2014年03月19日

◆安倍はプーチンに“友情ある説得”を

杉浦 正章



ウクライナ情勢の極東連動阻止に動け


機を見るに敏な一人の政治家に世界中が振り回されている。ロシア大統領・プーチンはウクライナ南部クリミアをロシアに編入した。オリンピックで高まった愛国心を、クリミアをめぐるナショナリズムと同化させ、ロシア国内の世論を一挙に自らの支持に傾けさせた。


しかし先が見通せるからこそ、焦点のウクライナ東部への侵攻はまず決断しないだろう。侵攻して戦争となって、ささやかれているように中国とロシアが軍事同盟に向かえば、火の粉は極東に転ずる。


米大統領オバマと中国国家主席・習近平との核サミットでの会談が注目されるが、首相・安倍晋三も手をこまねいているときではない。就任以来5回も会談しているプーチンとの良好な関係を生かすときだ。核サミットで会談を実現して、ウクライナ情勢のさらなる緊迫化を“友情ある説得”で断念させるべきだ。


プーチンのロシア国内での人気は就任以来今ひとつぱっとしなかったが、圧倒的支持率をオリンピックとクリミア編入で獲得、国内政治基盤は確立した。しかし、世論の支持が永続するかどうかは予断を許さない。


さらなる軍事行動を続けた場合、現在は痛くもかゆくもない限定的な制裁措置が、本格的な経済制裁へと移行してロシア経済を締め上げる。


戦前の日本と同様に、途端の苦しみを味わうことになり、国民の生活は困窮、支持率は確実に低下する。さらに東部のロシア系住民を煽って暴動を頻発させ、その住民の保護を理由に、ウクライナに侵攻すればウクライナとロシアは戦争に突入する。米欧諸国もウクライナ支援の軍事行動を起こす可能性が強い。


ロシアの国力からいって、米欧を相手に戦争をして勝ち目はない。ロシア系住民が圧倒的多数を占めるクリミア編入の場合は、もともとソ連に帰属していたものをフルシチョフの独断でウクライナに編入させた経緯があり、米欧の底流を流れる空気としては渋渋ながら仕方がないというところであろう。


しかし東部侵攻となると事態はがらりと変わる。したがってプーチンがそうした無謀の選択をするとは思えない。欧州安保協力機構(OSCE)が、多国籍の監視団を派遣して治安を維持する方向だが、ロシアにとっても悪い話ではあるまい。


冒頭述べたように、中ソ軍事同盟が出来て、米欧と対決するような情勢が出来れば別である。しかし中国は国連安保理でロシアの孤立を際立たせ、クリミアの住民投票を無効とする決議案に棄権しており、中立的な立場を維持した。


中国にしてみれば、ただでさえ尖閣諸島や南沙諸島をめぐる主権侵害行為や少数民族への弾圧で世界的な評判が悪化している中で、クリミア侵攻を支持すれば、まるで「力による現状変更」で「悪の枢軸」が結成されることになる。習近平としてはここは大人しくしておこうという打算が働いたのだ。


オバマがどう動くかだが、一段と中国重視の動きに転ずる公算が高い。


一つは中国をロシア側に追いやることは避け、少なくとも中立を維持させたいとの判断がある。また習を通じてプーチンを説得出来ればという思惑もある。加えて、中国が尖閣問題で日本と事を構えて、米国が巻き込まれるのを回避したいという思いも強い。


習にしてみれば、米国と親しくすればするほど、日本を政治的に孤立化させることが出来るのであり、核サミットのオバマ・習会談が“猫なで声”を基調とすることは想像に難くない。


一方領土問題を中国とロシアの双方に抱えている日本も、ロシアのクリミア編入はよそ事ではない。前稿で指摘したように中国が力による主権侵害が可能になったと大誤算して尖閣に侵攻する可能性があるからだ。日本がなすべき事は中国とロシアの軍事同盟の阻止であり、ロシアとの関係維持だ。


日本の制裁も軟らかなものであり、米欧諸国と温度差はあって当然だ。G7の中でも安倍がプーチンとの間で培った友好関係は突出している。むしろオバマは習を頼りにするより、安倍を頼りにする方が得策であると気付くべきであろう。それにはオバマに気付かせる必要がある。


安倍は核サミットを好機ととらえて、プーチンとの会談に臨むべきだ。プーチンと会談して、ウクライナ情勢のさらなる混迷に歯止めをかけるよう申し入れるべきだ。ロシアの世界的な孤立はおおうべきもないが、これは北方領土問題で譲歩を勝ち取る材料になり得る。


一方で、集団的自衛権の行使に向けて、着実に歩を進めるべきだ。ここで躊躇すると、やはり中国の誤算を招きかねない。日米関係にひび割れが生じたと受け取るのである。このようにウクライナ情勢は、確実に極東情勢に連動し展開する流れであり、固唾をのんで見守る必要がある。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月18日

◆ウクライナは集団的自衛権容認を加速

杉浦 正章



極東への飛び火の可能性を考慮せよ


ウクライナに火が付けば、極東に飛び火する可能性も否定出来ないという状況の中で、世界の国が皆保有して国連憲章の中核となっている集団的自衛権の行使の是非を与党自民党が議論しているのだから、平和な国である。


産経抄の言葉を借りれば「能天気」かもしれない。しかし、その「能天気」が7日の総務懇談会では力不足で勝負があったようだ。朝日が書いているように「慎重論が噴出」では全くない。「賛成論が噴出」なのだ。


その証拠に幹事長・石破茂は、「議論を深め方向性を出すことは十分可能という感じを持った」と自信を深めるに至った。語るに落ちたのは、このところ集団的自衛権の憲法解釈変更反対だけで目立ちたがっている村上誠一郎の発言だ。終了後に「みんな解釈改憲に違和感がないのは不思議だ」と宣うた。


一部マスコミは意図的に反対論だけを際立たせるが、村上発言の示す実態は反対派がお手上げのムードであったことを物語る。首相・安倍晋三の指示で今後総裁直属の懇談会で議論を重ねるが、安倍サイドは「夏に内閣改造がある」と“からめ手”から脅しをかけており、小泉郵政のような“抵抗勢力”は生じまい。


しかし、ウクライナ情勢の緊迫は、集団的自衛権の憲法解釈変更に新しい要素を外交・安保両面でもたらしていることは確かだ。反対派は我田引水の議論をし始めているが、勝ち目はないだろう。


評論家・寺島実郎はテレビで「アメリカとソ連が軍事衝突になれば、三沢基地を攻撃する場合集団的自衛権の容認はロシアにとって好都合。(解釈変更は)そういうカードを引くということだ」ともっともらしく述べていたが、こればかりは噴飯物だ。


もともと日米安保条約はソ連を仮想敵国とした軍事条約であり、ロシアが攻撃するような事態では解釈改憲があろうとなかろうと同盟国は対象になる。しかし、ロシアがかつてのソ連並みの軍事力を保有するかといえば、とても米国に太刀打ちできる力量にない。


おまけに欧州の戦争を極東に拡大して両面作戦を展開する能力などはとてもない。ぎりぎりまでのチキンゲームの展開はあり得ても、プーチンの選択には対日攻撃はない。
 

むしろ警戒しなければならないのは、極東海域への飛び火だ。欧州でロシアが成功すれば、習近平は「極東での力による現状変更が可能」と誤算する可能性がある。尖閣はもとより沖縄諸島の一部にまで侵攻を開始する可能性がある。現にそのための軍事演習が行われたばかりだ。


アメリカが欧州にかかりっきりになってしまった場合の、その空白を突く可能性があるのだ。そうなれば第3次世界大戦の様相となる。場合によっては北朝鮮の金正恩が“ミサイル発作”を起こすかも知れない。


ヨーロッパの激突は、世界中に火の粉をばらまく可能性があると警戒するに越したことはない。日本は「憲法9条があるから安全」などという「能天気」な思想はなり立たないのだ。


こうしてウクライナ情勢は対岸の火災視出来ないどころか、してはならない状況であるのだ。したがって日米同盟の強化は必然的に重要となる。いったん戦端が開かれれば戦争というのは神学論争ではない。今そこにある敵と戦わなければならないのであって、防衛省幹部が漏らしているように「超法規的行動」があり得るのだ。


しかし、日本いおいては、これを許してはならない。いかなる場合にも法規に基づいて文民が統制した軍事行動でなければならない。だからこそ集団的自衛権の解釈変更が急務となってきたのだ。


ただ、諸情勢をかんがみれば性急に事を運ぶ必要は無い。日米が合意している、年末の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)策定に間に合えば十分だ。とりわけ韓国を日米との首脳会談に引き込まなければならない微妙な時期であり、韓国内に警戒論がある問題をあえて急ぐ必要は無い。


