2015年08月28日

◆維新の分裂で安保修正極めて困難に

杉浦 正章



自民、「元気」などとの修正にシフト


これまもう割れているのではないか。大阪市長・橋下徹も府知事・松井一郎も「辞任」で目くらましをするのが得意だから、分かりにくくなっている。


しかしことは単純だ。もともと維新はヤ党とヨ党の間の「ゆ党」と呼ばれてをり内部に矛盾を抱えている。いずれは来る分裂を先延ばしにしただけのことだ。しょせん首相・安倍晋三と親しい橋下・松井と、民主党との再編を目指す代表・松野頼久らとは水と油。端的に言えば右か左かの路線上の衝突だから早晩分裂だ。


来月14日の週になると予想される安保法案成立を軸に党内部の亀裂は決定的になるものと予想される。このため自民党は法案修正協議の軸足を維新から日本を元気にする会など3小政党へとシフトしつつある。


戦後まれに見る大法案は、超大型台風のごとく政治の全てを呑みこみ、政党に激動をもたらしてゆく。自民党だけは不思議と一致団結を維持している。しかし野党は次世代の党幹事長の松沢成文が、安保法制反対で離党を余儀なくされ、同党は安保支持で固まった。


一方維新には党内に亀裂が走った。そもそも幹事長・柿沢未途が、山形市長選で地元の反対する民主党の候補の応援をしたこと自体が、大阪側へのチャレンジに他ならない。死ぬほど民主党が嫌いな橋下の神経を逆なでする行為であった。盟友松井も激怒して、あわや分裂寸前にまでいったが、橋下にしては珍しい大人の対応で当面の分裂を食い止めた。


なぜかと言えば、長ったらしい橋下の会見で重要発言が一つだけある。それは「安保法制は日本にとって重大な局面であり、こういう状況の時に内紛をやっている場合ではない」だ。珍しく国政への配慮を見せたのだ。
 

これが意味するものは橋下以下大阪グループは基本的に安保法案是認の流れであり、民主党出身の松野や柿沢とは激突のコースをたどらざるを得ないのである。


こうした方向は安倍や官房長官・菅義偉との関係が極めて良好な事から生まれている。関係を決定的に良好なものにしたのは、安倍と菅が大阪都構想での住民投票を支持し続け、橋下にエールを送ってきたことだ。


6月14日には安倍、菅、橋下、松井の4者会談が行われており、維新側からは松野らへの不満が述べられたという。その後最近松井と菅が会談している。安保法制をにらんで政権側のくさびはとっくに打ち込まれていたのであり、それが路線上の対立となって浮上したのだ。山形の市長選挙などは単なるきっかけに過ぎず、路線対立の根は深いのだ。
 

しかし維新が参院に提出した「対案」はとても与党側がのめるものではない。東京系ペースで作られ核心部分で法制の基本原理を覆すからだ。維新案は政府案が集団的自衛権行使の要件としている「存立危機事態」を認めず、個別的自衛権を事実上拡大する「武力攻撃危機事態」を新設するのが柱。これでは法案が骨抜きになり、作る意味がなくなるのである。


また維新は民主党とさらなる対案の作成に動いているが、民主党の息がかかればかかるほど自民党がのめないものとなる。歩み寄りなどほぼ不可能であろう。


これに対して元気や次世代の党、新党改革の3党は国会の歯止めを重視した(1)自衛隊の活動継続中は90日ごとに国会の再承認を義務付ける(2)海外活動を常時監視・事後検証する組織を国会に設置する−−など極めて分かりやすい修正案を提示している。


おそらく自民党はこの程度ならのめるだろう。ただ本法案の修正と言うより、衆院の再可決を回避するため付帯決議にとどめる方向で調整が進み始めた。自民党にしてみれば参院の維新は11人であり、3党は合計すれば15人だ。おまけに賛同する政党の数が増えるのは国民に与える印象が全く異なってくる。枯れ木も山の賑わいだ。自民党は渡りに舟とばかりにシフトしつつある。
 


今後維新の分裂指向がどの段階でより鮮明になるかだが、おそらく早い可能性がある。政府・与党は来月14日の週に安保法案を成立させる方向であろう。維新内部は修正問題や、採決への出欠などに関して極限の対立状態になるものとみられる。国会議員団の分裂がまず先行するかも知れない。


ここで分裂しなければ11月1日の代表選挙に向けて動きが続くだろう。路線論争は過熱する一方だろう。代表選挙は国会議員も、地方議員も一般党員も等しく1人1票制であり、これは大阪系が圧倒的に有利であることを物語る。

したがって代表は大阪系になる方向であり、東京系は窮地に追い込まれる可能性もある。もともと松野は年末をめどに民主党との再編を実現する方針を明らかにしており、これに大阪系がついて行けるわけがなく、分裂の可能性は強まる一方であろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年08月27日

◆中国バブル崩壊の内政・外政の激変

杉浦 正章



「格差」置き去りで暴動発生の危機
 
中国の株価大暴落に端を発した世界同時株安が意味するものは、誰もが予測していた中国のバブル崩壊が早くも実証されるに到ったことだ。もう中国はかつての高度成長期に戻ることはなく、米国や日本が歩んできた低成長時代に移行する。


しかし米国や日本の高度成長は極端な貧富の差をもたらさなかったが、中国のバブル終焉は則ち「格差の置き去り」そのものである。1億の富裕層と12億の極貧層の格差だけが残ったのだ。政治面でこれが意味するものは、内政・外政共に波乱の推移であろう。国内では暴動が頻発し、少数民族は先鋭化しよう。


外政では、国民の目を海外に向けるために中国国家主席・習近平は何をするか分からない。東南シナ海は警戒態勢に入るべきであり、抑止のための安保法制の早期成立などイロハのイとなった。


まずどうしてバブルが崩壊し、リーマンショックに勝るとも劣らない「上海ショック」が生じているかである。言うまでもなく端緒は8月11日の人民元の切り下げである。世界中が「そこまでやるか」と改めて中国経済の実態を認識し、株価の下落傾向を導いた。これに追い打ちをかけたのが中国で唯一信頼すべき経済指標である英国調査社による「購買担当者景気指標」である。


中国政府は1〜3月のGDPを7%台と発表しているが、これを経済界では「李克強指数」と呼び誰も信用していない。日本精工の社長・内山俊弘は26日の記者会見で「7%というのは実際は4%前後かも知れないと言うのが実感だ」と、筆者のかねてからの予言を裏付ける発言をした。


これを裏付けているのが21日発表の英国調査社の指標で6年5か月ぶりに分岐点の50%を割り込み、47.1%となった。この数字は2008年のリーマンショック直後の数字と酷似している。これが世界の投資家を市場から逃避させる最大の要因となった。以後とどまるところを知らない世界同時株安となっているのである。
 

バブルが弾けるということは何を意味するかだが、紛れもなく中国経済が怖い物知らずの高度成長期からの離脱を余儀なくされることを意味する。それも米国や日本のように長期繁栄を謳歌できず、短期の繁栄にとどまったのだ。


そして日本がバブル後の空白の20年に直面したように、長期停滞と空白の時代に突入することを物語る。米国を追い抜き、軍事力でも米国を凌駕する勢いと日本の経済評論家が予想してきた流れにはとても復帰できまい。習近平が9月の訪米を前にしてその立場を弱める元切り下げに踏み切ったのは、そうせざるを得ないほど事態は深刻であったからだ。
 

中国が今後どう出るかだが、内政・外政二通りの見方が成り立つ。一つは外政で、習近平が七重の膝を八重に折って国際社会の協力を求める方法だ。


その最たるものが9月の訪米でオバマに「どうか利上げに踏み切らないで欲しい」と懇願すること。アメリカが利上げに踏み切れば、中国から一気に資金が流出して、それこそ本当の通貨危機に突入する。また西欧諸国や日本に対して金融緩和を求めることであろう。


こうした流れを大きく作用するのがトルコのアンカラで9月4〜5日に開かれる、 G20財務大臣・中央銀行総裁会議であろう。ここで先進国が協調して対応を打ち出せれば、上海株は安定基調を取り戻す可能性がある。


