2013年10月18日

◆政府は核廃棄物地層処理を早期に

杉浦 正章



“小泉曲解”に対抗して国民説得を


小泉純一郎の“暴走”が止まらない。それもフィンランドの核廃棄物最終処分場施設「オンカロ」を視察した結果を完全に見誤っている。視察に同行した財界人が原発再稼働にプラスと受け取って同調を求めたのに、小泉がこれを拒否して「原発ゼロ」を唱え始めたのはなぜか。


調べてみると、何とフィンランドは小泉の判断とは逆に「原発推進」を目指して処分施設を世界で初めて創設したのだ。


小泉はこれを“悪意”をもって曲解しているのである。日本でも処分技術は確立している。問題は場所の選定だ。首相・安倍晋三は17日の本会議で「取り組みの強化」を明言したが、国有地や離島などを含めた選定に早期に取り組むべきだ。
 

ニューズウイーク誌などによると、フィンランドが日本や世界各国と異なるのは、先に処分場をつくって、これに合わせて原発を推進しつつある点だ。トイレを先につくって、マンションの建設に取りかかるのである。


これなら「トイレなきマンション」などという反原発派のキャッチフレーズは成り立たない。極めて論理的な対応である。


原発は既に2基が稼働しており電力に占める割合は日本より高く、29.6%だ。さらに3基を新設する方向で動いている。フィンランド国内は世論調査をすれば今でも原発反対が過半数を占めるが、この世界有数の工業立国がなぜ原発を推進するかと言えば、国家戦略が背景にある。


ロシアと海一つ隔てており、歴史上何度も侵略を受けている。ロシアに石油や天然ガスを依存していれば、いつ危機的状態に陥るか知れない。加えて温室効果ガスの問題だ。北辺の地にあるため、地球温暖化で紫外線が降り注ぐ危険が一番大きいとみているのだ。


オンカロが操業を開始するのは、2020年であり、2100年代には満杯になる予定だ。フィンランドはその間の80年間の科学技術の進歩にかけているのだ。


つまり、核サイクルの確立や再生可能エネルギーを代替エネルギーとして使える技術が確立すると予想しているのだ。


この基本戦略を知ってか知らずか小泉は、「原発を経済成長に必要だからといってつくるよりも同じ金を自然エネルギーに使って循環型社会をつくる方が建設的じゃないか」とか「早く方針を出した方が企業も国民も原発ゼロに向かって準備もできる、努力もできる、研究もできる。今こそ原発をゼロにするという方針を政府・自民党が出せば一気に雰囲気は盛り上がる」と主張し始めたのだ。


これは責任ある地位に就いたものとも思えないほど無責任で荒唐無稽な主張だ。いつ実現するか分からない再生可能エネルギーなどに軸足をすべて移した瞬間から国家は破たんする。まさに亡国の主張だ。


小泉は地層処理自体を「危険」と断定しているがこれも科学的知識にかける主張だ。地層処理をする場合は、使用済みの燃料を「ウラン酸化物とウラン・プルトニウム混合酸化物」と、「高レベル核廃棄物」の二つに分離する。


そして、後者のプルトニウムを除去した核廃棄物だけをを300メートル地下に地層処分するのだ。プルトニウムは別途燃料として活用するのだ。原爆の材料を埋蔵するわけでは全くない。放射能は、時間を経ると減り、1000年で99・95%が消滅する。何億年もかかるというのは完全に放射能がなくなるまでの時間だ。


経産相・甘利明が「ピュアで短絡的な部分もある方」と小泉を侮辱したとも取れる発言をしたが、これくらい言っても小泉は分かる男ではない。


しかし、「小泉曲解」を活用する方法はある。それは発言をテコに地層処理候補地の選定を推進することだ。2007年には高知県東洋町が手を挙げたが、町長の独断が災いして住民の反対運動を招き、失敗した。


フランスの場合人口90人の村ビュールに地下試験場を建設しているが、地下では地元住民など400人が働いている。現在は試験場だが将来は地層処理場となる方向だ。日本の場合も過去何億年も動いていない地層のある国有地や離島はいくらでもあり、欠如しているのは政治の決断のみである。


