2015年07月16日

◆極東の軍国主義に決定的な抑止力

杉浦 正章



安保法制9月成立が確定的に
 

70年続いた太平の世が日本に平和は天から降ってくるという「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の気風をもたらしており、為政者は国際情勢を見極めて時には国民に苦い薬を飲ませなければならないことがある。それが岸信介の日米安保条約改定であり、安倍信三の安保法制である。


捨てておけば鼓腹撃壌の民は野党のデマゴーグに踊らされ、衆愚に陥り、日本は軍国主義の近隣諸国の絶好の餌食になる。


集団的自衛権の導入が確定したことは、極東における軍事バランスに決定的とも言える変化をもたらす。日米同盟の質は格段に高まり、時が満ちれば尖閣諸島を自国に組み入れ太平洋の覇権を握ろうとする中国を思いとどまらせ、北朝鮮には対日核ミサイル戦略の見直しを迫まることになろう。


韓国は集団的自衛権の行使が可能となったことで、朴槿恵はあらためて「反日」路線が北に対峙(たいじ)するためには得策でないことを知る必要がある。
首相・安倍晋三は参院段階でも2か月にわたり丁寧なる説明をする方針であり、やがては国民の理解も深まるだろう。

◇採決は民主主義の王道

15日の安保法制特別委は民主党議員がプラカードを掲げて委員長席に殺到、まるで国会前のデモ隊が乱入したかのような様相を呈した。辻元清美は昔の長屋のおかみさんのような金切り声を上げ、みっともなかった。いずれも言論の府にはあるまじき振る舞いである。


しかし民主党に腹が据わっていれば、安倍内閣不信任案を上程するところであろうが、その度胸もない。党内は分裂状態に陥る恐れがあるし、解散されれば態勢が整っていない。


採決強行を民主党は民主主義の破壊と決めつけるが、自民党が公明党と共に戦後6番目の長時間審議の末に、法案採決に踏み切ったのは、最後は多数決で決めるという民主主義の王道を選んだものであり、国会運営に何ら瑕疵(かし)はない。民主党は3年の政権時代にくだらない法案で10数回の強行採決をしているではないか。自分のしてきたことを棚に上げてはならない。

◇対中包囲網に支柱

極東の安全保障環境を俯瞰(ふかん)すれば近隣諸国首脳は安保法制が極東の安全保障にとって、極めて強い抑止力として作用するものであることを理解しなければなるまい。集団的自衛権の行使を容認した日本の存在は、日米同盟が北大西洋条約機構(NATO)に匹敵する戦争抑止力となり得ることを物語るからだ。


GDP1位と3位の経済力の裏打ちがある上に、日本の海軍力は中国をしのぐとされている。加えて日本と豪州は準同盟国的な関係となっている。


対中警戒心の強いインドも、いざという場合には日米豪準同盟に、参画する可能性が高い。要するに安保法制は海洋覇権を目指す中国に対する包囲網にとって重要なる支柱の役割を果たすことになるのだ。


中国はその覇権戦略の見直しを迫られざるを得まい。軍部の独走もあって東・南シナ海で傍若無人の振る舞いをしてきた中国は、今後艦船や航空機に対するレーダー照射など日本を小馬鹿にした挑発行為は慎むだろう。


中国の新華社電は安保法制について「日本がいつでも必要に応じて自衛隊を海外に派遣し、米軍など他国の軍隊に軍事支援を提供することを認める内容だ」と伝えたが、この報道の中身は誤解があるにしても、報道自体は独走する。中国軍部には戦慄が走ったに違いない。これが安倍の目指す戦争抑止力なのだ。

◇北の核攻撃にどう対処する

一方、鼓腹撃壌の民に分かりやすく説明すれば、北の核戦略への影響である。北は金正恩が指導者になって以来、軍国主義の道をひた走りに走っており、2013年には驚くべき宣言をしている。同年4月10日朝鮮労働党の機関紙は、「東京、大阪、横浜、名古屋、京都には、全人口の3分の1ほどが暮らしている」と、5つの都市の名前を具体的に挙げたうえで、「これは、日本の戦争持続能力が一撃で消滅する可能性を示す。


日本が戦争の火をつければ、日本列島全体が戦場に変わる」と核ミサイル攻撃を宣言したのだ。これに先立ち横須賀、三沢、沖縄の米軍基地も核ミサイルで攻撃すると表明している。要するにかつてのソ連ですらしたことがない露骨な「核攻撃宣言」である。


鼓腹撃壌なるが故にノーテンキに東京でデモを行っている人達に、聞いてみたい。北の核ミサイルは良くて、防御の態勢作りは反対なのか。曲学阿世なる憲法学者やノーベル賞学者にも同じ質問をしたい。


こうした緊急事態に対処するには集団的自衛権の行使は不可欠なのだ。なぜなら北は日本を攻撃する前に米国のイージス艦を攻撃してその戦力を奪おうとすることは目に見えている。その際、日本が米艦を防御しなければ、米海軍は北の核ミサイル発射基地を粉砕出来ないのだ。


もちろん核ミサイルにはより精度の高い核ミサイルで反撃が行われるから、北は事実上消滅するだろう。そういう切迫した事態が起こらないと言えないのが刈り上げの指導者のいる北朝鮮なのだ。鼓腹撃壌の民や左翼メディアは目を覚ませと言いたい。

◇朝日の社説はおみおつけで顔を洗え

その鼓腹撃壌を扇動するのは朝日など左傾化メディアだ。16日の朝日の社説も鼓腹撃壌のトーンで貫かれている。見出しに「戦後の歩み覆す暴挙」とあるが、これは70年平和でいられたのは朝日が先頭に立って反対した日米安保条約改定が大きいことが全く分かっていない。


「中国の台頭はじめ、国際環境が変化していることは首相の言うとおりだ」と初めて安倍の主張を認めたのはいいが「憲法改正の手続きを踏むことが筋道」と結論づけている。切迫した国際情勢を知っていながら、10年かかりかねない憲法の改正を悠長にやれというのだ。これは大矛盾の最たるものだ。


集団的自衛権の限定行使は、日本がようやく普通の国に一歩近づいただけのことであり、やっと当たり前の国際常識のレベルに達したということだ。


国会の手続きは完璧であり、朝日の言う「法治国家の基盤が崩れる」事はあり得ない。最後は多数決で決めるのが民主主義国家であり、論説子はおみおつけで顔を洗って出直した方がいい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月15日

◆野党と朝日に安保法制で敗北感が濃厚

杉浦 正章



会期内成立は確定的に


緊迫した政治状況への判断は政治記者にとって“感性”が不可決だが、その感性を持って安保法制国会を見れば、野党と朝日などリベラル系マスコミに敗北感が濃厚だ。


理由の一つは民主党も左傾化マスコミもデモなど外部の運動に頼り始めた。もう一つは国会で物理的抵抗をしてでも、採決の遅滞を計るような意気込みが民主党にないことだ。同党には15日採決をする衆院特別委員会には欠席するが16日の本会議には出席する動きもあり、腰が定まらない。


審議引き延ばしを狙った維新も自民党に裏を読まれて、不発に終わった。ここに来て政府・与党は「疾(と)きこと風の如く」に、姿勢を転換。法案は16日か17日には衆院を通過する見通しであり、9月末までには成立することが確定的となった。

こうなったらデモを扇動するしかないとばかりに民主党幹事長・枝野幸男が動いた。14日の日比谷の集会に出席して「もはや安倍内閣に権力としての正当性はない。党派を超えて連帯し安倍政権の暴挙と戦っていく」と発言、成立阻止に向けての大衆行動をけしかけた。


しかし採決前夜だというのに、集まったのはたったの1万数千人。安保条約改定時と比較すれば、最も盛り上がった60年6月15日には全国で580万人がデモに参加、国会は11万人が取り囲んだ。かつての霞ヶ関の官僚トップは「安保の時は霞ヶ関の省庁の職員が窓から手を振って応援したが、今は無関心。手を振る者はいない」と述べる。


たしかに筆者は学生時代にも「アンポハンタイデモ」に参加したが、官僚や通行人から手を振って支援してもらって心強かった記憶が鮮明だ。


◇群羊を駆り立て虎狼に向かう

民主党代表・岡田克也は「議論すればするほど国民の関心は高まる」と言うが、実態は希望的観測に他ならない。民主党は中国戦国策の「群羊を駆り立て虎狼(猛虎)に向かう」という格言をそのまま実行しているにすぎない。


朝日新聞の論説副主幹・立野純二も語るに落ちた。報道ステーションで「一つの光明は、多くの若者、サラリーマンが街に出て思いを口に出している。民主主義の成熟が見られる」と述べた。まさにその「一つの光明」でしかない敗北感を正直に述べてしまったのだ。しかし光明が「群羊」ではいかんともし難い。


