2013年11月01日

◆外交・経済好循環で安倍長期政権確実

杉浦 正章


歴代首相でも抜きん出た行動力


フォーブスランキングでロシア大統領・プーチンが1位となったが、世界第3位の経済大国の首相を見逃している。中国国家主席の習近平が3位などとは誰も思わない。同誌編集者は極東情勢の勉強が足りない。


掛け値なしで安倍晋三は高ランキングに立つべきである。指導者としての独自のひらめきがある久しぶりの首相だ。


奇想天外のアベノミクスの大当たりに加えて、積極的平和主義の「アベノディプロマシー」が好循環のハーモニーを醸しだし、デフレ脱却へと進んでいる。これが世界経済全体に好影響をもたらすことは言うまでもない。その行動力も歴代首相や世界の指導者と比較して抜きん出ている。


フォーブスはプーチンのシリア・イニシアチブだけにとらわれ、中国もその“領土の広さ”だけに目を奪われすぎて、安易な判断をしている。


まず極東の指導者を見る。安倍と相前後して政権をスタートさせた習近平と韓国大統領・朴槿恵と比較すれば、外交力にせよ、経済判断にせよ安倍が大きくリードしている。


ラストエンペラーという不名誉なニックネームがついた習は、10・28天安門テロでも対応を完全に見誤った。ウイグル自治区を力でねじ伏せようとしているが、事態はモグラ叩きとなるだけであり、必ず倍返しとなって将来政権を直撃するだろう。


その外交ぶりにはASEAN首脳会議でも冷たい空気がただよったと言われている。それはそうだろう。力で他国の領土・領海に進出しておいて、南シナ海を念頭においた友好条約を提唱しても、これを信ずる指導者がいるだろうか。


訪米でも、対日批判を繰り返したが、オバマに「まず中国側は、日本が米国の同盟国であることを認識する必要がある」と警告されて、事実上失敗した。


朴槿恵に至っては、訪米で日本の悪口を言いまくり、まるで長屋のおかみさんが隣近所に悪口を言って回るようなはしたなさを見せている。これ見よがしに中国に大接近しているが自国の安全保障は大丈夫か。一朝有事の際には中国は北朝鮮支持に回る。このままでは日本は邦人救出しかしない。


物心両面の日本の支援なしに、米国と組むだけで北の攻勢に対応できるのか。ニワトリのように目先だけしか読めず、反日だけが売り物の大統領はやがて国民から見放される。要するに習も朴もお坊ちゃまとお嬢ちゃまなのであり、政治・外交への判断力の独自性やひらめきに欠ける。


これに対して安倍はどうか。たしかに第1次安倍内閣はお坊ちゃま的であったが、第2次内閣は様変わりだ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の時を経て、自らの政治姿勢、内政、外交・安保政策に磨きをかけていたことが分かる。


これを一気に花咲かせようとして打ち出したアベノミクスが功を奏して、デフレ脱却への希望が見える状態となってきた。上場企業の利益はリーマンショック以来最高の状況となった。


休日返上の外交も大きな成果を生み始めた。「アベノディプロマシー」はアベノミクスと車の両輪で展開されている。その基本姿勢も単なる儀礼訪問などではなくて、政治理念に基づき、実利も重視している。


その狙いは紛れもなく国際世論を日本の味方につけ、中国包囲網を形成する点にある。同時に、日本のデフレ脱却達成への強い連動意識を感じさせるものである。


トルコとの原発輸出の成約成功と超難工事であった地下鉄建設の成功は、日本の技術力の高さを中韓両国にはからずも見せつけることになった。とりわけ原発受注競争で、中韓両国を退けたことは、重要なポイントだ。


原発事故はかえって日本の技術力への信頼を高めているのであって、神経質な汚染水論議などは「異質」なものだ。経済の振興なくして復興はあり得ないのだ。


朝日はさっそく1日付の社説で「後の責任が取れるのか」と原発輸出に噛みついているが、逆に問いたい。朝日は中国や韓国製の地震など念頭にない粗悪な原発が世界を席巻する責任を取れるのか。同紙は発想がどうも幼稚だ。


安倍は就任後、アラブ首長国連邦(UAE)と原子力協定を結び、サウジアラビアとは締結に向けた協議を開始。インドとの原子力協定に向けた交渉も再開させた。北欧諸国への売り込みにも精を出している。新幹線の売り込みにも前向きだ。


池田勇人はドゴールから「トランジスターのセールスマン」と言われたが、安倍は大型インフラのセールスマンだ。

この結果1〜9月の日本からのインフラ輸出の受注額は5兆400億円で、早くも昨年1年間の1・5倍に膨らんでいる。原発輸出をアベノミクスの推進力と位置づけ計100兆円超の大市場に世界の先頭を切って切り込んでいるのだ。オリンピックの東京招致成功も一連の積極外交のたまものに他ならない。


翻って歴代首相と比較すれば、ようやく一年交替の悪習から日本の政治が抜け出す流れとなってきたことを物語る。


フォーブス調に戦後の日本の首相にランキングをつければ1位が「吉田茂、岸信介、佐藤栄作、田中角栄」だ。2位が「大平正芳、中曽根康弘、竹下登、小泉純一郎」であろう。3位以下はおおむね1年交替のぼんくら首相である。安倍のランキングは紛れもなく1位のグループに入るものであろう。


一方で民主党の鳩山、菅両政権は戦後どころか憲政史上最悪の部類に入る。安倍がこのままデフレ脱却へと結びつければ、戦後の日本中興の祖となりうる。


元米国務省日本部長でジョンズ・ホプキンス大教授のラスト・デミングは既に5月の段階で安倍を「洗練された政治家であり、外交的にも難しい諸懸案にうまく対応している。


歴史認識でつまずかなければ、大宰相になる可能性がある」と絶賛している。その通りだ。馬鹿な歴史認識にこだわって中韓両国のプロパガンダに利用されてはならない。


今後の政局との関連づけで考えれば、安倍政権は12月26日で1年となるが、衆院選で300議席近く獲得、参院選でねじれを解消させた首相が、政権を降ろされることは予見しうる将来ありえない。大汚職が発生したり、過労や病気で倒れない限り、少なくとも2年後となるであろう総選挙までは継続すると見るのがまっとうな政局判断だ。


野党が安倍外交を国会軽視と批判しているが、もっと議席を減らしたいものとみえる。国民の支持がどこにあるかに気付かない。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月31日

◆テロは習の「ラストエンペラー」説

杉浦 正章



安倍は尖閣への“民衆扇動”に警戒を怠るな


10.28天安門テロが象徴するものは、紛れもない中国社会のブルネラビリティ(vulnerability=脆弱性)であろう。国家主席・習近平の力によるウイグル自治区押さえ込みが裏目に出て、共産党1党独裁の象徴である毛沢東の肖像画の前での自爆テロとなって現れたのだ。


しかしこの事件が中国の内政・外交に与える影響は甚大である。内政では習体制を揺るがすものであり、習が10年の任期をまっとうできない「ラストエンペラー」説を強めこそすれ弱めることはない。


問題はその習が国内の不満を外に向ける絶好の機会ととらえて、“尖閣カード”を切って軍事行動を起こすという禁じ手を使い得るということだ。内外の論調がこれを指摘するが、筆者はカードを切りきれないと見る。なぜなら日露戦争がロシア革命を誘発したように、尖閣戦争は中国の民主化革命に直結するからだ。


11月15日に総書記就任1周年を迎える習にとって、天安門テロはまさに痛打である。習は就任以来ウイグル族を力で押さえ込む政策を強行してきており、同地区ではかつての北アイルランド紛争以上の血で血を洗う紛争が続いている。


北アイルランド紛争はすぐにメディアが伝えたが、シルクロードの辺境の地で何が起きているかは当局が知らしめないし、知るよしもない。しかしウイグル族が毎月10人以上射殺されているという説が、まぎれもなく紛争状態に陥っていることを意味する。


共産党政権による漢民族との同化政策は、結果として漢民族によるウイグル族“搾取”の状態を形作っている。漢民族の資本が注入されれば漢民族だけが儲かり富を蓄積する構図だ。貧富の格差だけが目立つようになり、暴動の頻発を招いているのだ。


テロの詳細を見れば、夫婦と母親の3人が、6月26日の暴動で射殺された親族の恨みとばかりに、車を暴走させて漢族をはね飛ばし、自爆したという凄まじさだ。中東のように若者を使ったテロではなく、家族ぐるみのテロであることが事の深刻さと悲惨さを際立たせている。


中国の治安対策予算は国防予算を上回っており、いかに共産党政権が国内暴動で苦境に置かれているかを物語る。ブルネラビリティは、共産党の1党独裁がまさに過去の帝政時代並みに貧富の格差をもたらしている事から発生している。


わずか1%の家庭が4割あまりの資産を保有しており、東京の銀座通りで大声を出して闊歩し、ルイ・ヴィトンを買いあさる層を形成している。


この貧富の格差に、地域間の「東西格差」、都市部と農村部の「城郷格差」、国営企業と民間企業の「業種間格差」の4大格差が、高度成長と共にますます広がりを見せ、とどまる気配すらない。共産党幹部の汚職は常態化し、金持ちは海外へ資産を移し逃亡する準備にいとまがない。社会は疲弊の一途をたどっている。


