2013年07月12日

◆安部は石破幹事長を留任させるしかない

杉浦 正章


〜内閣改造〜


“消費増税危機”の政局に不可欠
 

秋の内閣改造人事の焦点は何といっても幹事長・石破茂の処遇の一点に絞られる。自民党圧勝の流れが変わらなければ昨年の総選挙に続いて2度にわたる国政選挙を勝利に導いた最大の功労者である。


首相・安倍晋三がナンバー2叩きで下手な人事をすれば、虎を野に放つか平地に波乱を起こす結果を招くことは言うまでもない。安倍にしてみれば石破の処遇はもっとも優遇すべき人事であり、そのポストは幹事長留任しかあるまい。「石破農相」説もあるが、石破封じ込めの嫌がらせ人事をやっている余裕はない。


ところで本当に改造が行われるかだが、自民党役員の任期が9月末に切れるのだから、行われるのは当然だ。歴代自民党政権はほとんど自民党役員人事と連動させて内閣改造をしてきた。官邸筋によれば、既に安倍も石破に対して改造する可能性を示唆しているといわれる。


その人事だが、まず誰の手で国政選挙を連勝に導いたかが判断材料となる。もちろんアベノミクス人気と険悪化する極東情勢に右向きのかじを切っている安倍の人気によるところが大きい。


半年間の政治は「政高党低」であり、幹事長が目立つことは少なかった。総選挙も都議選も参院選も安倍への高支持率に支えられたところが大きい。


逆に石破は数々の地方首長選挙で敗北している。安倍周辺に、「地方首長選ではアベノミクスが争点にならないから敗北は幹事長の責任」とする見方があるが、これは近視眼的な見方の最たるものだ。


もちろん負けるより勝った方がいいが、地方の首長選は圧倒的強みを持つ現職への挑戦のケースが多く、幹事長の責任とするのは酷だ。また国政選挙圧勝が安倍の人気に支えられているからといって、安倍はこれ以上厚遇しようがない。その次の功労者は幹事長であることは言うまでもない。


安倍はその焦点の幹事長人事で何を考えているかだが、その前に選挙後の政治を展望する必要がある。安倍は9月末に改造を断行して臨時国会を召集し、「成長戦略実行国会」と位置づけると同時に、新たな成長戦略を推進する構えだ。改造内閣の最初にして最大の課題は来年の消費増税を断行するかどうかの1点に絞られる。


法律では消費税は2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げられる予定であり、その最終判断は秋に首相が4月から6月の景気動向を見て決めることになっている。


首相周辺からは、はやくも安倍の経済政策ブレーンで内閣官房参与の浜田宏一が「本当に景気が良くなったら上げることができるが、現実的に見て心配だというときには延期する考え方もある」と述べるなど慎重論が出始めている。


この発言は安倍の本音が政権維持のためにも増税を延期したいところにあるということを物語っており、安倍との“あうんの呼吸”があるように見える。


しかし消費税法はその成立の経緯から言って“増税先にありき”であり、政権の恣意的な事情で先延ばしすることは想定していない。「増税からの遁走」は、これまで消費税実施を支持してきたマスコミを敵に回し、政権の信用失墜につながる要素が大きい。当然自民党内もざわつく。


野党は増税を断行したらしたで、またしなければしないで安倍を追及する。要するに消費増税の是非は、過去の首相があえなく潰えたように、もてはやされてきた安部政治が迎える最大の危機となりうるのだ。引くも地獄進むも地獄となる。国論は割れているからいずれの選択でも支持率は低下する。


だいいち自分の政権維持のための「遁走」では、余りにも見え透いている。こうした中で増税を数年遅らせて一挙に10%にする構想や、3%引き上げを予定通りに実施して、その後は毎年1%ずつ上げる構想などがささやかれているが、いずれも姑息(こそく)さが目立つ。


消費税はよほどのことがない限り法律通り実施すべきだ。日銀総裁・黒田東彦による12日の「景気回復宣言」は明らかに選挙と連動させようとする官邸の思惑と、やはり“あうんの呼吸”が感じられるが、消費増税には大きくプラスとなる。


こうした情勢が想定される中での改造人事となるのだ。るる消費税について述べてきたのは、安部は党内に敵を作っているひまなどないということだ。通常政治家も企業もトップはナンバー2を叩くことが自らのポスト維持に欠かせない。


安部は元外交官・田中均批判で意外な狭量さを垣間見せたが、よもや幹事長人事でそれを見せることはあるまいと思う。石破を外したらどうなるかと言えば冒頭述べたように不必要な波乱要因を作ることになる。石破は権力闘争が苦手だが、幹事長ポストは「安倍後継」として他の候補に圧倒的な差を付けている。


もともと昨年の総裁選で党員票のトップに立ったことが物語るように、党員の石破支持は厚い。この基盤は幹事長ポストで一層固められた要素が大きい。波乱必至の秋の政局をにらんだ場合、幹事長留任は欠かせない。人事のイロハのイだ。


ただ一つだけ石破も納得するであろうポストがある。それは外相ポストだ。現在の外相・岸田文男の外交を半年見てきたが、対中関係も韓国との関係も悪化させこそすれ、何らの打開策も見いだせない。


外務官僚の操り人形になっており、政治家としての力量が全く見えない。ここで石破を外相にすれば大きく事態は変わる気がする。首相を目指すなら外相ポストは悪いものではない。


しかし問題がある。安部は外交を自分でやりたいのだ。日経によれば安部は、事務次官・斎木昭隆と就任以来63回も会っている。官房長官・菅義偉が66回だからいかに“官邸外交”を重視しているかが分かる。したがって、改造人事の核は「石破幹事長」を軸に展開するだろうし、安部にとっても政権安泰に欠かせない人事だ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月11日

◆「共産躍進」は一過性の“漁夫の利”

杉浦 正章

  

「自共対決時代」にはならない
 

70年代に自民党副総裁・川島正次郎が唱えて、単なる幻想に終わった「自共対決」の時代が到来するのだろうか。都議選で民主党を抜く第3位。参院選でも選挙区で12年ぶりに議席を獲得することが確実。確かに同党の規模から言えば躍進といえる傾向が目立つが、政治の潮流として定着するかと言えば、しないだろう。


投票率低迷と、毛嫌いされている民主党と、第3極の馬脚露呈がもたらす“相対性選挙原理”による一時的現象だ。漁夫の利で伸びているだけだ。
 

まさに自民党旋風だ。勢いが止まらぬまま投票に突っ込むだろう。この結果自公での過半数突破は確実。日本の政治にとっての悪夢の時代であった衆参ねじれは解消される。


自民党は単独で70議席をうかがい、場合によっては単独過半数の72議席も夢ではない状況が生じている。ひとえに3年3か月の民主党政権の体たらくに対する、国民の“怨念”が総選挙を経てもまだおさまらないことが原因である。


その民主党は44議席から半減以下の10議席台への転落もこれまた「夢ではない」状況だ。維新もやっと化けの皮がはげて低迷。第三極は維新とみんなの共食いで見る影もない。


みんなの党代表・渡辺喜美は「みんなの選挙は終盤に尻上がりでぐんと伸びるのが傾向」とまだ強がっているが、人生あきらめが肝心だ。
 

こうした中で気勢を上げているのが野党で共産党だけだ。東京、京都で優位に立ち、神奈川、大阪で滑り込みセーフの感じ。選挙区では01年以来12年ぶりの議席の獲得が確実だ。5議席はいくかも知れない。比例区も3議席は確実で合計10議席も「夢ではない」。


一体どうしてこうなったのであろうか。都議選でも躍進している。議席を8から17に倍増させ、民主党を抜いて第3党に躍進した。「自共対決」と自民党をフルに活用したキャッチフレーズが効を奏した結果だ。


その「自共対決」だが、川島が予測したのは冷戦や泥沼のベトナム戦争と米国の敗北など共産主義イデオロギーの最後の閃光(せんこう)を背景としている。議席数では問題にならなかったが、一定の訴求力がある見通しであった。しかしソ連邦の衰退、89年のベルリンの壁崩壊に至ってこの「自共対決」などという構図は潰え去った。


現在再び共産党が唱えだしたのは、こうした時代背景などは全く存在しない。単なる選挙戦術の側面が濃厚だ。強い政党に対して、そのすべてを否定するアンチテーゼが議席となって現れているのに過ぎない。