シュプレヒコールも「戦争反対」「9条守れ」だが、自民党幹部は「安倍総理も同じ。戦争はしないし反対だ。9条も守ってぎりぎりの範囲で法案を提出した」と述べる。民主党や共産党が流したレッテル張りに基づくシュプレヒコールが、首相官邸と同じではどうしようもない。


◇維新は馬糞の川流れ
 
一方国会では、まず維新があえなく挫折した。代表・松野頼久らの「陰謀」が自民党に見抜かれてしまったからだ。松野は独自の法案を提出する事により、国会審議引き延ばしに出たのがばれてしまったのだ。

「破たんはもともと分かっていた」と松野グループはうそぶいていると言うが、法案提出権を審議延長の手段に使うというのはまさに“邪道”であろう。存在感誇示は不発に終わった。維新は主柱を欠き馬糞の川流れでバラバラの状態だ。


民主党も、安倍の出した法案には反対を打ち出したものの、集団的自衛権そのものについては、党内事情で賛否を表明できず、腰の定まらない論議に終わった。同党が取り上げた「自衛隊のリスク」論は、安倍によって「国民のリスク」を逆提起され、反論できないままだった。


「歯止め」についても、政府・与党が示した3要件に説得力があり、これに加えて「国会の承認」があるわけだから、多数をとれば阻止できる。民主党は出来るなら阻止すれば良い。岡田の「武力行使するしないを政府に白紙委任することになる」という主張は、「徴兵制を導入する」と並んでレッテル張りの双璧だった。

◇石破は総裁候補落第

 こうして論戦でも国会運営でも野党の敗北感が漂っており、「群羊」頼みも事実上不発に終わった。民主党は15日の特別委の採決には維新などとともに欠席する。この欠席戦術はまさに審議放棄であり、本来なら最後まで論戦を張って反対論を述べるべきだ。


「女の腐った」という表現は女に文句言われるから、新造語で言えば「男の腐ったような対応」だ。さすがにばつが悪いと見えて民主党内には、本会議には出席して反対討論だけでもすべきであるとの「正論」も台頭しているが、まだ執行部が決めるかどうかは不明だ。


これにより奇しくも戦後70年と安保改定55年の節目に、戦争抑止に主眼を置いた安保法制が確定的に実現する流れとなった。


それにつけてもここに来て地方創生相・石破茂が「国民の理解が進んできたと言い切る自信がない」と発言、さっそく枝野に「評論家的に言って、いい子になろうとするのであれば、『石破さん、感じ悪いよね』というふうに言われるのではないか。政治家ならば法案を止めるべきだ」と揚げ足をとられた。初めて枝野の発言にしてはさえていると感じた。


党全体が血眼になっているときに「自信喪失」はあるまい。こんな発言をするようでは、 石破の総裁候補としての立場に疑問符がついた。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月14日

◆サイレント・マジョリティの存在

〜歴史が証明する〜

杉浦 正章




政府・与党は堂々と安保で中央突破せよ


安保法制をめぐる論議で筆者の脳裏から離れないのが果たして「サイレント・マジョリティ(声なき声)」が存在するかどうかだが、歴史に準拠して考えてみることにした。


国論を分断した過去の3大安保論争は明治維新、戦争直後の講和論争、1960年の安保改定論争であるが、いずれもサイレント・マジョリティが確かに存在し、ノイジー・マイノリティ(声高な少数派)が最終的に敗北している。


奇妙なことにサイレント・マジョリティは後からジワリと国民に浸透し広がるのだ。おそらく今回もサイレント・マジョリティは存在するに違いない。


これは日本人が単一農耕民族で、近隣との争いを好まず、争っても引っ越すわけにはいかず最後は和解せざるを得ないというDNAを持っていることに起因しているからに違いない。だから自分の意見は最後に勝負が決まるまで出さないか、勝負が決まりそうになって初めて出すのだ。


明治維新は一般に嘉永6(1853)年の黒船来航から始まって、慶応三(1867)年の王政復古の大号令、慶応四(1868)年にはじまる戊辰戦争を経て、明治政府の誕生までの動きを指す。この過程において安保政策が「尊王攘夷派」と「開国派」に分かれて内戦が続いたが、結局「尊王攘夷派」が勝って明治政府を作るに至った。


驚いたことにこの明治政府がとったのは命がけで否定してきた「開国欧化」政策であった。司馬遼太郎も指摘しているがこの明治維新のポイントは尊皇攘夷の旗印が、権力闘争のための手段であった側面を物語る。


単一民族である日本人は、個人、国政を問わず相手を打ち負かすための手段としての「争点」を常に必用としており、「開国派」は潜在的に多数であったに違いない。そうでなければ「開国」と同時に内乱が発生するはずであっただろう。奇妙なことにこのDNAは戦後の国論を割る二つの安保論争にも受け継がれ、「声高なる少数派」が衆院選挙で敗れている。

◇曲学阿世の徒は今も同じ
 
まず吉田茂が取り組んだ単独講和だが、面白いことに当時もくっきりと政府対野党に加えて政府対左翼学者の対立の構図が出来ていた。吉田が単独講和なのに対してソ連や中国の共産主義の影響を強く受けていた学者らが、共産圏も含めた全面講和を主張し、激論が続いた。


1950年3月に東大の卒業式で総長・南原繁が全面講和を説いた。これに対して吉田は胸がすくような切り返しを行って勝負を付けた。自由党の両院議員秘密総会で「永世中立とか全面講和などということは、 言うべくして到底おこなわれないことだ。それを南原総長などが政治家の領域に立ち入ってかれこれいうことは、 曲学阿世の徒にほかならない」と史記の格言を用いて断じたのだ。


幹事長・佐藤栄作も「象牙の党の南原氏が政治的な動きをするのは国にとって有害」と同調したのだ。まさに自衛隊は違憲としてきた憲法学者が、自衛隊のあまりの支持率の高さに怖じけづいて自説を曲げて反対を唱えなくなり、今度は朝日など左傾化世論に阿(おもね)て安保法制違憲論を唱えている姿が文字通りの「曲学阿世」そのものとして理解できる。


それにつけても昔の政治家は見事な切り口を見せるものだ。たったの一言に大きな影響を持たせる。


その後の52年の総選挙で自由党が240議席51.5%の過半数を確保して勝っている。サイレント・マジョリティは吉田に軍配を上げたことになる。それにつけても野党や「曲学阿世」の言うがまま全面講和などに動いたら、今の日本の繁栄はない。共産圏に組み込まれていたかも知れない。

◇岸のサイレント・マジョリティ発言が的中


 岸信介もサイレント・マジョリティに直接言及している。岸は60年安保の際「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもの通りである。私には“声なき声”が聞こえる」と、“サイレント・マジョリティ発言”をしている。


しかし最近の沖縄2紙の例と同じで「左傾化している」などと本当のことを言うと左翼マスコミに突っ込まれるのが日本社会の欠陥であり、岸は意図的な扇動に遭って安保闘争を激化させ、死人も出て総辞職となる。


しかし岸の発言はその後の総選挙で的中した。池田が半年後の11月に断行した総選挙で自民党は296議席を獲得、圧勝している。岸は「安保改定がきちんと理解されるには50年かかる」と述べているが、50年後のマジョリティは安保支持だ。


さらに加えて言えば左翼と一部マスコミが挙げて反対した2013年の秘密保護法成立も、サイレント・マジョリティが14年の総選挙で安倍自民党を圧勝させるという回答を出している。朝日は酒場で秘密の話をすると刑事につかまるという記事を書いたが、いまだに逮捕された者はいない。


米国の例ではニクソンがベトナム戦争反対の学生運動の盛り上がりに対して1969年11月3日の演説で「グレート・サイレント・マジョリティが存在する」と反論、やはりニューヨークタイムズやテレビなどリベラル派マスコミの袋叩きに遭ったが、72年の大統領選で50州中49州を制して圧勝。


筆者は当時特派員でニューヨークにいたが民主党えこひいきの朝日だけがノイジー・マイノリティに引っ張られて「マクガバン旋風」などと対立候補が勝ちそうな記事を書いて報道史に残る大恥をかいた。


こう見てくると安保法制におけるサイレント・マジョリティも必ず存在する。世論調査で8割が理解し難いと回答しているが、要するに難しいので分かりにくいのであって、不支持とは全く異なる現象だ。


民主党代表・岡田克也は国会周辺のデモの広がりを指摘するが、まさに「群羊を駆りて猛虎をせむる」如きであり、安保の反対デモとは全く様相が異なる。民主党は重箱の隅をつついて、問題をより難解にしている。


