2015年10月21日

◆維新の抗争は両方が敗北の構図

杉浦 正章



橋下の遠隔操縦が破たんの主因
 

今や憎悪の鬼と化した橋下徹と松野頼久が、山口組もびっくりポンの抗争にうつつを抜かしている。何も生じない不毛の抗争である。その結果出てくるものは「希望」ではなく国民の「落胆」だけだ。


維新の四分五裂は実に面白いが、結果は両方が負けるのだ。大阪市長・橋下が目指す新党「おおさか維新の会」が、かつての「第三極ブーム」のように、世間にもてはやされることはもはやない。


民主党に後ろ足で泥をかけて離党した維新の党代表・松野頼久には「出戻り」しか道がない。2012年の総選挙では54議席を獲得して国政第3党に躍進した日本維新の会は、結局は海千山千の政治家に食い散らされてまさに断末魔の状態にある。


自民党を割った新自由クラブが既成政党に食いちぎられたように、2大政党の谷間に生まれた政党は、一時のブームだけが頼りでありブームが過ぎれば、しょせんは紙くずのように捨てられる運命にある。


維新の最大の欠陥は、橋下が大阪からの遠隔操縦で国政を牛耳れると判断したことにあるのだろう。石原慎太郎の人生最後の火遊びに利用されて分裂したかと思えば、今度はみんなの党を除籍された江田憲司が代表となった結いの党との合流で、いいように庇(ひさし)を貸して母屋を取られた。


すべてが目の届かない遠隔操縦に起因すると言ってよい。そしてついには2度目の分裂の憂き目を見ることになった。何のことはない。慎太郎も江田や松野も、ブームを利用するだけ利用しただけのことだ。


橋下は19日のツイッターで「維新の党は日本の国にとって百害あって一利なしです。これから潰しにかかります。これは政党交付金を少しでも国民の皆様にお返しするためです」と書いた。


仮にもかつて自らが指揮して有権者の選挙を経た議員らの政党を「百害あって一利なし」とこき下ろし、国民に政党交付金を返すと言うが、まるで「金返しやいいんだろう」と言うように聞こえる。国民にしてみれば「返してくれなくていいからまともな政治をして欲しい」というところだろう。


橋下は「党を作った者の責任として、維新の党を解散させる」と解党を宣言した。これに対して松野は「維新の党の財産が国庫に返納されるかのようなイメージを与えているが、実際に今解党したらマイナスしかない。国民に耳障りの良いようなイメージを与えている」と反論した。


返そうにも赤字で返せないということだが、貯金通帳と印鑑は橋下サイドが握っているのだから、返そうと思ったら返せる。今年の第3回分政党交付金約6億6000万円が維新の口座に振り込まれたばかりである。松野は「解散することは全くない」と反論するが、24日の臨時党大会に向けて主導権は橋下が握っており、阻止できるかどうかは疑問だ。


大阪派は議員の数は少なくても、党員数においては橋下が絶対的に有利だから、党大会では何でも決められる。では解党してどうなるかだが、幹事長・松井一郎(大阪府知事)は今後について「党を解散して、新しく出直そうということだ」と述べている。


つまり党大会での解散は「おおさか維新の会」結成のためであり、同時に松野らの「維新の会」をつぶす意図があるのだ。まさに今週末には食うか食われるかの段階に移行することになる。


しかし「本家」の象徴である通帳と代表印は、大阪が抑えており、これを守る議員まで常駐させている。松野は幹事長代行・松木謙公を大阪に派遣して印鑑と通帳の奪還作戦で本部に殴り込みをかけたが、新党組の衆院議員・井上英孝と浦野靖に追い払われてあっけない敗北をきっしている。


反大阪組の舌戦は激しさを増し、松野側の政調会長・柿沢未途は19日のツイッターで橋下を「通帳と印鑑をガメて大阪本部に立て籠もる「守銭奴」ぶりが報じられてしまったので、口とは裏腹の実態がバレて焦りがあるんだろうが、あなたはもう党員ですらないし、勝手に届出したら犯罪行為を構成しますよ」と書いた。橋下を守銭奴と呼び捨て、脅迫しているのだ。


しかしどちらかというと大阪組の反撃の方が激しく、松野組はたじたじとなっている感じだ。橋下が弁護士であることも、けんかを有利にしている。問題は仲裁に入る「留め男」が全くいないことであり、事態は泥沼化の様相だ。場合によっては政党内部の抗争が、訴訟による裁判沙汰になる可能性すら出てきている。


冒頭述べたが、このけんかは激しくなればなるほど両方が負ける運命にある。国民は、第三極の雄であった維新が、その理想とはほど遠い国政そっちのけの内紛を目の辺りにし続けるのだ。もともと第三極などは「風」が左右するものであるが、その末期症状は村会議員でもやらない醜悪さだ。


したがって党名を平仮名にしようが、ブームは生じない。橋下が国政選挙に出れば、少しは話題を呼ぶかも知れないが、これも限度があるだろう。「昔の名前で出ています」の印象が濃厚だからだ。むしろ当選したら手勢を率いて自民党に合流した方が結局は為になる。


民主党は松野ら出戻りを引き入れても、駄目と駄目の合併は駄目の二乗になるだけだ。いずれにしても勝つのは漁夫の利を占める自民党だけだろう。首相・安倍晋三はついている。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月20日

◆中国のGDP“粉飾”の背景を探る

杉浦 正章



「米中逆転」も夢のまた夢
 

何事にもアバウトな「慢慢的」(マンマンデー)の国民性がよく出ているのが中国の国内総生産(GDP)の6.9%だ。産経によると7〜9月期のGDPは「国家ぐるみの“粉飾決算”」なのだそうだが、当たらずとも遠からじだろう。


リーマンショックが起きようがGDPは大幅成長を達成。上海株が大暴落しようが中国だけは日本もうらやむ6.9%成長などということがあり得るだろうか。欧米の専門家の分析だと実態はもっと悪化しているという見方が強い。マイナス成長説すらある。


なぜわかり切った“粉飾”を重ねるのだろうか。これは共産党1党独裁政治がもたらす中国の社会構造に起因していると言わざるを得まい。おりから来週には共産党第5回全体会議(5中全会)があり、習近平体制は「経済に関する5カ年計画」で景気回復への強いメッセージを出さなければならないのだ。その基礎になるGDPは何が何でも高くなくてはならないのだ。
 

6.9%というのは実に微妙な数字だ。国家統計局が「成長率は6.9%に下がったが、7%前後と見なしてよい」とマンマンデーなのは、政府の成長目標である7%は、党大会の論議の基礎となるがゆえに、必須項目であるからだ。なぜかと言えば実態を発表したら、政権そのものの信頼性が揺らぐのであり、ボーイング300機注文で胸を張った習近平の“意図”が虚勢を張ったものであることが分かってしまうからだ。


日本など世界の専門家の予測は6.8%だが、これを上回るが7%には達さないという数字であり、そこに“意図”を感ずるのだ。中国では監査機関がないからGDPの真偽などは分からないし、これを詮索するような者がいればあっという間に逮捕監禁だから、そんなバカはいない。


もともと世界の専門家の予測6.8%も指標に基づいて計算したものではない。おそらく中国当局の発表はこの程度を出してくるという推定なのであって、意味のあるものではない。


まず第一に怪しいのはGDPの発表が早すぎることだ。


日本が3か月後、米国でも2か月後なのに、広大な領土と14億の人口の国が何で毎回半月で四半期ごとの数字を集計できるかだ。それも速報値ではなく確定値である。そこには詳細な計算の上にGDPを積み上げるのではなく、地方も中央も鉛筆なめなめエイヤッと決めてしまうマンマンデーがあるのだろう。


とりわけ地方官僚は常に「良好な経済状況」を反映した数字を出さなければ、成績が悪いと中央からにらまれる恐れがある。立身出世への妨げになるという社会構造なのだ。


もっと怪しいのは貿易統計が反映されていないことだ。貿易統計こそは、中国で信頼できる唯一の指標だ。相手国があるためごまかせないからだ。


8月の輸出は前年同月比5.5%減。輸入は13.8%減だ。輸出の減少はともかくとして輸入が10か月連続で大幅に減少したのは紛れもなく購買力の落ち込みを物語るものであり、これだけ落ち込んでGDPがプラスというケースは世界の主要国において前例がない。


例えばリーマンショックで輸入が激減した日本のGDPはマイナス5%だったが、中国も同じように輸入が減って経済成長率はプラス9%だった。そこに“粉飾”を感じない企業経営者が日本にいるとすれば、社長失格だ。


