2013年09月25日

◆安倍が集団自衛権導入を来春に先送り

杉浦 正章



オリンピックへ「極東デタント」を模索


政府自民党筋の情報を総合すると首相・安倍晋三は今秋にもと想定していた集団的自衛権行使容認への憲法解釈変更を、来年春以降に先送りする方針を固めた。


背景には10月中旬の臨時国会では国家安全保障会議(NSC)設置法案など安保関連の重要法案がひしめいており、解釈変更に反対する公明党とのあつれきを拡大させることはまずいとの判断がある。さらに加えて尖閣問題も膠着状態にあり、オリンピック開催に向けて“極東デタント”を模索することを優先させたものとみられる。


集団的自衛権容認に向けて、安倍の当初の構想は、秋にも安保法制懇の報告を受け取り、年末の防衛大綱で解釈の変更を明示して、通常国会に「国家安全保障基本法案」を提出、「解釈改憲」への道筋を確立しようというものであった。


ところが22日になって政府・与党の空気ががらりと変わり始めた。石破がまず国家安全保障基本法案について、国会提出が来年の通常国会以降になるとの見通しを示した。「公明党の理解もなしに、秋の臨時国会に法案を出せるという話にはならないだろう」と述べたのだ。


さらに集団的自衛権の行使容認に向けた公明党との協議について、協議開始は大綱策定後の来年になるとの見方を示した。これと口裏を合わせるように安倍も22日のテレビで、憲法解釈変更の結論を年内に出すかと問われ、「いつまでにということではなく、議論がまとまるのを見守りたい」と述べ、安保法制懇や与党内での議論を踏まえて判断する姿勢を改めて示した。


この先延ばし方針について官邸筋は「あれもこれもと間口を広げすぎては、あぶはち取らずになりかねないので、首相と幹事長が調整したのだろう」と述べている。


確かに臨時国会だけを見てもNSC設置法案と
これに関連する秘密保全法案。さらにはアベノミクスを仕上げる産業競争力強化法案など超重要法案がひしめいている。


同筋は「これだけで年末までかかってしまう」と述べる。加えて絶対平和主義の公明党代表・山口那津男が両手を広げて立ちふさがっており、早期解釈変更に突っ走れば、直ちに法案成立に影響が出かねない側面がある。


さらに加えて中国や北朝鮮、韓国など周辺諸国の動向も、変化の兆しを見せてきている。北の核とミサイルのどう喝は米韓合同演習の終了と共に沈静化した。尖閣問題も一時のレーダー照射ほどの事態はその後発生せず、緊迫は高止まりのまま膠着状態で推移している。韓国との関係も徐々に解きほぐさざるを得ない情勢にある。


安倍政権は内政外交に渡って多方面作戦を強いられてきているのだ。おまけに東京オリンピックの開催が七年後に設定されたことは、政権にとって必然的に「極東デタント」の必要を認識せざるを得ない情勢となった。


周辺諸国と緊張状態を維持したままでオリンピックは開催できない。モスクワオリンピックがソ連のアフガン侵攻でボイコットされたように、オリンピックの成功は周辺諸国との協調が最重要であるからだ。


こうした情勢の変化をもとに安倍は、日本側から周辺諸国を刺激することは当面避けようという判断に傾いたものとみられる。ただ石破は「年末までに防衛計画の大綱は決めなければならない。これが1番急ぐ」と述べている。防衛計画の大綱の中核は集団的自衛権の導入にあり、それがなければ大綱を改正する意味がなくなる。


しかし閣議決定には公明党の賛同が不可欠であり、その説得をどうするかが焦点にならざるを得まい。従って勢い公明党との調整は、公式な協議とは別に水面下に潜らざるを得ないことになるものとみられる。


こうして安倍は内閣最大の看板の一つを、先延ばしせざるを得ない事態となったが、法制局長官を更迭して、安保法制懇をスタートさせ解釈変更への環境は着々と整えており、あとは公明党が納得する“歯止め”をどう調整するかが焦点だ。


政府部内では国家安全保障基本法で「集団的自衛権行使の国会承認」をより一層強調することや、NATOの集団的自衛権のように地域を限定する構想などが妥協案として考えられているようである。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月24日

◆先延ばし論で「安倍消費増税」化した

杉浦 正章



責任は一手に安倍にふりかかる


中国のことわざに「よく泳ぐ者は溺れ、よく乗る者は落馬する」があるが、首相・安倍晋三による消費税のハンドリングはまさにそれだ。結果的に憎まれ役の増税役を一手に引きうけてしまった。


政治的に見れば安倍は「三党合意責任」を「自らの責任」に転嫁してしまうという、わざわざしなくてもいい「決断」をせざるを得なくしてしまったのだ。アベノミクスの成功に舞い上がった政治を知らないブレーンの「先延ばし論」に傾斜してしまったのが失敗だった。この結果いわば政治全体の責任であった「3党合意消費増税」は「安倍消費増税」となり、その結果責任もすべて安倍に降りかかる姿に変ぼうしたのだ。



安倍は来月1日に消費税率を来年4月から現在の5%から8%に引き上げることを「決断」する。別に「決断」する必要のなかったことを自ら「決断」する事態に追い込んでしまったのだ。そもそも消費税は昨年8月の3党合意で決着を見ているのであって、首相の最終判断は付けたりであった。


消費増税の附則第18条は「経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」とあり、あくまで首相の総合判断のうえでの最終決断を求めるものであったのだ。その総合判断はリーマンショックなど経済動向を左右する重大事態が発生した場合を想定したのだ。万が一の事態発生を懸念した上での「景気条項」であったのだ。


なぜ安倍が極端なまでにこれにこだわったかといえば、アベノミクスの大当たりが紛れもなく背景にあった。無理もない。民主党政権で断末魔のあえぎを見せていた、日本経済がアベノミクスで上昇機運が生じてきたからだ。これをはやす声は国内に満ちあふれ、首相官邸はごますり詣でがひっきりなしとなった。


安倍は天下御免の水戸黄門の印籠を手にしたと思ったのだ。それを掲げる助さん、角さんがブレーンの官房参与・浜田宏一と本田悦朗であった。両者は代わる代わるに印籠を掲げて「これが目に入らぬか」とやったものだ。


ところが政治素人の学者には政治の限界が目に見えなかった。過去政治が消費増税に使うエネルギーは、並大抵のものではなかった。大平正芳が一般消費税導入を口にしただけで選挙に大敗、竹下内閣が吹き飛び、橋本内閣も退陣に追い込まれ、最後に野田内閣も総選挙を経て政権交代になった。


その野田にしてみれば、自分のクビと差し替えの消費増税達成であり、「バッジを外す覚悟があったからこそ、達成できた」と述べているとおりだ。その消費税をいくら「アベノミクス様」であれ、印籠かざしてひざまずかせる事は不可能であったのだ。


安倍は実施すべき消費税を受け継いだのであり、最初から「決断」は宿命的に避けられないものであったのだ。それをブレーンはともかく安倍自身が先延ばしにできるとの判断に傾いたことは、政治家として甘いとしか言いようがないものであった。


普通政治家は既に決着済みの重大事項にあえて固執して、事を荒立てるようなことはしない。そのエネルギーを他に回すのが常だ。野田が「3党合意で法律を作ったのに、そもそも論から始めてはいけない」と述べている通りだ。


ここで重要なポイントは、何も消費増税で経済対策をするのなら、わざわざ消費増税の可否を盾にとって実現させる必要も無かったということだ。首相なのだから実施の判断を10月にしてから、必要な経済対策を財務省に指示すればよいのである。それをしないであわよくばの先延ばしを狙うところに冒頭の「よく乗る者の落馬」があったのだ。


こうして安倍は起こす必要のない事態をわざわざ巻き起こした。安倍自身は消費増税のリスクについて「10月上旬に判断する私の責任だ。結果にも責任を持たないといけない」と述べたが、その責任はいったん先延ばしにぶれたが故に、一身にかかってくることになってしまったのだ。


3党合意のせいにすればよいものを、自分のせいにしてしまったからである。順風満帆の安倍政権が見せた“弱点”はアリの一穴にならないとも限らない。


生活の党代表・小沢一郎のブレーンで元参院議員の平野貞夫はテレビで「4月に消費税を上げた2〜3か月後に政治が動く」と予言をし始めた。これを聞いた元代表・小沢一郎は「いや10月に決定するのだから、その時点で影響する」とより早い「政局」への連動を予言する。