今後の段取りとしてはオバマの4月22日ころの来日が最大の起動力となる。米国は昨年10月3日の日米安保協議委員会(2+2)の共同発表で集団的自衛権の行使容認賛成を確認している。


共同発表は「日本は集団的自衛権の行使を含む法的基盤の再検討を行っており、米国はこれらの取り組みを歓迎し、緊密に連携する」ともろ手を挙げて歓迎の姿勢だ。この方向がオバマの来日で再確認されることは確実視される。日米間の国際公約として確立するわけだ。


これを受けて、丁寧に国内議論を進めて出来るだけ同調者を拡大する必要がある。みんなや維新は既に「落ち」ており、問題は民主党と公明党だが、民主党は保守派を攻略する必要がある。安倍は野田佳彦や前原誠司と会談しても良いではないか。


丁寧に話を通せば、民主党は確実に対応が割れる。反対派を民主党の左派、共産党、社民党などにとどめれば、公明党は泣きながら付いてくる。今国会末か夏頃に閣議決定すれば秋の法案提出に間に合い。ガイドラインの日程にも影響はない。


そのためには、「行使」の対極にある「歯止め」を重視することだ。「歯止め」で納得させられるかどうかで決まると言っても過言ではない。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月17日

◆日米韓ハーグ会談の実現強まる

杉浦 正章



朴は“オバマ仲介”に抵抗できない
 

筆者が14日朝報じた「日米韓首脳会談へ機運」の正確さは、同日の首相・安倍晋三の国会答弁と韓国大統領・朴槿恵の歓迎声明で早くも立証された。


問題は会談が想定されるハーグの核サミットまであと1週間と迫る中で、累卵(るいらん)の構図であることは確かだ。全ては韓国側がこのポジティブな局面をぶち壊さないかどうかにかかっている。


筆者は朴は国内世論の動向を見極めつつ最終判断を下すことになるが、まず出来上がった構図をばらけさす事はないと見る。なぜなら、オバマも絡んでいる事が確実視されるからだ。朴はオバマの信頼を失ってまで「累卵」を壊せば、災いは確実に吾が身に降りかかることを知っている。近く発表となる公算が高い。


事の展開を検証・解明すればそれがよく分かる。まずホワイト・ハウスはさる6日、前米大統領補佐官(国家安全保障担当)・ドニロンに講演させ「オバマ大統領は今月安倍晋三首相と朴槿恵大統領にオランダのハーグで会う機会がある。もしかしたらそこで2人を引き合わせることができるかもしれない」と観測気球を上げた。


同時に政府筋によるとオバマがウクライナ問題で安倍に電話をかけた7日に、「ハーグで日米韓首脳会談を開催しよう」と提案したのだ。安倍はこれを受諾する意向を伝えると同時に、朴の凝り固まった反日姿勢を米側も解きほぐして欲しいと要望した。これを受けて日米外交筋によると、オバマが自ら朴に電話をした可能性が高いという。


こうした下地の上に12日に外務次官・斎木昭隆と外交省第1次官・趙太庸(チョ・テヨン)との会談が行われた。当初、韓国側が用意した斎木への日程は晩餐会や韓国首脳との会談も含め2日間の予定だったが、斎木は急きょ日程を繰り上げて同日中に帰国した。これを見た日韓両国のマスコミは、浅薄にもまたかとばかりに物別れと報じた。


しかし逆だったのである。話がとんとん拍子に進みすぎて斎木は早く帰って首相・安倍晋三に報告して、続く段取りを展開した方がよいと判断したのだ。もちろん続く段取りとは安部が国会答弁で河野談話継承を表明するというものであり、韓国側もオバマからの強い意向があり、これを見た上で判断すると回答せざるを得なかったのだ。


急きょ帰国した斎木は13日午後1時56分から1時間アジア大洋州局長・伊原純一をまじえて安部と会談、国会答弁の内容を綿密に打ち合わせた。その後斎木は自民党日韓議連首脳とも会談して、事態を報告したが、その内容を某筋から筆者が聞いたのは同日深夜である。


もちろん取材源など明らかに出来ないが、実は深い情報があったのだ。一方安倍は質問者は自民党参院議員の有村治子とした。有村は総裁選挙で安部を支持して、一定票を集めた。そのご褒美に超重要答弁の質問者にしてもらったのだ。


こうして安倍は14日午前の参院予算委員会の答弁で「歴史認識については、戦後50周年の機会には村山談話、60周年の機会には小泉談話が出されている。安倍内閣としてはこれらの談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる。慰安婦問題については筆舌に尽くしがたいつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む。

この点についての思いは私も歴代総理と変わりはない。この問題についてはいわゆる河野談話がある。この談話は官房長官の談話ではあるが、安倍内閣でそれを見直すことは考えていない。歴史に対して我々は謙虚でなければならないと考えている。歴史問題は政治・外交問題化されるべきものではない。歴史の研究は有識者や専門家の手に委ねるべきだと考えている」と答弁した。


事前にぬかりなく外務省は韓国大使館に対して、「午前の首相の国会答弁を注視して欲しい」と連絡した。大使館が至急報で演説内容全文を本国に打電したのは言うまでもない。これを待ちかねたかのように朴は声明を発表「安倍首相が村山談話と河野談話を継承するという立場を発表したことを幸いに思う」と表明した。


こうしてオバマの仲介が奏功しそうな雰囲気となっている。なぜ朴がばらけさせる構図にないかと言えば、無理にオバマ訪韓を求めておいて、会談をぶち壊せば、オバマの顔に泥を塗ることになるからだ。


また朴の意固地なまでの反日路線に対して、国内に批判が台頭している上に、日韓の冷え込みで経済が悪化の一途を辿っていることも挙げられる。


問題は会談内容の事前調整をめぐって韓国側が、ぶちこわしの口実を作るかどうかだが、3国首脳の会談で細部に踏み込むようなことはあるまい。


問題は政権発足以来1年半会談が実現していない状況を、一度打破する必要があるのだ。北朝鮮をけん制するためにも2国間問題に重点を置くよりも、極東の安全保障での協力関係再構築があれば、会談は十分成功なのである。


韓国紙中央日報は筆者の書いた内容をなぞるがごとく「安倍首相の靖国神社参拝後、韓米が日本を攻める構図だったが、現在は日米対韓国の様相となっている」と報じているが、韓国紙にしてはよく理解できている。日本のマスコミではようやくTBSが17日朝、「日米韓首脳会談実現」と先陣を切って報道した。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月14日

◆日米韓首脳会談の機運が生じつつある

杉浦 正章



安倍はこの機会を逃すな


オランダ・ハーグの「核セキュリティーサミット」で日米韓首脳会談が開催できるかどうかだが、日韓外務次官会談は新聞が伝えたように物別れ的な流れではなかったようだ。その証拠に外務次官・斎木昭隆がニコニコしている。


首相・安倍晋三も13日斎木の報告を利いて、改めて三か国首脳会談の実現を指示した。斎木と会った日韓議連会長・額賀福志郎は同日のBS日テレで、「首脳会談の糸口を探ろうという動きが出てきている。そう言う流れに答えていこうという機運がある」と言明した。


会談実現には、サミットまでの10日間にめざましい外交上の進展が必要となるが、米国の仲介により韓国の姿勢も雪解け的な感じを示し始めている。日韓両国ともこの機会は絶対に逃すべきではない。


米国の前米大統領補佐官(国家安全保障担当)・ドニロンがさる6日ワシントンで、日米韓首脳会談の可能性を示唆したから、これは本筋だと見て観察していたら、斎木の訪韓となった。ドニロンは「オバマ大統領は今月安倍晋三首相と朴槿恵大統領にオランダのハーグで会う機会がある。


もしかしたらそこで2人を引き合わせることができるかもしれない」と述べたのだ。24、25両日にハーグで開かれる核安全保障サミットに合わせた会談という構想だ。この米国の新提案の背景には、言うまでもなく4月22日からのオバマによる日韓歴訪がある。


ホワイトハウスにしてみれば、オバマを子供の使いにするわけにはいかない。したがって何が何でも事前に日韓関係を好転させる必要があるのだ。こうした方針は日本の外務省にも伝わり、韓国との調整を求められ、斎木訪韓となったに違いない。


これはとりもなおさず、日米が結託して対韓関係の改善を目指す流れであり、韓国側にしてみれば大変な重圧となるだろう。もともと米国は国務長官・ケリーがさる2月に朴槿恵に「歴史より現実」と対日軟化を要望しており、韓国も米国の仲介をむげにすることも出来なくなっていた。


