2015年07月31日

◆「断定答弁」の奇襲で「徴兵制」論破

杉浦 正章



安倍、「絶対ない」「非常識」「断言する」と明言
 

首相・安倍晋三の答弁を観察してきたが、30日になって突然クリヤー度が増した。


どうしてかなと答弁をチェックすると、重要ポイントで全部「断言調」になっている。野党の“巻き込まれ論”や“徴兵制”の主張を、まるで「断定ミサイル」で奇襲、個別撃破し始めたのだ。「全くない」「絶対ない」「断言する」「非常識だ」と断定した。


悪い頭を絞ってその理由を考えたら、ハタと思いついた。プラカードだ。国会周辺は野党のデマゴーグ作戦に乗せられて、「徴兵制導入反対」「戦争法案反対」などのプラカードが目立つ。この地雷原を突破するには断定で行くしかないと考えたに違いない。


この結果“巻き込まれ論”と“徴兵制”の主張は、公平に見てまず完膚なきまでに押さえ込まれた。残るのは「違憲論」の地雷原だが、これは安倍が地雷を踏まないのに、ゆるキャラの“補佐下手官”が踏んでしまった。ノーテンキに賭博法案にうつつを抜かす“補佐下手官”もおり、「この重要ポイントで安倍の足を引っ張るな」と言いたい。
 

それではまず「徴兵制」がどうして論破されたかだが、民主党の狙いが邪(よこしま)だったからだ。民主党代表・岡田克也と幹事長・枝野幸男は徴兵制のパンフレットを作ってばらまき、若者に心理的な動揺を与える作戦に出たのだ。


これが高校生や大学生に徴兵されるというデマを生じさせ、デモへの参加者を増やした。


しかしこの民主党のやり口は、国民を欺くという意味で最も罪深い。だから安倍が「徴兵制は、憲法18条が禁止する『意に反する苦役』に該当し、明確な憲法違反であり、徴兵制の導入は、全くありえない。このような憲法解釈を変更する余地は全くなく、総理大臣が代わって、また、政権が代わっても、導入はありえない」「集団的自衛権の議論と徴兵制を結びつけることは、国際的に非常識だ」と断定したのだ。


徴兵制に関しては、岡田も枝野も無知をさらけ出している。事実世界の徴兵制の動向は、まず米国がベトナム戦争終結後の1973年に徴兵を停止した。続いてNATO加盟国も2000年代初頭にかけて次々と徴兵制を廃止し、イギリス・フランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・オランダ・ベルギーなど大半が志願制だ。


近代の戦争は、武器も戦闘もハイテク化していて、相応の知識やスキルが求められる。ひげの隊長も「育てるのに10年かかる」と言っている。徴兵制で半ば強制的に連れてこられたヤル気も知識もない連中を人数だけ揃える時代ではないのだ。


今どき徴兵制で陸軍100万人、海空軍20万人もの軍隊を形作っている北朝鮮のまねをして、日本が徴兵制に踏み切る訳がないのだ。イージス艦にど素人は必要ないのだ。分かったか。
 


“巻き込まれ論”についても安倍は、断定調で「他国の紛争、戦争に協力をさせられるという不安だが、それは全くない。今回の法案はあくまでも自衛のための措置で、必要最小限度の措置だ。戦争に巻き込まれることは絶対にないということは断言したい」と言明した。


そもそも戦争に巻き込まれるという議論は、安保改定、PKO法案など安全保障問題が国会の俎上(そじょう)にあがる度に、野党が言挙げしたことである。安保の時は全学連、社会党、共産党、労組などが「米軍に基地を提供すれば戦争に巻き込まれる」と主張したが、逆だった。


米軍がにらみを利かした結果、ソ連も、北朝鮮も、中国など軍国主義国家は55年間日本に手を出せなかった。これこそが抑止力というのだ。野党はオオカミ少年になるべきではない。重要法案には宍戸梅軒のごとく鎖がまを使わず、一刀流正眼の構えで臨むべきだ。


こうして安倍の断言の前に、野党はしぶとく言い募るが、論破されつつあることは誰が見ても明白だ。ここまで書いて夜が明け始めた。新聞うけの音が聞こえたから朝日を見ると驚いた。一面トップに「断言首相」の文字が躍っている。朝日の記者の感性も筆者並みのレベルにようやくなってきたかと思ったが、中身がいけない。


筆者のように公平かつ素直ではなく、視線がグレているのだ。グレ少年なのだ。いわく「断定調を繰り返すのは、法案への国民の理解が進まないことへの危機感からだ」なのだそうだ。


それでは「戦争法案」を煽る朝日に危機感はないのか。安倍の断定を聞いて「負けそう」と思ったから、一面トップに持ってきたのではないのか。朝日は「問題は法案をめぐるあいまいさについて、首相が説得力ある説明をできていないことにある。」のだそうだが、こう書かないと朝日では認められないのだろうか。


徴兵制の完全否定はあいまいではない。巻き込まれ論の完全否定も実に説得力がある。批判は自由だが、取って付けたような理屈はいただけない。新聞記者はセンス・オブ・プロポーション(平衡の感覚)が何より大切だ。


悪いことは言わない。社が書けと言っても、「うそは書けない」という勇気を養わなければ本当の記者とは言えない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月30日

◆国連に分担金削減で性奴隷撤回を迫れ

杉浦 正章

  

対外発信を再構築する必要もある


あの忌まわしい「性奴隷」の文字が最近また新聞紙面にはびこり始めた。


まず朝鮮半島での従軍慰安婦の別称として世界のマスコミに定着、米地方自治体などへの韓国の宣伝が利いてきている。一方ISIL(イスラム国)は最近本当の「性奴隷狩り」に専念している。問題はテロリスト集団の暴挙とありもしない日本軍へのねつ造事件が混同されかねないことだ。


昨年の朝日の大誤報と社長辞任で、日本国内では「性奴隷」問題はけりがついたと思っていたが、世界ではそれどころではない。「性奴隷」は依然大手を振って米国内や国連でまかり通っている。自民党が慰安婦問題の誤解を解消し日本の名誉を回復するための提言を首相・安倍晋三に提出したのは当然である。


この問題の急所は国連対策だ。分担金削減を武器にして腹を据えて国家の名誉回復に取り組むべきだ。


昔柔道の師範から「日本柔道は相手が負傷などで痛がるところを攻めないのがフェアプレー」と教わったが、朝鮮民族というのは国際政治では真逆の行動を取る民族らしい。相手の嫌がるところ、痛がるところに狙いを付けて一本を取りにくる。女性大統領ですらねちねちと「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」とその先頭に立つ。


その狙いは依然として従軍慰安婦問題だ。おそらくソウルからの“奨励”もあるのだろう。在米韓国人らはサンフランシスコ市議会に働きかけて慰安婦の碑や像の設置を支持する決議案を出させようとしている。日本をおとしめることだけが生きがいのような陰湿さだ。安倍は70年談話で「お詫び」などする必要はますます無くなってきた。

筆者は慰安婦強制連行問題で、朝日の大誤報が判明した昨年の時点で、これを好機ととらえて、国を挙げて「性奴隷」での一大対外キャンペーンをするよう提言したが、うまくワークしなかったようだ。


そもそも慰安婦強制連行問題は、1992年の宮沢喜一訪韓の5日前に朝日が、1面トップで「慰安所の経営に当たり軍が関与、大発見資料」として大々的に報道、同日の社説でも「朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。


その数は8万とも20万ともいわれる」などと途方もない大誤報をしたことから始まる。韓国世論が激昂し、宮沢の訪韓は「お詫び行脚」となり、勤労動員であった「挺身隊」の呼称が「慰安婦」として定着してしまったのだ。
 

加えて1993年に官房長官・河野洋平が悪名高き発言をする。河野談話発表に当たり、記者団から強制連行の有無を聞かれ「事実があった」と明確に答えてしまったのだ。


自民党の提言はこの河野発言を「重大な問題」と指摘すると共に、朝日の大誤報を「32年間も十分な検証もせずに記事をねつ造し続けた朝日新聞の責任は取り返しがつかないほど大きい」と断じているが、本当に河野と朝日は「取り返しがつかない」ことをしてくれた。しかし河野は29日の名古屋市の講演で提言について「(首相は)なぜ申し訳ないと謝れないのか」と依然悔悟の情などみじんもない発言を繰り返している。


こうして河野と朝日の事実誤認は一人歩きし、日本弁護士連合会(日弁連)に到っては、軽率にも1992年国連へのロビー活動で、慰安婦を「性的奴隷(Sex Slaves またはSexual Slavery)」 として扱い、国連から日本政府に補償をおこなうように働きかけるよう動いた。


こうした動きに軽々に乗ってしまったのが、スリランカ民主社会主義共和国出身の国連事務次長ラディカ・クマラスワミだ。1996年の「女性への暴力に関する特別報告書」の中で公式にはおそらく初めて慰安婦を「性奴隷」と呼んだのだ。