安倍は19日の本会議で地層処分について、「20年以上の調査の結果技術的に実現可能と評価されている」と指摘した。


加えて、「それにもかかわらず処分制度を創設して10年以上を経た現在も処分場選定調査に着手できない現状を真摯(し)に受け止めなければならない。国として処分場選定に向けた取り組みの強化を責任もって進めてゆく」と言明、前向き姿勢を鮮明にさせた。


小泉発言には一切言及しなかったが、これは小泉の名前を出すことで、一層問題を際立たせる事の損失に配慮したものであろう。無視したのだ。


いずれにしても世界の潮流は核廃棄物は地層処理しかないという方向であり、原発再稼働を推進してゆく以上この方向を選択すべきである。


原発問題は今やマスコミの作る風評との戦いだ。歴代政権に欠けているのは学者や評論家を動員した国民への説得工作である。各地で講演会などを開いて、直接大衆に向け論理的に説明するのだ。


「脱原発」に偏重するNHKも、方向を改めさせる方策を検討する必要がある。NHKは社会部主導の報道に引っ張られることなく、特集番組で正しいエネルギー政策の在り方や、その方向性を示すべきだ。政府はこうしたキャンペーンで正しいエネルギー政策を周知徹底させてゆくことから始めた方がよい。


それにしても「小泉曲解」ほど政治家の判断ミスも珍しい。年を取ったら九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)ことを戒めなければならないが、晩節を汚して恥じることがない。あの軽蔑の対象で選挙に落ちるところだった元首相・菅直人以上に“菅的”になった。

【筆者より】来週は秋休みといたします。英気を養います。開始は28日より。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月17日

◆この野党代表質問では政治劣化が心配

杉浦 正章


海江田はずっこけ、石原は時代錯誤
 


なれないヌンチャクを振り回して立ち向かったが、自分の頭に当たったようなお粗末な質問だった。野党第1党の党首がこれでは、臨時国会の自民党ペースを保障するようなものとなった。民主党の肩を持ちたい朝日新聞までが社説でしびれを切らせて「野党は論戦力を磨け」と書く始末だ。


党首としての当事者能力に疑問符のつく海江田万里を代表に据えた民主党左派の失敗だ。


一方極右の維新共同代表・石原慎太郎は、自らの尖閣購入構想が日中関係に壊滅的打撃を加えた責任を棚上げにして、「灯台作れ」と力んだ。この時点で日中戦争に突入しかねない主張をするとは、どこまで老害を振りまくつもりかと言いたくなる。はちゃめちゃ野党では政治の劣化が案じられる。


汚染水問題で海江田は首相・安倍晋三が国際オリンピック委員会(IOC)総会で「状況はコントロールされている」と発言、東電関係者が「コントロールされていない」と述べた点を取り上げた。「言葉が極めて軽いと言わざるを得ない」と追及したが、首相・安倍晋三は「全体としてコントロールされている」と突っぱねて、平行線に終わった。


「言葉が軽い」は質問者によっては、安倍の急所を突きうる論点であったが、海江田が言うと逆効果だ。自らの軽さは証明されている。生活代表・小沢一郎が「御輿は軽くてパーがいい」と幹事長・輿石東を使って担ぎ上げた事がそれを意味する。


経産相時代に玄海原発の再稼働に踏み切ろうとしたのはいいが、首相・菅直人に阻止されて、打つ手を知らず涙を流して悔しがった。


その軽さは鴻毛の如きであった。そもそも汚染水問題は民主党政権時代に東電がずさんな貯水タンクを建造しているのをチェックできなかった事に端を発しており、尻拭いさせられているのは安倍の方だ。


海江田は安倍の成長戦略についても「民主党政権時代の内容の焼き直し」と断定したが、民主党政権が景気対策で何か実績を上げたかというと、三代続けて代表は景気対策など全く念頭になかった。焼き直しを言うなら、株価が少しでも上がったかと言うことになる。


