2015年03月04日

◆与野党は同類だ、政規法改正に動け

杉浦 正章




民主トップへの波及で追及は失速


 いつ民主党へのブーメラン返しがあるかと思っていたが、やはりあった。補助金企業の寄付が首相・安倍晋三だけでなく民主党代表・岡田克也にも波及したのだ。


与野党に拡大したことが、何を意味するかと言えば、補助金企業ほど政治家にとって「おいしい企業」はないという現実だ。政治資金規正法は議員立法だけあって立派な“抜け道”を数多く作っている。今回の“脱法すれすれ事件”防止策は、とりあえずこの“抜け道”をふさぐための法改正に与野党が協議機関を発足させることだ。


規正法改正の核は「知らなかった」では済まなくすることと「調査研究費」はそのまま調査研究費に充てるべきであるということだ。本来なら政党助成金をもらいながら企業・団体献金に固執する自民、民主両党は、その方針を改めるべきだが、賄賂性が伴わない限り日本的な政治風土の中では維持せざるを得ないだろう。
 

安倍に波及したのにはびっくりしたが、どこがリークしたか知らないがちゃんとバランスを取って岡田にも波及している。そればかりか野党は生活の代表・小沢一郎や企業・団体献金を全面禁止する法案を衆院に出した維新の党の総務会長・片山虎之助や政調会長・柿沢未途にまで波及。


自民党内にはさらに、去る1月に安倍が衆院予算委で指摘した民主党幹事長・枝野幸男がかつて革マル傘下と言われるJR東労組から4年間にわたって総額404万円の資金提供を受けていたといわれる問題を取り上げて古傷をさらに追及するという動きもある。


要するに民主党はその党体質から、政権の政治資金問題を追及すれば必ずブーメラン返しに遭うことが多い。小泉内閣閣僚の年金未納問題を「未納3兄弟」などと追及していた菅直人本人が、1996年当時の所管大臣の厚相であったにも関わらず年金に未加入だったことが判明。代表を辞任し、お遍路に出たのが良い例だ。


また民主党は政権時代に補助金企業から献金を受けている。補助金が交付された企業から、自民党や民主党が2億6千万円を超える、違法の疑いがある献金を2010年、11年に受けたことが、総務省公開の11年分政治資金収支報告書などで明らかになっている。民主党は政党支部で献金を受けている。したがってブーメラン返しの結果、補助金問題の追及は終息に向かう公算が大きい。
 

名前が挙がった安倍も毎度こうしたケースでは顔を出さずにはいられない小沢も言うことは一致している。安倍が上品に「こちら側には知り得ない献金はある。そもそも知らなかったわけだから、これ以上言いようがない」と答えれば、小沢はざっくばらんに「『あんたのところは何もしていないよね』といちいち聞いて受け取るわけではない」とこれまた分かりやすい説明だ。さすがに政治資金問題でのベテランは言うことが違う。
 

このように与野党が同じ穴のムジナで、一見関係がないようでも「同類の仲間」であることが判明した以上、ここは与野党共に国民に対してざんげして悔い改めなければならない。いかにして悔い改めるかと言えば、紛れもない悪法である政治資金規正法の改正である。


安倍も3日の答弁でようやく「違法性について、国民の皆さんは大変分かりにくかったと思う。政治資金の規制の在り方は、政党や政治団体の政治活動の自由と密接に関連しており、まず、現行法制のもとで問題が生じないように何ができるか、そのうえで、規制そのものの在り方はどうあるべきか、各党、各会派で議論していただくべき問題だ」と、与野党に討議を呼びかけた。民主党もさらなるブーメラン返しを恐れるならこれに乗るべきだ。
 

そもそも政治資金規正法は1948年に議員立法で出来た。当時は今とは比較にならないほど資金源と政治家は癒着していた。自民党と財界が癒着すれば、社会党と労組が癒着、いずれも最大の資金源となっていた。その風潮の中での立法措置であり、あらゆる手段を講じて抜け道を沢山作っていたのだ。


規正法の歴史は当初に作った抜け道をいかに正すかの歴史であった。しかし多くは議員立法で直すから、これまた抜け道にさらなる抜け道を作ったりするのだ。


今度の改正の焦点は、補助金企業であることを「知らなかった」で済むことを改めることだ。昔に比べれが額が小さいが、それでも国民の血税を自らに還流することは政治家としてもっとも慎まなければならないことだ。


政府は交付金企業は常に政治家の手元に送付し、議員がチェックしながら政治資金を受け取れる制度にするべきである。


具体的には悪の根源二十二条の、「規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない。」を削除せよ。また補助金から1年後まで献金を禁ずる条項も削除だ。1年後なら良いではザル法もいいところだ。


さらに「試験研究、調査又は災害復旧に係るものを除く」も削除の必要がある。研究、調査は本来そのために使うべきであり、政治家に還流すべきではない。ましてや災害復旧費などは、災害を食い物にする政治家を増やすだけではないか。最低限これくらいの法改正をしなければ、国民の政治不信は募る一方であろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年03月03日

◆諸悪の根源は政治資金規正法にある

杉浦 正章




安倍は改正に取り組むのが本道だ
 


悪法は成立させた国会の責任であり、首相の任命責任を問うのははっきり言って筋違いではないか。正すべきは、国民の血税を政治家に還流させることを認めた政治資金規正法にあるのであって、そのザル法的性格はかねてから指摘されているところである。


首相・安倍晋三は「違法行為でないことは明か」との主張一点張りだが、悪法であれば正すのが首相の役目であり姿勢であるべきだ。


民主党は政権多数の頃どうして規正法改正に踏み切らなかったのか。労組による団体献金が禁じられるのを恐れたのか。公明党代表・山口那津男が宗教団体お抱えで選挙戦を展開しながら、「説明責任を果たせ」と発言するのは良いが、規正法の欠陥を突かないのは自らにふりかかる問題があることを危惧してのことか。国会、政党こそが姿勢を正すべき事だ。
 

辞任した農水相・西川公也だけでなく、望月義夫環境相の政党支部が、国の補助金を支給された静岡市の物流会社から140万円の献金を受けていたほか、上川陽子法相の政党支部にも同じ会社から60万円の献金があったことが問題になっている。まだ首をすくめている大物議員が与野党に多数居ると言われている。


疑惑の核心は規正法にある。同法第二十二条の三は、「国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金を受けた会社その他の法人は、当該給付金の交付の決定の通知を受けた日から同日後一年を経過する日までの間、政治活動に関する寄附をしてはならない」と規定するとともに、「規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない。」と付け加えている。


これが意味するものは、「補助金企業からの献金の奨励」に他ならない。
 

なぜならまず「1年後まで寄付をしてはならない」とは1年後ならいいと言うことになる。これは国民の血税は、政党助成金として1人あたり250円分が各政党に配られており、これに“追銭”をすることに他ならないからだ。

そもそも有権者の了承なしに国税を国会議員に還流出来るような法律自体が、国民をなめていることになるのだ。加えて馬鹿馬鹿しいほどザル法なのは「違法寄付を知りながら政治家が受けてはならない」という部分だ。


知っているか知っていないかは、政治家の心の中の問題であり、外部から公正な判断が出来ることではない。それが法律の条文であることの規制力の無さは、もはや法律とは呼べない問題を露呈している。
 

政治家の場合は、献金してもらっても補助金企業であるかどうかは分かりづらい側面があることは認める。しかし、60万円から140万円規模の寄付を、相手がどういう会社かも十分認識しないまま、受け取ること自体が本来あり得ないことであろう。


一方で悪質なのは献金する企業である。献金側の社長はまさか自分が補助金企業であることを知らないまま国会議員に献金することはあり得ない。国会議員への献金はおそらく社長専権事項であるからだ。その社長が何らかの思惑なしで献金することもあり得ないだろう。


