2015年07月07日

◆勝負あった平成の大安保論争

杉浦 正章



野党は本筋突けず“疝気筋”論議に拘泥
 

6日付の朝日歌壇に「アジビラのない大学の掲示板ベンチで天下国家が欠伸(あくび)す」とあった。


国会は安保法制をめぐって緊迫の度を強めているが、大学構内はこんなものだ。全学連が主軸となった60年安保では6月の騒動を経て岸信介は7月15日に総辞職しているが、いま“政局”はない。安保法制に与野党激突はあっても、国民を巻き込んだ一大運動に発展する要素はない。


それにつけても国会論議は聞けば聞くほど、野党の訴求力のなさが鮮明になった。論戦終盤では首相・安倍晋三が「韓信の股くぐり」を繰り返し、よく我慢が続いた。終いには共産党の赤嶺政賢の股まで低姿勢でくぐった。こればかりはよほどの信念がなければできないことだろう。


信念とは安保法制なしに国家国民の安寧は得られないという確固とした決意だ。もう股くぐりはいい。論点も出尽くした。その決意を果たすべき時がいよいよ到来した。来週は不退転で大勝負の時だ。

筆者はカワセミ撮影に熱中して熱中症になり、熱中症ごときで世紀の安保法制劇を見逃してたまるかと焦ったが、医者がくれたのは胃薬。2日で治った。初日がきつかったため1週間休筆を宣言したが、早く治ったことがばれたら、熱心な読者から「書け」と言われるから、病気のふりをしようと決め込んだ(^O^)。しかし遊び方を知らぬ貧乏性、結局政治情勢分析に明け暮れた。


国会は60年安保以来の安保論争を展開したが、肝心の集団的自衛権の是非で民主党の腰が定まらず、勢い憲法学者の反対論を頼った。もっぱら大向こううけを狙って自民党のマスコミ批判など疝気筋の論議ばかり追及した。


本筋の安保法制の是非は安倍の「精緻すぎる」答弁に追及の隙を見つけられず、ここに来て平成最大の安保論争で野党の敗色が決定的になった。


野党の敗因の第1は、民主党にある。民主党は「安倍政権の集団的自衛権の行使は容認しない」方針を決めたが、肝心の行使自体への賛否が出来ないまま論戦に臨んだ。党内右派は行使に賛成であり、詰めれば党が割れるからだ。


安保改定で社会党が打ち出した真っ向から反対、いわば捨て身の反対とはほど遠い対応しか出来なかった。勢い論議は「重箱の隅」をつつく形となった。終いには自他共に“許さない”「論客」後藤祐一が「何で他国の掃海艇で掃海できないのか」と安倍を追及するという、ノーテンキ丸出しの質問を繰り返す始末。


ホルムズ海峡は日本のタンカーの80%が通過しており、その海峡の封鎖解除を他国に頼める国際環境ではなくなったことくらい中学生でも知っている。総じて集団的自衛権の行使反対に踏み切れないから、その論拠にすごみがなく、55年前の「アンポハンタイ」の亜流でしかなかった。


その証拠に民主、共産、社民各党は「アメリカの戦争に巻き込まれる」論を安保闘争と同様に主張したが、このレッテル張りはこれまで戦争に巻き込まれなかった事で立証済みであり、日本の外交はそれほどヤワではない事の左証だ。


その証明が、72年政府見解で集団的自衛権の行使を容認しなかったことであろう。ベトナム戦争の最中であり、米国は日本の軍事力に目を向けたが、これを察知した佐藤政権は集団的自衛権の行使容認を憲法上認められないという“解釈”を作って、すり抜けた。当時の永田町の常識である。ひたすらベトナム戦に巻き込まれることを回避するためであった。


佐藤政権の「狡猾なる」対応でアメリカは日本巻き込みを断念せざるを得なかったのだ。当時の内閣法制局長官も内閣の方針通りに憲法を解釈するのが仕事であり、「出来ない」としたのは三百代言たるゆえんである。


したがって前元法制局長官の解釈を「鬼の首でも取ったように」民主党が主張しても無駄だ。三百代言だからしょっちゅう変わるのだ。   

こうして、最近ではもっぱら仏壇からはたきをかけて持ち出したような憲法学者の憲法違反論だけが頼りとなり、野党は学者大先生の憲法違反発言を金科玉条として追及したが、もはや限界露呈だ。国際環境の激変を知らず、時代遅れの「象牙の塔」で浮き世離れした日々を過ごす大先生とは暗愚大王の別称かと思いたくなる。


テレビで国連の基盤となる「集団安全保障」と集団的自衛権を混同して「国際法にも詳しい」と宣うた慶応の大先生がいたが、まあ大先生たちは床屋談義に毛の生えた程度の知識しかないのだろう。そもそも憲法の違憲判断は最高裁の専権事項であり、“床屋談義教授”などの出る幕ではない。


その大先生が「米艦艇への攻撃をわが国への攻撃の『着手』と受け取り、個別的自衛権で対処出来る」と仰せられたためか、こんどは民主党は、 朝鮮半島有事でアメリカ軍の艦船が公海上で攻撃された際の対応について「アメリカ軍の艦艇に対する防護が『個別的自衛権の行使で可能だ』と主張する方もいる」と安倍に噛みついた。


これに対して安倍は、「公海上でアメリカの艦艇に対する武力攻撃が発生したからといって、それだけで、わが国に対する武力攻撃の発生と認定できるわけではない。法理としては排除されないが、実際上は、わが国への武力攻撃の着手と認定するのは難しい。一般には集団的自衛権の行使と見なされる」と明快に反論。“浮き世離れ”からの入れ知恵も「法理としては排除されない」とやんわりいなされてはどうしようもない。


突然発生した「報道への威圧」論は、朝日、毎日、東京、沖縄2紙などウルトラ・リベラルメディアがここを先途(せんど)と書き立てた。


民主党は最後のチャンスとばかりに飛び乗って、安倍を責め立てたが、名前も聞いたことのない一陣笠代議士の発言を「鬼首ゲット」とばかりに責め立てても、しょせんは安保法制とは本質的に問題を異にする。


野中広務と古賀誠がテレビで、まるで自民党全体の「劣化」のごとき発言をしているが、一陣笠の発言で全体を律する「卑怯なる論理構成」であり、聞くに値しない。民主党はこだわればこだわるほど本筋で突けない弱点を露呈しているのだ。


論争で打つ手なしの窮地に陥った民主党はやってはいけない禁じ手に出た。安倍以下誰も主張していない徴兵制を取り上げ、「いつかは徴兵制」というパンフレットを作った。貧すれば鈍すると言うが、このパンフレットは責任政党放棄を自ら証明するデマゴーグ路線の採用に他ならない。


朝日もネタ切れと見えて終いには「小じゅうと」のように、首相の答弁の口癖にまでケチを付け始めた。5日は「私は総理大臣なんですから」と言う当たり前の発言が「独裁」と言わんばかりのレベルの低い特集記事だ。


こうして平成の大安保論争は、野党が突破口を見出せず、左翼メデイアも決め手がないまま、事実上の終焉を迎えようとしている。


それにつけても、安倍の論理武装と弁舌は歴代首相でも抜きん出て天才的であり、防衛相の下手で危うい答弁を「補佐」して余りあるものがあった。政治家に天才という言葉は田中角栄以外に使ったことがないが、まさに安倍答弁は天才的だった。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月26日

◆「賭場法案」で安倍の足を引っ張るな

杉浦 正章




安保法制への「悪乗り」も度が過ぎる
 

多数議席による“弛緩”とはこういいことか。自民党が安保法制のための会期大幅延長を活用して、日本に「賭場」を導入するカジノ法案の成立を図ろうとしている。


こともあろうに国の安全保障という崇高な目的のための国会延長を、刑法違反として取り締まってきたばくちを国として導入することに使おうというのだ。安保法制への「悪乗り」もいいところであり、首相・安倍晋三のイメージダウンに直結する。その“筋の悪さ”は並大抵ではない。


ただでさえギャンブル大国の日本に、やくざを確実にのさばらせる法案の推進は、公明党も反対しており政権の基盤にも影響する。


首相側近だか何だか知らないが、自民党総裁特別補佐・萩生田光一のはしゃぎようは並大抵ではない。「国会が延長になったので、時間が出てきた。この期間になんとしても成立させて日本にIRをきちんと立ち上げていく」のだそうだ。


