2015年04月10日

◆人物評から見た安倍再選確実の構図

杉浦 正章




このツキは誰にも止められない
 


人間ついてついてつきまくる時があるもので、首相・安倍晋三が今その真っ最中だ。2015年度予算が成立して、国会は安保法制で正念場を迎えるが、自民党内は党三役が全員「安倍再選」支持を表明。9月の総裁選で再選される方向がまず確実となった。6年の長期政権が確定する。


最大の理由は対立候補がどこをどうひねっても出てこないのだ。議員心理からすれば3回の国政選挙で圧勝したリーダーは、自分の当選のためにも継続して欲しいのであり、その潮流は当分変わらない。


野党は民主党を中心にアベノミクスや安保法制の“本丸”を突けずに、「2分遅刻した」などと言って、参院外交防衛委員長を泣かせて溜飲を下げるくらいしか出来ない体たらく。ちまちまと「重箱の片隅戦術」がやっとのお粗末政党に堕していては、政局への関与など夢のまた夢。
 

この一強多弱の状況がどうして生じたかと言えば、安倍が勝負に強いからに他ならない。敵が皆次ぎから次へとずっこけてゆくのである。


毎回口を極めて安倍批判を展開している反安倍マスコミの牙城・テレ朝の報道ステーションは、キャスターの古館伊知郎と元通産キャリアの古賀茂明がこともあろうに本番の真っ最中に口論の醜態。反安倍同志が内輪げんかをするようではどうしようもない。


農協改革では、これに強く反対してきた全中会長・万歳章が9日お手上げの「バンザイ辞任」。アベノミクスも髪を紫色に染めた鬼っ子のような容貌の女性経済評論家・浜矩子が当初から口汚く全面否定の“論陣”を張っていたが、株価は2万円に達する寸前。


安倍は8日の国会答弁で「もはやデフレではない状況を作り上げた」とデフレ脱却を宣言。もともと経済評論家の見通しなどが当たったためしはないが、浜の予言はことごとく外れた。それでもテレビが使いたがるのは予想など外そうが「反対」さえしてくれれば良いのだろう。
 

「好事魔多し」というし、寸善尺魔、月に叢(むら)雲、花に嵐と奢りを戒める言葉は尽きないが、確かに後半国会は地雷原を行く如しだ。安保法制と普天間移設という保革対立の核が熱せられて、誘爆を起こさせかねない状況もある。


戦後70年の首相談話も、中韓両国がかたずをのんで見守っている。久しぶりに国の安全保障問題が、本格的な俎上(そじょう)に上がるが、全ては安全保障を巡る国際環境のなせる業だ。安倍の右寄りの政治姿勢が、中国の野蛮なる膨張主義に抑止力として対峙する「歴史的必然」があるのだ。


中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)で外交的に圧勝したとほくそ笑んでいるが、先の米国防相・カーターの来日による日米蜜月の確認は、巻き返しの第一段と位置づけられる。安倍の訪米は、AIIBでイギリスに裏切られたオバマ政権にとっても、極東における「同盟健在」PRの絶好の機会になる。もちろん月末に決まる日米防衛協力の指針(ガイドライン)がこれを裏打ちする。
 

こうしたひしめく重要課題に直面する安倍は、国会答弁を見る限り体力も気力も十分であり、1次内閣の弱々しさはみじんも感じられない。


しかし国会答弁と首相日程がいささか過熱気味なことは気になる。例えば防衛相の答弁が不十分だと自分で補う。普通の首相ならこれほど神経を使ったら持たないところだが、安倍は持っている。しかし途中で体力的にも精神的にもポッキリ折れないかと危惧(きぐ)される。官邸の側近は、はやる安倍を何が何でも休養させるよう心がけることが大切だ。
 

延長国会が8月の半ばか後半に終了すると、いよいよ9月の総裁選だ。昔の代議士は田中角栄にせよ椎名悦三郎にせよ民社党の池田貞治にせよ人物評が見事であったが、いまはこれが出来る人物はいない。


僭越ながら総裁候補とされる人たちを杉浦語録で語ればこうなる。まず候補の最右翼・石破茂(58)だが「だるまだ」。その心は「安倍の爆走の前に手も足も出ない」のだ。というか「いまは手も足も出してはならない」のだろう。


外相・岸田文雄(57)は、ただひたすら安倍に忠節を誓い、忠勤を励んでいるが、「忠勤ハチ公」で主人がいなくなっても励むのだろうか。幹事長・谷垣禎一は70歳。福田は72で首相を務め、筆者は74で現役記者を出し抜いているから、年齢と政治力は関係ないが、まあ谷垣は「安倍がづっこけた時のリリーフだけがチャンス」ということか。
 

いったん手を挙げそうになった野田聖子(54)は「女だから褌(ふんどし)はしめないが、褌を担ぐのが精一杯」といったところだ。だいたい手を挙げても推薦人20人が集まるのか。選挙区向けに総裁選候補であるように見せかけても、田舎の爺さんはだませても、小生など都会の爺さんはだませないのだ。


テレビの「時事放談」で露骨で抑制の利かなくなった反安倍発言を繰り返す野中広務とともに、「爺(じじい)放談」を繰り返す古賀誠を師と仰ぐようでは、お先真っ暗だ。


小渕優子(41)チャンだけは可愛いから候補として戦う姿を見たいものだが、不祥事がたたってほとぼりが冷める3年後の総裁選でないと無理。小泉進次郎は近ごろ父親の「反原発」の毒気に当たったか全くさえないが、田中角栄風にしゃべれば「いずれにしても30年早い。雑巾がけしろ」だ。


こうして候補が次々に消えて、後は売名泡沫候補が立つかどうかとなってきたのである。「放談おわり。」

  <<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年04月09日

◆安倍は「習近平銀行」の実態を語れ

杉浦 正章



AIIBの独善性を検証する
 


アジアインフラ投資銀行(AIIB)参加でG7に亀裂を生じさせたと中国国家主席・習近平の高笑いが聞こえるようだが、その「危うさ」から見ればやがて顔面蒼白の時が訪れるだろう。


紛れもなくAIIBは「中華民族の偉大なる復興」を掲げた習の「中国の夢」の具体化であり、やはり
2013年に打ち出した海と陸の「シルクロード経済圏」(一帯一路)構想と直結する。


しかし裏から見れば国内経済の疲弊を「大風呂敷」で挽回しようとする意図だけが目立つ。中国側は日米間に亀裂を生じさせようと、「別のバスがある」と親中派を通じて日本の参加を働きかけているようだが、首相・安倍晋三は「別のバス」にも乗らない方がよい。むしろ逆に6月のG7では米国とともに西欧諸国の慎重なる対応を働きかけるべきだ。


そもそも新シルクロード計画は、斬新な構想のように聞こえるが、たまに駱駝が鈴を鳴らして通るような辺境の地を舗装したり、鉄道を通したりしてペイするのかということだ。西アジアや中央アジアの地の果ては、地の果てになるゆえんがあって地の果てになっているのだ。


ジャンボ貨物機で極東と欧州の物流は13時間のフライトで結ばれているのであり、現在のように重慶とドイツ・デュイスブルクの1万1000キロを16日間かけて貨物列車で運ぶメリットがどれほどあるかと言うことだ。


海路にしても途上国の港湾設備に融資して、中国海軍に“活用”されては、それこそアジア諸国は庇(ひさし)を貸して母家をとられかねない。要するに西欧もアジア諸国も、にわか成金が貸金業に転ずる華やかさに目くらましを食らって、雪崩を打っている側面があるのだ。
 

物事には表があれば裏がある。習の時代になって中国経済の停滞は著しく、GDPも公式の数字で7%そこそこ。実態は5%を割っているという説すらある。こうした中で国内の過剰投資がもたらした過剰生産の処理をしなければ、それこそデフォルトの危機すらあり得るとささやかれている。


翻ってAIIBの構成を見れば、中国が50%を出資するが、これはアジア開発銀行の米国と日本の出資比率がそれぞれ、15.65%であるのと比べても驚くほどの比率だ。


出資額が半分で総裁も中国が出すのだから、ガバナンスも含めて、完全に中国が主導権を握ることは火を見るよりも明らかだ。要するに中国の銀行が常習的に行っている、お手盛り融資など訳はないといってもよい。


