2014年09月25日

◆小渕首相候補生は原発再稼働がカギ

杉浦 正章




泥をかぶってでも推進せよ
 

婆さん閣僚が多い中で40歳の経産相・小渕優子は何と言っても花だ。父親の恵三は田中派時代からよく知っているが、優子の政治センスは明らかに親父を上回る。


麻生政権の少子化担当相の時に第2子を懐妊するなどという離れ業は並大抵のセンスでは出来るものではない。内閣改造で原発再稼働が最大の課題である重要閣僚に就いた。これで女性首相候補としては今は落ち目だがまだ目のある野田聖子、窓際の小池百合子、パフォーマンスの蓮舫などを尻目にリードした感じが濃厚だ。


政調会長・稲田朋美がなかなか行動力あるが、ちょっと右寄りにバランスを崩しすぎだ。もっとも小渕には最大の難関が待ち構えている。在任中に再稼働申請中の12原発19基の稼働を実現できるかどうかだ。それが出来ればフォークランド紛争で圧勝した英国首相・サッチャーのような“鉄の女”に昇格できるかも知れない。


女性政治家につきものの「危惧」を払しょくするためにも不可欠だ。クリアすれば、石破茂の次に首相の座を狙うことも現実味を帯びてくるだろう。
 

小渕はNHKで原発再稼働について「原子力発電を持たない選択をすることは将来を視野に入れたエネルギー政策を考えれば難しい選択だ」と言い切った。安倍政権で一番泥をかぶる要素の強い課題に真正面からチャレンジしようとしている。


川内原発の再稼働に「国が責任を持つ」として事故対応への関与を強調した文書を鹿児島県知事・伊藤祐一郎に渡し、知事は「政府の考え方が明確に示された」と歓迎した。しかし川内再稼働は皮切りにすぎない。原発反対派が手ぐすねを引いて待ち構える原発は多く、ひとつひとつを解決してゆくには極めて強靱な意志と決断力が不可欠だ。


政府は川内再稼働の後は規制委がゴーのサインを出せば、いちいち個個の原発再稼働に政治判断を下さなくてもよい「自動再稼働」の方向に持ってゆくべきだが、小渕はそれに先鞭(せんべん)をつけることも必要となろう。


それが実現できれば他の女性候補に大きな差をつけられる。まさに政治家としての力量が訪われる人生最大の難関と言ってもよい。小渕は、物腰が柔らかくソフトな印象を受けるが、芯は強い。


麻生太郎が「崖っぷち解散」に追い込まれた2009年の総選挙は、臨月で選挙戦を展開することになったが、自民党逆風の中でただ1人圧勝。自分ばかりか他の候補も「ここで産んでもいい覚悟で来ました」と応援したというのが伝説となっている。


ブルームバーグ通信とのインタビューでは「私がどうしてもやらなければならない仕事なのに『子育てがあるのでやりません』というわけにはいかない。できるだけ子どもがいることが言い訳にならないようにやろうと思ってやってきている」と述べ育児と政治を切り離す決意を鮮明にした。


また女性首相の誕生について「決して遠い未来ではない」と意欲的ともとれる発言をしている。


頭の回転も速いエピソードがある。第2次安倍内閣発足時に入閣を打診されたが固辞。財務副大臣に就任したが、これを副総理に内定していた麻生太郎が「大臣をやって副大臣というのはいかがなものか」と茶化したが、小渕は「総理をやってから副総理をやっている人もいる」と切り返したといわれる。


酒も強く野田聖子とは酒友だ。「日本酒を愛する女性議員の会」の会長は野田だが、幹事長は小渕。野田は小渕がバーボン・ウイスキーをラッパ飲みする姿を見たことがあるという話しが永田町で出回っている。


その野田は女性議員で首相候補生になりそうな議員の最右翼であったが、いまは落ち目の三度笠。総務会長でありながら集団的自衛権で安倍に楯突いて干された。


ブログで「大きな役職を離れ、初心に戻るために、自民党ではフリーとなる」と宣言しながらも「沈んだときこそ、大切なこと、大切な人、見えてきますよ」としおらしい。再び台頭しそうだ。


小池百合子は全くぱっとしない。蓮舫が海江田降ろしの先頭に立ったが、どうもパフォーマンス臭がしていけない。民主党でしかも参院議員では駄目だ。稲田朋美が政調会長になって注目されるところだが、首相候補になりたいのなら右寄り姿勢を改めないと無理。「教育体験のような形で、若者全員に一度は自衛隊に触れてもらう制度はどうか」などと自衛隊体験の義務化を唱えているようでは話にならない。


女性の首相候補が出てくることはよいことであるが、まだまだ政治の世界は男社会だ。


世界経済フォーラムが毎年発表する男女平等(ジェンダー・ギャップ)指数では日本は105位。企業の課長以上などを「管理的職業従事者」というが、内閣府の調査ではこれに女性の占める割合はフィリピン52.1%、米国43.1%、イギリス34.5%、ドイツ30.3%なのに日本は11.1%にとどまっている。


儒教の影響、封建社会の風習など歴史的に女性は家庭を守り、夫を差し置いて表に出ない伝統が数字となって現れている。小渕がこれを破る突破口となるかどうかは分からないが、自民党が危機的な状態に陥ったときの“女神”の役割を果たしうるかもしれない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月24日

◆読売の政局誤判断も問題だ

杉浦 正章




政治記事は朝日の方が正確だ
 

慰安婦強制連行をめぐる朝日新聞の誤報は長期に意図的な国を貶めるはかりごとがあって、これはそう簡単に許せるものでもない。一方で、その朝日に対抗して意気軒昂の読売のセンセーショナリズムはどうか。


自分の欠陥は他人しか分からないところがあるからあえて頂門の一針を下せば、読売は政局記事の勇み足というか誤判断が多すぎる。

「小渕優子幹事長」の誤報などは氷山の一角だ。約50年に渡って新聞記事を精読・分析してきた筆者からみると、最近の読売は政局判断では朝日に負けている。


読売が朝日の誤報で発行部数を伸ばそうとするのは自由だが、将来この誤報体質が国にダメージを及ぼさないとは限らない。自らの報道ぶりを顧みて、読売は朝日の誤報を「以(も)って他山の石」とすべきである。


朝日の長期意図的な誤報に比べて、読売のそれは勇み足的であって訂正すれば許せる。どう見ても無理筋の「小渕幹事長」の報道を8月31日の朝刊一面トップでやって、すぐに「谷垣幹事長」が実現して誤報と判明したが、後がいけない。


[スキャナー]で「幻の小渕幹事長」と見出しを取り、いかに「小渕幹事長」の情報が本物であったかをるる釈明している。政局記事というのは、いったん見出しで踏み切ったら、言い訳は効かない。あっさり間違いを認めて「後講釈」をしないことが政治部記者の鉄則だ。


とりわけ一面トップに見出しを取った原稿は社運をかけるほどの自信を持ったものであるはずだ。それを後講釈でごまかしてはいけない。


しかも、お家柄か訂正記事がまるでなっていない。スキャナーの最後で政局取材班による事実上の訂正を掲載している。


その全文は「読売新聞政治部は、内閣改造・自民党役員人事に向け、約1か月間にわたり、最大で30人の記者による取材態勢を組んだ。人事に関わる自民党や首相官邸などの取材対象者に日夜、接触を重ね、総合的な判断の下に報道した。


『小渕幹事長で調整』のほか、大島理森・前党副総裁の入閣、高市総務相の経産相での起用の見通し記事を掲載し、結果的に読者に誤った印象を与えた。日々流動する政局に際しては、多角的な取材と慎重な判断により、今後とも正確で迅速な報道に努める。」というものだ。


読めば分かるように大きな人事を3本も間違ったのに、全然反省していないし、おわびの言葉もない。「日夜接触を重ね総合的判断の下に報道した」にしては結果がお粗末すぎる。「今後とも正確で迅速な報道」の「今後とも」の後は「誤報のないように努力をします」と続くべきところだ。