最初はオバマのアジア歴訪には韓国が入っていなかった。これを2002年のワールドカップサッカーと同じで訪日を利用して無理矢理引っ張り込んだのであり、そのオバマのメンツをつぶせばどうなるかくらいはいくら朴でも分かるはずだ。


米国の意向を受けて安倍の靖国参拝で憤った韓国は徐々に軟化の兆しを見せ始め、3月1日の朴による「独立運動記念日」の講演も1年前とは打って変わった軟らかいトーンで、対日改善策を暗に提示していた。外相・尹炳世も議会答弁で政治と経済・文化を分離する必要に言及するに至っている。


日本側も官房長官・菅義偉が焦点の慰安婦問題で「河野談話を見直さない」と明言すれば、米国務省報道官のサキが10日「河野談話を維持すると官房長官が述べたことに留意している。前向きな一歩だ」と評価するなど、日米は歩調を合わせるに至っている。


そこで焦点は、サミットまでの10日間で、“お膳立て”が出来上がるかどうかである。日本の打算としては、日韓首脳会談だけなら慰安婦問題ばかりが焦点になるから、元国務副長官・アーミテージが述べるように「日本に勝ち目はない」ことになりかねない。

しかしオバマという緩衝材が入って、極東情勢を語れば逆に「勝ち目はある」ことになる。


3首脳会談を前提とした場合の事前調整の焦点となるのは、やはり慰安婦問題での対応だ。これまで安倍は村山談話は「継承する」と明言しているが、河野談話については官房長官・菅義偉に「継承する」と言わせて、使い分けてきた。


朴が1日に「55人のお婆さんたちの傷は当然癒やされなければらならない」と述べているのが何を意味するかだが、一つに「安倍による河野談話継承の明言」があることは間違いない。


もう一つは政府が方針として打ち出した「河野談話の検証」問題である。まず「継承」については、安倍にしてみれば継承を明言すれば韓国側が問題をぶり返さないという保障がない。日本の首相が何度謝ればいいのだという感情的な問題も大きい。


しかし、ここは米国が大局を見ている。談話の踏襲明言などで、極東情勢が安定すれば安いものなのである。従来の政権が繰り返し「踏襲」してきたことでもあり、ことさら安倍が変更することもない。


「検証」についても河野談話で事情を聞いた16人の女性の内既に14人が死亡しており、残る女性は超高齢だ。再聴取などは出来るわけもない。結局「検証」は、韓国へのバーゲニングポジションを高くしておくという、巧妙な外交手段であったかと思えてくる。それならば「検証うやむや化」もあり得ることだ。


一方で、愛する習近平が4月にも訪韓する流れが出てきて、朴は米国と中国の両方にお愛想笑いをしなければならない状態になるかも知れない。中国と仲良くするのは、最大の貿易相手国であるうえに、北朝鮮への“抑え”の側面もあり重要であるに違いない。


しかし極東の情勢は中韓首脳会談の前に日米韓首脳会談があるとないとでは雲泥の差がある。なければ朴が習にさらわれかねないからだ。米国の極東戦略にも影響が生ずる。歴史認識で反日共同声明でも出されたら、日韓関係は決定的となる。


情勢を俯瞰(ふかん)図で見れば、ここに来て朴は、じりじりと日本外交に押され始めていることを感じ取らざるを得ない状況であろう。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月13日

◆「番犬発言」に小松が怒るのは当然だ

杉浦 正章



野党の“生け贄”作戦に乗るな


どう見ても共産党に売られたけんかに法制局長官・小松一郎が孤軍奮闘している。


それにもかかわらず、安倍政権はろくろく助け船を出さない。小松はがんで入院中だったにもかかわらず、国会論戦を見ていたたまれずに「安静にしていればよくなるという話でもありません」と決死の覚悟で国会答弁に臨んでいる。


その発言は感情的な側面もないわけではないが、共産党や一部マスコミの狙いは、国会答弁で素人の小松の“舌禍”を巻き起こし、集団的自衛権反対の“生け贄”にして辞任に追い込み、安倍政権を挫折させるところにある。


これが分かっていない自民党も公明党も幹部が一緒になって小松を批判している。物事が見えない連中というのは全く度し難い。


共産党の戦略は明らかに、国会における政治的駆け引きになれない小松から、失言を引きだして集団的自衛権容認阻止への突破口にしようとしているところにある。そのやり口を見ると、実に巧妙だ。


まず4日の参院予算委で共産党の小池晃が挑発に出た。小池は小松に対して「あなたは憲法の番人なのだから、安倍政権の番犬みたいなことをするな」と噛みついた。よほどこの侮辱発言が悔しかったのか、小松はこれに乗ってしまった。


翌日社民党の質問に対して「共産党は日頃から国民の人権をことさら重視している。公務員にもプライバシーや名誉にかかわるものも含め憲法上基本的人権が保障されている」と反論したのだ。本来なら共産党の質問に答えるべきところだが、小松から見れば共産党も社民党も大差ないと思ったに違いない。筆者でもそう思う。


この答弁を聞いて、共産党はしめたと思ったに違いない。「引っかかってきた」と思ったのだ。そして答弁から2日もたった7日に、参院予算委終了後、国会の廊下で共産党の大門実紀史が小松を呼び止め「共産党に直接抗議して欲しかった」と絡んだ。


重病を患うと誰でも短気になるが、小松が反論すると大門は「あなたはそんなに偉いのか」とさらに挑発。顔を近づけてつかみかからんばかりの大げんかとなった。松の廊下ならぬ院内廊下の刃傷ならぬ口論だ。マスコミに報道されて上からまずいと注意されたのか小松は、必要も無いのに12日大門事務所を訪れて謝罪した。


共産党を相手にして謝罪すれば済むと思った小松が浅慮であった。案の定大門はこともあろうに一番の弱点の病気を突いて挑発した。必死の覚悟で病院を抜け出ている者に対して、全国最大規模の建設労働組合出身の大門は「法制局長官を辞任して療養に専念すべきだ」と、まるで吉良上野介のように嫌味たっぷりに“いたぶった”のだ。


小松は鯉口は刀を持っていなかったから切れないが、堪忍袋の緒は切った。「そんなことは言うべきではない」と食って掛かってまたまたけんか別れだ。


小松発言問題はもう一つある。小松が「安倍首相は国家安全基本法案を国会に提出するという考えにはない」と発言した点である。これが「法制局長官如きが首相の意向を述べるのは生意気だ」と自民党の一部から不満が出た。参院自民党幹事長・脇雅史は「法制局長官に法案提出権があるわけではない。余計なことだ」と批判した。


しかし、安倍が基本法案を提出しないことなどは常識になっている。秘密保護法で懲りて、集団的自衛権の行使関連法案を一本化せず、自衛隊法の改正など数本の法案改正に分散して秋の臨時国会で処理する戦術に変更する方針だからだ。別に小松が発言しても既成の事実を踏襲しただけで問題はない。


要するに冒頭説明したように、小松批判は野党とマスコミの一部による一点突破の生け贄にしようとする魂胆が濃厚なのだ。


小松は安倍が憲法解釈を「私が最終判断をする」と述べた点で野党と一部マスコミが「立憲主義の否定」と大騒ぎしている問題について反論している。「立憲主義の否定には当たらない。的外れの批判だ」と発言して、真っ向から対決しようとしているのだ。


その小松を仕返ししておとしめようとばかりに一部新聞の記者が質問するのに乗ってしまって、脇のように浅薄にも自民党内から小松を批判したり、このところ態度がでかい公明党国対委員長・漆原良夫のように「発言は注意して欲しい」といった苦情が出るのだ。


まさに小松は集団的自衛権の行使をめぐって孤軍奮闘の感がある。時には野党とけんかする型破りの法制局長官がいてもいいと思う。


しかし政府・与党は冷たい。首相周辺からは「かばいきれなくなる」との声が上がる。さすがに首相・安倍晋三は「立派に仕事をやり遂げていただきたい」と問題視していないが、当然である。ここで小松の首級をあげられては、集団的自衛権の行使容認が大きな挫折を迎えることになりかねないからだ。


首相周辺はかばいきれなくても、かばわなければならない構図であることを知るべきだ。かばわなければ災いは自らに降りかかるのだ。まあ、小松も自らを抑えて、法解釈に専念すべきであろう。いくら政治の素人だと言っても、共産党ごときとけんかをしても何の得もない。損するだけだ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月12日

◆議員劣化の元凶は小選挙区にある

杉浦 正章
 


中選挙区に戻して“大物”を育てよ


首相側近の右傾化発言が、こだまがこだまを呼ぶように世界中に広がって、いまだに反響が止まらない。一番の問題は首相・安倍晋三が側近発言を「個人の発言」として、否定しないことだ。これが、米国の新聞に疑心暗鬼を呼び、中韓両国に揚げ足を取られる最大の理由であろう。


