2016年09月06日

◆日中“緊張緩和”は「砂上の楼閣」

杉浦 正章



安倍・習暗闘は7対3で安倍の勝ち


あのブロードウエーも顔負けの、けばけばしい「白鳥の湖」はどうだ。習近平はまるで悪趣味の田舎芝居の座頭(ざがしら)の様であった。G20の場を真摯な国際外交の場から、政治ショーの場へと変質させ、国内向けのプロパガンダを張ったが、13億の中国国民の目を奪っても、世界のメディアからはそっぽを向かれた。


逆に首相・安倍晋三は全体会議と個別会談の双方で東・南シナ海問題と鉄鋼のダンピング輸出問題を取り上げた。習の“経済限定作戦”は安倍とオバマのリードで、脆くも崩れて、首脳宣言にも鉄鋼問題が明記された。全体俯瞰図で見れば安倍と習近平の暗闘は7対3で安倍の勝ちだ。日中首脳会談での“対話促進”の合意も一時的な緊張緩和であっても、その実態は「砂上の楼閣」であろう。
 

まさに国際外交の国内政治への“活用”であった。来年秋には習体制の2期目の人事があり、汚職摘発で恨みを買って国内政局は必ずしも盤石ではない。習はG20の場でど派手な演出で「世界の皇帝」ぶりを国民に示して、政権基盤の強化に出た。1200億円もかけて会場を整備し、テロを防ぐために外出を制限して、杭州の町はゴーストタウンのようであった。その代わりテレビを使って、習の一挙手一投足を報じさせ、ひたすら国内基盤の確立に努めた。
 

真実は細部に宿る。田舎芝居は外国の貴賓最上位にあるオバマにも及んだ。タラップを用意せず、赤絨毯も敷いてない。オバマは備えつけのタラップで専用機後方の扉から降りた。到着早々から安倍ほか各国首脳とは全く違った待遇であった。


オバマは「よくある」と意にもかけないそぶりであったが、怒りと言うよりあまりの露骨さにあきれた事であろう。露骨すぎて、開いた口が塞がらない“接待”ぶりであった。オバマはレームダック化が著しく、元気がなかったが、安倍は歩き方から見てもこれまでになく堂々としていて、その発言も毅然(きぜん)としていた。
 

習は何が何でも会議の議題を経済問題1本に絞って、政治問題は論議しない立場を貫こうとした。各国が政策総動員で経済停滞を乗り切る方向を打ち出したのだ。しかし自らのもたらした鉄鋼のダンピング輸出問題と為替の安定化が世界経済のアキレス腱であるという認識に欠けていた。中国のことわざで言えば「自分の頭のハエを追え」ということなのだ。


安倍は全体会議でその急所を突いた。もちろん 欧州連合(EU)のユンケル委員長が事前に鉄鋼の過剰生産問題を巡り、「欧州で万単位の雇用が失われている。受け入れられない」と発言した事なども意識したに違いない。


安倍は「国際貿易・投資」をテーマにした討議の中で発言、「鉄鋼などの過剰生産については補助金等の支援措置で市場がわい曲されていることが根本的な問題だ。主要生産国が参加する対話を通じ、市場メカニズムに則した構造改革を促したい」と強調した。そして中国など主要生産国が参加する「グローバル・フォーラム」を設けて、対応などを話し合うことを提案、宣言に盛り込まれた。
 

この安倍のオピニオンリーダー的な役割は中国の海洋進出問題にも及び、「大航海時代以降、海洋貿易は世界を結び、平和な海が人類の繁栄の礎となった。国際交易を支える海洋における航行および上空飛行の自由の確保と法の支配の徹底を再確認したい」と述べ、各国に賛同を求めた。習が1番恐れていた問題をあえて取り上げたのだ。


会場の多くが賛同したことはいうまでもない。習が失礼にも安倍との会談をするかしないか、最後の最後まで明確にしなかったのは、安倍が会議の席上でこの発言をすることを恐れてのことだった。簡単に言えば「発言しなければ会ってやる」というのだ。それを知りつつ安倍は、あえて発言したのだ。


国際司法裁判所で中国完敗の判決が出たことをG20首脳が知らないわけがなく、フィリピンやベトナムはもちろん多くの国々が、終了後「よく言ってくれた」と反応したのは言うまでもない。安倍は7日からビエンチャンで開かれるASEAN首脳会議でも東・南シナ海への進出問題を取り上げる方針を記者会見で明らかにした。
 

こうして会議は習近平の思惑を崩壊させ、共同宣言も安倍ペースでまとまった。会議終了後に習近平は安倍と会談したが、わずか30分。通訳を入れて、実質15分にすぎない。対話が実現したとは思えないが、海空連絡メカニズムの運用開始などで今後対話を促進する方向となった。


しかし、4年間も実現していない問題が早期に実現するかは疑問がある。だいいち、中国はG20の最中であるのにかかわらず、スカボロー礁埋め立ての準備行動に出るという、驚くべき執着ぶりを示した。


フィリピン米軍基地から200カイリあまりの目と鼻の先であり、恐らく行動を実施に移せば米国は黙認しないだろう。同環礁をパラセル諸島、スプラトリー諸島と結べば、中国による南シナ海制覇の3角形が構成されるのだ。もちろん、尖閣諸島への公船出没もやがてはまた活発化するだろう。


こうして、せっかくの安倍・習会談での緊張緩和も、いつ崩れてもおかしくない砂上の楼閣の色彩を濃くしてゆくだろう。緊張関係はまるで習慣病のように出たり引っ込んだりしてゆく。


安倍の正式訪中や習近平の正式訪日など、緊張緩和を担保する動きはまだかすみの先だ。当面自民、公明両党による議員外交で、徐々に関係改善を進めてゆくしかないだろう。

2016年09月01日

◆安倍は毅然として東・南シナ海問題を提起せよ

杉浦 正章
 


G20ではオバマも対中けん制をするだろう
 

最近あっけにとられた発言は4日からの中国・杭州におけるG20首脳会議に関して外相・王毅が「客はホストの意向に沿ってその務めを果たせ」と発言したことである。首相・安倍晋三に大昔の朝貢外交のように皇帝・習近平にひざまずけと言っているのだ。しかし他国はともかく日本はそう簡単ではありませんぞえ。


歴史的に聖徳太子の書簡、「日出る処の天子、書を没する処の天子に致す」といいう文言が煬帝を激怒させたように、一筋縄では行かない「周辺国」でござる。もう一人一筋縄ではいかない大統領もいる。オバマだ。オバマはG20での訪中で手ぐすねを引いて南シナ海問題で対中批判に出ることを考えているのだろう。


安倍は、かまったことはない。たとえG20が経済を議題にする場であろうとなかろうと、オバマと組んで毅然(きぜん)として東・南シナ海での中国の暴挙をやり玉に挙げるべきだ。

 
一連の安倍外交を分析すれば、中国の海洋進出への防波堤構築に大きな主眼を置いていることが分かる。そして、現状はその路線が功を奏してきている。中国は封じ込められつつあるのだ。南シナ海では国際司法裁判所が中国の海洋進出を巡り、中国が主権を主張する独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定、訴えたフィリピンの全面勝利となった。


習近平は中国外務次官・劉振民に同裁定を「紙くずに過ぎない」と言い捨てさせたが、国際社会のひんしゅくを買って、中国を法と秩序を守らない国と印象づけた。
 

北東アジアでも孤立化は著しい。最も顕著なものは、韓国が米国の伝家の宝刀THAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備を受け入れたことだ。韓国がようやく日米軍事同盟側に戻った。小国は変わり身が早い。THAAD配備は北の核ミサイル対策だが、北京を飛ぶ鳥まで見える能力を有している。圧倒的に極東における対中軍事バランスを変えた。


最大の原因は中国が北朝鮮の暴挙を、極東戦略上有利と判断して野放しにしたことにあり、まさに自業自得ということになる。東・南シナ海における中国外交の完敗である。
 

こうして、対中封じ込め作戦が進んでいるが、もう一つある。安倍が粘り腰で、プーチンの12月来日にこぎ着けたことだ。北方領土交渉が前進して、日露が平和条約締結に動けば、中国は腹背から囲まれることになりかねない。安倍はどっちみち4島返還は永遠に無理なら「2島プラスα」で妥協して、1月通常国会冒頭解散・総選挙で国民の信を問うことも考えるべきだろう。


ゼロより歯舞、色丹が返還されれば、後は長期交渉に委ねた方が良い。従って2日のウラジオストクでのプーチンとの“予備会談”は極めて重要性が増してきた。
 

加えて中国は安倍が第6回アフリカ開発会議(TICAD)を成功に導いたことに、極めて神経を尖らせた。外務省副報道局長・華春瑩は「日本はアフリカ各国に自らの考えを強要し、私利を追求して、中国とアフリカの間にもめごとを起こさせようとした」とまるで“被害妄想”の発言をしている。自分の“強欲”は棚に上げてだ。背景には、安倍の地球俯瞰外交が順調なことへのいら立ちがある。
 