米国のニューズウイーク誌がGDPが7%台で推移した場合、「2020年までに限って言えば、『衰退する大国』になるのはアメリカではなく、中国の方だ」と看破しているとおり、脆弱性は習近平の内外への高圧的な姿勢とは裏腹のものとなっている。


しかし中国には、無形の“資産”がある。それは長年に渡る「反日教育」という“資産”である。ネチズンの反応が、尖閣問題となるとすぐに炎上してとどまることを知らない状況に陥る。


共産党政権は昨年9月の反日暴動をネットを使って発生させ、その効果を試している。これをさらに大がかりに使い、対日戦争の世論を盛りあげるのはわけもないことである。


従って、首相・安倍晋三はこのカードを決して使わせてはならない。靖国参拝などと言うくだらない宗教儀式で国を誤ってはならない。石原慎太郎の主張するように灯台を建てたり、船だまりを造ったりしてはならない。


むしろ内部矛盾が露呈して“熟柿”が落ちるのを待つ時だ。この点安倍の中国包囲外交は大きな効果を上げつつあるのは、欣快(きんかい)の至りである。


安倍のすべきことは児戯に等しかった国の安保体制を、普通の国並みに強化することに尽きる。真の意味での日米安保体制を集団的自衛権の行使容認で確立して、習近平が尖閣カードを切ろうにも切れなくするのだ。


日米両国の軍事力から見れば、中国は「尖閣戦争」で勝利を収めることは出来ない。その抑止力で抑え込み続けるのだ。抑えが利かなくて習近平がカードを切って戦争を選択すれば、日本もそれなりの対応の仕方がある。日米同盟で戦争を勝利に導くと共に、中国に「倍返し」の民主化革命を巻き起こすのだ。


反政府勢力やウイグル、チベットなどに膨大な資金を提供して、北京に向けて蜂起を促す。日露戦争で、陸軍大佐・明石元二郎がレーニンと会談を重ね、資金を提供してロシア革命を成功に導いた史実もある。


レーニンは「日本の明石大佐には本当に感謝している。感謝状を出したいほどである。」と革命成立後に述べているが、戦時となれば、相手の懐深く忍び込んで工作を行うことなどはイロハのイであろう。10・28テロは床にガソリンがまかれていることを意味する。それに火をつけるだけだ。

この文章を愛読している中国の諜報員はすぐ本国に連絡すべきだ。習近平が「尖閣戦争」などやろうにもやれないことに気付くだろう。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月30日

◆なりふり構わぬ「小泉劇場」の再開

杉浦 正章


亡国のセリフを口に主役の登場


「酔えば勤皇、覚めれば佐幕」と勤王の志士から茶化されたのが土佐藩主・山内容堂だ。自己顕示欲の強い殿様で自己顕示のためなら勤王だろうが佐幕だろうがイデオロギーなど眼中にない。


これに似て歌謡曲「侍ニッポン」の歌詞のように「昨日勤王、明日は佐幕」と決め込んでいるのが元首相・小泉純一郎だ。首相時代には原発推進の旗振り役であったにもかかわらず、今度は原発ゼロを主張して「昨日推進、明日はゼロよ」と臆面もない。その小泉が越えてはならない一線を越えた。


今や滅亡寸前の極左政党・社民党党首とまで会談したのだ。昨日の敵は今日の友。なりふり構わぬ自己顕示の「変人」の再登場だ。どうも日本の元首相がおかしい。いまや鳩山由紀夫と菅直人も参加して、「3大変人元首相連盟」を形成しつつあるかのようだ。


29日の会談は、党首就任早々で何か手柄を立てたいと焦った社民党党首・吉田忠智が持ちかけたものだ。小泉はこれに乗った。会談で小泉は「地震大国日本で、使用済み核燃料や高レベル廃棄物の最終処分場を作ることは国民の理解が得られない。原子力発電を続けていくことは無責任であり不可能だ」「政府に脱原発を決断させるには世論しかない。自分も主張を続けていく」とここ数か月の持論を展開。


もっとも、さすがに社民党ペースにはまることを恐れてか小泉は、脱原発に向けた連携を要請されたのに対し「それぞれの立場で各政党が脱原発に向けて努力すべきだ。自分も主張を続けていく。政府に脱原発に向けた政治決断を求めるには、世論に訴えるしかない。新党をつくる気は全くない」と一線を画した。


しかしいくらひまでも、全く党首の器でない事が露呈しつつあるみんなの党代表・渡辺喜美と4時間会談し、今度はろくろく名前も知られていなかった吉田と会談である。おまけに来月12日には日本記者クラブで記者会見まで予定している。何か魂胆があるとしか思えないが、それは何か。「小泉劇場」の再開である。


心理状態を分析するにまず自己顕示の“血が騒ぐ”のであろう。配下であった安倍晋三が華々しく首相を演じて、わが世の春を謳歌(おうか)している。


一方おのれの方は首相時代あれほどチヤホヤされたにもかかわらず、誰も見向きもしなくなった。どうしたらまた脚光を浴びられるか。それにはあの初めに言葉ありきしかないと思いついた。「自民党をぶっ壊す」方式だと思ったのだ。同じキャッチフレーズでまず「原発ゼロ」を唱えることを思いついたのだ。


そうすればマスコミが飛び付くと考えたのだ。日本がつぶれるとか、長年自分を支えてくれた自民党に迷惑が及ぶなどとは毛頭考えが及ばない。老人によくある老化性短絡発言症候群である。しかし、いまさら「昔の名前で出ています」と大年増にすり寄られても、国民は薄気味悪いばかりだ。


加えて政治への思惑がある。現在71歳。恩師である福田赳夫が首相になったのは72歳である。自分もまだまだやれると思っていることは間違いない。わざわざ「新党はない」と言うことは、逆に「新党への呼びかけ」でもある。


つまり社民党やみんなの党レベルでは駄目だが、これに民主党や自民党の一部が加わって「原発ゼロ政党」のお膳立てが出来あがり、「党首になって欲しい」と持ちかけられるのを期待しているに違いない。


さらに思惑は息子の進次カの将来にまで及ぶ。息子が首相候補となる10年先を自分なりに見通して、今からその下地を作っておこうという思惑である。乏しい科学知識の中で再生可能エネルギー万能の時代が到来すると考えたのだ。


進次カはいまは「父は父」としか言わないが、父親の発言直後の7日には、父親に理解を示してしまったのだ。


「日本ってやっぱり変わるときが来たかなと、誰もが思ったと思う。何か釈然としない気持ちが国民の間で、実は今はまだ景気が回復しそうだから黙っているけども、このままなし崩しにいって本当に良いのか、という声が私は脈々とある気がする」と同調した。


だが、この一連の小泉純一郎の判断はことごとく間違っている。なぜなら元首相ともあろう者が主張すべきでない「亡国の論理」であるからだ。


まず原発ゼロには朝日新聞を除いて大手全国紙は飛び付かない。読売は社説で「小泉元首相発言、「原発ゼロ」掲げる見識を疑う」と真っ向からたしなめた。既に原発ゼロの主張は総選挙と参院選挙で全く有権者に通じることなく、琵琶湖の婆さんが小沢にだまされて作った新党も完膚なきまでにぽしゃっている。原発ゼロ新党など成り立たない事が証明されているのだ。


小泉は元首相に配布される経済指標を読んでいないのか。貿易収支の赤字が15か月連続で、第2次石油危機時の14か月を超え、33年ぶりに最長記録を更新したのはなぜか。すべて全国の原子力発電所が停止し、代替する火力発電所向けの燃料輸入が急増したことにある。


原発停止による国富の流出は、2011〜13年度の3年間で総額9兆円にのぼる見通しだ。現在は年間3.8兆円の流出となっている。家庭の電気料金は30%上昇し、企業の生産拠点の海外移転が止まらない。電気料金が最も高い国が安倍の言う「世界で一番企業が活躍しやすい国」になることはない。アベノミクスそのものが原発ゼロでは破たんするのだ。


進次カも愚かな父親に引っ張られて誤判断すべきではない。まだ雑巾がけの段階であり、なるかどうかなどは全く未知数だが、将来首相候補になるころは多くの原発が稼働して、日本のエネルギー・ミックスの中核になっているころだ。原発ゼロどころか新技術の開発が進み、原発が新設される状況となるだろう。


自然エネルギー開発などは百年河清を待つに等しい。それにしても疝気筋とはよく言った。元首相たるもの筋道を違えないことを旨とすべきなのにしゃしゃり出る。アメリカの大統領でしゃしゃり出る者がいただろうか。


引退したら吉田茂のように、現役首相の相談に乗るくらいにとどめるのが首相だった者としての心得と知るべきだ。しょせんキャッチフレーズだけの“三文役者”には無理か。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月29日

◆安保政策大転換への幕開け

杉浦 正章



普通の国へNSC法案の審議入り


普通の国と異常な国を端的に分ければ、米、英、仏、独が普通の国。異常な国の筆頭は北朝鮮であり、中国であろう。その異常な国に取り囲まれている日本が普通の国になろうとしているだけなのに、あたかも全体主義への突破口であり、軍事国家への第一歩であるなどという議論が盛りあがっている。


