2015年08月15日

◆翁長説得は八百屋で鯛求めるに等しい

杉浦 正章



主張が県民扇動の感情論に終始
 

「嘉手納沖合に墜落しました。基地のそばに住んでいる人は大変なことだ」と沖縄県知事・翁長雄志は官房長官・菅義偉との会談で切り出したが、米軍ヘリの墜落はまるで反対側のうるま市東側の海上。嘉手納基地近辺住民には何の影響もない。


墜落の事実関係まで鬼の首を取ったかのように誤って利用しようとする。翁長の姿勢はいかんともし難い。事程左様に会談は公式の会談では成り立ち得ない「翁長の感情論」が目立った。これでは先が見えている。


米軍ヘリの墜落はむしろ普天間基地移転での危険性除去の必用を改めて確認するものに他ならない。住宅密集地の基地は、いつ墜落事故が起きるか知れない危険性と常時隣り合わせしている。その普天間移転に翁長が反対するのは、「普天間周辺の墜落事故での住民の犠牲を背景に、基地反対闘争を盛り上げようとしている」という“うがった見方”を裏付けてしまうことになるのではないか。

菅が普天間移転について「基地の世界一危険な状況除去が原点である」と述べたのは、しごくもっともであろう。


これに対して翁長は「それが原点ではない。普天間の住民がいない間に強制収容された基地が原点だ」と根拠のない感情論を展開した。さらに続けて「自分が奪った基地が世界一危険だから、老朽化したからもっとお前たち出せと。こんな理不尽なことはない」と述べた。


一連の発言は真面目に論理的に話をしようとしている菅に、翁長が反対闘争を意識、扇動するための感情論で対応していることが明白だ。「もっとお前たち出せ」という言葉は、県民の間に被害者意識を拡大することを狙ったものであり、事の本質をねじ曲げるものに他ならない。


移転と同時に普天間基地と嘉手納以南の米軍基地の7割が返還され、海兵隊員の約半分9000人がグアムなどに移転するのである。沖縄の基地負担はまぎれもなく軽減されるのであり、これが「もっと出せ」となる発想自体がおかしい。


翁長は私的諮問委員会に前知事・仲井真弘多の埋め立て承認を「法的な瑕疵(かし)がある」と決めつけさせ、これを根拠に発言しているのだろうが、中央政界でも最近はやらない「お手盛り審議会」の結論には説得力がない。自分の都合で集めた第三者委員会に公正中立性があるとは言えまい。


前沖縄県知事・仲井眞弘多時代に、埋め立て承認を理論づけた県庁職員をないがしろにするものでもある。19年前の日米移転合意、16年前の知事の同意に基づく閣議決定、1913年の仲井真の移転承認に至るまで忍耐強く地元の説得を続けてきた自民党政権の、移設工事本格化には何の瑕疵(かし)も見られない。現に翁長自身がかつては移転に賛成をしていたではないか。


会談の結果について菅は「出発点が違うから距離はあるなという感じであった」と述べているが、菅ほどの人物が結果を読めずに会談に臨むわけがない。政府の普天間移設とこれを阻止する翁長の構図は変わりようがないのであって、会談はいわば政府が国民を意識し、翁長が県民の反対勢力だけを意識する「儀式」のようなものであろう。


しょせんは物別れが目に見えているのである。また審議会の答申を盾にとって翁長は8月中に埋め立て承認を取り消す方針であったようだが、政府は安保法制の参院審議が佳境に入る時期に取り消しをされては、国会審議に及ぼす影響が甚大とみて、「集中協議」の場を設定したに過ぎまい。


翁長は「沖縄の『飢餓感』を理解できなければ、個別の問題解決は難しい」と、今度は自己陶酔型の感情論を展開したが、中国が尖閣列島はおろか沖縄本島まで狙いを付けている現状をどう見るのか。中国支配下においては「100倍1000倍の飢餓感」が県民を襲うことに考えが及ばないのか。


指導者なら、自己保全のために県民を扇動することはやめて、激動する極東情勢の中で沖縄の地政学的な立ち位置を熟慮するべきであろう。しかしこればかりは八百屋で「鯛くれ」と言うようなものだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年08月13日

◆翁長説得は八百屋で鯛の求めに等しい

杉浦 正章



主張が県民扇動の感情論に終始
 

「嘉手納沖合に墜落しました。基地のそばに住んでいる人は大変なことだ」と沖縄県知事・翁長雄志は官房長官・菅義偉との会談で切り出したが、米軍ヘリの墜落はまるで反対側のうるま市東側の海上。嘉手納基地近辺住民には何の影響もない。


墜落の事実関係まで鬼の首を取ったかのように誤って利用しようとする。翁長の姿勢はいかんともし難い。事程左様に会談は公式の会談では成り立ち得ない「翁長の感情論」が目立った。これでは先が見えている。


米軍ヘリの墜落はむしろ普天間基地移転での危険性除去の必用を改めて確認するものに他ならない。住宅密集地の基地は、いつ墜落事故が起きるか知れない危険性と常時隣り合わせしている。


その普天間移転に翁長が反対するのは、「普天間周辺の墜落事故での住民の犠牲を背景に、基地反対闘争を盛り上げようとしている」という“うがった見方”を裏付けてしまうことになるのではないか。菅が普天間移転について「基地の世界一危険な状況除去が原点である」と述べたのは、しごくもっともであろう。


これに対して翁長は「それが原点ではない。普天間の住民がいない間に強制収容された基地が原点だ」と根拠のない感情論を展開した。さらに続けて「自分が奪った基地が世界一危険だから、老朽化したからもっとお前たち出せと。こんな理不尽なことはない」と述べた。


一連の発言は真面目に論理的に話をしようとしている菅に、翁長が反対闘争を意識、扇動するための感情論で対応していることが明白だ。「もっとお前たち出せ」という言葉は、県民の間に被害者意識を拡大することを狙ったものであり、事の本質をねじ曲げるものに他ならない。


移転と同時に普天間基地と嘉手納以南の米軍基地の7割が返還され、海兵隊員の約半分9000人がグアムなどに移転するのである。沖縄の基地負担はまぎれもなく軽減されるのであり、これが「もっと出せ」となる発想自体がおかしい。


翁長は私的諮問委員会に前知事・仲井真弘多の埋め立て承認を「法的な瑕疵(かし)がある」と決めつけさせ、これを根拠に発言しているのだろうが、中央政界でも最近はやらない「お手盛り審議会」の結論には説得力がない。自分の都合で集めた第三者委員会に公正中立性があるとは言えまい。


前沖縄県知事・仲井眞弘多時代に、埋め立て承認を理論づけた県庁職員をないがしろにするものでもある。19年前の日米移転合意、16年前の知事の同意に基づく閣議決定、1913年の仲井真の移転承認に至るまで忍耐強く地元の説得を続けてきた自民党政権の、移設工事本格化には何の瑕疵(かし)も見られない。現に翁長自身がかつては移転に賛成をしていたではないか。


会談の結果について菅は「出発点が違うから距離はあるなという感じであった」と述べているが、菅ほどの人物が結果を読めずに会談に臨むわけがない。政府の普天間移設とこれを阻止する翁長の構図は変わりようがないのであって、会談はいわば政府が国民を意識し、翁長が県民の反対勢力だけを意識する「儀式」のようなものであろう。


しょせんは物別れが目に見えているのである。また審議会の答申を盾にとって翁長は8月中に埋め立て承認を取り消す方針であったようだが、政府は安保法制の参院審議が佳境に入る時期に取り消しをされては、国会審議に及ぼす影響が甚大とみて、「集中協議」の場を設定したに過ぎまい。
 

翁長は「沖縄の『飢餓感』を理解できなければ、個別の問題解決は難しい」と、今度は自己陶酔型の感情論を展開したが、中国が尖閣列島はおろか沖縄本島まで狙いを付けている現状をどう見るのか。中国支配下においては「100倍1000倍の飢餓感」が県民を襲うことに考えが及ばないのか。


指導者なら、自己保全のために県民を扇動することはやめて、激動する極東情勢の中で沖縄の地政学的な立ち位置を熟慮するべきであろう。しかしこればかりは八百屋で「鯛くれ」と言うようなものだ。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年08月11日

◆原発は生まれ変わって平成希望の火に

杉浦 正章



朝日も条件付き再稼働に大転換
 

「一部国民」の批判は3度の国政選挙でクリア
 

1957年8月、岸内閣発足間もない頃原発の灯がともった。当時のマスコミは「緑の火がともった」と報じ、国中がエネルギーの明るい未来を予見したものである。そして58年を経た今日(11日)原発の最初の再稼働が秒読みとなった。


