2013年08月28日

◆山口は集団的自衛権で二元外交するな

杉浦 正章



公明党は政教分離の原点に戻れ


「皆さんは集団的自衛権のことで連立を離脱したくないでしょうねぇ」と公明党代表・山口那津男が党幹部らに話しかけたという。8月初旬のことだ。山口は「だからしっかり話し合わなければ」とも付け加えたが、この発言は永田町に伝わり、山口は連立離脱まで考えているのかという憶測を生んだ。


しかし首相・安倍晋三の集団的自衛権容認へ向けて憲法解釈を見直す意思は固い。法制局長官を更迭したことの意味は、安倍が賽(さい)を投げてルビコンを渡ったことに他ならない。このままではまさに連立の危機だが、山口にその度胸はないとみる。しょせんは条件闘争に移行するだろう。


山口の集団的自衛権容認反対の姿勢は一見筋金入りのようである。参院選最中も「断固反対」と発言している。その根拠は「憲法9条をどう読んでも集団的自衛権を認める解釈は出てこない」というところにある。


同党が1998年に決定した基本政策大綱は、集団的自衛権について「我が国の自衛のための必要最小限度の範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考える」と明記している。この路線に沿って発言しているわけだ。


第1次安倍政権の時は当時の代表・太田昭宏も安倍に「集団的自衛権の行使は認められない」とねじ込んでいる。太田は現在国土交通相であり、安倍が閣議決定する場合にはこのままでは最大の難関となり得る。


公明党の強硬姿勢の背景には、創価学会の絶対平和主義がある。参院選挙でも学会の集会では実働パワーの婦人部から「日本が戦争に巻き込まれる」という無知に根付いた強い反対の声が上がり、山口の「断固反対」発言につながったようである。


しかし山口は、憲法の「政教分離」の原則に基づき、公明党が「王仏冥合」の言葉を党綱領から削除していることをよもや忘れてはいまい。


70年に当時の学会会長・池田大作が言論出版妨害批判に耐えきれずに政教分離を明言して、公明党は学会の影響を極力排除した政党に脱皮したはずではなかったか。その立党の基本を党首が無視してはいけない。今の同党の姿勢は国の安全保障より創価学会大事となってしまっているのだ。


また、公明党の集団的自衛権容認反対の方針は、同党の憲法改正案とも全く矛盾する。同党は「加憲」と称する改憲へと動き始めているが、その焦点となるのは9条だ。山口は9条に3項を新設して自衛隊の存在を明記する構想のようだが、これは当然集団的自衛権の容認が前提となる。


憲法改正で容認する以上、改正前でも事実上容認すべきと考えていなければ行えないことではないか。山口は集団的自衛権の行使について「近隣諸国の見方も合わせて考える必要がある」と発言しているが、問題をはき違えている。


中国、北朝鮮など近隣諸国がにわかに好戦的かつ挑戦的に転じて、我が国を取り巻く安全保障の環境ががらりと変ぼうした結果の、自衛権容認であるのだ。韓国も集団的自衛権の容認に筋違いの懸念を示しているが、米韓同盟は同自衛権を認めて、日本は認めないのは大矛盾だ。


安倍が法匪の如く旧来の解釈に固執する法制局長官を更迭したのは、極東の現実に全くそぐわない「旧説墨守と思考停止」を改める必要に迫られているからに他ならない。公明党も「思考停止」から離脱しなければなるまい。


ただ連立政権である以上、公明党の立場を考慮して安倍が26日「今まで政府内だけの議論だったが、公明党にも理解をしていただく努力をする必要がある」と述べているのは正しい。


公明党の懸念は「地球の裏側まで行って米国を助ける」(山口)というようなところにあるが、集団的自衛権行使に当たっての“歯止め”の明確化が必要だろう。


手続きの立法化や自衛隊の派遣を国会の事前承認を前提とする事などは安保法制懇の第1次報告でも明確化しており、これに地域の限定を付け加えてはどうか。例えば行使の範囲を安保条約の極東の範囲であるフィリピン以北と明示することなどである。


山口は来月8日から13日まで訪米して、米政府要人と会談する方針だが、集団的自衛権の問題を避けては通れまい。現在のまま米国で独自の主張を繰り返せば、まさに安倍政権は二元外交の危機に直面する。


すでに安倍は大統領・オバマとの会談で集団的自衛権容認を表明しており、これは対米公約となっている。山口は、米国が本当に集団的自衛権の容認を日本に求めているかどうかを探りたい思惑があるようだが、恥をかくだけだからやめた方がよい。


国務省も国防総省もようやく日本が国連憲章も認める安全保障の思想を取り入れ普通の国になろうとしているという判断であり、安倍の路線をもろ手を挙げて歓迎しているからだ。そこを突っついて片言隻句を取り出そうとしても、無理だ。


もっとも外務省は米側の勉強不足で高官がとんちんかんな発言をしないように、会談予定者にあらかじめ公明党の立場と安部の方針を明確に説明しておく必要がある。これは早急に手を打たねばなるまい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月27日

◆薄公判象徴の共産党独裁体制の矛盾

杉浦 正章

 

汚職摘発が権力闘争の手段となった


中国国家主席・習近平は蔓延する汚職について「トラもハエも叩く」と宣言したが、一匹たたいても群がるハエは「ワーン」と羽音を立てて一斉に飛び上がり、場所を変えて群がるのが実態だろう。


26日結審した元重慶市共産党委員会書記(元党中央政治局員)・薄熙来被告の公判が物語るものは、共産党独裁政権64年がもたらしたこの国の汚職と腐敗の闇の深さとその広がりであろう。明らかに土台は清朝末期にも似て腐り始めており、やがては1党独裁が致命傷となって、国の有り様(よう)を行き詰まらせるに違いない。


日本にとって、もっとも危険なのは習近平が国民の不満をそらすために「尖閣」を活用しようとすることであろう。


収賄と横領、職権乱用の罪に問われた薄被告への判決が注目されるが、おそらく国内支持勢力の反作用を避けるために死刑は避けるというのが大方の見方だ。薄熙来は冒頭から検察の起訴内容を全面的に否認し、中央政府と対決する姿勢を見せたが、客観的に見て「赤い収賄貴族」であることは誰も否定出来まい。


「赤い貴族」とは共産党幹部の家族、親族であり、人脈血縁を生かした事業や不正蓄財で巨万の資産を生んでいる階層を指す。中国では収賄官僚は高級腕時計を付けているケースが多いため「時計アニキ」と呼称されるが、薄熙来の場合のその収入はけたはずれであり時計アニキどころではない。


米国留学中の息子がアメリカではポルシェを飛ばし、北京では赤いフェラーリを乗り回す。まさか「バイトで稼いだ」とは言えまい。
 

英国人ニール・ヘイウッド毒殺事件の主犯として逮捕された妻の谷開来は有罪判決を受け服役中だ。毒殺の動機は夫妻の金銭管理人であった


ヘイウッドが外国への不正蓄財を進める見返りを要求して“ゆすり”の動きに出たことにある。これにたいして口封じのため青酸カリを飲ませて毒殺してしまうのだからすさまじい。薄熙来の甘さは、中国共産党幹部には何をしても火の粉は降りかからないという“神話”を信じたことであろう。


しかし重慶に“左遷”されてからの動きに党中央の胡錦濤政権は神経を尖らせた。毛沢東の平等主義路線を主張し、「唱紅」という革命歌を歌う運動を展開、格差社会を否定、共産党幹部にとって必要不可欠のマフィアとの癒着の否定などことごとく北京の神経逆なでの路線をとった。


逆に低価格の住宅建設など弱者対策を重視し、その人気は高まる一方だった。北京は「重慶発の革命」を懸念するまでに至ったのだ。


そもそも共産党幹部にとって不正蓄財などは常識の部類であり、首相・温家宝ファミリーの蓄財説をニューヨークタイムズが報道したのは記憶に新しい。普段ならお互い見て見ぬ振りをするのが習いだが、いったん政争絡みとなれば、脇腹をえぐられることになるのだ。薄熙来失脚の実態はまさにこれだ。


背景には長年にわたる1党独裁体制の歪みが紛れもなく存在する。とりわけケ小平の改革開放路線以来儲けにもうけた層が共産党幹部に限定されているのだ。その利益誘導の構図はこうだ。


国有銀行は共産党幹部が操る国営企業、地方政府に資金を回し、民間には貸し渋る。従って圧倒的に有利な国営企業と地方政府が潤沢な資金を背景に事業を展開、アリが砂糖に群がるように民間業者が賄賂を懐に接近する。こうして地方の大都市には大小の共産党財閥のような組織が形成される結果を招いているのだ。


「賄賂を拒んだら『ちょっとおかしい』と言われる」「賄賂を貰わなかったら官僚になる意味が無い」と官僚が公言する風潮が生じているのだ。それが2008年から2012年までの収賄での起訴数を25万人という天文学的な数字に至らしめているのだ。