戦後70年になろうとしているが、そろそろ国の安全保障が天から降ってくるような「思考停止の平和ぼけ」を改めるべき時だ。緊張の度を増している極東情勢を前にして、戸締まりをよくして、万一の時は警官を呼ぶ、普通の家庭のやることを国家がやるだけのことだ。


28日国会での審議が始まった外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議(NSC)設置法案と、来月から審議入りする情報保全体制強化の特定秘密保護法案は普通の国への一歩を記すものであり、一国平和主義の平和ぼけ国家がやっと警戒心に目覚めたことを意味する。戦後の安保政策の大転換への幕開けとなるものである。

この大転換が可能となった背景には国民の判断がある。総選挙と参院選挙で安倍政権を圧勝させたのは、紛れもなく中国による尖閣諸島への進出と、北の核兵器・ミサイルどう喝にある。


まさに強盗が家の周りを徘徊して、隙あらば侵入しようと狙っているのに、これまで通り、のほほんと戸締まりしないでいられるのか。この極東の緊張感をまず認識するかしないかが、国家の存亡を決めると言っても過言ではない。国民はその戸締まりを選択したのだ。


そこで首相・安倍晋三が主張する「積極平和主義」に基づき、安保体制がどのように変わってゆくかだ。


今後の展開は、まず車の両輪であるNSC法案と秘密保護法案を相前後して今国会で成立を図る。両法案は与野党対決の色彩を濃厚にしている。とりわけ秘密保護法案が対決の焦点となるが、与党は衆参で多数を占めており、多少の修正の可能性はあるにしても成立の方向であろう。


これを受けて年末にNSCが初仕事として国家安全保障戦略を策定、この線に沿って防衛計画の大綱も閣議決定の運びとなる。いずれも集団的自衛権の行使に前向きの方針を示唆するものとなろう。そして来春には集団的自衛権の解釈改憲に踏み切り、夏には日米防衛協力のガイドラインを改訂して、国防体制を整える。


まさに当たらず障らずであった外交安保体制改革の領域に踏み込むものであり、政策上の大転換である。本来なら解釈改憲によらず、改憲そのものを断行して取り組むべき問題であろうが、緊迫した極東情勢をかんがみればその時間的な余裕はない。


したがって問題は、かつての安保論争に匹敵する論点を保守、革新政党に提供することになり、議論の高まりは避けられない。むしろ徹底的な議論を経たうえで、大転換を成し遂げることが民主主義国家としてふさわしいだろう。


そこで両法案の争点を分析して、必要不可欠との見地から反論を加える。まずNSC法案に対する反対意見としてよく出されるものが、米国のイラク戦争の誤判断だ。NSCが2003年にイラクに大量破壊兵器があるとして侵攻の理由の一つとしたが、なかったという前代未聞の大間違いである。


しかしこれは反対のための反対の根拠になるものであって、本質を外している。イラク戦争はテロの温床となる中東のヒトラーのフセイン体制をつぶし、民主主義国家を打ち立てることにあった。その目的は見事に達成されており、毒ガスや原爆があろうがなかろうが大義は成し遂げられたのだ。


「時の政権に耳障りの良い情報しか上がらない」との説があるが、だからこそ法案で情報の提出を義務づけたのである。そもそも最終判断するのは首相であり、政権に都合の良い情報かどうかなどは、首相としての判断力のイロハのイを試されることであり、NSCのせいにしてはいけない。


この国は首相が誤判断すれば、すぐに「首相降ろし」が始まる国でもある。首相降ろしは「またも政局」と批判されるが、まさに日本的民主主義の核でもあるのだ。米NSCはこのイラク戦争の決定を初め、オサマ・ビン・ラディンの殺害など的確な判断を下している。


秘密保護法案は米、英などのNSCと連携をする上では必要不可欠である。これからの国家戦略は情報戦に相当のウエートがかかるのであり、その情報なしには国家戦略は成り立たない。日本のような大国が情報ダダ漏れで良くこれまでやってこられた。まさに奇跡である。


NSC担当官同志は直通電話を通じてすぐに電話で情報を交換する。総じてアメリカのCIA情報が頼りになるが、日本にだって情報がないわけではない。1983年のソ連戦闘機による大韓航空機撃墜の情報は、自衛隊が電波傍受で入手したものであり、米国にも伝えられた。時事通信のスクープであった。


秘密保護法に関しては罰則の強化で報道の自由、国民の知る権利が束縛されるという議論がある。もちろん体制側は情報を隠す本能があり、監視を怠るとすべてを隠しかねない。


しかし報道の自由は法案で認めており、マスコミが力を削がれたわけではない。マスコミは従来通りスクープ合戦を展開すればよいのだ。圧力をかけるような政権はよってたかって引きずり降ろせばよい。「官僚が萎縮して情報を出さない」という議論ももっともだが、それでもあらゆるテクニックを使って暴くのが記者根性というものだ。


情けないのは「記者が萎縮する」という議論だ。こればかりは最近の偏差値重視教育で、点数ばかりが高くて採用された記者たちの弱点をさらけだしている。萎縮するひまがあったら特ダネ取ってこいと言いたい。この程度の秘密保護法などで萎縮する記者は法案があってもなくても萎縮するのだ。取材とはもともと体を張って行うものであると心得よ。


秘密が5年ごとに延長され、30年たっても公開されない恐れがあるなどという議論があるが、これには疑問がある。


なぜなら30年間も平和であり得たのは、その情報が秘密であったからでもある。そもそもこのテンポの速い時代に、30年前の情報を欲しがるのは、学者くらいしかいない。野党が主張しているように、秘密の範囲が不明確ということも確かだが、秘密の本質は時々刻々と変わることにある。


1時間後には秘密にしても意味がないものもあれば、それこそ半世紀も公表しないほうが国家のためになる情報だってある。常時軽重が変わる秘密を定義する事の方がおかしい。国会議員に情報を提供せよという議論があるが、これまた噴飯物だ。国会議員ほど情報を漏らす人種はない。


記者が秘密会のメモを頼むと「よしよし」と引きうけてくれるのが国会議員だ。共産党や社民党のように伝統的に外国の勢力と結びついている政党もある。外国への筒抜けの筒に秘密情報を教えてはならない。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月28日

◆朝日は秘密法案で“風評”源と化した

杉浦 正章



「ねつ造」し放題の論調で国民を扇動


朝日の天声人語を見てここまでやるかと“驚がく”した。あらぬ方向から特定秘密保護法案を切り裂いている。その内容は感情的で、唯我独尊。原発再稼働反対で国政選挙でのキャンペーンに敗れ、追い詰められた朝日が最後に牙をむいて、安倍政権に襲いかかる姿を如実に象徴している。


朝日はいまや共産党にも類似して、安倍政権にことごとく反対する姿勢を鮮明にしており、明らかに不偏不党の同紙の綱領をかなぐり捨てての、対決姿勢だ。


方向性はともかく、事実関係の正確さにおいては定評のあった「高級紙・朝日」が体面も何もかなぐり捨てて、タブロイド紙並みの“風評”をまき散らす姿にりつ然とせざるを得ない。政府は今日からの国家安全保障会議(NSC)を創設する法案の実質的な審議入りで、徹底した反論を加えるべきである。


「風評紙」に成り下がった姿は26日付朝刊にすべて現れている。まず伝統ある天声人語の破滅的な論調だ。


なんと秘密法案について「米国からもらった情報を守るために自国民を罪に問う法である。民主主義を揺さぶりかねない法でもある」と断定したのだ。天声人語筆者に問いたい。仮にもジャーナリストなら米国からの情報がいかに貴重であるかを知っているのか。あえて無視しているのか。情報がないとどうなるかだ。


去る1月に日本人7人の死者を出したアルジェリアのテロ事件である。日米外交筋によると米国はかなり詳細なテロリストの情報を事前に掌握していたが、日本に流すと漏れることを理由に伝達を断念したというのだ。朝日とてこの情報がないわけではあるまい。


それを無視して「米国情報を守るために日本国民を罪に問う」などと論理の飛躍をして恥ずかしくないのだろうか。筆者は天声人語を愛読してきたが、これまでこれほど破たんした論理を展開したケースを知らない。あえて大衆が取っつきやすいキャッチフレーズで“風評”を巻き起こそうとしているのだ。


天声人語はさらに続けて、「出来てしまったあとで破滅的な結末を招いた、戦前の幾つかの法を忘れたくはない。『はじめにおわりがある』。抵抗するなら最初に抵抗せよ。朝日新聞の大先輩にして反骨のジャーナリスト、むのたけじ氏の言葉が点滅する」と述べた。これは扇動である。


一般市民や、反戦運動家らを勢いづけるためのプロパガンダ的な色彩を濃厚にしている。天声人語の筆者は朝日内でも一目置かれ、その“方針”は社説と共に現場記者の取材活動に大きな影響を与えている。


まさに安倍政権に対して、社説「特定秘密保護―この法案に反対する」とともに社内的にも宣戦布告のラッパを鳴らしたものに他ならない。ちなみに全国紙の社説は読売、産経が基本的に賛成であり、毎日までが「安全保障上、重要な情報を一定期間、機密として扱うことに反対はしない」と条件付き賛成だ。