要するに民主党はアベノミクスに対して発言権がないのだ。さらに安倍の政治姿勢について海江田は、安倍の所信表明に「意志の力」という表現があることをとらえて「独裁者を思い出した」と指摘した。ヒトラーは「意志の力」をプロパガンダの中心に据え、同名の映画まで作って宣伝しているが、そのヒトラーのようだと言うのだ。


しかし安倍の演説は「明治人たちの意志の力に学びたい」と述べ、また、パラリンピックの競泳金メダリスト成田真由美の言葉を引用し、「意志の力により課題を乗り越える重要性」を強調しただけのことである。


安倍にヒトラーを真似ようとする意図は感じられず、その右寄り姿勢をヒトラーのイメージに重ね合わそうとするのも無理がある。民主党内左派が支配する書記局が作った質問書の原案をそのまま採用したに違いない。


左派といえば海江田は「憲法96条の先行改革反対」を唱え、集団的自衛権の憲法解釈変更について「到底理解できない」と発言したが、これは党内論議を経た上での発言であろうか。


12年5月の首相・野田佳彦の訪米ではオバマとの間で「日米同盟関係の深化」がうたわれ、野田は集団的自衛権容認の姿勢を明らかにしたと言われている。党内右派は海江田が代表質問でこのような質問をすることを認めていないはずであり、これも左派執行部の独断専行であろう。


要するに海江田の質問は安倍の言葉尻をとらえることに終始していた。海江田が「国家戦略特区」を「解雇特区だ」と追及すると、安倍は「レッテル貼りは事実誤認で不適切」と切り返した。


言葉尻をあげつらうから、答弁も通り一遍となり、深めることが出来なかったのだ。表面的なやりとりに終わったのは確かに海江田に「論戦力」がない事を物語っている。


一方で石原の質問にいたっては時代錯誤も著しく、自民党青嵐会時代からまるで進歩していない。尖閣を購入に導いたことを得意げに語った上に、「万人が納得する施政権の行使」のための灯台建設を促した。GPSが主役の時代に、灯台の光りを頼りに航行する船などない。


自らが一触即発の危機を招いたことすら全く認識していないのだ。今灯台を作ったら危機どころか戦争に突入する。馬鹿も休み休みにせよと言いたい。こうして野党質問第1日目は、お粗末かつずっこけ質問に終始して、8対2で安倍の勝ちとなったのだ。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月16日

◆自信背景にデフレ脱却へ高揚感の演説

杉浦 正章



長期政権意識で衣の下に鎧を隠した


順調なアベノミクスという追い風を受けて首相・安倍晋三の所信表明演説は歴代首相の中でも際だって高揚感のあふれるものとなった。経済で意気消沈してきた国民を鼓舞し、与党を督励する。とりわけ今国会を「成長戦略実行国会」と位置づけ、経済最優先の姿勢を示した形となった。


近隣諸国との関係改善への思惑もあってか、外交・安保への右寄り姿勢は極力押さえ込んだ。明らかに長期政権を意識した姿勢だ。国政選挙の圧勝によるねじれ解消と高支持率を背景に、まさに「デフレ脱却の鬼」(官房長官・菅義偉)と化した姿がそこにある。


おやっと思ったのは「石垣島で漁船を守る海上保安官。宮古島で南西の空をにらみ、ジブチで灼熱(しゃくねつ)の下海賊対処行動に当たる自衛官。彼らは、私の誇りです。」と述べた点だ。安部の発言からは「尖閣諸島」の言葉が消えたのだ。中国と対峙する一番ホットな水域への言及がなかったのだ。


注意して聞いていると、外交・安保には言及しているが「中国」「韓国」「北朝鮮」の言葉も一切出てこない。何と「米国」すらない。来年の通常国会に先送りした集団的自衛権の行使容認問題への言及もなく、与党内ですら公明党とあつれきのある「特定機密保護法案」にも触れていない。


