2014年02月21日

◆緊張急迫の極東情勢に解釈改憲を急げ

杉浦 正章



〜集団的自衛権〜



中国が沖縄奪取で上陸訓練


20日の国会答弁で首相・安倍晋三が集団的自衛権を容認するための憲法解釈変更を閣議決定により行う方針を明言した。有識者会議の結論を待たずに踏み込んだ首相の発言は、事実上の反対派に対する宣戦布告の形となり、国内に日米安保条約改定以来の安保論争を惹起(じゃっき)する流れとなった。


民主党左派、共産、社民などは対決姿勢を濃厚にしており、21日付朝日新聞などの紙面展開も反対一色への編集方針を濃厚に打ち出した。安倍は夏までに閣議決定する方針であり、今後自衛隊法の改正が行われる秋の臨時国会に向けて激しい保革の対立が予想される。 
 


安倍が明らかにした方針は(1)有識者会議の安保法制懇は4月に結論を出す(2)その後公明党の理解を得る与党内調整を開始する (3)並行して法制局を中心に政府が最終判断を調整する(4)夏までに変更を閣議決定する(5)秋の臨時国会で自衛隊法など必要な法改正を行うーというものだ。


これらの手続きを経て、年末に日米防衛協力の指針(ガイドライン)を17年ぶりに改訂する。安倍は「解釈は内閣が責任もって決めてゆく。閣内においては私が最終的な責任を負っているわけで、法制局や与党とも協議してその上で閣議決定する」と言明した。安倍の集団的自衛権の行使容認への姿勢は一段と強固なものになっていることが確定的となった。
 

これに対して質問に立った民主党の岡田克也は「日本は海外での武力行使をしないという方針の大転換であり、国会の議論なしに政府が決めて本当によいのか。議会人として納得できない」と反対論を展開した。


反対派には解釈による改憲を容認せず、集団的自衛権を容認するなら憲法を改正して行うべきだという主張が根強く存在している。その戦略は改憲を主張することにより、事実上容認を不可能な事態に追い込むというところにある。


驚いたことに政府の憲法解釈を担ってきた元内閣法制局長官・阪田雅裕までが、反対野党の集会に出席して「集団的自衛権を認めるとは、海外で国民が戦争をする可能性を認めることであり、国民全体の覚悟が必要だ。このような重大な問題を、一内閣の解釈変更で成し遂げようというのは法治国家の否定につながり、憲法改正への立場の違いを超えて反対すべきだ」とまで言い切った。共産党や社民党の主張と全く同じである。


しかし、これらの反対論には致命的な欠陥がある。それはなぜ「我が国は独立国として集団的自衛権を保有するが、それを行使することは自衛の限度を超え、憲法上許されない。」という現行解釈が閣議決定によって行われてきたかである。


時の政権が野党から質問主意書などが提出される度に、米ソ冷戦下においても諸般の事情から憲法を盾に活用して「許されない」としたのである。


「許されない」と言う閣議決定が可能であるならば、安全保障環境の急変を反映して「許される」と言う閣議決定も当然可能になるわけであり、安倍の閣議決定による解釈改憲実現はこの論理に立脚している。


議院内閣制とは首相が国会議員の中から選ばれ、閣僚も半数は国会議員でなければならないのであり、衆院の信任が不可欠である。その内閣が国会の多数の意志を反映して、自らの責任において従来の解釈を変更する権利は当然のこととして存在する。


坂田の解釈は、法律家としては極力回避すべき政治的な解釈に過ぎない。そもそも内閣が解釈を変更し、国会がそれを裏付ける立法措置を行い、場合によっては司法が違憲審査を行うのは立憲主義の根幹だ。後輩の法制局次長・横畠祐介も、「変更は許されないものではない」と答弁している。かつての法制局長官ともあろう者がそんな基本も知らないのか。


安倍が急ぐ背景には中国、北朝鮮が危険極まりない軍事的な圧迫を強め、極東の安保情勢が急迫する危機に直面していることが挙げられる。


おりから米海軍首脳は中国が尖閣ばかりか沖縄諸島まで奪取する上陸訓練を行っていたことを明らかにした。海軍のファネル大佐は13日に米カリフォルニア州で開かれた中国に関するシンポジウムで、中国軍が昨年秋に実施した大規模な軍事演習について、日本の自衛隊と激しい戦闘を繰り広げた末、尖閣諸島や沖縄の一部を奪取することを想定する訓練をしたというのだ。


「上陸作戦などを含む大規模なもので、東シナ海で短期で激しい戦闘により日本の部隊を壊滅させる任務が加わり、尖閣諸島や琉球諸島南部を奪取すると想定しているとしか考えられない」と分析した。


まさに中国の脅威は急迫しているのであり、普通の国が保持して、国連憲章の中核となっている集団的自衛権の行使を容認するかしないかなどといった“神学論争”をしていてよいのかという事態である。


そこで反対派の勢力がどのくらいかと言えば、推進派が圧倒的に多いことが挙げられる。総選挙で圧勝した自民党に加えて、みんな、維新両党が賛成に回る流れであり、民主党は党内に推進論を抱えて執行部が反対すれば分裂の可能性もある。


焦点の公明党も代表・山口那津男が今国会中の容認は無理としているものの、党内には妥協論も出てきており、条件闘争化するものとみられる。


自民党は一部に跳ね上がりが出る可能性も否定出来ないが、大勢は長年の論議で決着済みである。したがって反対派の核は民主党の左派、共産党、社民党、生活の党など少数政党に絞られる流れだ。


おまけに安倍の戦略は閣議決定を先行させて、法案の提出は秋の臨時国会という段取り。左翼政党や朝日が大反対を展開しても、閣議決定は止められないし、法案改正も多数で実現する流れであろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月20日

◆身から出たさびが、ひいきの引き倒し

杉浦 正章



安倍側近らの右傾化発言が止まらない


別の首相側近が米国の失望声明の直後に「こっちが失望した」と漏らしていたことから、これはまずいことになると直感したが、その通りだった。首相補佐官・衛藤晟一が発言を“コピー”して公言してしまったのだ。


慌てて官房長官・菅義偉が取り消しを命ずる始末となった。それにつけても首相・安倍晋三の側近や盟友なる人々は、どうしてこう知性が感じられないのだろうか。物事を理性的に対処せず感情論で押し通そうとするのが共通項だ。


昔は赤尾敏にせよ極右はそれなりの理論武装をして、品格のようなものがあった。ところが逆の人物ばかりを回りに置いて、安倍は防御陣を厚くしようとする。結局安倍に一番の責任がある。身から出たサビが、ひいきの引き倒しをしている図式だ。


米国の場合、大統領補佐官はまさに知性と知見と洞察力の固まりだ。キッシンジャーを見れば分かる。これを真似て細川護煕が首相補佐官制度を作ったが、はっきり言ってこれまでろくな補佐官がいない。その象徴が衛藤であろう。


こともあろうに他人の発言をそのままコピーして、動画サイトで「むしろわれわれのほうが失望だ」とコメントした。仮にも首相補佐官である。発言すればどのような反響が出るかということくらいは予知して当然だが、全くその気配は見られない。


折から国会は予算審議の最中であり、政権にとって正念場である。閣僚や側近の一言が審議に影響しかねないピリピリした緊張状態にある。それを知ってか知らずか、側近はのほほんとYouTubeでピントが狂った「演説」である。官房長官・菅義偉が激怒したのも無理はない。


どうも安倍の靖国参拝には、衛藤のミスリードがあったような気がしてならない。衛藤の一連の発言がいみじくもそれを物語る。衛藤は靖国参拝に先立って対米根回しを担当していたのだ。11月20日にはワシントンで国務次官補ラッセルと会談、安倍の参拝の方針を伝えた。12月はじめには米大使館で首席公使に「参拝を賛成して欲しい」と要望した。いずれも回答は「慎重にして欲しい」であった。


しかし衛藤は安倍には強い反応は出なかったと報告した感じが濃厚である。少なくとも自分の意見としては「ゴー」のサインを出したのであろう。その結果安倍は 九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く行動に出てしまったのだ。


知性欠乏型側近はまだまだいる。内閣官房参与・本田悦朗はウオールストリート・ジャーナル紙に神風特攻隊の自己犠牲を語りながら涙を流したという。官房参与たるものがインタビューに応じるなら、冷徹に理論的に首相の代弁をしなければならない。ところが感情をあらわにして落涙などしてしまったのだ。首相の取り巻きの平衡感覚欠如と異常性をいみじくも国際的に知らしめてしまった。