けた外れの規模が元鉄道相・劉志軍が25年間君臨した間の10億円の賄賂だが、これは氷山の一角であり、鉄道省全体で見れば賄賂の額は「兆」の単位に登ると言われている。


こうして共産党内部に強固なる利益集団が発生した。院政を敷きたがる党長老とこれを引き継ぐ子弟による「太子党」がその核心部分だ。それが高邁(まい)なる社会主義革命の理想などとっくに忘れた “銭ゲバ” の風潮を巻き起こして、怪物のように成長してしまっているのだ。


こうした風潮が「時計アニキ」がネットに出た写真で摘発されて逮捕されているうちはよいが、薄熙来クラスの事件にまで発展すると話は別だ。汚職摘発が権力党争の手段として新たに登場したことを意味する。蓄財専念の共産党幹部はいつ自分がやり玉に挙げられるか気が気ではあるまい。


金も家族も海外に移していつでも逃げられるようにしている役人を「裸官」と称するそうだが、それを一手に引きうけるマフィアの地下組織「逃がし屋」もうけに入っている。中国や香港からの“逃亡移民”が多いカナダのバンクーバーは今や香港のようだから「ホンクーバー」と呼ばれる。人口は約213万人のうち約40万人が中国系移民だ。


こうして中国の共産党1党独裁体制は、その内包する矛盾撞着がいつ噴出してもおかしくない状況に到達しつつある。中国の動きは政治も民衆もその国土を流れる大河の如く一見緩慢に見えるが、ひとたび火が付けばそれこそ燎原の火のごとく拡大する。


問題はこれを食い止め、国民の愛国心を鼓舞する絶好の材料が「尖閣」にあることだ。習近平は最後の手段としてこれを手放さないだろう。日本も覚悟して安保体制を盤石なものにしておく必要がある。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月26日

◆「安倍官邸」はピントが外れ始めたのか

杉浦 正章



消費増税見送りなら「政局化」必至


首相・安倍晋三はいったん成立して来年4月1日の施行を待つだけとなっている超重要法である消費税法を、今さらひっくり返せると思っているのだろうか。自らアベノミクスを水戸黄門の印籠のように高々と掲げれば、国内も海外も「ははっ」とひれ伏すとでも思っているのだろうか。


思っているとしたら慢心のなせるわざとしか思えない。政界は「まさかやるまい」と思っているから動きが出ないが、本気で安倍が打ち出せば、間違いなく「政局化」する。自民党内各派は来月にかけて数年ぶりに研修会や、政策勉強会を開始するが、予定通りの実施論が強まることは避けられない。


党内は消費増税見送りを断行すれば反安倍勢力が結集し、息も絶え絶えの民主党も息を吹き返す。逆に黄門ではないが「この状況が見えないか」と言いたい。再び総選挙をして国民の信を問うべきほどの問題であることを官房長官・菅義偉も含めた「安倍官邸」は理解していないのだ。状況認識が甘いのだ。


安倍の“悪あがき”は相当なものがある。側近学者で内閣官房参与・浜田宏一の消費増税延期論の旗色が悪くなると、今度は応援にやはり延期論者の官房参与・本田悦朗を繰り出した。


大蔵官僚で次官になれなかった敗戦組の本田は、テレビでまるで財務省への意趣返しであるかのように延期論をぶちまくり始めた。「1年待って欲しい。来年の4月はタイミングが悪い」と、まるで首相になったかのような口ぶりだ。

無理もない。官邸筋によると去る11日に安倍とゴルフをした際に安倍が1%ずつ引き上げる構想を「深く研究して欲しい」とけしかけているのだ。


安倍としては堀の深さを測ろうとしているのだろうが、さらに一層馬鹿馬鹿しいのはきょう26日から始まる有識者なる者60人からの意見聴取だ。政府は6日間の日程で経済団体や連合、それに業界団体や自治体の代表のほか、エコノミストや経済に詳しい大学教授などから意見を聴く。


この意見聴取なるものはまるで、賛成論と反対論を選んで世論調査をするようなもので、何の意味も持たない。本来なら有権者の生の声を聞いて当選した自民党内からまず意見を聞くべきものだが、狙いは別にある。


増税延期賛成論があたかも反対論と“同等”であるかのように際立たせることにより、それを受けた安倍の最終判断をやりやすくしようというのだ。外堀を埋めてからあわよくば党内論議を進めようという狙いが見え見えである。


しかし党内の空気は安倍が判断するように甘くはない。まず幹事長・石破茂は4月実施論だ。「反対なら福祉財源はどこに求めるのか」と、究極の反論をしている。石破は法律の景気の動向を考慮して実施を判断する「景気条項」についても「経済状況の激変、例えばリーマンショックのようなケースを想定している。


法律はそう読むべきだ」と発言している。自民党幹部筋は「中国のバブルが弾けるようなケースでも生じない限り予定通り実施が既定路線」と述べている。


だいたい首相側近の学者らの理論武装はなっていない。浜田は77年の増税が税収にマイナスに作用したと強調しているが、学者にしては勉強不足だ。減収はリーマンショック、アジア通貨危機など外的要因によるものであり、消費増税が直接要因ではない。本田も1%づつの増税を主張しているが徴税の実態を知らない。


今の徴税能力ではまず国税庁が機能的にパンクしてしまう。毎年1%づつ増税されては中小企業は真綿で首を絞められるような結果となる。価格に転嫁できないのだ。小刻みの実施だと累計の税収が2020年までに10兆円減収となるという民間調査もある。


だいいち4〜6月のGDPは年率2.6%であり、これは増税ゴーの青信号に他ならない。来年4月の時点で状況がよくなっているという保障は全くない。その場合、ずるずる延期を続けるのか。


本田は「デフレ脱却の途上での増税は横から弾丸を浴びせるようなものだ」と述べるが、増税を断念した場合の国際的影響を無視している。すでに消費増税は国際公約となっており、市場関係者の大多数が、「見送れば日本売り」と判断している。


長期金利が暴騰し、国債が売られてデフレ対策どころではなくなる状況に陥るというのだ。要するに虎視眈々(たんたん)と狙うハゲタカファンドの餌食になり、日本経済はそれこそ横からミサイルを受けるようなことになる。


米欧など先進諸国は消費税15%、20%が常識であり、5%の消費税をたったの3%上げられなかった事に対する日本の政治への不信は頂点を極めるだろう。


そもそも消費税法は国権の最高機関である国会が多数で決定したものであり、たとえ首相といえども恣意的な判断でその結果を左右できるものではない。もしどうしてもやるというのなら、まず手始めに自民党内の正式機関の論議を経るべきであろう。


昨年8月の3党合意での法案成立に際して、安倍は自民党内で一言も反対論を発していない。さらに総裁となった後の総選挙の公約では「消費増税に伴い、食料品等への複数税率の導入検討」をかかげているではないか。増税を前提にした公約を掲げておいて、いまさら見直しというなら再度国民の信を問うしかあるまい。


それが憲政の常道である。国会も支離滅裂のみんなの党を除いては4月の増税是認が潮流だ。安倍は10月7日から開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議の前までに判断することになる見通しだが、安倍にあえて潮流に棹さす勇気があるのか。


またひっくり返すなら秋の臨時国会で、見直し法案を上程して1から論議をやり直さなければならない。とてもその時間と余裕はない。首相たる者未練たらしい恣意的な増税見送りへのイニシアチブはやめた方がいい。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月16日

◆朝日の「加害者責任報道」欺瞞性を突く

杉浦 正章


【夏休み中臨時速報】


中韓煽り「慰安婦誤報」と類似の“手口”
 

従軍慰安婦問題をめぐる朝日新聞の「誤報」が、周辺諸国との関係悪化の根源になったのは常識だが、同様の“手口”が16日付朝刊に如実に表れた。


同紙は首相・安倍晋三が全国戦没者追悼式の式辞でアジア諸国への加害者責任に言及しなかったことを1面、2面、3面ぶち抜きで報道したあげく、社説まで動員して追及した。


とりわけ3面の「中韓広がる失望」の記事で、「加害者責任言及なし」があたかも両国に「失望と反発の声が上がった」かのように仰々しく報じているが、眼光紙背に徹して読めば、東京の編集者の「安倍叩き」の狙いとは逆に、直接的な中韓の「反応」がなかった事を際立たせている。


そこには公式反応がないにもかかわらずにあたかもあったかのように報ずる欺瞞(ぎまん)性がある。


とにかく最近の朝日は「安倍憎し」で固まってしまった。選挙民が衆院選挙、都議会選挙、参院選挙で安倍を圧勝させたことがまるでけしからんといわんばかりの、紙面構成だ。


1面トップでは1993年の細川護煕以来踏襲されてきた加害責任に触れなかったと噛みつき、2面では「安倍色にじむ式辞」の中で安倍が自ら指示して文案を練ったことを解説。そして3面へと続く。しかし馬脚はここで現れた。
 