成長戦略国会だから外交・安保に深くは触れないのは分かるが、触れないついでか、大企業優遇として国会の焦点の一つとなる復興法人税の撤廃まで言及せずだ。


政府筋によると日中、日韓に触れなかったのはどうもまだ水面下での関係改善に向けた接触が続いており、こうした動きに影響を与えてはならないとの配慮があったようだ。復興法人税廃止への言及がないのも、年末に先送りしたものをあえて取り上げて、批判を増幅させる必要は無いとの判断があったようだ。


その反面で安倍演説はアベノミクスの順調な滑り出しと成長戦略を意識して、アジテーションともいえるほど国民への鼓舞激励を行った。


「日本が力強く成長する姿を、世界に発信していこうではありませんか」「日本人は、長引くデフレの中で、萎縮してしまった。この呪縛から日本を解き放ち、再び、起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻す」「いよいよ、日本の新しい成長の幕開け」とボルテージは上がる一方だった。


確かに、民主党政権であえぎにあえいだ経済はアベノミクスで上昇に転ずるかに見え、デフレ脱却へ向けてここで手を引くわけにはいかない安倍の立ち位置を鮮明にさせたのである。政府筋も「国民に問題の所在を明らかにするために絞りに絞った」と述べている。


摩擦要因をすべて取り上げて“敵”を作りすぎることを避けたものとみられる。安倍にしてみれば53日という短期間で重要法案の処理にかからなければならず、摩擦要因は極力減らしたいという基本戦略があるのだろう。


重要法案は4本ある。成長戦略絡みの法案が、企業の事業再編や研究開発など設備投資を促す「産業競争力強化法案」と、一部地域に限った規制緩和を進め企業の新規参入を促す「国家戦略特区関連法案」の2本だ。


外交・安保関係は、外交・安保の司令塔となる「国家安全保障会議創設法案」と機密を漏らした公務員を厳罰に処する「特定機密保護法案」の2本だ。


このうち「特区法案」は野党が「首切り法案」として追及の構えである。また「機密保護法案」は公明党が知る権利と報道の自由の挿入を主張しているが、結局公明党に「手柄」をたてさせて与党はまとまるものとみられる。


いずれも与野党対決法案となるが、より重要な問題が安倍政権が「検討する」ことになっている、「復興法人税の一年前倒し廃止」問題である。


安倍があえて言及しなかったのは自民党内ですら反対論があり、焦点となることが分かっているからだ。野党は復興所得増税はそのままにして、企業だけ優遇することを突こうとしている。


しかし安倍はこれに先立って民放テレビで「19兆円の復興予算を25兆円にしたのは私であり、これを減額することは一切ない」と言明した。減税の財源についても「安倍政権で税収が増えており、これを財源に使う」と述べた。


その背景には企業減税で給料を引き上げ、景気を好転させるという景気循環論があり、アベノミクスが成功の兆しを見せている以上、野党の追及もすれ違いに終わる公算が強い。


こうした中で 経団連会長・米倉弘昌は11日の記者会見で「大半の企業は来年3月の決算期末には、景況感が十分上がってくると思う。経団連としては、経済の好循環を実現するため、業績の改善を賃上げにつなげていくよう会員企業に伝えていきたい」と注目すべき発言をした。


安倍がテレビで「経団連史上初めてのこと」ともろ手を挙げて歓迎したが、今や経団連は連合のお株を奪ってしまったような形で、政権に協力姿勢だ。汚染水問題も安倍が「漁業者の方々が、事実と異なる風評に悩んでいる現実がある。


しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている。これが、事実だ」と述べているとおり、一部マスコミの過剰報道に野党が扇動されても、追及は長続きしまい。


こうして野党の追及も決め手がなく衆参のねじれが解消されて初めての国会は、結局は自民党ペースで事は運ぶだろう。国対委員長・佐藤勉は「丁寧に国会運営をするが、結果を早く出したいのが本音」と述べている。


ここで思い起こすのは、やはり安倍政権で、与党が多数であった2007年の通常国会だ。何と強行採決を17回も繰り返して新記録を作った。最後は衣を脱ぎ捨てて、鎧丸出しで突破を図る公算が大きい。終わりは脱兎の如くであろう。一強自民党に野党は民主党を始め対抗するすべが見当たらない。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2013年10月15日

