2015年01月27日

◆冒頭から激動安保国会の様相

杉浦 正章



安倍の強気の姿勢は当然だ
 

岡田克也がぎょろ目から火を噴きそうに怒っている。代表になってから左傾化が著しい岡田にとって、「安倍談話」を巡る安倍のポジション表明はもってこいの攻撃対象となるのだ。ここで怒らなければ怒るときがないとばかりに怒って見せている。


今国会は後半が「安保法制国会」と位置づけられてきたが、どうやらイスラム国の人質問題とも絡んで冒頭から安保問題で激論が展開される様相を呈している。


首相・安倍晋三の施政方針演説は来月12日の平成27年度予算案提出後に行われるが、25日のNHKで安倍は、集団的自衛権を巡る安保法制と戦後70年の安倍談話で強気の方針を表明しており、事実上の施政方針と位置づけられる。野党が手ぐすねを引く絶好の材料をもたらしている。


安倍発言はおそらく通常国会を通じての立ち位置を明示したものであろう。まず中国と韓国がかたずをのんで見守っている「安倍談話」については、「安倍政権として歴代の談話を全体として受け継いでいく」と述べた。戦後50年の村山談話、同60年の小泉談話の目指す方向は変えない方針を明らかにした。


しかし問題は安倍が「70年を迎えるにあたって、今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍政権としてどう考えているのかという観点から談話を出したい。『今まで使った言葉を使わなかった』、あるいは『新しい言葉が入った』というこまごまとした議論にならないよう、70年の談話は70年の談話として新たに出したい」と述べた部分だ。


安倍はなんと両談話の核心部分である「植民地支配と侵略への痛烈な反省と心からのお詫び」の金科玉条表現から“離脱”する意図を鮮明にさせたのだ。「こまごまとした議論」と言う表現は、挑発的ですらある。


安倍は既に13年4月には国会で「村山談話をそのまま継承することはしない。適切な時期に21世紀にふさわしい未来志向の談話を出してゆく」と言明している。この発言は中韓両国のみならず、米国でも問題になって、リビジョニスト(修正主義者)というレッテル貼りすら生じた。


その後若干の軌道修正をしたが、今回の発言で本心は何ら代わっていないことを意味する。いわば確信犯的な姿勢が露呈されてきたことになる。


安倍にしてみれば社会党政権が作った談話など引き継ぎたくないのが本音だろうが、その社会党の何でも反対路線への先祖返りの気配を示す岡田が、渡りに舟とばかりに噛みついた。「安倍総理の発言には驚いた。キーワードは植民地支配と侵略であるが、はっきりとそういうものは入らないと言ったと受け止めた。


植民地支配が『こまごま』などと言う総理大臣の発言は全く見過ごせない。重大な発言でこれは許せない」とまで言い切った。NHKの司会の島田敏男が例によって巧妙に野党を煽ったことも原因だが、それにしても岡田は党内左派をにらんで党論統一に願ってもない材料を獲得したということになる。


公明党代表・山口那津男までが「キーワードは意味を持っているので尊重して意味が伝わるものにしなければならない」と安倍をけん制した。一方で中国ではさっそく外務省副報道局長・華春瑩が「日本は歴史問題における過去の態度表明と約束を厳守し、適切に歴史問題に対処してほしい」と注文を付けるに至っている。


さらにイスラム国絡みで安倍は空爆など国連決議を伴わない有志連合の国々による軍事行動について、「軍事的な意味の有志連合に参加する考えはない。今行っている非軍事的分野で、医療、食料支援、難民支援といった貢献を中心とした支援を行っていく」とまずは軍事行動への参加を否定した。


しかし「後方支援は武力行使ではないので、国連決議がある場合、そうでない場合でも、憲法上、可能だと考える」と述べた。


山口はこの発言に対しても「国連安保理決議に基づく後方支援が基本」と再びけん制した。たったの2人に落ちぶれた生活の党の小沢一郎までがいつからイスラム国の党首になったかと思える発言をした。


小沢は「安倍さんのカイロ発言はイスラム国にとって宣戦布告ともとれる」と、安倍憎しのあまりに、まるでテロリストに理解を示さんばかりの発言をした。


一連の安倍発言はまさに「安倍の本音」が出たことになるが、基本的には当然の方向性を示している。


端的に言えば戦後70年にもなって、世代も様変わりした一般国民は今さら戦争責任を問われても不快に感ずるだけだ。もちろん「不戦の誓い」は常にすべきであろうが、日本は政府開発援助にせよ、中韓両国に対する技術支援にせよ、慰安婦問題にせよ真摯な償いをし続けてきた。


まだ足りないというなら、戦後中国共産党が繰り返した侵略と戦争の歴史はどう総括するのかと言うことになる。反省よりも、平和愛好国に徹して一度も戦争を起こしたことのない戦後70年の歴史こそ評価されるべきであり、安倍談話はその上に立ってさらなる「百年平和」を目指す国家観を打ち立てればよいのだ。


社会党政権のお詫びを引きずりすぎても、国民の自信喪失につながるだけだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月23日

◆政府は最後まで救出努力をすればよい

杉浦 正章




最終結果は自己責任しかない



死刑執行人が予告した「72時間後の処刑」が午後2時50分に迫っている。首相・安倍晋三が宣言した「情報戦」も相手が一切の沈黙を守っているために、ぬかに釘の様相を呈している。果たして72時間が絶対的なものなのか、2億ドルが“掛け値”なのかなど全く不明のままでの手探り状況が続いている。


一方で政府があらゆる手段を講じて救出に全力を投入している姿に瑕疵(かし)はない。テロリストの予告通りに死刑が執行されるか、何らかの方法で釈放されるかは全く予断を許さない。いずれにしても、誘拐された二人は「自縄自縛」の状況を自ら作り出したのであり、自己責任は免れない。  


安倍は「情報戦」のなかで、2億ドルが人道援助である点に絞って国際世論に訴えるよう関係閣僚らに指示した。これは執行人が「2億円は我々の女性と子供を殺し、イスラム教徒の家々を破壊するためだ」と主張していることに反論するためのものだ。


安倍が17日にカイロで「イスラム教徒と戦う周辺国に総額2億ドルの支援を約束する」と言った言葉尻をとらえたものだろうが、何も武器購入や兵員確保のために支援すると言ってはいない。避難民等に対する食料、医療援助を目的としたものであり、安倍の言うように全くの人道支援だ。


一部野党やマスコミが安倍のせいであるかのように主張するのは全くの見当違いであり、結果的にテロリストに組みするようなものだ。善悪の区別は小学生でもつけられるのであり、テロリストを相手に国論をあえて割るような主張は控えるべきだ。


さらに拘束された2人にも責任がないかと言えば、嘘になる。芥川賞作家の平野啓一郎がツイッターで「スポーツなどで国際的に活躍すると、『同じ日本人』として思いっきり共感するのに、紛争地帯で拘束されたりすると、いきなり『自己責任』と言って突き放してしまう冷たさは何なのか」と主張しているが、論理破たんの極みだ。


筆者が批判しなくてもネット上で袋叩きに遭っている。様々な批判の中で一番説得力のある声は「先日御嶽山の噴火で死亡した人たちは同情されても、今御嶽山に登って噴火に巻き込まれたら自己責任だろ」という書き込みだ。


また「スポーツで活躍して、あるいは惨敗して国税が失われるか? 危険な地域にわざわざ足を運んで捕まって国に迷惑かける者とスポーツ選手を同等に見られるわけがない」も至極もっともだ。


だいいち拘束された後藤健二は「これからイスラム国の支配地域に入ろうと思う。全ての責任は自分にある」と潔いビデオメッセージを知人に託しており、覚悟の上での行動であった。


もちろん近代民主主義国家と国民との関係は保護者と被保護者の関係が歴然として存在している。どんな馬鹿げたことをする国民であっても、国家としてはできる限りのことをして、その国民の窮地を救わなければならないことは常識だ。