こうして消費増税問題は、臨時国会を皮切りにぶり返しが避けられない見通しだ。とりわけ福祉目的税であった消費税を法人税引き下げで食いつぶすような方針を安倍が掲げていることは最大の弱点となろう。野党の批判は国民に通じやすいのだ。


法律は成立しているから野党の追及にも自ずと限度があるが、消費税法は2段構えであり、15年10月にはさらに2%引き上げて最終的に10%とする。これを安倍が成し遂げる余裕が残っているかは予断を許さない。


安倍自身「経済は生き物だ。(8%に)上げた場合、その後の推移を見ながら判断しないといけない。世界経済のさまざまなリスクが顕在化するかどうかも重要なポイントだ。そういうものもよく見て判断していかないといけない」と、今度は今から及び腰だ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月20日

◆小沢、統一会派で「護憲の核」目指す

杉浦 正章



しかし展望は濃霧の中


「盛者必衰」の表現がぴったりの生活の党代表・小沢一郎が、「孤城落日」の社民党と参院で院内統一会派を作る動きに出た。統一会派と言ってもせいぜい7人程度のスタートとなりそうで、目的は予算委員会での質問権確保にある。


小沢はこれを核にしてあわよくば護憲勢力の結集に動こうとしているようだが、肝心の民主党は小沢アレルギーが強く、乗りそうもない。野党全体が総選挙と参院選で2度の脳しんとうを起こしてまだ立ち直れない状況であるのだ。


中国四川省のことわざに「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫だ」があり、ケ小平もかってこれを使った。これを翻案してかつての民社党初代委員長・西尾末広が「政権を取らない政党は鼠を捕らない猫と同じだ」と述べた話は有名だ。しかし政界はいまその鼠を捕らない猫ばかりがうようよしている。それも怠惰で寝てばかりいる。


さすがに政党を作っては壊してきた小沢も今度ばかりは参ったようだ。辛うじて維持している生活は衆院7人、参院2人でこれまでに作った政党では最小。参院選は当選者ゼロ、岩手の小沢王国は完膚なきまで食いちぎられた。8人いた小沢系国会議員は今や3人まで減少してしまった。


凋落すると水商売がしたくなるのか、焼き肉屋に転向した小沢チルドレンがいるかと思えば、社民党前党首の福島瑞穂はバーのマダムだ。終戦の日の15日の夜、東京都杉並区内の居酒屋で一日マダムとなって「平和憲法を語る会」を開いた。


小沢は既に71歳。72歳で首相になった福田赳夫の例はあるが、周りの状況はまさに「出口なし」である。漏れうかがうその心境は強さと弱さが交叉している。「このままでは死にきれない」と意気込むかと思えば「沖縄で釣り三昧もいい」と新築の別荘に引退するかのような口ぶりもみせる。総じて勢いがないのだ。


その勢いのない中で打った布石が社民党との院内会派だ。水面下で小沢は社民党党首代行・又市征治に働きかけるとともに、民主党では腹心の副議長・輿石東を通じた再編を狙った。護憲勢力を中心とするリベラル派の糾合である。


社民党は参院選大敗で福島が党首を辞任、このままでは解党となりかねない危機にさらされている。大先輩である元首相・村山富市までが解党論を唱えるに至っている。


村山の構想は解党を視野に入れた政界の再編だ。「社民党はこのままいっても先がない。党派にこだわらず、憲法を守らないといかんという者は結集すべきだ。社民党が火付け役になって新しい党を作り上げていくことも大事だ」というのである。

この護憲勢力結集構想は「死にきれない」小沢の思いとも合致して、院内会派結成に至ったものだ。


しかし護憲勢力の結集はミニ政党が集まっても“ごまめの歯ぎしり”にしかならない。せいぜい民主党の一部でも参加しなくては意味がない。


そこで小沢は輿石を動かそうとしているのだ。輿石は護憲での結集には前向きだが、副議長に祭り上げられては動きもままならない。民主党内の情勢は元首相・野田佳彦が「蟄居(ちっきょ)」の状態から抜け出しそうな気配がある。元外相・前原誠司も維新共同代表・橋下徹と気脈を通じている。


輿石が下手に左派を動かそうとすれば、右派も維新やみんなの党と再編へと動きかねない情勢がある。とりわけ首相・安倍晋三が憲法改正や集団的自衛権で投げている直球が、民主党内に今後遠心力を働かせる可能性も強い。さらなる分裂を招きかねないのだ。


「御輿は軽くてパーがいい」とばかりに、小沢の入れ知恵で輿石が担いだ海江田万里では、荷が重すぎてとてもまとめきれない状況になり得る。こうした状況を察知してか民主党幹事長・大畠章宏も、小沢の仕掛けによる院内統一会派には極めて慎重である。


ただ小沢と村山が掲げる「護憲新党」は、安倍政権の出方や、マスコミの論調によっては、大きな動きに発展する可能性も否定出来ない。そのアリの一穴になるかどうかが生活と社民の院内会派だとすれば、あながち馬鹿にしたものでもない事は確かだ。


小沢が定期的に開いている「小沢一郎政治塾」が19日スタートした。小沢は22日に講演する予定だが、おそらく護憲勢力の結集を主張するのだろう。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月19日

◆法人税をめぐる“閣内対立”は田舎芝居

杉浦 正章



いずれは妥協点に落ち着く



食言もここまで来ると盗っ人猛々しいというのが、消費増税と抱き合わせの法人税減税案だ。いくら首相・安倍晋三自身が約束した覚えがないにしても、国民は完全にだまされたとしか受け取れまい。


昨年8月の消費増税成立はまぎれもなく社会福祉の財源確保のためという線で3党合意にこぎ着けたのであって、法人税減税を実現するためなどではさらさらない。おまけに減税の恩恵に預かる大企業は利益の蓄積である内部留保がジャブジャブあるではないか。


一見、法人減税を主張する安倍と反対する財務相・麻生太郎の“対立”にまで発展しているように見えるが、昔の自民党政権はもっと演技がうまかった。ぎりぎりまで対立して見せた。しょせんは先延ばしでの妥協点をめぐる役割分担でしかない事が分かる。まるで大根役者の田舎芝居だ。


確かに発言からだけ見ると法人税をめぐるやりとりは安倍政権を2分してけたたましい。安倍が18日麻生に「経済対策は、景気の腰折れを防ぐためだけでなく、成長軌道を確かなものにする必要があり、一時的なカンフル剤のようなものでは不十分だ」と述べ、法人税減税を含めた具体策の検討を指示。


これに対して麻生は「消費税率の引き上げによる増収分は、原則として、社会保障に充てることになっており、消費税率の引き上げに伴う経済対策として、法人税の実効税率を引き下げることは理解が得られない」と跳ね返した。真っ向からの対立である。


これに安部側近や党幹部らも加わって、対立は鮮明化。経済財政担当相・甘利明が来年度からの引き下げを主張すれば、自民党副総裁・高村正彦が参戦して「この際、一気に法人税を下げようというのは強欲ではないか。いきなり数兆円もの実効税率下げというのは、国民の理解は得にくい」とエスカレートするばかりだ。


安倍にしてみれば後生大事のアベノミクスへの影響を何としてでも最小限に食い止めたい。景気の腰折れは避けたい。本来なら消費税3%アップも先送りしたいところだが、とても無理と分かって5兆円規模の経済対策をやることで妥協した。


消費税3%の税収が8兆円だから、2%相当分を“分捕った”わけだ。しかしそれが大型の補正予算案の編成や公共投資、低所得者層への現金給付、企業に設備投資を促すための投資減税など“一過性”の財政出動にとどまっているうちは問題ない。ところが安倍の言う本格的法人税減税となるとがらりと性格が変ぼうする。


つまり冒頭述べた政府の食言へと変わるのだ。政府は国会対策でも国民への説明でも「社会福祉の充実のため」と消費増税の社会福祉目的税化を明言してきたのだ。それを法人税に回すのでは、まさに御政道が成り立たない。法人税1%引き下げれば4000億円の減収になる。


もし5%引き下げるとすれば、2兆円を消費税8兆円から食うことになる。経済財政諮問会議の民間委員のなかには「法人税率の引き下げは、消費税率を上げることによって広がったスペースを利用してできるのではないか」と愚の骨頂の意見を述べた者がいるというが、スペースなどどこにあるのか。言った委員の顔が見たい。