李克強指数というものがある。首相・李克強が「わたしは3つの数字しか信用しない」として電力消費量、鉄道貨物取扱い量、銀行融資を挙げた。これはあまりに数字がずさんであるという世界各国からの批判に答えたものであるが、その3つの数字が“粉飾”であったら、李克強の発言はフェークであったことになる。


現実に専門家の間にはその指摘がある。3つともGDPと同じで悪名高き国家統計局の数字であるからだ。いまや欧米では李克強指数といえば、間違っていることの象徴となっている。


他国の独自調査は妨害されないケースもある。ロンドンの調査社によると実態は14年が3.2%、15年が2.8%で来年の予測は1.0%だという。ロイターの調査でも「実際は3〜5%成長」という結果もある。日本の財界人も実態は4%程度とみるケースが多い。


GDPの実態が過去も含めて政府発表の半分であるということが何を物語るかと言えば、世界第2の経済大国に“躍進”したことへの信ぴょう性である。「GDP1000兆円」自体が揺らぐことになるのだ。経済評論家の中には習近平の任期である2023年までに、米国とのGDPが逆転するという見方があるが、バブル崩壊と経済失速は中国経済がこれまでのような成長をたどることが極めて困難であることを物語る。


日本のバブルの際と同じように、一進一退を繰り返しながら深い停滞期へと落ち込んでいくのだ。


したがって米中の逆転などはまずあり得ない。習近平は景気の原則を認め「新常態」と称する構造改革の定着を目指すが、実際には「新異常事態」によるチャイナリスクの現状をどう克服するかの難題を突き付けられている。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)


2015年10月16日

◆ユネスコ拠出金停止は中韓を喜ばせる

杉浦 正章
 


「大幅削減」で「政治利用」を阻止せよ
 

「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊(くれんたい)」だ。非常任理事国になったというのに、日本の国連外交の失態が続く。


朝鮮人労働者の徴用問題も巧みな韓国外交に翻弄されて、譲歩を余儀なくされた。その無念さも消えないうちに今度は中国が世界記憶遺産に申請した「南京大虐殺の文書」がユネスコの記憶遺産に認められ、中韓両国が仕掛ける「歴史戦」に連敗した。


外相・岸田文男は面目丸つぶれだが、どうも「岸田外交」は人柄と同様で甘いような気がする。文部科学相・馳浩が11月上旬にパリで開かれるユネスコ総会に出席し、記憶遺産制度の改善を求める方向だが、外務省は総力を挙げてバックアップすべきであろう。


首相・安倍晋三が「日本として組織的な活動をしなかったのは反省材料だ。しっかりした検証が必要だ」と述べているのは、情報収集と対応で後れを取った外務省への戒めでもある。いきり立った自民党はユネスコへの拠出金を停止しろと息巻くが愚かだ。


産経新聞なども「分担金を一切拒否せよ。そうすれば理念的にも資金的にもユネスコの死を意味する」とけしかける。しかしバカが戦車で走ってはいけない。そんなことでユネスコは死なない。けんかをやるなら勝たなければならないのだ。


まず分担金を日本がゼロにしたらどうなるかだ。ユネスコ憲章で規定している分担金の項目は「加盟国は、その国の未払分担金の総額が、当該年度及びその直前の暦年度についてその国が支払うべき分担金の総額をこえるときは、総会で投票権を有しない」とある。


平たく言えば2年間分担金を支払わなければ総会での投票権を失うのだ。これはユネスコにおける重要議決マターに日本が参加できないことを意味する。


加えて日本が分担金支払いを停止すれば喜ぶのは中韓両国だ。喜々として自らの分担金を増額して、日本の穴を埋めるだろう。その結果中韓の国際的な評価を高め、以後歴史戦はユネスコを舞台に中韓の独壇場となる。


安倍は「今回なぜ、こういった事態になったのかをしっかり検証し、2年後に備えていくべきだ」と発言している。「2年後」とは、中国が今回提出して認められなかった慰安婦問題で次回決定の2年後に再申請する可能性があるし、韓国も慰安婦証言の2年後の登録を目指し、準備を進めていることを指す。


安倍は2年後には勝たなければならないと号令をかけているのであり、そのためには自らの手足を縛るような分担金停止などはすべきではない。


官房副長官になった首相の腹心萩生田光一が14日、テレビで「日本はユネスコの最大の財政負担国として、運営にイニシアチブを取れるはずだ」と述べているが、何も「最大の負担国」にこだわる必要は無い。最大の負担国でも外交がこの体たらくではイニシアチブが取れないから問題なのだ。


それよりも官房長官・菅義偉が分担金の「支払い停止か削減を検討する」と述べているうちの「削減」が最も検討に値するだろう。14年の日本の分担金は約37億円(11%)で、米国が支払い停止中のため最大となっている。これを大幅に削減すれば、ただでさえ財政逼迫のユネスコの首を絞め続けることが出来る。


中国にすり寄り、国連の次期事務総長を狙うユネスコ事務局長・イリナ・ボコバにアッパーカットを食らわし、反省を促す事が可能だ。もちろんユネスコを“経営難”に陥らせたボコバの責任が問われ、事務総長就任の野望はついえ去る。削減ならば日本の発言権は阻害されない。


とにかく支払い停止で日本の力がゼロになれば、米国もいないユネスコは中国に支配されて、ますますその「政治利用」は活発になるだけだ。それに日本の風潮として「国連理想主義」が横溢しているが、これは学校教育のなせる業でもある。


国連ほど政治・外交の陰謀が渦巻く組織はない。ユネスコ憲章前文は「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と理想を高く掲げているが、2国間で激しい論争がある問題で片方の主張に組みするのは、国連機関としての機能を自ら損なうものであることをボコバに知らしめなければなるまい。


ボコバのやり口は「人の心に戦争を生んでしまう」のである。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月15日

◆「一億総活躍」が石破への重圧に

杉浦 正章



中途半端な“苦悩の人”の突破口見えず
 

首相・安倍晋三の打ち出した一億総活躍社会についてまさに群盲が象を撫でている。その先頭に立って撫でまくっているのが地方創生相・石破茂だ。「最近になって突如として登場した概念なので国民には何のことかという戸惑いが全くないとは思わない」と持ち前の回りくどい言い方で「分からない」と言っている。


石破が相談を受けた形跡はないから「分からない」のももっともだ。石破の発言はどちらかと言えば批判に傾斜しているのだが、それもどぎつくは打ち出せない。要するに中途半端の極みが石破の立場なのである。


筆者に言わせれば一億総活躍は戦争中の「進め一億火の玉だ」とは全く違うが、国民を鼓舞する意味では類似性がある。


デフレ脱却目前というのに、まだデフレマインドが残っている経営者を鼓舞して投資を促し、無尽蔵とも言える労働力である女性や高齢者を鼓舞してこれに働く場を提供する。要するに久しぶりに政権が打ち出した国民に自信を回復させる政策に他ならない。
 

久しぶりというのは池田勇人が60年安保闘争で荒廃した国民の目を、一挙に「10年間の所得倍増」で転換させたのと政治的にはそっくりだからだ。池田は高度成長を活用したが、首相・安倍晋三は残念ながらその環境にはない。


しかし一億総活躍が少子化、高齢化社会を目前にして、この流れに打ち勝ち、国民に自信を回復させる効果を狙ったことは間違いない。


これが全く分かっていない民主党代表・岡田克也は「1億総活躍社会の名前は躍るが、具体的な政策がどれだけ準備されたかは疑問であり、次々目先を変えているとしか思えない」と批判するが、その前に問いたい。民主党政権で国民を元気づけようとする政策が一つでもあったか。株価を上げようなどと言う発想が一度でもあったかと言いたい。
 

幹事長・枝野幸男も 「1億なんとかなど、訳が分からない」と頭から唾棄しているが、この人物は重箱の隅をつつくことを得意とするが、大局で膝を打つような発言をしたことがない。分からなければ分かる努力をしなければならないが、八百屋で鮟鱇は売っていないから無い物ねだりはやめておく。


かつて民社党委員長・春日一幸は政治の要諦を「理屈は後から貨車で来る」と述べているが、首相たるもの大きな方向を打ち出すだけでよい。池田が所得倍増、佐藤栄作が沖縄返還、田中角栄が日中国交回復。首相たるものこれらの言葉を唱えるだけでよいのだ。細かいことは後から貨車でやってくる。


その意味で安保法制を成し遂げた安倍が、今度は1億総活躍で野党の提起した安保法制の不毛の議論を経済に転換させ、国民に光は見えると政治の向かう方向を明確に提示しただけで、十分意味があるのだ。内閣支持率がいち早く上昇に転じたことからも、国民は見るところを見ている。
 