しかし問題の根はもっと深いところにある。それは政治家の質の低下である。首相補佐官・衛藤晟は参院議員だが総裁特別補佐・萩生田光一は衆議院議員。いずれもレベルの低さは目を被いたくなるが、最近は一般的風潮としてこの種の議員が多い。まるで村議と言えば村議が怒るが、その程度だ。なぜこうなってしまったか。


とりわけ衆院議員の劣化に問題がある。その原因は小選挙区制にあるとしか考えられない。


「昔は良かった」は年寄りの繰り言じみてくるが、昔の政治家は少なくとも“大物”に見えた。ある特定の分野では官僚も顔負けの知見を有していた議員が多かった。故人となって久しいが、その代表例が自民党の税制調査会長・山中貞則だ。


硬骨漢で中曽根内閣当時、税制改革に関して中曽根をバカ、マヌケ呼ばわりしたこともあった。信条として税制に関する限り一切の陳情及び取材を受付けなかった。税調会長当時に選挙区の主要産業である葉タバコや焼酎の増税案が通過しているほどだ。


さらに外交では衆院議員・椎名素夫であろう。アメリカを「日本の番犬」呼ばわりした外相・椎名悦三郎の息子であり、父親に勝るとも劣らない外交通であった。安保・防衛では屈指の論客であり、何よりも重要なのは米国と深い人脈で結ばれていた。米国の知日派ジャパン・ハンドの重鎮であるマイケル・グリーンは椎名事務所のスタッフであった。


こうした人脈を活用して対米工作、ロビー活動を展開した。中曽根とレーガンの「ロン・ヤス関係」を裏で作り上げたのは椎名であった。今こういった大物政治家はいない。日米関係では衆院議員・塩崎恭久あたりが活発に動いており、期待が持てるがまだ力を養っていない。


派閥の領袖もさっぱりだめだ。名門宏池会の外相・岸田文男も、存在感が希薄だ。なぜこのように衆院議員が小粒になってしまったかと言えば、紛れもなく選挙制度の欠陥にある。山中や椎名のような人材が育たないのである。


なぜ育たないかと言えば、育つ暇がないのだ。まず第一に選挙の度に大量の落選者が出る。小選挙区は「風」で当落が決まるケースが多く、毎回大量に新人議員が当選する。細川チルドレン、小泉チルドレン、小沢チルドレン、そして安倍チルドレンといった具合だ。幻のように現れては消える政治家が何と多いことか。これが育たない元凶ナンバー1だ。
 


そして元凶ナンバー2は、政党のポピュリズム化だ。政党はチルドレンの大量当選を狙って、大衆迎合路線を取る。そして戦後最大の悪夢民主党政権の3年間へとつながるのだ。


次ぎに小選挙区は1人を選ぶから、勢い選挙戦が激しくなり、地元に付きっきりにならなければ再選されない。票にならない外交や内政などどうでも良く、もっぱらどぶ板選挙を展開せざるを得なくなる。外交など勉強するひまなどないのが実情だ。


一方で比例区は比例区で、執行部の選択に政策重視の視点などあったためしがない。情実やコネ、派閥の事情などが優先で一大暗愚議員集団を形成してしまっている。衛藤などいい例だ。こうして議員は劣化の一途を辿ってゆくのである。


歴史上戦前一度だけ小選挙区が導入された時期がある。原敬が1919年に導入したが、21年に暗殺されて25年には中選挙区になった。


現行小選挙区比例代表制導入の理由として、後藤田正晴らは政権交代可能な制度であることをを強調したが、それはイギリスでの話だ。日本で政権交代可能な2大政党時代が到来したのは、中選挙区になってからである。政友会、民政党が政権交代をして2大政党制の時代を築いたのだ。


こう見てくると、どうも日本的政治風土には中選挙区制が似合う気がしてならない。おりから国会は与野党が衆院選挙制度改革をめぐって有識者による第三者機関を設置して議員定数削減を議論することで合意した。ところがまたもピントを外している。


第三者機関では定数削減を最優先するというのだが、一部マスコミに踊らされている。定数を削減して国家予算からすれば微々たる費用を浮かせて何になるかと言うことだ。マスコミは会社のリストラ的な発想から削減を主張するが、日本の国会議員の定数は、主要国に比べて少なすぎるくらいだ。


人口100万人あたりの議員数ではスエーデンが38人で最多。イギリス22,カナダ12、ドイツ8人といった順で、日本は5人だ。しかもOECD加盟34か国中国会議員の数は日本が33番目だ。したがってこれ以上議員の数を減らすべきではない。むしろ選挙制度を抜本的に変更して、中選挙区への移行を諮問すべきである。


もう小選挙区制の弊害は見すぎるほど見てきた。これ以上、議員を劣化させてはならない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月05日

◆原発新増設をためらう必要はない

杉浦 正章



エネルギー計画で鮮明にさせよ


一体何回負けたら気が済むのかと思いたくなるのが「原発ゼロ」派だ。総選挙で負け、参院選挙で負け、都知事選挙で負けたにもかかわらず、いまだにゼロを主張して、自民党副幹事長・河野太郎を筆頭に政府提案の「エネルギー基本計画」に大幅修正を加えようとしている。


こんどは「総選挙の公約違反だ」と言いだした。人間自分の都合の悪いことはすぐに忘れると見える。総選挙は「原発ゼロ」の大合唱の中で自民党だけが「再稼働」を唱えて圧勝したのであり、公約違反の指摘は全く当たらない。


むしろ基本計画がほのめかしている「原発新増設」を、今月中に作る最終案ではより一層明確にすべきである。国会やマスコミから審査の遅れを指摘されている原子力規制委員会もようやく重い腰を上げて、優先審査に取りかかり夏には再稼働1号が出る見通しとなった。


基本計画のポイントは民主党政権が打ち出した亡国の「2030年代ゼロ」の方針を180度転換して、原発を重要電源と位置づけて活用する方針を打ち出したことだ。首相・安倍晋三も「世界で最も厳しい基準で規制委員会が安全だと判断した原発は再稼働する」と明言した。


将来の科学技術への希望を託して核燃料サイクルも推進の方向だ。太陽光など再生可能エネルギーの導入については「3年程度導入を最大限加速する」とした。政府・与党は政権に就いたときから「3年様子を見る」としてきたが、今回期限を3年と区切った理由は何かと言えば、なかなかめどが立たないことを意味している。


ドイツの例に見られるように太陽光の買い取りは、電気料金の高騰を招き国民の生活と経済を圧迫しており、理想通りに行かないのが実情だ。スペインは買い取り制度が完全に破たんした。3年程度様子を見て見極めればよい。


もちろん蓄電池の開発などが進めば、将来展望が開ける可能性はあるが、太陽光は天候の影響と夜間の停滞、風力は風次第であり不安定さは否めない。


計画が位置づけた電源は「重要なベースロード電源」が、原子力、石炭、水力、地熱。「ミドル電源」が天然ガス、LPガス。ピーク時に使うコストの高い「ピーク電源」が石油、揚水式水力であり、1%に満たない再生可能エネルギーは位置づけされていない。


河野が「原発は過度的な電源として明記すべき」と主張しても、「名月をとってくれろと泣く子かな」(一茶)の域を出ないのだ。


それどころか、今後のエネルギー政策の動向を分析すれば、原発を中心としたエネルギーミックスしか方途がないことは歴然である。経団連会長の米倉弘昌が「原発が一定割合の発電を担うなら、新規の発電所も認めざるを得ない時期が来る」と述べ、新設が必要だとの考えを示したのは実にもっともな判断である。


さらに米倉は「安全な原発の研究が世界的に進んでいる。古い原発を廃炉にし、汚染物質の量を減らす安全性の面からも必要だ」とも強調している。これに対して河野は「原発を40年で廃炉にするならば2050年にはゼロになる」と捕らぬタヌキの皮算用をしているが、若い割りには科学的知見が貧弱だ。


要するに河野に代表される「ゼロ」論は日進月歩の科学技術を無視しているのだ。福島で事故を起こした原発は第1世代であり、その後第2世代を経て現在の世界の潮流は第3世代に至っている。


第3世代の原発は、福島事故を経てシビアアクシデント対策が最重視され、導入されている。福島とは全く別物と言ってよい原発である。


30年たつと科学技術がどれくらい進歩するかは、端的に言って車を見れば明白だ。ガソリン車から電気自動車へと変ぼうし、水素自動車までできている。安全性も注意力散漫になる人間の特性を考慮して、運転のほとんどをコンピューターが行う車まで出来ている。同様に原発も考えられるあらゆる事故を想定した第3世代の時代になっているのだ。