「日本軍性奴隷制の被害者個々人(元慰安婦)に対し、原状回復と賠償を行へ」と要求したのだ。河野、朝日、日弁連の国家をおとしめた責任は極めて大きい。


そこで、どうするかだが、まず国連対策だ。国連に重要加盟国に対してその尊厳を傷つける理不尽な報告を出したことに陳謝と撤回を求めるのだ。国連官僚のクマラスワミなど雑魚に説得工作をしても、拒否されるだけだ。


うじゃうじゃ大使や公使がいる日本の国連代表部は責任者を決めて事務総長など国連首脳部に直接働きかけ「性奴隷」の表現撤回のロビー活動を起こすのだ。潘基文(パン・ギムン)は韓国出身で陰に陽に韓国に肩を持つ不公平な国連運営をしているが、この際ねじ込む必要がある。クマラスワミ報告の修正を迫るのだ。


修正しなければ常任理事国でもないのに負わされている世界第2位の国連分担金支払いを大幅削減すると脅かすのが一番効果的だろう。


そもそも分担金比率はGDP2位の中国が2位となるべきだ。日本が2億7,650万ドルなのに対して、中国は6位で日本の半分の1億3,140万ドルなのはおかしい。かつて宮沢だったか確か意図的に支払いを遅滞させて、事務総長を真っ青にさせたことがあるはずだ。


また小泉内閣当時は常任理事国入りを断念せざるを得なくなり、分担金を削減すべきとの世論が高まった。国連に「性奴隷」の表現撤回を求めることは当然である。


加えてリベラルのニューヨークタイムズなどに有無を言わせぬ一面意見広告を掲載するのだ。この問題は裏の根回しなどでは決着しない。腹を据えて正面切った撤回に取りかかるべきだ。


ただし自民党提言が前文で述べているように「女性の人権と尊厳を著しく傷つけた点に議論の余地はない」という、“いい子”になる姿勢も戦術として重要であり、その上に立って汚名をそそぐのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月29日

◆民主の“大衆動員”違憲論争が空振り

杉浦 正章



自民、極東安保環境の激変を浮き彫り


大向こううけを狙う民主党の安保法制での“違憲プレーアップ作戦”は、前日の参院本会議質問に続いて特別委員会でも行われた。質問に立った福山哲郎は、焦点を違憲の指摘に絞るという事前の党内幹部の打ち合わせ通りに質問を展開。田中内閣当時72年の政府見解について、当時の法制局長官・吉國一郎が「集団的自衛権の権利は行使はできない」と答弁した点を取り上げ、安保法制が合憲であるとの支えにはならないと強弁した。


しかし、この質問設定には、集団的自衛権にもフルサイズの行使と限定行使があることを見過しており政府側から指摘されて、空振りに終わった。


真の安保論争でなく世論うけを狙う違憲論争でデモ動員の得点を稼ぐという邪心丸見えの民主党の作戦は、福山が横畑を「虚偽答弁だ」「辞任せよ」と激昂すればするほど、政府の冷静なる反論の妥当性が浮かび上がった。


そもそも72年の見解がなぜ出来たかというと、ベトナム戦争の最中であり、首相・佐藤栄作とこれを継いだ田中角栄は、米国からベトナム戦への軍事協力を内々求められていた。田中は、これを憲法上出来ないとして断る手段に使ったのである。


安倍が答弁で「吉國長官は国際情勢から考えて出来ないと判断した」と答えたとおりである。72年見解は「わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されない」と集団的自衛権の行使を否定している。


以後政府の集団的自衛権の解釈は、世界各国の常識であるフルスペックの集団的自衛権の行使の否定となった。しかし安倍内閣は昨年7月1日の閣議で極めて限定された形の集団的自衛権の行使を可能とする閣議決定を行った。


もともと72年見解は「国際法上集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然」としており、これに準拠して憲法9条に抵触しない範囲での限定行使の法制化に踏み切ったのだ。


したがって福山質問は当時の見解と現在の政府見解の違いがフルスペックであるか限定容認であるかという決定的な核心部分を無視したものである。


しかし福山は横畑が「72年当時は集団的自衛権の限定的行使を考える人がいなかった」と説明しても頑迷に受け入れない。安倍が「国際環境の変化を考え、行使できる集団的自衛権の概念がある」と述べても、認めず、当初の幹部会の“作戦”どおりに執拗なまでに延々と神学論争にもならない主張を繰り返した。


狙いは何処にあるかと言えば、紛れもなく「大向こううけ」である。国会質問は新聞報道でも、テレビでも、たとえ質問者の質問内容が荒唐無稽(むけい)であっても、その発言はそのまま報道される。視聴者や読者は民主党の指摘が正しいかどうかは判断する能力を持ち合わせないまま、決めつけ発言に合点してしまう傾向がある。


これを利用しようというのが民主党のやり口だ。しかし、時がたつにつれて、理解が深まるのは、安保条約改定と同じだ。安保問題は分かるまでに時間がかかるのだ。国の安全保障に無知なる憲法学者の主張が「曲学阿世」なら、福山質問は「曲政阿世」に他ならない。


憲法違反論にここまでこだわるのは、安保論争を行えば党内は、元国家戦略相・前原誠司など右派が基本的に集団的自衛権の行使容認論であり、分裂を恐れれば憲法違反問題しか追及のより所がないからであろう。本来なら対案を出して論争を挑めば説得力も一段と増すが、対案作成能力はなく、党内左派はこれを許さない。


一方で自民党のひげの隊長・佐藤正久の質問は、独特の明るさで極東の安全保障環境の激変を浮き彫りにした。政府側の答弁も従来国名を名指しで「脅威」を指摘することに及び腰であったが、安保法制がなぜ必用かの論拠の具体的明示に方向転換した。


とりわけ佐藤と防衛相・中谷元との、おそらく事前調整済みのやりとりで、微に入り細をうがって中国と北朝鮮の軍事展開の現状を説明した。中谷は「中国は海洋での活動の質、量を急速に拡大しており、非常に危険だ」と言い切り、プラットホームの軍事転用の可能性が強いことを明らかにした。


また外相・岸田文男は北朝鮮情勢について「北の指導者はこれまでとは違う。自分の叔父を処刑している」とあえて金正恩の「異常性格」に言及、核ミサイル攻撃の可能性もちゅうちょなく発言した。


安倍は北からの防衛について「日米ともイージス艦を日本海に配備してデータリンクが可能だ。その一角が北に崩されると防衛に穴が開く。集団的自衛権の行使はわが国を守るためであり、40年前の政府解釈になかった条件に必然的に直面している」と述べ、環境激変に応じた抑止力の必要を強調した。


安保法制の根拠の明示に踏み切ったこうした政府の姿勢は、民主、共産両党などの卑劣なる「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル貼りに対抗するものであり、時間はかかるが必ず有効に作用するだろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月28日

◆民主党、代表質問で「対案」なし露呈

杉浦 正章



首相、修正に前向き姿勢


良識の府だけに参院での政策論争の深まりを期待したが、本会議の質問を見る限り、野党の追及は衆院の二番煎じの感が濃厚だった。とりわけ民主、共産両党は、正攻法では首相・安倍晋三の理論武装の壁を突破出来ずに、もっぱら、国会外のデモをにらんでレッテル貼りと“揚げ足取り”と敵失を突く作戦に終始した。


とりわけ民主党の北沢俊美が「国民の求めているのは対案でなく廃案」と発言したが、これほど民意を愚弄した言葉遊びはない。新聞の論調、テレビの論議や世論調査で国民世論の動向が民主党に「対案」を求めていることを無視した発言でもある。


これでは先が思いやられる。今日28日からの特別委員会の論議もレベルが衆院以下の二戦級、三選級にならないように期待したいが、来年の参院選を控えて無理か。


野党の追及姿勢の焦点は、いかにデモを扇動するかに“腐心”した様子がありありと出た。


北沢発言の「対案でなく廃案」はまるでデモのキャッチフレーズだ。産経の調査で民主支持層の73・3%が「対案を提出すべきだ」と回答、自民党支持層の61・5%、公明党支持層の59・1%も対案を出すべきだとしていることを無視している。他社の調査も同様な傾向だ。


一方朝日の調査で自民党が31%の高支持率を維持しているのに対して、民主党支持率が9%にとどまり、産経に到っては民主党支持率が減少していることが何を意味するかだ。これは衆院での民主党が大向こううけする政権追及に終始し、デモを扇動したものの、肝心の民意は期待通りに動いていないことを意味している。


つまり、民主党の敵失追及姿勢が空回りしていることの左証でもある。28日付朝日によると民主党の幹部の1人が「法案の『絶対反対層』は共産党に取られ、『容認層』は自民党に取られている」とぼやいているそうだが、同幹部は実に正直だ。民主党は“もがく”わりに、効果が出ていない。


共産党の市田忠義の質問でも「憲法違反の戦争法案は明確。軍事対軍事の悪循環が最も危険」とまるで55年前の安保改正時と同様にソ連や中国側に立ったような質問を繰り返した。反論するまでもないが筆者に言わせれば「軍事対抑止」の好循環を作り出すのが安保法制だ。