こうして、着々と中国包囲網は形成されつつあるが、焦点の一つはG20の際に日中首脳会談が実現するかどうかだ。中国外交が失礼なのは、米国には早々と習がオバマと会う日程を提示しておきながら、日本には例によって“じらし”作戦をとっていることだ。


国家安全局長・谷内正太郎が最近の訪中でどのような結果を安倍に伝えているかが注目される。しかし、過去の例を見れば首脳会談は会うことにしか意義を見いだせない。別に恩着せがましく会ってもらわなくてもよいのだ。
 

2年前に鳴り物入りで開催された日中首脳会談は4項目の合意にこぎ着けたが、中国はその内容と真逆の対応をとってきている。合意のポイントは「双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」である。


しかし、内容は、日本の領土である尖閣諸島に「異なる見解」の存在を認め、主権を守り抜く主張をする上で支障になった。「不測の事態の発生を回避する」と約束しているが、8月に中国が漁民と称する民兵が乗った漁船を尖閣周辺に300隻も押しかけさせ、これを取り締まるとして公船が領海内にまで侵入するという事態となった。避暑地に首脳が集まる「北戴河会議」の最中であり、おそらく習が「東シナ海でも頑張っておる」と言いたいための演出であろう。


不測の事態は回避どころか、公船のみならず海軍レベルまで対峙を拡大しそうな空気だ。本格的な海戦となれば自衛隊の方が圧倒的に優勢であり、中国海軍が殲滅させられれば、日露戦争が共産主義革命を導いたように、北京に民主革命が発生しかねない事態になり得ることを、中国共産党首脳は分かっていない。


しかし、今後中国は尖閣進入を既成事実化させる作戦を継続することは目に見えており、南シナ海でもほとぼりが冷めれば軍事基地化を推し進める事が予想される。大人しくしているのはG20が過ぎるまでだと考えていた方が良い。従って首脳会談などはしてもしなくても同じなのだ。


いたちごっこは続くが、日本は堪忍袋の緒が切れるまで我慢に我慢をして軍事衝突だけは避けなければなるまい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2016年08月31日

◆稲田は民主政権の時限爆弾に近寄るな

杉浦 正章



南スーダンで「戦死者」を出す愚挙
 

親しい自衛隊元幹部が筆者に「我が国防衛のための戦死ならともかく、地の果てのアフリカまで行って戦死では隊員は浮かばれませんよ」と漏らした。いま自衛隊が防衛相・稲田朋美の命令により駆けつけ警護と宿営地の共同警護などを前提にした新任務の訓練を始めている。


内戦状態になっている南スーダンで、新任務を遂行すれば確かに隊員は戦死を覚悟しなければならない。戦後初の戦死者が出る危険がある。1人2人なら稲田の首が飛ぶくらいで済むが、多数の死傷者を出した場合内閣を直撃する可能性が高い。息も絶え絶えの反戦論者を勢いづかせる。民主党の野田佳彦政権が深く考えもしないで自衛隊派遣という時限爆弾を置き、それが爆発しかねない状況なのだ。


稲田は9月中旬に南スーダンを訪れ現地視察する方針のようだが、現場の実態をよく把握して判断すべきだ。

 
南スーダンは日々緊迫感を増しており、国連は国連平和維持活動(PKO)のための軍隊4000人の増派を決め合計1万7000人近くが活動に当たることになる。日本政府は12年1月から陸上自衛隊施設部隊を順次派遣し、首都ジュバで道路建設などのインフラ整備にあたっている。規模は350人であり、その交代時期が11月に到来する。それを機会に、稲田はその派遣部隊に昨年成立した安保法制に基づき、実戦訓練を行うように指示したのだ。


しかし、防衛にど素人の稲田は南スーダンでの駆けつけ警護が何を意味するか分かっているのだろうか。「部隊の派遣準備訓練を始めます。この訓練は平和安全法による新たな内容を含むことになります」 といとも簡単に言ってのけたが、テレビで見る限り官僚の作文を口写しに言っているだけで、分かっている風には見えなかった。

いまのところ訓練はするが、現場で実施するかどうかの判断は派遣直前になる可能性が高い。いわば政府は稲田に観測気球を上げさせて世論の反応を見る動きに出たのかも知れない。最終的には首相・安倍晋三が判断することになろうが、やめた方がよい。


なぜやめた方がよいかを説明すれば、簡単に言えば自衛隊員を戦死させ、国内政局を直撃させるほどの戦いをする“義理”は日本にないからだ。そもそも南スーダンに軍隊を派遣している国は、国連の支払う外貨目当ての発展途上国ばかりである。内乱が自国に及ぶことを警戒する周辺国が多く、加えてインド、モンゴル、ネパール、バングラデシュ、韓国、中国などであり、その「外貨」はどこの国が出しているかと言えば、世界第2位の分担金を支払っている日本が大きく貢献していることになるのだ。


G7で派遣している国はゼロだ。旧宗主国のイギリスですら敬遠している。なぜかと言えば、アフリカにおける泥沼の内乱状態を知り尽くしているからだ。触らぬ神にたたりなしとばかりに見て見ぬ振りをしている。


日本は先進国から出している非常にまれな例である。野田政権がなぜ出したかといえば、事務総長・潘基文から頼まれたからのようだが、ろくろく政府部内で議論もせずに決めてしまったのだ。将来自衛隊に戦死者が出るなどということは考えが及ばなかった模様だ。なぜなら安保法制が成立したのはその後であり、実際、日本は“別格”として、前線には出ずに「お客様扱い」(自衛隊幹部)されているのだ。


野田が派遣した根底にはアメリカに135億ドルもふんだくられて、全然評価されるどころか侮辱された湾岸戦争のトラウマが依然残っている。このトラウマが、こともあろうに泥沼の南スーダンまで自衛隊を行かせたのだ。


当時、防衛省は現地の治安を不安視して消極的であったが、国連平和維持活動 (PKO) 参加を外交カードとしたい外務省が押し切った経緯がある。しかし、外交カードは国連分担金だけで十分だ。これまでの自衛隊のPKO活動の中でも最も過酷なカードを切っても、ろくろく評価されていないではないか。

 
散発的にゲリラが出る状況ならまだしも、稲田は内戦と言ってもよい状態の国にのこのこ派遣して、戦後初の戦死者が出かねない軍事行動を本気でさせるつもりなのだろうか。いくら右寄り思想でもそれはやり過ぎではないか。反政府勢力は何と10歳そこそこの少年兵に武器を持たせて戦わせている。1万3千人はいる反体制派の少年兵を相手に戦うことになりかねないのだ。


自衛隊員は自分の息子のような少年兵に銃を向けて引き金を引けるのだろうか。それとも少年兵でも引き金を引ける訓練をするというのか。自衛隊が行う戦後初めての戦争は「子供の戦争」になるのか。スジの悪さにおいては札付きの場所である。

 
元陸上自衛官の参院議員・佐藤正久は「自分の部隊が道路整備中に襲われ、助けてくれと言う無線が入っても今は助けにいけない」 と、安保法制実行の必用を説くが、まず第一にその危険があるところで道路整備などする必要も義理も無い。また正当防衛は認められており、反撃すればよいのだ。「日本の民間人が助けてくれと言っても助けられない」というが、はっきり言ってリスクを承知で商売する方がおかしい。


要するに外貨目当ての1万7千人ものPKO国連部隊が、治安に当たるのだから、350人の自衛隊が“出る幕”をあえて作る必用がどこにあるかということだ。過ぎたるはなお及ばざるが如し。後方で書類整理でもさせるか、早期撤退を検討すべき時だ。

 自衛隊員の心境を察すれば、日本防衛のために自衛官に応募したのであり、周辺国の侵略には命をかけるのも厭わないが、アフリカの泥沼状況下で訳の分からぬ戦いで戦死することは全く不本意であろう。家族もそう思っているに違いない。戦死者が出るようになれば国論は必ず2分する。反戦論者が有利になり、これが物語るものは内閣支持率がエレベーターのように急落することだ。総選挙で大敗しかねない要素だ。


安倍は内政・外交共にやるべきことが山積しており、民主党政権の置いた時限爆弾などに近寄る必用など全くない。いうまでもなくPKOは平和維持活動により、新政府を支援して民主主義国家を樹立するという崇高な目的がある。南スーダンの人道危機も重要だ。


しかし、戦争による“殉職馴れ”している国と、戦後一発も銃弾を発射していないばかりか戦死者ゼロの日本のケースは別次元の問題だ。世界にはリスクの取れる国とリスクを取れない国があるのだ。

2016年08月30日

◆自民は国益の大局から「安倍3選」を目指せ

杉浦 正章



政治の空白を作るときではない
 

“総裁”任期は「制限なし」とせよ


 失礼にも自民党幹部が飲み会で「今のところ太っちょと痩せぎすと青二才と女が反対している」と漏らし、爆笑を買った。総裁任期の延長問題である。察するところ太っちょは石破茂、痩せぎすは外相・岸田文男、青二才は小泉進次カ、女は野田聖子の皆様のことらしい。筆者はちゃんと「様」付けした。