同党の質問者の多くが戦いに決まったやり方がないという「兵に常勢なし」、戦いは常に敵の裏をかく「兵は詭道なり」など中国古来からの戦略の基本を知らないで大局を忘れた質問を繰り返している。


したがって池田勇人のように少なくとも半年後までほとぼりを冷まして、それ以降選挙をすれば、サイレント・マジョリティが顕在化する可能性は大きい。

ただし、抜かりはないと思うが、悔しくても政府・与党首脳は「サイレント・マジョリティが存在する」などと発言してはいけない。


安倍のネットテレビにおけるわかりやすい説明で安心した国民も急増していると聞くが、衆院をたとえ単独採決で中央突破しても参院段階でサイレント・マジョリティ向けに説得し続ければ、必ず効果は出てくる。日本の安保論争の歴史が証明している。


朝日は14日大社説を掲げ「生煮えの安保法制、衆院採決は容認できない」と採決反対を打ち出したが、日本繁栄の歴史は全て朝日の主張とは逆の方向を選択すればよい事を証明している。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月10日

◆片っ端から安保法制反対論を諫める

杉浦 正章



反対するならもっと理論武装せよ
 

さすがに日本は民主主義国家だ。安保法制に関しても反対意見が堂々と展開され、隣国のように牢屋に入れられることもない。しかし、多くのマスコミの報道は反対意見に偏しており、公平さを欠くケースがほとんどだ。


とりわけ放送法で中立性を求められているにもかかわらず、テレビ朝日やTBSなど民法が反対派の巣窟(そうくつ)となっている。何百万もの視聴者に対して大きな影響をもたらしている大民放に対して、筆者のブログなどはまさに「蟷螂(とうろう)の斧」だ。はかない抵抗だが、厚顔無恥かつ無知蒙昧(もうまい)な論議には言うべきことを言わなければなるまい。



まず9日夜の報道ステーションである。何と元最高裁判事に反対論をしゃべらせた。政権側が、自衛の措置を「国家固有の権能の行使として当然のこと」とする最高裁の砂川判決を根拠にしていることへの反論だ。現在弁護士の濱田邦夫は「もちろん違憲です」とあっさりと安保法制を否定。


ところが付け加えて「去年の夏の安倍内閣の閣議決定は選挙の主題になっていない」と宣うた。これは最高裁判事としてけっしてやってはいけない重大な事実誤認である。安倍が過去3回の国政選挙で公約にかかげ、テレビ党論などでも決意を表明して実施に移したことを知らない。


まさに無知蒙昧(もうまい)なる「判決」であり、合憲を決めた最高裁15人の裁判官のうちただ一人判決に反対して個別意見を付けたようなものだ。最高裁判事としては「大恥」をかいたのと同様だ。


次に今売り出しの評論家・孫崎享だ。外務省国際情報局長まで経験しながらなぜかバリバリの反米論者で、安倍という名前を聞いただけで反対論を滔滔(とうとう)と述べるので有名。


孫崎は9日早朝の文化放送で「集団的自衛権を行使したら自衛隊の人達が必ず死ぬ。(安倍は)説明出来ないだろう」と述べた。これは自衛隊の本分を知らない。国家存亡の有事の時にリスクを冒すのが自衛隊であり、なぜリスクを冒すかと言えば、孫崎の家の真上で北朝鮮の原爆搭載ミサイルが爆発するからに他ならない。


宣誓して入隊した自衛隊員のリスクの方が大事で、自分や家族のリスクはどうでもいいのか。また「死ぬ」というが、法律に基づいて普段からの訓練をすることにより、法的な根拠がなくろくろく訓練できない現在より死ぬ確率は格段に低い。


孫崎は「なぜ急いでやらなければならないのか」というが、外務省高官まで経験しながら、緊迫した極東情勢を全く理解していない。外交官としては落第だったに違いない。このような「外交官」を“育成”してしまった外務省も外務省だ。


6日の沖縄での地方公聴会で名護市長・稲嶺進は「法案が成立すれば自衛隊と米軍が一体となって軍事行動を展開することになる。結果としてわが国が他国の紛争に巻き込まれるリスクが高まる」と発言した。老獪(かい)なのは、あたかも自衛隊が米国の戦争に全て参戦するというデマゴーグを構成していることだ。


これは安保条約があるから戦争に巻き込まれるとする安保改定以来の古色蒼然たる「巻き込まれ論」だ。しかし改訂後55年間戦争に巻き込まれることはなかった。


戦争に巻き込まれるかどうかは、首相として最も重要な決断だが、戦後の首相でその判断を間違った者はいない。「他国の紛争」のために何処の国の首相が自分の国の若者の命を危険にさらすだろうか。そんなことをするわけがないではないか。“老獪論理”もこれではすぐに破たんする。


同じ公聴会で前琉球新報社長の高嶺朝一は「私は尖閣問題が自衛隊の役割拡大のために利用されたと思っている」と発言した。いかにも地方の知識人がしゃべりそうなもっともらしいこじつけだし、マスコミ人としてあってはならないうがち過ぎの見方だ。


高嶺は尖閣の近くに住みながら、なにも分かっていない。スクランブルの音が聞こえないのか。10年間で7倍ものスクランブルだ。中国公船の侵入は常態化しており、自衛艦に対して「やーい弱虫。攻撃できないだろう」とばかりにレーダー照射するという挑発を行っている。


地方の知識人の悪い癖は思い込むと視野狭窄(きょうさく)に陥ることではないか。沖縄2紙の極端な左傾化は、このようなバランスを欠いたトップの存在が大きな原因となっているのではないかと推測できる。


野中広務はTBSの時事放談で安保法制について「3国会をまたいでやるべきだ」と述べたが、何で3国会なのか。95日間の大幅会期延長は優に3国会分の会期であり、審議日数としては十分すぎるほどだ。


古賀誠は「一度国会を閉じる必要がある」と主張したが、これも理由がわからない。閉じれば次の国会で成立してもいいのか。


藤井裕久も「集団的自衛権はアメリカの要請に応じて世界の果てまで行くことになる」と幼稚な分析をしたが、法文に「世界の果てまで行く」と書いてあるのか。それに安倍は湾岸戦争やイラク戦争には参加しないと明言している。もちろん9条の許容範囲外という解釈だ。


ノーバッジ3人組は、安保法制を読まずに、主に民主、共産両党の主張だけを頼りに、年寄り特有の耳学問で論理構成しているようにみえる。議員を辞めると言うことは、やはり本筋の情報から遠ざかる事を意味して、かつての切れ味もなく、秋風もまだ先なのに、ものの哀れすら感ずる。


それにつけてもテレビで堂々と語るなら、もう少しでいいから勉強して欲しい。法制を熟知している者が見ていることもお忘れなく。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月09日

◆官製相場がたたり中国バブルが大崩壊

杉浦 正章



共産党政権にかつてない試練


ついに来たるべき事態が来た。紛れもないバブルの崩壊である。中国当局はメディアに「崩壊」という言葉を禁止する通達を出したが、なりふり構わぬ悪あがきだ。


この経済危機はどこから来たかと言えば共産党政権による経済コントロール路線の失敗である。官製相場を作って株価を上げたかと思うと、今度は規制に出る。その姿勢は不遜であり、自由主義経済とはほど遠い。


共産党独裁政権の付けが回ったとしか思えない。日米はもともと胡散臭かったアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加しないで賢明であった。参加していればバブル対策での資金に使われかねないからだ。


今後中国は経済不安、社会不安が政治不安に発展しないとは言えず、これを抑えるために軍事不安を対外的に演出する恐れがある。わが国はもちろん周辺国は、警戒が必要である。


まさに大恐慌前夜のようである。上海や深圳のの市場では「沈没寸前のタイタニック」「ナイヤガラのように落ちる」「底なし沼のお先真っ暗」「パニック売り」といった言葉が飛び交う。今後は自殺者が続出する可能性も否定出来ず、失業率は高まり、海外での「爆買い」は縮小傾向をたどるだろう。


日本への影響は旅行者の「爆買い」と言ってもGDPの0.1%程度であり取るに足らない。依存度から見れば日本の中国依存度より、中国の日本依存度の方が格段に高く、影響は限定的にとどまるだろう。


かつて世界第2位のGDPであった日本のバブル崩壊が世界経済にはほとんど影響を与えなかったように、中国バブルの崩壊もそれほど大きなショックを世界経済にもたらさないだろう。中国の株式市場は海外投資家による取引が制限されていたため、連動はほとんどないのだ。


中国バブル崩壊は、日本のバブル崩壊と相似性が極めて強い。一番似ているのは個人投資家の狼狽売りで株価急落を招いていることだ。日本では天井知らずの上昇にOLまでが浮かれて株買いに走ったが、中国では大学生まで株買いがブームとなり、クラス全員が株をやっていた大学すらある。