IRなどという訳の分からん符丁を使っているが統合型リゾート(IR )を整備する法案のことであり、要するに「賭場」を公認するための法案だ。先に自民、維新などで国会に再提出している。親方日の丸で行け行けどんどんの姿勢だが、羽生田は重要なポイントを度外視している。


それは首相というポジションに求められる、人並み外れた高い倫理観である。首相たるもの「李下の冠瓜田のくつ」は戒めなければならない最たるものだが、これまでやくざや暴力団の資金源になってきた賭場の“開帳”が支持率に及ぼす影響を羽生田は考えたことがあるのか。


暴力団は排除すると言うが、賭場の元締めは一種の熟練職人であり、職員の形で必ず入ってくる事が予想される。ドスの利いた声で「どちらさんも、よござんすね」というあれに似たようなものである。


暴力団関係では専門家は「事業主体からは暴力団を排除するための制度が整備されるとのことであるが,事業主体として参入し得なくても,事業主体に対する出資や従業員の送り込み,事業主体からの委託先・下請への参入等は十分可能である」と分析している。いくら排除しても必ず潜り込むのである。


加えて政権戦略への打撃である。ただでさえ安保法制は安倍の支持率を下げる方向へと動く。それに便乗して側近たるものが、なお支持率を下げる法案で追い打ちをかけるのか。まるでたこが自分の足を食っていることに気付かない。朝日の世論調査でも「カジノ解禁法案」について、「賛成」は30%、「反対」は59%で倍だ。


賭博依存症など社会問題もある。カジノ法案反対論の3大論点は、依存症になる、暴力団の資金源となる、マネーロンダリングに活用されるである。


ギャンブル依存症は日本では突出している。依存症の疑いがある人が推計で536万人に上ることが厚生労働省研究班の調査でわかっている。成人全体で4.8%、男性に限ると8.7%を占め、世界的にみても突出している。


他国の調査では、成人全体でスイスが0.5%、米ルイジアナ州で1.5%、香港で1.8%だ。推進議連は観光に役立つと言うが、日本の観光は「歴史と伝統」と「美しい風景」「新鮮な食べ物」があれば十分だ。賭場など開かなくても観光客は増加の一途をたどっている。


公明党のカジノ法案に関する主張は筋が通っている。国会対策委員長・大口善徳は24日、自民党幹事長・谷垣禎一に、「今回の会期延長は重要法案を成立させるためのものだ」と述べ、安全保障関連法案の審議を優先させ、カジノ解禁に必要な法案の審議入りに反対する考えを伝えた。


谷垣もどちらかと言えば消極的である。今後の選挙にも確実にマイナスに作用する。そもそも安保法制のどさくさに紛れて、カジノ法案を成立させるという魂胆が悪い。それにつけてもカジノ法案を推進する自民党議員らの執念は異常なものがある。どこかから資金が入っているのかと疑いたくなる。


業界から金をもらって法案を作れば贈収賄そのものであり、検察当局は目を光らせるべきである。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月25日

◆過去二人しかない「無投票再選」

杉浦 正章



選挙圧勝が必用かつ十分条件


9月の自民党総裁選では総裁・安倍晋三の無投票再選となりそうである。


 自民党総裁選の歴史をひもとけば、総裁や副総裁の「裁定」による「無投票新総裁選出」や、現職総裁の前任者の任期満了による「無投票再選」は結構ある。しかし、首相本人の“実力”で無投票再選に持ち込んだ例は中曽根康弘と小泉純一郎しかない。いずれも選挙圧勝などが原動力となっている。


 その点安倍は衆院選、参院選、衆院選と国政選挙を3回圧勝に導いており、「無投票資格」保持者として群を抜いた形だ。
  
 
 自民党総裁選が無投票となるケースは、まず新総裁が総裁や副総裁の裁定で選ばれた場合で、1964年佐藤栄作、74年三木武夫、76年福田赳夫、80年鈴木善幸、87年竹下登、89年宇野宗佑、2000年森喜朗の例がある。


 再選が無投票で行われたケースは前任者の任期が満了したことに伴う例が多く、80年鈴木善幸が大平前総裁から引き継いだ残り任期満了、89年に海部俊樹が竹下・宇野の残任期間満了、93年に河野洋平が宮沢喜一の残任期間が満了で行われた。


 そして本人の“実力型” 無投票再選は、84年に中曽根が二階堂進擁立劇を振り切って無投票。86年にやはり中曽根が死んだふり解散のダブル選挙で300議席を獲得した「ご褒美」で1年延長。そして2001年に小泉純一郎が参院選圧勝で無投票再選を果たしている。
 

 要するに実力型無投票再選は、よほど向かうところ敵なしの状況が生じないと実現しないのである。安倍の場合は何と言っても国政選挙の3連勝が圧倒的な力として作用している。議員心理から見て見ればとかく反乱が起こりやすい参院は来年選挙を控えており、改選組は自分の選挙が大事だから、何としてでも安倍に選挙応援に来てもらいたい。


 衆院議員も場合によっては来年衆参ダブル選挙がある可能性があり、油断は出来ない。安倍はダブル選に言及していないが、やるともやらないとも言わないことが不気味なのだ。衆院議員は昨年末の度肝を抜く解散総選挙で、安倍の解散へのハードルが低いと見ており、下手に総裁選で逆らって、刺客でも立てられたらたまらない。
 

 加えて何と言ってもアベノミクスの成功が圧倒的に作用している。24日の株式市場も日経平均株価の終値は、2万868円3銭となり、終値として平成8年12月以来、およそ18年半ぶりの高値。今回はバブルではなく、紛れもなく実態経済が反映された株高である。


 4月の有効求人倍率は前月比0.02ポイント上昇の1.17倍と、1992年3月(1.19倍)以来23年1カ月ぶりの高い水準。雇用の先行指標となる新規求人倍率は0.05ポイント上昇の1.77倍。4月の完全失業率は3.3%と前月に比べ0.1ポイント低下。1997年4月以来、18年ぶりの低水準となっている。


 経済評論家の経済見通しがことごとく外れ、とりわけテレビで口汚くアベノミクスをののしっていた女性経済評論家・浜矩子は顔色なしであろう。
 

 景気が悪いと国会議員は選挙区から突き上げられ、これが大きく政局に反映してくるのが常だが、いまは景気から来る不満はかってなく低い状況であろう。


 問題は、安保法制の処理で支持率がどの程度下がるかだが、国会対策でよほどのへまをしない限り30%を割ることはまずあるまい。朝日などの聞き方に意図が感じられる調査では割ることがあっても読売、産経などでは割らないと見る。十分国民に説得を尽くしたうえでの採決なら、下がっても一過性であろう。


景気さえ維持されていれば年末にかけて40%から50%に戻る可能性が高い。そもそも30%というのは普通の政権の支持率であり、安倍の支持率の高さは韓国や中国、北朝鮮などの周辺国の「反日」が支えてくれているという逆説的な見方も成り立つ。
 

 こうして党内はこわもての総務会長・二階俊博が4月と23日の2回に渡って再選支持を表明するに至っている。ノーバッジにもかかわらず古賀誠がけしかけた1,2年生の反安倍と見られる会合も回を重ねるごとに人数が減少、湿った線香花火のように消えたり点いたりとなっている。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月24日

◆「女どき」の朴の軟化の背景を探る

杉浦 正章



安倍は談話で堂々と歴史観を述べよ
 

向田邦子の小説で「男(お)どき女(め)どき」があるが、本来は世阿弥の造語だ。能の競い合い「立ち会い」で自分に勢いがある時を「男どき」、相手に勢いがついてしまっていると思える時を「女どき」と呼んだ。これは日韓関係にもピタリと当てはまる。


現在は首相・安倍晋三が紛れもなく「男どき」、韓国大統領・朴槿恵が「女どき」にある。「女どき」の韓国は、あまりのツキの無さに悲鳴を上げたいような気分であるに違いない。大統領就任以来の「反日路線」をいかにメンツを保てるように転換させるかの1点に外交方針を絞り始めたように見える。


先週、韓国外相・尹炳世の来日が決まった前後から、日韓50年式典を契機にした双方に歩み寄りの機運が高まった。当初は予定になかった安倍と朴の式典出席で関係修復の流れを鮮明にさせ、世界遺産問題でも雪解けを演出するに至った。一見ばたばたと急進展したかに見えるが既にその兆候は韓国側に現れていた。


