2015年02月19日

◆安保法制後課題に情報機関創設の動き

杉浦 正章




「民活}など国力総動員型の情報収集がカギ
 

自民党内で対外情報機関創設への動きが加速している。政府も首相・安倍晋三と元防衛相で地方創生担当相の石破茂が基本的には前向きだ。設立の目標は20年のオリンピックに間に合うよう2,3年以内を目指すべきであろう。


しかし諜報員を採用して1から教育していてはテロ対策としては間に合わない。まず既にミニ情報機関として存在している内閣情報調査室を軸に、首相直属の機関に拡大することが望ましいが、問題は人だ。諜報員も警視庁や防衛省からかき集めるだけでなく、国力総動員型で機構を作る事が大切だ。


現地在住の日本人は言うに及ばず、商社や企業社員、現地と政府開発援助(ODA)を通じて人脈が出来ている優秀な国際協力機構(JICA)関係者などをリクルートする必要がある。カネを出して情報源を確保することも肝要だ。そうすれば日本の国力から言っても遅ればせながらかなりの情報網を創設できるだろう。
 

まず、同じ敗戦国なのになぜ日本だけ情報機関がなかったのかと考えざるを得ない。


ドイツは1955年に第二次世界大戦中の対ソ情報機関であるゲーレン機関を基に連邦情報庁(BND)を設立。イタリアですら国防情報庁が1965年に創設され、現在はSISMIとして対外情報収集に当たっている。いずれも半世紀以上前に設立されているが、敗戦国なのに国内外から反対の声や圧力など生じていない。


日本は先見の明があった吉田茂が1952年に内調を設立、これを土台にして日本版CIAを作ろうと考えていた。ところが当時は左傾化していた読売を先頭に、朝日、毎日が「戦前の情報統制の復活」とあらぬ方向に大反対して実現に至らなかった。
 

ドイツ、イタリアとの相違は大陸国家で国家の安全保障に対する考えが島国日本とは根本的に異なることであろう。地続きで隣国と接しており、戦争、紛争は日常茶飯事の国々にとっては、情報組織で耳をそばだてることは国家の存立に不可欠な常識であるのだ。


一方日本は地政学的に海洋という天然の要塞に守られて、元寇以来安全保障は神風が助けるという遺伝子が出来上がってしまっている人種が存在するのだ。絶対平和主義の公明党や野党が存立可能なのもそこに原因がある。
 

そして、その天然の要塞だけでは国民を守れない時代が国際化の波とともに到来した。現在日本人の海外在住は150万人、海外への旅行者は年間1500万人に達するという時代だ。


簡単に言えば国境線はなくなりつつあるのだ。その時代に即して安倍が集団的自衛権の行使で安保法制に取り組み、邦人救出での自衛隊派遣を検討するのは当然のことである。情報機関の創設も国際国家としての日本にとってまさに死活問題であるのだ。


設立の動きは10人殺されたアルジェリア人質事件がきっかけとなっているが、今回のISIL(イスラム国)の2人殺害がその動きを一層勢いづけている。


安倍は国会で「どの国もテロの脅威から逃れることができない。関係国や組織の内部情報を収集することが死活的に重要だ」と言明、創設に前向き姿勢だ。石破も「情報収集する組織をきちんとつくることに取り組むかどうかだ。早急に詰めないといけない」と述べている。
 

自民党のインテリジェンス・秘密保全等検討プロジェクトチーム(座長・岩屋毅衆院議員)は近く独立した対外情報機関の設置問題の本格協議に入る。米CIAや英国のMI6の現状について有識者からヒアリングを行い、夏にはMI6などを視察し、秋にも提言をとりまとめる。


これにより安保法制に次ぐ重要課題として情報機関の設置が待ったなしの課題となる方向だ。ここで見逃してはならないのがどの国の機関を手本にするかだが、警察出身でインテリジェンスのプロ中のプロ衆院議員・平沢勝栄が、世界の情報機関を調査した結果「ドイツのBNDが一番日本にマッチする」と述べている。


BNDは職員数は7000人以上に達し、そのうち、約2000人が国外での諜報情報の収集に従事しているが、それだけの人員を当初から確保することはまず不可能だ。1000人規模がいいところだろうが、CIAやMI6とともにBND型も検討する必要がある。
 

要員確保が最大の焦点になるが、警視庁公安や、防衛庁など情報活動のプロを移動させることがもちろん主軸となる。ここで考えるべきは「民活情報機関」だ。


中曽根康弘は法律まで作って民間の資金を国家プロジェクトに活用したが、世界第3の経済大国である日本は、外交とは別に民間による人脈が世界中に形成されている。これを活用しない手はない。


JICAにしても莫大(ばくだい)なODAの実施機関として、現地に人脈が出来上がっている。これを活用すべきであろう。現地に長く住んでいる日本人や、民間企業関係者からの情報提供も重要だ。もちろん現地の情報提供者を作ることも重要だ。


いずれも資金もつぎ込む必要がある。日露戦争において諜報活動で活躍した陸軍大佐・明石元二郎はイギリスのスパイを抱き込んだり、当時の金額で100万円(今の価値では400億円以上)を工作資金として支給されて、ロシア革命の大きなきっかけを作り上げた。史上最大の諜報活動であった。古来、情報とはカネと人脈に他ならない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月18日

◆過去の談話は軟化して受継げばよい

杉浦 正章



日米の「調整」が鍵を握る
 
8月から9月に予定されている中韓両国による戦後70年の「対日歴史戦」に対応するには、まず対米調整が必須条件だと筆者は主張してきた。

首相・安倍晋三が連休に訪米して戦後70年の共同文書を出す方向となったことは、まさに“先手必勝”を地で行くものであり外交的に、巧みな手法である。共同文書は終戦記念日に出される「安倍談話」に先行するものとなるだけにどこまで踏み込むかが焦点になる。

米政府内には村山・小泉談話の「キーワード」に固執するムードがあるが、安倍の本心は出来るだけ触れたくないところにある。従って安倍の言う「全体として受け継ぐ」が、レトリック(修辞法)としていかに反映されるかが焦点になるだろう。

「安倍談話」に関する安倍のポジションは「安倍内閣は、歴史認識については歴代の内閣の立場を全体として受け継いでいる。先の大戦の反省の上に立って、戦後自由で民主的な国をつくってきたこと、これからアジアや世界の平和と安定、繁栄に貢献をしていく、そうした発信を盛り込んだものをつくっていきたい」というものだ。

しかし「全体として受け継ぐ」の内容についてはどうも村山・小泉談話の「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の“キーワード三点セット”をそのまま受け継ぎたくないように受け取れる。

とりわけ村山談話についてはかねてから「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と述べている。この安倍の社会党政権の出した談話など踏襲したくない気持ちは分かる。

他方米国の空気はと言うと、中韓両国によるロビー工作やプロパガンダがここ数年かなり利いてきた感が濃厚である。とりわけ朴槿恵の慰安婦言いつけ外交が効果を上げてきている。

国務省などは報道官・サキが新年早々「これまでに村山元首相と河野元官房長官が示した謝罪が、近隣諸国との関係を改善するための重要な区切りだったというのが我々の見解だ」と強いけん制球を投げてきている。

韓国のロビー工作をもろに受け止めていると言われる米議会調査局にいたっては日米関係の報告書を発表し、安倍政権が歴史問題で「周辺国との関係を悪化させ、米国の国益を損なわせたかもしれない」との懸念を示したうえに、安倍首相を「ナショナリストとして知られる」とか「歴史修正主義的視点を持っていることを示唆している」と個人攻撃をする始末だ。

