2016年01月06日

◆今「憲法改正」をやっている暇はない

杉浦 正章



与党は野党の思うつぼにはまるな
 

1内閣1仕事というが既に安倍内閣は安全保障関連法の実現、アベノミクスによるデフレからの脱却という大事業を成し遂げた。これに憲法改正が加わるかというと、はっきり言って「その暇」はない。「憲法様をその暇とは何か」と右翼や産経から怒られるかも知れないが、その暇はないのだからないのだ。


憲法改正は昨年の安全保障関連法で集団的自衛権の限定容認が実現したことでそのエネルギーの大半を使い切った。同法は紛れもなく9条の解釈改憲であり当面10年や20年はこれで十分だ。自民党は改憲が党是であり悲願だが、緊迫する世界情勢や、アベノミクスの総仕上げなど重要課題がひしめいており、夏の国政選挙に向けて「改憲」を前面に押し出して選挙などやっていられないのだ。


例え衆参で改憲発議が可能な3分の2議席を獲得しても、国民投票で過半数を得られなければ内閣は総辞職か解散に追い込まれる危険がある。
 

首相・安倍晋三は新年の記者会見で改憲について「憲法改正はこれまで通り参院選でしっかり訴えてゆくし、議論を深める」と言明した。駆け出し記者は「すわ改憲」と色めきだつが、プロが読むと極めて慎重な発言に見える。「これまで通り」が決め手だ。「これまで通り」と言うのは、主張はするが本気で実現に向けて動かないということだからだ。


右翼はどうも先の安保法制以来、安倍を親方日の丸と位置づけ「行け行けどんどん」と景気づけるが、安倍は法制が実現したからこそバランス感覚を働かせていることを感知していない。
 

それに自民党内の物の見方は落ち着いている。朝日が昨年11月に興味深い自民党意識調査を掲載している。党員・党友を対象にした調査は、自民が「党是」とする憲法改正を「早く実現した方がよい」は34%で、「急ぐ必要はない」の57%が上回った。9条についても「変える方がよい」は37%で、「変えない方がよい」の43%の方が多かった。


産経はこれに食らいついて「なぜ朝日新聞は自民党員・党友の意識調査をこれほど歪めて読み解こうとするのか」と感情丸出しの反論記事を載せているが、文句があるなら自分の調査で反論すれば良い。調査の信ぴょう性は安全保障関連法の成立について、「よかった」が58%で、「よくなかった」の27%を上回ったとしており、これで我田引水調査ではない事が分かる。
 

政治状況を見てみるが良い。野党は躍進の共産党票欲しさに、民主党代表・岡田克也が同党に卑しげにすり寄り、熊本、石川選挙区などで、安保関連法の廃止などを旗印に、無所属の野党統一候補の擁立も進めている。共産党だろうが何だろうが悪魔と手を結んでも政権を奪回するなりふり構わぬ「野合」路線だ。策士小沢一郎の術中にもろにはまったのが岡田だ。「究極の野合」である。


その共産党と民主党が狙うのは、安保法制で実現した市民運動の再来である。国会前に10万人集めて気勢を上げた、あの素人が見ると“革命前”の如き盛り上がりが、歌の文句ではないが「忘れられないの」なのだ。
 

こうした導火線に火が付きそうな状況下で「憲法改正」を前面に出したらどうなる。共産党の思うつぼにはまるのだ。「戦争法案」の合い言葉が「戦争憲法阻止」に変わるのだ。そんな政治状況を知らない右翼や右翼紙が「憲法改正のチャンス」などと叫べば叫ぶほど、安倍の足を引っ張ることになることが分からないかというのだ。


さすがに安倍は軽々に乗らない。むしろ慎重である。例えば朝日も含めて主要紙が昨年10月に報じた南スーダンへの駆けつけ警護だ。最近になって「参院選以降に先送りする方針を固めた」などと報じている。明らかに安倍がもともと考えてなどいない方針を勝手に誤報し、今になって「変更した」はない。


筆者は記事が出た直後に「南スーダン『自衛隊殉職』が政権直撃の構図」「 国政選挙を前に安保の寝た子を起こすな」と全面否定したが、もともと南スーダンごときで自衛隊初の殉職を出す必要も無い。殉職が出るケースは東シナ海で対中戦が発生したときや、北の核攻撃の際などに限られるのだ。安保法制が戦争抑止を目的にしていることがまるで分かっていない。


米イージス艦が南シナ海をパトロールした際も産経は「日米共同パトロール」の見出しを躍らせ「9月に成立した新たな安全保障関連法制は、自衛隊と米軍の連携の幅を大きく広げるもので、今回の米艦航行で緊張が高まる南シナ海における日米の共同作戦行動も視野に入れている」などと報じたが、安倍は乗らなかった。


今度の中東危機も産経は「ホルムズ海峡封鎖現実味・政府、安保法発動も視野」などと6日の朝刊でやっている。まるで軍艦マーチを奏で、「勝って来るぞと勇ましく」を歌うような報道だが、さらさらそんな状況ではない。時代を錯誤するなと言いたい。
 

「戦争憲法阻止」で国会前に烏合(うごう)の衆でも10万人が集まったらどうなる。5月26日のサミットを前にして、各国首脳に「体裁が悪い」こと限りがない。要するに今国会は野党やいったん十字架を打たれて死んだ「ドラキュラ市民運動」を復活させる必用もないのだ。憲法改正など「神棚」にあげて、たまに拝むぐらいで十分だ。
 

新年会のあとの財界人の景気見通しは必ず的中するが、今年はおしなべて株価が年末に2万3千円になると予測している。憲法改正より国民は生活改善だ。弱者を援助する「老人3万円給付」や、アベノミクスで生じた30兆円の「埋蔵金」を使った「埋蔵金パズーカ」など、どんどん弱者救済に当てるべきだ。民主党政権が行った史上最大の「ばらまき政治」に比べれば、たいしたことはない。弱者は選挙目当てだろうが何だろうが助けてもらいたいのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年01月05日

◆オバマのレームダック化で安倍の責任重大に

杉浦 正章



今年の国際外交は「安倍調整」が浮上する

 米大統領オバマのレームダック化の間隙(かんげき)を縫うかのように中国国家主席・習近平とロシア大統領プーチンがそれぞれ「覇権」へと動き、国際政治はまさに食うか食われるかの激動期に突入している。


米国は来年1月に新大統領が誕生すれば民主党でも共和党でもオバマの作った「米国劣勢」の挽回へと動く。しかしそれまで1年の“間隙”が問題だ。今年の世界外交を俯瞰すれば、その“間隙”の調整役として首相・安倍晋三のリーダーシップが求められる年だ。


加えて対ソ外交でいかに“一歩前進”の地歩を築くかだ。安倍の今年の合い言葉「挑戦」がどう発揮されるか、生やさしい外交環境ではない。
 

今年の安倍の外交は前半に集中する。5月26,27日の伊勢志摩サミット議長国としての役割に加えて、日韓慰安婦合意の総仕上げなどハードルは高い。


サミットの焦点は端的に言えばテロ対策と中国の膨張主義への対応に絞られる。テロ対策はシリア内戦に端を発したテロリスト集団イスラム国(IS)と、これがもたらした難民問題が焦点となる。シリアの内戦ではアサド政権への対応をめぐって同政権を支持するロシアと、支持しない米欧との確執が事態を複雑化させている。足並みがそろわないことがISを有利にさせている側面があるが、ISへの空爆では一致している。
 


ロシアは戦争では常に先を“狡(こす)っ辛く”読む。ロシアの爆撃は、第2次大戦で北方領土を奪ったように対IS戦終結を見通して中東進出への足場を築こうとしているのだ。最終的には米国の新政権が、空爆で壊滅的になったISを地上軍を投入して掃討作戦に乗り出す可能性がある。欧州も当然地上軍を投入するだろうが、その場合日本に後方支援を求める可能性も否定出来ない。


こうした底流を先読みしたサミット対応が安倍にとって重要となる。日本としては中東では旧宗主国ではなく、旧宗主国と中東との因縁の争いに巻き込まれる必要は無いが、石油依存度は高く無視は出来まい。戦況にもよるがあえて火中のクリを拾う必要は無い。まずは経済支援のカードを切るしかあるまい。


また難民受け入れを日本に要求する国はないと思うが、あっても日本は受け入れる必要は無い。難民が出なくなるように様々な援助をすればよいことだ。サミットにおける「安倍調整」は、加盟7か国の「食い違い」を際立たせる事を避けるのはもちろん、ロシアと加盟国との調整役も重要であろう。 
 