1年11カ月ぶりに国内の「原発ゼロ」が終わり、再び原子力が日本のエネルギーミックスのなかで主要な地位を占める第一歩となるのである。「安全神話」を返上し、科学的知見を駆使して「安全対策」を施した上での川内原発再稼働は、日本のエネルギー政策に新たな地平線を描くものになるだろう。


また原発反対論が喧(かまびす)しい中で、突破口を開くものと位置づけられる。3.11以来マスコミや選挙選を通じて蓄積された反原発イデオロギーに対するまぎれもない勝利を意味する。


なぜ勝利かと言えば朝日新聞が最近またも再稼働容認へと大転換したからである。またもというのは同社の歴史が、日米安保反対から事実上の安保支持、慰安婦強制連行から同連行否定、PKO法案反対から支持へと極めて重要な政策で大変換を臆面もなく行ってきたからである。


今回も2011年の東日本大震災をきっかけに「原発ゼロ」を社是としてきた。とりわけ産経が「ハーメルンの笛吹き男」と唾棄してきた元首相・小泉純一郎の「原発ゼロ」の主張に、朝日はもろ手を挙げて賛成。社説でも「原発ゼロ、最後は国民の意思だ」とバックアップした。


ところが朝日は最近になって「ゼロにすべきだ」をちゅうちょするようになり、ついに7月30日の社説「原発再稼働を考える」で「最後の手段としての再稼働という選択肢を完全に否定するのは難しい。それでも、個々の原発に対する判断は、きわめて慎重でなければならない」と文句をたらたら述べながらも再稼働容認に大転換したのだ。


それも極めて密やかに。いつも思うのだが煽られて行動を起こした人はどう思うだろうか。はしごを外されたと思わないだろうか。もっとも社説の変化など気にしている人は少ないだろう。こっそり変えれば分からない。きょうの主見出しも「原発ゼロ2年で停止」とまるで他人事だ。同じ事を安保法制反対でするのはいつになるだろうか。その時は必ず来ると思う。


とにかく朝日は「絶対反対闘争」が成り立たないと判断して、条件闘争に転換したことを意味する。


同社は7月3日の社説で「中国と温暖化―対策の強化と前倒しを」と題して中国が二酸化炭素の量を、2030年には05年に比べて60〜65%減らすことを大歓迎する社説を掲載したが、なぜそれが可能になったかについては誤判断をしている。


可能になったのは現在の22基に加えて27基もの原発を建造中であるためだ。それに全く言及しておらず、重要ポイントを知らずして良く社説が書けるものだと思う。何ときょうの社説では原発再稼働を無視している。おそらく書きようがないのだろう。


これまで過去3回の総選挙、都知事選挙などで原発は最大のテーマとなったが、全て自民党が圧勝しているのは、国民の「声なき声」が安全なる原発の否定にないことをいみじくも物語っている。それに、原発は停止しているから安全なのではない。むしろ動かさないと安全が維持出来ないというのが専門家の常識なのだ。


米国・原子力規制委員会(NRC)を代表して来日した安全・危機管理コンサルタントのチャールズ・カスト博士は「『停止=安全、発電=危険』ではない。規制委は一番安全な原子炉とは、運転を停止している原子炉だと思っているようだが本当に理解しているか疑問だ」と規制委の姿勢を批判。


「長期停止していると、現場職員たちは運転の感覚を失ってしまう。加えて設備や機器も劣化する可能性が高い。稼働しながらでないと、良いパフォーマンスを発揮できない。原子力安全の基礎は、定期的に稼働していることによって成立するものだ」と断定した。


確かに規制委の審査は長引きすぎる。さらに朝日と提携関係にあるニューヨークタイムズ紙は社説で「原子力発電の危険性は現実のもの」と指摘しながらも「再生可能資源が全ての化石燃料や原子力の燃料を代替できるのは遠い先のこと。


それまでは原発が大気中の温室効果ガス濃度を上げずに発電する重要な手段となる」と書いた。同じリベラルで思考的依存度が高い提携紙までが原発必要論では、朝日も慌てざるを得まい。


こうして正しい既成事実が積み上げられようとしている。政府も原発ありきの姿勢でなく、現在の科学的知見を全て上積みした上での再稼働認可である。川内原発は新しく生まれ変わったと言ってもよかろう。地震への備えは620ガルを想定しており、これは福島原発が受けた550ガルの振動を上回る。


「事故が起きない」としてきた安全神話から脱して「事故が起きうる」と想定した規制委の安全基準を十二分に満たすものである。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、原発比率を2030年度までにに20〜22%とする目標を掲げている


世界のエネルギー事情の潮流を見れば中国を始め新興国を中心にまさに原発ブームが起きつつある。中国や韓国は、安価で危険な原発をどんどん輸出しようとしており、これは危険をばらまくようなものだ。ここは災いを転じてより一層安全度を増した日本の原発が、世界基準とならなければなるまい。


カスト博士も「日本の安全対策は世界最高の水準」と賞賛している。多くの犠牲者を出した地震で得た知見は貴いものがあり、これを日本は惜しみなく世界の原発新増設に役立たせなければなるまい。


それには輸出推進はもちろんのこと政府主導で、原発安全のための世界フォーラム開催など組織だった主導が得策だろう。


もちろんこれで事を終えてはならない。廃炉になる原発は建て替えでより安全性を高めて、地域に貢献する必要がある。新増設も視野に入れるべきである。また核燃料サイクルのための六ヶ所村の再処理工場は操業開始のめどが立ちつつある。操業開始が見えているのだ。


ここは政府の責任で軌道に乗せて、悲願の核燃料サイクルを実現させなければなるまい。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年08月05日

◆大誤報陳謝から1年

〜「朝日汚染」が止まらない〜 

杉浦 正章



国連に「性奴隷」再調査を求めよ
 

従軍慰安婦の強制連行報道で朝日新聞が誤報を認めて陳謝して5日で1年。慰安婦を「性奴隷」という忌まわしい言葉に直結させた大誤報は、世界的には沈静化しただろうか。


日本政府はそれなりに国際広報をしているものの沈静化どころではなく、ぬかに釘だ。韓国の国際広報の方が国民性を反映して執拗で、一枚上手なのだろう。


それよりも、朝日が反省しているかというと全然していない。むしろ1年前に墓に埋葬されたと思った慰安婦報道が、ドラキュラのごとく這い出している。誤報など全く反省していない。


その象徴が臆面もなく繰り返した特別編集委員の「1周年記念ツイッター誤報」だ。一方、安保法制報道に到っては上から目線の「教育的指導」の癖が直らず、誰が見ても衆院の合法的採決を「クーデター」呼ばわりするというごう慢さだ。


1年目のお詫びは「ネットに流布するデモの写真を添えた2日のツイート(削除済み)で、私の不注意から誤った内容をつぶやいてしまいました。改めておわび申し上げます」というものだ。


朝日特別編集委員・富永格は同社の公認のツイッターで、欧米では憎悪の象徴となっているナチスの紋章「かぎ十字」が描かれた旗を持つデモの写真を紹介し、「東京で行われた日本人の国家主義的デモ。彼らが安倍首相を支持している」と英語で書き込んだ。


英語で書くということは明らかに、にっくき宿敵である首相・安倍晋三を対外的におとしめようという意図が感じられる。ところが「余りにひどい」とネットで非難が巻き起こり、慰安婦報道と同様に、お詫びして取り消す羽目になったのだ。しかしこの編集委員の行動は、ドラキュラ復活の氷山の一角にすぎない。


その証拠を挙げれば、まず自民党は、慰安婦問題をめぐる海外の誤解を解消し、日本の名誉と信頼を回復するための提言を安倍に提出したが、これに対する河野洋平の反論を掲載したのは大手では朝日だけ。「強制連行があったことは、否定することのできない事実だ」との懲りない発言を報道している。


慰安婦問題のすべての元凶は、政治家では「河野問題」に尽きるが、最近の朝日はこの“政治的禁治産者”を頻繁に紙面に登場させている。とりわけインタビューで延々と語らすケースが多い。


ちなみに同社の検索機能を使って調べたら7月は「河野氏、安保法案議論しても意味ない、撤回求める」「河野氏強制連行あった、自民の慰安婦提言を批判」「安倍談話、何を目指すかあいまい」など7本あった。