6月11日のワシントンポストとのインタビューで朴は突如従軍慰安婦問題をめぐる日本政府との交渉について、「相当な進展があり、現在、最終段階にある」と述べている。さらに22日に日韓50周年を迎えることを踏まえ、「我々は、大変意味のある日韓国交正常化50周年を期待できるだろう」と予言して、その通りとなった。


この対日姿勢大転換の背景には、韓国が抜き差しならぬほど「女どき」にはまってしまっていることが挙げられる。昨年はセオル号沈没事故で国家全体がくらい空気におおわれ、意気消沈した。そしてこの哀しみが癒えぬうちからMERSの拡大である。セオル号沈没でもMERSでも共通しているのは朴自身の当事者能力の欠如とも言える対応のまずさである。


とりわけMERSの拡大は支持率を直撃して急落し、1月につけた最低の29%を再び記録した。まだ落ちる可能性がある。


セオル号は経済への影響はそれほどなかったが、MERSは韓国経済を直撃している。韓国内ではMERSが8月まで続くとGDPの損失額は2兆2千億円に達しGDPを1.3%下げるという分析がある。反韓感情が大きく作用して日本人観光客はピークの352万人から14年は228万人に下がり、日本企業からの投資も半減している。


MERSはこれに拍車をかけるだろう。若者の失業率は高まり、自殺者も急増傾向にある。これは「女どき」という運に作用された部分も大きいが、大半は朴の外交上の大誤算に起因する。


大誤算とは外交戦略そのものが無理であったのだ。朴は反日が支持率につながると読んで、就任以来世界各国首脳と会う度に「慰安婦言いつけ外交」に専念した。これは就任早々の訪米の成功が大きく作用した。米国が歴史認識では日本を支持するという確信を持ってしまったからだ。


また対中接近の度合いも強め、歴史認識で中国と共同歩調をとることに専念した。この対米、対中外交は、今年に入ってから朴に誤算であったことに気付かせる。2月の国務省次官・ウェンディ・シャーマンの発言が潮目を変えたのだ。


シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言、朴を戒めたのだ。


米国にとって見れば厳しい対中対峙を迫られる中で70年前の歴史認識などよりも、現実の力の均衡のほうが大切であることはいうまでもない。おまけに官民挙げての韓国の工作にワシントンが音を上げるに至った。最近では「Korea fatigue(韓国疲れ)」が公然と言われるようになった。米国は“うんざり”なのである。


加えて、安倍の訪米の成功と、新日米ガイドラインの設定は、米極東戦略の要としての日本の存在をいやが上にも見せつけた。一方で朴が安倍との会談に逡巡しているうちに、安倍は中国国家主席・習近平と2回会談、反日に固まった韓国世論がようやく自分たちの置かれた立場に気付き始めた。一転して「孤立」を唱えるようになったのだ。


安倍は一貫して「対話のドアは常にオープン」と述べていたが、その根底には慰安婦に拘泥する朴は捨てておいても折れてくるという“読み”があったように見える。要するに熱い風呂に入っていてどっちが先に飛び出すかの問題であるのだ。


一連の韓国側の動きは、朴がしびれを切らしつつあることを物語っている。こうした中で駐日韓国大使・柳興洙は毎日新聞のインタビューで従軍慰安婦問題の解決が首脳会談実現の「前提ではない」と明言するに至っている。こうした動きを鳥瞰図で見れば、日韓関係は「待ち」に基本を置いてきた安倍のペースで進展しそうな気配である。


世阿弥は「ライバルの勢いが強くて押されているな、と思う時には、小さな勝負ではあまり力をいれず、そんなところでは負けても気にすることなく、大きな勝負に備えよ。」とも述べている。世界遺産など、ささいな問題は多少の譲歩しても大きな問題で勝てば良いのだ。


こうした中で安倍は戦後70年の首相談話を閣議決定せずに「首相の談話」として発表する意向のようである。ここは過去の首相談話の文言にとらわれず安倍独自の歴史観を明快に打ち出し、極東の平和重視の大網をかけた未来志向の談話であることが一義的に重要だろう。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月23日

◆「安倍ちゃんの緑陰政談」がよい

杉浦 正章



国民の安保理解度を上げる方策


国会が大幅に延長され、安保法制をめぐる審議は佳境に入るが、このまま一定期間を置いて採決へと突撃したのではおそらく国民の理解度は不十分であり、政権にボディーブローとして利いてくる。これに対応するには国会論議を重ねるだけでは足りない。既存メディアに頼らない首相・安倍晋三自身による、国民の理解を広げるための直接的な語りかけが必用だ。


ここはフランクリン・ルーズベルトが1933年に開始した「炉辺談話」を踏襲する必要がある。当時普及したばかりのラジオを使って直接肉声で語りかけた大統領からの“伝達革命”は、ルーズベルトの暖かい音声と語り口により爆発的な人気を呼び、折からの世界恐慌克服への道を開いた。


現在の伝達方法は言うまでもなくFacebookかYouTubeであろう。これにより安保法制が国民の「80%」に理解されていない現状(読売世論調査)を打開する努力を誠実かつ信念を持って行うのだ。朝日の調査でも首相の説明が「丁寧ではない」が69%であり、それなら丁寧に説明すれば良いのだ。


安保法制が国民に理解されない最大の原因は単純だ。「難しい」からに他ならない。


NHKの日曜討論で視聴者からの声を紹介したが、22歳の女性は「安保環境の変化の根拠が分からない。攻め込まれているわけではないのに」と素朴な質問をしている。この程度の理解レベルの国民をを対象に、安倍自身が平易な言葉で懇切丁寧に説明するのだ。もちろん何も知らない憲法学者にも分かるように説得しなければならない。


驚いたことに慶応名誉教授の小林節は首相補佐官・礒崎陽輔とのテレビ対談で「国際法は理解している」と述べながら、国連の「集団安全保障」と集団的自衛権を混同、磯崎に「関係ない」と指摘されて「あそうなの」と言っている。


続く発言も「軍事貢献しない大国があってもいい。世界は戦争しすぎで日本は超然としていていい。平和の国があることを認識させれば良い。戦争にかかわらない。それが専守防衛だ」と宣うた。学生が喜びそうな一国平和主義の最たるものだ。


こういう俗塵を寄せ付けぬ「象牙の塔の大先生」や、「三百代言」として歴代内閣の言うがままに憲法を解釈してきた元内閣法制局長官にも分かりやすく説明して、優しく導き、国民全体の理解を高めるのが政治の基本なのである。


現在は日々の新聞を読むだけで、ひしひしと安保環境の変化が分かる国民と、分からない国民に分かれていく傾向が強まっている。分かる国民はいいが、分からない「80%」をどうするかだ。


誰でも知っているようにオバマはルーズベルトの炉辺談話方式を選挙戦に取り入れ、インターネットで直接米国民に語りかけ、圧勝に導いた。大統領就任後も炉辺談話を継続した。


翻って安倍政権の「広報」をみれば、もっぱら安倍が記者会見で説明したり、国会答弁をニュースで聞くことに主力が置かれており、これに頼っている。しかし記者会見のやりとりに国民がついて行けるかと言えば、国民のレベルで質問をしないから、まず素人には分からない。


ましてや国会の質疑は、野党の思惑が絡む上に、重箱の隅をつついて政府から「失言」を取り出したり、挑発質問を重ねて、安倍を怒らすなどの戦術を使うから、これに視聴者は目を奪われて、本論が脇に行ってしまう傾向が強い。


とりわけ記者会見の報道は、首相の「本意」と逆のコメントを付けて報道するマスコミが新聞テレビの半分以上は存在する。これはマスコミの習性であって、サソリが刺さないと思う方がおかしいのだ。


佐藤栄作が最後の記者会見で、記者を会見場から追い出してテレビに向かって独演をしたのは7年8か月の在任期間、積もり積もったマスコミへの不満の爆発であり、同情できる。


岸信介は安保条約批准をめぐって内閣記者会から会見拒否された。このためNHKを使って国民に思いを伝達しようとしたが、NHKは応じず野党との座談会にとどまった。


そこで安倍が行うべきは「攻め込まれてもいないのに」という若い女性や国民の素朴な批判に、FacebookかYouTubeを介して語りかけるのだ。この種の素朴な疑問を至急かき集めて、懇切丁寧に説明するのだ。