また株価の変動率も酷似している。上がったり下がったりを繰り返しながら崩壊の奈落に落ち込んでゆくのだ。この個人投資家への投資を促したのが中国政府による演出の側面が大きい。


経緯を見れば2013年から不動産バブルが生じ、地価は1年で3割のペースで上昇した。しかし政府主導による過剰投資の不動産バブルは、ゴーストタウン続出が証明するようにいずれは弾ける運命にあった。その対策で国民への目くらましのように、打ち出したのが株価高騰策だ。


中国国家主席・習近平の「一帯一路」構想とこれに連動するAIIDの設立は、筆者が当初から指摘したようにその宣伝とは逆に狙いは国内経済対策にあったとしか思えない。それでも一帯一路は株価上昇には役だった。


政府は政策金利の引き下げなど金融緩和策を打ち出し、不動産バブルに流れていた資金が株に向くように誘導した。これが図に当たって投資家による投機的な株買いのブームが発生した。株価は1年前から急上昇、上海総合指数は6月5日には5000ポイントを超えた。まさに官製相場であるゆえんである。


何と中国国民で株式投資をしている人口は9000万人を越えるに至った。富裕層の大半が株に手を出していたことになる。これが銀座の爆買いの実態だ。


しかし過熱を恐れた当局は個人投資家への資金貸し出し規制に乗り出し、これがきっかけに株価は6月中旬から急落に転じ、時価総額39兆円がそれこそバブルの泡となって消えたのだ。いまや上場企業の半分1300社以上が株式売買停止の動きに出るという大恐慌を思わせる異常事態だ。個人投資家は信用買いの追い証を求められ、持ち株を売ってその資金を得るという「地獄の悪循環」に陥っているのだ。


このように全ては中国政府が自由主義経済諸国なら本来控える経済への過剰介入を、臆面もなく実行したツケがバブル崩壊となったのだ。この事態に直面して、中国政府は懸命の対応を打ち出している。


まず国有金融企業に対して株を売却しないように指示。人民銀行による証券会社に資金を貸している金融機関への約5兆円の融資を発表するなど、まさになりふり構わぬ市場介入だ。


しかしおそらくこれらの措置も焼け石に水の類いに終わる公算が強い。政府への信用度は極度に色あせた。GDPの7%達成は不可能となり、6%台、官製数字を考慮すれば実態で5%前後まで落ち込む可能性がある。まさに中国経済は五里霧中の中にある。
 

習近平の真の力量が問われる事態となったが、日本としてはお手並み拝見と決め込むしかあるまい。日本にしてみれば当面8月の安倍の歴史認識発言への反応や9月3日の抗日戦勝利70周年などでどうでるかが着目点だろう。


習は「ラストエンペラー」にならないためにも、当分経済対策に忙殺されるものとみられるが、国民の目を海外に向ける選択をする可能性も否定出来ない。


東・南シナ海での軍事行動を起こす可能性もありゆめゆめ油断は出来ない状況だ。安保法制の早期成立が極めて重要である。経済の破たんが軍事行動に直結する例があることは歴史が証明している。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月08日

◆「抜き打ち」のあと安倍が「解散」?

杉浦 正章



「解散幽霊」が真夏の永田町を徘徊(はいかい)


永田町の政治部OBの飲み会で大笑いとなった解散話。「抜き打ち解散の後はバカヤロウ解散がある」というのだ。その筋書きというのは安保法制の特別委員会で民主党幹事長・枝野幸男に詰め寄られた安倍が、つい普段から枝野に対して心から思っていることをつぶやいてしまったのだ。何と「バカヤロウ」とつぶやいたのだ。


これをマイクが拾って大騒ぎとなって、解散へと突入する。まるで吉田茂の「バカヤロウ解散」とそっくりのシナリオだ。


吉田の場合1953年2月28日の衆議院予算委員会で、社会党右派の西村栄一との質疑応答中、西村に対して「バカヤロー」と暴言を吐いたことがきっかけとなって、前年の「抜き打ち解散」からわずか165日で衆議院が解散となった。これは「バカヤロウ解散」と呼ばれる。


吉田は衆院予算委で席に着きつつ非常に小さな声で「ばかやろう」とつぶやいただけだが、それを偶然マイクが拾い、気づいた西村が聞き咎めたために大騒ぎとなった。筆者を含めたOBらは「辻元清美に『早くしろ』とヤジった安倍だから、絶対にやる」ということで一致、爆笑でお開きになった。
 

笑い話はともかくとして、与野党激突の“摩擦”は、必ず「解散風」につながるのが常だ。こんどはそれが民主党から流れ始めた。昨年9月に年末解散を予想し、まぐれ当たりに当たった枝野が、まことしやかに周辺に漏らしたのが9月解散だ。


その後民主党代表・岡田克也が3日の記者会見で「今の国会情勢をみると、早期の衆院解散も全くないとはいえない状況だ」と述べたかと思うと今度は菅直人だ。4日のブログで「政局にきな臭さが漂ってきた。安倍総理は前回の解散で、追い込まれる前に逆襲することに味をしめている。安保法案が行き詰まったら正面突破を図るために解散するのではないかという憶測が永田町に流れ始めた」と書いたのだ。


自分で憶測を流しておいて、「流れ始めた」もないものだが、さっそく2チャンネルで「 お前が言うなら恐らくハズレだ」と切り込まれている。


いずれも根拠レスの話ばかりだが、ここにきて解散説が流れる背景には政権サイドからの“脅し”も作用している。というのは政治のプロなら誰もが「怪しい」とみられる動きを2日夜に官邸がしたからだ。


この安保国会の真っ最中に安倍を中心に幹事長・谷垣禎一、選対委員長・ 茂木敏充らが2時間に渡って「参院選の」情勢分析を行ったのだ。安倍は国会便覧を片手に参院の情勢や候補者調整の進み具合などを茂木らに質問、分析を進めた。もちろん衆院の分析などは出なかったと言うが、参院選との関連で衆院のどこが弱いなどの話が出た可能性はある。


おそらく対野党のけん制の意味を込めた会合であろうが、意図的に「解散風」を流して自民党内を引き締め、政権基盤を強固にする“意図”があってもおかしくない。


筆者は昨年末の解散は「ない」と断言して、大間違いに間違ったから、今度は予想をするのが“怖い”のだ(*^O^*)。ちゅうちょするのだ(>_<)。とりわけ安倍の解散へのハードルが普通の首相より低いことが分かったから、下手な予想は出来ない。しかし、おそるおそる予想すればやはり8月解散や9月解散は「ない」だろう。


こういう政局の話は政治記者の場合、直感がまず働いて判断を決めるのであり、冴えた動物本能が一番大事だ。理屈は後から貨車で来る。


その貨車の中身を言えば、半年で解散はいかにも早すぎて恣意的だ。それに安保法制をテーマに選挙をするには、国民の間に理解が進んでいない。したがって与党に不利となる。


60年安保の例では半年後に池田勇人が解散して勝っているが、少なくとも半年はほとぼりを冷まし、国民が納得するのを待たざるを得まい。朝日など反安倍メディアは、安保改定の時と同様に安倍内閣の退陣と総選挙を要求する可能性があるが、それにまんまと引っ張られる安倍でもあるまい。


それよりも、政権担当者の胸中を推し量れば、「参院での過半数」だろう。参院で自民党は現在114議席を占めているが、過半数の122議席まであと8議席だ。場合によっては改憲勢力で3分の2の多数も夢ではない。これを確実なものにするのは衆参ダブル選挙しかあるまい。


もし安倍がダブル選挙で勝てば、5回の衆参選挙で勝利を占めた首相となり、過去にこのような例は皆無だ。


かつて自民党はダブルに勝った中曽根康弘の任期をご褒美として1年延長したが、安倍も2018年9月までの任期を2020年のオリンピック以降まで2年間延長する“権利”を有するだろう。そうすればオリンピックは安倍の手で行えることになる。


したがって長期政権の戦略としては、ダブル選挙が現在のところ本命であり、今流れている解散は「真夏の夜の幽霊」にすぎない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2015年07月07日

◆勝負あった平成の大安保論争

杉浦 正章



野党は本筋突けず“疝気筋”論議に拘泥
 

6日付の朝日歌壇に「アジビラのない大学の掲示板ベンチで天下国家が欠伸(あくび)す」とあった。


国会は安保法制をめぐって緊迫の度を強めているが、大学構内はこんなものだ。全学連が主軸となった60年安保では6月の騒動を経て岸信介は7月15日に総辞職しているが、いま“政局”はない。安保法制に与野党激突はあっても、国民を巻き込んだ一大運動に発展する要素はない。


