやらずぶったくりの危険性を伴うガラス細工の合意」と警鐘を鳴らしたが、まさに「超核心」を突いていた。


今になって安倍側近が「振り込めのような状況」(朝日)と言っても遅い。合意は10億円供与などの明文化と比較して外相・岸田文男の詰めが甘かったのだ。事実、慰安婦問題に関しては「韓国政府は在韓国日本大使館前の少女像への日本政府の懸念を認知し、適切な解決に努力する」とあいまいであった。


外相・尹炳世(ユン・ビョンセ)の記者会見における見解でも「関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう努力する」と、やはり確約ではない。努力目標であった。それを安倍のように「慰安婦問題の日韓合意は最終的かつ不可逆的な合意だとお互いに確認している。日本は誠実に義務を実行し10億円をすでに拠出している」と確たる合意とあいまいな合意をごちゃ混ぜにすることに無理がある。


国論を不必要にかき立てるポピュリズム合戦をしてはなるまい。もう慰安婦像の撤去などは未来永劫に無理だ。国家も国民も慰安婦像などは無視する時だ。ここは大使の一時帰国など早々にに切り上げて復帰させ、大局的な見地から関係正常化を図るべきだ。
 

慰安婦像などどんどん設置させておけばよい。実は慰安婦合意以降も韓国各地で設置が進んでおり、現在は36体に達している。これが10倍の360体にでもなれば、まるで日本の向こう横丁のお稲荷さんのような宗教文化となる。毎日献花と祈りを捧げる“慰安婦教”が成り立つことになる。その実態が売春婦であるにもかかわらず、美化して祈り続ける。


朝日の「さらわれて強制的に慰安婦にされた」という大誤報をいまだに鵜呑みにして、空虚な祈りを捧げ続けるのだ。もう宗教文化である以上国際法での説得は利かない。「外交関係に関するウィーン条約」第二十二条2は「接受国は、公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」と定めているが、そんなものを持ち出しても馬耳東風にすぎない。


日米など一流国家は、国際法順守は国内法に優先するとして、条約、協定、2国間合意を守ることを国際関係の基本に据えているが、韓国にそれを説いても八百屋で海鼠腸(このわた)をくれというに等しい。
 

それにつけても度しがたい国家と国民が隣にいることはいかんともしがたい。大平正芳が「引っ越すわけにはいかない」と嘆いたことがあるが、向こうが引っ越してくれるのを待つしかない。それに加えて朴槿恵は紛れもなく死に体であり、大統領代行を務める首相黄教安(ファン・ギョアン)は無力で当事者能力がない。


こうした中で韓国の置かれた状況を俯瞰すればまさに「極東村八分」という状況になる。今はほとんど聞かないが、日本の悪習である村八分は「村の十の共同行為のうち、葬式の世話と火事の消火活動という、放置すると他の人間に迷惑のかかる場合の二分以外の一切の交流を絶つ」というもので度量の狭い島国根性の国民性を物語っていた。
 

その「極東村八分」は、それぞれ国家の戦略意図に月とすっぽんの差があるが、「韓国いじめ」だけは一致している。まず中国が先頭に立っている。朴槿恵が習近平にすり寄っていたときは、べたべたしていたが、米国の韓国に対する踏み絵であるTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備に朴が応じた結果、口も聞かない状況に陥った。


中国は対韓輸入制限の動きを見せており、韓国製化粧品の輸入まで規制しようとしている。つぎに北の刈り上げ頭が核とミサイルで韓国を脅しまくっている。それに加えての日本の大使、総領事の一時帰国だ。一方で国内は朴を引きずり下ろしたまではいいが、半年も大統領なしで、紛れもなく権力の空白が生じている。真空地帯となってしまっているのだ。
 

こうした四面楚歌プラス内憂外患の状況は韓国自体の安全保障にとってきわめて重大な結果をもたらしかねない要素である。つまり刈り上げ頭が誤算して「南進」しかねない状況すらあるのだ。ここで重要なことは北の南進があった場合に慰安婦像問題が、極東の安保に大きな心理的な影響をもたらすことだ。


つまり軍事条約がある米国はともかく、日本が親身になって助けるだろうかということだ。村八分の“火事”に相当するから助けることにはなるだろうが、消火が積極的なものにならないのだ。慰安婦問題は戦争という非常事態にあってはならない“躊躇(ちゅうちょ)”をもたらすのだ。


だいいち自衛隊員の戦意が高揚するだろうか。戦時におけるわずかな躊躇は莫大なる被害を韓国にもたらす。もうすこしコテンパンにやられてから助けようかということになりかねないのだ。
 

それに真綿で首を絞めるような状態が円安である。韓国を覆う大不況、若者は大学を出たけども職はないという状況は、日本が意図はしていないが円安がもたらした要素が大きい。輸出が日本に取られて全く振るわないのだ。日韓経済関係の円滑化は韓国にとって生命線だが、日本にとってはワン・オブ・ゼムにすぎない。


金融危機などの際にドルを融通しあう通貨交換(スワップ)は16年8月に協議再開で合意したが中断する。これは日本にとって何の痛痒もないが、韓国経済にとっては致命傷になりかねない。いかに慰安婦像問題が深刻な打撃を韓国の外交・安保や経済にもたらすかに韓国政府も国民も早く気付くべきだ。どんどん慰安婦像を設置するのは誠に結構だが、慰安婦像の数に正比例して自らのクビがしまっているのを早く気づくべきだ。


これも魚屋でニンジンをくれといった類いか。日本国民はもう慰安婦像などに目くじらを立てるべきではない。相手は痛がれば痛がるほど、図に乗る国民性だ。「まだやってるよ。本当に本当にご苦労さん」くらいが1流国家の対応だと心得るべきだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2017年01月10日

◆世界を覆う孤立・保護主義の暗雲

杉浦 正章

 

危うい虚飾のトランポノミクス 

任期はせいぜい4年しか持つまい
 

まさに暗雲漂う世界情勢である。ことは尋常ではない。臆面もなく孤立主義と保護主義を打ち出す米次期大統領。オランダ、フランス、ドイツの選挙で極右の台頭不可避の形勢。まるで第二次大戦前夜にも匹敵する空気が世界中をおおっている。


すべてが移民問題にその根源を発している。激動の核となる存在が次期米大統領トランプにほかならない。波乱が目に見える新年は珍しいが、幸いなことに移民問題が存在しない日本は、極右が台頭する気配がない。右寄りの首相・安倍晋三が右の不満を吸収しており、米欧に比べれば国民の不満は比較にならないほど小さい。人手不足は切実だが、安易な移民への依存政策は行うべきではない。


しかし自由貿易の旗は生命線であり、日本は降ろすわけにはいかない。反グローバリズムの台頭は先進国首脳会議が率先して押さえるべき課題であり、安倍は5月のシチリア・サミットなどで訴え続ける必要がある。米、露、中のはざまで、安倍外交のしたたかさと、真価が問われる年だ。 
 

過去3代の米大統領が連続で8年の任期を果たしたため、20日に就任するトランプも長期政権になるような錯覚があるが、大統領の任期は1期4年で2期までとなっている。過去にも評判が悪く、国内世論を対立させ、失策続きの大統領は4年またはそれ以下の任期で辞任している。


歴代では45人中26人が、戦後も13人中5人が4年以内に辞めるか暗殺されている。トランプの場合は選挙結果を見れば有権者の過半数がクリントンに票を投じており、国内世論も統一どころか分裂を招き、それに加えてモスクワゲート事件まで発生している。


プーチン直々の選挙干渉である。昔なら戦争に発展してもおかしくない大陰謀だが、これは尾を引いて政権を陰に陽に直撃する。筆者はウオーターゲート事件を取材して、米国のマスコミの執拗さは尋常でないことを知っている。トランプが軽く「選挙に関係ない」などと言える性格の問題ではない。重要なことは、トランプが4年しか持たなければ環太平洋経済連携協定(TPP)も慌てて断念する必要もさらさらないということだ。
 

それでは、かつて一世を風びした少年漫画「銭ゲバ」ではないが、トランプの「銭ゲバ」路線は現実のものになり得るのだろうか。何を言おうとしているのか分析不能にもかかわらず、早くもその経済政策に「トランポノミクス」などというもっともらしい呼称が付いたが、筆者に言わせれば「トランポノフールミクス」にすぎない。経済諸原則から見ても成り立ち得ない矛盾と自家撞着に満ちているからだ。