例えば補助金をスムーズに続けてもらいたい意図が背景にあることは間違いあるまい。これは明らかに斡旋収賄罪に結びつきかねない問題である。
 

こうした血税還流の持ちつ持たれつの関係を規正法は条文に書くことによって“奨励”しているのである。これでは天下の御政道はなり立つまい。少なくとも安倍は、この欠陥法の改正を行う姿勢を示すべきであろう。


一方野党は、かさにかかってはいけない。諸悪の根源はザル法にあるのであって、安倍の任命責任を問うのは酷だ。民主党政権の2人の奇想天外首相と異なり、安倍は歴代まれに見る正統派首相である。おまけにアベノミクスが過去十数年の歴代首相の成し遂げられなかったデフレからの脱却の糸口を見つけつつある。


その外交・安保路線は、民主党政権時代にうちひしがれた日本の活力を取り戻すのに貢献している。過去1年そこそこで首相が辞任に追い込まれて、辞めるのが常態化しているが、少なくとも国民の安倍への支持率は高い。


最近の国民の判断は総じて優秀だ。政権を追及するのなら、経済、安保、外交で論戦を展開すべきだ。それに予算を人質に取れば確実に批判の矛先は野党に向かう。
 

自民党は十三日に衆院予算委で締めくくり質疑を行い、予算案を参院に送る。参院は良識の府である。まだ審議の方法によっては年度内成立も不可能ではないぎりぎりの局面だ。


いずれにせよ野党は4月3日の統一地方選告示日後に成立を長引かせるつもりはあるまい。成立が遅れれば困窮する地方財政への影響は大きく、もろに選挙に影響が出てくる。それなら見当外れの首相責任論などにこだわらずに、年度内成立に協力するべきだ。


国会後半は安保法制など難問山積であり、野党はここで徹底的な論戦を挑めば良い。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月27日

◆「右翼政治」は河野の加齢断定症候群

杉浦 正章



自らの大失政を顧みるべきだ



 慰安婦強制連行の朝日大誤報のほとぼりが冷めたと思ったのか、血が騒ぐのか元衆院議長・河野洋平が78歳にして意気軒昂だ。


その発言も安倍を「右翼政治」よばわりして、はばからない。人間年を取って気を付けねばならぬことは「短絡」である。深く思考する余裕がなくなるのか右か左かととかく断定したがる傾向が出てくる。これを「加齢断定症候群」と名付けたい。


河野発言を分析するとこの症候群の深刻な症状が見られる。自民党を離党して新自由クラブを結成したときから、「左翼政治」とは言わないが「左傾化政治の欺瞞(ぎまん)性」があって好きになれない政治家だった。「夢よもう一度」も理解できるが、ほどほどになさった方がよいと思う。
 

河野の24日の名古屋発言はまず首相・安倍晋三が村山談話を継承するのかどうかについて「歴代内閣が継承してきた日本の歴史認識が10年刻みで変わることはありえない。どういう文言で談話を書くかは決まり切ったことだ」と「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の“キーワード三点セット”をそのまま受け継ぐべきだと主張。


安倍がこれだけでカチンとくるのは必定だが、さらに加えて「自民党にはリベラルな議員もいると思うが、目立たない。これ以上「右」に行かないようにしてほしい。


今は保守政治と言うより右翼政治のような気がする」とまで言い切った。これで安倍はカンカンだ。時の自民党政権を「右翼」呼ばわりする発言を始めて聞いた。さらに自民党から蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている自らの談話について「官房長官談話は誠心誠意作り上げた。


はっきりとした裏付けのないものは書かなかったので「強制性」という言葉は入っていない。強制性についての文書は見つからなかったからだ。しかし、強制性が全くなかったかと言えば、いくつか具体的なものはある」とあくまで強制性にこだわった。
 

それでは、反論すれば、父親河野一郎より政治力はかなり落ちるが「輝かしき」河野洋平の政治家としての人生の中で、日本をおとしめた大失政が2例ある。一つは小選挙区制の導入であり、他の一つは「河野談話」のあとの河野発言である。


現行の小選挙区比例代表制は、「政治家が小粒になり劣化する」と筆者は政治部長時代、自民党に意見を聞かれて反対論を述べた。しょせんは蟷螂(とうろう)の斧のような発言であり、当然河野はこれを無視して推進。その揚げ句が今になっての大反省である。


河野は「私は大きな間違いを犯しました」とまるでISILの人質のように語る。「私は大きな間違いを犯しました。今日の日本の政治は、劣化が指摘され、信用ができるか、できないかという議論まである。そうした一つの原因が小選挙区制にあるのかもしれない」と述べ、衆院選に小選挙区制を導入した自らの判断は誤りだったと認めたのだ。


しかし時既に遅しだ。選挙制度改革など圧倒的多数を占めた自民党がやるわけがない。謝って済む問題ではない。政治家の劣化は国の劣化につながりかねないのだ。


次ぎにこれに勝るとも劣らないのが「河野談話」とこれに伴う「河野発言」である。朝日の「強制連行」や「女子挺身隊」の大誤報が大きく影響を与えた1993年の官房長官・河野洋平談話は「軍による強制連行は確認できない」が基調であり、事実強制連行を示唆する文書類は一切発見されていない。


しかし問題はこれを発表した後の河野の明らかに意図的とみられる発言にある。記者会見で「強制連行の事実があったという認識でよいか」と聞かれて。「そういう事実があった。結構です」と明白に認めてしまったのだ。この発言が慰安婦問題の全てとなった。韓国のみならず欧米諸国にまで、「韓国女性を狩り出してレイプしながら連行した」との戦後史に残る大誤報の発端となった。


この「性奴隷」説は国連人権委員会のクマラスワミ報告にも下劣な表現で引用され、米リベラル系マスコミが報道し、米政府内にも誤認の風潮が生じて消えない。朝日が強制連行の誤報を認めても、いったん染みついたイメージは消えないのだ。
 

一政治家の判断が、これほど日本をおとしめた例を知らない。いくらノーバッジで隠居の身でもせめて現状認識だけはしっかりしてもらいたいと思うが、河野は現政権を「右翼政治」と一言で断ずる。


しかし、安倍政権が3回の国政選挙で圧倒的な国民の支持を受けたことは何を物語るのだろうか。それは有権者が河野らが「左傾化」させた政治を、正常な姿に「復元」しようとしているからに他ならない。


河野が喜々として訪中するのは自由だが、中国の海外膨張主義に対して、国の領土をいかにして保全するのか分かっていない。集団的自衛権で日米同盟を固めることに共産党と同じように反対なのか。跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するテロリストから邦人を救出するのに自衛隊の海外派遣が不要だというのか。


「自民党にはリベラルな議員もいると思うが、目立たない」と発言したが、目立たなくしたのは国政選挙による時代の淘汰(とうた)だ。時の政権への「右翼政治」呼ばわりも小選挙区制と同様に「私は大きな間違いを犯しました」と早く気付くことを渇望する。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月26日

◆行き詰まった朴“不通大統領”

杉浦 正章




米中双方から安保で「踏絵」の事態
 


果たして大統領としての素質があったのだろうかと思えるのが、韓国大統領・朴槿恵だ。


就任早々「加害者と被害者という立場は千年の歴史が流れても変わらない」と反日歴史認識を煽(あお)り、世界各国首脳に「言いつけ外交」を展開。日本をおとしめて、一時は支持率67%に達した。


筆者は反日で支持率を維持することは「邪道」と指摘してきたが、その通りとなった。反日一辺倒ではメシを食ってはいけないのだ。「生活が苦しいと言う声はほとんど絶叫に近い」(朝鮮日報)という経済困窮の実態が25日で就任3年目に入った朴が直面する現実だ。