米国がテロリストとは絶対に取引しないという鉄則を維持しながらも特殊部隊による救出作戦を実行したり、作戦を練ったりしているのは、その鉄則があるからだ。


ただし、テロリストに屈することは避けなければならない。


屈した良い例はダッカ事件で福田赳夫が取った措置だ。「人命は地球より重い」はよいが赤軍の言うがままに600万ドルの身代金を支払い、服役中の犯人を釈放したのは最悪の例としてテロ対策の歴史に禍根を残した。人命救助とテロとの妥協には自ずと限界があるのだ。


英国の国防相・ファロンが「今の行動が次にどう影響するかを考える必要がある。強く対応しないと、後々、いろいろな問題も出てくる」と、防衛相・中谷元にクギを刺した。中谷は22日、「毅然たる、断固とした姿勢で対応しなければならない」と発言したがもっともだ。
 

要するに最大限の救出努力を国家の義務として遂行し、それでも救出できなかったときは、自己責任としてあきらめるしかないのがテロ対策だ。救出に失敗したら、邪悪なるテロリストを根絶するために、あらゆる資源を総動員して戦えばよい。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月22日

◆国民は最悪事態を覚悟すべきだ

杉浦 正章




身代金慎重論が政府・自民の大勢
 


民放テレビが騒いでいる脅迫の映像が合成かどうかなどということは些末な問題だ。映像ソフト・アドビプレミヤーで筆者でも出来る初歩的な技術であり、核心はそこにはない。焦点は身代金を巡るジレンマに首相・安倍晋三が直面しているということだ。


払うべきか払わざるべきかそこが問題なのである。払えばテロに屈したとごうごうたる世界世論の非難が生じ、サミットの宣言違反を問われる。払わなければ首切りの映像が世界に流れ、一部の女たちが金切り声を上げる。


早くも偏狭なリベラル系民放テレビなどは、人質を安倍のせいにしたがっているが、世論の大勢はそこには向かうまい。テロリストの行為は、問答無用でテロリストが悪いのであって、誰が何かしたことが原因などと言う主張は、愚の骨頂なのだ。


安倍の立ち位置はこれまでのところしっかりしている。「私の陣頭指揮の下に政府全体として全力を尽くす。国際社会は断固としてテロに屈せずに対応していく必要がある」と言明している。自ら「陣頭指揮」と言うのは、全ての責任は自分が取ると言うことであり、腹が据わっている。


発言の「テロに屈せず」は、当然身代金は支払わないと言う意味が含まれている。なぜなら事態は「屈する」が支払うであり、「屈しない」が支払わないであるからだ。とりわけ政府は福田赳夫の「超法規的処置」で赤軍に身代金を支払った後の、リパーカッションエフェクト・反作用効果を体験しているから、外務省を中心に払うべきではないという声が強い。欧米から弱腰となじられたあの体験だ。


問題は払った場合と払わない場合のシュミレーションだ。まず払った場合は、テロリストになめられる事につながる。なめられるということは、やくざのみかじめ料が恒常的に巻き上げられるのと同じで、あちこちから「どうしてくれるんだよう」の恐喝が始まる。


「日本人は金になる」とばかりに大小様々なテロリスト集団が競って日本人を誘拐して資金源としたがるのだ。イスラム国と対抗するアルカイダも狙うだろう。日本はテロリストの資金源となり、まるでテロ支援国家と化してしまうのがオチだ。


そればかりか安倍が出席して合意した、73年サミットの宣言に違反する。同宣言は身代金目的の誘拐に関して特に項目を設けて「国連安保理決議1904に従い,テロリストに対する身代金の支払を全面的に拒否」と明記しているのだ。


もっともG8のフランスやドイツもこっそり支払っているから、「ちょっとだけならいいではないか」という議論もなり立たないわけではない。しかし政府・与党幹部は支払いに慎重論が大勢だ。


これまで外相・岸田文男等が接触しているのは米国と英国だが、おそらく身代金は払うべきでないとクギを刺されている可能性が大きい。岸田は支払いに反対であろう。やはり外相を経験した自民党副総裁・高村正彦は「日本政府が人道支援をやめるのは論外だ。身代金を払うこともできない」と反対。


防衛相・中谷元も英国防相・ファロンとロンドンで会談した後「毅然(きぜん)たる態度」で対応すると述べた。明らかに支払わない派だ。


では、払わなかった場合はどうなるかだが、あの映像が全世界に流れる。やがてはとっつかまって火あぶり逆さ吊りの刑にされる運命にあるあの処刑人による惨殺の場面だ。ネットに流され、多くの国民の目に触れるが、おそらくヒステリーのような声があがるだろう。


TBSなど民放テレビは喜んでプレーアップするに違いない。しかしことは人道問題でなどではない。テロリストとの戦いの本質は「邪悪」対「正義」なのであり、悪魔がが悪魔としての行動を取ることは止められないのだ。


サソリは刺すだけが仕事なのであって、蜜を製造したりしないのだ。悪魔を支持するのは悪魔しかいない。最初のショックは納まり、多くのの世論は「正義」を貫く側を支持するに違いない。


それには国民の覚悟が必要だ。国民は人質解放のための最善の努力をした上での結果がどうあろうと、冷静に政府の対応を見守るべきだ。国民はどんな結果になっても安部を支持するべきであり、悪いのはテロリストなのだ。


それでは隘路(あいろ)はないのか。筆者はびた一文払うべきでないと考えるが、おそらく2億ドルの満額は払わないが、ちょっとだけ払う策がオプションの一つとして検討されていないわけがない。


しかし、交渉ルートがあるのか。官房長官・菅義偉は「接触はない」としているが、NHKですら広報担当者とメールでのやりとりをしょっちゅうしている。ルートがないはずはない。


テロリストはふっかけるのが通例だが、通常0.1%から30%が相場というのが専門家の見方だ。23日午後2時50分の期限切れに向けて、息詰まるような動きが続く。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月20日

◆岡田執行部は「中道左派」への傾斜

杉浦 正章


リベラル系取り込みで枝野続投 

「大工が使う曲尺(かねじゃく)と柱の垂直を見る下げ振りをカバンの中に入れている」というくらい杓子定規なのが新代表に決まった岡田克也だ。その下げ振りが示す大黒柱がどうも左に大きく傾いているようだ。

朝日新聞は民主党勢力を延ばしたい一心か、しきりに社説などで「穏健中道だ」と主張するが、岡田が旧社会党計のリベラル票欲しさで左旋回したことを無視している。その証拠の最大のものは枝野幸男の幹事長続投であり、政策では集団的自衛権反対、原発ゼロ政策である。

維新との再編も真っ向否定で、まさに実態は左傾化路線であり、中道という文字を使うなら「中道左派」路線である。対立した右派・細野豪志を政調会長にしたが、当面の党運営は岡田・枝野のペースで進むだろう。

岡田の発言で奇異に思ったのは「 私の立ち位置は宏池会」と述べた点だ。外相・岸田文男はいつから岡田が入会したかと首を傾げるに違いない。

宏池会の歴代首相池田勇人、大平正方、宮沢喜一も保守本流であるはずの宏池会の名前を野党に使われて、失笑しているだろう。

「旧社会党のリベラル路線に急傾斜している岡田など、宏池会に入れるな」と草葉の陰で怒っているに違いない。代表選の経緯を見れば、そもそも党内左派が長妻昭を擁立したのは、3人立てれば党員サポーターを交えた選挙で誰も過半数を獲得できずに国会議員による投票に持ち込めて、存在感を発揮できるという狙いがあったからだ。

案の定過半数に達した候補はおらず、リベラル系がキャスチングボートを握る結果となった。

岡田、細野共に裏舞台でリベラル議員の抱き込み戦に突入、17日から岡田が赤松広隆、細野が大畠章に大接近したが、結局赤松と赤松に近い参院民主党のドン輿石東の意向が強く働いて岡田が133対120ポイントで国会議員選挙を制した。

しかし問題はその多数派工作で輿石・赤松ラインが提示した要求だ。党の基本路線と人事と政策の3つがポイントであり、路線では維新などとの再編なし、人事では枝野の続投、政策では集団的自衛権の行使反対と原発再稼働反対を基軸としていた。

岡田としては枝野とはもともとウマが合うから留任させることを決断、いの一番に赤松に連絡したと言われている。また基本路線について岡田は、維新との再編を「 橋下氏の話は民主党の分裂を前提としたような言い方で受け入れられない。