こうした協調をリードすることができるのは見渡したところオバマと安倍しかいまい。26日の電話会談は、どうも怪しい。中国問題が主議題であったのではないかと思える。


もう一つは、内政だ。これは深刻だろう。中国は今や完全に中国共産党員という“エリート集団”が富裕層となり、バブルの崩壊で地方からの出稼ぎ労働者やチベット、ウイグルなど辺境民族は切り捨てられる宿命となった。


なぜなら、高度成長が続けばやがては恩恵が13億の民全般に行き渡るはずであったのが、「共産党貴族」が誕生しただけで高度成長は終わり、格差だけが残ったからだ。これはロシア革命の例を挙げるまでもなく、習近平路線にとって決定的とも言える格差の矛盾を抱えることになるからだ。つまり十分に体制破壊の「革命要因」となりうるのである。
 

失業率が高まることは必定であり、暴動の頻発も避けられまい。そうなってくると、1党独裁の軍国主義国家を維持するためには、国民の怒りを海外に向ける誘惑に駆られる可能性は十分にある。やり方は簡単だ。海洋膨張路線を強めるのだ。


場合によっては東南シナ海であえて軍事衝突を演出する可能性も十分考えられる。米軍機や自衛隊機を領空侵犯と称して一機撃墜しさえすれば、国民の反米・反日を煽ることができる。事態は一国のバブルの崩壊では済まされない政治・外交・安全保障上の問題を惹起(じゃっき)しているのである。


集団的自衛権の行使が今ほど対中抑止力として重要な時はない。野党も方向音痴のデモ隊も目を覚まして、早期成立を図るべきだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年08月26日

◆戦略的転換迫られる安倍の対露外交

杉浦 正章
 


「北方領土」は当面“棚上げ”でよい
 

「男なら腹切れ」と言うなら、さしずめロシアに対しては「男なら首吊れ」だろう。ドストエフスキーの小説の時代からロシアの自殺は首吊りと相場が決まっている。冗談はともかくとして対露外交が面白い。


まだ誰も指摘していないが大局を俯瞰すれば、首相・安倍晋三の最大の武器は来年の伊勢志摩サミットの議長国として、プーチンの締め出しを定着化させられることだ。さらに今までやるふりだけをしていた対露制裁を、米国やカナダ並みのレベルにまで上げることも検討すべきだ。


対露外交は甘い顔をした瞬間に付け入れられることを肝に銘ずるべきだ。ロシア人は鈍いから相当のパンチを効かせないと痛痒を感じない。プーチンがメドベージェフを使って対日強硬路線を強調するなら、安倍は外相・岸田文男と官房長官・菅義偉を使ってどんどん強硬発言をさせればよい。


北方領土などはロシアがつぶれそうになって、日本に「買ってくれ」と言い出すまで、「欲しがりません」くらいのポーズが必用だ。当分は「戦略的棚上げ」でよい。


プーチンがなぜこの時期を選んでメドベージェフに北方領土へと足を踏み入れさせたかだが、明らかに安倍に対する揺さぶりだ。


安倍もサミット前にウクライナを訪問してプーチンの神経を逆なでしているから、その“返礼”でもある。揺さぶりというのはプーチには安倍が北方領土返還実現を渇望していると映っており、それを利用してここで揺さぶりをかけて、G7を分断しようという邪心がありありと見える。


プーチンはやはり対露制裁で倒産企業続出のイタリアを訪問して分断を図っており、第一の狙いは「G7分断」だ。もともとプーチンに領土問題を本気で解決しようなどという気持ちはないのだろう。


クリミア併合で国民の愛国心を刺激して支持率が90%に上がっているのに、返還などしたら支持率ゼロ%になると本心では思っているに違いない。だから安倍に対しては時々おいしい話があるようなそぶりをして、引きつけようとしているだけなのだ。プーチンは狡猾さにおいては世界の指導者の中で卓越した能力があるが、見破られてはどうしようもない。


加えて世界的な孤立の中で中国国家主席・習近平の対露接近は渡りに舟の願ったりかなったりだ。折から9月3日には抗日戦勝記念式典が北京である。おそらくプーチンは安倍が出席すれば会談する方向であったと思われるが、KGBから「安倍訪中せず」の連絡をいち早く受け取ったのだろう。「それならやったれ」とばかりに、メドベージェフを訪問させたのだ。


こともあろうにメドベージェフは「国後、択捉を“優先発展地域”とする」と宣言、日本の投資を呼びかけた。日本が応ずるわけがないから同時に韓国、中国にも呼びかけた。この際安倍は両国、とりわけ韓国に対して「日本の領土であり応ずるべきでない」とクギを刺すべきだ。


副首相の切腹発言といい、人の神経を逆なでする術には長けているが、しょせんは権謀術数ばかりのロシア外交は王道を行くものではない。今ロシア経済の実態はG7による経済制裁、国際原油価格の下落、ルーブル安という「三重苦」に直面している。やがては共産党政権がそうであったように「切腹」ならぬ「首吊り」の憂き目を見かねない状況だ。
 

一方で、一連のロシアの姿勢は安倍の極東外交戦略に大きな壁となって立ち塞がるものとなった。安倍は中露による反日共闘を回避するためもあって、ウクライナ問題でもロシアには比較的融和重視の路線を取ってきた。中露分断であり、これは基本的には正しい。


しかし世界的に孤立している中露両国は「同病相憐れむ」路線を取り始めて、安倍による分断が現段階では難しい状況になってきたのだ。極東外交、とりわけ対露外交は中国とのバランスが常に重要な要素として作用する。


日本がどちらかに接近すれば一方とは疎遠となる構図である。したたかな安倍がそのバランスを考慮しないわけがないが、当面は対中接近に傾斜してもよいのだろう。そして叩かなければ動かない「駑馬」ロシアをけん制するのだ。
 

G7では、独首相メルケルが対露融和路線だが、米加両国はむしろ「対露制裁戦争」の様相を強めており、プーチンは相当追い詰められているのであろう。何を血迷ったか核兵器使用まで口にするに到っている。紛れもない新冷戦構造である。


来年の伊勢志摩サミットまでこの関係が好転することは予想できない。一時は安倍周辺に同サミットでプーチンの復帰を模索すべきであるとの声もあったが、とても無理になったのではないか。


安倍はプーチンの揺さぶりを逆手にとって、対ソ離反姿勢を強め、米国と同調するしかあるまい。北方領土は実効支配を定着させないために常に領有権の主張は続けるにしても、早期返還などは夢のまた夢だ。


ロシアを政治的、経済的に追い詰め、1867年にアラスカを米国に売却したのと同様に、「売り食い」になるのを待つのも一興であろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年08月25日

◆なぜ安倍再選の流れか・自民党総裁選

杉浦 正章



決断できぬ野田は“首相失格”
 

政界予測係からみれば何で今頃マスコミは「安倍無投票再選」なのかと首を傾げる。


筆者は4月に「再選確実」、6月には「無投票再選」を書いており、悪いけど圧倒的にリードしている。昔は競争が激しかったが今の政治記者は「赤信号みんなで渡れば怖くない」というぬるま湯型報道なのであろうか。


その首相・安倍晋三の前途に“暗雲?”を垂れ込ませているのが週刊誌の「安倍健康不安説」だ。19日発売の週刊文春が「6月30日夜ホテルで血を吐いた」と報ずれば、日刊ゲンダイやら週刊ポストがやれ嘔吐だ血へどだと書きまくっている。週刊誌報道が「与太」かどうかは、その後に全国紙やNHKが追随するかどうかがポイントだが、全くその気配はない。


そもそも週刊誌の報道などというものは、政治記者が自分で書けないか書かない情報を幾ばくかの謝礼欲しさにリークするケースが多い。本筋情報なら自分で書くが、与太で書けないと思ったら「こんな情報があるよ」と売り込むのだ。
 

新聞記者は与太を書けば左遷されるが、週刊誌は与太を書けば書くほど昇進するのであり、この構図は昔から変わらない。安倍事務所が文芸春秋社長の松井清人らに対し、「全く事実無根の内容が含まれている」として、記事の撤回と訂正を求める抗議文を送ったが、こればかりはカエルの面に小便だろう。


そこで筆者は百聞は一見にしかずとばかりに24日の参院予算委における安倍の質疑応答ぶりをつぶさに観察した。安倍は風邪を引いたのか鼻声で時々咳をしてをり、若干疲れている感じを受けたが、きびきびと席を立つ姿からは重病の症状など感じられない。