株屋は利用してもうければいいから今のところは「買い」に走っているが、暴落の時が必ず来る。株屋は売り逃げできても大衆は丸損という構図は目に見えている。就任当初は意気軒昂でも、トランポノミクスはその性質上一進一退を繰り返し、最後は死に至りかねない病でもある。世界有数の信頼すべきメディアである英エコノミスト誌が「『米国第一』を声高に叫ぶドナルド・トランプは、危険なナショナリズムの新兵だ」と看破しているのは宜(むべ)なるかなである。
 

矛盾撞着の核心部分はメキシコとの関係に表れている。トランプはメキシコでの新工場設立をフォードに断念させたことに味を占めてトヨタにも断念を迫ったが、さすがにトヨタは蹴飛ばした。政府の入れ知恵か、独自の分析かは不明だが、メキシコからの自動車輸入に35%の関税をかけるなどということは現実的に不可能であるということが分かっての対応だろう。


そのトランポノフールミクスの核心部分を解けば、関税引き上げには北米自由貿易協定(NAFTA)を解消させることが不可避となる。メキシコ、カナダとその交渉をしても一挙にことは進まない。時間がかかる。メキシコは米国からの大量の穀物、牛肉輸入に対しても高関税を要求するだろう。勝手に脱退することは可能だが、脱退しても関税は最大2.5%にとどまる。なぜなら米国は世界貿易機関(WTO)のメンバーであり、35%の関税をかけるならWTOから脱退しなければならない。


そもそも米国が強く関与したWTOの基本原則は@自由(関税の低減、数量制限の原則禁止)A無差別(最恵国待遇、内国民待遇)B多角的通商体制であり、これを米国自身が打ち壊せば、世界は高関税の応酬合戦となり、それこそ経済戦争、強いては本格的な世界大戦へと発展しかねない。戦前の歴史を見れば、その危険は十分あり得ることだろう。これを承知でトランプが突っ込めば、まさに事態は「トランポノマッドミクス」に変容する。トランプにその度胸はあるまい。
 

外交安保では対中関係が当面の焦点となる。最大のポイントはトランプが、米政府が1979年以来堅持してきた「一つの中国」政策を続けるべきか疑問視する発言をしたことであろう。トランプは「通商を含めて色々なことについて中国と取り引きして合意しない限り、どうして『一つの中国』政策に縛られなきゃならないのか分からない」と驚くべき発言をしている。


米国は1979年に台湾と断交して以来、台湾を分離した省とみなす中国の「一国二制度」方針を尊重し、台湾を独立国家として扱うことは避けてきた。トランプ発言はこれに真っ向からさおさすものである。台湾総統の蔡英文と電話で会談。中国はこれに正式抗議したが、トランプはさらに中国の為替政策や南シナ海での活動を批判するツイートで反論した。これから見る限り、トランプの反中政策はかなり筋金入りのように見えるが、いつ商売人根性が顔を出すかは余談はできない。


最初は対中強硬路線で、途中からがらりと変わる例は米大統領の専売特許だ。ニクソンではないが、いつ日本頭越しの外交を展開するかは予断を許さない。
 

こうした世界情勢の中での日米関係だが、トランプは在日米軍基地の費用分担を最近は唱えていない。日本は経費の75%を負担しており、これまでも指摘しているようにこれ以上の負担をするということは米軍が日本の傭兵になることを意味する。


トランプは日本の基地が米世界戦略のみならず、通商も含めた米国のアジア太平洋におけるプレゼンスの要石になっていることを、早急に悟らなければならない。日本の基地あってこその米国であり、中国の膨張政策で両国はいわば運命共同体の側面がいよいよ濃厚になって来ているのである。
 

いくら何でも大統領就任演説は、選挙中の発言をそのまま主張することはあるまいが、世界の外交・安保、通商・経済問題は、トランプが何を言うかによって、大きな影響を受けるに違いない。

      <今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)


2016年12月29日

真珠湾訪問は「トランプ“教育”と対中牽制」の両面

杉浦 正章



日米はとげなどない、70年目のプラチナ婚だ
 

防衛費1%枠は見直す必要も
 

今回の日米両国首脳によるアリゾナでの慰霊・鎮魂の行事は、国民の支持率をあえて予想すればおそらく80%を超えるだろう。戦後の日米外交・安保関係にとってもきわめて重要な到達点となる。オバマの広島訪問と対(つい)の形で行われた神聖なる「儀式」でもある。


しかし、激動期に入った世界情勢から俯瞰すればこれは一種の通過儀礼にすぎない。この日米安保蜜月の演出が今後我が国の外交・安保にどのような影響をもたらすかに焦点を当てて分析すれば、次期大統領トランプへの“教育”が60%、覇権国家を目指す中国への牽制が40%といったところであろう。


群盲象をなでるではないが、朝日が解説で安倍の真珠湾訪問を「とげ抜き」と表現すれば、「ひるおび」のコメンテーターなる者たちは3人そろって「とげ抜き」と宣うた。群盲右にならえである。果たしてそうか。日米関係にとげなど刺さっていただろうか。もし日米関係にとげがあるなら世界中の国々は茨の牢獄に閉じ込められていることになる。


米シンクタンクのイーストウエストセンター所長チャールズ・モリソンは「重要なのは安倍首相が真珠湾に来たこと。すべての戦争犠牲者に敬意を表し、平和な未来への決意を示したこと。安倍首相はいまさら和解に重点を置く必要などないのだ」と看破しているがその通りだ。日米関係は成熟した同盟関係で推移しており、とりわけ昨年安保法制が成立したことから、米国は大西洋における米英同盟と太平洋での日米同盟を世界戦略の要石と位置づけている。


地政学的に見ても中国、ロシア、北朝鮮を取り巻く日本列島はかつて中曽根康弘が述べたように「不沈空母」としての戦略上の重要性を備えているのだ。いうならば日米両国は戦後50年の金婚式を経た夫婦が70年目のプラチナ婚式を迎えたのであり、とげなど刺さっていたらとっくに離婚していた。
 

朝日は29日付の社説「戦後は終わらない」でも「真珠湾で先の戦争をどう総括するか発信しなかったことは残念でならない」と安倍所感を批判しているが、これほどとんちんかんな社説にはお目にかかったことがない。


安倍は15年4月の上下両院合同会議での演説で「痛切な反省」と「深い悔悟」というこれまでにない強い表現で総括しているではないか。従って今更とげなど抜く必要はないのだ。むしろ戦争など全く知らない戦後生まれの両国リーダーが陳謝や謝罪を繰り返すことほど空々しいものはない。安倍演説で未来志向の「和解の力」と「希望の同盟」で、世界レベルの将来を切り開く方針を明らかにしたのが正解なのだ。


野党は総じて顔色なしだ。蓮舫はハワイの真珠湾を訪問したことに関し「大変大きな意義がある」と述べる一方で「不戦の誓いと言いながら、なぜ憲法解釈を変えて安保法制に突き進んだのか」と疑問を投げかけている。これも外交音痴の論理矛盾に満ちている。蓮舫の言う「大きな意義」は安保法制の実現なくして達成できなかったことが分かっていない。
 

そこで両首脳の真珠湾訪問の影響だが、まずトランプがどう出るかだ。両首脳とも明らかにトランプを強く意識している。オバマは自らの作り上げたアジア回帰のリバランス戦略の必要性を首脳会談で見せつけたのであり、安倍は日米安保体制の米世界戦略における重要性について“教育的指導”をしたのである。


トランプは選挙期間中「日本が米軍駐留経費の負担を大幅に増やさなければ在日米軍の撤退を検討する」「北が核を持っている以上日本も核を持った方がいい」と発言した。最近も「環太平洋経済連携協定(TPP)参加は就任後即時破棄」などと述べている。安倍・オバマ会談はこのトランプに対する重要なるメッセージの役割を果たしているのだ。
 

まず日米同盟について「同盟深化」を基調に打ち出し、日本核武装論などは論外として言及せず、在日米軍の撤退などあり得ない方向を再確認した。トランプはまさか就任後再び日本核武装論を唱えることはあるまい。一方で、在日米軍の防衛費の負担像についても、日米防衛当局の積み上げによって年間6000億円という世界でトップの防衛費分担をしている国に、さらなる負担像を求めることは困難であることが次第に分かるであろう。