なぜ反対するかの理由を考えれば首相・安倍晋三の任期の延長につながることに反対しているのだ。しかしここには“史上空前”の誤解がある。任期延長は「総裁」の任期であり「安倍」の任期ではないことが皆目分かっていないのだ。安倍を含めてフェアに総裁選挙をやって、総裁を選出する事が延長論の趣旨なのだ。大相撲で言えば初日から千秋楽までの2週間を3週間に延長するだけである。横綱が優勝するとは限らないのだ。


したがって事は議論を待たない。総裁の任期は延長すべきだ。憲法と同様に制限なしでもよい。なぜならそれが結果的に安倍の任期延長につながって国益にかなってくるからだ。もっとも延長推進派は、今後年末の方針決定まで総裁選に臨むほどの意気込みがなければ大失策を起こすことを肝に銘ずるべきだ。


 反対者たちよ、よく考えても見るがよい。戦後これほど日本を活性化した首相がいたか。企業収益は戦後最高、働きたいものは有効求人倍率が物語るように引く手あまたの人手不足。アフリカへの驚がくの3兆円官民投資の先見性。オリンピックは、ロシアが28個失ったことが作用したが史上最多のメダル数。国政選挙に衆院も参院も連続2回ずつ大勝して、前人未踏の4連覇を成し遂げた。


オリンピックで4連覇が国民栄誉賞になるなら、自民党も安倍に「自民党栄誉賞」を与えて“永代総裁”に据えてももおかしくない。陣笠どもは当選させてもらった恩をすぐに忘れてはいけない。民主党政権が中国、韓国、ロシアから領土で嫌がらせを受けたように、他国は隙あらばと狙っている。弱体政権は極東情勢の危機を招くのだ。


いま極東の情勢激変に対処出来る首相がいることは、日本にとって僥倖(ぎょうこう)以外の何ものでもない。この首相をあと2年で辞めさせて、有象無象が首相になって、また1年で交代を繰り返す時代に戻っていいのか。


 主要国の指導者の任期を見てみるがよい。米国大統領は8年、ロシア大統領は12年、中国主席は8年、ドイツ首相の任期は4年だが任期に制限がなく名宰相メルケルは12年も務めている。サミットの席順が物語るように在任期間が長い指導者ほどよい場所を占める。国際外交の世界では、指導者同士の面識が1番重要なのであり、日本のように1年ごとにころころ変わる首相は、一目置かれないのだ。この際、ドイツのように任期を制限なしとするのもいいのではないか。


 それでは余すところ2年もあるのになぜ今延長かを、反対論者にじゅんじゅんと説くことにしよう。要するに安倍の任期があと2年と限られれば、もう政局は「ポスト安倍」へと動き出すのだ。自民党内の目は石破と岸田の動向に注がれ、その一挙手一投足が注目の的となる。


これに軽佻浮薄なメディアが加わり、早くも総裁選が始まったかのような様相を呈するのだ。政治家も官僚もこの首相は長期に続くと見るから、従うが、任期が決まっていれば手のひらを返すのだ。要するに政治の空白が生じて、安倍は求心力を失い政治力を十分発揮できない事態に陥る。これは国益を棄損する以外の何ものでもない。


 石破はテレビで「権力は長くあるとどうしても劣化する」と述べているが、それは人による。佐藤栄作やメルケルやオバマが劣化したかと言いたい。同じテレビで民主党の藤井裕久は安倍を「独裁色が濃い」とまるでヒトラーのように形容するが、ヒトラーを「ヒトラーちゃん」と呼んだことがあるか。安倍は「安倍ちゃん」と「ちゃん」付で呼ばれており、独裁者とはほど遠い。安倍が独裁などというまともな政治評論は聞いたことがない。人間年を取ると、判断力まで衰えるのかと思うと、75歳の筆者も注意せねばなるまい。


 この政局を快刀乱麻を切るごとくに切った人物がいる。何を隠そう藤井と同じ元民主党幹部で前衆院副議長の鹿野道彦だ。鹿野は、代表選出馬の挨拶に来た前原誠司に「今の政界でただ1人命がけでやっているのは安倍さんだ。お前も命がけでやれ」と、激励したのだ。俳句でいい句が出来るときは打座即刻の句と言うが、鹿野発言はまさにぽんと膝を打ちたくなるような人物評である。

 石破は消費税についても「10%に上げるのは早ければ早いほどいい」と発言したが、閣議決定に同意しておいて後から言うのはおかしい。遠吠えではないか。そんなことをすれば国民の怨嗟を買って、確実に自民党は議席を大幅に減らす。議席を減らす総裁を歓迎するかだ。それでは他の反対論を分析する。岸田は時期尚早論だ。「3年間の任期のさらに先のことを話すのは気の早いこと」と反対している。


これは自民党幹事長・二階俊博がまるで「安倍の任期延長」と受け取られるような発言をしたからいけないのであって、岸田も焦点は「総裁任期の延長」であることに目覚めるべきだ。下手をすると佐藤栄作の3選に反対した三木武夫のように、切られることになりかねないぞ。佐藤は三木を外相にしたことを「不明の至り」として、切ったのだ。


小泉ジュニアの発言は、「なぜ今、議論するのか、率直に言って分からない」と石破と岸田の受け売りのようなものだ。「その次ぎの次ぎの次ぎ」を狙うなら、安倍に付いた方がいいのに、まだ雑巾がけが足りない。分からないのなら分かるように修業せよ。野田は「かつて相当人気があった小泉純一郎元首相ですら任期を守った。安倍首相も任期を守る人だから、必ず18年には総裁選をやる」と発言しているが、当たり前だ。総裁選はやるのだ。やっても人望がなくて本人は泡沫並みであることを知るべきだ。

 いずれの発言も「安倍の後は自分」という、利己主義に根ざしたものであり、国家観に欠ける。反対のおのおの方は大局を見据えるべきだ。るる述べてきたように国内経済は胸突き八丁、極東情勢は緊迫の一途という状況だ。自民党は政争を再燃させている時ではない。

しかし二階も発言した以上は、延長を達成しなければならない。腰折れすれば幹事長のこけんに関わるどころか辞任につながることを肝に銘ずるべきだ。また安倍の周辺も年末に総裁選が前倒しされたというくらいの意識で、陰に陽に結束して事に当たるべきだろう。油断をすると安倍が高転びに転ぶことになりかねないぞ。

2016年08月03日

◆石破が下野、“ポスト安倍”で地方行脚へ

杉浦正章



「二階幹事長」は“長期政権”への布石
 

虎を野に放ったのか、単なる野良猫になったのかは微妙だが、安倍改造人事の最大の“目玉”は「石破下野」 だ。石破茂は「私のような者でも政権を担う事が望ましいということならそれを目指したい」と、事実上の総裁選への立候補を表明した。


今まで首相・安倍晋三を翼賛する政治家ばかりだった自民党内に、まぎれもなく反主流の動きが生じたことになる。反主流の存在は、通常の政権では当然しごくのことであり、ない方がおかしかったのだが、かえって緊張感が生まれて、政権が活性化する。今後石破は18年9月の総裁選挙に向けて党内で多数派工作に専念することになるが、その突破口は地方票の獲得である。
 

安倍は一強体制維持を目指して、石破を農水相で優遇しようとしたが、石破派内の情勢がこれを許さなかったようだ。その証拠に1日夜の石破派の会合は、石破下野にやんやの喝采で盛り上がったようだ。石破の今後の戦略を分析すれば、「政権は戦い取るもの」という基本に戻ることだろう。ライバルの外相・岸田文男が安倍に忠誠をつくしての「禅譲」狙いであるのとは好対照だ。


安倍はもともと人事でも石破を伴食大臣に置いて、岸田を重用しており、岸田としては悪くはない待遇だ。しかし巷間ささやかれていたように岸田を幹事長にしなかったのは、事実上「後継」として定着してしまうのを避けたのだ。禅譲と言っても首相任期が延期になれば5年後であり、岸田にはそれまで待てるかという問題もやがては生ずる。いくら強い政権でも長期政権の末期はぼろぼろになるものであり、かつて佐藤栄作が福田赳夫に禅譲しようとして、田中角栄の反乱にあって、出来なかったことが好例だ。
 

読売によると石破は「これからは地方を回る。回った数だけ票になる」と漏らしているという。これは総裁選に当たって田中角栄が本筋の衆院の票より、参院と地方票を極めて重視した戦略と同じであり、田中は自らの総裁選のみならず、キングメーカーとしての地位を維持した。石破はこれを“学習”したのであり、既に実践している。11年に政調会長を外され、下野したとき、専ら地方を回って地方票を発掘した。これが12年の総裁選挙の結果となって如実に表れ、安倍の心胆を寒からしめた。
 