安倍はサミット議長国首相として、他国首脳も行っているように参加国行脚に出る。3月から4月にかけて米国とカナダ。5月連休には訪欧だ。かつての加盟国ロシア訪問は、春に予定されている。北方領土問題での進展と同時にサミットとプーチンとの関係調整も重要な点となろう。プーチンが安倍の訪露を地方巡りにしようとしていることも、昨年の訪日延期への意趣返しと受け取れなくもない。


日程次第では訪露を蹴飛ばす「挑戦」が必要になるかも知れない。石油安と対露制裁がもたらす経済の疲弊により、対日関係を重視したいのはロシアの方が深刻だ。サミットは、よほど周到な準備と根回しがないと議論の水準とテーマがすれ違う危険がある。ISといい、テロといい、もはや「準戦時中のサミット」並みの緊張感が必要となろう。
 

さらにサミットでの温度差は中国問題をめぐっても出る可能性がある。中国国家主席・習近平の海洋進出と膨張路線は新年早々から不変であることが証明された。“弱虫オバマ”の心底を読み切ったかのように習近平は南沙諸島に作った滑走路で航空機を飛ばすという示威行為をして、埋め立てを既成事実化しようともしている。


また「ロケット軍」を発足させ、核ミサイル戦力の強化や宇宙の軍事利用を加速しようとしている。安倍は米国と共に中国の覇権封じ込めの方向を堅持しているが、欧州諸国は安全保障上の問題は中東にかかりっきりであり、勢い中国の膨張主義路線には関心が薄い。日米任せで、対中貿易の実利を重視するというのが基本だ。


安倍としては議長国でなければ露骨な主張も可能だが、議長国である以上米国と欧州諸国との間で「安倍調整」の姿勢を堅持する必用を迫られる。まあその間隙を縫って、議長声明などでいかに中国をけん制する表現を作り出すかが腕の見せ所ということになる。
 

加えて安倍の「温度差調整」外交が必要となるのは日韓関係であろう。慰安婦問題は昨年末の安倍と朴槿恵の“手打ち”で歴史的な合意を見て「最終的かつ不可逆的な解決」に達したが、まだ骨がのどに刺さったままである。


筆者が最初から指摘しているように日本大使館前の慰安婦像撤去問題が残っている。慰安婦問題の象徴である慰安婦像が国際法に違反してこともあろうに大使館前に設置されたままでは、まさに仏作って魂入れずである。撤去なしに10億円を支払う必要は無いし、そもそも撤去が前提の合意だ。韓国側にダメ押しの確認をする必要がある。


合意を踏まえ、アメリカを加えた日米韓の3か国が外務次官級の協議を今月中旬に東京で開く方向で調整が進んでいるが、こうした機会を捉えて撤去の確約を取らねばなるまい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年01月04日

◆夏のダブルはあたりまえ、3年後もダブルだ

杉浦 正章



安倍は、「消費増税再延期」で国民の信を問え
 

安倍長期政権への秘策を新年早々のお年玉として読者に提供する。読者はこれまで通り自分の考えとして講演するなり授業などで講義し、新聞や雑誌で論評しても結構。「いただき」でよい。その秘策というのは「3段ロケット3年噴射」論だ。


首相・安倍晋三は年頭所感で「築城3年、落城1日」と名言を吐いたが、築城後は3年ごとに大修理をする必要がある。1段目の噴射は政権獲得で済んだ。2段目の噴射は今年7月の衆参ダブル選挙である。これに圧勝して長期政権の礎を築くが、2020年夏のオリンピックまでにはもう一度総選挙が必要となる。


19年に再びダブル選挙を行い第3ロケットを噴射させるのだ。いわばダブル選挙のダブルだ。深読みに深読みを重ねた真田幸村並みの秘策だ。


新年の新聞の政治記事はまるで天下太平を地で行くように問題意識のない記事ばかりであくびが出た。日本は幸福な国だ。政局記事をご隠居さんの床屋談義のように「今年の政局は・・・」などという書き出しで書くケースは、昔から下手の見本とされてきたが、最近では通用するらしい。


悟り顔のテレビタレントのような評論屋が「1票の格差があるからダブルはない」などと悟ったように主張するのもアホらしさが先に立って読んでいられない。大局を読めないのだ。今年の大局とは「解散様」なのであって、「1票の格差」など「小局」が出る幕ではない。大局が小局を動かすのであって、小局が大局を左右することなどない。
 

ジャーナリスト以上に時代を言葉で切り取る名人だった福田赳夫は昭和39年(1964年)に「昭和元禄」と唱えたが、その言を借りれば今はさしずめ「平成元禄」だ。しかし昭和はいわば“銭ゲバ”の時代だったが、平成元禄の繁栄は科学技術といい、文化といい昭和元禄とは比較にならぬ「深味」がある。はっきり言ってそれだけでも「安倍治世」の功績は大きい。


そんな中で元旦の紙面は、わが“敬愛?”する朝日新聞だけが一面のトップで「首相、衆参同日選も視野」と踏み込んだ。外れれば普通政治部長の首が飛ぶ記事だが、詳しく分析すると安倍自身に探りを入れた上で書いている匂いが漂う。しかし何か自信のなさそうなのはごちゃごちゃ訳の分からぬ写真をトップにいっぱい載せて、記事を小型にした点だ。読売のドスの利いた編集態度と異なり、朝日の“インテリデスク”が責任逃れにやりそうな姑息(こそく)な紙面作りで、踏ん切りが悪い。


プロが見ると内心びくびくしている姿が浮かび上がる。男なら度胸出せと言いたい。逆に産経は安倍と対談をしたまでは良かったが、「解散総選挙は全く考えていない」などと通り一遍の反応しか得られなかった。


ほかの全国紙の政局記事は「丸出だめ夫」ばかりであった。どうせ後から時機をうかがって安倍から直に取ったふりをして「首相、同日選を決断」といった具合に書いて、朝日に追いつこうとするに決まっておるのだ。読売も新年はナベツネが対談すれば面白いのだが、二流のつまらぬ対談であった。社説も理屈に走ってなぜか今までの見事な切り口がなかった。
 

なぜダブルかは、年末12月1日の「来夏にダブル選がなぜあり得るか」にとっくに筆者が書き込んでいるからそれを読み返せばすぐに分かるが、最大の理由を端的に言えば相乗効果だ。衆院で自民党に投票する人は参院でも「ついでに」自民党と書いてしまうのだ。


日本がサミット番の年は選挙に勝てないというジンクスがあるが、中曽根康弘が定数是正の周知期間があるから解散は無理だと思わせた「死んだふり解散・ダブル選挙」の例だけがサミット後に勝っている。その効果を明白に現しているのだ。安倍が「死んだふり」をする場合も「小局」1票の格差があるから解散は無理だと思わせる手もある。
 

今回新たに一つのメルクマール(指標)として注意すべきは「消費増税再延期」との絡みだ。意外に思うかも知れないし、安倍も一回目の増税延期に当たって「17年の10%への増税はリーマンショックのような事態が生じない限り延期しない」ときっぱり明言している。

しかし、かつてなく低い失業率、賃金の上昇、輸出の活況などデフレ脱却とも言える状況が生じている。こうした世界でもまれに成功しつつある経済政策であるアベノミクス効果は、まだひ弱な側面があり、これにみすみす水をかけるようになるのが10%への再増税である。
 

「軽減税率で公明党との調整がついたから来年の再増税延期はない」という見方も大局を外して小局に堕している。ここは安倍が「臆面もなく」増税再延期をすべき時である。盟友・麻生太郎や財務官僚の5人や6人の首をたたき切っても、延期に従わせるべき時である。延期すればアベノミクスは成功し、完成する。その前にわざわざ景気の腰折れを招く必要などまるで無い。
 

そして、重要なるポイントはその「増税再延期」を理由に国会を解散することだ。小泉純一郎が参院で郵政法案が否決されたのを理由に衆院を解散・圧勝したのは、めちゃくちゃな政治手法だが、結果論的には天才的な洞察力をもった手法でもあり、安倍はこれを踏襲するのだ。


なぜ「臆面もなく」延期するかは、アベノミクス完成のためであり、政党トップとしての大義は十分にある。安倍が解散に当たって「これまで増税延期はないと発言してきたが、ここはアベノミクスの正念場。総仕上げをする時間を頂きたい」と訴えれば、国民は野党には悪いが「やんやの喝采」で自民党を支持する。ダブル選挙は野党の「野合共闘」も粉砕し、空前の圧勝となるだろう。
 