支持率はコンクリートほど固いと言われた40%をも割り込み一時は29%にまで落ち込んだ。若者の支持は何と12%まで下落している。「氷の女王」「お姫様」であった別称が、最近では「不通大統領」と揶揄(やゆ)されるに至った。


不通とは韓国では「意思疎通が出来ない」「何を考えているか分からない」を意味する。外交・内政で出口なしの状況を分析すれば、残る任期3年で、支持率のV字型好転の機会が生ずるかどうかは疑問であろう。
 

中国の歴代皇帝は近隣諸国を朝貢外交で引き寄せておいては、難題を持ちかけ叩くのが常であった。いまや皇帝のようである国家主席・習近平も朴槿恵に対してその手を使っているかのようである。


習は北朝鮮の金正恩とは一回も会わないのに、朴とは6回も首脳会談を重ねて良好な関係を構築するかに見えた。「お姫様」は「習様命」とまでは言わないが、ぞっこんの入れ込みかた。ころやよしとみたか習は、何と安全保障問題で朴に踏絵を迫ったのだ。


米国はかねてから最新鋭の迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の韓国配備を打診してきた。サードのレーダー能力は北朝鮮を飛び越えて4000`先まで監視する能力を持っており、これを半島に配備されては、中国は丸裸となる。


この動きを察知した習は、昨年7月の中韓首脳会談で、「韓国は主権国家の当然の権利を行使し、反対意思を表明してほしい」とねじ込んだといわれる。皇帝の正体が現れたところだ。


一方米国はミサイル防衛強化論者であるカーターが国防長官に就任し、サードの韓国配備に向けて動き出す可能性が出てきた。これが意味するものは何かと言えば「経済は中国、安保は米国」などという都合の良い“二股外交”の限界露呈である。


「両方にいい顔をしようとする女の淺知恵」などとは告訴されるから口が裂けても言わないが、「淺知恵様」であることは確かだ。中国と米国から“踏絵(ふみえ)”を迫られて、歌舞伎で言えば「どうするどうする」の状況だ。
 

対日外交も冷え切って正式な首脳会談が開けないままである。日本は韓国潰しのために円安誘導などしていないが、天祐か円安がウォン高を招いて、韓国の輸出を直撃、日本の輸出を有利に導いているのだ。


朴は4%の経済成長を目指したが3%にとどまった。若者の失業者はちまたにあふれ、高齢者の自殺は世界最高だ。日本のように年金、社会福祉が整っていないから、核家族化が始まると高齢者は行き場がなくなるのだ。


日本は通貨危機の際に韓国を助ける通貨スワップ協定を23日に期限切れで終了させた。朝鮮日報は、「韓日外交摩擦、経済関係への飛び火を防げ」と悲鳴のような社説を書いている。
 

日中韓3国は来月ソウルで外相会議を開催、3か国の首脳会議につなげる流れた。首相・安倍晋三としてはその上で日韓首脳会談に結びつけてもよいと考えているのだろう。しかし別に急ぐ必要は無いと言うのが本音だろう。


安倍は施政方針演説で「韓国は最も重要な隣国。対話のドアはオープン」とだけ言及。これまで述べてきた「基本的な価値や利益を共有する、最も重要な隣国」と言う表現から後退させている。


産経記者在宅起訴問題が大きく影響して、「基本的価値を共有したくない」姿勢が現れている。朴も安倍との会談を急ぐ様子も見られない。8月の「安倍談話」を見極めた上で会談するかどうかを考えるようでもある。


いずれにしても、両国関係は双方が譲らず、氷河期の状態のまま推移してゆくだろう。中国と同様に当面は経済、文化交流を促進させて、氷をとかしてゆくしかあるまい。米国務長官ケリーは24日、日中韓3カ国など東アジアを3月に訪問する方針を表明したが、日韓双方に関係改善を促す可能性が高い。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月25日

◆狙い安倍リビジョニストプロパガンダ

杉浦 正章



中国「鉄面皮」な歴史認識戦のキックオフ
 


中国南宋末の禅僧・虚堂智愚の語録に「鉄面皮」があるが、中国の戦後70年を巡る反日プロパガンダはこのあつかましい「鉄面皮」で始まった。


国連安保理における外相・王毅の発言を分析すればするほど矛盾撞着、唯我独尊に満ちている事が分かる。王毅の最大の狙いは、首相・安倍晋三を名指しこそしないが歴史修正主義者と印象づけ、米欧諸国にある「安倍リビジョニスト論」の付和雷同を狙った“多数派工作”であろう。


日本は国連大使・吉川元偉が日本の立場を述べたが、官房長官・菅義偉が「国益をかけてしのぎを削る場面」と位置づけた割には「紳士的」であった。即座に反論すべき問題もあった。今後この「歴史認識戦」はヒートアップする一方だが、王毅発言には、歴史の初歩を知らないか、あえて無視した「隙」がいくらでもある。


王毅発言の核は「反ファシスト戦争での歴史の事実は明らかだが、いまだに真実を認めたがらず、審判を覆そうと試み、過去の侵略の犯罪をごまかそうとする者がいる」という部分だ。この「者」が一体誰かだが、どうみても安倍への狙い撃ちだ。


「審判」とは東京裁判かサンフランシスコ平和条約を指すのであろうが、もっと広く歴史修正主義を言おうとしているのでもあろう。米国にはニューヨークタイムズ、ワシントンポストなどリベラル系マスコミを中心に安倍をリビジョニスト(歴史修正主義者)と見る風潮があり、国務省の報道官あたりもこれに引っ張られる傾向を示している。安倍の靖国参拝を契機にその傾向は強まっている。王毅の狙いはここにある。


しかしヒットラーのユダヤ人虐殺がなかったような主張をするリビジョニストと、安倍を同一視する米マスコミは勉強が足りない。


たとえば従軍慰安婦の強制連行を安倍は否定してきたが、昨年朝日の大誤報露呈が物語るものは戦後に創作された話が、あたかも「正史」であるかのように認識され、それを否定する者が「歴史修正主義者」のレッテルを貼られる傾向である。これはおかしい。まず反論の第一はここにあるべきだろう。
 

次ぎに王毅は「私たちは国連憲章の精神に忠実に従うだけでなく、時世に沿って行動した。戦後70年間、国連の創設メンバーで、安全保障理事会の常任理事国の中国は、常に国連憲章の精神に従い、国連の役割を支え、平和と安定を守ることに尽くしてきた」と言明したが、これこそ盗っ人猛々しい発言だ。


まず第一に中国共産党政権は国連創設のメンバーではない。中国が台湾を追放して国連の代表権を得たのは、筆者がニューヨーク特派員であった1971年である。国連創設は1945年であり、71年の国連総会決議までは中華民国が代表権をもち、安保理常任理事国であった。だから台湾まで怒っている。


国防部の報道官は中国共産党に対し「抗日戦争の主役は、国民党が主導した中華民国軍だったという歴史に向き合うべきだ」と発言している。たしかに日本は蒋介石には負けてポツダム宣言を受諾したが、中共に負けた覚えはない。


そもそも中国は国連を敵に回して戦争をした国なのである。52年の朝鮮戦争勃発に際して国連軍による朝鮮半島統一に介入、国益のために半島を分断した張本人ではないか。「国連憲章の精神に忠実に従い」と言うが、同憲章前文の核心部分は「共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」である。


ところが中国の関係した戦争は数知れない。1949年にウイグル侵攻、1950年にはチベット侵攻、1952年には朝鮮戦争に介入、1959年のチベット蜂起を鎮圧、1962年にはチベットからインドに侵攻して中印戦争、1969年には中ソ国境紛争、1979年ベトナムに侵攻して中越戦争、1984年には再びベトナムと中越国境紛争、1988年にベトナム支配下のジョンソン南礁を制圧した。