3面では、まず韓国の反応で、あたかも朴槿恵が安倍の式辞に直接的に反応したかのような記事構成をとっているが、朴は全く言及していない。このため朝日は「韓国政府には改めて落胆と懸念が広がっている」と主観的な表現をした揚げ句に、政府関係者に語らせるという“手法”に出た。政府関係者が「やはり本心はこうなのかと韓国人は思ってしまう」と述べたと書いたのだ。


これは東京からおそらく「何が何でも安倍発言の反応を書け」との指示が発せられて、特派員が苦し紛れに「政府関係者」なるものに語らせた記事に他ならない。しかし特派員は正直にも韓国政府内部にはこれ以上の関係悪化を避けたい気持ちがあり、「朴氏は激しい非難の言葉を控え、独島や慰安婦といった言葉も避けた」とも書いている。


一方、中国政府の反応に関する記事も全く同じパターンが見られる。公式な反応がないから、こんどは「外務省幹部」に語らせている。同幹部は「(これまでの政権との)大きな変化だ。今後の中日関係を考える上でも注目に値する」との懸念を示し「一言で言えば今日の日本側の対応には失望した」と語らせている。


しかし、やはり特派員は中国政府の態度の変化にも言及して「中国政府は対日世論を過度にあおるような動きを避けようとする態度も示す。外交の選択肢を狭める可能性があるうえに中国が日中関係を悪化させたとの印象を国際社会に与えたくないためとの見方もある」とも書いている。


要するに中韓両国とも「加害者責任言及なし」への公式かつ直接的な反応が取れなかったことから、「政府関係者」や「外務省幹部」による非公式な発言による“作文”でお茶を濁さざるを得なかったのだ。見出しのように「中韓広がる失望」はまさに朝日の主観なのであって、公平性と客観性に乏しいことがあらわになっている。


朝日は影響力が大きいから16日以降に両国の反応がある可能性は否定出来ないが、少なくとも朝刊の見出しと中身は一致しないのだ。


読売新聞が5月13日に維新共同代表・橋下徹の慰安婦問題発言に絡んで「慰安婦問題は朝日新聞の誤報を含めた報道がきっかけで日韓間の外交問題に発展した」と誤報に言及。


翌日の14日付朝刊でも、慰安婦問題の用語解説記事の中で、「1992年1月に朝日新聞が『日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していた』と報じたことが発端となり、日韓間の外交問題に発展した。


記事中には『主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した』などと、戦時勤労動員制度の『女子挺身隊』を“慰安婦狩り”と誤って報じた部分もあり、強制連行の有無が最大の争点となった」と2度にわたって「誤報」を指摘した。


日本の2大新聞の一つが、相手紙に対して、「誤報」と断定することはよくよくのことであろう。しかし朝日からは何の弁明もない。


今回の「加害責任大展開」の紙面構成も、他国の政府関係者をけしかけ、無理矢理に批判的な言動をとらせているし、今後もとらせようとしている。言論の自由はもちろん重視しなければならないが、中立公正を綱領で標榜する大新聞が、意図的に日中、日韓関係を煽りに煽って、時の政権批判へと結びつける。


まるで選挙で原発再稼働反対などことごとく自らの論調が否定された事への、意趣返しのようでもある。一体どこの国の新聞かと言いたい。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月07日

◆習近平は日中「靖国暗黙の了解」を守れ

杉浦 正章



首相以下4閣僚の参拝なし


「安倍首相が靖国に参拝したら、アメリカと中国と韓国から、戦前のABCD包囲網のように日本包囲網を作られてしまう恐れがある」と東大客員教授・御厨貴が産経のインタビューで“警鐘”を鳴らしているが、まるでタブロイド判並みのセンセーショナリズムのように見える。


米国と言ってもいささか広うござんすである。ニューヨークタイムズが4月の閣僚参拝を「無用の国粋主義」と批判しても、偏屈なユダヤ人資本が支配する同紙特有の見解にすぎない。


駐米大使・佐々江賢一郎がワシントン・ポストに「日本政府は歴史に常に謙虚に正面から向き合うことが重要だと考えている」と反論を書けばそれですむことである。


米議会調査局が報告書で「今月15日の終戦の日に安倍総理大臣や閣僚が靖国神社に参拝した場合には、再び地域の緊張を高めるだろう」と指摘しても、それは「参拝するな」といっていることではない。いずれも日本のマスコミが一定の思惑をもって、報道するから“大事”になるのである。
 

最近ワシントン特派員が好んで記事にしているが、米議会の調査局の報告というのは一体何かと言えば、日本で言えば国会図書館の調査資料『レファレンス』(月刊)のようなもので、米国のマスコミは一切関心を持たない。


公開情報を元に一般論を述べているだけであり、首相が参拝すれば確かに地域の緊張は高まる。だからどうすべきだとまでは言っていない。越権行為になるからだ。石を見て「これは石だ」と述べているに過ぎない。


それを公共放送であるにもかかわらず最近左傾化著しいNHKも、朝日もあたかも「米議会の意思」でもあるかのような取り上げかたをして、人の良い東大教授様までだましてしまうのだ。
 

ことごと左様に靖国参拝をめぐる報道には問題がある。議員が参拝しようがしまいがマスコミが、天地がひっくり返ったように毎回大騒ぎして報道しなければ中国も韓国も反応しないのだ。


そのマスコミが8月15日の終戦記念日の参拝をめぐって手ぐすねを引いているが、どうも首相・安倍晋三は肩透かしのようだ。既に分析したように安倍も、副総理・麻生太郎も、外相・岸田文男も官房長官・菅義偉も参拝しない方向だ。


どうでもいいような伴食閣僚や、エキセントリックな政調会長、国会議員らが参拝してもそれほど問題化する話ではあるまい。焦点は参院議員の数が春季例大祭の際のように168人を上回るかどうかであろう。


自民党は参院選圧勝で人数が増えており、上回る可能性もある。168人と言っても国会議員総勢722人のうちの22%であり、78%は参拝しないことにも、中韓両国は目を向けるべきだ。日本は自由の国であって、議員の個人的な行動に口を挟む国の方が異常と心得るべきだ。その是非は民主主義国では有権者が判断するのだ。
 

その中国の対応がどうなるかだが、そもそも日中間には「首相、外相、官房長官が参拝しなければ問題としない」という暗黙の了解がある。年に1回参拝した小泉純一郎を除けば、中曽根政権以来35年間この暗黙の了解が効を奏してきた。


ところが対日強硬姿勢を内政上の“売り”にしている習近平がこれを踏襲するかは定かでない。現に、中国外務省報道官は「どんな方法、どんな身分であっても、参拝は日本の軍国主義的な侵略の歴史を否定するものだ」と、すごんでいる。


この中国の姿勢は国際的に常識である他国民の「信教の自由」を侵害しようとするものであり、不当なる内政干渉に当たることは言うまでもない。


しかし安倍以下の四閣僚が参拝しないのであるから、そこは日中正常化を求める日本政府の意思が働いていると受け止めるべきであろう。


中国はこれを奇貨として関係改善に転ずるべきだ。9月初旬のG20で両国首脳同士の“接触”を最低限実現すべきである。習近平もこの機会を逃すと、無用な緊張を持続させるだけだと判断すべき時である。


そもそも靖国参拝問題は、尖閣で日中関係を極右の石原慎太郎がめちゃくちゃにしたように、たった一人の宮司が元凶となっている。1978年にA級戦犯14柱をこっそりと合祀してしまったのだ。それまで昭和天皇は靖国参拝を恒例行事としてきたが、以後参拝は途絶えた。マスコミが騒ぎ出したのもそれ以来である。


安倍は国内的には「国のために殉じた英霊に尊崇の念を表明するのは当然」と繰り返しており、それなりの説得力があるが、米国への宣伝能力に欠如が見られる。ワシントンポストの社主キャサリン・グラハムと会食した首相・中曽根の例を見習って、人脈ルートを模索すべきである。


どうも米国のマスコミは中国と韓国の宣伝工作に引っ張られている感じが濃厚だからだ。 

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月06日

◆集団自衛権は限定的行使の歯止めを

杉浦 正章



公明党や野党対策に不可欠


集団的自衛権の行使容認をめぐってここ数日大きな展開が見られたが、いずれも首相・安倍晋三の強い意志が背景としてある。とりわけ内閣法制局長官を交代させるという人事権の行使は、国会審議の先を読んだ対応である。


安倍は年内にも憲法解釈を集団的自衛権の行使容認に向けて180度転換する閣議決定を断行する。法制局のハードルを除去して、今後最大の問題となるのは、政権にいながら極東事態の理解に乏しいブレーキ役の公明党をいかに説得するかだ。


それには解釈変更と並行して“歯止め”を明示する必要がある。同党内には米国の軍事行動に地球の裏側まで同行して、米軍を守るというような極端な議論が横行しているからだ。


かねてから筆者は問題の焦点は極東における事態の急展開を理解できない内閣法制局の在り方に警鐘を鳴らしてきた。事態の変化にもかかわらず「憲法上は可能だが、行使は認められない」などという矛盾撞着の憲法解釈に固執する立場を依然維持しようとしていたからだ。