◆国会改革は首相の出席緩和を軸にせよ

杉浦 正章



通年国会には無理がある



確かに現在の国会は政権への束縛が強すぎる。改革して首相が世界を自由に飛び回れるようにしないと、中国や韓国のプロパガンダなど国際情勢の変化に立ち後れる。激動する世界情勢は、首相・安倍晋三が率先して行っているように、首相自らのPR戦参入を求めているのだ。


この時間を野党の選挙区目当ての質問などに割いているひまなどない。現在自民、公明、民主、維新で調整中の国会改革は是非実現して、次期通常国会から適用すべきだ。ただし改革はまず首相をフリーにする点に重点を置き、他の改革は問題が多すぎるからじっくり後回しでも良い。
 

安倍の動きを見ていると、しっかり休養が取れるのは首相専用機の中くらいではないかと思えるほど、よく働いている。やはり、一度首相を経験すると、その体験が下野中に様々な政策上の発想を生み、それを今花咲かせようとしている事がよく分かる。


とりわけ重要なのは、軍事膨張路線を取る中国の海洋進出であり、安倍が世界各国を回ってその非を説いた結果、かなり世界世論の共鳴を得ている。習近平はたじろいでいるのが実情だ。安倍が国会に足を取られて動けなくなることは何が何でも回避しなければなるまい。


民主党政権時代にも首相の国会への束縛を緩和させようとする法案提出の動きがあった。その際国会に移出された資料によると主要国首相で国会への出席日数が一番多いのが日本の首相で年間127日。それに比べると英国36日、フランス12日、ドイツ11日で格段と少ない。日本だけ首相がけた外れに束縛されているのだ。


それには戦後の国会の慣習がある。まるで首相を国会に貼り付けてやり玉に挙げることが野党の手柄であり、それのみに専念した悪習の傾向である。予算委には貼り付けられる、衆参両院で同じ施政方針演説をするなど無駄は枚挙にいとまがない。


野党の議員が幹部の質問に続いて全く同様の質問を延々と繰り返す。首相に対する質問は国会中継されるから、野党議員は選挙区や支持団体向けの質問を持ち出して、自己の利便に活用する。長時間の首相への質問は、結局「日本の足」を引っ張るのだ。


まさに国会は国際情勢を意識して改革されるべき時に来ているのだ。


自民党の改革案は(1)首相の委員会出席は原則予算委員会に限定し、出席日数質疑時間に上限を設ける(2)委員会の答弁は原則として副大臣と政務官が行う(3)党首討論は45分を1時間として毎週1回を厳守するーなどである。また国会を通年国会化する方針も検討されている。


自民党はこれらの改革案をさる6月に維新が提案した構想に基づいていると説明している。たしかに形式的には維新の案に乗った形だが、永田町には政権側から「維新が出してくれたら助かる」と持ちかけたという説がある。


たしかに首相の日程にまで配慮した国会改革案を維新独自の発想で出すのは、野党としていささか人が良すぎる。鐘が鳴ったか撞木(しゅもく)が鳴ったかだが、どうも怪しい。


今や維新の支持率は1%。1%とはゼロに等しいことを意味する。何とか存在感を示すには政権に寄り添って事を成し遂げるしかない。政権補完勢力と言うより、政権補強勢力になるしか生きる道がないのかも知れない。


動機は不純だがやっていることはおおむね正しい。しかし問題点もある。閣僚の所轄委員会の答弁を副大臣や政務官に任せることだ。これはやめた方がいい。あまりにも野党を軽視している。閣僚は首相に比べれば格段に時間に余裕があり、各省の最高責任者が総じて国会答弁に望むべきだからだ。


国会のチェック機能は重要であり弱体化させてはならない。また、国会開催を通年国会化することも疑問だ。日本的な政治風土とは全く合致しない。日本的政治風土とは終わりが区切られている状態の中で、与野党がせめぎ合って白黒の決着をつける風土だ。


通年国会にすると予算案にしても、法案にしてもいつ成立するか分からなくなりかねない。だらだらと審議が進み、メリハリが利かなくなるのだ。問題が生じたときは通常国会は1回延長できるし、臨時国会も延長できる。そうすればいいのだ。