ここで注目すべきは逆のメルクマールで増税延期の選択もあることだ。延期をして解散のチャンスを広げるのだ。17年の増税実施だからこそダブルしか選択肢がないのだが、延期すれば可能性が出てくる。解散時期の選択肢が広がるのだ。

しかし、これは見え見えの邪道で、「攻めの安倍」にはふさわしくない。参院選も総選挙も個別選挙では敗北必至だ。さらにダブル選挙に公明党が反対するからできないと言うが、過去二つのダブルは公明党票など当てにしていなかった。


公明党代表・山口那津男が「選挙協力のエネルギーが制約される」と言うが、鉄の団結の創価学会である。住所移転などしなくてもよい。学会員に衆参4つの選挙で何処に投票すべきかは1日か2日の“学習”で可能になる。ここは山口もおおさか維新に連立を取られないよう頑張るときだ。ただし安倍は通常国会当初は「死んだふり」でも「寝たふり」でも「あっち向いてほい」でもいい。解散を否定し続けるのが常道だ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年12月29日

◆慰安婦像問題が最大のアキレス腱に

杉浦 正章



ガラス細工の危険が伴う日韓合意


欧米メディアに「歴史的合意」と報じられたが、その実態は韓国による“やらずぶったくり”の危険を伴うガラス細工の合意ではないだろうか。


首相・安倍晋三が大統領・朴槿恵に「心からのおわびと反省の気持ちを表明する」と陳謝し、想定外の10億円を国家予算の中から慰安婦問題で支払うが、その慰安婦問題における最大の象徴である日本大使館前の少女像は撤去されるのだろうか。


国際法違反のこの像が撤去されなければ、野党は鬼の首を取ったように通常国会で安倍を責め立てる。「10億円払っても撤去されない」は、夏の国政選挙に向けて絶好の攻撃材料になる可能性が大きく、最も反論しにくい問題として浮上してしまう。

まさか、韓国側から慰安婦問題のすべての元凶である「韓国挺身隊問題対策協議会」説得の見通しと確約がないまま、外相・岸田文男が「合意」したとは思われないが、疑問が残る。


「最終的かつ不可逆的な解決の達成」が、政府の説明であり、確かに合意内容は(1)慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認、今後、互いに非難や批判を控える


(2)日本政府は、当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた慰安婦問題の責任を痛感し、安倍晋三首相は心からおわびと反省の気持ちを表明する


(3)韓国政府が元慰安婦を支援する財団を設立し、日本政府の予算で10億円程度を拠出するーまでは過去の経緯から見れば画期的であり、よくぞここまで合意出来たと思う。


しかし問題は慰安婦像に関して懸念が残ることだ。まず合意では「韓国政府は在韓国日本大使館前の少女像への日本政府の懸念を認知し、適切な解決に努力する」としており、表現があいまいであることだ。
 

外相・尹炳世(ユン・ビョンセ)の記者会見における見解でも「関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう努力する」と、やはり確約ではない。むしろ努力目標のように感ずる。像を設置した反日団体である挺体協は合意に猛反発しており、撤去する気配は今のところ見られない。


韓国政府はもともと少女像を「民間団体が設置したもので政府は関係ない」としているが、国際法を知らないのか。慰安婦像は明らかに外国公館に対する侮辱であり、国際法違反である。


そもそも「外交関係に関するウィーン条約」第二十二条2は「接受国は、公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」と定めている。政府も2011年の12月14日に挺体協が慰安婦像を設置した後、同問題を12年6月に「ウィーン条約22条2に関わる問題」と批判する答弁書を決定、韓国に抗議している。


当然ウイーン条約違反として韓国政府が公権力を行使してでも撤去しなければならない義務がある問題である。
 

おそらく岸田と尹の会談では、慰安婦像の問題が取り上げられて、突っ込んだ議論がなされたものと推測される。そして良く解釈すれば、尹が「挺体協を説得するので待って欲しい」と要請、岸田はこれを認めた形で会談を終えた可能性がある。


したがっていつまでと期日を区切った可能性は少ない。さらに岸田が大使館前の少女像に言及したとしても、米国をはじめ世界中に設置され、その数が増加の一途をたどっている慰安婦像の問題を批判したかどうかは疑わしい。


この結果、日本側は国内的な問題を抱えることになる。自民党内と野党の攻撃材料になる公算が大きいからだ。もちろん交渉は大局を見なければならないが、もともと野党は大局など見ない。選挙向けの攻撃材料だけがあればよいのだ。それが慰安婦像問題に集中されることは必定だ。


なぜなら「首相が謝って10億円払ったのに撤去されない」は国民感情を刺激して、選挙に大きな影響をもたらす可能性がある。
 

今回の合意は安全保障上の見地などから言って大局的には正しいが、日韓両国とも国交正常化から50年の今年中に決着という朴槿恵の方針にあおられて結論を急いだ可能性がある。したがってここは政府が来月4日の通常国会前までに、韓国政府が公権力を使ってでも早期に撤去するよう韓国側に申し入れなければなるまい。


岸田は「在韓日本大使館の前にある慰安婦少女像について適切な移転が行われるものと認識している」と発言したが、「移転」であってはならない。あくまで「撤去」を主張すべきだろう。


慰安婦問題や産経記者起訴問題などで見せてきた韓国政府の姿勢は、まさに国際外交における“マッチポンプ”であり、今後も対日関係を改善して経済的困窮を脱すれば竹島問題や靖国参拝問題、天皇陛下への謝罪要求問題など国内事情次第でいつまたマッチを擦る方向に転換するか分からない側面がある。


「日韓新時代」もいいが、そういう国だと思って、付き合った方が良い。

       <<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年12月25日

◆慰安婦「妥結」へと動き急

杉浦 正章



安倍は慰安婦と面会して情に訴えよ
 

全国紙のうち数紙だけが「責任は私が持つ」という首相・安倍晋三の言葉を紹介しているが、今回の外相・岸田文男への訪韓指示のキーワードはこれだ。国家の最高権力者がめったに言わない言葉を口にした背景には、日韓関係をめぐる大きな潮流を読み切った判断があるのであろう。


岸田の訪韓で即「妥結」に向かうか、再度の最終折衝や、安倍と大統領・朴槿恵の再会談に最終決着が委ねられるかは別として妥結に向け本格的に動き出したことは間違いない。


日韓関係をめぐる潮流を分析すれば、やはりすべては11月2日の日韓首脳会談が、大きな現状打破のきっかけとなっていたことが分かる。同会談はまず少人数で「慰安婦」を主議題に1時間行われた。ここで何が話し合われたかはいまだに不明だ。


しかしその後の動きを見れば推定できる。安倍はこの場で産経の記者の裁判などでの大統領の“配慮”を求めたに違いない。そして朴はこれに応じたのだ。韓国は3権分立とは名ばかりで、大統領の意向がもろに裁判に反映する国柄だ。


朴は裁判への“干渉”を行ったのだ。産経前支局長への判決では、韓国外務省が日本側への配慮を裁判所に要請するという異例の措置を取った。65年の日韓請求権協定の訴えを却下した憲法裁判所の判断の直前には、外相・尹炳世が「賢明な判断を期待している。国際社会が関心を持ち見守っている」と公言している。
 

安倍はこうした朴政権の動きを見極めた上で、秘密交渉を続けてきた国家安全保障局長・谷内正太郎の情報も考慮に入れ、朴の「本気度」が確かなものであると判断するに到ったのだろう。これが、「私が責任を持つ」発言につながったのだ。それでは朴の紛れもない“軟化”はどこに原因があるのだろうか。


端的に言えば就任以来「慰安婦」を軸に国論をまとめてきた路線が行き詰まったのだ。いわば「慰安婦」が重荷になってきたとも言える。安倍は朴には愛想が尽きたとばかりに対米、対中外交を展開した。


日米関係は安保法制の実現もあって、かつてないほどの良好な関係に到り、対中関係も中国国家主席・習近平との一連の会談で、“氷解”しつつある。これがもたらしたものは韓国の極東における孤立である。朴は国際外交の現実が、自らが展開した「慰安婦言いつけ外交」には向いていないことを悟るに到ったのだ。
 

加えて米国の対韓圧力がある。日韓関係を米国から見れば、安全保障上の観点を度外視した韓国の「慰安婦執着」が目に余るものとして映ったに違いない。その証拠に米国は今年の春ごろから朴外交批判に回っている。