一方で自民党総裁特別補佐・萩生田光一は、何と来日が予定されているオバマを名指しで批判した。荻生田は「失望した」声明について「共和党政権の時代にはこんな揚げ足取りをしたことはない。民主党政権だから、オバマ政権だから言っている」と噛みついた。政権中枢の者は思っていても言ってはいけない言葉だ。


一方でこの「安倍人事」の弊害はNHK人事に如実に表れた。まるで“舌禍”がまん延したかのような状況だ。まず会長・籾井勝人が「慰安婦はどこにもあった」と本当のことを言ってしまってひんしゅくを買った。経営委員の百田尚樹は都知事選で極右・田母神俊雄を応援、対立候補を「人間のクズ」と言い放った。


この百田という人物も異常なところがあって「民主党は百田を国会に呼び出せ。びっくりするようなことをいっぱいしゃべってやる」と挑発、民主党は参考人招致を決めた。


長谷川三千子は、新右翼の活動家で朝日新聞本社で拳銃自殺した野村秋介を「神にその死を捧げた」と礼賛した。NHK人事で野党は硬化しており、政権揺さぶり材料として“活用”する構えだ。


これら全ての発言は、安倍の過度なる自己防衛人事の結果である。周りを石垣で固めるように、同類の人物ばかりを集める。第1次内閣が「お友達内閣」と呼ばれたように、今度は盟友政権を形作っている。


しかしこの安倍の極単に片寄った人事は世の中に誤解を招く。集団的自衛権容認の憲法解釈にしても、原発再稼働にしても、対中・対韓外交にしても安倍本人のやっている方向は正しいし、普通の国家になろうとしているだけである。それにもかかわらず極右の側近が目立ちすぎて、政策そのものが右傾化と誤解されるのだ。菅はまるでモグラ叩きのように次から次に打ち消さなければならない。


17日付の米紙ワシントン・ポストが、「日本の挑発的な動き」と題した論説で、安倍が強硬なナショナリズムに転じているため、アジアの安全保障問題を深刻化させていると指摘した。その上でオバマのアジア歴訪を、「危機の予防」と位置づけた。


同紙はNHK人事についても中国や韓国だけでなく、米政権内の「警戒ベル」を鳴らしていると主張した。この論説を誤解と片づけるのは簡単だが、周りの発言が繰り返される限り世界中で誤解が重なり、結局は中国や韓国を利するだけとなることを安倍は肝に銘ずるべきだ。弛緩した政権のたがを締め直すべきだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月19日

◆集団的自衛権で「転ぶ人」続出

杉浦 正章


公明党も遅かれ早かれ容認か


江戸幕府のキリシタン弾圧・拷問により、信仰を捨てた宣教師を転びバテレンと言うが、このところ集団的自衛権の憲法解釈をめぐって、転ぶ人、転びそうな人が続出している。


まず解釈改憲反対の牙城であった、内閣法制局が転んだ。次ぎに党首が反対している公明党の閣僚・太田昭宏が転んだ。そして幹事長・井上義久が転びそうだ。あちこちから雨漏りし始めて、公明党代表・山口那津男は二本の手では穴を塞げず、足まで使って塞がなければならない状態だ。


首相・安倍晋三にとっては滅多にないチャンスが到来しつつあることになる。


小さくしか報じられていないが、予算委で注目すべき発言は内閣法制局次長・横畠祐介の答弁であった。法制局は解釈改憲を可能とする長官・小松一郎が体調不良で入院したため、永田町では「クーデターが発生するのではないか」とささやかれていた。法制局は解釈変更反対論者が圧倒的多数であったからだ。


しかし、筆者などは長年法制局を観察して、時の政権のために法解釈を変えるのが法制局であると知らされてきたから、結局「三百代言」戻ると見ていた。


その通りで、小松の代理で答弁に立った横畠は12日「従来の解釈を変更することが妥当との結論が得られた場合には、これを変更することが許されないものではない」と答弁した。横畠は反対論者であったから、法制局特有の持って回った言い回しでまさに転んだことになる。


一方政権与党の公明党はやはり12日の答弁で国土交通相・太田が転んでしまった。太田は「安倍首相が話していることについては認めている立場だ」「全て首相が答えていることに同意している」と全面的に安倍の解釈改憲論に同調したのだ。憲法解釈の変更は閣議決定で行われるが、太田が署名しなければ閣内不統一ばかりか、連立解消となる。


したがって安倍にとっては願ってもない発言である。加えて、転びそうになっているのが公明党幹事長・井上義久だ。18日の記者会見で集団的自衛権容認への解釈変更について「私どもは真っ正面からこれを否定しているわけではない」と発言したのだ。


さらに続けて井上は注目すべき発言をしている。それは「公明党が結党された当時は自衛隊は憲法違反であり、日米安保は破棄すべきだという政策であった。だが、その後の社会状況の変化に対応して3年ぐらいかけて『自衛隊を容認する』、『日米安保を容認する』と安全保障政策を変えてきた。


安倍首相が言うように安全保障環境が大きく変わっていることは我々も認識している。今、本当に何が必要かということを真っ正面から向き合って、しっかりと集団的自衛権について議論をしていきたい」と述べたのだ。


これは筆者がかねてから分析してきた読みと全く一致する。有事法制やインド洋の給油支援活動、自衛隊のイラク派遣などで、当初は反対しても結局妥協に転じているのだ。筆者は「豹変は公明党のお家芸」と分析してきたが、井上発言はこの傾向を裏付けるものであろう。


この相次ぐ集団的自衛権容認への発言が意味するものは何かと言えば、みんな、維新両党の安倍への接近である。井上は「隙間を広げてその間に入り込もうとする人たちが居て難しい」と隙あらば公明党に代わって連立入りしようとする渡辺喜美と石原慎太郎に当てこすっている。


要するに自公連立は何が何でも維持したいというのが公明党の“本音”なのであろう。賛否両論がある党内論議も、徐々に賛成論が強まり始めている証拠でもある。


これに対して山口の立場は微妙だ。山口は政権成立当時は「断固反対。やるなら政権離脱」としてきたが、党内の空気を反映して徐々に過激発言を控えるようになってきている。しかし、根底には根強い絶対平和主義に根ざしたような反対論がある。


太田が発言すれば、山口は党内に「太田さんは安保法制懇の考えを見守りたいという考え」と釈明。井上が発言すれば記者会見で「容認すると言っていない」と説明するといった具合だ。しまいには18日「安保法制懇が4月に報告書を出しても今国会中に結論を出すのは容易ではない」と述べ始めた。これは形勢不利と悟って、引き延ばしの条件闘争に転じたのであろう。
 

安倍は報告書を見たうえで方針を打ち出すことを明言しており、4月に報告書が出れば会期末の6月までに閣議決定したいのであろう。しかし山口が騒いで、これに一部マスコミが同調する事態が予想される中で中央突破できるかどうかだ。


本来国会は自衛隊法改正案など関連法案が出てから関与する流れだが、事は憲法解釈の変更でありなかなか突っ走れない事情もある。山口の意向を忖度(そんたく)して夏まで先延ばしするか、環境が整ったとして国会中に判断するか、極めて高度の政治判断マターだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月18日

◆日韓1両損で関係改善を

杉浦 正章



安倍もここは我慢のしどころだ


聖書に困難なものの例えに「針の穴にラクダを通す」があるが、まさに日韓和解はその表現通りに至難の業である。しかしここは両国が譲歩するしか道はない。米国も国務長官・ケリーの訪韓を機会に「仲介」への動きを活発化させ、近く国務次官補・ラッセルを日韓両国に派遣する。


18日にはソウルで外務省局長級の会談が始まる。ターゲットはオバマの歴訪に先立つ3月下旬の日韓首脳会談の開催だ。オランダで同月24日から開かれる核安全保障サミットの場での会談実現だ。ここは日韓が努力して発想を大転換し、ラクダが通れる巨大な穴を持つ針を作るしかない。


ケリーの訪韓について駐米大使・佐々江賢一郎が「韓国側の努力を強く促したのは非常に適切だった」と絶賛している。確かにケリーの発言の根底には、今そこにある危機に歴史認識などと言う悠長なことでけんかしているときではないという極東への危機意識がある。