それにつけても市田の質問は声やトーンまで委員長・志位和夫とそっくりなのはどうしたことか。昔全体主義を書いた小説「マリオと魔術師」(トーマスマン)を読んだことを思い出した。


答弁では維新の小野次郎の質問に対して安倍が「衆院での修正協議は共通の理解を得られた。協議は継続される。良い結論を出すために、しっかり議論し可能な限り一致点を見出すようお互い努力すべきだ」と修正に前向きな姿勢を改めて打ち出したのが注目された。


最近公明党の支持母体・創価学会婦人部を中心に党の安保法制に対する姿勢への批判が高まっており、自民党の一部にはこれが公明党の離反を招いて、廃案になりかねないとの警戒感が生じている。首相発言について自民党筋は「安倍発言は公明党への“けん制”と見られなくもない」と漏らしている。


公明離反に維新の取り込みで対処しようとする思惑があるというのだが、筆者はそうとも思えない。代表質問の公明党・荒木清寛の質問には“とげ”があるようには見えなかった。学会大事の公明党のことだから用心は必用にしても、まずこの時点での「裏切り」はあり得ないだろう。


そこで今後の展開だが、公明離反による「廃案」を論外とすれば、与党過半数による強行採決か、時間切れで60日ルールによる成立への2択しかないだろう。


まさかの解散は支持率の流れから見て、小泉の郵政解散のように圧勝というわけには行くまい。安倍はここは我慢すると思う。今後、民主党の戦略は衆院と同様に、憲法違反論に加えて失言などで敵失を突く戦術しか見出せないと言ってもよい。


そのきっかけにしたいのが、首相補佐官・磯崎陽輔の「法的安定性は関係ない」発言だ。憲法解釈を軽々に変えないことが、「関係ない」と受け取られ、枝野は鬼の首でも取ったかのように「法の支配という観点から行政に携わる資格はない」と罷免を要求したが、どっちもどっち、目くそ鼻くその議論だ。


それでは「戦争法案」「徴兵制」のレッテル張りはいいのかと言いたい。新聞も枝野の声高な期待のようにまともに「罷免要求」などしていない。


こうした民主党の姿勢に対して、代表質問で自民党の山本順三が「野党各党は『戦争法案』『徴兵制につながる』などと情緒的議論に終始した。それこそが国民に法案の中身が伝わらない原因」と断定したが、見事であった。


党内対立で「対案」も出せない民主党は千載一遇の「追い風」に、帆を膨らませて快走する状況にはとてもない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月24日

◆70年談話には「お詫び」は必要ない

杉浦 正章 



米議会絶賛の首相演説が基調になる方向


元首相・村山富市が23日国会前で「戦争法案反対」のシュプレヒコールをあげたが、このところ社会主義者の本性丸出しの発言が目立つ。年を取ると幼児化現象が起きるというが、まさかそうではあるまい。


しかし首相たるものが安保法制の内容もろくろく読まずに「戦争法案反対」のレッテル貼りでもないと思う。このような首相が、「社会党政権」の雰囲気に押されて出した談話を、首相・安倍晋三がそっくりそのまま引く継ぐ必要は無い。


とりわけ「お詫び」は必要ない。村山は全部引き継ぐよう要求しているが、首相経験者としての自覚が足りない。「お詫び」は村山が一手に引きうけたのであって、後輩にまで「詫びろ」というのは、自覚が足りない。


70年談話の内容については超秘密も良いところであり、推理力を働かせるしかない。しかし安倍の過去の発言から見れば全体像が自然と浮かんでくる。


まず、村山談話の中核は「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の3点セットである。「植民地支配と侵略」「心からのお詫び」について安倍は「同じ言葉は使わない」と言明している。「侵略」については「侵略の定義は定まっていない」が基本的な考えだろう。ただ「70年談話有識者墾」では「必用」「不要」の両論が出ており、何らかの表現は受け継ぐかもしれない。


「痛切な反省」については、既に4月29日の米議会演説で同じ言葉を使っている。これに先立つ4月24日のバンドン会議でも「バンドン平和10原則」について「日本は、先の大戦の深い反省とともに、いかなる時でも守り抜く国であろうと誓った」と述べ、「大戦の反省」に言及した。したがって「痛切なる反省」はまず継承される方向だ。


この結果最大の焦点は「心からのお詫び」に絞られるが、安倍は「同じ言葉を入れるのであれば談話として出す必用はない。村山総理は村山総理として語られた。小泉総理は村山談話を下敷きとした。(同じ談話を出すなら)名前だけを書き換えれば良い」として強い拒絶反応を示している。


こうした気持ちを集大成して満を持して行ったのが米議会演説である。この中でスタンディングオーベーションを受けた部分の一つが「先の大戦に対する痛切な反省を胸に刻み、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない。これらの思いは歴代首相と全く変わらない」である。


筆者は70年談話の基礎になるのがこの部分であると考える。3点セットに照らし合わせるとまず「痛切な反省」はそのままの言葉でクリアしている。次ぎに「植民地支配と侵略」は「アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない」である。そしてお詫びについては言及していないが「これらの思いは歴代首相と全く変わらない」に含まれていると言えば含まれている形にしている。


この骨格に対して関係国がどう反応するかだが、米政府は、議会が万雷の拍手で歓迎した発言に文句はないだろう。


国務次官補・ラッセルが21日、「(安倍)首相には、前任者たちと同じように、日本の政府と国民が第2次世界大戦について思い、示してきた反省の気持ちを表明してほしい」と発言したが、「反省」はとっくに表明しており、問題はない。ラッセルは入れると分かっているから発言しただけだ。


問題は中国と韓国だ。両国とも国民の不満の目を日本にそらすことに歴史認識を使う方向では同類だが、ニュアンスは違う。その違いにくさびを入れるかのごとく日本外交の根回しがあるように見える。


中国は国家安全保障局長・谷内(やち)正太郎が今月16日に北京で国務委員・楊潔チと会談して根回しをした公算が濃厚だ。会談で70年談話が話し合われたことは間違いない。


中国は首相・安倍晋三のバンドン発言について駐日大使・程永華が「中国は具体的にどういう言葉を入れるかについては要求していない。戦争を反省し、歴史を繰り返さない誠意を見せて欲しい」とやや柔軟に見える。


しかし新華社電は3点セットを要求しており、微妙だ。バブルが弾けて中国経済は危機的状況にあり、日本との経済交流を推し進めたいときであり、俯瞰すれば談話より経済の本音も垣間見える。


一方韓国は、どんな談話でも悪意のあるマスコミが「あれがない。ここが悪い」と非難するのは間違いなく、ただでさえ支持率低迷を気にする朴槿恵もこれに同調することは確実である。何を言ってもさらなる要求をしてくる国であり、とりわけ「お詫び」がない事には、強い反応が出ることは間違いない。


しかし米中との根回しが成功すれば、歴史認識でも孤立する。朴槿恵も早々に矛を収めざるを得ないだろう。


ドイツのメルケルがフランスとの和解について「隣人に恵まれていた」と発言したが、これは日本が隣人に恵まれていないことへの同情論でもある。そもそもドイツは首相・ブラントがワルシャワでユダヤ人虐殺の記念碑のまえでひざまずき、大統領ワイツゼッガーが「過去に目を閉ざすものは現在も盲目になる」と名言を吐くなど、演出がうまいが、明白なる謝罪など全くしていない。


ドイツ人は古傷に触れられることに不快感を抱いており、これは日本と同じだ。日本としては寛容なる隣人の存在がうらやましいが、少なくとも「謝罪」の繰り返しは、いいかげんにうんざりだ。やめることが正解だ。詫びてばかりいると国民のサイレントマジョリティの意気消沈と自信喪失の方が怖いからだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月23日

◆中国のガス田は前進基地に他ならない

杉浦 正章
 


野党は「机上の空論」の時ではない
 

あっという間に16基に膨らんだ。中国の海洋プラットホームの建設である。


中国外務省報道局長の陸慷は22日、日本政府が中国による東シナ海のガス田開発の写真を公開したことについて「日本のやり方は対立を作り出している。東シナ海での協力や対話に明らかに役立たない。ガス田開発は全く正当で合法」と非難する談話を発表した。


しかし、本当に経済的利益だけが目的かといえば、冗談も休み休みに言えということになる。南シナ海への進出と合わせればプラットホームは、間違いなく中国が九州を起点に、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたる第一列島線を突破し、太平洋の海洋覇権確保を目指す「前進基地」の性格を帯びる。


まさに中国国家主席・習近平の目指す「海洋強国路線」を忠実に展開しているのである。日本にとっては戦後まれに見る危機であり、この安保環境の激変は、安保法制で重箱の隅をつつく野党の「机上の空論」を全否定してしまうものだ。


政府がここに来てガス田の実態を発表したのは、安保法制論議でお花畑のような平和天降り論を展開する野党に冷水を浴びせかけるものである。なぜ冷水かといえばガス田はすぐにでも軍事要塞化する可能性があるからだ。