同総裁選は石破が地方票165、国会議員票34で1位となったのだ。安倍は地方票87、国会議員票54で2位となり、両者とも過半数に達さなかったため国会議員による再投票で安倍が108票、石破が89票で、辛くも安倍が勝った。


この経験値で石破は2年後に向けて、まず地方票から積み上げる戦術を取ろうとしているのだ。深謀遠慮というのだろうか、石破は幹事長時代に総裁公選規定を地方票重視の制度に変更している。内容は決選投票に地方票を加算し、地方票を国会議員票と同数にするというもので、これが実施されれば石破が有利になる可能性がある。
 

しかし安倍の4回にわたる国政選挙の圧勝で、国会議員の数が増加しており、安倍に当選させてもらった議員も多い。よほどの失政でも起きない限り、2年後の総裁選挙では安倍が勝つだろう。だから石破は「5年間は準備にかかる」と側近に漏らしており、長期選の構えではある。「禅譲の岸田」か、「戦い取る石破」かはまだまだ予断を許さないところであろう。
 

もう一つの目玉が二階俊博を幹事長に据えた人事だ。二階の場合は岸田と違って77歳という年齢が安倍に安心感を与えた。幹事長に据えてもまず総裁を狙う危険がないからだ。二階も猟官運動が巧みだ。安倍の長期政権は揺るがないと見て、常に安倍側に立った発言を繰り返してきた。一見こわもてだから、発言に重みがある。


田中派1年生の頃から知っているが、当時は極めて誠実な議員という印象を持った。これにこわもての年輪が加わって、実力者へと成長した。昨年の総裁選前には安倍再選を唱え、消費増税先送りでは安倍の意向を汲んで先送りの提言をした。先月19日には、安倍の任期延長発言の先頭を切った。いずれも早い者勝ちの発言であり、2番目に言っても効果がない。
 

まさに機を見るに敏であり、安倍をくすぐり続けたのだ。まさか谷垣禎一が事故でずっこけるとまでは予想していまいが、そろそろお鉢が回ってきてもおかしくないと、思っていたに違いない。


党は副総裁・高村正彦と総務会長・細田博之、政調会長・茂木敏充という布陣となったが、長期政権を視野に入れた安定・重厚型の布陣である。二階は旧田中派伝統の親中派議員であり、中国との関係修復に貢献しそうだ。さっそく二階は安倍の総裁としての任期を2期6年から3期9年へとする動きを始めるだろう。来年1月の党大会で決定する流れだろう。
 

一方サプライズ人事は稲田朋美の防衛相だが、名にし負うタカ派議員の起用となった。これは二階の起用とは逆の「対中けん制」の意味合いがある。稲田は憲法改正論者であり、それも9条改正論だ。「9条をこのまま変えないでいる事の方が、憲法を空洞化させる」と発言しており、国会で野党の集中攻撃の的となる可能性がある。


防衛には素人だが、NHK討論を聞いても、答弁のコツは心得ており、問題は生じまい。むしろ将来の女性首相候補の第一歩となる人事であろう。

【筆者より=明日から月末まで第2次夏休みに入ります。重要問題が発生すれば随時書きます】

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年08月02日

◆小池Vs内田のデスマッチは白熱化

◆小池Vs内田のデスマッチは白熱化
杉浦 正章



安倍とは近く“手打ち”の方向
 

中央紙は都知事選の本質の報道を怠っているが、戦いは都議会の“黒い疑惑”を伴ってこれからも続く。ネットとテレビを味方につけた新都知事・小池百合子と都議会のドン・内田茂の戦いの構図は延長戦に持ち込まれたのだ。決着までは長期戦となりそうだが、小池が最終的には勝つだろう。


小池を全面的にバックアップするのは徳洲会事件で失脚した元知事・猪瀬直樹。これは猪瀬が都知事時代から続く内田との怨念の戦いが再開することでもある。焦点はオリンピック受注工事をめぐる「疑惑」の存否だ。事が猪瀬の思惑通りに運べば都議会自民党は、「オリンピック疑獄」に巻き込まれる可能性すら内包している。小池は都議会自民党幹部に抜き身の匕首(あいくち)を突き付けながら、議会運営が出来る構図でもある。
 

まず日程に上るのは官邸と小池の“手打ち”だ。首相・安倍晋三は早期に増田寛也に見切りをつけて、小池への刺激を避け、これを小池も受け止めて正面切った自民党批判の言動を避けてきた。この構図が意味するものは、下村博文ら一部議員が主張している小池への処分はまずあり得ないということだ。


処分は小池に投票した都民を敵に回すことにもなり、丸損だ。安倍は夾雑物が混入する前に一刻でも早く一切を水に流して、小池と会談して、最大の国事であるオリンピックの成功に向けての態勢を確立すべきだ。次期幹事長に決まった二階俊博は、小池とは自民党が野党に転落して以来たびたび行動を共にしてきた仲であり、手打ちにはもってこいの役割を演じるだろう。


こうした“手打ち”の動きとは別に、小池が「ブラック・ボックス」と指摘する都議会の疑惑は、ネット先行型で展開している。猪瀬はツイッターでの指摘に加えて、ついにテレビに出演して内田の名前を公然と出して本格的な追及を開始した。1日の日テレではバレーボール会場となる「有明アリーナ」をめぐる疑惑について「内田氏は受注した東光電気工事の監査役をやっており、地方自治法92条に違反する可能性がある」と発言した。


92条2項の兼職禁止に抵触するというのだ。さらに猪瀬は「今後は都議会の闇をどう暴くかだ。闇だから権力があるのであり、光を当てると闇は消える。これはじっくりと始まる戦争だと思っている。小池さんいは協力する」とまさに“宣戦布告”をした。猪瀬は今後小池別動隊として、都連幹事長である内田の追い落としに専念することになるだろう。


焦点となるのはやはり有明アリーナの競争入札だろう。東光電気工事の入札は業界紙が「逆転落札」と報じたほどの逆転劇だった。その逆転劇に政治が関与した可能性があると猪瀬は見ているのだ。


小泉純一郎が「最近は女も度胸がある」と発言したが、これももちろん都議会のドンに挑戦する小池の姿を意識したものである。小池の選挙戦術も一貫してブラックボックス摘発に焦点を置いた。小池は「都連・都議会の『ドン』が都政を不透明なものにしている」と内田への攻撃を展開した。


中でも圧巻であったのは、内田にいじめられ自殺したとされる元都議・樺山卓司の妻にまで応援を求め「内田さんのひどい態度が、夫を死に追いやった」と訴えさせた。また樺山が「内田は許さない。人間性のかけらもない。来世で必ず報復します」と書いた遺書を残したことまで明らかにした。


こうした抜き差しならぬ対決の構図を残して、小池が都庁という「伏魔殿」に乗り込むことになるが、猪瀬の陽動作戦と、小池の都議会対策は一対のものとなる。猪瀬は今後せきを切ったかのようにテレビに登場して次々に内田と都議会自民党が抱える黒い霧を暴き始めるだろう。


一方小池は都議会定数127人中、自民党56議席、公明党23議席という圧倒的な与党対策をまず強いられる。手始めに副議長を選任しても、与党の支持がなければ承認されない。かつて自民党会派などと対立していた青島幸男が都提出の条例案をことごとく否決されたことがあるように、対決だけでは知事職を果たせないジレンマを抱えることになる。是是非非の対応が必要となろう。


小池としてはまず安倍、二階ら党本部と和解し、その影響力を都議会に及ぼすと共に、都議会にある反内田勢力と結んで内田包囲網を作るしかあるまい。一方で「利権追求チーム」を設置して、内部告発も受け入れる。元東京地検特捜部副部長で衆院議員の若狭勝の支援も受ける。この“戦争”は長引くが、世論の支持を取り付ければ弾みが付く可能性もある。


一番簡単なのは党本部が都連会長の石原伸晃と内田ら都連幹部の早期引責辞任を実現することかも知れない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年08月01日

◆安倍「変化球」、岡田「敵前逃亡」の裏を読む

杉浦正章



「厚化粧」に「袖カバー」が完敗
 
都知事選挙を国政面から分析すると、解せぬ「不可思議現象」が二つ生じている。一つは首相・安倍晋三が終始増田寛也の応援で街頭に立たなかったこと。他の一つは民進党代表・岡田克也が突如投票日前日になって代表選不出馬を宣言したことである。安倍は首相就任以来常に攻めに徹してきたが、都知事選はパスした。


いわば不作為の作為であり、初めての“逃げ”の姿勢をみせたのだ。これは一体なぜなのか。一方、「敵前逃亡」といわれた岡田の“逃げ”の原因はどこにあるのか。


まず、安倍の場合の最大の理由は、増田の第一声を聞いて「党内が愕然とした」(自民党選対幹部)ことにある。なぜ愕然としたかと言えば、擁立した増田に全く「華」がなかったのだ。増田は虚勢と自己顕示の有象無象の世界であるテレビ・コメンテーターの中では、ただ1人まともなことをしゃべる知性派であった。