米国務次官・ウェンディ・シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言、朴を戒めたのだ。国務省高官らは慰安婦問題に「うんざりする」と述べるに到った。
 

さらに朴は韓国の置かれた経済的な窮状を目の辺りにせざるを得なくなっている。アベノミクスで事実上の完全雇用を達成している日本に比較して韓国経済はウォン高で輸出が不振、若年層の失業率が大幅に上昇、深刻な社会問題となっている。


当初は朴の「反日」路線を支持してきた財界からも対日関係の根本的な是正を求める声があがり、朴の路線を支持してきた浅薄なるマスコミも、手のひら返しをし始めた。TPP(環太平洋経済連携協定)の出遅れも、韓国内では「失政」と見る空気が強い。ようやく朴も「慰安婦執着」だけでは国民を引っ張れないことをひしひしと感ずるに到ったのだ。
 

今後の交渉の展開だが、交渉の主軸は慰安婦への金銭支給の方法に絞られるだろう。日本側は請求権問題は慰安婦問題も含めて日韓協定により「完全かつ最終的に解決された」(官房長官・菅義偉)という立場でありこれが変化することはない。


しかし、日本政府部内では、人道的な観点からの妥結策として、平成19年に解散した元慰安婦に償い金を支給した「アジア女性基金」のフォローアップ事業(医薬品などの提供)を拡充、予算を1億円規模に増額し、一括して渡すことも検討している。これで妥協が成立すれば日本大使館前の少女像撤去問題などは「派生問題」として解決される可能性が高い。
 

しかし韓国側がまだ慰安婦問題での法的責任問題にこだわるのなら話はご破算位なる可能性があるが、潮流としてみれば韓国側はこだわらない可能性が高い。さらに最終決着に当たっては安倍側の演出効果も重要である。有り体にいえば「お涙頂戴」である。


昔小泉純一郎がハンセン病患者らと官邸で会う際に「握手して肩を抱くように」と人を介して進言したことがあったが、小泉はその通り実行した。


安倍は「心が痛む」と言っているのだから、元慰安婦らと面会して、涙を流さなくても潤んだ目つきで慰安婦らの肩に手を添えるようにすれば、韓国民は情の国民でもある。訴えるところは大きいだろう。

      <<今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年12月04日

◆裁判は「民主党首相」の素質が問われた

杉浦 正章



【冬休み中特別出稿】

判決が「菅の“振る舞い”」を指摘


日本の元首相が現首相を訴えるという前代未聞の裁判の新聞報道が、第2社会面に小さく掲載されるとは驚いた。

新聞社内の縦割りで裁判は社会部任せにするという癖が抜けない。ことは一国の首相の「素質」が問われた裁判であり、原発の過酷事故という重要課題への政治の対応をめぐる司法の判断である。政治部サイドの関連記事とか原発専門記者の解説とかもう少し扱い方があるのだろうが、最近の各社編集局長のニュース価値判断の“素質”はこの程度のレベルかと改めて思った。


筆者は東日本大震災後の2011年5月23日の記事で【端的に言えば原子力事故発生途上にあった初期段階での官邸の対応は“知らぬ同士のチャンチキおけさ”であった。とりわけ3・11大震災直後の3月12日の首相官邸はその無能ぶりの露呈で歴史に残るものになると言えるのではないか。その中心に座った立役者が首相・菅直人と原子力安全委員会委員長・班目春樹であった。】と書いている。


その「無能ぶり」を同年5月20日に安倍晋三がやはり指摘したメルマガを元首相・菅直人が訴えた裁判で、菅が全面敗訴となった。
 

メルマガで安倍は、原子炉への海水注入について「菅総理が俺は聞いていないと激怒し、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです」「海水注入を一時間近く止めてしまった責任はだれにあるのか?菅総理、あなた以外にないじゃありませんか」と断じた。


これに対して菅は名誉を傷つけられたとして、安倍に約1100万円の損害賠償などを求め東京地裁に提訴したのだ。2年にわたる審理の結果裁判長・永谷典雄は判決で、原子炉を冷やすための海水注入について、「菅元首相には、東電に海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と安倍の主張を認めた。


さらに判決はメルマガの記事について「記事は菅氏の資質や政治責任を追及するもので、公益性があった」として菅の主張をしりぞけた。


判決の指摘する菅の「振る舞い」については、当時読売や産経が詳しく報じており、筆者も上記の記事でこれに焦点を当てている。要するに菅は冷静さを欠き、常軌を逸した行動の連続であった。


筆者の記事は「振る舞い」を【 日本の危機管理にとって「3・12」は魔の一日だった。重要な事態が夜になって発生した。菅が班目に「1号機に海水を注入した場合、再臨界の危険はないか」と質問した。班目が愚かにも「塩水の注入は再臨界の危険がある」と返答したのだ。


菅は信用し、原子力安全・保安院に対し「再臨界を防ぐ方法を検討せよ」と指示した。】と書いている。安倍が指摘したように菅は東電の海水注入について「俺は聞いていない」と注入にネガティブに反応、激怒している。
 

こうした官邸の動きについて判決は「菅首相の気迫に押されて東電幹部や官邸のメンバーが再検討した経緯があった。菅首相には海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と述べている。事実官邸に詰めていた東電フェロー・武黒一郎が菅の意向を察知してか東電に連絡、東電は始めた注水を中止した。東電は記者会見で、「首相官邸の意向をくみ」一時中断していたことを明らかにした。


その後東電は海水注入が中断していなかったと発表したが、これは海水注入の継続が故吉田昌郎元所長の英断であったという真実が確認された。菅の“手柄”などではさらさらない。


菅はこれらの動きに先立って国のトップとして異常な行動をしている。筆者の記事は【まず官邸に腰を据えて陣頭指揮すべき菅が、格納容器の内圧を低下させて破損を防ぐベントを準備中の福島第一原発を早朝ヘリで視察して、ベントを遅らせた。これが水素爆発に至らしめる要素の一つになったのではないか。そのヘリに同席したのが班目だった。


班目は機中で菅に「総理、原発は大丈夫なんです。構造上爆発しません」と述べて菅を安心させたのだ。この段階で水素爆発の可能性を指摘できないことが、まず委員長としての資質の欠如を物語る。その直後午後3時36分に水素爆発で建屋が吹き飛んでいる。】と記述している。
 

その後菅は、風評によるパニックをいかに抑えるかが政治の役目である時に、自らが“風評源”になってしまった。「本当に最悪の事態になった時には、東日本が潰れるというようなことも想定しなければならない」と語ったのだ。あっという間に情報は日本中に広がり国民の間に動揺をもたらした。


菅の脳裏にチェルノブイリがあったようだが、核爆発であるチェルノブイリと東電事故は本質的に異なることが分かっていなかったのだ。また、東電が撤退など全く考えていないのに、本社に乗り込み「あなたたちしかいない。撤退など有り得ない。覚悟を決めてください」と東電関係者に強い口調で迫った。


こうした首相の動揺ぶりが裁判結果に大きく作用したことは間違いない。判決は安倍の記事について「記事は菅氏の資質や政治責任を追及するもので、公益性があった」と、異例にも元首相の「資質」に言及して評価しているのだ。
 

要するにこの裁判は菅の意図に反して民主党政権の首相の「資質」が問われる結果をもたらしたのだ。野田佳彦は別だが、有権者が民主党政権を選択した結果、史上まれに見る災害で首相がうろたえて誤判断をし、鳩山由紀夫の普天間移設「最低でも県外」発言が今に尾を引き、国の安全保障を危うくしかねない結果を招いているのだ。


自らの能力の限界を理解していないのが民主党政権の首相であったように思える。菅は控訴する方針だというが悪あがきは自らの「素質」を露呈するだけとなることが分かっていない。


そもそも政治家の書いた記事について政治家が訴訟を起こすのは、国権の最高機関である国会の存在を無視するものではないか。言論の府にふさわしい論戦によって黒白をつけるべき問題ではないのか。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年12月01日

◆来夏にダブル選がなぜあり得るか

杉浦 正章



安倍の「小刻み解散戦略」志向が底流に
 

衆院議員の当落を決めるのは簡単な話だ。来年正月になっても夏に衆参ダブル選挙があるのかないのか悩んでいる人が落選。悩まずに「常在戦場。今年はダブル選挙」とばかりに選挙区を駆け回る人が当選の構図だ。これだけ「条件」がそろって見え見えなのに、見える人と見えない人がいるから政治家は優劣がつくのだ。