誤報をしておきながら読者に威張っている様な印象を与える文章を初めて見た。


はっきり言って最近の読売は政局原稿に弱い。前回の民主党代表選では「細野豪志立候補」を決め打ちして、「細野不出馬」の朝日に大敗北。自民党総裁選では、「石原伸晃優勢」一辺倒で、これまた大間違いだ。


昔の読売は政局に強かった。佐藤政権時代ある晩夜回りで読売の記者から聞いたが「今晩はデスクがトップがないからトップを書いたものにはこれやる」とデスクの上に1万円おいて「さあさあ誰が取る」とやっていたそうだ。


当時の1万円は今の5万円くらいの価値があって筆者などはうらやましかったものだ。その効果があるとは言わないが、結構立派な政局原稿が出ていた。


精読していると朝日の政局原稿は蒙古来襲で言えば集団戦法で書かれていることが分かる。読売の政局原稿はこれに鎌倉武士が「やあやあ我こそは」と単騎で臨んで討ち取られるようなケースが多い。朝日は一つの記事の中に特ダネ的な情報が数多くちりばめられているが、読売は最初に見出しありのケースが多いような気がする。


だから朝日の政局記事にはこくがあるが、よみうりのそれはスカスカだ。つまり朝日は多数の記者が自分の持っている最上の情報を全て「書き屋」に出して、それを統合して書いているような気がする。


読売も朝日も夜討ち朝駆けは十分すぎるほどやって情報は豊富に違いないが、読売に欠けるのは記者が情報を出し惜しみしているかのように見えることだ。


こう見てくると政治原稿に関する限り、先にも書いたが朝日が10とすると、読売は7のレベルだ。読売が5のレベルの時すらある。ましてや他社は朝日には遠く及ばないケースが多い。


だから政治家や霞が関の官僚の多くが朝日の原発、秘密保護法、集団的自衛権などの「偏向報道」に舌打ちしながらも、毎朝朝日を最初に読むのである。


読売も産経も朝日の慰安婦強制連行取り消し記事をチャンスとばかりに、販売が攻勢を仕掛けている。自社の購読を勧誘するチラシを大量に配布している。これにジャーナリスト・池上彰が苦言を呈しているが、報道機関といえども企業だ。欠陥商品を出した企業にライバル企業がネガティブ・キャンペーンをするのは当然だ。


受信料が自動的に入ってくるNHK的な発想で、きれい事を言っても説得力がない。しかし朝日も読売も誤報は意図するしないにかかわらず読者迷惑であることを肝に銘ずるべきである。

      <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2014年09月19日

◆韓国は「史経分離路線」にかじを切る

杉浦 正章




孤立懸念で対日融和を優先
 


韓国外交が対日融和に大きくかじを切りだした。その基調は「歴史認識」はさておいて、「経済文化交流重視」という流れだ。端的に言えば「史経分離路線」である。


突然“軟化”し始めた原因はどこにあるかと言えば、一にかかって大統領・朴槿恵が日中、日朝関係の進展で極東での孤立をひしひしと感じ、米国の圧力もあって渋渋ながら方向転換せざるを得ないと気付いたことにある。主たる事情は日本側にはない。これが意味するところのものは、我慢比べに首相・安倍晋三が勝ちつつあるということだ。


かねてから政府高官は「韓国は捨てておけばいい」と漏らしていた。「捨てておいても向こうから音を上げてくる」ということである。案の定韓国は“折れて”きた。


それも日中関係改善を追い越しそうなスピードなのである。今思えば顕著なターニングポイントは8月の光復節における朴槿恵の発言だ。2015年が国交50周年になることをとらえて「来年を両国民が新しい未来に向う出発の年としたい」と表明したのだ。


朴槿恵自身は基本的な立場は変えていない。依然慰安婦問題について「被害者らに謝罪し、名誉を回復出来るよう日本の指導者は勇気ある決断をして欲しい」と述べている。


しかし、みっともない“言いつけ外交”で、各国首脳に同調を求めることはこのところ控えている。韓国政府全体の動きをボディーランゲージ的に捉えれば、ここに来て修復への流れが一挙に出てきたのだ。
 

まず外相・尹炳世(ユン・ビョンセ)が変わった。「変わっていない」と言いながら変わった。尹は14日「韓国はもともと歴史問題と他の分野を結びつけていない。経済、文化、国民の交流は積極的に支援したい」と発言したのだ。誰が見ても結びつけていたと思うが、ここに来て「史経分離」を唱え始めたのだ。


こうした基本路線の上に、外務当局の接触も活発化する流れとなった。19日には2か月ぶりに東京で日韓局長級会議が開催され、10月1日には外務次官級による戦略対話が開催される。対話は、韓国側が日本側に開催を打診し、両政府が日程調整を続けていたものだ。政治家レベルの接触も動きだした。
 

元首相・森喜朗が19日から訪韓して、朴槿恵と会談する。森は安倍の親書を携えてゆく。おそらく11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の機会に安倍との会談を実現する流れを作ることを目的としている。


場合によっては安倍と朴は来週ニューヨークで各国首脳が気候変動問題について話し合う「国連気候サミット」のなどの場で接触の機会がある可能性が出てきた。少なくとも挨拶程度はするに違いない。


こうした韓国側の急変の原因はどこにあるのだろうか。


一つは極東における孤立をひしひしと感じ始めたのであろう。明らかに中国は北京APEC成功に向けて対日関係是正へと動いている。日朝関係は、拉致問題で急進展しかねない要素を秘めている。


中東やウクライナ情勢で手一杯の米国は、極東の安定を強く望んでおり、日韓関係改善で朴に対して「相当な圧力をかけている」(政府筋)といわれる。3月に朴を無理矢理安倍と会談させた大統領オバマのメンツもかかっているのだ。朴は不承不承ながら方向を転換せざるを得なくなったのだ。


さらに韓国経済の問題がある。アベノミクスを契機に日本が円安路線を取り始め、これが輸出に頼る韓国経済を直撃しているのだ。おりから日本の嫌韓ムードは横溢して観光客は激減している。韓国世論も日本との経済関係改善の主張が高まり始めており、放置できない段階にまで到っているのだ。


「歴史認識ではメシを食っていけない状況となったのは事実」(日朝関係筋)ということなのであろう。韓国政府はあきらかに朝日の慰安婦強制連行取り消しで激昂した日本の世論もみて、歴史認識での「壁」を認識したのであろう。


こうして韓国の駐日大使・柳興洙が「日韓関係は少しずつ氷が溶けてゆくような雰囲気」と述べる事態となってきたのだ。


日本側としては、この流れを事実上の「慰安婦問題棚上げ」へと結びつければ良いことになる。官房副長官・加藤勝信が朴の慰安婦への謝罪と名誉回復要求に対して「日韓の間で請求権問題は既に終わっている」とにべもない見解を返したのもその辺を読んでのことだろう。


対韓外交は歴史認識でこれ以上譲歩をすべきではないし、譲歩をすればますます要求を高める国民性を理解した対応が正解だ。

【筆者より】22日は休みます。再会は24日。

2014年09月18日

◆首相は“ギャンブル”に手を染めるな

杉浦 正章




カジノ法案は政権のアキレス腱になる
 

驚いた。自民党筋によると首相・安倍晋三の臨時国会での最大の狙いは「カジノ法案」成立にあるというのだ。これまで大ニュースの影に隠れていたが、確実に同法案が浮上して年末までに成立する流れだという。


しかもこともあろうに一国の首相が、日本史上初めて「賭場・鉄火場」を公認する法案の旗振り役なのだ。だらしがないことに止める者は1人も居ない。安倍政権は戦後まれに見る一強体制を維持してきたが、ようやくアキレス腱が見えてきた。


兆候はあった。5月にはシンガポールで、 カジノやホテルがある統合型リゾート施設を見学「カジノを成長戦略の目玉にしたい」と意気込んでいた。先の内閣改造では太田昭宏を何で国交相に留任させたかと思っていたが、カジノ対策であった。公明党の反対をにらんで太田を取り込んだのだ。


太田はカジノ法案を担当するよう指示されている。もともと安倍は「国際観光産業振興議員連盟」(通称カジノ議連)の最高顧問だ。古くからあるパチンコ議連の別動隊のような組織である。