朝日だけが天声人語も社説も、もはやなりふり構わぬ法案つぶしの動きに出たのだ。“風評”の傾向は天声人語にとどまらない。


26日付夕刊の素粒子だ。「『お前は秘密を漏らした逮捕する』。『何の秘密を』『それは秘密だ。私は知らぬ』。秘密保護法のオーウェル的世界。」とやっている。マインドコントロールのジョージ・オーウェルにこじつけて、全体主義への危険があるかのような印象を読者に与えている。


同様の傾向が社会面にも如実に反映され、同日付朝刊では「あれもこれも秘密」と題して居酒屋の会話で逮捕される会社員の話を作り上げている。原発に使う世界最高強度の素材製法の一端を友人に話した結果の逮捕だという。その居酒屋には、非番の警察官が近くの席で飲んでいて、ICレコーダーで会話を録音し、捜査していたのだという。


一貫してある事ない事どころか、ない事ない事を書き並べている。その編集方針の狙いはどこにあるのだろうか。あきらかに物事を信じやすい一般大衆レベルまでプロパガンダを下げて、卑近な例を使って扇動しているのだ。


なぜ扇動するのかと言えば、60年の安保闘争並みに国民レベルの大衆運動を巻き起こし、デモで首相官邸や国会を包囲する状況を作り上げようとしているのだ。そして次の国政選挙で安倍政権をひきづり降ろすとっかかりを作るという“深謀遠慮”があるのだろう。


27日付のコラム「政々流転」で共産党の“躍進”を大々的に取り上げ「揺るぎなき反自民」と歯の浮くような礼賛をしているように、まるで何でも反対の共産党と同一歩調の姿勢が鮮明だ。今や朝日にとって他の野党は頼りにならず、共産党だけが頼りの現状を反映しているのだ。


秘密法案の国会審議を担当する森雅子がやってはいけない取材の好例として挙げた西山太吉事件の張本人にインタビューして語らせているのにも驚いた。秘書をたぶらかした取材で最高裁有罪となり、マスコミ人の恥とも言える西山ですら頼りにしたい朝日なのである。


世論をリードする報道機関がこれだから、テレビがもてはやす評論家に至っては、まさにデタラメ論評が頂点を極めている。目立つのは女性評論家の浜矩子である。あちこちのテレビで空想的平和主義を唱えてはばからない。


浜によると「グローバル化時代には国々が秘密をいっぱい持ってはならない。日本が世界各国に声をかけて秘密保護法案を持たないようにすべきだ」なのだそうだ。浜はアベノミクスの破たんを予言し、口を極めて批判したが、一連の発言とは真逆に日本経済はデフレ脱却の兆しを見せ、大間違いとなった。


経済評論家は大多数が口から出任せとみた方がよいが、今度は畑違いの政治の分野で口から出任せをやっているのだ。秘密を持たない国家がかって歴史上存在したのだろうか。馬鹿馬鹿しくて反論もしたくないが、テロリストや北朝鮮、中国、韓国が手を叩いて喜びそうな“愚論”だ。


これで良く「評論家でござい」とメシを食って行ける。何でもはっきり放送局の意向に沿った発言をしてくれる評論家は、TBSやテレビ朝日など民放テレビにとって宝ではあろう。それ故に民放テレビも風評源となっているのだ。


あえて法案の内容の正当性を説明しないが、これだけは強調しておこう。太筆で書けば日本は民主主義国家として基盤が戦後70年の間に出来ている。


マスコミがしっかり監視すればヒトラーが出てくる隙はない。同様の法案をもとにNSCを運営している、米、英、仏に全体主義が台頭したか。ニクソンのウオーターゲート事件を暴いた記者や情報源が逮捕されたか。中国では国家機密漏洩は死刑だ。


そんな国に取り囲まれていて、能天気な論調を唱えているときではない。本質はスパイ天国解消法案なのである。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月18日

◆政府は核廃棄物地層処理を早期に

杉浦 正章



“小泉曲解”に対抗して国民説得を


小泉純一郎の“暴走”が止まらない。それもフィンランドの核廃棄物最終処分場施設「オンカロ」を視察した結果を完全に見誤っている。視察に同行した財界人が原発再稼働にプラスと受け取って同調を求めたのに、小泉がこれを拒否して「原発ゼロ」を唱え始めたのはなぜか。


調べてみると、何とフィンランドは小泉の判断とは逆に「原発推進」を目指して処分施設を世界で初めて創設したのだ。


小泉はこれを“悪意”をもって曲解しているのである。日本でも処分技術は確立している。問題は場所の選定だ。首相・安倍晋三は17日の本会議で「取り組みの強化」を明言したが、国有地や離島などを含めた選定に早期に取り組むべきだ。
 

ニューズウイーク誌などによると、フィンランドが日本や世界各国と異なるのは、先に処分場をつくって、これに合わせて原発を推進しつつある点だ。トイレを先につくって、マンションの建設に取りかかるのである。


これなら「トイレなきマンション」などという反原発派のキャッチフレーズは成り立たない。極めて論理的な対応である。


原発は既に2基が稼働しており電力に占める割合は日本より高く、29.6%だ。さらに3基を新設する方向で動いている。フィンランド国内は世論調査をすれば今でも原発反対が過半数を占めるが、この世界有数の工業立国がなぜ原発を推進するかと言えば、国家戦略が背景にある。


ロシアと海一つ隔てており、歴史上何度も侵略を受けている。ロシアに石油や天然ガスを依存していれば、いつ危機的状態に陥るか知れない。加えて温室効果ガスの問題だ。北辺の地にあるため、地球温暖化で紫外線が降り注ぐ危険が一番大きいとみているのだ。


オンカロが操業を開始するのは、2020年であり、2100年代には満杯になる予定だ。フィンランドはその間の80年間の科学技術の進歩にかけているのだ。


つまり、核サイクルの確立や再生可能エネルギーを代替エネルギーとして使える技術が確立すると予想しているのだ。


この基本戦略を知ってか知らずか小泉は、「原発を経済成長に必要だからといってつくるよりも同じ金を自然エネルギーに使って循環型社会をつくる方が建設的じゃないか」とか「早く方針を出した方が企業も国民も原発ゼロに向かって準備もできる、努力もできる、研究もできる。今こそ原発をゼロにするという方針を政府・自民党が出せば一気に雰囲気は盛り上がる」と主張し始めたのだ。


これは責任ある地位に就いたものとも思えないほど無責任で荒唐無稽な主張だ。いつ実現するか分からない再生可能エネルギーなどに軸足をすべて移した瞬間から国家は破たんする。まさに亡国の主張だ。


小泉は地層処理自体を「危険」と断定しているがこれも科学的知識にかける主張だ。地層処理をする場合は、使用済みの燃料を「ウラン酸化物とウラン・プルトニウム混合酸化物」と、「高レベル核廃棄物」の二つに分離する。


そして、後者のプルトニウムを除去した核廃棄物だけをを300メートル地下に地層処分するのだ。プルトニウムは別途燃料として活用するのだ。原爆の材料を埋蔵するわけでは全くない。放射能は、時間を経ると減り、1000年で99・95%が消滅する。何億年もかかるというのは完全に放射能がなくなるまでの時間だ。


経産相・甘利明が「ピュアで短絡的な部分もある方」と小泉を侮辱したとも取れる発言をしたが、これくらい言っても小泉は分かる男ではない。


しかし、「小泉曲解」を活用する方法はある。それは発言をテコに地層処理候補地の選定を推進することだ。2007年には高知県東洋町が手を挙げたが、町長の独断が災いして住民の反対運動を招き、失敗した。


フランスの場合人口90人の村ビュールに地下試験場を建設しているが、地下では地元住民など400人が働いている。現在は試験場だが将来は地層処理場となる方向だ。日本の場合も過去何億年も動いていない地層のある国有地や離島はいくらでもあり、欠如しているのは政治の決断のみである。


安倍は19日の本会議で地層処分について、「20年以上の調査の結果技術的に実現可能と評価されている」と指摘した。


加えて、「それにもかかわらず処分制度を創設して10年以上を経た現在も処分場選定調査に着手できない現状を真摯(し)に受け止めなければならない。国として処分場選定に向けた取り組みの強化を責任もって進めてゆく」と言明、前向き姿勢を鮮明にさせた。


小泉発言には一切言及しなかったが、これは小泉の名前を出すことで、一層問題を際立たせる事の損失に配慮したものであろう。無視したのだ。


いずれにしても世界の潮流は核廃棄物は地層処理しかないという方向であり、原発再稼働を推進してゆく以上この方向を選択すべきである。


原発問題は今やマスコミの作る風評との戦いだ。歴代政権に欠けているのは学者や評論家を動員した国民への説得工作である。各地で講演会などを開いて、直接大衆に向け論理的に説明するのだ。


「脱原発」に偏重するNHKも、方向を改めさせる方策を検討する必要がある。NHKは社会部主導の報道に引っ張られることなく、特集番組で正しいエネルギー政策の在り方や、その方向性を示すべきだ。政府はこうしたキャンペーンで正しいエネルギー政策を周知徹底させてゆくことから始めた方がよい。