それにつけても国会論議は聞けば聞くほど、野党の訴求力のなさが鮮明になった。論戦終盤では首相・安倍晋三が「韓信の股くぐり」を繰り返し、よく我慢が続いた。終いには共産党の赤嶺政賢の股まで低姿勢でくぐった。こればかりはよほどの信念がなければできないことだろう。


信念とは安保法制なしに国家国民の安寧は得られないという確固とした決意だ。もう股くぐりはいい。論点も出尽くした。その決意を果たすべき時がいよいよ到来した。来週は不退転で大勝負の時だ。

筆者はカワセミ撮影に熱中して熱中症になり、熱中症ごときで世紀の安保法制劇を見逃してたまるかと焦ったが、医者がくれたのは胃薬。2日で治った。初日がきつかったため1週間休筆を宣言したが、早く治ったことがばれたら、熱心な読者から「書け」と言われるから、病気のふりをしようと決め込んだ(^O^)。しかし遊び方を知らぬ貧乏性、結局政治情勢分析に明け暮れた。


国会は60年安保以来の安保論争を展開したが、肝心の集団的自衛権の是非で民主党の腰が定まらず、勢い憲法学者の反対論を頼った。もっぱら大向こううけを狙って自民党のマスコミ批判など疝気筋の論議ばかり追及した。


本筋の安保法制の是非は安倍の「精緻すぎる」答弁に追及の隙を見つけられず、ここに来て平成最大の安保論争で野党の敗色が決定的になった。


野党の敗因の第1は、民主党にある。民主党は「安倍政権の集団的自衛権の行使は容認しない」方針を決めたが、肝心の行使自体への賛否が出来ないまま論戦に臨んだ。党内右派は行使に賛成であり、詰めれば党が割れるからだ。


安保改定で社会党が打ち出した真っ向から反対、いわば捨て身の反対とはほど遠い対応しか出来なかった。勢い論議は「重箱の隅」をつつく形となった。終いには自他共に“許さない”「論客」後藤祐一が「何で他国の掃海艇で掃海できないのか」と安倍を追及するという、ノーテンキ丸出しの質問を繰り返す始末。


ホルムズ海峡は日本のタンカーの80%が通過しており、その海峡の封鎖解除を他国に頼める国際環境ではなくなったことくらい中学生でも知っている。総じて集団的自衛権の行使反対に踏み切れないから、その論拠にすごみがなく、55年前の「アンポハンタイ」の亜流でしかなかった。


その証拠に民主、共産、社民各党は「アメリカの戦争に巻き込まれる」論を安保闘争と同様に主張したが、このレッテル張りはこれまで戦争に巻き込まれなかった事で立証済みであり、日本の外交はそれほどヤワではない事の左証だ。


その証明が、72年政府見解で集団的自衛権の行使を容認しなかったことであろう。ベトナム戦争の最中であり、米国は日本の軍事力に目を向けたが、これを察知した佐藤政権は集団的自衛権の行使容認を憲法上認められないという“解釈”を作って、すり抜けた。当時の永田町の常識である。ひたすらベトナム戦に巻き込まれることを回避するためであった。


佐藤政権の「狡猾なる」対応でアメリカは日本巻き込みを断念せざるを得なかったのだ。当時の内閣法制局長官も内閣の方針通りに憲法を解釈するのが仕事であり、「出来ない」としたのは三百代言たるゆえんである。


したがって前元法制局長官の解釈を「鬼の首でも取ったように」民主党が主張しても無駄だ。三百代言だからしょっちゅう変わるのだ。   

こうして、最近ではもっぱら仏壇からはたきをかけて持ち出したような憲法学者の憲法違反論だけが頼りとなり、野党は学者大先生の憲法違反発言を金科玉条として追及したが、もはや限界露呈だ。国際環境の激変を知らず、時代遅れの「象牙の塔」で浮き世離れした日々を過ごす大先生とは暗愚大王の別称かと思いたくなる。


テレビで国連の基盤となる「集団安全保障」と集団的自衛権を混同して「国際法にも詳しい」と宣うた慶応の大先生がいたが、まあ大先生たちは床屋談義に毛の生えた程度の知識しかないのだろう。そもそも憲法の違憲判断は最高裁の専権事項であり、“床屋談義教授”などの出る幕ではない。


その大先生が「米艦艇への攻撃をわが国への攻撃の『着手』と受け取り、個別的自衛権で対処出来る」と仰せられたためか、こんどは民主党は、 朝鮮半島有事でアメリカ軍の艦船が公海上で攻撃された際の対応について「アメリカ軍の艦艇に対する防護が『個別的自衛権の行使で可能だ』と主張する方もいる」と安倍に噛みついた。


これに対して安倍は、「公海上でアメリカの艦艇に対する武力攻撃が発生したからといって、それだけで、わが国に対する武力攻撃の発生と認定できるわけではない。法理としては排除されないが、実際上は、わが国への武力攻撃の着手と認定するのは難しい。一般には集団的自衛権の行使と見なされる」と明快に反論。“浮き世離れ”からの入れ知恵も「法理としては排除されない」とやんわりいなされてはどうしようもない。


突然発生した「報道への威圧」論は、朝日、毎日、東京、沖縄2紙などウルトラ・リベラルメディアがここを先途(せんど)と書き立てた。


民主党は最後のチャンスとばかりに飛び乗って、安倍を責め立てたが、名前も聞いたことのない一陣笠代議士の発言を「鬼首ゲット」とばかりに責め立てても、しょせんは安保法制とは本質的に問題を異にする。


野中広務と古賀誠がテレビで、まるで自民党全体の「劣化」のごとき発言をしているが、一陣笠の発言で全体を律する「卑怯なる論理構成」であり、聞くに値しない。民主党はこだわればこだわるほど本筋で突けない弱点を露呈しているのだ。


論争で打つ手なしの窮地に陥った民主党はやってはいけない禁じ手に出た。安倍以下誰も主張していない徴兵制を取り上げ、「いつかは徴兵制」というパンフレットを作った。貧すれば鈍すると言うが、このパンフレットは責任政党放棄を自ら証明するデマゴーグ路線の採用に他ならない。


朝日もネタ切れと見えて終いには「小じゅうと」のように、首相の答弁の口癖にまでケチを付け始めた。5日は「私は総理大臣なんですから」と言う当たり前の発言が「独裁」と言わんばかりのレベルの低い特集記事だ。


こうして平成の大安保論争は、野党が突破口を見出せず、左翼メデイアも決め手がないまま、事実上の終焉を迎えようとしている。


それにつけても、安倍の論理武装と弁舌は歴代首相でも抜きん出て天才的であり、防衛相の下手で危うい答弁を「補佐」して余りあるものがあった。政治家に天才という言葉は田中角栄以外に使ったことがないが、まさに安倍答弁は天才的だった。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月26日

◆「賭場法案」で安倍の足を引っ張るな

杉浦 正章




安保法制への「悪乗り」も度が過ぎる
 

多数議席による“弛緩”とはこういいことか。自民党が安保法制のための会期大幅延長を活用して、日本に「賭場」を導入するカジノ法案の成立を図ろうとしている。


こともあろうに国の安全保障という崇高な目的のための国会延長を、刑法違反として取り締まってきたばくちを国として導入することに使おうというのだ。安保法制への「悪乗り」もいいところであり、首相・安倍晋三のイメージダウンに直結する。その“筋の悪さ”は並大抵ではない。


ただでさえギャンブル大国の日本に、やくざを確実にのさばらせる法案の推進は、公明党も反対しており政権の基盤にも影響する。


首相側近だか何だか知らないが、自民党総裁特別補佐・萩生田光一のはしゃぎようは並大抵ではない。「国会が延長になったので、時間が出てきた。この期間になんとしても成立させて日本にIRをきちんと立ち上げていく」のだそうだ。


IRなどという訳の分からん符丁を使っているが統合型リゾート(IR )を整備する法案のことであり、要するに「賭場」を公認するための法案だ。先に自民、維新などで国会に再提出している。親方日の丸で行け行けどんどんの姿勢だが、羽生田は重要なポイントを度外視している。


それは首相というポジションに求められる、人並み外れた高い倫理観である。首相たるもの「李下の冠瓜田のくつ」は戒めなければならない最たるものだが、これまでやくざや暴力団の資金源になってきた賭場の“開帳”が支持率に及ぼす影響を羽生田は考えたことがあるのか。


暴力団は排除すると言うが、賭場の元締めは一種の熟練職人であり、職員の形で必ず入ってくる事が予想される。ドスの利いた声で「どちらさんも、よござんすね」というあれに似たようなものである。


暴力団関係では専門家は「事業主体からは暴力団を排除するための制度が整備されるとのことであるが,事業主体として参入し得なくても,事業主体に対する出資や従業員の送り込み,事業主体からの委託先・下請への参入等は十分可能である」と分析している。いくら排除しても必ず潜り込むのである。