なぜ奏功するかと言えば、反自民党の受け皿がないからである。まず民主党が毛虫のように嫌われて中道への信頼もなくなった。勢い安倍右傾化政権と最左翼の共産党の対立の構図が目立つようになった。共産党はアベノミクスにも原発再稼働にも何でも反対だから、一定の層には通用しやすい主張だ。


一定の層とはもちろん共産主義者ではなく、浮動票でもない層だ。数の上では多くはないが政治には関心が強く棄権はしない。自民党と聞いただけでじんましんが出るといった有権者だ。


この層はこれまで民主党に投票してきたが、誰が見てもダメ政党では、投票先がない。面白かった維新も軽蔑すべき存在となった。従って投票に行くとすれば共産党ということになる。
 

この層の存在が働いた理由が低迷した投票率だ。都議選の投票率は43.5%に過ぎず、前回の54.49%から10%以上も下落し、戦後2番目の低さだった。この結果、低投票率の中で共産党の相対的得票率が高まったのだ。アインシュタインではないが“相対性選挙原理”が働いたのだ。


共産党都議の半数が最下位を争っての当選であったこともこの傾向を物語っている。参院選はどうかというと、これも戦後まれに見る低投票率となりそうである。大阪と神奈川で最下位争いで当選しそうなのも似ている。食われているのは民主党であり、神奈川では共産候補が民主党支持層の8割を固めたと言われている。
 

このように皮相的に見れば「自共対決時代」とか「政治の左右分極化」といった表現が可能となるが、長く定着する流れにはなるまい。今の共産党は躍進自民のアンチテーゼとしての存在でしかない。


しかし、首相・安倍晋三はまさに今が花の盛りであり、今後は徐々に散ってゆく運命をたどる。歴代政権をつぶしてきた消費税の引き上げが来年、再来年と2回連続で行われる。安倍人気はまだ消費税を引き上げていないから維持されているのであって、いったん引き上げればほぼ確定的に政局と連動する。


1回目は逃れても2回目は相当きついだろう。これを契機に野党は息を吹き返すだろう。野党間の離合再編も進むことが予想される。流れは中道新党の糾合を目指す可能性もある。そうした中で共産党が現在のような漁夫の利を維持できる可能性は少ないのだ。従って共産党の一見躍進風に見える流れは一過性であろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2013年07月10日

◆安倍内閣は終戦日靖国参拝を思い止まれ

杉浦 正章


日韓改善に道筋をつけるときだ
 

予想される参院選挙での安倍政権圧勝が、戦後まれに見るほど悪化した対韓外交にどう作用するかだ。総選挙に次ぐ勝利を背景に首相・安倍晋三が右寄りの持論を展開して関係悪化を招くのか、逆に多数を背景にした余裕をもって抑制的に対応するのか。


安倍自身難しい判断を迫られている場面だが、もうそろそろ本格的に関係改善に取り組むべき時だ。首相としての発言は重い。この際持論を封じて、極右の女性評論家などは遠ざけ、歴史認識は一切発言せず、少なくとも8月15日の靖国参拝は行わないことだ。大統領・朴槿恵が訪日出来るような環境を整えるべき段階に入ったと思う。
 

それにつけても朴槿恵は「長屋のおかみさんか」と思いたくなる。隣の悪口を隣近所に言って回り、まるで日本を歴史認識をてこに「韓中共通の敵」「韓米共通の敵」に仕立て上げようとしているかのようである。


人気韓流ドラマ「百年の遺産」でも韓国の姑(しゅうとめ)の嫁いびりは、陰湿かつ露骨で目を背けたくなるような場面が多かった。日本は「嫁」ではないが、朴槿恵の“いびり”かたは執拗かつ露骨かつ陰険だ。


訪米すればオバマとの会談で、米国の信頼すべき同盟国日本に言及して「日本は正しい歴史認識を持つべきだ」と同調を持ちかけた。余りの外交常識の無さに、さすがのオバマも返答に窮して相づちも打たなかったという。


「大成功」と自画自賛する訪中でも常識逸脱の言動をとった。なんと習近平に旧満州のハルビン駅頭で伊藤博文を暗殺した安重根の記念碑設置を認めてほしいと要請した。韓国にとっては英雄かも知れないが、国際社会から見れば単なるテロリストの銅像を建てさせよと言ったのだ。


すでに銅像は2006年に、韓国人によってハルビン市に4.5メートルのものが建設されたが、中国当局は「外国人の銅像建設は認めない」として撤去した。これをまたぶり返そうとしたのだ。しかし中国政府は、安重根の評価に関しては反日勢力を刺激し、国内の社会不安を増大させるとして、積極的ではない。


実際にはテロリストを評価する銅像を建てれば、国内情勢からみて、いつ習近平ら共産党政府要人に弾が飛んでくるか分からないというのが、本当の理由のようだ。朴槿恵は米中首脳もたじろぐような「反日」の言動を行ったが失敗したのだ。
 

このように朴槿恵は、国内での不人気を対日カードを切りに切って挽回しようとしているように見える。これは、習近平の尖閣活用と似て、余りにも安易な人気取り政策であり、必ず馬脚を現す邪道である。日本も黙ってばかりはいない。


政府は6月24日、韓国と結んだ通貨交換(スワップ)協定に基づく融資枠のうち、7月3日に期限を迎える30億ドル分の契約を打ち切った。韓国経済は円安がたたって息も絶え絶えとなっている中で、金融不安につながりかねないことになった。相当痛い仕打ちであったはずだ。首相官邸主導で踏み切ったと言われる。


官房長官・菅義偉は、「結果として、日韓の外相会談が早まったんじゃないか」と述べ、韓国が困惑して会談に応じたとの見方を示唆した。そもそも根底には韓国は経済や金融危機になると日本が手をさしのべてきたことへの甘えがあるのだ。


韓国外相・尹炳世(ユンビョンセ)は外相・岸田文男との会談で「歴史問題は細心に取り扱われないと、民族の魂を傷つける」と述べたがその通りだ。まず自ら大統領に「安重根の話など持ち出さないように」と説得すべきだ。


確かに歴史認識の問題は、下手に対応すると国の存亡に結びつくことがある。かつて英国とフランスは結託してスペインを歴史認識の問題で追い詰めた。インカを滅ぼしたことを非難し続けたのだ。この論争に敗れて、大国スペインは見る影もなく凋落(ちょうらく)した。


「民族の魂」が失われると、国は滅びるのだ。お互いに歴史認識には深入りしないことがまず重要なのだ。


8月15日の国会議員らによる靖国参拝は、選挙直後ということもあり、また自民党の人数が増えることも相まって、前回の168人を上回るのではないかと思われる。政府がこれにストップをかけることは困難だし、必要ないが、首相はもちろん閣僚の参拝は思いとどまることが適切だろう。


閣僚が年に2度も3度も参拝して、近隣諸国との関係を悪化させて、昔の道をたどるようなことを、若くして特攻で死んだ英霊が喜ぶとでも思ったら大間違いだ。安倍は「英霊に尊崇の念を現すのは当然。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない」などと開き直っているが、英霊は絶対に喜ばない。


辛気くさい宮司などを喜ばせて何になる。ここは国会議員ら靖国マニアに任せ、自らも下野してからの参拝を「楽しみ」にして、関係改善への道筋をつけるべきだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月09日

◆安倍は規制委の人員を増やし効率上げよ

杉浦 正章


〜原発再稼働〜


新潟知事はパフォーマンスせず大局を見よ
 

原子力規制委の新規制基準の施行を受け、4電力会社が計5原発10基の再稼働に向けた安全審査を申請した。いずれも基準合致が有力視される原発ばかりであり、半年後には第一号の再稼働が実現しよう。


福島事故以来2年4か月、反原発運動に阻害されたエネルギー萎縮の風潮を乗り越え、安全配慮の再稼働によるエネルギーミックス時代の幕開けとなる。参院選に不利になるにもかかわらず首相・安倍晋三も幹事長・石破茂もあえて早期再稼働実現を明言しており、選挙結果がすべてを決着させることになる。


しかし規制委の審査方針は逼迫した電力事情を考慮に入れておらず、余りにも遅遅たるものがある。安倍は第三者委員会の性格上審査に一切の関与をすべきではないが、特例措置で支援の専門家の人数を増やし早期再稼働にこぎ着けるべきである。
 