特定の労組に極めて批判的だが、労組との関係は大事だ。現時点で維新と同じ党になるというのは、到底考えられない」と真っ向から否定。これに対し維新最高顧問・橋下徹は「今の民主党のままなら安倍政権の方を支持する」と明言、両者の関係は決定的な亀裂となった。

政界再編への動きは急速にしぼんだと言える。維新は代表・江田憲司が再編に前向きだが、せいぜい院内共闘ぐらいしか出来まい。それも個別の政策ごとの共闘がよいところだ。

一方政策面で岡田は党内右派の細野陣営が積極的だった集団的自衛権の行使を容認する安全保障基本法案に言及し、「閣議決定の考え方とあまり大きな差がない。現在の案では賛成することはできない」と明確に否定し、くさびをうった。

また原発については「2030年代原発稼働ゼロに向け、あらゆる政策資源を投入する」と再稼働を否定するともとれる発言をした。

党内とりまとめを意識した岡田の明白なる左旋回であり、「穏健中道」などではさらさらあり得ない。とりわけ枝野幹事長人事は安倍自民党とは全く相いれないだろう。

現に安倍は衆院予算委員会で枝野がかつて革マル傘下と言われるJR総連及びJR東労組の掲げる綱領を「理解し、連帯して活動する」ことを前提に、JR東労組から4年間にわたって総額404万円の資金提供を受けていたといわれる問題を取り上げ、強く批判、激論を戦わした経緯がある。通常国会を通じて自民、民主の対決路線が前面に出るだろう。

一方で岡田は「自民党は右傾化している。ど真ん中が空いている」と中道政党を強調するが、縷々(るる)指摘してきたとおり、やっていることと言っていることの違いが激しすぎて信用出来ない。

今後政調会長・細野との確執は避けられないだろう。岡田は「オール民主でいく」と強調するが、とりわけ戦後70年の安倍談話への対応、安全保障法制、原発再稼働など重要課題で細野と枝野はことごとく対立するものとみられ、バラバラ感は払しょくどころか、対立が先鋭化する可能性がある。

細野は前原誠司などと共に、維新との再編へと動く可能性があり、路線上の分裂もあり得る。左右が対立する民主党の宿命的な現実は、当面臭い物にふたをしただけで、完全にぬぐい去ることなどとても出来まい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)   
     

2015年01月16日

◆佐藤が草葉の陰で怒っている

杉浦 正章




訪沖は基地縮小の原点だった
 


おそらく佐藤栄作は草葉の陰で、マスコミの報道に怒り心頭に発しているだろう。草葉の陰からでは「記者諸君は会見場から出て行ってくれ」とは言えないから、墓を振動させているに違いない。


なぜなら、リベラル系メデイアが米側の異議を受け一部追加した佐藤演説は「沖縄への基地集中の要因」とこじつけ解釈をしたうえに、政府が現在進めている辺野古移転の是非に結びつけようとしているからだ。


しかし、「佐藤栄作日記」を精査すれば、佐藤が沖縄基地の存在を目の辺りにして胸を痛めた最初の首相であることが分かる。その原点が歴代自民党政権による基地整理縮小要請、安倍政権による普天間基地の辺野古への移転へと発展していることを紛れもなく裏付けているからだ。


近ごろの政治記者は勉強していない。50年前の外交文書を書くなら50年前の佐藤日記を検証すべきだ。同日記では65年8月19日の訪沖から帰京する前日の20日に、空から米軍基地を視察している。その中で「機上から軍基地を視察する。耕して山嶺に達し、平地は軍基地。本当に気の毒な状況」と心中を吐露している。


この佐藤の心情が、先立つ那覇空港での「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって『戦後』が終わっていないことをよく承知しております」という名演説の根幹であることは間違いない。ただ佐藤日記では訪沖2日前に米国から演説内容についての異議が出されたことには触れていない。


17日の日記では「沖縄打ち合わせ」、18日の日記でも「明日出発に備えて勉強会」とだけある。将来の日記公表を意識して、外交機密にはあえて触れない慎重さがうかがえる。


リベラル系メディアはここをせんぞとして辺野古移転に結びつけようとしている。報道ステーションにおける朝日新聞論説委員・恵村順一郎の解説を右代表で紹介する。


惠村は「佐藤演説はアメリカの圧力の下で沖縄に基地を集中させる一つの要因を作った。今の政府は日米合意があるからと辺野古移転を強引に進めようとしているが、政治的には今は立ち止まって考え直すときだ」と、例によって朝日型我田引水発言をしている。


しかし佐藤内閣から政治記者をしてきた筆者から見れば、佐藤訪沖は米国の沖縄統治に変更を求める端緒として位置づけられるべきものであり、基地集中の原因などではさらさらない。佐藤自身が沖縄返還を実現させたことが最大の左証である。


訪沖歓迎大会での演説内容に「安保条約に基づく日米盟邦関係、沖縄の安全保障上の役割りの重要性および米国の施政下でも経済的社会的進歩のあった事実」に言及する部分を付け加えたからと言って、「本当に気の毒な状況」と日記で述べた心情にいささかの変化もないのである。


佐藤の気持ちの心底には米国何するものぞという意気込みがあったと思う。国会で外相・椎名悦三郎が「アメリカは日本の番犬です」と発言、野党が突っ込むと「アメリカは日本の番犬様です」と言いなおした際、佐藤が手を叩かんばかりに喜んでいた姿が彷彿としてよみがえる。


そもそも米国が日本の首相として初めての佐藤訪沖に極めて神経を尖らせた背景にはベトナム戦争の本格介入というのっぴきならぬ軍事情勢があった。65年にはジョンソンが北爆に踏み切り、嘉手納基地からはB52がひっきりなしに飛び立つということになるのだ。


沖縄がベトナム戦争の最重要基地と化しつつある緊迫情勢の中での訪沖であり、米国にとって基地の安定使用は戦争の帰趨を決めるほどの重要性を帯びていたのである。その当時は日本政府にとって重要性は間接的でありひしひしと伝わるほどのものでなかったことは確かである。


逆に現在の沖縄米軍基地の存在は日本にとって切実なまでに重要性が増大していると感ぜざるを得ない。言うまでもなく中国の海洋覇権主義と北朝鮮の原爆搭載ミサイルの開発である。沖縄が異常なる隣国の異常なる軍事行動への抑止効果としての存在を強めていることは佐藤内閣時代の比ではあるまい。


政府を「日本政府」と呼ぶ知事が誕生して、現地の政治状況としては不利になった普天間の辺野古移転を、惠村が主張するように「立ち止まって考え直す」ことなど出来るだろうか。とても出来ない事態が目の辺りにあるのである。


そもそも市街地のど真ん中にある普天間移設は、転ばぬ先の杖そのものであり、墜落事故でも起きたら日米安保体制を揺るがす事態に発展することは火を見るより明らかだ。それとも反対派は事故が起きるのを待っているのだろうか。


19年前の日米移転合意、16年前の知事の同意に基づく閣議決定、13年の知事・仲井真弘多の移転承認に至るまで忍耐強く地元の説得を続けて来た自民党政権の、移設工事本格化には何の瑕疵(かし)も見られない。


移転と同時に嘉手納以南の米軍基地の7割が返還され、海兵隊員の約半分9000人がグアムなどに移転するのである。沖縄の基地負担はまぎれもなく軽減されるのであり、政府は自信を持って粛々と移転を推進するべきである。


安倍は大叔父・佐藤栄作の心情通りに基地負担軽減路線である移転にまい進するべきであろう。沖縄基地問題も「この道しかない」のだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月15日

◆ベストミックスは原発25%が適切

杉浦 正章




安倍は躊躇(ちゅうちょ)の殻から抜け出す年だ。
 


首相・安倍晋三が逡巡しているからなのかと疑いたくなるくらい原発再稼働が遅れている。しかし、いくら遅れても統一地方選後には川内原発が再稼働へと動くだろう。これを奇貨として日本の原発ゼロのエネルギー暗黒時代は終焉する。