防衛相・中谷元は国会答弁でガス田について「レーダーを配備する可能性がある。空中偵察も極めてやりやすくなる。東シナ海の中国の監視能力が向上して、自衛隊の行動が従来より把握される可能性がある」と発言した。


防衛省筋によればプラットホームはすぐにでも軍事基地として転用可能であり、日中中間線にレーダーを配備すれば、沖縄、南西諸島全域の日米両軍の動きを掌握出来る上に、海中に超音波探信儀ソナーを設置すれば潜水艦の動きまで手に取るように掌握出来る。


そのためかヘリポートも大型だ。これまで沿岸部のレーダーは地球が丸いためせいぜい尖閣諸島までしか把握できないといわれるが、プラットホームの存在は中国の戦略的な立場を一挙に有利なものとする可能性が高い。


場合によっては核ミサイルを持ち込めばミサイル基地として使えることにもなる。尖閣諸島や沖縄、日米艦船に中・短距離ミサイルが届くのだ。そうなればソ連が1962年にキューバにミサイルを持ち込もうとして、ケネディに阻止されたキューバ危機に勝るとも劣らない危機である。野党やデモ隊の知ろうとしない「環境の激変」とはこのことだ。


このプラットホーム建設の動きは、2012年の野田政権による尖閣国有化後急速に動き始めた。もともと日中は2008年に白樺ガス田を中心とする海域を共同開発区域とする方針で合意、条約化する方向であった。


ところが、2010年の尖閣沖漁船衝突事件で交渉は中断。その後の尖閣国有化が共同開発の座礁を決定的なものにした形だ。中国は2008年の段階では外務省ペースで事を運んだが、尖閣国有化は軍部を刺激して、習近平もこれを支持。条約化の国内手続きが事実上不可能になった形だ。


その軍部の主張の下に習政権はプラットホームの建設を急ピッチで進め、これまでに既存の4基に加えて12基を建設するという結果となった。


軍部ペースで建設が進んだということは、ガス田が戦略的に極めて大きな不沈空母とも言える価値を持つことになるからだ。したがって資源エネルギーの確保は実は二の次であるのだ。中国は南シナ海のスプラトリー環礁を埋め立て、対空砲などを持ち込み、3000メートル級の滑走路を作っているが、習の海洋進出構想は着々と進んでいることになる。


南シナ海は日米同盟にとって直接的な危機を意味しないが、東シナ海のプラットホームは、同盟の戦略にも大きな影響を与えざるを得ないだろう。日米は戦略の立て直しを協議する必要がある。


共同開発は日中妥協の産物だが、これだけ多数のプラットホームが建設されては、いまや一つや二つの共同開発を進めても気休めにすぎなくなりつつある。中国側は巧妙にも日中中間線の中国側での開発を進めているが、天然ガス資源は地下でつながっている可能性も強く、まさに日本の資源を吸い取るという厚かましさだ。


日本としては国際司法裁判所に持ち込むことも考えられる。境界がはっきりしない地域での一方的なガス田建設は国際法に違反する疑いが濃厚だからだ。司法の場に移れば少なくともこれ以上の建設はしないというのが普通の国だが、中国のことだから予断は出来ない。ただし、領土問題は相手国が既成事実を重ねこれに適時に抗議しなければ主権が移ることがある。


首相・安倍晋三は出来れば早い段階での習近平との3回目の会談を模索しているようだが、いうまでもなくガス田問題を取り上げ中止を明確に求める必要がある。


一方で野党は一国平和主義がガス田問題でいよいよ通用しなくなったこと、安保法制の早期実現が不可欠になってきていることを理解すべきだ。左傾化新聞も若者をだまして、デモに動員する姿勢を改めるべきだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年07月22日

◆浮上 共産+SEALDs+朝日構図

杉浦 正章
 


民主枝野は「倒閣」で突出
 

天声人語がアジビラを書くとこうなるという典型が、去る7月12日付のそれである。


「若者がんばれじゃなくて、全世代で集まれよ!彼らの呼びかけ通りの壮観である」「勝手に決めるな。それは、決めるのは私たち、主権者は私たちだという叫びである」「投票だけが国民の仕事ではない。『国民なめんな』のコールが起こるのは当然」。


何れも達意の名文だったが、プロが見るとデモを扇動しようという邪心が垣間見える。不偏不党の報道機関としていかがなものか。天声人語はSEALDs(シールズ)や「ぼくしゅけ」など主催者団体のプラカードや主張を巧みに文章に取り込んでいる。朝日の“支援”は一部の若者を奮い立たせるに違いない。


明らかに青年達をアジテーションで鼓舞して、自ら狙いを付ける安保法制破棄を実現しようというものである。


これは同社の先祖の記者達が安保条約の改定で作った紙面そっくりである。安保の場合はアジり過ぎて、まるで革命前夜。死人まで出す事態となり、在京各社一致のデモ沈静化声明に到って、左翼新聞はようやく敗北を知ることになる。


アジだけではない。朝日はデモ団体の広報紙の役割をしんぶん赤旗と共に果たしている。


例を挙げれば◆11日(社説余滴)「いざという時が来た」◆16日「(ウォッチ安保国会)若者が紡ぐ反対の声」◆19日「あの筆文字プラカードの作り方、コンビニで拡散」(メッセージを発信したい側はセブン―イレブンやローソン、ファミリーマートなどにある複合機で番号を入力すると、印刷できる)。といった具合でデモ拡大に社を挙げて“協力”している。


17日電子版の「安保法案、立憲主義に反する、学生ら21日、反対デモ」の記事では、SEALDsKANSAIのデモの道順を報道、「詳しくは団体のウェブサイ(http://sealdskansai.strikingly.com/)へ」という具合だ。


明らかに「不偏不党の地に立って言論の自由を貫く」とした朝日新聞綱領などかなぐり捨てて、なりふり構わぬ「デモ扇動新聞」と化している。


一方、しんぶん赤旗にいたっては、連日デモの日程を掲載している。とりわけSEALDsとの関係が濃厚に見える。


赤旗は言うまでもなく共産党の資金源であり機関紙である。その特徴は自分の味方と思っている人物や組織しか報道しない。元自民党代議士の藤井裕久、古賀誠などがしょちゅう出てくるのは“味方”と思っているからである。親戚の原水協は報道しても原水禁は報道しない。


ネットで専門家は「共産党系とそうでない団体の判別法を教えてあげよう。赤旗で無条件に、積極的に紹介している団体。これが共産党系。同じような趣旨の団体でも、社民党系や新左翼系など自分たちの言うとおりにならない団体は、報道しないのがしんぶん赤旗だ」と説明しているが、明快だ。


別の専門家は「SEALDsの正体は共産党系列の民青。無党派を装い、学生代表の様に声を上げる」と断じている。最盛期の1970年には民青の数は約20万人を数えたが、近年は2万人程度で推移しているようだ。


パンフレットは「高校生から社会人まで全国に2万人」としている。まさに高校生にまで入り込んでおり、アジればデモに参加するくらいの力はあるのだろう。


こうした図式を見ると共産党は明らかにSEALDsなどデモ集団とつながりをもち、民青の勢力拡大を狙っているらしい。朝日はSEALDsなどをアジテーションで積極的に動員する役割を分担していることが分かる。まさに「共産+SEALDs+朝日」の構図が今回の安保法制反対運動の構図であるのだろう。


こうした構図を知ってか知らずか民主党も、「SEALDsバス」に乗りくれまいと懸命だ。幹事長・枝野幸男は民法テレビでデモを褒めちぎり「今回の主役は国民の声と安倍首相との戦いであり、我々は主役ではない」とまで言い切った。


枝野の描く戦術は参院の審議を通じてデモを盛り上げ政権への圧力を増幅させるというものであり、かつての社会党が「アンポハンタイ」で取った国会の内外を呼応させる戦術をそのまま踏襲するのだろう。


その思惑は、60年安保のデモのシュプレヒコールが「アンポハンタイ」から「キシヲコロセ(岸を殺せ)」に変容したことを参考に、最終的には倒閣運動に結びつけようとしていることであろう。枝野はテレビで「法案を止めるには総辞職か解散しかない。まずは総辞職、安倍内閣退陣で廃案に持ってゆく」と、内閣打倒を宣言した。


それではこの戦略が成り立つかどうかであるが、とても無理だと思う。安保で岸は退陣したが、当時自民党内は松村謙三、石橋湛山、宇都宮徳馬ら反主流派が、中国の「意向」を受けてアンポハンタイを打ち出し、主流派との党内抗争の状態であった。安保条約改定に反対して本会議を退席した議員は12人いる。


しかし主流派の方が圧倒的に力が強く、政変を起こす力はなかった。むしろ岸の退陣はデモで樺美智子が圧死したことなど社会情勢の激動が、大きく作用していたように思える。


今回の場合党内事情は、盤石と言ってもよいだろう。問題はSEALDsなどと、野党の“連携”が何処まで発展するかだが、ここは政府・自民党は積極的に対応策を打ち出す必要がある。「獅子は小虫を食わんとてもまず勢いをなす」というが油断せずに、全力を尽くして立ち向かうべきだ。