しかし、第一声で街頭に立った姿は、まるで黒い「袖カバー」(腕抜き)をつけて村役場の受付に立つ係長の如きであった。都知事選はミニ大統領選の様相があり、ある程度の「色気」がなければ票を集めることは出来ない。

とつとつと政策を述べる姿は真面目で、好感は持てても「女賭博師」のような小池百合子にかかっては、とても太刀打ちできない。たとえば小池から「岩手県知事を3期務めて借金を倍にした」と痛いところを突かれても、言い訳に終始して切り返しが出来なかった。この「増田に愕然」の現実を如実に反映して、自民党が選挙前に行った世論調査で小池がややリードするものの拮抗(きっこう)していた支持率が、日を重ねるにつれて拡大してしまったのだ。フタを開けたら、演説する度に票を減らすタイプであったのだ。

これを見た安倍は、街頭演説をしても「無駄」と判断したに違いない。猪瀬直樹や舛添要一の都知事選挙の場合は、勝つことが間違いないから街頭演説に立ったが、負けることが分かっている候補を応援しても、プラスはないと判断したのだ。それに長期展望をすればオリンピックに向けて、都庁との関係を悪化させるのは得策ではない。


もともと安倍は当初から小池でいいと考えていたフシがあり、増田一辺倒の都議会とは一線を画していたのだ。安倍は周辺に「小池でもいいじゃないか」と最近漏らしている。こうして首相になって以来攻めを続けて来た安倍が初めて「変化球」を投げるに到ったのだ。


一方岡田の「敵前逃亡」の場合は、やはり事前の世論調査の結果が大きく作用している。もともと鳥越俊太郎は民進党東京都総支部連合会会長・松原仁が隠し球として持っていたもので、岡田は相談にあずかっていなかった。その上鳥越の演説を街宣車上で聞けば、原発にしても何にしても共産党の政策一色。おまけに島嶼(しょ)部の消費税を「5%に下げる」などという、支離滅裂な政策まで独断で打ち出し、岡田にとっては苦々しいこと限りがない。

世論調査ではさすがにガバナビリティに欠ける都民もあきれたのか、3候補のビリを走っていることが判明したのだ。もともと9月の代表選挙に出馬しない意向を固めつつあった岡田にしてみれば、鳥越如きが敗れたから責任を取って代表を辞めると受け取られては不本意極まりない。だから投票日前日になって急きょ、代表選不出馬を表明したのだが、この場合はトップに立つものとして無責任のそしりを免れないだろう。自己都合も甚だしい公私混同だからだ。


松原が「なぜ四党の束ね役の岡田さんが直前に出処進退に言及したのか理解に苦しむ」と怒りをあらわにしたが、無理もない。しかし松原も鳥越を担いだ責任があることは否定出来まい。岡田は自らが推進してきた民共共闘の限界を知ることになった。

 
かにかくして、自民、民進両党のトップの微妙な心境が、はからずも露呈されたことになるが、それにつけても小池のしたたかさはただ者ではない。石原慎太郎から「大年増の厚化粧の女に都政を任せるわけにはいかない」とこき下ろされても、「今日は薄化粧で来ました」と壇上に立って池シャーシャーと発言、笑いを誘った。


明らかに小池はその狙いの焦点を「既成政党の不信の構図との対決」に絞った。「政党の推薦なし」を逆手に取った戦いが成功したのだ。師匠の小泉純一郎が「自民党をぶっ壊す」と対決の構図を鮮明にさせて成功したのと全く同じ図式である。

この既成政党への批判の姿勢は、小池がNHKの出口調査で自民党支持層の50%、民進党の40%、公明党の20%、無党派層の50%を獲得するという党派を超えての得票となって現れたのだ。自民党も安倍が動かなければ、票は拡散するしかない。とりわけ都議会自民党は昔から伏魔殿と言われ、汚職のうわさが絶えず飛び交う傾向にある。五輪をめぐる黒いうわさも絶えない。「冒頭で都議会を解散する」という小池の無知に根ざした発言も、自らが“邪悪”と戦う姿勢を鮮明にさせるものであったのだろう。


しかし小池には既に政治資金をめぐる疑惑が出ているように、場合によってはその姿勢がブーメランのように帰ってくる可能性を否定することは出来まい。ポピュリズム選挙に成功したからといって、都政までポピュリズムに徹すれば手痛いしっぺ返しを受けるだろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年07月14日

◆THAADと判決で中国一段の孤立化

杉浦 正章

 

極東は日米中Vs中露北の冷戦構図
 

矛盾の語源は韓非子にある。「どんな盾も突き通す矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた楚の男が、客から「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と問われ、返答できなかったという話に由来する。


しかし米韓両国が13日韓国南部の星州郡に配備すると公表した「盾」の「THAAD(サード)」は北朝鮮ミサイルの「矛」を通さないばかりか、レーダーで北京を飛ぶカブトムシすら見える透視能力を持ち、ミサイル撃墜の「矛」となる。ただでさえ日米韓が優位に立っていた極東の軍事情勢を、圧倒的な有利に導くものでさえある。北の核ミサイル第一撃をTHAADでかわせば、後は北の滅亡があるのみと言う戦略上の激変を極東にもたらす。
 

さらなる米国の戦略的目標は、中国・ロシアを念頭に置いた極東の軍事バランスの優位確立にある。とりわけ南シナ海で仲裁裁判所判決によって中国封じ込めへの「矛」を入手した米国は、THAADにより東シナ海、極東でも封じ込めを可能とした。この結果南シナ海→東シナ海→日本海と続く第一列島線で対中、対露封じ込めの構図が描けることになるのだ。
 

こうした図式を察知した中国はロシアを巻き込んで猛反発の連打を打ちまくっている。まず習近平とプーチンは先月25日の会談における共同声明で「THAADは地域の国々の戦略的な安全と利益に深刻な害をもたらす」と噛みついた。外相・王毅も「サードの配備は朝鮮半島の防衛上の需要を遙かに超えるものであり、どのように弁明しても無力だ」と発言した。
 

それではこの高高度防衛ミサイルシステムの能力はどのようなものなのだろうか。従来、韓国も日本もパトリオットPAC-3などのミサイルに頼っていた。しかしパトリオットのシステムは、比較的小規模で展開しやすいかわりに、射程が短いため、高速で突入してくる中距離弾道ミサイルなどへの対処が難しかった。このため、パトリオットよりも高高度、成層圏よりも上の高度で目標を迎撃するために開発されたのがTHAADである。


在韓米軍に配備されるTHAADは1個部隊で、発射台6基とミサイル48発などで構成される。高度150キロでの迎撃も可能だ。注目点はTHAADで配備されるXバンドレーダーである。通常は600`、機能を拡大すれば1800キロの範囲まで探知が可能とされる。このレーダーは、すでにグアムや京都府と青森県にも配備されている。
 

興味深いのは当初は対中関係を考慮してTHAAD配備をためらっていた朴槿恵が、なぜ習近平を捨てるかのように導入に踏み切ったのだろうか。その第一には北への恐怖心がある。北の最近の核・ミサイル実験はすさまじく、とりわけ中距離ミサイルムスダンの実用化が間近になってきている。にもかかわらず中国は、事実上国連決議などは無視して北の開発を野放しにしており、朴はようやく習近平が頼りにならないと分かったのだ。
 

次に経済関係で中国に大きく依存してきた韓国は、最近の中国の長期経済低迷で拡大が期待できなくなった事があげられる。貿易も日米を軸に多様化した方が良いと考えたのだろう。こうして朴槿恵は昨年末の慰安婦合意で対日関係を是正し、対中蜜月を放棄して対米関係復活に大きくかじを切ったのだ。米国にしてみればもともとTHAADの配備は、韓国と中国を分断する絶好の道具としての意味もあり、朴槿恵に“踏絵”を迫り続けたのだ。今後は日米韓の一層の連携強化に向けて米国はリードするだろう。
 

こうしてTHAADは来年末までに配備されることになった。米国の狙いは対中、対露戦略が絡む。THAADは北京やハバロフスクはもちろん遠くは西安から南は上海までXバンドレーダーでお見通しとなる。軍隊の動き、人員配置などが手に取るように分かってしまうのだ。


この相手に見られているが相手の様子は分からないという状況は、国の安保防衛にとって極めて不安感を強くする。このため極東のパワーバランスの変化に対応するため中国、ロシア、北朝鮮の3国は接近せざるを得ない状況に立ち至った。
 

とりわけ習近平は北の刈り上げ頭のあんちゃんを毛嫌いしているが、今後は関係改善に動く可能性が強い。観測筋の間では7月27日の、朝鮮戦争休戦協定署名63周年に向けて接近の動きが生ずるとの見方がある。北のあんちゃんは、自分への中国のニーズが生ずる事になって、笑いが止まらない状況かも知れない。自分が行っている、核とミサイルの実験の効果が思わぬところから出てきたと愚鈍にも鼻高々かもしれない。実際にも、金正恩体制は早期崩壊がないことにもなる。