そしてその姿勢は対日説得よりも、韓国側の譲歩を求める方に比重を置いていた事が分かる。ケリーは大統領・朴槿恵に対して「難しく複雑な歴史問題に過度の関心が寄せられている」として自重を促したのだ。加えてケリーは終了後の記者会見で「歴史より現在の人命にかかわる問題に焦点を合わせるべきだ」と強調した。


あわてて外相・尹炳世(ユンビョンセ)が日本の方に問題があると発言したが、その焦りは隠せなかった。


さすがに米国務省は情勢分析が的確である。朴槿恵の絶え間ない対日批判の“言いつけ外交”は、世界の指導者としても異常の部類に入るのであり、首相・安倍晋三の“発作的”な靖国参拝がなければ国務省は「韓国がやり過ぎ」の判断に傾いていたのであろう。


だから一時的に「失望した」のであったが、ようやく以前に戻ったのである。外交筋によると国務省は慰安婦問題にこだわる朴槿恵の姿勢にいら立ちを募らせていると言われる。米国に慰安婦像などいくつ造ってプロパガンダを展開しても、国務省はさすがに本筋を見逃さないのであろう。


ケリー発言から見られる“仲介”の方向は、この凝り固まった韓国の「歴史認識依存体質」を解きほぐすことにあるのだろう。


米国はこれまで日韓険悪化の問題について「当事者の問題」として、関与を避けてきたが、大統領の両国訪問が設定された以上拱手傍観できない事態に至ったと判断したのだ。一定の仲介工作をする方向に転換したと言える。


ケリーはこの方針を韓国における記者会見で「ラッセル国務次官補らが今後数週間以内に日韓関係の改善に関与することになる」と言明している。一連のケリー発言から見ると仲介工作の前提は「安保が大事か過去が大事か」にある。北の核開発が進展し、何をするか分からない不気味な指導者が虎視眈々(たんたん)と隙を狙っているのである。


北にしてみれば日韓の亀裂は願ってもないチャンスであり、米国は韓国に「なぜここに気が付かないか」と言っているのだ。


一方、首相・安倍晋三の歴史認識についても危惧の念を抱いていることは確かだ。なぜなら安倍は戦争と植民地支配についての反省を述べた村山談話について昨年4月に「そのまま継承しているわけではない」と発言したり「侵略の定義は決まっていない」と否定的な意見表明をしており、安倍の“真意”がここにあると見ているからだ。


安倍にしてみれば社会党の首相や、党内で異端の河野洋平の談話などに踊らされてたまるかという心理が働いているのだろう。


まことにもっともであるが、歴代首相も不満はあっても我慢をしてきたのだ。その重みは理解しなければなるまい。


発言後に政府は外相・岸田文男が「安倍内閣は歴代内閣の歴史認識歴をしっかり引き継いでおり、河野談話、村山談話など過去の内閣において発せられた談話を否定したことはない」と修正している。ラッセルの仲介はこの辺りをとっかかりにする可能性が高い。


日韓首脳会談で安倍に村山、河野談話を確認させる方向での調整である。慰安婦や徴用工への保障問題については、国際法上も日本の立場を支持せざるを得まい。


つまり65年の日韓請求権・経済協力協定で解決された問題であるからだ。とりわけ慰安婦問題に関しては、朝日新聞の意図的誤報によって作り出された側面があり、この問題の泥沼にはまることは得策であるとは考えないだろう。


したがって米国の仲介は安倍に村山・河野談話を再確認させるが、保障問題は解決済みとする「日韓1両損」の大岡裁きしか手はあるまい。


要するに米国は論争の細部に巻き込まれ、泥沼にはまることを極力避け、政治論としての大局的解決を目指すしか手はないのだ。韓国側にはこれ以上の反日プロパガンダを自制するよう求めることになろう。また日本ができることは、不況にあえぐ韓国経済の建て直しへの支援であり、この面での協力を求めるだろう。


いずれにせよ隣が嫌いな国の筆頭でも、向こうは引っ越してくれない。いいかげんに大人の妥協をすべき時だ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月17日

◆周永康事件で中国政界に激震か

杉浦 正章



習近平への権力集中確立へ


安倍の靖国参拝へのデモも抑えているし、米軍機の示威行動も黙殺しているから、どうも中国が大人しすぎると思っていたら、国内が大変なのだ。共産党政権発足以来の大疑獄が3月にも摘発される様相となってきた。既に自宅軟禁状態にある元序列9位の周永康の汚職操作の公表だ。


事件は明らかに権力闘争の様相を示している。中国国家主席・習近平が江沢民の率いる石油閥への壊滅的打撃を計ろうとしているのだ。習は既に軍と武装警察を掌中に収めており、汚職摘発により権力集中が完成する。逆に江沢民側は習の親族の蓄財を暴くなど泥仕合の様相も深めている。


狙われた周永康は、石油技師などを経て国土資源相、公安相などを歴任、2007〜12年に政治局常務委員(序列9位)を務めている。10月末に収賄罪などで無期懲役が確定した元重慶市党委書記・薄煕来とも近い存在である。


既に指導部は息子を拘束、元秘書を取り調べるなど疑惑固めを急いでおり、周に近い「石油閥」の大手国有石油企業幹部らを相次ぎ摘発している。習近平は「トラもハエも逃さない」と明言しており、周は、絶対外れることのないトラバサミにかかった形だ。


その罪状は警察・司法の地位を利用して汚職官僚をかばい、高官や元老らの通信を盗聴して「反党行為」を繰り返したというもののようだ。事件の関係者は5800人に達すると言われており、周永康事件はこれまで党常務委員には絶対捜査の手が及ばないというタブーを破るものとなる。中国政界に激震が走ることは確実だ。


問題はこの汚職摘発が権力闘争の色合いを濃厚にしていることである。


中国の3大派閥は、胡錦濤・李克強らの共産党青年団系、習近平の太子党系、江沢民の上海閥系に大別され、焦点の上海閥は石油利権との結びつきが濃厚であり、石油閥とも言われる。この石油閥の中枢に位置するのが周永康であり、これを打ち崩せば江沢民派は壊滅状態となり、習近平の権力集中策は成功する。


習近平は就任以来、力によって党内、民衆を押さえ込む動きを強めてきた。言論統制や思想宣伝策を強化しており、昨年11月の第18期中央委員会第3回総会(3中総会)では、「国家安全委員会」を設置、そのトップの座に座った。


同委員会は中国の軍、警察、外交部門などの情報・安全保障・宣伝部署などを統合する組織であり、共産党1党独裁体制維持・再構築の中核になるものとも言える。年間20万件とも30万件とも言われる各地で起こる暴動・デモが共産党の存立にとって取り返しのつかない様相になるのを懸命に抑えようとするための措置である。


習近平はこの安全委を核に軍と武装警察部隊(武警)の双方を掌握した。武警は150万人以上との指摘もある。治安対策とされる「公共安全費」は13年で約13兆2000億円に達し、約12兆7000億円の国防費を上回るに至っている。


習近平は近く捜査が開始となる周永康事件で汚職摘発に聖域なしを一罰百戒の形で国内に知らしめ、中央地方に蔓延する政治家や官僚の汚職、蓄財にメスを入れる構えだ。規模といい、対象人物といい歴史的な取り締まりとなるものだが、その意図が自らの権力集中に傾斜していることは言うまでもない。


したがって、政敵の汚職は摘発しても、味方の汚職は摘発しないことになり、抜き差しならぬ共産党政権の「汚職体質」は温存されこそすれ、一掃されることはない。


この習の思惑を見抜いたかのように、江沢民系からは政権直撃の汚職、蓄財情報が流され始めている。江派による反撃である。


最近世界中のメディアにばらまかれた情報は、習近平や前首相・温家宝らの親族がタックスヘイブン(租税回避地)の英領バージン諸島などで設立した会社を通じて資産を運用しているという衝撃的なものである。


明らかに江派が起死回生の反撃に出たものとされている。しかし大きな潮流としては反撃しても党中枢を握る習近平が最終的には勝利するとの見方が濃厚であり、春にかけてデスマッチが展開されることになる。


この党大幹部の腐敗すら“活用”して、自らの地位を確立しようとする習近平の飽くなき権力欲は、凄まじいものがある。


問題はこの権力闘争に勝ち抜いた後の習が対外的に強攻策に出る可能性が濃厚であることだ。最近中国では首相・安倍晋三をヒットラーになぞらえる論調が盛んだが、凄まじいまでの権力闘争を見る限り、「安倍ヒットラー」などはまだ可愛い部類に入る。


問題は権力を集中した「習近平ヒットラー」が何をしでかすか分からないことである。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月14日