これを中国国内の“過剰生産の処理”に活用し、建築資材、鉄鋼、セメント、設備、運搬車両など過剰在庫を西アジア、中央アジア、東南アジア諸国に輸出する。国内経済の危機を「シルクロード経済圏」で活用して、切り抜けようという、よく言えば深謀遠慮、悪く言えば策略があるといわれるのだ。


本質的に中国経済の延命策であることも間違いない。「一帯一路」構想は、海外の投資を引き寄せる甘い蜜なのであるが、その実態は国内が潤うことに比重が置かれている可能性が否定出来ないのだ。


この路線が進めばAIIBでは甘い条件で貸付けが安易に行われ、不良債権の山を積むことになりかねないのだ。参加する場合の日本の負担は1800億円から3600億円とまちまちだが、政府の計算ではAIIBが資金繰りで危機的状態の陥った場合の分担は1兆円に達する見込みであり、政府筋は「とても付き合えない」と漏らしている。
 

英国など欧州勢の参加により、そのノウハウが働き、中国の独善的な運営は難しくなると言う説もあるが、習近平の思惑は米欧日本などが確立した世界の金融秩序にくさびを打ち込むことにあり、世界金融での覇権確立が狙いだ。


結局は中国ペースで機能することは避けられないだろう。こうした中国の投げたボールに、例によって日本国内は泡を食らってうろたえている。とりわけ親中派に「バスに乗り遅れるな」論が強い。その筆頭格が元首相・福田康夫だ。福田は「先進国として拒否する理由はない。拒否すれば途上国いじめになる。基本的には賛成せざるを得ない案件」ともろ手を挙げて賛成している。


新聞論調も親中派の朝日が「公正な運営が担保されるなら参加も選択肢」、毎日が「日本の提案が反映されるよう中から発言を」といずれも参加論。


これに対して読売は「国際金融秩序に責任を持つ日米が参加を見送ったのは適切な判断」、産経は「国際金融秩序を壊す狙いがあり参加見送りは妥当」だ。真っ向から割れている。
 

ここは大蔵省アジア通貨室長を務めた衆院議員(民主党)の岸本周平の主張が最も説得力がある。岸本は「AIIBに参加したからと言って、ビジネスチャンスがにわかに増大するものでもない。むしろ、日本の企業は国際金融銀行(JBIC)を中心に日本の民間銀行とともに、アジアに打って出る方がしがらみがなくて良い」と述べている。


このあたりが最も冷静で妥当な見方だろう。参加派はことあるごとに「参加しなければ、アジアで必要とされるインフラ投資約800兆円規模の新興市場が遠のく」などと主張するが、AIIBに参加したからと言って中国がおいしい蜜を山分けしてくれると思うのが甘い。これまで通り独自に800兆円の市場を開拓すればよいのだ。800兆円は逃げては行かない。有利な方に付くのだ。
 
安倍は6月のサミットに臨むに当たり、米国と協調して西欧主要国に「習近平銀行」の実態を伝え、少なくとも既存の国際金融機関との協調路線の必用を説くべきであろう。


安全保障で中国の膨張主義に直面している日本の立場を堂々と主張すべきである。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年04月08日

◆原発再稼働に「朝三暮四」の知恵

杉浦 正章




温室ガスが政権の尻を叩く
 


「列子」のことわざに「朝三暮四」がある。「朝に三つ、夕方に四つとちの実をやろう」と言うと猿たちは怒り、「それなら朝に四つ、夕方に三つにしよう」と言うと、猿は大喜びしたという話だが、なにやら似たような話しになってきた。


ベースロード電源で自民党は原発比率を2割程度と打ち出したが、一方、政府は2030年の電源構成(エネルギーミックス)で再生可能エネルギーの方が20%前半で原発を上回ると宣伝し始めた。「ふーん、なるほど」と通常の猿は納得するが、筆者のようにちょっと利口な猿は「まてよ」と考える。原発は2割だが、再生可能エネルギーには水力と地熱が入っており、これはベースロード電源も構成している。


その10%を差し引けば太陽・風力などのエネルギーは10%そこそこで原発の半分だ。


しかし反原発派のノータリン猿は「うーん、俺たちの方が多いから偉い」と思ってしまうのだ。錯覚を起こさせるうまい宣伝工作だ。政府には「知恵者がいるのう」ということだ。統一地方選を考えたのかのう。朝日猿は他社に遅れて8日朝刊トップで、これに乗っている。
 

もっと下手な朝三暮四は、自民党がベースロード電源を6割として、具体的な原発の比率を言わなかったことだ。計算すれば石炭が3割で水力・地熱が1割だから差し引けば2割。ちょっと小利口なら猿でも分かる数字だが、一般の猿には分からないようにした。これも選挙対策かのう。


だいたい「%」を使わず「割」としたところが、アバウトで物事を丸めようとする自民党らしい。とはいうもののようやく原発再稼働に向けて具体的な動きが出てきたことはご同慶の至りだ。もっと早ければもっと良かったがのう。
 

ここから真面目調にトーンを変えるが、なぜここに来て動きが出たかと言えば、年初から地球温暖化でこのままなら安倍が大恥をかくと筆者が警鐘を鳴らしてきたことにようやく政権が対応し始めたのだ。


政府は年末にパリで開催される国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の「第21回締約国会議(COP21)」に向けて、原発再稼働を前提に温室効果ガス削減計画をまとめなければならない。それに先立つ6月のサミットでも削減目標提示を求められる。原発政策はもう待ったなしの段階に入ったのだ。


既に紛れもなく「人類の死」に直面している地球温暖化を意識して、EUは温室効果ガスを40%削減、米国は26〜28%、ロシアは25〜30%と野心的な目標を決めており、安倍も原発再稼働なくしてこれらの諸国から蔑視されない数字を打ち出すことは不可能なのだ。
 

そこで自民党が経産省の下工作に乗って2割の数字を出したことが何を物語るかと言えば、紛れもなく原発回帰の宣言である。もともと政府は原発を重要なるベースロード電源と位置づけているが、これからは具体的に再稼働が動き出すのだ。


筆者は既に1月の段階で「ベストミックスは原発25%が適切」と主張してきたが、結局将来的には原発は20%台半ばとならざるを得まい。そのためには原発の耐久期限40年をさらに延長しなければならないだろう。


すぐに忘れるから何でも反対党に堕しつつある民主党に忠告しておくが、同党は政権時代に原子炉等規制法を改正し、運転期間を40年とする方針を閣議決定する際、事業者が環境相に20年を上限に延長期間を申請、認可されれば1回に限り、運転の延長が認められるという例外規定を決定している。この場合、原発の寿命は最長60年になる。これだけは反対できまい。
 

さらに安倍は慎重に言及を避けているが将来的には原発の建て替えや新増設も視野に入ってこざるを得ないだろう。日本が逡巡している間に世界は今原発ブームにわいている。発展途上国にも原発建造の波は押しよせており、中国に至っては運転中が22基。現在建設中がなんと27基で、全部海岸寄りに作られている。


日本の安全ノウハウなしで建設が進み、いったん事故が起きれば偏西風に乗って放射能の嵐が日本に降り注ぐ仕組みとなっている。これは中国の原発実験で証明済みだ。韓国や中国は輸出にも躍起になっているが、安全性は度外視で、このままでは危険極まりない原発が世界にまん延してしまう。このところ安倍の原発セールスは目立たないが、今こそ輸出に全力を挙げるときだ。
 

当然のことながら、再稼働と同時に電気料金も順次引き下げられなければならない。震災前と比較して現在一般家庭が2割、企業が3割の値上げに苦しんでいる。将来電力の自由化で利用者が電源を選ぶ時代が来たとしても、まだまだ高くつく再生可能エネルギーを買う家庭はいまい。


安くて安全な原発電源に普通の家庭は飛びつくと予言しておく。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年04月07日

◆問われるのは沖縄政治の堕落の方だ

杉浦 正章




安倍は「扇動・挑発知事」と会談する必要は無い
 


政治家にはstatesman(政治家)とpolitician(政治屋)の二種類があるとよく言われる。その責任を自覚し、自国の繁栄と国民の幸せのために、最良の道を模索し実行する人がstatesman。耳障りの良い言葉使いに長け、民衆の人気を得ることに力を注ぎ、自己の利益になるよう政策を実行する人がpoliticianだ。