それにしても「小泉曲解」ほど政治家の判断ミスも珍しい。年を取ったら九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)ことを戒めなければならないが、晩節を汚して恥じることがない。あの軽蔑の対象で選挙に落ちるところだった元首相・菅直人以上に“菅的”になった。

【筆者より】来週は秋休みといたします。英気を養います。開始は28日より。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月17日

◆この野党代表質問では政治劣化が心配

杉浦 正章


海江田はずっこけ、石原は時代錯誤
 


なれないヌンチャクを振り回して立ち向かったが、自分の頭に当たったようなお粗末な質問だった。野党第1党の党首がこれでは、臨時国会の自民党ペースを保障するようなものとなった。民主党の肩を持ちたい朝日新聞までが社説でしびれを切らせて「野党は論戦力を磨け」と書く始末だ。


党首としての当事者能力に疑問符のつく海江田万里を代表に据えた民主党左派の失敗だ。


一方極右の維新共同代表・石原慎太郎は、自らの尖閣購入構想が日中関係に壊滅的打撃を加えた責任を棚上げにして、「灯台作れ」と力んだ。この時点で日中戦争に突入しかねない主張をするとは、どこまで老害を振りまくつもりかと言いたくなる。はちゃめちゃ野党では政治の劣化が案じられる。


汚染水問題で海江田は首相・安倍晋三が国際オリンピック委員会(IOC)総会で「状況はコントロールされている」と発言、東電関係者が「コントロールされていない」と述べた点を取り上げた。「言葉が極めて軽いと言わざるを得ない」と追及したが、首相・安倍晋三は「全体としてコントロールされている」と突っぱねて、平行線に終わった。


「言葉が軽い」は質問者によっては、安倍の急所を突きうる論点であったが、海江田が言うと逆効果だ。自らの軽さは証明されている。生活代表・小沢一郎が「御輿は軽くてパーがいい」と幹事長・輿石東を使って担ぎ上げた事がそれを意味する。


経産相時代に玄海原発の再稼働に踏み切ろうとしたのはいいが、首相・菅直人に阻止されて、打つ手を知らず涙を流して悔しがった。


その軽さは鴻毛の如きであった。そもそも汚染水問題は民主党政権時代に東電がずさんな貯水タンクを建造しているのをチェックできなかった事に端を発しており、尻拭いさせられているのは安倍の方だ。


海江田は安倍の成長戦略についても「民主党政権時代の内容の焼き直し」と断定したが、民主党政権が景気対策で何か実績を上げたかというと、三代続けて代表は景気対策など全く念頭になかった。焼き直しを言うなら、株価が少しでも上がったかと言うことになる。


要するに民主党はアベノミクスに対して発言権がないのだ。さらに安倍の政治姿勢について海江田は、安倍の所信表明に「意志の力」という表現があることをとらえて「独裁者を思い出した」と指摘した。ヒトラーは「意志の力」をプロパガンダの中心に据え、同名の映画まで作って宣伝しているが、そのヒトラーのようだと言うのだ。


しかし安倍の演説は「明治人たちの意志の力に学びたい」と述べ、また、パラリンピックの競泳金メダリスト成田真由美の言葉を引用し、「意志の力により課題を乗り越える重要性」を強調しただけのことである。


安倍にヒトラーを真似ようとする意図は感じられず、その右寄り姿勢をヒトラーのイメージに重ね合わそうとするのも無理がある。民主党内左派が支配する書記局が作った質問書の原案をそのまま採用したに違いない。


左派といえば海江田は「憲法96条の先行改革反対」を唱え、集団的自衛権の憲法解釈変更について「到底理解できない」と発言したが、これは党内論議を経た上での発言であろうか。


12年5月の首相・野田佳彦の訪米ではオバマとの間で「日米同盟関係の深化」がうたわれ、野田は集団的自衛権容認の姿勢を明らかにしたと言われている。党内右派は海江田が代表質問でこのような質問をすることを認めていないはずであり、これも左派執行部の独断専行であろう。


要するに海江田の質問は安倍の言葉尻をとらえることに終始していた。海江田が「国家戦略特区」を「解雇特区だ」と追及すると、安倍は「レッテル貼りは事実誤認で不適切」と切り返した。


言葉尻をあげつらうから、答弁も通り一遍となり、深めることが出来なかったのだ。表面的なやりとりに終わったのは確かに海江田に「論戦力」がない事を物語っている。


一方で石原の質問にいたっては時代錯誤も著しく、自民党青嵐会時代からまるで進歩していない。尖閣を購入に導いたことを得意げに語った上に、「万人が納得する施政権の行使」のための灯台建設を促した。GPSが主役の時代に、灯台の光りを頼りに航行する船などない。


自らが一触即発の危機を招いたことすら全く認識していないのだ。今灯台を作ったら危機どころか戦争に突入する。馬鹿も休み休みにせよと言いたい。こうして野党質問第1日目は、お粗末かつずっこけ質問に終始して、8対2で安倍の勝ちとなったのだ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月16日

◆自信背景にデフレ脱却へ高揚感の演説

杉浦 正章



長期政権意識で衣の下に鎧を隠した


順調なアベノミクスという追い風を受けて首相・安倍晋三の所信表明演説は歴代首相の中でも際だって高揚感のあふれるものとなった。経済で意気消沈してきた国民を鼓舞し、与党を督励する。とりわけ今国会を「成長戦略実行国会」と位置づけ、経済最優先の姿勢を示した形となった。


近隣諸国との関係改善への思惑もあってか、外交・安保への右寄り姿勢は極力押さえ込んだ。明らかに長期政権を意識した姿勢だ。国政選挙の圧勝によるねじれ解消と高支持率を背景に、まさに「デフレ脱却の鬼」(官房長官・菅義偉)と化した姿がそこにある。


おやっと思ったのは「石垣島で漁船を守る海上保安官。宮古島で南西の空をにらみ、ジブチで灼熱(しゃくねつ)の下海賊対処行動に当たる自衛官。彼らは、私の誇りです。」と述べた点だ。安部の発言からは「尖閣諸島」の言葉が消えたのだ。中国と対峙する一番ホットな水域への言及がなかったのだ。


注意して聞いていると、外交・安保には言及しているが「中国」「韓国」「北朝鮮」の言葉も一切出てこない。何と「米国」すらない。来年の通常国会に先送りした集団的自衛権の行使容認問題への言及もなく、与党内ですら公明党とあつれきのある「特定機密保護法案」にも触れていない。


成長戦略国会だから外交・安保に深くは触れないのは分かるが、触れないついでか、大企業優遇として国会の焦点の一つとなる復興法人税の撤廃まで言及せずだ。


政府筋によると日中、日韓に触れなかったのはどうもまだ水面下での関係改善に向けた接触が続いており、こうした動きに影響を与えてはならないとの配慮があったようだ。復興法人税廃止への言及がないのも、年末に先送りしたものをあえて取り上げて、批判を増幅させる必要は無いとの判断があったようだ。


その反面で安倍演説はアベノミクスの順調な滑り出しと成長戦略を意識して、アジテーションともいえるほど国民への鼓舞激励を行った。


「日本が力強く成長する姿を、世界に発信していこうではありませんか」「日本人は、長引くデフレの中で、萎縮してしまった。この呪縛から日本を解き放ち、再び、起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻す」「いよいよ、日本の新しい成長の幕開け」とボルテージは上がる一方だった。


確かに、民主党政権であえぎにあえいだ経済はアベノミクスで上昇に転ずるかに見え、デフレ脱却へ向けてここで手を引くわけにはいかない安倍の立ち位置を鮮明にさせたのである。政府筋も「国民に問題の所在を明らかにするために絞りに絞った」と述べている。


摩擦要因をすべて取り上げて“敵”を作りすぎることを避けたものとみられる。安倍にしてみれば53日という短期間で重要法案の処理にかからなければならず、摩擦要因は極力減らしたいという基本戦略があるのだろう。


重要法案は4本ある。成長戦略絡みの法案が、企業の事業再編や研究開発など設備投資を促す「産業競争力強化法案」と、一部地域に限った規制緩和を進め企業の新規参入を促す「国家戦略特区関連法案」の2本だ。


外交・安保関係は、外交・安保の司令塔となる「国家安全保障会議創設法案」と機密を漏らした公務員を厳罰に処する「特定機密保護法案」の2本だ。


このうち「特区法案」は野党が「首切り法案」として追及の構えである。また「機密保護法案」は公明党が知る権利と報道の自由の挿入を主張しているが、結局公明党に「手柄」をたてさせて与党はまとまるものとみられる。


いずれも与野党対決法案となるが、より重要な問題が安倍政権が「検討する」ことになっている、「復興法人税の一年前倒し廃止」問題である。


安倍があえて言及しなかったのは自民党内ですら反対論があり、焦点となることが分かっているからだ。野党は復興所得増税はそのままにして、企業だけ優遇することを突こうとしている。


しかし安倍はこれに先立って民放テレビで「19兆円の復興予算を25兆円にしたのは私であり、これを減額することは一切ない」と言明した。減税の財源についても「安倍政権で税収が増えており、これを財源に使う」と述べた。