答弁も質量共に十分であった。福島みずほが70年談話で「女スズメバチ」のごとく金切り声を上げて安倍に迫ったが、安倍は殺虫剤「アース」を吹き付けて寄せ付けなかった。
 

永田町では古来首相の病気ほど面白いものは無い。筆者は超特ダネを田中角栄からもらったが、「厳重オフレコだ」と言われたから書かなかった。


それはある晩池田勇人が盟友である田中と痛飲した際に、池田は自分の手のひらに「カッ!」と血痰を吐き、「角さんもう駄目だ」と、のどの癌にかかっていることを打ち明けたのだ。まもなく池田は「前癌症状」で東大病院に入院して、政権を去った。それでは安倍の盟友は何と言っているかだが「杉さん、馬鹿馬鹿しくてコメントもできないよ」だそうだ。
 

それでは総裁選に戻るが、なぜ安倍が独走状態にあるかだが、まず最初に指摘するのは公平に見て安倍が長年政治の劣化に苦しんだ日本という国が得た卓越した首相であることだ。そしてこの認識は自民党の大多数に存在しているのだ。


とりわけ1年で交代した民主党政権の鳩山由紀夫や菅直人の体たらくを見せつけられて、それこそ「反吐」が出る思いがまだ自民党内に残っているのだ。鳩山に到っては韓国で“抗日”の象徴の記念碑の前でぬかずいたが、これは1970年にドイツ首相・ブラントがワルシャワでひざまずいたのを「猿まね」したに過ぎない。


こういうみっともない元首相を見ていれば、安倍がよく見えるのは当然だ。また国政選挙で連続3度圧勝した首相は過去にいない。
 

加えて外交安全保障と経済の両面において安倍が誰が見ても手腕を発揮していることは否定出来ない。外交・安保ではアメリカ議会でのスタンディングオーベーションの数が全てを物語っている。アベノミクスについて蓮舫が国会で安倍に面と向かって「アベノミクスは失敗」と 「宮本武蔵」に出でくるお杉婆のごとく毒針を吹いたが、全く失敗していない。


民主党政権下での雇用倍率、失業率と比べてみるがよい。毒針は蓮舫の経済知識の無さを露呈しただけだ。中国のバブルが弾けて、その影響が株価に出ているが、世界同時株安であり、日本だけが影響を受けているわけではない。アベノミクスの真価が問われるのはむしろこれからだ。
 

過去に無投票再選のケースは多いが、自らの「実力」で無投票再選を勝ち得たのは、中曽根康弘と小泉純一郎だけである。ほかは実力型再選と言うよりも前任者の任期が満了したことに伴う例が多い。安倍は3人目となる。


唯一の問題が前総務会長・野田聖子がどう出るかだ。、今のところ立候補に必用な20人の推薦人は集まっていない。野田は21日、「毎回毎回、立候補を考えてはやめたり、やめさせられたり、いろいろある。今も同じような状況でその延長線上だ」と述べているが、優柔不断を絵に描いたような発言だ。


昔の日本の女に多いケースであり、自分で決断できない。まさに最初から首相失格を露呈してしまっている。発言からは、いまやノーバッジの仕掛け人と化した古賀誠の入れ知恵が垣間見える。つまり「まだ安倍が失敗して票が流れるかもしれんから断念するな」であろう。だから決断できないのだ。
 

こうして紛れもなく安倍長期政権が見える状態だが、安倍は張り切りすぎるから不安が残る。歴代首相で外交内政に渡りこれだけ活動的な首相は見たことがない。牛若丸ではないが、ここと思えばまたあちらだ。問題はこのペースを長期に維持出来るかどうかだ。


佐藤栄作の名秘書官・楠田實に筆者は可愛がってもらったが、あるとき「秘書の仕事はいかに来客をさばくかが最も重要だ。俺は悪者になるのを承知で佐藤との面会者を絞っている」と述べていた。


安倍の首相動静を見るとこんなのとまで会うかと言う例が多い。来客は官邸にうじゃうじゃいる「政府高官」に委ねて、安倍にものを考える時間を作ることが国のためにも本人のためにも不可欠だ。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年08月15日

◆翁長説得は八百屋で鯛求めるに等しい

杉浦 正章



主張が県民扇動の感情論に終始
 

「嘉手納沖合に墜落しました。基地のそばに住んでいる人は大変なことだ」と沖縄県知事・翁長雄志は官房長官・菅義偉との会談で切り出したが、米軍ヘリの墜落はまるで反対側のうるま市東側の海上。嘉手納基地近辺住民には何の影響もない。


墜落の事実関係まで鬼の首を取ったかのように誤って利用しようとする。翁長の姿勢はいかんともし難い。事程左様に会談は公式の会談では成り立ち得ない「翁長の感情論」が目立った。これでは先が見えている。


米軍ヘリの墜落はむしろ普天間基地移転での危険性除去の必用を改めて確認するものに他ならない。住宅密集地の基地は、いつ墜落事故が起きるか知れない危険性と常時隣り合わせしている。その普天間移転に翁長が反対するのは、「普天間周辺の墜落事故での住民の犠牲を背景に、基地反対闘争を盛り上げようとしている」という“うがった見方”を裏付けてしまうことになるのではないか。

菅が普天間移転について「基地の世界一危険な状況除去が原点である」と述べたのは、しごくもっともであろう。


これに対して翁長は「それが原点ではない。普天間の住民がいない間に強制収容された基地が原点だ」と根拠のない感情論を展開した。さらに続けて「自分が奪った基地が世界一危険だから、老朽化したからもっとお前たち出せと。こんな理不尽なことはない」と述べた。


一連の発言は真面目に論理的に話をしようとしている菅に、翁長が反対闘争を意識、扇動するための感情論で対応していることが明白だ。「もっとお前たち出せ」という言葉は、県民の間に被害者意識を拡大することを狙ったものであり、事の本質をねじ曲げるものに他ならない。


移転と同時に普天間基地と嘉手納以南の米軍基地の7割が返還され、海兵隊員の約半分9000人がグアムなどに移転するのである。沖縄の基地負担はまぎれもなく軽減されるのであり、これが「もっと出せ」となる発想自体がおかしい。


翁長は私的諮問委員会に前知事・仲井真弘多の埋め立て承認を「法的な瑕疵(かし)がある」と決めつけさせ、これを根拠に発言しているのだろうが、中央政界でも最近はやらない「お手盛り審議会」の結論には説得力がない。自分の都合で集めた第三者委員会に公正中立性があるとは言えまい。


前沖縄県知事・仲井眞弘多時代に、埋め立て承認を理論づけた県庁職員をないがしろにするものでもある。19年前の日米移転合意、16年前の知事の同意に基づく閣議決定、1913年の仲井真の移転承認に至るまで忍耐強く地元の説得を続けてきた自民党政権の、移設工事本格化には何の瑕疵(かし)も見られない。現に翁長自身がかつては移転に賛成をしていたではないか。


会談の結果について菅は「出発点が違うから距離はあるなという感じであった」と述べているが、菅ほどの人物が結果を読めずに会談に臨むわけがない。政府の普天間移設とこれを阻止する翁長の構図は変わりようがないのであって、会談はいわば政府が国民を意識し、翁長が県民の反対勢力だけを意識する「儀式」のようなものであろう。


しょせんは物別れが目に見えているのである。また審議会の答申を盾にとって翁長は8月中に埋め立て承認を取り消す方針であったようだが、政府は安保法制の参院審議が佳境に入る時期に取り消しをされては、国会審議に及ぼす影響が甚大とみて、「集中協議」の場を設定したに過ぎまい。


翁長は「沖縄の『飢餓感』を理解できなければ、個別の問題解決は難しい」と、今度は自己陶酔型の感情論を展開したが、中国が尖閣列島はおろか沖縄本島まで狙いを付けている現状をどう見るのか。中国支配下においては「100倍1000倍の飢餓感」が県民を襲うことに考えが及ばないのか。


指導者なら、自己保全のために県民を扇動することはやめて、激動する極東情勢の中で沖縄の地政学的な立ち位置を熟慮するべきであろう。しかしこればかりは八百屋で「鯛くれ」と言うようなものだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年08月13日