もとよりパチンコ業界はカジノ推進論であり、政治資金もそのために政界に注入してきた。安倍とパチンコ業界の接近ぶりは有名だが、それが秋の臨時国会でベールを脱いで法案成立に走るのだ。


カジノ法案については自民党は古くから推進論があった。石原慎太郎などはその筆頭であった。しかし歴代首相は自ら旗を振るようなことはしてこなかった。なぜなら首相には高い倫理観が求められていることを知っているからだ。


米国ではカジノがマフィアの巣であり続けているし、世界各地の賭場もやくざ絡みのものが多い。日本も昔から賭場はやくざの仕事場と相場が決まっていた。首相ほど高い倫理観を求められるポジションはないのに、安倍はそれをなげうつのか。


加えて日本人の特性がある。賭博に対する精神的弱さだ。


厚労相の最近の調査では日本には「病的なギャンブラー」が536万人存際する。成人の4.8%であり、諸外国は1%にとどまっている。男性の8.7%、女性の1.8%が賭博中毒になっているのだ。日本では首相が旗を振ってこれらの“患者”を増大させるのだろうか。昔から博打で泣くのは家族と相場が決まっていた。


現在認められているギャンブルだけでも社会に深刻な問題を起こしている。毎日新聞の記事によると、金銭的困窮や配偶者への暴力、児童虐待をするケースが多いだけでなく、中には無差別殺人事件を起こした容疑者にギャンブルによる借金苦の親から幼少期に捨てられた経験があった例もある。


さらに毎日は女性の中毒患者も多いと指摘する。「20歳前後でギャンブルを始め、7〜9年たつと借金に手を出す。治療を受けたりやめるためのグループ療法を始めたりするのにさらに10〜15年かかる。この間に1000万〜2000万円をつぎ込む。大多数は家庭で盗みをはたらき、子どものお年玉や親の葬儀の香典にも手をつける。借金とうそを重ね、家族を精神的な病気に追い込むこともある」のだそうだ。
 

馬鹿な自民党の推進論者は「競馬、競艇など公営ギャンブルやパチンコがあってなぜカジノが駄目なのか」というが、現在あるものだけでも社会的な問題を引き起こしているのに、さらに加速させるのがまっとうな政治かと言いたい。「世界120か国で合法化されている」と主張するが、日本は数少ない合法化しない立派な国なのだ。


既にカジノ推進法案は国会に議員立法で提案されており、自民党と維新、生活の党が賛成だ。通常国会では継続審議になっているが臨時国会では成立の可能性が強い。公明党は反対しているが、公明党抜きでも成立を図ろうと思えば出来る。


しかし、これほどの重要法案をめぐって、反対の国論が巻き起こらないことはあり得ない。既に朝日と毎日は反対の社説を展開している。


安倍が強硬に推し進めようとするなら、反対論者は支持から離反する。高支持率を維持できると思ったら甘い。また、同法案処理は安倍自身がギャンブル的な危うい橋を渡ることを物語っている。


万が一にも業界との癒着が新聞によって公になれば、政権を直撃する問題になりかねないからだ。いずれにしても悪いことは言わない。今からでも遅くはない。首相が瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れ、李下に冠を正してはならない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月17日

◆100億使って一本釣りの秘策

杉浦 正章



民主党議員が“政権構想”
 


「寝言は寝て言え」「民主が復活しそうなら他の野党に投票する」とネットでこてんぱんに叩かれている民主党議員がいる。


英国労働党が、ブレアやブラウンという無名の新人で政権を取ったように、オリンピックまでに民主党も無名の新人が首相の座に就いているというのだ。何しろ100億円あるという選挙積立金で他の野党議員を「一本釣りする」というのだから気宇壮大だ。


おりから民主党は左翼片肺飛行を是正して、右寄り6人衆の一部を取り込んだ新体制を作ったが、しょせんはパッチワーク。これといった政権獲得戦略など出てくる気配もない。支持率4%では政権戦略など出せば笑われると執行部は思っているのだろうが、政党だから少しは夢を語ってもおかしくはない。


「夢想議員」は財務省出身、当選2回の衆議院議員・岸本周平だ。民主党政権では内閣府政務官や経産省政務官をやっている。岸本は「冗談のように聞こえるかも知れないが」と前置きしてブログで語る。


まず「現在、民主党の衆議院の議席は55。これでは、風が吹いても、次の総選挙で480議席の過半数240の議席獲得は無理。しかし2009年の総選挙で民主党は、2005年の113議席から308議席となり政権を取った。2012年の総選挙で自民党は、2009年の119議席から294議席となり政権を奪い返した」と指摘する。


そしてこれが意味するところのものとして「三桁、100以上の議席数さえ有れば、小選挙区の戦いでは、過半数の議席を取る可能性がある。民主党にとって、次回の総選挙は100以上の議席を目指す選挙だ」と計算しているのだ。


岸本はそのために現在、現職55人、公認候補75人の計130人しか小選挙区の候補者を立てていないが、他の野党の政治家の一本釣りでこれを補うべきだというのだ。他の野党の中道保守の政治家を、政党間の選挙協力よりも、一本釣りで公認にすれば、150人から180人の候補者が立てられる」と計算する。


その資金として「民主党には100億円の選挙積立金がある。逆に、他の野党はできたばかりで、資金面に不安がある。一本釣りが可能だ」というのだ。


たしかに本当に100億円もの積立金があれば、かなりの議員を集められる。そして岸本は「民主党が100以上の議席を獲得できれば、その次の総選挙で過半数の議席獲得を目指すことが可能になる」と計算する。つまり、2020年の東京オリンピックまでに政権を取り戻すという長大な計画で臨むべきだというのだ。


そしてそのときの首相候補は「名前も聞いたことのない若手が抜擢される」と予言する。その手本として「英国労働党が、ブレアやブラウンという若手政治家に党の未来を託し、『第3の道』を掲げ政権を奪回する過程は示唆に富んでいる」ことを挙げている。


岸本の主張はネットで叩かれるだけあってすきだらけだが、政界一寸先は闇だ。0.3%の可能性でも夢を説く議員は偉い。それにくらべると新執行部は、「民主党失政政権」が昔の名前で出ていますといった具合だ。6人衆の内、激しく海江田を批判しなかった順に取り込んでいる。


幹事長の枝野幸男は海江田批判の声はゼロ。代表代行の岡田克也もちょっぴりしか批判していない。逆に公然と代表選挙繰り上げの「海江田降ろし」を主張した、前原誠司や玄葉光一郎は干された。


枝野や岡田は人事が狙いで大人しかったことが分かる。いずれにしてもトップが代われば少しは目新しくなるが、トップが海江田のままでは、支持率4%の体たらくを脱するのは極めて難しい。枝野が「エダノミクス」など唱えても、空しいだけだ。


ひたすらアベノミクスの失敗で首相・安倍晋三がずっこけるのを日夜祈るしかないのであろう。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月16日

◆慰安婦取り消しで社会部と政治部確執

杉浦 正章




朝日OBが内幕を語る
 


朝日新聞出身のコラムニスト早野徹は政治部時代の記者仲間であった。今は桜美林大学の教授で朝日Webに「新ポリティカにっぽん」という政治論を書いている。昔の花形政治記者だ。その早野がBS朝日の「激論!クロスファイア」と「ポリティカ」で朝日の慰安婦強制連行訂正・謝罪に到る内幕を吐露している。


端的に言えば訂正論の政治部中心勢力と反対論の社会部の相克であり、その暗闘が繰り返されて36年間も訂正が行われなかった構図が目の辺りに現出する。その内容は早野が「多少の確執」と表現したが、他の関係者によるとかなり強い対立があったようである。
 

どうもマスコミは社内的に社会部が強い朝日、毎日、NHKは、左傾化の傾向が強く、政治部が強い読売、産経は右寄り路線を取る傾向がある。


とりわけNHKは政治部出身の海老沢勝二がやめてから社会部の天下になった。重要な政治ニュースがあったときでもくだらない事件事故を延々と報じている。バランス感覚が広いか狭いかの問題であろう。