さらなる負担増は米軍が傭兵になることを物語る。ただ、防衛費が総じてGDPの1%にとどまっている現状をトランプが突くかもしれない。これは北朝鮮の暴走や膨張路線の中国に対処するためには無理からぬことでもあり、一定の歯止めを付けた上での1%突破は検討してもよいのではないか。三木武夫が勝手に決めた防衛費1%枠などは見直す時期かもしれない。一方、TPPについて両首脳は、自由主義貿易の大きな成果との観点で一致、真っ向からトランプの方針に対峙した形となった。
 

トランプは安倍との会談を世界に先駆けて行って以来、そうむちゃくちゃな対日政策を述べなくなってきている。加えて安倍・オバマ会談の背景には国務・国防両省の方針が強く反映されているのは確実であり、両省は今後政権移行チームやトランプに対して、会談にのっとった対処を求めていくのは当然であろう。従ってトランプも政権就任直後は急転換は無理にしても、TPPなどは1年を待たずに軌道修正する可能性が否定出来ない。安倍がトランプ就任早々に会談をする方向で根回しをしているのは正解である。
 

対中牽制効果については、さっそく中国外務省副報道局長・華春瑩が「主に中国に向けたパフォーマンスの要素がかなりある」と反応したことから分かる。華春瑩は、「日本の指導者がどこを訪れ、中国人の犠牲者を弔うべきかについて、私の同僚がすでによい提案をしている」と述べ、今月7日に別の報道官が発言した「南京大虐殺記念館など、中国にも戦争の犠牲者の弔いができる場所は多くある」という考えを改めて示した。真珠湾訪問のインパクトは世界のマスコミが大きく取り上げたことからも明白なように中国への衝撃は大きい。強固な日米同盟を見せつけられて、空母・遼寧の示威行動くらいではとても戦略的に勝ち目がないことが明白となっての反応だろう。


しかし、中国が今後ことあるごとに「南京での謝罪」を唱え出すことは目に見えている。最近、社民党党首・吉田忠智も記者会見で、「中国、朝鮮半島に耐え難い苦痛を与えたのも事実だ。象徴的な南京に行くべきだ」と主張した。しかし尖閣問題や南シナ海での軍事要塞設置で冷え込んでいる日中関係と、緊密なる同盟関係にある日米とは月とすっぽんの違いがある。謝罪に至る基盤が違うのである。ブラックジョークを言えば、社民党は自ら政権を取った後に「吉田首相」が率先して南京を訪問すればよいのだ。頑張ればできる(*^O^*)

2016年12月17日

◆4島の経済協力ほど危ういものは無い

杉浦 正章

  

“プーチン催眠術”にかかっ安倍は国民の失望に気付け
 

二階の批判が頂門の一針だ
 

プーチンは首脳会談で相手に催眠術をかける特殊能力を持っているのではないかと思いたくなる。前のめりの勢いを利用されて巴投げで完全な一本取られたのに、安倍は記者会見で「ウラジミール、君は」と親しげに10回も呼びかけた。ピントが狂っているのだ。おまけに日露経済人の会合では「後世の人々は2016年を振り返り、日ロ両国の関係が飛躍的な軌道に乗った1年だったと意義づけるだろう」と高らかに会談の成果を訴えた。


領土問題が1ミリも進展せず、全国民が落胆していることに気付いていない。驚くべきことは、ひたすら安倍にすり寄っていた自民党幹事長・二階俊博までが正面切って批判したことだ。ばくちをはびこらすカジノ法といい、南スーダンの自衛隊への駆けつけ警護といい、どうもここに来て安倍は支持率の高さに舞上がり、平衡感覚のピントが狂い始めたかのようである。政権も長期化すると周りにごますりばかりが増えて、本人は裸の王様になってしまう兆候ではないか。


安倍は「危うき」に近づきすぎた。8対2でプーチンに破れたのだ。率直に国民に会談の不調をわびるべき時なのに、あたかも返還に向けて突破口を開いたような強弁は慎むべきだ。
 

2日間にわたる日露首脳会談は筆者が一貫して主張しているとおりプーチンの「食い逃げ」が一段と確実視される会談であった。プーチンは日本の経済協力のみを目当てにして来日したのであり、その発言から見る限り領土問題での譲歩は、そぶりすら見られなかった。


その原因は、ロシア側は返還の意図のかけらもないのに、安倍が国民の期待値を高めてしまったことにある。一連の首脳会談を振り帰れば安倍は5月には「新しいアプローチ」、9月には、「手応えを強く感じとることができた会談だった。道筋が見えた」と最大限に期待値を高めた。そして11月になって「簡単ではない」に変化したが、国民の間には16回も会談するのだから「めどくらい立つだろう」との期待が残ったのだ。その淡い期待も打ち砕かれたのが今回の会談の位置づけだ。
 

外務省にも責任がある。省内にはいわゆるロシアンスクールを中心に、「主権の問題の壁がある」と首相を諫める向きもいたが、経済先行で領土返還につながると信じ込んだ安倍は、これらの慎重論を遠ざけ、もっぱら自分に近い外務次官杉山晋輔らを重用した。加えて歴代首相の多くが「危ない」と遠ざけてきた新党大地代表の鈴木宗男とたびたび会談、その経済協力で「釣り揚げる」路線を突っ走った。


森喜朗の二島先行返還論にも影響を受けたようだ。こうした中で12月になって、一部報道で安倍のもっとも信頼する国家安全保障局長谷内正太郎が安全保障会議書記パトルシェフに対し、引き渡し後の北方領土に米軍基地を設置する可能性を否定しなかったという情報が流れた。本当ならまさに側近がぶちこわしともとれる動きを見せたことになる。


この北方領土の米軍基地化の話が、プーチンが記者会見でも言及していたが、ここに来て最大のネックになった形跡がある。北方領土返還反対論の外相ラブロフと国防相ショイグが連名でプーチンに書簡を送り、反対したといわれるのも、この安全保障上の理由からだとみられている。
 

会談で一致した4島の共同経済活動について安倍は「平和条約交渉に向けての重要な1歩」 と胸を張ったが、果たしてそうか。逆に4島の基盤強化につながるものではないのか。ロシアは経済支援をもとにますます軍事基地化を強化しかねないではないか。肝心の日露どちらの主権を認めるかについては、日本は主権に固執した特例的対応を求めているが、声明では「平和条約問題に関する立場を害さない」とあいまいで、法的問題については不明確な表現にとどまった。


本来なら日本の主権を明確にしないままで共同経済活動などすべきではないが、不明確なまま今後の折衝に委ねられることになっている。交渉は難航するのではなく、難航させるべきであろう。今からでも遅くはない、3000億円の経済協力を人質にとって、譲歩を迫るべき時ではないか。安倍政権の交渉力が問われるところだ。


 “プーチン催眠術”から安倍が早く目覚めるべき事を祈るが、会談であらわになったのは先行きの不透明さでしかない。安倍は「私たちの世代で終止符を打つ」となお意気込むが、再来年に大統領選を控えるプーチンは妥協するどころか、発言から見る限り既に歴代政権との合意より一歩も出ていない領土問題を、さらに後退させかねない姿勢だ。おまけに対露制裁をさらに延長しようとしているG7の足並みを乱しかねない。


安倍は領土問題は主権の問題であり、他国が干渉すべきではないとしているが、問題は経済協力優先の方向なのだ。G7から


「極東の抜け穴」と結束への影響を批判する声が生じる懸念がある。


国内政局にも微妙な影響を及ぼすことが予想される。問題は党の要の二階までが批判に転じたことである。二階は記者団に「日本側としては、領土問題を解決し、平和条約を早期に締結することが課題であり、経済問題も大事かもしれないが、人間は経済でだけ、生きているわけではない。『もう少し、しんしに向き合ってほしい』と、ロシア側に鋭く切り込んでいくべきで、国民の大半はがっかりしているということを、われわれも含めて、心に刻んでおく必要がある」と厳しく安倍を批判した。