なぜ遅遅たるものかと言えば、1原発の審査に何と半年もかけるのである。80人体制で3チームに分けて審査するから3原発が稼働するのに半年かかる。全原発をクリアするのには8年3か月もかかる計算になる。専門家によると規制委の基準をクリヤ出来そうな原発は50基のうちの3分の2はあるという。


33基前後の原発が再稼働可能となる計算だ。規制委は伊方と玄海の両原発審査を先行させる方針とみられ、トップ合格が最有力視される。規制委はできる限り効率第一を心がけるべきだ。電力会社も規制委も既に大まかな取捨選択の判断は出来る状況と思う。


従って廃炉になりそうな原発は全部後回しにして、クリア出来そうなものから審査にかけるべきことなどは言うまでもない。


それにしても審査に時間がかかりすぎる。経団連会長・米倉弘昌は「もう少し人数を拡充するなど安全審査を行う仕組みが大切」と述べている。


自民党幹部筋も「サボタージュではないか」とまで批判している。年間にアラブなどに流出する国富は4兆円に達しており、電気料金値上げで中小企業や国民はあえいでいる。ここは何としてでも審査の効率化を図るために、専門家を動員する態勢を国が作るべき時ではないか。


これに対して規制委委員長・田中俊一は増員に応じない方針だという。専門性の高い審査を出来る職員が限られていることがその理由のようだ。しかし、専門家は鉦(かね)と太鼓で集めればいくらでもいる。田中は「審査の中で魂が入るかどうかで真価が問われる」と述べているが、規制委の遅延で国のエネルギーが破たんしては、それこそ「仏作って魂入れず」ではないか。


安倍は知恵を絞って専門家をかき集めて規制委に投入すべきだ。年間4兆円の国富流出を思えば人件費などは安いものだ。
 

一方、規制委の厳正なる科学的な判断とは別に、最終的には政治家の判断と、法的には求められていないが自治体の長の判断が必要となる。産経新聞は安倍と官房長官・菅義偉が8日の街頭演説で原発再稼働に触れなかったことを取り上げ、「争点隠し」と批判している。これは産経にしては珍しい誤判断だ。


安倍はテレビでは再稼働を明言しているではないか。NHKでも「再稼働に向けて政府は一丸となって対応し、出来るだけ早期に実現したい」と言い切った。石破も「日本の経済に責任を持とうと思えば安全、安心が確認された原発の再稼働は避けて通れない。我々はそこから逃げることはない」と述べた。


これは昨年の選挙前の発言と同じであり、一貫して安倍政権が姿勢を変えていないことを意味する。おりから8日付日経の参院選序盤ツイッター分析では、「原発問題」が公示前の1日数千件が公示後は1万件前後に増加して各種の政策論議のトップに立った。


筆者が予想したとおり選挙の最先鋭の争点は原発だ。それにもかかわらず総選挙と同じで自民党が敗れる流れは生じていない。原発反対派のマスコミも政党も再び原発政策で敗れることになる。
 

総選挙の際もそうだったが、自治体の長がパフォーマンスで反原発を唱えてしゃしゃり出るケースが多い。政党まで作ってつぶれた滋賀県知事・嘉田由紀子がいい例だが、今回は新潟県知事・泉田裕彦だ。なぜパフォーマンスかと言えば東電社長・広瀬直己とのやりとりをテレビを入れて公開した。


その中で泉田は「年内の黒字を意識した申請か」と尋ね、広瀬が「意識している」と答えると「不安を解消するよりも、お金を意識したのですね」と勝ちほこったように問い詰めた。テレビ向けにはめたのだ。民放テレビは喜んで報道しても、心ある有識者は嫌らしいと看破したのではないか。


泉田に関して元産業省官僚の古賀茂明が、面白い情報をロイターに漏らしている。通産省の後輩である泉田に対して「包囲網が形成されている」というのだ。


「泉田裕彦は経産省で出来が悪くて知事に転出した。省内で出世できなかったことを根に持って抵抗している、というストーリーを経産省がこの1年間、ずっと流している」と述べている。さもありなんである。


泉田はなんと規制委の新規制基準にまで反対している。要するにに経産省絡みのものは皆反対なのである。江戸の敵を長崎で討つという大局欠如の偏狭さだ。知事は反対でも地元の市町村長は賛成派が圧倒的だ。15年の任期切れで4選を目指そうという姿勢がありありだが、市町村長が怒っており本当に包囲網が形成されれば選挙は危うい。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月08日

◆集団的自衛権反対ボルテージ挙げる公明

杉浦 正章



一方では“妥協の布石”の「改憲言葉遊び」
 

自公で過半数という参院選予想の強まりに正比例するかのように公明党代表・山口那津男のボルテージが上がっている。首相・安倍晋三の安保政策の1丁目1番地である集団的自衛権の行使についても「断固反対」と言い切った。その発言を聞くと昔同党が社会党並みに左傾化していたころを思い出す。


これでは選挙後に連立が維持できるかどうか危ぶまれるが、そこは政権の蜜の味を知ってしまった政党。本心は自民党以上に政権にしがみつきたいのだ。そのための“妥協の布石”を各所にちりばめているように見える。


公明党ほどよく言えば「現実的な妥協政党」、悪く言えば「節操欠如政党」は珍しい。戦後の日本の政党は立党の基盤を日米安保条約の是非に置いてきた。公明党も結党以来一貫して「段階的解消」、「早期解消」を主張。74年には「即時解消」にまで至ったが、81年党大会では一転して、「日米安保条約容認」を表明した。


国会運営でもころころ変わる方針は枚挙にいとまがない。最近の公明党は、そのやり口が狡猾(こうかつ)になってきた。その最たるものが憲法改正について「加憲」なる、“言葉遊び”に等しい造語で対処しようとしていることだ。
 

加憲とは現行憲法は「いい憲法でありそのままにする」(山口)として、条文を書き加えようというのだ。例えば制定の時には思想そのものがなかった「環境権」の問題を付け加えるという。


しかしこの方式は矛盾撞着だらけだ。改憲の焦点9条を例に取れば、山口は「書き加えるとすれば3項だ。自衛隊の国際貢献の任務を書くか、自衛隊をいかに位置づけるかだ」と述べている。しかし現在の改憲論は「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」とする9条2項と、紛れもなく戦力である自衛隊の存在とが大矛盾を発生させて生じている側面が大きい。


これをそのままにして3項を書き加えればますます矛盾は拡大するとしか思えない。子どもでも「うそつき憲法」と批判できる。公明党が妥協のためには荒唐無稽な構想をも主張する証左である。だいたい国民を「加憲」などという言葉で欺いてはいけない。本質は改憲に他ならないからだ。
 

改憲の要件を衆参総議員の3分の2から2分の1に緩和する96条改正についても、最初は棒を飲んだように反対する姿勢だったが、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の憲法3原則を3分の2にすれば、後は柔軟に対処する方針であるという。これも安倍との“激突”は回避したいという思いの表れであろう。


そこで「断固反対」の集団的自衛権の行使だが、山口は「政府は長年集団的自衛権を認めてこなかった。これを変える必要は直ちには無い」と強調した。しかしこの発言ほど極東情勢の現実を認識していない例は珍しい。


中国が公船を次々に領海内に押し出し、北朝鮮が狂ったように核開発と弾道ミサイル製造に専念しているときに、何もしないで丸腰でいろというに等しい。


ひとたび有事となれば、国家間は「何でもあり」の戦いとなる。集団的自衛権の行使などはあり得ないと言うこと自体が机上の空論の最たるものとなる。中途半端なインテリの「平和は天から降ってくる」という議論そのままだ。
 

しかし山口発言にも巧妙かつ隠された“妥協案”があるような気がする。それは「我が国の領土領空領海での武力行使を認められているのが、個別的自衛権だが、集団的自衛権はその外、海外での武力行使を認めようとする考えだ」と強調して「海外」と条件を付けたことだ。


恐らく山口の念頭には中東などにまで自衛隊が米軍に追随して、共同作戦を展開することへの懸念があるのだろう。もともと日米安保条約はその適用範囲を極東としており、国会答弁ではその極東の範囲を「大体においてフィリピン以北、日本及びその周辺地域」と定義している。


この周辺地域には、韓国及び台湾も含まれると解釈されている。尖閣諸島も含まれることは当然だ。公明党は安保条約を認めているわけであるから、山口は気づかないであろうが、極東における日米共同の武力行使を認めることになる。