それはともかくとして、まず早野はポリティカで2度訂正の機会があったのにそれを逸したことを明らかにした。


最初は「1992年4月に産経新聞が疑問を提起、私が残念に思うのは、すでにかくも疑問が出ていたのに、なぜその時点で徹底的に調べ直さなかったのかという点である」と指摘した。次ぎに「1997年3月に従軍慰安婦問題の特集記事を掲載したときにも、吉田氏に電話で虚偽かどうか問うた。


結局、裏付けがとれないため『真偽は確認できない』と表記した。この2回の真偽を確認する機会に、なぜ真相把握を逸してしまったのか」と慨嘆している。


社内で訂正を公然と主張したのは政治部長出身で主筆を長年勤めた若宮啓文だったという。BS朝日で早野は「若宮君が訂正すべきと思って提案した。


これに対して社会部の慰安婦問題を発掘してきた人たちには、大阪社会部も含まれるが、『ひょっとしたらどこかでそういう事があったかも知れない』という思いがあった。吉田氏の書いたようなことはないにしても、朝日としては同情を持って扱いたいという気持ちがあって、それが失敗につながった」と内実を語っている。


吉田清治の“小説”は虚偽であっても日本軍のことだから「ひょっとしたらどこかであった」という立証なしでの訂正拒否を社会部は主張したことになり、驚くべき報道姿勢が維持されたことになる。


早野は訂正すべきと「ポリティカ」に書くに当たって社内の空気を聞いてみた。するとこれまた驚くべき反応が返ってきた。


「産経や読売に挑戦されているので戦うのだと言っていた」というのだ。さすがの早野も「メディアにおけるバトルという観点が強すぎたのではないか。バトルとなるとおわびをすればつけ込まれるという気持ちもある」と述べた。


メディア間の戦争に負けるという意識で謝罪を拒否してきたというのだ。確かにそこには読者の存在などは眼中にない。


さらに5日の訂正と記事取り消し紙面で編集担当・杉浦信之が一面で「慰安婦問題の本質直視を」と強調していることが、問題のすり替えと批判されていることに対して指摘した。


「主張は正しいにしても、まずは訂正しておわびしますという見出しを取り、もう一つ慰安婦問題の直視をという2本見出しで行くべきだった」と述べているが、もっともだ。最初から「本質直視を」という見出しで、しかも一面に書かれても、何が始まったのか読者には分からない。編集担当の能力が問われる問題だ。


次ぎに早野は勤労動員の女子挺身隊と慰安婦の混同をした記者・植村隆が慰安婦が親によって売られたことを訴状に書いていたにもかかわらず、そこに触れずに記事を作成、意図的な捏造であったとも指摘されている問題に言及した。


「ボクの下で記事を書いていたこともある。誠に素直な記者で策略をめぐらすなんてことはできない。未熟な取材不足であった。彼の奥さんも向こうの人だから疑問を持たれたこともある」と擁護した。


しかし早野も、この後に続けた言葉がいけない。「この問題が出始めたときの混沌の中で書いている。だいたい新聞記事は永遠に途中経過なんですよ。その時点で分かったことを精一杯書くと言うことの積み重ねだから」と結んだのだ。


言わんとすることは分からないでもないが、これは「永遠に途中経過」の記事が、繰り返し書き続けられるという、誤報の連鎖を生み続けて世界中で日本という国家だけを「性奴隷国家」としてを貶(おとし)めたことに考えが及ばない発言であることを意味する。


早野も文藝春秋に書いている若宮もそうだが、やはり朝日は慰安婦強制連行問題を、慰安婦一般の是非とすりかえて言い逃れしようとしている姿勢がありありだ。


慰安婦一般を論じるなら世界中の大国や朝鮮戦争後の韓国も含めての戦時慰安婦問題を論じなければ不公平だ。慰安婦制度を正当化する気はさらさらないが、調べれば日本軍と大同小異であることが分かるはずだ。


現在の慰安婦問題の本質は誰が見ても、朝日の「軍が組織的に人さらいのように強制連行した」という誤報とその取り消しにある。慰安婦の一般論で覆い隠そうとしてはいけない。

筆者が精読している普段の政治記事から得た印象では、2大紙の情報量、正確度は朝日が10とすれば、これを追う読売は7くらいの開きがある。この国民にとって貴重な情報源が、“ぐれ”て道を誤り続けてはならない。反省して“真っ当な人間”に早く立ち戻ってほしい。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月12日

◆ますます社長国会招致が必要となった

杉浦 正章




謝罪の背後に開き直りの欺瞞姿勢
 


ついに朝日新聞が報道史に残る2大誤報で謝罪し、社長が辞任することになった。これだけ世上を惑わしたのだから当然である。


しかし、社長と編集担当の記者会見から見えてくるものはなお残る欺瞞(ぎまん)性である。慰安婦強制連行問題では、「広い意味での強制性があった」と問題すり替えの姿勢を維持して開き直った。


「逃げた」と世界中に日本の恥をさらした原発撤退報道は、本質が反原発のキャンペーンであるにもかかわらず、「吉田調書の評価を誤った」と単なる誤報で逃げを打った。2大誤報はそれぞれ第三者委員会が調査すると言うが、これも国会の追及逃れのための逃げ口上だ。


誤報によって受けた国益の損失は甚大なものがあり、国会はあらためて社長・木村伊量を招致して、問題の解明を図る必要が生じてきた。


地方創生相・石破茂はさすがに頭がいい。マスコミの在り方の問題なのにポイントの掌握力が抜群だ。11日のBS日テレの「深層ニュース」で、社長記者会見の問題点を鋭く指摘している。


石破はまず社長が吉田調書で「読み取る過程で評価を誤り、命令違反で撤退という表現を使った」と弁明した点について、「読み間違ったと言うが朝日新聞はどれだけの国語能力を持っているのか。どこにも『逃げた』とは書いてないのだから、どう見ても間違えようがない。国語力が足りないのかそれとも他の理由なのか」と首を傾げた。「朝日は相当の国語能力がないと採用されない」とも述べた。


石破は、もっと深いところに狙いがあると踏んでいるのであろう。筆者があえてそれを言えば、吉田証言誤報は、朝日新聞の反原発キャンペーンの一環であり、「結果としてチェックが足りなかった」(編集担当・杉浦信之)などというレベルのものではないということだ。


朝日は大方針のもとに記事を組み立てる“習性”があり、調書に「逃げ出した」などと書いてなくても、「逃げ出した」にしてしまうのである。問題の根幹は朝日の左傾化編集方針にあるのだ。


慰安婦強制連行について石破は「朝日が誤りに気づいたのはいつだろうか。社長は『遅きに失した』というが、今気付いたならしょうがない。しかしかなり前から指摘されていたことではないか。それが何で今になったかよく分からない」と指摘した。


済州島における強制連行の虚報は「吉田清治というペテン師」(首相・安倍晋三)の“小説”をうのみにした1993年の河野談話直後からインチキ説が指摘され始めている。それにもかかわらず朝日は36年間にわたりペテン師の記事を“あえて”真に受けた形にして16回も書き続けたのである。


そこに時の自民党政権を貶(おとし)める意図を感じない政治家はいまい。石破は朝日の狙いの“深さ”を示唆しているのだ。


さらに石破は木村が「読者におわび」を繰り返したことについて「おわびは読者だけか。それより名誉を傷つけられた国と、日本の尊厳、国際社会に与えた影響はどうなるのか。私の感覚からすると違和感がある」と強調した。もっともである。


解約続出のようだから社長が読者を大切にする気持ちは分かるが、吉田調書の誤報はフクシマの英雄を唾棄すべきセオル号船長なみだと世界に報じられ、命がけでフクシマを押さえ込んだ職員らの功績を無にした。そればかりか日本人の尊厳まで傷つけた。


慰安婦強制連行では、国連の無能な委員会が真に受けて「性奴隷」の表現でいまだに日本を貶め続けている。謝るべきは朝日が寄って立つところでもある国家の尊厳毀損に対してでなくて何であろうか。