こうして日米韓と中露北の対峙は、筆者が前から指摘している極東冷戦の構図を一層深めてゆくものとみられる。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

◆【筆者より明日から第1次夏休みに入ります。都知事選前には浮上する予定です】

2016年07月13日

◆判決でスカボロー礁の駆け引き激化へ

杉浦 正章



 中国の南シナ海「面支配」は阻止すべきだ


 中国の「牛の舌」と呼ばれる薄気味悪い独自の境界線「九段線」は「根拠なし」、人口島は「法的な意味なし」では中国の完敗だ。常設仲裁裁判所判決の最重要点は、米中戦略の要衝スカボロー礁をに関して「スカボロー礁周辺のEEZ(排他的経済水域)はフィリピンに属するものであり、オーバーラップしない」と断定したことだ。フィリピンを初め米国や日本の主張を100%認めたことになる。今後埋め立てようとする中国と、これを阻止しようとする米日との間で激しい外交・安保上の駆け引きが展開されるだろう。


 この仲裁裁判所の判決内容には日本が裏側で大きく関与している。中国がこれを事前に察知して外務次官・劉振民が「国際海洋法裁判所の柳井俊二所長(当時)が「意図的」に中国の立場に反対する仲裁人を任命した」と共産党理論誌「求是」に論文を掲載した。国連海洋法条約の規定では、双方の当事者が仲裁人を選定できるが、今回の仲裁裁判には中国が参加を拒否。


このためフィリピンが選んだ仲裁人を除き、柳井が任命した。柳井が選定に当たり判決を意識しない人事を行うはずはない。中国が最初から裁判を否定するからこうなったのであり、文句は筋違いだ。このところ国連機関などの従軍慰安婦問題への見解などで負けが込んでいた日本だが、判決に関しては、今後の中国包囲網への最大の根拠となるだけに快挙と言える。


判決について中国はすでに5日に前国務委員・戴秉国が米ワシントンでの講演で、「ただの紙くずだ」と批判しているが、そのどぎつい表現から逆探知すれば、いかに中国が追い込まれているかを物語っている。中国は弱虫オバマが手をこまねいている間に、向かうところ敵なしのごとく南シナ海での領土拡大を進めてきた。ところが、判決は国際社会から見れば中国に対する頂門の一針であり、これ以上の痛切な戒めはない。


しかし中国は表向きは蚊が刺したほどにも感じないそぶりを続けるだろう。国内的に見れば民主主義国と違ってまず問題は生じないだろう。資本主義国の裁判所が我が国の領土領海にいちゃもんをつけているという逆宣伝が中国国民には利くからだ。今後習近平は国内のナショナリズムを煽り、自分の海洋覇権への行動を正当化させようとするし、それは一定の効果を生じさせるだろう。


しかし国際社会はそうはいかない。むしろ手痛い孤立化の道をたどらざるを得なくなるだろう。日米は機会あるごとに国際世論に訴えると同時に、安全保障上の見地からも一致して対中けん制行動に出ることが予想される。その焦点が冒頭指摘したスカボロー礁をめぐる攻防だ。そもそも中国の南シナ海進出は米国がフィリピンの基地を撤退するという大誤算をした事により発生した。


南シナ海に生じた真空地帯を埋めるかのように中国の進出が始まったのだ。既に中国は南シナ海の西方のパラセル諸島と南のスプラトリー諸島を埋め立て、最後にスカボロー礁に食指を動かし始めている。この正三角形になる3点を確保すれば、これまで2か所を線で結んでいた支配海域を面で確保出来ることになる。軍事目的の滑走路はこれを空から強化するためのものに他ならない。


 そうなれば習近平の海洋戦略が成功したことを意味し、三角形が実現すれば中国はここに躊躇(ちゅうしょ)なく防空識別圏を敷設して、南シナ海の実効支配を完成させるだろう。これに待ったをかけつつあるのが、ようやく中国の戦略に気付いた米国だ。第七艦隊による南シナ海へのプレゼンスを強めており、日本も最新鋭潜水艦を派遣するなどけん制行動をとっている。


日本にしてみれば南シナ海を中国が抑えれば、その食指は東シナ海、尖閣諸島に向かうことは自明の理であり、スカボロー礁への進出阻止は戦略上不可避のものとなるのだ。


しかし、判決を紙くずと見る中国がこの戦略を容易に転換させるわけはない。したがって南シナ海は米中軍事対決の様相を一層深めながら推移してゆくだろう。判決は拘束力はあっても強制力はないのである。しかし、判決が中国を「犯罪者」と認定したことは間違いなく、その「犯罪者」に対する行動が、国際世論によって正当化されるという効果は大きい。その効果を一層高めるのが日米を中心とした国際世論での対中包囲網の結成であろう。


国際会議の場には困らない。7月末のASEAN地域フォーラムを皮切りに、9月に杭州市で開かれるG20首脳会議と国連総会、秋の東アジアサミットなどで中国の膨張政策への批判を展開して、習近平に自分の行動が世界的にひんしゅくを買っている現実を見せつけなければなるまい。とりわけ中国が初の議長国となるG20の場は注目される。少なくとも習は首脳会議を成功裏に終わらさせるために、当面は融和的に動くだろう。スカボロー礁で居丈高に出れば、主要国首脳が会議をボイコットする事態もあり得る。そうなれば習が一番大事にする沽券に(こけん)に関わるからだ。


ここで問題になるのがフィリピンの新大統領・ロドリゴ・ドゥテルテの存在だ。国内的には麻薬犯罪人を射殺せよなど、トランプに似て威勢がいいが、外交・安保に関してはど素人だ。アキノに比べて勘所を押さえておらず、対中国外交でも“融和政策”に転じようとしているかに見える。下手をすれば領土主権を放棄してでも中国の援助を選びかねない。指導者としては“卑しい性行”を示している。


ここは日米が一致してドゥテルテの説得と取り込みに全力を傾注する必要がある。中国側に取り込まれれば、スカボロー礁は風前の灯となりかねない。 

2016年07月12日

◆増田Vs小池は91年の鈴木Vs磯村に酷似

杉浦 正章



謹厳実直と劇場型の戦い


一見複雑に見える都知事選挙を俯瞰した場合、やはり増田寛也対小池百合子の戦いに収れんするだろう。構図は1991年の自民党分裂選挙である鈴木俊一対磯村尚徳の戦いに似ている。

よく言われる1999年の明石康対柿沢こうじの自民党分裂選挙は石原慎太郎が後出しじゃんけんで割って入り当選しているから参考にならない。増田対小池の構図はあらゆる意味で好対照をなしている。組織力対知名度、謹厳実直型対劇場型、組織票対浮動票の戦いの様相だ。6月に自民党が行った世論調査では増田、小池が拮抗し、小池が頭だけ勝っていたが、増田が立候補表明した現在ではどうなっているか興味深い。


民主党が突如出した鳥越俊太郎は、4野党で一致すれば台風の眼になり得るが、当選は困難だろう。
 

とにかく小池は民放のニュース・キャスター出身だけあってテレビへの露出がうまい。推薦状提出でテレビ、取り下げでもテレビ、記者会見でもパネルを出して訴え分かりやすい。ところが民放テレビは、連日取り上げるが、告示前は一種の小池ネガティブキャンペーンの様相が色濃い。コメンテーターらも小池のパフォーマンスを苦々しげにコメントする。


コメンテーターは自らが知的であることを競争で見せ合っているから、「小池劇場」も否定して頭のいいところを見せようとする訳だ。この風潮は小池の狙う浮動票の獲得を困難にするものだろう。
 

昔、都知事・美濃部亮吉を選挙で自民党がいじめると、山の手の婦人層が「お可哀想に」と同情して美濃部支持に回ったものだが、自民党はこれに懲りて都知事選では悪者にならない方法を身につけているのだ。その第一が官邸も自民党首脳も都議会も参院選を妨害した小池に、はらわたが煮えくりかえっているにもかかわらず、これを表面に出すことだけは避ける傾向がある。


11日も小池が幹事長・谷垣禎一に「自らの処分は党の判断に任せる」と事実上の進退伺いをしたが、谷垣は除名には直ちに踏み切らなかった。なぜかと言えば除名すれば劇場型の仕掛けに、はまってしまうからだ。首を切られれば小池はあのにっくき自民党から首を切られた「可憐な婆さん」を演ずることが出来る。悲劇のヒロインになろうとする作戦なのだ。除名すれば都知事選を左右してきた浮動層、悪く言えば衆愚が反応する。
 

小池は当選した場合の公約で都議会解散を打ち出したが、これが大間違い。自治体の長は首相と違って突如伝家の宝刀を抜くことは出来ない。不信任案が議会から上程された場合には解散で切り返すことが可能だが、当選してすぐに不信任案が出るわけがない。小泉純一郎の入れ知恵と言われている。真偽は定かでないが、ありそうな話だ。しかし、無知も甚だしい。
 