党首討論は政権側も野党側も定期的に行うことに固執してこなかったが、首相の予算委の負担が軽減される分、週1回1時間程度の討論は実行すべきであろう。習慣化すればよい。国会改革は民主党政権時代にも首相の束縛を緩和する法案提出の動きがあったが、実現にはいたらなかった。

民主党は政権が変わったからと言って、自らの政権時代にいったん提案した方針を、野に下った今も転換すべきではない。少なくとも首相の束縛緩和だけは広い視野に立って実現すべきであろう。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月11日

◆日中首脳会談は来年以降に遠のいた

杉浦 正章



当面は「政経分離」で模様見しかない


外務省が水面下で展開してきたアヒルの水かきは実現に至らず、首脳会談は日中も日韓も当分棚上げの流れとなった。アジア太平洋経済協力会議(APEC)や東アジアサミットを通じて鮮明化したのは、これ見よがしの中韓蜜月路線の継続と南沙諸島・尖閣諸島をめぐる中国と周辺諸国のあつれきの深さだ。


明らかに中国の対日強硬路線を反映して駐米中国大使が、反日プロパガンダを開始、日本の神経を逆なでする発言をしてみせた。しかし、一方で中韓との経済、文化面での交流は進展の兆しを見せている。当分極東情勢は「政経分離」のまま推移せざるをえず、首相・安倍晋三は首脳会談など焦る必要は無い。


駐米大使・崔天凱の発言は国家主席・習近平がオバマとの会談で指摘し、首相・李克強がポツダムで強調した中国の荒唐無稽な“歴史認識”と同一基調である。まさに統一された対日国家戦略と位置づけられるべきものだろう。


内容は連合国によるポツダム宣言を軸に戦後の体制は確立され、中国はこれに大きく貢献しており、この原点に戻って、敗者である日本に対して連合国が共同歩調を取ろうと米欧諸国に呼びかける戦略だ。


李克強が5月にわざわざドイツ・ポツダムまで行って、「日本は中国から盗み取った領土を返還しなければならない」と傍若無人な尖閣の領有権を主張したが、崔天凱も根拠を同じにしている。「日本は、最新の武器ではなく、アジアと欧米諸国の人々の強い意思と決意によって敗れた。日本の政治家は戦後の国際秩序を理解すべきで、これに挑戦することはできない」と言明した。


明らかに“連合国”に戻ろうと主張しているのだ。安倍を名指しこそしないが、日本の政治家が戦後の国際秩序に挑戦していると宣伝することで、尖閣諸島を巡る対立でも中国側の独自の主張が正しいとするプロパガンダが、戦略として確立されているのだ。日米関係にもこれでくさびを打てると考えているのである。


しかし「日本軍の無条件降伏」等を求めたポツダム宣言は、1945年、米国大統領・トルーマン、イギリス首相のチャーチルと中華民国国民政府主席・蒋介石の共同声明として発表されたものである。中国共産党政権が成立したのは1949年であり、得々としてポツダム宣言を言える立場にない。


「戦後の国際秩序」と言うが、戦後の秩序は自由主義と国際共産主義運動対決の結果、共産主義敗北によって出来た秩序であり、共産党1党独裁にしがみつく政権幹部の言うことではない。


さらに日本は戦後の世界平和への貢献度は世界随一と言ってよく、逆に中国は朝鮮戦争参戦、ベトナムとの紛争、中ソ国境紛争と何度も戦争を繰り返し、今度は海洋に進出して南沙諸島と尖閣諸島を奪うべく軍事攻勢を強める好戦的な国家ではないか。戦後一度も戦争をしていない国である日本に対する批判を形容すれば「盗っ人猛々しい」が一番似合う。
 

このように連合国体制への回帰を主張する、中国の戦略は根本的に間違っており、国際的な説得力に欠ける。同調する欧米諸国はない。尖閣諸島に至っては日清戦争後の台湾割譲以前に日本が閣議決定で沖縄県に編入したものであり、石油資源の埋蔵を知って68年に領有権を主張し始めた中国には国際法上の発言権などもともとない。