石破は指摘していないが、さらなる問題は記者会見で杉浦が強制連行取り消しについて「虚偽だろうと取り消した。しかし、慰安婦が自らの意思に反した、広い意味での強制性があったと認識している」と強調した点である。


これは8月5日に紙面で強制連行の誤報を取り消しながら、「自由を奪われた強制性があった」と問題をすり替えた“路線”を継承している。社内で「記者会見でここだけは譲るな」という駄目押しがあったことを物語っている。


朝日新聞慰安婦報道の本質は、国による強制連行があったかどうかの一点に絞られるべきものであり、戦時慰安婦制度の一般論にすり替えるのはおかしい。自らの意志に反したかどうかは個個の慰安婦の“思い”の部類の問題である。戦時における世界中の軍隊が共通に抱える問題であり、日本に特化して語るべきものでもない。


朝日はこれらの問題を第三者委員会に丸投げして「過去の記事作成、訂正に到る経緯、日韓関係始め国際社会に与えた影響について徹底して検討していただく」(木村)というが、そのような問題は第三者委員会で行わなくても社長自らが判断すれば良いことだ。


辞任の時間稼ぎと、国会への招致を避ける思惑があるとしか考えられない。招致されても「第三者委員会で検討中」と言い逃れができる。国会は毎日新聞などの言論弾圧の指摘などに惑わされるべきではない。


先に書いたように国家として直接被害を被った「言論災害」が本質なのであり、国会は社長以下幹部を招致して問題を解明すべきである。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月11日

◆朝日は原発でも「曲解」を続けるな

杉浦 正章



再稼働に向けて現実を直視せよ
 


朝日新聞論説委員・恵村順一郎はいまや「報道ステーションの星」の論客に成長した。その影響力たるや、日本のリベラル論調をリードすると言っても過言ではない。背景に朝日の論陣のバックアップもあるのだろう。


翌日朝日の社説を読むと惠村発言はその社説の丸写しの論調であるケースが多い。しかし肝心の朝日が慰安婦強制連行大誤報で解約続出とあっては、内心穏やかではあるまい。


昨夜(10日)も川内原発再稼働で「反対」の論陣を張っていたが、原発の危険性は要するに確率の問題であることに気が付かない。朝日が誤報で廃刊する確率と原発が大事故を起こす確率はどっちが高いかと言えば廃刊の方が高いくらいだ。


もっともその確率は限りなくゼロに近いのだが、朝日は再稼働阻止に向けて最後の悪あがきを続けたがる。
 

大論説委員のテレビにおける伝搬力に比べれば、筆者の主張など蟷螂(とうろう)の斧の部類だが、少なくとも小生の読者には間違っていることを知らせておく必要がある。


まず惠村は原子力規制委員会の再稼働決定の合格証について「事前の許可を得たということは基準が法律上の基準に達したということに過ぎない」と述べたが、論説委員とも思えないお言葉だ。朝日は日本が法治国家であることを認めていないのだろうか。


行政全ては法手続に沿って行われるのであり、法律上の基準を満たすことが何より重要なのだ。法律上の基準をクリアすれば、全てが可能となるのは当然だ。頭のいい人だから、きっと舌が滑ったのだろう。


惠村は「火山のリスクがある。川内原発は火砕流が到達したところに出来ている」とこんどは視聴者への“脅し”にかかった。しかし国内で巨大噴火が起こるのは1万年に1度の確率である。確かに2万8千年前の姶良(あいら)大噴火の火砕流が、川内原発敷地内に及んでいた痕跡はあった。


しかし日本は火山列島であり、それを言ったら住む場所もありませんということになる。1万年に1度どこかで大噴火があるにしても姶良とは限らない。それは1年後かも知れないし、1万年後かも知れない。


朝日のインテリはすぐに物事を「怖がる」癖があるが、普通の人類はもっと度胸がある。人類の勇敢さはリスクにチャレンジし続けることなのであり、それにより繁栄を遂げてきたのだ。


米国テューレーン大学の資料によると、任意の1年で人間が死亡する確率は地震13万分の1、洪水3万分の1だ。これに対して自動車の衝突事故で死亡する確率は90分の1ではるかに高い。にもかかわらず交通手段としての自動車は世界を席巻し、いまでは衝突しない自動車の開発実用化が進んでいる。
 

原発は出来てからまだ63年、日本の原発が稼働して51年。たったの半世紀にしか過ぎない。この間、職員の誤操作による核爆発を起こしたチェルノブイリを除けば、原発事故での直接の死者はゼロである。水力発電はダムの決壊で大量の死傷者を出し、火力発電もしょっちゅう爆発事故等で死傷者を出している。


それより深刻なのは原発を稼働しないが故に生ずるCO2垂れ流しによる気候大変動だ。異常気候による広島土石流災害の例を直視すべきだ。


先に書いたが国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「20世紀後半に観測された地球温暖化の主因は95%が人間だ」と断定している。そして「二酸化炭素排出量の削減が喫緊の課題」と指摘しているのだ。


朝日と緊密な関係にあるニューヨークタイムズは社説で「原子力に危険が伴うのは事実だ。しかし過去に起こった原子力事故は石炭、ガス、石油といった化石燃料が地球に及ぼすダメージとは遠く及ばない」と分析。


「再生可能エネルギーが化石燃料に取って代わる日ははるかに先であり、それまでは原子力が大気中の温室ガス増加対策で貴重な発電手段であり続ける」と結論づけている。朝日はこれをどうして報じないのだろうか。


朝日の論調の欠陥は、このキーポイントをあえて無視していることだ。CO2を排出しない主要電源は原発と水力しかないことが分かっているのに、一切触れない。原発反対の論拠が崩れるからだ。この報道姿勢は慰安婦強制連行誤報を36年間続けた体質と酷似している。


忠告するが、「原発曲解」も早期に改めた方がよい。それに20年30年のスパンで物事を見れば、科学技術は大きな進歩を成し遂げ、ぶつからない自動車と同様に原発の安全性はさらに増強される。安全神話が神話でなくなるまで科学技術は進歩し続けるのだ。
 

惠村は「電力が不足していない中で、再稼働を急ぐことは、やはり3.11の前に日本を戻す事になる」と強調したが、これも事実誤認がある。電力は不足しているのだ。


高給をもらっている朝日の記者貴族は気づかないかも知れないが、安い電力が不足しているのだ。日本は世界一高い電力しか売っていないのだ。90%が火力に頼っている結果、電気料金は家庭で2割、企業で3割も上がり、石油価格は高騰、国富は年間3.6兆円も海外に流出している。


さらに電気料金は上がる方向だ。「3.11の前」とは、原子力安全神話が横行した時期のことを言わんとしているのだろうが、もう少し実態を正確に見る目を養った方がよい。


原子力規制委は世界一厳しい稼働基準を作って、それを適用しようとしているのだ。だから再稼働が遅れているのだ。


3.11以前とは打って変わった原発が稼働するのだ。秘密保護法、集団的自衛権、そして原発と朝日の“曲解”“風評”論調は限りなく続くが、どうせ改めるなら36年間も誤報の垂れ流しをやった後でない方がよい。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月10日

◆増税延期で政局運営の自由度確保せよ

杉浦 正章




長期政権路線への直撃を回避すべきだ
 


新内閣が発足して安倍内閣支持率が高い。読売では何と64%で13ポイントも上昇している。しかしひしめく重要政策を脳裏に浮かべた場合、これが満月だと気づく。これから欠けてゆく可能性が高いのだ。


とりわけ年末に消費再増税実施の判断をした場合には、長期政権路線を直撃する可能性が大きい。8%への引き上げは国民のガバナビリティー(被統治能力)が作用して、支持率への影響はなかったが、これが10%まで継続できると首相・安倍晋三が判断しているとしたら、大きな誤算だ。


今回ばかりは竹下登、橋本龍太郎などこれまでの消費増税首相が被ったのと同じ支持率急落に直面すると思う。


読売新聞特別編集委員の橋本五郎はテレビ評論家クラスではただ1人落ち着いた政局観があるとみているが、消費再増税に関してはちょっと間違ったように見える。橋本はテレビで「8%へと上げるときは支持率が全く下がらなかった。希有のことである。これは引き上げを丁寧にやったからであり、今回も各方面の意見を聞くことが大切」と述べたのだ。