昨年の8月5日以来では83本も河野を登場させている。明らかに河野に同社の慰安婦報道を代弁させる意図が濃厚である。そこには反省などかけらも見られない。


それより、同社の唯我独尊の高踏的な姿勢は、最近では一段と強まった。慰安婦問題で一時は意気消沈したかに見えたが、今や安倍政権のやることなすことを、あたるを幸いになぎ倒し始めた。誰が見ても民主的な手続きを踏んで行われた衆院での安保法制採決を、天声人語はクーデター呼ばわりしている。


曲学阿世の憲法学者が書いた「法学的にはクーデターだった」という珍説を「事の本質を突いているのではないか」ともろ手を挙げて賛同している。以後「クーデター」が紙面やネットの論壇を一人歩きしている。広辞苑にはクーデターを「非合法な武力行使で政権を奪うこと」とあり、用字用語が命の報道機関にあるまじき誤用だ。


朝日の大誤報は、国内的には社長の辞任などでけりがついたように見えるが、世界的に見れば何ら終わった事になっていない。日本軍が多くの慰安婦を「性奴隷」として「強制連行」したという誤解が国際社会に広がって止まらないのだ。


大誤報の国際社会への影響を分析すると大きく分けて国連の誤解、世界の言論機関の誤解、米政府の誤解の3つに分けられる。米国では米大手教育出版社の高校世界史教科書に「日本軍は14〜20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるために強制的に募集、徴用した」との記述があった。


外務省が出版元に訂正を求めても応じない。逆に、米歴史学者19人が今年2月、「教科書の記述は正しく、学問や言論の自由への侵害である」との声明を発表した。染みついた「朝日汚染」は一筋縄では除去できないのだ。


この「汚染」が一番甚だしいのが国連の誤解である。全ての原点は「強制連行された軍用性奴隷」と断定したクマラスワミ報告にある。同報告は1996年の国連人権委員会で作業を「歓迎」し内容を「留意」するという決議がなされた。日本政府は「間違っている」との反論文書をいったん提出しながら、なぜか取り下げてしまっている。


外務省の出先としてはおそらく当時の政治の姿勢がふらついていたことから確固とした対応ができなかったのではないかと思われる。


これが米議会下院の決議の土台となった。既にクマラスワミの国連人権委員会はなくなっており、訂正を求めるにも求めようがないのが実情だ。代わりにできた国連人権理事会に新たな調査を求めることが最も適切だろう。


それには先に書いたが潘基文(パン・ギムン)を「分担金削減」で脅して、政治的に可能にする必要がある。馬の耳に念仏・馬耳東風かも知れないが、朝日は国をおとしめるということが、いかに国際的な禍根を残すかということに少しは思いを寄せるべきだ。

       <今朝のニュースより抜粋>  (政治評論家)

2015年08月04日

◆現段階は「磯崎続投」が正解

杉浦 正章



“猫パンチ”に終始した福山質問
 

年のせいか補佐官というとどうしても隠密外交のキッシンジャーを思い起こしてしまう。極秘裏の外交で驚天動地のニクソン訪中を成し遂げた米国外交史上屈指の補佐官と比較してしまうのだ。


格好づけの細川護煕が真似をして1993年に内閣総理大臣特別補佐を設置したのが初めだが、日本の場合は“お耳役”的な存在が多い。


ところが磯崎陽輔忍者の欠点は、首相・安倍晋三の“お耳役”どころか、一連の失言がいみじくも物語るように、サービス過剰で“国民のお耳役”まで果たしてしまうことだ。これでは安倍はたまらない。


今は流れは続投であり、更迭の選択はないが、9月の再選後の改造では、いささか問題児の文科相・下村博文とともに「お役御免」にしなければ長期政権もおぼつかなくなる。親しい自民党幹部は「磯崎君には皆苦々しく思っているが、総理が党で何度も謝っているから仕方がない」と漏らしている。まあ空気はこんなところだろう。


普段は大人しくてもこういう“やっちゃ場”では政治家も本音が出る。味方だと思っていても、つい“謀反”の本性を垣間見せるのだ。


二人居るが、一人は公明党幹事長・井上義久だ。誰も与党では更迭を言わないときに「政治家だから進退の判断をするのが基本」と更迭論の口火を切った。さすがに政権与党としてまずいと思ったか公明党は参院幹事長の西田実仁に、参考人質疑後「首相を補佐する自覚を持って今後とも臨んでほしい。しっかり見守っていく」と修正させて続投を容認、亀裂を防いだ。結果的には与党内は「辞任なし」で固まった。


一方で気になる発言は特別委員長の鴻池祥肇だ。鴻池は磯崎が常識外れにも「9月中旬に法案を上げたい」と馬鹿な発言をしたことを取り上げ「参院は衆院の下部組織、官邸の下請けではない」と述べたのだ。


特に後段部分には安倍に対するトゲがあり、委員長として強行採決の任を果たすだろうかと首を傾げる発言だ。過去に鴻池は小泉純一郎の郵政解散で、当初は郵政法案を批判したが、自民党圧勝が強まると賛成に急転換した人だ。


2009年の官房副長官時代には週刊新潮に、「議員宿舎に泊まる超一流企業の美人妻」とスキャンダルをすっぱ抜かれるなど問題を起こした人でもある。誰が決めたかこの委員長人事には当初から首を傾げている。


それにつけても3日の参考人質疑では、民主党の福山哲郎が同党にとって千載一遇のチャンスを逃した。質問冒頭から辞任要求のパンチを繰り出したはいいが、“猫パンチ”に終わった。


磯崎が「陳謝と撤回。辞任せず」を明言してひたすら低姿勢に徹した結果、つけいる隙がなかった。福山の質問でいつも思うのだが、どうもこの人物は物事を無理にこじつけたり揚げ足取りをすることが好きなようだ。


この結果せっかくの質問の馬脚が現れる。今回も磯崎の「憲法改正を国民に一度味わってもらう。2回目以降で難しい問題をやる」という国民を小馬鹿にした発言を取り上げたが、過去にとっくに問題化しており、二番煎じ三番煎じもいいところだ。もう聞き飽きた。


こじつけの最たるものは磯崎が万一の場合は「上陸する」と述べたという点だが、正確には「安倍総理は上陸は考えていないと述べているから、当然抑制的に考えなければならない」であり、真逆だ。どこから「磯崎が上陸と述べた」事に結びつくのだろうか。


まだある。福山は磯崎が「今私のところに憲法違反と言ってきている人はいない」という発言を、さも現時点での発言であるようにとらえて追及したが、これも下手すぎるトリックだ。磯崎がインタビューしたのは4月の時点であり、その頃は誰も憲法違反などと言っていなかった。


衆議院憲法調査会で曲学阿世の憲法学者が違憲論を述べたのは6月はじめであって、4月にはそんな声はとんと聞かれなかった。福山質問はどうもその場限りのデモ隊うけを狙っており、正攻法ではない。


公平に見て磯崎の「法的安定性は関係ない」発言は、真意ではあるまい。舌足らずと意気込み優先が先行したものであり、安倍としても野党の言葉狩りに応じて罷免していたら、辞任の連鎖となりかねない。法案の成否まで左右しかねない。ここは「辞任なし」が正解であろう。


渦中の人であるにもかかわらず磯崎は28日夜に安倍と飲んだ後、不謹慎にも酔って顔を真っ赤にして報道陣の取材を受けていたが、あの夜の磯崎らとの会合で、安倍が引導を渡したか、続投を示唆したかは不明だった。


しかし、やはり安倍は磯崎を抱えて中央突破することにしたようだ。福山は最後に「今後は総理にしっかり問うていく」と言明。幹事長・枝野幸男も「磯崎問題というより安倍問題だ」と矛先を安倍に転じて“政局化”する構えを見せている。


朝日も4日付の社説で「首相の任命責任を問う」と矛先を安倍に向けた。社会党・朝日共同戦線は60年安保が最後は「岸退陣」の政局に向かうよう動いたように、今回も「民主・朝日共同戦線」は政局化して、安倍内閣を揺さぶる動きに転ずる戦術のようだ。


しかし安倍自身が「法的安定性重視」を表明している以上、この問題では次の一手がない。おまけに民主党を始め野党の支持率は低迷したままであり、自民党は30%台と依然高率だ。


磯崎問題はどっちみち避けて通れないガチンコ勝負がいささか早まっただけで、勝敗は民主党と朝日が日露戦争当時の「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」となるだけであろう。ちょっと古いか。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月31日