まず市民運動への対抗策である。相手が「戦争法案」のデマ作戦なら、自民党は「共産党に子供を取られるな」「子供を共産党から守れ」などのプロパガンダであろう。両親が息子や娘に共産党が喜ぶ行動をすることを戒めるよう説得させるのだ。それには自民党は、情報戦に乗り出す必要がある。


内調情報のリークでも何でもよい、とにかくデモの背景や実態をメディアを通じて明らかにするのだ。もちろん安保改正時と同様な中国の「工作」があればそれを暴露する必要がある。


また参院審議では先に述べたように自民党の質問を、事前の調整で充実させるのだ。新聞はこれまで自民党だとろくろく報道しないが、政府答弁にニュースを盛り込み、新聞が書かざるを得ないように仕向けるのだ。また安倍のネットトークも好評だ。継続すれば良い。ネットは一人で見るのが普通だが、20日のフジテレビは絶賛できる。


安倍の分かりやすい説明と、小道具を使った巧みな演出に、家内と食事をしながら議論できた。ほかの家庭でも親子が議論したケースも多かっただろう。議論は理解につながる。公共放送であるNHKもデモばかり翼賛していないで、当然同様の放送で国民への周知に協力するべきだ。ただし司会は左傾化解説委員にやらせてはならない。


フジで安倍は「支持率のために政治をやっているのではない。やるべきことはやっていきたい」と述べた。NHKで自民党副総裁・高村正彦も「支持率を犠牲にしてでも平和と安全を守るために国民のために必用なことをやってきたのがわが党の誇るべき歴史だ」と言明したが、一連の発言には感動した。


この真摯な自民党の姿こそ責任政党とデマゴーグ政党を分けるものである。日本人は馬鹿ばかりではない。やがては支持率挽回につながるのだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月17日

◆参院の野党デマゴーグに3つの対抗策

杉浦 正章



自民は衆院の弛緩を戒め「着地」に備えよ
 

参院は「良識の府」だが「再考の府」とも呼ばれる。首相・安倍晋三はせっかく衆院を通った安保法案を「再考」するわけがないが、それでは野党が安保法案の追及方法を「再考」するかと言えばしない。


47歳で必死におばさん風になるのを食い止めている蓮舫が「辻元清美おばん」に代わって金切り声を上げる。なぜ上げるかと言えば、来年改選だからだ。


首相・安倍晋三は「参院では良識の府ならではの丁寧な説明に力を入れてゆきたい」と“熟議”を期待している。確かにもう法案の成立は確定的であり、落ち着いた論議で安保法制の真の姿を浮き彫りにすべきだ。


しかし参院野党はおそらく衆院以上に目立ちたがる質問者が大向こううけのポピュリズム質問に徹するだろう。したがって議論は平行線をたどってしまう恐れが強い。それでは安倍自身が認める国民の理解不足をどう解消するかだ。方法は三つある。


一つは審議時間も結構長い与党の質問を活用することだ。普通与党質問というと記者席も居眠りが多くなる。なぜかと言えば与党議員は、自分の首相への売り込みとポストを狙ってか、ごますり、お追従質問が目立ち、実力者は私見開陳が長くなる。したがって寝ていてもニュースは出にくい。

これを事前の打ち合わせを綿密にとることにより、国民に分かりやすい質疑応答に変化させるのだ。衆院でのやりとりをつぶさに観察したが、そのやりとりを整理すれば最も重要なポイントで平行線が多いことが分かる。


まず決定的なポイントが「抑止力が高まる」VS「米国の戦争に巻き込まれる」の平行線。次に「合憲」VS「違憲」、「自衛隊のリスクは高まらない」VS「高まる」などでかみ合わず平行線をたどった。これらの急所についてなぜそうなるかを自民党に質問させ、答えるのだ。


安倍がネット映像を使ったPR作戦「安倍さんがわかりやすくお答えします!平和安全法制のナゼ?ナニ?ドウシテ?」が分かりやすく好評だったのも、自民党女性議員との打ち合わせを経ているからだ。


重要ポイントは視聴者が分かりやすいテーマごとに分けた質疑応答をすることかも知れない。衆院での質疑の場合テーマがごっちゃになり、集団的自衛権かと思えば後方支援をやっており、何が何だか分からなくなるケースが多かった。誰がどのテーマで質問するかなど調整するのだ。存立危機自体とは何か。


米艦艇への攻撃をわが国への攻撃の『着手』と受け取り、個別的自衛権で対処出来るという主張は正しいのか。戦闘区域、非戦闘区域の判断、武力行使と警察権発動の違い、「海外派兵」はするのかしないのか、などテーマごとに事前の調整を済ませて質疑応答をすればかなり分かりやすくなると思うがどうだろうか。


第二が「安倍さんがわかりやすくお答えします!」の継続だ。内容的には実に良かったが、欠点は場所が良くない。狭苦しくて、照明も悪く安倍の顔が暗く見えた。


この際ルーズベルトの炉辺談話を踏襲して、首相公邸の喫煙室奥の暖炉でも活用してはどうか。シャンデリアも見事だし、演出効果も十分ある。常設的にセットを作って、安倍がいちいち出かけなくても、思いついたときや、国民に説明したいときに随時炉辺談話を発信するのだ。


安保法制が済んだら他の話題、アベノミクスを始め例えば世間話やペットの話し、災害地視察の感想などでもいい。要するに安倍自らの人となりをネットで露呈するのだ。ネットなどは大げさに考えなくても、気軽かつ慎重に扱えばよいのだ。


第三が衆院自民党の活用だ。とくに若手議員の活用が良い。田中角栄ではないが「戸別訪問5万軒」や街頭での演説で国民に直接訴えるのだ。野党は衆院は夏休みだろうから、自民党は夏休み返上で頑張らせるのだ。


だいたい若手議員が夏休みや海外旅行なんてとんでもない話だ。やるやらないは別として「来年夏はダブルがあるぞ」と脅せば、飛び上がって動き出す。1−2年生の若手が当選するかどうかで勝負は決まる。それにはこの夏から必死で「安保法制の真実」を国民に定着させる努力をしなければ駄目だ。


マンツーマンで説得しなければ、曲学阿世の「憲法違反」や、民主党や共産党の「戦争法案」のデマゴーグ戦略に破れる。概して若手は安倍の人気で当選する癖がついているから、甘い。この際体育会的にしごく必要がある。


過去に参院で否決された法案の例は13例あり、そのうち郵政法案など10法案が衆院の3分の2で再可決している。野党は廃案に追い込むとしているが、廃案は3例のみだがたいした法案ではない。


まず必ず成立するが、60日ルールの存在は政権にたるみをもたらす恐れがあり、「高名の木登り」の故事を拳々服膺(ふくよう)して着地に注意する必要がある。

       <今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2015年07月16日

◆極東の軍国主義に決定的な抑止力

杉浦 正章



安保法制9月成立が確定的に
 

70年続いた太平の世が日本に平和は天から降ってくるという「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)の気風をもたらしており、為政者は国際情勢を見極めて時には国民に苦い薬を飲ませなければならないことがある。それが岸信介の日米安保条約改定であり、安倍信三の安保法制である。


捨てておけば鼓腹撃壌の民は野党のデマゴーグに踊らされ、衆愚に陥り、日本は軍国主義の近隣諸国の絶好の餌食になる。


集団的自衛権の導入が確定したことは、極東における軍事バランスに決定的とも言える変化をもたらす。日米同盟の質は格段に高まり、時が満ちれば尖閣諸島を自国に組み入れ太平洋の覇権を握ろうとする中国を思いとどまらせ、北朝鮮には対日核ミサイル戦略の見直しを迫まることになろう。


韓国は集団的自衛権の行使が可能となったことで、朴槿恵はあらためて「反日」路線が北に対峙(たいじ)するためには得策でないことを知る必要がある。
首相・安倍晋三は参院段階でも2か月にわたり丁寧なる説明をする方針であり、やがては国民の理解も深まるだろう。

◇採決は民主主義の王道

15日の安保法制特別委は民主党議員がプラカードを掲げて委員長席に殺到、まるで国会前のデモ隊が乱入したかのような様相を呈した。辻元清美は昔の長屋のおかみさんのような金切り声を上げ、みっともなかった。いずれも言論の府にはあるまじき振る舞いである。


しかし民主党に腹が据わっていれば、安倍内閣不信任案を上程するところであろうが、その度胸もない。党内は分裂状態に陥る恐れがあるし、解散されれば態勢が整っていない。


採決強行を民主党は民主主義の破壊と決めつけるが、自民党が公明党と共に戦後6番目の長時間審議の末に、法案採決に踏み切ったのは、最後は多数決で決めるという民主主義の王道を選んだものであり、国会運営に何ら瑕疵(かし)はない。民主党は3年の政権時代にくだらない法案で10数回の強行採決をしているではないか。自分のしてきたことを棚に上げてはならない。