無理もない歴代内閣は東西冷戦下における国会答弁を切り抜けるため、法制局をフルに活用してきた。歴代政権は集団的自衛権など行使するつもりなど全くなかったし、その環境も存在しなかったからである。法制局は内閣に直属しておりいわば何でも言うことを聞く“三百代言”であった。


しかし中国が領海侵犯を繰り返し、北朝鮮が核ミサイルを保有して、日本の都市を名指しで攻撃すると公言している現在の状況は、冷戦時代とは天と地ほどの変化がある。問題はその三百代言が、極東に生じている事態を掌握出来ず、まるで“法匪”のごとく従来の解釈にしがみついている事であった。


政権を守ってきた三百代言が政権に牙をむきそうになっていたのである。安倍がそのトップである長官を山本庸幸から、推進派の駐仏大使・小松一郎に差し替えることは必然的なことであった。


官邸筋は交代について「国会の最中に突然辞められても困る」と漏らしている。確かにそうだ。安倍がいくら理論武装して国会答弁に臨んでも、同席する法制局長官にあさっての答弁をされたうえに、食い違いを理由に辞任されたのでは内閣が持たない。


法制局幹部の中には依然従来の解釈に固執している者がいるようだが、早急に小松が働きやすいように環境を整えなければなるまい。安部が「法制局は内閣から独立した組織ではない」と言うとおりである。時の内閣に反旗を翻しては存在価値がない。


こうして容認への第一関門を安倍は突破したことになる。しかし難問は山積だ。最大の難関は絶対平和主義の創価学会を背景とする公明党のブレーキだ。


同党代表・山口那津男は「我が国の領土、領海、領空での武力行使を認めないのが個別的自衛権だが、集団的自衛権は外国での武力行使を認めようとする考えだ。断固反対する」と言明している。


これに対して安倍の諮問機関・安保法制懇談会座長の柳井俊二は、まず個別的自衛権との関わりについて4日のNHKで、「自衛隊が攻撃されていないにもかかわらず、米国の艦船が攻撃されたときに見殺しにしていいかという話は個別的自衛権では説明できない。国際法違反になる」と断言している。


安倍の行おうとしている行使容認を拡大解釈して反対論を展開するのは、共産党や社民党など極左政党のおはこだが、山口の論旨は明らかに極左ばりだ。


一方で「外国での武力行使」について柳井は「集団的自衛権というとものすごく飛躍してしまって、地球の裏側まで行って、日本と関係のない国を助けるのかとなってしまいがちだが、そういうことでは全くない」と全面否定。防衛相・小野寺五典も「地球の裏側の戦争に巻き込まれることはないことを理解されたい」と政府の考えが米軍に同行して世界中の戦争に参加するような事ではないことを明言した。
 

ここがすべての急所となる。公明党なしでも民主党内の多数の議員や維新の会は集団的自衛権容認であるから、来年の通常国会での法整備には差し障りないが、連立政権が崩壊するような事態は避けなければならない。


そのためには公明党や他の野党、マスコミなどを説得する「歯止め」の構築が不可欠となろう。既に安保法制懇が2008年6月に出した報告書では、国会の事前承認や、新たな法整備、首相の政策判断などによる「歯止め」をかける方針が明記されている。


要するに、野放しの行使でなく限定的な行使である。しかし、より具体的に「歯止め」の内容を明らかにしない限り、公明党を政権離脱に追い込む可能性がある。


筆者はかねてから集団的自衛権の行使は安保条約における極東の範囲に絞れば良いと主張してきた。極東の範囲であるフィリピン以北とするのである。国際法的には、世界中での行使容認が前提であるが、日本は特殊事情があり政治的に歯止めをかけるのだ。


そうすれば現在起きている尖閣にせよ北の核ミサイルにせよ有事の際にはカバーできるのだ。今後安保法制懇は月内にも会議を再開、秋に報告書を安倍に提出。これを受けて安倍は憲法解釈変更を閣議決定する。解釈が政権交代によって変化しないように歯止めとなる法整備を通常国会で行う。


こうした流れと並行して「限定的行使」の歯止めの策定と、これに基づく公明党との事前根回しが重要ポイントとなる。


◎杉浦正章筆「俳壇」

【新酒】

コップより升に落ちたる新酒かな 杉の子
 

「おっとっとっと」と酒飲みが喜ぶのはコップから升にあふれるつぎ方である。銀座の焼き鳥屋では升がなくて、銀のやかんで表面張力でコップがあふれるすれすれまで注ぐ。ウルトラCの技だ。客は口から先にコップに近づく。新酒は新米で醸造した酒で秋の季語。傍題に今年酒がある。
新酒はうまい。胆石をとって六腑が五腑になったがやめられぬ。

一つ欠き五臓と五腑にしむ新酒 杉の子


やはり日本酒好きは年寄りに多い。舌が肥えてくるとやはり日本酒だ。田中角栄は「日本酒はうますぎて飲み過ぎる」と普段はオールドパーだった。

友ら皆白髪か禿げよ新酒汲む   読売俳壇入選

鷹羽狩行の句に

とつくんのあととくとくとくと今年酒

がある。オノマトベが見事に季語と響き合っている。小生も真似して


       <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2013年08月05日

◆尖閣は「先送り」で日中長期研究体制を

杉浦 正章


注目すべき栗山の「解決しない解決」論


「次の世代はきっと我々より賢くなる」としてケ小平が尖閣問題の棚上げを唱えてから、35年になる。一世代30年だからその次の世代に移行してから5年が過ぎたことになるが、今の世代は全然賢くなっていない。尖閣は一触即発の状態になってしまった。


維新の会共同代表・石原慎太郎が仕掛けた罠に、日中両国がはまってしまった結果だ。賢くなるにはどうなるかだ。


「棚上げ」が譲歩になるのなら「先送り」しかあるまい。先送りして日中に新たな協議機関を設置して民間学者も含めて“長期研究体制”を作ることだ。研究しながら「賢くない」現世代が、もう一世代先の次世代にすべてを託すことしかない。


元外務次官・栗山尚一ほど人柄が良くて切れる外交官は見たことがない。筆者がワシントン時代に大変お世話になった。もう時効だが大統領・フォード来日の特ダネを貰ったことを覚えている。その栗山が4日付東京新聞のインタビューでで尖閣解決について重要なる言及をしている。


「国際的な紛争を解決する方法は三つ。外交交渉、司法的解決、解決しないことでの解決。最後の方法は棚上げとか先送りとか言えるだろうが、尖閣問題を沈静化させるにはこの方法しかない」と述べているのだ。筆者は6月21日の記事でも「先送りしかない」と強調したが、期せずして当代随一の外交官の“読み”と一致した。


栗山は棚上げという言葉を使ったが、棚上げは「領土問題が存在しないから棚上げはない」とする見解に政府が凝り固まってしまったから、この言葉を使っただけで譲歩となる。したがって先送りしかないことになる。


栗山は日中国交正常化の田中角栄・周恩来会談に同席したからまさに生き証人だ。その主張はかねてから「両首脳の間で棚上げの暗黙の了解があった。ただしあったのは暗黙の了解であって、中国側が『合意があった』というのは言い過ぎだ」というものである。


栗山の言う暗黙の了解とは田中・周会談でのやりとりで明快に出ている。田中は尖閣問題で何も提起しないと帰国後に困難に遭遇するとして「今私がちょっと提起しておけば申し開きが出来る」と述べ、周が「もっともだ。現在アメリカもこれをあげつらおうとし、この問題を大きくしている」と差し障りのない対応をした。


問題は最後の場面で田中が「よしこれ以上は話す必要がなくなった。またにしよう」と述べ、周恩来が「またにしよう。いくつかの問題は時の推移を待ってから話そう」と答えた場面だ。これに田中が「国交が正常化すればその他の問題は解決出来ると信ずる」と付け加えて終わった。栗山が言わんとするのはまさにこの最後のやりとりであろう。


「棚上げ」という言葉は使っていないが、「先送り」したことは間違いない。元官房長官・野中広務が当時京都府議であるにもかかわらず、田中の側近のような口ぶりで4日のテレビでも「棚上げ合意」を再び主張しているが、歴史の事実をねじ曲げるものだ。


そもそも中国側の首脳から「棚上げ」の言葉が出されたのは78年の福田赳夫。ケ小平会談の後の記者会見だ。ケ小平は「一時棚上げしても構わない。10年棚上げしても構いません。この時代の人間は知恵がたりません」として冒頭述べた「賢い世代論」を主張したのだ。


通訳は「棚上げ」と翻訳したが実際に四川なまりで「放っておく」を意味する「擺(バイ)」という言葉を使っている。これに先立つ外相・園田直訪中の際にもケは「擺在一遍(バイザイイービエン)(脇に放っておく)」と述べている。「棚に上げる」のではなく「放っておく」が正確なのだ。従って野中の主張はもろくも崩れる。