◆翁長説得は八百屋で鯛の求めに等しい

杉浦 正章



主張が県民扇動の感情論に終始
 

「嘉手納沖合に墜落しました。基地のそばに住んでいる人は大変なことだ」と沖縄県知事・翁長雄志は官房長官・菅義偉との会談で切り出したが、米軍ヘリの墜落はまるで反対側のうるま市東側の海上。嘉手納基地近辺住民には何の影響もない。


墜落の事実関係まで鬼の首を取ったかのように誤って利用しようとする。翁長の姿勢はいかんともし難い。事程左様に会談は公式の会談では成り立ち得ない「翁長の感情論」が目立った。これでは先が見えている。


米軍ヘリの墜落はむしろ普天間基地移転での危険性除去の必用を改めて確認するものに他ならない。住宅密集地の基地は、いつ墜落事故が起きるか知れない危険性と常時隣り合わせしている。


その普天間移転に翁長が反対するのは、「普天間周辺の墜落事故での住民の犠牲を背景に、基地反対闘争を盛り上げようとしている」という“うがった見方”を裏付けてしまうことになるのではないか。菅が普天間移転について「基地の世界一危険な状況除去が原点である」と述べたのは、しごくもっともであろう。


これに対して翁長は「それが原点ではない。普天間の住民がいない間に強制収容された基地が原点だ」と根拠のない感情論を展開した。さらに続けて「自分が奪った基地が世界一危険だから、老朽化したからもっとお前たち出せと。こんな理不尽なことはない」と述べた。


一連の発言は真面目に論理的に話をしようとしている菅に、翁長が反対闘争を意識、扇動するための感情論で対応していることが明白だ。「もっとお前たち出せ」という言葉は、県民の間に被害者意識を拡大することを狙ったものであり、事の本質をねじ曲げるものに他ならない。


移転と同時に普天間基地と嘉手納以南の米軍基地の7割が返還され、海兵隊員の約半分9000人がグアムなどに移転するのである。沖縄の基地負担はまぎれもなく軽減されるのであり、これが「もっと出せ」となる発想自体がおかしい。


翁長は私的諮問委員会に前知事・仲井真弘多の埋め立て承認を「法的な瑕疵(かし)がある」と決めつけさせ、これを根拠に発言しているのだろうが、中央政界でも最近はやらない「お手盛り審議会」の結論には説得力がない。自分の都合で集めた第三者委員会に公正中立性があるとは言えまい。


前沖縄県知事・仲井眞弘多時代に、埋め立て承認を理論づけた県庁職員をないがしろにするものでもある。19年前の日米移転合意、16年前の知事の同意に基づく閣議決定、1913年の仲井真の移転承認に至るまで忍耐強く地元の説得を続けてきた自民党政権の、移設工事本格化には何の瑕疵(かし)も見られない。現に翁長自身がかつては移転に賛成をしていたではないか。


会談の結果について菅は「出発点が違うから距離はあるなという感じであった」と述べているが、菅ほどの人物が結果を読めずに会談に臨むわけがない。政府の普天間移設とこれを阻止する翁長の構図は変わりようがないのであって、会談はいわば政府が国民を意識し、翁長が県民の反対勢力だけを意識する「儀式」のようなものであろう。


しょせんは物別れが目に見えているのである。また審議会の答申を盾にとって翁長は8月中に埋め立て承認を取り消す方針であったようだが、政府は安保法制の参院審議が佳境に入る時期に取り消しをされては、国会審議に及ぼす影響が甚大とみて、「集中協議」の場を設定したに過ぎまい。
 

翁長は「沖縄の『飢餓感』を理解できなければ、個別の問題解決は難しい」と、今度は自己陶酔型の感情論を展開したが、中国が尖閣列島はおろか沖縄本島まで狙いを付けている現状をどう見るのか。中国支配下においては「100倍1000倍の飢餓感」が県民を襲うことに考えが及ばないのか。


指導者なら、自己保全のために県民を扇動することはやめて、激動する極東情勢の中で沖縄の地政学的な立ち位置を熟慮するべきであろう。しかしこればかりは八百屋で「鯛くれ」と言うようなものだ。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年08月11日

◆原発は生まれ変わって平成希望の火に

杉浦 正章



朝日も条件付き再稼働に大転換
 

「一部国民」の批判は3度の国政選挙でクリア
 

1957年8月、岸内閣発足間もない頃原発の灯がともった。当時のマスコミは「緑の火がともった」と報じ、国中がエネルギーの明るい未来を予見したものである。そして58年を経た今日(11日)原発の最初の再稼働が秒読みとなった。


1年11カ月ぶりに国内の「原発ゼロ」が終わり、再び原子力が日本のエネルギーミックスのなかで主要な地位を占める第一歩となるのである。「安全神話」を返上し、科学的知見を駆使して「安全対策」を施した上での川内原発再稼働は、日本のエネルギー政策に新たな地平線を描くものになるだろう。


また原発反対論が喧(かまびす)しい中で、突破口を開くものと位置づけられる。3.11以来マスコミや選挙選を通じて蓄積された反原発イデオロギーに対するまぎれもない勝利を意味する。


なぜ勝利かと言えば朝日新聞が最近またも再稼働容認へと大転換したからである。またもというのは同社の歴史が、日米安保反対から事実上の安保支持、慰安婦強制連行から同連行否定、PKO法案反対から支持へと極めて重要な政策で大変換を臆面もなく行ってきたからである。


今回も2011年の東日本大震災をきっかけに「原発ゼロ」を社是としてきた。とりわけ産経が「ハーメルンの笛吹き男」と唾棄してきた元首相・小泉純一郎の「原発ゼロ」の主張に、朝日はもろ手を挙げて賛成。社説でも「原発ゼロ、最後は国民の意思だ」とバックアップした。


ところが朝日は最近になって「ゼロにすべきだ」をちゅうちょするようになり、ついに7月30日の社説「原発再稼働を考える」で「最後の手段としての再稼働という選択肢を完全に否定するのは難しい。それでも、個々の原発に対する判断は、きわめて慎重でなければならない」と文句をたらたら述べながらも再稼働容認に大転換したのだ。


それも極めて密やかに。いつも思うのだが煽られて行動を起こした人はどう思うだろうか。はしごを外されたと思わないだろうか。もっとも社説の変化など気にしている人は少ないだろう。こっそり変えれば分からない。きょうの主見出しも「原発ゼロ2年で停止」とまるで他人事だ。同じ事を安保法制反対でするのはいつになるだろうか。その時は必ず来ると思う。


とにかく朝日は「絶対反対闘争」が成り立たないと判断して、条件闘争に転換したことを意味する。


同社は7月3日の社説で「中国と温暖化―対策の強化と前倒しを」と題して中国が二酸化炭素の量を、2030年には05年に比べて60〜65%減らすことを大歓迎する社説を掲載したが、なぜそれが可能になったかについては誤判断をしている。


可能になったのは現在の22基に加えて27基もの原発を建造中であるためだ。それに全く言及しておらず、重要ポイントを知らずして良く社説が書けるものだと思う。何ときょうの社説では原発再稼働を無視している。おそらく書きようがないのだろう。


これまで過去3回の総選挙、都知事選挙などで原発は最大のテーマとなったが、全て自民党が圧勝しているのは、国民の「声なき声」が安全なる原発の否定にないことをいみじくも物語っている。それに、原発は停止しているから安全なのではない。むしろ動かさないと安全が維持出来ないというのが専門家の常識なのだ。


米国・原子力規制委員会(NRC)を代表して来日した安全・危機管理コンサルタントのチャールズ・カスト博士は「『停止=安全、発電=危険』ではない。規制委は一番安全な原子炉とは、運転を停止している原子炉だと思っているようだが本当に理解しているか疑問だ」と規制委の姿勢を批判。


「長期停止していると、現場職員たちは運転の感覚を失ってしまう。加えて設備や機器も劣化する可能性が高い。稼働しながらでないと、良いパフォーマンスを発揮できない。原子力安全の基礎は、定期的に稼働していることによって成立するものだ」と断定した。


確かに規制委の審査は長引きすぎる。さらに朝日と提携関係にあるニューヨークタイムズ紙は社説で「原子力発電の危険性は現実のもの」と指摘しながらも「再生可能資源が全ての化石燃料や原子力の燃料を代替できるのは遠い先のこと。


それまでは原発が大気中の温室効果ガス濃度を上げずに発電する重要な手段となる」と書いた。同じリベラルで思考的依存度が高い提携紙までが原発必要論では、朝日も慌てざるを得まい。