◆一泊でも国賓待遇で中韓けん制を

杉浦 正章


〜オバマ来日〜


「新型大国論」傾斜で米にクギを刺せ


日本外交はもう少し自信を持った方がよい。国力が衰退気味の米国にしてみれば、GDP3位の日本なしに極東戦略は展開できない。大統領・オバマを国賓待遇とすることは対中国、韓国を“けん制”する意味合いを濃厚にする。例え短期滞在でも国賓待遇とすべきであろう。


また4月の訪日は3月の米中首脳会談の後になる可能性があることも念頭に置く必要がある。今から外交攻勢をかけて、米国が太平洋を2分しかねない習近平の「新型大国論」への傾斜を食い止めるべき時だ。


また米国の懸念する日韓関係修復は大局的見地からこれを推進、日韓首脳会談を事前に実現させて、米国のメンツを立ててオバマ訪日を成功に導くべきだ。


どうも極東諸国は外交を男女間の恋愛のようにとらえる癖がある。日本のマスコミにもないわけではないが韓国は国を挙げてその度合いが著しく、まさに「嫉妬外交」の様相だ。


オバマが日本に来ると聞けば、真っ青になって外相・尹炳世(ユン・ビョンセ)が訪米、「素通りしないでくれ」と懇願するやら工作するやらの醜態。知日派重鎮の元国務副長官・アーミテージにまで泣きついた。アーミテージはさすがに大局が分かる。


大統領訪日だけでは日韓関係がかえって傷つくと判断、ワシントンポスト紙に論文を掲載して、韓国訪問を加えるように主張した。この結果、ことの重大さにようやく気づいたホワイトハウスは急きょ訪韓を付け加えたのだ。


日本は1年前から国賓待遇での訪日を希望して、根回しをしてきたが、その思惑が中国と韓国けん制にあることは言うまでもない。これが1泊2日の滞在になったからと言って取りやめる必要はさらさらない。宮中での晩餐会や、乾杯の写真は「絵」になるのだ。この「絵」を世界中にばらまき、強固な日米関係を演出するのだ。


そこで会談の内容だが、さすがに国務省や国防総省は日米同盟関係の強化維持に異論はない。問題は今は落ち目のオバマの動向だ。11月4日の中間選挙を控えて、何とか点数を稼ぎたいと思っている。ニクソンもそうであったが米国の大統領にとって対中関係改善は、大仕事であるだけに人気につながるのだ。


つい誘惑に駆られるのだ。そこでオバマは昨年11月20日に、側近の大統領補佐官(国家安全保障担当)スーザン・ライスに命じて「中国に関しては、われわれは新型大国関係を機能させるよう目指す(When it comes to China, we seek to operationalize a new model of major power relations.)」と明言させた。


ジョージタウン大学での「アジアにおける米国の将来」と題する講演の中で述べた。この動きはもっとも気になるところである。


と言うのも新型大国論は中国国家主席・習近平が昨年6月の米中首脳会談で唱えたもので、いわば米中のG2による太平洋分割論である。その内容は米中2国が衝突を避け、双方の核心的利益を尊重し、ウインウインの関係を構築しようというものである。


言ってみればアジア太平洋地域を米中の2大国で共同管理しようということだ。ライスは訪米した外相・岸田文男に対しても「米中間の一定の協力」推進に理解を要請しており、どうも臭いのだ。


日本外交にとってよぎるのはあの悪夢である。補佐官・キッシンジャーの隠密外交でニクソンに日本が出し抜かれた米中頭越し首脳会談というトラウマである。


米国にしてみれば日米軍事同盟で中国の外洋進出を食い止めるのがその極東戦略の核心だが、米国でニュースになるのは華やかなる米中首脳の関係改善だ。


大統領副補佐官・ローズは1月29日、オランダで3月24日から開かれる核安全保障サミットで、オバマと習近平が会談する方向で調整に入ったことを明らかにした。会談が実現すれば昨年の会談で習が提案した、新型大国論についてオバマが回答する番でもある。


日本にしてみれば、その存在を差し置いて太平洋を2分割されてはたまらない。居る場所がないことになる。


ここは「まさかそういう事はやりますまいね」と、“ねじ込む”場面であり、少なくとも裏舞台でダメ押しをする必要があるのだ。だから4月の首脳会談に先駆けて調整が必要なのである。米国の国力は衰退しており、米中の力関係を第1次大戦前のイギリスとドイツの関係に見立てる事が国際的に流行している。


しかし見逃している急所が一つある。それはGDP世界第3位の日本の存在である。GDP1位の米国は3位の日本と軍事同盟を維持している限り、2位の中国に優位に立てるのだ。日本の存在は今後増大しこそすれ、衰退することはない。オバマはここを見間違わない方がよい。


加えて首脳会談を日本は“活用”しなければならない。その第1が対韓関係である。国務長官・ケリーによる大統領・朴槿恵との会談で注目すべき箇所が一点だけある。それは毎日だけが報じているがケリーが歴史問題を念頭に「難しく複雑な歴史問題に過度の関心(が寄せられている)」と述べ、関係改善を求めた点だ。


米国は朴槿恵の言動を「過度の関心」と位置づけているのだ。日本の安倍の靖国参拝にも手を焼いているが、朴の“言いつけ外交”にもあきれている証拠だ。韓国は少しは「まずい」と感じているに違いない。


ましてやオバマを無理に招請しておいて、紛れもなく行われる“オバマ調停”に応じなければ、非難の矛先は韓国に集中する。日本と同様に韓国もオバマの“メンツ”を立てざるを得ないことになっているのだ。ここはけんかの仲裁に入る「留め男」が出てきたことを奇貨として、4月下旬をターゲットに両国とも妥協すべきだ。


そのためには安倍もオランダでの核サミットの場を朴槿恵との会談の場に設定してもよいではないか。事実、政府筋によると検討の対象になっているようだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月13日

◆民主は鵺(ぬえ)政党か

杉浦 正章



舌禍すれすれの安倍発言にも沈黙


国会論議が深まるにつれて際立つのが民主党の体たらくだ。伝説の怪獣・鵺のようでとりとめもない。一方でバランスを崩しそうな首相・安倍晋三の「前のめり答弁」も目立つ。代表・海江田万里以下誰が質問に立っても、首相・安倍晋三に「倍返し」でやられて、出ると負け。


NHKの世論調査では自民党支持率が36.2%に対して民主党は5.8%と6分の1。攻撃力が支持率に正比例していると言えばその通りだが、根本的な原因はなにか。やはり旧社会党の“栄えある伝統”の「抵抗野党」に先祖返りしてしまったことにある。


執行部を左派が握って、絶対平和主義に固執して、激動する極東情勢に対応できない政党になってしまっているのだ。9日の党大会で、今国会の核心である集団的自衛権の行使容認問題に統一見解を出せなかったことが全てを物語る。


海江田の質問は本会議でも予算委でも、まさにインタビューだ。肝心の集団的自衛権問題でも安倍に対してやるのかやらないのかの手続き論を尋ねることに終始して、自ら是非を表明する事はなかった。おまけに集団的自衛権問題をよく理解していないことまで露呈した。


海江田は集団的自衛権を日本が発動しなくても「米国の90隻のイージス艦だけで対応できる」と主張したが、ケーススタディがまるで分かっていない。数の問題ではなくケースの問題なのだ。安倍に「日本のイージス艦が少ないから米国だけで完結できるかは別の話だ」と切り返されて、ぐうの音も出なかった。


安倍の答弁はこのところ勢いづいて、はらはらするようなケースが多い。国会審議がストップしてもおかしくないほど挑発的だ。長妻昭に対して「なぜ総選挙に大敗したかを全然考えていない」と切りつけた。さすがに下司(げす)とは言わなかったが「何とかの勘ぐり」と、侮辱的な発言までした。


長妻が自民党の改憲案について「国民を縛る改憲案」と述べれば「デマゴーグだ。こういうことをやっているから民主党は駄目なのだ」とこき下ろし、さらに「民主党はうまくいかなくて割れた。


結局何も結果を出していない」と決めつけた。一昔前だったら国会ストップで大騒動になるところだが、国政選挙と、都知事選挙の連敗で脳しんとうばかり起こしている民主党にその気概はなくなった。


12日の衆院予算委でも民主党の大串博志が、内閣法制局や公明党の国交相・太田昭宏にねちねちと質問、政権内部の食い違いを引きだそうとしたのに、安倍はいら立ちをあらわにした。自ら答弁を求め「最高責任者は私です。私が責任を持って、その上で国民から審判を受ける。審判を受けるのは法制局長官ではない」と言い放った。