確かに核心を突いた正論である。安倍の支持基盤である党内保守派も不満がうっせきしているといわれる。安倍が首脳会談の成果を信じ込んでいるとすれば、これだけで解散に打って出ることもあり得ないことではないが、それこそ殿ご乱心の類いであり、野党を利するだけだろう。


読売のごますり社説の見出し「領土解決への重要な発射台だ」などという見方に踊らせられてはならない。4島の共同経済活動ほど危ういものはないのだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月16日

◆日露首脳共同経済活動で苦肉の策

杉浦 正章



歯止め付きの新型経済特区の可能性
 

山口県巌流島で宮本武蔵は2時間遅れたが、プーチン武蔵はこれを上回ること1時間。武蔵は櫂(かい)で作った木剣で佐々木小次郎の脳天を割ったが、3時間も待たされた安倍小次郎がプーチンの必殺剣を発止と受け止めたかどうかは、続編を見なければ分からない。遅れるのは常習犯だが、天皇陛下まで3時間も待たせれば、世論は激高する。


ひょとしたらプーチンの遅れ癖は武蔵のじらし戦法から学んだのかもしれないが、陛下までじらしてはいけない。焦点はなぜか北方領土問題が脇に置かれて、安倍のいう「特別な制度のもとでの共同経済活動」に絞られつつある。これをロシア側が、「ロシアの法律下で行う」と主張すれば、日本側は「ロシアの法制下ではやらないということだ」と真っ向から対立しているように見える。その隘路をどう見つけるかだが、できない話ではあるまい。
 

安倍は記者団に「4島における日露両国の特別な制度のもとででの共同経済活動、平和条約の問題について率直かつ非常に突っ込んだ議論を行うことができた」と発言した。本筋であるべき領土交渉がどうなったかは全く見えてこないまま、脇筋ばかりに焦点を当てるかのようなメディア誘導ぶりだ。それだけ返還問題が大きな壁にぶつかっていることの証拠であろう。


それでは共同経済活動がどのように進展するかだが、ロシア側の説明によると、安倍とプーチンは、北方4島での「共同経済活動」に関する共同声明を16日に発表する方向で合意した。具体的な分野として、漁業、養殖、観光、医療、エコロジーなどが中心となるものとみられる。


これについて大統領補佐官ウシャコフは記者団に、「両首脳が共同経済活動を行うための条件、形式、分野についての合意をするための折衝を指示することになった。ただしロシアの法律に基づいて行われる」と言明した。これに対して官房副長官野上浩太郎は「わが国の法的立場を害さないことが前提だ」と説明、真っ向から対立しているかのようにみえる。今後の事務当局の調整課題になるものと見られるが、共同経済活動に関する共同声明を発表する以上、基本方針はまとめざるを得ないだろう。
 

それではいかなる解決策があるかだが、もともとプーチンは自らの指導のもと極東地域に優先的発展区域のネットワークを築き、税制優遇、関税免除、インフラ整備推進といった条件で、投資を招いて極東の地域総生産を倍増させる計画を推進している。新型経済特区である。


一方で日本に対してロシアは98年に北方四島周辺水域での漁業枠組み協定を結んでいる。同協定は日本の北方領土近海での操業を認める一方、「協定がいずれの政府の立場・見解をも害するものとみなしてはならない」と規定し、主権や管轄権の問題を棚上げにしている。
 

おそらく両首脳はこれら既成事実の積み上げの上に、共同経済活動を実施しようとしているのではないか。分かりやすく言えば経済特区を北方領土にまで広げる構想であろう。しかし経済特区となればロシアの法律の下に実施されることは常識であり、これは日本が譲れない主権問題に抵触することになる。したがってこの枠組みを実施に移すには、漁業協定に類似した「歯止め」が必要となるのだ。


これならロシア国民には主権問題で譲歩しておらず、日本国民には歯止めをかけたと主張することが可能であろう。ロシアの法律のもとでもなく、日本の法律のもとでもないというあいまいな枠組みをひねり出そうとしているのではないか。共同声明を出す以上何らかの合意か、合意に向けての構想があるから出すのであり、その見通しがないままでは事務当局はまとめようがない。
 

安倍の狙いは共同経済活動で地歩を固めて、民間レベルでの日露交流を拡大し、少なくとも2島返還に結びつけたいのであろう。迂回作戦だ。これまでも経済でロシアを“たらし込む”構想が数々出ているが、成功には至らなかった。


しかし今回は総額が1.7兆ともいわれており、規模もスケールも桁外れに大きい。G7のヨーロッパ各国は、ウクライナ問題でのロシアに対する制裁をさらに強化する話を進めており、安倍の共同経済活動が、批判の対象となる可能性も否定出来ない。筆者が何度も指摘してきたように、プーチンには「やらずぶったくり」の「食い逃げ」の意図がありありと見えており、安倍は領土問題を脇に置くべきではないのだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2016年12月15日

◆安倍は居丈高のプーチンに甘い顔を見せるな

杉浦 正章



原則堅持で乾坤一擲の勝負に出よ
 

他国を公式訪問する前にロシア大統領プーチンほど無礼な発言をする首脳を見たことも聞いたこともない。インタビューした読売が社説で「あまりに独善的」と批判すれば、産経も「火事場泥棒のように領土を奪った自らの歴史を歪曲」と主張している。


たしかにプーチンの発言から見る限り戦後のどさくさに紛れて日ソ中立条約を無視して領土をかすめ取ったことなど、知らぬ顔の半兵衛だ。産経の表現をさらに敷衍(ふえん)して言えば「盗っ人猛々しい」とはこのことだ。


それにもかかわらず首相・安倍晋三は経済協力で懐柔しようとしているかにみえるが、甘いのではないか。協力は領土交渉の進展に見合う形で行うべきことはいうまでもない。これでは「経済協力だけ食い逃げされた」と受け取られても仕方がない。
 

一連のプーチン発言を善意に解釈すれば、訪日を前に領土交渉のハードルを上げて、小さな合意でも大きく見せようとする外交上のテクニックと考えられなくもない。しかしその発言は、儀礼を欠いた侮辱であり、まるでやくざの言いがかりのようであり、ごり押しであり、矛盾に満ちたものである。


侮辱の最たるものは日米同盟に関して「日本はどの程度独自に物事を決められるのか」と発言した事だ。かつてのソ連を盟主とする衛星国なみに訪問国ををおとしめる発言だ。仮にも独立国のしかもGDP3位で世界有数の民主主義国に対して、GDPが韓国に次いで12位の国のリーダーがする発言だろうか。


挑発して相手の譲歩を勝ち取る狡猾なるプーチンの性(さが)が露骨に現れている。また貧すれば鈍するで、強気に出てナショナリズムを刺激し、国内の支持を維持しようとするプーチンの政治家としての“限界”も露呈した発言である。国民を「北方領土」で説得する能力も気力もないのだろう。
 

「言いがかり」はG7が行っている経済制裁に関して「経済制裁を受けたままで経済関係をより高いレベルに上げられるか」と述べた点だ。紛れもなく武力によってクリミアを併合し、「力による現状変更」で世界の法秩序を無視した自らの暴挙を棚に上げた発言である。ならばロシアが悪乗りして総額3兆円とも4兆円ともいわれる経済協力を求めている事実はどうなるのか。経済制裁を受けたままで経済関係を強化しようとしている事にほかならないではないか。自らの発言こそ大矛盾であることに気付いていない。
 

さらなる言いがかりは、プーチンが「4島返還は56年の共同宣言の枠を超えている別の問題だ」とにべもなく4島返還を拒否し、「われわれはいかなる領土問題もないと考えている」と発言したことだ。これほどの牽強付会(けんきょうふかい)なこじつけはない。


1993年にエリツインと細川護煕は東京宣言で、両国間の関係を完全に正常化するために、北方四島の帰属に関する問題を歴史的・法的事実に基づいて解決し、平和条約を早期に締結するため交渉を継続することを明確に合意しているではないか。プーチンは歴史をねじ曲げて独善的な解釈を押しつけようとしているのだ。
 

「ごり押し」は4島での共同経済協力活動についてプーチンが「ロシアの主権下での経済協力活動」を進めようとしていることだ。ロシアの主権下での協力活動は日本が4島をロシアの領土と認めることになり、既成事実化をいっそう進めることになる。両国事務レベル間では経済特区を作ることや「経済活動ががいずれの政府の立場・見解をも害するものとみなしてはならない」といった協定を作成するなどの便法が考えられているが、プーチンはこれくらいの譲歩は当然すべきであろう。
 

