杉浦 正章
“G7版3本の矢”で下方リスク排除
サミットをテコに消費増税を延期するという首相・安倍晋三の基本戦略は着々と進展しているように見える。26日からの主要7か国(G7)首脳会議も骨太に俯瞰すれば財政出動を含めたあらゆる手段を動員して景気の下方リスクを防ぎ、景気回復へと世界経済を牽引する方向に固まりつつある。
議長国である日本がこの潮流に逆行し、一国だけ消費増税を推進することは不可能になりつつある。これは安倍が過去に公約した、消費増税断行の発言を、撤回しうる大きな舞台回しであり、参院選挙に向けての地歩を固めることにもなる。
安倍の増税延期完全否定とみられる発言を観察すれば常に条件がついている事が分かる。その最たるものが「経済が失速しては元も子もなくなる」であり、直近では「適時適切に判断」である。また安倍の“ボディーランゲージ”を観察すれば、一貫して増税延期へと動いているかのようである。景気回復を目指す国際的な財政出動の推進は、まさに暗黙の延期宣言である。
さらに著名な経済学者から意見を聞く「国際金融分析会合」をなぜ開いたかといえば、消費増税の賛否の意見を聞くことにより、従来増税実施が100%常識であった水準を、賛否両論の中から二者択一の選択ができる水準へと移行させる狙いがある。
会合で、一番興味深かったのは超一流の学者にはオフレコが利かないことが分かった点だ。安倍が財政出動に難色を示すドイツに関してプリンストン大学教授のポール・クルーグマンに「絶対オフレコだが、どうドイツを説得すべきか」とただしたにもかかわらず、同教授はすぐツイッターで「安倍首相から聞かれた」と暴露してしまったのである。しかしクルーグマンは「彼ら(ドイツ)は全く別の宇宙に住んでいるので、緊縮財政をやめるのは難しい」と答えている。
別の宇宙というのは一国だけ財政黒字を享受していることを皮肉ったものだが、たしかに19日始まったG7財務相会議でも独財務相・ヴォルフガング・ショイブレが宇宙人のように「財政主導する必要は無い。ドイツとしては他の国に指示をするつもりもないが、その逆も望んでいない」と開き直っている。
イギリスの首相・キャメロンも安倍に対して「構造改革の方が良い」と述べており、安倍の狙い通りにG7が一致して財政出動を推進することはもはや不可能となったと言える。しかしサミットの常として見解が一致しない場合は、宣言でも主張を並列して文章の強弱で会議の大勢を表現する方向がとられるケースが多い。
重要なのはサミットは中国経済の減速と、原油安を背景にした資源国の景気悪化などにより世界経済に下方リスクがあるという認識では完全に一致する事である。これに基づいて各国がそれぞれ世界経済を成長軌道に乗せるための施策を打ち出す方針を確認すれば、立派なG7の宣言になるのだろう。
安倍は衆院予算委で欧米各国歴訪の感触として「財政政策が効果を及ぼすという考え方においては日本も米国もカナダもイタリア、フランスもEUも共有している」と述べており、G7の大勢は財政出動是認論なのである。
したがって最近安倍が目指していると言われるのは、財政出動だけではなく、金融政策と構造改革を含めて「サミット版3本の矢」を推進する構想だ。これを基にサミットが再び世界経済の牽引効果を発揮することは十分可能だ。
一方、対中関係で興味深いのは欧州連合(EU)の議会が中国を世界貿易機関(WTO)協定上の「市場経済国」と認定することに反対の決議を賛成多数で可決したことだ。WTOは生産活動や為替などを統制してきた国を「非市場経済国」と位置づけ、そこと貿易する国がダンピング(不当廉売)を認定しやすくしたり課税率を厳しく算定したりすることを認めている。
背景には、中国製の鉄鋼製品が世界中にあふれる過剰供給問題がある。中国は2001年に15年間は非市場経済国と扱われることを受け入れたが今年12月に失効する。これを再度「非市場経済国」に位置づけるべきなのだ。オバマも喜びそうな構想だ。たしかに中国の無秩序な通商政策は世界経済の波乱要因であり、サミットでも東・南シナ海の問題と共に協議の対象とすべき問題であろう。
さらに日本での開催でもあり、北方領土問題も討議の対象とすると共に、議長声明などでも言及する必要がある。既に1990年のヒューストン・サミット、1991年 ロンドン・サミット、1992年ミュンヘン・サミットで議長声明として取り上げている。安倍はプーチンとの関係もあろうが、世界世論に常に訴え、占拠を既成事実化しないためにも、クギを刺しておく必要がある。
サミットは成功しないサミットはないと言われている。参加国首脳が「協調」で常に一致しているからだ。安倍は議長国として重要な役割を果たすことになるが、一方で国内政治を見れば、「成功」すなわち「消費増税延期」となりうるのだ。延期を参院選後に延ばすなどと言う噴飯物の見方があるが、これは選挙敗北を宣言するようなものであり、馬鹿馬鹿しくて話にならない。
<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)