例え駆け回って空振りに終わっても支持票が増えたのだから損はない。来年は衆参同日選挙のあるなしが政局最大の焦点となる。とりあえずダブルに向けて政治家が走り出すことだけは止められない。
 

政党首脳が、動物勘で発言している場合は注意して耳を傾ける必要がある。自民党幹事長・谷垣禎一が、国対委員長・佐藤勉が、来年夏のダブル選挙に言及したことに関して「決め打ちできるわけではないが色々可能性はある」と述べているのは、首相・安倍晋三の近くにいてその“息遣い”を感じ取っているからであろう。


民主党代表・岡田克也が「安倍首相がダブル選挙に打って出るという可能性がないとは言えない。17年4月の再増税以降は暫く選挙が出来ないと思う」と発言したのは、観察に“読み”を入れているのであろう。
 

このような政治上の重要判断を幹部が党内外に発信するのは、戦中の「警戒警報発令」を意味している。爆撃機が頭上に来てからでは遅いのだ。なぜ警報が出されるかと言えば、最大の理由が安倍の政治手法にある。これといった争点もないのに勝つとみれば選挙後わずか1年で解散するというダイナミックな政治手法である。


いわば「安倍流短期解散戦略」である。これまでの首相の手法は300議席近くも取れば多かれ少なかれこれを“死守”しようとして、解散に踏ん切りがつかず、結局追い込まれるケースが多かった。
 

しかし安倍の政治戦略はこれとは構造的に異なる。いわば陸上のハードル競技の8.5メーター間隔を4メーター間隔に縮小して、高さも84センチから40センチに下げてしまうようなものだ。小刻み戦略なのである。


要するにドラえもんのように「何処でも解散ドア」なのである。だから衆院議員で解散は先だなどと考えている者がいれば、落選間違いないのだ。この安倍の従来の首相とは異なる特性に加えて、18年12月までの衆院議員任期を考慮に入れた場合の解散のチャンスは多くない。


間違いなく自民党が議席を減らすのが17年4月以降の解散・総選挙だ。いうまでもなく「消費税10%」の是非を問われるからだ。公明党が軽減税率にこだわるのは総選挙を意識してのことだろうが、「無駄な抵抗はやめよ」といいたい。軽減税率などあろうとなかろうと、7年4月以降に解散すれば確実に「増税仕返し」選挙となるのだ。大平正芳が増税解散に大敗したのがいい例だ。
 

そこで谷垣や岡田が警鐘を鳴らすのは、「おれが安倍でも解散断行を考える」と判断出来るからだ。まず第一の理由は過去のダブル選挙で自民党は圧勝している。大平正芳のハプニング解散、中曽根康弘の死んだふり解散のいずれもが、自民党に圧勝をもたらした。


いずれも中選挙区制におけるダブル選挙だが、小選挙区制においても政権政党にとって「相乗効果」をもたらすことには変わりない。相乗効果とは同日選の場合、衆院で自民党に投票する人は、参院でも「ついでに」自民党に投票する傾向が著しいのだ。


その逆もあり得る。とりわけ参院選挙単独のケースは政権選択選挙ではないから、有権者の不満がそのまま反映されて自民投票が伸びないケースが多い。ところが衆院は政権が代わりうるから投票行動が慎重になる。


ダブルが政権に有利なのは、有権者が真剣になって大きな変化を望まず政権に有利な投票行動をするからだ。こうした相乗効果は先の大阪ダブル選でも遺憾なく発揮されているのはいうまでもない。市長・橋下徹人気が府知事選にも大きく作用している。
 

さらに加えて、野党に風が吹く気配がない事も挙げられる。民主党と維新の党が4月か5月頃に一緒になって、例え名前が変わってもブームが起きる気配はない。


おおさか維新の会も大阪のダブル選で票を伸ばしたのは、「大阪特区」としての事情があるからで、このブームが全国に拡大する可能性は少ない。唯一橋下徹が衆院選に立候補すれば、それなりの話題を呼び議席にも結びつく可能性があるが、これが第3極ブームの再来になって、政界地図を塗り替えることはあるまい。


また、共産党が提唱している選挙協力や野党統一候補も、ダブルとなれば選挙区がねじれて困難になる。
 

想定されるダブル選の日程としては、1月4日に通常国会が召集された場合、5月26、27日の伊勢志摩サミットを経て、6月1日が通常国会閉幕となる。延長しなければ閉会当日の解散が考えられ、参院選との同日選挙は7月10日が取りざたされる。延長があれば幅にもよるが、7月の下旬から8月にかけてのダブル選が考えられる。


いずれにせよ先生が走る「師走」が半年以上続く気ぜわしい年になることは間違いない。来年は解散風が出たり引っ込んだりの年となることは間違いない。

【筆者より=12月は政局も凪の状態なので原則として冬休みとします。何かあったときには書きます。再開は1月の初旬か中旬。良いお年をお迎えください。】

2015年11月27日

◆岡田が左右から「揺さぶられっ子」症候群

杉浦 正章



執拗に民主にまとわりつく志位
 

民主党代表・岡田克也が党内、党外の右と左から揺さぶられてまるで「揺さぶられっ子症候群」に陥りそうな状態を呈している。


26日も、共産党委員長・志位和夫が大阪市長選で失敗したにもかかわらず選挙協力を持ちかければ、維新の党の代表・松野頼久が「来年にも新党を」と働きかける。志位に到っては参院選への予行演習とばかりに町村信孝死去後の北海道5区での選挙協力を打ち出した。まるで悪女の深情けというか、背中にくっつく「おんぶお化け」というか、共産党はしつこくつきまとって離れない。


大阪市長選の敗北で永田町に衝撃が走ったのは、大阪自民党が共産党との共闘で大敗を喫したことだ。共産党票をプラスすれば勝てるとふんだ自民党は、候補・柳本顕の叔父で参院議員の柳本卓治が共産の街宣車に乗ったり、書記局長・山下芳生と手を取り合って高々と掲げるなど共闘のアピールで“深入り”した。


ところが集まった自民党支持者からは「馬鹿馬鹿しくて見ておれんは」と、群衆から離れるケースが続出したという。


自民党府連幹部は「共産党と蜜月ぶりを見せれば見せるほど票が離れた」と分析している。もちろん民主党もこの傾向を見て衝撃を受けており24日の常任幹事会で保守派が岡田を突き上げた。「共産党と組むと保守票が逃げることがはっきりした。それでも選挙協力を進めるのか」との批判や懸念の声が噴出したのだ。もともと民主党内の選挙のプロは「共産党から2万票もらっても、3万票離れる」と分析していた。
 

こうした“不穏”な動きを感じ取ったか志位は26日、民主党への選挙協力の第2弾を放った。4月24日投票と決まった北海道5区の衆院補選で「野党統一候補が出来る場合は後任候補を取り下げる」と言明したのだ。


さっそく幹事長・枝野幸男が「目標は民主党が1議席を増やすことではなく、与党の議席を奪うことだ。最も効果的なやり方をする」と述べ、野党統一候補の擁立を目指す考えを明らかにした。まさに志位の“術中”に落ちるの図だ。


しかし、選挙が弔い合戦になった場合は自民党候補が勝つというジンクスがある。もっとも町村は2009年の総選挙では小選挙区で民主党に3万票余りの差をつけられ敗北。比例北海道ブロックで復活当選するという苦い経験があり、予断を許さない。


民主党は、共産党の応援を受けて負ければ岡田の責任問題に発展する可能性があり、まさに夏の国政選挙に向けての天王山となる。
 

一方、代表・松野頼久は26日「新党を来年作るべきだ」と岡田に申し入れた。松野は年内に統一会派を作り、国会の論戦を戦った上で維新と民主が解党、4、5月には新党を立ち上げる構想を練っている。これには党内右派の細野豪志、前原誠司が同調して解党論を展開している。民主党への維新の合流を主張している岡田への揺さぶりをかけているのだ。


なぜ松野や右派が解党論なのかと言えば、せめて党名でも変えないと新鮮味が出ないというところに尽きる。


読売の世論調査を見ても一強自民が支持率40%なのに対して、民主党は7%。維新は何とゼロ%だ。おおさか維新の会が2%であり、橋下徹のいない維新などはそもそも政党と見なされていないのだ。来月6日に代表選のための党大会をやるが、松野がなろうと小野次郎がなろうと、まず支持率が劇的に上がることはない。
 

だから名前を変えて夏の選挙に臨もうとしているのだが、駄目と支持率ゼロが一緒になって名前だけ変えても、駄目の二乗になるだけだろう。こうして「岡田民主」は右と左からピラニアのように食い荒らされているのが現状だ。