要するに、アベノミクスももちろん大事だが、あまりに“嘘”の露呈が早すぎるのだ。さすがの財務省も福祉目的税で拝み倒して成立を図った以上、手のひらを返すわけには行くまい。基本的には反対だが、安倍があまりに強硬なので恐ろしくなって妥協策をにじませるようになった。


それを反映して麻生も17日の記者会見で「引き下げは来年度以降にどれくらい税収が上振れするのか見極めてからだ」と発言、中長期的な課題とするところまでおりた。少なくとも来年度は見送らなければならないという線に持ち込もうと言うわけだ。


その妥協策としては、現在38%となっている法人税のうち、14年まで上乗せすることになっている復興特別法人税の3%を一年前倒しで廃止する案がある。加えて今年実施した年間給与を5%上げた企業に対する減税を2〜3%にまで上げた企業に引き下げる構想もある。


いずれにしても本格的な法人税減税と言うより弥縫策(びほうさく)だ。自民党税調会長・野田毅は「この秋の税制改正では検討しない」とまで言い切っており、安倍が当面は本格的法人税減税に踏み込むのは容易ではあるまい。


そこで安倍と麻生の“対立”がどこへ向かうかだが、対立から妥協案をはじき出す形を取ることによって、財務省内を納得させ、企業の了解も取り付けるという両面作戦が浮かび出るのだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月18日

◆思考停止の朝日の集団的自衛権論

杉浦 正章



野党の理論支柱にはとてもなり得ない
 

朝日新聞が「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の開催に合わせて17日、集団的自衛権の行使容認に真っ向から反対する社説を打ち出した。一方、首相・安倍晋三は行使容認に事実上踏み切っている。左傾化する民主党代表・海江田万里は右派を無視するかのように反対に傾斜し始めている。


この結果集団的自衛権の問題は、規模は小さいが1960年の安保改定論議に類似した左右の対決軸が構成されつつある。安保闘争との決定的な違いは、朝日の構築した反対の理論武装が、最初から破たんしていることだ。


旧態依然の安保観を墨守し、緊迫した極東情勢の変化に思考停止状態を続けているのである。何と集団的自衛権の行使は「日米同盟に亀裂を生む」と主張する“破天荒”さだ。海江田や公明党代表・山口那津男がいくら朝日の社説を勉強して理論武装しようとしても無理があることをこれから証明する。
 

まず質はともかく量だけは多い社説を大きく俯瞰すれば、現在日本が直面する国の安全保障環境に対する認識が根本から欠けていることだ。そこには北朝鮮が日本の都市を名指しして核ミサイル発射のどう喝をし、自衛隊艦船や航空機に射撃管制用レーダーを照射した中国が、今度は攻撃型無人機まで尖閣諸島近辺に向かわせている緊迫感など全くない。


ただただ安倍政権を「戦後日本の基本方針の大転換であり平和主義からの逸脱である」と批判する事だけが目標の論調だ。極東情勢の変化に目をつぶらなければ論理構築が不可能であることが、これに続く論理展開で分かる。
 

社説は「自衛隊は今日まで海外で一人の戦死者も出さず、他国民を殺すこともなかった。9条による制約があったからだ」と主張するが、それを許した環境があったことを無視している。東西冷戦の谷間で日本は出る幕はなく、近年の戦争は遠くベトナムや中東で行われた。


ところが今回の場合は極東のしかも好戦的な隣国が、どう喝を繰り返すという事態である。自衛隊員の戦死者どころか国民の戦災死が出かねない状況下である。首相・安倍晋三が法制墾冒頭で「いかなる憲法解釈も、国民の生存や存立を犠牲にするような帰結となってはならない」と言わざるを得ない情勢なのである。朝日のお得意の一国平和主義が通用しない状況なのだ。


さらに社説は「安倍政権は内閣法制局長官を交代させ、一部の有識者が議論を主導し、一片の政府見解で解釈改憲に踏み切ろうとしている」と切りつけている。これも、大きな論理の飛躍がある。自民党は2度にわたる国政選挙で党の公約に集団的自衛権行使を掲げている。その結果は衆院294議席、参院65議席の圧勝なのである。


原発再稼働とともに集団的自衛権問題は朝日が完敗して、自民党が勝ったのだ。その国民の審判を棚上げにした論理の展開はまさに唯我独尊としか言いようがない。
 

社説は具体論に入って「一緒に活動中の米艦の防護は、自国を守る個別的自衛権の範囲で対応できるとの見方がある。ミサイル防衛の例にいたっては、いまの技術力では現実離れした想定だ」と指摘している。反対論者の多くが「個別的自衛権で十分対応できる」ことを反対論の寄りどころとしている。


個別的自衛権とは自国に対する他国からの武力攻撃に対して、自国を防衛するために必要な武力を行使する、国際法上の権利を言う。しかし戦争というのは何でもありである。在日米軍基地が攻撃されない事態や日本の領土が攻撃されていない状態での戦争突入は十分あり得る。机上の空論では「ないとしている」のであって、世界の戦史を見れば十分すぎるほど事例はある。

ミサイル防衛が現実離れしていると言うが、命中の確率は日進月歩で上がっており、実用の範囲内だ。北から米本土に行くミサイルを迎撃できないというが、これも空論だ。将来艦船に搭載するようになったら北はどこからでも撃てる。中国も弾道ミサイル潜水艦である094型原子力潜水艦を運用しており、とっくに太平洋上のどこからでも発射できる態勢を整えている。
 

社説はこともあろうに「性急に解釈変更を進めれば、近隣国との一層の関係悪化を招きかねない。そんなことは米国も望んでいまい。米国が何より重視するのは、中国を含む東アジアの安定だ。日本が中国との緊張をいたずらにあおるようなことをすれば、逆に日米同盟に亀裂を生む恐れすらある」と、はちゃめちゃな論理を展開して1人“佳境”に入っている。


「一層の関係悪化路線」を進めるのは中国と北朝鮮なのであって、日本から軍事圧力を仕掛けたことなどただの一度もない。「米国は望んでいない」と言うが、社説子は一部学者の主張をうのみにして日日のニュースすら読んでいないのか。


5日のオバマとの会談で安倍が集団的自衛権行使の方針に言及し、オバマが歓迎の意を伝えているではないか。山口が「同自衛権つぶしができないか」と米国に行ったものの国防長官首席補佐官・リッパートは「日本が集団的自衛権の行使を解禁し、国際社会でより積極的な役割を果たすことを米政府は歓迎する方向だ」と明言しているではないか。
 

「日米同盟に亀裂が入る」に至ってはまさに噴飯物だ。国防予算の削減は米国の極東戦略に日本の軍事力を組み入れざるを得ない状況となってきており、安倍の方針はまさに渡りに船なのである。中国と米国の関係を経済関係だけで見るのは甘い。中国の著しい台頭とその海洋進出は米国にとって最重要な安保戦略の対象にならざるを得ないのだ。


このように野党や左翼の理論的な支柱である朝日の論調が、容易に論破できる矛盾と撞着に満ちあふれているのである。野党は臨時国会に向けて同社説を根拠に追及することはあきらめた方がいい。レベルが低すぎるのだ。別の資料で勉強し直せ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2013年09月17日

◆亡国の1_・シーベルト神話から離脱

杉浦 正章


政府は被害者に“本音を”語るときだ
 

見る影もなく首相官邸を追われた民主党政権が、玄関と首相執務室に二つの“不可能神話”を置き土産にした。玄関前には「賽の河原の石積み」である尖閣問題。執務室には「シジフォスの石運び」である「除染1_・シーベルト神話」である。その「苦役」に政治があえいでいる。


尖閣はさておき、除染神話はマスコミとりわけ朝日やNHKの過剰報道で作った“風評”に乗った民主党のポピュリズムがなせる業である。自然から浴びる放射能値より低い除染をどう達成するのだろうか。


できないことを永遠にやり続けるのが「シジフォスの石運び」だ。シジフォスはゼウスに巨石をコーカサスの山上に運び上げるよう命じられ、散々なる苦労の結果やっと頂上に運び上げた。


そのとたん、ゼウスによってその石は麓へと転げ落ちるのだ。まさに亡国の「1_シーベルト」であり、首相・安倍晋三はマスコミに踊らされた二重苦三重苦の避難者たちに1_・シーベルトの無意味さから説き、問題を解きほぐさなければならない。