一億総活躍相・加藤勝信は14日、一億について基本概念を述べている。加藤は、「国民一人一人が職場や地域社会、家庭で、今より一歩前へ踏み出していこうという思いを持っていただけるかどうかに、すべてかかっている」と述べた。要するに長年に渡るデフレで「なにをやってもダメだ」と意気消沈した国民に元気を出して一歩踏み出そうと言っているのだ。


そこで当初から指摘されているのが、地方創生と一億のバッティングだ。たしかに少子化対策や高齢者対策などがかかわるから、やることは同じだ。安倍は屋上屋を重ねたことになるが、これは石破の側にも原因がある。


田中角栄は佐藤に幹事長を外されたとき、都市政策調査会を作って「都市政策大綱」を打ち出し、政権の基盤を作ったが、石破ははっきり言って何をやっているのか分からない。「総論は出来たから次は各論だ」というが、筆者のようにらんらんと目を光らせて政治を見ている者でも石破の言う「総論」が何なのか分からない。要するに一言で形容するキャッチフレーズがないから、方向性が定かではないのだ。


だから安倍は馬を石破から加藤に乗り換えたのだ。安倍は14日加藤に政策のとりまとめを指示しており、一億での司令塔はこれから加藤が任されることになる。


石破は最近テレビに出まくっており、ここで聞かれることは可哀想にもなぜ留任したかに絞られている。全部のテレビを見て克明にメモを取ったが、石破の多弁なる言い訳から浮かび上がるのは中途半端な“苦悩の人”の姿しかない。

石破はテレビで、安倍が下野して4年以上政権構想を練ったことと比較して「最近どんどん自分が消耗していくことが分かる。そのことに言い知れぬ恐怖感みたいなものを感ずる」と述べた。要するに下野して政権構想を練った方がよかったかという迷いがあるのだ。

この男は内心を吐露して正直であると思うが、それなら派閥を作ったのだから下野して戦うべきときであったのだろう。いずれにしても石破がポスト安倍の最右翼であることは確かだが、先にも書いたとおり出る杭は水没寸前まで打たれるのである。


冒頭書いたように当分中途半端な「苦悩の人」でいるしかないのだろう。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月14日

◆瑕疵は“扇動知事”翁長自身にある

杉浦 正章



法廷闘争での国の勝訴は確定的


 普天間基地の移転問題は、沖縄県知事・翁長雄志が13日辺野古沿岸部の埋め立て承認の取り消しを正式決定したことにより、法廷闘争となる様相が確定的となった。最高裁で決着する問題とみられるが、この間沖縄県に工事差し止めの手段がなく、11月には埋め立て本体工事に入る。


裁判の決着を待たずに埋め立ては完了、2022年の移行完了目標が達成される見通しとなった。


移転問題を政治闘争に使う翁長の戦術は破たんし、長期的に見れば翁長の「あらゆる手段で阻止」するとして県民の感情を煽った手法は挫折するだろう。

翁長の言う瑕疵は前沖縄県知事・仲井眞弘多の移設承認決定にはない。むしろ県の行政はそっちのけで政府との“闘争”に血道を上げ、ついに妥協を考えぬまま抜き差しならぬ全面対決にしてしまった翁長自身の瑕疵こそが問題であることが県民にも分かるときがやがて来る。その意味で翁長は政府を追い込んでいるのではなく、自らを進退窮まった袋小路に追い込んだことになる。


翁長は既に基本的概念から間違っていた。政府が普天間移設の理由を世界で最も危険な基地としての存在にしているのに対して、翁長は原点を米軍の強制収容に置いた。しかし、収容当時は米国の占領下にあり、人口が極めて少ない土地を占領軍に強制収容されても、法的な問題は生じない。翁長の主張の根幹は一昔前の社会主義、反米イデオロギーに根ざしており、これで県民を煽っても長続きはしないだろう。


それに翁長は足し算と引き算を知らない。普天間の返還を実現し、既にある辺野古の米軍基地に滑走路を作るというのは、誰が見ても引き算であって足し算ではない。そして翁長が、普天間の危険性に言及しないのは問題がある。なぜかといえば、論争に不利であるからだろう。県民の生命を第一に考える政府の主張に大義はあるのだ。


はっきり言って大義対個利個略の戦いであり、法治国家の県知事としてあるまじき闘争である。しかしその法治国家の法体系は翁長の戦術に門戸を閉ざしている。翁長の取り消し決定は政府の埋め立て推進に何の突っ張りにもならないからだ。


沖縄防衛局は行政不服審査請求とともに、取り消しの執行停止の申し立てを国交省に行う。同じ政府の国交省がいくら大臣が公明党の石井啓一でも、防衛局の申請を認めない事はあり得ない。そうすれば工事は間違いなく進行可能となる。この結果、翁長に残された手段は裁判闘争しかなくなる。最高裁までの「10年裁判」となる可能性が高い。


そうなれば埋め立ては完了して、普天間の危険性は除去され、沖縄全体の基地も整理縮小され、海兵隊の多くがグアムに移転する。誰がどう見ても沖縄の基地負担は大幅に軽減されるのである。最高裁の判決もこれを考慮して翁長敗訴となるだろう。この種の裁判ではまず国が敗訴となることはない。


だいたい翁長は先の大戦で沖縄だけが犠牲になったような主張を続けるが、東京大空襲を始め広島、長崎への原爆投下など、大都市のすべてが悲惨な目に合って焼け野原となり国民全体が途端の苦しみんに直面したのだ。翁長の主張には唯我独尊の「甘え」があるのだ。
 

翁長はことあるごとに沖縄県民の民意がすべて移転反対であるかのように発言するが、今回の決定はやぶをつついて蛇を出した。争点が明確となる結果、今まで風向きを見ていた県民の発言も、移転賛成論が多く出るようになった。翁長のやり過ぎが、県民の意見の分裂度を鮮明にしたのだ。


翁長は「80%の県民が反対」と主張しているが、知事選結果はそうではない。有権者109万人のうち翁長支持は36万票であり、33%に過ぎない。賛成の仲井真弘多と、少なくとも反対ではない下地幹郎の票を合わせれば33万で伯仲している。40万人の棄権票も支持に回りうる層だ。翁長は架空の「民意」に頼るしかないのだろうが、安易に「民意」などと言う言葉を使うべきではない。
 

だいたい翁長は辺野古への移設ばかりを批判するが、自分の推進している「大移設」問題を棚上げにしている。新任の沖縄担当相・島尻安伊子も知っているなら取り上げて批判すべきである。自らの立場をフルに活用して、対翁長の論陣を張り、県民の理解を広げるべきである。


沖縄の二紙も翁長の不利になることはろくろく取り上げないから、伝わらないが「大移設」とは「那覇軍港の浦添移設」である。東京ではほとんど知られていないが、専門家によると那覇軍港の浦添移設によって埋め立てられる面積は約300ヘクタール。辺野古で予定される埋立面積160ヘクタールの2倍近くに上る。自分の推進する移設はジュゴンが居場所をなくそうが、珊瑚が破壊されようが問題はないのか。


おまけに翁長は反対を条件闘争としていた形跡が濃厚だ。昨年宜野湾(ぎのわん)市長の佐喜真淳が記者会見し、辺野古移転について、翁長が「反対することで振興策が多く取れる」と発言していたと証言。県内11市のうち仲井真を支持する9市長の総意として翁長に対する不信感を表明したのだ。


その後自らの言動によって自縄自縛となって、冒頭指摘したように自らを袋小路に追い込んだのだ。かつて辺野古移転推進派でありながら反対派に回ったり、移転問題を条件闘争に使ったり、とかく右顧左眄(うこさべん)してきたのが翁長である。


政府はこのような政治家に振り回されることなく、粛々と埋め立てを推進すべきである。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2015年10月09日

◆プーチンに安倍が駆け寄った謎を解く

杉浦 正章



日露合作の「芝居」説も垣間見える


北方領土問題などについて話し合う日露外務次官級協議は8日平行線に終わったが、もともと問題解決の本質は政治決着しかない。ちょっと古いが首相・安倍晋三が9月28日プーチンに駆け寄ったこと、余人を交えず10分間会談をしたことが何を意味するかだ。


情報が出なければボディランゲージを推測するしか無いが、北方領土問題が話し合われたに決まっている。


プーチンも安倍もあと任期は3年ある。この間に領土問題にメドを付ける事くらいは話し合われた可能性が十分ある。これを裏打ちするのがこれまた外に漏れていない9月24日の国家安全保障局長・谷内正太郎とプーチンの懐刀で安全保障会議書記のパトルシェフによる4時間近くにわたる会談だ。