その背景には企業減税で給料を引き上げ、景気を好転させるという景気循環論があり、アベノミクスが成功の兆しを見せている以上、野党の追及もすれ違いに終わる公算が強い。


こうした中で 経団連会長・米倉弘昌は11日の記者会見で「大半の企業は来年3月の決算期末には、景況感が十分上がってくると思う。経団連としては、経済の好循環を実現するため、業績の改善を賃上げにつなげていくよう会員企業に伝えていきたい」と注目すべき発言をした。


安倍がテレビで「経団連史上初めてのこと」ともろ手を挙げて歓迎したが、今や経団連は連合のお株を奪ってしまったような形で、政権に協力姿勢だ。汚染水問題も安倍が「漁業者の方々が、事実と異なる風評に悩んでいる現実がある。


しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている。これが、事実だ」と述べているとおり、一部マスコミの過剰報道に野党が扇動されても、追及は長続きしまい。


こうして野党の追及も決め手がなく衆参のねじれが解消されて初めての国会は、結局は自民党ペースで事は運ぶだろう。国対委員長・佐藤勉は「丁寧に国会運営をするが、結果を早く出したいのが本音」と述べている。


ここで思い起こすのは、やはり安倍政権で、与党が多数であった2007年の通常国会だ。何と強行採決を17回も繰り返して新記録を作った。最後は衣を脱ぎ捨てて、鎧丸出しで突破を図る公算が大きい。終わりは脱兎の如くであろう。一強自民党に野党は民主党を始め対抗するすべが見当たらない。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2013年10月15日

◆国会改革は首相の出席緩和を軸にせよ

杉浦 正章



通年国会には無理がある



確かに現在の国会は政権への束縛が強すぎる。改革して首相が世界を自由に飛び回れるようにしないと、中国や韓国のプロパガンダなど国際情勢の変化に立ち後れる。激動する世界情勢は、首相・安倍晋三が率先して行っているように、首相自らのPR戦参入を求めているのだ。


この時間を野党の選挙区目当ての質問などに割いているひまなどない。現在自民、公明、民主、維新で調整中の国会改革は是非実現して、次期通常国会から適用すべきだ。ただし改革はまず首相をフリーにする点に重点を置き、他の改革は問題が多すぎるからじっくり後回しでも良い。
 

安倍の動きを見ていると、しっかり休養が取れるのは首相専用機の中くらいではないかと思えるほど、よく働いている。やはり、一度首相を経験すると、その体験が下野中に様々な政策上の発想を生み、それを今花咲かせようとしている事がよく分かる。


とりわけ重要なのは、軍事膨張路線を取る中国の海洋進出であり、安倍が世界各国を回ってその非を説いた結果、かなり世界世論の共鳴を得ている。習近平はたじろいでいるのが実情だ。安倍が国会に足を取られて動けなくなることは何が何でも回避しなければなるまい。


民主党政権時代にも首相の国会への束縛を緩和させようとする法案提出の動きがあった。その際国会に移出された資料によると主要国首相で国会への出席日数が一番多いのが日本の首相で年間127日。それに比べると英国36日、フランス12日、ドイツ11日で格段と少ない。日本だけ首相がけた外れに束縛されているのだ。


それには戦後の国会の慣習がある。まるで首相を国会に貼り付けてやり玉に挙げることが野党の手柄であり、それのみに専念した悪習の傾向である。予算委には貼り付けられる、衆参両院で同じ施政方針演説をするなど無駄は枚挙にいとまがない。


野党の議員が幹部の質問に続いて全く同様の質問を延々と繰り返す。首相に対する質問は国会中継されるから、野党議員は選挙区や支持団体向けの質問を持ち出して、自己の利便に活用する。長時間の首相への質問は、結局「日本の足」を引っ張るのだ。


まさに国会は国際情勢を意識して改革されるべき時に来ているのだ。


自民党の改革案は(1)首相の委員会出席は原則予算委員会に限定し、出席日数質疑時間に上限を設ける(2)委員会の答弁は原則として副大臣と政務官が行う(3)党首討論は45分を1時間として毎週1回を厳守するーなどである。また国会を通年国会化する方針も検討されている。


自民党はこれらの改革案をさる6月に維新が提案した構想に基づいていると説明している。たしかに形式的には維新の案に乗った形だが、永田町には政権側から「維新が出してくれたら助かる」と持ちかけたという説がある。


たしかに首相の日程にまで配慮した国会改革案を維新独自の発想で出すのは、野党としていささか人が良すぎる。鐘が鳴ったか撞木(しゅもく)が鳴ったかだが、どうも怪しい。


今や維新の支持率は1%。1%とはゼロに等しいことを意味する。何とか存在感を示すには政権に寄り添って事を成し遂げるしかない。政権補完勢力と言うより、政権補強勢力になるしか生きる道がないのかも知れない。


動機は不純だがやっていることはおおむね正しい。しかし問題点もある。閣僚の所轄委員会の答弁を副大臣や政務官に任せることだ。これはやめた方がいい。あまりにも野党を軽視している。閣僚は首相に比べれば格段に時間に余裕があり、各省の最高責任者が総じて国会答弁に望むべきだからだ。


国会のチェック機能は重要であり弱体化させてはならない。また、国会開催を通年国会化することも疑問だ。日本的な政治風土とは全く合致しない。日本的政治風土とは終わりが区切られている状態の中で、与野党がせめぎ合って白黒の決着をつける風土だ。


通年国会にすると予算案にしても、法案にしてもいつ成立するか分からなくなりかねない。だらだらと審議が進み、メリハリが利かなくなるのだ。問題が生じたときは通常国会は1回延長できるし、臨時国会も延長できる。そうすればいいのだ。


党首討論は政権側も野党側も定期的に行うことに固執してこなかったが、首相の予算委の負担が軽減される分、週1回1時間程度の討論は実行すべきであろう。習慣化すればよい。国会改革は民主党政権時代にも首相の束縛を緩和する法案提出の動きがあったが、実現にはいたらなかった。

民主党は政権が変わったからと言って、自らの政権時代にいったん提案した方針を、野に下った今も転換すべきではない。少なくとも首相の束縛緩和だけは広い視野に立って実現すべきであろう。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月11日

◆日中首脳会談は来年以降に遠のいた

杉浦 正章



当面は「政経分離」で模様見しかない


外務省が水面下で展開してきたアヒルの水かきは実現に至らず、首脳会談は日中も日韓も当分棚上げの流れとなった。アジア太平洋経済協力会議(APEC)や東アジアサミットを通じて鮮明化したのは、これ見よがしの中韓蜜月路線の継続と南沙諸島・尖閣諸島をめぐる中国と周辺諸国のあつれきの深さだ。


明らかに中国の対日強硬路線を反映して駐米中国大使が、反日プロパガンダを開始、日本の神経を逆なでする発言をしてみせた。しかし、一方で中韓との経済、文化面での交流は進展の兆しを見せている。当分極東情勢は「政経分離」のまま推移せざるをえず、首相・安倍晋三は首脳会談など焦る必要は無い。


駐米大使・崔天凱の発言は国家主席・習近平がオバマとの会談で指摘し、首相・李克強がポツダムで強調した中国の荒唐無稽な“歴史認識”と同一基調である。まさに統一された対日国家戦略と位置づけられるべきものだろう。


内容は連合国によるポツダム宣言を軸に戦後の体制は確立され、中国はこれに大きく貢献しており、この原点に戻って、敗者である日本に対して連合国が共同歩調を取ろうと米欧諸国に呼びかける戦略だ。


李克強が5月にわざわざドイツ・ポツダムまで行って、「日本は中国から盗み取った領土を返還しなければならない」と傍若無人な尖閣の領有権を主張したが、崔天凱も根拠を同じにしている。「日本は、最新の武器ではなく、アジアと欧米諸国の人々の強い意思と決意によって敗れた。日本の政治家は戦後の国際秩序を理解すべきで、これに挑戦することはできない」と言明した。


明らかに“連合国”に戻ろうと主張しているのだ。安倍を名指しこそしないが、日本の政治家が戦後の国際秩序に挑戦していると宣伝することで、尖閣諸島を巡る対立でも中国側の独自の主張が正しいとするプロパガンダが、戦略として確立されているのだ。日米関係にもこれでくさびを打てると考えているのである。


しかし「日本軍の無条件降伏」等を求めたポツダム宣言は、1945年、米国大統領・トルーマン、イギリス首相のチャーチルと中華民国国民政府主席・蒋介石の共同声明として発表されたものである。中国共産党政権が成立したのは1949年であり、得々としてポツダム宣言を言える立場にない。


「戦後の国際秩序」と言うが、戦後の秩序は自由主義と国際共産主義運動対決の結果、共産主義敗北によって出来た秩序であり、共産党1党独裁にしがみつく政権幹部の言うことではない。


さらに日本は戦後の世界平和への貢献度は世界随一と言ってよく、逆に中国は朝鮮戦争参戦、ベトナムとの紛争、中ソ国境紛争と何度も戦争を繰り返し、今度は海洋に進出して南沙諸島と尖閣諸島を奪うべく軍事攻勢を強める好戦的な国家ではないか。戦後一度も戦争をしていない国である日本に対する批判を形容すれば「盗っ人猛々しい」が一番似合う。
 