冒頭述べたように賢くない世代が国政をになって5年が過ぎた。今後どうするかだが、栗山の言う「解決しない解決」しかあるまい。


ケ小平も自らの改革開放政策達成のためには日本の経済援助、資本の投下が不可欠であるという判断がその思いの根底にあった。莫大(ばくだい)なジャパンマネーを目当てにしていたことは間違いない。中国の経済成長と躍進のためには尖閣などは「擺中の擺」であったのだ。


しかしその躍進を達成して米国に次ぐ超大国となった今、ケ小平が生きていたら同じように「擺」などというかは疑わしい。むしろ尖閣をてこに極東制覇を目指す可能性の方が高い。


栗山がなぜこの時点であえて「棚上げ拒否」の政府の方針と逆の発言をしたかである。恐らく推察するに後輩の選択肢を広げる役目を果たそうとしているのではないか。つまり「棚上げ拒否」では、交渉にならないのである。あえて「棚上げ」ではなくとも「先延ばし」で妥協する可能性を観測気球的に上げた可能性がある。


とにかく尖閣問題は極右の主張などに乗って、戦争も辞さぬなどという路線は戒めなければならない。もちろん中国が甘く見ないように集団的自衛権、敵基地攻撃能力、海兵隊機能など抑止力は強化しなければならない。その上での外交なのである。


筆者が1月28日に強調したように、日中両国は尖閣問題を共同して研究する場を設けるべきである。栗山も「歴史認識の問題も含めて、日中間に新しい協議の枠組みを作ることも必要」と同様の提唱をしている。民間学者も含めた協議機関を発足させるのだ。忍耐強くたとえ30年間でも半世紀でもその研究を持続させる。


問題の決着は日本がより繁栄して国力を維持できるか、衰退路線を辿るかによっても決まってくる。また中国共産党独裁体制が崩壊して、価値観を共有する民主主義政権が誕生するかによっても左右される。ここは問題を歴史の判断に委ねる時だ。


◎杉浦正章氏筆の「俳談」


【反戦は時事句でなくなった】


ちよい悪で反戦爺で酢橘(すだち)かな 月刊俳句入選

60年安保の時は慶応大学に入学したばかりであった。従って安保闘争で校旗である三色旗が銀座の大通りに初めて翻ったときにもデモで参加していた。「慶応ボーイまでがデモ」と新聞は報じた。国会へのデモは暴徒化したから参加せず、現場を見に行った。

東大の学生であった樺美智子が、警官隊とデモ隊に挟まれて死亡したその日である。革命前夜のようだったが、死亡事故を機に、それまで煽っていた新聞が急旋回してデモは引き潮のように下火になった。

その安保世代が古希を過ぎたのだから、「やになっちゃう」。安保世代は生粋の反戦だが、その後にぐれまくって暴徒化した全共闘運動とは一線を画する。正義感が強く、常識派だ。戦争は反対の爺さんたちだ。だから


反戦で神田の生まれ唐辛子 産経俳壇1席

のような爺さんも友達にいる。その前の戦争で命の危険にさらされた官房長官・後藤田正晴のような世代は、根っからの反戦派であるが、いまや生きていれば古希どころか生身魂(いきみたま)の世代だ。


反戦で張りのある声生身魂 朝日俳壇1席


とこれも、反戦を語らせれば元気がいい。時事句は新聞選者が一番嫌う俳句だが、「反戦」を織り込んでもいまや時事句とはならない時代となった。時の流れであろう。

      <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2013年08月02日

◆「賢明なる」安倍は終戦日の参拝を断念

杉浦 正章



「靖国カード」活用で首脳会談目指す


■マスコミは“麻生言葉狩り”をやめよ


閣僚の“問題発言”の度に思うのだが、マスコミは上が馬鹿だと下の駆け出し記者も馬鹿になるということだ。駆け出し記者は発言の本旨をとらえないで、一部の片言隻句をとらえて「大変です」と持ってくる。上が疑問を持たずに「よし、書け」ということを知っているからだ。


いくら何でも戦後の教育を受けた財務相・麻生太郎がヒトラーを礼賛するわけがないと思って、発言全文を読めば礼賛などしていない。問題発言に先立って「ワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。


常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ」と述べていることが証拠だ。基調としてはヒトラーのようなものの台頭を否定しているのだ。麻生自身が「私がナチスおよびワイマール憲法にかかる経緯について、極めて否定的に捉えていることは、私の発言全体から明らかだ」と弁明しているとおりだ。


これが「ある日気づいたら、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と例によってサービス過剰に口を滑らせたから、その片言が取り上げられたのだ。


今の世界は情報の伝わるスピードは速い。米国のユダヤ人までが怒り出す始末だ。政治記者は言葉狩りのセンセーショナリズムから離れて、発言の本質をとらえるべきなのだが、記者は記者で「出席原稿」を書いて点数を稼ぎたがる。一緒にいた記者仲間も書くから「赤信号みんなで渡れば怖くない」だ。かえって渡らないと上から「なんで特オチした」と責められる。


せめてヒトラー礼賛ではないことを本人に確認して記事に付け加えるべきなのにそれをしない。「俺が政治部長だったら絶対に本人の反論を付け加えて出稿した」と言いたい。各社ともまさに発言の一部を掠め取る江戸名うてのすり・ちゃっきり金太のような記事に仕立てたのが今回の「麻生発言」の本質だ。


■朝日の異常な追及ぶり

こんなことを繰り返していては日本のマスコミの質はますます低下して、感情だけで記事を書く韓国並みになりかねない。とりわけ2日付朝日の紙面展開がひどい。高級紙を気取っているが、その偏りかたはまるでタブロイド紙やイエローペーパー並みだ。


衆参選挙における論調の壊滅的敗北を、明らかに「麻生の首」で挽回しようとしている。本旨をとらえていない記事を根拠に、鬼の首を取ったような記事を満載している。社説でも「立憲主義への無理解だ」と独善そのものの論調を展開している。


安倍は絶対に麻生を更迭する必要は無い。この際言葉狩りとは徹底的に対決すべきだ。「野党が追及」と朝日がけしかけても臨時国会は秋までない。この国会では麻生問題などで審議などに応ずる必要は無い。朝日には悪いが秋までは論議は続かないのだ。


「ヒトラー発言」の影に隠れてしまったが麻生は靖国参拝に関していいことを言っている。「靖国神社の話にしても、静かに参拝すべきなんですよ。騒ぎにするのがおかしいんだって。何も、戦争に負けた日だけ行くことはない。日露戦争に勝った日でも行けといったおかげで、えらい物議をかもしたこともある」と発言したことだ。


これは麻生自身が参拝した春季例大祭に引き続いて8月15日の終戦記念日に参拝しないという意志表示に他ならない。本当はこっちの方がニュースなのだ。もちろん安倍の参拝もやんわりと戒めている。


その安倍の参拝だが、政権内部からの発言を聞くと、まるで安倍が馬鹿であるように聞こえる。なぜなら猫も杓子も「賢明に対処される」発言の一点張りだからだ。最初にこの言葉を使ったのは幹事長・石破茂だった。うまい言い回しがあるものだと思った。


石破にしてみればナンバー2は叩かれるから、ここで安部を怒らせては幹事長留任がすっ飛ぶとばかりに考え出した発言なのだろう。


これに続けとばかりに自民党副総裁・高村正彦が賢明発言をしたかと思うと、公明党代表・山口那津男も「賢明に対処」だ。しまいには首相官邸の高官までが賢明発言だ。まるで安倍の「賢明対処包囲網が」出来上がってしまった。これで8月15日に参拝したらやはり「馬鹿」ということになる。


安倍の靖国参拝は7月10日の記事でマスコミの先頭を切って警鐘を鳴らしたように、実現しないだろう。なぜならこれまで中国と韓国が使ってきた「靖国カード」を、今は逆に安倍が握った形となっているからだ。


安倍が就任早々第1次安倍内閣時代に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と発言したことがすべての発端となった。これで中国、韓国に、にわかに警戒心が芽生え、春の真榊(まさかき)の奉納に続いて、安倍が終戦記念日に参拝するに違いないという観測が芽生えた。


韓国外務省報道官が、終戦記念日の参拝に関し「日本政府が韓日関係の安定的で持続的な発展のため、尽力してくれることを期待する」と述べれば、中国大使館も「日本側の行動が重要」と述べる。もちろん首脳会談の実現のためにはそれが必要だというのだ。これは期せずして立場が逆転していることを物語っている。


つまり安倍が「終戦記念日参拝せず」のカードを切れば首脳会談への段取りが前進することを意味している。別に中国とは譲歩してまで会談する必要も無いが、場合によっては9月上旬のG20に合わせて、簡単な会談が実現するかも知れない。緊張緩和のためには会釈に毛の生えたような会談でもやっておくことが双方のためになる。


従ってここは安倍が「賢明なる判断」をする場面となっており、「賢明なる安倍」は参拝しないだろう。今参拝すれば気が狂ったと思われても仕方がない。


そもそも靖国参拝は心の問題である側面が大きい。従って「英霊の御霊に尊崇の念を現す」方法はいくらでもある。その一つが神社に行く参拝でなく遙拝(ようはい)である。遙か遠くの靖国神社を拝むのだ。遙拝というと昔から皇居を思い浮かべる。