安保条約はもともと集団的自衛権行使を前提にしているのだから、「断固反対」などとは言っていられないはずだ。だから極東の範囲に限定した集団的自衛権行使の解釈が公明党説得材料になり得るのだ。
 

首相・安倍晋三は極東有事の際を想定すれば、恐らく改憲による集団的自衛権行使などとは言っていられない事態に至る可能性が高い。改憲では時間がかかりすぎるのだ。頻発するであろう中国の“挑発”は、集団的自衛権行使を憲法解釈で対処せざるを得なくなるかもしれない。


首相の決断でできることであり、国連憲章で認められた当然の権利を行使するだけのことだ。既に第1次安倍内閣で安倍の諮問機関「安全保障の法的基盤再構築に関する懇談会」が集団的自衛権行使を答申しているが、病気退陣で前進していない。


同懇談会は秋にもまた同様の答申を出す予定であり、自民党の新防衛計画の大綱に向けた提言と相まって集団的自衛権を解釈によって保有することが選択肢として急浮上する可能性がある。


山口は「そうした際に連立を離脱するのか」と民法テレビで問い詰められて、即答を避け「そのときは自民党を説得する」と苦し紛れの発言した。7日のNHKでも「この一点で連立政権を破壊することは国民の期待にかなうことではない。連立を維持しながら、いろいろ相談していくことは十分可能だ」と妥協の可能性に言及した。


要するに公明党にはお家芸がある。それは一夜にして言ったことを理由を付けて大転換させることだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年07月05日

◆反原発で「朝日共産合作」の様相

杉浦 正章
  


再稼働をめぐり賛否の争点先鋭化
 

4日公示された参院選挙は、2010年代前半の政治動向を決定づける“最終決戦”の意味合いを持つ。自公政権は過半数を確保出来ればまず確定的に衆院選挙を15年以降に設定し、小泉純一郎時代以来の安定政権を継続させようとするだろう。


選挙のもっとも先鋭的な対立点は原発再稼働の是非となる。現状はまるで昨年末の総選挙を「原発冬の陣」とすれば、これに完敗した反対派の野党とマスコミが「夏の陣」で最後の巻き返しを図ろうとしているかのようである。


しかし、野党は民主党など再稼働是認派と絶対反対派に割れ、浮動票も原発では動かないことが総選挙、都議選で証明されている。結果をあえて予想すれば亡国の原発ゼロ路線が完膚なきまでに敗退するだろう。


アベノミクスが象徴する経済問題は、もちろん最大の争点には違いないが、国論を2分するほどのものではない。というのもアベノミクスは1〜3月期の国内総生産(GDP)が、年率換算で3.5%増となったことが物語るように実質経済へと反映され始めている。野党は突こうにも突けないのが実情だ。


そうかといって外交安保では尖閣問題、北朝鮮問題などに関する首相・安倍晋三の右寄り路線が国民的支持を得ており、付け入るすきがない。改憲も加憲を唱える公明党を取り込めれば3分の2に達する可能性もあり、安倍はトーンを「慎重」に転じている。


したがって一部マスコミや野党の狙いは、勢い国論を既に2分している原発再稼働反対に絞られるのだ。


事実、朝日新聞の反原発キャンペーンは日ごとに激しさを増し、いまや佳境の様相を呈している。昨年の総選挙でも紙面は反原発一色であったが、結果は再稼働を総裁・安倍や幹事長・石破茂が堂々と前面に出した自民党の圧勝に終わった。ほとんどの原発立地選挙区で自民党が勝ったのだ。


小沢一郎に乗せられて反原発政党「日本未来の党」を結成した滋賀県知事・嘉田由紀子は見るも無惨にたたきのめされた。このように既に総選挙で決着がついている問題を朝日が書き立てて一部マスコミをリードし、共産党を初めとする野党が同調するというのが今回の構図だ。


朝日の論調は社説も記事も反原発再稼働一色に塗り固められている。まず公示日4日の社説では「半年間の安倍政権で目につくのが、自民党の『先祖返り』ともいえる動きだ」と指摘して「原発政策も同様だ。(安倍政権は)停止中の原発の再稼働や原発輸出への前のめりの姿勢ばかりが目立つ。こうした動きを後押しするのか、待ったをかけるのか。有権者の選択にかかっている」と露骨にも有権者に「反原発投票」をけしかけている。


不偏不党の標榜などとっくに忘れた、まさにイデオロギー的かつ感情的な反対論だ。これに先立つ最近の一連の社説も「未来にツケを回すのか」「原発と政治、地元をとらえ直そう」「日仏共同声明、これは原発推進政権だ 」と執拗かつ“確信犯”的に再稼働反対を唱え続けている。


社説に共通しているのは「原発の負の部分のあげつらい」であり、家庭にとって切実なる電気料金の値上げ、中小企業の窮迫や電気料金倒産、4兆円に上る国富の流失など「実態経済への負の要素」は完全に無視している。まさに唯我独尊の再稼働反対論である。


そもそも原発輸出への動きは、日本の原発の安全性を世界が賞賛している証左である。福島原発で米GE社製の1号機から4号機の原発だけが事故を引き起こし、日本製の5,6号機は事故を回避したことを諸外国は高く評価しているのだ。


米国のシェールガス輸入は、足元を見て高騰させている中東からの燃料費輸入に対して決め手となり、原発と共にエネルギーミックスの主役となり得るが、実現するのは17年だ。ロシヤからの天然ガスも18年まで入ってこない。その間5年間もただでさえ電気料金の高騰で息も絶え絶えの中小企業や、実質増税を強いられている一般家庭の窮状は目をつむれというのか。


企業の日本脱出が相次いではアベノミクスも空転して、再び不況へと拍車がかかるのは必定だ。朝日の主張は共産党の主張と酷似しており、まるで戦時の中国の「国共合作」ならぬ「朝共合作」の様相ですらある。


折しも原子力規制委員会は、8日に、新原発規制基準を施行、既存の原発が新基準に適合しているかどうかの審査が始まる。電力各社は当然相次いで再稼働の申請をして、選挙期間中の原発論議をいやが上にも盛り上げる。


しかしマスコミも政党も原発再稼働反対派の気勢は上がらないだろう。なぜなら総選挙の際は、朝日の扇動が奏功して再稼働の自民党と「原発ゼロ」の野党に対立軸がくっきり割れた。


しかし今回は、肝心の民主党が再稼働容認に比重を移したのだ。政調会長・桜井充は「規制委が安全確認して地元が納得すれば再稼働に移すべきだ。ゼロは理想であり、つなぎの期間は現実的に対応せざるを得ない」と発言している。これは総選挙で「原発ゼロ」を前面に出した路線の明らかなる修正であり、基本的には自公と同じだ。


これに対して共産党は「即時ゼロ」の暴論を展開、社民党とみどりの風とやらも類似の主張だ。


そして参院選への影響は総選挙と都知事選挙が立証したように、原発再稼働反対の主張は“機能”しないと言ってもよい。投票率が歴史的な低さを示す可能性が大きいからだ。これは浮動票が動かず、第3極が伸びず、反原発票が情勢を左右できないことを意味する。


読売の世論調査も参院選の比例区投票先は自民42%、民主9%、公明6%、日本維新の会5%、みんな5%、共産4%だ。公示直前の調査はまず狂うことなく投票での傾向を示す。


こうして自公政権は筆者が予想しているとおり過半数を上回り、安定多数をうかがう状況となる。従って原発再稼働にも「ゴー」の審判が下されることになる。「朝共合作」は失速する運命なのだ。朝日はこの対決に敗れたら、もう観念した方がよい。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月28日

◆昭恵は「原発反対」を言わなければ

杉浦 正章



歴代屈指の首相夫人を参院選に活用するには
 

自民党選対関係者と飲んだら「あれさえ言ってくれなければ最高のキャラクターなんだが」と漏らしていた。「あれ」とは首相・安倍晋三夫人の昭恵の「原発反対」発言だ。


たしかに昭恵の言動を観察すればするほど首相夫人として実に見事な球を投げている。歴代首相夫人の「最高峰」は佐藤栄作夫人の寛子と三木武夫の睦子と言えるが、それに勝るとも劣らない「積極派内助の功」を感じさせる。


抑えた知性の高さを感ずるのはフェイスブック(FB)だ。連日何らかの発信をしているが、安倍のようにあからさまに田中均を批判してひんしゅくをかうようなこともない。極めて安定感のある書きっぷりだ。それでいてPR効果は十分に出ている。