先進国で唯一化石燃料を垂れ流しにして地球温暖化に「貢献」してきた日本のエネルギー政策が大転換期を迎える。


安倍は好むと好まざるとにかかわらず年末にパリで開催される国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の「第21回締約国会議(COP21)」に向けて、原発再稼働を前提に温室効果ガス削減計画をまとめなければならない。それに先立つ6月のサミットでも削減目標提示を求められる。原発政策はもう待ったなしの段階に入った。


あの民主党政権といえども首相・野田佳彦の大飯原発再稼働判断だけは立派だった。堂々と再稼働に踏み切り、「国民生活を守るための判断」と言い切ったものだ。ところが安倍はお経のように「安全が確認されたものから再稼働させる」と唱えるだけで、それ以外は我関せずだ。選挙意識の姑息(こそく)さが目立つ。


昨年9月に合格証が出された川内原発は新年にも再稼働と予測されたが、さらにのびのびとなって今度は4月以降だという。統一地方選挙を意識しているとしか思えない。九州電力と規制委が認可手続きの書類を4万ページも延々と審査しており、安倍から審査促進の要望が入ることはない。


自民党は2回の総選挙、参院選挙は言うに及ばず、都知事選挙まで原発を公約に掲げて勝利しており、躊躇する必要は無いのに、再稼働をびびっているのだ。


民主党政権が発足させた規制委は今年9月に発足から丸3年を迎える。委員会設置法の付則では3年以内に必要な見直しを実施する決まりとなっており、この際抜本改革で審査の促進を図るべきだ。このままでは規制委あって国が滅びる。


もう原発の必要性をイロハのイから説き起こす必要もあるまいが、世界は今原発ブームにわいている。発展途上国にも原発建造の波は押しよせており、中国に至っては運転中が22基。現在建設中がなんと27基で、全部海岸寄りに作られている。


日本の安全ノウハウなしで建設が進み、いったん事故が起きれば偏西風に乗って放射能の嵐が日本に降り注ぐ仕組みとなっている。


先進国でもフランスから原発電力を買えるドイツの首相・メルケルだけが、原発を否定しているが、まだ国内でも稼働している。太陽光エネルギーなどの「活用」で国民は電気料金の値上げに苦しんでおり、政策転換は時間の問題とみられている。


こうした中で先進国で日本だけが恥ずかしげもなく化石燃料をばんばんたいて、国民は電気料金の高騰にあえいでいる。おりから先進諸国はCOP21に向けて、温室ガスの削減計画を次々に提示し、米中両国は昨年11月の首脳会談で野心的な削減案を確認しあった。


中国は数字を示さなかったが、原発をさらに27基も建設すれば大きく温暖化防止に貢献できる案を提示できるだろう。日本だけが遅れているが、その原因はエネルギー全体に占める原子力の割合が定まらないからだ。


いわゆるベストミックスが策定できないのである。このままでは安倍はCOP21に先立つサミットでも提示できなくて赤恥を晒すことになる。サミット自体は当然世界をリードする立場からCOP21に向けての立場を表明することになる。


政府は、原発再稼働を前提に温室効果ガス削減案を作成しなければならないが、再稼働だけでは不十分である。新増設や建て替えも含めた新計画を樹立しなければ、世界に向けて確たる約束をすることは難しい。安倍は好むと好まざるとにかかわらず今年前半は原発での決断を迫られる年になるのだ。


そこで原発の割合はどの程度にすべきかだが、フクシマ以前は30%だったが、新増設なしではぎりぎり25%がいいところではないかと見る。欧州諸国のエネルギー構成比率は総じて石炭、天然ガス、原発、再生可能エネルギーがそれぞれ25%ずつであり、日本でもこの程度が実現可能の範囲ではないかと思われる。
 

ただ、温暖化防止は究極に人類存続がかかった問題であり、再生可能エネルギ−など海の物とも山の物ともつかぬものに、まだ頼ることが出来ないことは確かだ。


そこで重要なのは新増設と建て替えだ。日本の原発技術は世界最先端を走っており、最近注目されているのが日本原子力開発機構の「高温ガス研究炉」だ。水を必要としない高温ガス炉で炉心 溶融事故が発生しない。砂漠でも稼働可能であり、中東諸国が強い関心を寄せている。


規制委が現行原子炉で許可を出す以上、より危険性の少ない新設炉にノーという根拠はない。電力4社が老朽原発5基を廃炉にする方針を近く打ち出すが、これらの原子炉は建て替えで新設へと動くべきであろう。


スリーマイル島事故で原発新設を行わなかった米国では、原発関係の人材が少なくなり、原子炉のメンテナンスを日本に頼っている。日米は同盟国だからまだよいが、日本で原発が先細りとなれば人材はなくなり、中国にメンテナンスを頼るのかということになる。


これは国家のエネルギー戦略と密接にかかわる問題であり、安倍は躊躇の殻に閉じこもっているときではない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月14日

◆米国は「中韓結託」にくさびを入れよ

杉浦 正章




「70年問題」は対米根回しが不可欠
 


新年早々従軍慰安婦問題がまた頭をもたげた。韓国大統領・朴槿恵の支持率維持策は「反日」を煽る事しかないのかと思いたくなる。さすがに筆者が命名した朴の「言いつけ外交」の評判は米欧でぱっとせず、このところ鳴りを潜めている。


しかし、このままでは戦後70年を絶好の機会と捉えて、朴は中国国家主席・習近平との「結託」に動く可能性が強い。


いま朴が中露の戦勝記念式典への参加の誘惑に駆られていることは火を見るより明らかだ。これにストップをかけ、とかく戦後70年のプロパガンダ合戦に向かいがちな国際社会の目を、中露が現実に行っている「国際秩序破壊」に向けさせることが不可欠となろう。それには米国による対韓圧力しかあるまい。


朴は新年早々の記者会見で対外戦略を明らかにしたが、その基本は「韓米同盟をしっかり維持しながら、中国に対して戦略的協力の同伴者としての関係を深める」点にある。首相・安倍晋三との首脳会談に関しては「日本側の姿勢の変化が重要だ」と注文をつけたうえで、慰安婦問題について、早期に解決しなければ「韓日関係だけでなく、日本の歴史にも重荷になる」と主張した。


明らかに朴は過去の歴史認識への拘泥姿勢を変えておらず、求心力維持に歴史認識を使う政治手法から脱していない。


これに対して官房長官・菅義偉が「慰安婦問題を政治問題、外交問題にすべきではないというのが政府の基本的立場だ。隣国首脳が会うのに前提条件を付けるべきではなく、その姿勢は全く変わらない」と突っぱねたが当然である。


慰安婦問題は強制連行があったかどうかがすべてである。強制連行がなければ、通常世界のどの国も行ってきた戦時売春制度に他ならないからだ。その強制連行が朝日の大誤報是認で昨年は「その事実なし」でケリが付いたのだが、朴の発言からは韓国が反日宣伝の軸足を強制連行から外す姿勢が見られない。
 

政府は、今年国交正常化から50年となる韓国とさまざまなレベルで対話を重ね、正式な首脳会談の実現を模索する方針だが、朴の従軍慰安婦問題で日本の歩み寄りを求める姿勢からみて、関係改善は容易でないことをうかがわせる。


朴はおそらく安倍が、戦後70年の首相談話で歴史認識を巡ってどのような姿勢を打ち出すのか、見極めようとしているに違いない。したがって歴史認識での反日プロパガンダは変化するどころか、米国を舞台に激しさを増す事が予想される。


そこで米国がどう動くかが焦点となるが、新年早々国務省報道官・サキが対日圧力ともとれる発言をした。どうもこの報道官は深い問題を内在させる歴史認識問題で安易で浅薄なコメントを出しすぎる傾向がある。


5日、「これまでに村山(富市)元首相と河野(洋平)元官房長官が示した謝罪が、近隣諸国との関係を改善するための重要な区切りだったというのが我々の見解だ」と発言したのである。


サキは「だから安倍もこの談話を受け継げ」と言いたいのは明白だ。翌日の記者会見で「対日圧力か」と質されてサキは「そのような意図はなかった。歴史問題への前向きなメッセージや平和への貢献を含めた安倍晋三首相の発言を歓迎している。地域の国々と強固で建設的な関係を築くことを促進することが、当事者の国々と米国の利益になると考えている」とがらりと言い訳に転じたのである。