その姿が鮮明に出たのが、官房長官・菅義偉と沖縄県知事・翁長雄志との会談であった。菅が国家百年の計を見越して政治家らしく会談に臨んだのに対して、翁長はもっぱら「県民の扇動と政府への挑発」を意図した政治屋の発言を繰り返した。


日本を取り巻く国際情勢は、例え知事レベルでも外交・安保感覚を持つことが不可欠になりつつあるが、この翁長の姿勢から見る限り、首相・安倍晋三は会談すれば利用されるだけである。普天間の辺野古移設をそれこそ「粛々」と推進するべきである。
 

会談とこれを報ずるマスメディアを観察して、つくづく思ったのが、まるでかつての安保闘争のようであることだ。


朝日を中心に、地元の沖縄タイムズ、琉球新報など偏狭かつ急進的メディアが反米、反政府の立場から民衆を煽り続けている。結局安保闘争でのこの方式は挫折したが、今回も、その道をたどるだろう。最近、大誤報のほとぼりも冷めたと思ったか、明らかに露骨な反安倍路線に踏み切った朝日に至っては、「沖縄を捨て石にしてはならぬ」と感情論丸出しの社説を展開した。


しかし、そこには大きな視点が欠けている。沖縄は現状維持が「捨て石」そのものなのであり、その「捨て石」の状況を大きく改善するのが普天間の辺野古への移設なのだ。人口密集地で「世界で一番危険な基地」と米軍ですら認める基地の返還は、沖縄のまさに悲願なのであり、辺野古は環境的にも、これを阻止するほどの価値は全く存在しない。


人命が大切か、辺野古沖に生えている海草の類いが大切かと言うことだ。安保改訂は安倍の祖父・岸信介が命がけで実行し、日本繁栄の基礎を築いたが、安倍の立場は祖父と全く同じである。不退転の決意とは普天間移転のためにある言葉に他ならない。
 

会談で翁長は「県民に対して大変な苦しみを今日まで与えて、普天間の危険性除去のために沖縄が負担しろと。それは日本の国の政治の堕落ではないか」と口を極めて批判した。翁長はかねてから一部県民に媚びてか、政府を「日本政府」と呼んでいる人物だが、「堕落」発言からは「地方自治の堕落」しか感じられない。


なぜ堕落かと言えば、地域の抱える問題の本質をそらしているからである。翁長の言う「大変な苦しみ」の象徴は普天間基地の存在そのものであり、それを除去して「何の苦しみ」も生じない海を埋め立てて基地を作ることは、「捨て石」ではなく「将来への希望」に他ならない。


翁長は知事選、総選挙で「辺野古移設反対派」が勝ったと意気込むが、選挙の争点は「普天間移設」であるべきだった。策略的な選挙戦術の勝利に他ならない。それに翁長自身那覇市長時代には辺野古移設を容認していたではないか。選挙に有利と見ると、政治信条を変えるのは「政治屋への堕落」の最たるものではないのか。


加えて翁長は沖縄が宿命的に置かれている地政学上の立ち位置を全く理解していない。冒頭述べたように知事クラスでも外交・安保を勉強することが不可欠の国際環境である。普通の政治家なら昨今の沖縄が置かれている安保上の環境を無視できないはずだ。紛れもなく中国が虎視眈々と「沖縄県尖閣諸島」を狙っている現実をどう見るかだ。


自分の県の一部が切り取られて、中国領となることを是認するような知事は「地方自治の堕落」以外の何ものでもない。今後、紛れもなく中国は海洋覇権を狙って東・南シナ海に進出するのであり、既に人民日報に至っては13年8月に、「尖閣諸島はおろか、沖縄すら日本の領土ではない」と主張し始めているではないか。


翁長は抑止力とは何かを政治学のイロハとして勉強した方がいい。傍若無人のごとく南シナ海に進出している中国を見れば、抑止力が喪失した瞬間に東シナ海に舌なめずりしながら、進出してくることは自明の理である。
 

それとも「日本政府のくびき」を外れて、中国の統治下に入りたいのなら、それを公然と主張すべきである。共産党や社民党、地元紙など左翼勢力の主張に同調して、事態をこじらせればこじらすほど、喜ぶのは中国である。


翁長の「堕落」の基本は政府首脳との会談を使って、県民を扇動する手法そのものにある。新聞は菅と翁長の会談を「平行線」と主張したが、実態は「物別れ」に他ならない。


物別れした以上、解決策を探すのは容易ではない。前知事・仲井真弘多が13年に埋め立て許可を出したその方針を奇貨として、安倍は、扇動政治屋の言動にたいしては毅然(きぜん)として、かつ信念を持って「粛々と」対処すべきである。


菅は翁長から「上から目線」と指摘された「粛々」という言葉を今後使わないというが、安易な妥協はすべきではない。本来粛々とは「静かなさま」に加えて「つつしみうやまうさま」を指す。翁長の「上から目線」の指摘は国語力の不足を物語る。多様な意見を「うやまい」つつ「粛々」と進めることが大事だ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月19日

◆住民投票が中央政界へ波及必死

杉浦 正章




勝てば橋下の国政選挙出馬も
 


大阪市をなくし、東京23区のような特別区に再編する大阪都構想がいよいよ本格的に動き始めた。5月17日の住民投票の結果は中央政界を巻き込んだ動きを誘発しそうだ。


構想推進派が勝てば維新の大阪市長・橋下徹が勢いづき、国政選挙出馬の動きに出る可能性が強い。負ければ橋下は「政治家を引退する」と発言しており、その性格から言って本当に引退する公算が強い。


その場合維新が分裂傾向をたどる可能性がある。また勝った場合でも、再編構想は実施に移されるが「大阪都」の名称実現には法改正か立法措置が必要となり、名前どおりに実現するかは予断を許さない。


当初から大阪が東京並みの大都市に変ぼうすることを前提にした橋本構想は、誇大妄想というか幻想というか、うさんくささがつきまとっていたが、大阪の有権者はお笑いタレントを府知事に選ぶような“軽さ”がある。公明党支持母体の創価学会の動向がカギを握っているようだが、予断を許さない。
 

橋下が都構想推進に当たって「大阪を東京に匹敵する大都市にしたい」という発想は悪いものではないが、名前がいけない。東京都や京都は全く違和感がないが、多くの国民が「大阪都」に対しては違和感を感ずるのはなぜだろうか。


まず日本人の常識から見れば、都とは昔から皇居のある土地を指した。「京の都(みやこ)」は皇居があったからであり、「奈良の都」も然りだ。皇居が移れば「遷都」となるのである。
 

さらに「都」と名付けて機構を改革しただけで経済規模で4倍の開きがある東京並みに、衰退した大阪が復活するような主張はどうしてもいただけない。現在の一極集中が二極集中になると見るのも幻覚だ。


東京への一極集中と繁栄の仕組みは、政治、経済、文化などの複合的な要素に裏打ちされているのであり、大阪とは表現は悪いが格が違うのである。しかし、住民投票が中央の政治に与えるインパクトは無視できないものとなろう。


まず勝った場合だが、橋下は市長選に出馬して、都構想にまい進したい気持ちを表明しているが、法的措置が伴う以上自らが国政選挙に打って出ることも当然視野に入っているものとみられる。来年の参院選挙なら参院への出馬、衆参同日選挙なら衆院への出馬の可能性がある。
 

しかし都構想を掲げて国政選挙に勝てるかというと話は別である。世論調査でも構想に関心を持つ有権者は近畿圏に限定されており、住民投票の勝利が、1年後の国政選挙に弾みがつくことはあり得ないと見るべきだろう。


新自由クラブの例もあるようにいったんブームが去った中小政党が、再びブームを巻き起こすのは極めて困難だ。「風」が吹き続けることはないのだ。


ただ参院選で勝利して憲法改正を目指す首相・安倍晋三にしてみれば衆院に続き参院でも改憲発議に必用な3分の2の議席を与党だけで確保できればよいが、維新の動向が左右する可能性も否定出来ない。だから安倍はもともと親密な関係にある橋下に対して都構想に前向きな感触を与えているのである。
 

だが安倍にしてみれば「都構想絶対阻止」を唱える自民党大阪府連の意向を全く無視して都構想を推進するわけにも行かない。ただでさえ府連には「首相が後ろから鉄砲を撃っては困る」という不満の声が出始めているのである。だから官房長官・菅義偉も18日、「官邸は住民投票を注視していくことに変わりはない」とのめり込みを避ける発言をしているのだ。
 