◆「断定答弁」の奇襲で「徴兵制」論破

杉浦 正章



安倍、「絶対ない」「非常識」「断言する」と明言
 

首相・安倍晋三の答弁を観察してきたが、30日になって突然クリヤー度が増した。


どうしてかなと答弁をチェックすると、重要ポイントで全部「断言調」になっている。野党の“巻き込まれ論”や“徴兵制”の主張を、まるで「断定ミサイル」で奇襲、個別撃破し始めたのだ。「全くない」「絶対ない」「断言する」「非常識だ」と断定した。


悪い頭を絞ってその理由を考えたら、ハタと思いついた。プラカードだ。国会周辺は野党のデマゴーグ作戦に乗せられて、「徴兵制導入反対」「戦争法案反対」などのプラカードが目立つ。この地雷原を突破するには断定で行くしかないと考えたに違いない。


この結果“巻き込まれ論”と“徴兵制”の主張は、公平に見てまず完膚なきまでに押さえ込まれた。残るのは「違憲論」の地雷原だが、これは安倍が地雷を踏まないのに、ゆるキャラの“補佐下手官”が踏んでしまった。ノーテンキに賭博法案にうつつを抜かす“補佐下手官”もおり、「この重要ポイントで安倍の足を引っ張るな」と言いたい。
 

それではまず「徴兵制」がどうして論破されたかだが、民主党の狙いが邪(よこしま)だったからだ。民主党代表・岡田克也と幹事長・枝野幸男は徴兵制のパンフレットを作ってばらまき、若者に心理的な動揺を与える作戦に出たのだ。


これが高校生や大学生に徴兵されるというデマを生じさせ、デモへの参加者を増やした。


しかしこの民主党のやり口は、国民を欺くという意味で最も罪深い。だから安倍が「徴兵制は、憲法18条が禁止する『意に反する苦役』に該当し、明確な憲法違反であり、徴兵制の導入は、全くありえない。このような憲法解釈を変更する余地は全くなく、総理大臣が代わって、また、政権が代わっても、導入はありえない」「集団的自衛権の議論と徴兵制を結びつけることは、国際的に非常識だ」と断定したのだ。


徴兵制に関しては、岡田も枝野も無知をさらけ出している。事実世界の徴兵制の動向は、まず米国がベトナム戦争終結後の1973年に徴兵を停止した。続いてNATO加盟国も2000年代初頭にかけて次々と徴兵制を廃止し、イギリス・フランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・オランダ・ベルギーなど大半が志願制だ。


近代の戦争は、武器も戦闘もハイテク化していて、相応の知識やスキルが求められる。ひげの隊長も「育てるのに10年かかる」と言っている。徴兵制で半ば強制的に連れてこられたヤル気も知識もない連中を人数だけ揃える時代ではないのだ。


今どき徴兵制で陸軍100万人、海空軍20万人もの軍隊を形作っている北朝鮮のまねをして、日本が徴兵制に踏み切る訳がないのだ。イージス艦にど素人は必要ないのだ。分かったか。
 


“巻き込まれ論”についても安倍は、断定調で「他国の紛争、戦争に協力をさせられるという不安だが、それは全くない。今回の法案はあくまでも自衛のための措置で、必要最小限度の措置だ。戦争に巻き込まれることは絶対にないということは断言したい」と言明した。


そもそも戦争に巻き込まれるという議論は、安保改定、PKO法案など安全保障問題が国会の俎上(そじょう)にあがる度に、野党が言挙げしたことである。安保の時は全学連、社会党、共産党、労組などが「米軍に基地を提供すれば戦争に巻き込まれる」と主張したが、逆だった。


米軍がにらみを利かした結果、ソ連も、北朝鮮も、中国など軍国主義国家は55年間日本に手を出せなかった。これこそが抑止力というのだ。野党はオオカミ少年になるべきではない。重要法案には宍戸梅軒のごとく鎖がまを使わず、一刀流正眼の構えで臨むべきだ。


こうして安倍の断言の前に、野党はしぶとく言い募るが、論破されつつあることは誰が見ても明白だ。ここまで書いて夜が明け始めた。新聞うけの音が聞こえたから朝日を見ると驚いた。一面トップに「断言首相」の文字が躍っている。朝日の記者の感性も筆者並みのレベルにようやくなってきたかと思ったが、中身がいけない。


筆者のように公平かつ素直ではなく、視線がグレているのだ。グレ少年なのだ。いわく「断定調を繰り返すのは、法案への国民の理解が進まないことへの危機感からだ」なのだそうだ。


それでは「戦争法案」を煽る朝日に危機感はないのか。安倍の断定を聞いて「負けそう」と思ったから、一面トップに持ってきたのではないのか。朝日は「問題は法案をめぐるあいまいさについて、首相が説得力ある説明をできていないことにある。」のだそうだが、こう書かないと朝日では認められないのだろうか。


徴兵制の完全否定はあいまいではない。巻き込まれ論の完全否定も実に説得力がある。批判は自由だが、取って付けたような理屈はいただけない。新聞記者はセンス・オブ・プロポーション(平衡の感覚)が何より大切だ。


悪いことは言わない。社が書けと言っても、「うそは書けない」という勇気を養わなければ本当の記者とは言えない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月30日

◆国連に分担金削減で性奴隷撤回を迫れ

杉浦 正章

  

対外発信を再構築する必要もある


あの忌まわしい「性奴隷」の文字が最近また新聞紙面にはびこり始めた。


まず朝鮮半島での従軍慰安婦の別称として世界のマスコミに定着、米地方自治体などへの韓国の宣伝が利いてきている。一方ISIL(イスラム国)は最近本当の「性奴隷狩り」に専念している。問題はテロリスト集団の暴挙とありもしない日本軍へのねつ造事件が混同されかねないことだ。


昨年の朝日の大誤報と社長辞任で、日本国内では「性奴隷」問題はけりがついたと思っていたが、世界ではそれどころではない。「性奴隷」は依然大手を振って米国内や国連でまかり通っている。自民党が慰安婦問題の誤解を解消し日本の名誉を回復するための提言を首相・安倍晋三に提出したのは当然である。


この問題の急所は国連対策だ。分担金削減を武器にして腹を据えて国家の名誉回復に取り組むべきだ。


昔柔道の師範から「日本柔道は相手が負傷などで痛がるところを攻めないのがフェアプレー」と教わったが、朝鮮民族というのは国際政治では真逆の行動を取る民族らしい。相手の嫌がるところ、痛がるところに狙いを付けて一本を取りにくる。女性大統領ですらねちねちと「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」とその先頭に立つ。


その狙いは依然として従軍慰安婦問題だ。おそらくソウルからの“奨励”もあるのだろう。在米韓国人らはサンフランシスコ市議会に働きかけて慰安婦の碑や像の設置を支持する決議案を出させようとしている。日本をおとしめることだけが生きがいのような陰湿さだ。安倍は70年談話で「お詫び」などする必要はますます無くなってきた。

筆者は慰安婦強制連行問題で、朝日の大誤報が判明した昨年の時点で、これを好機ととらえて、国を挙げて「性奴隷」での一大対外キャンペーンをするよう提言したが、うまくワークしなかったようだ。


そもそも慰安婦強制連行問題は、1992年の宮沢喜一訪韓の5日前に朝日が、1面トップで「慰安所の経営に当たり軍が関与、大発見資料」として大々的に報道、同日の社説でも「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。


その数は8万とも20万ともいわれる」などと途方もない大誤報をしたことから始まる。韓国世論が激昂し、宮沢の訪韓は「お詫び行脚」となり、勤労動員であった「挺身隊」の呼称が「慰安婦」として定着してしまったのだ。
 

加えて1993年に官房長官・河野洋平が悪名高き発言をする。河野談話発表に当たり、記者団から強制連行の有無を聞かれ「事実があった」と明確に答えてしまったのだ。


自民党の提言はこの河野発言を「重大な問題」と指摘すると共に、朝日の大誤報を「32年間も十分な検証もせずに記事をねつ造し続けた朝日新聞の責任は取り返しがつかないほど大きい」と断じているが、本当に河野と朝日は「取り返しがつかない」ことをしてくれた。しかし河野は29日の名古屋市の講演で提言について「(首相は)なぜ申し訳ないと謝れないのか」と依然悔悟の情などみじんもない発言を繰り返している。


こうして河野と朝日の事実誤認は一人歩きし、日本弁護士連合会(日弁連)に到っては、軽率にも1992年国連へのロビー活動で、慰安婦を「性的奴隷(Sex Slaves またはSexual Slavery)」 として扱い、国連から日本政府に補償をおこなうように働きかけるよう動いた。