プーチン発言からは総じて筆者が心配していた「やらずぶったくり」や「食い逃げ」路線がいよいよその姿をあらわにしてきたことになる。経済産業相世耕弘成は、合意する経済協力について「必ず融資・投資して返ってくるプロジェクトを選んだ。いわゆる『食い逃げ論』は当てはまらない」と述べているが、産経は社説でこの発言に「国民の理解を得られるか」と疑問を投げかけている。当然である。


そもそも領土返還のめどが立ちそうもないにもかかわらず、医療やエネルギー、極東開発などが含まれる8項目の経済協力プランだけが先行して合意されること自体が解せない。あくまで取引材料となるべき事だろう。融資・投資して必ず返ってくるプロジェクトというが、凍り付いた地の果ての島にそれほどの商機があるかどうかは疑問である。日本の“持ち出し”となる危険性を常に帯びている。


問題は安倍がこのプーチンの唯我独尊路線を15日の会談で転換させられるかどうかにある。プーチンの発言から見る限り、安倍は過去15回にわたって会談を繰り返したにもかかわらず、何ら打開策に達していないことが分かる。それどころかプーチン発言は過去の首脳会談と比較して後退している印象だ。トーンを下げて安倍は「1歩前進」と言い始めたが、ここは、開き直るくらいの強い姿勢が求められるところだ。


日本はプーチン時代に4島が返るなどという幻想を抱かない方がいいし、国民にその幻想を抱かせてはなるまい。経済的に日本が得る利益は微少なものであり、合意をしなくても何ら痛痒を感じない。ここは安倍が乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をすべきところであり、領土問題を脇に置いて、もみ手で関係改善を頼み込む場面ではない。あくまでも4島の主権は日本にあるという原則にのっとった交渉に徹すべき時だ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月14日

◆トランプは対露接近、対中包囲網が基軸

杉浦 正章

 

東・南シナ海ではプレゼンス維持拡大
 

次期米大統領トランプが中国にとって金城湯池の聖域である「1つの中国」の原則にとらわれないという衝撃的な発言をした。これに対し、環球時報は「子供のように知識がない」と決めつけたが果たしてそうか。筆者はその発言はより深い思考に裏付けられていると受け止める。国務長官に新ロシア派のティラーソンを起用したことと合わせて考えれば、そこには世界的な対中包囲網構築の戦略が垣間見える。


中国大使に親中派を起用したのとは、けた外れに大きい人事である。南シナ海でのプレゼンスはオバマ政権以上に強化される流れであろう。また「1つの中国」への懐疑路線は、トランプが対中カードの取引材料として打ち出したものとも受け止められ、とても子供では思いつかない巧妙なる新政権の基本戦略ではないだろうか。
 

確かに71年のキッシンジャーによる隠密外交と、72年のニクソン訪中、79年の米中国交樹立は「1つの中国」是認がすべての根源にある。国交樹立に当たっての共同声明は「中華人民共和国が唯一の合法政府であることを承認する」であり、歴代米政権はこれを順守して今日に至る。しかしトランプはこの中国政府が掲げる「1つの中国」の原則を11日、「様々な取引ができなければ、なぜ『1つの中国』に縛られなければならないのかわからない」と言明した。


そのうえでトランプは、「様々な取引」の内容について、「アメリカは中国の重い関税や通貨切り下げで不当に苦しめられている」と主張したのだ。加えてトランプは南シナ海での人工島の造成や北朝鮮の核開発問題への対応も批判し、「1つの中国の原則を堅持するのかは、中国の対応しだいだ」とけん制しした。
 

まさに中国にとっては青天の霹靂(へきれき)であり「そこまで言うか」の衝撃が走った。外相王毅が「持ち上げた石を自分の足に落とす結果となる」と毒づけば、環球時報は「トランプよ、よく聞け。中国は1つの中国で取引をしない。発言はトランプが子供のように知識がない米大統領候補であることが分かった」と最大級の批判をした。


しかし「中国は我々の雇用と資金を奪っている。気をつけないと我々を破滅させる」というトランプの警戒心は、どこから出ているかといえば大統領選で歩いたラストベルト(さびついた工業地帯)の惨状から発している。五大湖周辺で鉄鋼業など産業が廃れた6州などでトランプがクリントンに逆転勝利したのは、圧倒的な競争力を持つ中国の鉄鋼産業に押されまくっている現実を前に対中批判を繰り返した結果である。思いつきなどではなく、自らの足で察知した実感に基づく発言なのである。
 

また対中戦略に関する発言は、国際的に見ても方向性は間違っていない。まず南シナ海への中国の進出についてトランプは「南シナ海の真ん中に中国は築くべきでない巨大要塞を築いた」と批判した。これは1992年までに米軍がフィリピンから撤退した結果中国の進出を許した状況を転換させる意図をうかがわせる。オバマのリバランスはかけ声だけで対応が手ぬるいと見ている証拠である。フィリピンのトランプであるドゥテルテも「トランプ氏はともに暴言吐く仲間、アメリカとの喧嘩はやめた」と方向転換を打ち出しており、トランプ政権下南シナ海における米国のプレゼンスは強まるだろう。


それもどちらかといえば「守り」に傾いたオバマの戦略と異なり、「攻め」の姿勢を濃厚に打ち出す可能性が高い。もちろん東シナ海においても尖閣が日米安保条約の適用範囲内であるというオバマの方針は維持強化される流れとみられる。
 

さらに北朝鮮問題についてもトランプは「中国は北朝鮮問題でわたしたちの手助けを行わないなど、我々は中国のせいで大きな打撃を被っている」と不満を述べた。これは核実験、ミサイル実験と繰り返される金正恩の暴挙を野放しにしているのが中国であるという現実を鋭く指摘しており、北朝鮮問題の核心を突いているのだ。
 

台湾総統蔡英文との電話会談についてトランプは「電話は私がかけたのではなくかかってきたものだ。電話に出てはいけないと他国にいわれるのはおかしくないか」と中国の批判に反発している。しかし電話に出る事、そしてその内容を語ることの意味をトランプが意識していないはずはない。


これは「1つの中国」への懐疑発言へと連動してゆく契機になっている。そもそもトランプは1つの中国問題に言及するに当たって、わざわざ「私は1つの中国の原則は理解している」とことわっている。まさに思いつきで発言したのではなく「確信」的に言明したのだ。
 

冒頭述べたように国務長官人事でプーチンと長い親交があるティラーソンを起用したのも、微妙な影響を対中関係に及ぼすだろう。トランプとプーチンは冷戦後最悪の米露関係の改善へと動くことは間違いなく、中国はロシアをつなぎ止める方策を考えなければなるまい。


プーチンが北方領土問題で、一転強気の方針をメディアに公言し始めたのも、対米関係好転の雲行きを意識したものと受け止められる。こうしてトランプ政権の誕生は米露接近という大きな流れと対中封じ込めという戦略を軸に、トランプが「我」を強く打ち出し、ダイナミックな展開を見せそうな状況である。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月13日

◆「2島先行」にむけて「経済共同活動」確認か

杉浦 正章



長門会談は北方領土“熟柿”へ地歩固め


北方領土交渉の報道は複雑に絡み合った糸をどう解きほぐすかにかかっている。解きほぐすには極秘裏に進められている交渉について政府首脳が漏らす「言葉」を鍵として扉を開くしかない、首相・安倍晋三は12日「北方領土問題の解決に向け、一歩でも前進させるため全力を尽くしたい。私の世代でこの問題に終止符を打つ決意で首脳会談に臨みたい」と発言した。新しいのは「私の世代でこの問題に終止符を打つ決意」であろう。


この言葉のうちあいまいな表現である「私の世代」が意味するものは、おそらく自分の在任中に決着を目指すことがうかがえる。ということは15日の長門会談での最終決着はないことがまず鮮明になる。


そこで安倍がいだくスタンスだが、森喜朗が2001年に進めようとした2島先行返還に近いような気がする。森は56年の日ソ共同宣言にのっとってまず歯舞・色丹の2党返還の手続きを進め、国後・択捉は議論を継続する線でまとめようとしたが、国内政局で退陣し、実現しなかった。1か月前安倍は森に「01年の会談の記録を全部読みました。よく理解しました」と告げている。これが意味するものは安倍が「2島先行」に傾斜していることを物語る。
 