この会談が安倍を「駆け寄る」という“出血大サービス”につなげたと見るのが“当たり”かもしれない。安倍は就任以来プーチンと親交を重ね、米欧諸国首脳がボイコットしたソチオリンピックにまで出席して個人的関係を作ってきた。個人的関係において安倍はプーチンの方が明らかにオバマよりウマが合う感じだ。


奇異に感ずるのはそのような良好な関係にあるにもかかわらず、表面にあらわれているのがロシア側の強硬な態度ばかりである。首相メドベージェフが択捉島、保健相・スクボルツォワが色丹島、副首相トルトネフが択捉島をそれぞれ訪れた。


皆一様に、日本の神経逆なでの発言を繰り返す。安倍・プーチンの良好な関係にそぐわない何かを感ずる感性を持つのが外交ウオッチャーであろうが、新聞も専門家もこれに気付いて言及するものがいない。


筆者はプーチンと安倍が「握っている」気がしてならない。「握っている」からこそ「お芝居」が可能となるのだ。誰を目当てのお芝居かと言えば日ソ両国の世論に対するお芝居だ。日本の世論に対しては、ロシアがこんなに厳しくては、未来永劫(えいごう)4党返還など実現しないがそれでいいのかという問いかけであろう。


ロシアの世論に対しては、「日本を追い詰めてやったが、経済状況の好転をはかるにはもともと返す約束をした2島返還くらいの妥協はやむを得ない」ということであろう。1956年の日ソ共同宣言では北方領土問題は、まず国交回復を先行させ、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を引き渡すという方向を打ち出している。


こうした状況から人並み外れた推理力がある和製シャーロックホームズをみずから気取っている筆者が推測すれば、まず「歯舞・色丹2島返還で合意するが平和条約は結ばないことで国後、択捉継続協議の担保とする」ところあたりが落としどころとなるのではないかと思う。


問題はその流れをどうして作るかであるが、期限は区切られている。プーチンの任期中でなければまず妥協は実現しまい。安倍とプーチンでなければ実現しない構図なのだ。折からロシアは米欧の経済制裁がかなり効き目を生じており、加えて石油価格の暴落で経済状況は四苦八苦だ。日本の経済協力はのどから手が出るほど欲しいのである。


もっとも意外なことに主要国の中で日本だけはロシアへの化石燃料の依存度を高めており、かつては5%程度だったものが8.5%まで上がっている。CIAはちゃんとここに目を付けて報告しているから、米国の神経をこれまた逆なでしている。これに加えてプーチンの年内訪日となればオバマの頭に血が上ることは必定だ。
 

その姿勢は現に国務省やホワイトハウスがアドバルーンに使っていると言われる議会調査局が出した報告書に如実に表れている。共同通信によると報告書は、ロシアのプーチン大統領訪日を目指す安倍政権の動きについて「日本がロシアと友好関係を深めないよう、米国は圧力を加えるかもしれない」と警告している。


またウクライナ危機以降、米国が経済制裁を科してきたロシアに対し、安倍政権は「手を差し伸べる」ような働き掛けをしているとも記し、欧米との結束を乱しかねない日本の対応に不快感を示しているという。
 

その背景にはロシアの介入でシリア情勢が泥沼化し、怒髪天を突く状況になっているホワイトハウスと国務省のいら立ちが見える。オバマの空爆は効果を上げないのに、ロシアの巡航ミサイルは的確にイスラム国を痛撃し、おまけにアメリカの支援する反体制派まで爆撃されているとあっては焦るのも無理はない。


すべては弱虫オバマの中途半端な対応に起因するのであるが、下手をすると日本が米欧諸国から八つ当たりに遭いかねない状況でもある。ここは安倍が日本の悲願である北方領土問題を抱える特殊事情を米欧諸国に有り体に説明しておく必要がある。日本が抜け駆けしていると思われかねないからだ。


米国にしてみれば安倍が中露分断に成功し、将来はたとえ2島でも返還されれば、地政学的にも戦略的にも日米同盟には有利に働くのである。ロシアを孤立させて中国と結託させるべきではない。これは極東戦略のイロハだ。そのあたりの大局を安倍が直接オバマに電話なり、大使館を経由するなりで説明しないとこの問題はこじれる。


こじれて喜ぶのは中国と韓国だけである。プーチン来日も今年は時期が悪すぎるのではないか。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月08日

◆岸田、石破の“出る杭”が打たれた

杉浦 正章



ポスト安倍に先手の閣僚人事
 

今回の内閣改造における最大の着目点は、改造ではなく改造しない部分だ。明らかに首相・安倍晋三は後継を狙う外相・岸田文男と地方創生相・石破茂の二本の“出る杭”を打った。2人とも水没しかねないところまで打ち込まれてしまった。


ポスト政権を目指す権力闘争というのはこれほどまでに厳しいものであることが如実に証明された。2閣僚に求められるものはそれでも安倍につくして地歩を築いて行けるかどうかであるが、当分金縛りにあったように党内的に身動き出来ない状況が続くだろう。
 

まず岸田は読売によると改造前に官房長官・菅義偉に泣きついたという。「どれだけ政権を支えているか分かってほしい。自分以外に入閣がなければメンツがたたない」と求めたのだそうだ。そもそも派閥の長なら菅よりも安倍に“直訴”すべきところだと思うが、岸田には安倍がよほど怖く見える存在になってしまっているのだろう。しかしこれが失敗だった。


ふたを開けると、岸田派の入閣は改造前の5人から、1人にとどまってしまったのだ。派内に怨嗟の声が広がり、岸田の政治力の無さを嘆く声まで出始めた。
 

そもそも先の自民党総裁選では反安倍ノーバッジで岸田派の古賀誠が前総務会長・野田聖子の擁立に動き、岸田が懸命に派内に対する巻き返し工作を展開して、古賀の“魔手”から逃れた経緯がある。それにもかかわらず入閣1人では泣くに泣けまい。


安倍にしてみればどっちみち再選は確実であり、たいした“功績”には映らなかったのだろう。悔しかったら岸田も禅譲ばかり狙わずに、一強安倍に対立して戦い取るくらいの意気込みがなければならないことがしみじみと分かったはずだ。
 

もう1人の石破も“戦意喪失”の様相だ。9月28日に自身を会長とする石破派「水月会」を立ち上げた。普通ならさあ戦(いくさ)だと反旗を翻して入閣を辞退し、中原に鹿を追って駒を進めるのが常だ。ところが石破は地方創生相などという、何をやっているか分からないポジションにしがみついた。しがみついたのを見て安倍は第二の矢を放って、石破をますますかすませる手を打った。新内閣の目玉である1億総活躍担当相を新設、腹心中の腹心の官房副長官・加藤勝信を据えてしまったのだ。


誰が見ても一億総活躍は地方創生相の担当すべきテーマであり、石破が留任を目指したのは、これが回ってくると考えたからに違いない。ところが石破の思惑は見事に外れ、トンビにあぶらげをさらわれて、仕事がなくなった伴食大臣に留任せざるを得なくなったのだ。これでは入閣せずに万一の政変で安倍が倒れるケースを狙って力を養った方が明らかに得策であった。
 

石破の場合はかつて幹事長を降ろされたときに、地方行脚で地方党員の支持を取り付け、これが前回の総裁選でいったん1位になる原動力となったのだが、内閣にとどまった結果ますます力は削がれる形となったのである。


こうして岸田と石破の出る杭が打たれたのであるが、安倍にしてみれば、佐藤栄作が福田赳夫と田中角栄を叩いたり、使ったりでバランスを取って長期政権を維持したように主導権を握ったことになる。
 

総じて第3次内閣は安保政策ではないが「専守防衛安定型」の手堅い布陣となった。重要閣僚や党役員は留任させたが、無理に派閥力学で推される新人議員を入閣させればリスクは高まるだけだから長期政権にはこの手が一番有効であろう。奇をてらえば必ずツケが回るのが閣僚人事だ。


過去に女性を多く登用して、辞任続出の“女難”に遭ったことにこりて、3人にしたのも分かる。女性であることだけで能力もないのに入閣させる必要はもともとない。


新入閣で筆者が一番驚いたのがこれまで散々原発再稼働に反対し、党内から「共産党」呼ばわりされてきた河野太郎を初入閣させたことだ。


国家公安担当の河野が初会見で何を言うかが注目の的だったが河野は持論を封印して、「安倍首相は原子力への依存度を下げると言っていた」と、従来の政権批判を180度転換させた。まず確実に、安倍または側近から原発再稼働反対を言わないことを条件に入閣を打診され、臆面もなく「閣僚」に飛びついた節操のない姿が浮かび上がる。原発反対で先鋭化していたブログまで閉じてしまった。