こうした動きに軽々に乗ってしまったのが、スリランカ民主社会主義共和国出身の国連事務次長ラディカ・クマラスワミだ。1996年の「女性への暴力に関する特別報告書」の中で公式にはおそらく初めて慰安婦を「性奴隷」と呼んだのだ。


「日本軍性奴隷制の被害者個々人(元慰安婦)に対し、原状回復と賠償を行へ」と要求したのだ。河野、朝日、日弁連の国家をおとしめた責任は極めて大きい。


そこで、どうするかだが、まず国連対策だ。国連に重要加盟国に対してその尊厳を傷つける理不尽な報告を出したことに陳謝と撤回を求めるのだ。国連官僚のクマラスワミなど雑魚に説得工作をしても、拒否されるだけだ。


うじゃうじゃ大使や公使がいる日本の国連代表部は責任者を決めて事務総長など国連首脳部に直接働きかけ「性奴隷」の表現撤回のロビー活動を起こすのだ。潘基文(パン・ギムン)は韓国出身で陰に陽に韓国に肩を持つ不公平な国連運営をしているが、この際ねじ込む必要がある。クマラスワミ報告の修正を迫るのだ。


修正しなければ常任理事国でもないのに負わされている世界第2位の国連分担金支払いを大幅削減すると脅かすのが一番効果的だろう。


そもそも分担金比率はGDP2位の中国が2位となるべきだ。日本が2億7,650万ドルなのに対して、中国は6位で日本の半分の1億3,140万ドルなのはおかしい。かつて宮沢だったか確か意図的に支払いを遅滞させて、事務総長を真っ青にさせたことがあるはずだ。


また小泉内閣当時は常任理事国入りを断念せざるを得なくなり、分担金を削減すべきとの世論が高まった。国連に「性奴隷」の表現撤回を求めることは当然である。


加えてリベラルのニューヨークタイムズなどに有無を言わせぬ一面意見広告を掲載するのだ。この問題は裏の根回しなどでは決着しない。腹を据えて正面切った撤回に取りかかるべきだ。


ただし自民党提言が前文で述べているように「女性の人権と尊厳を著しく傷つけた点に議論の余地はない」という、“いい子”になる姿勢も戦術として重要であり、その上に立って汚名をそそぐのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月29日

◆民主の“大衆動員”違憲論争が空振り

杉浦 正章



自民、極東安保環境の激変を浮き彫り


大向こううけを狙う民主党の安保法制での“違憲プレーアップ作戦”は、前日の参院本会議質問に続いて特別委員会でも行われた。質問に立った福山哲郎は、焦点を違憲の指摘に絞るという事前の党内幹部の打ち合わせ通りに質問を展開。田中内閣当時72年の政府見解について、当時の法制局長官・吉國一郎が「集団的自衛権の権利は行使はできない」と答弁した点を取り上げ、安保法制が合憲であるとの支えにはならないと強弁した。


しかし、この質問設定には、集団的自衛権にもフルサイズの行使と限定行使があることを見過しており政府側から指摘されて、空振りに終わった。


真の安保論争でなく世論うけを狙う違憲論争でデモ動員の得点を稼ぐという邪心丸見えの民主党の作戦は、福山が横畑を「虚偽答弁だ」「辞任せよ」と激昂すればするほど、政府の冷静なる反論の妥当性が浮かび上がった。


そもそも72年の見解がなぜ出来たかというと、ベトナム戦争の最中であり、首相・佐藤栄作とこれを継いだ田中角栄は、米国からベトナム戦への軍事協力を内々求められていた。田中は、これを憲法上出来ないとして断る手段に使ったのである。


安倍が答弁で「吉國長官は国際情勢から考えて出来ないと判断した」と答えたとおりである。72年見解は「わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されない」と集団的自衛権の行使を否定している。


以後政府の集団的自衛権の解釈は、世界各国の常識であるフルスペックの集団的自衛権の行使の否定となった。しかし安倍内閣は昨年7月1日の閣議で極めて限定された形の集団的自衛権の行使を可能とする閣議決定を行った。


もともと72年見解は「国際法上集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然」としており、これに準拠して憲法9条に抵触しない範囲での限定行使の法制化に踏み切ったのだ。


したがって福山質問は当時の見解と現在の政府見解の違いがフルスペックであるか限定容認であるかという決定的な核心部分を無視したものである。


しかし福山は横畑が「72年当時は集団的自衛権の限定的行使を考える人がいなかった」と説明しても頑迷に受け入れない。安倍が「国際環境の変化を考え、行使できる集団的自衛権の概念がある」と述べても、認めず、当初の幹部会の“作戦”どおりに執拗なまでに延々と神学論争にもならない主張を繰り返した。


狙いは何処にあるかと言えば、紛れもなく「大向こううけ」である。国会質問は新聞報道でも、テレビでも、たとえ質問者の質問内容が荒唐無稽(むけい)であっても、その発言はそのまま報道される。視聴者や読者は民主党の指摘が正しいかどうかは判断する能力を持ち合わせないまま、決めつけ発言に合点してしまう傾向がある。


これを利用しようというのが民主党のやり口だ。しかし、時がたつにつれて、理解が深まるのは、安保条約改定と同じだ。安保問題は分かるまでに時間がかかるのだ。国の安全保障に無知なる憲法学者の主張が「曲学阿世」なら、福山質問は「曲政阿世」に他ならない。


憲法違反論にここまでこだわるのは、安保論争を行えば党内は、元国家戦略相・前原誠司など右派が基本的に集団的自衛権の行使容認論であり、分裂を恐れれば憲法違反問題しか追及のより所がないからであろう。本来なら対案を出して論争を挑めば説得力も一段と増すが、対案作成能力はなく、党内左派はこれを許さない。


一方で自民党のひげの隊長・佐藤正久の質問は、独特の明るさで極東の安全保障環境の激変を浮き彫りにした。政府側の答弁も従来国名を名指しで「脅威」を指摘することに及び腰であったが、安保法制がなぜ必用かの論拠の具体的明示に方向転換した。


とりわけ佐藤と防衛相・中谷元との、おそらく事前調整済みのやりとりで、微に入り細をうがって中国と北朝鮮の軍事展開の現状を説明した。中谷は「中国は海洋での活動の質、量を急速に拡大しており、非常に危険だ」と言い切り、プラットホームの軍事転用の可能性が強いことを明らかにした。


また外相・岸田文男は北朝鮮情勢について「北の指導者はこれまでとは違う。自分の叔父を処刑している」とあえて金正恩の「異常性格」に言及、核ミサイル攻撃の可能性もちゅうちょなく発言した。


安倍は北からの防衛について「日米ともイージス艦を日本海に配備してデータリンクが可能だ。その一角が北に崩されると防衛に穴が開く。集団的自衛権の行使はわが国を守るためであり、40年前の政府解釈になかった条件に必然的に直面している」と述べ、環境激変に応じた抑止力の必要を強調した。


安保法制の根拠の明示に踏み切ったこうした政府の姿勢は、民主、共産両党などの卑劣なる「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル貼りに対抗するものであり、時間はかかるが必ず有効に作用するだろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月28日

◆民主党、代表質問で「対案」なし露呈

杉浦 正章



首相、修正に前向き姿勢


良識の府だけに参院での政策論争の深まりを期待したが、本会議の質問を見る限り、野党の追及は衆院の二番煎じの感が濃厚だった。とりわけ民主、共産両党は、正攻法では首相・安倍晋三の理論武装の壁を突破出来ずに、もっぱら、国会外のデモをにらんでレッテル貼りと“揚げ足取り”と敵失を突く作戦に終始した。


とりわけ民主党の北沢俊美が「国民の求めているのは対案でなく廃案」と発言したが、これほど民意を愚弄した言葉遊びはない。新聞の論調、テレビの論議や世論調査で国民世論の動向が民主党に「対案」を求めていることを無視した発言でもある。


これでは先が思いやられる。今日28日からの特別委員会の論議もレベルが衆院以下の二戦級、三選級にならないように期待したいが、来年の参院選を控えて無理か。


野党の追及姿勢の焦点は、いかにデモを扇動するかに“腐心”した様子がありありと出た。


北沢発言の「対案でなく廃案」はまるでデモのキャッチフレーズだ。産経の調査で民主支持層の73・3%が「対案を提出すべきだ」と回答、自民党支持層の61・5%、公明党支持層の59・1%も対案を出すべきだとしていることを無視している。他社の調査も同様な傾向だ。


一方朝日の調査で自民党が31%の高支持率を維持しているのに対して、民主党支持率が9%にとどまり、産経に到っては民主党支持率が減少していることが何を意味するかだ。これは衆院での民主党が大向こううけする政権追及に終始し、デモを扇動したものの、肝心の民意は期待通りに動いていないことを意味している。