安倍は朝日を「安倍政権打倒は朝日の社是」と発言したかと思うと、12日はタブロイド紙にまで噛みつき「私のことをほぼ毎日のように『人間のくず』と報道しておりますが、私は 別に気にしませんけどね」と発言した。読む必要のないタブロイド紙まで読んでいる証拠で語るに落ちた。


まさに安倍は当たるベからざる勢いで、勝っても誰も褒めないレベルの低すぎる相手とまでけんかしてしまいそうだ。観察すれば、どうも多忙の余りに神経が歴代首相と比較して異様にいらだっている感じを見せ始めた。平衡の感覚が崩れ始めている。


この調子で疲労ばかりためて、いさめる側近がいないと確定的に「舌禍首相」となることを予言しておく。もうその兆候が現れ始めた段階だ。民主党はそれを楽しみにできるのだが、本題に戻して、民主党がこのようにこてんぱんにやられてしまうのは何が原因なのだろうか。


やはり党大会が象徴している。党大会では「暴走する安倍政権と厳しく対峙する」と威勢よく宣言したが、その内実は逆であった。朝日が社説で「民主党大会に漂っていたのはのっぺりとした倦怠(けんたい)感だった」と珍しく見事な表現をしたが、その通りだ。


やる気がないのだ。同社説が「集団的自衛権の行使を容認するか否かは戦後日本の岐路である。早急に見解をまとめるべきだ」といら立ちをあらわにしたことが物語っている。見解をまとめるにまとめられなかったのだ。

海江田は、「早い段階で方向を出すのはやめる」と言うしかなかった。


なぜかと言えば左傾化執行部に対して保守派が対立を表面化し始めたのだ。民主党保守派は以前から前原誠司のように集団的自衛権の行使を容認すべきとする主張が根強く、党大会での最大の対立点となった。これは同党が左派と右派の寄り合い所帯であり、亀裂を避けるために安保論争を避けてきたことに起因する。


海江田ではまとめられないのだ。海江田は自ら手を挙げて代表になったものの、落ち目の政党を立て直す力量はなく、そうかと言って政権追及能力にも欠け、全く不適格としか言いようがない。


前首相・野田佳彦や前原がいいかげんに沈黙を破って左傾化民主を復元しないとそれこそ沈没か、集団的自衛権をめぐっての分裂だ。左派の旧態依然たる安保路線では激動する極東情勢に対処しきれないことを悟るべきだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月12日

◆小泉・細川の「政治生命」は終わった

杉浦 正章



エネルギー計画は原発再重視を打ち出せ


第2次小泉劇場は「大根引っ込め」のヤジと共に幕を下ろした。二人の主役がすごすごと花道を去るの図だ。小泉純一郎も細川護煕も元首相の身でありながら、無知蒙昧(もうまい)の「原発ゼロ」を都民に拒絶され、しゅうと爺さんのように国政に口を出すとどうなるかを身にしみたに違いない。


首相・安倍晋三は衆参両院選挙と都知事選挙という原発がテーマの3つの重要選挙に圧勝したのだ。ちゅうちょなく再稼働を実施し、未来への展望と希望を切り開く核燃料サイクルを推進し、世界の原発ブームの潮流に乗り遅れるべきではない。


とりわけ中長期的なエネルギー政策の指針になるエネルギー基本計画の閣議決定は、原発を堂々と「ベース電源」と位置づけ、年間3.6兆円にのぼる国富の流出を早期に食い止めるべきだ。


新都知事・舛添要一が「私も脱原発」と述べたのは、小泉の「ワンイシュー戦略」に乗せられないために打ち出した一時の便法であり、これが見事に図に当たって一点集中選挙化を防いだ。


さっそく脱原発論者はTBSのコメンテーターのように「脱原発の方が数が多い」と負け犬の遠吠えを繰り返しているが、政治記者なのに政治を知らない。ここで重要なのは「脱原発」にもいろいろあって、口先だけのキャッチフレーズから、共産党のように「即ゼロ」まで幅が広い。


安倍が「原子力への依存度は低くしていきたい」と述べながら期限を区切らないのは100年先か、1000年先か、科学技術の進歩に伴って変化しうると見ているのであり、「当面は原発推進」と言っているのと変わりはないのだ。


要するに「福島の粉じん」が治まって、原発再稼働の「心地よさ」を多数の国民が再認識して、その上で右か左かが決まってゆくことなのである。
 

そもそも安倍は選挙に先立つ施政方針演説で、原子力規制委員会が安全と認めた原発から再稼働する考えを重ねて強調した。再稼働は明らかに「入原発」の公約であり「脱原発」ではない。この結果都知事選挙は政治的には再稼働の安倍と「原発即ゼロ」の小泉の代理戦争の様相であったことを意味する。


その代理戦争に紛れもなく安倍が完膚なきまでに勝ったのであり、国政選挙に次ぐ圧勝はもう原発論争に勝負がついたことを意味する。


朝日新聞など反原発派は、さらに続く知事選などで原発反対派が勝てば、鬼の首を取ったようにデカデカと報ずるに違いないが、もう自治体選挙が国政に介入することは筋違いと悟るべきだ。原発にストップをかけたいのなら、国政選挙で勝つべきであることは言うまでもない。 


安倍政権は選挙への影響を考慮して先延ばしにしていたエネルギー基本計画を月内にも閣議決定する。既に昨年末に経済産業省の審議会がまとめた素案では原発を「基盤となる重要なベース電源」と位置づけた。従来は「基幹電源」の位置づけであったが、一段格下げした感は否めない。


「ベース電源」とは安い燃料コストで24時間稼働し続けることを意味しており、反対派の新聞はこの表現ですら修正を迫っている。しかしもう都知事選への配慮は必要なくなった。


安倍も国会答弁では「そう簡単に『原発はやめる』とはいえない」と述べている。したがって原発維持の方針に変わりはないということであり、もうごまかしのように受け取られる基本計画の表現は避けるべきである。重要なのは原発をベースにしてエネルギーミックスを達成しようとする姿勢なのである。


さらに世界は原発新増設ブームである。これに乗り遅れることは紛れもなく国家の衰亡に直結する。現在でも国民1人あたり3万円の化石燃料費がアラブ諸国などに流出、石油の価格も上がる一方だ。


既に貿易収支の悪化は限界にまで達している。政権を担当する以上、もう躊躇してはならない。都知事選は紛れもなく免罪符として活用されるべきものである。


筆者は細川・小泉のタッグマッチに、荘子に「寿(いのちなが)ければ則ち辱多し」があるとと指摘したが、二人にとって恥多しの選挙であった。都民は今回だけは選挙を「遊び」とすることを控えた。浮動票も舛添に流れた。


電気料金、石油価格の高騰に苦しむ一般家庭や中小企業。せっかくのオリンピック招致を細川で成し遂げられるのかという危険性。今すぐあってもおかしくない直下型大地震。こうした状況を考えれば、細川3位の惨敗は当然の結果であろう。


なによりも小泉、細川のポピュリズムに立脚しようとする“邪心”と“野望”が否認されたのだ。細川はろくろの前に座り直すのが、姿として似合う。小泉も「劇場選挙の夢よもう一度」は儚く散った。もう二度と政治の場に出てこなくてよい。その政治的な能力の限界をさらしたからだ。


小泉に同調した息子の進次カの判断力の甘さも露呈した。まだまだ雑巾がけが足りない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月07日

◆安倍・石原・渡辺連携で公明に圧力

杉浦 正章



集団的自衛権の工程固まる


一連の国会審議を通じて集団的自衛権の行使容認に向けての首相・安倍晋三の「工程表」が鮮明となった。


そのポイントは(1)今国会中にも集団的自衛権容認に向けて憲法の解釈を変更する閣議決定をする(2)秋の臨時国会で法的根拠を作る(3)行使の是非は政策判断で決める(4)年末の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)改定に反映させるーで構成される。


同時に安倍は解釈変更に前向きな維新・みんな両党との政策協議を進展させ、場合によっては公明党に先行して変更を合意に持ち込む。そうなれば公明党は態度決定を迫られることになるが、安倍の説得材料は(3)の政策判断での“歯止め”となろう。
 