◇対中包囲網に支柱

極東の安全保障環境を俯瞰(ふかん)すれば近隣諸国首脳は安保法制が極東の安全保障にとって、極めて強い抑止力として作用するものであることを理解しなければなるまい。集団的自衛権の行使を容認した日本の存在は、日米同盟が北大西洋条約機構(NATO)に匹敵する戦争抑止力となり得ることを物語るからだ。


GDP1位と3位の経済力の裏打ちがある上に、日本の海軍力は中国をしのぐとされている。加えて日本と豪州は準同盟国的な関係となっている。


対中警戒心の強いインドも、いざという場合には日米豪準同盟に、参画する可能性が高い。要するに安保法制は海洋覇権を目指す中国に対する包囲網にとって重要なる支柱の役割を果たすことになるのだ。


中国はその覇権戦略の見直しを迫られざるを得まい。軍部の独走もあって東・南シナ海で傍若無人の振る舞いをしてきた中国は、今後艦船や航空機に対するレーダー照射など日本を小馬鹿にした挑発行為は慎むだろう。


中国の新華社電は安保法制について「日本がいつでも必要に応じて自衛隊を海外に派遣し、米軍など他国の軍隊に軍事支援を提供することを認める内容だ」と伝えたが、この報道の中身は誤解があるにしても、報道自体は独走する。中国軍部には戦慄が走ったに違いない。これが安倍の目指す戦争抑止力なのだ。

◇北の核攻撃にどう対処する

一方、鼓腹撃壌の民に分かりやすく説明すれば、北の核戦略への影響である。北は金正恩が指導者になって以来、軍国主義の道をひた走りに走っており、2013年には驚くべき宣言をしている。同年4月10日朝鮮労働党の機関紙は、「東京、大阪、横浜、名古屋、京都には、全人口の3分の1ほどが暮らしている」と、5つの都市の名前を具体的に挙げたうえで、「これは、日本の戦争持続能力が一撃で消滅する可能性を示す。


日本が戦争の火をつければ、日本列島全体が戦場に変わる」と核ミサイル攻撃を宣言したのだ。これに先立ち横須賀、三沢、沖縄の米軍基地も核ミサイルで攻撃すると表明している。要するにかつてのソ連ですらしたことがない露骨な「核攻撃宣言」である。


鼓腹撃壌なるが故にノーテンキに東京でデモを行っている人達に、聞いてみたい。北の核ミサイルは良くて、防御の態勢作りは反対なのか。曲学阿世なる憲法学者やノーベル賞学者にも同じ質問をしたい。


こうした緊急事態に対処するには集団的自衛権の行使は不可欠なのだ。なぜなら北は日本を攻撃する前に米国のイージス艦を攻撃してその戦力を奪おうとすることは目に見えている。その際、日本が米艦を防御しなければ、米海軍は北の核ミサイル発射基地を粉砕出来ないのだ。


もちろん核ミサイルにはより精度の高い核ミサイルで反撃が行われるから、北は事実上消滅するだろう。そういう切迫した事態が起こらないと言えないのが刈り上げの指導者のいる北朝鮮なのだ。鼓腹撃壌の民や左翼メディアは目を覚ませと言いたい。

◇朝日の社説はおみおつけで顔を洗え

その鼓腹撃壌を扇動するのは朝日など左傾化メディアだ。16日の朝日の社説も鼓腹撃壌のトーンで貫かれている。見出しに「戦後の歩み覆す暴挙」とあるが、これは70年平和でいられたのは朝日が先頭に立って反対した日米安保条約改定が大きいことが全く分かっていない。


「中国の台頭はじめ、国際環境が変化していることは首相の言うとおりだ」と初めて安倍の主張を認めたのはいいが「憲法改正の手続きを踏むことが筋道」と結論づけている。切迫した国際情勢を知っていながら、10年かかりかねない憲法の改正を悠長にやれというのだ。これは大矛盾の最たるものだ。


集団的自衛権の限定行使は、日本がようやく普通の国に一歩近づいただけのことであり、やっと当たり前の国際常識のレベルに達したということだ。


国会の手続きは完璧であり、朝日の言う「法治国家の基盤が崩れる」事はあり得ない。最後は多数決で決めるのが民主主義国家であり、論説子はおみおつけで顔を洗って出直した方がいい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月15日

◆野党と朝日に安保法制で敗北感が濃厚

杉浦 正章



会期内成立は確定的に


緊迫した政治状況への判断は政治記者にとって“感性”が不可決だが、その感性を持って安保法制国会を見れば、野党と朝日などリベラル系マスコミに敗北感が濃厚だ。


理由の一つは民主党も左傾化マスコミもデモなど外部の運動に頼り始めた。もう一つは国会で物理的抵抗をしてでも、採決の遅滞を計るような意気込みが民主党にないことだ。同党には15日採決をする衆院特別委員会には欠席するが16日の本会議には出席する動きもあり、腰が定まらない。


審議引き延ばしを狙った維新も自民党に裏を読まれて、不発に終わった。ここに来て政府・与党は「疾(と)きこと風の如く」に、姿勢を転換。法案は16日か17日には衆院を通過する見通しであり、9月末までには成立することが確定的となった。

こうなったらデモを扇動するしかないとばかりに民主党幹事長・枝野幸男が動いた。14日の日比谷の集会に出席して「もはや安倍内閣に権力としての正当性はない。党派を超えて連帯し安倍政権の暴挙と戦っていく」と発言、成立阻止に向けての大衆行動をけしかけた。


しかし採決前夜だというのに、集まったのはたったの1万数千人。安保条約改定時と比較すれば、最も盛り上がった60年6月15日には全国で580万人がデモに参加、国会は11万人が取り囲んだ。かつての霞ヶ関の官僚トップは「安保の時は霞ヶ関の省庁の職員が窓から手を振って応援したが、今は無関心。手を振る者はいない」と述べる。


たしかに筆者は学生時代にも「アンポハンタイデモ」に参加したが、官僚や通行人から手を振って支援してもらって心強かった記憶が鮮明だ。


◇群羊を駆り立て虎狼に向かう

民主党代表・岡田克也は「議論すればするほど国民の関心は高まる」と言うが、実態は希望的観測に他ならない。民主党は中国戦国策の「群羊を駆り立て虎狼(猛虎)に向かう」という格言をそのまま実行しているにすぎない。


朝日新聞の論説副主幹・立野純二も語るに落ちた。報道ステーションで「一つの光明は、多くの若者、サラリーマンが街に出て思いを口に出している。民主主義の成熟が見られる」と述べた。まさにその「一つの光明」でしかない敗北感を正直に述べてしまったのだ。しかし光明が「群羊」ではいかんともし難い。


シュプレヒコールも「戦争反対」「9条守れ」だが、自民党幹部は「安倍総理も同じ。戦争はしないし反対だ。9条も守ってぎりぎりの範囲で法案を提出した」と述べる。民主党や共産党が流したレッテル張りに基づくシュプレヒコールが、首相官邸と同じではどうしようもない。


◇維新は馬糞の川流れ
 
一方国会では、まず維新があえなく挫折した。代表・松野頼久らの「陰謀」が自民党に見抜かれてしまったからだ。松野は独自の法案を提出する事により、国会審議引き延ばしに出たのがばれてしまったのだ。

「破たんはもともと分かっていた」と松野グループはうそぶいていると言うが、法案提出権を審議延長の手段に使うというのはまさに“邪道”であろう。存在感誇示は不発に終わった。維新は主柱を欠き馬糞の川流れでバラバラの状態だ。


民主党も、安倍の出した法案には反対を打ち出したものの、集団的自衛権そのものについては、党内事情で賛否を表明できず、腰の定まらない論議に終わった。同党が取り上げた「自衛隊のリスク」論は、安倍によって「国民のリスク」を逆提起され、反論できないままだった。


「歯止め」についても、政府・与党が示した3要件に説得力があり、これに加えて「国会の承認」があるわけだから、多数をとれば阻止できる。民主党は出来るなら阻止すれば良い。岡田の「武力行使するしないを政府に白紙委任することになる」という主張は、「徴兵制を導入する」と並んでレッテル張りの双璧だった。

◇石破は総裁候補落第

 こうして論戦でも国会運営でも野党の敗北感が漂っており、「群羊」頼みも事実上不発に終わった。民主党は15日の特別委の採決には維新などとともに欠席する。この欠席戦術はまさに審議放棄であり、本来なら最後まで論戦を張って反対論を述べるべきだ。


「女の腐った」という表現は女に文句言われるから、新造語で言えば「男の腐ったような対応」だ。さすがにばつが悪いと見えて民主党内には、本会議には出席して反対討論だけでもすべきであるとの「正論」も台頭しているが、まだ執行部が決めるかどうかは不明だ。


これにより奇しくも戦後70年と安保改定55年の節目に、戦争抑止に主眼を置いた安保法制が確定的に実現する流れとなった。


それにつけてもここに来て地方創生相・石破茂が「国民の理解が進んできたと言い切る自信がない」と発言、さっそく枝野に「評論家的に言って、いい子になろうとするのであれば、『石破さん、感じ悪いよね』というふうに言われるのではないか。政治家ならば法案を止めるべきだ」と揚げ足をとられた。初めて枝野の発言にしてはさえていると感じた。