安倍内閣が有識者の意見を聞くなどして8%に上げたことを指しているのだが、それが今回も通用すると思っているとしたら、大甘だ。意見を「丁寧に」聞こうが聞くまいが一般国民の意識は再増税に「ノー」なのだ。


支持率を上げた世論調査で、同時に消費再増税の是非を聞いた結果が全てを物語っている。


消費再増税には朝日69%、読売72%、日経63%、毎日68%が「反対」なのだ。8%への増税前は支持する回答が5割を超える調査がほとんどだった。これは財政危機に対する国民の意識が正常に働いた結果であろう。


アベノミクスの出だしが順調であったことも影響を抑えた。景気好転と共に所得が上がると理解したからであろう。しかし、景気の回復が所得を引き上げ、増税のマイナスを家計から吹き飛ばすという期待は夢と潰えた。


4−6月のGDPの伸びはマイナス7.1%と大幅に下落、安倍が判断の材料としている7−9月も予想のようなV字回復は見込めず、災害多発もあってめろめろに悪化することが予想されている。一般国民も景気の所得への反映は夢幻のごとくなってきた。


それどころかガソリン価格の高騰、電気料金の値上げ、輸入食品の値上げなど物価高騰が消費者を直撃し、消費低迷の悪循環を招いたのだ。国民は増税と物価上昇という二重苦に直面し、肝心の実質賃金の上昇などとても見込めない状況だ。


ちょうど橋本龍太郎が消費増税を断行したときと似てきた。橋本はたった1%の増税で、デフレに輪をかけるという失政をしてしまったのである。今でも覚えているが橋本は2001年の総裁選出馬に当たってホームページで、財政再建を急ぐあまり経済の実態を十分に把握しないまま消費税増税に踏み切り、結果として不況に陥らせたことを謝罪しているのだ。


橋本は「私は平成9年から10年にかけて緊縮財政をやり、国民に迷惑をかけた。私の友人も自殺した。本当に国民に申し訳なかった。これを深くおわびしたい。財政再建のタイミングを早まって経済低迷をもたらした」と陳謝している。


緊縮財政とは言うまでもなく消費税引き上げである。ことは増税だ。謝って済むような問題ではなく、謝るなら退陣すべきなのである。


要するに8%への引き上げ時と異なり10%への引き上げは、安倍を直撃して支持率を大幅に下げる要素となるのである。そもそも1内閣は増税1回が能力の限界なのである。それを3%引き上げて、1年半でまた2%などという力が継続するだろうか。


要するに政治のエネルギーは限られていることを理解すべきである。安倍には消費税の他にやるべき重要課題が山積している。


集団的自衛権は関連法案が出来なければ仏作って魂入れずとなる。原発再稼働も一つひとつの原発再稼働にいちいち首相が出ることはないが、最初となる川内原発だけは首相判断が必要だろう。極東における安保体制の確立と対中、対韓外交も喫緊の課題である。


そして最大の課題はアベノミクスの成功である。安倍が年末に再増税を判断したら、どうなるか。国民の支持は離反し政権の弱体化を招きこれら重要課題の処理に影響を及ぼすのである。コンビニで小さな買い物をする度に重税感を覚える国民の政権支持率は、減ってゆく一方なのである。


財務相・麻生太郎などがノーテンキにも「法律通りに実施」と述べているが、責任は首相がとり、自分は漁夫の利の思惑がちらつく。消費税法には付則18条の景気条項があることを忘れてはならない。景気条項を発動して延期すれば良いのである。


少なくとも1年延期すれば、実施は再来年の10月となる。衆参ダブル選挙なら再来年夏だから、その間安倍は政局・政策運営の自由度を確保出来るのだ。安倍は橋本のように陳謝して退陣する道を選んではならない。


アベノミクスを成功させるためにも、増税は延期が必要である。ハゲタカファンドの日本売りなどは、対策次第でどうにでもなる。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月09日

◆石破を角栄と比較をすれば見えてくる

杉浦 正章




石破は政局あって政策なし
 


いまはもう列島改造の田中角栄と地方創生の石破茂を比較して語ることのできる現役記者は筆者以外にほとんどいなくなった。


長期政権の下での総裁候補としての二人には似通っている部分がかなりある。しかし、根本的な政治姿勢が異なる。


政治の妥協としてあてがわれた地方創生相なるポストに甘んぜざるをえない政治家と、無役となって起死回生の崖っぷちに立たされ、自ら創設した自民党都市政策調査会を政権奪取のとりでとした政治家の意気込みの違いが浮き彫りになってくる。


テレビで「安倍さんが来年再選できる環境を作るのが私の仕事」と公言してはばからない石破には、政局目標があって政策目標がない。田中はまず政策があって、これを政局へとつなげたパターンだ。


田中は66年に佐藤政権の幹事長を外され無役となった。まかり間違えば無聊(ぶりょう)を託(かこ)つことになりかねなかったが、ふつふつとした政治への情熱はそれを許さなかった。


石破はあてがわれたポストがとっかかりだが、田中は自ら作ったポストで「次」へのジャンプを試みたのだ。
自民党にかつてなかった大型の調査会「都市政策調査会」を発足させて自ら調査会長に就任したのだ。


自民党内は、これを田中の“旗揚げ”と捉え「先物買い」の空気が横溢して大物議員はもちろんライバル派閥の福田派や三木派まで続続と参加する超大型調査会となった。これを支える官僚も各省庁が選りすぐりの人材を提供し、中でも通産省の小長啓一と経済企画庁の下河辺淳は白眉(はくび)であった。

これと比較すれば発足した「まち・ひと・しごと創生本部事務局」は各省寄せ集めの70人で構成するいわば「烏合(うごう)の衆」であり、しかも本部長は首相・安倍晋三。これは成功すれば安倍の手柄、失敗すれば石破のせいという図式だ。そこには「先物買い」などというムードはかけらもない。


加えて設置の目標も雲泥の差がある。田中が「工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる “地方分散” を推進すること」という、すきっとした政策目標を掲げていたのに対して、創生本部は何をやるのか曖昧模糊(あいまいもこ)としている。

既に各省庁が特別枠への参入をあてこみ「地方創生関連」と銘打った予算をこぞって要求、下手をするとばらまき予算となる危険まで出てきた。

例えば国土交通省は整備新幹線まで関連予算に計上しており、何でも「地方創生」でまかり通りかねない状況を当て込んでいる。そこには地方創生の名目だけが踊り、定義自体が定まっていないことをいみじくも物語っている。


石破の会見やテレビ談義はなめらかだが、理路整然として内容がない。ただ一言「地方再生を東京対地方の構図にしない」と述べているだけでは心許ない。


「まずは総括から始める」と、列島改造、田園都市構想、ふるさと創生などの政策を総括する方針を明らかにしたが、予算編成はどんどん進んでおり今さら総括でもあるまい。


既に地方創生構想は総務省、農水省、国土交通省、経産省などが縦割りで進めている政策が存在しており、その中で石破が調整力を発揮するのは容易ではない。政府・自民党で「地方創生調査会」などを設置して、石破がリーダーシップを発揮するような気配もない。


田中の都市政策調査会は1968年に「都市政策大綱」としてその成果を発表した。東京一極集中からいかにして均衡のとれた総合的国土活用ができるかの視点で、その内容は6万語に及んだ。

産業の適正配置と分散、高速鉄道・道路網の整備、地方単位の快適生活環境都市づくり等ではっきりした方向性を示し、これが田中が政権を取るに当たっての「日本列島改造論」に直結したのは言うまでもない。


佐藤長期政権の重圧のもとで、政局でなく政策でよく突破口が開けたと、今さらながらに田中の政策面での洞察力とリーダーシップを感ずる。また佐藤の度量の大きさもあったのだろう。