例えば安倍の問責決議が可決された26日は「生きていると日々色々なことがある。いいこともやなことも・・・ やなことをどうとらえるかで人生は変わる・・・と思う。と思おうとしています・・・」と書いている。問責のもの字も書いていないし、野党の馬鹿さ加減にも触れていないが、余りの愚劣な決議に対する憤りは伝わる。


<妻の手を借りてバランスとる総理>と安倍が朝日川柳でからかわれている。昭恵が安倍の諸外国への原発売り込みに関連して「原発反対」を明言したからだ。さる6日、昭恵は国会内で講演し、安倍が世界各国に日本の原発輸出を図っていることに対し、「私は原発反対なので、非常に心が痛むところがある」と述べた。


首相夫人が政権の方針と異なる意見を公の場で語ったことは今までに知らない。原発再稼働阻止の朝日が、やんやの喝采をしたのは言うまでもない。その意図については確かにバランスを取ろうとしたと解釈できないこともない。
 

しかし良家に育った子女は、物怖じしないから率直な物言いをする。寛子も睦子もそうだった。鉄道省時代に佐藤が帰宅して「腹が減った」というと「蠅帳(はいちょう)にらっきょうがあるから自分で食べてください」。佐藤は渋々らっきょうをおかずにご飯を食べたという。


昨年95歳で亡くなった睦子が三木の政治によく口を出したのは有名だ。バリバリの護憲派で三木以上に左がかっていた。菅直人夫人の伸子も政局の節目で夫の決断を後押しし、歯に衣(きぬ)着せぬ発言から菅に「家庭内野党」と呼ばれた。悪名高き原発事故での対応ですら弁護している。昭恵も「私は家庭内野党」と述べている。
 

昭恵の原発反対は、朝日やNHKの報道に見られるぎすぎすしたイデオロギー的な色彩はない。むしろインテリで中産階級の主婦らが陥りがちな「空想的理想主義」の側面が濃厚だ。現段階において原発が国のエネルギー政策の死命を制するものであることなどには理解が及ばない。


それより「福島が可哀想」という発想だ。福島も国が繁栄しなければ復興できないことまでは考えが行き届かないのだ。昭恵が、ぎすぎすの反対ではないことは他の発言でも分かる。


日経のインタビューで昭恵は「政策に口を出すつもりは全然ないです。ただ福島県富岡町に行って、全く人のいない様子を見て、そこに住んでいた子どもやお年寄りのご意見を聞いたならば『代替エネルギーがあればリスクのある原発から変えた方がいい』と誰もが思うのではないでしょうか」と述べている。


原点は「福島が可哀想」なのだ。月刊「歴史通」で原子核物理学者・有馬朗人と対談している。有馬が福島での年間1ミリシーベルトの過剰防護を指摘して「日本人は太陽や星からくる放射能や大地や食物からの放射能を平均1年間1.5ミリシーベルト受けている。除染目標は1ミリシーベルトでは低すぎる。50ミリシーベルトで十分」と主張した。


これに昭恵は「湯治のためにラジウム温泉に行く人もいますしね。ちなみに、私はラジウム鉱石の入った枕を使って寝ているので、うちの寝室はすごく線量が高いと思います(笑)。」と答え同調している。


しかし参院選挙では野党が半年前に総選挙で同じ主張をして大敗北したことも忘れて、脱原発や反原発で戦おうとしている。首相官邸前の不愉快極まりない抗議運動レベルのキャンペーンで盛り上げようとしている。


昭恵は弁も立つし、6年前の参院選挙でも首相・安倍を助けて、全国を飛び回った。その昭恵が「原発反対」を唱えてしまったら、野党が好餌とばかりに飛び付くのは目に見えている。「私は家庭内野党。周囲の人は嫌なことは、だんだん権力を持つと言えなくなる」と述べているが、死活問題のエネルギー政策だけは別だ。


「原発反対」なしの応援を自民党選対は頼み込まなければなるまい。安倍と昭恵の関係について昭恵は「私が『暴れるかもしれない』と言うと『あまり暴れないでね』と言っていた」という感じらしい。要するに昭恵が上位にあるので、安倍からの説得も、国会原稿風に書くと、難航するものとみられる。

★筆者より=参院選公示の4日まで梅雨休みをとります。再開は5日から。

           <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月27日

◆問責可決の背後に「小沢・輿石」ライン

杉浦 正章



民主執行部は土壇場で大誤算
 

「小沢にやられた」自民党幹部がこう漏らしている。国会終幕の土壇場で首相問責決議の可決をめぐって「小沢・輿石」ラインが浮上したというのである。一見複雑に見える首相・安倍晋三に対する問責決議可決の裏はこれですべてが読み解ける。


安倍はまさに「無実の罪」で、参院から存在を否定されたことになるが、記者会見で「ねじれが原因」と訴えた。その訴えが参院選を控えた有権者にどう響くかと言えば、ほぼ確実に民主党にマイナスに作用する。失政を繰り返して野に降りた民主党は、国会でも大きな誤判断をして、その能力の無さを改めてさらけだした。
 

問責決議という重大案件を弱小政党の極みである、生活、みどりの風、社民の3党が25日提出したことをいぶかしく思っていたが、生活代表・小沢一郎の影があったとは驚いた。


同決議に対して民主党は当初代表・海江田万里が「重要法案優先」と主張、細野豪志も「法案優先は政府・与党への協力ではなく、国民への責任を果たすことだ」と発言して、採決をしない方向で固まっていた。重要法案優先の姿勢だった。


ところが一夜にしてこの方針は急転した。26日になって今まで目立たぬようにしていた参院議員会長・輿石東が突如としてその“本性”を現したのだ。輿石は細野に対して「法案などよりも問責が優先だ」と脅しにかかったのだ。


ひ弱なインテリ風の細野は日教組流の“脅迫”にはひとたまりもなかった。大ぶれにぶれて、問責優先に転じてしまった。


この結果どういうことが起きたかというと、「脱原発」の象徴であり、野党がもっとも尊重しなければならないはずの電気事業法改正案が廃案となってしまったのだ。同法案は発送電の分離など電力自由化を推進するとりでになる性格のものであった。


廃案はエネルギー新事業に前向きであった自治体や企業を足踏みさせる結果を招き、原発再稼働派を勢いづける形となった。また言動に一貫性のない民主党執行部の姿勢を露骨に示す結果となった。民主党は超重要法案を、何ら法的拘束力を持たない首相問責決議と引き替えに廃案にしてしまったのだ。


自民党は同法案に疑問を呈する党幹部もいて、内心ほっとしている様子が垣間見える。一方、小沢と輿石にとってみれば法案の重要性よりも参院選後に向けての「政局」の方が重要なのだ。


その小沢の戦略とは“腹心”輿石を足がかりに参院選後に民主党の分断を図って、同党右派を切り捨て、左派と生活を合流させて自らを復権させることにある。小沢は側近議員に「民主党は割れる可能性がある」と漏らしており、輿石を使っての問責決議可決は選挙後の連携の手始めとなるものである。


事実、最近になって民主、生活の両党は接近している。細野と生活の党幹事長・鈴木克昌両幹事長は19日の会談で、参院選福岡選挙区で、民主党の公認候補を生活が支援することで合意した。競合していない他の選挙区での協力も検討することになった。


小沢はこの方針についてインタビューで「参院選で部分的な選挙協力で合意した民主党と、選挙後に連携を拡充する方針でも一致した。将来の連携をお互いに考えていこうとの公党間の了解だ」と説明している。狙いはむしろ選挙後にある。


この発言から見えるものは、気脈の通ずる小沢・輿石ラインで参院選共闘をすすめ、選挙後にさらなる連携、場合によっては合流に持ち込むという構えである。小沢の読みには参院選での「民主大敗」が念頭にある。選挙後海江田・細野の責任問題が台頭して、混乱することが避けられないと踏んでいるのだ。


もともと民主党内には右派を中心に小沢アレルギーがあり、全体が合流することなど考えられない。しかし分断できれば小沢の出番があるというわけだ。小沢にしてみれば党内でごたごたが発生すればするほど好都合というわけだ。


こうして民主党執行部は小沢に手玉に取られた形で大誤算をしてしまったのだ。一般国民の間に参院の野党は、景気回復や外交で頑張って支持率も高い安倍をどうして問責しなければならないかという疑問が生じて当然だし、テレビの街の声もその傾向がある。ねじれの弊害を選挙直前になって際立たせてしまったのだ。