所信表明演説で打ち出した安倍の「責任野党との協調」路線は、集団的自衛権の行使容認に向けての布石である色彩が濃厚となってきた。みんなの党代表・渡辺喜美は積極的に応ずる構えである。維新は共同代表・橋下徹が市長選にかかりっきりとなることから、いきおい石原慎太郎の比重が増す結果となった。もちろん容認へと向かうだろう。


こうした中で石原と渡辺の接近がささやかれている。渡辺の父美智雄はかつて石原と自民党青嵐会で活躍した同志であり、石原と喜美の関係もよい。両者は近く集団的自衛権問題で会談することも検討しており、実現すれば集団的自衛権で「安倍・石原・渡辺連携」へと発展する可能性を秘めている。


自民党内には幹事長・石破茂が憲法解釈変更の時期に関し、「今国会で結論を出すことが目的ではなく、行使を可能にすることが目的だ」と述べ今国会中にこだわらない考えを示している。


石破は解釈変更に関しては全く安倍と歩調を合わせているが、その段取りについては秘密保護法成立が官邸主導で進み、マスコミ・野党の攻撃にさらされたことから、慎重姿勢である。安倍は石破に公明党説得を委ねており、石破は(1)集団的自衛権容認(2)尖閣への偽装漁民上陸などグレーゾーン事態への自衛隊出動の両面から舞台裏で公明党説得に取りかかっている。


このうちグレーゾーン事態への対応については公明党も「個別的自衛権の範囲」(幹部)として同調する構えを見せているが、集団的自衛権の行使に関しては代表・山口那津男が「時期尚早」と立ちはだかっている。


と言っても山口は当初の「断固反対・政権離脱」から「時期尚早」まで折れてきているのだ。最近では「政策的意見の相違だけで連立離脱は到底考えられない」とまで変化し、「知恵を出し合意形成に努力する」と条件闘争的な姿勢を見せ始めている。


山口にしてみれば「安倍・石原・渡辺連携」が実現して、これが連立の枠組み変更にまで移行してしまっては、創価学会首脳から責任を問われることになりかねない。実はこれが一番怖いのである。


そうかと言って、絶対平和主義の学会婦人部の力も無視できず、実態は学会内で板挟みとなっている状態なのだ。したがって、ここは婦人部説得の“材料”が不可欠なところであろう。


婦人部では「地球の裏側にまでアメリカに付いていって戦争することになる」といった議論が主流を占めており、これを説得するには材料が必要なのだ。そこでささやかれているのが、安倍の工程表(3)の「解釈変更を実際に行使するかどうかは政策的に決める」である。


要するに“歯止め”をかけるのだ。安部は国会答弁で「いわゆる集団的自衛権の行使はやらなければいけないということではない。権利として持つことで政策的には選択肢を持つ」と説明している。解釈変更を閣議決定しても、実際に行うかどうかは内閣の判断で決めるのだ。


安倍も石破も「地球の裏側論」を否定しており、この辺で山口のメンツを立てる妥協案が出てくる可能性が高い。具体的には例えば、日本海で米艦船が攻撃を受ければ、集団的自衛権を行使して反撃するが、地球の裏側では見送る判断もあり得ることを歯止めとするのだ。


この歯止めは(3)の「秋の臨時国会で法的根拠を作る」と密接に絡んでくる。自衛隊の出動要件などを定めた自衛隊法、日本が直接武力攻撃を受けた場合に備える武力攻撃事態等対処法、日本周辺有事での米軍への後方支援を定めた周辺事態法の改正が中心となるが、“歯止め”を入れて公明党やマスコミの反応を和らげることが必要となる。


ろくろく理論武装もないままに突っ走った秘密保護法の二の舞は避けたいというのが石破らの考えであろう。しかし、安倍にしてみれば工程表を動かすにはまず4月の安保法制懇の報告書を受けて早い段階での閣議決定を逃すと、チャンスを失う恐れがある。維新、みんなが盛りあがったところで対応する必要もあるのだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月06日

◆安倍、政権打倒は朝日社是と宣戦布告

杉浦 正章



“安倍・朝戦争”長期化の様相


温厚な安倍ちゃんがついに堪忍袋の緒が切れるのくだりであった。首相・安倍晋三は5日の国会で朝日新聞を「安倍政権打倒は朝日の社是であると聞いた。そう言う新聞だと思って読んでいる」と真っ向から批判したのだ。


これほどきっぱりと特定の新聞を名指しで首相が切りつけた例を知らない。新聞とのけんかは佐藤栄作が退陣表明の記者会見で「 新聞記者は出て行け、偏向している新聞は大嫌いだ。私は直接国民に語りかけたいんだ」 と記者たちを追い出した例がある。


朝日などに対する不満が積もり積もったものとみられたが、名指しはせず、しかも最後っ屁の色合いだった。安倍は長期政権がささやかれており、その政治信条から見て朝日とは折り合うはずもなく、まさに「安倍・朝(あべあさ)戦争」が幕を開けた感じだ。


参院予算委では自民党の脇雅史が特定秘密法案をめぐるマスコミの報道を取り上げた。これに対して安倍は「今までの決めつけの議論がどれくらい正しかったかはっきり検証すべきだ。政府がやるべきことではないが党がやれば有意義だ」と発言した。


次いで安倍は、朝日などが秘密保護法案審議の過程で“風評”まがいの紙面作りをしたことについて「飛んでいるオスプレイを撮り友人に送ったら懲役5年という議論もあった。実際に誰かやって確かめてみたらいい。まったくそんなことは起きない。言った人は責任を持ってもらいたい」と憤まんをぶちまけた。


そして「安倍政権打倒は朝日の社是であると聞いた。そう言う新聞と思って読んでいる」と発言したのだ。
 

確かに、秘密保護法をめぐる朝日の報道ぶりは、客観性とはほど遠いものがあった。連日の如くヒステリックに反対の社説を掲載、その数は約半年で30本近くになった。天声人語もまるで反秘密保護法の牙城のようであった。秋の臨時国会でその論調は最高潮に達した。


10月26日の朝刊で天声人語はなんと秘密保護法案について「米国からもらった情報を守るために自国民を罪に問う法である。民主主義を揺さぶりかねない法でもある」と断定したのだ。そこにはかつての社会党とも一脈通ずる根深い反米思想がありありと存在している。


そして「出来てしまったあとで破滅的な結末を招いた、戦前の幾つかの法を忘れたくはない。『はじめにおわりがある』。抵抗するなら最初に抵抗せよ。朝日新聞の大先輩にして反骨のジャーナリスト、むのたけじ氏の言葉が点滅する」と続けた。明らかに同日から朝日は大衆扇動の“風評”路線を選択したのだ。


これを裏付けるように素粒子欄では「『お前は秘密を漏らした逮捕する』。『何の秘密を』『それは秘密だ。私は知らぬ』。秘密保護法のオーウェル的世界。」とやっている。マインドコントロールのジョージ・オーウェルにこじつけて、全体主義への危険があるかのような印象を読者に与えている。


また社会面では居酒屋の会話で逮捕される会社員の“物語り”をでっち上げた。この傾向は文学の薫り高い欄であるはずの朝日歌壇にまで及び、陳腐な秘密保護法批判の短歌ばかりを掲載するという執拗さだ。


筆者が1月29日の「俳談」で 「芸術の世界にまでイデオロギーを持ち込もうとする執拗な姿勢にはあきれるばかりか、生理的嫌悪感すら感ずる」と書いたのが利いたのか、3日の歌壇では延々と続いてきた「秘密保護法短歌」が影をひそめた。歌壇は選者が常習犯的に時の論調を反映させる。昨年夏には「原発反対」一色の歌壇であったことがある。


こうした報道に対して安倍は自民党役員会で、特定秘密保護法を含む政権の取り組みを説明する広報資料を作るよう指示している。自民党は「特定秘密保護法に関する誤った新聞報道への反論」と題する反論文書を作り、党所属の全国会議員に配布した。


取り上げた記事は朝日12本、東京7本、毎日4本に及んでいる。安倍は恐らく朝日を普段は隅々まで“愛読”しているに違いない。したがってその紙面を挙げての大衆扇動と反安倍路線に対して強い不満を抱くに至ったのであろう。安倍にしてみれば詠めば読むほど神経を逆なでされることになる。


事実朝日の紙面に呼応するように国会や首相官邸を取り巻くデモは拡大していった。そして我慢の糸がぷつんと切れたのが予算委の答弁であった。


歴代首相にはない直接的マスコミ批判であるが、首相にも言論の自由はある。その責任の範囲において批判すべきと思ったものは批判すればよい。その批判の妥当性は国民が判断して、選挙で審判を下すのが民主主義だ。