しかし、細野も前原も党を割るほどの勢いはない。前原はおおさか維新の橋下と親しいが、まだそこから何かが生まれるような風は吹いていない。政治状況はまるで独り横綱の首相・安倍晋三に、子供力士が束になってかかっているような状況で、手足をばたばたさせているだけのような図柄である。

           <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年11月26日

◆橋下は「維新特区」依存の脱皮がカギ

杉浦 正章



“正月休み”の後は「国政」を目指せ


BOROのシングルに「大阪で生まれた女やさかい東京へはようついていかん」があるが、大阪は「維新特区」というべき政治風土を持っている。府知事、市長両選挙で大阪維新を圧勝に導く風土だ。その投票行動には全く一貫性がない。


橋下徹の大阪都構想を住民投票で否決したかと思うと、今度は橋下を圧勝させた。背後に何があるかといえば江戸時代に大阪から始まった「浪花節」だ。「橋下さんのメンツをつぶしたから今度は助けにゃああかん」という浪花節的な風潮が根本にあって、それが政治を動かす。


橋下も心得たもので、最後の街頭演説で「8年間お世話になりました。府知事と市長をよろしく」と訴え、おばちゃんたちの涙を誘う。ほかの政治家が言ったのでは「ああそうかい」で終わるが、橋下が言うと涙、涙なのだ。これこそがカリスマ政治家の面目躍如たるものだ。その涙は将来票になる。


 問題は、橋下がいなくなった大阪が「ジョン・レノンのいないビートルズ」(デーブ・スペクター)ということになるかと言えば、そうはなるまい。いなくならないからだ。本人は一時「政治家はボクの人生から終了した」と宣言していたが、市長選に圧勝して確保した「国政への土台」をみすみす逃すわけがないのだ。橋下は大阪が維新特区である限りいなくならないのだ。


問題は引退するかしないかではなく「引退の期間」であろう。早ければ正月休みの後出てくるのではないか。でなければ「夏の選挙」に間に合わない。


なぜ「夏の参院選」ではなく「夏の選挙」かといえば、首相・安倍晋三が勝つと見込めば「衆参ダブル選挙」に踏み切る可能性があるからだ。再来年の春には消費税率の10%への引き上げが待っており、「愚直に行く」として増税選挙に踏み切った大平正芳の例を挙げるまでもなく、誰がやっても増税後の選挙の大敗は確実だ。


8%でも重税感がのしかかっているのに10%になったら、軽減税率もクソもない。選挙民の怒りは心頭に発するのだ。公明党は創価学会の票が分散するとして常にダブルに反対だが、しょせんは政権の味が忘れられなくなった政党、解散してしまえばついてくるのだ。
 

だから橋下は、正月休みだからと言ってのんびりとはしていられないことになる。だいいち国政政党「おおさか維新の会」は、橋下のカリスマがなくては成り立たないのだ。しかし、大阪の特別区が全国的な広がりを持ちうるかといえば、これはない。橋下人気は特別区限定であり、広がりを見せる可能性は少ない。


2012年の選挙では第3極ブームが到来したが、これは民主党に政権を取らせて戦後の政治史上まれに見る誤判断をした有権者が、自民党に戻るのも照れ臭く、第3極ブームを作ったのだ。したがって、次回の国政選挙では橋下ブームも生じない。国政選挙は“自共対決型”となり、下手な政党ははじき飛ばされる。
 

加えて「大阪都構想」などという、訳の分からない政策が復活することもあり得ない。他党を敵に回したうえに、維新は府議会でも市議会でも過半数を割っており、再度住民投票をするにもハードルが高すぎる。もともと「大阪都構想」なるものは、「都」と名前がつくだけで大阪特区のプライドをくすぐって来ただけで、これにこだわっていては国政に進出する政治家としての素質が問われかねないのだ。
 


国政に出る以上、参院ではなく衆院に出るしかない。参院はしょせん衆院の補完であり、政治家のレベルも総じて低い。首相への展望も開けない。いずれにせよ国政では内政・外交・経済で確固とした識見を求められる。大阪都構想は国政には全く通用しない。


橋下は今ブームとなっている田中角栄とそのカリスマ性においては相似形にあるが、似て非なるものは、政策上の知識である。小学校しか出ていない田中は脳梗塞で倒れるまで、そのハンディキャップを補おうと深夜の「勉強」を続けて、国をリードするまでに到った。


しかし橋下は大阪都構想なるもの一点張りであり、国政を勉強している風にも見えない。弁舌でごまかすような癖はタレント以来のものであり、なくならない。


ここで行うべきことは、今後は政治・外交・経済を勉強してこれに独特の直感を加えて、国政に向けて積極的に発言することだ。雑巾がけ専門の陣笠代議士にとどまる器かどうかはその発言によって判断されるべきものであるからだ。心根を維新特別区頼りから、国政に向けて大転換しなければ真の展望は開けまい。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2015年11月25日

◆安倍・オバマ連合の攻勢に中国は大誤算

〜東アジアサミット〜

杉浦 正章



中国の「各個撃破」戦略不発の背景
 

毛沢東のゲリラ戦「各個撃破」は中国共産党伝統のお家芸だ。中国は日米両国を「域外国」と決めつけ個別に多数派工作を展開、これが、G20とAPEC首脳会議までは順調にいくかに見えた。ところが、最後の東アジアサミットで待ち構えた「安倍・オバマ連合軍」に、首相・李克強が孤立化してあえなく討ち取られるという大誤算を演じた。


日本の新聞やテレビの報道はこの肝腎の図式を俯瞰して描ききっておらず、群盲が象を撫でる状況であった。


同会議では南シナ海の人口島建設をめぐって、対中批判が続出。遅れに遅れた議長声明は中国の人工島造成を念頭に「軍事化」の動きに初めて言及し、「複数の首脳が示した懸念を共有した」と中国を厳しくけん制する内容となった。次回東アジアサミットは米国で2月に開催することになり、南シナ海をめぐる外交戦は継続する。
 

各個撃破は中国国家主席・習近平自らが率先して行った。ベトナムを訪問して、札束外交を展開。外相・王毅がフィリピンの大統領アキノに南沙問題をAPECの議題にしないようにクギを刺した。さらにタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの外相を自国に招いて会談、“多数派工作”を展開した。


この結果APECの共同宣言では南沙問題には言及がなかったばかりか南シナ海の問題は一切提起されなかった。
 

しかしオバマと安倍の狙いは最後の東アジアサミットにあった。APECでは深追いしないが、東アジアサミットでは徹底的にやることを両者はおそらく確認しあっていたのであろう。ここへ向けて根回しを進めた結果、事実上中国がつるし上げにあったのだ。


習近平はなぜか出席せず、この結果首相・李克強が打たれ役を演じる羽目となった。会議の冒頭ブルネイが発言を求めて南シナ海の事態を批判、習近平が札束で「落とした」はずのベトナムも批判を展開。恨み骨髄のフィリピンのアキノに到っては中国を名指しで「法の支配に基づいて行動せよ」と促した。


オバマは「(中国は)航行と飛行の自由や、紛争の平和的解決など国際原則を守る必要がある」とクギを刺した。


こうした批判に対して李克強は「域外国は、地域諸国が南シナ海の平和と安定を擁護する努力を尊重すべきだ」と懸命の防戦に出た。これも中国の各個撃破の一種で、日米を域外国と断じて会議での差別化を図ろうとしたのだ。


しかし、東アジア首脳会議の雰囲気は南シナ海は公海であり、中国の領有権など認めない国が大多数だ。「域外国理論」は通用しなかったのだ。
 

最後に安倍が発言を求めた。通常の会議では日米が早めに発言して会議をリードするところだが、安倍は独特の直感を働かせて最後の発言を選んだ。批判が多ければ最後の発言が締めくくりとなって李克強は言われっぱなしになるという高等戦術だ。


安倍は「南シナ海では埋め立てや軍事的利用の動きが今なお継続している状況を懸念する。習近平主席は軍事化する意図はないと発言をしており、留意しているが発言には具体的な行動が伴わなければならない」と締めくくった。
 

こうして昨年の5月のシャングリラ会議と同様に中国は孤立化の様相を浮き彫りにさせられたのだ。しかし、カエルの面に小便的な色彩があるのは否定出来ない。中国の外務次官・劉振民は会議直後に「習近平主席は軍事拠点にしないとは言ったが、軍事施設を建設しないとは言っていない」と噴飯物の発言をした。