しかしサソリの子はサソリ、身についた「刺す仕事」をいつ再開させるか分からないと見ておいた方がよい。政権は獅子身中の虫を抱えたことになる。
 

もう1人危ない人事を指摘すれば環境・原子力担当の丸川珠代だろう。民放アナウンサーあがりとあって弁舌のセンスはよいが、「女ヤジ将軍」のあだな通り、何を言うか分からないところがある。野党が狙うのは河野の“変節”と丸川の失言であろう。
 

人事の発想が際だったのが沖縄出身参院議員を初めて沖縄・北方相に任命したことだ。島尻安伊子はかつて知事・翁長雄志とともに普天間基地の辺野古移転を一致して推進していたが、翁長の変節で袂を分かった。翁長にしてみればまずい相手が陳情先の閣僚に起用されたということだろう。


人事で県民の共感を呼び、翁長に対してけん制する側面が大きい。この人事を思いついたのは菅だと言われるが、さすがである。野党が臨時国会を開催せよとかまびすしいが、たいしたテーマもないのに臨時国会を開催する必要など無い。


閣僚が職務になれるのを待って、通常国会を早めに開催すれば十分だ。安倍も外交日程が立て込んでいる。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月07日

◆TPPは「経済冷戦」の色彩が濃い

杉浦 正章



日米は安保と経済の両輪で中国と対峙
 

チーム「安倍・オバマ」による習近平へのアッパーカットである。TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意は、安保法制による日米同盟の強化に「経済安保」の側面が付与され、これが車の両輪として作用して、中国包囲網を形成する形となった。


合意についてオバマは「中国のような国に世界経済のルールを書かせるわけにはいかない」と、対中国「経済同盟」の性格を顕著にさせた。先の米中首脳会談の険悪な雰囲気を如実に物語る発言であった。首相・安倍晋三も「TPPは価値観を共有する国が自由で公正な経済圏を作っていく国家100年の計」と言明、オバマに歩調を合わせた。


安保で米中が対峙(たいじ)する極東情勢は、一種の「経済冷戦」の色彩を濃くする側面が生じてきた。国内的にはアベノミクスに“神風”が吹き、第二ステージの国内総生産(GDP)600兆円達成目標が視野に入ってきた形だ。


オバマの中国に世界経済のルールを任せないという姿勢と安倍の「価値観を共有する国」発言は、事実上中国の早期TPP加盟を不可能と見たものであろう。オバマ政権がTPPを安全保障と密接に結びつけていることは、国防長官・カーターの「TPPは空母1隻分に相当する」という発言からも明白だ。


また貿易と金融という意味で質は違うが、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、同一ルールで経済圏を構成しようという意図においてTPPの対極に置かれるものであろう。


しかし、AIIBがチャイナマネーで70か国を集めているものの、中国の金の切れ目が縁の切れ目となる虚飾性が濃厚なのに対して、TPPは極めて重層的かつ実質的な巨大経済圏の確立であり、世界経済にとって大きな推進力として今後発展することは確実だ。
 

TPP加盟国は世界のGDPの4割、域内人口は8億人に達する。国際通貨基金(IMF)の計算によると地域のGDPは2014年比で2020年には24%拡大し、人口も5%増える。人口減に悩む日本にとってまさに渡りに舟のチャンスが生じることになる。


安倍の掲げた「1億総活躍社会」と「GDP600兆円目標」の根拠はまさにTPPにあったことが改めて明確となった。600兆円は名目3%以上の高い経済成長率が前提となるが、物価が2%上がれば3分の2のゲタを履くことになり無理な数字ではない。まさにTPPが大きな役割を果たすことになる。
 

そこで、中国が参加可能かということになるが、共産党1党独裁の統制経済が続く限り困難と言わざるを得まい。過去の例を見ても世界貿易機関(WTO)は中国が加盟して機能麻痺に陥った。レアアースの輸出割り当ての大幅削減という自由主義経済にとってのタブーを臆面もなく実行する中国が引っ掻き回したからだ。


加えて共産党が支配する国営企業の存在である。1党の力を資金的に拡大し、その独裁体制を維持するのが中国の国営企業であり、自由主義経済体制を謳歌(おうか)するTPPとは水と油の体制である。現にベトナムとの調整で一番問題になったのは国営企業の存在であった。


さらになりふり構わぬ株価操作やGDPなど経済指標の“官製”である。苦し紛れとは言え8月11日の人民元の切り下げで株価を操作しようとした無謀さ。GDPを7%台と発表しているが、これを世界の経済界では「李克強指数」と呼び誰も信用していない。


こうした基本的な経済ルール欠如の共産党独裁体制の国がTPPに参加する事はまず不可能と言ってもよいだろう。中国は国内の政治経済体制が変わらない限り、自由主義貿易圏への参加は困難と言わざるを得ないのだ。したがってTPPは好むと好まざるとにかかわらず対中経済包囲網の性格を帯びさるを得ないのである。バブル崩壊で減速が著しい中国経済にとってTPPは、追い打ちをかけるものとなる。
 

一方韓国は円安ショックに加えてTPPショックを受けて狼狽(ろうばい)の極みだ。基本的には大統領・朴槿恵の先見の明の無さにすべてが起因している。


日本との関係は慰安婦問題などと言う古色蒼然の問題でこじらせ、中国とだけ自由貿易協定(FTA)を締結すれば経済的に安泰という判断が、国を誤らせた。朝鮮日報は「韓国が環太平洋経済同盟の落伍者になりかねないという懸念も聞かれる」と報じた。一刻も早く加盟したいのが本音だろう。 
 

一方国内的には、政権が民主党から改心した自民党に代わると改めて政治がこれほど活性化してダイナミックになるということの象徴が、安保法制に次ぐTPP締結である。


民主党はまさに顔色なしであろう。これで内閣支持率が上昇しないはずはない。TPPは安倍とその腹心のTPP担当相・甘利明と経済産業省の合作で成功した色彩が濃厚である。甘利はいささか交渉能力に欠ける米通商代表部(USTR)のフロマン代表をけしかけ、事実上日米結託で合意へとこぎ着けた。


焦点で米国とオーストラリアが対立していた新薬の特許保護期間は、協定上では5年に定めるものの、各国は既存の制度で事実上8年まで医薬品特許を保護するという玉虫色の決着である。


玉虫色決着は、歴史的に経産省の得意業であり、事務当局の案をフロマンに入れ知恵したのは甘利と言われる。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年10月06日

◆南スーダン自衛隊殉職が政権直撃構図

杉浦 正章



国政選挙を前に安保の寝た子を起こすな
 

あえて国連平和維持活動(PKO)での国際貢献の尊さを知ってのうえで意見を開陳するが、南スーダンのために安倍政権がその命運を賭ける必要は無い。派遣される自衛隊員が1人殉職すれば国政選挙で10人落選、10人死ねば内閣の基盤が揺らぐ。それくらい重要かつ高度な政治判断マターだ。


安保法制が実現したからといって、やみくもに地の果ての、そのまた果てまで行って戦死者を出し、国内政局を直撃させる価値があるのか。駆けつけ警護といっても石油利権もあって1000人も駐在している中国兵を警護するのか。


邦人が多数危機的な状況になった場合の救出作戦などよほどの事態が発生しない限り、駆けつけ警護は認めるべきではない。国政選挙を前に、安保敗北の脳振とうで寝たきりになった野党のドラキュラを元気づける必要は無い。
 

要するに我が国の自衛隊は海外で弾を撃ったことがなく、PKOにおいても幸い殉職者を出していない。法案成立により、PKOでの駆けつけ警護と施設共同防衛など安全確保業務が加わった。


だからといってこれを前提に南スーダンに自衛隊を派遣するということは、部族間の紛争の色彩が強い内戦に、自衛隊が武力を行使し、1万3千人はいる反体制派の少年兵を相手に戦うことになりかねないことだ。スジの悪さにおいては札付きの場所であり、古い言葉で言えばそのために殉職する義理など全くない。
 

いうまでもなくPKOは平和維持活動により、新政府を支援して民主主義国家を樹立するという崇高な目的がある。南スーダンの人道危機も重要だ。しかし、戦争による“殉職馴れ”している国と、戦後一発も銃弾を発射していないばかりか戦死者ゼロの日本のケースは別次元の問題だ。


行くにしても従来通りスーダン派遣部隊は、得意分野を活かしたインフラ整備、国連施設の整備や道路補修、国際機関の敷地整備等の施設活動などにとどめるべきで、間違っても安全確保業務などに参加させてはならない。PKO活動の拡大を約した首相・安倍晋三の国連演説は、一般論であり南スーダンでの駆けつけ警護を意識したものではあるまい。
 