世界の潮流を見れは現在430基があり、今後さらに100基の建造が予定され、世界は第3世代の原発を軸に原発建造ブームとなっている。化石燃料を燃やしてCO2を垂れ流しにして、地球温暖化と気候大変動を招いている現状の方が、原発よりよほど危険で、死傷者も多いことを世界各国が認識している証拠である。


したがって日本だけが新増設しなければ、国力は相対的に下落傾向をたどり、しまいには韓国にまで追い抜かれかねない。


今回のエネルギー計画も原発新増設への門戸を閉ざしているわけではない。原発依存度について「確保していく規模を見極める」としたのだ。明らかに今後の新増設に含みを残したものと言える。第1世代の原発は老朽化が著しく、稼働させてもコストがかかってペイしない公算が高い。


したがって遅くとも2020年代を目指してリプレースを軸に新増設を推進する方向を打ち出すべきだ。電力の安定供給と、世界の原発の安全性、効率性を確保するためにも、信頼されている生産国の日本がちゅうちょすべき時ではない。

【筆者より】
義母永眠のためしばらく休みます。再開は12日よりとします。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月04日

◆始まった朝日集団的自衛権風評化作戦

杉浦 正章



生身魂(いきみたま)もデマゴーグに参戦


秘密保護法をめぐる一部マスコミの論調は「風評」と「デマゴーグ」という言論史上まれに見る卑劣な報道を選択したが、結局デマはデマに終わった。その証拠に法案は成立しても「警察国家」は影すら見えない。


ところが今度は朝日を中心に集団的自衛権の解釈変更をめぐって、再び「風評・デマ」戦術がとられる流れとなることが確実視される。3日の朝日の社説がまさにその皮切りとなるものである。


今回は独断専行のキャッチフレーズ戦だ。その際たるものは「日本が攻撃されないのに交戦国になる」だ。専門家はすぐに荒唐無稽(むけい)のデマと見破るが、一般国民や創価学会婦人部レベルがすぐに「そうだったのか」と信用してしまう類いだ。


政府は、秘密保護法でデマに押されっぱなしであったが、国会答弁は言うまでもなく国民への説明もふんどしを締め直して理論武装する必要がある。


朝日の社説は、レベルの低い論説記者が書いたと見えてまず最初に重要ポイントの誤認がある。事実誤認を元に社説を書かれては読者はたまらない。それは「安倍首相はいまの国会のうちに、集団的自衛権を使えるようにするつもりだ」と断定している点だ。


安倍は安保法制懇の報告書を得て、夏までには憲法解釈変更を閣議決定する。しかしこれに伴う自衛隊法の改正などの法改正は秋の臨時国会を予定している。法改正を伴わない集団的自衛権の行使はあり得ず、今国会中に使え得るようにはなり得ない。


このように重要ポイントの誤認で始まる社説が風評源となってしまうのだ。


この誤認の上に社説は「デマゴーグ」作成に余念がない。解釈変更が「日本が直接攻撃されたわけではないのに、交戦国になるということだ」と断定する。これは間違いなくTBSやテレビ朝日のコメンテーターがノーテンキにも「学習」して、真似しようとする部分である。


社説子は「戦時」というものの無知を露呈した机上の空論を吐いている。「戦時」を具体的に例示すれば北朝鮮がグアムにミサイルをぶち込んだとき。尖閣諸島や沖縄が中国艦隊に取り囲まれたときなどだ。


日米両軍と敵国が一触即発で対峙する場面であり、その中で同盟国たる米軍が攻撃を受ければ戦端が開かれたことになるのは言うまでもない。直接本土攻撃を待たずに応戦するのは同盟国としての当然の義務であり、国民を守る自衛隊の本分である。


直接攻撃を受けて国民に多数の死傷者が出るまで待つ馬鹿がどこにいるかだ。国民が死んでも自衛隊は生き残れと言っているようなものだ。集団的自衛権行使の場面を想定しきれない社説だ。


TBSで元官房長官・武村正義も愚かにも「集団的自衛権の行使は日本が攻められていないのに戦争するという判断」と述べているが、今後こうした「個別的自衛権」にのみ固執したデマゴーグが反対論の中核となる。


社説は「海外で戦争はしない。それは戦争の反省から生まれた平和主義であり、憲法の基本原理の一つだ」と強調するが、海外とはどこか。政府は「地球の裏側まで米軍についていって戦争しない」と国会答弁している。海外の定義なしで、国の命運を左右する問題を説いても説得力はない。


加えて社説は佳境に入る。解釈変更が「立憲政治から外れる」と断定し「時の首相の一存で改められれば、民主国家がよってたつ立憲主義は壊れてしまう」と力説するが、立憲政治の定義を知らない。


この場合の立憲政治とは内閣が新たな解釈を示し、国会がそれを裏付ける法律を整備し、場合によっては司法が違憲立法審査を行うことにある。その一段階として首相が解釈改憲の判断を下すのであり、立憲主義は壊れてしまわないのだ。


社説子は、北朝鮮が日本の都市を名指しでミサイル攻撃の対象に挙げ、中国の公船が領海侵犯を繰り返し、南シナ海で尖閣、沖縄を想定した上陸訓練をし、一方的に防空識別圏を設定している極東の現状を、まるで何事もないかのように無視する論理を展開している。だから机上の空論というのだ。


そして社説には朝日がかねてから非武装中立の社会党の機関誌のようであった時代を象徴するような文言が並ぶ。


いわく「集団的自衛権の容認が意味するのは9条の死文化だ」。いわく「平和主義の根幹が変わる。自衛隊員が他国民を殺し、他国民に殺される可能性が格段に高まる。いつでも集団的自衛権を使えるようにして、自衛隊を『普通の軍』にしたい。そんな理念が先走っていないか」。高らかに「感情論」を展開している。


「9条の死文化」など既に自衛隊という名の軍隊を保有したときから始まっており、何ら新しいことではない。「自衛隊員が他国民を殺し、他国民に殺される可能性が格段に高まる」のはなぜか。他国が「平和主義など糞食らえ」とばかりに日本国民をミサイルでの殺傷し、領土侵攻するからに他ならない。


それとも他国の戦争準備は朝日にとって歓迎すべき事なのかと言いたい。朝日は憲法が「国民は攻撃を受けても抵抗せずに死ね」とでも書いてあるというのか。


このように集団的自衛権の行使をめぐってデマゴーグ的な論調が今後展開される事が予想される。


すでに民放では始まっており、民主党顧問・藤井裕久に至っては恥ずかしげもなくデタラメ発言を繰り返している。「集団的自衛権容認は世界を敵に回し、ヨーロッパのマスコミは許せないと言っている」だそうだ。


西欧諸国がよって立つ基盤となっている集団的自衛権の行使を日本だけが持ってはいけないというマスコミが存在するとは思えない。武村と共にまるで「風評生身魂(いきみたま)」だ。生身魂とは俳句で敬うべき高齢者を指し、食物などを贈ったりするが、「風評生身魂」だけは始末に負えない老害どもだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年03月03日

◆日韓外交激突含みで未知の水域へ

杉浦 正章



首脳会談の見通し立たず


どうも「朴槿恵言いつけ外交」の命名者としては今度の朴の発言をどう形容するかだが、当てはまる言葉は「強請(ごうせい)外交」であろうか。頑迷固陋な老女によるゆすりたかりじみているからだ。韓国政府筋がリークしている発言に含まれたメッセージなるものを分析すればするほどそう読めるのだ。


要するに慰安婦だかなんだか得体の知れない女性に金を払って首相・安倍晋三が陳謝せよというのだ。法的にも非を認めよというのだ。これでは温和な安倍が頭にくるのも無理はない。朴発言に先立って官房長官・菅義偉に命じて、隣のテンション民族が怒髪天をつくのを承知で「河野談話の再検証」を命じたのは正解だった。


図に当たって韓国メディアは頭から湯気を立てて卒倒しそうになって怒っている。


韓国政府筋が日本のマスコミ数社に漏らしている朴発言の「狙い」は(1)最低でも村山・河野談話の踏襲(2)安倍の陳謝(3)日本政府による慰安婦に対す賠償だろう。


そこで朴が1日の「3.1独立運動」記念式典での演説に含めたメッセージをあえて読み解けば、まず朴は、「痛ましい歴史にもかかわらず、韓日両国が関係を発展させることができたのは、村山談話や河野談話などを通じて植民地支配と侵略を反省し、未来に進もうとしてきた歴史認識があったからだ」と述べた。