このように連合国体制への回帰を主張する、中国の戦略は根本的に間違っており、国際的な説得力に欠ける。同調する欧米諸国はない。尖閣諸島に至っては日清戦争後の台湾割譲以前に日本が閣議決定で沖縄県に編入したものであり、石油資源の埋蔵を知って68年に領有権を主張し始めた中国には国際法上の発言権などもともとない。


しかし、今後中国は日本がポツダム宣言を受諾した以上、尖閣も台湾の付属島嶼として返還されるべきだという虚偽の論法で折に触れてプロパガンダを繰り返すのは火を見るより明らかだ。


その背景は、習近平体制が確立しておらず、国内の不満を日本に向けるという稚拙な政治しかとれない習の政治能力の問題に帰結する。これは朴槿恵も同様で、まれに見る厳しい経済情勢に対処する能力に欠け、反日しか“売り”がないのである。


東南アジアの国際会議で見せた習・朴蜜月はいわば「同病相憐れむ」型のものである。こうして一連の国際外交で露呈したのは「日米とフィリピンなど南沙諸島関連国」対「中韓」の構図である。習近平は韓国がなければ孤立する構図であった。


安倍が10日の東南アジアサミットで李克強を前にして中国の海洋進出に対して「国際法を順守して、一方的な行動を慎むべきだ」と強調したのは、場所といい、タイミングといい絶好の対中宣伝作戦であった。李克強は「紛争当事国でない国は関与すべきでない」と切り返したが、会議の空気は安倍支持であった。


米国はオバマが出席しなかったものの、国務長官・ケリーがフィリピン大統領・アキノの発言を支持するなど、総じて中国の海洋進出をけん制する姿勢が目立った。


こうして内政の脆弱性から、対日関係改善に踏み切れず、見当違いの対日戦略理論に固まってしまった中国は、当分日中首脳会談に踏み切ることができないまま、尖閣での日本の譲歩を待つ構えが鮮明となった。

安倍は靖国参拝などで波風を立てる必要は無いが、中韓が自らの内部矛盾に「ゆでカエル」になって飛び出すまで待つのも、一興かも知れない。

ここは我慢比べの場面であり、先に動く必要も理由も無い。歴史的な日米「2+2」で確認した、対中戦略を堅持し、プロパガンダには事実にもとずく反論で応じてゆけば良い。中韓の米国におけるロビー活動は今後活発化しこそすれ、衰える気配はない。「倍返し」の“ロビー戦”に体制を整えて参入する必要がある。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月10日

◆このままでは小泉進次カが駄目になる

杉浦 正章



父親の「原発ゼロ」に理解を示し始めた


イスラエルに「父親が酸っぱい葡萄を食べたので子供の歯が浮く」という諺がある。日本の「親の因果が子に報い」だが、自民党期待の星・小泉進次カが、父親・純一郎の発言に理解を表明した。原発は必要と述べてきた信念を転換して、「歯の浮く」ようなおべんちゃらを「原発ゼロ」に対して述べ始めたのだ。


若いうちにに弁が立ってマスコミにチヤホヤされたものの、結局巧言令色が露呈してはしごを外され、その後鳴かず飛ばずになった政治家は5万といる。小泉の「原発ゼロへの傾斜」はまさにその危険を容易に予言できる。


進次カは父親の「酸っぱい葡萄」の重圧に抗して、復興庁の政務官として、いまこそ「脱原発神話」をはねのけるときだ。それなくして、「日本の首相候補」などとはおこがましい。


小泉純一郎の「原発ゼロ」発言に対する政界の反応を分析すると、総じて「無視」が潮流だ。わずかに支持する発言は「3馬鹿大将」とは思っていても言わないが、3人の政治家だけだ。


まず元首相・菅直人だ。小選挙区で落選し比例区でやっと当選したことは、自らの原発ゼロ発言が大きく影響しているなどとはつゆほども思わず、小泉発言を礼賛している。


8日ニューヨークで「小泉発言は脱原発に向け、政府への大きな圧力になりつつある」と、誰も知らないのを幸いに大うそをつき、「原発が供給していた電力は、再生可能な自然エネルギーで代替できる」と科学的無知をさらけだした。


ついで哀れにも栄光の夢が過ぎ去ったことに気付かない小沢一郎。「冷静に日本を考える人であれば行き着く結論」だそうだが、原発ゼロで当選ゼロの深淵を見た日本未来の党の「行き着いた結論」を早くも忘れたようだ。


こまっちゃくれのみんなの党代表・渡辺喜美は、「危機を共有する政治家」と礼賛したが、自分の党の危機的状態は棚上げでは済まない。 


一方政府自民党は官房長官・菅義偉が「言論は自由」、幹事長・石破茂も「再稼働は不動」とまるで純一郎を相手にしていない。これは正しい選択だ。相手にするほど小泉のペースにはまる戦いなのだ。


とりわけ首相・安倍晋三は、カラスが騒いでいる位の反応でいい。まともに反応してはいけない。こうした中で党青年局長から復興政務官になった進次カが7日、父親に理解を示してしまったのだ。まず「私は政務官だから安倍政権の一員」と前置きした。


後に続く発言を見ると、「一員だから再稼働」ではなく「一員だから思っている事を言えない」に比重がかかっている。その上で「日本ってやっぱり変わるときが来たかなと、誰もが思ったと思う。


何か釈然としない気持ちが国民の間で、実は今はまだ景気が回復しそうだから黙っているけども、このままなし崩しにいって本当に良いのか、という声が私は脈々とある気がする。自民党がそれを忘れたら、愛知県で4年前に(衆院選小選挙区で)起きたように、(当選者が)ゼロになりかねない。私の言わんとしているような思いはじわじわと(皆さんが)感じているのではないかなと思う 」と述べたのだ。

明らかすぎるほど父親に同調して「なし崩しの再稼働」への反対を訴えようとしている。


朝日新聞や報道ステーションなど「原発ゼロ」派ががやんやの喝采で報道したのは言うまでもない。しかし進次カはこれまで原発有用論の先頭を切っていたのだ。


「これまで歯を食いしばりながら日本国内で耐えてきた企業が、原発ゼロを機に一気に海外に流出していくだろう。日本の産業は空洞化する。そのような事態を招かないようにするのが政治の責任なのだ」と発言している。


この“変節”の心理状態を読めば、その先には大衆にこびを売るポピュリズムが存在する。父親と全く同じパターンだ。純一郎は「原子力村」から一番頼りにされた首相の1人であり、在任中の原発推進はもちろん、国会答弁でも「日本の全ての原発はいかなる津波が起こっても問題ないように設計されている」と発言している。


まさに親の酸っぱい葡萄で歯を浮かせている姿が進次カだが、やはり自らの発言のように「歯を食いしばり政治の責任を果たす」ところに戻るべきだろう。とりわけ進次カは復興政務官だ。職務として最初に為すべき仕事は16万人の避難者を一刻も早く安定した居住地と仕事に戻す事だ。


それにはマスコミに踊らされて民主党政権が設定した「年間1_・シーベルト」の除染方針の撤回だ。日本人が浴びている放射能は太陽など自然に降り注ぐものが1.5_・シーベルトであり、1_・シーベルト達成などは科学的にも極めて無意味で根拠のない設定だ。


進次カはこうした問題にけりを付ける方向で国民を説得するのが先決であり、愚かな父親に気を遣っているひまはない。


政府自民党の首脳も、このまま進次カを野放しにするのは、やがては手の付けられない段階へと進む。河野洋平に影響を受けた河野太郎並みのエキセントリックな政治家になってしまうだろう。


石破は「小泉進次郎さんがいれば、自民党青年局が光り輝き、小泉さんがいなくなっちゃうと光り輝かないというのはどうにもならない。小泉さんの後の党青年局長は、誰がやったってやりにくい」などと、いまだにチヤホヤしているが、この姿勢は本人のためにならない。厳しく教育すべきなのが幹事長の役目と心得よ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月09日

◆安倍のアキレス腱は「復興法人税」だ

杉浦 正章



民主党内も「反対」でまとまる
 

順風満帆に見える安倍政権だが、ようやくアキレス腱が見えてきた。安倍の打ち出した復興法人税1年前倒し廃止の方針が、バラバラだった民主党を結束させる流れとなってきたのだ。加えて、自民党内や公明党にも反対論や慎重論が根強い。


反対論は分かりやすい。「こともあろうに震災復興の財源を切り取るとはどういうことか。それも所得増税はそのままに、優良企業だけを優遇するとは」という1点に絞られる。上げ潮派の陥りがちな弱者しわ寄せ政策の象徴と受け取られてしまうのだ。


当然世論も反発している。ねじれ解消後初の臨時国会も首相・安倍晋三にとって一筋縄ではいかない雰囲気となってきている。
 

他に財源を探せば良いのに、なんで大震災で一番苦しんでいる層を狙い撃ちしたかのように受け取られる政策を打ち出したかといえば、根底には安倍の慢心があるとしか思えない。アベノミクスの大当たりで「上げ潮路線の正当性が証明された。財政再建派は下におろう」という意識である。