ただでさえ安保法制反対派は、自衛隊派遣で「レッテル貼り」を再開しようとしている。いまや「反安倍・反安保法制」の“鬼”と化している評論家・孫崎享に到っては9月24日の文化放送で、自衛隊の南スーダンにおける駆けつけ警護について「『我が国の存立が根底から脅かされ、国民を守る為に他に有効な手段がないとき』がスーダンの平和の存立とどう関係があるのか。


『国民の生命財産、幸福追求の権利が根底から覆される』のか。違うでしょう」と反対論を展開した。元外交官ともあろう者が国際平和協力法と集団的自衛権行使の条件とを混同して「理路整然と間違う」論旨を展開しているが、国民大衆の知識はこれよりは上回っていても、似たり寄ったりとみなければならない。要するに野党が音頭を取って、政治的に利用しようとすればこれほど楽なプロパガンダはない。
 

おまけにPKOの戦闘による死亡者は 2012年22人、13年36人、14年39人と増加傾向にある。万一殉職のケースが生ずればリベラル系新聞が「南スーダンで自衛隊員3人戦死、安倍政権窮地に」と、紙面を突き抜けるような見出しを踊らせるのは確実だ。


これに例によって高学歴ながら低判断力の家庭の主婦らが乳母車を引いてデモに呼応するのも目に見えている。要するに戦後70年にわたって死者を出していない自衛隊に、国民の“慣れ”がないまま戦死者を出すことが何を意味するかだ。
 

おそらく政局が分かっている上司がいる報道機関は「駆けつけ警護、来春にも」などという報道はしないだろう。政局など全く知らない防衛省担当記者レベルに判断を委ねている社が、この方向を打ち出しているのだろうが、これは究極の政治判断マターであり、政治部長の判断能力が問われる。


ただし朝日が書き立てているのは、「そこに導きたい」意図がありありと出ている。安倍を倒すに絶好の材料であるからだ。春に駆けつけ警護をさせ、自衛隊に殉職者が出れば、参院選挙を「それ見たことか選挙」にすることができる。安倍がダブル選挙を選択してもダブルで破れかねない重大なる政治テーマなのである。
 

加えて、時期尚早な理由を挙げれば、安保法制を受けて戦闘行為の開始と継続、限界を定めた部隊行動基準(Rule of Engagement)がまだ策定されていない。またゲリラが設置する路肩爆弾(IED)専用車や路肩爆弾の効力を失わさせる専門官育成など装備面での態勢確立も必用だ。


さらに最も重要な点は「政治の判断」をどこで織り込むかである。他国のように「気楽」に派遣できる政治状況に日本はない。国民が「戦死」に慣らされていないからだ。


日本の場合は現地の司令官から戦闘行動に入ってもよいかどうかの許可を最終的には首相官邸に求めざるを得ないだろう。政局直撃マターであるからだ。そうなれば「殉職」の責任はすべて首相にかかってしまう。
 

こう見てくると、安保法制は成立したが、参院選を来夏に控え、場合によってはダブル選挙もあり得るし、総選挙単独でも来年中か再来年には断行される状況下において、「南スーダンでの殉死」は政策判断としてノーテンキすぎる。


繰り返すが政府・与党は自民党議席を直撃する政治判断は下すべきでない。安倍を経済・外交に専念させるべきであり、有り体に言えば山積する重要課題に「南スーダン」が入り込む余地はない。


防衛相・中谷元が「これからしっかり準備をし、検討をした上で、 判断をしていくわけで、このような新しい任務の遂行に関しては、慎重に十分に検討をした上で実施をしたいと考えている」と述べている判断が正しい。まだ少なくとも5年は早い。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年09月19日

◆日本の安全保障の山が動いた

杉浦 正章
 


政権基盤は一段と強化された

外交・経済で待ったなしの安倍政治
 

国の安全保障の山が動いた。戦後の日本の安保政策の大転換である。昭和の講和・安保両条約と並んで国内に一大安保論争を巻き起こした安全保障関連法案が19日未明の参院本会議で成立した。国連憲章が認める集団的自衛権の行使は限定的に容認され、米国との連携で日本の抑止力が圧倒的に強化される。


60年安保では、安保改定を成し遂げたものの、デモ隊に死傷者が出たこともあり岸信介は退陣を余儀なくされた。逆に首相・安倍晋三の場合は、奇跡的とも言える造反者ゼロの与党の団結を背景に政権基盤を一層強固なものとした。安倍は超重要法案成立への重圧から解き放たれ、アベノミクスの充実など経済問題と激動期の世界情勢に対処する日本のかじ取りに全精力を集中させる。


外交は来年夏の伊勢志摩サミット、内政は参院選への対応がそれぞれターゲットとなろう。
 

国際環境の激変を読み取れず完敗した野党の哀れな姿は、19日未明の本会議における民主党安保特別委理事・福山哲郎の反対討論にいみじくもあらわれた。福山は与党のヤジにいちいち神経質に反応し、終いには「あなたたちは武士の情けが分からないのか」と落涙せんばかりとなり、敗軍の現場将校の焦燥ぶりをあらわにした。


数において足りないばかりか野党から3党が賛成に回り、民主・共産両党はついに孤立化し、外部勢力を煽る政治の邪道を開始した。しかし、敗北が鮮明になるとデモは次第に少数となり、18日夜はわずか1万1000人しか集まらなかった。やがてはデモも霧散するだろう。


マスコミはテレビメディアが放送法違反の偏向報道を繰り返し、新聞通信社は朝日、毎日、東京、共同などが著しく左傾化した報道に徹したが、60年安保同様に、これまた敗北の憂き目を見る結果となった。当時は全紙が敗北したが、今回は賛成に回った読売、産経、日経は勝利を手中にした。


新法は防衛的性格を主軸に置いており、19日付朝日の見出しのように「海外での武力行使に道」など目的としていない。攻撃的な要素は法案のどこにも見られず、極めて受動的な法案である。であるのに大新聞までが「戦争法案」「徴兵制に結びつく」とデマゴーグを展開するようでは、やがてメディアが心ある国民の支持を得られなくなる事が明白となるだろう。


祖父と共に世紀の偉業を成し遂げた安倍は、今後50年は続く平和の礎を築いたことになるが、参院選に向けて自民党が組織的に、真摯な姿勢で選挙民に訴えればこれは理解されよう。各地で曲学阿世の売名憲法学者などが違憲立法訴訟を起こそうとしているが、法案成立の過程に瑕疵(かし)は全くなく、新法自体の無効が争われることはない。


むしろ内容が争点になるが、最高裁まで到達するには10年かかるだろう。その間の国際情勢の激動は安保法制の正しさを立証する可能性が強く、最高裁は砂川判決と同様に合憲の判断を下すに違いない。
 

重要法案を処理したが内外の情勢は安倍に待ったなしの対応を迫る。経済は中国のバブル崩壊がもたらす世界同時株安の流れに、日本はアベノミクスの新規まき直しで対処しなければなるまい。


とりわけ再来年4月には消費税が10%となり、景気の足を引っ張るから、それまでに景気回復を確たるものにしなければならない。それにはニュージーランドのごり押しもあって足踏みしている環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結も不可欠な要素だ。
 

国内政局に与える要素も大きいが、参院選には影響は出ないだろう。あの安保闘争ですら、半年後に池田勇人が断行した総選挙で選挙民は自民党を勝たせて、高度成長期への道を開いている。


民主党はシールズを組織的に利用しようとしているが、もともと「こんなところには来たくないけど来た」と言っている連中だ。政党組織として利用しようとしても無理だろう。逆に民主党の体たらくを知るにつれて批判勢力となりかねない。


◆塗り変わる極東戦略地図

諸外国、特に中国、韓国、北朝鮮は安全保障関連法案の成立過程に注目していたとみられる。なぜなら安倍の力量を測るバロメーターであるからだ。ところが自民党は一糸乱れぬ団結ぶりを示して、安倍を支えた。これは隙あらば日本の領土に手を出そうとする中国と、大都市名指しで核ミサイルのどう喝を繰り返す北朝鮮への大きな抑止力として作用するに違いない。

GDP1位と3位の日米同盟の強固な絆は一層固くなったのであり、これが極東の戦略地図を大きく塗り替えることになるのは確かだ。米国は既に安保法案成立を歓迎しており、国力低下の米国にとってこれほど強い味方はないと言ってもよい。
 

世界はあの大人しい日本の変容を驚きの眼を持って見詰めており、国際環境の激変を改めて認識していることだろう。とりわけ豪州、フィリピン、ベトナム、インドなど中国の海洋拡張路線に直面する国々は、より一層日本との連携を重視する流れとなろう。