加えて政権戦略への打撃である。ただでさえ安保法制は安倍の支持率を下げる方向へと動く。それに便乗して側近たるものが、なお支持率を下げる法案で追い打ちをかけるのか。まるでたこが自分の足を食っていることに気付かない。朝日の世論調査でも「カジノ解禁法案」について、「賛成」は30%、「反対」は59%で倍だ。


賭博依存症など社会問題もある。カジノ法案反対論の3大論点は、依存症になる、暴力団の資金源となる、マネーロンダリングに活用されるである。


ギャンブル依存症は日本では突出している。依存症の疑いがある人が推計で536万人に上ることが厚生労働省研究班の調査でわかっている。成人全体で4.8%、男性に限ると8.7%を占め、世界的にみても突出している。


他国の調査では、成人全体でスイスが0.5%、米ルイジアナ州で1.5%、香港で1.8%だ。推進議連は観光に役立つと言うが、日本の観光は「歴史と伝統」と「美しい風景」「新鮮な食べ物」があれば十分だ。賭場など開かなくても観光客は増加の一途をたどっている。


公明党のカジノ法案に関する主張は筋が通っている。国会対策委員長・大口善徳は24日、自民党幹事長・谷垣禎一に、「今回の会期延長は重要法案を成立させるためのものだ」と述べ、安全保障関連法案の審議を優先させ、カジノ解禁に必要な法案の審議入りに反対する考えを伝えた。


谷垣もどちらかと言えば消極的である。今後の選挙にも確実にマイナスに作用する。そもそも安保法制のどさくさに紛れて、カジノ法案を成立させるという魂胆が悪い。それにつけてもカジノ法案を推進する自民党議員らの執念は異常なものがある。どこかから資金が入っているのかと疑いたくなる。


業界から金をもらって法案を作れば贈収賄そのものであり、検察当局は目を光らせるべきである。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月25日

◆過去二人しかない「無投票再選」

杉浦 正章



選挙圧勝が必用かつ十分条件


9月の自民党総裁選では総裁・安倍晋三の無投票再選となりそうである。


 自民党総裁選の歴史をひもとけば、総裁や副総裁の「裁定」による「無投票新総裁選出」や、現職総裁の前任者の任期満了による「無投票再選」は結構ある。しかし、首相本人の“実力”で無投票再選に持ち込んだ例は中曽根康弘と小泉純一郎しかない。いずれも選挙圧勝などが原動力となっている。


 その点安倍は衆院選、参院選、衆院選と国政選挙を3回圧勝に導いており、「無投票資格」保持者として群を抜いた形だ。
  
 
 自民党総裁選が無投票となるケースは、まず新総裁が総裁や副総裁の裁定で選ばれた場合で、1964年佐藤栄作、74年三木武夫、76年福田赳夫、80年鈴木善幸、87年竹下登、89年宇野宗佑、2000年森喜朗の例がある。


 再選が無投票で行われたケースは前任者の任期が満了したことに伴う例が多く、80年鈴木善幸が大平前総裁から引き継いだ残り任期満了、89年に海部俊樹が竹下・宇野の残任期間満了、93年に河野洋平が宮沢喜一の残任期間が満了で行われた。


 そして本人の“実力型” 無投票再選は、84年に中曽根が二階堂進擁立劇を振り切って無投票。86年にやはり中曽根が死んだふり解散のダブル選挙で300議席を獲得した「ご褒美」で1年延長。そして2001年に小泉純一郎が参院選圧勝で無投票再選を果たしている。
 

 要するに実力型無投票再選は、よほど向かうところ敵なしの状況が生じないと実現しないのである。安倍の場合は何と言っても国政選挙の3連勝が圧倒的な力として作用している。議員心理から見て見ればとかく反乱が起こりやすい参院は来年選挙を控えており、改選組は自分の選挙が大事だから、何としてでも安倍に選挙応援に来てもらいたい。


 衆院議員も場合によっては来年衆参ダブル選挙がある可能性があり、油断は出来ない。安倍はダブル選に言及していないが、やるともやらないとも言わないことが不気味なのだ。衆院議員は昨年末の度肝を抜く解散総選挙で、安倍の解散へのハードルが低いと見ており、下手に総裁選で逆らって、刺客でも立てられたらたまらない。
 

 加えて何と言ってもアベノミクスの成功が圧倒的に作用している。24日の株式市場も日経平均株価の終値は、2万868円3銭となり、終値として平成8年12月以来、およそ18年半ぶりの高値。今回はバブルではなく、紛れもなく実態経済が反映された株高である。


 4月の有効求人倍率は前月比0.02ポイント上昇の1.17倍と、1992年3月(1.19倍)以来23年1カ月ぶりの高い水準。雇用の先行指標となる新規求人倍率は0.05ポイント上昇の1.77倍。4月の完全失業率は3.3%と前月に比べ0.1ポイント低下。1997年4月以来、18年ぶりの低水準となっている。


 経済評論家の経済見通しがことごとく外れ、とりわけテレビで口汚くアベノミクスをののしっていた女性経済評論家・浜矩子は顔色なしであろう。
 

 景気が悪いと国会議員は選挙区から突き上げられ、これが大きく政局に反映してくるのが常だが、いまは景気から来る不満はかってなく低い状況であろう。


 問題は、安保法制の処理で支持率がどの程度下がるかだが、国会対策でよほどのへまをしない限り30%を割ることはまずあるまい。朝日などの聞き方に意図が感じられる調査では割ることがあっても読売、産経などでは割らないと見る。十分国民に説得を尽くしたうえでの採決なら、下がっても一過性であろう。


景気さえ維持されていれば年末にかけて40%から50%に戻る可能性が高い。そもそも30%というのは普通の政権の支持率であり、安倍の支持率の高さは韓国や中国、北朝鮮などの周辺国の「反日」が支えてくれているという逆説的な見方も成り立つ。
 

 こうして党内はこわもての総務会長・二階俊博が4月と23日の2回に渡って再選支持を表明するに至っている。ノーバッジにもかかわらず古賀誠がけしかけた1,2年生の反安倍と見られる会合も回を重ねるごとに人数が減少、湿った線香花火のように消えたり点いたりとなっている。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月24日

◆「女どき」の朴の軟化の背景を探る

杉浦 正章



安倍は談話で堂々と歴史観を述べよ
 

向田邦子の小説で「男(お)どき女(め)どき」があるが、本来は世阿弥の造語だ。能の競い合い「立ち会い」で自分に勢いがある時を「男どき」、相手に勢いがついてしまっていると思える時を「女どき」と呼んだ。これは日韓関係にもピタリと当てはまる。


現在は首相・安倍晋三が紛れもなく「男どき」、韓国大統領・朴槿恵が「女どき」にある。「女どき」の韓国は、あまりのツキの無さに悲鳴を上げたいような気分であるに違いない。大統領就任以来の「反日路線」をいかにメンツを保てるように転換させるかの1点に外交方針を絞り始めたように見える。


先週、韓国外相・尹炳世の来日が決まった前後から、日韓50年式典を契機にした双方に歩み寄りの機運が高まった。当初は予定になかった安倍と朴の式典出席で関係修復の流れを鮮明にさせ、世界遺産問題でも雪解けを演出するに至った。一見ばたばたと急進展したかに見えるが既にその兆候は韓国側に現れていた。


6月11日のワシントンポストとのインタビューで朴は突如従軍慰安婦問題をめぐる日本政府との交渉について、「相当な進展があり、現在、最終段階にある」と述べている。さらに22日に日韓50周年を迎えることを踏まえ、「我々は、大変意味のある日韓国交正常化50周年を期待できるだろう」と予言して、その通りとなった。


この対日姿勢大転換の背景には、韓国が抜き差しならぬほど「女どき」にはまってしまっていることが挙げられる。昨年はセオル号沈没事故で国家全体がくらい空気におおわれ、意気消沈した。そしてこの哀しみが癒えぬうちからMERSの拡大である。セオル号沈没でもMERSでも共通しているのは朴自身の当事者能力の欠如とも言える対応のまずさである。


とりわけMERSの拡大は支持率を直撃して急落し、1月につけた最低の29%を再び記録した。まだ落ちる可能性がある。


セオル号は経済への影響はそれほどなかったが、MERSは韓国経済を直撃している。韓国内ではMERSが8月まで続くとGDPの損失額は2兆2千億円に達しGDPを1.3%下げるという分析がある。反韓感情が大きく作用して日本人観光客はピークの352万人から14年は228万人に下がり、日本企業からの投資も半減している。