安倍が最低でも村山・河野談話の踏襲を正式に表明しなければならないと要求しているのだ。


次ぎに「過ちを認められない指導者は、新しい未来を開けない」と強調した。これは安倍に対して、全てのスタートは誤りを陳謝してから始まると言っているのであろう。また「55人しか残っていないおばあさんたちの傷は当然、癒やされなければならない」と述べた。明らかに慰安婦なるものへの国家賠償を求めたものであろう。


朴がなぜこの時点であえてメッセージを発信して、交渉のたたき台とも言える発言をしたかと言えば、調停努力を始めた米国へのアリバイ作りのためだろう。国務長官ケリーは、2月の訪韓で朴の「過度な歴史認識」への傾斜に警告を発して、日本との融和を求めているからだ。


しかし、村山・河野談話の踏襲は、既に官房長官・菅義偉も外相・岸田文男も国会で明言しており、少なくとも交渉のテーマにはなり得るだろう。ところが慰安婦の賠償請求について日本は「国交正常化時に結んだ請求権協定で解決済み」との立場であり、安倍の陳謝も一体何度謝ればいいのかということであろう。


韓国で政権が代わる度に時の大統領が、国民の人気取りを目指して日本の首相を謝らせようとするパターンは、いくら恨(はん)民族の特色とは言え願い下げだろう。


だいいち謝ったからといって、そのときは納得してもまた暫くすればぶり返すに決まっている。もうこの国民の恨み節はほとんどビョーキの域と理解するしかない。その慰安婦強制連行を陳謝した河野談話のいい加減さが、ここにきてクローズアップした。


宮沢内閣で河野談話に携わった当時の官房副長官・石原信雄の20日の国会での「無念の証言」が、官房長官・河野洋平の如何様(いかさま)師的な側面を浮き彫りにしたのだ。石原は、政府や日本軍の強制連行を裏付ける資料はなかったことを明らかにすると共に、「元慰安婦の証言だけで強制連行を認めた談話になった。その裏付け捜査は行われていない」と内実を暴露したのだ。


加えて河野と韓国側が談話の表現ですりあわせた可能性にまで言及した。いくら何でも首相に次ぐナンバー2の官房長官が「国を売った」と受け取れる行為をしていたのであり、これは政府首脳による戦後最大の背信行為になり得る方向を示していると言ってもよい。検証が行われて当然である。


要するに慰安婦問題の最大のきっかけは1992年に朝日新聞が「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」と大誤報したことに端を発する。戦時勤労動員制度の「女子挺身隊」をその名称から戦前の用語を知らない記者が邪推して「慰安婦」と誤って判断、報じたのだ。


「強制連行の有無が最大の争点となった」と、韓国が騒ぎ始めた。これを受けてその翌年の93年にねつ造じみた河野談話を早計にも発表して、ここに外交史上まれに見る虚構が出来上がったのだ。信頼すべき証言があった以上「検証」を行うことは、歴史に禍根を残さないためにも必要不可欠のことであろう。


この安倍政権の「検証」の意思表明は、反日を反共と共に建国の国家理念として確立している韓国が、一種の“ゆすり”に出れば、日本が“低頭”してきた戦後の日韓関係史が、変質することを意味する。


つまり、戦後70年、日韓条約締結50年を契機に日韓関係は、主張が真っ向からぶつかり合う可能性を秘めた濃霧の水域に突入するのだ。


これは北朝鮮が核爆弾の小型化に成功しつつあるという危険極まりない極東情勢の中で、就任以来「対日歴史認識要求」という国内対策で、国民の支持率を引きつけている朴槿恵の、葦の穴から空を見る狭量外交に全て起因するとしか言いようがない。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月25日

◆安倍「戦勝国会議」にくさび打ち込め

杉浦 正章



中韓プロパガンダにテレビスポットで対抗せよ


世界的な規模で展開している中国と韓国の反日プロパガンダにどう対処すべきかが安倍政権の喫緊の課題となっている。両国の宣伝戦を分析する限り、日本が出遅れてもっぱら防戦に回っている事は否めない。ここをどう巻き返すかだが、ネット戦略は一見近代的なように見えるが、実は効果が薄い。


即効性のあるものは何と言ってもテレビのスポット広告だ。それも毎回電通に儲けさせる必要は無い。米国大手の広告会社を活用して「戦後一発の銃声も発したことのない平和国家日本」と「首相・安倍晋三が軍国主義に傾斜などしていない」ことをキャンペーンするのだ。


「中国こそ戦後の秩序を軍事力で破壊しようとしている現実」に世界の世論を目覚めさせるのだ。米国で放映すると同時に世界各国のテレビにばらまくのだ。その最大のターゲットは中国国家主席・習近平が狙っている、2015年の「反ファシスト戦勝70周年記念会議」開催だ。


習は米国も巻き込んで同会議を開催して日本を孤立化させようとしており、ここは総力を挙げてキャンペーンに取り組むべき時だ。


領土担当相・山本一太の対外宣伝策をテレビで聞いたが、宣伝戦の現実を知らない。尖閣と竹島の宣伝動画をネットで発信して、昨年10月から100万を超えるアクセスがあったと自慢していたが、たったの100万かと言いたい。


ネット動画の最多再生回数は24時間で3840万回の世界だ。5か月かかって100万回などは自己満足に過ぎない。


山本は安倍に「主要国に駐在する日本大使を東京に招いて会議を開催、中国に負けない発信をすべきだ」と提言したというが、問題は会議ではない。首相官邸の発信力でありリーダーシップなのだ。泥縄で大使会議などすれば中国から嘲笑されるだけだ。


そこで対外政策広報をどのように展開するかだが、まず当面のターゲットは「戦勝国会議」だ。昨年10月7日、インドネシアのバリで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議で、習近平とロシア大統領のプーチンが合意した、2015年の「反ファシスト戦勝70周年記念会議」開催だ。


これはかねてから習が狙っているもので、米、英、中国、ロシアなど第2次大戦の戦勝国首脳が一堂に会して戦後の秩序を再確認して、ファシズムの台頭を防ぐ声明を打ち出そうというものだ。50周年の時は江沢民が招かれて、その後の反日戦略のきっかけとなったものである。


習の狙いはドイツではなく、日本孤立化にあることは言うまでもない。恐らく3月の米中首脳会談でもオバマに提案する可能性がある。


しかし、この中国の戦略はまず最初から問題がある。なぜなら日本は中国とは戦争をしていない。戦勝国を言うなら台湾・中華民国であり、中国、則ち中華人民共和国が誕生したのは終戦から4年後の1949年である。したがって中国に戦勝国会議を呼びかける資格はないのだ。


この点は日本の有力な反論材料だろう。問題はオバマが極東問題に理解が薄いまま、習に乗せられかねない点だ。ここは日本外交が事前にくさびを打ち込まねばならない最大のポイントだ。


既に中国は安倍の靖国参拝をとらえて、戦後秩序の破壊者と印象づけるキャンペーンを展開、尖閣問題を歴史認識とすり替えようとしているが、これに黙っていてはいけない。なぜなら米国のワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズはそのまま受け売りする傾向があるからだ。


中曽根康弘が首相の時ワシントン・ポストの社主だったキャサリン・グラハムの朝食会に招かれ、「日本不沈空母」説を表明したのは有名だが、両社の首脳などを日本に招待して、安倍がインタビュウーに応じて真意を説明するなど交流努力をすべきであろう。


ここで日本が強調すべき点は、戦後70年間、日本が自由主義を守り平和国家に徹して、他国に向けて銃弾など撃ったことがない事実だ。


これに比べて中国は数々の戦争と少数民族圧迫、そして現在は南シナ海と東シナ海への膨張主義、領海侵犯と防空識別圏の設置など“悪行”の限りを尽くしており、反中キャンペーン材料には事欠かない。戦後秩序の破壊者たる中国を国際世論に際立たせる事は十分可能だ。これがテレビのスポット広告の中心になるだろう。


一方で、韓国に対する国際的キャンペーンは下卑た慰安婦の肖像などいくら米国に設置しても動揺しないことだ。また米国民としての忠誠心を忘れ、祖国韓国の思惑で動く韓系人の動きなど気にする必要は無い。「東海」呼称キャンペーンも捨てておけばよい。


しかし、スポットTV広告では、冷静かつ実証的に反論していく必要がある。また日韓関係を悪化させる最大の要素と言ってもよいのが韓国のマスコミの感情的かつ歪曲報道である。自衛隊による善意の銃弾供与を「安倍の政治的な思惑」とねじ曲げて報道する例など数知れない。


これの防止策は、歪曲、偏向記事が掲載される度に、本社への抗議を繰り返すことだ。執拗なる意図的な誤報を消すにはこれしかない。やがて特派員は人事での身の危険を感じて、トーンを和らげるだろう。