国務省ですらそうだから議会に至っては韓国の宣伝が利き過ぎなほど利いている。韓国側の「吹き込み」が利いたのか米下院外交委員長・エド・ロイスは最近、韓国メディアのインタビューに対し、「慰安婦は強制的に動員され、性奴隷として生きた。歴史を否定する日本は弁明の余地がない」などと語っている。


こうした韓国の先行する対日悪宣伝は、韓国政府の基本姿勢として今年も維持されることを物語っている。したがって政府は米国に対して本格的な「70年問題協議」を舞台裏で展開する必要がある。


米国は日本が韓国との関係を改善しない限り、オバマのリバランス戦略に影響が生ずると考えており、折りに付けて両国に働きかけている。しかし朴のかたくなな姿勢が大きな障害となっていることは確かだ。

したがってまず政府は、米国が朴に中露の戦勝式典に参列しないように働きかけるよう工作をする必要がある。現状ではまだ朴は態度を表明していないが、捨てておけば確実に参加へと動くだろう。これを食い止めるには米国の圧力しか利かない。


中露に朴が抱き込まれれば、米国の極東戦略にも大きなマイナスとなる。さらに政府は安倍が歴史修正主義者(リビジョニスト)であるという、誤った認識が知識人や国務省内部にすらあることを重視し、全く事実と異なることを繰り返し説明する必要がある。


またサキ発言に見られるように、深い洞察がないまま報道官が安易な発言をすることにクレームを付けるべきである。今年は70年問題と歴史認識というセンシティブな問題を避けて通れないだけに、対米事前調整が極めて重要となる。


先にも触れたが安倍談話にあたって、オバマがすぐに歓迎の意向を表明するように根回しすることが、朴の言いつけ外交にとどめを刺すためにも不可欠である。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月09日

◆青少年誇れる100年談話を目指せ

杉浦 正章

 

歴史認識に拘泥する必要は無い
 


大久保忠教(彦左衛門)によって書かれた徳川家の家訓書・三河物語は「勝ってかぶとのの緒を締めよ」と戒めている。今年の政局を展望すれば総選挙圧勝を背景に、首相・安倍晋三には一見たんたんとした道が開けているように見えるが、政府・与党は「地雷原を行く如し」と身を引き締めなければならない。


また今年はつきについている「安倍の幸福」を、「国民の幸福」につなげなければならない年でもある。アベノミクスの可非を問う成長戦略実行の年であり、まずその真価が問われる。外交・安保では戦後70周年を迎える節目の年であり「安倍談話」が集団的自衛権の行使容認法制と並んで世界が注目、与野党論戦の焦点になる。


戦後七十年といえば既に二世代が交代している時代であり、談話は中韓両国の思惑を外して歴史認識を5%くらいにとどめ、後の95%を未来を担う小中高校生が、日本国民として胸を張り希望を抱くことのできる内容とすべきであろう。


総じて安倍の前途は洋々として広がっている。アベノミクスは消費税2%分に相当する石油価格の暴落に支えられて、財界は「アベノミクス買い」の空気にあふれている。石油の低価格は2年間は続く。三菱商事社長・小林健は社内向けの年頭挨拶で「今年は円安、油価安、金利安のメリットを最大限活用する」と宣言した。


さすがに実業家は何でも“不安”に結びつける馬鹿な経済評論家とは異なる。地方の中小企業も「暮れには久しぶりにボーナスを出して社員の明るい顔を見ることが出来た」と涙ぐましいほどの告白をする社長も出てきた。今ほど経営者の能力が試されるときはない。この好機を逸する経営者は落第と心得るべきだ。


企業として尊敬に値するトヨタも嫌らしい名古屋的“貯め込み”の風潮から離脱して内部留保をいたずらに積み上げずに、基本給を大幅に上げるべき時だ。財界の空気もそうなってきている。


安倍が9月の自民党総裁選で売名立候補者を蹴散らして再選されることは99%確実だ。1%は安倍が過労で倒れる危険性だけだ。


通常国会では2年で二回もの脳しんとうに襲われた野党は与党のなすがままとなる。総選挙野党大敗後の国会は総じて予算案も年度内に成立する。予算を人質に取るなどという国会戦術は「国賊」扱いされるからだ。


しかしマスコミが安倍の弱点を探し出し、あれこれ足を引っ張ることは確実だ。こともあろうに6日のNHKの解説番組「時論公論」を見てその「偏向ぶり」に愕然とした。30分に延長した特別番組で数人の解説委員が発言したが、政治全般担当の解説副委員長・城本勝が一番ひどかった。


なんと安倍政権を「戦後最低の投票率で国民の圧倒的支持を得たとは言えない」とこき下ろしたのだ。小学生でも知っている民主主義の原則を無視した発言であり、これが政治担当とはあきれる。


社会担当の寒川由美子も「反対の世論が多いのに原発再稼働」「自民党の推す候補が全敗したにもかかわらず辺野古へ移転」「集団的自衛権の行使も世論が2つに割れている」と安倍政治に噛みついた。ちょっとその能力に首を傾げたくなる解説委員長・西川吉郎は「世界の構造が中国を中心に動いている」とこれまたノーテンキというか誇大妄想というしかない御卓説。


中立であることが法的に求められているNHKがこれでは、他の民放は推して知るべきである。これを見逃しているようでは、やっぱりNHK会長人事は間違いだった。


こうした負け惜しみの風潮は、国民の審判を無視して、唯我独尊を推し進めようとする卑怯極まりない「エセ民主主義」の思想であり、マスコミが最も抑制しなければならないところであろう。独裁政権を導き出すからだ。


安倍は新年の記者会見で寒川同様の質問に対して「自民党としては公約に掲げて明確にしている。また党首討論でも説明している。公約してきたことは実行の責任を負う。それを問うのが選挙だ」と反論したが当然である。


原発再稼働に至っては2年前の総選挙、参院選挙、都知事選の公約となっており、何と4度目の民意が「ゴー」を示しているのであって、躊躇する話ではない。辺野古移転は国際公約の最たるものであり、沖縄以外の民意が全て賛同している。集団的自衛権の行使も国際常識であることが選挙結果で支持されたのだ。


そこで集団的自衛権の行使と並ぶ重要性を持つ戦後70年の安倍談話だが、安倍は「村山談話を含め歴史認識に関する歴代内閣の立場は全体として引き継ぐ。アジア太平洋地域や世界平和のためにさらにどのような貢献をしてゆくか世界に発信できるようなものを英知を集めて考える」と述べている。


「全体として引き継ぐ」の意味は、陳謝の村山談話と従軍慰安婦の問題に関しておわびと反省の意を表明した「河野談話」については引き継ぐが、強制連行を認めた愚かな「河野発言」は受け継がないということだろう。


朝日の昭和史に残る大誤報を基にした河野発言は、朝日の「陳謝」とともに当然否定されるべきものだ。戦後70年もたっていまだに周辺国に謝るのは、中韓両国の反日路線の思惑に陥るだけであり、国民の意気にも重大な影響を及ぼす。


だから新談話は「村山・河野談話を引き継ぐ」とお経のように唱えるだけでよい。むしろ戦後70年戦争を繰り返した中国が再び東・南シナ海で覇権を求める行動をし、ロシアが国威発揚を狙ってウクライナ問題を巻き起こしていることこそ非難されるべきであろう。


中露は戦勝70年で記念行事を行うというが、今現在存在する泥棒が刑期を終えた泥棒を批判してはいけない。それこそ盗っ人猛々しいと言うことになる。安倍は日教組に毒され続けている青少年に自信を持たせる長期を見据えた「100年談話」を考え出すべきだ。それと同時に事前に米国に根回しをして談話発表と同時にオバマが支持発言するように段取りを計らなければならない。キーポイントはここだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2015年01月08日

◆70年問題は「遠交近攻」の先手打て

杉浦 正章




習近平の反日キャンペーンは湿った花火となる
 


中国戦国時代の諸子百家の一つ「縦横家」(じゅうおうか)が諸侯に述べた外交戦略に「遠交近攻」があるが、今年の極東情勢は日中双方がこの策略を軸に対峙(たいじ)するだろう。