さっそく安倍は記者会見で問責可決を逆手にとり、「ねじれ」という言葉を何と11回も使ってその解消を訴えた。野党は、安倍の皮を切って骨を断たれる結果を招いてしまった。安倍の「これこそねじれの象徴だ。ころころ首相が代わり日本の国力が大きく失われた」と言う言葉が、極めて説得力があるのだ。


小沢・輿石の陰謀で、自公は絶好のキャンペーン材料を獲得した。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月26日

◆通常国会は「強運安倍」の一人勝ち

杉浦 正章



しかし前途は波乱の目も
 

参院の小政党が提出した首相問責決議案が、これほど場違いに感ずる例も珍しい。もちろん採決にも至らないが、今日閉幕する通常国会のすべてを物語っている。総じて国会は政府・自民党ペースでことが進み、野党は自分で掘った落とし穴に転げ込むような失策を繰り返した。


もちろん首相・安倍晋三も弱点を垣間見せたが、かすり傷にとどまっている。安倍が「運も実力のうち」と自ら述べたように目くるめくアベノミクスの展開と、ウイングを右に拡大した外交・安保戦略がまさに時代の要請にマッチして高支持率に反映した。


このまま参院選になだれ込み、自公で過半数を獲得してねじれを解消すれば、長期政権も夢ではない。
 

歴代長期政権を振り返ればその共通点はいずれもタカ派首相であったことだ。最長の佐藤栄作を始め、吉田茂、小泉純一郎、中曽根康弘の4人とも基本的にはウイングを左に広げるような物欲しそうな路線は取らず、日米同盟を軸とする安保路線を堅持した。


安倍も吉田と佐藤が冷戦構造をフルに活用したように、極東における緊迫した情勢を反映した右寄り姿勢を取り続けている。中国国家主席・習近平は自らの政権維持の絶好の“道具”として尖閣問題を今後も活用し続けるものとみられる。


北朝鮮もいったん確保した「核・ミサイル」を手放す流れにはない。従って極東は一種の冷戦構造が維持されて行く方向にあり、安倍のみならず自民党はウイングを右に拡大せざるを得ない情勢に立ち至っている。


安倍は通常国会を通じてこの判断の下に発言をしており、集団的自衛権の行使、敵基地攻撃能力の保持など歴代の政権にとってはタブーであった問題をあえて提示して議論を展開した。憲法改正にも歴代自民党内閣以上に前向き姿勢を打ち出した。


しかし自らの靖国参拝や村山、河野両談話など歴史認識の問題に踏み込むことは“封印”するという柔軟姿勢もとっている。現状では中国、韓国、北朝鮮とは関係打開の糸口は見えないが、北にも中国にも密使をおくり、水面下でのアヒルの水かきには余念がない。


さらに安倍は首相就任以来半年間で完全休日を数日しかとらず、土日を外国訪問に当てるという激務にあえてチャレンジしている。それも福島の原発事故を踏まえて安全な原発を売り込む流れを作っており、東南アジア、中東、北欧、南米などへの売り込みに成功しつつある。


その原発再稼働も、厳しい原子力規制委員会に再稼働の判断をあえて委ねることにより、世論の批判をかわし実現にこぎ着けるという戦略だ。秋以降は日本のエネルギー問題は「亡国の脱原発」から再稼働へと移行するだろうし、そうしなければならない。
 

そして政権を支える最大の柱が、アベノミクスの実行だ。株価の先行に引きずられるかのように実態経済も復調の兆しを見せ始めている。都議選の圧勝が意味するものは、国民の支持率の高さは緊迫する極東情勢と景気・経済に支えられていることを物語る。アベノミクスの成否判明は1年後2年後であり、野党の批判も空論になりがちだ。


しかし、安倍に不安材料がないわけではない。まず第一にワーカホリック的な仕事ぶりが長続きするかどうかだ。人間体力には限界がある。ましてや過去に病気で倒れた安倍である。総じて疲れた表情は見せないが、時々青黒い顔をしている。相当疲れていることは確かだろう。


その疲れが短慮となって現れたケースがフェイスブックでの田中均批判だ。いくら元外交官だからといって、一民間人を「彼に外交を語る資格はない」と全面否定してはいけない。自民党青年局長・小泉進次郎が「個人の名前を挙げて反論、批判はすべきじゃない。首相への批判はあって当たり前で、受け止めながらやっていかないといけない」とたしなめたとおりである。


休養を取らないから首相の立場を忘れての暴言となるのだ。さらに秋には消費増税の決断がある。4月から6月の経済状況を見極めて判断することになっているが、良好な経済指標は消費増税にゴーを出さざるを得ない状況となっている。増税判断が支持率にプラスに働くことはあり得ない。
 

一方で、もがけばもがくほど泥沼に引き込まれるのが民主党だ。党執行部は総選挙惨敗の滓(おり)を引きずったまま、突破口を見いだせない状況に終始した。民主党代表・海江田万里の指導力欠如はいかんともし難い。


安倍を「日米首脳会談がまだ行われていない」と批判して、取り消したことが物語るようにルーピーさは元首相・鳩山由紀夫譲りだ。その鳩山は惨めの一言に尽きる民主党の支持率低下にいまだに貢献している。


やがて離党するようだが、イタチの最後っ屁のように「尖閣列島は中国から見れば盗んだと思われても仕方がない」と想像を絶する発言をした。


官房長官・菅義偉が「開いた口が塞がらない」と述べると「もっと勉強して頂きたい」と手に負えない愚かさだ。落ち込んだ支持率がさらに下がり、参院選に直結するのは間違いない。


維新の共同代表・橋下徹が慰安婦発言で馬脚を現し、これを批判した石原慎太郎との確執が都議選大惨敗をもたらした。確定的に参院選にも尾を引く流れだ。


こうして野党幹部にとって参院選は映画「処刑台のエレベーター」のごとくスリルのあるものになるだろう。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月25日

◆安倍は選挙制度審議会に抜本改革諮問を

杉浦 正章



与野党の党利党略合戦は見飽きた
 

「だました人が悪いのか、だまされた私が悪いのか」と、前首相・野田佳彦が久しぶりに衆院本会議に登場してぼやいたが、6対4で民主党の方が悪い。


民主党は定数削減が実現しなかったことをとらえて、政府・与党の公約違反を攻めるが、ありもしない衆参ダブル選挙を恐れて、「0増5減」の区割り法案を参院で“人質”に取ったあげくに、衆院での再可決せざるを得ない状況に持ち込んだではないか。


他党を非難するのは筋違いだ。自民党もできもしないことが分かっていながら、憲法違反の疑いの濃い定数削減案を提示していい子になろうとした。党利党略、個利個略で締めくくった国会だった。罪滅ぼしに安倍は第9次選挙制度審議会を設置して、制度の抜本改革を諮問すべきだ。
 

民主党が野田を本会議に登場させたのは、昨年末の解散をめぐるやりとりで、0増5減法案と定数削減を与野党の公約として決めたにもかかわらず、与党が実行に移さなかったことを際立たせるためだ。


しかし、あの時点での約束は、夏に3党で約束した早期衆院解散の履行をめぐって追い詰められ、野田が切羽詰まって解散の理由付けに持ち出した性格が濃厚だ。定数削減より「0増5減」に重点が置かれていた。


その後の経緯を見れば民主党は「0増5減」法案に賛成して成立させながら、その区割り法案に反対するという支離滅裂な国会闘争を展開して問題を混乱させた。


そもそも定数削減問題は民主党が衆院議員の数を80議席削減する案を提示したのが始まりだ。これに対して自民党は公明党に優先枠をもうけるという憲法違反の30議席削減案を提示した。すると維新が根拠もなにもない144議席削減案、みんなが180議席削減と、衆院制度崩壊につながりかねない愚案を次々に提示した。


世論は何も定数削減を求めているわけではない。先進国ではアメリカについで定数の少ない国会に、さらなる削減を求めるのは何も知らない民放のコメンテーターやタブロイド紙レベルの話だ。こうして各党は手前勝手な削減競争の様相を呈し、節操のないポピュリズムを露呈した。


一方で司法は司法で、衆院選を受けて高裁が続続と「1票の格差」を違憲とする判決を出した。最高裁は2011年に「違憲状態」と判断しているが、高裁や支部の中には調子に乗って「選挙無効」とする判決まで出すケースがみられた。