安倍の日米同盟重視路線が米国のアジア戦略にとって不可欠の要になっていることなど大局に関しては無知とみえてレベルが低いが、一度政府はこの調査局の偏向について正式に抗議した方がよい。

こうした米国の空気は戦後70年の共同文書を作るに当たっては無視できないのも現実だ。米国は共同文書が極東の安定を強化するものであることを望んでおり、サキが過去の首相談話の文言にこだわるのも談話が中韓両国を刺激するものになっては元も子もないからであろう。

ここは首相訪米前に外交当局が徹底的に詰めなければならない部分でもあろう。ただオバマのリバランス(再均衡)の核が紛れもなく「安倍」なのであり、その安倍の気持ちの忖度(そんたく)なくして、リバランスが成功すると思ったらオバマも甘い。

安倍は施政方針演説で「本年は被爆70年」とあえて広島、長崎に言及している。歴史認識を言うなら無辜(むこ)の民を虐殺した原爆投下はどうなるかという思いが安倍にあっても不思議はない。

しかし死去したドイツの元大統領ワイツゼッカーが「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい」と述べたあたりは、歴史認識として全てを包含していてうまい演説である。

ナチスドイツが犯した日本とはスケールの全く異なる残虐行為が、この程度のレトリックで感銘を呼ぶのだ。

村山談話の欠陥はその表現の過度な修飾部分にある感じが濃厚である。「痛切な反省」までは言わずに「反省」。「心からのお詫び」などと言わずに「お詫び」で十分だろうと思う。

従って「植民地支配と侵略に反省し、お詫びする」程度に“軟化”させてはどうか。歴史認識問題はその一言を挿入するだけでよい。あとの90%は日本が戦後70年平和国家として世界平和につくした点を強調し、今後も戦争を自ら仕掛ける国にならない平和国家であり続けることを述べればよい。

ロシアが過去に戦争を繰り返し、現在もウクライナで紛争を引き起こし、中国が戦後周辺国との戦争や紛争に明け暮れてきた好戦的国家であることには直接触れる必要は無いが、ほのめかしてもよい。

<今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)


2015年02月17日

◆恒久法と機雷掃海で公明に譲歩せず

杉浦 正章




論戦冒頭から安保法制の核心部分へ
 


まるで横綱・白鵬が日馬富士を土俵の外に投げ飛ばし、観戦していた大関・山口那津男にわざとぶつけたような代表質問初日だった。


このところ恐ろしいほど首相・安倍晋三はついている。総選挙に圧勝して、まさに地雷原を踏むようであったISIL(イスラム国)事件を見事にしのぎ、支持率は読売58%、朝日50%。「ISIL対処が適切」が読売55%、朝日50%で盤石だ。


3期ぶりにGDP はプラスに動き、日経平均株価は16日1万8004円と反発。終値での1万8000円台は2007年7月以来、約7年7か月ぶりで、第1次安倍政権時につけた1万8261円の高値更新は確実視される。市場では「年度末日経平均2万円」の声が勢いづく。


明らかにデフレ脱却の兆しも見え、野党はアベノミクスにもケチが付けられない状態にあるのが実態だ。


そのアベノミクスについて民主党代表・岡田克也が「成長戦略はわたしの基本戦略と同じ」と質問、維新代表の小結・江田憲司も「アベノミクスの方向性には賛成」と発言するようでは、安倍はますます勢いづく。


岡田は質問に先立って代議士会で「生ぬるいとかもっと厳しくやれとの批判があるかも知れないが、岡田ワールドでいく」とマイペースの質問を予告。その「異常に律義」な性格を反映して、理路整然と安倍白鵬にチャレンジしたが、腰が入っていなかった。対案なしでは、説得力と迫力に欠けるのだ。


圧倒的な勢力の政権与党に対抗して野党らしさを発揮するにはあっと驚くような爆弾質問とか、ウルトラC級の新提案がなければ注目されない。同じ岡田でも佐藤政権を揺さぶった爆弾質問の岡田春男とは大違いであった。岡田ワールドは理路整然と間違うワールドかも知れない。


その証拠に安倍は岡田の質問を逆手に取った揚げ句、返す刀で山口を切った。そのやりとりは、まず焦点の安保法制に関して岡田が昨年夏の閣議決定を「一内閣の判断で憲法の重要な解釈を変えたことは立憲主義に反し、憲政史上の大きな汚点となった」と口を極めて批判。


安倍は、「従来の憲法解釈の基本的考え方を変えるものではない。憲法の規範性を何ら変更するものではなく立憲主義に反するものではない」と反論した。さらに安倍はホルムズ海峡の機雷除去について「ホルムズ海峡はエネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路となっている。


仮にこの海峡の地域で武力紛争が発生し、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合は、かつての石油ショックを上回るほどに世界経済は大混乱に陥り、わが国に深刻なエネルギー危機が発生しうる」と強調。同時に「わが国の国民生活に死活的影響が生じるような場合には、状況を総合的に判断する。わが国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況に当たりうる」と述べた。


これは機雷除去を、閣議決定3要件の「日本の存立が脅かされる危険」と明確に定義づけたことになる。


この発言は13日に始まった自民・公明両党の与党内調整を明らかににらんだものだ。山口はホルムズ海峡の機雷除去について「存立が脅かされる事態ではない。存立事態という新要件に当たらない」としており、安倍は真っ向から否定したことになる。


さらに山口は安倍が目指す恒久法についても「自衛隊のインド洋派遣やイラクへの派遣はその都度特措法で処理してきた」と述べ、制定には反対だ。


これに対しても安倍は「あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とすることが重要だ。具体的なニーズが発生してから改めて立法措置を行う考え方は取らない」と述べた。恒久法とホルムズ海峡問題は自公調整の焦点となるものだが、安倍が論戦冒頭から「山口けん制」という発言に出たことから、調整は難航せざるを得ないものとなろう。


しかし安倍はその発言や主張から見て安易な妥協をしない構えである。浅薄な評論には統一地方選挙を控えて安保法制の論議は予算成立後になるという見方があったが、もはや安倍は統一地方選などへ国家の安保論議が波及するとは考えていないのだ。論戦開始冒頭からの安倍の発言は、安保法制論議を国会質疑の前面に押し出す結果となる。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月13日

◆公明、安保法制で強硬姿勢維持

杉浦 正章




昨年夏の攻防が事実上ぶり返し
 


集団的自衛権の行使容認を軸とする安保法制の取り扱いを巡って、自民党と公明党の鞘(さや)当てが目立ち始めている。事実上昨年7月1日の閣議決定前の攻防に逆戻りしている様相だ。


首相・安倍晋三以下自民党が、閣議決定を軸に「恒久法」を目指しているのに対して、平和主義を標榜する公明党は、有事の度の特別措置法での対処を主張して譲らない。13日から両党間の本格調整に入るが、安倍は「恒久法を絶対譲らない」(官邸筋)方針であり、本格論戦が始まった通常国会は与党内の対立が先行しそうだ。


野党は民主党が集団的自衛権の行使容認の是非の協議を12日から開始したが、こちらは岡田克也新体制にはなったものの左右の対立で簡単にはまとまりそうもない。
 

自民党首脳が警戒しているのは、公明党が、昨年夏以上に硬化の兆しを見せている点だ。副総裁・高村正彦も「公明党には『憲法の規範を超えたようになる』という危惧があるかもしれない」と警戒感をあらわにしている。


早くも国対委員長・佐藤勉は11日、安保法制に関して「非常に大きな法案。会期内に収めるのが私の課題だが、大変な悩みがある」と述べ、6月24日までを予定している通常国会の延長を示唆した。