背景には佐藤という重圧に加えて福田赳夫、三木武夫という強力なライバルを抱えた田中を取り巻く環境と、安倍以外は当面敵なしの石破の環境との違いがあるのかも知れない。


石破は安倍だけを見ていれば政権は転がり込むと思っているのだろうか。石破はおそらくテレビ局の要請があれば皆受けているのだろう。土日にかけての全てのニュース番組に登場した。登場することで存在感だけは示しておこうということだろう。


加えて評判の悪かったTBSラジオでの「幹事長留任発言」を訂正しておこうということだ。従ってその発言内容は、安倍が外遊中にもかかわらず、ひたすら安倍に対する恭順の意をあらわすものであった。


あるテレビでは徳川家康の政治姿勢とされる「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥(ほととぎす)」を信条として選択し、信長の「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」と秀吉の「鳴かぬなら鳴かしてみしょう時鳥」は選ばなかった。


「総理総裁である安倍さんが3年で終わることはないと1000回は言ってきた」と強調していたが、そこには政局を見る目だけがあって、列島改造論に見られるような政策への意欲、見識は感じられなかった。


これでは安倍という武神の足の下で手足に枷(かせ)をはめられている邪鬼のようにしか見えない。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月08日

◆世界にまん延の誤報汚染をどう洗浄

杉浦 正章




政府・与党は汚名返上で反転攻勢を
 


従軍慰安婦強制連行で朝日新聞が世界中にばらまいた「誤報の汚染」を如何に洗浄・消毒するかは気の遠くなるような時間とエネルギーを必要としそうだ。


官房長官・菅義偉が国際社会への誤解解消に取り組む姿勢を鮮明にさせたのは極めて重要な一歩であろう。朝日は自ら責任を取ろうとしないばかりか、誤報の取り消しを世界的に発信しようともしない。


ことは日本という国の名誉と国益がかかっている問題であり、政府・与党は予算上の措置はもちろんのこと、政治家もことを外交官だけに任せず積極的に海外向けに発言、一体となって政策広報に乗り出すべきだ。


1982年から文筆家・吉田清治の「済州島で慰安婦狩りをした」とする生々しいねつ造記事を真に受けて、朝日は繰り返し16回にわたって報道を続けた。この間の報道が韓国の反日世論を燃え立たせ、「強制連行」があったかのように読める河野談話が発せられた。


また河野が記者会見で強制連行を認める発言をしたことも、火に油を注いだ。この結果、日本軍が多くの慰安婦を「性奴隷」として「強制連行」したという誤解が国際社会に広がったのだ。


中韓両国の「意図的な誤解」を別にすれば、国際社会への影響を分析すると大きく分けて国連の誤解、世界の言論機関の誤解、米政府の誤解の3つに分けられる。一番甚だしいのが国連の誤解である。


まず中立でなければ国連憲章違反となる事務総長・潘基文 (パン・ギムン)が対日批判発言していることだ。13年に母国の韓国で慰安婦問題について「日本政府や政治指導者らは、とても深くみずからを省みて、国際的で未来志向のビジョンを持つことが必要だ」と発言日本政府を批判して、韓国マスコミの喝采を受けた。


藩が巧妙なのは自分がなるべく表面に出ず人事権を使って、狂ったように慰安婦問題で対日批判を展開するナバネセム・ピレイ(南ア)を人権高等弁務官に任命したことだ。


最近もピレイは8月6日に「性奴隷」との言葉を繰り返し使用しながら、いわゆる従軍慰安婦問題に関して声明を出し、「日本は戦時中の性奴隷の問題について、包括的、公平で永久的な解決に向けた取り組みを怠っている」として「深い遺憾」を表明した。


これに対して菅が「性奴隷の表現は極めて遺憾」としたのは当然である。これに先立ち国連は1996年、国連人権委員会がクマラスワミ報告で従軍慰安婦を「強制連行された軍用性奴隷」と断定、これが国連で権威を持って語られ、日本は事実上手を拱いていたのだ。


菅は、同報告について、「朝日新聞が取り消した記事に影響を受けた。国際社会に誤解が生じており、政府の立場、取り組みをこれまで以上にしっかり説明したい」と発言している。


かつて筆者はニューヨーク特派員として国連を担当したことがあるが、日本の発進力は正直言って弱い。


日本は国連分担金が現在2億7000万ドルでアメリカに次ぐ2位。5位の中国の倍である。ロシアは11位、韓国13位にもかかわらず、ロビー工作の活発さは日本の比ではない。金だけ出して過去の歴代政権は反論らしい反論をしてこなかった。


やはり朝日の誤報が誤報として確立していなかったことが大きな原因だろう。安倍政権は安倍にばかり外交上の重責がかかっているが、ここは政治家が乗り出すべき時だ。


安倍はまず9月の国連総会で藩と会談し、慰安婦問題での中立を要求すると共に、一方的な主張で国連憲章を踏みにじっているかに見えるピレイを更迭させ、朝日の誤報を反映させた新たな報告書を起草させるべきである。また総会における基調演説でじゅんじゅんと誤解を解くべきであろう。


米マスコミ対策も不可欠だ。安倍はかつて2007年に「いわば『慰安婦狩り』のような強制連行的なものがあったと証明する証言はない」と国会で答弁した。ところが米世論が一斉に反発、ニューヨーク・タイムズは、「日本は真実をねじ曲げ、名誉を汚している」と批判し、被害者への公式な補償金の支払いを求めた。


ロサンゼルス・タイムズは「首相の発言によって被害者は更なる苦しみを味わった」とし、日本政府は生存者に対する補償を「道義的にも法的にも果たす義務がある」と主張した。


対策は駐米大使が有力紙を呼んで「慰安婦レクチャー」をすることでも効き目がある。強制連行は誤報という新事態を詳細に説明して理解を求めるのだ。安倍が訪米の際、かつて中曽根康弘が行ったように主要紙の社主と会食して、理解を求めるのも手だ。 


肝心の米政府も慰安婦問題への思い込みが強い。大使館が朝日の誤報を文書に約して、解釈も加えて国務省首脳に手渡し説明することも必要だ。


問題は国務省報道官レベルだけでなく、大統領オバマまでが発言していることだ。オバマは訪日後韓国で「従軍慰安婦問題は実に甚だしい人権侵害だ。被害者の声を聞くべきだ」と明言。歴史問題で韓国の立場に一定の理解を示した。


まるで安倍と握手した後、後ろ足で蹴飛ばしたかのような発言だ。首脳会談の際にオバマに改めて強制連行の虚偽性を説明しておく必要がある。


要するに日本は戦争という異常事態において欧米諸国が行ったのと同様の慰安婦現地調達を行っただけであり、ソ連のスターリンがレイプを奨励したような非道の国策を推進した事実はない。慰安婦問題を平時の道義で論じても問題解決にならないことを訴えるべきだ。


自民党が河野談話とは別次元の「新談話」を発出すべきとしているのは全く正当である。

     <<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月05日

◆日中首脳 不測の事態回避で合意せよ

杉浦 正章




尖閣問題は「凍結・先送り」しかない
 


内閣改造後首相・安倍晋三にとって待ったなしの外交課題は対中関係改善となりそうだ。


北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で日中首脳会談が開催される可能性が強まっているからだ。開催された場合安倍は、問題を一挙に解決しようとせずスモール・ビギニングの対応でいくべきだ。のどに刺さった骨である尖閣諸島の領有権問題は踏み込めば激突しかない。


ここはあえて凍結して“先送り”し、喫緊の課題である軍事的「不測の事態」回避に焦点を絞るべきだ。双方が「一歩退く」ことにより、経済、文化、環境技術などの交流を深め、和解への“実績”の積み上げを図るべきだ。


あの中国国家主席・習近平の言葉かと我が耳を疑った。習は初めて制定した3日の「抗日戦争勝利記念日」に当たって、「中国政府と人民は中日関係の長期的な安定と発展を望んでいる」と言明したのだ。


その一方で習は「中日友好とアジアの安定という大局を守る立場から、歴史問題を適切に処理し平和発展の道を歩むべきだ」「我々は軍国主義の復活を決して許さない」と歴史認識問題も強調したが、これは明らかに付けたりの常套句であった。