NHKが勝ち誇ったように15日「原発ゼロ」を報じた。大飯原発が定期検査で可動をストップしたことをとらえて「再稼働は国に厳しく問われて不透明」と報じたのだ。果たして不透明か。完全なる誤報だと思う。


規制委は地下に活断層がないと分かって、定期検査後の再稼働の方向を表明しているではないか。事ほど左様にNHKと朝日は、原発に関して恣意的な報道を繰り返す。これにもっとも“洗脳”されてしまったのが福島の16万人の避難者たちだ。無理もない。


今にも白血病になるような報道を朝から晩まで続けられれば、筆者でも住んでいれば不気味になって逃げ出したくなる。ところがその報道を逆手にとってポピュリズムの極致を演じたのが民主党政権であった。


原発事故終息・再発防止担当相であった細野豪志は国会でマスコミにこびを売る答弁を繰り返した。当初は首相・野田佳彦以下「年間の追加被曝線量20_シーベルト以上」としていたが、その後、「年間5_シーベルト以上」になり、ついに細野の「年間1_・シーベルト以下」答弁に至るのだ。


1_・シーベルト以下がどういうことかと言えば、まさに達成不能の神話なのである。そもそも日本人が浴びている放射能は太陽など自然に降り注ぐものが1.5シーベルトあり、これにレントゲン検査を平均すると4_シーベルト、食物から0.5_シーベルトで合計が6_シーベルトを浴びているのだ。


あまりにも科学に無知な細野答弁がその後一人歩きすることになる。1_が基準になってしまったのだ。


原子核物理学者の元文相・有馬朗人は「日本人が太陽など自然に受けているのが1.5_シーベルト。1年間に浴びる量が20_シーベルトでも低すぎると思う。過剰に防護しています。50_シーベルトで十分」と断言している。有馬のような学者は勇気がある方で、ほとんどの学者がそう思っているにもかかわらず、口を開かない。


マスコミから干されるのがそれほど恐ろしいかと言いたい。しかしマスコミもようやく読売が「1%」に異を唱えた。12日付の社説で「1_シーベルト」への拘(こだわ)りを捨てたい」と題して「住民の中には、直ちに1_シーベルト以下にするよう拘る声が依然、少なくない。


人間は宇宙や大地から放射線を浴びて生活している。病院のCT検査では、1回の被曝線量が約8_シーベルトになることがある。専門家は、広島と長崎の被爆者に対する追跡調査の結果、積算線量が100_シーベルト以下の被曝では、がんとの因果関係は認められていないと指摘する」と主張し始めたのだ。


反対者は読売の購読を拒否しかねない主張であり、新聞としては相当勇気が要る。逆に朝日は13日付けの社説で「どこまで除染を進めるか、詰めた議論も必要になろう」と読売のように数字を掲げずに逃げている。狡猾さ丸出しの社説だ。朝日は居住可能な放射線量を明示すべきだ。
 

さらに加えて、日本人の島国根性の偏狭さを露呈しているのが、首相・安倍晋三の国際オリンピック委員会(IOC)におけるスピーチへの批判だ。共産党や脱原発政党のスピッツが何を言っても捨てておけばいいが、民主党の元厚労相・長妻昭のNHKでの発言は問題だ。


長妻は首相・安倍晋三が「コントロールできている」と発言したことを「世界に間違ったメッセージを発信してしまった。禍根を残すことになりかねない」とこき下ろしたのだ。自らの政権で事故を拡大させたことを忘れて、韓国などが風評を巻き起こす中でオリンピックを勝ち取った時の首相を批判するとは何事か。


相変わらず長妻の葦の髄から天井を覗く性格は変わらない。コントロールはできているのであって、できていなければチェルノブイリのように今頃屍累々(しかばねるいるい)ではないか。東京での開催に支障が出る可能性があるというなら証拠を示せ。示せるはずがないではないか。


一方で、馬鹿丸出し発言が自民党からまで出た。二階俊博の「あれだけスピーチを練習していくんだったら、韓国、中国に対するスピーチをちょっと練習したらどうなのか」発言だ。見当違いも甚だしい、いちゃもん発言とはこのことだ。二階も総裁候補から脱落して、方向音痴になったかのようである。


こうした馬鹿と阿呆の絡み合いもあって、右往左往の除染問題だが、これまで政府が行ってこなかったことがある。それは責任ある科学者を動員した福島の地元への勇気ある説得作業である。


シジフォスの神話を繰り返す時ではない。除染基準を大幅に緩和しても帰宅可能なことを被害者に説得するキャンペーンを展開するときだ。一部マスコミの反発は織り込み済みとして、政府は責任を果たすべき時だ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月13日

◆だらしのないマスコミの消費税判断

杉浦 正章



政治記者は“動物勘”を養え


消費増税に対する新聞の判断力の悪さは全くどうしようもない。同じ新聞でも川柳の判断の方が勝っていた。


朝日川柳では<消費税寝た子を起こす長談義> と官邸主催のヒヤリングなど頭から馬鹿にしていた。読売川柳でも<消費税自由研究まだ続き> と冷やかし、しまいには<千兆円背負う子どもに孫ひ孫>と、主筆ナベツネの指示で消費税反対に廻ったとみられる社説をぶった切っていたほどだ。


首相官邸詰め記者たちの判断は川柳にも負けたのだ。その背景には首相・安倍晋三の「政治主導」を際立たせようとする官房長官・菅義偉らの過剰なまでのミスリードがあった。“純真”なる官邸記者団はそれが見抜けなかったのだ。


筆者は純真とはほど遠いから、最初から判断は当たっていた。安倍がぶつぶつと先送り臭い発言をし出した当初から、「無理」と書いていた。特に2日朝送信の記事では「安倍は来月早々に消費税実施判断へ、官房参与大敗北で論議終息」と職を賭して踏み切った。


おっとっと職はもともとないから職を賭す意気込みで踏み切った。おまけに記事では「近ごろの新聞記者は右往左往した去年の解散判断と同じで、全く政治の展望が読めなくなったようだ。判断する度胸もないのだろう」と警鐘を鳴らしてやったものだ。


鋭い官邸記者がいたなら60人のヒヤリングを終えた段階の紙面で「首相、消費増税決断へ」と踏み切ったのであろうが、それができた社は1社もない。


その最大の原因は官邸にある。菅が最後の最後までミスリードした上に、政治音痴の官房参与の浜田宏一と本田悦朗が水戸黄門の印籠のように“デフレ対策”を掲げて「下におろう」とやっていたからだ。菅にいたっては8日の段階でもNHKの討論で「総理のデフレ脱却への思いは鬼気迫るものがある。


私は総理がデフレ脱却の鬼だと思っている。どうしたら脱却できるかが最優先だ」と“脅し”に出ていた。純真でない筆者は「たとえ鬼だって増税先送りなどできるわけがない」と高をくくったものだが、純真一途な記者たちは怖かったに違いない。


これに新聞首脳の軽減税率への思惑が絡んだ。朝日の社長が新聞への軽減税率導入を唱えれば、読売の会長で主筆の渡辺恒雄が社内でその影響力をフルに行使し始めた。


なんと読売は去年あれほど社説で「財政再建のための消費税不可欠論」を繰り返して、首相・野田佳彦の尻をひっぱたいていいたにもかかわらず、軽減税率の適用が少なくとも8%の段階では見送られるとなると、手のひらを返してしまった。


8月31日には正月に書くような大社説を掲げて「消費税率、来春の8%は見送るべきだ」と大転換。9月11日の社説に至っても「デフレ脱却を最優先し、来春の消費増税は見送るべきである」と、まるで日露戦争の木口小平のように死んでもラッパを離さない構えだった。


ところがさすがに政治部は論説に引っ張られてばかりはいない。各社に遅れをとったが12日の朝刊で「消費税来年4月8%、首相、意向固める」と踏み切った。


「安倍首相は11日、消費税率を来年4月に現行の5%から8%に予定通り引き上げる意向を固めた。増税が上向いてきた景気の腰折れにつながることを防ぐため、3%の増税分のうち約2%分に相当する5兆円規模の経済対策を合わせて実施する考えだ」と報じたのだ。