共産党が見当外れにも怒っているが伊勢神宮では昭和天皇が逝去した1月7日に皇居に向けて遙拝している。しかし靖国神社遙拝もあるのだ。現に愛知県高浜市の春日神社には「靖国神社遙拝所」がある。石碑にそう刻まれている。これまでごみ置き場になっていたが、参拝者の指摘で気付いてきれいにした。遺族が遙拝している。


安倍もそれだけ尊崇の念を表明したければ、黙って首相官邸執務室から遙拝すればいいのだ。そして首相を退任してから、毎日遙拝していたと発表したらどうか。

◎今朝の特ダネ

集団的自衛権の憲法解釈で安倍が内閣法制局長官を解釈見直し派に変える。2日付読売が報じた集団的自衛権行使容認に向けての大スクープだ。


【読売新聞1面トップ】安倍首相は1日内閣法制局長官に小松一郎・駐仏大使を起用する方針を固めた。5日にも決定する見通しだ。山元庸幸・内閣法制局長官は退任し、最高裁判事に就く。集団的自衛権をめぐる憲法解釈見直しの議論を進めるため、従来の政府解釈を堅持する立場だった山本氏を退任させ、解釈見直しに前向きな小松氏を起用することで態勢一新を図る。


内閣法制局長官としては前例がない。首相主導が色濃くにじんだ人事となる。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年08月01日

◆消費増税反対の浜田の旗色悪し

杉浦 正章



12日の速報値で事実上増税への流れ


消費増税の最終決断をめぐって、首相・安倍晋三の敬愛する側近学者で内閣官房参与・浜田宏一の旗色が悪くなってきたようだ。浜田はアベノミクスの理論的支柱だが、消費増税が「アベノミクスを失敗させかねない」として、法案通りの実施に強い懸念を表明し続けている。


安倍もこれに乗って慎重姿勢を崩さない。その根拠は法案の「景気条項」が時の首相による「停止」判断を可能としているためだ。


しかし根拠となる経済指標は増税判断を可能とするものばかりであり、リーマンショックの再来でも無い限り景気条項の発動は不可能に近い。恐らくマスコミは8月12日のGDP速報値発表を「消費増税に青信号」ととらえて今後の流れを決めてしまう可能性が高い。


景気条項には、首相が「経済成長率、物価動向等種々の経済指標を確認し、経済状況等を総合的に勘案した上でその施行の停止を含め所要の措置を講ずる」との付則がつけられている。実際には4〜6月の経済指標を見て秋に首相が判断することになっている。


しかし昨年8月の法案成立の経緯を見れば、景気条項は明らかに景気を直撃する異常事態を想定している。


幹事長・石破茂は「経済状況の激変、例えばリーマンショックのようなケースを想定している。法律はそう読むべきだ」とテレビで発言。同席した民主党の前外相・前原誠司も「景気条項は私が政調会長の時に挿入させたものだがその通りだ」と同意している。


これに対して浜田は1997年に橋本政権が消費税を3%から5%にした時を例に挙げ、「税収は想定よりも伸びなかった。増税が一因であった」と反対している。たしかに「一因」であったには違いないが、すべてではない。


橋下の際はまさにアジアの通貨危機の真っ最中であり、これが増税とぶつかって税収に大きな影響を与えたのである。これを無視している上に大きな視点を見逃している。それは財政赤字が1000兆円に達し、当時より遙かに財政が厳しい状況にあることである。


逆にアベノミクスがもたらした民間の経済指標は当時よりも遙かに好転し始めているのである。民間の調査期間によると判断の焦点となる4〜6月のGDPは年率平均で前期比3.5%の伸びを示している。


6月の完全失業率に至っては4年8か月ぶりに3.9%と3%台に乗っている。副総裁・高村正彦も「安部さんは法律が出来たときよりよい経済状況の下で判断をすることになる」として、政府のGDP速報値も「それほど悪いものは出ない」と予測している。


しかし浜田はあくまでアベノミクスの成功にこだわる。「アベノミクスが失敗する方が市場の評価を落とす」と譲らない。


これに対して日銀総裁・黒田東彦は「消費税の引き上げにより成長が大きく損なわれることにはならない」と断定、「消費増税を断念して財政運営に対する信認が失われれば、長期金利が上昇する」と強い懸念を示している。


前原も同様で「上げなかった場合の方がデメリットが大きい。国債の暴落を招き、金利は暴騰する。上げれば機動的な財政運営が可能となり、うまく景気の落ち込みをコントロールできる」と強調、上げなかった場合の“日本売り”に懸念を示す。


浜田は法案成立の際の経緯を知らない上に、総選挙や参院選挙を経て議席数が大きく変動しても自公民の合意の基調に変化がなく、政治の大勢は基本的に消費税は法案通りの実施の流れであることが分かっていないように見える。ところが安倍は依然浜田の“影響下”にあるようだ。


財務省が8月上旬に消費増税を織り込んだ中期財政計画を策定することに待ったをかけたのだ。「中期計画では消費増税を決め打ちしない」と発言したのだ。財務省も首相発言を無視して策定するわけにはいかない。


苦肉の策で中期財政計画は消費増税は盛り込まないまま国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字を、現在のおよそ34兆円から17兆円程度改善する必要があると明記することになった。このうち、一般会計の基礎的財政収支については、2014年度と15年度にそれぞれ4兆円程度、合わせて8兆円改善するとしている。


消費税は盛り込まないが8兆円の改善という、荒唐無稽な「また裂き計画」を来週にも出さざるを得ないことになったのだ。


こうした対立を抱えながらも、安倍・浜田コンビは増税派の包囲網にあって敗色が濃いのが実情だ。今後の主要日程は8月2日に短期臨時国会、上旬に中期財政計画とりまとめ、12日GDP速報値発表、9月5,6日ロシア・サンクトペテルブルクG20、9日GDP改定値発表、11日尖閣国有化一年、下旬内閣改造、10月臨時国会ーという流れだ。


安倍は9月の改定値発表後に消費増税の判断をすることになる。しかしマスコミは本能的に状況判断に推定を加味して決め打ちする傾向がある。12日の段階で速報値が民間予測の3.5%程度になった場合、これを増税実施への流れととらえるのは確定的である。


自民党幹部や財務省幹部などが好感した発言をする可能性も高い。だいいち増税を凍結するか改めるためには臨時国会に新たな法案を提出してストップをかけなければ間に合わない。自民党の税制調査会も大勢が増税実施に傾いており、無理に断念すれば党論は完全に分裂する。反対する主要野党もない状況だ。これでは法案を成立させるのはラクダを針の穴に通すほど難しい。


従って、遅かれ早かれ安倍も最終決断に追い込まれるのが流れであろう。第2次リーマンショックはまず起きない。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月31日

◆飯島を使った“官邸外交”は不調

杉浦 正章



対中、対朝で成果無し


小泉純一郎政権では事実上内閣を動かしていたといっても過言ではない内閣官房参与・飯島勲は、安倍内閣ではもっぱら隠密外交をしているが、冴えない。5月の訪朝では「すわ拉致問題が動くか」と期待が寄せられたが、2か月半たってもなんの進展もない。


飯島は今月の秘密訪中の成果のように「近く日中首脳会談」と講演したが、日中両国政府が完全否定。おまけに飯島は自民党が期待する内閣改造まで否定する“越権発言”。「政権で浮いているのではないか」(自民党幹部)という見方すら出始めている。


28日の講演で飯島は、13日から16日まで北京を訪問していたことを明らかにすると共に「私の感触では遅くない時期に首脳会談が開かれると見ている」と発言、その根拠として「習近平国家主席に近いいろいろな人と会談した」と述べた。


「いろいろな人」については記者団に「軍の関係者だったりいろいろな人がいる」とあいまいにした。この発言についての中国の反応は敏速かつ激しいものがあった。まず外務省副報道局長の洪磊が「私の知るところでは政府の当局者と接触していない」と全面否定。


追い打ちをかけるように英字紙チャイナ・デーリーが「飯島氏は政府当局者とは会わなかった。でっち上げだ」とねつ造扱いした。同紙は飯島訪中の目的について「主として北朝鮮問題を議論するためだった」と述べている。


一方で官房長官・菅義偉も首脳会談の見通しについて「政府としてはいつとめどが立ったわけではない」と全面否定。「飯島さんの独特の人脈で行かれた」と政府は関与していないことを強調した。日中両国政府が飯島発言を否定したことになり、飯島のメンツは丸つぶれとなった。


これに先立つ5月の訪朝は、飯島が独自の朝鮮総連のルートで実現したものであるが、形としては北朝鮮にとって「飛んで火に入る夏の虫」という色彩が濃厚だった。極秘外交のはずが、すべて公表されてしまったことが物語る。