こうして正しい既成事実が積み上げられようとしている。政府も原発ありきの姿勢でなく、現在の科学的知見を全て上積みした上での再稼働認可である。川内原発は新しく生まれ変わったと言ってもよかろう。地震への備えは620ガルを想定しており、これは福島原発が受けた550ガルの振動を上回る。


「事故が起きない」としてきた安全神話から脱して「事故が起きうる」と想定した規制委の安全基準を十二分に満たすものである。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、原発比率を2030年度までにに20〜22%とする目標を掲げている


世界のエネルギー事情の潮流を見れば中国を始め新興国を中心にまさに原発ブームが起きつつある。中国や韓国は、安価で危険な原発をどんどん輸出しようとしており、これは危険をばらまくようなものだ。ここは災いを転じてより一層安全度を増した日本の原発が、世界基準とならなければなるまい。


カスト博士も「日本の安全対策は世界最高の水準」と賞賛している。多くの犠牲者を出した地震で得た知見は貴いものがあり、これを日本は惜しみなく世界の原発新増設に役立たせなければなるまい。


それには輸出推進はもちろんのこと政府主導で、原発安全のための世界フォーラム開催など組織だった主導が得策だろう。


もちろんこれで事を終えてはならない。廃炉になる原発は建て替えでより安全性を高めて、地域に貢献する必要がある。新増設も視野に入れるべきである。また核燃料サイクルのための六ヶ所村の再処理工場は操業開始のめどが立ちつつある。操業開始が見えているのだ。


ここは政府の責任で軌道に乗せて、悲願の核燃料サイクルを実現させなければなるまい。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年08月05日

◆大誤報陳謝から1年

〜「朝日汚染」が止まらない〜 

杉浦 正章



国連に「性奴隷」再調査を求めよ
 

従軍慰安婦の強制連行報道で朝日新聞が誤報を認めて陳謝して5日で1年。慰安婦を「性奴隷」という忌まわしい言葉に直結させた大誤報は、世界的には沈静化しただろうか。


日本政府はそれなりに国際広報をしているものの沈静化どころではなく、ぬかに釘だ。韓国の国際広報の方が国民性を反映して執拗で、一枚上手なのだろう。


それよりも、朝日が反省しているかというと全然していない。むしろ1年前に墓に埋葬されたと思った慰安婦報道が、ドラキュラのごとく這い出している。誤報など全く反省していない。


その象徴が臆面もなく繰り返した特別編集委員の「1周年記念ツイッター誤報」だ。一方、安保法制報道に到っては上から目線の「教育的指導」の癖が直らず、誰が見ても衆院の合法的採決を「クーデター」呼ばわりするというごう慢さだ。


1年目のお詫びは「ネットに流布するデモの写真を添えた2日のツイート(削除済み)で、私の不注意から誤った内容をつぶやいてしまいました。改めておわび申し上げます」というものだ。


朝日特別編集委員・富永格は同社の公認のツイッターで、欧米では憎悪の象徴となっているナチスの紋章「かぎ十字」が描かれた旗を持つデモの写真を紹介し、「東京で行われた日本人の国家主義的デモ。彼らが安倍首相を支持している」と英語で書き込んだ。


英語で書くということは明らかに、にっくき宿敵である首相・安倍晋三を対外的におとしめようという意図が感じられる。ところが「余りにひどい」とネットで非難が巻き起こり、慰安婦報道と同様に、お詫びして取り消す羽目になったのだ。しかしこの編集委員の行動は、ドラキュラ復活の氷山の一角にすぎない。


その証拠を挙げれば、まず自民党は、慰安婦問題をめぐる海外の誤解を解消し、日本の名誉と信頼を回復するための提言を安倍に提出したが、これに対する河野洋平の反論を掲載したのは大手では朝日だけ。「強制連行があったことは、否定することのできない事実だ」との懲りない発言を報道している。


慰安婦問題のすべての元凶は、政治家では「河野問題」に尽きるが、最近の朝日はこの“政治的禁治産者”を頻繁に紙面に登場させている。とりわけインタビューで延々と語らすケースが多い。


ちなみに同社の検索機能を使って調べたら7月は「河野氏、安保法案議論しても意味ない、撤回求める」「河野氏強制連行あった、自民の慰安婦提言を批判」「安倍談話、何を目指すかあいまい」など7本あった。


昨年の8月5日以来では83本も河野を登場させている。明らかに河野に同社の慰安婦報道を代弁させる意図が濃厚である。そこには反省などかけらも見られない。


それより、同社の唯我独尊の高踏的な姿勢は、最近では一段と強まった。慰安婦問題で一時は意気消沈したかに見えたが、今や安倍政権のやることなすことを、あたるを幸いになぎ倒し始めた。誰が見ても民主的な手続きを踏んで行われた衆院での安保法制採決を、天声人語はクーデター呼ばわりしている。


曲学阿世の憲法学者が書いた「法学的にはクーデターだった」という珍説を「事の本質を突いているのではないか」ともろ手を挙げて賛同している。以後「クーデター」が紙面やネットの論壇を一人歩きしている。広辞苑にはクーデターを「非合法な武力行使で政権を奪うこと」とあり、用字用語が命の報道機関にあるまじき誤用だ。


朝日の大誤報は、国内的には社長の辞任などでけりがついたように見えるが、世界的に見れば何ら終わった事になっていない。日本軍が多くの慰安婦を「性奴隷」として「強制連行」したという誤解が国際社会に広がって止まらないのだ。


大誤報の国際社会への影響を分析すると大きく分けて国連の誤解、世界の言論機関の誤解、米政府の誤解の3つに分けられる。米国では米大手教育出版社の高校世界史教科書に「日本軍は14〜20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるために強制的に募集、徴用した」との記述があった。


外務省が出版元に訂正を求めても応じない。逆に、米歴史学者19人が今年2月、「教科書の記述は正しく、学問や言論の自由への侵害である」との声明を発表した。染みついた「朝日汚染」は一筋縄では除去できないのだ。


この「汚染」が一番甚だしいのが国連の誤解である。全ての原点は「強制連行された軍用性奴隷」と断定したクマラスワミ報告にある。同報告は1996年の国連人権委員会で作業を「歓迎」し内容を「留意」するという決議がなされた。日本政府は「間違っている」との反論文書をいったん提出しながら、なぜか取り下げてしまっている。


外務省の出先としてはおそらく当時の政治の姿勢がふらついていたことから確固とした対応ができなかったのではないかと思われる。


これが米議会下院の決議の土台となった。既にクマラスワミの国連人権委員会はなくなっており、訂正を求めるにも求めようがないのが実情だ。代わりにできた国連人権理事会に新たな調査を求めることが最も適切だろう。


それには先に書いたが潘基文(パン・ギムン)を「分担金削減」で脅して、政治的に可能にする必要がある。馬の耳に念仏・馬耳東風かも知れないが、朝日は国をおとしめるということが、いかに国際的な禍根を残すかということに少しは思いを寄せるべきだ。

       <今朝のニュースより抜粋>  (政治評論家)

2015年08月04日

◆現段階は「磯崎続投」が正解

杉浦 正章



“猫パンチ”に終始した福山質問
 

年のせいか補佐官というとどうしても隠密外交のキッシンジャーを思い起こしてしまう。極秘裏の外交で驚天動地のニクソン訪中を成し遂げた米国外交史上屈指の補佐官と比較してしまうのだ。


格好づけの細川護煕が真似をして1993年に内閣総理大臣特別補佐を設置したのが初めだが、日本の場合は“お耳役”的な存在が多い。


ところが磯崎陽輔忍者の欠点は、首相・安倍晋三の“お耳役”どころか、一連の失言がいみじくも物語るように、サービス過剰で“国民のお耳役”まで果たしてしまうことだ。これでは安倍はたまらない。


今は流れは続投であり、更迭の選択はないが、9月の再選後の改造では、いささか問題児の文科相・下村博文とともに「お役御免」にしなければ長期政権もおぼつかなくなる。親しい自民党幹部は「磯崎君には皆苦々しく思っているが、総理が党で何度も謝っているから仕方がない」と漏らしている。まあ空気はこんなところだろう。