一方で住民投票に敗れた場合にどうなるかだが、冒頭述べたように橋下は政治家を辞める公算が大きい。


その場合は外様の維新の党代表・江田憲司では党をまとめきれるかどうかは疑問だ。むしろ保守系とリベラル系に分裂し、保守系は自民党に吸収され、リベラル系は民主党に移るような分裂傾向をたどる可能性がある。


いずれにしても215万人の住民投票は史上最大級であり、多数派工作は統一地方選挙とも表裏一体で進むことが予想される。


カギを握るのは公明党の支持母体の創価学会票だが、これまでのところ同学会は自主投票を決めている。しかし最終段階で組織的な動きが出てこないとは限らない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

<【筆者より=俳談は700号近くになりましたが、ついにネタ切れ状態に陥りました。いったん中止しようと思いましたが、継続を望む声が強く、また途中からネットで見た読者も多いようなので、最初から再送しようと思います。ネタが見つかったら心機一転で書き始めます。また桜の季節になり、あちこち旅行しますので、20日から毎年恒例の春休みを取ります。再開は4月7日からです。】>
  

2015年03月18日

◆プーチンは身分不相応火遊びをやめよ

杉浦 正章




ロシアに冷戦の構図を作る国力はない
 


プーチンがかつてのソ連のように冷戦構造を軸に米国と対峙するような姿勢がなり立つと思っているとすれば、時代錯誤もいいところであろう。


ロシアの国内総生産(GDP)は200兆円で米国の7分の1。軍事費は9兆円で米国の8分の1。もはや大国ではないのである。

大国でないからプーチンは「核大国」ならまだ残っているとばかりに、それを選択する手段に出たのであろうが、米欧諸国は核兵器の使用など出来るわけがないと足元を見透かしている。プーチンは身分不相応の「火遊び」を早期にやめるべきだ。
 

ロシア側から最近しきりにウクライナ情勢を巡って核兵器の話が出回っている。2月には「ウクライナのドネツクで核爆弾が使われた」という、ガセネタがロシア側から流された。今月11日にはロシア外務省高官が「ロシアは編入したクリミアに核兵器を配備する権利がある」と発言した。


そして15日放映のクリミア編入一周年記念テレビインタビューでのプーチン発言である。プーチンは「ロシアはクリミア編入時に核戦力を戦闘態勢に置く準備があった。状況がどのように展開しても相応の対応が出来るように指示した」と述べたのだ。しかし当時のクリミアには核兵器が必用な戦闘が発生しておらず、不可思議極まりない発言である。
 

おまけにロシアが核使用の準拠となる「軍事ドクトリン」が存在するが、この規定を満たす状況ではない。ドクトリンは「ロシア連邦は、自国・同盟国に対する核兵器やその他の大量破壊兵器の使用への対応として、また、ロシア連邦に対する通常兵器を用いた国家の存立そのものを脅かす侵略の場合に、核兵器を使用する権利を保持する」となっており、事実上核兵器を「先行使用」し得る規定となっっている。


しかし「自国・同盟国に対する核兵器やその他の大量破壊兵器の使用」「国家の存立そのものを脅かす侵略」があったかといえばないのである。
 

あきらかにやらせインタビューにおけるプーチン発言は何かと言えば、国内的思惑と対外的思惑が五分五分の割合で存在する。国内的にはロシアは原油価格の暴落とルーブル下落による急激なインフレに見舞われて、国民の不満が蓄積し始めている。


しかし愛国心をくすぐるクリミア編入以後支持率は80%を越え、一時は88%に達した。ロシア国民は今のところかつての日本並みの「欲しがりません勝つまでは」に似た度し難い愛国主義に固まっており、プーチンはそこに向かって球を投げたのだ。核使用も辞さぬ姿を国民に見せて、「欧米の圧力に屈しない強い指導者」をアピールしたのだ。
 

一方対外的には、米国を主軸とする通常戦力の圧倒的な優位のなかで、米欧の軍事力に対決しうるものは核戦力しか残っていないのである。冷戦時代にソ連が常とう手段として使った「核恫喝」を持ち出さざるを得ない状況に立ち至ったのだ。


つまりそこまでロシアは追い込まれて、窮鼠猫をかむ姿勢を示さざるを得なくなったのだ。背景には核の優先度を高める方針をあえて世界に示すことにより、自らの発言力を高める計算が働いている。国際政治の舞台においてはプーチンは何をやるか分からないと思わせておいた方が、自らの発言に対する注目度が強化されると言う判断であろう。
 

しかし冷戦で米国と張り合った夢よもう一度と言っても、構造的にロシアの力は冒頭述べたとおり弱体化しており、冷戦の構図を作り出すことは不可能に近い。


要するに実態はプーチンの「火遊び」であり、冷戦構造と言うより、冷戦の真似事的な色彩が濃厚なのである。それでは日本がこの「疑似冷戦」にどう対応すべきかだが、「北方領土返還」という悲願を抱えている以上、「対話」の路線は継続すべきであろう。
 


先にも書いたが、ウクライナ問題で世界から孤立しているプーチンの弱みを突くチャンスでもある。愛国主義一色にロシア国民を扇動しているプーチンが、北方領土を返還すると言えば一挙に支持率が下がり、暴動が起きかねない事態も想定される。


したがって返還の実現性は遠のいているが、溺れる者はわらをも掴むで、あのルーピー鳩山ですら“活用”するロシアである。


首相・安倍晋三の“活用”が可能となれば、何らかの譲歩に出る可能性も否定出来ない。先進7か国の団結は維持しなければならないが、他の6か国は直接的な領土問題を抱えていない。


だから安倍が領土で対話をする場面を作っても、全くおかしくない。対中けん制のためにも日露首脳会談の模索は継続すべきであろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月17日

◆礼節欠いた朝日、岡田のメルケル活用

杉浦 正章




独は慰安婦で日本に“殴り込み”をかけない
 


このままではドイツ首相・メルケルの訪日が、誤解のまま終わりかねない。せっかくの良好なる日独関係を毀損しても首相・メルケルに歴史認識で発言させ、これを金科玉条として政府への攻撃に活用する動きが、民主党と朝日新聞に見られたのは問題だ。


両者は中国の習近平が訪独で口を極めて対日批判、中国首脳らがことあるごとにドイツの戦後処理を日本との比較に利用している流れにヒントを得て、メルケルに安倍政権を批判させようと試みたのだ。


民主党代表・岡田克也にいたっては、確たる発言ではないのに慰安婦問題で早期解決を促したと曲解、事実上の誤報まで作り上げる始末だ。

これに対してさすがにメルケルは百戦錬磨だ。歴史認識に関して「隣国の寛容もあった」とフランスの寛容さに言及、中韓の意固地さを暗に批判した。それにしても一国の首相を、よってたかって己の主張の正当化に利用するリベラル勢力の礼儀の欠如と“さもしさ”は目をおおいたくなる。
 

まず朝日の「安倍おとしめ戦略」は、極めて巧妙で根が深い。おそらくメルケル訪日と気付いて直ちに作戦を練ったのだろう。来日早々の9日に朝日を訪問させ、講演を行わせる日程まで組んだ。講演では歴史認識で安倍批判はしないと見たか、質疑応答で問いただす作戦まで練ったに違いない。


ようやく質疑でメルケルは独仏の関係改善の歴史に言及。「他の地域にアドバイスする立場にない」としながらも、ドイツが欧州で和解を進められたのは「ドイツが過去ときちんと向き合ったからだ。隣国(フランス)の寛容さもあった」との発言を得た。


たいした発言ではないが朝日が最大級のセンセーショナリズムで取り上げれば、全てのマスコミが追随するとの判断があったのだろう。結果的にはそうなった。
 

一方、岡田は朝日の巧妙さはなく、ただただ強引に歴史認識にひきづり込もうという戦術に徹した。まさに“邪道”である。なんと失礼にも40分の会談時間のうち30分を無理矢理歴史認識の話題に引っ張り込んだのだ。そうしてあの「慰安婦発言」の虚報を無理矢理引きだしたのだ。


岡田によればメルケルは、いわゆる従軍慰安婦の問題について、「現在の東アジアの状況を考えると、日韓関係は非常に重要なので、きちんと解決したほうがいいのではないか。日本と韓国は基本的な価値を共有しているので、和解を進めるべきだ」と述べ、問題の解決に向けた努力が必要だという認識を示したというのだが怪しい。