北は飯島訪朝を4月までの狂気じみた核とミサイルの恫喝から転換するいい機会と捕らえたフシが濃厚だ。最高人民会議常任委員・金永南(キムヨンナム)が会って微笑外交を顕示した。北は狡猾にも飯島を方針転換のだしに使ったのだ。


安倍は飯島を弁護して「拉致問題は安倍政権のうちに解決するという決意を持っていると金正恩(キムジョンウン)第1書記に伝わることが交渉していくカギだ。そのことについては目的を果たすことができた」と述べたが、そのカギは当分開きそうもない。


現に北朝鮮外相・朴宜春(パクウィチュン)は2日、ブルネイでの東南アジア諸国連合地域フォーラムで「拉致問題は解決済み」と発言、従来の態度を全く変えていない。


こうして飯島の“アヒルの水かき”は、さっぱり成果が上がらない状況が続いている。安倍の“官邸外交”がうまく機能していない証拠となってしまっている。


一方で安倍は外務省に対して首脳会談の実現に動くよう指示しているが、中国側が乗って来るような妥協案を示したわけではない。「領有権問題は日中間に存在しない」という基本姿勢から一切変化を見せていない。


首相の指示を受けて外務事務次官・斎木昭隆が29、30日訪中、外相・王毅や外務次官・劉振民と会談した。斎木は「さまざまなチャンネルを通じ、意思疎通を継続していくことで了解し合った」と記者団に述べたが、関係進展の様子はうかがえない。


安倍としては飯島による非公式ルートや斎木による公式ルートを取り混ぜて当面“瀬踏み”を繰り返すつもりなのだろう。


折から米上院は29日の本会議で尖閣諸島周辺や南シナ海で示威行動を活発化させる中国を念頭に、威嚇や武力行使を非難する決議案を採択した。


決議は(1)米政府は尖閣諸島への日本の施政権を損なういかなる一方的な行為にも反対している(2)米国は日本の施政権下にある領土への攻撃に対して日米安保条約に基づいて対応する(3)南シナ海、東シナ海の現状変更につながる主張を行うため海軍艦船や漁船、軍民の航空機による軍事力や強制力、脅迫手段を講ずることを非難する


(4)すべての当事者が自制心を働かせて対立を解決するよう強く求める、ことを強調している。安倍としては強い“援軍”を受けたことになり、尖閣問題では一歩も譲らぬ姿勢を貫く方針だ。


一方中国は昨年9月の尖閣国有化以来の軍事面での強硬姿勢を崩す兆候は見られないものの、安倍政権が長期化するとの見通しは抱かざるを得まい。米中首脳会談でのオバマの同盟国としての日本支持の方針や、議会の決議、安倍の姿勢などをみれば、日本にせめて“棚上げ”まで譲歩することを期待しても無理という判断に至ってもおかしくない。


しかし中国にとってのジレンマは軍事攻勢を強めれば強めるほど、日本が軍事力を一層増強して、米国との同盟を強化し、極東における軍事バランスを中国にとってより一層不利なものにしかねないことであろう。


安倍はこうした事情を背景に飯島や斎木を使って対中接触を繰り返してゆくものとみられる。当面は先に筆者が指摘したように、習近平も出席して9月5,6日にロシアで開かれるG20首脳会議で日中首脳会談が開けるかどうかだ。会談になるか立ち話程度の接触となるかは今後の瀬踏み次第であろう。


ただ8月15日の首相による靖国参拝は、日中関係の傷に塩を塗り込むような結果を招くだけであり、断念することが常識的な流れだと思う。

         <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月30日

◆自民党は「輿石副議長」を認めるな

杉浦 正章



公正な議会運営が出来るはずがない
 

首相問責決議などを軸に散々自民党政権を揺さぶってきた参院民主党議員会長・輿石東が、その“功績”で時価100億円を越える副議長公邸で日教組を集めて呵呵大笑するのだろうか。


おまけに先の通常国会では生活代表の小沢一郎と組んで首相・安倍晋三の問責決議を可決させ「問責の結果が出た以上安倍内閣は認めない」と言明しているのだ。これで公正な議会運営が可能だろうか。自民党がこの人事に賛成するとすれば、参院を陰謀の府と化して、政権を簒奪(さんだつ)した張本人に“追銭”をやる以外の何物でもあるまい。


輿石が参院議員会長に就任したのは2005年の小泉純一郎政権時代だ。以来輿石は参院民主党に君臨し、小沢と組んで政局を大きく左右してきた。とりわけ2007年以降はねじれ国会をフルに活用して政権奪取への道をひた走りに走った。良識の府であるはずの参院を陰謀の府と化してしまったのだ。


2008年には日銀総裁人事にクレームを付け、同人事は戦後はじめてたなざらしとなった。首相・福田康夫は結局退陣に追い込まれた。この成功に味を占めた輿石は、ねじれをフルに活用して政権を揺さぶり、ついに政権交代を実現させた。


しかし参院議員会長として何を成し遂げたかと言えば、前回と今回の2度にわたる参院選大敗北だ。昨年は総選挙に幹事長として臨んだが、完敗して政権交代となった。輿石が責任をとるべき場面は山ほどあったが、すべて責任回避ですり抜けている。野田政権では約70人の離党者を出したが「離党防止策などあるわけがない。あれば教えてほしい」と開き直ってそのままだ。


先の通常国会でもねじれの活用は続いた。民主党が賛成して成立させた定数是正法に基づく衆院の区割り法案を、採決をしないまま長期に参院でたなざらしにして、結局自民党が衆院における3分の2の多数で成立させざるを得ない状況に追い込んだ。


参議院外務委員長・川口順子の訪中が会議の都合で一日遅れたことに難癖を付け、問責で解任した。極めつけはだれがみても問責に値するようなことはやっていない安倍の問責の可決である。


こうして小泉以来7代にわたる政権を5期7年に渡り、陰謀と策謀で揺さぶり、影響力を行使し続けた輿石は、参院選後も海江田万里を担いで代表の座に居座らせ、さらなる党内支配を続行する構えを見せた。


さすがに民主党内にも反輿石ムードが広がり、参院若手議員ら約15人が25日、輿石に副議長就任を求める署名を渡した。輿石は「気持ちはありがたい。少し考えさせてほしい」と即断を避けた。それはそうだろう。党内事情と自民党の出方を考えればやすやすと乗れる話ではない。


若手議員らの動きには、輿石を副議長に祭り上げて、政局から遠ざける意図がありありと見えるからだ。輿石は幹事長人事でも労組出身の大畠章宏を押し込み、海江田を労組グループの操り人形とすることに成功した。


しかし、前原、野田グループの役員が次々に辞職するなど党内抗争の芽は一段と深刻化している。いったん議員会長のポストを離れたら、何が起こるか分からない場面でもある。ただでさえ「参議院選挙で大敗した責任は参議院民主党を長年率いてきた輿石氏にもある」(民主党幹部)という声が強いのである。


さらに輿石は、自民党が副議長人事に果たして賛成に回るかどうかおぼつかないのであろう。臨時国会は来月2日に召集され、選挙結果を踏まえ、参院議長は第1党の自民党から、また副議長は、慣例に従えば第2党の民主党から選出される決まりとなっている。


議長については、自民党は副議長・山崎正昭を昇格させることに内定している。しかし副議長を“宿敵”輿石にするかどうかは未知数である。現に民主党執行部が29日非公式に「輿石副議長」を打診したのに対して、自民党側は難色を示している。


それはそうだろう「安倍内閣を認めない」と公言した人物を副議長として認めるほどお人好しであるわけがない。だいいち日教組のドンが国権の最高機関のナンバー2に座って、果たして公平な議会運営が出来るだろうか。


自民党にしてみれば「おみおつけで顔を洗って出直してこい」と言いたいところでもある。同党内には輿石への反感が強く、執行部が無理に輿石で妥協すれば棄権票が多数出る可能性も否定出来ない。


参院を陰謀の府と化した張本人を麻布永刈坂の1440坪の豪邸の主にさせるべきではない。税金の無駄遣いが極まる。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月29日

◆「海兵隊・敵基地」で社説が割れる

杉浦 正章



古色蒼然たる朝日の「専守防衛」固執
 

防衛大綱中間報告が唱えた「海兵隊機能の強化」と「敵基地攻撃能力保持」をめぐり新聞の論調が割れた。読売、産経、日経が推進論なのに対して朝日は真っ向から反対、毎日は反対に近い慎重論だ。


言うまでもなく大綱中間報告は尖閣諸島奪取を目指す中国と、北朝鮮の核ミサイル開発を強く意識したものとなっており、年末の大綱閣議決定への先駆となるものである。新聞論調は我が国周辺への状況認識の差が強く反映されているが、反対論急先鋒の朝日の社説はもっぱらよりどころを「国是としての専守防衛」に置いている。


もはや「専守防衛」で対処しきれない事態を無視し、冷戦時代の国防思想を盾に反対するしかないのだ。時代の状況を見て見ぬ振りをする時代錯誤が背景にある。


中間報告は(1)自衛隊の海兵隊機能の強化(2)弾道ミサイルへの総合的対応能力の充実(3)高高度滞空型無人機の導入を掲げている。ミサイルへの総合的対応能力が、間接的表現ながら敵基地攻撃能力の保持を指すことはあきらかだ。