確かに安保法制は戦後の安全保障体制を大転換する意味あいがあり、法案が連休明けに提出されても「1か月半程度で成立させることは駱駝を針の穴に通すより難しい」(自民党国対関係者)というのが本音であろう。


田中角栄なら「国会議員は休会中も月給をもらっているのだから通年国会で働け」と言うところだが、筆者が見たところ夏一杯か場合によっては秋までの大幅延長が必要になるかも知れない。


まず解決しなければならない自公の対立点は、基本部分で決定的な亀裂がある。


公明党代表・山口那津男は、自衛隊のインド洋派遣やイラクへの派遣はその都度特措法で処理してきたことを指摘して、恒久法の制定には真っ向から反対だ。狙いは明らかに安倍政権の「独走」にブレーキをかけるところにある。


これに対して安倍は12日の施政方針演説でも「国民の命と幸せな暮らしは、断固として守り抜く。そのために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする安全保障法制の整備を進める」と表明した。


そもそもこの「恒久法」を意味するキーワードの「切れ目のない対応」は昨夏の閣議決定でも決まっており、「公明党はこれに賛成しているのだから、今さらちゃぶ台返しされても困る」(自民党幹部)というのが本音だろう。
 

加えて山口は「米軍や有志連合への後方支援は国連安保理決議を原則とすべきだ」と強調しているが、これも噴飯ものだ。国連が平和の理想郷とでも思っている戦後の絶対平和主義者の殻を抜け出ていない。安保理常任理事国の中国は拒否権を行使できるのであり、東・南シナ海で事を起こした場合には、当然拒否権を行使して決議などは作らせない。


それを待っていては国の存立にかかわることになることが分かっていないのだ。安倍が「国連決議がある場合も、そうでない有志連合の場合でも憲法上は後方支援は可能」と述べているのが妥当だ。


さらにホルムズ海峡における機雷除去に関して安倍は新たな「国家存立事態」の観点から可能とする方針だが、山口は「存立事態という新要件に当たらない」という立場を固執している。


これは安全保障の初歩を知らない。石油ルートの確保は戦前の日本がそうであったように「生命線」なのであり、まさしく存立の事態だ。それとも石油危機の大混乱は早くも忘却の彼方か。


このように、山口が昨年夏よりもさらに態度を硬化した背景には、支持母体である宗教団体の意向が強く作用しているのだろう。山口自身も戦争や紛争が突発的に発生しうるものであるという安保の基礎を知らなければなるまい。


おりから世界情勢は激動期の様相を色濃くしており、恒久法がなければ迅速な対応が出来ない。事態発生の度に国会審議を行っていては、まさに泥棒を見て縄をなうに等しい。国会が閉会中であったら手をこまねくのか。その結果貴重な日本人の人命が失われては、政権与党としての責任を果たせるのか。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2015年02月10日

◆外務省の渡航制限措置は当然だ

杉浦 正章




ジャーナリストの甘えもいいかげんにせよ
 


銃を乱発する立てこもり事件で張られた規制線を突破して、記者やカメラマンが取材活動をしようとすれば「取材の自由」などと言っていられない。警官は当然制止する。今回のフリーカメラマンのシリア渡航を外務省が旅券返納命令という異例の渡航制限措置で阻止したのは当然である。


名も知れぬ地方カメラマンが一挙に有名人になったが、狙いはそんなところかも知れない。一部新聞は憲法に保障される報道の自由や渡航の自由を主張するが、自由も事によりけりだ。一個人の利益のために膨大なる国費と政治資源を使用して、憲法の保障する公共の福祉が保てるのか。
 

諸外国の例をみれば、米国の場合は一般人対象に渡航警報を発出するが、取り立てて報道陣に対して警告を発するケースはまずない。米国は報道の自由は最も重視される国の一つだが、危険地帯に侵入するケースはあくまで自己責任であり、政府は関知しない事が原則だ。


しかし、米国人ジャーナリストが人質になった場合などは救出作戦に出るケースもある。米軍とイエメン軍は去る12月6日、イエメン南部で、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ」にとらわれていた人質ジャーナリストらの救出作戦を実施している。


しかし、人質は作戦中に死亡して失敗している。フランスではAFP通信がフリージャーナリストによる危険地域からの記事や写真の売り込みを拒否する方針を決めた。日本の民放テレビや新聞は見習うべきだ。
 

それでは日本の場合自己責任で危険地帯に指定しているシリアに取材に行くことを許した場合にどうなるかだ。人質になれば、今回一部野党が首相・安倍晋三の片言隻句を取り上げて批判したように、何でもかんでも政府の責任に転嫁しようとすることは火を見るより明らかである。


物事の本筋を見過ごして、野党やマスコミはあれが悪いこれが悪いと島国根性丸出しの批判を展開する。一方で米国のような救出活動が可能かと言えば、現行法上は不可能に近い。だから安倍が自衛隊の人質救出を可能にする法改正を主張しているのである。


こうした日本独特の雰囲気の中で、未然に人質事件を防止するには、最初から行かせない措置を取ることが正しい。


旅券法には 19条に、旅券所有者の「生命・身体・財産の保護」を理由に、政府が旅券の返納命令を出せると定めている。この邦人保護規定を初適用して強行策に踏み切ったのだ。この適用は当然憲法の報道の自由と、渡航の自由に抵触する恐れがないとは言えない。


渡航の自由は憲法22条の「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」が根拠だが、今回の場合前者の公共の福祉条項が根拠になる可能性が高い。人権制限より公共の福祉が優先されるケースがあるからだ。


過去に類似する唯一の例として最高裁判決がある。左派社会党員、帆足計が1952年3月に当時のソ連のモスクワで開催される国際経済会議に出席するために、当時の外相・吉田茂に対してソ連行きの旅券の発給を申請した。しかし吉田は、帆足が旅券法13条にいう「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うところがあると認めるに足りる相当の理由がある者」であると認定をして、旅行の発給を拒否した。


帆足は海外渡航の権利を侵害されたとして、国に対して損害賠償を請求したが、上告棄却で敗訴となった。「海外渡航の自由」といっても、無制限に許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきでるという判断が根底にあった。


今回、カメラマンの言い分は、安倍が「テロに屈しない」と言っていたことをとらえて「テロに屈しないと言うことは今まで通りの活動をするということだ」と述べているが、殺害された二人の映像も、強制された発言もテロに屈した姿そのままではないか。国に甘えるのもいいかげんにして、テロの現実を見詰めるべきであろう。


カメラマンはマスコミにけしかけられたのか法的措置を検討しているというが、「命を助けてもらった恩返しに裁判沙汰」はないだろう。良識ある国民の支持は得られない。渡航制限が行われたのはよくよくの事態であり、政府はこれを先例として同趣旨の渡航者をどんどん取り締まるべきだ。
 

今回安倍政権が取ってきた一連のテロ対策への国民の支持は、内閣支持率上昇によって証明された。読売の調査では安倍内閣の支持率は58%で前回調査の53%から5ポイント上昇した。NHKの調査でも4ポイント上がって54%。反安倍に徹しているテレ朝の報道ステーションですら5.3ポイントの上昇だ。


NHKでは「イスラム国」による日本人殺害事件での安倍内閣の対応を評価するかどうかについて、「大いに評価する」が11%、「ある程度評価する」が40%、「あまり評価しない」が32%、「まったく評価しない」が10%という結果だった。


これにより民主、共産、維新など野党各党の、安倍に対する揚げ足取り作戦がいかに国民常識と乖離(かいり)していたかを物語るものだろう。野党は失敗に終わったことをかみ締めるべきだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月06日