党全体が血眼になっているときに「自信喪失」はあるまい。こんな発言をするようでは、 石破の総裁候補としての立場に疑問符がついた。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月14日

◆サイレント・マジョリティの存在

〜歴史が証明する〜

杉浦 正章




政府・与党は堂々と安保で中央突破せよ


安保法制をめぐる論議で筆者の脳裏から離れないのが果たして「サイレント・マジョリティ(声なき声)」が存在するかどうかだが、歴史に準拠して考えてみることにした。


国論を分断した過去の3大安保論争は明治維新、戦争直後の講和論争、1960年の安保改定論争であるが、いずれもサイレント・マジョリティが確かに存在し、ノイジー・マイノリティ(声高な少数派)が最終的に敗北している。


奇妙なことにサイレント・マジョリティは後からジワリと国民に浸透し広がるのだ。おそらく今回もサイレント・マジョリティは存在するに違いない。


これは日本人が単一農耕民族で、近隣との争いを好まず、争っても引っ越すわけにはいかず最後は和解せざるを得ないというDNAを持っていることに起因しているからに違いない。だから自分の意見は最後に勝負が決まるまで出さないか、勝負が決まりそうになって初めて出すのだ。


明治維新は一般に嘉永6(1853)年の黒船来航から始まって、慶応三(1867)年の王政復古の大号令、慶応四(1868)年にはじまる戊辰戦争を経て、明治政府の誕生までの動きを指す。この過程において安保政策が「尊王攘夷派」と「開国派」に分かれて内戦が続いたが、結局「尊王攘夷派」が勝って明治政府を作るに至った。


驚いたことにこの明治政府がとったのは命がけで否定してきた「開国欧化」政策であった。司馬遼太郎も指摘しているがこの明治維新のポイントは尊皇攘夷の旗印が、権力闘争のための手段であった側面を物語る。


単一民族である日本人は、個人、国政を問わず相手を打ち負かすための手段としての「争点」を常に必用としており、「開国派」は潜在的に多数であったに違いない。そうでなければ「開国」と同時に内乱が発生するはずであっただろう。奇妙なことにこのDNAは戦後の国論を割る二つの安保論争にも受け継がれ、「声高なる少数派」が衆院選挙で敗れている。

◇曲学阿世の徒は今も同じ
 
まず吉田茂が取り組んだ単独講和だが、面白いことに当時もくっきりと政府対野党に加えて政府対左翼学者の対立の構図が出来ていた。吉田が単独講和なのに対してソ連や中国の共産主義の影響を強く受けていた学者らが、共産圏も含めた全面講和を主張し、激論が続いた。


1950年3月に東大の卒業式で総長・南原繁が全面講和を説いた。これに対して吉田は胸がすくような切り返しを行って勝負を付けた。自由党の両院議員秘密総会で「永世中立とか全面講和などということは、 言うべくして到底おこなわれないことだ。それを南原総長などが政治家の領域に立ち入ってかれこれいうことは、 曲学阿世の徒にほかならない」と史記の格言を用いて断じたのだ。


幹事長・佐藤栄作も「象牙の党の南原氏が政治的な動きをするのは国にとって有害」と同調したのだ。まさに自衛隊は違憲としてきた憲法学者が、自衛隊のあまりの支持率の高さに怖じけづいて自説を曲げて反対を唱えなくなり、今度は朝日など左傾化世論に阿(おもね)て安保法制違憲論を唱えている姿が文字通りの「曲学阿世」そのものとして理解できる。


それにつけても昔の政治家は見事な切り口を見せるものだ。たったの一言に大きな影響を持たせる。


その後の52年の総選挙で自由党が240議席51.5%の過半数を確保して勝っている。サイレント・マジョリティは吉田に軍配を上げたことになる。それにつけても野党や「曲学阿世」の言うがまま全面講和などに動いたら、今の日本の繁栄はない。共産圏に組み込まれていたかも知れない。

◇岸のサイレント・マジョリティ発言が的中


 岸信介もサイレント・マジョリティに直接言及している。岸は60年安保の際「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもの通りである。私には“声なき声”が聞こえる」と、“サイレント・マジョリティ発言”をしている。


しかし最近の沖縄2紙の例と同じで「左傾化している」などと本当のことを言うと左翼マスコミに突っ込まれるのが日本社会の欠陥であり、岸は意図的な扇動に遭って安保闘争を激化させ、死人も出て総辞職となる。


しかし岸の発言はその後の総選挙で的中した。池田が半年後の11月に断行した総選挙で自民党は296議席を獲得、圧勝している。岸は「安保改定がきちんと理解されるには50年かかる」と述べているが、50年後のマジョリティは安保支持だ。


さらに加えて言えば左翼と一部マスコミが挙げて反対した2013年の秘密保護法成立も、サイレント・マジョリティが14年の総選挙で安倍自民党を圧勝させるという回答を出している。朝日は酒場で秘密の話をすると刑事につかまるという記事を書いたが、いまだに逮捕された者はいない。


米国の例ではニクソンがベトナム戦争反対の学生運動の盛り上がりに対して1969年11月3日の演説で「グレート・サイレント・マジョリティが存在する」と反論、やはりニューヨークタイムズやテレビなどリベラル派マスコミの袋叩きに遭ったが、72年の大統領選で50州中49州を制して圧勝。


筆者は当時特派員でニューヨークにいたが民主党えこひいきの朝日だけがノイジー・マイノリティに引っ張られて「マクガバン旋風」などと対立候補が勝ちそうな記事を書いて報道史に残る大恥をかいた。


こう見てくると安保法制におけるサイレント・マジョリティも必ず存在する。世論調査で8割が理解し難いと回答しているが、要するに難しいので分かりにくいのであって、不支持とは全く異なる現象だ。


民主党代表・岡田克也は国会周辺のデモの広がりを指摘するが、まさに「群羊を駆りて猛虎をせむる」如きであり、安保の反対デモとは全く様相が異なる。民主党は重箱の隅をつついて、問題をより難解にしている。


同党の質問者の多くが戦いに決まったやり方がないという「兵に常勢なし」、戦いは常に敵の裏をかく「兵は詭道なり」など中国古来からの戦略の基本を知らないで大局を忘れた質問を繰り返している。


したがって池田勇人のように少なくとも半年後までほとぼりを冷まして、それ以降選挙をすれば、サイレント・マジョリティが顕在化する可能性は大きい。

ただし、抜かりはないと思うが、悔しくても政府・与党首脳は「サイレント・マジョリティが存在する」などと発言してはいけない。


安倍のネットテレビにおけるわかりやすい説明で安心した国民も急増していると聞くが、衆院をたとえ単独採決で中央突破しても参院段階でサイレント・マジョリティ向けに説得し続ければ、必ず効果は出てくる。日本の安保論争の歴史が証明している。


朝日は14日大社説を掲げ「生煮えの安保法制、衆院採決は容認できない」と採決反対を打ち出したが、日本繁栄の歴史は全て朝日の主張とは逆の方向を選択すればよい事を証明している。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月10日

◆片っ端から安保法制反対論を諫める

杉浦 正章



反対するならもっと理論武装せよ
 

さすがに日本は民主主義国家だ。安保法制に関しても反対意見が堂々と展開され、隣国のように牢屋に入れられることもない。しかし、多くのマスコミの報道は反対意見に偏しており、公平さを欠くケースがほとんどだ。


とりわけ放送法で中立性を求められているにもかかわらず、テレビ朝日やTBSなど民法が反対派の巣窟(そうくつ)となっている。何百万もの視聴者に対して大きな影響をもたらしている大民放に対して、筆者のブログなどはまさに「蟷螂(とうろう)の斧」だ。はかない抵抗だが、厚顔無恥かつ無知蒙昧(もうまい)な論議には言うべきことを言わなければなるまい。



まず9日夜の報道ステーションである。何と元最高裁判事に反対論をしゃべらせた。政権側が、自衛の措置を「国家固有の権能の行使として当然のこと」とする最高裁の砂川判決を根拠にしていることへの反論だ。現在弁護士の濱田邦夫は「もちろん違憲です」とあっさりと安保法制を否定。


ところが付け加えて「去年の夏の安倍内閣の閣議決定は選挙の主題になっていない」と宣うた。これは最高裁判事としてけっしてやってはいけない重大な事実誤認である。安倍が過去3回の国政選挙で公約にかかげ、テレビ党論などでも決意を表明して実施に移したことを知らない。


まさに無知蒙昧(もうまい)なる「判決」であり、合憲を決めた最高裁15人の裁判官のうちただ一人判決に反対して個別意見を付けたようなものだ。最高裁判事としては「大恥」をかいたのと同様だ。


次に今売り出しの評論家・孫崎享だ。外務省国際情報局長まで経験しながらなぜかバリバリの反米論者で、安倍という名前を聞いただけで反対論を滔滔(とうとう)と述べるので有名。