普段は大人しくてもこういう“やっちゃ場”では政治家も本音が出る。味方だと思っていても、つい“謀反”の本性を垣間見せるのだ。


二人居るが、一人は公明党幹事長・井上義久だ。誰も与党では更迭を言わないときに「政治家だから進退の判断をするのが基本」と更迭論の口火を切った。さすがに政権与党としてまずいと思ったか公明党は参院幹事長の西田実仁に、参考人質疑後「首相を補佐する自覚を持って今後とも臨んでほしい。しっかり見守っていく」と修正させて続投を容認、亀裂を防いだ。結果的には与党内は「辞任なし」で固まった。


一方で気になる発言は特別委員長の鴻池祥肇だ。鴻池は磯崎が常識外れにも「9月中旬に法案を上げたい」と馬鹿な発言をしたことを取り上げ「参院は衆院の下部組織、官邸の下請けではない」と述べたのだ。


特に後段部分には安倍に対するトゲがあり、委員長として強行採決の任を果たすだろうかと首を傾げる発言だ。過去に鴻池は小泉純一郎の郵政解散で、当初は郵政法案を批判したが、自民党圧勝が強まると賛成に急転換した人だ。


2009年の官房副長官時代には週刊新潮に、「議員宿舎に泊まる超一流企業の美人妻」とスキャンダルをすっぱ抜かれるなど問題を起こした人でもある。誰が決めたかこの委員長人事には当初から首を傾げている。


それにつけても3日の参考人質疑では、民主党の福山哲郎が同党にとって千載一遇のチャンスを逃した。質問冒頭から辞任要求のパンチを繰り出したはいいが、“猫パンチ”に終わった。


磯崎が「陳謝と撤回。辞任せず」を明言してひたすら低姿勢に徹した結果、つけいる隙がなかった。福山の質問でいつも思うのだが、どうもこの人物は物事を無理にこじつけたり揚げ足取りをすることが好きなようだ。


この結果せっかくの質問の馬脚が現れる。今回も磯崎の「憲法改正を国民に一度味わってもらう。2回目以降で難しい問題をやる」という国民を小馬鹿にした発言を取り上げたが、過去にとっくに問題化しており、二番煎じ三番煎じもいいところだ。もう聞き飽きた。


こじつけの最たるものは磯崎が万一の場合は「上陸する」と述べたという点だが、正確には「安倍総理は上陸は考えていないと述べているから、当然抑制的に考えなければならない」であり、真逆だ。どこから「磯崎が上陸と述べた」事に結びつくのだろうか。


まだある。福山は磯崎が「今私のところに憲法違反と言ってきている人はいない」という発言を、さも現時点での発言であるようにとらえて追及したが、これも下手すぎるトリックだ。磯崎がインタビューしたのは4月の時点であり、その頃は誰も憲法違反などと言っていなかった。


衆議院憲法調査会で曲学阿世の憲法学者が違憲論を述べたのは6月はじめであって、4月にはそんな声はとんと聞かれなかった。福山質問はどうもその場限りのデモ隊うけを狙っており、正攻法ではない。


公平に見て磯崎の「法的安定性は関係ない」発言は、真意ではあるまい。舌足らずと意気込み優先が先行したものであり、安倍としても野党の言葉狩りに応じて罷免していたら、辞任の連鎖となりかねない。法案の成否まで左右しかねない。ここは「辞任なし」が正解であろう。


渦中の人であるにもかかわらず磯崎は28日夜に安倍と飲んだ後、不謹慎にも酔って顔を真っ赤にして報道陣の取材を受けていたが、あの夜の磯崎らとの会合で、安倍が引導を渡したか、続投を示唆したかは不明だった。


しかし、やはり安倍は磯崎を抱えて中央突破することにしたようだ。福山は最後に「今後は総理にしっかり問うていく」と言明。幹事長・枝野幸男も「磯崎問題というより安倍問題だ」と矛先を安倍に転じて“政局化”する構えを見せている。


朝日も4日付の社説で「首相の任命責任を問う」と矛先を安倍に向けた。社会党・朝日共同戦線は60年安保が最後は「岸退陣」の政局に向かうよう動いたように、今回も「民主・朝日共同戦線」は政局化して、安倍内閣を揺さぶる動きに転ずる戦術のようだ。


しかし安倍自身が「法的安定性重視」を表明している以上、この問題では次の一手がない。おまけに民主党を始め野党の支持率は低迷したままであり、自民党は30%台と依然高率だ。


磯崎問題はどっちみち避けて通れないガチンコ勝負がいささか早まっただけで、勝敗は民主党と朝日が日露戦争当時の「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」となるだけであろう。ちょっと古いか。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月31日

◆「断定答弁」の奇襲で「徴兵制」論破

杉浦 正章



安倍、「絶対ない」「非常識」「断言する」と明言
 

首相・安倍晋三の答弁を観察してきたが、30日になって突然クリヤー度が増した。


どうしてかなと答弁をチェックすると、重要ポイントで全部「断言調」になっている。野党の“巻き込まれ論”や“徴兵制”の主張を、まるで「断定ミサイル」で奇襲、個別撃破し始めたのだ。「全くない」「絶対ない」「断言する」「非常識だ」と断定した。


悪い頭を絞ってその理由を考えたら、ハタと思いついた。プラカードだ。国会周辺は野党のデマゴーグ作戦に乗せられて、「徴兵制導入反対」「戦争法案反対」などのプラカードが目立つ。この地雷原を突破するには断定で行くしかないと考えたに違いない。


この結果“巻き込まれ論”と“徴兵制”の主張は、公平に見てまず完膚なきまでに押さえ込まれた。残るのは「違憲論」の地雷原だが、これは安倍が地雷を踏まないのに、ゆるキャラの“補佐下手官”が踏んでしまった。ノーテンキに賭博法案にうつつを抜かす“補佐下手官”もおり、「この重要ポイントで安倍の足を引っ張るな」と言いたい。
 

それではまず「徴兵制」がどうして論破されたかだが、民主党の狙いが邪(よこしま)だったからだ。民主党代表・岡田克也と幹事長・枝野幸男は徴兵制のパンフレットを作ってばらまき、若者に心理的な動揺を与える作戦に出たのだ。


これが高校生や大学生に徴兵されるというデマを生じさせ、デモへの参加者を増やした。


しかしこの民主党のやり口は、国民を欺くという意味で最も罪深い。だから安倍が「徴兵制は、憲法18条が禁止する『意に反する苦役』に該当し、明確な憲法違反であり、徴兵制の導入は、全くありえない。このような憲法解釈を変更する余地は全くなく、総理大臣が代わって、また、政権が代わっても、導入はありえない」「集団的自衛権の議論と徴兵制を結びつけることは、国際的に非常識だ」と断定したのだ。


徴兵制に関しては、岡田も枝野も無知をさらけ出している。事実世界の徴兵制の動向は、まず米国がベトナム戦争終結後の1973年に徴兵を停止した。続いてNATO加盟国も2000年代初頭にかけて次々と徴兵制を廃止し、イギリス・フランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・オランダ・ベルギーなど大半が志願制だ。


近代の戦争は、武器も戦闘もハイテク化していて、相応の知識やスキルが求められる。ひげの隊長も「育てるのに10年かかる」と言っている。徴兵制で半ば強制的に連れてこられたヤル気も知識もない連中を人数だけ揃える時代ではないのだ。


今どき徴兵制で陸軍100万人、海空軍20万人もの軍隊を形作っている北朝鮮のまねをして、日本が徴兵制に踏み切る訳がないのだ。イージス艦にど素人は必要ないのだ。分かったか。
 


“巻き込まれ論”についても安倍は、断定調で「他国の紛争、戦争に協力をさせられるという不安だが、それは全くない。今回の法案はあくまでも自衛のための措置で、必要最小限度の措置だ。戦争に巻き込まれることは絶対にないということは断言したい」と言明した。


そもそも戦争に巻き込まれるという議論は、安保改定、PKO法案など安全保障問題が国会の俎上(そじょう)にあがる度に、野党が言挙げしたことである。安保の時は全学連、社会党、共産党、労組などが「米軍に基地を提供すれば戦争に巻き込まれる」と主張したが、逆だった。


米軍がにらみを利かした結果、ソ連も、北朝鮮も、中国など軍国主義国家は55年間日本に手を出せなかった。これこそが抑止力というのだ。野党はオオカミ少年になるべきではない。重要法案には宍戸梅軒のごとく鎖がまを使わず、一刀流正眼の構えで臨むべきだ。