なぜなら3流記者はかぎ括弧の中に「慰安婦」の主語を入れて「日韓関係は非常に重要だ。慰安婦問題などはきちんと解決したほうがよい」と報じたが、一流報道機関の報道はNHKにしても朝日にしてもかぎ括弧に入れていない。これは明らかに一般論としてメルケルが語ったものでああろう。主語がないのに岡田が、慰安婦問題と言う主語を取って付けたのだろう。


だから一流報道機関は、怪しいと感じて表現にニュアンスを付けたのだ。岡田は自分から持ちかけないのにメルケルが言及したと言うが、メルケルの来日は日独親善を目指したものであり、安倍政権に“殴り込み”をかけに来たのではない。
 

案の定、ドイツ政府は異例の打ち消しに出た。ドイツ政府のザイベルト報道官は13日の記者会見で、メルケルが民主党の岡田との会談で従軍慰安婦問題の解決を促したとの報道について「正しくない」と、一党の党首のメンツを丸つぶれにさせる表現で真っ向から否定。


ザイベルトはメルケルが日本での記者会見で「(過去との向き合い方を)助言するために日本に来たわけではない」との立場を表明したとし、岡田代表との会談でも同じ「表現を用いた」と強調。「日本政府がどうすべきかというような発言をした事実はない」と述べたのだ。


岡田は眼病に苦しんでいるが、耳までおかしくなったのだろうか。岡田は16日「誰が解決すべきかは言っていない。注意深く首相は避けた」と釈明しているが、あやふやな発言であることの証拠だ。
 

朝日も岡田も、一国の首相を利用して何が何でも我田引水しようとする姿勢が見えて卑しさすら覚える。そもそもドイツは対日関係を重視しており、習近平の訪独に際しても中国側は、ベルリンのホロコースト記念碑の訪問を打診したが、ドイツ側は拒否したと言われる。


日本との関係を重視するドイツは、歴史をめぐる日中間の対立に巻き込まれることを望まないのが基本姿勢だ。ドイツの暗い過去につながりかねないという配慮もある。


元ドイツ大統領・ヴァイツゼッカーの演説は「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」だけが有名で、日本では安倍批判の材料となっている。しかしヴァイツゼッカーは、2000年に「過去に対する罪を認めるようにとの要求が、政治的恐喝の手段とされることは好ましくない。私は中国人が日本人によっていかに苦痛を受けたかを理解しているが、中国は過去の問題を政治的に利用すべきではない」と発言しているのである。


このドイツ政府の立ち位置は中国とは経済関係を重視するものの、政治的には価値観を共有しない国という一線を引いていることを意味する。深い外交的な考察なしにひたすら来日する政治家を、自分の主義主張に活用しようとするマスコミも政党も、視野をもっと広げなければならない。


自民党も総務会長・二階俊博が慰安婦問題で「ドイツのメルケル首相にも『ちゃんとやりなさい』と言われた。あらゆる機関が努力して、一日も早く正常な姿にすることが大事」と「岡田誤報」にまるまる乗った発言をしたが、浅慮も甚だしい。


最近は安倍の足を引っ張ることが仕事と考えているようだが、「風評」で発言してはいけない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月13日

◆「小泉姑」手に負えぬ“場ふさがり”

杉浦 正章



原発反対で科学的無知露呈を繰り返す
  


しゅうと(姑または舅)は若夫婦にとってじゃまになるから「しゅうとの場ふさがり」というが、長寿社会を反映して政界でも「場ふさがり」が盛んだ。なかでも「しゅうとは年が寄るほどひがむ」のを如実にあらわしているのが、元首相・小泉純一郎の発言だ。


最近では原発批判にかこつけて首相・安倍晋三がオリンピックの東京招致を実現したことまでやっかんだような発言をしている。欧米の政界では、引退した大統領や首相は政治に直接的に口を出すケースは珍しい。
 

日本でも、退役した社長は一部例外を除いて現役社長の会社運営に口を出さないのが普通だ。


ところが日本の政界は口を出す首相が圧倒的に多い。83年の中曽根康弘から過去30年で生存している首相経験者は、 中曽根康弘、海部俊樹、羽田孜、細川護熙、村山富市、森喜朗、小泉純一郎、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦だ。


様々なる発言からこの“しゅうと度”を、少ない方から多い方にAからDまで並べるとAが中曽根、海部、羽田、福田、麻生、B森、野田C細川、村山、菅、D小泉、E鳩山といった印象になる。CからDまでは総じて国のためより自己顕示の傾向が強く、老醜をさらしてみっともない。
 

鳩山はもはや「国賊」(元防衛相・小野寺五典)並みであり、紳士的な官房長官・菅義偉が馬鹿馬鹿しいとばかりにコメントを拒否するくらいひどいから、これは神社の社格で言えば別格官幣大社だ。


それに勝るとも劣らないのが、愛弟子であるはずの安倍の足を引っ張り続ける小泉だ。最近は原発を巡って科学的な無知と、事実誤認、我田引水そして嫉妬心を臆面もなくさらけ出して恥じるところを知らない。


最近の発言における嫉妬心とはどこかと言えば11日の発言で「汚染水も『コントロールされている』と誰かが言っていたが、全然されていない」の部分だ。これは明らかにアルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で安倍が行った最終プレゼンテーションを指している。


安倍は「東京電力福島第1原発について私は皆さんに約束する。状況はコントロールされている。決して東京にダメージを与えない」と発言、招致に成功した。小泉の潜在意識の中にはこれが嫉妬心として存在し続けて来て、ぽろりと出たのであろう。事実誤認もいいところである。


この発言について菅は「福島第一原発の港湾外の放射性物質濃度は、法令で定める『告示濃度限度』に比べ、十分低いままだ。IAEA(国際原子力機関)からも、『WHO(世界保健機関)の飲料水ガイドラインの範囲内にあり、公衆の安全は確保されている』と評価をいただいている」と述べた。


そのうえで、菅は「汚染水の影響は港湾内に完全にブロックされており、状況はコントロールされている」と、小泉発言を完全に否定した。この結果、小泉の感情むき出し発言はあえない最期を遂げたのだ。
 

さらに小泉は「核のゴミ処分場のあてもないのに原発を勧める方がよほど無責任だ」と述べたが、自らが首相在任時には原発稼働を推進し、核のゴミ処分場などという問題は頭の片隅にもなかったことを棚に上げているのである。スーダラ節もびっくりの無責任さだ。


小泉は「政府が原発ゼロにかじを切れば、必ず自然エネルギーで成長できる国になる」とも発言した。ここで強調したいのは小泉の発言は全て「直感」だけで政権運営した時代への老人性ノスタルジアが感じられることだ。


なぜなら「必ず自然エネルギーで成長できる国になる」の根拠を全く示さないからだ。太陽エネルギー政策を推進したスペインが財政破たんに陥り、原発ゼロを公約したメルケルが依然稼働をし続けているのは、自然エネルギーが全く見通せないからだ。


日本でも現在2%がせいぜいであり、原発を稼働せず自然エネルギーを無秩序に増やせばコストがかかり電気料金は2倍に高騰する。家計や産業がこれに耐えられるだろうか。小泉は自然エネルギーで可能というなら、具体的な工程表を示せ。国家に死活的なエネルギー政策はお経のように唱えれば良いものではない。
 

そして小泉の視点が全く欠けているのが、地球温暖化問題である。地球温暖化による気候大変動で日本ばかりか世界中で大災害が続出している。リベラルなニューヨークタイムズですら原発稼働による温暖化阻止を主張しているではないか。


原発を語るなら地球温暖化を語らなければならないのは言うまでもない。中国に至っては運転中が22基。現在建設中がなんと27基で、全部海岸寄りに作られている。小泉は中国に行って危険な原発を製造中止にせよと訴えたらどうか。


原発反対で都知事選に細川護煕を担いで大敗退。国政選挙では過去3回全てが、原発再稼働がテーマになり、推進を唱える自民党が圧勝したではないか。いくら聴衆が集まるのが嬉しいからと言って、国の政治の根幹を揺るがすような無責任で根拠レスの発言を、かつて首相を経験したほどのものが繰り返すべきではない。