習は「中日関係発展を望んでいる」のであり、明らかに就任以来口を極めて対日批判を繰り返してきた態度を変えつつあるのだ。これを裏付けるように、中国は公船による尖閣海域への進入も過去半年間徐々にではあるが減少しつつある。対日姿勢好転にむけて明らかにメッセージを送り始めているのだ。


この変化の背景を分析すれば、まず北京でのAPECを11月10日に控えて外交方針転換を迫られたに違いない。中国の南シナ海、東シナ海への進出はASEAN諸国の反発を招き、これが5月の「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)」での孤立を招いた。


一方で首相・安倍晋三が展開している中国封じ込め外交は、オーストラリアやインドなど大国も含めて理解され、実を結びつつあるのが現状だ。このままでは習近平が就任以来最大の国際会議であるAPECは成功裏に推移しない恐れが出てきたのである。


次ぎに習は汚職摘発という権力闘争に勝利を占め、国内政治基盤を固めつつある。これが外交上のフリーハンドへとつながっている。さらには日本の対中投資は激減しており、のっぴきならぬ大気汚染問題は日本の技術を必要とする。経済上の関係改善は不可欠となりつつあるのだ。


加えて日本側の対中外交打開への模索も効果を上げつつある。


元首相・福田康夫の習近平との会談は関係改善にプラスに作用した。中国の神経を逆なでしている、安倍の靖国参拝も福田によってこれ以上は行わない方針が伝わった公算が高い。


内閣改造に伴う党役員人事では親中派の谷垣禎一が幹事長に、二階俊博が総務会長に就き、副総裁・高村正彦と共に自民党執行部は「親中シフト」が敷かれた形なのである。こうした日中双方の変化が、APECで何らかの形で“結実”する流れを生じさせていると見るのが自然であろう。


それでは今後2か月の間でどのような展開を見せるかだが、外交当局が秘密裏に接触を続けて首脳会談で急浮上させる方法と、日中外相が国連総会などの場で会談し調整をするなどの方法が考えられる。おそらく両方が混在する形で接触が進むものとみられる。


加えて対中シフトの自民党執行部も、早期訪中するなど側面から関係改善に努めるべきである。中国が主張する(1)尖閣問題は係争中であることを認め棚上げする(2)首相の靖国参拝は行わないの2点のうち、靖国参拝について安倍はこれ以上行わない意向だ。


支持者への公約は1度果たせば良いことであり、2度3度行うことでもない。


焦点は「係争中の尖閣棚上げ」を認めるかどうかだが、棚上げは、領土問題の存在を認めることになり、不可能であろう。日中両首脳がこの問題を会談で直接的に言及すること自体が、会談の意味を喪失させてしまうのである。従って、首脳会談でこの問題を取り上げることは不可能に近いと思われる。


それならどうするかだが、喫緊の課題のコアの部分は日中が軍事衝突するという「不測の事態回避」にあることは言うまでもない。中国が尖閣に侵入しなければ、日本も出て行くことはないし、スクランブルも必要は無い。緊急時における海上連絡メカニズムは既に事務当局間で出来上がっているという。


従ってトップレベルで不測の事態回避の合意に持ち込めれば、まず日中間の緊張は解ける。


これを突破口として経済、文化、環境、観光などの交流推進を確認すれば良い。そして尖閣問題は当分凍結を確認して、取り上げないことだ。学者などによる研究の場を設置して両国で長期に研究するシステムでも出来れば上々だ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年09月04日

◆安倍「一強」が完璧の再選布陣

杉浦 正章




一歩間違えば権力闘争の危うさも
 


石破茂を閣内に取り込み、谷垣禎一を幹事長に据えて、反安倍不満分子の核になるのを回避。外相・岸田文男を留任させ自らの首相外交に“奉仕”させる。外した石原伸晃や林芳正などには目もくれない。まさに来年9月の総裁選挙での再選に向けて「一強」安倍晋三が徹底した“布陣”を構築したのである。


安倍長期政権への体制は整ったかに見えるが、好事魔多しが政治の常。今後1年間にひしめく政策課題は消費再増税の可否、原発再稼働、拉致問題、普天間移設、対中外交とどれ1つ取っても、崖っぷちから谷底を見るような危うさに満ちている。


1歩踏み外せば、自民党内の権力闘争はいつでも再燃する。激務に首相・安倍晋三の体が耐え抜けるかも気になる。
 

安倍がこれほど口上手とは思わなかった。闘牛のような顔をした石破を、「自民党の顔」とか「地方の実態に通じている」と褒めあげて破顔一笑させ、谷垣を厳しい野党時代を乗り切ったと持ち上げた。岸田には「共に地球儀俯瞰外交をやった」と謝意を表した。


全ては自民党総裁選に向けて対立候補の“封じ込め”を意識したものであり、それには成功したかに見える。


石破や谷垣、岸田を野に放ったら、総裁選に出馬してくれというようなものだからだ。石破も地方創生相などという訳の分からない“重要閣僚”をあてがわれて、内心は不満に違いないが、安倍に記者会見の冒頭でその重要性を強調されれば、当面そうかと思う。


しかし具体的には何をやればよいか分からない。今さら地方を回っても仕方がない。問題は疲弊した地方経済をどう立て直すかだが、各省それぞれが重要課題として抱えており、石破に出番があるのか疑問だ。要するに政治的妥協の産物を背負わされたのだ。


谷垣については、筆者が安倍と“握った”と書いたとおりだ。安倍が谷垣とは一体と協調すれば、谷垣も「安倍晋三首相と私は基本的に共通だ」と強調。「共通だ」ということは、安倍の本心が増税の期限付き延期にあるものとみられるから、それと共通であるということだ。


朝日は増税実施を前提に谷垣の立場を「消費税率引き上げに反対する勢力もおり、仮に引き上げの判断をした場合には、反対派を説得する役回り」などと書いているが浅薄な見方で逆だ。


谷垣が「社会保障と税の一体改革の鬼」であるからこそ、「その谷垣さんが延期を言うなら」と延期反対派が納得することになり、説得力があるのだ。安倍の狙いは紛れもなくそこにある。だいいち選挙前に再増税を推進すべきと思う議員がいるのか疑問だ。


一方岸田留任について安倍は、“負の功績”を買ったのだ。かねてから岸田は外交的なひらめきが感じられない外相であり、ただ地味なだけが取りえと思っていたが、読売の最近の記事でこれがはっきり裏付けられた。


読売は安倍の言葉として「外相だから目立とうと思えばできるのに、自分より前に出ることはない」と“評価”していることを紹介している。要するに安倍は首相になってから49か国を回るという首脳外交重視であり、この記録は今後更新され続ける。


首脳外交には外相がしゃしゃり出ては困るのであり、外務省も次官らによる首相への直接進講を欠かさない。その意味で岸田は自分が前に出ず、いわば“内助の功”に徹しているのである。安倍はその“功績”を買っているのである。


例えば石破を外相にしたら、自分が霞みかねない危惧があるわけだ。こうして総裁選の候補らは、一致して押さえ込まれたのである。哀れを留めるのは「金目でしょう」発言の石原だ。すねたのか3日は登庁もしていない。林についても誰も総裁候補とみなすことはなくなっている。


まさに安倍の一強体制が成立しているのが現実だ。今後は解散問題が悪い病気のように出たり引っ込んだりし続ける。


「拉致被害者の帰国があればこの秋解散」などと報じる新聞が複数あるが、私が官邸キャップだったら言ってくる記者に「そんなことあるか馬鹿」と取り上げない。拉致の政治利用などは国民に見透かされて負ける。
せっかく自民党が持っている293議席のパイを減らす首相がいるかということだ。


朝日がまた書いているのは、「来年夏の解散で安倍が求心力を高めて無競争で総裁再選説」だ。これもキャップなら記者に「アホか馬鹿」といって記事にさせない。現在の流れは安倍再選が確実視されるのであって、総裁選前に解散して負けたら再選はなくなるのだ。


今後政治が行き詰まる度に解散説が出るのは事実だが、再選前の解散は安倍にとって禁じ手だ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)