こうして安倍の断言の前に、野党はしぶとく言い募るが、論破されつつあることは誰が見ても明白だ。ここまで書いて夜が明け始めた。新聞うけの音が聞こえたから朝日を見ると驚いた。一面トップに「断言首相」の文字が躍っている。朝日の記者の感性も筆者並みのレベルにようやくなってきたかと思ったが、中身がいけない。


筆者のように公平かつ素直ではなく、視線がグレているのだ。グレ少年なのだ。いわく「断定調を繰り返すのは、法案への国民の理解が進まないことへの危機感からだ」なのだそうだ。


それでは「戦争法案」を煽る朝日に危機感はないのか。安倍の断定を聞いて「負けそう」と思ったから、一面トップに持ってきたのではないのか。朝日は「問題は法案をめぐるあいまいさについて、首相が説得力ある説明をできていないことにある。」のだそうだが、こう書かないと朝日では認められないのだろうか。


徴兵制の完全否定はあいまいではない。巻き込まれ論の完全否定も実に説得力がある。批判は自由だが、取って付けたような理屈はいただけない。新聞記者はセンス・オブ・プロポーション(平衡の感覚)が何より大切だ。


悪いことは言わない。社が書けと言っても、「うそは書けない」という勇気を養わなければ本当の記者とは言えない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月30日

◆国連に分担金削減で性奴隷撤回を迫れ

杉浦 正章

  

対外発信を再構築する必要もある


あの忌まわしい「性奴隷」の文字が最近また新聞紙面にはびこり始めた。


まず朝鮮半島での従軍慰安婦の別称として世界のマスコミに定着、米地方自治体などへの韓国の宣伝が利いてきている。一方ISIL(イスラム国)は最近本当の「性奴隷狩り」に専念している。問題はテロリスト集団の暴挙とありもしない日本軍へのねつ造事件が混同されかねないことだ。


昨年の朝日の大誤報と社長辞任で、日本国内では「性奴隷」問題はけりがついたと思っていたが、世界ではそれどころではない。「性奴隷」は依然大手を振って米国内や国連でまかり通っている。自民党が慰安婦問題の誤解を解消し日本の名誉を回復するための提言を首相・安倍晋三に提出したのは当然である。


この問題の急所は国連対策だ。分担金削減を武器にして腹を据えて国家の名誉回復に取り組むべきだ。


昔柔道の師範から「日本柔道は相手が負傷などで痛がるところを攻めないのがフェアプレー」と教わったが、朝鮮民族というのは国際政治では真逆の行動を取る民族らしい。相手の嫌がるところ、痛がるところに狙いを付けて一本を取りにくる。女性大統領ですらねちねちと「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」とその先頭に立つ。


その狙いは依然として従軍慰安婦問題だ。おそらくソウルからの“奨励”もあるのだろう。在米韓国人らはサンフランシスコ市議会に働きかけて慰安婦の碑や像の設置を支持する決議案を出させようとしている。日本をおとしめることだけが生きがいのような陰湿さだ。安倍は70年談話で「お詫び」などする必要はますます無くなってきた。

筆者は慰安婦強制連行問題で、朝日の大誤報が判明した昨年の時点で、これを好機ととらえて、国を挙げて「性奴隷」での一大対外キャンペーンをするよう提言したが、うまくワークしなかったようだ。


そもそも慰安婦強制連行問題は、1992年の宮沢喜一訪韓の5日前に朝日が、1面トップで「慰安所の経営に当たり軍が関与、大発見資料」として大々的に報道、同日の社説でも「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。


その数は8万とも20万ともいわれる」などと途方もない大誤報をしたことから始まる。韓国世論が激昂し、宮沢の訪韓は「お詫び行脚」となり、勤労動員であった「挺身隊」の呼称が「慰安婦」として定着してしまったのだ。
 

加えて1993年に官房長官・河野洋平が悪名高き発言をする。河野談話発表に当たり、記者団から強制連行の有無を聞かれ「事実があった」と明確に答えてしまったのだ。


自民党の提言はこの河野発言を「重大な問題」と指摘すると共に、朝日の大誤報を「32年間も十分な検証もせずに記事をねつ造し続けた朝日新聞の責任は取り返しがつかないほど大きい」と断じているが、本当に河野と朝日は「取り返しがつかない」ことをしてくれた。しかし河野は29日の名古屋市の講演で提言について「(首相は)なぜ申し訳ないと謝れないのか」と依然悔悟の情などみじんもない発言を繰り返している。


こうして河野と朝日の事実誤認は一人歩きし、日本弁護士連合会(日弁連)に到っては、軽率にも1992年国連へのロビー活動で、慰安婦を「性的奴隷(Sex Slaves またはSexual Slavery)」 として扱い、国連から日本政府に補償をおこなうように働きかけるよう動いた。


こうした動きに軽々に乗ってしまったのが、スリランカ民主社会主義共和国出身の国連事務次長ラディカ・クマラスワミだ。1996年の「女性への暴力に関する特別報告書」の中で公式にはおそらく初めて慰安婦を「性奴隷」と呼んだのだ。


「日本軍性奴隷制の被害者個々人(元慰安婦)に対し、原状回復と賠償を行へ」と要求したのだ。河野、朝日、日弁連の国家をおとしめた責任は極めて大きい。


そこで、どうするかだが、まず国連対策だ。国連に重要加盟国に対してその尊厳を傷つける理不尽な報告を出したことに陳謝と撤回を求めるのだ。国連官僚のクマラスワミなど雑魚に説得工作をしても、拒否されるだけだ。


うじゃうじゃ大使や公使がいる日本の国連代表部は責任者を決めて事務総長など国連首脳部に直接働きかけ「性奴隷」の表現撤回のロビー活動を起こすのだ。潘基文(パン・ギムン)は韓国出身で陰に陽に韓国に肩を持つ不公平な国連運営をしているが、この際ねじ込む必要がある。クマラスワミ報告の修正を迫るのだ。


修正しなければ常任理事国でもないのに負わされている世界第2位の国連分担金支払いを大幅削減すると脅かすのが一番効果的だろう。


そもそも分担金比率はGDP2位の中国が2位となるべきだ。日本が2億7,650万ドルなのに対して、中国は6位で日本の半分の1億3,140万ドルなのはおかしい。かつて宮沢だったか確か意図的に支払いを遅滞させて、事務総長を真っ青にさせたことがあるはずだ。


また小泉内閣当時は常任理事国入りを断念せざるを得なくなり、分担金を削減すべきとの世論が高まった。国連に「性奴隷」の表現撤回を求めることは当然である。


加えてリベラルのニューヨークタイムズなどに有無を言わせぬ一面意見広告を掲載するのだ。この問題は裏の根回しなどでは決着しない。腹を据えて正面切った撤回に取りかかるべきだ。


ただし自民党提言が前文で述べているように「女性の人権と尊厳を著しく傷つけた点に議論の余地はない」という、“いい子”になる姿勢も戦術として重要であり、その上に立って汚名をそそぐのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月29日

◆民主の“大衆動員”違憲論争が空振り

杉浦 正章



自民、極東安保環境の激変を浮き彫り


大向こううけを狙う民主党の安保法制での“違憲プレーアップ作戦”は、前日の参院本会議質問に続いて特別委員会でも行われた。質問に立った福山哲郎は、焦点を違憲の指摘に絞るという事前の党内幹部の打ち合わせ通りに質問を展開。田中内閣当時72年の政府見解について、当時の法制局長官・吉國一郎が「集団的自衛権の権利は行使はできない」と答弁した点を取り上げ、安保法制が合憲であるとの支えにはならないと強弁した。


しかし、この質問設定には、集団的自衛権にもフルサイズの行使と限定行使があることを見過しており政府側から指摘されて、空振りに終わった。


真の安保論争でなく世論うけを狙う違憲論争でデモ動員の得点を稼ぐという邪心丸見えの民主党の作戦は、福山が横畑を「虚偽答弁だ」「辞任せよ」と激昂すればするほど、政府の冷静なる反論の妥当性が浮かび上がった。


そもそも72年の見解がなぜ出来たかというと、ベトナム戦争の最中であり、首相・佐藤栄作とこれを継いだ田中角栄は、米国からベトナム戦への軍事協力を内々求められていた。田中は、これを憲法上出来ないとして断る手段に使ったのである。