◆マスコミは蛮勇を礼賛すべきではない

杉浦 正章
 



与える影響の大きさを考えよ
 

橋本登美三郎が佐藤内閣の官房長官だったころ、従軍記者の武勇伝を聞いた。朝日新聞の記者だった橋本は部下を15人ほど引き連れて日本軍が占領した南京に一番乗りした。


弾丸が頬をかすめるような場所で記事にして伝書鳩で送ったのだ。取材経費の報告に「機関車1台」と書いたというエピソードは有名だ。新聞記者は時には命を的に取材するケースがある。


しかし、従軍記者とシリア取材の根本的な違いは、情報そのものに戦争当事国の記者並みの重さがないことだ。ニュース価値は、報道がなくても済むが、あればよい程度でしかない。


報道メディアが自社の特派員を出さずにフリージャーナリストに多額の報酬を提供して依存する根本はそこだ。もっとはっきり言えばジャーナリストは死んだ場合は自己責任。自社の記者の場合は億単位の見舞金が必要となる。
 

故人だから敬称をつけるが、後藤謙二氏の場合は、その意味で哀れではある。本人は死を覚悟しており、テレビで「取材中は一日10万円の誘拐保険に入っている」ということを明らかにしている。最高クラスの保険でおそらく最大補償額は5億円は下らないといわれている。


問題は新聞テレビなどの大手マスコミが、こうした取材に金を出して奨励することだ。週刊文春で紹介されたフリージャーリストの「映像が番組で流されれば、10分間で200万円から300万円ほどのギャラがもらえます」という証言は、おそらく当たらずといえども遠からじであろう。


一週間程度の取材なら保険料を払ってもお釣りが来る額だ。テレ朝の報道ステーションがこの「後藤氏美化」で突出している。中東の庶民や子供たちなど弱者への優しい目線を強調して、賛美している。朝日もそうだ。


5日付朝刊社会面で、でかでかと「ケンジの思い、広がる共感」だそうだ。「憎しみあいは報復の連鎖しか生まない。それこそが後藤健二さんが命をかけて伝えたかったこと」と賞賛した。
 

しかし問題は賞賛が及ぼす影響だ。難題山積の重要な時期に政府は首相以下2週間以上を人質問題に忙殺され、それにかかった血税は誰も計算していないが、社会保障に回せば多数の難病の子供の命を救える額であろう。


大津波の被災地で苦しむ人たちにも回せたかも知れない。結果的に1民間テレビの視聴率のために、費やす政治資源は計り知れない。それは政府の仕事だからまだいいにしても、問題は無責任な後藤氏賛美と英雄化が社会に巻き起こす影響だ。


賛美をすれば国民は1億2千5百万人いる。次々にまねるものが出てくる可能性がある。イスラム国(ISIL)はこの事件を契機に日本に狙いを定め、テロを起こすと宣言している。日本人とみれば人質にしてプロパガンダに使うだろう。


後藤氏は「シリアに入る責任はわたしにあります」と事前に自己責任を強調しているが、1人が死んで済む話ではなくなったのである。


日本政府のみならずヨルダン政府まで巻き込み、結果的には死刑囚の死刑執行、ラッカへの空爆など復讐が復讐を呼ぶ事態を招いたのだ。跳ね上がり1人の責任で済む事態ではないのだ。国内にISILの戦闘員が生ずる可能性すら否定出来ないのだ。


この点自民党副総裁・高村正彦は極めて的確な発言をしている。高村は「3度にわたる日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配する地域に入ったのは真の勇気ではなく蛮勇だ」と批判。「後藤さんは自己責任だと述べておられるが、個人で責任を取りえない事もあり得ることを肝に銘じてもらいたい」と述べた。


まさにその通りだ。一個人の責任で事は済まなくなったのだ。この問題で国内の議論が沸くのはよいことだが、共産党や民主党が国会で政治利用しようと首相・安倍晋三の片言隻句をとりあげて「首相責任論」にどうしても結びつけたがっているのはどうかと思う。


木を見て森を見ずの議論に貴重な国会審議を費やすべきではない。もういいかげんにしろと言いたい。


朝日は6日朝刊で危険地取材についての米国内の論議を紹介している。「(紛争地域の)前線で取材するジャーナリストの重要性を信じている。写真やビデオ、直接の体験なしでは、いかにひどい状況かを本当に世界に伝えることはできない」とか「ジャーナリストは政府の勧告を考慮に入れつつ、独自に判断をする必要がある。


責任あるジャーナリストがリスクを取って報じることが、読者や視聴者の役に立つこともある」などの意見をもっぱら我田引水型に紹介。見出しに「勧告考慮しつつ独自に判断必要」と取っているが、この辺が同社の言いたいことであろう。


しかし「独自判断」で人質になれば、結局政府に救助要請して責任を押しつけるのだろうか。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月05日

◆内調軸に強力な情報機関を作れ

杉浦 正章




テロとの「情報戦」はこれからだ
 


「日本人殺害効果」に味を占めて、今後の殺害も予告したという事はイスラム国(ISIL)の日本に対する宣戦布告に他ならない。


国会での共産党や民主党による陳腐な「首相の言葉尻の揚げ足取り作戦」に首相・安倍晋三はかかわずらっている時ではない。言葉尻などISILですら問題視していないし、国際的にも全く問題になっていないではないか。安倍は事態を国家安全保障における大きな転機ととらえて、対策を打ち出さなければならない。


その柱に自衛隊の人質救出能力創設を掲げたのは正しい。今回の事件を通じて露呈したもう一つの安全保障上のウイークポイントは情報収集能力である。これを飛躍的に拡充する必要がある。それには首相直属の機関として日本版CIAともいえる情報機関の早期設置が不可欠だ。


既にある内閣情報調査室を核として拡大を図り、これに諜報能力も付与した、新組織に発展させる必要がある。首相・安倍晋三はテロ直後に「情報戦」を宣言した。テロに対する情報戦はこれから始まるのだ。
 

今回の人質事件の情報の動きを見ていると、最初に一番気になったのがテロ2日前の1月18日に安倍との会談でイスラエル首相のネタニヤフが「世界的にテロの動きに直面している。日本も巻き込まれる可能性があり、注意しなければいけない」と忠告した点だ。


なんで唐突にと首を傾げたが、イスラエルのモサドは世界に冠たる情報機関であり、その情報に基づいている可能性が高いと思い直した。問題はモサドに近い内閣情報調査室がその情報を得ていたかどうかだが、これは分からない。


しかし安倍の国会答弁で4日新たに出てきた事実は、日本人2人の人質がISILに拘束されたのかどうかがはっきりしない点だ。安倍は「残念ながら我々は20日以前の段階ではイスラム国と特定できなかった」と発言しているのだ。これは日本の情報収集機能がいかに弱いかという問題を投げかけている。
 

その弱い情報収集能力をいかに高めるかが、国家的にも死活問題として浮上したのが今回の事件だ。内閣の情報の中枢は内調だが、その規模は内調プロパー約70人、警察庁からの出向派遣者約40人、公安調査庁からの出向派遣者約20人、防衛庁からの出向派遣者約10人、外務省、総務省、消防庁、海上保安庁、財務省、経済産業省等から若干名の計約170人だ。


米CIAが推定2万人、イギリスのM16は2,500人、モサドが1500〜2000人と比べて、比較にならない人数である。


筆者は内調室長が下稻葉耕吉時代から11代30数年にわたって主要紙幹部と内調室長との月1回の昼食会を調整してきた。歴代室長は警察畑で総じて優秀だったが、外国紙の切り抜きばかりやっていた室長も約一人居た。情報はなかなか漏らさず、こちらが政局の情報や見方を教えるケースの方が10倍ぐらい多かったが、それでも時々きらりと光る情報があった。