軍事施設を建設すれば誰が見ても軍事拠点ではないか。こうした発言をまかり通そうとするのは、依然として中国が独善とエゴ丸出しの国家であることを物語っている。
 

議長国マレーシアが発表した議長声明には、ASEANと中国が協議中の南シナ海での活動を規制する行動規範の早期策定を目指すことがうたわれたが、時期は明示されていない。中国には行動規範が出来る前に埋め立てを完了させる意図が見え見えである。このためオバマが「来年の東アジアサミットまでの行動規範締結を望む」とクギを刺したのは当然であろう。
 

注目すべきはASEAN諸国が22日、域内10か国の経済統合を進める共同体を12月31日に発足させると宣言したことだ。6億人超の巨大市場を目指し、域内の経済活性化を図る。非関税障壁の撤廃をさらに進めるなど、今後10年間の統合の進め方を示す「工程表」も採択した。


この共同体をめぐって米中がいかに影響力を行使するかも焦点となるが、環太平洋経済連携協定(TPP)で合意した日米は、自由主義経済圏という大枠で歩調を合わせることが可能だ。米国での首脳会議開催は中国に対する強いけん制になることは言うまでもない。来年秋の大統領選挙に向けて、対中強硬路線を取る共和党候補に民主党が巻き返しを図るチャンスともなるだろう。
 

今後中国は南沙諸島での埋め立て工事を継続させ、漁民などを「植え付け」、これを守る軍隊を駐在させるという既成事実化を臆面もなく進めることが予想される。しかし、これにはASEAN諸国の反発は不可避であり、日米豪印が核となってASEAN諸国と同調した対中封じ込めの構図は長期にわたって継続せざるを得ないだろう。


こうした国際会議のやりとりを見れば、ろくなテーマもないのに、臨時国会開会にこだわり、安保法案の廃案や修正を主張する日本の野党の「時代錯誤」は、極まった印象を強くするものである。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年11月20日

◆日米首脳が覇権主義中国をけん制

杉浦 正章



安倍、南シナ海への自衛隊派遣を検討


一見テロ対策と経済対策一色に見えるアジア太平洋経済協力会議(APEC)だったが、舞台裏では中国対日米同盟のすさまじいせめぎ合いの構図が展開された。


とりわけ米大統領オバマと首相・安倍晋三との会談では日米同盟を地球規模に拡大することで一致し、安倍は「南シナ海での自衛隊の活動」に言及した。これは、南沙諸島の埋め立てにより領土拡大路線を進める覇権主義中国への極めて厳しいけん制球となった。


加えて環太平洋経済連携協定(TPP)首脳会合で自由貿易圏の拡大方針が確認され、同協定の中国封じ込めの色彩が強化される状況となった。安倍による南沙情勢へのコミットメントは、安保関連法成立後最も重要な首相発言と言え、通常国会では野党の強い反発を招き、激しい議論に発展することが予想される。
 

APECでの孤立化を回避する中国の下準備は相当なものがあった。危機感を抱いたのか国家主席・習近平自らが5日にベトナムを訪問、経済協力を約束。10日には外相・王毅が議長国であるフィリピン大統領・アキノと会談して南沙問題を議題にしないようにクギを刺した。さらに11日にはタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの外相を招いて会談、一種の“多数派工作”を展開した。


この結果APECの共同宣言では南沙問題には一切言及がなかった。そればかりか南シナ海の問題は一切提起されなかった。中国の“根回し”が利いたことと、アキノが議長で中立的立場を取らざるを得なかったことが影響した。


ところが日米は協調を旨とする国際会議の表舞台でなく、裏舞台で中国包囲網への動きを展開した。オバマとアキノの会談でオバマは海上安全支援策を増強し、2年間で2億5000万ドルの支援を約束した。安倍もアキノとの会談で南シナ海問題での協調と支援を確認した。


さらに重要なのはTPP首脳会合だ。安倍は今後の方針として参加国の拡大に言及したが、会合後フィリピン、タイ、インドネシア、韓国などが参加に前向き姿勢を示した。


中国は共産主義1党独裁体制で事実上の統制経済を行っており、この体制が改まらない限り参入は困難である。したがってTPPはおのずと中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への対抗的な色彩を帯びる結果となったのだ。
 

そして極めつけが日米首脳会談だ。オバマは南沙でのイージス艦の通過など「航行の自由作戦」に関して、「日常の行動として実行していきたい」と述べ、継続の方針を明言。これに対して安倍は「中国の現状を変更する一方的な行為にはすべて反対する」と、米国の作戦への支持を明確に表明した。


加えて安倍は「南シナ海での自衛隊の活動は、情勢が日本の安全保障環境に与える影響を注視しつつ検討する」と述べたのだ。明らかにオバマに対するコミットメントである。ただ具体的な行動については明確にはしなかった。


安倍は去る11日の参院予算委でも自衛隊の南シナ海派遣について「我々は様々な選択肢を念頭に置きながら検討を行っていきたい」と発言している。派遣に前向きと受け取られても無理はない発言だが、その時は「現時点で具体的な計画はない」とも述べている。
 

それからまだ1週間あまりであり、オバマへの発言も具体的な計画はないのだろう。発言も「安全保障に与える影響を注視しつつ」と、無条件ではないことを付け加えている。ただ安全保障に与える影響とは、安倍が安保法制審議で繰り返した「我が国に死活的な影響」という集団的自衛権の行使の要件より緩い。


しかし安倍は国会答弁で南シナ海で問題が生じた際の対応について、「ホルムズ海峡と異なり迂回路がある」とも述べている。したがって安倍発言の真意は、米国の「航行の自由作戦」にまる乗りして、共同パトロールをするところまで踏み込んではいないと思われる。


だいいち自衛艦は東シナ海への対応で手一杯だといわれており、よほどの事態でも発生しなければ、パトロールはフィリピンやベトナムに提供する巡視船に委ねる事が賢明だろう。ではどのような場合に派遣が実行に移されるかだが、日米共同訓練の場を南シナ海とすることも考えられるし、12カイリの外側での監視行動や空自による監視活動などもあり得る。


米艦への物資補給やかつてのような洋上での石油供給活動なども比較的やりやすいと考えられる。いずれにしても南シナ海への自衛隊派遣を口にした首相はなく、大きな議論を呼ぶものとみられる。
 

中国は表舞台に気を取られるあまりに、裏舞台にまで手が回らなかったことになる。22日にはマレーシアで東アジア・サミットが開かれるが、ここでは従来政治・安全保障をめぐる討議も行われてきており、中国の南シナ海進出に対する意見が出される可能性が高い。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年11月19日

◆小沢と共産党が「なりふり構わぬ症候群」

杉浦 正章



まるで“野合”の危うさ露呈
 

生活の党代表の小沢一郎と、共産党が「なりふり構わぬ症候群」とも言うべき身体・精神症状を示している。共産党委員長・志位和夫や前委員長・不破哲三は、「選挙に勝つためには何でもやる」という姿勢だ。参院選で1選挙区2万票と言われる票を野党統一候補に差し出す構えを見せれば、小沢はこれを背景にいったんつぶれたオリーブの木構想を実行に移すのだという。


一時は「老兵は去るのみ」と意気消沈していた73歳の小沢が、「野党統一候補で一強自民党を完敗させる」と言うまで元気になったのだ。しかしはっきり言って、特殊な層には支持されるが一般国民が最も信用していない政治家個人と政党は小沢と共産党である。この「国民と政策不在の野合」が、来年の参院選の勝負を左右するのだろうか。


小沢と共産党の接触は何と言っても安保関連法案をめぐる戦いでの一致である。もともと不破とは当選が同期で仲が良かったし、志位とも反安保闘争を機に接触の度合いを深めた。国会前で民主党代表の岡田克也らと一緒に手を組んでデモ隊を扇動し、親密度を高めたのだ。


そして、選挙の勝利がすべてに優先する「政治屋小沢」が、これまで手つかずであった共産投票に目を付けた。手つかずと言っても2009年の総選挙では、民主党躍進を感知した共産党が自主的に候補擁立を控えた例があり、小沢はこのころから共産票を「利用出来る」と踏んでいたのだ。


その活用の実践が8月の岩手知事選である。小沢の根回しで民主、共産、維新、生活の協力を実現して、現職有利に導き、自民党をして候補擁立断念に追い込んだのだ。勢いづいた小沢は、弁舌巧みに志位らを説得、鉄の団結の党を“たらしこんで”しまったのだ。共産党は、安保が成立したと見るやすぐに志位が「国民連合政府」構想を打ち上げ、野党に選挙協力を呼びかけた。小沢がこれに賛同の声を上げたのは言うまでもない。