これに対して増田は意識して謹厳実直さを前面にだした。これまで増田はコメンテーターとして頻繁にテレビに露出しており、露出度は小池より圧倒的に多い。しかし地味であり、派手な言動はしない。その発言は実にバランスがとれており、ハチャメチャなコメンテーターが多い中で、際だって知性的で、本筋を付いた意見を述べる。


東大法学部卒にしては、珍しく平衡の感覚を持ち合わせている。したがって増田フアンは多く、組織票に加えて浮動票も増田に流れる可能性が否定出来ない。とりわけ、政治家都知事の醜態で、謹厳実直な官僚型は小池へのアンチテーゼとして作用するものとみられる。自民党は増田以外の候補を応援した自民党員を除名にするという異例の通達を出した。明らかに小池の地元議員が小池に動くのを止めることを目的としている。
 

かつてパリ仕込みのキザで売った磯村は、都知事選で銭湯に行って年寄の背中を流すという一大パフォーマンスを演じた。小池の場合は女湯だからカメラを入れるのは難しいが、恐らく似たようなパフォーマンスがないか現在準備中というところだろう。


都民にはパフォーマンスをパフォーマンスと感じない民度の層がいて、これが勝敗を決めるということが小池には分かっているのだろう。しかし磯村の場合は逆目に出た。太った素裸が醜悪だったのかかえって女性の反発を買った。鈴木俊一が229万票で、磯村は143万票と大差が開いたのだ。みえみえのパフォーマンスは、三流歌舞伎役者が六法を踏むようで醜悪だから、民衆もすぐに見破る。
 

具体的な票分析は世論調査が出ない限り困難だが、参院選挙の自民投票は2人で155万票、これに公明党の74万票が加われば229万票になる。鈴木の取った票の構図と似ている。民進党の参院2人の票は155万票だが、蓮舫の圧倒的な人気に支えられており、民進候補にはここまで出ないだろう。宇都宮健児も根強い支持層があるが、過去2回の100万票近い票は困難だろう。


こうして増田と小池を軸に都知事選は展開するが、12日になって民主党がジャーナリスト鳥越俊太郎を擁立する方針を突如明らかにしており、予断は許さない状況だ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2016年07月11日

◆改憲派2/3超の歴史的圧勝

杉浦 正章
 


安倍、“9条改憲”「短兵急にやらぬ」
 

共産の「自滅発言」が改憲勢力にプラス
 

自民党が27年ぶりの単独過半数荷は届かなかっものの、改憲勢力が戦後初めて憲法改正を発議できる3分の2議席を突破したのだから、これはどう見ても自民党にとって歴史的圧勝であろう。紛れもなくアベノミクスの勝利であり、同時に3年3か月にわたり大失政を繰り返した民主党政権に対するアレルギーが依然根強いことを物語っている。


首相・安倍晋三は改憲を選挙の争点にしないまま、改憲に向けての“通行手形”を獲得したが、「短兵急にやるものではない」といきなり「9条改定」に取り組むことはない方針を明らかにした。政権はアベノミクスの仕上げに全力を傾注することになろう。民進共産の野党共闘は一定の成果を上げており、今後総選挙に向けて共闘が持続する可能性は高い。内閣改造は8月にも断行されるだろう。
 

単独過半数は辛うじて届かなかったが、改憲3分の2は驚きの結果であろう。安倍は選挙期間中一切改憲には言及せず、自民党も公約には目立たないように掲げ、あえて論争を避けた。自民党の基本戦略はアベノミクスの推進と民共共闘の批判に集中させ、この“2点集中戦略”が奏功した。改憲を前面に出せば必ず票は減るという読みが前提にあったが、これは戦略としては成功した。


朝日が11日付社説で「後出し改憲に信はない」と歯ぎしりして悔しがっているが、野党も肩透かしを食らって、改憲批判ものれんに腕押しにとどまった。NHKの出口調査ではアベノミクスを大いに評価8%、ある程度評価48%で合計56%が支持していたことが判明、比例区での投票先の57%が自民党であった。やはり事実上の完全雇用と大企業、中小企業の利益が史上最高という現実が、野党の批判するGDPの不振よりも大きく作用したものとみられる。

加えて選挙冒頭までは躍進基調であった共産党の幹部が、防衛予算を「人殺し予算」と形容したことをきっかけに、勢いをそがれた事が、改憲3分の2に大きく作用した可能性がある。6月26日の発言後7月上旬の産経の調査では5.7あった共産党支持率が4.5%に急落している。数字は小さいが躍進していた政党が22%の支持率減少となったのは痛い。発言がなかったら3分の2は阻止できていた可能性がある。


共産党の目標議席は比例区9議席であったが、比例区、選挙区合計で6議席にとどまった。前回の8議席にも及ばなかった。早くも共産党の躍進に限界が見えてきた。
 

それでも民進党が前回の参院選1人区では2議席しか取れず、共闘が実現する前の情勢では数議席しか自民党と互角の勝負が出来ないと予想されていたにもかかわらず、11議席を獲得出来たことは一定の共闘効果があったことを物語る。代表・岡田克也は地元の三重で負けたら責任をとる旨発言した。これは三重選挙区候補の選挙を自らの選挙ににしてしまって当選させるという、苦肉の策だが、結果的には成功した。それでも党内は9月の代表選に向けて混乱が続きそうだ。


一方、共産党委員長・志位和夫は「バラバラだったらもっと厳しい結果となっていた。衆院でも持続していきたい」と共闘持続を表明した。岡田は党内右派を念頭に共闘への明言を避けているが、結局独自の戦いでは党勢が弱すぎて勝負にならないことから、衆院でも共闘に乗らざるを得ないものとみられる。共産党は庇を貸して母屋を取る戦略だ。


改憲勢力3分の2議席を得た安倍は、「9条改憲」に関しては極めて慎重な姿勢を鮮明にさせた。「この選挙では憲法改正の是非が問われたわけではない」と正直に争点化を避けたことを認め、「今後憲法審査会で議論し、国民的理解が深まる中で、改正する条文が収れんしてゆくことを期待したい」と述べた。これは国論を2分する上に、国民投票で敗れれば政局に直結する「9条改憲」を当面は“主導”しないことを明らかにしたものだ。野党とりわけ第1党の民進党を論議に引き込みつつ、当面は対決姿勢でなく与野党合意のもとで改憲の方向を探ってゆく方針なのであろう。
 

改憲勢力が衆参両院で3分オ2議席を獲得したことにより、安倍は内政外交でおごらず、重心を低くして「勝って兜(兜)の緒(お)を締めよ」の長期政権路線を行くだろう。自民党総裁の任期も2期6年までを3期9年までに延ばす動きが出てくるだろう。国政選挙に4回連続して圧勝した首相は希有の存在であり、国会議員や党員を問わず延長に異論は出にくいだろう。


アベノミクスはまさにこれからが正念場である。安倍は選挙結果について「アベノミクスを力強く前に進めよというのが国民の声」と言明した。大型補正など大胆な財政出動も不可避の経済情勢となっている。自民党内では10兆円規模の補正予算を求める声が強い。さらに中国、北朝鮮という軍国主義国家に隣接して、一触即発の状態が長期に続くことも予想される。外交・安保では気の抜けない状況が続く。
 

自民党の圧勝で公明党との関係は一層強化されるだろう。公明党票あっての自民党躍進の構図は衆院選挙でも変わりようがないからだ。内閣改造は官房長官・菅義偉と財務相・麻生太郎の処遇が焦点となるが、とりわけ菅は余人を持って代えがたき仕事をしており、余人に代えては内閣がバランスを失って失速しかねない。まだ当分代えない方が得策と思える。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年07月08日

◆2/3獲得でも「9条改憲」の選択はない

杉浦 正章



国民投票で負ければ政局に直結
 

参院選挙の結果は憲法改正に必用な3分の2を自民、公明など改憲勢力が達成する可能性を強めている。達成しなくても3分の2に迫る勢いであることは確実だ。


首相・安倍晋三にとっては宿願の改憲に大きく前進することになるが、実際に最大の焦点の「9条改憲」へと動くかどうかは疑問がある。9条を持ち出せば国論は完全に2分され、そのまま国民投票にかければ反対派が勝つ可能性が強い。これはイギリスのEU離脱の国民投票と同じであり、政局を直撃して安倍政権を退陣か解散・総選挙に追い込むだろう。


あえて言えばいくら自民党の悲願であるにせよ、明日のメシが食えなくなるわけでもない「9条改憲如き」に政権の命運をかける価値があるかということだ。既に集団的自衛権の限定行使で事実上の解釈改憲は成り立っている。天の与えた衆参3分の2議席は、アベノミクスの完成とデフレ完全脱却、緊迫する極東情勢を前にした外交・安保に全力を傾注することに活用すべきである。
 

安倍が参院選で改憲のかの字も言わなかった背景には安倍の描く大戦略がある。まず改憲しようとしまいと3分の2の議席を獲得して、政局運営のカギを握ることである。カギさえ握ればあとの料理は鯛の刺身だろうが、スッポンの雑炊だろうが政治の腕次第と言うことになる。