もっぱらCIA情報と時にはモサド情報とみられるものがあった。少人数にしては立派な情報組織である。
 

そもそも内調は吉田茂が1952年に設立した組織で、吉田はこれを土台にして日本版CIAを作ろうと考えていた。副総理・緒方竹虎を中心に構想が練られたが、緒方の死とマスコミの反対でとん挫した。当時は左傾化していた読売を先頭に、朝日、毎日が「戦前の情報統制の復活」ととらえて猛反対したのが大きな原因である。


現在の内閣が抱える情報面での最大の課題は、諜報による直接情報が少ないということであろう。安倍は防衛駐在官の数を増やす方針だが、これははっきり言ってそれほどの効果は期待できない。


当分は友好国の情報に頼らざるを得ないのだが、これは人質の救済を他国に依頼するのと全く同じで、テロ多発時代に対応できるものではない。何度も繰り返すが20年の東京オリンピックが今のままでは標的にされる。少なくともされ得ることを目標に設定して早期に体制を整える必要がある。


それには新組織などを作っていても間に合わない。内調を中核として、少なくとも1000人規模の情報機関に徐々に脱皮させる必要がある。マスコミの論調は吉田の頃と異なり、「テロ対策」という錦の御旗にそれほどの反対はないだろう。少なくとも読売、産経は推進に回るだろう。


安倍はISIL事件を契機に、今年を「安保維新元年」ととらえて、躊躇せずに国家の弱点の修正に取り組むべきだ。これは安倍しか出来ないし、避けて通れない道でもある。


欧米主要国でもテロ対策強化は喫緊の課題となっている。カナダ首相のハーパーは1月30日、国内でのテロ行為を未然に防ぐため、情報機関や捜査機関の権限を大幅に強化する法案を議会に提出した。昨年10月に国会議事堂で発生した銃乱射テロなどを受けての措置で、議会は与党が多数を占めるため成立は確実だ。


日本も現実を見据えて見習うべきだ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月04日

◆共産党が安倍に突撃して鎧袖一蹴

杉浦 正章




先祖返りで安倍発言の“タブー”に挑戦



共産党はやると思っていたが、案の定政策委員長・小池晃がタブーを突いた。タブーとは安倍がカイロで1月17日に「ISIL(イスラム国)と戦う周辺各国に総額で2億ドル程度を支援する」と発言、人質事件が発生すると20日に「2億ドルは難民援助」と「軟化」した門題だ。


ISILは「日本政府はイスラム国に対する戦いに2億ドルを支払うという愚かな選択をした」と人質の殺害を行った。


この因果関係を民主党を始め野党各党は、テロリスト支持と受け取られかねないとして、慎重な質問に終始したが、小池だけが参院予算委員会であからさまに首相・安倍晋三に質した。


やりとりをつぶさに聞いたがその結果は、小池がどう公平に見ても正義対邪悪の邪悪側に立つ印象をぬぐえなかった。


戦後の共産党を知る筆者などは暴力革命を唱えたマルクスとエンゲルスの「共産党宣言」に沿って共産党が51年に農村部ゲリラ戦を想定した綱領を決定、血のメーデーを経て衆院選で全議席を失ったケースを想起してしまう。その後武装闘争路線を放棄したが、まるでテロ側に立って先祖返りするのかの如きだと思った。


このところ議席を伸ばした共産党も限界がはっきりと見えてきた。


小池の質問はカイロ発言の“挑発性”を強調することに重点を置いたが安倍は「テロに屈してはならない中においてどういうメッセージを出すべきかをしっかり議論した上でカイロにおいて発出した。これは多くの国から賞賛されている」と、事前に議論を積んだ上での確信的な発言であったことを強調した。


小池は「テロに屈することと慎重に言葉を選ぶことは違う」と一見核心を突いたかに見えた。安倍は「いたずらに刺激することは避けなければならないが、同時にテロリストに過度な気配りをする必要は全くない。これは今後とも不動の姿勢だ」と突っぱねた。


小池の論旨はまるで安倍が慎重に言葉を選べば、テロがなかったような主張だが、ISILはそんなに甘くはない。日本が有志連合の一員として周辺国に2億ドルの援助を行うこと自体を敵対行為と見なしたのであって、安倍のカイロ発言の「言い回し」など全く問題にしていない。


日本の一部有識者がしたり顔で発言の欠陥を言い募っていたことだが、有識者なる者は、物事を見る目を養った方がよい。島国根性で足を引っ張るならもっと核心を突く訓練をすべきだ。そもそもヨルダン軍の戦闘機のパイロット、ムアーズ・カサースベが殺害されていたのも卑劣極まりないテロリストの本性露呈だ。


火を放たれて殺害される様子が報じられたが、1か月前の先月3日に殺害されたことを確認したという。したがって後藤健二と二人で映った映像はやはり偽造であったことが判明した。テロリストにとっては安倍の「言い回し」など眼中になく、その行為をもっともらしく論評しても意味がない。


さらに小池は安倍がカイロ発言後に「食料や医療サービスを提供する人道支援」と説明したことをとらえて「言い方が変わっている。エジプトのスピーチが拘束された日本人に危険をもたらすと考えたからではないか」とたたみかけた。


安倍は直接答えず「小池さんの質問はまるでISILに対して批判してはならないような印象を受ける。それはまさにテロリストに屈することになる」とはぐらかした。


ここで安倍がするべき答弁は「人命を救おうと思って表現を和らげることは当然のことだ」と言うべきだったが、もともと道理が通じないテロリスト相手に言葉の選択そのものが無意味であったのだろう。


というわけで論争は「小池さんの質問はISIL側」とする安倍の「決め打ち」で9対1で安倍の圧勝に終わった。お坊ちゃまに似ずに安倍はけんかの仕方を心得ている。共産党は邪悪なるテロリストを壊滅に追い込む有志連合に参加する日本に住んでいるのであって、嫌ならISILに移住してはどうか。


日本での生活をのうのうと享受しながら、枝葉の議論で政局に持ち込もうとする姿勢は、先祖返りプラス「テロ屈し型政治」そのものでいただけない。


今回の事件における安倍のリーダーとしての姿は、適切なるポジションにすくっと立っており、一部の三流評論家がこれまた日本型政局優先の発想で「人質解放は安倍の退陣で実現せよ」などと発言していたのが馬鹿に見える。退陣したからと言ってISILが人質を解放するなどと思う思考の幼稚さにあきれる。


3日夜も鳩山邦夫の会合で安倍は「日本は変わった。日本人にはこれから先指一本触れさせない。その決意と覚悟で事に当たる」と述べているが、テロ横行時代に突入した激動期の首相として立派な立ち位置だ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月03日

◆安倍の対テロ戦定石作戦は正しかった

杉浦 正章




カルトの主張で日本の外交はねじ曲げられぬ



最後の段階で官房長官・菅義偉が走る姿を初めてみたが、悪魔の如きカルト集団が仕掛けた罠(わな)に、安倍政権は冷静かつ適切に対応した。

囲碁で言えば着々と定石を打っていった。オレンジ色の囚人服でひざまずかせた人質は必ず殺す狂気の殺人集団への対応は、どの国がやろうと同じ結果を招いたであろう。


安倍はこの機をとらえて、自己責任の範疇に入る者以外の邦人救出への自衛隊の活動を拡大し、テロ即応体制を確立する必要がある。東京オリンピックまでに5年しかない。イスラム国は5年後も生存している可能性は否定出来ず、アルカイダも当然狙いを付けるだろう。殺害事件は日本のテロ対策に一大転機をもたらすものになる。昨年7月の閣議決定に基づき、安保法制を今国会を大幅に延長してでも成し遂げるべきである。