中国国家主席・習近平は自らの権力基盤総仕上げの年と位置づけ、戦後70年問題を軸に「遠交」を展開、対日政治圧力を加えて日本を外交上ねじ伏せようとするだろう。


これに対して首相・安倍晋三は就任以来繰り返して主張してきた「積極的平和主義」に軸足を置き、やはり「遠交」による中国の覇権路線封じ込めを展開するだろう。「遠交」の焦点となるのは米国取り込みだ。流れは米国におけるプロパガンダ合戦の様相を示す方向だ。際どい接戦が展開されるが6対4で安倍が勝つだろう。


新年のテレビ評論を黙って聞いていたが、国際情勢を述べる外交評論家の使う枕詞に「米国の衰退」がある。何かの一つ覚えのように「米国の力が弱まった」と言うが、この認識は間違っている。それならば主要国の状態はどうかと言えば、日本以外はおしなべて衰退だ。


ヨーロッパは「ギリシャ危機」が本格化しようとしており、景気は低迷。統合の危機にすら直面している。ロシアはプーチンの場違いで時代錯誤の大国主義が石油暴落で危機に瀕している。民族主義を刺激して支持率を上げようとする邪道ポピュリズムのツケが回っているのだ。


中国は日本の浅薄な評論家が「習近平は毛沢東、ケ小平なみの権力基盤を築いた」と唱えるが、どうだろうか。筆者は習近平には毛沢東やケ小平にあったライオンのような「陽性」がなく、は虫類のような「陰性」が際立つと思う。


この「陰性」が災いして内政外交の展開は限界が生じよう。「陰性」の象徴が、権力基盤を対抗勢力への汚職の摘発と、国民世論を日本軍国主義批判など策略のみでまとめようとしていることだ。要するに「陰険」なのである。陰険と受け取られる指導者が、ことをなした例は古今東西においてない。


米国はどうかと言えば、筆者はベトナム戦争時代にワシントンに滞在したが、その時代の米国ほど衰退していない。当時はベトナム戦敗退とウオーターゲート事件でのニクソン退陣もあって、米国は外交どころではなく世相もすさみ、モンロー主義的な閉じこもりの雰囲気が横溢していた。


現在はむしろシェールガス革命と石油価格暴落の恩恵を享受する流れであり、オバマはヨーロッパと中東の泥沼に足を突っ込むことはほどほどにしたいだけなのである。それより世界第3位の経済大国で、集団的自衛権の行使など安全保障意識がようやく芽生えた日本と組んで、アジアにおけるリバランス(再均衡)を展開したいのだ。


正月の浅薄評論には「米国は日本より中国重視」という噴飯物があったが、それはない。もちろん中国とは経済的な結びつきは日本同様に強化の流れであるが、外交・安保政策では、アジア太平洋経済協力会議(APEC)における米中首脳会談が“物別れ”的であったことが象徴するように、中国の覇権主義と対峙する姿勢に変化は感じられない。


一方日本は詳しくは明日の評論で述べるが、近年まれに見る明るさである。正月の財界人の経済見通しを昔「あてにならない」と漏らした愚かな内調室長が小泉政権時代に居たが、大企業社長らの年始の見通しほどあたるものは無い。ある意味で命がけの予想であるからだ。


それがおしなべて「今年はいける」だ。株価も年度末2万円超の予測が多い。アベノミクスに神風となることは言うまでもない。全くあたらない経済評論家の言は信用しないのが一番だ。選挙圧勝といい、原油暴落といい安倍はここ数代の首相で最もついている。政治家にとってツキほど重要な政治要素はない。


その安倍に対して習近平は、唯一の「隙」を歴史認識問題とみなして、戦後70年を機会に古傷を突こうとしている。朝日新聞など一部日本のマスコミがこれに同調することは目に見えている。


安倍は中国とメデイアが合体した形での70年問題展開を覚悟すべきである。その焦点は冒頭述べた遠交近攻戦略の通り米国が70年問題にどう対応するかである。米国内ではニューヨークタイムズなどリベラル派が中国に同調する可能性があることを警戒しなければならない。


そもそも習近平は、共産党政権が対日戦争に勝ったような発言を繰り返すが、その正統性には疑問がある。日本と主に戦って勝利したのは国民党政権であり、中共はそれほど顔を出してはいない。それに70年問題とは何か。単に節目であるだけであり、日本をおとしめる思惑があるから存在するだけだ。日本が痛がるから傷口に塩をすり込むだけのことでもあろう。うまくいったら次は71年問題かと言うことになる。


それなら英国のアヘン戦争にも記念日を作ってはどうか。危険なドラッグの製造「輸出」を看過しているのは世界に対するアヘン戦争の仕返しなのかと思いたくなる。


しかし、国内を「反日」で統一したい習近平は昨年、立法機関である全人代の常務委員会会議で、9月3日を「抗日戦争勝利記念日」に、9月30日を「烈士記念日」に、そして12月13日を「南京大虐殺殉難者国家追悼日」にするなど、一連の日中戦争関係記念日に法的地位を与えた。


今年は当然米世論にも働きかけて一大プロパガンダを展開するだろう。しかし米国の朝野が挙げて70年問題で対日批判を展開して中国に同調することはあり得ない。親日家でコロンビア大学教授のジェラルド・カーチスは「70年前のことをとやかく言う必要は無い。むしろ70年後に日米が中国などアジア情勢にどう対応すべきかが問題だ」と述べているが至言だ。


またオーストラリア首相アンソニー・アボットが「日本は公平に見て70年前の行動ではなく、今の行動で判断されるべきだ」と述べているのは心強い。安倍は、大使館など外交機能をフルに使ってこうした国際世論を一層高めるべきだろう。


戦後近隣諸国と戦争を繰り返してきた好戦的中国共産党に比べ、自由を守り平和に徹して、莫大(ばくだい)な政府開発援助(ODA)を続け、世界平和に貢献してきた日本の立場を堂々と主張すればよい。


安倍は5月連休の訪米の焦点の一つに70年問題を加え、オバマに「戦後レジュームからの脱却」の真意を説明して、終戦記念日から抗日戦勝利記念日にかけて展開される習近平の反日キャンペーンに確かな同盟の礎を築くべきだろう。先手必勝ということだ。習近平の打揚花火を水をかけて湿らせる必要がある。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年12月19日

◆ルーブル暴落でトラバサミのプーチン

杉浦 正章




アベノミクスには原油安の“神風”が吹いた
 


まるで大統領プーチンはロシアンルーレットの引き金を独りで引き続けているかのようである。ルーブル暴落という経済危機に直面しながらウクライナ介入をやめようとはしないプーチンは、国際政治の仕掛けたトラバサミのわなにはまって抜け出すすべを知らない。


仕掛けたのは米国とサウジアラビアであると記者会見で名指ししたが、そうだとすれば胸のすくように見事なる“陰謀”である。石油・天然ガスに輸出の7割を依存するロシア経済に目を付け、その暴落を謀れば確かにロシア経済は危機に瀕する。


プーチンは進退窮まった様相である。逆に日米経済にとってはエネルギー価格の低落は願ってもないクリスマスプレゼントとなる。アベノミクスには紛れもなく“神風”である。
 

石油減産が議題となった石油輸出国機構(OPEC)総会でサウジが減産に反対したときから、なぜ自らの利益に反することをするのかと頭に引っかかっていた。狙いはロシア経済にあったのだ。


プーチンが18日の記者会見で「石油価格についていろいろなことが言われている。サウジとアメリカが共謀したとかだ」と憤まんをぶつけたが、ロシアの一番弱い脇腹へのオバマの一撃であり、膠着状態のウクライナ情勢の転換を狙ったものであろう。国際政治の「恐ろしさ」をつくづく感じさせる。


プーチンはまるっきり油断していたことになる。もともと米欧の経済制裁の効果が出るのはまだ時間がかかると見られてきた。ところが押している欧米がつんのめるようなロシアの経済危機である。


オバマはさらなる一撃を用意している。それは議会で通った経済制裁追加発動法案の署名である。オバマは近く署名する姿勢であり、プーチンの方向転換を迫り続け、手を緩める気配はない。水に落ちた犬は叩かれるのだ。
 