ロシアの進出を危惧(きぐ)する北大西洋条約機構(NATO)諸国も、極東の日米同盟が強化されることにより、欧州と東アジアでのロシア封じ込めの形成ととらえることが出来るだけに歓迎している。


一方安倍は対中、対韓、対露関係の改善に取り組むことになるが、日本の首相はこれまで衣(ころも)の下は裸であった。しかし安保法制は衣の下に鎧(よろい)がちらつく効果をもたらし、抑止力として作用するとともに、安倍外交に力を与える。手始めは10月下旬か11月はじめに韓国で開かれる日中韓首脳会談となろう。


さらに安倍はプーチンとの個人的関係を生かして対露関係改善を模索することになる。まず来週のびのびとなっていた外相・岸田文男のモスクワ派遣を実施して、年内にもプーチンを訪日させる瀬踏みをすることになる。またすべての外交活動は、今後伊勢志摩サミットを意識したものとなってゆくだろう。
 

安倍の支持率は一時的には下がるだろうが、新聞とはいえ私企業が行う世論調査などに一喜一憂する必要は無い。アベノミクスと好きな外交に専念すれば、自ずと支持率は回復する。本当の世論調査は国政選挙であり、自民党は参院選か衆参同日選挙に向けて態勢を建て直して真の支持率を維持しなければなるまい。


内閣改造では、あのひげの隊長・佐藤正久を参院から何らかのポジションに起用すれば内閣支持率に大きく貢献する。当選回数を考慮せず抜擢すべきだと思う。

【筆者より=旅行のため休暇に入ります。再開は10月6日。内政外交で大きな動きが生じれば書きます。】

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年09月18日

◆日米が極東最大の抑止勢力に

 〜安保法案成立で〜
杉浦 正章
 


野党は戦後の「安保三大関ヶ原」で敗退



安全保障関連法案の成立はもはや確定的となった。法案は17日の参院特別委での可決に続き、本会議に緊急上程された。野党は狂ったように様々な議事妨害戦術を駆使して成立阻止の動きを展開しているが、修正協議に合意した与野党5党の結束は固く成立は時間の問題となった。


これにより日米の安全保障上の連帯は一段と強化され、日本を取り巻く安全保障環境の悪化に即応できる抑止力が備わることになった。日米防衛協力は世界最強のレベルにまで到達し、極東における抑止力の要となろう。中国や北朝鮮の軍事的野望は抑止され、野党の主張する自衛隊のリスクは、国民のリスクとともに、抑止効果により大幅に軽減される。


安保法制の審議を大局から俯瞰(ふかん)すると、一貫して露呈したのは民主共産両党による「平和降臨」のユートピア思想である。平和は天から降ってきており、戦争のないユートピアの日本を壊すものは「戦争法案」そのものだとする論理だ。


これは60年の安保条約改定の際に社会・共産両党が一貫して主張して敗退、仏壇の奥でホコリを被って眠っていた思想である。民共はこれにはたきをかけて引っ張り出し、安倍政権に廃案を迫った。その根拠はメディアの世論調査に徹底的に依存する「世論調査至上主義症候群」そのものであった。


世論調査を「民意」と断定し、その「民意」を水戸黄門の印籠のように掲げて、「国会」と「民意」の乖離(かいり)を際立たせようとする戦術である。しかし議会制民主主義国家における民意とは何か。言うまでもなく国政選挙で表れた議席数である。


それも首相・安倍晋三は集団的自衛権の行使を原発再稼働と共に選挙公約として掲げ、圧勝して真の民意を獲得したのだ。単に公約として掲げたばかりでなく党首討論や街頭演説でも重要課題として取り上げ、公然と選挙民にその必用を訴えている。その上での議席獲得なのである。


メディアはそれを忘れて、「公約と言っても片隅に書かれていた」などと唱えるが、どこに書かれていようと公約は公約である。安保法制で野党の主張への傾斜が著しいNHKは18日の時論公論でも編集委員が「とても法案採決の環境は整っていない状況で成立を図るのは、国会と民意がかなり離れた状況になっていると言ってよい」と主張したが、これは放送法が戒める偏向報道そのものであろう。


なぜならNHKが言う民意とは、世論調査と国会周辺のデモのみを指しており、これを国会の議席数への対極に置いているからである。つまり選挙で表れた民意を無視しているのである。


この傾向は朝日、毎日、東京など左翼系マスコミに共通して表れる論調であり、公共放送がもっとも慎まなければならないものであろう。NHK編集委員は「立憲主義への危機感とスローガンの分かり安さがデモの求心力を高めている」とデモ隊を礼賛したが、それでは明らかにデマゴーグの象徴である「戦争法案」や「徴兵制反対」のプラカードを、公共放送として是認しているのか。それならそれでNHK会長はその方針を発表して、法改正により偏向報道への国会の承認を得るべきである。
 

だいいち「あらゆる手段で法案を廃案に追い込む」とする民主党代表・岡田克也の主張も、自分で自分の首を絞めるものに他ならない。なぜなら岡田はつい最近まで積極的な集団的自衛権の行使容認論者であったからだ。


特別委でも暴露されたが岡田は過去に「今の憲法は全ての集団的自衛権の行使を認めないとは言い切っていない。十分整合性を持って説明出来る」と公言しているではないか。


公人たるもの、小泉純一郎の唾棄すべき「原発反対論」と同様に、「変節」したなら堂々とその理由を説明し、有権者にわびたうえで言動に結びつけるべきであろう。岡田の政治姿勢には、民主党の置かれた窮地を脱するためにあらゆる問題を「政争の具」とするかつての社会党と同様のさもしい狙いが見える。


そこには安保法制を国内の「政争の具」として扱い、国の安全保障や、国民の生命と幸福な生活確保が究極の目的の法案であることなどは無視する“手口”が見られる。戦後、安保論争において野党は単独講和か全面講和かの論議や、安保条約改訂の是非をめぐって自民党政権と戦ってきたが、ことごとく敗退したのは、国家・国民は二の次にして、すべてを一部マスコミにこびを売って「政争の具」とする邪心が伴っていたからであろう。


NHKの時論公論も最初から最後まで中国とか北朝鮮とかの国名は一度も発言されなかった。そこには野党と左傾化のマスコミに共通した傾向があることを物語っている。


そもそも安保法制の根源をたどれば、極東の安保環境の激変にたどり着く。北朝鮮は何をするか分からない指導者の下、労働党新聞が日本の都市を名指しで核ミサイルの攻撃対象に挙げている。北の開発する汚い原爆が1つでも東京で爆発すれば、日本は事実上壊滅する。


法案反対のデモで息巻くママたちも生きていれば、吾が児を抱いて巷を彷徨(ほうこう)する事態となるのだ。米国が百倍の核爆弾を北に落としても遅いのである。


そして中国の9月3日の軍事パレードである。ほとんどのマスコミはこれを批判的に報じたにもかかわらず、安保法制に結びつけることはマスコミも民共両党も故意に避けている。これにはかつて共産党が臆面もなく主張した「中国の核実験はよい核実験」という主張の残滓(し)がうかがわれる。「中国の軍拡はよい軍拡」という、思想である。中国が東・南シナ海で隙あらばと領土・領海・領空の侵犯を狙っていることなど、忘却の彼方だ。
 

総じて日本の国民は一時の発熱から正常な健康体へと冷めるのが早い。安倍が安保法制について「法案が成立し、時がたつ中で間違いなく理解は広がる」と洞察している方向が正解であろう。


自民党は参院選挙に向けて組織を挙げて安保法制の定着をはかるべきであろう。邪心があるが故に講和条約、安保条約改定、そして安保法制と戦後の「安保三大関ヶ原」で破れた野党は、今後これまでと同様にダッチロールを繰り返しつつ迷走と低迷を続けざるを得ないだろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年09月17日

◆左翼政党扇動デモの末路は“霧散”

杉浦 正章



政府・与党は世論調査のからくりに惑わされるな


安保委員会の採決は17日となったが、徹夜でウオッチしながら、国会を取り巻くデモについて考えた。16日深夜篠突く秋雨(しゅうう)の中、国会前で叫ぶシールズ代表・奥田愛基を見てなぜか60年安保の全学連委員長・唐牛健太郎を思い起こした。華々しく若者の“英雄”として姿を現した唐牛の末路は、共産党に利用されただけで哀れと言うしかない。