恐らくナベツネは社内的にも体裁が悪いに違いないが、読者の方は困ってしまうのだ。社説を読めば反対だし、一面トップでは実施だし、また裂きの刑に遭ってしまうのだ。


一方で朝日は読売より1日早く10日付朝刊で「安倍晋三首相は9日、来年4月に消費税率を8%に引き上げるための経済指標面での環境は整った、と判断した」と踏み切った。恐れ恐れの記事だが、格好としては読売に先んじたことになる。


11日付の社説では読売とは真逆に「消費増税―法律通り実施すべきだ」との見出しで「 反対論も強かったが、最新の経済指標は環境が整ったことを示している。安倍首相は、ぶれずに予定通りの実施を決断すべきだ」と主張した。


さすがに記事と社説は一致しており、読売のまた裂き紙面より整合性がとれている。朝日は「反対」と唱えれば「軽減税率を欲しがっている」と受け取られるとみて、ここは“矜持”を発揮せざるを得なかったのだろう。


このように消費増税という超重要政策課題で報道の判断は右往左往した。官邸が意図的にミスリードすると報道もこれほどうろたえるかということだ。昔の官邸記者団だったら間違いなく官房長官はつるし上げられていた。


昨年の解散判断でも全紙の判断がぶれたが、これは与野党を含めた情報を複合的に判断して打ち出す能力が欠けていた事に起因する。


いずれにしても政治記者の判断が弱体化していることを物語っている。企業経営と同じで、最後は必死の取材経験に基づいた“動物勘”が左右する問題である。刑事の嗅覚が衰えたといわれて久しいが、理詰めの社会で偏差値の高いだけの記者では激動期の報道はつとまらない。もっと動物勘を鍛えるべきだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月12日

◆公明代表が集団的自衛権で軟化の兆し

杉浦 正章



ワシントンで党首会談を提唱


集団的自衛権の憲法解釈変更に真っ向から反対だったはずの、公明党代表・山口那津男が、ワシントンで「帰国後党首会談」と言い出した。集団的自衛権歓迎の米国の空気を知った上で、連立決裂のための党首会談を提唱することはあり得ない。恐らく集団的自衛権に“歯止め”をかけるなど条件闘争に転ずる兆候ではないか。


山口は本当に米政府が集団的自衛権を求めているのかを確認して、求めていなかったら、これをてこに首相・安倍晋三を思いとどまらせようという“魂胆”であったが、どうもこれが外れたようだ。ミイラ取りがミイラの様相なのである。


シリア問題で目がつり上がっていた米政府高官も、ロシアの斡旋で一段落の流れが見えたようで11日は国務省でバーンズ副長官が山口と1時間会った。これに先立つ10日には国防長官首席補佐官・リッパートと会談した。


リッパートは「日本が集団的自衛権の行使を解禁し、国際社会でより積極的な役割を果たすことを米政府は歓迎する方向だ」と米政府の立場を鮮明にしている。


山口は「この問題は慌てずに議論することが大事だ」と、改めて慎重な姿勢を示したが、リッパートは面食らったはずだ。決めるのは安倍であってリッパートではないからだ。山口は言われっぱなしでは国内向けに格好が付かないため、創価学会向けに発言したのだろう。しかし、米政府の明確な方針を改めて直接聞いたことは、胸に響いたようだ。
 

その後同行記者団との懇談で従来の集団的自衛権問題への“極左も真っ青”な反応を転じて、安倍との党首会談に踏み込んだ。「連立与党だから、合意形成に努めるという姿勢があるべきだ。それがないと国民も同盟国も不安に思うだろう」と述べたのだ。


参院選の最中に「断固反対」と述べ、党幹部らには「皆さんは集団的自衛権のことで連立を離脱したくないでしょうねぇ」と連立離脱の可能性までほのめかしていた態度は急変である。


自公党首会談については幹事長・石破茂も近く党首会談が実現するとの見通しを示し、「協議をいつスタートさせるかは党首会談にかかるところが大きい」と指摘している。要するに党首会談を集団的自衛権に関する自公協議をスタートさせる入り口にしようというものだ。


安倍は基本的には年内にもこれまでの政権が維持してきた「集団的自衛権については国際法上は保有するが、憲法上は行使不可」との憲法解釈の変更を閣議決定する方向だ。集団的自衛権の行使は、自衛のための必要最小限度の実力行使に含まれる方向を打ち出すものとみられる。


既にそのための環境整備は整いつつある。辞任で抵抗しそうな内閣法制局長官を更迭、解釈変更論の小松一郎に差し替えた。そのための理論武装を整える安保法制墾も近く再スタートさせ、結論を受けた上で年内に閣議決定する防衛計画の大綱に反映させる。


同時並行的に国家安全保障戦略を策定するための「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・国際大学学長・北岡伸一)の初会合を12日に開催する。同懇談会は包括的な安保政策をうち出す方針である。


北岡はNHKとのインタビューで集団的自衛権の行使について、「結束していれば個々の国が襲われる可能性が低く、個別的自衛権はよいが集団的自衛権はだめだというのは、最初から間違った考え方だ」と述べている。安倍がとりまとめを求めている「国家安全保障戦略」に集団的自衛権の行使容認を盛り込む提言にしたい考えであろう。


このように安倍は既成事実をどんどん固めており、通常国会には関連法案を提出する流れである。まるで公明党の存在を無視するかのような展開である。安倍には中国と北朝鮮の軍事圧力に対抗するには、憲法改正を待っている余裕はないという判断がある。


第1次安保法制墾が提出した報告書が強調した「先例墨守や思考停止の弊害に陥ることなく、憲法規定を虚心坦懐(たんかい)に見つめ直す必要がある」という路線を推進しようというわけだ。極東の環境変化に対応できていない憲法解釈を後生大事に守っていられる時ではないというのが安倍の腹だろう。


野党も維新共同代表・橋下徹が10日、「時代や状況とともに憲法解釈が変わるのは当たり前だ。今の国際情勢からみれば、認めないといけない」と述べ、憲法解釈の見直しを容認する考えを示したことは大きい。これに民主党内右派の同調を得て、場合によっては公明党抜きでも不自由しない状況を作り得るからだ。


山口はこの時期の訪米を、自らの「断固反対」発言で振り上げた拳の降ろしどころを模索するための方便として設定したのだろう。山口は米国で「両党間で接点を見い出せるかは分からないが、一番足りないのは、これまでの考え方を変えようとする側の主張や論証だ。最終的に、国民が理解できるかどうかが必要条件だ」と述べている。


本当は「国民が理解できるかどうか」ではなく「創価学会婦人部が理解できるかどうか」の説得材料が欲しいに違いない。


したがって安倍は山口の「条件闘争」を実現可能にすることも考慮に入れる必要がある。地球の裏側まで米軍に付いていって、戦争に参加するような誤解を解かなければなるまい。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月11日

◆「尖閣打開策」が浮き沈みの内幕

杉浦 正章



石原慎太郎の姑息(こそく)さが露呈


尖閣国有化から一年を振り返ると、日中双方の失ったものの大きさを今さらながらに想起せざるを得ない。すべての問題は、都知事であった石原慎太郎による「東京都の尖閣購入」発言という“仕掛け”に端を発するが、本人は卑劣にも民主党政権のせいにして“頬被り”を決め込んでいる。


水面下では元外務省首脳などが打開策の動きを見せたが、首相・安倍晋三はこれを却下して、事態は一触即発の状態のまま推移している。


しかしG20 での日中首脳立ち話会談など一歩前進の動きも生じている。これを一歩前進二歩後退でなく、せめて一歩前進半歩後退にとどめる動きにつなげなければならない。裏話を披露しながら、1年間を検証する。


色々政治家を見てきたが、石原ほどいけしゃあしゃあと姑息(こそく)なうそをつく政治家は見たことがない。11日付の朝日新聞のインタビューでは自らの発言を覆して「地方自治体が買った方がよかった」と東京都が買うべきだったと述べている。


「都が購入すればどんな因縁の付け方がある?」なのだそうだ。加えて「野田政権がこれは人気取りになると思っただけの話。民主党政権は読みも浅くて目先のことしか考えない」と首相・野田佳彦をこき下ろしている。


しかしこれは全く“史実”と異なる上に詭弁(きべん)だ。石原は昨年4月に尖閣購入を米国で表明した後、「国が買うならそれでもよい」と発言、集めた寄付金を国の購入資金に回すことまで提案しているではないか。昨年8月19日野田と首相官邸で極秘裏に会談して、国が購入する方向で一致している。