問題はこの2島先行返還に如何にして結びつけるかにかかっている。そのとっかかりとなる構想がプーチンがリマの会談で持ち出した「北方領土での共同経済活動」構想だ。北方領土での「共同経済活動」とは、日露の信頼関係醸成のための水産加工など水産業やインフラ整備等の合弁事業を進めるプランだ。安倍は返答しなかったといわれるが、その理由は、北方領土が現状のまま日本が共同経済活動に参画すれば、ロシアの主権を認めることにもつながりかねないからである。


その後日本側はシベリアでの共同事業などを主張してきたが、最近になって北方4島での共同事業を認めるという方向に転換してきたようだ。時事の報道によると日ロ両政府が、北方領土での共同経済活動をめぐるルール作りを目指し、最終調整に入ったという。その方針転換の重要ポイントは、問題をクリアするため、98年にロシアと結んだ北方四島周辺水域での漁業枠組み協定だという。


同協定はロシアが日本の操業を認める一方、「協定がいずれの政府の立場・見解をも害するものとみなしてはならない」と規定し、管轄権の問題は棚上げしたのである。今回の場合これと類似の表現によって、4島の主権問題を棚上げにしてしまえば、共同経済活動が可能となるわけだ。
 

うまい落としどころだが、4島での実施を主張する日本と、歯舞・色丹に限るロシアとの間で調整が続いている模様だ。この既成事実先行で日本の存在を4島に広げてゆき、地歩を築いて、将来の返還の実現を迫るもので、“熟柿作戦”の一つとも言えよう。


しかし、ロシア側の「返さずぶったくり」、あるいは「食い逃げ」の可能性は依然否定出来ない。プーチンは世界戦略上の立場から領土交渉で強気に出る可能性がある。というのも、ロシアにとって有利な状況が生じつつあるからである。G7を、日本を突破口にして切り崩す作戦の重要性が薄れてきているからだ。


その1つは、米国にトランプ政権が誕生することだ。米露関係はオバマとプーチンの関係が冷戦後最悪の状況に陥っていたが、トランプで改善の兆しが出てきている。2つはロシア経済が大きく依存する原油価格が上昇に転じ、12日も4万円を上回って今年の最高値を更新している。経済好転の兆しがようやく見え始めたのである。これは経済での日本への依存度が弱まることを意味する。


加えて北方4島のうち国後・択捉の戦略的価値の増大である。両島間の国後水道は太平洋とオホーツク海を結ぶ軍事戦略上の要衝だ。その上両島近海は中国軍艦の北極海ルートでヨーロッパと結ぶ通過地点となりつつあり、ロシア軍が国後・択捉両島で地対艦ミサイル「バル」と「バスチオン」を配備した最大の理由がこれだ。従って国後・択捉だけは、ロシアが解体でもしない限り返ってくることはまずあり得ない。主権を認めることもあり得ない。言うまでもなく日本は幻想を抱かない方がよい。


こうみてくると、長門会談は依然とっかかりを模索するものになりそうであり、安倍のいう「一歩前進」が基本になるような気がする。もちろん平和条約交渉の開始などへと踏み込めれば、一応前向きの印象を得られることになるが、決定打とは言えまい。56年宣言の核心である「日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す」に回帰して、平和条約交渉を先行させることも安倍のポジションとして考えられないわけではない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)


2016年12月09日

◆小池にはオリンピックへの大局観がない

杉浦 正章



3会場変更挫折は当然の醜態だ
 

朝日川柳に「会場のための五輪のように見え」「醒(さ)めました五輪やめたい人多し」という川柳が入選していたが、どうも小池ポピュリズムが鼻につく。「会場変えろ」と騒ぎ立てたが、迷走の末3会場は原案通りとなった。まさに都庁詰めの記者が見事に指摘したとおり「大山鳴動ねずみ一匹」であった。


小池騒動に欠落しているのは、オリンピック選手らを、鼓舞激励するべき立場にありながら、選手の気持ちなど度外視で、ひたすら自らの人気取りに走っていることだ。まるでどこかの県にいた騒音ばあさんのようである。望みを抱いた宮城、神奈川などの県民は期待外れに終わり、怨嗟の声が小池に向き始めた。ようやく都知事選で立て続けに失敗して民度に懸念がある都民も、問題の所在に気付いてきたようだ。
 

小池は「大山鳴動」質問に、薄気味悪い笑顔で「失礼じゃないですか」と金切り声を上げた。薄気味悪いというのは目が笑っていないからだ。「知事として瑕疵(かし)になるのでは」との質問に「それは当たらない」と述べるとともに、問題をあらぬ方向にすり替えた。なんと「大きな黒いネズミがたくさんいる。これらの黒いネズミをどんどん探してゆきたい」と続けたのだ。


筆者はかつてロッキード事件で法相稲葉修が鮎釣をしながら「大物をどんどん釣り上げる」と発言したことを思い出した。検察当局に指揮権がある法相だからこの発言は可能であるが、都知事があたかも“オリンピック疑惑”を捜査するかのごとき発言をするのはお門違いである。


知事自らが証拠もなしに“風評源” となってはいけない。小池は都議会でこの発言について聞かれると「ご想像にお任せします」と答弁したが、これも都民のあらぬ想像をかきたてる“風評作戦”であり、まるで3流週刊誌のトップ屋のような表現で、聞くに堪えない。
 

小池はおそらく、近く3会場の変更が実現しなかったことを弁明して、建設経費削減効果があったことを指摘するだろう。しかし、都知事は家庭の主婦とは違う。家庭の主婦が家計簿を精査して無駄遣いを見つけることはきわめて尊い行為だが、都知事は少なくとも大局を見ることを最優先すべきであろう。


オリンピックには、ヒットラーが行った国威発揚とは別次元の国威発揚の意味が多かれ少なかれ濃厚である。最近では北京オリンピックがその成功例であり、オリンピックを成功裏に実現することは世界の見る目が変わるのである。青少年のスポーツ指向を進め、健全化の風潮を強めることができる。オリンピックとは国家健全化策の最たるものであろう。
 

加えて重要なのはオリンピックがもたらす経済効果である。小池は都庁や組織委を動かして3会場で412億の建設費を削減したことで、会場変更に失敗した問題を繕うだろう。しかしオリンピックのもたらす経済効果は桁違いのものがあるのだ。


日銀が発表した経済効果に関するリポートによると、関連施設の建設や外国人観光客が増えることから、14〜20年の7年間で国内総生産(GDP)を累計25兆〜30兆円押し上げる効果がある。訪日外国人の数が現在の約2000万人から、20年には約3300万人まで拡大し、五輪関連の建設投資総額は20年までに10兆円に達するという。15〜18年に実質GDPが年平均で0・2〜0・3%押し上げられ、18年には14年と比べて約1%の押し上げ効果があるとしている。
 

だからといって都民の血税を浪費してはならないが、簡単に言えば「収益」は、何十倍もプラスに作用するのだ。日本の評判が上がることの地球規模での副次効果も計り知れない。小池はパフォーマンスより、大きな視点を持つべき時なのだ。


これはないものねだりかもしれないから、首相・安倍晋三が先頭に立って選手の鼓舞激励策を次々に打ち出すべき時だろう。このままでは冒頭の川柳のような風潮が国をおおってしまう。オリンピックは既に盗作エンブレムの白紙撤回、国立競技場の設計変更と二度にわたる“ケチ”が付いている。今度で3度目であり、64年東京オリンピックが全国民の希望の対象であり、“ケチ”など付けるものは1人もいなかったのと対照的である。
 

小池は自民党の党則を無視して、都知事選で党則違反の小池を押した7人の区議をかばい続けた。しかし、自民党都連が除名処分にしたことは当然である。選挙に関する反党行為は厳しくしなければ組織として示しが付かない。7人は自民党幹事長・二階俊博との会合も拒否し、度重なる処分延期での都連会長下村博文の説得も無視し続けており、除名は当然のことである。党本部は驚いたふりをしているが、図りにはかった対応であろう。