そして現在の東・南シナ海への進出だ。戦後これだけ好戦的な国があるだろうか。一方日本の自衛隊は他国に向けて一発の弾も撃っていない。中国が国連憲章無視国家なのである。
 

その中国が「戦後の国際秩序に挑戦しているのは中国でなくて日本である」というプロパガンダを戦後70年を機会に展開するのは鉄面皮も極まった愚挙である。日本を精神的におとしめ、民族の誇りにダメージを与えようとしているのが、70年キャンペーンの本質そのものなのである。


もちろん日本を弱らせて、海洋進出を容易にするという、長期戦の魂胆が見え見えな粗暴さでもある。今後中国はロシアや韓国と組んで反日歴史認識戦を展開する。


中国は今年を「世界の反ファシズム戦争と中国人民の抗日戦争勝利の70周年」と位置付けている。そのキックオフが23日の安保理だったのだ。


9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、12月13日を南京事件の「国家哀悼日」として、大規模な反日キャンペーンを展開する。5月9日にモスクワ「赤の広場」で行われる軍事パレードには国家主席・習近平が出席、北京でも9月3日に軍事パレードが行われる。


共産党機関紙「人民日報」は「パレードで中国の軍事力を示し、日本を震え上がらせる」などと“脅迫”している。


日本としては中国のプロパガンダに後手後手に回らずに、あらゆる手段を講じて、「正しい歴史認識戦」を展開する必要がある。政府が対外発信を目指して五百億円の予算を計上したのは当然の対応である。夏の「安倍談話」も過去にとらわれるのはほどほどにして、新機軸の言論戦という位置づけが必要であろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2015年02月24日

◆農相辞任の政権への影響ほとんどない

杉浦 正章




予算の年度内成立は至上命題だ
 


イタチの最後っ屁のように「説明しても分からん人は分からん」との“迷言”を農相辞任の西川公也は吐いたが、分かる人は分かる。この辞任は早ければ早いほどよかった。本来なら総選挙後の組閣の際に外しておくべき人事であった。


首相・安倍晋三は1次内閣で苦汁をなめただけあって、閣僚辞任処理は電光石火型だ。事前の準備なくして天皇を煩わせる認証式まで一日では終えられない。


辞任させたからには、新農相・林芳正のもとにTPP(環太平洋経済連携協定)の妥結、農協改革など農政の建て直しを早期に実施する必要がある。辞任の影響は最小限にとどまるだろう。


野党が予算を人質に取って国会審議を遅延させる愚行に出たとしても、世論は支持しない。政府・与党は年度内成立をあきらめずに至上課題と心得てまい進すべきだ。


官邸筋によると、西川は自らの問題が首相のヤジ問題というあらぬ方向にまで発展して申し訳ないという気持ちであったという。先週末に辞任の意向を官邸に伝え、官房長官・菅義偉との調整も行われた。そして表向きは安倍が慰留したが西川の意志が固かったという筋書きを作って、休み明け23日に一挙に展開させた形だ。


安倍にしてみれば農水族の西川は、TPPや農協改革問題での自民党内抑え役として農水相に抜擢したものであり、今後の党内調整にも必要な人材であり、敵に回しては元も子もない。何としてでも円満に辞任させる必要があったのだ。
 

こともあろうに安倍は西川を擁護するあまりに、自ら舌禍事件を巻き起こしてしまった。民主党の質問に「日教組」「日教組」とヤジを飛ばし、「補助金をもらっている日教組の教育会館から献金をもらっている議員がいる」とまで言い切ってしまったのだ。


後で誤解と分かり「わたしの記憶違いによる正確性を欠く発言で遺憾であった。訂正する」と言わざるを得なくなった。不用意な発言であらぬ方向に事態が拡大しそうになって、安倍にとっても更迭は不可欠の様相を帯びていたのだ。


第2次内閣で二人辞任しており、三人目の辞任となり、安倍内閣のイメージダウンはさけられない。増長はすべきではないが、はっきり言って閣僚の不祥事による辞任などは盤石の大局には関係ない。野党とマスコミが2日か3日間大騒ぎするだけだ。


大局に関係あるのは民主党の鳩山由紀夫や菅直人のように、首相の素質そのものが問われるケースだ。安倍の場合は近来まれに見るリーダーシップのある首相だ。


アベノミクスは日本に未曾有のやる気と活力を引き起こしており、国内総生産(GDP)好転で、デフレ脱却も視野に入ってきている。中国の海洋進出による東シナ海の事態には、日米同盟を強化し、集団的自衛権の行使容認に踏み切った。


民主党政権は米国から「ルーピー鳩山」とさげすまれ、大震災で菅はうろたえ、首相・野田佳彦だけはよかったが、前の二人が悪すぎて選挙に大敗した。その民主党は、アベノミクスでも集団的自衛権でも、安倍に論破されている事態だ。代表・岡田克也の追及は本会議も予算委も泡の抜けたビールそのものであった。
 


民主党は、国民にとって「悪夢の3年3か月」の政権時代を経て、選挙大敗で脳しんとうを起こし、安倍政権追及も後遺症の域を抜け出られない。国会論議は本筋の問題で対決すべきところであるが、本筋は棚上げにしてもっぱら閣僚の個人攻撃などという疝気筋を指向する。


本道を外れた追及で伴食閣僚の寝首を掻いても国民は「それなら民主党政権」と言うだろうか。全く言わない。民主党には政権交代に向けての対立軸などはないし、能力も人材もない。閣僚の辞任という敵失に勢いづいて民主党は、維新、共産党と計って、予算を人質に取りそうな国会戦術をとろうとしている。24日は審議拒否だという。まるで社会党政権時代に戻ったかのようである。



15年度予算案は日本が長期低迷のデフレから脱却できるかどうかをかけたものと言ってもよい。その予算案を人質に取って国会審議を停滞させれば、困るのは国民である。野党はここは正常な審議に一日も早く立ち戻って、経済、外交、安保で真っ正面から政権との論争を展開すべき時だ。


それとも国会論戦は全て安倍に論破されてしまって、疝気筋のテーマしか見つからないのか。政府・与党は日程が苦しくなったが、予算の年度内成立を目指して強気の国会運営をすべきである。ここは暫定予算などに走るべきではない。あくまで本予算の年度内成立を図るべきだ。閣僚の辞任如きで国政を渋滞させる時ではない。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月20日

◆やぶ蛇の公明の周辺事態法存続主張

杉浦 正章




政府が「周辺概念」削除の大転換
 

公明党はやぶをつついて蛇を出した結果となった。安保法制に当たって同党が存続を主張した周辺事態法を存続する代わりに同法から「周辺の概念」を除去する方針を政府が19日示したからだ。


このいわば周辺事態法骨抜きの方針は昨年十月に決めた日米防衛協力の指針(ガイドライン)の中間報告の核心部分であり、この概念が安保法制の核として浮上・挿入されたのだ。おそらく政府は周辺事態法を廃止する場合には、恒久法に挿入する予定であったのだろう。


ところが公明党が周辺事態法に固執して、安保法制が座礁する恐れが出てきたことから、窮余の策に打って出たものとみられる。公明党幹部は「自衛隊の活動が際限なく広がる」と反発しており、20日の与党協議の焦点となる。


そもそもガイドラインは日米同盟の公約であり、これに反対するなら公明党は昨年十月の時点で連立を離脱するべきであった。公明党代表・山口那津男は窮地に陥ることになる。
 

どう見ても政府が提示した安保法制最大の焦点は周辺事態法の改正に絞られるが、多くのマスコミ報道がこれを見抜いていない。


政府は周辺事態法の改正に関して、後方支援の対象を、「日本の平和と安全のために活動するアメリカ以外の国の軍隊にも広げ、今の法律で日本の領域や公海上でしかできないとしている支援を、外国の領域でも行えるようにする必要がある」と説明している。