これに対してまず推進論をみると、その内容は一致して緊迫感を増す極東情勢への対応が不可欠であるとの観点から論じられている。読売は28日付の社説で「いずれも重要な課題であり着実に実施することが大切」と論じている。これに先立つ6月25日の社説で「海兵隊的機能を自衛隊に持たせることが急務」と主張している。


産経は中間報告を「評価したい」ともろ手を挙げて賛成、敵基地攻撃能力保有についても大綱での明記を求めている。日経は「いくら自衛隊の能力を高めても、その内容が安全保障情勢の変化に合っていなければ、宝の持ち腐れになりかねない」として専守防衛では国防が成り立たないことを指摘。「現実に見合った路線」と評価している。


これに対して朝日は中国の新聞の社説かと見間違うような論調を展開している。まず海兵隊機能について「海兵隊と言えば、世界を飛び回り、上陸作戦にあたる米軍を思い起こさせる。その表現ぶりには懸念がぬぐえない」とまるで自衛隊が米海兵隊と同様に世界中で参戦するかのような書きっぷりである。


読んだ読者が「反対」に回るような巧みな「世論誘導」を仕掛けている。その最大の間違いは海兵隊は中国が「陸戦隊」と呼ぶように名前こそ違うが、各国が保有している軍隊組織だ。


イギリス、オランダ、イタリアなど西欧諸国はもちろんベトナム、イスラエル、レバノンに至るまで保有しているのだ。韓国、台湾などの海兵隊は米海兵隊を模範としている。従って朝日は現実をあえて無視しているか勉強不足なのであろう。


社説はさらに続けて「高い攻撃力をもつ海兵隊と自衛隊は根本的に違う。日本には、戦後一貫して維持してきた専守防衛という原則があるからだ。米軍に類した活動に踏み出すかのような誤った対外メッセージを発してはならない」と全面否定している。一方「敵基地攻撃能力」を備えることについて、「そんな能力の保持に周辺国が疑念の目を向けることは避けられない」とやはり否定している。


これを見れば明らかなように、社説は冷戦時代から対野党対策もあって日本が後生大事に守ってきた「専守防衛」の思想に固執している。しかしこれは誤りだ。米ソ対決の時代に想定された戦争に日本の出る幕はない。対ソ戦には米国を側面から支援するしかなかったのだ。


だから米国は「矛(ほこ)」日本は「盾(たて)」の思想が成り立ったのだ。翻って極東の現状を見れば、相手の一撃を甘受する「専守防衛」などと甘いことを言っていられないのが現状だ。


北朝鮮は日本の都市の名前を列挙して核ミサイルを撃ち込むと恫喝しており、気違いに刃物でいつ発作を起こすか分からないのだ。いったんミサイルが発射されれば10分間で東京に到達する。核搭載可能な中距離ミサイル・ノドンは300基が配備を完了している。これでも敵基地を攻撃する能力を保持するなと言うのだろうか。


もう3度目の核兵器の洗礼は何が何でも防がねばならない。たとえ危機的状況下において先制攻撃をしてもだ。


中国も公船が尖閣諸島の領海を侵犯し、艦船が日本を一周して挑発し、航空機へのスクランブルが多発している。隙あらば、尖閣奪取の機会をうかがっているとしか思えない状況が続いている。これに備えることが朝日の言うように「周辺国が疑念の目を向ける」のだろうか。


自分の軍拡をさておいてである。悠長かつ意図的な机上の空論を展開しているとしか思えない。逆に周辺国の軍拡と挑発に日本が「疑念の目」を向けて、防御の姿勢を取ることがそれほど朝日はいら立ち、憎いのだろうか。


防衛力増強の最重要ポイントがその行使ではなく、敵に戦争を思いとどまらせる抑止にあることは言うまでもない。弱い脇腹を好戦的な国々にさらし続けることを奨励するまるで見当外れの社説をなぜ展開しなければならないのだろうか。


要するに朝日は失礼ながら「馬鹿の一つ覚え」なのであろう。「専守防衛」という仏壇の奥に眠っていた経典を、今どき引きだして読み上げても、一触即発の極東情勢に対応できるはずがないではないか。反対するなら新たに理論武装して出直すべきであろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月26日

◆“うねり”とはほど遠い野党再編

杉浦 正章



政策も人物も“核”がない
 

「これではばらばらで馬糞の川流れだ。せめて固まる牛糞にならないと」と、再編志向の民主党ベテラン議員が嘆いている。自嘲(じちょう)気味になるのも無理はない。民主・維新・みんなの3党幹事長会談など野党再編の萌芽は生じているが、リーダーシップのある政治家が出てこない。


勢力分野も衆院325,参院135の巨大与党に対して、野党は衆院155、参院107で、しかも細かく割れている。結集の政策理念がないわけではない。


それは憲法改正派の糾合だが、最大の弱点は集まっても自民党別動隊になるだけであり、巨大与党へのアンチテーゼにならない。フレッシュな感じもなく規模も小さい。せめて元外相・前原誠司あたりが中核になれば一定の動きにはなるが、本人はことりとも音を立てない。


確かにさまざまな動きが出ることは出ている。参院選の大敗北がエネルギーになっていることも確かだ。本筋と言えるのは選挙当日の21日に行われた民主党の細野豪志、日本維新の松野頼久、みんなの党の江田憲司の3幹事長による秘密会談だ。


明らかに野党再編に狙いを付けたものであることはその後の動きを見れば分かる。細野は自らの辞任をてこに海江田の辞任を迫り、江田は堪忍袋の緒が切れたよう代表・渡辺喜美と取っ組み合いのけんかを始めた。維新は石原慎太郎の求心力が衰え、大阪維新との食い違いが拡大傾向をたどる。


こうした党内情勢がどのように展開するかだ。まず民主党は代表のいすにしがみつく海江田万里が、反党選挙を展開した元首相・菅直人の首すら切れずにさらなる能力の欠如を露呈、求心力はますます薄れた。


海江田は参院議員会長・輿石東の支援を受けているが、その輿石が参院民主党の若手有志による参院副議長への祭り上げに直面している。敗北の責任者となれば海江田も輿石も同罪であり当然“一丁上がり”にしなければ「解党的な出直し」にはならない。海江田執行部は次第に追い詰められつつある。


一方でみんなはバトルに火が付いた。3党幹事長会談に渡辺が食いついて「今すぐに再編は無理だ。幹事長を辞めるのが筋だ」と江田の辞任を迫った。渡辺は陰険にも選挙期間中に自分と江田の演説に立った回数を比較する資料まで両院議員総会に提出して、江田を窮地に陥れようと画策した。


江田は江田で「渡辺個人商店を株式会社にする。党改革を断行する」と一歩も引く気配がない。


まさに参院選大敗北は野党全体をメルトダウンさせつつあるのが現状だ。しかしこうした動きにとって致命的なのは、その基本的な性格が巨大与党に対する烏合(うごう)の衆であることだ。


首相・安倍晋三は今が満月であり、消費増税、改憲、集団的自衛権問題、原発再稼働問題、環太平洋経済連携協定(TPP)など今後にひしめく難題は支持率を下げる要素にはなっても上げる要素にはならない。


また巨大与党には常に遠心力が作用する。政策の推進が反対勢力を強めるのだ。従って支持率は確実に下がるが、野党の期待するように一挙には下がらない。野党が自民党不満分子を含めた再編を行える状態には当分ならない。


野党再編への動きにとって致命的な問題は糾合する旗印が政策的にも人材的にも欠如していることだ。憲法は糾合の核にはなっても対決軸にはなりにくい。


アベノミクス批判での糾合はあり得るが、国民の共感を得るのはその破たんが鮮明にならない限り無理だ。消費税は民主党・維新が賛成でみんなは反対。原発に至っては民意が衆参両院で再稼働を支持して勝負がついた。こうして政策や理念で一致点を見出すのは容易なことではないのが実情だ。


リーダーシップを発揮できる人物も今のところ姿を現さない。細野は自分が中心になれると思っているフシがあるが、幹事長半年間の実績が物語るものは、それほどのタマではなかったという現実だ。


冒頭述べたように前原誠司か野田道彦、岡田克也くらいしか核になる人物が存在しないが、まだ時期尚早とみてか動き出す気配がない。政策でもリーダーシップでも核がないから「馬糞の川流れ」なのであろう。


このままいけばただでさえ小さなパイをさらに小さく割って集まるということしか方策がないということになる。理念も政策も一致しない不満分子による小政党だ。政党同士が大きく糾合されるような“うねり”が見えないのだ。


しかし今後次の国政選挙までの3年間のスパンでみれば、自民、公明、共産の3党以外の政党名が存在し続けるかというと、これもまたおぼつかない。むしろ自民党から憲法や集団的自衛権問題で民主党に手が入って分断され、これが再編に結びつく可能性があるが動きは秋以降だ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)