これは消費税の3党合意の経緯に当時は参画していなかった安倍の弱点でもある。政治は「経緯」の上に積み重ねられてゆくのであり、これを無視しては成り立たない。


自公民3党は復興財源でも協力関係を作り出し、被災地のために、個人、法人の別なく等しく国民が負担を分かち合おうという「絆」と「連帯」の精神に基づいて、法人、所得両税の増税を決めたのだ。それを所得税だけをそのままに大企業や優良企業だけが払っている法人税に切り込んだのは慢心がもたらす失策であろう。


安倍は安倍で復興法人税前倒し廃止を、上げ潮路線の本丸である法人税実効税率引き下げへの突破口とすることを狙ったものであり、容易に引けない事情がある。


この結果、民主党内に、“結束”の材料を与えてしまった。左派が支配する執行部に対して右派の6人衆がどう出るかが政界再編と絡んで焦点だが、前首相・野田佳彦、前原誠司、岡田克也ら6人衆は当面党の結束を維持する方向だ。


訪米中の野田を除いて5人が3日集まり、今後の対応を話し合ったが、当面政界再編などの動きは慎重に対応して、臨時国会に向けて執行部と結束して対応することになった。臨時国会でも復興法人税前倒しなどに焦点を当てていく方針となった。


6人衆の中心の野田はいまや、前倒し撤廃批判の急先鋒である。訪米中も「復興をまだやっている最中。法人だけ切り離す意味は理解できない」と真正面から安倍を批判した。ブログでも「復興特別法人税の廃止なんて、官邸の一部の考えとしか思えません。ごく少数の法人べったりの声で、政府・与党の重要な意思決定が決まるとは…。おかしな空気が漂っています」と強調している。


こうした野田の批判は党内にも影響を生じさせており、代表・海江田万里は「復興法人税の廃止は復興を全国民で成し遂げると誓った絆の精神に反する」と批判。政調会長・桜井充も「大企業だけ優遇されるのはおかしい。中小企業の大半は法人税を支払っておらず、効力は全くない」と断定した。


民主党は野田を予算委の代表質問に立てるべきであろう。海江田よりよほど効果的だ。


一方で自民党税制調査会にも批判論が依然として存在する。先月26日の税制調査会では「被災地で説明できるのか」とか「法人減税をやっても経営者は簡単に給料を上げられない」との批判が相次いだ。福島県選出の議員らは安倍に、「復興法人税廃止に反対する要望書」を提出したほどだ。


公明党の税制調査会も反対論が一色であった。さらにマスコミの世論調査では反対が圧倒している。朝日の調査では反対が56%、で賛成27%の倍。読売の調査では自民党支持層の60%、民主党支持層の68%、無党派層の70%が反対だ。

さすがの安倍も突出は無理と判断したのか、自民党内をとりあえず復興法人減税撤廃を「検討する」ことでまとめた。経済成長を賃金上昇につなげることを前提に、「復興特別法人税の1年前倒しでの廃止について検討する」とするにとどめたのだ。


12月中に結論を得る方針だが、全く取り下げる意思はない。従って、臨時国会では前倒し撤廃をめぐって激しい論戦が展開されることになろう。


民主党は「前倒し撤廃の撤回」を求める方針であり、この線で与野党の同調者を扇動することになろう。安倍が提出するアベノミクスを支える「産業競争力強化法案」の審議にも影響が出ることは避けられない。


安倍にしてみれば、数を背景に強気で押し切りたいところであろうが、自公両党に反対論を抱える構図では容易ではあるまい。厳しい綱渡りを強いられることになりそうだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月08日

◆安倍政権で2度の増税は無理だ

杉浦 正章



費税10%は政局に直結


今回は消費税法通り8%の増税となったが、これが安倍政権で10%に出来るかどうかとなると、至難の技と言うしかない。煎じ詰めれば再来年の再増税で、その翌年の衆参同日選挙での政権維持が可能かどうかに絞られる。


おそらく3%アップまでは、おうように認めた国民も、その痛打が忘れられないうちにさらなる2%の連続パンチを浴びせられては確実に安倍政権を見限るだろう。


首相・安倍晋三が前首相・野田佳彦のように政権交代まで決意してやるかというと、そこまでの信念はないとみる。まず「先送り」しか選択肢はあるまい。首相周辺から早くも「1政権が2度も増税するのはきつすぎる」という“牽制球”が投げられ始めた。


こんなガバナビリティ(被統治能力)のある国民は世界広といえども日本国民だけだろう。驚いたのは来年4月に消費税引き上げを「評価する」が朝日の世論調査で51%、読売で53%と過半数に達した。まだ実感がない事もあろうが、1000兆円達する借金財政改善と社会保障制度の維持に向けての切なる願いが率直に反映されたものであろう。


しかし同じ調査で再来年10月の10%への引き上げは、拒絶反応である。反対が朝日で63%、毎日が65%、産経が61%といった具合だ。要するに今回は大目に見るが次回は許さないという反応が如実に表れている。


さらに来年4月に実施された後に調査すれば、8%を実感した国民の多くは反発、内閣支持率を50%割りにするであろうことは確実だろう。


そこで安倍がどう判断するかだが、「経済は生き物だから、10%に上げるかどうかは、その後の推移を見ながら判断しなければいけない。世界経済のはらんでいる様々なリスクが顕在化するかどうか、というのも重要なポイントだ」と述べている。


さすがに状況の見極めはしっかりしている。とても現段階で判断出来るような状況ではないということだ。その意味でも公明党代表・山口那津男の10%を前提にした軽減税率導入早期決定論などは、政局を全く読めない判断間違えだ。


長期の政治日程をみれば14年4月に8%への引き上げ、15年4月統一地方選挙、秋に自民党総裁選挙、10月に10%への引き上げ、16年夏衆参同日選挙という段取りが描かれている。もちろん10%もダブル選も現段階での予想である。


それでは10%が可能かどうかを見ると、ここで再び消費税法付則18条の「景気条項」が問題となる。


何と書かれているかと言えばその1項で2011年度から2020年度までの平均において名目の経済成長率で3パーセント程度かつ実質の経済成長率で2パーセント程度を目指した総合的な施策の実施。2項で消費税率の引上げは、経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずるとなっている。


いささか玉虫色だが素直に読めば、消費増税を判断する時点で、景気が目標の成長水準に達していない場合は、増税凍結も含めた見直しを行うことができるというものであろう。


ところがその判断の前提になる14年度の景気動向は生やさしくない。


日本総研の見通しでは4〜6月期は大幅マイナス成長に。その後は、米国景気の堅調な推移や、金融緩和などを通じた円安が引き続き輸出環境の改善に寄与し、回復軌道に復帰。ただし、年度前半の落ち込みをカバーできず、2014年度の実質成長率はほぼゼロ成長となると見ているのだ。


三菱UFJもGDP成長率は前年比+0.2%と小幅プラスを予測している。これは安倍の増税したくないという思いにプラスに作用するものとみられる。今回もアベノミクス腰折れへの影響を考えて最後まで抵抗した安倍である。次回も抵抗する絶好の材料となり得るのだ。
 

そこで政治展望を鳥瞰図で見れば、引き上げが予定される再来年10月は、想定されるダブル選まで一年を切る段階である。選挙戦はとっくに開始されており、10%への増税が自公両党を直撃する。


ちょうど大平正芳が一般消費税を掲げて選挙に突入したのと同じで、有権者が離反して自民にとって選挙にならない事態が想定される。ダブル選挙は自民党に有利に作用してきたが、増税後の選挙は衆参同時敗退が必至のものとなるだろう。敗北傾向が増幅するケースとなり得る。


自民党は衆院で294議席の確保など夢のまた夢であり、240議席台まで落ちるだろう。もっと落ちるかも知れない。参院の過半数割れはさらに拡大して、自公でも過半数を維持できず、再びねじれ現象が生ずる可能性が高い。つまり安倍政権にとって“悪夢”の現出である。


この状態をひたすら望んでいるのが野党であり、小沢一郎が象徴的発言をしている。「消費増税を国民が肌身に感じたとき政治は動く」と述べるとともに、周辺に「10%にすれば確実にダブル選挙の争点は消費税だ」と漏らし、「最後の勝負」の時期到来をひたすら願っている。


こうした情勢を知りながら安倍がやすやすと10%に踏み切るとは思えない。8%でアベノミクスとのバランスを考えたほど消費税に消極的な安倍が、政権を賭けた10%に簡単に踏み切れるわけがないのだ。


首相官邸では早くも「何とか先延ばしするしかない」との声が漏れ聞こえるようになった。たしかにせっかく達成した安定政権を手放すか、先延ばしかとなれば為政者は99%先延ばしを選択するだろう。
 

消費税は法律で定められている限り実施しなければならないが、政権が無理と判断すれば、法改正で実施時期をずらすことも考えられる。ダブル選以降にずらすのだ。ダブル選自体を断念し、消費税を実行して16年12月の任期満了選挙という手もないわけではないが、三木武夫と同じで任期満了は追い込まれて敗れる。


こうした情勢から再来年の通常国会段階から、消費増税法改正問題が浮上する可能性がある。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)