具体的には同法が冒頭の目的に掲げる「そのまま放置すれば、日本に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等、日本周辺の地域における日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態」の「そのまま放置すれば、日本に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等、日本周辺の地域における」を削除する形となる。


これはガイドライン中間報告でこれまであった「周辺事態」の概念をとり外したことに伴う法制化措置である。この日米の狙いは周辺事態となる場合の後方支援はもちろんのこととして、例えば南シナ海で中国が武力行使に出て紛争が生じ得ることを想定、自衛隊の米軍支援を容易にしたものに他ならない。


日本が身動き出来なければ、中国は戦略上の優位に立つことになるからだ。公明党の主張は周辺事態法をそのまま存続させて、日米軍事協力拡大に歯止めをかけようという狙いであった。


しかし政府としては安倍の積極的平和主義推進の観点から集団的自衛権の行使容認を推進してきており、自衛隊の活動範囲の拡大は安保法制の基本中の基本である。周辺事態法を廃止するなら自衛隊活動範囲の拡大を恒久法に挿入する方針であったに違いない。


政府は19日の説明で「日本の平和と安全を確保するために行う後方支援は、周辺事態法を改正して対応する一方、これまで、そのつど特別措置法を作って対応してきた国際社会の平和と安定のために行う後方支援は、恒久的な法律・恒久法を新法として制定する」との方針を提示している。


このうち山口が反対してきた恒久法の制定で政府は、「多国籍軍を含めた他国軍への後方支援や、PKOの枠外の人道復興支援活動などを盛り込む方針」と伝えた。同法に関しては安倍の意志が極めて強いことから、公明党は国会の事前承認など条件闘争に転換しつつある。
 

しかし周辺事態法については、公明党の予想を大きく上回る方針提示であり、おそらく20日の会議などで「周辺事態の概念がなくなれば自衛隊の活動に地理的な制約がなくなる」など強く反発の動きに出ることが予想される。


安倍の胸中には昨年7月1日の閣議決定の武力行使の3要件にある「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされる場合」がホルムズ海峡の機雷封鎖や南シナ海で発生する紛争に相当するという判断があり、これが大きく作用して周辺事態法の改正案となったに違いない。


したがって安倍が譲歩する可能性は少ない。日米豪3国は昨年の首脳会談で安全保障上の結びつきを一段と強化しており、3首脳は日本が後方支援を米軍だけでなく、オーストラリア軍に対して行うことも、海洋進出を狙う中国へのけん制として不可欠であるとの判断がある。


自民党は3月中に安保法制の与党案をとりまとめる方針である。自民党副総裁・高村正彦は3月26日に訪米、座長を務める安全保障法制を巡る与党協議について、アメリカ政府の関係者に説明し、日米同盟の果たす役割を改めて確認したい考えである。


ということは日程を区切っていることになり、公明党はガイドラインに強い反発をしていないことから、最終的にはなんらかの譲歩に出ざるを得ないとみられる。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月19日

◆安保法制後課題に情報機関創設の動き

杉浦 正章




「民活}など国力総動員型の情報収集がカギ
 

自民党内で対外情報機関創設への動きが加速している。政府も首相・安倍晋三と元防衛相で地方創生担当相の石破茂が基本的には前向きだ。設立の目標は20年のオリンピックに間に合うよう2,3年以内を目指すべきであろう。


しかし諜報員を採用して1から教育していてはテロ対策としては間に合わない。まず既にミニ情報機関として存在している内閣情報調査室を軸に、首相直属の機関に拡大することが望ましいが、問題は人だ。諜報員も警視庁や防衛省からかき集めるだけでなく、国力総動員型で機構を作る事が大切だ。


現地在住の日本人は言うに及ばず、商社や企業社員、現地と政府開発援助(ODA)を通じて人脈が出来ている優秀な国際協力機構(JICA)関係者などをリクルートする必要がある。カネを出して情報源を確保することも肝要だ。そうすれば日本の国力から言っても遅ればせながらかなりの情報網を創設できるだろう。
 

まず、同じ敗戦国なのになぜ日本だけ情報機関がなかったのかと考えざるを得ない。


ドイツは1955年に第二次世界大戦中の対ソ情報機関であるゲーレン機関を基に連邦情報庁(BND)を設立。イタリアですら国防情報庁が1965年に創設され、現在はSISMIとして対外情報収集に当たっている。いずれも半世紀以上前に設立されているが、敗戦国なのに国内外から反対の声や圧力など生じていない。


日本は先見の明があった吉田茂が1952年に内調を設立、これを土台にして日本版CIAを作ろうと考えていた。ところが当時は左傾化していた読売を先頭に、朝日、毎日が「戦前の情報統制の復活」とあらぬ方向に大反対して実現に至らなかった。
 

ドイツ、イタリアとの相違は大陸国家で国家の安全保障に対する考えが島国日本とは根本的に異なることであろう。地続きで隣国と接しており、戦争、紛争は日常茶飯事の国々にとっては、情報組織で耳をそばだてることは国家の存立に不可欠な常識であるのだ。


一方日本は地政学的に海洋という天然の要塞に守られて、元寇以来安全保障は神風が助けるという遺伝子が出来上がってしまっている人種が存在するのだ。絶対平和主義の公明党や野党が存立可能なのもそこに原因がある。
 

そして、その天然の要塞だけでは国民を守れない時代が国際化の波とともに到来した。現在日本人の海外在住は150万人、海外への旅行者は年間1500万人に達するという時代だ。


簡単に言えば国境線はなくなりつつあるのだ。その時代に即して安倍が集団的自衛権の行使で安保法制に取り組み、邦人救出での自衛隊派遣を検討するのは当然のことである。情報機関の創設も国際国家としての日本にとってまさに死活問題であるのだ。


設立の動きは10人殺されたアルジェリア人質事件がきっかけとなっているが、今回のISIL(イスラム国)の2人殺害がその動きを一層勢いづけている。


安倍は国会で「どの国もテロの脅威から逃れることができない。関係国や組織の内部情報を収集することが死活的に重要だ」と言明、創設に前向き姿勢だ。石破も「情報収集する組織をきちんとつくることに取り組むかどうかだ。早急に詰めないといけない」と述べている。
 

自民党のインテリジェンス・秘密保全等検討プロジェクトチーム(座長・岩屋毅衆院議員)は近く独立した対外情報機関の設置問題の本格協議に入る。米CIAや英国のMI6の現状について有識者からヒアリングを行い、夏にはMI6などを視察し、秋にも提言をとりまとめる。


これにより安保法制に次ぐ重要課題として情報機関の設置が待ったなしの課題となる方向だ。ここで見逃してはならないのがどの国の機関を手本にするかだが、警察出身でインテリジェンスのプロ中のプロ衆院議員・平沢勝栄が、世界の情報機関を調査した結果「ドイツのBNDが一番日本にマッチする」と述べている。


BNDは職員数は7000人以上に達し、そのうち、約2000人が国外での諜報情報の収集に従事しているが、それだけの人員を当初から確保することはまず不可能だ。1000人規模がいいところだろうが、CIAやMI6とともにBND型も検討する必要がある。
 

要員確保が最大の焦点になるが、警視庁公安や、防衛庁など情報活動のプロを移動させることがもちろん主軸となる。ここで考えるべきは「民活情報機関」だ。


中曽根康弘は法律まで作って民間の資金を国家プロジェクトに活用したが、世界第3の経済大国である日本は、外交とは別に民間による人脈が世界中に形成されている。これを活用しない手はない。