職業を転々として、漁師や建設作業員までやり、最後は直腸がんで47歳の若さで死んだ。唐牛より知性において劣ると感ずる奥田は、安保特別委の中央公聴会で野党推薦の公述人として国会で意見を述べるなど、今や時の人だが、やはり、唐牛と同様に左翼の政党・マスコミに利用されているかのように見えるのだ。政党のデマ作戦に完全にだまされているデモもスジが悪い。安全保障関連法案成立後は“霧散”だろう。
 

連合主催の集会で安倍首相を「バカかお前は」と決めつける姿は、左翼からは礼賛され、別の言葉で言えばおだてられ、有頂天になっている姿と映るのだ。その発言も安全保障関連法案について「今国会での可決は無理です。廃案にするしかありません」と述べるが、これも野党の主張をおうむ返しに言っているように聞こえる。内容には全く無知であると感じた。


60年安保反対デモに参加した学生のほとんどもファッションとして、いわば時流に乗り遅れまいとして参加し、小生も含めて安保条約の改正点などほとんど知らないものが多かった。慶応の学生が馬鹿だからではない、東大だって早稲田だって同じだった。


「安保後」の普通の学生はせいぜい喫茶店「新宿風月堂」にたむろしてジャズが流れる文化的な雰囲気のなかで、安保の余韻を楽しんだものだ。その後風月堂は70年前後からアングラ、反戦運動、新左翼の拠点となり荒廃して誰も寄りつかなくなった。


今のデモ隊を煽るのは民主・共産両党だ。民主党幹部は「表立つとまずいから目立たないようにやっている」と述べているが、共産党も全く同様だ。裏では組織をフルに使って闘争をリードしている姿が浮かび上がる。


馬脚を現したのは、横浜の公聴会会場を取り巻くデモだ。デモ隊は国会議員の車を取り囲んで通れないようにしたが、これは素人の出来ることではない。党員がリードした組織的な行動に違いない。


民主党は「戦争法案反対」とか「徴兵制反対」を唱え、最近では朝日新聞まで、徴兵制につながり得ると社説で書いてあおり始めた。このレッテル貼りとデマゴーグだけは、あまりにも卑怯な事実無根の扇動であり、政治家や大手紙としての矜恃は何処にあるのかと思える。
 

デモの数に場慣れしない政治家の筆頭が民主党代表・岡田克也だ。岡田はデモの数に興奮したのか、国民のほとんどが「安保廃案」と勘違いしているような演説をした。岡田は16日「1億人の民意を体現する」と述べ徹底抗戦を主張したのだ。


その根拠について「8割の国民が今でも説明不足だと言っている。1億人だ。今国会での安保法案成立に反対が6割、7000万人だ」と指摘し、「私たちの後ろには7000万人、1億人がいる。民意をしっかり体現していくために一致団結して努力しよう」と述べたのだ。


この計算にはあきれるほどの虚飾とこじつけが感じられ、政治家としての素質さえ疑いたくなる。政党支持率を見るがよい。NHKの調査で民主党は9.8%と低迷の極みとなっているではないか。安保に反対しても支持率は全然増えないのだ。


岡田は8割の国民が説明不足と言うから1億、今国会での安保法案成立に反対が6割だから7000万、と言うのだが調査のからくりを知らない。


筆者は長年政治部で世論調査結果を分析してきたが、設問によっていくらでも数字は操作できる。反安保のマスコミが「説明不足」という項目を立てるのは、安保法制など勉強していない国民がほとんどであることを知っているからだ。


誰でも「知らない」と言うのは恥ずかしいが、「説明不足」と言えば政府のせいに出来るのだ。これに続けて「今国会での賛否」を問えば、論理的に「説明不足だから反対」につながるのだ。まさに世論調査のからくりである。
 

これが同じ調査で安倍内閣の支持率が反転上昇していることとの矛盾への「解」である。したがって岡田の言う1億とか7000万という数字は空想的期待値であって、荒唐無稽(むけい)だ。党内で頷く議員がいるとすれば、よほどの道理が分からない人種に違いない。


だいたい子供や赤ん坊には世論調査はしない。この傾向は安保が焦点となっている地方市長選での民主党連敗をみても歴然としているではないか。


したがって民・共が煽るデモ隊も虚飾、1億人の支持も虚飾なのだ。安全保障関連法案が成立すれば潮が引くようにデモ隊は縮小し、後に残るのは民主党支持率の低迷だけだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年09月16日

◆今夜にも採決で緊迫の攻防

杉浦 正章



野党分断、5党で賛成総数150票と圧倒
 

安全保障関連法案をめぐる与野党の攻防は、16日夜から緊迫の段階に突入する。与党は同夜中に委員会採決に持ち込む方針であり、野党とのぎりぎりのせめぎ合いが展開される。


こうした中で与党は、関連法案施工後の国会の関与を強める方向で「元気」など野党3党と一致した。3党は賛成票を投じることになり野党は事実上分断された。これにより参院242議席のうち、148議席以上が賛成に回る方向が確定、議会制民主主義による圧倒的な「民意」の反映が一段と明確となった。


一方、左傾化を強める維新と与党との修正工作は決裂したが、これにより維新左派は存在意義が薄れ、民主党に吸収されるしか道はなくなった。
 

地方公聴会の設定で特別委審議を遅延し、何をするか分からないと危ぶまれていた委員長・鴻池祥肇が、自民党内の怨嗟の声がやっと分かったか、採決へと動いた。委員長職権で16日夜の締めくくり質疑を開催することを決めた。午後6時から委員会は開催され最終質疑の後、深夜にも採決に突入するものとみられる。


機は熟しており、この機を逃さないだろうと思う。遅くとも17日未明か、午前中の委員会では採決することになる。したがって安全保障関連法案は17日午後の参院本会議に上程されて、野党の議事妨害があっても18日までには成立する流れとなってきている。 
 

これに対して民主、共産両党などは、衆院に内閣不信任案、参院に問責決議案などを次々に上程し、議事妨害をはかる方針である。不信任案や問責決議は1つの処理に3時間はかかり、長ければ20時間を越える審議の遅延になりかねない。これに牛歩やフィリバスターなどが加われば、週内成立がずれ込みかねない危険性もある。


与党は投票時間や質問時間短縮策を議決して対抗する可能性もあるが、全ての動議に優先する内閣信任決議を可決、一事不再議で一気にけりを付けることも視野に入れだした。
 

いずれにしても野党のうち3党が賛成に回ったのは大きい。自公独走の印象を打ち消す効果がある。野党分断に成功した政府・与党の作戦は見事であった。少ないと言っても元気、次世代、新党改革を合わせれば14議席となり、維新の11議席より多い。維新も分裂傾向を見せており、11人全てが反対にまとまる保障はない。


特別委は15日の中央公聴会で6人の公述人から賛否の意見を聞いたが、野党の推薦した公述人の度し難い現状認識には呆れ返った。


いくら安全保障に無知である学者や元裁判官とはいえ、平衡の感覚さえあれば少なくとも日本を取り巻く安全保障環境の変化ぐらいは読み取れそうなものだと思うが、ノーテンキな一国平和主義にこり固まっている。昔は伝統的に保守の論客がそろっていた慶応も、変わった名誉教授が出現したものだ。


小林節は安全保障関連法案を「法律ができると、不戦から戦争可能状態に入る。『戦争法案』以外の何物でもない」とこともあろうに戦争抑止のための「不戦法案」を「戦争法案」と断定した。民主、共産の主張そのものを踏襲しており、こんな教授に扇動される学生はたまらない。もう孫は慶應には入れない。


小林は「専守防衛で十分この国は守られている」と宣うたが、象牙の塔に長くいると今そこにある危機が分からなくなるのは昔から学者の悪い癖だ。吉田茂が「曲学阿世」と断定したのも無理はない。
 

元最高裁判事も質が落ちた。浜田邦夫は何と「最高裁で絶対に違憲判決が出ないという楽観論は根拠がない」と発言した。言論は自由だが元最高裁判事たるものが、どこかの床屋のおっさんや競馬の予想屋のように、こともあろうに最高裁の判決を予測してはいけない。


自衛権の容認を打ち出した唯一の最高裁判決である「砂川判決」の勉強を一からやり直し、最高裁判事の先輩の深い国家への思いを理解した方がよい。


安全保障問題はまさに、「世界の非常識」の政党、学者、裁判官がレッテル貼りを繰り返し、衆愚を扇動している状況だ。


しかし安倍が「将来は理解される」と述べているとおり、日本国民は浅はかではない。おそらく半年で大半が誤解から抜けだし、長くて2,3年で誤解はゼロになる。安保条約が戦後70年の平和を達成したように、安保法制は今後半世紀は日本を侵略しようとする国が出てこない状況を作り出す礎なのだ。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)