政権基盤もこれまで以上に固まり、自民党内では4回の国政選挙に連続して勝った未曾有の首相への任期延長論が台頭するだろう。3年2期で18年9月で終わる任期を、あと3年延期してオリンピックをまたぐ21年9月までとする可能性が高い。
 

こうした基盤が出来た後改憲問題にどう取り組むかだが、残り2年と残り5年では対応の仕方が大きく異なる。2年では改憲という大事業を達成できるかどうかは疑問だが、5年あればかなりの改憲が可能となる。安倍も出だしから脱兎のごとく駆け出すことはしないだろう。


まず3分の2に達さない場合は、民進党内にある改憲勢力に手を入れようとするだろう。公明党代表・山口那津男が「社民と共産以外の改憲を否定していない勢力は既に3分の2を越えている」と述べているとおり、“民進分断”が可能だからだ。


3分の2に達した場合でも野党の協力も求めつつ粛々と衆院の憲法審査会を始動させるだろう。ちなみに憲法改正の手続きは、改正案を憲法審査会の過半数の賛成を経て衆参本会議にかけ、同本会議がそれぞれ3分の2の多数で発議。周知・広報期間を経て国民投票にかける。国民は改正の条文ごとに賛否の判断をして過半数あればその条項の改正が決まる。
 

問題は改憲の中身だが、いきなり9条改憲には向かわないだろう。同改憲は瀕死の野党にカンフル剤を与えてしまって元気づかせ、やがて来る解散・総選挙に決定的な影響を及ぼしかねないからだ。いきなり9条となればNHKの世論調査で「憲法を改正する必要がある」が27%、「ない」が34%という数字がそのまま出てしまうだろう。「平和憲法」の意識は国民の間に根付いており、これを共産党や民進党左派があおれば、乗せられやすい体質があるからだ。その場合の国民投票は、いくら国会で議席が3分の2あっても関係ない。


大阪の住民投票で大阪都構想反対が僅差で勝ち、市長・橋下徹が辞職表明。イギリスの国民投票で下院で離脱支持が147議席、残留が454議席と圧倒していても、僅差で離脱が勝ち、キャメロンは辞任表明。直接民主主義は極めて危ういのである。
 

こういう事情を安倍は認識しており、民進党代表・岡田克也の「首相は憲法の平和主義をねじ曲げ、憲法9条2項まで変えようとしている。許していいのか」という発言は、まさに自民党副総裁・高村正彦が指摘したように「デマ」である。岡田はどうも代表になって以来「徴兵制が施行される」とか、オオカミ少年的なデマの発生源になっており、貧すれば鈍するを地でいっている。安倍自身も「自民党だけでなく与党、さらにはほかの党の方々の協力をいただかなければ難しい」と国会答弁している。ほかの党の方々とは民進党右派のことである。
 

こうした安倍の気構えは当然憲法審査会の論議にも反映されるだろう。与野党が一致できるテーマ、例えば私学助成金は現行では89条に抵触するという違憲論が強いが、これを是正するといった具合の問題処理だ。与党と大多数の野党が一致する項目を国民投票にかけた場合は、過半数で改憲が成立する可能性が高い。こうしたテーマを数点掲げて国民投票にかけ、国民の改憲意識を“成長”させ、“場慣れ”させる必要があるのだ。


共産党あたりはそれでも9条改憲に道を開くとして反対する可能性が高いが、逆に孤立化は避けるかも知れない。いずれにせよ本丸の9条はこうした手続きを経たうえで改正すべきであり、最初から岡田の指摘するように9条改正に手をつけるという政治の選択はあり得ないと見るべきであろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2016年07月07日

◆安保論争で民共真田丸陥落の危機

杉浦 正章



自公の攻撃に受け身のまま
 

選挙最終盤に至って新聞に「改憲4党3分の2に迫る」 とか「自民は単独過半数視野」といった見出しが躍っている。大河ドラマを待たずに野党の真田丸は陥落状態に陥った。


論戦を見るとアベノミクス論議は野党が完敗、憲法論議は肩透かし、最後に残った安保法制をめぐる論議は共産党が防衛予算を「人殺し予算」と形容して、集中攻撃を受け完膚なきまでに叩きのめされた。選挙の論争は言い訳に転じたら負けなのだ。こうして戦後初の民共共闘は、とても自公共闘を制圧出来るようなものではなかった。
 

なぜアベノミクスで野党が完敗かと言えば、民主党政権時代と比較して失業率が格段に低下して人手不足が物語るように事実上の完全雇用が実現している実態が挙げられる。大企業のトリクルダウンで中小企業も史上最高の利益。この現実には野党がGDPがどうのこうのと言っても始まらないのだ。野党が意気込んだ憲法論議も、首相・安倍晋三はうまいのかずるいのか、何と街頭演説では改憲のかの字も口にしなかった。幹事長・谷垣禎一も「改憲は野党第1党との合意で」などと、トーンを弱めた。


傑作なのは自民党副総裁・高村正彦が「岡田氏がこの選挙選で、改憲勢力が3分の2をとったら安倍首相は必ず憲法9条を変えると言っているが、デマの類いだ」発言。民進党代表・岡田克也がかんかんに怒って「全くの誹謗(ひぼう)中傷で、選挙妨害と言われても仕方がない」として、自民党に発言の撤回と謝罪を文書で要求した。しかし選挙での発言で謝罪を要求しても同情する者はいない。言われ損だ。的確に言い返せば良いことだ。
 

残る野党にとっての真田丸が外交・安保論争であったが、自公の攻撃は民共共闘の弱点を突きに突いた。それも「天の時地の利」をフルに活用しての戦法を駆使した。天の時は極東を取り巻く環境の激変。地の利は大災害と自衛隊との関係だ。1番分かりやすいのが安倍の街頭演説だ。「共産党は自衛隊が憲法違反であり解散するといいながら、災害があったら出動せよと言う。急迫不正の侵害には命をかけよと言う。ひどいじゃありませんか」 。これは分かりやすい。


共産党は「問われているのは自衛隊が合憲か違憲かではない。自衛隊を海外の戦争に派遣していいのかということだ」(書記局長・小池晃)と反論。しかしこの反論は北朝鮮のミサイル実験や中国艦船による領海侵犯、中国機の自衛隊機への急接近など緊迫した現実を無視して、「海外派兵」などという誰も考えていない観念論にすり替えようとしているのが弱い。
 

そうこうするうちに共産党でまるで自爆行為のような発言が発生した。政策委員長・藤野保史が防衛費を「人を殺すための予算」発言したのだ。もともと左翼勢力にはこの思想があった。かつて社民党の福島瑞穂が、「自衛隊を国防軍と改称し集団的自衛権を与えたら、彼らは人殺しをする」と断言。民主党政権時代には官房長官・仙谷由人が「自衛隊という暴力装置」と発言している。


慌てて共産党は藤野を政策委員長から外したが後の祭り。絶好の攻撃目標にされた。公明党代表・山口那津男の発言が1番クリアカットだ。「地震や災害で1番人の命を助けたのは自衛隊であった。それを『人殺し予算』などと言う血も涙もない共産党には、人命や財産を任せるわけにはいかない」と切りつけた。中盤から終盤戦にかけて自公がこの「人殺し予算」を街頭演説やテレビ党論でフルに活用したのはいうまでもない。
 

これに対する野党の反論は、言えば言うほど言い訳めいて説得力に欠けた。小池が辛うじて「自衛隊を違憲だとしている社会党の村山富市氏を首相に指名した自民党に言われたくない」と切り返したのがうまかったくらいで、後は押されっぱなしだ。民共共闘を進めた岡田が「共産党は自衛隊が違憲だから直ちに廃止するということではない。

現状では認めている」と加勢に出たが、共産党の過去の歴史から見て説得力に欠けた。共産党はかつて憲法を改正して人民の軍隊を持つことを党是とした時期があり、まるで中国共産党傘下の中国人民軍をイメージするかのようであったからだ。それより安倍が「共産党が目指すのは自衛隊の解散、日米安保条約の廃棄だ」という発言が1番分かりやすい。
 

噴飯物は幹事長・枝野幸男が「安保法制が出来た後の方が北のミサイル開発が進み、中国の艦船が領海に入ったりするケースが多い」と発言したことだ。この論理から言えば民進党政権時代に、明らかに中国軍の指図で漁船が領海に侵入して巡視船に体当たりをしたにもかかわらず、船長をすぐに釈放したケースを忘れている。中国はこれをみて、尖閣を奪取できると判断したかも知れないではないか。


民主党政権が続いていれば尖閣は間違いなく危機に瀕した。安保法制の抑止があるからこそ、北も中国もこの程度で抑えている事が分かっていない。指導者が度し難ければ選挙に負けるのだ。民進は改選議席43を大幅に割り込み30前後となりそうだ。

           <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

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