安倍が答弁で「吉國長官は国際情勢から考えて出来ないと判断した」と答えたとおりである。72年見解は「わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されない」と集団的自衛権の行使を否定している。


以後政府の集団的自衛権の解釈は、世界各国の常識であるフルスペックの集団的自衛権の行使の否定となった。しかし安倍内閣は昨年7月1日の閣議で極めて限定された形の集団的自衛権の行使を可能とする閣議決定を行った。


もともと72年見解は「国際法上集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然」としており、これに準拠して憲法9条に抵触しない範囲での限定行使の法制化に踏み切ったのだ。


したがって福山質問は当時の見解と現在の政府見解の違いがフルスペックであるか限定容認であるかという決定的な核心部分を無視したものである。


しかし福山は横畑が「72年当時は集団的自衛権の限定的行使を考える人がいなかった」と説明しても頑迷に受け入れない。安倍が「国際環境の変化を考え、行使できる集団的自衛権の概念がある」と述べても、認めず、当初の幹部会の“作戦”どおりに執拗なまでに延々と神学論争にもならない主張を繰り返した。


狙いは何処にあるかと言えば、紛れもなく「大向こううけ」である。国会質問は新聞報道でも、テレビでも、たとえ質問者の質問内容が荒唐無稽(むけい)であっても、その発言はそのまま報道される。視聴者や読者は民主党の指摘が正しいかどうかは判断する能力を持ち合わせないまま、決めつけ発言に合点してしまう傾向がある。


これを利用しようというのが民主党のやり口だ。しかし、時がたつにつれて、理解が深まるのは、安保条約改定と同じだ。安保問題は分かるまでに時間がかかるのだ。国の安全保障に無知なる憲法学者の主張が「曲学阿世」なら、福山質問は「曲政阿世」に他ならない。


憲法違反論にここまでこだわるのは、安保論争を行えば党内は、元国家戦略相・前原誠司など右派が基本的に集団的自衛権の行使容認論であり、分裂を恐れれば憲法違反問題しか追及のより所がないからであろう。本来なら対案を出して論争を挑めば説得力も一段と増すが、対案作成能力はなく、党内左派はこれを許さない。


一方で自民党のひげの隊長・佐藤正久の質問は、独特の明るさで極東の安全保障環境の激変を浮き彫りにした。政府側の答弁も従来国名を名指しで「脅威」を指摘することに及び腰であったが、安保法制がなぜ必用かの論拠の具体的明示に方向転換した。


とりわけ佐藤と防衛相・中谷元との、おそらく事前調整済みのやりとりで、微に入り細をうがって中国と北朝鮮の軍事展開の現状を説明した。中谷は「中国は海洋での活動の質、量を急速に拡大しており、非常に危険だ」と言い切り、プラットホームの軍事転用の可能性が強いことを明らかにした。


また外相・岸田文男は北朝鮮情勢について「北の指導者はこれまでとは違う。自分の叔父を処刑している」とあえて金正恩の「異常性格」に言及、核ミサイル攻撃の可能性もちゅうちょなく発言した。


安倍は北からの防衛について「日米ともイージス艦を日本海に配備してデータリンクが可能だ。その一角が北に崩されると防衛に穴が開く。集団的自衛権の行使はわが国を守るためであり、40年前の政府解釈になかった条件に必然的に直面している」と述べ、環境激変に応じた抑止力の必要を強調した。


安保法制の根拠の明示に踏み切ったこうした政府の姿勢は、民主、共産両党などの卑劣なる「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル貼りに対抗するものであり、時間はかかるが必ず有効に作用するだろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月28日

◆民主党、代表質問で「対案」なし露呈

杉浦 正章



首相、修正に前向き姿勢


良識の府だけに参院での政策論争の深まりを期待したが、本会議の質問を見る限り、野党の追及は衆院の二番煎じの感が濃厚だった。とりわけ民主、共産両党は、正攻法では首相・安倍晋三の理論武装の壁を突破出来ずに、もっぱら、国会外のデモをにらんでレッテル貼りと“揚げ足取り”と敵失を突く作戦に終始した。


とりわけ民主党の北沢俊美が「国民の求めているのは対案でなく廃案」と発言したが、これほど民意を愚弄した言葉遊びはない。新聞の論調、テレビの論議や世論調査で国民世論の動向が民主党に「対案」を求めていることを無視した発言でもある。


これでは先が思いやられる。今日28日からの特別委員会の論議もレベルが衆院以下の二戦級、三選級にならないように期待したいが、来年の参院選を控えて無理か。


野党の追及姿勢の焦点は、いかにデモを扇動するかに“腐心”した様子がありありと出た。


北沢発言の「対案でなく廃案」はまるでデモのキャッチフレーズだ。産経の調査で民主支持層の73・3%が「対案を提出すべきだ」と回答、自民党支持層の61・5%、公明党支持層の59・1%も対案を出すべきだとしていることを無視している。他社の調査も同様な傾向だ。


一方朝日の調査で自民党が31%の高支持率を維持しているのに対して、民主党支持率が9%にとどまり、産経に到っては民主党支持率が減少していることが何を意味するかだ。これは衆院での民主党が大向こううけする政権追及に終始し、デモを扇動したものの、肝心の民意は期待通りに動いていないことを意味している。


つまり、民主党の敵失追及姿勢が空回りしていることの左証でもある。28日付朝日によると民主党の幹部の1人が「法案の『絶対反対層』は共産党に取られ、『容認層』は自民党に取られている」とぼやいているそうだが、同幹部は実に正直だ。民主党は“もがく”わりに、効果が出ていない。


共産党の市田忠義の質問でも「憲法違反の戦争法案は明確。軍事対軍事の悪循環が最も危険」とまるで55年前の安保改正時と同様にソ連や中国側に立ったような質問を繰り返した。反論するまでもないが筆者に言わせれば「軍事対抑止」の好循環を作り出すのが安保法制だ。


それにつけても市田の質問は声やトーンまで委員長・志位和夫とそっくりなのはどうしたことか。昔全体主義を書いた小説「マリオと魔術師」(トーマスマン)を読んだことを思い出した。


答弁では維新の小野次郎の質問に対して安倍が「衆院での修正協議は共通の理解を得られた。協議は継続される。良い結論を出すために、しっかり議論し可能な限り一致点を見出すようお互い努力すべきだ」と修正に前向きな姿勢を改めて打ち出したのが注目された。


最近公明党の支持母体・創価学会婦人部を中心に党の安保法制に対する姿勢への批判が高まっており、自民党の一部にはこれが公明党の離反を招いて、廃案になりかねないとの警戒感が生じている。首相発言について自民党筋は「安倍発言は公明党への“けん制”と見られなくもない」と漏らしている。


公明離反に維新の取り込みで対処しようとする思惑があるというのだが、筆者はそうとも思えない。代表質問の公明党・荒木清寛の質問には“とげ”があるようには見えなかった。学会大事の公明党のことだから用心は必用にしても、まずこの時点での「裏切り」はあり得ないだろう。


そこで今後の展開だが、公明離反による「廃案」を論外とすれば、与党過半数による強行採決か、時間切れで60日ルールによる成立への2択しかないだろう。


まさかの解散は支持率の流れから見て、小泉の郵政解散のように圧勝というわけには行くまい。安倍はここは我慢すると思う。今後、民主党の戦略は衆院と同様に、憲法違反論に加えて失言などで敵失を突く戦術しか見出せないと言ってもよい。


そのきっかけにしたいのが、首相補佐官・磯崎陽輔の「法的安定性は関係ない」発言だ。憲法解釈を軽々に変えないことが、「関係ない」と受け取られ、枝野は鬼の首でも取ったかのように「法の支配という観点から行政に携わる資格はない」と罷免を要求したが、どっちもどっち、目くそ鼻くその議論だ。


それでは「戦争法案」「徴兵制」のレッテル張りはいいのかと言いたい。新聞も枝野の声高な期待のようにまともに「罷免要求」などしていない。


こうした民主党の姿勢に対して、代表質問で自民党の山本順三が「野党各党は『戦争法案』『徴兵制につながる』などと情緒的議論に終始した。それこそが国民に法案の中身が伝わらない原因」と断定したが、見事であった。


党内対立で「対案」も出せない民主党は千載一遇の「追い風」に、帆を膨らませて快走する状況にはとてもない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)