そして岡田とも会談して、共産党との選挙協力で一致したのだ。国政選挙での共産党取り込みに成功したのであるから、小沢の“豪腕”ぶりいまだ衰えずということになる。岡田にしてみれば共産党票をそっくりいただければ、参院選圧勝の夢と希望が湧くのであり、党勢の衰退を思えば棚からぼたもちの話である。


一方共産党も、志位が柔軟路線に転換、日米安保条約の撤回を求める党方針を凍結するという路線上の大転換を示し、天皇制の維持までも明言する始末だ。良く党内が治まると思える戦略である。言ってみれば主義主張を凍結して、選挙の票だけを目当てに連合を組むという「野合路線」を、臆面もなく選択したのだ。


冒頭言った小沢の「なりふり構わぬ症候群」は共産党にも伝染したのだ。しかし最大の誤算は安保法制が国民に受け入れられ始めており、いくら通常国会で扇動しても、今夏のムードが復活することはないことを感知していないことだ。


さすがに民主党内右派は黙っていない。前原誠司と細野豪志が維新の前代表・江田憲司と11日夜会談、民主党解党で合意に達した。岡田に対するけん制である。前原は共産党との選挙協力について「私は選挙区が京都なので、非常に共産党が強いところで戦ってきた。共産党の本質はよく分かっているつもりだ。シロアリみたいなものだ。ここと協力をしたら土台が崩れる。」と“共産党シロアリ”論を展開している。


慌てて幹事長・枝野幸男が共産党書記局長の山下芳生に「失礼な表現があった」と陳謝したという。民主党内は右派だけでなく、旧社会党系議員からも危惧の声が聞かれる。


今後の展開だが、小沢の言うオリーブの木と共産党の国民連合政府とは十分に折り合いが付くものだろう。何もイタリアの真似をしなくてもいいと思うが、小沢の構想は既存の政党とは別に選挙の届け出をする政党を作り、そこに野党政治家が個人として参加する構想だ。


共産党の構想も「国民連合政府で一致した政党が選挙協力をする」事に主眼を置いており、共産党が政権につくかどうかは明確にしていない。さすがに小沢も外聞が悪いと思ったか、17日のTBSラジオで「共産党自身は一緒になる気はない。選挙協力のところまでやるだけで、そんなにヒステリックに心配することはない」と否定している。


これはまず嘘だろう。民主党政権では社民党まで参加した政権を作っており、選挙に圧勝するようなことがあれば、その勢いをかって共産党まで政権に入れるに決まっているからだ。
 

もっとも参院選に勝てるかどうかは全く未知数だ。いくら公明党票に匹敵する組織票があるからといって、有権者が国政選挙で小沢と共産党が“つるむ”候補に投票するかは疑問があるからだ。民主党が政権についたときも風が吹いたし、維新の躍進時も風が吹いた。しかし、いくら粧っても小沢と共産党の“背後霊”が見える候補に風が吹くとは思えない。自民党が危機感を募らせれば勝てる勝負にもなり得る。


それにかねてから述べているように首相・安倍晋三が衆参ダブル選挙を選択すれば、野党の選挙協力が衆参でねじれを生じさせ、与党が勝つ公算が強い。


そこにようやく気付いたか岡田が18日、安倍が1月4日通常国会を召集することを決めた事について「来年の衆参両院ダブル選挙の可能性を残すなど、いろいろなことを考えて判断したのだろう」との見方を示している。


小沢と共産党の「危うい関係」が、幻に終わる可能性の方が大きいように見える。しょせんは砂上の楼閣を築いているのだろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年11月18日

◆奇襲「代執行」作戦で政府圧勝の決着へ

杉浦 正章



予想外で窮地に追い込まれた翁長
 

織田信長が今川義元を討った戦国時代最大の奇襲作戦が桶狭間の戦いであったが、政府も奇襲攻撃に出た。さすがに官房長官・菅義偉はけんかの仕方を知っている。普天間基地の辺野古移設で、沖縄県知事・翁長雄志を狙って長引く行政不服審査法ではなく、迅速な司法の判断が出される「代執行」提訴に踏み切った。


翁長は最近まで想定しておらず、高裁判決が来年3月までに出され、翁長が最高裁に上告しても夏までには決着が付く。国が地方の長を相手取った裁判でこれまで敗訴したことはない。さすがの翁長もめったにない国の急襲に慌てふためいて「県民にとっては銃剣とブルドーザーによる米軍の強制接収を思い起こさせる」と述べるのがやっとだ。

「銃剣とブルドーザー」は翁長が県民の感情をあおる常套句だが、政府は地方自治法という最も日本の民主主義を象徴する法律に基づいて訴訟を提起したのであり、こればかりは感情に訴えても駄目だ。
 

昔自治省の内政記者クラブで取材した頃、地方自治法を先輩記者からたたき込まれたことを思い出す。今回の政府による訴訟は都道府県の自治権を規定した地方自治法のいわば例外的な条項に基づく。


明治憲法では地方自治などと言う概念がなく、すべて中央優位の思想に基づいていたが、地方自治法にも国の関与を認める条項がある。その245条で国の代執行を認めているのだ。代執行とは国が県に委ねた業務で放置すれば公益を著しく害するケースにおいて担当大臣が知事に代わって行う手続きだ。


知事がよほどひどい能力上の欠陥があった場合や、特定のイデオロギーにのっとって行政を行うケースを想定して国の関与を認めたものであろう。同条項は国が勝訴の場合「当該高等裁判所は、各大臣の請求に理由があると認めるときは、都道府県知事に対し、期限を定めて当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判をしなければならない。」と判決内容にまで言及している。


また245条は「執行を怠るものがある場合においてその是正を図ることが困難であり、かつ、それを放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとき」を訴訟の条件に据えている。
 

既に政府と沖縄県は1995年に知事・大田昌秀(当時)が民有地などを米軍施設として強制使用するために必要な「代理署名」を拒否した際に、法廷闘争をしている。高裁の裁判長を務めた大塚一郎は当時を振り返って「法律上はどうにもならなかった。


行政法の解釈上の問題だからだ」と国勝訴の事情を解説している。今回も自治法で明記されている部分をめぐる裁判であり、国側が圧倒的に有利に展開するものとみられる。
 

当然裁判は、翁長の行為が「著しく公益を害しているかどうか」が焦点となるが、二つの問題が提起される。一つは「普天間基地の危険性」である。


奇妙というか、卑劣というか翁長は反対運動で普天間の危険性には一切触れていない。小学校が隣接し、住宅がひしめいている基地が「世界一危険」なことは自明の理であり、翁長自身も自民党県連幹事長時代の1999年、県議会で普天間基地の移転を主張、県内移設を求める決議を可決に導いている。

この自らの主義主張を選挙に有利とみるやころりと変える節操の無さが、裁判でも問われそうである。「普天間放置」が公益を害することは明白だ。
 

次に普天間移設は日本と米国の国家間の重要な約束である。そして普天間に代わる基地の建設の必用は、ここ数年の安保環境の大変化をみれば明白である。親中路線を突っ走る翁長は、普天間と同様に尖閣諸島への中国公船の侵入には全く言及していない。自らの県の安全保障上の危機は放置しているのである。


中国共産党幹部から「日本の馬英九」と呼ばれるだけあって、どこの国の県知事かとあきれる。辺野古への移設は日米同盟の要であり、中国は日本が移設に失敗するようかたずをのんで見守っているのだ。もちろん失敗すれば南沙諸島のようにカサにかかって尖閣諸島を手中に収めようとするだろう。


これが公益を害することでなくてなんであろうか。訴状は移設に失敗すれば「米国との外交・防衛上の計測不能なほどの不利益をもたらす」と述べているが全く同感である。
 

読売によると政府は「99.99%負けない」と述べていると言われ、朝日には「100%負けない」と述べているが、地方自治法から解き明かせば政府の自信も分かる。


前述の内容に加えて、自治法は「訴えが提起されたときは、速やかに口頭弁論の期日を定め、当事者を呼び出さなければならない」と、行政への差し障りを考慮して「即決」の姿勢を見せている。第一回口頭弁論は来月2日に開かれることになったが、超スピードで展開した場合高裁の判決は1月か2月にも示される可能性がある。


翁長は別途訴訟を起こす可能性があるが、いずれにしても辺野古埋め立てが中断されることはない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)