つまり、民主党の敵失追及姿勢が空回りしていることの左証でもある。28日付朝日によると民主党の幹部の1人が「法案の『絶対反対層』は共産党に取られ、『容認層』は自民党に取られている」とぼやいているそうだが、同幹部は実に正直だ。民主党は“もがく”わりに、効果が出ていない。


共産党の市田忠義の質問でも「憲法違反の戦争法案は明確。軍事対軍事の悪循環が最も危険」とまるで55年前の安保改正時と同様にソ連や中国側に立ったような質問を繰り返した。反論するまでもないが筆者に言わせれば「軍事対抑止」の好循環を作り出すのが安保法制だ。


それにつけても市田の質問は声やトーンまで委員長・志位和夫とそっくりなのはどうしたことか。昔全体主義を書いた小説「マリオと魔術師」(トーマスマン)を読んだことを思い出した。


答弁では維新の小野次郎の質問に対して安倍が「衆院での修正協議は共通の理解を得られた。協議は継続される。良い結論を出すために、しっかり議論し可能な限り一致点を見出すようお互い努力すべきだ」と修正に前向きな姿勢を改めて打ち出したのが注目された。


最近公明党の支持母体・創価学会婦人部を中心に党の安保法制に対する姿勢への批判が高まっており、自民党の一部にはこれが公明党の離反を招いて、廃案になりかねないとの警戒感が生じている。首相発言について自民党筋は「安倍発言は公明党への“けん制”と見られなくもない」と漏らしている。


公明離反に維新の取り込みで対処しようとする思惑があるというのだが、筆者はそうとも思えない。代表質問の公明党・荒木清寛の質問には“とげ”があるようには見えなかった。学会大事の公明党のことだから用心は必用にしても、まずこの時点での「裏切り」はあり得ないだろう。


そこで今後の展開だが、公明離反による「廃案」を論外とすれば、与党過半数による強行採決か、時間切れで60日ルールによる成立への2択しかないだろう。


まさかの解散は支持率の流れから見て、小泉の郵政解散のように圧勝というわけには行くまい。安倍はここは我慢すると思う。今後、民主党の戦略は衆院と同様に、憲法違反論に加えて失言などで敵失を突く戦術しか見出せないと言ってもよい。


そのきっかけにしたいのが、首相補佐官・磯崎陽輔の「法的安定性は関係ない」発言だ。憲法解釈を軽々に変えないことが、「関係ない」と受け取られ、枝野は鬼の首でも取ったかのように「法の支配という観点から行政に携わる資格はない」と罷免を要求したが、どっちもどっち、目くそ鼻くその議論だ。


それでは「戦争法案」「徴兵制」のレッテル張りはいいのかと言いたい。新聞も枝野の声高な期待のようにまともに「罷免要求」などしていない。


こうした民主党の姿勢に対して、代表質問で自民党の山本順三が「野党各党は『戦争法案』『徴兵制につながる』などと情緒的議論に終始した。それこそが国民に法案の中身が伝わらない原因」と断定したが、見事であった。


党内対立で「対案」も出せない民主党は千載一遇の「追い風」に、帆を膨らませて快走する状況にはとてもない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月24日

◆70年談話には「お詫び」は必要ない

杉浦 正章 



米議会絶賛の首相演説が基調になる方向


元首相・村山富市が23日国会前で「戦争法案反対」のシュプレヒコールをあげたが、このところ社会主義者の本性丸出しの発言が目立つ。年を取ると幼児化現象が起きるというが、まさかそうではあるまい。


しかし首相たるものが安保法制の内容もろくろく読まずに「戦争法案反対」のレッテル貼りでもないと思う。このような首相が、「社会党政権」の雰囲気に押されて出した談話を、首相・安倍晋三がそっくりそのまま引く継ぐ必要は無い。


とりわけ「お詫び」は必要ない。村山は全部引き継ぐよう要求しているが、首相経験者としての自覚が足りない。「お詫び」は村山が一手に引きうけたのであって、後輩にまで「詫びろ」というのは、自覚が足りない。


70年談話の内容については超秘密も良いところであり、推理力を働かせるしかない。しかし安倍の過去の発言から見れば全体像が自然と浮かんでくる。


まず、村山談話の中核は「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の3点セットである。「植民地支配と侵略」「心からのお詫び」について安倍は「同じ言葉は使わない」と言明している。「侵略」については「侵略の定義は定まっていない」が基本的な考えだろう。ただ「70年談話有識者墾」では「必用」「不要」の両論が出ており、何らかの表現は受け継ぐかもしれない。


「痛切な反省」については、既に4月29日の米議会演説で同じ言葉を使っている。これに先立つ4月24日のバンドン会議でも「バンドン平和10原則」について「日本は、先の大戦の深い反省とともに、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と述べ、「大戦の反省」に言及した。したがって「痛切なる反省」はまず継承される方向だ。


この結果最大の焦点は「心からのお詫び」に絞られるが、安倍は「同じ言葉を入れるのであれば談話として出す必用はない。村山総理は村山総理として語られた。小泉総理は村山談話を下敷きとした。(同じ談話を出すなら)名前だけを書き換えれば良い」として強い拒絶反応を示している。


こうした気持ちを集大成して満を持して行ったのが米議会演説である。この中でスタンディングオーベーションを受けた部分の一つが「先の大戦に対する痛切な反省を胸に刻み、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない。これらの思いは歴代首相と全く変わらない」である。


筆者は70年談話の基礎になるのがこの部分であると考える。3点セットに照らし合わせるとまず「痛切な反省」はそのままの言葉でクリアしている。次ぎに「植民地支配と侵略」は「アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない」である。そしてお詫びについては言及していないが「これらの思いは歴代首相と全く変わらない」に含まれていると言えば含まれている形にしている。


この骨格に対して関係国がどう反応するかだが、米政府は、議会が万雷の拍手で歓迎した発言に文句はないだろう。


国務次官補・ラッセルが21日、「(安倍)首相には、前任者たちと同じように、日本の政府と国民が第2次世界大戦について思い、示してきた反省の気持ちを表明してほしい」と発言したが、「反省」はとっくに表明しており、問題はない。ラッセルは入れると分かっているから発言しただけだ。


問題は中国と韓国だ。両国とも国民の不満の目を日本にそらすことに歴史認識を使う方向では同類だが、ニュアンスは違う。その違いにくさびを入れるかのごとく日本外交の根回しがあるように見える。


中国は国家安全保障局長・谷内(やち)正太郎が今月16日に北京で国務委員・楊潔チと会談して根回しをした公算が濃厚だ。会談で70年談話が話し合われたことは間違いない。


中国は首相・安倍晋三のバンドン発言について駐日大使・程永華が「中国は具体的にどういう言葉を入れるかについては要求していない。戦争を反省し、歴史を繰り返さない誠意を見せて欲しい」とやや柔軟に見える。


しかし新華社電は3点セットを要求しており、微妙だ。バブルが弾けて中国経済は危機的状況にあり、日本との経済交流を推し進めたいときであり、俯瞰すれば談話より経済の本音も垣間見える。


一方韓国は、どんな談話でも悪意のあるマスコミが「あれがない。ここが悪い」と非難するのは間違いなく、ただでさえ支持率低迷を気にする朴槿恵もこれに同調することは確実である。何を言ってもさらなる要求をしてくる国であり、とりわけ「お詫び」がない事には、強い反応が出ることは間違いない。


しかし米中との根回しが成功すれば、歴史認識でも孤立する。朴槿恵も早々に矛を収めざるを得ないだろう。


ドイツのメルケルがフランスとの和解について「隣人に恵まれていた」と発言したが、これは日本が隣人に恵まれていないことへの同情論でもある。そもそもドイツは首相・ブラントがワルシャワでユダヤ人虐殺の記念碑のまえでひざまずき、大統領ワイツゼッガーが「過去に目を閉ざすものは現在も盲目になる」と名言を吐くなど、演出がうまいが、明白なる謝罪など全くしていない。


ドイツ人は古傷に触れられることに不快感を抱いており、これは日本と同じだ。日本としては寛容なる隣人の存在がうらやましいが、少なくとも「謝罪」の繰り返しは、いいかげんにうんざりだ。やめることが正解だ。詫びてばかりいると国民のサイレントマジョリティの意気消沈と自信喪失の方が怖いからだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月23日