政府はもたもたせずに早期に原発を再稼働し、将来は新設も視野に入れた、ベストミックス政策を打ち出すべきだ。


安倍も「舅の門と麦畑は踏むほどよい」というから、12日夜、歴代首相経験者6人と会食したのはよいことだ。中曽根康弘、海部俊樹、森喜朗、小泉純一郎、福田康夫、麻生太郎が出席したが、小泉の立場がどうであったか興味深い。おそらく原発では孤立したのではないか。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月12日

◆北岡発言は安倍の意向を反映している

杉浦 正章




ブレーンが裏切るわけがない
 


簡単にに言えば御用学者。もう少し良い言葉を使えば今をときめく御用学者。もっと良い言葉で言えばブレーンが、安倍の意向を忖度(そんたく)しないで発言するだろうか。


70年談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」座長代理で国際大学長の北岡伸一が、「安倍首相に日本は侵略したと言ってほしい」と発言したといって、単純右翼やネトウヨが騒いでいる。「侵略でなくて侵攻だ」と怒っているが、どうだろうか。


終戦記念日に出す安倍談話に向けて、安倍が「侵略」だけは妥協する可能性があるから世論の堀の深さを測っているというのが、実態ではないか。問題発言なら官房長官・菅義偉が即座に否定的見解を述べるが「政府としてはコメントすべきではないとおもう。議論を見守りたい」と述べているのも怪しい。
 

「安倍談話」に関する安倍のポジションは「安倍内閣は、歴史認識については歴代の内閣の立場を全体として受け継いでいく」というものだ。しかし「全体として受け継ぐ」の表現から見ると「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の“キーワード三点セットをそのまま受け継ぎたくないように受け取れる。


とりわけ村山談話についてはかねてから「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と述べている。社会党首相の出した談話など踏襲したくない気持ちは分かる。
 

「侵略」については中国はともかくとして、韓国には侵略などしていない。明治政府は頼まれて併合しただけだ。侵略したのは秀吉までで、談話でそこまでさかのぼる訳がない。そもそも、アジアは日本とタイ以外は米英仏蘭が先に侵略していたのであり、アメリカ領フィリピン、オランダ領インドネシア、イギリス領シンガポールと言う呼称があったのがその証拠だ。


列強による植民地支配を開放した戦争の側面を忘れてはなるまい。しかし歴史的定義から見れば侵攻というより、中国と東南アジアに関しては遅れてきた日本の侵略と言われても仕方があるまい。
 

そこでこれまでの安倍のポジションを分析すると、戦後50年の村山談話に先立って自・社・さ3党は国会決議を行っている。安倍はこの決議に不満で本会議を欠席しているのだ。その理由は決議に「植民地支配」や「侵略的行為」の表現があったからだといわれている。


その決議は安倍らの反対で「不戦」や「謝罪」には言及していない。だから社会党の首相・村山富市は国会決議では不十分だとして「村山談話」を出したのだ。その経緯を見れば安倍がそのまま継承したくない気持ちになるのは理解できる。
 

そこで北岡がどういう立場にあるかといえば、安倍の信頼が最も強い学者である。 第2次安倍内閣で「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」座長を務め、集団的自衛権の行使容認では民間の論客として、反対派との論争を繰り返した。まさに安倍シンパのブレーンである。


そのブレーンが最初に指摘したように、突然安倍を裏切って安倍を追い込むようなことをするだろうか。いや、決してしないだろう。安倍と綿密に意見調整しているか、少なくともその考えを忖度(そんたく)して発言しているのだ。
 

発言を見ると「謝罪が中心に来るかどうかということがキーだというメディアに違和感を感ずる。あまりにゆきすぎた謝罪は国内の反韓、反中意識を高めて和解を難しくする」と、明らかに朝日新聞に真っ向から反対する姿勢だ。そのままの文言に消極的な安倍と全く共通している。


その一方で侵略に関しては「悪い戦争をして沢山の人を殺して、誠に申し訳ないということは国民の99%が言う。私は安倍首相に日本は侵略したと言って欲しい」と発言している。


わざわざ根拠のない「99%」という数字を挙げたのは、安倍がそこまで降りてきている可能性があることを物語るものであろう。ただし表現としては韓国も含めたものにするべきではあるまい。併合と侵略は分けた形にする必要があろう。
 

安倍談話に関しては中国や韓国からしきりにけん制球が投げられ、米国も絡んで過去にないスポットライトが当たっている。


しかし例えば韓国の外務省報道官が「歴代内閣の歴史認識が両国関係発展の土台となってきた」と村山・小泉談話の継続を求めているが、何度謝っても次なる要求が出されるようでは「全く土台になっていない」ことになる。


中国も「一外相」(菅義偉)の王毅が先頭に立って勇ましいが、習近平政権に国内向けに利用する邪心が目立つようでは、真の友好関係など構築できるわけがない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月11日

◆手付けられない鳩山“ルーピー外交”

杉浦 正章




ロシアの甘言に乗ってクリミア訪問を強行
 


「馬鹿に付ける薬はない」ではありきたりだが、「馬鹿者と酒酔いはよけて通せ」では国が恥をかく。「馬鹿と鋏(はさみ)は使いよう」というが、その使い道がないほどの馬鹿はどうする。まあ「馬鹿は死ななきゃなおらない」とそのときを待つしかない。


「憲政史上に残る愚劣な首相」と産経にこきおろされた鳩山由紀夫がもうどうにも止まらない。昔の映画「馬鹿が戦車でやってくる」そのものだ。今度は外務省の反対もどこ吹く風とばかりにただいまクリミア視察中だ。
 

外務省筋は「仮にも日本の首相であったものがクリミアを訪問することの重大さを鳩山さんは知らない」と漏らす。政府は、ロシアによるクリミアの一方的な併合を「国際法違反」として認めておらず、外相・岸田文雄は10日の記者会見で「日本政府の立場とは相いれず遺憾だ」と懸念を表明した。


首相経験者がロシアの関連法令に基づいてクリミア入りすることで、日本の立場に誤解を与える可能性があると指摘される。鳩山は5月に東京で開かれるロシア文化フェスティバルの組織委員長を務めており、その準備でモスクワを訪れ、その足でクリミアを訪問したものだ。


四面楚歌で国際的に孤立しているロシア外交にとっては願ってもない“得点”だ。おそらくロシアも日本の元首相の宣伝価値を天秤にかけて、これはやりがいがあるとばかりに、狡猾なる外交官が「クリミアまで足を伸ばしてはいかが」と誘ったに違いない。
 

鳩山は「外交をやるのは外務省だけではない」とうそぶいて、得々としているが、その“外交活動”を分析すると、すべからく相手国によって利用されている。「憲政史上に残る愚者」をだまし、利用するのは利口でなくても普通の人でも十分可能だ。


一番だましたのは小沢一郎だろう。だから鳩山は「小沢一郎さんは最もクリーンな政治家」と崇拝しているのだ。外国で鳩山をだましたのは、これまた狡猾なる中東の外交官だ。


2012年にイランを訪問した際イランの核開発問題についてマフムード・アフマディーネジャード大統領と話し合った。イランのメディアはこの会談で、鳩山が「国際原子力機関がイランなどに二重基準的な対応をとっているのは不公平だ」と語ったと報じた。


日本国内のごうごうたる批判を浴びると、鳩山は「このような発言はしていない、イラン側の発表は捏造だ」と否定したがあとの祭りだ。
 

中国が「ルーピー活用」に目を付けないわけがない。2013年、中国訪問中の鳩山が沖縄県・尖閣諸島を巡り、日本政府の「日本固有の領土であり領有問題は存在しない」という立場を無視して「日中間の係争を認めるべきだ」と発言した。明らかに中国側からの吹き込みをそのまま口にしたものだ。


あの物静かな名防衛相・小野寺五典をして「理解できない。『国賊』という言葉が一瞬、頭をよぎった」と非難させるに至った。
 

しかし自発的に行った外交上の大失政もないわけではない。普天間基地移設先について「県外移設に県民の気持ちが一つならば、最低でも県外、出来れば国外の方向で、我々も積極的に行動を起こさなければならない」と発言したのだ。


日米安保政策の大転換だが、それすら気づいていないとみえて、オバマに「トラスト・ミー」とやったのだから呆れ返って物が言えない。すぐにワシントンポストが「Loopy]と名付けて、ガーディアンなど英国紙などがこれを使った。
 