といってもその内容は素人が作ったようなものではいけない。電通など専門家と相談して、一般国民が理解しやすい演出の伴った完璧なものでなければならない。


かつて記者会見でチャートを使ったが、分かりやすい画像や映像を使った説明もいいだろう。言葉も平易でなければならない。佐藤は不人気で「栄ちゃんと呼ばれたい」とぼやいたが、幸い安倍は「安倍ちゃん」と呼ばれている。だから「安倍ちゃんの炉辺談話」でいくのだ。暑ければ「安倍ちゃんの緑陰政談」でもよい。


時には対談相手を選んでもいいし、オバマのやったように市民数人を前にした討論形式でも良い。FacebookやYouTubeはテレビ番組のように一過性ではない。電車の中でOLやサラリーマンが好きな時間に見ることも可能だ。


時間は長くとらず、20分くらいで数回続ければ見やすい。時期は7月の衆院採決前までに行うことが好ましいだろう。


このネットの炉辺談話は事前に記者発表して、日時を国民に知らせることを徹底する必要があることは言うまでもない。テレビのスポット広告も「安保が分かる安倍ちゃんの緑陰政談」と、どんどん活用するのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月19日

◆辞めない橋下が、安保法制修正のカギ

杉浦 正章



存在感増し、党内対立深まる
 

筆者は大阪都構想の敗北で「市長任期満了で政界を引退する」と言明した大阪市長・橋下徹について、「政治家を辞めるのやめたになる可能性も否定出来ない」と予言したが、その通りになりつつある。首相・安倍晋三との会談後、政界完全復帰の様相だ。


一方で、大誤算したのは代表・松野頼久であろう。重しが取れて野に放たれたかのように独断専行、野党再編を目指して民主党に大接近、「年末には100人の新党」と豪語していた。


ところが14日に首相・安倍晋三が橋下との会談で撃ち込んだ大くさびが利きすぎるほど利いて、安保法制修正の流れが生じ、民主党との関係を分断された。


橋下が「辞めるのやめた」の第一段は、ツイッターによる民主離れ宣言である。「民主党とは一線を画すべきだ」など、まるで機銃掃射のように、民主接近阻止に出たのだ。松野ははしごを外され、「私としては非常に悩んでいる」と漏らすに至った。民主党は孤立化し始めて、ひたすら維新の分裂を祈るしかなくなった。


松野は意気消沈して未熟さを露呈、いまのところ、なすすべを知らない状況であろう。


次ぎに橋下が狙うのは、おそらく政府・与党との安保法制修正であろう。修正して安保法制を成立させれば、野党として存在価値を示せるし、歴史的に評価されうる立場となる。このポジションはおそらく将来的に目指すであろう中央政界への進出に極めて大きな地歩を築くことになるからだ。


そのとっかかりとなるのが、20日に大阪で行われる維新内部の修正をめぐる調整だ。今のところ橋下は維新が固めた修正案について「維新の案では国民の理解は全く得られない」「こんな修正案は集団的自衛権の行使でも何でもない。政府案に少し難癖を付けた程度」と、極めて大まかな批判をしている。


あえて各論に入ることを避けているが、これは法案を知らないのではなく、ゼロベースから修正案を作り直そうとしているのだろう。しかし、維新現行案でも一部は合意可能な案も入っている。


例えば維新の修正の核となるホルムズ海峡での機雷除去について、「経済危機だけで自衛隊を送ることが出来ないようにする」については、これは安倍が「国民生活に死活的な影響が生じるか否かを総合的に判断する」として、単なる経済的な影響では派遣しないと述べたこととも符合しうる。


おそらく橋下は、官房長官・菅義偉らとの水面下での接触を通じて、修正可能な部分を生かしつつ、独自の修正案を打ち出すつもりなのであろう。菅は「考え方が示されれば真摯に対応する」と発言。公明党代表・山口那津男も「真摯な提案なら対応したい」と前向きだ。


しかし政府側との調整は簡単ではないうえに、党内の松野ら民主党系や結いの党系議員らの巻き返しも予想され、まとまるかどうかは五分五分だろう。ただ安倍にとってはまとまろうがまとまるまいが、維新が修正案を出すこと自体が政治的に極めて重要なのである。


安倍は18日の衆院予算委で「維新が独自の法案を検討することに敬意を表したい。我々の法案と並んで審議されるとすれば、国民の皆さんに選択肢を見て頂きながら、審議が深まってゆく」と述べている。


これは、修正または法案に維新の主張を添付する形で妥協できればよし、妥協できなくて維新が独自に法案を提出しても、集団的自衛権の行使容認を賛同する政党が加わった事を意味する。つまり、反対は憲法学者の論理を請け売りにする民主党ほか少数政党だけとなるからだ。


加えて維新案が出されるということは、一挙にまとまれば成立は早まり、延長幅にも影響する。まとまらなくても採決に際して、まず維新案を否決して政府案を採決する方式など、正常な形で行うことが可能で、強行採決の印象を回避できる。その前に維新が修正案をめぐって分裂するようなケースでは、橋下傘下の政党と結託することも可能である。


油断は出来ないがどっちに転んでも、安倍にとっては有利になりそうな局面である。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月18日

◆岡田は“空想的風評”作りに専念

杉浦 正章
 


国民を惑わす討論手法は邪道だ
 

党首討論はまるで「私の質問に答えていない」の言い合いになったが、首相・安倍晋三は可能な限り答えており、答えなかったのは岡田克也自身だ。


安倍から衆院厚生労働委員会で、民主党議員が委員長・渡辺博道の入室を阻み負傷させた重大な暴力事件を岡田が「やむを得ない」と是認した問題を指摘されて、全く答えていない。これは民主党が言論の府における暴力行為を頻発させたかつての社会党への“先祖返り”を物語るものであり、今後安保法制の採決に当たっても暴力行為を繰り返すことを宣言したに等しい。


わが国議会主義がまるで暴力集団のテロリストに乗っ取られたような事態であり、由々しき問題だ。
 

それにしても岡田の質問は、悪意のある意図が透けて見えて、“邪道”の印象を受けた。その最たるものは徴兵制論議だ。岡田は「安倍首相が歴代内閣の認めてこなかった集団的自衛権の行使を行うことを内閣の判断で閣議決定した。


同じように将来の総理が徴兵制は憲法に合致するとして閣議決定するリスクがある」と決めつけた。これは一部の若者に存在する懸念を、いくら野党でも政治家なら「ない」と否定するのが常識だが、政治屋・岡田はフルに活用することを物語る。「将来あるリスク」と決めつけ、「空想的風評作り」の質問を繰り返した。


いたずらに国民を不安に陥れる卑しい政治手法だ。安倍は「憲法が禁じる苦役に当たる」と明確に否定したが、岡田の狙いは国民の間に“不安と猜疑心”を植え付けることにあり、それには一部成功した。


岡田はホルムズ海峡における機雷除去についてもさらに「首相は安保環境が根本的に変容したと言うが、ホルムズ海峡における機雷掃海でどのような変容があったか」と突いた。安倍は「集団的自衛権の行使の典型例としてホルムズ海峡を挙げているわけではなく、海外に派兵する例外として述べている。


『外国の領土、領海、領空での武力行使は何が可能性としてあるか』ということだったから、一般に海外派兵は禁じられているという原則を述べた後、ホルムズ海峡で機雷が敷設され排除する場合は、受動的限定的であるから、武力行使の新3要件に当てはまることもありうると申し上げている」と明快に答えた。


これに対しても岡田は「質問に答えていない。どのように変容があったかを聞いている」と反応したが、戦略的に見れば変容の有無は関係ない。過去に機雷が敷設され、日本が掃海に従事した重大な事実があれば十分だ。一度あることは二度あると対応するのが、責任ある為政者の常識だ。


岡田の場合「質問に答えていない」と述べて、安倍が逃げているような印象を作り出す意図が見え見えであり、これまた討論の邪道を行くものだ。


岡田は「重要影響事態に何が加わったら、存立危機事態になるのか。朝鮮半島有事の例では、どういう時に存立危機事態を認定するのか」と追及したが、安倍は「朝鮮半島で有事が起こる中で米艦が対応に当たり、重要影響事態にあたれば後方支援を行う。某国が『東京を火の海にする』と発言をエスカレートさせ、日本に対するミサイル攻撃をするかもしれないという状況が発生し、その中で、ミサイル防衛に関わる米艦が初動攻撃された場合に守ることは、武力行使の新3要件に当たる可能性がある」と明快に答えた。