そもそもプーチンは、クリミア併合で国民的英雄視されて支持率が80%台となり、これを維持するためウクライナ東部への軍事介入を続けている。まさにポピュリズムの極致のような政策をとり続けており、国際的には孤立化の色彩が濃厚だ。


逆に国内経済は石油天然ガス依存のOPEC並みの「不労所得経済」に徹して、産業基盤を整えることなどつゆほども思いが至らなかった。産業の近代化などより、手っ取り早いエネルギー輸出に力を傾注して、人気を保ってきたのだ。


おりから米国では格安のシェールガスが大量生産の時代に移行し始めて、これが石油価格の低落に大きな要因として作用した。西欧、中国などの不況も石油の需要を鈍化させ価格低下を後押しした。この石油安の流れは構造的なものであり、中期的には反騰の気配はない。


この西側の制裁と原油安というダブルパンチの窮地をプーチンが脱するには、欧米にひざまずいてウクライナへの介入をやめ、制裁解除を求めるしかない。制裁解除を得て国内経済の近代化を成し遂げ、石油に依存しない経済構造を作り上げるしかない。


プーチンは金融危機を「中央銀行の為替介入が早ければ、この事態にならなかった」と発言したが、自らの責任を転嫁するような姿勢ではこの危機を脱することは出来まい。


一番危険なのはロシアの民族主義をあおって、ウクライナへの介入強化を売りにして自らの地位を保つという方向を選択することであろう。だが「戦時経済」が長続きすることはあり得ない。いくら外貨準備が4190億ドルあると言っても、じり貧では展望は開けない。


プーチンがかつてのソ連のように米国と対峙するような方針がなり立つと思っているとすれば、時代錯誤もいいところであろう。


ロシアの国内総生産(GDP)は200兆円で米国の7分の1。軍事費は9兆円で米国の8分の1。もはや大国ではないのである。自らの大きさに合わせた穴を掘るべきであろう。プーチンは身分不相応の「火遊び」を早期にやめるべき時だ。


日本経済への影響は短期的にはプラスに作用するものとみられる。エネルギー価格は1割低下すれば国富が2兆円流出しないで済むといわれる。夏以来バレルあたり100ドルが50ドル台半ば。4割の低下は大きい。


地方が苦しんだガソリン価格も1週間でリッター3円下がっている。灯油も値下がりしている。電気料金も引き下げに動かざるを得まい。プラスチックなど原材料も値下がりする。原油安は、産業の生産コストを引き下げ、活性化させる。円安による値上がりを相殺して、アベノミクスには追い風だ。


安倍はこのチャンスを活用してアベノミクスの定着を図るべき時だ。米国経済も、「シェールガス」効果と相まって、消費や企業業績の好転につながるとみられている。米国株も日本株も上がり始めた。


    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年12月18日

◆選挙圧勝は日米同盟深化と対中抑制に

杉浦 正章




オバマはリバランスにプラスと判断
 


総選挙の結果を極東情勢と照らし合わせて見た場合、紛れもなく日米同盟の深化と対中抑止力の強化に資する傾向を示した。


自民党は今後の日米安保体制の要となる集団的自衛権の行使容認を選挙公約に掲げて圧勝を果たしたのであり、反対派が見る影もなき惨敗となったことは、アベノミクスと共に外交・安保も「この道しかない」流れを導き出したのだ。


大統領・オバマが総選挙結果について安倍にわざわざ電話して「衆院選の目覚ましい勝利に感銘を受けており、称賛したい。引き続きシンゾウと一緒に働くことを楽しみにしている」と述べたのは単なる外交辞令ではあるまい。総選挙結果は、自らのリバランス(再均衡)政策にとって安倍の路線が不可欠かつ信頼の置けるものとなった事を意味するからだ。
 

17日の電話会談でオバマは「近年、日本の政治は不安定だったが、国民が安倍政権への信任を示したことは、日本のみならず米国にとっても重要だ」と述べた。


オバマにしてみれば、安倍への国民の信任は対中抑止力に大きくプラスに作用することであり、安倍のリーダーシップが強化されたことは、日米2国間関係にもプラスの作用をもたらすという打算があるのだ。


選挙結果でとりわけ米国が重視しているのは日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定と環太平洋経済連携協定(TPP)交渉へのプラス効果だ。
 

ガイドラインについては年内合意の予定だった改訂方針が来年夏の集団的自衛権の行使に関する安保法制実現後に延期されることになったが、これはかねてから予想していたとおりだ。なぜなら法律が実現しないうちにガイドラインを先行させるのはどう見ても本末転倒だからだ。


そもそも昨年末の日米外相、防衛相による2+2で今年末と決めたのは、秋の臨時国会での法制化を前提としていたからだ。これが統一地方選後に延期になれば、日米合意も延期にならざるを得ないのだ。さらに加えて延期には重要ポイントがある。


それは沖縄事情である。知事選で普天間移転推進の仲井真弘多が敗北し、「沖縄ポピュリズム」の権化のような知事が誕生してしまったことだ。翁長雄志は極左政党の基盤の上に乗って「あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない」と主張しており、政府を「日本政府」と呼ぶ異常さだ。


沖縄をまるで「独立国」化しようとしているとしか思えない愚かさだが、政府としては乗りかかった辺野古基地建設を推進するしかない。ガイドラインの中核となるべき問題であり、改訂までにできる限り基地建設の既成事実を積み上げる必要があるのだ。


誰が見ても普天間固定化は避けるべきであり、海兵隊のグアム移転を推進するためにも辺野古移転を粛々と実現させるべきなのだ。政府の路線は沖縄100年の計のためにも正しい。躊躇せずどんどん建設を進めるべきである。


一方TPPに関しても、米政府内に安倍のリーダーシップが強化されたことで交渉妥結に向けての流れが速まるという期待感が強まっている。


総選挙の公約ではTPPについて「国益にかなう最善の道を追求する」と妥結に前向きな姿勢を打ち出している。焦点は農産物や自動車を巡る米国との関税協議だ。特に牛・豚肉や乳製品など農産物の重要5項目を巡って膠着状態が続いている。


これまでは経済財政担当相・甘利明が一手に引きうけてきたが、安倍が妥結に向けての高度の政治決断を下すべき時期が迫っている感じが濃厚だ。安倍が前面に出る必要が生じて来よう。


さらに日米関係にとって重要なのは、ニューヨークタイムズなど米国のリベラル系マスコミ対策である。米外交当局者などはNYタイムズの記事を見て発言する習癖があり、ワシントンの世論形成への影響力は絶大だ。


例えば同紙は2日、朝日新聞が今年8月に慰安婦問題の記事を撤回して以来、安倍晋三政権を含む「右派勢力の(朝日新聞)攻撃」が強まっているとする記事を掲載した。これは事実誤認どころか高級紙にあってはならない、事実の歪曲である。


安倍が国会で述べたように「安倍政権打倒は朝日の社是」なのであり、攻撃を受けているのは安倍の側だ。官房副長官・世耕弘成が「安倍政権が朝日新聞やその記者を攻撃している事実は全くない。日本政府が求めていることは、正しい事実認識に基づいて、日本の取り組みに国際社会から正当な評価を受けることだ」と反論したのは当然だ。


抜かりはないだろうがこういう記事が出たらすぐに反論を送り、掲載を要求すべきであろう。また社長宛に抗議文書を出すべきだ。同紙は歴代エキセントリックな東京特派員が多いが、その都度正確さを要求して、更迭につなげることが肝心だ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年12月17日

◆結局岡田と細野の争いが軸か

杉浦 正章



誰がなっても「待ち」しかない
 
テレビで民主党政調副会長の岸本周平と後藤裕一の話を聞いたが、総選挙はすさまじい戦いだったらしい。岸本が「拒否されるならまだ関心があるからいい。有権者は民主党に無関心だった」と述べれば、後藤も「握手をしても相手はそっぽを向いていた」のだそうだ。

二人とも駄目かと思っていたが、投票ぎりぎりになって「自民党に300議席取らせていいのか」という訴えが利いて、やっと当選できたのだという。まさに九死に一生を得た選挙だったようだが、党建て直しのための代表選挙が動き始めた。来年1月に党員サポーターも参加して実施することになった。