そもそも石原が東京都が購入などという荒唐無稽な構想を打ち出した意図は、野田に国の購入を促すための策略であったのだ。詭弁と言う理由は、都が購入して、石原が職員を常駐させたり、船だまりを作ったりすれば、それこそ日中激突に発展していただろうからだ。都購入による日中戦争だ。


それを「野田の人気取り」というのは、卑怯未練なる責任転嫁に他ならない。


しかし野田の対応にも大きな失策がある。野田は石原との極秘会談を経て、当時の外務副大臣・山口壮を8月末に中国に派遣、国務委員・戴秉国に「国が購入する方針だが、これは石原の動きを押さえ混乱を回避するための措置でもある」「建造物など建てないという従来の方針は変えない」ーなどの方針を伝えた。


これに対する戴秉国の感触を山口は野田に「甘く伝えた」(政府筋)というのだ。これが9月9日の野田と国家主席・胡錦濤との立ち話会談にまで及んだ。英語の通訳しかいない要領を得ない会談で「野田はそれほど強く胡錦濤は反対しなかったと感じ取ってしまった」(政府筋)というのだ。


これが会談後たった二日で購入の閣議決定に踏み切った“誤算”につながる。反対したにもかかわらず、こけにされたと激怒した胡錦濤がかってないほどの反日デモ扇動を指示したのは言うまでもない。野田は明らかに“詰め”が甘かったのだ。


この反日路線は党内基盤が確立していない習近平も受け継いだ。習はいまだに基盤が確立しておらず、国内の情勢も貧富の差の拡大や汚職批判などが原因となる暴動やデモが繰り返されるなど極めて不安定だ。元共産党幹部・薄熙来の裁判などで垣間見せる党内の権力闘争の激しさは習の基盤の脆弱さのみを際立たせる。


習は尖閣なしでは基盤の構築が困難とも言える状況なのだ。しかし、中国政府がこのままでいいと思っていない事情は、主として経済問題から台頭している。


今年1〜6月の日中貿易は前年同期比10・8%減、日本の対中投資は同31%減に落ち込んだ。日本企業が1千万人超の雇用を生みだしている現実も無視できないのだ。


これを反映して尖閣問題でも微妙な変化が生じている。国有化の当初は「購入による国有化取り消し」を要求していたが、今の対応は「日本は領土問題の存在を認めるべきだ」にまで柔軟化している。


こうした事情を背景にさる6月に日中間で一つの打開策が水面下で生じた。元外務省首脳筋が中国の人脈を通じて動いたのだ。政府筋によるとその中から生じた打開策の骨子は「日本側は領土問題の存在は認めない。ただし中国が領有権を主張することは妨げない。その上で問題を棚上げする」というものだ。


同筋によるとこの打開策は安倍にまで上がったが、安倍は棚上げは領土問題の存在を認めることになるとの立場から、これを却下したといわれる。


しかし、安倍にしてみれば東京オリンピックを視野に入れた場合、筆者の主張するように「五輪デタント」は何が何でも達成したいところであろう。


元外務次官・栗山尚一が 「国際的な紛争を解決する方法は三つ。外交交渉、司法的解決、解決しないことでの解決。最後の方法は棚上げとか先送りとか言えるだろうが、尖閣問題を沈静化させるにはこの方法しかない」と述べている通りだ。棚上げが嫌なら先送りでの問題凍結を実現するしかない状況に立ち至っているのだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月10日

◆北東アジアは「五輪デタント」好機到来

杉浦 正章


安倍はフルに活用して中韓と“共栄”を目指せ


2020年東京オリンピックが北東アジア情勢にいかなる影響をもたらすかだが、日中にせよ日韓にせよ一種の“緩衝材”的な役割を果たす可能性が大きい。北朝鮮に対しても活用できる。これを奇貨として安倍は「五輪デタント(緊張緩和)」を目指して、北東アジアの政治情勢改善へのイニシアチブを発揮すべきである。


スポーツの祭典を前にして中国が尖閣への軍事攻勢を強めれば、アフガニスタン侵攻でモスクワオリンピックがボイコットを受けたのとは“真逆(まぎゃく)”に、世界中から「オリンピック妨害」の総スカンを食らい孤立することは必至である。


ここは少なくとも開催までの7年間のデタントが共通の利益になり得る。五輪を北東アジア“共栄”への礎とすべきであろう。


オリンピック東京開催で中国と韓国の代表紙の社説をつぶさに検証したが、まず東京開催そのものについては両紙とも歓迎している。


中国共産党機関紙で人民日報傘下の国際情報紙・環球時報が「われわれはここに日本人に祝意を表すとともに、彼らが今後7年間で順調に準備を進め、五輪を成功させることを祈りたい」と祝意を表明。「日本での五輪開催は中国人にとって、地理的なメリットもある。テレビ中継を見るにも時差はほとんどないし、現地に観戦に行くにも都合がいい」と歓迎している。


中央日報も「東京の五輪招致を祝い、開催の成功を祈る」と歓迎の意を表明した。中央日報はこれまで、「放射能問題の安全より五輪招致が重要なのか」と題する社説を掲載「期限内に汚染水問題を解決できなければ、五輪招致を自主的に放棄するという覚悟を示せ」と、韓国政府と歩調を合わせて招致妨害工作の一端をになってきたが、手のひらを返した。


しかし、東京招致を受けた安倍政権の今後の路線については正反対の分析を展開している。環球時報は「今後7年間日本はおそらく少し温和になり、それほど居丈高でなくなるだろう」と予想している。


これにたいして中央日報は「国内の一部からは、安倍政権の右傾化が五輪招致を契機に加速するという懸念が提起されている」と分析している。


両紙の主張でもっとも注目すべき点は環球時報が「常識的に考えて、日本は五輪開催まで中国との軍事摩擦を回避し、東中国海(東シナ海)の平和と安定を維持する必要がある」と主張していることである。


加えて歴史認識問題に言及「日本政府が今後数年間に靖国神社問題で再びごたごた動いた場合、中韓は五輪への国際世論の特殊な関心を利用して、第2次大戦の戦犯に政府が頭を下げる国が、平和を発揚する五輪を開催するのに一体適しているのだろうかと世界中の人々に問うことができる」と“どう喝”している。


中韓共同戦線で「反東京五輪プロパガンダ」を展開するという姿勢だ。中央日報も「 日本は歴史認識・領土などの問題で周辺国との葛藤・緊張を高める措置を自制しなければならない。局地的な紛争でもあれば、五輪の雰囲気に冷や水を浴びせる」と類似のけん制を展開している。


両紙とも尖閣諸島と竹島問題を念頭に置いているのであろう。いずれも主張は、唯我独尊的である。尖閣諸島の領海内に公船をたびたび立ち入らせ、大統領がこれ見よがしに竹島に上陸して挑発行為を繰り返すという自らの対日強硬策を棚上げしている。


しかし、両紙とも、共通して言えることは極東でオリンピックが開催されること自体は歓迎なのである。反対すれば国民感情から浮き上がる側面があるのかも知れない。今後の日本外交にとってのポイントはここにある。


尖閣については筆者は「先送り」しかないとたびたび主張している。次世代までの先送りが望ましいが、ここは少なくとも五輪までの7年間の先送りを意識すべきだ。


日中両国とも東京オリンピックへの世界の期待を裏切るわけにはいくまい。ソ連によるアフガニスタン侵攻が1980年のモスクワ・オリンピックボイコットにつながったことを忘れてはならない。戦争や紛争は五輪を台無しにする。極東に刺さったとげである尖閣の取り扱いは、東京開催で国際社会が絡む問題となったのだ。


環球時報も中央日報も、日本が紛争を起こすかのような論調だが、全く逆だ。習近平も朴槿恵も国内の不満のはけ口を日本に向けるという安易な政治姿勢を取り続けると、災いは必ず自らに降りかかることを肝に銘ずるべきだ。


安倍も改憲や集団的自衛権問題、敵基地攻撃能力確保は自らの信念に従って推進して行けばよい。いずれも基本的には国内問題であり、中韓が内政干渉するべき問題でもない。また、自らの姿勢を棚上げにして「右傾化」と批判することは全く当たらない。