安倍の殺害後の声明「非道、卑劣極まりないテロ行為に強い怒りを覚える。許し難い暴挙を断固非難する。テロリストたちを絶対に許さない。その罪を償わせるために国際社会と連携していく」と言う強い決意は海外でも大きな反響と同情を呼んだ。


ニューヨークタイムズは「平和主義から離脱して、日本の首相は殺害に対し復讐を誓った (Departing From Country’s Pacifism, Japanese Premier Vows Revenge for Killings )」と断定した。


一方で、国内では島国根性丸出しの論調が噴出し始めた。2億ドルの援助をイスラム国(ISIL)と戦う国に行うとする安倍のカイロ演説について2日付の朝日が待ちかねたように「野党国会で検証」とデカデカと報じて煽った。


しかし、2日の予算委論議を聴く限り民主党も突くに突けない弱みを露呈させた。安倍の主張をより鮮明に引きだしただけであった。幹事長・枝野幸男がNHKで安倍の1月17日のカイロ発言が原因であるような発言をしていたが、これはさすがに少数派にとどまっている。


ISIL問題を政局に活用しようとしても、国民は全く同調しないことを枝野は知るべきだ。だいいち、日本の外交がテロ集団の意向を忖度(そんたく)してねじ曲げられていいのかということになる。この局面を政治的に利用するのは邪道と心得るべきであろう。


安倍は2日の国会答弁で「日本が空爆などに参加することはありえず、後方支援をすることも考えていない」と述べ、有志連合への後方支援については、行わない考えを示した。


その一方で、国連のPKO活動に参加する自衛隊の武器使用について、「日本のNGOは世界のさまざまな地域で人道支援活動に従事しており、先の閣議決定で認められた、いわゆる『駆けつけ警護』などで、NGOの方々に及んでいる危険を除去し、救出するために武器の使用を可能にすることも検討していく。これは集団的自衛権の行使とは別に、いわば警察権の行使として行っているものだ」と述べた。


1日にも安倍はアルジェリア人質事件を例に挙げて「日本はお願いするだけとなる。例え日本人だけを助ける場合でもそうなる。それで責任が果たせるのか。こちらが装備が勝っていてもお願いするのはおかしい」とテロ対策の不備を指摘。「リスクを恐れて何もしないままでいいとは考えていない」と言い切った。


これにより、ISIL事件を契機に人質事件対策を安保法制の柱の一つに据える方針を明言したことになる。菅が「安保法制とは無関係」と述べているが、これは集団的自衛権と無関係であることを言いたいのであろう。


安保法制は閣議決定で「駆けつけ警護の法整備を進める」と明記しており、好むと好まざるとにかかわらず安保法制と密接な関わり合いを持ってくる。安倍はその食い違いを野党に突かれて、直接的な回答を避けた。


だが誤解は避けなければならにのは、自己責任で危険地帯に入る者まで自衛隊員の命を晒す必要は無いということだ。


後藤健二は自己責任を表明してシリアに入国した結果、日本政府のみならず、ヨルダン政府などを巻き込み、結果的にISILのプロパガンダの標的にされた。


報道ステーションなどは英雄視する報道を行っているが、第2第3の無謀な行為を招くような報道は慎むべきだ。あくまでアルジェリアの邦人殺害事件のようなケースへの自衛隊の対応が正しい。


枝野は安倍のカイロ発言が原因になったとの立場から事件の検証を主張するが、検証などするまでもない。筆者が最初から「国民は覚悟をする必要がある」と殺害を予想したとおり、ISILは人質と日本を弄ぶために2億ドルふっかけたのだ。これに応じる訳がないと知りつつである。


案の定日本は軽軽とISILの要求に応じなかった。業を煮やしたISILは女性テロリストとの交換で矛先をヨルダンに向けた。しかし、これも揺さぶりだったのだろう。おそらくパイロットは後藤より先に殺害されているのであろう。


要するに「処刑プロパガンダ」が全ての前提であり、あとは余技にすぎなかったのだ。「頭のよい」日本の評論家や政治家はあれこれ「貴重なる解説」をしたがるが、本質はカルト集団のカルトのための殺害であったのだ。


ISIL絶滅に向けて安倍は「人道援助」を続けるのは当然として、むしろ増加させる方向を表明したがこれは正解である。ヨルダンなど被援助国にしてみれば、カネに色は付かない。援助があればほかのカネはISIL制圧に使える。


その意味で日本の援助は空爆よりも強力な側面があり、それを知って財政破たんに直面しているISILが報復に出たのだ。オバマが真っ先に日本との連帯を表明したが、米国にしてみれば日本をより一層引き込む絶好のチャンスであろう。


先にも主張したが、安倍はドイツのミュンヘンテロのあとの対応を教訓とすべきだ。ドイツは軍隊の第9国境警備隊(GSG-9)を組織して、ルフトハンザハイジャックを見事に解決した。オリンピックに向けて警視庁のテロ対策は万全であろうが、これとは別に海外派遣を目的にした自衛隊特殊部隊を早期に創設すべきだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月30日

◆ドイツ並み対テロ特殊部隊を創設せよ

杉浦 正章



安保神学論争をしているひまはない
 


首相・安倍晋三が29日の衆院予算委で、テロからの邦人救出を目指した自衛隊法改正を安保法制の柱に取り入れる方針を表明した。首相の念頭には13年のアルジェリアテロ事件で、なすすべもなく日本人が惨殺されたケースがあるようだ。


イスラム国の人質事件では日本がテロリストによる「敵」として紛れもなく浮上していることを物語っており、政府は首相の意を受けて法整備を急ぐべきだ。もちろん今回の人質事件とは直接的な関係のない態勢確立でもある。


少なくとも政府はミュンヘンオリンピックのテロの事例もあり、20年の東京オリンピックに向けてテロ対策の特殊部隊創設などへの動きを急ぐべきだ。
 

安倍はテロリストによる人質対策について、日本人が10人殺害されたアルジェリア人質事件を例に挙げて「英国など他の国々は自国民に対して自分たちでオペレーションをするが、日本はお願いするだけとなる。例え日本人だけを助ける場合でもそうなる。それで責任が果たせるのか」と強調した。


さらに安倍は「こちらが装備が勝っていてもお願いするのはおかしい」と述べると共に、消防士の例を挙げ「火事が起きて消防士がリスクがあるからといって人命を救出しないとなれば、人は命を落とす。消防士は危険を顧みず職務を果たすのであり、自衛隊員も入隊の際に(身命を賭す)宣誓をする。リスクを恐れて何もしないままでいいとは考えていない」と言い切った。


明らかにイスラム国事件を契機に人質事件対策を安保法制の柱の一つに据える方針を明言したことになる。


安倍の心中にはアルジェリア事件で政府が何ら対応できずに多数の人命を失った事への慚愧(ざんき)の念があるようだ。


世界の主要国はテロ対策で軍事的にも法整備の面でも万全の対応が可能となっている。例えばドイツの場合は1972年のミュンヘンオリンピックで、パレスチナ武装組織「黒い九月」により行われた人質事件への苦い経験が発端となっている。


イスラエルのアスリート11名が殺された事件で、ドイツは警察官の対応や訓練の欠陥が浮き彫りとなったと反省。人質事件を始めとするテロ攻撃に対処する特殊部隊として第9国境警備隊(GSG-9)を編成した。同国境警備隊は事実上の軍隊であり、テロ対策を念頭に訓練を積んでいた。


その成果が1977年になった現れた。パレスチナ解放人民戦線によるルフトハンザ機ハイジャック事件である。ドイツ政府はGSG-9を直ちに投入した。隊員らは胴体下と主翼上の非常脱出口から突入し、閃光弾でハイジャック犯の目をくらませ3人を射殺し、1人を逮捕し、人質の乗客達を機内から脱出させた。