岡田はなおも納得せず、具体例を挙げよと迫ったが安倍は「ケースごとに述べていくことは、日本がどういうことを考え、どういうことでなければ武力行使をしないという政策的中身をさらすことになる。国際的にも、そんなことをいちいちすべて述べている海外のリーダーはほとんどいない」と反論して答えなかった。


一朝有事の際は北朝鮮や中国が、日本の弱点を狙うことは安倍の言うとおりであり、現に安保法制のやりとりは詳細に分析され本国に送られていることは確実だ。集団的自衛権でも日本のような「限定的容認」では、国際的には弱い脇腹をさらすことになりかねない。


岡田は「質問に答えていない。憲法違反だ」を繰り返したが、安倍の指摘する「そんなリーダーは世界にいない」に付け加えれば、「そんなことをしつこく聞く党首も世界にいない」のだ。


要するに安倍がホルムズ海峡や朝鮮有事の際に集団的自衛権を行使しなくていいのかという主張の背景には、吉田茂が作った「安保ただ乗り論」の構図がとっくに成り立たない時代であるという認識がある。依然としてただ乗りしていれば、平和は天から降ってくるという、民主党や一部憲法学者の時代遅れの思想は、130億ドル払って世界中から馬鹿にされた湾岸戦争の教訓を25年間を経てもまだ理解していない証拠である。


憲法の有権解釈は安倍にあり、最終的には最高裁が判断する。学者の解釈は有権解釈ではない。


マスコミうけを狙って憲法学者の浮き世離れした論理を後生大事に党首討論に臨んだ岡田は、河島英五の「時代遅れ」の歌でも歌っていたらどうか。安倍の「憲法解釈の変更の正当性、合法性は完全に確信を持っている」の発言には岡田の虚構性はない。


維新の松野頼久が「修正協議には応じるつもりはない」と発言したのは、党内の修正論を無視した独断専行に当たる。党の分裂傾向を強めるだけだろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月17日

◆安倍が、野党に“必殺”のくさび

〜無投票再選確実の安倍〜

杉浦 正章



維新は分裂の危機も
 

中国戦国時代の外交・安保戦略に「遠交近攻」がある。遠い国と親しく交際を結んでおいて、近い国々を攻め取る戦略だ。安倍はこれを維新対策に使った。近くの維新幹部の頭越しに遠くの最高顧問・橋下徹と親交を結び、安保法制で修正協議へのくさびを打ち込んだ。


このくさびは民主党を含めた野党全体へのまず抜けることのない仕掛けであり、民主・維新のペースでの国会審議の瓦解を意味する。修正協議は難航も予想されるが、場合によっては「ホルムズ海峡への自衛隊派遣は単なる経済危機では実施しない」線でまとまる可能性もある。


維新内部は民主党系議員を中心に反発を強めており、分裂の可能性すら秘めた厳しい局面に置かれた。野党分断であり、17日の党首討論で民主党代表・岡田克也の顔を見るのが楽しみだ。


折から自民党内各派の事務総長らが16日夜会合、首相・安倍晋三の9月末の任期満了に伴う総裁選について、無投票再選になるとの判断で一致した。対抗馬は立ちそうもない情勢であり、安倍は後顧の憂いなく安保法制に専念出来る見通しとなった。


14日の夜の3時間にわたる安倍と橋本の会談は、憲法学者の的外れな違憲見解で一見野党ペースに陥ったかに見える安保法制にとって、大きな巻き返し策となり得るものだ。安倍は官房長官・菅義偉とともに今年1月頃から、ただでさえ大阪都構想をめぐって孤立気味の橋下にエールを送り続けた。


安倍は1月のテレビ番組では、「大阪都構想の意義はある」と述べ橋下は「うれしくてしょうがない」と応じている。官房長官・菅義偉は「大阪の二重行政は、効率化を図るために大改革を進める必要がある」ともろ手を挙げて都構想に賛成だった。この官邸の姿勢は自民党の姿勢と齟齬(そご)を来すほどであったが、結果的には安保法制をにらんだ遠交近攻の深謀遠慮があったことになる。


会談では安倍が「政治家・橋下徹への期待感はあるんじゃないか」と述べたといわれる。これは大阪市長を辞めても、中央政界があるという事を意味している。


その橋下の反応は本格的に再開したツイッターで遺憾なく発揮された。「維新の党は民主党とは一線を画すべき」「民主党という政党は日本の国にとってよくない」と口を極めて批判。都構想で散々足を引っ張られた民主党への不満をぶちまけた。加えて憲法学者の批判に対しても「内閣における憲法の有権解釈者は内閣総理大臣。憲法解釈が時代とともに変遷するのは当然のこと」と主張した。


さらにツイッターでは安保法制に関連して様々な見解を表明しているが、難解な法制を理解している事が分かった。これなら十分国政でも通用する政治家になれるだろう。自民党に入党すればポピュリズムのあかを落として、黙って雑巾がけを5年やっても50歳。自民党幹部はもちろんトップを目指すことだって不可能ではあるまい。


そこで修正協議の動向だがホルムズ海峡の機雷を撤去するに当たり、安倍は安保法制に関する国会審議が始まった5月26日の本会議で「国民生活に死活的な影響が生じるか否かを総合的に判断する」として、単なる経済的な影響では派遣しないと述べた。


「単に国民生活や国家経済に打撃が与えられたことや、生活物資が不足することのみで存立危機事態に該当するものではない」とも説明した。ホルムズ海峡の機雷封鎖で、生活物資や電力の不足によりライフラインが途切れることなどで、「国民の生死に関わる深刻、重大な影響」が生じるかどうかが判断基準になるとしたのだ。筆者はこれを当初公明党対策だけかと思ったが、どうやら維新対策でもあったらしい。


と言うのも維新が提出を予定している安保法制の対案の核の部分が、「経済危機と言うだけで自衛隊を機雷撤去に送ることを出来なくすること」が含まれているからだ。これなら妥協が成立する可能性がある。


もっとも維新内部の状況をみれば、ただでさえ民主党との政界再編を目指す代表・松野頼久ら民主党出身議員や前代表・江田憲司らと大阪系議員らの間で相克が生じているのに対して、安保法制修正問題はこれに火をつける作用を及ぼす可能性が大きいからだ。


江田は「維新のハードルは首相がのめるほど低くはない」と発言している。松野も首相との会談に臨む橋下に「安倍さんに都構想のお礼で国会運営や法案でお返しすることは考えないで欲しい」とクギを刺している。


しかし橋下は安倍と意気投合、松野の言うことなど聞いていない。あくまで合意を目指す橋下と、政府・与党がのめない案で対立を際立たせようとする松野、江田ラインの激突は避けられない可能性がある。


20日には橋下と党幹部の会談が行われる方向だが、亀裂へ動くか、妥協に動くかが安保法制の動向と絡んでくる。政府・与党としては法制で妥協が出来ないなら、維新が採決に出席して反対票を投じるだけでも強行採決の印象回避になるから、維新内部の動きから当分目を外せない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月16日

◆60年安保から現安保法制を読み解く

杉浦 正章



反対運動の組織化欠如で成立必至
 

筆者は慶応の新入生として「アンポハンタイ」デモに参加。銀座を蛇行して汗だくとなり、有楽町の駅のホームで数人とシャツを脱いで水道で体を洗っていたら、若いOLたちが歓声を上げて「頑張って」と応援してくれた。皆得意げであったが、早くも55年が過ぎた。


その後時事通信社に入って社長・長谷川才次の“教育”を受けて、すぐに「転向」した。共産党を離党した急進派の全学連と違って、多くの学生は「アンポハンタイ」は時代の流行であった。実情は改訂安保条約の内容すら知らずに「ハンタイ」であったのだ。


翻って「アンポホウセイハンタイ」を見ると、政治的、国際法的に無能なる憲法学者たちを先頭に、これまた内容すら勉強せずに「ハンタイ」をレッテル張りのごとく唱えている。歴史は繰り返すというが、60年安保と相似して、現在の「ハンタイ」もいかに観念論的であるかが分かる。