しかし、首相による靖国参拝は、誤解を生ずるだけであり、思いとどまるべきだ。東京オリンピックは天の配剤か極東に新たな、そして共通の価値観が必要とする状況をもたらしたのだ。安倍はこのチャンスを見逃すべきではない。


オリンピックの成功は中国、韓国との経済関係好転も重要なポイントとなる側面が大きい。中韓両国にとっても観光事業などでプラスとなることは必至だ。環球時報が「もし日本がオリンピックで“第2の台頭”果たせれば、東アジア地域の経済全体に新たな活性化をもたらし、国家間の協力を刺激することになる。中国への脅威にはならない」と指摘している通りである。


オリンピックは“共存共栄”を果たすチャンスとしてフル活用すべきである。まかり間違っても逆コースをたどってはならない。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月09日

◆デフレ・消費増税に“神風”の東京五輪

杉浦 正章



韓国による妨害工作は“空振り”に終わった


こともあろうに隣国・韓国による“究極の妨害工作”にもかかわらず、圧勝の形で2020年オリンピック開催が決まった。首相・安倍晋三の強運はもちろんのこと、日本の「国運」の強さにまで思いをはせざるを得まい。アベノミクスはさらに一層勢いづき、デフレ脱却への“神風”となり得ることは間違いない。


安倍にとって消費増税8%の4月実施決断に向けて追い風になるものでもある。マラソン銀メダリストの君原健二が「オリンピックは精神的に生きる力を与えてくれる。感動とか夢とか希望とか勇気とか若い青少年に与える影響はとても大きい」と青少年への影響の大きさを涙ながらに語っているとおり、日本は出口なしの閉塞状態からの離脱をはかるチャンスが到来した。


韓国政府は日本の圧勝にあ然として、敗北感をかみ締めているだろう。


そもそも相手が弱すぎた側面が濃厚だ。まさにイスタンブールとマドリードが消去法で消された勝利だった。だが、そうしためぐり合わせになったこと自体も幸運であるとしか言いようがない。


ところが誘致運動が佳境に入った6日の段階で韓国が究極の禁じ手を打ってきた。福島県など日本の計8県の水産物を全面輸入禁止にすると発表したのだ。ただでさえ福島発の風評が投票結果に影響するのではないかという懸念が生じていた時点でのことである。


相変わらず「読めない」日本のマスコミは「何でこの時点で」といぶかる論調が支配的であったが、筆者は即座に「オリンピック妨害」と看破した。まずタイミングが国際オリンピック委員会総会直前である上に、海のない栃木、群馬両県を対象に入れていたからだ。


その狙いは東京が汚染県で囲まれている印象を演出、風評を一気に盛り上げようとしたのだ。結果的には安倍のプレゼンテーションにおける数字を挙げての全面否定が、率直に委員らの胸に響いた。安倍は「福島の近海の汚染の数値は最大でも世界保健機関の飲料水の水質ガイドラインの500分の1」とか、「0.3平方キロの湾内でブロックしている」など数字を示して風評のポイントを論破したのだ。


こうして史上まれに見るアンフェアな妨害は失敗に終わった。アラビア半島諸国と同じ半島国家で、大国からいじめられ続けてきた歴史を持つ国の、恐ろしいまでの陰険さと手段を選ばぬ陰謀の根深さをまざまざと思い知らされた形だ。


これにはなんと中国までがあきれかえっており、中国大手検索サイト「百度」の掲示板に「韓国は病気か?全力で東京五輪開催を妨害」というスレッドが立てられた。中国のネットユーザーからは、「一番嫌いなのが韓国だ。バカ国家だ」、「韓国はまともな国じゃない」、「われわれは低俗な生物と言い争う必要はない」などの批判が登場しているという。


「韓国の敗北」は、今後の2020年に向けての日本経済の振興ぶりで一層明らかになるだろう。アベノミクスの登場でただでさえ息も絶え絶えの韓国経済は、「日本が振興すると低迷する」パターンをとりつつある。


両国間にはウインウインの関係はなり立たないのである。なぜなら韓国の技術はすべて日本のそれの模倣で成り立っており、これ以上お人好しの技術移転や過去にあったような金融危機での支援などはまず行われないし、円安も続く方向だからだ。


そこで日本への経済効果だが、まずアベノミクスが予期できなかった相乗効果を得ることになった。これまでアベノミクスの成長戦略と言っても原発再稼働が最大の目玉としてあるほかは、これといった材料はないのが実情だ。


それがオリンピックという「具体的な目標と希望と未来が与えられた」(安倍)のだ。安倍は「15年続いたデフレと縮み志向の経済をオリンピックを起爆剤として払拭する」と言明、チャンスを最大限活用する意思を表明した。


成長戦略が焦点となる秋の臨時国会に向けて、政権にプラス材料になることは言うまでもない。野党が反対しようにもできない「掌中の玉」を得たのだ。


安倍の言うようにはっきりと7年後が見えるようになったことは、企業にも、所得環境にも大きなプラスの効果を生んでいくだろう。東京都の発表した経済波及効果(生産誘発額)は全国総計で約2兆9600億円。施設整備など需要増加額は東京都だけで約9600億円、全国総計で約1兆2200億円となっている。


招致活動のスローガンである「ニッポン復活」にプラスとなる数字が並ぶ。インフラ整備の前倒しなどにより、100兆円を超えると指摘する専門家もいる。


大和証券シニアストラテジスト・木野内栄治は「150兆円くらいの経済効果が出てくる可能性がある。これまで、1年先すらも見通せない経済情勢が続いてきた。7年後が見えるということは、企業にも、所得環境にも大きなプラスの効果を今の段階で生んでくれる」と分析している。


安倍がこのチャンスを利用しないはずはない。まさにアベノミクスにとっては神風の到来だ。安倍はオリンピック招致を消費増税の決断に結びつけることにはまだ慎重だが、4〜6月のGDP2.6%という好材料に加えてのオリンピックである。まさに消費増税の環境は整ったのであり、来月初めの判断は、8%に「ゴー」とならざるを得ない。


故松下幸之助が「日本の国運は不思議に強いものがあるというような感じがする。まさにつぶれんとしてつぶれない」と述べているが、その通りだ。明治以来40年周期で日本の興亡が訪れるという説がある。


維新から日露戦争までの40年は上り坂。以後第2次大戦までの40年は下り坂。戦後の40年は上り坂。1985年のプラザ合意で下り坂に入り2025年までは下り坂というものだ。


しかし2020年のオリンピック招致は、安倍のかじ取り次第で下り坂28年で、上昇に転ずる絶好の好機が生まれてきたことを意味する。それにしても安倍は運がいい。つきがある。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月06日

◆オバマに大きな“貸し”を作った日本

杉浦 正章



安倍は事実上のシリア攻撃支持


日本は言うことは何でも聞くと高を括っていた大統領・オバマに、3日の電話会談で首相・安倍晋三が「安保理決議を得る努力をして欲しい」と実現不可能な難題を持ちかけたのが図に当たった。


シリア攻撃を決断したものの、孤立感を深めていたオバマは5日、サンクトペテルブルクで手のひらを返したように、安倍と会談、シリア攻撃への賛同を求めた。


安倍は「支持という言葉を使わない支持」を表明した。オバマには大きな“貸し”を作り、攻撃反対の習近平は対米関係においてかすんだ。日本は中国と北朝鮮に強いけん制球を投げることにも成功したのだ。


オバマは半年前の首脳会談の時が象徴したように、安倍つまり日本を一段と軽く見る感じが濃厚だった。国際会議の度に日米首脳会談を求めた安倍につれない態度で応じて、電話会談でお茶を濁してきた。今回もその手を使ってG20での日米首脳会談を避けようとしたが、甘かった。


安倍が電話会談でも孤立化したオバマに救いの手をさしのべると読み間違ったのだ。安倍が求めた安保理決議は、シリア攻撃に猛反対のロシアと中国が拒否権を使って成立しない事が確実であり、英国は参戦しない。これに日本までが加わったらまさに完全孤立だ。


普通ならせいぜい30分の首脳会談に、オバマは1時間をさき、シリアは言うに及ばず、北朝鮮、日中関係、TPP、集団的自衛権など幅広く話し合ったのだ。それも各国首脳との会談に先駆けて会談するという厚遇ぶりだ。


オバマとしては日本の支持を得て厳しいG20での「瀬戸際の根回し工作」の“突破口”としたかったに違いない。日本外交はオバマに対する処し方を学んだことになる。けん制しないと分からない男なのだ。