この突入での損害はGSG-9隊員1名とスチュワーデス1名が軽傷を負っただけであった。まさにミュンヘン事件の借りを返したことになる。


こうした対応が世界の常識なのであり、ドイツの例を学習するなら当然安倍の言うようにアルジェリア人質事件は教訓とされなければならない。もちろんイスラム国事件のような自己責任が問われる事案に貴い自衛隊員の命を晒すことはあり得ない。


それに現在の自衛隊法は海外でテロに巻き込まれた日本人の輸送は可能だが、救出活動は出来ない。今回の事案で教訓とすべきは、例え空爆に参加していなくても日本は「十字軍」の一員とみなされているのであり、「経済支援しかしていない」などという言い訳はテロリストには通用しないのだ。


今後は日本国内もテロの対象になりうると警戒すべきであろう。イスラム国が2−3年で壊滅しても、必ずほかのテロリスト集団が台頭する。そのテロリストが東京オリンピックをターゲットにしても全くおかしくない。


古色蒼然たる安保関連法はテロ対策の側面からも見直されなければならない。とかく国会では神学論争に終始する傾向があるが、神学論争をする議員や学者は頭がいいようで悪い。事の本質をとらえていないからだ。


事態はまず現実にそこに起こりつつあるテロ対策から説き起こすべきだ。テロリストに対抗するにはドイツ国境警備隊に匹敵する組織が不可欠であるという認識から全てを始めなければならない。テロを抑止するにはそれを上回る武装力と知恵と訓練が常に必要なのである。


存在そのものが抑止力となる軍事組織を早期に作り上げなければなるまい。「理屈は後から貨車で来る」というのが緊急事態における政治の基本だ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月28日

◆島国根性で対テロ戦の揚げ足を取るな

杉浦 正章




難民1000万の餓死を防ぐ援助は正当だ
 


島国根性というのだろうか。テロとの戦いを展開している首相・安倍晋三を一部野党や民放、三流評論家がしきりにあげつらっている。自らは遠く安全な場所にいて双眼鏡で白兵戦を見て、あの撃ち方が悪い、この斬り方が悪いと論評する日露戦争の馬鹿大将に似ている。


その傾向があるのが「生活と何とかの党」代表の小沢一郎だ。安倍の難民援助2億円の支援をなんと「イスラム国への宣戦布告」と評した。「ドンパチだけが戦争ではない。人道支援は戦争そのものであることを今回の事件で考えるべきである」のだそうだ。


仮にも一党の幹事長をやった日本の代表的政治家が、まるで揚げ足取りに堕してしまっている。民主党の前原誠司も代表質問ではさすがに矛先が自分に向かうのを意識してか政府への協力姿勢を表明、批判は控えたが、ぎりぎりの線では問題提起した。


「各国は警戒レベルを引き上げている。その段階でISIS(イスラム国)と戦う各国に対して支援表明をするリスクをどのように想定していたか」と質したのだ。


要するに批判派は安倍が人質殺害のリスクを知りながら、カイロで17日に「ISISと戦う周辺各国に総額で二億ドル程度の支援を約束する」と表明、これがイスラム国の死刑執行人が食いつくチャンスを与えたと言いたいのだろう。


確かに政府は事前に人質に関する情報を得ており、安倍自身も「昨年8月および11月にそれぞれ行方不明事案の発生を把握した」と認めている。8月に官邸に連絡室、ヨルダンに現地対策本部などを設置したが、事柄の性格上極秘裏に事を運んでいた。


しかし、死刑執行人が映像に登場するまでは事態掌握は不可能であったに違いない。執行人は資金枯渇を目前にして、いつかは日本人人質を身代金要求に使おうと手ぐすねを引いていたのであって、首相・安倍晋三が中東に行こうが行くまいが遅かれ早かれ実行に移したことだ。


究極の問題は毒蛇やサソリがうじゃうじゃいる洞窟に入る日本人がなぜいたかということになるが、いまさらなぜと言っても仕方がない。多数の国民の中には、必ず異常な行動をとる者が存在するのであって、近代民主主義国家はそうした類いの国民を含めて庇護する義務があるのだ。


しかし脇からテロリストとの戦いの足を引っ張ってはいけない。テロと戦う国々への日本の支援は、難民の生命がかかっている問題であり、切実かつ緊急を要するものであった。安倍が代表質問に答えて「1000万人以上の避難民の命を繋ぐための人道支援の表明であり、国際社会の一員として当然の責務を果たしたかった」と述べているのは全く正当である。


小沢の主張するように人道援助をねじ曲げれば戦争支援という見方もなり立つが、それでは1000万人が餓死してもいいのかと言うことになる。さらに言えば1000万人の命と、小沢得意の国内政局への思惑をてんびんにかけるべきではあるまい。


非難されるべきは人命を標的にしながら金をせびる、極悪非道なテロ集団なのであって、安倍が「リスクを恐れるあまりテロリストの脅しに屈すると周辺国への人道支援はおよそ出来なくなる。我が国はテロに屈することなく、今後とも日本ならでの人道援助を積極的に推進する」と述べているのは、まさに正義の戦いの宣言に他ならない。


そもそも安倍の2億ドルの人道支援は世界各国からもろ手を挙げて歓迎されているのであって、それに引っ掛けて死刑執行を実行しつつあるイスラム国の立場を支持する論調などはゼロである。繰り返すが批判されるべきは過激派殺人組織なのであって、たこが自分の足を食らうような島国根性丸出しの政府批判は控えるべきだ。
 

ただ中国の有力紙「光明日報」は26日の論評で、安倍の中東歴訪について「人質事件で安倍首相の平和主義には大きなリスクが存在することをより多くの日本国民が意識することになり、反省の声が再び表れるだろう」と伝えた。


しかしこれは我田引水の独善論評であり、金満中国が次の対象にならないとは言えない。中国からイスラム国に何百人もの兵士が潜入していると言うが、黙認していていいのか。まず自分の頭のハエを追うべきだ。


政府は毅然たる態度でイスラム国と対峙(たいじ)すべきであり、雑音に惑わされずに次なる殺人予告への対処に全力を傾注すべきである。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月27日

◆冒頭から激動安保国会の様相

杉浦 正章



安倍の強気の姿勢は当然だ
 

岡田克也がぎょろ目から火を噴きそうに怒っている。代表になってから左傾化が著しい岡田にとって、「安倍談話」を巡る安倍のポジション表明はもってこいの攻撃対象となるのだ。ここで怒らなければ怒るときがないとばかりに怒って見せている。


今国会は後半が「安保法制国会」と位置づけられてきたが、どうやらイスラム国の人質問題とも絡んで冒頭から安保問題で激論が展開される様相を呈している。


首相・安倍晋三の施政方針演説は来月12日の平成27年度予算案提出後に行われるが、25日のNHKで安倍は、集団的自衛権を巡る安保法制と戦後70年の安倍談話で強気の方針を表明しており、事実上の施政方針と位置づけられる。野党が手ぐすねを引く絶好の材料をもたらしている。


安倍発言はおそらく通常国会を通じての立ち位置を明示したものであろう。まず中国と韓国がかたずをのんで見守っている「安倍談話」については、「安倍政権として歴代の談話を全体として受け継いでいく」と述べた。戦後50年の村山談話、同60年の小泉談話の目指す方向は変えない方針を明らかにした。


しかし問題は安倍が「70年を迎えるにあたって、今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍政権としてどう考えているのかという観点から談話を出したい。『今まで使った言葉を使わなかった』、あるいは『新しい言葉が入った』というこまごまとした議論にならないよう、70年の談話は70年の談話として新たに出したい」と述べた部分だ。