岸信介が行った60年の安保条約改訂は51年に締結された旧安保条約と比較して「日米共同防衛の明確化」など、平等条約の色彩が強いものである。これが国会で成立していなかったらどうなっていたかである。


まずソ連や中国の共産党と組んだ社会党や共産党が現在の体たらくではなかっただろう。ソ連からは莫大な資金が反安保闘争に流れ込み、中国は100万人集会で呼応している。日本の社会主義化が実現すれば、米ソ対立の構図は米国が一挙に不利となり、その後の世界戦略にも大きな影響を与えていたに違いない。


国内政治も社会党はつぶれずに大きな勢力として自民党と対峙していただろう。もちろん現在の日本の繁栄はない。


一方安保法制が実現しない場合にどうなるかだが、これは民主党政権時代に近隣諸国が行った屈辱的行為を見れば明白だ。中国は尖閣諸島に漁船を進入させて巡視船に衝突させ、韓国大統領は竹島に上陸、ロシア大統領は北方領土を視察といった具合に、日本政府をあざ笑ったのだ。


民主党政権が続いていたら尖閣諸島は南シナ海と同様にグレーゾーン化していたかもしれない。日本の安保法制は世界的に見ても自由社会を支えるキーポイントである。


安保条約も、安保法制も初夏から夏にかけての一大政治マターであることは同じだ。ただその緊急性においては若干異なる。岸は60年5月19日に衆院で強行採決で条約を可決しているが、成立を急いだのは1か月後に米大統領・アイゼンハワーの来日が迫っていたからである。条約自然成立の30日間を見込んでの強行であった。


結局その後の闘争激化でアイク訪日は実現せず、岸内閣は倒れた。一方、安保法制は中国の覇権行為、北朝鮮の核ミサイル開発で遅滞は許されないが、国民を説得することは必用だ。政府・与党は会期延長で対処する方向だが、衆院可決後60日以内に参院が議決しない場合、衆院で出席議員の3分の2以上の多数で再可決することも考慮している。衆院可決後直ちに衆院議員は街に出て、国民にその必用を訴えるべきだろう。


59年の世論調査の資料だが安保条約の改定を「知っている」と答えた人は50%だが、「どういう点を変えようとしているのか」については、たったの11%しか知らなかった。


現在の安保法制について読売新聞の6月の調査を見ると安倍内閣の支持率は53%で、前回調査(5月)の58%から5ポイント下がった。安全保障関連法案の今国会での成立については、「反対」が59%(同48%)に上昇し、「賛成」の30%(同34%)を上回っている。


反対闘争の広がりについては、安保条約の場合は社会党と総評が、共産党をオブザーバーとして「安保改定阻止国民会議」を結成。この組織は全学連とともにデモ隊の中核となった。現在の場合、労働組合は同盟ではとても内部が法制反対でまとまらず、組織化は困難だ。全学連に至っては見る影もない。


衆院を通過する頃は大学は夏休みであり、多くの学生はアルバイトをして海外旅行や、海へ山へと流れるだろう。国会周辺は爺さん婆さん中心のデモにスポークスマンだけが若い者を起用したりしているが、熱中症で死人が出ないか心配だ。


ここで政府・与党幹部が注意しなければならないのは、岸の発言の二の舞いである。岸は挑発してしまったのだ。強行裁決後5月28日の記者会見で「新聞だけが世論ではない」とか「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りだ。私には声なき声が聞こえる」と発言した。


これを新聞が大々的かつ意図的に報道し、総評、全学連の闘争を後押ししてしまった。闘争は盛り上がり、6月15日の樺美智子「圧死」事件へとつながった。同事件がなかったら、岸政権は継続したかも知れない。


しかし、この事件が契機となって新聞報道が大転換する。朝日も読売も似たようなアンポハンタイ紙面を作って、とりわけ朝日はデモを扇動する傾向が強かった。しかし樺の死を受けて、広告の鬼と呼ばれた電通社長の吉田秀雄が朝日の論説主幹・笠信太郎と話し合い、一転して6月17日在京7社による「暴力を排し議会主義を守れ」という7社共同宣言を発するに至った。反対運動に冷水を浴びせた。


強行採決直後の5月21日付の朝日新聞社説は笠の指示で「岸退陣と総選挙を要求す」を1面トップに掲載したばかりであり、大転換である。共同宣言については「新聞が死んだ日」と左翼に言われることとなった。


現在の全国紙の論調は安保当時と異なり、真っ二つに割れている。朝日、毎日が反対、読売、産経が賛成である。したがってやがては行われることになるであろう採決強行でも、読売、産経が納得するような形が好ましい。


朝日は衆院採決の段階で条約の時と同様の見出し「安倍退陣と総選挙を要求す」をトップに掲載することを企んでいるかも知れないが、驚くことはない。信念に基づいて行動すれば必ず道が開ける流れだ。


国会の議席数も岸の時は自民党が296議席で、安倍が291議席だが、公明党を加えると326議席と圧倒的だ。これに維新が半数でも加わればますます有利だ。問題は油断と政府・与党首脳の不規則発言だけだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月12日

◆安保法制違憲の疑いは解消した

杉浦 正章




高村Vs枝野対決は高村に軍配
 

朝日の反自民リベラル路線がいよいよその本性を現し始めた。前日の社説「違憲法制―また砂川とは驚きだ」に続いて、今日(12日)は「安保法制、違憲の疑いは深まった」である。衆院憲法審査会における自民党議員の憲法学者批判を「専門家に対する侮辱であり、国民に対する脅しでもある」と断定した。


政治記者はニュース判断において感性が必要だが、この社説はナイーブで公正なバランス感覚と感性がいかに朝日の論説に存在しないかとの論拠となって長く言い伝えられるものとなろう。11日の審査会を誰がどう見ても、違憲の疑いは解消されたと受け取るべきものであるが、朝日は偏向判断を選んだ。


その論評には、国際環境の激変などどこ吹く風で、一言も言及していない。自民党の主張を全て悪と決めつける、旧社会党に見られた古色蒼然たる一国平和主義の思想が根底にある。


審査会では、3人の学者の安保法制違憲論への自民党副総裁・高村正彦の反論と、これに反論する民主党幹事長・枝野幸男とのやりとりが中心となった。ウエブの国会中継でつぶさに聞いたが、高村対枝野のやりとりは、枝野のこじつけ論議が馬脚を現して圧倒的に高村が勝った。


なぜこじつけかというと枝野は首相・安倍晋三が海外で「法の支配の必用」を唱えていることをとらえて「専門家らの指摘を無視して一方的に憲法解釈を変更するという姿勢は法の支配とは対極のものだ」と言明したのである。これは失敗だったと断ぜざるを得ない。


安倍の法の支配論は中国の東・南シナ海での覇権行動とロシアのウクライナへの軍事行動を指しているのであって、枝野の表現では安倍が国内で覇権行動や軍事行動ををしているかと言うことになる。枝野はこの程度の論理構成では、将来弁護士になっても失職するだろう。


枝野の言う「専門家」らの指摘については自民党の務台俊介が「3人の参考人の主張で法整備を怠ることで生ずるリスクに、責任を負うのは学者ではなく国会と内閣だ」と見事に反論した。


朝日はこの自民党の反論を「憲法学者の指摘をおとしめようとする意図だ」と断じた。しかし、学者とその発言を金科玉条とするマスコミが国家の安全保障を「おとしめる」のはどうでもよいのかと言いたい。


自民党の平沢勝栄は「学者の意見に従って戦後の政治が行われていたら日本は大変なことになっていた」と憲法学者が「自衛隊違憲論」を唱え続けて来た問題を指摘した。加えて平沢は多くの憲法学者が「北朝鮮は拉致など行わない」と述べていたことを明らかにして、いかに“浮き世離れした存在”かを鮮明にさせた。


枝野は砂川判決をとらえて「砂川判決から集団的自衛権の行使容認を導き出せるのなら、砂川判決の後も政府が一貫して集団的自衛権の行使を憲法上許されないと言ってきたことをどう説明するか」と噛みついた。


しかしこの発言こそ社会党の一国平和主義の卵の殻を背負ったものである。国際環境の変化に対応できずに党勢が社民党としてほとんどゼロに近くなった理由が分かっていない。憲法解釈は安全保障環境の変化に伴い、その本質は変えないものの、政府が時代環境に応じた解釈の変更をして当然なのだ。