しかし、今後中国は日本がポツダム宣言を受諾した以上、尖閣も台湾の付属島嶼として返還されるべきだという虚偽の論法で折に触れてプロパガンダを繰り返すのは火を見るより明らかだ。


その背景は、習近平体制が確立しておらず、国内の不満を日本に向けるという稚拙な政治しかとれない習の政治能力の問題に帰結する。これは朴槿恵も同様で、まれに見る厳しい経済情勢に対処する能力に欠け、反日しか“売り”がないのである。


東南アジアの国際会議で見せた習・朴蜜月はいわば「同病相憐れむ」型のものである。こうして一連の国際外交で露呈したのは「日米とフィリピンなど南沙諸島関連国」対「中韓」の構図である。習近平は韓国がなければ孤立する構図であった。


安倍が10日の東南アジアサミットで李克強を前にして中国の海洋進出に対して「国際法を順守して、一方的な行動を慎むべきだ」と強調したのは、場所といい、タイミングといい絶好の対中宣伝作戦であった。李克強は「紛争当事国でない国は関与すべきでない」と切り返したが、会議の空気は安倍支持であった。


米国はオバマが出席しなかったものの、国務長官・ケリーがフィリピン大統領・アキノの発言を支持するなど、総じて中国の海洋進出をけん制する姿勢が目立った。


こうして内政の脆弱性から、対日関係改善に踏み切れず、見当違いの対日戦略理論に固まってしまった中国は、当分日中首脳会談に踏み切ることができないまま、尖閣での日本の譲歩を待つ構えが鮮明となった。

安倍は靖国参拝などで波風を立てる必要は無いが、中韓が自らの内部矛盾に「ゆでカエル」になって飛び出すまで待つのも、一興かも知れない。

ここは我慢比べの場面であり、先に動く必要も理由も無い。歴史的な日米「2+2」で確認した、対中戦略を堅持し、プロパガンダには事実にもとずく反論で応じてゆけば良い。中韓の米国におけるロビー活動は今後活発化しこそすれ、衰える気配はない。「倍返し」の“ロビー戦”に体制を整えて参入する必要がある。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月10日

◆このままでは小泉進次カが駄目になる

杉浦 正章



父親の「原発ゼロ」に理解を示し始めた


イスラエルに「父親が酸っぱい葡萄を食べたので子供の歯が浮く」という諺がある。日本の「親の因果が子に報い」だが、自民党期待の星・小泉進次カが、父親・純一郎の発言に理解を表明した。原発は必要と述べてきた信念を転換して、「歯の浮く」ようなおべんちゃらを「原発ゼロ」に対して述べ始めたのだ。


若いうちにに弁が立ってマスコミにチヤホヤされたものの、結局巧言令色が露呈してはしごを外され、その後鳴かず飛ばずになった政治家は5万といる。小泉の「原発ゼロへの傾斜」はまさにその危険を容易に予言できる。


進次カは父親の「酸っぱい葡萄」の重圧に抗して、復興庁の政務官として、いまこそ「脱原発神話」をはねのけるときだ。それなくして、「日本の首相候補」などとはおこがましい。


小泉純一郎の「原発ゼロ」発言に対する政界の反応を分析すると、総じて「無視」が潮流だ。わずかに支持する発言は「3馬鹿大将」とは思っていても言わないが、3人の政治家だけだ。


まず元首相・菅直人だ。小選挙区で落選し比例区でやっと当選したことは、自らの原発ゼロ発言が大きく影響しているなどとはつゆほども思わず、小泉発言を礼賛している。


8日ニューヨークで「小泉発言は脱原発に向け、政府への大きな圧力になりつつある」と、誰も知らないのを幸いに大うそをつき、「原発が供給していた電力は、再生可能な自然エネルギーで代替できる」と科学的無知をさらけだした。


ついで哀れにも栄光の夢が過ぎ去ったことに気付かない小沢一郎。「冷静に日本を考える人であれば行き着く結論」だそうだが、原発ゼロで当選ゼロの深淵を見た日本未来の党の「行き着いた結論」を早くも忘れたようだ。