安倍はなんと両談話の核心部分である「植民地支配と侵略への痛烈な反省と心からのお詫び」の金科玉条表現から“離脱”する意図を鮮明にさせたのだ。「こまごまとした議論」と言う表現は、挑発的ですらある。


安倍は既に13年4月には国会で「村山談話をそのまま継承することはしない。適切な時期に21世紀にふさわしい未来志向の談話を出してゆく」と言明している。この発言は中韓両国のみならず、米国でも問題になって、リビジョニスト(修正主義者)というレッテル貼りすら生じた。


その後若干の軌道修正をしたが、今回の発言で本心は何ら代わっていないことを意味する。いわば確信犯的な姿勢が露呈されてきたことになる。


安倍にしてみれば社会党政権が作った談話など引き継ぎたくないのが本音だろうが、その社会党の何でも反対路線への先祖返りの気配を示す岡田が、渡りに舟とばかりに噛みついた。「安倍総理の発言には驚いた。キーワードは植民地支配と侵略であるが、はっきりとそういうものは入らないと言ったと受け止めた。


植民地支配が『こまごま』などと言う総理大臣の発言は全く見過ごせない。重大な発言でこれは許せない」とまで言い切った。NHKの司会の島田敏男が例によって巧妙に野党を煽ったことも原因だが、それにしても岡田は党内左派をにらんで党論統一に願ってもない材料を獲得したということになる。


公明党代表・山口那津男までが「キーワードは意味を持っているので尊重して意味が伝わるものにしなければならない」と安倍をけん制した。一方で中国ではさっそく外務省副報道局長・華春瑩が「日本は歴史問題における過去の態度表明と約束を厳守し、適切に歴史問題に対処してほしい」と注文を付けるに至っている。


さらにイスラム国絡みで安倍は空爆など国連決議を伴わない有志連合の国々による軍事行動について、「軍事的な意味の有志連合に参加する考えはない。今行っている非軍事的分野で、医療、食料支援、難民支援といった貢献を中心とした支援を行っていく」とまずは軍事行動への参加を否定した。


しかし「後方支援は武力行使ではないので、国連決議がある場合、そうでない場合でも、憲法上、可能だと考える」と述べた。


山口はこの発言に対しても「国連安保理決議に基づく後方支援が基本」と再びけん制した。たったの2人に落ちぶれた生活の党の小沢一郎までがいつからイスラム国の党首になったかと思える発言をした。


小沢は「安倍さんのカイロ発言はイスラム国にとって宣戦布告ともとれる」と、安倍憎しのあまりに、まるでテロリストに理解を示さんばかりの発言をした。


一連の安倍発言はまさに「安倍の本音」が出たことになるが、基本的には当然の方向性を示している。


端的に言えば戦後70年にもなって、世代も様変わりした一般国民は今さら戦争責任を問われても不快に感ずるだけだ。もちろん「不戦の誓い」は常にすべきであろうが、日本は政府開発援助にせよ、中韓両国に対する技術支援にせよ、慰安婦問題にせよ真摯な償いをし続けてきた。


まだ足りないというなら、戦後中国共産党が繰り返した侵略と戦争の歴史はどう総括するのかと言うことになる。反省よりも、平和愛好国に徹して一度も戦争を起こしたことのない戦後70年の歴史こそ評価されるべきであり、安倍談話はその上に立ってさらなる「百年平和」を目指す国家観を打ち立てればよいのだ。


社会党政権のお詫びを引きずりすぎても、国民の自信喪失につながるだけだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月23日

◆政府は最後まで救出努力をすればよい

杉浦 正章




最終結果は自己責任しかない



死刑執行人が予告した「72時間後の処刑」が午後2時50分に迫っている。首相・安倍晋三が宣言した「情報戦」も相手が一切の沈黙を守っているために、ぬかに釘の様相を呈している。果たして72時間が絶対的なものなのか、2億ドルが“掛け値”なのかなど全く不明のままでの手探り状況が続いている。


一方で政府があらゆる手段を講じて救出に全力を投入している姿に瑕疵(かし)はない。テロリストの予告通りに死刑が執行されるか、何らかの方法で釈放されるかは全く予断を許さない。いずれにしても、誘拐された二人は「自縄自縛」の状況を自ら作り出したのであり、自己責任は免れない。  


安倍は「情報戦」のなかで、2億ドルが人道援助である点に絞って国際世論に訴えるよう関係閣僚らに指示した。これは執行人が「2億円は我々の女性と子供を殺し、イスラム教徒の家々を破壊するためだ」と主張していることに反論するためのものだ。


安倍が17日にカイロで「イスラム教徒と戦う周辺国に総額2億ドルの支援を約束する」と言った言葉尻をとらえたものだろうが、何も武器購入や兵員確保のために支援すると言ってはいない。避難民等に対する食料、医療援助を目的としたものであり、安倍の言うように全くの人道支援だ。


一部野党やマスコミが安倍のせいであるかのように主張するのは全くの見当違いであり、結果的にテロリストに組みするようなものだ。善悪の区別は小学生でもつけられるのであり、テロリストを相手に国論をあえて割るような主張は控えるべきだ。


さらに拘束された2人にも責任がないかと言えば、嘘になる。芥川賞作家の平野啓一郎がツイッターで「スポーツなどで国際的に活躍すると、『同じ日本人』として思いっきり共感するのに、紛争地帯で拘束されたりすると、いきなり『自己責任』と言って突き放してしまう冷たさは何なのか」と主張しているが、論理破たんの極みだ。


筆者が批判しなくてもネット上で袋叩きに遭っている。様々な批判の中で一番説得力のある声は「先日御嶽山の噴火で死亡した人たちは同情されても、今御嶽山に登って噴火に巻き込まれたら自己責任だろ」という書き込みだ。


また「スポーツで活躍して、あるいは惨敗して国税が失われるか? 危険な地域にわざわざ足を運んで捕まって国に迷惑かける者とスポーツ選手を同等に見られるわけがない」も至極もっともだ。


だいいち拘束された後藤健二は「これからイスラム国の支配地域に入ろうと思う。全ての責任は自分にある」と潔いビデオメッセージを知人に託しており、覚悟の上での行動であった。


もちろん近代民主主義国家と国民との関係は保護者と被保護者の関係が歴然として存在している。どんな馬鹿げたことをする国民であっても、国家としてはできる限りのことをして、その国民の窮地を救わなければならないことは常識だ。


米国がテロリストとは絶対に取引しないという鉄則を維持しながらも特殊部隊による救出作戦を実行したり、作戦を練ったりしているのは、その鉄則があるからだ。


ただし、テロリストに屈することは避けなければならない。


屈した良い例はダッカ事件で福田赳夫が取った措置だ。「人命は地球より重い」はよいが赤軍の言うがままに600万ドルの身代金を支払い、服役中の犯人を釈放したのは最悪の例としてテロ対策の歴史に禍根を残した。人命救助とテロとの妥協には自ずと限界があるのだ。


英国の国防相・ファロンが「今の行動が次にどう影響するかを考える必要がある。強く対応しないと、後々、いろいろな問題も出てくる」と、防衛相・中谷元にクギを刺した。中谷は22日、「毅然たる、断固とした姿勢で対応しなければならない」と発言したがもっともだ。
 

要するに最大限の救出努力を国家の義務として遂行し、それでも救出できなかったときは、自己責任としてあきらめるしかないのがテロ対策だ。救出に失敗したら、邪悪なるテロリストを根絶するために、あらゆる資源を総動員して戦えばよい。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)