しかし、候補者の顔ぶれを見ると「昔の名前で出ています」ばかりだ。細野豪志、岡田克也、前原誠司、枝野幸男、馬淵澄夫らの名前が挙がるが、賞味期限の切れた納豆がまだ食べられないか匂いを嗅いでいるような状態だ。

唯一若手で論客の玉木雄一郎の名前があがっているが、知られていないだけの新鮮さではどうしようもない。問題は枝野がどうして候補になり得るかだ。党幹事長は民主党代表だった海江田万里と同じで、選挙敗北の一級戦犯である。ここは本人が辞退した方がよい。「代表選マニア」の馬渕も「出ると負け」で、もう新鮮味はない。

有力候補を分類すると政界再編を売りにする再編派と党再建を重視する再建派に分けられる、前原、細野が再編派、岡田、枝野が再建派だ。

前原は維新共同代表・橋下徹と密接な関係を維持しており、再編派筆頭と言える。民主党内には民主党の73議席と、維新の41議席を合わせれば100議席を超えて政権交代の基盤となり得るという見方が出ている。

しかし失礼ながら駄目政党と駄目政党が合流しても駄目の二乗になるだけで、何ら躍進ムードを感じさせない。単なる数合わせの野合をしても、一強自民に勝てるだけの勢いは生じようがないのではないか。

連合、日教組などを基盤とする党内左派と前原や維新系など右派との対立が激化することは目に見えている。したがって再編派は再編する前から破たん気味なのだ。前原は党を分裂させてでも再編に動くかといえばそうでもあるまい。

かねてから「大きな家論」を唱えており、基本的には民主党が維新を吸収する構想だ。

再編派の細野も原発担当相だったころ私的検討会(核不拡散研究会)が、こともあろうに韓国の使用済み核燃料の受け入れ先に、日本の青森県六ヶ所村を候補として挙げたことが、強いひんしゅくを買うなど、政治家としての方向性が今ひとつぱっとしない。

かつて元アナウンサーの山本モナとの不倫関係がやり玉に挙がったりしており党内的な人気の広がりが生ずるかどうかは不明だ。しかしこれらマイナス要素は、細野の立候補を止めるほどの内容とはならないだろう。

一方再建派の枝野は、こまっちゃくれが原因してか選挙でも国民的な人気が盛り上がらず、選挙戦への貢献度は少ない。岡田は再建派ながら野党再編を否定しているわけではない。

「野党も一つの固まりを作る努力をしなければならない」と述べている。しかし左派からの支持を意識して、声高に再編論を唱えないだけだ。左派はどう動くかだが、候補がいないのが実情だ。

労組系には元衆院議長・横路孝弘を推す動きもないわけではないが、まだ海の物とも山の物とも言えない状況だ。日教組幹部で参院副議長・輿石東を軸とする左派が、岡田でやむなしに固まれば、岡田が最有力候補になり得る。

消去法で消してゆくと1人も候補が居なくなてしまうのが実情だが、ここは岡田の再登板が一番安定した流れとなりそうな気配も感ずる。夏の「海江田降ろし」でも岡田を担ぐ動きが見られた。細野と岡田の対決が軸となれば結構まともな代表選の流れとなる。

いずれにしても、民主党は予見しうる将来にわたって「待ち」の政党を余儀なくされる。「待ち」とは自民党が大失政や大スキャンダルでずっこけるのを待つしかないということだ。

首相・安倍晋三による長期政権はよほどのことがない限り崩しようがないだろう。万一安倍が高転びに転んでも、自民党は総裁を交代させるだけであり、政権交代にはなかなか結びつかないだろう。

3年間の大失政政権で失った民主党への信頼が回復するには、地道な草の根からの地盤作りを続けるしかあるまい。それには時間がかかる。魔法のような「風」は誰が党首になっても吹くことはない。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年12月16日

◆厳冬の日中、日韓に薄日が差し始めた

杉浦 正章




待ったなしの安倍外交
 


中国も韓国も優秀な特派員は全てワシントンに配置して、東京には二選級ばかりを置いているのだろうか。特派員らが本国に送った総選挙結果の反響を分析すると首相・安倍晋三が「今にも改憲に動く」の大合唱である。


中国の環球時報が「一層憲法改正への加速を意味する」と論ずれば、朝鮮日報は「憲法改正の足場を確保した」と断定。おまけに安倍が戦後70年の来年「村山談話を傷つける談話を出す」と付け加えた。まるで誤報と憶測の山を築いている。


これで中韓両国民や政府に誤判断されてはかなわない。両国はもっと優秀な特派員を東京に出すべきだ。いうまでもなく改憲は安倍自身が「高いハードルがある」と述べている通り、まだ参院で3分の2に達しておらず、衆院でもブレーキ役の公明党と合わせて3分の2なのだ。


自民党の悲願の党是であるから、総裁たるものが前向き姿勢を示すのは当然であるが、優先順位はトップではさらさらない。さらにたとえ国会の発議が実現しても、最終的には国民が投票で決める制度であり、関門は大きいのだ。


民主主義国家における選挙制度もよく理解していない。選挙結果は国民の意思の反映であり、安倍がひとりでに長期政権の基盤を築いたわけではない。その国民の意思について特派員らは中韓両国の対日姿勢が大きく作用していることに全く気付かない。したがってそれを解析出来た記事もない。


「安倍自民」への票は、中国が他国の領海へ公船をさしむけたり、韓国がありもしないことが判明した慰安婦強制連行など歴史認識に固執していることに、反発した結果である。中韓両国がこうした姿勢を繰り返している限り、「安倍自民」は有権者に支持され安泰であることが分かっていないのだ。


それでも両国首脳の、立場は微妙な変化を見せており、さすがに特派員レベルとは異なる。まず中国国家主席・習近平が周恩来の「二分論」を紛れもなく踏襲し始めた。周恩来の「二分論」とは日本軍国主義者と一般国民を分けて対応するというものである。


周恩来は「日本人民も吾が人民と同じく日本軍国主義者の犠牲者であり、賠償を請求すれば同じ被害者の日本人を苦しめることになる」と述べて、軍国主義と日本国民を区別している。習近平は「少数の軍国主義者が侵略戦争を起こしたことによって、その民族を敵視すべきではない」と言明したのだ。


13日に開いた旧日本軍の南京占領時の犠牲者を追悼する式典での演説だが、一方で習は「歴史を顧みない態度と侵略戦争を美化する一切の言論に断固反対しなければならない」と強調。「南京大虐殺の事実を否定しようとしても、30万の犠牲者と13億の中国人民、平和と正義を愛する世界の人々が許さない」と、口を極めて事件を非難している。


この立場は習近平指導部が来年を「抗日戦争勝利70年」と位置づけ、歴史認識問題で安倍政権に妥協しない姿勢であることを鮮明にしている。


共産党内部の権力抗争対策や国内世論の統一のためには「歴史認識での反日」と「領土問題」を前面に打ち出すのが最良の道と判断している証拠だが、日本国民と区別することにより経済文化交流を深めたいという思惑がある。


72年の田中角栄・周恩来会談はまさにこの「二分論」で日中復交が実現、以後莫大(ばくだい)な日本の対中経済援助と技術支援が行われ、中国躍進の原動力となった。その流れの踏襲に他ならない。


一方で朴槿恵は去る1日、経団連会長の榊原定征と会談した際、歴史問題の解決について「韓国側の環境整備」を進める意向を示した。「日本側には慰安婦問題で誠意ある態度を示して欲しい」と言う発言は相変わらずであったが、「日本側から誠意ある姿勢を期待するが、韓国側としてもその環境整備に努力したい」と一定の配慮とも言える発言をしたのだ。


「環境整備」とはあきらかにこれまでの棒を飲んだような姿勢からの変化が感じられる。北京における11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の夕食会で安倍と朴は隣り合わせになって長時間“会談”しており、その内容は明らかにされていない。何らかの進展があった可能性がある。


こうして日中、日韓関係は厳冬期ではあるが若干の薄日が差し始めた感もある。3国は来年早々にも外相会談を行う流れも生じており、これを手始めに本格的な首脳会談への道筋を探ることになりそうだ。安倍は総選挙での国民の圧倒的な支持を背景に、安易な妥協を避け、自信を持って対応すればよいことになる。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)