◆中国のガス田は前進基地に他ならない

杉浦 正章
 


野党は「机上の空論」の時ではない
 

あっという間に16基に膨らんだ。中国の海洋プラットホームの建設である。


中国外務省報道局長の陸慷は22日、日本政府が中国による東シナ海のガス田開発の写真を公開したことについて「日本のやり方は対立を作り出している。東シナ海での協力や対話に明らかに役立たない。ガス田開発は全く正当で合法」と非難する談話を発表した。


しかし、本当に経済的利益だけが目的かといえば、冗談も休み休みに言えということになる。南シナ海への進出と合わせればプラットホームは、間違いなく中国が九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたる第一列島線を突破し、太平洋の海洋覇権確保を目指す「前進基地」の性格を帯びる。


まさに中国国家主席・習近平の目指す「海洋強国路線」を忠実に展開しているのである。日本にとっては戦後まれに見る危機であり、この安保環境の激変は、安保法制で重箱の隅をつつく野党の「机上の空論」を全否定してしまうものだ。


政府がここに来てガス田の実態を発表したのは、安保法制論議でお花畑のような平和天降り論を展開する野党に冷水を浴びせかけるものである。なぜ冷水かといえばガス田はすぐにでも軍事要塞化する可能性があるからだ。


防衛相・中谷元は国会答弁でガス田について「レーダーを配備する可能性がある。空中偵察も極めてやりやすくなる。東シナ海の中国の監視能力が向上して、自衛隊の行動が従来より把握される可能性がある」と発言した。


防衛省筋によればプラットホームはすぐにでも軍事基地として転用可能であり、日中中間線にレーダーを配備すれば、沖縄、南西諸島全域の日米両軍の動きを掌握出来る上に、海中に超音波探信儀ソナーを設置すれば潜水艦の動きまで手に取るように掌握出来る。


そのためかヘリポートも大型だ。これまで沿岸部のレーダーは地球が丸いためせいぜい尖閣諸島までしか把握できないといわれるが、プラットホームの存在は中国の戦略的な立場を一挙に有利なものとする可能性が高い。


場合によっては核ミサイルを持ち込めばミサイル基地として使えることにもなる。尖閣諸島や沖縄、日米艦船に中・短距離ミサイルが届くのだ。そうなればソ連が1962年にキューバにミサイルを持ち込もうとして、ケネディに阻止されたキューバ危機に勝るとも劣らない危機である。野党やデモ隊の知ろうとしない「環境の激変」とはこのことだ。


このプラットホーム建設の動きは、2012年の野田政権による尖閣国有化後急速に動き始めた。もともと日中は2008年に白樺ガス田を中心とする海域を共同開発区域とする方針で合意、条約化する方向であった。


ところが、2010年の尖閣沖漁船衝突事件で交渉は中断。その後の尖閣国有化が共同開発の座礁を決定的なものにした形だ。中国は2008年の段階では外務省ペースで事を運んだが、尖閣国有化は軍部を刺激して、習近平もこれを支持。条約化の国内手続きが事実上不可能になった形だ。


その軍部の主張の下に習政権はプラットホームの建設を急ピッチで進め、これまでに既存の4基に加えて12基を建設するという結果となった。


軍部ペースで建設が進んだということは、ガス田が戦略的に極めて大きな不沈空母とも言える価値を持つことになるからだ。したがって資源エネルギーの確保は実は二の次であるのだ。中国は南シナ海のスプラトリー環礁を埋め立て、対空砲などを持ち込み、3000メートル級の滑走路を作っているが、習の海洋進出構想は着々と進んでいることになる。


南シナ海は日米同盟にとって直接的な危機を意味しないが、東シナ海のプラットホームは、同盟の戦略にも大きな影響を与えざるを得ないだろう。日米は戦略の立て直しを協議する必要がある。


共同開発は日中妥協の産物だが、これだけ多数のプラットホームが建設されては、いまや一つや二つの共同開発を進めても気休めにすぎなくなりつつある。中国側は巧妙にも日中中間線の中国側での開発を進めているが、天然ガス資源は地下でつながっている可能性も強く、まさに日本の資源を吸い取るという厚かましさだ。


日本としては国際司法裁判所に持ち込むことも考えられる。境界がはっきりしない地域での一方的なガス田建設は国際法に違反する疑いが濃厚だからだ。司法の場に移れば少なくともこれ以上の建設はしないというのが普通の国だが、中国のことだから予断は出来ない。ただし、領土問題は相手国が既成事実を重ねこれに適時に抗議しなければ主権が移ることがある。


首相・安倍晋三は出来れば早い段階での習近平との3回目の会談を模索しているようだが、いうまでもなくガス田問題を取り上げ中止を明確に求める必要がある。


一方で野党は一国平和主義がガス田問題でいよいよ通用しなくなったこと、安保法制の早期実現が不可欠になってきていることを理解すべきだ。左傾化新聞も若者をだまして、デモに動員する姿勢を改めるべきだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年07月22日

◆浮上 共産+SEALDs+朝日構図

杉浦 正章
 


民主枝野は「倒閣」で突出
 

天声人語がアジビラを書くとこうなるという典型が、去る7月12日付のそれである。


「若者がんばれじゃなくて、全世代で集まれよ!彼らの呼びかけ通りの壮観である」「勝手に決めるな。それは、決めるのは私たち、主権者は私たちだという叫びである」「投票だけが国民の仕事ではない。『国民なめんな』のコールが起こるのは当然」。


何れも達意の名文だったが、プロが見るとデモを扇動しようという邪心が垣間見える。不偏不党の報道機関としていかがなものか。天声人語はSEALDs(シールズ)や「ぼくしゅけ」など主催者団体のプラカードや主張を巧みに文章に取り込んでいる。朝日の“支援”は一部の若者を奮い立たせるに違いない。


明らかに青年達をアジテーションで鼓舞して、自ら狙いを付ける安保法制破棄を実現しようというものである。


これは同社の先祖の記者達が安保条約の改定で作った紙面そっくりである。安保の場合はアジり過ぎて、まるで革命前夜。死人まで出す事態となり、在京各社一致のデモ沈静化声明に到って、左翼新聞はようやく敗北を知ることになる。


アジだけではない。朝日はデモ団体の広報紙の役割をしんぶん赤旗と共に果たしている。


例を挙げれば◆11日(社説余滴)「いざという時が来た」◆16日「(ウォッチ安保国会)若者が紡ぐ反対の声」◆19日「あの筆文字プラカードの作り方、コンビニで拡散」(メッセージを発信したい側はセブン―イレブンやローソン、ファミリーマートなどにある複合機で番号を入力すると、印刷できる)。といった具合でデモ拡大に社を挙げて“協力”している。


17日電子版の「安保法案、立憲主義に反する、学生ら21日、反対デモ」の記事では、SEALDsKANSAIのデモの道順を報道、「詳しくは団体のウェブサイ(http://sealdskansai.strikingly.com/)へ」という具合だ。


明らかに「不偏不党の地に立って言論の自由を貫く」とした朝日新聞綱領などかなぐり捨てて、なりふり構わぬ「デモ扇動新聞」と化している。


一方、しんぶん赤旗にいたっては、連日デモの日程を掲載している。とりわけSEALDsとの関係が濃厚に見える。


赤旗は言うまでもなく共産党の資金源であり機関紙である。その特徴は自分の味方と思っている人物や組織しか報道しない。元自民党代議士の藤井裕久、古賀誠などがしょちゅう出てくるのは“味方”と思っているからである。親戚の原水協は報道しても原水禁は報道しない。


ネットで専門家は「共産党系とそうでない団体の判別法を教えてあげよう。赤旗で無条件に、積極的に紹介している団体。これが共産党系。同じような趣旨の団体でも、社民党系や新左翼系など自分たちの言うとおりにならない団体は、報道しないのがしんぶん赤旗だ」と説明しているが、明快だ。


別の専門家は「SEALDsの正体は共産党系列の民青。無党派を装い、学生代表の様に声を上げる」と断じている。最盛期の1970年には民青の数は約20万人を数えたが、近年は2万人程度で推移しているようだ。


パンフレットは「高校生から社会人まで全国に2万人」としている。まさに高校生にまで入り込んでおり、アジればデモに参加するくらいの力はあるのだろう。


こうした図式を見ると共産党は明らかにSEALDsなどデモ集団とつながりをもち、民青の勢力拡大を狙っているらしい。朝日はSEALDsなどをアジテーションで積極的に動員する役割を分担していることが分かる。まさに「共産+SEALDs+朝日」の構図が今回の安保法制反対運動の構図であるのだろう。