孫崎は9日早朝の文化放送で「集団的自衛権を行使したら自衛隊の人達が必ず死ぬ。(安倍は)説明出来ないだろう」と述べた。これは自衛隊の本分を知らない。国家存亡の有事の時にリスクを冒すのが自衛隊であり、なぜリスクを冒すかと言えば、孫崎の家の真上で北朝鮮の原爆搭載ミサイルが爆発するからに他ならない。


宣誓して入隊した自衛隊員のリスクの方が大事で、自分や家族のリスクはどうでもいいのか。また「死ぬ」というが、法律に基づいて普段からの訓練をすることにより、法的な根拠がなくろくろく訓練できない現在より死ぬ確率は格段に低い。


孫崎は「なぜ急いでやらなければならないのか」というが、外務省高官まで経験しながら、緊迫した極東情勢を全く理解していない。外交官としては落第だったに違いない。このような「外交官」を“育成”してしまった外務省も外務省だ。


6日の沖縄での地方公聴会で名護市長・稲嶺進は「法案が成立すれば自衛隊と米軍が一体となって軍事行動を展開することになる。結果としてわが国が他国の紛争に巻き込まれるリスクが高まる」と発言した。老獪(かい)なのは、あたかも自衛隊が米国の戦争に全て参戦するというデマゴーグを構成していることだ。


これは安保条約があるから戦争に巻き込まれるとする安保改定以来の古色蒼然たる「巻き込まれ論」だ。しかし改訂後55年間戦争に巻き込まれることはなかった。


戦争に巻き込まれるかどうかは、首相として最も重要な決断だが、戦後の首相でその判断を間違った者はいない。「他国の紛争」のために何処の国の首相が自分の国の若者の命を危険にさらすだろうか。そんなことをするわけがないではないか。“老獪論理”もこれではすぐに破たんする。


同じ公聴会で前琉球新報社長の高嶺朝一は「私は尖閣問題が自衛隊の役割拡大のために利用されたと思っている」と発言した。いかにも地方の知識人がしゃべりそうなもっともらしいこじつけだし、マスコミ人としてあってはならないうがち過ぎの見方だ。


高嶺は尖閣の近くに住みながら、なにも分かっていない。スクランブルの音が聞こえないのか。10年間で7倍ものスクランブルだ。中国公船の侵入は常態化しており、自衛艦に対して「やーい弱虫。攻撃できないだろう」とばかりにレーダー照射するという挑発を行っている。


地方の知識人の悪い癖は思い込むと視野狭窄(きょうさく)に陥ることではないか。沖縄2紙の極端な左傾化は、このようなバランスを欠いたトップの存在が大きな原因となっているのではないかと推測できる。


野中広務はTBSの時事放談で安保法制について「3国会をまたいでやるべきだ」と述べたが、何で3国会なのか。95日間の大幅会期延長は優に3国会分の会期であり、審議日数としては十分すぎるほどだ。


古賀誠は「一度国会を閉じる必要がある」と主張したが、これも理由がわからない。閉じれば次の国会で成立してもいいのか。


藤井裕久も「集団的自衛権はアメリカの要請に応じて世界の果てまで行くことになる」と幼稚な分析をしたが、法文に「世界の果てまで行く」と書いてあるのか。それに安倍は湾岸戦争やイラク戦争には参加しないと明言している。もちろん9条の許容範囲外という解釈だ。


ノーバッジ3人組は、安保法制を読まずに、主に民主、共産両党の主張だけを頼りに、年寄り特有の耳学問で論理構成しているようにみえる。議員を辞めると言うことは、やはり本筋の情報から遠ざかる事を意味して、かつての切れ味もなく、秋風もまだ先なのに、ものの哀れすら感ずる。


それにつけてもテレビで堂々と語るなら、もう少しでいいから勉強して欲しい。法制を熟知している者が見ていることもお忘れなく。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年07月09日

◆官製相場がたたり中国バブルが大崩壊

杉浦 正章



共産党政権にかつてない試練


ついに来たるべき事態が来た。紛れもないバブルの崩壊である。中国当局はメディアに「崩壊」という言葉を禁止する通達を出したが、なりふり構わぬ悪あがきだ。


この経済危機はどこから来たかと言えば共産党政権による経済コントロール路線の失敗である。官製相場を作って株価を上げたかと思うと、今度は規制に出る。その姿勢は不遜であり、自由主義経済とはほど遠い。


共産党独裁政権の付けが回ったとしか思えない。日米はもともと胡散臭かったアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加しないで賢明であった。参加していればバブル対策での資金に使われかねないからだ。


今後中国は経済不安、社会不安が政治不安に発展しないとは言えず、これを抑えるために軍事不安を対外的に演出する恐れがある。わが国はもちろん周辺国は、警戒が必要である。


まさに大恐慌前夜のようである。上海や深圳のの市場では「沈没寸前のタイタニック」「ナイヤガラのように落ちる」「底なし沼のお先真っ暗」「パニック売り」といった言葉が飛び交う。今後は自殺者が続出する可能性も否定出来ず、失業率は高まり、海外での「爆買い」は縮小傾向をたどるだろう。


日本への影響は旅行者の「爆買い」と言ってもGDPの0.1%程度であり取るに足らない。依存度から見れば日本の中国依存度より、中国の日本依存度の方が格段に高く、影響は限定的にとどまるだろう。


かつて世界第2位のGDPであった日本のバブル崩壊が世界経済にはほとんど影響を与えなかったように、中国バブルの崩壊もそれほど大きなショックを世界経済にもたらさないだろう。中国の株式市場は海外投資家による取引が制限されていたため、連動はほとんどないのだ。


中国バブル崩壊は、日本のバブル崩壊と相似性が極めて強い。一番似ているのは個人投資家の狼狽売りで株価急落を招いていることだ。日本では天井知らずの上昇にOLまでが浮かれて株買いに走ったが、中国では大学生まで株買いがブームとなり、クラス全員が株をやっていた大学すらある。


また株価の変動率も酷似している。上がったり下がったりを繰り返しながら崩壊の奈落に落ち込んでゆくのだ。この個人投資家への投資を促したのが中国政府による演出の側面が大きい。


経緯を見れば2013年から不動産バブルが生じ、地価は1年で3割のペースで上昇した。しかし政府主導による過剰投資の不動産バブルは、ゴーストタウン続出が証明するようにいずれは弾ける運命にあった。その対策で国民への目くらましのように、打ち出したのが株価高騰策だ。


中国国家主席・習近平の「一帯一路」構想とこれに連動するAIIDの設立は、筆者が当初から指摘したようにその宣伝とは逆に狙いは国内経済対策にあったとしか思えない。それでも一帯一路は株価上昇には役だった。


政府は政策金利の引き下げなど金融緩和策を打ち出し、不動産バブルに流れていた資金が株に向くように誘導した。これが図に当たって投資家による投機的な株買いのブームが発生した。株価は1年前から急上昇、上海総合指数は6月5日には5000ポイントを超えた。まさに官製相場であるゆえんである。


何と中国国民で株式投資をしている人口は9000万人を越えるに至った。富裕層の大半が株に手を出していたことになる。これが銀座の爆買いの実態だ。


しかし過熱を恐れた当局は個人投資家への資金貸し出し規制に乗り出し、これがきっかけに株価は6月中旬から急落に転じ、時価総額39兆円がそれこそバブルの泡となって消えたのだ。いまや上場企業の半分1300社以上が株式売買停止の動きに出るという大恐慌を思わせる異常事態だ。個人投資家は信用買いの追い証を求められ、持ち株を売ってその資金を得るという「地獄の悪循環」に陥っているのだ。


このように全ては中国政府が自由主義経済諸国なら本来控える経済への過剰介入を、臆面もなく実行したツケがバブル崩壊となったのだ。この事態に直面して、中国政府は懸命の対応を打ち出している。


まず国有金融企業に対して株を売却しないように指示。人民銀行による証券会社に資金を貸している金融機関への約5兆円の融資を発表するなど、まさになりふり構わぬ市場介入だ。


しかしおそらくこれらの措置も焼け石に水の類いに終わる公算が強い。政府への信用度は極度に色あせた。GDPの7%達成は不可能となり、6%台、官製数字を考慮すれば実態で5%前後まで落ち込む可能性がある。まさに中国経済は五里霧中の中にある。
 

習近平の真の力量が問われる事態となったが、日本としてはお手並み拝見と決め込むしかあるまい。日本にしてみれば当面8月の安倍の歴史認識発言への反応や9月3日の抗日戦勝利70周年などでどうでるかが着目点だろう。


習は「ラストエンペラー」にならないためにも、当分経済対策に忙殺されるものとみられるが、国民の目を海外に向ける選択をする可能性も否定出来ない。


東・南シナ海での軍事行動を起こす可能性もありゆめゆめ油断は出来ない状況だ。安保法制の早期成立が極めて重要である。経済の破たんが軍事行動に直結する例があることは歴史が証明している。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)