会談では安倍がぎりぎりの表現でオバマのシリア攻撃を“支持”した。アサドに「責任がある」として、オバマの攻撃決断に「理解している」と述べ、「非人道的行為を食い止める米国の強い責任感に敬意を表する」と述べれば、誰がどう見ても事実上の支持表明だ。


会談後大統領副補佐官のベン・ローズが記者団への説明で、「化学兵器に関する国際的な規範を守らせるために我々がやろうとしていることについて、安倍首相から広い意味での支持の表明があったと考えている」と述べたのが、その証拠だ。


親中派のバリバリのケリーを国務長官に据えるなどとかく日本を“袖”にしがちのオバマはいま、「困ったときの友こそ真の友」ということわざをかみ締めているに違いない。


しかし日本にとってもここでオバマに“貸し”を作ることは決して悪いことではない。まず第一に公船を繰り出して尖閣諸島を隙あらば掠め取ろうと狙っている中国への強いけん制になる。中国はロシアと並んでシリアへの攻撃反対であり、オバマには日本の存在感を改めて感じさせるものとなる。


さらに重要なのが新「悪の枢軸」対策である。悪の枢軸とはG・W・ブッシュが、2002年の一般教書演説で、北朝鮮、イラン、イラクを指して使った言葉だが、イラクは牙を抜かれたからこれにシリアが入っている形だ。


北とシリアの結びつきは極めて大きい。シリアにガスマスクを売ろうとした北朝鮮の船が4月にトルコに摘発された事が物語るように、北の化学兵器がシリアのアサド政権に渡っていることは周知の事実である。また北のミサイル技術やミサイルそのものも渡っていることは明白だ。


NHKは8月29日、シリアが射程100キロ余りの短距離ミサイルおよそ40基を北朝鮮から購入したと報じている。北は化学兵器の開発が一番進んでいる国の一つとされており、これがミサイルに搭載されて日本を狙えば、核兵器に勝るとも劣らない破壊力を発揮する。


要するに他人事ではないのだ。オバマがシリアの化学兵器使用を黙認すればイランや北朝鮮の大量兵器使用に道を開くことになることに懸念を表明しているとおりなのだ。


こうした国際情勢をみれば日本にとってもアサド政権の化学兵器使用は無視できないことなのである。テレビのコメンテータレベルでは、10年前に米国がイラクの大量兵器の存在を間違って認識したから今回もあり得るという議論が幅を利かせているが、アメリカの情報機関がそうたびたび間違えるわけがない。


政府筋も「今度ばかりは本筋情報に基づいている」と漏らしており、安倍も根拠があっての“支持”なのだろう。


米議会は上院外交委員会が10対7の賛成でオバマに対シリア軍事行動を認める決議案を承認した。上院本会議の採決は来週末頃になる見込みであるが、下院の動向はまだ定かではない。オバマは上院の賛同を得られれば、下院を無視して攻撃に出る可能性も排除できない。


攻撃にともないシリアが破れかぶれのイスラエル攻撃に踏み切ったり、戦火が拡大する可能性も否定出来ない。また石油、天然ガスの輸入に支障が生ずる可能性もある。ここ1,2週間は固唾をのんで情勢の推移を見守る必要がある。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年09月05日

◆海江田「6人組」取り込みに失敗

杉浦 正章
 


野田の動きが再編の焦点となろう 
 

蟹は甲羅に合わせて穴を掘ると言うが、民主党代表・海江田万里は4日、能力以上の大穴を掘ろうとして前首相・野田佳彦ら「6人衆」の取り込みに失敗した。根底には参院選大敗にもかかわらず代表を辞任しない海江田への不信がいかに根強いかを物語っている。


怨念の戦いと言うより、それ以前の「海江田蔑視」が存在して、物事が動かないのだ。野田は「役職よりもプロレス」と決め込んで、4日「週刊プロレス」の表紙に登場した。野田独特の表現方法で「どっこい生きている」と“やる気”を示したのだ。


とにかく海江田のやることなすこと筋が一本かけている。幹事長に労組出身の大畠章宏を据えて、党内左派に「支えられる」態勢を作ったまではよかったが、右派の筆頭野田をはじめ、岡田克也、前原誠司、玄葉光一郎、枝野幸男、安住淳ら「6人衆」の存在が気がかりでたまらない。何とか取り込めないかと考えた。


それには役職で取り込むしかないと党の最高機関として「総合政策調査会」なるものを作って、6人を起用しようとした。政策ごとにトップを決めようという構想だが、淺知恵もいいところであった。そもそも海江田の指図など受けたくもない6人衆が、「役職」だからといって蔑視の対象にしている海江田の下に嬉々として参集するわけがないのだ。


案の定野田は「税制」のトップになることを固辞し、海江田構想はガラガラと崩れた。このため名称を「総合調査会」と“格下げ”して、前原らに頼み込んで「枝野憲法」「前原行政改革」「玄葉経済・農業」などの役員人事にこぎ着けた。


しかし前原らも渋々引きうけたと見えて、人事発表の両院議員総会にも欠席。だいたい前原を安全保障、玄葉を外交に持ってくるならそれなりの対外的な意味を持つところだが、この人事では本人たちもやる気を起こすわけがない。最初から全く機能しない感じの党機関も珍しい。それを分かっていないのが今度の失策だ。


そこで今後の焦点になるのは「6人衆」の動向であり、野田と前原がどう動くかだ。とりわけ野田は謹慎期間が過ぎたと判断したのか沈黙を破り始めている。


「週刊プロレス」のインタビューでは昨年11月の党首討論に関して「議員バッジを外すつもりだったから負ける気はしなかった」と述懐している。あの「定数是正やりましょうよ。そうすれば16日に解散します」発言で、安倍を圧倒した討論だ。その時点で議員辞職まで考えていたとは驚きの発言である。


自身のホームページでも「党より天下国家だ」と消費増税に突っ走った経緯について「他に選択肢はありませんでした。“ネクスト・エレクション”(次の選挙)よりも“ネクスト・ジェネレーション”(次の世代)を重んじた選択に悔いはありません」と述べた。


小沢らの離党もやむを得ないという論調だ。また野田は安倍が消費税実施になかなか踏ん切りを付けないことについても、珍しく舌鋒鋭く批判している。安倍について「社会保障と税の一体改革の議論については、ずっと蚊帳(かや)の外にいました。だから、常に他人事のようでパッション(情熱)を全く感じません」と批判。


さらに「60人もの有識者のヒアリングを行い、そもそも論を聴取していること自体、奇異に映ります。要は、総理の肚一つです」と「安倍官邸」によるヒヤリングの愚を戒めている。まさに正論であり、野田にしてみれば命がけで成立させた消費増税法を、安倍が軽々しく扱うことに我慢できないところなのであろう。


警護に迷惑をかけると控えていた船橋駅前の辻立ちもちょくちょく始めた。8月1日夜開かれた野田グループの会合での野田の発言が永田町に波紋を呼んでいる。「最後の1人になっても党に残り、立て直していくつもりでいたが、このままでいいのだろうか、と思わざるを得なくなった」と述べたのだ。


「つもりでいた」とは確かに意味深長な表現である。そこには海江田への求心力はなく、遠心力が強く感じられる。一方で前原も政界再編志向が強い。維新の会の共同代表・橋下徹とは肝胆相照らす関係になってきており、定期的に会合を開いている。8月には大阪で秘密裏に橋下と会談し政界再編に向けて連携を保つ事で一致している。
 

こうした中で安倍は民主党に対して際どいボールを投げようとしている。改憲と集団的自衛権の行使、そしてTPP(環太平洋経済連携協定)だ。とりわけ集団的自衛権の問題が厳しい。通常国会には関連法案も提出される方向だからだ。


そうなれば民主党は是認論の野田、前原らと左派との間に決定的な溝ができる。民主党の保守からリベラルまで抱える党の体質は何も変わっていない。国の安全保障政策への態度を明確にせざるを得ない状況が生まれるのは確実だ。


海江田が「6人衆」の掌握に失敗して、今後はさらなる遠心力が働く流れとなっていくだろう。2009年の政権交代時には400人を超えた民主党議員は、現在は約3割の116人(衆院57人、参院59人)となったが、さらなる分裂再編もありうる状況である。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)