こうした構図を知ってか知らずか民主党も、「SEALDsバス」に乗りくれまいと懸命だ。幹事長・枝野幸男は民法テレビでデモを褒めちぎり「今回の主役は国民の声と安倍首相との戦いであり、我々は主役ではない」とまで言い切った。


枝野の描く戦術は参院の審議を通じてデモを盛り上げ政権への圧力を増幅させるというものであり、かつての社会党が「アンポハンタイ」で取った国会の内外を呼応させる戦術をそのまま踏襲するのだろう。


その思惑は、60年安保のデモのシュプレヒコールが「アンポハンタイ」から「キシヲコロセ(岸を殺せ)」に変容したことを参考に、最終的には倒閣運動に結びつけようとしていることであろう。枝野はテレビで「法案を止めるには総辞職か解散しかない。まずは総辞職、安倍内閣退陣で廃案に持ってゆく」と、内閣打倒を宣言した。


それではこの戦略が成り立つかどうかであるが、とても無理だと思う。安保で岸は退陣したが、当時自民党内は松村謙三、石橋湛山、宇都宮徳馬ら反主流派が、中国の「意向」を受けてアンポハンタイを打ち出し、主流派との党内抗争の状態であった。安保条約改定に反対して本会議を退席した議員は12人いる。


しかし主流派の方が圧倒的に力が強く、政変を起こす力はなかった。むしろ岸の退陣はデモで樺美智子が圧死したことなど社会情勢の激動が、大きく作用していたように思える。


今回の場合党内事情は、盤石と言ってもよいだろう。問題はSEALDsなどと、野党の“連携”が何処まで発展するかだが、ここは政府・自民党は積極的に対応策を打ち出す必要がある。「獅子は小虫を食わんとてもまず勢いをなす」というが油断せずに、全力を尽くして立ち向かうべきだ。


まず市民運動への対抗策である。相手が「戦争法案」のデマ作戦なら、自民党は「共産党に子供を取られるな」「子供を共産党から守れ」などのプロパガンダであろう。両親が息子や娘に共産党が喜ぶ行動をすることを戒めるよう説得させるのだ。それには自民党は、情報戦に乗り出す必要がある。


内調情報のリークでも何でもよい、とにかくデモの背景や実態をメディアを通じて明らかにするのだ。もちろん安保改正時と同様な中国の「工作」があればそれを暴露する必要がある。


また参院審議では先に述べたように自民党の質問を、事前の調整で充実させるのだ。新聞はこれまで自民党だとろくろく報道しないが、政府答弁にニュースを盛り込み、新聞が書かざるを得ないように仕向けるのだ。また安倍のネットトークも好評だ。継続すれば良い。ネットは一人で見るのが普通だが、20日のフジテレビは絶賛できる。


安倍の分かりやすい説明と、小道具を使った巧みな演出に、家内と食事をしながら議論できた。ほかの家庭でも親子が議論したケースも多かっただろう。議論は理解につながる。公共放送であるNHKもデモばかり翼賛していないで、当然同様の放送で国民への周知に協力するべきだ。ただし司会は左傾化解説委員にやらせてはならない。


フジで安倍は「支持率のために政治をやっているのではない。やるべきことはやっていきたい」と述べた。NHKで自民党副総裁・高村正彦も「支持率を犠牲にしてでも平和と安全を守るために国民のために必用なことをやってきたのがわが党の誇るべき歴史だ」と言明したが、一連の発言には感動した。


この真摯な自民党の姿こそ責任政党とデマゴーグ政党を分けるものである。日本人は馬鹿ばかりではない。やがては支持率挽回につながるのだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月17日

◆参院の野党デマゴーグに3つの対抗策

杉浦 正章



自民は衆院の弛緩を戒め「着地」に備えよ
 

参院は「良識の府」だが「再考の府」とも呼ばれる。首相・安倍晋三はせっかく衆院を通った安保法案を「再考」するわけがないが、それでは野党が安保法案の追及方法を「再考」するかと言えばしない。


47歳で必死におばさん風になるのを食い止めている蓮舫が「辻元清美おばん」に代わって金切り声を上げる。なぜ上げるかと言えば、来年改選だからだ。


首相・安倍晋三は「参院では良識の府ならではの丁寧な説明に力を入れてゆきたい」と“熟議”を期待している。確かにもう法案の成立は確定的であり、落ち着いた論議で安保法制の真の姿を浮き彫りにすべきだ。


しかし参院野党はおそらく衆院以上に目立ちたがる質問者が大向こううけのポピュリズム質問に徹するだろう。したがって議論は平行線をたどってしまう恐れが強い。それでは安倍自身が認める国民の理解不足をどう解消するかだ。方法は三つある。


一つは審議時間も結構長い与党の質問を活用することだ。普通与党質問というと記者席も居眠りが多くなる。なぜかと言えば与党議員は、自分の首相への売り込みとポストを狙ってか、ごますり、お追従質問が目立ち、実力者は私見開陳が長くなる。したがって寝ていてもニュースは出にくい。

これを事前の打ち合わせを綿密にとることにより、国民に分かりやすい質疑応答に変化させるのだ。衆院でのやりとりをつぶさに観察したが、そのやりとりを整理すれば最も重要なポイントで平行線が多いことが分かる。


まず決定的なポイントが「抑止力が高まる」VS「米国の戦争に巻き込まれる」の平行線。次に「合憲」VS「違憲」、「自衛隊のリスクは高まらない」VS「高まる」などでかみ合わず平行線をたどった。これらの急所についてなぜそうなるかを自民党に質問させ、答えるのだ。


安倍がネット映像を使ったPR作戦「安倍さんがわかりやすくお答えします!平和安全法制のナゼ?ナニ?ドウシテ?」が分かりやすく好評だったのも、自民党女性議員との打ち合わせを経ているからだ。


重要ポイントは視聴者が分かりやすいテーマごとに分けた質疑応答をすることかも知れない。衆院での質疑の場合テーマがごっちゃになり、集団的自衛権かと思えば後方支援をやっており、何が何だか分からなくなるケースが多かった。誰がどのテーマで質問するかなど調整するのだ。存立危機自体とは何か。


米艦艇への攻撃をわが国への攻撃の『着手』と受け取り、個別的自衛権で対処出来るという主張は正しいのか。戦闘区域、非戦闘区域の判断、武力行使と警察権発動の違い、「海外派兵」はするのかしないのか、などテーマごとに事前の調整を済ませて質疑応答をすればかなり分かりやすくなると思うがどうだろうか。


第二が「安倍さんがわかりやすくお答えします!」の継続だ。内容的には実に良かったが、欠点は場所が良くない。狭苦しくて、照明も悪く安倍の顔が暗く見えた。


この際ルーズベルトの炉辺談話を踏襲して、首相公邸の喫煙室奥の暖炉でも活用してはどうか。シャンデリアも見事だし、演出効果も十分ある。常設的にセットを作って、安倍がいちいち出かけなくても、思いついたときや、国民に説明したいときに随時炉辺談話を発信するのだ。


安保法制が済んだら他の話題、アベノミクスを始め例えば世間話やペットの話し、災害地視察の感想などでもいい。要するに安倍自らの人となりをネットで露呈するのだ。ネットなどは大げさに考えなくても、気軽かつ慎重に扱えばよいのだ。


第三が衆院自民党の活用だ。とくに若手議員の活用が良い。田中角栄ではないが「戸別訪問5万軒」や街頭での演説で国民に直接訴えるのだ。野党は衆院は夏休みだろうから、自民党は夏休み返上で頑張らせるのだ。


だいたい若手議員が夏休みや海外旅行なんてとんでもない話だ。やるやらないは別として「来年夏はダブルがあるぞ」と脅せば、飛び上がって動き出す。1−2年生の若手が当選するかどうかで勝負は決まる。それにはこの夏から必死で「安保法制の真実」を国民に定着させる努力をしなければ駄目だ。


マンツーマンで説得しなければ、曲学阿世の「憲法違反」や、民主党や共産党の「戦争法案」のデマゴーグ戦略に破れる。概して若手は安倍の人気で当選する癖がついているから、甘い。この際体育会的にしごく必要がある。


過去に参院で否決された法案の例は13例あり、そのうち郵政法案など10法案が衆院の3分の2で再可決している。野党は廃案に追い込むとしているが、廃案は3例のみだがたいした法案ではない。


まず必ず成立するが、60日ルールの存在は政権にたるみをもたらす恐れがあり、「高名の木登り」の故事を拳々服膺(ふくよう)して着地に注意する必要がある。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)