政府は政策広報予算を来年度予算で増大させ、中国と韓国に対抗した広報に出る。官房長官・菅義偉はこのほど評論家・森本敏に「予算はいくらでもある」と述べて、協力を求めた。


対外広報は地道に進める方法と、即効性のある有力テレビ活用の2方法がある。地道な方法は、米国の有力シンクタンクに資金を提供して、良好な関係を築いたり、知識人の交流を政府予算で頻繁に実現させることであろう。ネット活用はやらないよりましくらいに考えた方がよい。


やはり大手テレビ局へのスポット広告か、良好な教養番組を買って、そこに広告を出す事などが米政府と国民に一番の影響を与えられる方策だ。


まだ、中国や韓国は気が付いていない。早急に手を打つべきだろう。キャラクターは何と言っても安倍自身が前面に出ることだ。安倍の出演が政策広報の最大の目玉だろう。

「お・も・て・な・し」の女性キャスター滝川クリステルなどを使ってソフトな演出することも効果的だろう。
【筆者より】旅行のため休筆します。再開は3月3日からとします。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月24日

◆石破「足引っ張らぬ」と安倍支持表明

杉浦 正章



「側近舌禍」でも政局化はなし
 

小生がやっているような評論は「先読み」なくしてなり立たない。マスコミと同じ読みでは読者はついてこない。マスコミより最低2日は先行することと、大局を詠むことをモットーに昼夜を分かたず情報を集め、分析してきた。


20日の側近らのずっこけ発言を論評した「身から出たさびが、ひいきの引き倒し」は3日遅れで新聞テレビが追随した。一部には「愚鈍発言」の連鎖のスパイラルで政局化までささやかれ始めたが、今度も再び先行して予想する。政局化はあり得ず、安倍政権は継続する。幹事長・石破茂も「足を引っ張らない」と明言した。


もっとも長期政権を目指すなら「路線修正」が不可欠だ。それは米国の政府やマスコミによる「安倍の極右化」の誤解を解き、同盟関係を確たるものに再構築できるかどうかだ。


政局を見る方法はいくつかのキーポイントがある。一つは政権に対する野党の反発がどの程度か、また自民党内で不穏な動きがナンバー2などから聞こえてくるかこないかだ。


そこで野党の安倍批判をみると、目立つのは生活の党代表・小沢一郎と、元首相・菅直人くらいだ。二人ともまだ政治の舞台にいたかと思いたくなるが、小沢は安倍政権について「民主党政権以上に危険な政権」と語り、対決姿勢を鮮明にした。


また「一強多弱の政治状況を受けて、野党の中に権力にすり寄る雰囲気が見られるのは非常に危険」とみんなと維新を批判した。これに対して維新幹部は「引かれ者の小唄と言っては失礼かなぁ」と失礼を承知の侮辱発言。全く意に介されなくなった。小沢は権力を振るった全盛期の夢を追ってももう無理だ。


もっとしゃしゃり出ているのが菅直人。「安倍政権は保守政権と言うよりナショナリスト政権」とかっこうよく切った。菅はワシントンポストが誤解に基づき「安倍が強硬なナショナリズムに演じている」と書いたのを、受け売りしてはいけない。ネタ源などすぐに看破できる。


加えて菅は自らが元首相としては異例の、質問主意書を原発再稼働問題で提出したまでは良かったが、事実誤認でずっこけた。「規制委員会が再稼働を認可することができる」と質問、政府から答弁書で「規制委が再稼働を認可する規定はない」とやられて、ぎゃふんとなっているはずである。
 

急所である自民党内はどうか。総務会の度にスピッツのように吠えている元行革担当相・村上誠一郎が「首相の発言は選挙で勝てば憲法を拡大解釈できると理解できる。その時々の政権が解釈を変更できることになる」と非難した。


しかし自民党は集団的自衛権の行使容認は野党時代から決めており、関連する「国家安全保障基本法」まで決定していることをお忘れか。中堅議員たる者既に決着済みの議論を声高に叫んではいけない。


そこで注目されるのは総裁選で地方票でトップを獲得して、安倍がナンバー2の座に任命せざるを得なかった石破茂の動向である。この世界的に「安倍イシュー」が問題になっているときに、ナンバー2が動いたら、政権は間違いなく揺れる。
 

そこで23日早朝のTBSの時事放談を録画して、もれなくメモしてチェックした。ところが石破からはみじんも批判めいた発言や政局めいた発言は聞かれなかった。石破は愚鈍な側近らと安倍を完全に分けて語っていた。


石破は 首相補佐官・衛藤晟一、内閣官房参与・本田悦朗、自民党総裁特別補佐・萩生田光一ら安倍の取り巻きグループを批判、安倍自身を分離して支持したのだ。「撤回するような発言は最初からしない方がよい」と衛藤を切り、「感情的な言葉の応酬で同盟が強くなったり理解が深まった経験はない」と本田、萩生田を切った。


そして「安部さんがこういう考えを持っていないことは、安部さんと話をしてよく理解している」と安倍を擁護した。さらに加えて石破は「国民が望んでいるのはしょっちゅう総理大臣が代わるのはやめて欲しいと言うことだ。自民党の中で総理の足を引っ張るようなことはやめてくれということ。それを心してやりたい」と「安倍降ろし」を完全否定したのだ。


石破はこのほど「日本人のための集団的自衛権入門」 (新潮新書) を出版したが、集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈変更では安倍と完全に波長が合っている。安倍とは集団的自衛権をめぐって運命共同体の色彩が濃厚なのだ。ここで揺さぶりに出るのは、「安保専門家」としての自分が許さないに違いない。


加えて今事を起こしても何のメリットもない。安倍の支持率は依然高水準にあり、幹事長といえども揚げ足取りによる、政局化はまず不可能だ。ここは安倍支持を真っ先に表明して、安倍に“貸し”を作った方がよいに決まっている。したがって自民党内はさざ波が立っても、大波濤が寄せてくる形勢にはない。


しかし日本の対外政策広報が、安倍周辺の思慮のない発言によって、急がねばならない対中・対韓広報でなく、「安倍イシュウ」広報に当面変質せざるを得ないのは大きなマイナスだ。ここは安倍が、極右の側近とはきっぱりと一線を画して、平衡感覚を維持していることを世界的に発信しなければならない時であろう。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月21日

◆緊張急迫の極東情勢に解釈改憲を急げ

杉浦 正章



〜集団的自衛権〜



中国が沖縄奪取で上陸訓練


20日の国会答弁で首相・安倍晋三が集団的自衛権を容認するための憲法解釈変更を閣議決定により行う方針を明言した。有識者会議の結論を待たずに踏み込んだ首相の発言は、事実上の反対派に対する宣戦布告の形となり、国内に日米安保条約改定以来の安保論争を惹起(じゃっき)する流れとなった。


民主党左派、共産、社民などは対決姿勢を濃厚にしており、21日付朝日新聞などの紙面展開も反対一色への編集方針を濃厚に打ち出した。安倍は夏までに閣議決定する方針であり、今後自衛隊法の改正が行われる秋の臨時国会に向けて激しい保革の対立が予想される。 
 


安倍が明らかにした方針は(1)有識者会議の安保法制懇は4月に結論を出す(2)その後公明党の理解を得る与党内調整を開始する (3)並行して法制局を中心に政府が最終判断を調整する(4)夏までに変更を閣議決定する(5)秋の臨時国会で自衛隊法など必要な法改正を行うーというものだ。


これらの手続きを経て、年末に日米防衛協力の指針(ガイドライン)を17年ぶりに改訂する。安倍は「解釈は内閣が責任もって決めてゆく。閣内においては私が最終的な責任を負っているわけで、法制局や与党とも協議してその上で閣議決定する」と言明した。安倍の集団的自衛権の行使容認への姿勢は一段と強固なものになっていることが確定的となった。
 

これに対して質問に立った民主党の岡田克也は「日本は海外での武力行使をしないという方針の大転換であり、国会の議論なしに政府が決めて本当によいのか。議会人として納得できない」と反対論を展開した。


反対派には解釈による改憲を容認せず、集団的自衛権を容認するなら憲法を改正して行うべきだという主張が根強く存在している。その戦略は改憲を主張することにより、事実上容認を不可能な事態に追い込むというところにある。


驚いたことに政府の憲法解釈を担ってきた元内閣法制局長官・阪田雅裕までが、反対野党の集会に出席して「集団的自衛権を認めるとは、海外で国民が戦争をする可能性を認めることであり、国民全体の覚悟が必要だ。このような重大な問題を、一内閣の解釈変更で成し遂げようというのは法治国家の否定につながり、憲法改正への立場の違いを超えて反対すべきだ」とまで言い切った。共産党や社民党の主張と全く同じである。