平沢が「憲法が栄えて国を滅ぼすの愚」と戒めたのが一番分かりやすい。今そこにある危機に対応できない憲法なら、国民のリスク無視の不磨の大典ということになるが、幸いにも9条が柔軟なる解釈を可能にしているのだ。枝野は憲法の“字面(じづら)”に拘泥するあまりに国際情勢の大局を見ていない。朝日の社説と全く同じだ。


朝日は高村、北側一雄らが「これまでの憲法解釈と論理的整合性および法的安定性は保たれている」と主張していることに対して「とても納得できない」と書いた。この主張は今回の法制が、国連憲章にあるフルサイズの集団的自衛権の行使などではないことを理解していないことを物語っている。


世界中の主要国が保有している集団的自衛権の行使などではなく、これほど限定して効力が生ずるのかと思えるほどの法制なのである。要するに朝日は学者3人の荒唐無稽な主張を擁護する余りに、安保環境の激変が見えないか、あえて見ないとしか思えない。


朝日は、民主党のポピュリズムを煽ってばかりいると、北のミサイルは精度が悪いから首相官邸を狙っても朝日本社に落ちることを心すべきだ。憲法に違反するかどうかという議論は勝負がついた。これ以上必要ない。

【筆者より=時にはFacebookに遊びに来てください。https://www.facebook.com/masaaki.sugiura.792

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月11日

◆憲法学者はGHQの洗脳から離脱不能

杉浦 正章




枝野は政治学入門の講義を受け直せ
 

自民党副総裁・高村正彦が「私が批判しているのは憲法学者の言うことをうのみにしている政治家だ」と民主党幹事長・枝野幸男に切り返したが、見事に急所を突いている。


枝野の「谷垣氏も高村氏も40年前の憲法議論をベースにしているのではないか。40年間、どれほど憲法の勉強をしたのか。もう1回、大学の憲法の授業を聞き直せ」との批判に反論したものだ。高村発言は、憲法学者3人の安保法制違憲論が、いかに時代と安保環境にマッチしていないかだけでなく、これに踊る朝日新聞とその論調に踊らされるポピュリズム政治家・枝野、辻元清美らを諫めたものだ。


憲法の授業は先に指摘したとおり、大先生たちが戦後70年同じ帳面を読み上げているものであり、聴講に全く値しない。枝野は大学の政治学入門から講義を聴き直して物を言った方がよい。


集団的自衛権の限定行使論議は、最高裁の合憲判決に基づく政治マターであり、浮き世離れした学者の違憲論を根拠にする限り民主党に勝ち目はない。既に負けると予想しているから“今をときめく”辻元が憲法解釈変更について「再び民主党政権になったら元に戻した方がいい。」と発言しているではないか。「民主党政権」が未来永劫(えいごう)あり得ないとすれば、元に戻すこともあり得ないのだ。


官房長官・菅義偉が安保法制合憲論の学者の名前を挙げた中で中央大名誉教授・長尾一紘の発言が一番問題の核心を突いている。長尾は毎日に「戦後70年、まだ米国の洗脳工作にどっぷりつかった方々が憲法を教えているのかと驚く。一般庶民の方が国家の独立とはどういうことか気づいている」と指摘した。


確かに法学者は「洗脳工作」で戦争直後に作った大学講義の帳面が代々引き継がれているとしか思えない。連合国総司令部(GHQ)は戦争直後の7年間の占領期間中、国民の間に植え付けられた軍国主義の思想を徹底的に洗い直す「洗脳工作」(War Guilt Information Program)に専念した。


戦争の罪悪感を日本人の心に植え付け、絶対平和主義が理想であるかのごとき思想を徹底させた。これは軍国主義の復活で日本が再びパワーを持つことを恐れたものだ。平和憲法もその流れをくむものであろう。
 

この日本の牙(きば)抜き洗脳工作はその後の朝鮮戦争の勃発など環境激変で意義を薄れさせたが、極東をめぐる情勢は、天から平和が降ってくると言う思想では対処しきれなくなった。天から降ってくるのは200発のノドンであり、中国は漁船を巡視艇に衝突させて、尖閣領有の可能性を探っている。


この状況変化に対応できないのが憲法学者であり、それを政治的に活用しようとするのが民主党なのだ。世論調査ではまだ反対が多いが、いざ国政選挙で安保問題がテーマとなれば、自民党は勝つのが過去の例だ。1960年11月に行われた総選挙は安保闘争直後にもかかわらず選挙への影響はほとんど無かった。


逆に、社会党と民社党の分裂により、自民党が議席を増やした。沖縄返還後の総選挙も圧勝しており、安保が争点になれば自民党は負けたことがない。したがって自民党は来年夏の参院選か衆参ダブル選挙に、堂々と安保法制問題を提示すればよいことだ。


砂川判決は唯一の最高裁による国の安全保障に対する合憲判決であり、朝日は今日(11日付)の社説で「また砂川判決とは驚きだ」と書いているが、この主張の方が驚きだ。砂川判決に準拠して安保法制を作らずに何に準拠せよというのか。


59年の砂川判決は、「わが国が、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」と述べているのであり、あまりにも明白すぎて議論の余地がないほどだ。判決には個別的自衛権とも集団的自衛権とも書き込まれていないが、全てを包含するというのが常識だ。


さらに重要なのは砂川判決の後半部分である。「日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」としている。これが物語るものは国の安全保障に関しては最高裁ではなく政治の判断に委ねるという事であろう。


それはそうだ。裁判官が国防に口を出そうにも出しようがないのだ。国防は三権分立における政治マターの最たるものだ。


ましてや憲法学者ごときが国の命運を左右する安全保障問題で反対ののろしを上げ運動をすることは、八百屋が魚河岸でマグロを選ぶのと同じだ。


政府・与党は今後反転攻勢に出る構えであり、自民党副総裁・高村正彦が11日の衆院憲法審で自ら意見陳述することを決めた。公明党代表・山口那津男までが、「学識経験者にもいろいろな意見があるが、4日の審査会で発言した方々は、法案に批判的な見解を持った人ばかりだった。


政府の考えは一貫しており、その対応は、いささかも揺らぐことはない」と今国会成立を明言している。自民党内はエキセントリックな元行政改革相・村上誠一郎が「憲法学者の意見を一刀両断に切り捨てることが本当に正しい姿勢か。採決に当たっては党議拘束を外してほしい」などと総務会で主張、反逆の構えを見せているが、同調者はゼロ。村上の主張の逆を選べば全ては成功する。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月10日

◆安倍、中露分断と北方領土前進を狙う

杉浦 正章



日本外交初のサミット先導
 

仏ランブイエ城で開かれた1975年の第1回先進国首脳会議で三木武夫に同行取材して以来、サミットと日本外交を注視してきたが、今回の独エルマウ・サミットほど日本の首相がイニシアチブをとった例を知らない。


地球儀を俯瞰する安倍外交の成果でもあろう。逆に普段は会議をリードする、オバマの影が薄れた。早くもレイムダック化が始まったのだろうか。とくに「安倍先導」が会議をかつてなく厳しく中国の南沙諸島埋め立て非難へと導いたことは、東・南シナ海における中国の軍事行動に対して紛れもなく強いけん制効果を発揮した。


安倍は、事前にウクライナ訪問を設定したことによりウクライナ問題での存在感まで発揮した。サミットは議長のメルケルと、その言動から事前の綿密な計算がうかがえる安倍ペースで展開した形となった。


必ずしもオバマと関係が良くないメルケルとの3月の会談での事前根回し、4月の日米首脳会談での圧倒的日米関係の誇示と安保関係の強化。そして席の温まる間もない活発な首脳外交。これらを可能にした国内政局の安定とアベノミクスの成功が、総合的な力となってエルマウ・サミットでの「発言力」となった。


自由世界GDP第2位の日本の発言力は、もともともっとあってもよかったのだが、歴代首相のサミット外交はさっぱりさえなかった。安倍の各国首脳との気心の知れた個人的関係も重要な役割を果たした。その意味で毎年首相が代わるという日本の政治の弊害は改めて考え直す必要がある。
 