JICAにしても莫大(ばくだい)なODAの実施機関として、現地に人脈が出来上がっている。これを活用すべきであろう。現地に長く住んでいる日本人や、民間企業関係者からの情報提供も重要だ。もちろん現地の情報提供者を作ることも重要だ。


いずれも資金もつぎ込む必要がある。日露戦争において諜報活動で活躍した陸軍大佐・明石元二郎はイギリスのスパイを抱き込んだり、当時の金額で100万円(今の価値では400億円以上)を工作資金として支給されて、ロシア革命の大きなきっかけを作り上げた。史上最大の諜報活動であった。古来、情報とはカネと人脈に他ならない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月18日

◆過去の談話は軟化して受継げばよい

杉浦 正章



日米の「調整」が鍵を握る
 
8月から9月に予定されている中韓両国による戦後70年の「対日歴史戦」に対応するには、まず対米調整が必須条件だと筆者は主張してきた。

首相・安倍晋三が連休に訪米して戦後70年の共同文書を出す方向となったことは、まさに“先手必勝”を地で行くものであり外交的に、巧みな手法である。共同文書は終戦記念日に出される「安倍談話」に先行するものとなるだけにどこまで踏み込むかが焦点になる。

米政府内には村山・小泉談話の「キーワード」に固執するムードがあるが、安倍の本心は出来るだけ触れたくないところにある。従って安倍の言う「全体として受け継ぐ」が、レトリック(修辞法)としていかに反映されるかが焦点になるだろう。

「安倍談話」に関する安倍のポジションは「安倍内閣は、歴史認識については歴代の内閣の立場を全体として受け継いでいる。先の大戦の反省の上に立って、戦後自由で民主的な国をつくってきたこと、これからアジアや世界の平和と安定、繁栄に貢献をしていく、そうした発信を盛り込んだものをつくっていきたい」というものだ。

しかし「全体として受け継ぐ」の内容についてはどうも村山・小泉談話の「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのお詫び」の“キーワード三点セット”をそのまま受け継ぎたくないように受け取れる。

とりわけ村山談話についてはかねてから「安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」と述べている。この安倍の社会党政権の出した談話など踏襲したくない気持ちは分かる。

他方米国の空気はと言うと、中韓両国によるロビー工作やプロパガンダがここ数年かなり利いてきた感が濃厚である。とりわけ朴槿恵の慰安婦言いつけ外交が効果を上げてきている。

国務省などは報道官・サキが新年早々「これまでに村山元首相と河野元官房長官が示した謝罪が、近隣諸国との関係を改善するための重要な区切りだったというのが我々の見解だ」と強いけん制球を投げてきている。

韓国のロビー工作をもろに受け止めていると言われる米議会調査局にいたっては日米関係の報告書を発表し、安倍政権が歴史問題で「周辺国との関係を悪化させ、米国の国益を損なわせたかもしれない」との懸念を示したうえに、安倍首相を「ナショナリストとして知られる」とか「歴史修正主義的視点を持っていることを示唆している」と個人攻撃をする始末だ。

安倍の日米同盟重視路線が米国のアジア戦略にとって不可欠の要になっていることなど大局に関しては無知とみえてレベルが低いが、一度政府はこの調査局の偏向について正式に抗議した方がよい。

こうした米国の空気は戦後70年の共同文書を作るに当たっては無視できないのも現実だ。米国は共同文書が極東の安定を強化するものであることを望んでおり、サキが過去の首相談話の文言にこだわるのも談話が中韓両国を刺激するものになっては元も子もないからであろう。

ここは首相訪米前に外交当局が徹底的に詰めなければならない部分でもあろう。ただオバマのリバランス(再均衡)の核が紛れもなく「安倍」なのであり、その安倍の気持ちの忖度(そんたく)なくして、リバランスが成功すると思ったらオバマも甘い。

安倍は施政方針演説で「本年は被爆70年」とあえて広島、長崎に言及している。歴史認識を言うなら無辜(むこ)の民を虐殺した原爆投下はどうなるかという思いが安倍にあっても不思議はない。

しかし死去したドイツの元大統領ワイツゼッカーが「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい」と述べたあたりは、歴史認識として全てを包含していてうまい演説である。

ナチスドイツが犯した日本とはスケールの全く異なる残虐行為が、この程度のレトリックで感銘を呼ぶのだ。

村山談話の欠陥はその表現の過度な修飾部分にある感じが濃厚である。「痛切な反省」までは言わずに「反省」。「心からのお詫び」などと言わずに「お詫び」で十分だろうと思う。

従って「植民地支配と侵略に反省し、お詫びする」程度に“軟化”させてはどうか。歴史認識問題はその一言を挿入するだけでよい。あとの90%は日本が戦後70年平和国家として世界平和につくした点を強調し、今後も戦争を自ら仕掛ける国にならない平和国家であり続けることを述べればよい。

ロシアが過去に戦争を繰り返し、現在もウクライナで紛争を引き起こし、中国が戦後周辺国との戦争や紛争に明け暮れてきた好戦的国家であることには直接触れる必要は無いが、ほのめかしてもよい。

<今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)


2015年02月17日

◆恒久法と機雷掃海で公明に譲歩せず

杉浦 正章




論戦冒頭から安保法制の核心部分へ
 


まるで横綱・白鵬が日馬富士を土俵の外に投げ飛ばし、観戦していた大関・山口那津男にわざとぶつけたような代表質問初日だった。


このところ恐ろしいほど首相・安倍晋三はついている。総選挙に圧勝して、まさに地雷原を踏むようであったISIL(イスラム国)事件を見事にしのぎ、支持率は読売58%、朝日50%。「ISIL対処が適切」が読売55%、朝日50%で盤石だ。


3期ぶりにGDP はプラスに動き、日経平均株価は16日1万8004円と反発。終値での1万8000円台は2007年7月以来、約7年7か月ぶりで、第1次安倍政権時につけた1万8261円の高値更新は確実視される。市場では「年度末日経平均2万円」の声が勢いづく。


明らかにデフレ脱却の兆しも見え、野党はアベノミクスにもケチが付けられない状態にあるのが実態だ。


そのアベノミクスについて民主党代表・岡田克也が「成長戦略はわたしの基本戦略と同じ」と質問、維新代表の小結・江田憲司も「アベノミクスの方向性には賛成」と発言するようでは、安倍はますます勢いづく。


岡田は質問に先立って代議士会で「生ぬるいとかもっと厳しくやれとの批判があるかも知れないが、岡田ワールドでいく」とマイペースの質問を予告。その「異常に律義」な性格を反映して、理路整然と安倍白鵬にチャレンジしたが、腰が入っていなかった。対案なしでは、説得力と迫力に欠けるのだ。


圧倒的な勢力の政権与党に対抗して野党らしさを発揮するにはあっと驚くような爆弾質問とか、ウルトラC級の新提案がなければ注目されない。同じ岡田でも佐藤政権を揺さぶった爆弾質問の岡田春男とは大違いであった。岡田ワールドは理路整然と間違うワールドかも知れない。


その証拠に安倍は岡田の質問を逆手に取った揚げ句、返す刀で山口を切った。そのやりとりは、まず焦点の安保法制に関して岡田が昨年夏の閣議決定を「一内閣の判断で憲法の重要な解釈を変えたことは立憲主義に反し、憲政史上の大きな汚点となった」と口を極めて批判。


安倍は、「従来の憲法解釈の基本的考え方を変えるものではない。憲法の規範性を何ら変更するものではなく立憲主義に反するものではない」と反論した。さらに安倍はホルムズ海峡の機雷除去について「ホルムズ海峡はエネルギー安全保障の観点から極めて重要な輸送経路となっている。