しかし、これらの反対論には致命的な欠陥がある。それはなぜ「我が国は独立国として集団的自衛権を保有するが、それを行使することは自衛の限度を超え、憲法上許されない。」という現行解釈が閣議決定によって行われてきたかである。


時の政権が野党から質問主意書などが提出される度に、米ソ冷戦下においても諸般の事情から憲法を盾に活用して「許されない」としたのである。


「許されない」と言う閣議決定が可能であるならば、安全保障環境の急変を反映して「許される」と言う閣議決定も当然可能になるわけであり、安倍の閣議決定による解釈改憲実現はこの論理に立脚している。


議院内閣制とは首相が国会議員の中から選ばれ、閣僚も半数は国会議員でなければならないのであり、衆院の信任が不可欠である。その内閣が国会の多数の意志を反映して、自らの責任において従来の解釈を変更する権利は当然のこととして存在する。


坂田の解釈は、法律家としては極力回避すべき政治的な解釈に過ぎない。そもそも内閣が解釈を変更し、国会がそれを裏付ける立法措置を行い、場合によっては司法が違憲審査を行うのは立憲主義の根幹だ。後輩の法制局次長・横畠祐介も、「変更は許されないものではない」と答弁している。かつての法制局長官ともあろう者がそんな基本も知らないのか。


安倍が急ぐ背景には中国、北朝鮮が危険極まりない軍事的な圧迫を強め、極東の安保情勢が急迫する危機に直面していることが挙げられる。


おりから米海軍首脳は中国が尖閣ばかりか沖縄諸島まで奪取する上陸訓練を行っていたことを明らかにした。海軍のファネル大佐は13日に米カリフォルニア州で開かれた中国に関するシンポジウムで、中国軍が昨年秋に実施した大規模な軍事演習について、日本の自衛隊と激しい戦闘を繰り広げた末、尖閣諸島や沖縄の一部を奪取することを想定する訓練をしたというのだ。


「上陸作戦などを含む大規模なもので、東シナ海で短期で激しい戦闘により日本の部隊を壊滅させる任務が加わり、尖閣諸島や琉球諸島南部を奪取すると想定しているとしか考えられない」と分析した。


まさに中国の脅威は急迫しているのであり、普通の国が保持して、国連憲章の中核となっている集団的自衛権の行使を容認するかしないかなどといった“神学論争”をしていてよいのかという事態である。


そこで反対派の勢力がどのくらいかと言えば、推進派が圧倒的に多いことが挙げられる。総選挙で圧勝した自民党に加えて、みんな、維新両党が賛成に回る流れであり、民主党は党内に推進論を抱えて執行部が反対すれば分裂の可能性もある。


焦点の公明党も代表・山口那津男が今国会中の容認は無理としているものの、党内には妥協論も出てきており、条件闘争化するものとみられる。


自民党は一部に跳ね上がりが出る可能性も否定出来ないが、大勢は長年の論議で決着済みである。したがって反対派の核は民主党の左派、共産党、社民党、生活の党など少数政党に絞られる流れだ。


おまけに安倍の戦略は閣議決定を先行させて、法案の提出は秋の臨時国会という段取り。左翼政党や朝日が大反対を展開しても、閣議決定は止められないし、法案改正も多数で実現する流れであろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月20日

◆身から出たさびが、ひいきの引き倒し

杉浦 正章



安倍側近らの右傾化発言が止まらない


別の首相側近が米国の失望声明の直後に「こっちが失望した」と漏らしていたことから、これはまずいことになると直感したが、その通りだった。首相補佐官・衛藤晟一が発言を“コピー”して公言してしまったのだ。


慌てて官房長官・菅義偉が取り消しを命ずる始末となった。それにつけても首相・安倍晋三の側近や盟友なる人々は、どうしてこう知性が感じられないのだろうか。物事を理性的に対処せず感情論で押し通そうとするのが共通項だ。


昔は赤尾敏にせよ極右はそれなりの理論武装をして、品格のようなものがあった。ところが逆の人物ばかりを回りに置いて、安倍は防御陣を厚くしようとする。結局安倍に一番の責任がある。身から出たサビが、ひいきの引き倒しをしている図式だ。


米国の場合、大統領補佐官はまさに知性と知見と洞察力の固まりだ。キッシンジャーを見れば分かる。これを真似て細川護煕が首相補佐官制度を作ったが、はっきり言ってこれまでろくな補佐官がいない。その象徴が衛藤であろう。


こともあろうに他人の発言をそのままコピーして、動画サイトで「むしろわれわれのほうが失望だ」とコメントした。仮にも首相補佐官である。発言すればどのような反響が出るかということくらいは予知して当然だが、全くその気配は見られない。


折から国会は予算審議の最中であり、政権にとって正念場である。閣僚や側近の一言が審議に影響しかねないピリピリした緊張状態にある。それを知ってか知らずか、側近はのほほんとYouTubeでピントが狂った「演説」である。官房長官・菅義偉が激怒したのも無理はない。


どうも安倍の靖国参拝には、衛藤のミスリードがあったような気がしてならない。衛藤の一連の発言がいみじくもそれを物語る。衛藤は靖国参拝に先立って対米根回しを担当していたのだ。11月20日にはワシントンで国務次官補ラッセルと会談、安倍の参拝の方針を伝えた。12月はじめには米大使館で首席公使に「参拝を賛成して欲しい」と要望した。いずれも回答は「慎重にして欲しい」であった。


しかし衛藤は安倍には強い反応は出なかったと報告した感じが濃厚である。少なくとも自分の意見としては「ゴー」のサインを出したのであろう。その結果安倍は 九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く行動に出てしまったのだ。


知性欠乏型側近はまだまだいる。内閣官房参与・本田悦朗はウオールストリート・ジャーナル紙に神風特攻隊の自己犠牲を語りながら涙を流したという。官房参与たるものがインタビューに応じるなら、冷徹に理論的に首相の代弁をしなければならない。ところが感情をあらわにして落涙などしてしまったのだ。首相の取り巻きの平衡感覚欠如と異常性をいみじくも国際的に知らしめてしまった。


一方で自民党総裁特別補佐・萩生田光一は、何と来日が予定されているオバマを名指しで批判した。荻生田は「失望した」声明について「共和党政権の時代にはこんな揚げ足取りをしたことはない。民主党政権だから、オバマ政権だから言っている」と噛みついた。政権中枢の者は思っていても言ってはいけない言葉だ。


一方でこの「安倍人事」の弊害はNHK人事に如実に表れた。まるで“舌禍”がまん延したかのような状況だ。まず会長・籾井勝人が「慰安婦はどこにもあった」と本当のことを言ってしまってひんしゅくを買った。経営委員の百田尚樹は都知事選で極右・田母神俊雄を応援、対立候補を「人間のクズ」と言い放った。


この百田という人物も異常なところがあって「民主党は百田を国会に呼び出せ。びっくりするようなことをいっぱいしゃべってやる」と挑発、民主党は参考人招致を決めた。


長谷川三千子は、新右翼の活動家で朝日新聞本社で拳銃自殺した野村秋介を「神にその死を捧げた」と礼賛した。NHK人事で野党は硬化しており、政権揺さぶり材料として“活用”する構えだ。


これら全ての発言は、安倍の過度なる自己防衛人事の結果である。周りを石垣で固めるように、同類の人物ばかりを集める。第1次内閣が「お友達内閣」と呼ばれたように、今度は盟友政権を形作っている。


しかしこの安倍の極単に片寄った人事は世の中に誤解を招く。集団的自衛権容認の憲法解釈にしても、原発再稼働にしても、対中・対韓外交にしても安倍本人のやっている方向は正しいし、普通の国家になろうとしているだけである。それにもかかわらず極右の側近が目立ちすぎて、政策そのものが右傾化と誤解されるのだ。菅はまるでモグラ叩きのように次から次に打ち消さなければならない。


17日付の米紙ワシントン・ポストが、「日本の挑発的な動き」と題した論説で、安倍が強硬なナショナリズムに転じているため、アジアの安全保障問題を深刻化させていると指摘した。その上でオバマのアジア歴訪を、「危機の予防」と位置づけた。


同紙はNHK人事についても中国や韓国だけでなく、米政権内の「警戒ベル」を鳴らしていると主張した。この論説を誤解と片づけるのは簡単だが、周りの発言が繰り返される限り世界中で誤解が重なり、結局は中国や韓国を利するだけとなることを安倍は肝に銘ずるべきだ。弛緩した政権のたがを締め直すべきだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)