一連の動きの中で注目すべき外交上の特徴は、安倍がサミットから外されて2回目となるプーチンに対して微妙な球を投げたことである。


安倍はG7の“プーチン外し”について、NHKに「最初から来年のサミットを『ロシアを入れず、G8にはしない』、『プーチン大統領は入れない』という態度ではなく、プーチン大統領が建設的な関与をするようにわれわれがしっかりと促していく。例えばウクライナの停戦合意も、ロシアが国際社会に対して分かりやすく責任を果たしていくという状況を作っていく。プーチン大統領がそういう方向に向かうよう、努力していきたい」と発言している。


この発言はプーチン“カンダタ”めがけて下ろした芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」になり得るものだ。
 

米国は国務次官補・ラッセルが5月21日に安倍がロシアのプーチン訪日の可能性を探っていることなどについて、「現在の状況では、ロシアと通常の関係を持たないとする原則を守ると信じている」と述べ、日本を牽制(けんせい)している。


安倍はこれを無視するかのように、記者会見で「ロシアとは戦後70年たった現在もいまだに平和条約が締結できていないという現実がある。北方領土の問題を前に進めるため、プーチン大統領の訪日を本年の適切な時期に実現したいと考えている。


具体的な日程は、今後、準備状況を勘案しつつ、種々の要素を総合的に考慮し、検討していく考えだ」と日本の特殊事情を説明した。安倍はプーチン訪日で北方領土を前進させ、ウクライナ問題での停戦合意の順守などの前進を図り、場合によっては議長国として伊勢志摩サミットをG8に拡大することを目指しているに違いない。


このため安倍はまず外相・岸田文男のロシア訪問に向けた環境整備を図るため、外務審議官・杉山晋輔をロシアに派遣する方向で調整を進める。
 

まさに米国一辺倒でなく独自外交もあり得ることを示したのだ。安倍の狙いは何処にあるかと言えば、精緻(ち)に組み立てられた対露外交推進の構図であろう。


まず第一の狙いは北方領土解決への糸口作りである。孤立したプーチンこそ、領土問題での妥結に結びつけやすいと考えたのであろう。プーチンの80%を越える驚異的支持率はクリミア併合という領土問題にあり、北方領土での譲歩は容易ではあるまいが、安倍は持っていきようによっては前進可能と踏んでいるのであろう。その感触をつかんでいるのかもしれない。
 

次ぎに重要な意味は中露接近分断であろう。今年は戦後70年に当たり、プーチンは5月9日の対ナチス・ドイツ戦勝記念日に中国国家主席・習近平を国賓として迎え大接近をしている。


習は9月3日の「抗日戦争勝利記念日」にプーチンを北京に招くなど、接近姿勢を強めており、これが中国の東・南シナ海への覇権行動を容易にする可能性が大きい。安倍にしてみれば、これを阻止する為には自らのプーチンとの個人的な関係を維持して、日露協調を実現する必要があるのだ。


これはメルケルのオバマとの冷たい関係と親露姿勢に若干は似ていなくもない。サミットの背後にある安倍の思惑を切り取ると以上のような外交の機微が浮かび上がってくる。


安倍に課せられた課題はG7の足並みを乱さずに、来年のサミット前に北方領土を前進させなければならないという極めて難しいかじ取りであろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年06月09日

◆国民説得に通年国会で対処せよ

杉浦 正章
 



会期内衆院通過は困難に
 

学生時代憲法の講義に出ると常にガラガラだった。なぜかというと、大教授は古びたコクヨの帳面を毎年読み上げるだけだったからである。コピーが100円で出回っていたから、それがあれば期末試験などわけなくクリアできた。今度の衆院憲法審査会でもきっとその古びた帳面が使われたに違いないと思いたくなる。


とにかく憲法学者らの論議は浮き世離れしている。3人とも東・南シナ海の緊迫や北朝鮮のどう喝などはどこかの宇宙の出来事であり、憲法解釈とは関係ありませんと考えているに相違ない。国の安全保障、国民の今そこにある生命の危機など、とんと考えが及ばない。にもかかわらず権威主義の上から目線で、「法的安定性を揺るがす」「海外に戦争に行くのは憲法違反」などと違憲論を宣う。


しかし、違憲を決めることができるのは、最高裁だけである。ちゃんと憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と書いてある。発言は自由だが、上から目線で国会に“指示”してもらっても困るのだ。


その最高裁は砂川判決で1959年「自国の存立に必要な自衛措置は認められる」とした。だから政府の集団的自衛権の限定行使に当たっての3要件も「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明確な危険」を前提にしているのだ。


簡単に言えば憲法学者は憲法に「戦争が発生したら日本人は死ね」と書いてあると思っているに違いない。こういう浮き世離れした学者が戦後幅を利かせてきた。その最たるものが圧倒的に憲法学者の間で流行していた「自衛隊違憲論」だったが、古い帳面はいつの間にかこっそりと書き換えられてその記述は消されているようだ。


こういう非現実的学者は米国ではほとんど存在しないが、存在すれば「研究室で冷めたピザでも食べていろ」と言われるのがオチだ。


ところがこういう学者をこともあろうに自民党が参考人に選定したことは、大失態であり安保法制におけるプロパガンダ戦の初戦に完敗したことを物語っている。それも最初に頼んでことわられた京大名誉教授・佐藤幸治は、自民党が推薦した早大教授・長谷部恭男に勝るとも劣らない安保法制反対論者だった。


東京都内で、「憲法の、根幹を変えてしまう発想は英米独にはない。日本ではいつまでぐだぐだ言うのか、腹立たしくなる」と講演、憲法の解釈変更での安保法制の整備を違憲と主張している。要するに学者を選んだ審査会の筆頭幹事・船田元は「状況を掌握出来ないことにおいて確信犯的」であったことになる。


自民党挙げて怒りまくっているのはもっともだ。船田も浮き世離れして、今国会で何が起きているかが分かっていないのか。


4日の審査会では民主党の辻元清美が姿を見せ、あれこれささやいていたというから、敵ながらあっぱれな狙いを付けていたことになる。自民党の審査委員は「安保法制のことは全然念頭になかった」と述べるが、憲法学者の多くが安保法制違憲論であることを、知らないわけではあるまい。


「奇襲」を受けたのは「ノーテンキ審査会」(自民党幹部)であった事が最大の原因だ。辻元はしてやったりと意気揚々とテレビに出て、とうとうと「安保法制違憲論」を展開していた。


しかし「朝鮮戦争の時集団的自衛権を認めていたら日本は確実にに戦争に巻き込まれていた」と発言したことは語るに落ちた。朝鮮戦争勃発時に発足したのは警察予備隊であってまさに吉田の言う「戦力なき軍隊」だ。米国もそのような足手まといのものを当初から使う気などなかった。辻元はその場しのぎのレッテル貼り質問が多く、はったりばかりで憲法学者同様に不勉強がすぐにばれる。


それにしても、朝日の報道ぶりはどうだ。まさに鬼の首を取ったような紙面展開だ。「憲法解釈変更再び焦点」「安保法制問われる根幹」と社是にのっとるかのごとく、“反対闘争”紙面作りに余念がない。


しかし考えても見るがよい。たった3人の学者が、安保特別委とは疝気筋の憲法審査会で予定にない発言をしたからと言って、これが全てを決めるのか。法制の根幹が問われるのか。憲法学者の発言などは現状認識のない床屋談義に毛の生えたようなものだ。


その証拠に今後特別委で推進派の憲法学者が見解を述べても、大きく取り上げるマスコミはないのである。朝日を先頭にしたマスコミの偏向的“癖球”は、今後どんどん投げられると用心しておくべきだ。ただ好むと好まざるとにかかわらず、この種のレッテル貼り型安保論争では国民の誤解を解くのは容易ではあるまい。衆院で審議機関のめどとしてきた80時間の確保は不可能となりつつあり、会期内の衆院通過は困難な情勢だ。


そこで一策がある。田中角栄は「国会議員は高い給料をもらっているのだから一年中働け」と通年国会を提唱した。ここは当初予定していた8月上旬までの会期延長を一挙に大幅に伸ばすのだ。まだ強行採決で対応しようとせずに、一部野党の「数国会にまたがる論議」を考慮して、年末までか晩秋までの大幅会期延長で対応するのだ。それほどの大法案であることは間違いない。


長時間徹底的に論議して、国民に突撃ではなく、国会論議を通じて「誠意を持った説得」をするのだ。説明の果てに生じた採決強行は黙認される。審査会の失態は長期戦でカバーした方がよい。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)