明らかに司法による立法府の裁量権に踏み込んだ上に、再選挙のルールもないままの無責任判決であった。高裁の政治認識の低さを露呈した判決であった。民主党が高裁判決に大騒ぎする一部マスコミの流れを勘違いして利用しようとしたことが、節操のない定数削減競争に至ったのだ。


「0増5減」区割り法案の成立で、秋に予定される最高裁判決はクリアできることになった。まさか違憲とは言うまい。
 

そもそも選挙制度改革は定数削減とは関係なく進められるべき問題である。小選挙区比例代表併用制は1994年に決まったが、これに先立って推進派の河野洋平らはマスコミ関係者に意見聴取した。


筆者は、小選挙区制は死に票が出過ぎること、政治の不安定化をまねくこと、政治家が小粒になることなどを理由に反対した。しかし朝日新聞などは推進論を展開、2大政党が政策の是非で政権交代できると主張したものだ。河野と朝日が推進したのが現行制度だ。
 

6回の衆院選を経た結果はどうであったか。最近の3回の選挙を例に取れば、すべて政党の得票以上に議席の差が顕著に現れる傾向を示し始めている。


昨年暮れの総選挙では小選挙区候補者の総得票のうち、比例復活も果たせず落選した候補者に投じられた「死に票率」は40・4%に上った。


前回の33・5%から約7ポイント増えている。1票それ自体がが無駄になってしまうのであり、問題は1票の格差などとは比較にならないほど深刻さを見せているのだ。現行選挙制度の最大の弊害が顕著に現れている。


民主党政権も自民党政権も過半数すれすれの得票で300議席前後の大量当選を果たすという制度になってしまったのだ。政治家の質も町会議員や区会議員並みになってしまった。ムードで作った民主党政権による失政連続の体たらくは今さら説明するまでもあるまい。
 

さすがにまずいと気付いた河野は「小選挙区制にも問題がある。かつては自民党議員の3割くらいはハト派だった。自民党内で3割で、国会全体では社会党や公明党を足せば約5割がハト派。それが日本政治のバランスをとってきた。制度が右傾化を招いている」と指摘した。


自分のハト派勢力が見る影もない状態に立ち至ったことを選挙制度のせいにして、しまいには「導入した不明を詫びる」とまで言い切った。
 

政治というのは恐ろしいもので、20年たって不明を詫びて貰ってももう遅いのだ。20年間にわたる政治の体たらくは、詫びてすむものではない。


今日本の政治に問われているのは紛れもなく選挙制度改革だ。定数削減などではない。小選挙区比例代表併用制を抜本改革するか、かつての中選挙区制に戻すかしか選択肢はあるまい。


筆者は政治の活力を取り戻し、ひいては国全体の活力向上に結びつけるには中選挙区制しかないと思う。ここは第9次選挙制度審議会を首相の下に設置して、制度改革を諮問して早期に結論づけるときだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月24日

◆参院選は自公で安定多数が視野に入った

杉浦 正章



浮動票なしの都議選が連動へ
 

国政選挙とほぼ確実に連動する都議選で自民党と公明党が3分の2議席まであと2議席の圧勝となった。


背景を分析すれば、内閣・政党への高支持率が如実に反映されたことを物語る。浮動層の棄権による投票率低下は支持率を確信的に選挙に反映させたことになる。この高支持率はよほどの失政、大失言がない限り参院選まで継続し、自公に弾みを付け過半数はおろか安定多数まで視野に入る流れとなった。


壊滅的敗北の民主、維新両党は最大の原因が党首の能力不足にあるにもかかわらず、交代できる情勢も時間もなく、訴求力とリーダーシップ欠如のまま参院選に臨む。これが自公を側面から“支援”する流れでもある。


選挙結果は都議選史上2番目に低い投票率43.5%がすべてを物語ると言ってもよい。無党派層が投票に行かず、支持基盤の強い組織政党である自民、公明、共産の3党に有利に働いた。出口調査が投票の動向を一番正確に物語るが、NHKの調査では民主11%、自民39%、公明7%、共産7%、みんな5%であった。


4年前の調査は自民27%、民主32%であったから、支持率が完全に逆転したことになる。無党派層は選挙に“風”を吹かせる最大の要因であり、民主、維新などポピュリズムに基盤を置く政党には不可欠の要素だ。


これが自民59、公明23、共産17,民主15、みんな7,ネット3,維新2という選挙結果をもたらした。


最大の注目点は自民党が1人区7を独占したことにある。これは参院選1人区31選挙区の動向を占うカギとなるものでもあろう。

大敗北の民主党も維新も執行部の責任が極めて大きいと言わなければなるまい。それもトップリーダーの能力欠如という側面が大きい。民主党は総選挙敗北で一線級がすべて逃げ、二線級ばかりが執行部を担当した。党勢の立て直しという大事業には党の総力を挙げて臨まなければならないにもかかわらず、岡田克也も前原誠司もろくな役職に就かず事実上“傍観”を極め込んだ。


代表・海江田万里はもともと底が知れているが、嘱望された幹事長・細野豪志は外見だけで内容が伴わない姿を露呈した。海江田・細野コンビでは3年3か月の大失政の穴埋めと党勢建て直しはもともと不可能であったのだ。


民主党はまさに壊滅的敗北で共産党より下の第4党に転落したにもかかわらず、海江田は「都議選は参院選との一体の選挙で、選挙戦は途中だ」と続投を表明している。


一方、維新は共同代表の石原慎太郎も橋下徹も全く選挙に力量を発揮しなかった。投票まで数日のぎりぎりの局面になって、石原が敗北の責任をすべて橋下に押しつけたが、まさに老獪(ろうかい)の形容がぴったりの姿を露呈した。


石原がほとぼりの冷めかかった慰安婦発言をなぜ持ちだしたかといえば、落選必至の子飼いの候補らへの言い訳がある。すべてを橋下の慰安婦発言のせいにしたかったのだ。落選候補らへのガス抜きが必要であったことを物語る。


本来ならば前東京都知事であり、地元の責任者として陣頭指揮で都議選に当たり、その結果責任を負うべき立場であるはずの石原が“逃げ”を打っては勝つはずもない選挙であった。34人を公認して改選前の3議席すら確保できず2議席にとどまったことは、維新の失速度のひどさを明確に物語る。


この結果、橋下だけの進退が焦点になってしまったが、維新幹事長・松井一郎は橋下の進退について「石原慎太郎共同代表と最後までやろうと話をしているし、党のメンバーがそういう思いであれば逃げることはないと思う」と完全否定している。


こうして7月21日の参院選までは民主も維新も現体制を維持する方向となった。責任論が台頭しても、参院選まで1か月を切った。時間切れだ。自公両党にとってこれほどありがたいことはあるまい。


「ポピュリスト風がなければただの人」であり、「風」は依然アベノミクスに対して吹いている。この構造は少なくとも参院選挙までは維持されそうな雲行きだ。都議選と同様にアベノミクスを前面に立てれば、憲法も原発再稼働もかすむことが証明された。


都議選と国政選挙の連動が外れたことは小泉純一郎が2005年に都議選で負けて衆院選で圧勝したケースをのぞけば、ほぼない。自民党にとって“舌禍魔女”でしかない政調会長・高市早苗を黙らせれば、まずこのままの流れが参院選挙まで続くとみて良いだろう。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月21日

◆日中駆け引きが“疝気筋”から“本筋”へ

杉浦 正章
 


谷地の隠密訪中は「首脳会談」の“地ならし”か
 

内閣官房参与の谷地正太郎による秘密裏の訪中が何を意味しているかと言えば、首相・安倍晋三訪中の“地ならし”的な側面を持つものなのであろう。


谷地は7年前の外務次官当時にも訪中して当時の外務次官・戴秉国(たい・へいこく)と会談、安倍の訪中を成功させている。同じルートでの接触で今回はうまくいくかどうかだ。日中情勢は尖閣をめぐって一段と悪化しているが、米大統領・オバマによる日中双方に対する話し合い解決の要請も強い。


首脳会談が実現するかどうかは未知数だが、実現するとすれば参院選挙後になるのではないかと思われる。政府筋によると「中国側は総理が終戦記念日に靖国参拝をするかなど見極めたい要素がある」と漏らしている。