MERSはこれに拍車をかけるだろう。若者の失業率は高まり、自殺者も急増傾向にある。これは「女どき」という運に作用された部分も大きいが、大半は朴の外交上の大誤算に起因する。


大誤算とは外交戦略そのものが無理であったのだ。朴は反日が支持率につながると読んで、就任以来世界各国首脳と会う度に「慰安婦言いつけ外交」に専念した。これは就任早々の訪米の成功が大きく作用した。米国が歴史認識では日本を支持するという確信を持ってしまったからだ。


また対中接近の度合いも強め、歴史認識で中国と共同歩調をとることに専念した。この対米、対中外交は、今年に入ってから朴に誤算であったことに気付かせる。2月の国務省次官・ウェンディ・シャーマンの発言が潮目を変えたのだ。


シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言、朴を戒めたのだ。


米国にとって見れば厳しい対中対峙を迫られる中で70年前の歴史認識などよりも、現実の力の均衡のほうが大切であることはいうまでもない。おまけに官民挙げての韓国の工作にワシントンが音を上げるに至った。最近では「Korea fatigue(韓国疲れ)」が公然と言われるようになった。米国は“うんざり”なのである。


加えて、安倍の訪米の成功と、新日米ガイドラインの設定は、米極東戦略の要としての日本の存在をいやが上にも見せつけた。一方で朴が安倍との会談に逡巡しているうちに、安倍は中国国家主席・習近平と2回会談、反日に固まった韓国世論がようやく自分たちの置かれた立場に気付き始めた。一転して「孤立」を唱えるようになったのだ。


安倍は一貫して「対話のドアは常にオープン」と述べていたが、その根底には慰安婦に拘泥する朴は捨てておいても折れてくるという“読み”があったように見える。要するに熱い風呂に入っていてどっちが先に飛び出すかの問題であるのだ。


一連の韓国側の動きは、朴がしびれを切らしつつあることを物語っている。こうした中で駐日韓国大使・柳興洙は毎日新聞のインタビューで従軍慰安婦問題の解決が首脳会談実現の「前提ではない」と明言するに至っている。こうした動きを鳥瞰図で見れば、日韓関係は「待ち」に基本を置いてきた安倍のペースで進展しそうな気配である。


世阿弥は「ライバルの勢いが強くて押されているな、と思う時には、小さな勝負ではあまり力をいれず、そんなところでは負けても気にすることなく、大きな勝負に備えよ。」とも述べている。世界遺産など、ささいな問題は多少の譲歩しても大きな問題で勝てば良いのだ。


こうした中で安倍は戦後70年の首相談話を閣議決定せずに「首相の談話」として発表する意向のようである。ここは過去の首相談話の文言にとらわれず安倍独自の歴史観を明快に打ち出し、極東の平和重視の大網をかけた未来志向の談話であることが一義的に重要だろう。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月23日

◆「安倍ちゃんの緑陰政談」がよい

杉浦 正章



国民の安保理解度を上げる方策


国会が大幅に延長され、安保法制をめぐる審議は佳境に入るが、このまま一定期間を置いて採決へと突撃したのではおそらく国民の理解度は不十分であり、政権にボディーブローとして利いてくる。これに対応するには国会論議を重ねるだけでは足りない。既存メディアに頼らない首相・安倍晋三自身による、国民の理解を広げるための直接的な語りかけが必用だ。


ここはフランクリン・ルーズベルトが1933年に開始した「炉辺談話」を踏襲する必要がある。当時普及したばかりのラジオを使って直接肉声で語りかけた大統領からの“伝達革命”は、ルーズベルトの暖かい音声と語り口により爆発的な人気を呼び、折からの世界恐慌克服への道を開いた。


現在の伝達方法は言うまでもなくFacebookかYouTubeであろう。これにより安保法制が国民の「80%」に理解されていない現状(読売世論調査)を打開する努力を誠実かつ信念を持って行うのだ。朝日の調査でも首相の説明が「丁寧ではない」が69%であり、それなら丁寧に説明すれば良いのだ。


安保法制が国民に理解されない最大の原因は単純だ。「難しい」からに他ならない。


NHKの日曜討論で視聴者からの声を紹介したが、22歳の女性は「安保環境の変化の根拠が分からない。攻め込まれているわけではないのに」と素朴な質問をしている。この程度の理解レベルの国民をを対象に、安倍自身が平易な言葉で懇切丁寧に説明するのだ。もちろん何も知らない憲法学者にも分かるように説得しなければならない。


驚いたことに慶応名誉教授の小林節は首相補佐官・礒崎陽輔とのテレビ対談で「国際法は理解している」と述べながら、国連の「集団安全保障」と集団的自衛権を混同、磯崎に「関係ない」と指摘されて「あそうなの」と言っている。


続く発言も「軍事貢献しない大国があってもいい。世界は戦争しすぎで日本は超然としていていい。平和の国があることを認識させれば良い。戦争にかかわらない。それが専守防衛だ」と宣うた。学生が喜びそうな一国平和主義の最たるものだ。


こういう俗塵を寄せ付けぬ「象牙の塔の大先生」や、「三百代言」として歴代内閣の言うがままに憲法を解釈してきた元内閣法制局長官にも分かりやすく説明して、優しく導き、国民全体の理解を高めるのが政治の基本なのである。


現在は日々の新聞を読むだけで、ひしひしと安保環境の変化が分かる国民と、分からない国民に分かれていく傾向が強まっている。分かる国民はいいが、分からない「80%」をどうするかだ。


誰でも知っているようにオバマはルーズベルトの炉辺談話方式を選挙戦に取り入れ、インターネットで直接米国民に語りかけ、圧勝に導いた。大統領就任後も炉辺談話を継続した。


翻って安倍政権の「広報」をみれば、もっぱら安倍が記者会見で説明したり、国会答弁をニュースで聞くことに主力が置かれており、これに頼っている。しかし記者会見のやりとりに国民がついて行けるかと言えば、国民のレベルで質問をしないから、まず素人には分からない。


ましてや国会の質疑は、野党の思惑が絡む上に、重箱の隅をつついて政府から「失言」を取り出したり、挑発質問を重ねて、安倍を怒らすなどの戦術を使うから、これに視聴者は目を奪われて、本論が脇に行ってしまう傾向が強い。


とりわけ記者会見の報道は、首相の「本意」と逆のコメントを付けて報道するマスコミが新聞テレビの半分以上は存在する。これはマスコミの習性であって、サソリが刺さないと思う方がおかしいのだ。


佐藤栄作が最後の記者会見で、記者を会見場から追い出してテレビに向かって独演をしたのは7年8か月の在任期間、積もり積もったマスコミへの不満の爆発であり、同情できる。


岸信介は安保条約批准をめぐって内閣記者会から会見拒否された。このためNHKを使って国民に思いを伝達しようとしたが、NHKは応じず野党との座談会にとどまった。


そこで安倍が行うべきは「攻め込まれてもいないのに」という若い女性や国民の素朴な批判に、FacebookかYouTubeを介して語りかけるのだ。この種の素朴な疑問を至急かき集めて、懇切丁寧に説明するのだ。


といってもその内容は素人が作ったようなものではいけない。電通など専門家と相談して、一般国民が理解しやすい演出の伴った完璧なものでなければならない。


かつて記者会見でチャートを使ったが、分かりやすい画像や映像を使った説明もいいだろう。言葉も平易でなければならない。佐藤は不人気で「栄ちゃんと呼ばれたい」とぼやいたが、幸い安倍は「安倍ちゃん」と呼ばれている。だから「安倍ちゃんの炉辺談話」でいくのだ。暑ければ「安倍ちゃんの緑陰政談」でもよい。


時には対談相手を選んでもいいし、オバマのやったように市民数人を前にした討論形式でも良い。FacebookやYouTubeはテレビ番組のように一過性ではない。電車の中でOLやサラリーマンが好きな時間に見ることも可能だ。


時間は長くとらず、20分くらいで数回続ければ見やすい。時期は7月の衆院採決前までに行うことが好ましいだろう。


このネットの炉辺談話は事前に記者発表して、日時を国民に知らせることを徹底する必要があることは言うまでもない。テレビのスポット広告も「安保が分かる安倍ちゃんの緑陰政談」と、どんどん活用するのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月19日

◆辞めない橋下が、安保法制修正のカギ

杉浦 正章



存在感増し、党内対立深まる
 

筆者は大阪都構想の敗北で「市長任期満了で政界を引退する」と言明した大阪市長・橋下徹について、「政治家を辞めるのやめたになる可能性も否定出来ない」と予言したが、その通りになりつつある。首相・安倍晋三との会談後、政界完全復帰の様相だ。


一方で、大誤算したのは代表・松野頼久であろう。重しが取れて野に放たれたかのように独断専行、野党再編を目指して民主党に大接近、「年末には100人の新党」と豪語していた。