民主党は幹事長・枝野幸男が鳩山とは関係ないとばかりにクリミア訪問事件でアリバイ作りに懸命だ。「鳩山氏は民主党を離党して2年近くが過ぎており、今回の行動を含めその言動について、民主党は一切関知するものでない」と関係を否定。


「日本政府は、ロシアによるクリミア編入を『一方的な併合で国際法違反』として認めておらず、民主党もこの立場を支持する。総理大臣経験者が、ロシアの査証でクリミアを訪問することは、日本の立場について誤解を与え、ロシアに利用されるおそれもあり、軽率とのそしりを免れない」と鳩山の訪問中止を求めたが後の祭りだ。


民主党は鳩山との関係を否定しても、愚者を首相に担いだ責任までは免れられまい。全てはかつて「民主党政権の首相」だった鳩山の行為なのである。
 

日本外交は「鳩山外交」に処置なしの呈だ。まさかカメラマン並みにパスポート返納命令を出すわけにもいくまい。本当は返納させて、ISILに行くと言い出したときだけ許可するのも一案だ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月10日

◆急先鋒王毅に外交上の良識を問いたい

杉浦 正章




全人代向けに「反日」を利用するな
 


またまた中国外相・王毅が君側の奸臣(かんしん)のごとき発言を繰り返している。一連の発言を分析すると、戦後70年の歴史認識問題ではどうも王毅が、対日舌戦の急先鋒になる役割を果たしているようである。


王毅は「日本おとしめ係」だ。先に国連で「過去の侵略の犯罪をごまかそうとする者がいる」と首相・安倍晋三を狙い撃ちにしたが、今度は「70年前、戦争に負けた日本が、70年後に再び良識を失うべきではない」のだそうだ。明らかに全人代向けに、「反日」のうけを狙っている。


中国の有名なことわざに「人を責むるの心を以て己を責めよ」があるが、その知性をいささか疑いたくなる王毅は自分の国のことわざから勉強しなおした方がいい。ことわざは「人はどんな愚者でも過失を理解した上で責めるものだ。反面聡明なる者は自分の過去に寛大になる。だから他人を責めるような心で自分を責め、自分を許すような心で他人を許せ」と言っているのだ。
 

しかし王毅は真逆である。中国にはまるでにわかな成金のような傲慢な政治家が多いが、王毅はその筆頭右代表だ。先の安倍狙い撃ち発言の際には「盗っ人猛々しい」と形容したが、今度はその二乗である。こともあろうに一国の外相が他国の首相に対して「胸に手を当てて考えよ」はあるまい。


中国こそ胸に手を当てて考えれば戦後に自分が行ってきた血みどろの戦史を思い浮かべ、通常人なら血が凍りつくだろう。


ウイグル侵攻、チベット侵攻、朝鮮戦争に介入、インドに侵攻して中印戦争、中ソ国境紛争、中越戦争と血塗られた好戦的国家の姿が思い浮かぶはずではないか。


王毅は「70年前、戦争に負けた日本が」というが、日本は国民党政権に負けたのであって、対日軍事行動を避けて逃げ回っていた中国共産党軍に負けたのではない。歴史認識の初歩が唯我独尊・我田引水すぎて間違っている。
 

王毅は「70年後に再び良識を失うべきではない。歴史の重荷を背負い続けるのか、過去を断ち切るのか、最終的には日本が選択することだ」と言うが、70年後の今現在、良識を失っているのはどの国か。南沙諸島に軍港を作り、飛行場を作って自国の海洋進出の野望を果たそうとしている国はどこか。東シナ海でも日本の領海領空に土足で踏み込む国はどこか。


王毅は南シナ海に関して「自分の庭に建てているものにとやかく言われる筋合いがない」と開き直っている。中国海軍少将にいたっては「中国が遠洋や南シナ海に向かって進むことにあれこれ言うべきでない」と発言、まるで昔の日本軍のような聞く耳持たぬ横柄さだ。この「とやかく」と「あれこれ」発言は、問答無用の軍国主義そのものではないか。
 

王毅発言が「良識」を欠き、礼を失している最大のものは、中国が9月3日の「抗日戦争勝利記念日」に、北京で行う「反日軍事パレード」に安倍を招待するかどうかを記者会見で聞かれて、「関係するすべての国の指導者を招待し、誠意さえあれば誰であれ歓迎する」と発言したことである。


本来なら一国の首相を招待する場合は、綿密に外交ルートを通じて調整した上で発表すべきものだろう。それを記者会見如きで「招待する」はあるまい。それも「誠意さえあれば」とは何事だ。


要するに、安倍に対して9月3日に「ひれ伏しに来い」と言っているようなものだ。もとより安倍は行くべきではないし、オバマにも「日米の信頼関係の根本を崩す。参列すべきではない」と申し入れるべきだ。


9月3日はプーチン、朴槿恵の二人だけが参加する、「寂しいもの」になるよう、今後陰に陽に世界各国に根回しをすべきだ。要するに「歴史認識戦」が始まっているのであって、このプロパガンダ合戦は躊躇せずに反論を加えるべきことであろう。


官房長官・菅義偉が王毅の「条件付き安倍招待」について「一外相の発言であり、政府の立場でコメントは控える」と軽蔑的不快感を示したのは適切である。「良識」発言に関してはできれば「これはそのままお返ししたい」と言えばよかった。
 

中国一辺倒で5回も訪中しているメルケルがようやく日本に来た。先進7か国の最後の訪問だ。


講演で「 ドイツは過去ときちんと向き合った」と述べたが、日本はきちんと向き合っても、フランスと違って中韓両国の指導者が自国民に媚びを売って、土俵を広げてしまうのだ。莫大(ばくだい)な政府開発援助(ODA)を行って、近代国家への道筋を付けても中韓の指導者はすぐに忘れてしまうのだ。


対中経済関係維持に全力を傾注せざるを得ないメルケルがせめて「東シナ海と南シナ海における海路・貿易路の安全が海洋領有権を巡る争いで脅かされている」と中立的立場を取っただけでもプラスだと思えば良い。中国に経済的に縛られているドイツにはもともと期待しない方がよいのだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月06日

◆韓国の対米・対日外交に「負」の影響

杉浦 正章




米国から対中離反を迫られよう:テロ事件
 


韓国にとって踏んだり蹴ったりとはこのことだ。シャーマン発言を「日本えこひいきだ」とばかりに反発して巻き返そうとしていた矢先の反米・反日・親北の活動家によるテロである。


加えて「日本外務省のホームページで『価値観の共有』が削除された」とクレームを付けた途端に、価値観が共有できない事態の発生でもある。


大統領・朴槿恵は06年には地方選の遊説中、暴漢によって顔面を切りつけられ、60針を縫うけがを負ったが、米大使・マーク・リッパートは20針も上回る80針の大けがという因縁事件だ。


容疑者キム・ギジョンはシャーマン発言との関係を否定しているが、否定しようがしまいが、発言によって激昂した韓国世論をチャンスと見た行動であることは変わりあるまい。
 

米韓軍事演習の最中であり、朴は「米韓同盟に対する攻撃であり容認できない。徹底的に調査する」と発言したが、この発言はひょっとすると北朝鮮の影があると感じ取った発言とも受け取れる。容疑者は北朝鮮を8回も訪問している。


今のところ単独犯だとされているが、米韓離反は北の思うつぼであり、朝鮮半島は何でもありの状況であると心の片隅に置いておいた方がよい。
 

事件はかつて駐日大使・ジョン・ルース・ライシャワーが統合失調症患者にナイフで大腿を刺され重傷を負った事件とは異なる。同事件は、かえって日米関係深化に役立ったのであり、これとは異なる性質を帯びている。


米韓両国は急きょ高級事務レベルで事態を協議「米韓関係に悪影響を及ぼさないよう努力するとの認識で一致した」(韓国外務省報道官)が、これは当面短期の糊塗である。長期的には事件が韓国外交にマイナスの影響を及ぼすことは避けられない。


まず第一に、韓国が中国と米国によって迫られている“踏絵”の構図への対応で、米国寄りの姿勢を迫られざるを得ないだろう。


朴槿恵は「経済は中国」、安保は「米国」と使い分けてきたが、今後は甘くはあるまい。象徴的になっている「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の韓国配備問題も、一層米国に有利に作用するだろう。習近平のけん制を受けて態度が決まらない朴はやがて厳しい決断を迫られる時が来るだろう。