問題は小池の一の子分の衆院議員若狭勝がかつて「区議が除名になれば自分も離党する」と離党を示唆してすごんでいたが、うんもすんもない。その発言通り男らしく離党届を出すべきだろう。都議会本会議で、自民党が慣習になっていた事前の調整なしに質問をしたことが、「大人げない」などとテレビメディアのやり玉に挙がっているが、責任は小池の側にある。小池が「なれ合いや根回しはいかがなものか」と調整拒否の発言したから、自民党が事前調整しなかっただけのことである。
 

このように自民党と小池がガチンコ勝負の様相を示しているが、「大山鳴動ばあさん」のポピュリズムはいずれ挫折するだろう。ポピュリズムのネタには限界もある。人気は下降傾向をたどり、「小池新党」などを作っても、大阪の維新とは異なり、12年に滋賀県知事の嘉田由紀子が立ち上げた、「脱原発」が旗印の新党「日本未来の党」と同様の運命をたどるだろう。維新はしっかりした座標軸があったが、小池は軽佻浮薄なる大衆迎合しかないからだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月08日

◆カジノ論争は6対4で蓮舫の勝ち

杉浦 正章


「正義」対「邪悪」の構図で政権に失望感
 

魔女が蜘蛛の糸をはいて、安倍を絡め取るの図であった。党首討論は政権の紛れもない弱点であるカジノ解禁法案の土俵に、安倍を引き込んだ蓮舫が6対4で勝った。安倍はアベノミクス批判に対しては蓮舫の事実誤認を指摘して一本とったが、“カジノでの大負け”を挽回するまでには至らなかった。


蓮舫が練りに練った「口撃用語」を準備、満を持して望んだのに、安倍は軽く見て党首討論戦略に欠けた。党首討論なのだから蓮舫の弱点である安保・外交論議に誘導すればよいのに、予算委並みの追及・防御に終始したのが失敗だった。
 

流行語の「神ってる」や、「息をするように嘘をつく」など次から次に繰り出すキャッチコピーは、さすがにテレビタレントだけあって、軽いが視聴者の印象に残るものであった。安倍の失敗はカジノで守りの論争に回ったことである。逆に蓮舫は32分の持ち時間のうち20分をカジノに費やし、攻めに攻めた。蓮舫は「カジノは、なぜ問題なのか。それは負けた人の掛け金が収益だからだ。新たな付加価値は全く生み出さない。これのどこが成長産業なのか。私は国家の品格に欠くと思う」と追及した。


至極もっともな正論である。安倍は「議員立法なので法案の中身を説明する責任を負っていない」と、我関せずのごとく答弁を避けたが、このキーポイントが勝敗を分けた。
 

なぜなら、土俵は「党首」の討論の場である。予算委のように首相としての立場で答弁する場所ではない。党首が双方向の主張をするための場である。首相と党首を分ける言い逃れは稚拙だ。党首として説明責任が当然あるのだ。加えて安倍はかつてカジノ議連の最高顧問であり、旗振り役であった。蓮舫が説明を求めるのは当然であろう。安倍は新聞がこぞって反対するカジノ法案を提案する負い目があるから逃げの答弁をしたことになる。


さらに安倍の負けが鮮明になったのはカジノ法案の説明で「いわば統合リゾート施設であり、床面積の3%は確かにカジノだが、それ以外は劇場であったりテーマパークであったりショッピングモールであったり、あるいはレストランであるわけだ。」と答弁したことである。


安倍はカジノが総合リゾートの一部であると強調したのだが、蓮舫は「ただのリゾート施設だったら法律は要らない」と真っ向から面を取った。続いて「カジノが入っているから、こうやって法律を出しているのではないか。だからカジノがどうしたら成長産業に資するのかと何度も伺っても、総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています」と決めつけた。
 

蓮舫の「息をするように嘘をつく」は、過去に安倍が「強行採決をしようと考えたことはない」と答弁した後に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)承認案などの採決を強行したことが念頭にあっての発言だ。蓮舫は「強行採決をしたことがない?よく、息をするように嘘をつく。TPP、年金カット法案、カジノ、全部強行採決じゃないですか。ここは参議院だ。良識の府の参議院は、みんな忘れない」と決めつけた。


さらに安倍はカジノ法案について蓮舫が依存症などの弊害を指摘したのに対して、「いずれにしても、今回は基本法であり、より具体的な法案が出てくる中において、そうした懸念にも具体的な答えを出していくべきだ」と答えた。しかし過去の例を見ても基本法を突破口にして狙いを達成するのは与党の定石であり、基本法を阻止しない限り、関連法案で歯止めをかけても実態は変化しないのが常識だ。これも理屈が通らない発言である。
 

安倍も負けが込んで逆攻勢の機会をうかがっていたのか、蓮舫が「有効求人倍率は改善されたかもしれないが、東京に一極集中しているからだ。地方に仕事がない」と決めつけたことを「しめた」とばかりにかみついた。


安倍は「有効求人倍率が各県で回復したのは東京一極集中が進んだせいではない。人口が減少すれば、有効求人倍率が良くなるという考え方で経済政策を進めれば間違える。驚くべき議論だ」と反撃に出た。確かに蓮舫が無知をさらけ出して安倍に討ち取られるの図であった。また安倍が蓮舫の側近である役員室長柿沢未途がカジノ法案提出者になっていることについて「役員室の中までばらばらだ」と逆襲したが、蓮舫はちゃんとした答弁ができなかった。こうして安倍に二本取られたが、蓮舫が3本取って勝ちとなったのだ。
 

この討論会について、新聞論調は朝日が社説で「安倍さんあんまりだ」と数の力を背景に野党の異論に誠実に答えないと批判。読売も「首相はカジノの説明を尽くせ」との見出しで国民の懸念が大きいと主張している。マスコミがこぞって反対し、参院自民党内でも反対論が強く台頭している。


従って党首討論で浮き出た構図は「正義」対「邪悪」の構図である。このような賭博是認法案の成立は、賭博是認の風潮を社会全体にに巻き起こし、安倍政権への失望感を増幅するだろう。大小の「賭け」が子供の世界にまで及ぶ危険性を内包している。今からでも遅くはない。


安倍シンパの山本一太が「カジノ法案はもっと慎重に審議すべきだ。今国会で強引に成立させることには反対する。安倍政権にとってもマイナスだ!」と大反対しているが、安倍は山本らを活用して、少なくとも継続審議へと方向転換すべきであろう。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月07日

◆天皇の「第2の人間宣言」に人間らしく応えよ

杉浦 正章



早期立法に求められる与野党合意
 

何も、深刻に考えることはない。天皇陛下のお言葉をウチの爺さんと比較しては恐れ多いが、分かりやすく言えば「わしも年じゃ。家督をせがれに譲り、人並みに老後を楽しみたい」ということがすべてだ。息子なら「そうかい。ご苦労さん」と受け入れるが、これを有識者なる人々がなんと3か月もかかって「愚説・卓説」論争をしてきた。そんな時かと言いたい。


「老後の楽しみ」に間に合わなかったら、国民挙げて慚愧(ざんき)に堪えなくなるではないか。いってみれば天皇のお言葉は戦争直後の昭和天皇の詔書の核心「人間宣言」の流れをくんで、「第2の人間宣言」の形で述べられたものであろう。従って対応もきわめて温情あふれる人間的なものにして差し上げなければならない。退位を一代限りの特例法にするか皇室典範の改正で恒久制度とするかが焦点になっているが、間に合わせることを最優先しなければ意味がない。両論を対立させることはない、政治が得意の両者の満足する折衷案を出すべき時だ。
 

昭和天皇の人間宣言のポイントは 「朕ト爾等(なんじら)国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ 」である。


私は現人神ではない人間であると言っているのだ。今上天皇は「二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました」「幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と述べておられる。要するに一般国民と同様の悩みを抱いておられることが分かる「人間宣言」なのだ。
 

お心に沿って対応する方法は、スピード感の一言に尽きる。有識者なるものの論議を聞いていると「火事を目前にして火の用心を説く」がごとき説を唱える向きがある。


とりわけ退位反対論は議論を象牙の塔の迷路に巻き込もうとするかのようであり、傾聴に値しない。有識者会議の学者の見解を分析すれば大きく3つに分けることができる。


それは@一代限りの特例法を作って退位に道筋をつけるべきだA憲法違反にならないよう、皇室典範の改正により退位を恒久制度化するB退位そのものに反対するーである。このうち退位反対論はまるで安保法制に反対したときの憲法学者のような愚論であるから一顧だに値しない。