谷地訪中はさる17,18の両日だ。これまでも安倍政権は公明党代表・山口那津男や、元首相・福田康夫の訪中などで中国側の感触をつかんではいるが、首相側近が首相の内意を受けて訪中しているのだから、これは“本筋”である。


日中関係は野中広務などによる訪中と尖閣棚上げ発言が象徴するように、「放置すれば“疝気筋”によってくしゃくしゃにされかねない要素が存在する」(外務省筋)というのが実情。そろそろ本格的な外交ルートで問題解決の端緒をつかむべき時に来ていることは確かだ。


安倍は谷地訪中が発覚する前の19日にロンドンで「習近平国家主席とはいつでも首脳会談をする用意はある。両国は互いに投資により利益を得ている切っても切れない関係だ。何か問題があっても、話し合いを続けることが大切だ」と述べている。


谷地の訪中報告を受けずに首脳会談に言及することはあり得ないから、報告を受けての発言であるところが重要ポイントだ。


さらに安倍は、「尖閣諸島に対し、中国が力を背景に現状を変更しようと挑発的な行為が続いているが、常に対話のドアは開いている」として、中国側の求めがあれば、首脳会談に応ずる意思を鮮明にさせている。形の上では中国側にボールを投げている感じだ。


この谷地の訪中は2006年9月末の訪中のケースと酷似する部分が多い。谷地は小泉純一郎の度重なる靖国参拝で冷え切った日中関係を打開して安倍訪中につなげたのだ。前回も今回も会談相手は、前国務委員・戴秉国ら複数の要人だ。


前回は谷地の地ならしの後、安倍は10月5日に国会で歴史認識に関して「村山談話と河野談話を引き継ぐ」と明言、同月8日の訪中につながっている。谷地訪中後10日余りの首相訪中だ。しかし日中関係の現状は当時とは比べものにならないほど悪化している。


当時は国家主席・胡錦濤が「歴史問題、靖国神社参拝問題、台湾問題の処理」を前提条件に挙げ、尖閣は議題になっていなかった。これらの問題に対する安倍の現在の立場を見れば、歴史認識では村山・河野両談話の継承を明言して、自らの持論を「封印」している。


靖国問題についても閣僚の参拝については「わが内閣の閣僚はどんな威しにも屈しない」と強硬発言をしているが、自らの参拝については「前首相時代に参拝できなかったことは慚愧(ざんき)の念に堪えない」と述べながらも実行していない。明らかに対中カードとして温存している形だ。従って尖閣を除いては訪中の環境は整っている。
 

しかし問題はその尖閣だ。オバマとの会談で国家主席・習近平は尖閣を中国にとって台湾やチベットなどと同様に譲れない「核心的利益」と位置づける発言をしている。日本は日中間に領土問題は存在しないと突っぱねている。中国の対日戦略はまず、公船の領海侵犯などで軍事圧力を強め、尖閣問題を領土問題化する。


その上で日本に領土問題の存在を認めさせ、将来は尖閣を日中共同管理に持ち込むというところにある。谷地は5月30日に「いま日中首脳会談をセットするのは適当ではない」と述べている。


その理由として@中国の立場が日本に対してより厳しくなっているA中国首脳は内部に抱える問題での不満のはけ口を対外問題でそらそうとしているーことなどを挙げている。その上で谷地は「中国には日本の力は強いし、手強いと思わせないと対等な立場での話し合いに応じまい」と、まだ駆け引きの段階にあることを強調している。
 

このような中でなぜ谷地訪中となったかであるが、安倍にしてみれば“中国包囲外交”がサミットで総仕上げとなったという思惑があるだろう。背景には中国を取り巻く主要国と精力的に首脳会談を繰り返し、習近平をそれなりに追い込んだという認識があるのだろう。


加えて米国が、極東での戦争をその世界戦略で描いておらず、オバマが安倍に対しても習近平に対しても話し合いによる解決を強く求めていることが挙げられる。


一方、習近平もオバマに「同盟国が脅迫されているのを見過ごすわけにはいかない」とまで言われては、今の国力で日米を相手に戦うことは不利との認識に至ったとみても無理はない。いずれにしても日中両国とも“沖の小島”を舞台に戦争することほど愚かな選択はない。


筆者がかねてから主張しているように双方で半世紀かけて学者が研究するような機構を設けて先送りするのがベストだ。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年06月20日

◆石原は都議選敗北前に責任転嫁に出た

杉浦 正章



東西維新の亀裂深刻に
 

後ろ足で砂をかけたり、庇(ひさし)を借りて母屋を取ったり。政治家の醜い争いは散々目にしてきたが、これほど露骨なケースは初めてだ。維新を「慰安婦是認政党」と印象づけ、支持率の急落を招いたことは紛れもなく共同代表の橋下徹と石原慎太郎の共同責任である。


それにもかかわらず、ここにきて石原は橋下1人に責任をなすりつけ辞任を求めている。都議選惨敗必至となって責任を転嫁しようとしているのだ。


いまや維新は賞味期限切れから腐乱状態へと移行した。分裂どころか解党すべき状況にある。


石原の橋下に対する発言は憎々しさに満ちあふれている。まず「終わったね、この人。俺が3分話すと10分も答弁する」とこき下ろした。そして「『どの国の軍隊も慰安婦を活用していた。 なんで日本だけとがめられるんだ』というのは、それはそれで彼の意見だけど、 それを言ってはおしまいだね」と橋下の慰安婦是認論を批判した。


その上で「こうなった責任は橋下君にある。橋下君の去就は自身が大局を考えて決めることだ」とあからさまに辞任を要求した。


「いくら何でもそれはないのではないか」と言いたいのは、経緯を知る多くの国民だろう。石原はついこの間まで「軍と買春はつきもので歴史の原則みたいなものだ。彼はそんなに間違ったことは言っていない」と“完全擁護”に回っていたではないか。これが橋下の米軍への「買春のすすめ」もあって、維新を「慰安婦是認政党」と印象付けてきたのである。


君子でもないのに石原が豹変した理由はどこにあるのだろうか。まず第一に23日投開票の都議選の大敗退が確定的となったことが挙げられる。遅まきながら石原にも分かったのだ。


橋下発言以前は15議席は上回ると予想されていた。それが今は、せいぜい現職からの転入組が1人か2人当落線上に上がっていて、新人はすべて泡沫並みという状況だ。石原は13年余りも都知事を務めて、チヤホヤされた結果“気位”だけは人一倍高い。そのお膝元である都議選大敗北ほど石原の自尊心を傷つけるものはないのだ。


だからこの際敗北を橋下の一身に背負わせようと、早めの“責任転嫁”に打って出たのだ。都議選敗北の責任は橋下発言もさることながら、東京に常在する共同代表の石原の責任の方が誰が見ても大きい。それにもかかわらず、他人のせいにする。大言壮語の割りにはあまりに人間の卑小さを感じさせる行動だ。
 

今この時点で「橋下切り」に出た理由はもう一つある。それは参院選に向けての“悪あがき”だ。


参院選も自民党の世論調査などによると維新の一ケタ台前半説が濃厚だ。橋下が居座れば居座るほど敗北が確定的なものとなる。そう感じた石原は、橋下に都議選直後の辞任を促しているのだ。


これに対して橋下は、なぜかいつもの強弁さがみられない。「いま選挙中で敵は外。内部でエネルギーを割く場合ではない」と石原を一応たしなめながらも、「都議選が駄目でも参院選で審判を受けたいという思いがあるが、党のメンバーから駄目だと言われれば辞めなければいけない」と都議選後の辞任に言及した。


こうした石原と橋下の確執は筆者が昨年から「双頭のヘビは小枝に引っかかって死ぬ」と予言したとおりの流れになって来たことを意味する。大阪と東京の確執は、はからずも橋下の言う「敵前」で露呈したのである。


この維新の内乱というか“共食い”は大阪方の反発もあり、まだ二幕も三幕もあるだろう。幹事長・松井一郎は「橋下という政治家は維新に必要。責任は取る必要ない」と反発している。都議選を契機に分裂指向をたどる可能性もある。


根本には大阪漫才のようなポピュリズムを全国規模に拡大しようとしても無理があるということだ。全国レベルの政党になるにはもっと「知性」が必要だ。石原も維新を利用して首相になれると判断したのが決定的な誤算であった。


石原の所属したかつての自民党の極右集団・青嵐会で首相になり得たのは渡辺美智雄くらいのもので、あとは野武士集団だった。石原の邪な権力欲はその晩節を汚そうとしている。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)