次ぎにシャーマン発言が「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と朴の執拗な歴史認識で国民を反日に誘導する姿勢にくさびを打った問題である。


発言では韓国の「米国は歴史認識では韓国支持」という読みが甘かったことがいみじくも露呈された。国務省のハーフ副報道官が「特定の国と人を意識していない」と火消しに懸命だが、例によってマッチポンプだ。


シャーマンほどの外交官が思いつきで発言するはずはない。おまけにシャーマンは発言前に韓国を訪問しており、優秀なリッパートから詳しく日韓関係の報告を受けていないはずはない。どう見ても日韓関係が好転しないのは朴の慰安婦固執にあるとの判断に至っての発言なのだ。


韓国はこの発言に対して総力を挙げて外交的な巻き返しを図ろうとする矢先の、テロ事件だ。韓国外交が出はなをくじかれたことは否めない。


さらに日本に対しても韓国は、外務省がホームページから「我が国と、自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」との表現を削除した問題を対日外交の重要テーマにする姿勢を見せていた。4日、日本政府の説明を要求して、外交攻勢をかけ始めたところにこの事件の発生であった。


外務省は首相・安倍晋三の施政方針演説に沿って削除したのであり、安倍は産経のソウル支局長が在宅起訴されたいきさつを見て、言論の自由を重視する民主主義国家としての韓国の有り様を疑って外したのだ。


ところが今回のテロ事件は、韓国が民主主義国家として成熟していないあかしになってしまったのだ。これも「基本的価値共有否定論」が正しいことになってしまった。やはり韓国外交の出はなをくじくことになったのだ。
 

大国と小国との関係から言えば、韓国の事件は1891年(明治24年)に発生した大津事件を彷彿とさせる。ロシア帝国皇太子・ニコライに警察官・津田三蔵が突然斬りつけた暗殺未遂事件である。ただし皇太子の負傷に関しては、ロシア皇帝も皇太子も日本の迅速な処置や謝罪に対して寛容な態度を示し、日本がこの問題を無事解決できた理由の一つにロシアの友好的な姿勢があったことは疑いない。


今回も米国は同様の寛大な態度で臨むことが予想されるが、縷々(るる)述べてきたように厳しい極東情勢の中で、韓国外交への負い目となったことは間違いない。韓国は様々な局面での譲歩を余儀なくされるだろう。


日本政府は、「窮鼠」に噛まれないようにひたすら事態を静観すればよい。時々慰めたりすれば恩を売ることも出来る。しかし過度の譲歩は、すぐにつけ上がる国民性を考えてほどほどにすべきだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月05日

◆シャーマン発言は朴の外交姿勢を直撃

杉浦 正章




洞ヶ峠に厳しいけん制球
 


慰安婦像を米国内にいくら建てようと、米外交までは左右できないというのが、米国務次官シャーマン発言によって証明された。


韓国政府やマスコミにに大きな衝撃を与えている発言は、中央日報が「米国の公式な立場と断定するには無理がある」と期待感を込めた分析をしているが、筆者の判断ではシャーマンの発言は韓国で言う「決心発言」、日本語では「確信的発言」だ。


背景には、オバマ以下日韓関係改善に腐心をしてきた米国が、依然慰安婦問題など歴史認識を盾に日韓首脳会談に応じない大統領・朴槿恵にしびれを切らした事があるのだろう。中国台頭へのリバランス(再均衡)政策を展開する米国にとって、過去より極東の現実を重視することの方が格段に優先順位が高いのである。


家康が洞ヶ峠を決め込む小早川秀秋に向けて発砲を命じて寝返らせたのと同じように、米国は慰安婦一点張りの朴に対するきついけん制球を投げたのだ。
 

2月27日、国務省序列3位の次官・ウェンディ・シャーマンはカーネギー財団で戦後70年をテーマに講演した。そのポイントは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」という点。


次いで沖縄県・尖閣諸島を巡る日中間の緊張や日中韓の歴史認識に関する問題などについては「理解できるが、もどかしくもある」と述べた2点だ。まず発言にある「政治家」とは誰に当たるかだが、シャーマンは複数形で述べており、朴槿恵と中国国家主席・習近平を指すことは間違いない。


しかし発言の流れを分析すればより朴に対する発言である比重が大きいことが分かる。「もどかしい」は、もういいかげんにせよといういら立ちの表現だ。韓国政界やマスコミもまるで驚天動地の反応だ。


2日の国会外交統一委員会では野党議員が「大変驚いた。多くの国民が憤慨している。政府に適切な措置を求める」と発言。韓国最大手紙の朝鮮日報は3日付で「看過できない米国務次官の韓中日共同責任論」と題する社説を掲載。「米国の同盟国の指導者に対する無礼であり、中国に対する挑発だ」と怒りまくっている。
 

傑作なのは中央日報だ。「発言のあちこちから『日本はそれなりに努力しているのに韓国・中国が国内の政治的理由でこれを受け入れない』という形の日本側論理が見られる」と強調。これだけは正鵠(せいこく)を得ている。


揚げ句の果てに「日本はワシントンに韓米関係に溝を開けることを専門担当とする外交官がいるほどだという」と噴飯物の分析をしている。シャーマン次官発言が確信的である証拠は、きわめてセンシティブな問題に繊細な言葉遣いをしていることであろう。


例えば慰安婦を「いわゆる慰安婦(so called comfort women)」と発言してクリントンの「性奴隷(sex slaver)」発言の表現をとるのを控えた。さらにシャーマンは「歴史教科書の内容をめぐってもお互いに意見の相違(disagreement)がある」と表現した。


これは明らかに日韓の主張の相違を客観的に述べただけで日本に対する外交的配慮が見られる。従ってシャーマン発言は練りに練ったものであり、その基本は日韓関係悪化の主因は韓国側にあるという判断がある。
 

米国にしてみれば、集団的自衛権の行使や日米ガイドラインの改正など安倍政権の日米同盟重視の姿勢は、オバマのリバランスにとって何物にも代えがたいものであろう。そのオバマが昨年斡旋して日米韓3か国首脳会談に持ち込んだ。米国としてはこれを契機に両国関係が改善すると期待したのであろう。


しかし、朴の偏執狂的なまでに執拗な慰安婦問題執着で、日韓関係は進展しない。最新鋭の迎撃システムである「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の韓国配備も、朴は習近平のけん制を受けて態度が決まらない。アジア全体を見回せば、安倍の活発な外交で、中国包囲網が形成されつつある。


簡単に言えば日本と韓国のどっちをとるかと言えば、極東の要は日本なのである。脆弱な半島国家より島国で「不沈空母」(中曽根康弘)を確保するのが米戦略のイロハのイなのだ。おまけに国家の力量から言っても経済力、軍事力ともに比較にならない。この認識がシャーマン発言の根底にあるのだ。
 

韓国は外務省がホームページから「我が国と、自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」との表現を削除したことについて4日、「日本政府が説明しなければならない」とのコメントを出したが、日本の韓国大使館は一体何をしていたのだろうか。この部分は安倍の施政方針演説で、とっくに外しているのであり、これを見逃して今頃クレームを入れても遅いのだ。


産経のソウル支局長が在宅起訴されたいきさつを見れば、言論の自由を重視する民主主義国家としての韓国の有り様が疑われても仕方がない。従って価値観を共有できないのだ。「重要な隣国」が残っているだけでも有り難いと思わなければなるまい。


そもそも朴の外交姿勢自体が見直されるべき時だ。朴は就任早々訪米してオバマの歓待、米議会での演説、クリントンの「性奴隷」発言、オバマの「ぞっとする人権侵害」発言などで、米国が自分を全面支持してくれているような錯覚をしてしまったのだ。


今こそ外交の現実に目を向けるべきであろう。前大統領李明博も「歴代の韓国の大統領は任期後半になると、『反日』を使いながら支持率を上げようとする繰り返しだった。私はそういうことはしたくない」と述べておきながら、レイムダック化すると竹島上陸だ。


朴にいたっては就任早々から「反日」を、シャーマンの言う「国民の歓心を買うこと」に使っているが、国民は馬鹿ではない。支持率は一時20%台まで落ち込んだ。シャーマン発言を頂門の一針と心得、そろそろ自らが置かれた状況に気付くべきだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)