仮にこの海峡の地域で武力紛争が発生し、ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合は、かつての石油ショックを上回るほどに世界経済は大混乱に陥り、わが国に深刻なエネルギー危機が発生しうる」と強調。同時に「わが国の国民生活に死活的影響が生じるような場合には、状況を総合的に判断する。わが国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況に当たりうる」と述べた。


これは機雷除去を、閣議決定3要件の「日本の存立が脅かされる危険」と明確に定義づけたことになる。


この発言は13日に始まった自民・公明両党の与党内調整を明らかににらんだものだ。山口はホルムズ海峡の機雷除去について「存立が脅かされる事態ではない。存立事態という新要件に当たらない」としており、安倍は真っ向から否定したことになる。


さらに山口は安倍が目指す恒久法についても「自衛隊のインド洋派遣やイラクへの派遣はその都度特措法で処理してきた」と述べ、制定には反対だ。


これに対しても安倍は「あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とすることが重要だ。具体的なニーズが発生してから改めて立法措置を行う考え方は取らない」と述べた。恒久法とホルムズ海峡問題は自公調整の焦点となるものだが、安倍が論戦冒頭から「山口けん制」という発言に出たことから、調整は難航せざるを得ないものとなろう。


しかし安倍はその発言や主張から見て安易な妥協をしない構えである。浅薄な評論には統一地方選挙を控えて安保法制の論議は予算成立後になるという見方があったが、もはや安倍は統一地方選などへ国家の安保論議が波及するとは考えていないのだ。論戦開始冒頭からの安倍の発言は、安保法制論議を国会質疑の前面に押し出す結果となる。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月13日

◆公明、安保法制で強硬姿勢維持

杉浦 正章




昨年夏の攻防が事実上ぶり返し
 


集団的自衛権の行使容認を軸とする安保法制の取り扱いを巡って、自民党と公明党の鞘(さや)当てが目立ち始めている。事実上昨年7月1日の閣議決定前の攻防に逆戻りしている様相だ。


首相・安倍晋三以下自民党が、閣議決定を軸に「恒久法」を目指しているのに対して、平和主義を標榜する公明党は、有事の度の特別措置法での対処を主張して譲らない。13日から両党間の本格調整に入るが、安倍は「恒久法を絶対譲らない」(官邸筋)方針であり、本格論戦が始まった通常国会は与党内の対立が先行しそうだ。


野党は民主党が集団的自衛権の行使容認の是非の協議を12日から開始したが、こちらは岡田克也新体制にはなったものの左右の対立で簡単にはまとまりそうもない。
 

自民党首脳が警戒しているのは、公明党が、昨年夏以上に硬化の兆しを見せている点だ。副総裁・高村正彦も「公明党には『憲法の規範を超えたようになる』という危惧があるかもしれない」と警戒感をあらわにしている。


早くも国対委員長・佐藤勉は11日、安保法制に関して「非常に大きな法案。会期内に収めるのが私の課題だが、大変な悩みがある」と述べ、6月24日までを予定している通常国会の延長を示唆した。


確かに安保法制は戦後の安全保障体制を大転換する意味あいがあり、法案が連休明けに提出されても「1か月半程度で成立させることは駱駝を針の穴に通すより難しい」(自民党国対関係者)というのが本音であろう。


田中角栄なら「国会議員は休会中も月給をもらっているのだから通年国会で働け」と言うところだが、筆者が見たところ夏一杯か場合によっては秋までの大幅延長が必要になるかも知れない。


まず解決しなければならない自公の対立点は、基本部分で決定的な亀裂がある。


公明党代表・山口那津男は、自衛隊のインド洋派遣やイラクへの派遣はその都度特措法で処理してきたことを指摘して、恒久法の制定には真っ向から反対だ。狙いは明らかに安倍政権の「独走」にブレーキをかけるところにある。


これに対して安倍は12日の施政方針演説でも「国民の命と幸せな暮らしは、断固として守り抜く。そのために、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能とする安全保障法制の整備を進める」と表明した。


そもそもこの「恒久法」を意味するキーワードの「切れ目のない対応」は昨夏の閣議決定でも決まっており、「公明党はこれに賛成しているのだから、今さらちゃぶ台返しされても困る」(自民党幹部)というのが本音だろう。
 

加えて山口は「米軍や有志連合への後方支援は国連安保理決議を原則とすべきだ」と強調しているが、これも噴飯ものだ。国連が平和の理想郷とでも思っている戦後の絶対平和主義者の殻を抜け出ていない。安保理常任理事国の中国は拒否権を行使できるのであり、東・南シナ海で事を起こした場合には、当然拒否権を行使して決議などは作らせない。


それを待っていては国の存立にかかわることになることが分かっていないのだ。安倍が「国連決議がある場合も、そうでない有志連合の場合でも憲法上は後方支援は可能」と述べているのが妥当だ。


さらにホルムズ海峡における機雷除去に関して安倍は新たな「国家存立事態」の観点から可能とする方針だが、山口は「存立事態という新要件に当たらない」という立場を固執している。


これは安全保障の初歩を知らない。石油ルートの確保は戦前の日本がそうであったように「生命線」なのであり、まさしく存立の事態だ。それとも石油危機の大混乱は早くも忘却の彼方か。


このように、山口が昨年夏よりもさらに態度を硬化した背景には、支持母体である宗教団体の意向が強く作用しているのだろう。山口自身も戦争や紛争が突発的に発生しうるものであるという安保の基礎を知らなければなるまい。


おりから世界情勢は激動期の様相を色濃くしており、恒久法がなければ迅速な対応が出来ない。事態発生の度に国会審議を行っていては、まさに泥棒を見て縄をなうに等しい。国会が閉会中であったら手をこまねくのか。その結果貴重な日本人の人命が失われては、政権与党としての責任を果たせるのか。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2015年02月10日

◆外務省の渡航制限措置は当然だ

杉浦 正章




ジャーナリストの甘えもいいかげんにせよ
 


銃を乱発する立てこもり事件で張られた規制線を突破して、記者やカメラマンが取材活動をしようとすれば「取材の自由」などと言っていられない。警官は当然制止する。今回のフリーカメラマンのシリア渡航を外務省が旅券返納命令という異例の渡航制限措置で阻止したのは当然である。


名も知れぬ地方カメラマンが一挙に有名人になったが、狙いはそんなところかも知れない。一部新聞は憲法に保障される報道の自由や渡航の自由を主張するが、自由も事によりけりだ。一個人の利益のために膨大なる国費と政治資源を使用して、憲法の保障する公共の福祉が保てるのか。
 

諸外国の例をみれば、米国の場合は一般人対象に渡航警報を発出するが、取り立てて報道陣に対して警告を発するケースはまずない。米国は報道の自由は最も重視される国の一つだが、危険地帯に侵入するケースはあくまで自己責任であり、政府は関知しない事が原則だ。


しかし、米国人ジャーナリストが人質になった場合などは救出作戦に出るケースもある。米軍とイエメン軍は去る12月6日、イエメン南部で、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ」にとらわれていた人質ジャーナリストらの救出作戦を実施している。


しかし、人質は作戦中に死亡して失敗している。フランスではAFP通信がフリージャーナリストによる危険地域からの記事や写真の売り込みを拒否する方針を決めた。日本の民放テレビや新聞は見習うべきだ。
 

それでは日本の場合自己責任で危険地帯に指定しているシリアに取材に行くことを許した場合にどうなるかだ。人質になれば、今回一部野党が首相・安倍晋三の片言隻句を取り上げて批判したように、何でもかんでも政府の責任に転嫁しようとすることは火を見るより明らかである。