3回にわたるヒヤリングをつぶさに分析すれば、人選にあたった政府も、巧みな操作をするものである。最初のうちは政府が一代限りと考えている特例法に同調する者を少なくし、最後の3回目に至って一挙に増やして、16人中8人が特例法を認める結果を演出した。退位反対は7人にとどめる操作をしたのだ。


メディアの報道は、やれ数が増えたなどと数の報道に賢明であったが、恣意的に政府が決めた人選なのであり、数は全く意味がない。退位問題の在りどころを露呈させることだけに意味があるのだ。総じて言えば世論調査で80から90%が退位に賛成していること自体が重要なのである。
 

もともと「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のまとめ役の座長代理御厨貴は、政府から10月17日に任命を受ける前に、TBSの時事放談で臨時的な立法措置による退位を主張していた。いささか唐突な発言に感じたが、朝6時の番組を見ている記者は少なかろうから、からくりが分かっていない。方向性は最初から出ているのである。御厨のとりまとめは自分の主張通り立法措置により早期退位を実現するところに落ち着くものとみられる。
 

その上で政治が判断することになるが、これまでのところ自民、公明、維新、こころの4党は、政府が検討する特例法による対応を容認する方針だ。速やかな生前退位を可能とするためには、特例法もやむを得ないとする。


これに対し、民進党代表野田佳彦は皇室典範改正論だ。共産、社民、自由の3党も皇室典範の改正が筋だと主張し、特例法には反対の姿勢だ。問題なのは共産や社民はどうでもいいが、国民的合意を達成するには少なくとも民進党を引き込まなければならないことだ。加えて報道各社の調査では特例法の支持は2割、皇室典範の改正支持が6,7割と言う結果が出ている。
 

妥協策としては時間のかかる皇室典範の大改正は次期通常国会では行わず、退位を現天皇に限った“特例措置”とするために、皇室典範の付則に条項を追加する程度にとどめることが考えられる。そうすれば皇室典範改正派を納得させられるのではないか。


また別の方法もある。特例措置法案を単独で提出するが、皇室典範の改正も審議会を作って恒久的な退位制度を検討した上で行うことを確約するという二段構えの方式だ。いずれにしても急いだ方がよい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年12月06日

◆真珠湾慰霊は王手飛車取りのリバランス

杉浦 正章



安倍は同盟重視路線に回帰
 
早期解散への布石の側面も
 

首相・安倍晋三の外交のうちでも快心の一手ではないか。あらゆる方向を見てもプラスにしか作用しない、王手飛車取りだ。安倍の現職首相として初めての真珠湾への慰霊訪問は日米、日露、日中、対トランプ外交においてプラスである。


その背景には安倍が米、露、中のはざまで、再び均衡を取るいわば「アベノ・リバランス」ともいえる外交路線の調整がある。これで安倍は15日のプーチンとの領土交渉が大きな進展を見せなくても、日米同盟関係強化で年内に外交的な地歩を確保出来る。これが国内政局にプラスに働くことは間違いなく、再び1月解散・総選挙ムードが台頭するかもしれない。
 

日米外交史の中で見れば、フォード来日と昭和天皇訪米のいきさつに酷似している。筆者はワシントン日本人記者団代表として、フォードに大統領専用機エアフォース1に同乗させてもらったからよく覚えているが、あのときもバーターの色彩が濃厚であった。左翼の反対で1960年のアイゼンハワーの訪日断念のあと、フォード訪日は74年に実現した。米大統領の訪日は1858年に日米修好通商条約が締結されてから116年目のことである。


天皇陛下との会見に際してフォードは「足が震えるほど緊張した」 と正直な感想を述べているが、天皇に訪米を要請。天皇はこれに快く応じて翌75年に実現した。ホワイトハウスにおける晩餐会で天皇は訪米の目的を「私が深く悲しみ(deeply regret)とする、あの不幸な戦争の直後、貴国がわが国の再建のために、温かい好意と援助の手をさしのべられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました」 と述べた。帰途ハワイに立ち寄ってハワイ島で静養したが、パールハーバーの慰霊碑を訪れてはいない。ただしワシントンのアーリントン墓地では献花・慰霊をしている。
 

安倍もオバマの広島初訪問の答礼のような形で真珠湾攻撃で沈没した米艦アリゾナの上に立つ。「アリゾナ記念館」をオバマとともに訪れ戦没兵士らを慰霊する。この安倍のバーター的なハワイ訪問は、オバマの広島訪問の話が出始めた今年の春頃から日米双方でささやかれていた。しかし安倍が最終決断したのは、リマでオバマと会談する直前であったようだ。会談と言っても、実際はごく短時間の立ち話程度であった。


その理由はホワイトハウスが、安倍が事前に行ったトランプとの会談に激怒した結果といわれている。ホワイトハウスはオバマがたとえレームダックであるとしても、他国の首脳が手のひらを返したように大統領が2人いるような会談をすることには反対であり、事前に相当のクレームを付けてきている。


それでも安倍は強行したわけであり、オバマがぶんむくれている時の会談となった。ところが安倍が巧妙であったのはこの短時間をフルに活用して、オバマの望んでいたパールハーバー訪問を持ち出したのだ。オバマはさすがに紳士で「あなたにとって強いられるようなものであってはならない」と安倍を思いやるゆとりを見せながらも、満足そうな表情であったという。
 

こうして慰霊碑訪問でオバマのご機嫌を取ったことになるが、結果よければすべてよし。オバマも最終段階でレガシーを一つ作れることになる。それでは、慰霊碑訪問がどのような外交的アドバンテージをもたらすかだが、まずトランプに対して、日米同盟関係の重要性を認識させるための絶好の行事となる。トランプはもともとアジアには関心が薄く、その日本核武装論や防衛費分担論は聞きかじりを基にした発言であり実に軽い。


安倍の真珠湾訪問に関しても「オバマは日本訪問中に真珠湾について議論したのか。何千人もの命が奪われている」 などととんちんかんなことをネットに書いている。広島訪問がバーターであるという認識が全くない。情報が入っていない証拠である。そのトランプに安倍の真珠湾訪問と、オバマが主要国首脳とおそらく最後になる会談相手に安倍を選んだことがどう映るかだ。


いくらアジアに疎いトランプであるにしても、米国の世界戦略から見た日本の重要性にやっと気付くに違いない。日米同盟によって米軍のアジアや中東への展開が可能になっている現実を知る事になるのだ。日本の基地提供がなければ、トランプ自身の対中強硬路線が成り立たないことが分かるのだ。
 

さらにアベノリバランスは対露関係に顕著に表れる。日露領土交渉は、15日の長門会談にむけての外相・岸田文男の訪ロが進展を見た気配がない。5日の政府・与党連絡会議で安倍は「1回の会談で解決出来るような簡単な問題ではないが、着実に前進させたい」と述べるにとどまっている。この発言は明確に大きな進展がないことを物語っている。


当初9月のプーチンとの会談では大きな前進を予感させるものがあり、その時に明らかに安倍は対米関係やG7との関係を、棚上げにするかのように対露傾斜の姿勢を見せた。長門会談に大きな進展がないとなれば、安倍は日米重視に傾斜するしかない。これが再均衡路線となると言える。
 

対中関係については、日米が大統領の広島訪問と、首相の真珠湾訪問で真の同盟関係に発展してゆく様を習近平が思い知ることになる。ここにくさびを打ち込むのは容易でないと思い知ることにもなるのだ。これが日米同盟による中国のやみくもなる膨張政策への抑止力として働くであろうことは言うまでもない。
 

こうして安倍が外交のリバランスで軌道を修正し始めたことは世界情勢にも少なからぬ影響をもたらすものにほかならない。従って大きな進展が望み薄の日露平和条約交渉のマイナスを真珠湾訪問と日米関係緊密化が補うことになるのだ。これはかなり国民に対して訴求力があり、安倍が政局の主導権を握って、早期解散・総選挙を選択してもおかしくない情勢へと発展する可能性を秘める。

         <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)  

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