この“宣戦布告”に対して朝日がどうでるかだが、朝刊では何の反論も出していない。読売が報道するにとどまっている。


しかし佐藤を怒らせた朝日の社会党べったりの報道ぶりは、伝統として引き継がれもうほとんど病膏肓(こうもう)に達している段階であり、確かに安倍が言うように「安倍政権打倒が社是」なのであろう。


今後集団的自衛権の憲法解釈変更や、夏に予定される原発再稼働をめぐって「安倍・朝戦争」は一層の高まりを見せるに違いない。


しかし脱原発は都知事選で「細川・小泉」路線を煽りにあおって失敗し、これに先立つ衆参選挙でも脱原発論調が完敗。今後も結局勝てないことが分かっていない不毛の論調を繰り返すだけだろう。


集団的自衛権では中国、北朝鮮の軍事的脅威どこ吹く風の「昔日の安保論争」を繰り返しても説得力がない。結局安倍が勝つに違いない。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月05日

◆VOKAに敗れた日本のロビー工作

杉浦 正章



バージニアで「東海」併記決定の方向


一種の子弟に対するbrainwashing(洗脳)につながる事態だと言うことが、バージニア州の教育者には理解できないのだろうか。国連も米政府も「日本海」で公式に確定している呼称を、韓国の主張する「東海」と教科書に併記すれば、教育現場は間違いなく混乱する。


そればかりか、韓国の歴史認識を米国の子弟に押しつけることになる。偏向教育になってしまうのだ。バージニア州の高校生はハーバード大学に受からなくていいのか。バージニア州出身の空軍兵士は出撃命令を受けて日本海を地図で探すのか。まんざら笑い話でもあるまい。


いかにして韓国のロビー工作が成功したかを分析すれば、13年1月に生まれたVOKAの存在が大きい。これに日本のロビー工作は敗れたことになる。


「アメリカ韓国人の声」VOKAは韓国政府の肝いりで韓国系米人勢力を活用して反日ロビー工作をするためにできた団体だ。慰安婦問題と並ぶ「東海」呼称問題を米議会や教育庁に働きかけている。


その攻略目標は首都ワシントン周辺の州から始めて、中央政界に目立たせたうえで政治的なプロパガンダに結びつけようというものである。韓国人はベトナム戦争従軍などの“功績”が認められて、比較的米国への移民が容易になっている。


このため韓国系米人は増える一方となっており、現在全米で170万人がいる。このうち約8万人がバージニア州に住んでおり、ユダヤ人同様に結束力が強い。


これを反日プロパガンダに活用しようと韓国政府は資金をつぎ込み、草の根レベルでの活動を展開している。既にメリーランド州ではアラナンデル郡が教育指針書で東海を併記するよう指示した。今回はバージニア州で、「東海」を併記するよう求める法案が3日、同州下院教育委員会で可決され、成立する方向となった。


同様の法案は既に上院で可決されており、週内にも開かれる下院本会議で可決され、州知事が署名すれば成立する。


駐米大使・佐々江賢一郎は1月22日に、州知事・テリー・マコーリフに法案への反対を求めていたが、知事はVOKAの意向を受けて公約に「東海併記」を掲げて当選したばかりであり、聞く耳を持つはずがない。VOKAはあの手この手で地方議員ばかりか上下両院議員にまで触手を伸ばして反日ロビー工作を展開している。


東海併記も従軍慰安婦問題も、共通しているのがカネと韓国人票だ。韓国政府もVOKAを通じての招待外交を展開、まぎれもなく両者一体となったロビー工作である。


VOKAは勢いづいており全米50州に反日キャンペーンの輪を広げようとしている。こうした動きに対して米国のマスコミがようやく教育に与える深刻な事態だと気付いて、警告の記事を掲載し始めた。


ワシントン・ポスト紙は3日付の社説で、「学校で教える歴史は、歴史家の優れた判断に準拠するべきだ」と法案を批判する社説を掲載した。さらに社説は「バージニア州にはたくさんの韓国系がいるが、日系はほとんどいない。学校で教える歴史はこうした事情を考慮して決めるべきではない」と核心を突いた。


地元紙リッチモンド・タイムズ・ディスパッチも3日の社説で「州議会と議員は、教科書の問題に関与すべきではない。州は連邦政府が採用しているものを採用すべきであり、それは『日本海』だ」と批判した。


確かに心あるマスコミや知識人にはVOKAの派手なプロパガンダは通用しまい。そもそも韓国が公に国際社会で「東海」を主張し始めたのは1991年の国連加盟以降であり、そのプロパガンダの中心には日本海の呼称が20世紀前半の日本による植民地支配の結果であるとする歴史認識がある。


しかし日本海の記述は1602年、イタリアの宣教師マテオ・リッチが書いた世界地図に初めて表記されたものである。政府もフランス国立博物館の協力を得て、古地図407枚の調査を行っているが、その結果は「日本海表記が249枚、朝鮮海が60枚、東海:0枚」というものであった。


領海を隣接するロシアも公式文書は日本海であり東海ではない。韓国政府も東海を主張するなら、南シナ海を南海と呼ぶよう国際社会に主張するべきだが、これは国内の呼称にとどまっている。簡単に言えば中国が怖いのだ。


一連の韓国による反日キャンペーンの核心には、日本に対する劣等意識や過剰な恐怖感があるような気がしてならない。これが裏返しとなって、歴史認識にこじつけての執拗な圧力となって噴出するのだ。


米国は多民族社会であり、多様な人種を無理矢理統一する思想は戦後薄れ、むしろ人種のるつぼを認め、各民族の特殊性を尊重したうえで統合する方向になっている。したがって韓国系米人の動きもある程度是認される流れにある。


しかし永住の地と定めた国の教育までゆがめ、本国の操るままにプロパガンダを展開していればどうなるかだ。やがては米国社会や政治の中で異質の人種として孤立することを知るべきだ。


日本海の呼称問題は、国際的にも主張に無理があり、極東の小国の異常性が際立つばかりであることに早く気付くべきだ。また、たびたび警告しているが、日本の対米ロビー工作は昔は強力であったのに、最近では中韓両国に著しく見劣りする。早急に対策を練るべきだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月04日

◆市長選で橋下都構想に弾みは付かぬ

杉浦 正章



選挙私物化に中央政界は総スカン
 

大阪のだだっ子が最後の勝負に出た。議会でいじめられたから「お母ちゃん」とばかりに有権者に抱きつく究極のポピュリズムだ。しかし主要政党が対立候補を擁立しないから市長・橋下徹は一人相撲を余儀なくされる。勝つのが当たり前で、何のために6億円もの巨費を投じて市長選挙をやるのかということになる。


狙いはなにかと言えば、橋下は来年の統一地方選挙で市議会の橋下チルドレンが大量に落選、これにつられて自らも“溺死”しかねないことを恐れているのだ。


つまりは大阪都構想実現を背景に選挙大敗を食い止めようとしているのだ。そこには全く「大義」など感じられず、選挙の私物化そのものしかない。溺れる者がつかむわらが都構想なのだ。中央政界もこの橋下独走には総スカンの様相だ。


橋下の描く図式は、市長選の勝利をテコに、議会を動かして都構想実現のための住民投票決定に持ち込む。秋に住民投票を実施して、これに勝ち、来年春に「大阪都」を実現する。その波に乗って統一地方選挙で大勝するというものだ。


しかし、この判断には最初から大誤算が伴っている。その第1が議会を動かすには、維新以外の主要政党が候補を立てて戦いに応じ、これに圧勝して弾みを作り出さなければならない。ところが自民、民主、公明、共産など主要政党はその見え透いた戦術には乗らない方針だ。


候補者を立てずに、一人で踊らそうという作戦だ。これを知って真っ青になった橋下は「他党も候補者を立てるべきだと」主張したが、これに応じる主要政党は出てきそうもない。この結果橋下は対立候補のいない選挙を余儀なくされることになる。


事実上一人で戦うことが何を意味するかといえば、政治的にはぬかにくぎを意味する。やらなくても同じということだ。むしろやらない方がましだということだ。さらに対立候補が出ないということは選挙が盛りあがらないことを意味する。その結果投票率は極単に低くなる可能性がある。