ところが14日に首相・安倍晋三が橋下との会談で撃ち込んだ大くさびが利きすぎるほど利いて、安保法制修正の流れが生じ、民主党との関係を分断された。


橋下が「辞めるのやめた」の第一段は、ツイッターによる民主離れ宣言である。「民主党とは一線を画すべきだ」など、まるで機銃掃射のように、民主接近阻止に出たのだ。松野ははしごを外され、「私としては非常に悩んでいる」と漏らすに至った。民主党は孤立化し始めて、ひたすら維新の分裂を祈るしかなくなった。


松野は意気消沈して未熟さを露呈、いまのところ、なすすべを知らない状況であろう。


次ぎに橋下が狙うのは、おそらく政府・与党との安保法制修正であろう。修正して安保法制を成立させれば、野党として存在価値を示せるし、歴史的に評価されうる立場となる。このポジションはおそらく将来的に目指すであろう中央政界への進出に極めて大きな地歩を築くことになるからだ。


そのとっかかりとなるのが、20日に大阪で行われる維新内部の修正をめぐる調整だ。今のところ橋下は維新が固めた修正案について「維新の案では国民の理解は全く得られない」「こんな修正案は集団的自衛権の行使でも何でもない。政府案に少し難癖を付けた程度」と、極めて大まかな批判をしている。


あえて各論に入ることを避けているが、これは法案を知らないのではなく、ゼロベースから修正案を作り直そうとしているのだろう。しかし、維新現行案でも一部は合意可能な案も入っている。


例えば維新の修正の核となるホルムズ海峡での機雷除去について、「経済危機だけで自衛隊を送ることが出来ないようにする」については、これは安倍が「国民生活に死活的な影響が生じるか否かを総合的に判断する」として、単なる経済的な影響では派遣しないと述べたこととも符合しうる。


おそらく橋下は、官房長官・菅義偉らとの水面下での接触を通じて、修正可能な部分を生かしつつ、独自の修正案を打ち出すつもりなのであろう。菅は「考え方が示されれば真摯に対応する」と発言。公明党代表・山口那津男も「真摯な提案なら対応したい」と前向きだ。


しかし政府側との調整は簡単ではないうえに、党内の松野ら民主党系や結いの党系議員らの巻き返しも予想され、まとまるかどうかは五分五分だろう。ただ安倍にとってはまとまろうがまとまるまいが、維新が修正案を出すこと自体が政治的に極めて重要なのである。


安倍は18日の衆院予算委で「維新が独自の法案を検討することに敬意を表したい。我々の法案と並んで審議されるとすれば、国民の皆さんに選択肢を見て頂きながら、審議が深まってゆく」と述べている。


これは、修正または法案に維新の主張を添付する形で妥協できればよし、妥協できなくて維新が独自に法案を提出しても、集団的自衛権の行使容認を賛同する政党が加わった事を意味する。つまり、反対は憲法学者の論理を請け売りにする民主党ほか少数政党だけとなるからだ。


加えて維新案が出されるということは、一挙にまとまれば成立は早まり、延長幅にも影響する。まとまらなくても採決に際して、まず維新案を否決して政府案を採決する方式など、正常な形で行うことが可能で、強行採決の印象を回避できる。その前に維新が修正案をめぐって分裂するようなケースでは、橋下傘下の政党と結託することも可能である。


油断は出来ないがどっちに転んでも、安倍にとっては有利になりそうな局面である。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月18日

◆岡田は“空想的風評”作りに専念

杉浦 正章
 


国民を惑わす討論手法は邪道だ
 

党首討論はまるで「私の質問に答えていない」の言い合いになったが、首相・安倍晋三は可能な限り答えており、答えなかったのは岡田克也自身だ。


安倍から衆院厚生労働委員会で、民主党議員が委員長・渡辺博道の入室を阻み負傷させた重大な暴力事件を岡田が「やむを得ない」と是認した問題を指摘されて、全く答えていない。これは民主党が言論の府における暴力行為を頻発させたかつての社会党への“先祖返り”を物語るものであり、今後安保法制の採決に当たっても暴力行為を繰り返すことを宣言したに等しい。


わが国議会主義がまるで暴力集団のテロリストに乗っ取られたような事態であり、由々しき問題だ。
 

それにしても岡田の質問は、悪意のある意図が透けて見えて、“邪道”の印象を受けた。その最たるものは徴兵制論議だ。岡田は「安倍首相が歴代内閣の認めてこなかった集団的自衛権の行使を行うことを内閣の判断で閣議決定した。


同じように将来の総理が徴兵制は憲法に合致するとして閣議決定するリスクがある」と決めつけた。これは一部の若者に存在する懸念を、いくら野党でも政治家なら「ない」と否定するのが常識だが、政治屋・岡田はフルに活用することを物語る。「将来あるリスク」と決めつけ、「空想的風評作り」の質問を繰り返した。


いたずらに国民を不安に陥れる卑しい政治手法だ。安倍は「憲法が禁じる苦役に当たる」と明確に否定したが、岡田の狙いは国民の間に“不安と猜疑心”を植え付けることにあり、それには一部成功した。


岡田はホルムズ海峡における機雷除去についてもさらに「首相は安保環境が根本的に変容したと言うが、ホルムズ海峡における機雷掃海でどのような変容があったか」と突いた。安倍は「集団的自衛権の行使の典型例としてホルムズ海峡を挙げているわけではなく、海外に派兵する例外として述べている。


『外国の領土、領海、領空での武力行使は何が可能性としてあるか』ということだったから、一般に海外派兵は禁じられているという原則を述べた後、ホルムズ海峡で機雷が敷設され排除する場合は、受動的限定的であるから、武力行使の新3要件に当てはまることもありうると申し上げている」と明快に答えた。


これに対しても岡田は「質問に答えていない。どのように変容があったかを聞いている」と反応したが、戦略的に見れば変容の有無は関係ない。過去に機雷が敷設され、日本が掃海に従事した重大な事実があれば十分だ。一度あることは二度あると対応するのが、責任ある為政者の常識だ。


岡田の場合「質問に答えていない」と述べて、安倍が逃げているような印象を作り出す意図が見え見えであり、これまた討論の邪道を行くものだ。


岡田は「重要影響事態に何が加わったら、存立危機事態になるのか。朝鮮半島有事の例では、どういう時に存立危機事態を認定するのか」と追及したが、安倍は「朝鮮半島で有事が起こる中で米艦が対応に当たり、重要影響事態にあたれば後方支援を行う。某国が『東京を火の海にする』と発言をエスカレートさせ、日本に対するミサイル攻撃をするかもしれないという状況が発生し、その中で、ミサイル防衛に関わる米艦が初動攻撃された場合に守ることは、武力行使の新3要件に当たる可能性がある」と明快に答えた。


岡田はなおも納得せず、具体例を挙げよと迫ったが安倍は「ケースごとに述べていくことは、日本がどういうことを考え、どういうことでなければ武力行使をしないという政策的中身をさらすことになる。国際的にも、そんなことをいちいちすべて述べている海外のリーダーはほとんどいない」と反論して答えなかった。


一朝有事の際は北朝鮮や中国が、日本の弱点を狙うことは安倍の言うとおりであり、現に安保法制のやりとりは詳細に分析され本国に送られていることは確実だ。集団的自衛権でも日本のような「限定的容認」では、国際的には弱い脇腹をさらすことになりかねない。


岡田は「質問に答えていない。憲法違反だ」を繰り返したが、安倍の指摘する「そんなリーダーは世界にいない」に付け加えれば、「そんなことをしつこく聞く党首も世界にいない」のだ。


要するに安倍がホルムズ海峡や朝鮮有事の際に集団的自衛権を行使しなくていいのかという主張の背景には、吉田茂が作った「安保ただ乗り論」の構図がとっくに成り立たない時代であるという認識がある。依然としてただ乗りしていれば、平和は天から降ってくるという、民主党や一部憲法学者の時代遅れの思想は、130億ドル払って世界中から馬鹿にされた湾岸戦争の教訓を25年間を経てもまだ理解していない証拠である。


憲法の有権解釈は安倍にあり、最終的には最高裁が判断する。学者の解釈は有権解釈ではない。


マスコミうけを狙って憲法学者の浮き世離れした論理を後生大事に党首討論に臨んだ岡田は、河島英五の「時代遅れ」の歌でも歌っていたらどうか。安倍の「憲法解釈の変更の正当性、合法性は完全に確信を持っている」の発言には岡田の虚構性はない。


維新の松野頼久が「修正協議には応じるつもりはない」と発言したのは、党内の修正論を無視した独断専行に当たる。党の分裂傾向を強めるだけだろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)