物事の本筋を見過ごして、野党やマスコミはあれが悪いこれが悪いと島国根性丸出しの批判を展開する。一方で米国のような救出活動が可能かと言えば、現行法上は不可能に近い。だから安倍が自衛隊の人質救出を可能にする法改正を主張しているのである。


こうした日本独特の雰囲気の中で、未然に人質事件を防止するには、最初から行かせない措置を取ることが正しい。


旅券法には 19条に、旅券所有者の「生命・身体・財産の保護」を理由に、政府が旅券の返納命令を出せると定めている。この邦人保護規定を初適用して強行策に踏み切ったのだ。この適用は当然憲法の報道の自由と、渡航の自由に抵触する恐れがないとは言えない。


渡航の自由は憲法22条の「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」が根拠だが、今回の場合前者の公共の福祉条項が根拠になる可能性が高い。人権制限より公共の福祉が優先されるケースがあるからだ。


過去に類似する唯一の例として最高裁判決がある。左派社会党員、帆足計が1952年3月に当時のソ連のモスクワで開催される国際経済会議に出席するために、当時の外相・吉田茂に対してソ連行きの旅券の発給を申請した。しかし吉田は、帆足が旅券法13条にいう「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うところがあると認めるに足りる相当の理由がある者」であると認定をして、旅行の発給を拒否した。


帆足は海外渡航の権利を侵害されたとして、国に対して損害賠償を請求したが、上告棄却で敗訴となった。「海外渡航の自由」といっても、無制限に許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきでるという判断が根底にあった。


今回、カメラマンの言い分は、安倍が「テロに屈しない」と言っていたことをとらえて「テロに屈しないと言うことは今まで通りの活動をするということだ」と述べているが、殺害された二人の映像も、強制された発言もテロに屈した姿そのままではないか。国に甘えるのもいいかげんにして、テロの現実を見詰めるべきであろう。


カメラマンはマスコミにけしかけられたのか法的措置を検討しているというが、「命を助けてもらった恩返しに裁判沙汰」はないだろう。良識ある国民の支持は得られない。渡航制限が行われたのはよくよくの事態であり、政府はこれを先例として同趣旨の渡航者をどんどん取り締まるべきだ。
 

今回安倍政権が取ってきた一連のテロ対策への国民の支持は、内閣支持率上昇によって証明された。読売の調査では安倍内閣の支持率は58%で前回調査の53%から5ポイント上昇した。NHKの調査でも4ポイント上がって54%。反安倍に徹しているテレ朝の報道ステーションですら5.3ポイントの上昇だ。


NHKでは「イスラム国」による日本人殺害事件での安倍内閣の対応を評価するかどうかについて、「大いに評価する」が11%、「ある程度評価する」が40%、「あまり評価しない」が32%、「まったく評価しない」が10%という結果だった。


これにより民主、共産、維新など野党各党の、安倍に対する揚げ足取り作戦がいかに国民常識と乖離(かいり)していたかを物語るものだろう。野党は失敗に終わったことをかみ締めるべきだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年02月06日

◆マスコミは蛮勇を礼賛すべきではない

杉浦 正章
 



与える影響の大きさを考えよ
 

橋本登美三郎が佐藤内閣の官房長官だったころ、従軍記者の武勇伝を聞いた。朝日新聞の記者だった橋本は部下を15人ほど引き連れて日本軍が占領した南京に一番乗りした。


弾丸が頬をかすめるような場所で記事にして伝書鳩で送ったのだ。取材経費の報告に「機関車1台」と書いたというエピソードは有名だ。新聞記者は時には命を的に取材するケースがある。


しかし、従軍記者とシリア取材の根本的な違いは、情報そのものに戦争当事国の記者並みの重さがないことだ。ニュース価値は、報道がなくても済むが、あればよい程度でしかない。


報道メディアが自社の特派員を出さずにフリージャーナリストに多額の報酬を提供して依存する根本はそこだ。もっとはっきり言えばジャーナリストは死んだ場合は自己責任。自社の記者の場合は億単位の見舞金が必要となる。
 

故人だから敬称をつけるが、後藤謙二氏の場合は、その意味で哀れではある。本人は死を覚悟しており、テレビで「取材中は一日10万円の誘拐保険に入っている」ということを明らかにしている。最高クラスの保険でおそらく最大補償額は5億円は下らないといわれている。


問題は新聞テレビなどの大手マスコミが、こうした取材に金を出して奨励することだ。週刊文春で紹介されたフリージャーリストの「映像が番組で流されれば、10分間で200万円から300万円ほどのギャラがもらえます」という証言は、おそらく当たらずといえども遠からじであろう。


一週間程度の取材なら保険料を払ってもお釣りが来る額だ。テレ朝の報道ステーションがこの「後藤氏美化」で突出している。中東の庶民や子供たちなど弱者への優しい目線を強調して、賛美している。朝日もそうだ。


5日付朝刊社会面で、でかでかと「ケンジの思い、広がる共感」だそうだ。「憎しみあいは報復の連鎖しか生まない。それこそが後藤健二さんが命をかけて伝えたかったこと」と賞賛した。
 

しかし問題は賞賛が及ぼす影響だ。難題山積の重要な時期に政府は首相以下2週間以上を人質問題に忙殺され、それにかかった血税は誰も計算していないが、社会保障に回せば多数の難病の子供の命を救える額であろう。


大津波の被災地で苦しむ人たちにも回せたかも知れない。結果的に1民間テレビの視聴率のために、費やす政治資源は計り知れない。それは政府の仕事だからまだいいにしても、問題は無責任な後藤氏賛美と英雄化が社会に巻き起こす影響だ。


賛美をすれば国民は1億2千5百万人いる。次々にまねるものが出てくる可能性がある。イスラム国(ISIL)はこの事件を契機に日本に狙いを定め、テロを起こすと宣言している。日本人とみれば人質にしてプロパガンダに使うだろう。


後藤氏は「シリアに入る責任はわたしにあります」と事前に自己責任を強調しているが、1人が死んで済む話ではなくなったのである。


日本政府のみならずヨルダン政府まで巻き込み、結果的には死刑囚の死刑執行、ラッカへの空爆など復讐が復讐を呼ぶ事態を招いたのだ。跳ね上がり1人の責任で済む事態ではないのだ。国内にISILの戦闘員が生ずる可能性すら否定出来ないのだ。


この点自民党副総裁・高村正彦は極めて的確な発言をしている。高村は「3度にわたる日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配する地域に入ったのは真の勇気ではなく蛮勇だ」と批判。「後藤さんは自己責任だと述べておられるが、個人で責任を取りえない事もあり得ることを肝に銘じてもらいたい」と述べた。


まさにその通りだ。一個人の責任で事は済まなくなったのだ。この問題で国内の議論が沸くのはよいことだが、共産党や民主党が国会で政治利用しようと首相・安倍晋三の片言隻句をとりあげて「首相責任論」にどうしても結びつけたがっているのはどうかと思う。


木を見て森を見ずの議論に貴重な国会審議を費やすべきではない。もういいかげんにしろと言いたい。


朝日は6日朝刊で危険地取材についての米国内の論議を紹介している。「(紛争地域の)前線で取材するジャーナリストの重要性を信じている。写真やビデオ、直接の体験なしでは、いかにひどい状況かを本当に世界に伝えることはできない」とか「ジャーナリストは政府の勧告を考慮に入れつつ、独自に判断をする必要がある。


責任あるジャーナリストがリスクを取って報じることが、読者や視聴者の役に立つこともある」などの意見をもっぱら我田引水型に紹介。見出しに「勧告考慮しつつ独自に判断必要」と取っているが、この辺が同社の言いたいことであろう。


しかし「独自判断」で人質になれば、結局政府に救助要請して責任を押しつけるのだろうか。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)