その低い投票率で支えられて当選しても、市議会への影響が現在以上に高まることはあるまい。ただでさえ維新以外の各党は、橋下の突出に総スカンの様相だ。


自民党幹事長・石破茂が「今、市長選を実施する必然性がどこにあるのか。理解しかねる」と突っぱねれば、民主党代表・海江田万里も「新しいことを言い出したわけじゃないのにどうして辞任なのか」と批判。公明党代表・山口那津男は「大義名分がない」とまで言い切った。


唯一助け船のような発言をしているのが盟友の官房長官・菅義偉だが、内心は困っているのだろう。橋本にしてみれば公明党は“裏切り”と映っているに違いない。先の総選挙で都構想推進を約束して公明候補を応援したにもかかわらず、山口に「住民投票まで協力すると約束していない」と言われて、全てが行き詰まったからだ。


もちろん市議会も同様の反発が生じており、一人相撲して当選してきても都構想推進に回る政党はまず出現しない。だいいち橋下が再選しても市議会の構成は変化しないのだ。当選してきた橋下はゼロから議会工作をしなければならず、市長選は議会との関係を一層こじらせるだけの効果しかもたらさないことに直面するだろう。


自分ではまだ5割くらいはある支持率をテコに市長信任投票をカンフル注射と位置づけて、統一地方選への展望を開く戦術なのだが、誰がどう見ても悪あがきとしか映らない。


昨年の慰安婦発言で、国際的な反発を招いて馬脚を現した橋下の落ち目は、9月の堺市長選挙敗北で決定的となった。いまや政党支持率は1%以下だ。このままいけば市議会の維新は1年生議員が多く、中央政界と同じように風で当選したチルドレンは一期で去る運命だ。食い止めようと焦れば焦るほど、溺れる橋下は深みにはまってゆくのだ。


しかし維新幹部が他人事のように「橋下君はまぐろで、泳ぎ続けなければ死ぬ」と述べているというが、その実態を明快に解説している。橋下の手法は同じように都知事選で単一争点の劇場型選挙を狙う「細川・小泉ライン」と似ているが、もう有権者は利口になって劇場型選挙に踊らされにくくなっていることを知るべきだ。


中央政界への影響はほとんどないが、橋下の存在を利用して野党再編を狙う向きには打撃となる。ゆいの党の代表・江田憲司は、橋下ルートだけが頼りであったが、そのずっこけが目に見えていては、弾みが付くどころではない。


みんなの党代表・渡辺喜美は「維新には遠心力が働く」と予言したが、もう橋下に政界再編の力は残らないだろう。

民主党の前原誠司も橋下との強い結びつきを活用しようとしてきたが、これで五里霧中となる。首相・安倍晋三と橋下の関係も密であるが、「責任政党」との連携路線は国会議員団幹事長・松野頼久や共同代表・石原慎太郎との関係で維持されてゆくものとみられる。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2014年02月03日

◆第2次小泉劇場は細川大敗北で幕

杉浦 正章



原発ゼロ争点化に失敗


「仁王経」に「盛者必衰、実者必虚」とある。盛んな者はやがて衰え、満ちている者はやがてからっぽになるという教えである。『平家物語』の冒頭「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」はこの仁王経にに基づいたものである。


日本人は70歳以上の高齢者ともなれば多かれ少なかれこの哲学に気付くものが多いが、どうしても気付かない種類の人間がいる。その典型は小泉純一郎、細川護煕、籾井勝人だ。これを称して「平成3莫迦(ばか)大将」という。


元首相も含まれているから「馬鹿」と称するにはお恐れ多いから莫迦としたが、莫迦はもともとは仏教用語で道理を知らぬ迷妄等の意味がある。馬鹿は当て字だ。


なぜ莫迦かといえば自分がまだ「盛者」だと思い込んでいるからだ。若いころ、とりわけ首相時代の“栄光”が今でも光り輝くと錯覚しているのである。「必衰」と続く運命を理解できないのだ。そしてその錯覚を二乗しているのが、原発でポピュリズムを起動できるという誤判断であった。


脱原発は、衆院選では小沢一郎の日本未来の党の大敗北。参院選では原発再稼働を主張した自民党だけが勝ったのにまだ分かっていないのだ。懲りず、「原発ゼロ」で勝てると思ったが、こたびも「必衰の理」が現実のものとなったのだ。


慌てて細川は演説から脱原発色を薄め他の課題に移そうとしているが、選挙直前での方向転換は悪あがきとしか言いようがない。50年も政治記者を真剣にやっているとなぜか政界から人に見えない信号を受け取ることができるようになるとみえて、自分ながら予測が全て的中することが恐ろしい。


また今度も当たってしまうのだ。都知事選の勝負は舛添要一で決まりなのだ。1月23日の時点で舛添有利と伝えた流れに変化はなく、毎日、朝日、日経などの調査もこれを裏付け、そして読売の2日付の調査結果も舛添リードだ。  


読売の調査の特色は、都知事選を左右してきた浮動票の行方を重視している点である。同紙によれば無党派層は舛添支持が3割強でトップに立っており、細川への支持は1割強にとどまり、宇都宮にも後れをとって3番手にとどまっているのだ。


これが意味するところは何かといえば、小泉ドンキホーテが細川サンチョパンサをおだてて、無党派層の風を巻き起こそうとして、風車に馬ごとはね飛ばされた構図である。


小泉は民度の低い都民なら「原発ゼロ」でだませると踏んで間違ったのだ。今回の都知事選は無党派の風が起こらない珍しい選挙となるのだ。それではなぜ無党派の風が生じないのだろうか。


まず第一に都民は猪瀬直樹の「裏切り」にあったと考えているのだ。猪瀬の本質を見誤り投票して400万票もとらせてしまったことを民度が低いなりに反省しているのだ。 いくらなんでも国政選挙、地方選挙を含めて史上最高の票数を、なんであんな男に与えてしまったのかと悔やんでいるのだ。


その悔やみが浮動票の縮小効果をもたらしているのだ。わずか1年後の選挙なのだから、まだ失敗を忘れないのだ。さらに加えて、細川、小泉の“老い”が予想以上に著しかったことも挙げられる。テレビに出る細川をつぶさに観察すれば、その“弱り目”は相当なものがある。


かつて細川政権を樹立して政権を担当したときは少なくとも殿様なりに覇気があった。その覇気がカリスマのようなものを醸し出していた。しかしいまはひからびた秋刀魚のように脂っ気が全く失せてしまって、食べてもぱさぱさするだけという感じを視聴者に与えてしまうのだ。


一方、郵政選挙の夢が忘れられぬ小泉は、身振り手振りも郵政選挙そのままに、まるで場末の婆さん芸者のように晴れの舞台に躍り出た。原発ゼロ一点集中選挙で勝てると判断したのだ。しかしその踊りをみれば、カリスマ政治家が持つ色気は全く感じられない。踊りの達人は老いても品のよい色気があるものだが、小泉は品がない。


そして首相を経験したものとも思えない軽率さが目立つ。殿はもともと莫迦で乗せられたから仕方がない側面があるが、小泉の原発発言にはことをねじ曲げる“邪心”が見られる。元首相が国家を紛れもなく衰亡に導く「原発ゼロ」を臆面もなく主張するのは莫迦でなくて何であろうか。


原発問題の理解もないまま“気合い”で勝負に勝てると踏んだのだ。


読売の調査は小泉の「都知事選は原発ゼロで国が発展できるというグループと、原発なしでは発展できないというグループの戦い」という発言を、真っ向から否定してしまった。争点を「医療や福祉政策」とした人が84%で最多。「地震などの防災対策」、「景気や雇用対策」、「防犯や治安対策」と続き、「原発などエネルギー問題」を選んだ人は61%で5位にとどまったのだ。


いまや小泉のトイレなきマンション論は、むしろ化石燃料による発電のほうがトイレなきマンションであるという事実によって世界中で駆逐されつつある。CO2の際限なき垂れ流しが、既に地球温暖化と気候大変動となって現れている。このまま放置すれば地球の温度が今世紀中に4度上昇、人類が住める状態ではなくなる。


世界の潮流は原発新設がブームとなっているのだ。原発エネルギーは、地中から得たものを地中に戻すだけであり、その管理を確立すれば全く地球を汚すことがない。科学の発展は確実に完全管理へと導く。科学的な根拠に無知なまま、都民をだまそうとしても、無理なのだ。


こうして第2次小泉劇場は細川大敗北となって、どんちょうが下がりつつあるのだ。同じ脱原発で宇都宮健児と脱原発票が分かれたのも失敗だった。一本化すればいい勝負になった可能性はあるが、ここまで来たら無理だ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)