こまっちゃくれのみんなの党代表・渡辺喜美は、「危機を共有する政治家」と礼賛したが、自分の党の危機的状態は棚上げでは済まない。 


一方政府自民党は官房長官・菅義偉が「言論は自由」、幹事長・石破茂も「再稼働は不動」とまるで純一郎を相手にしていない。これは正しい選択だ。相手にするほど小泉のペースにはまる戦いなのだ。


とりわけ首相・安倍晋三は、カラスが騒いでいる位の反応でいい。まともに反応してはいけない。こうした中で党青年局長から復興政務官になった進次カが7日、父親に理解を示してしまったのだ。まず「私は政務官だから安倍政権の一員」と前置きした。


後に続く発言を見ると、「一員だから再稼働」ではなく「一員だから思っている事を言えない」に比重がかかっている。その上で「日本ってやっぱり変わるときが来たかなと、誰もが思ったと思う。


何か釈然としない気持ちが国民の間で、実は今はまだ景気が回復しそうだから黙っているけども、このままなし崩しにいって本当に良いのか、という声が私は脈々とある気がする。自民党がそれを忘れたら、愛知県で4年前に(衆院選小選挙区で)起きたように、(当選者が)ゼロになりかねない。私の言わんとしているような思いはじわじわと(皆さんが)感じているのではないかなと思う 」と述べたのだ。

明らかすぎるほど父親に同調して「なし崩しの再稼働」への反対を訴えようとしている。


朝日新聞や報道ステーションなど「原発ゼロ」派ががやんやの喝采で報道したのは言うまでもない。しかし進次カはこれまで原発有用論の先頭を切っていたのだ。


「これまで歯を食いしばりながら日本国内で耐えてきた企業が、原発ゼロを機に一気に海外に流出していくだろう。日本の産業は空洞化する。そのような事態を招かないようにするのが政治の責任なのだ」と発言している。


この“変節”の心理状態を読めば、その先には大衆にこびを売るポピュリズムが存在する。父親と全く同じパターンだ。純一郎は「原子力村」から一番頼りにされた首相の1人であり、在任中の原発推進はもちろん、国会答弁でも「日本の全ての原発はいかなる津波が起こっても問題ないように設計されている」と発言している。


まさに親の酸っぱい葡萄で歯を浮かせている姿が進次カだが、やはり自らの発言のように「歯を食いしばり政治の責任を果たす」ところに戻るべきだろう。とりわけ進次カは復興政務官だ。職務として最初に為すべき仕事は16万人の避難者を一刻も早く安定した居住地と仕事に戻す事だ。


それにはマスコミに踊らされて民主党政権が設定した「年間1_・シーベルト」の除染方針の撤回だ。日本人が浴びている放射能は太陽など自然に降り注ぐものが1.5_・シーベルトであり、1_・シーベルト達成などは科学的にも極めて無意味で根拠のない設定だ。


進次カはこうした問題にけりを付ける方向で国民を説得するのが先決であり、愚かな父親に気を遣っているひまはない。


政府自民党の首脳も、このまま進次カを野放しにするのは、やがては手の付けられない段階へと進む。河野洋平に影響を受けた河野太郎並みのエキセントリックな政治家になってしまうだろう。


石破は「小泉進次郎さんがいれば、自民党青年局が光り輝き、小泉さんがいなくなっちゃうと光り輝かないというのはどうにもならない。小泉さんの後の党青年局長は、誰がやったってやりにくい」などと、いまだにチヤホヤしているが、この姿勢は本人のためにならない。厳しく教育すべきなのが幹事長の役目と心得よ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月09日

◆安倍のアキレス腱は「復興法人税」だ

杉浦 正章



民主党内も「反対」でまとまる
 

順風満帆に見える安倍政権だが、ようやくアキレス腱が見えてきた。安倍の打ち出した復興法人税1年前倒し廃止の方針が、バラバラだった民主党を結束させる流れとなってきたのだ。加えて、自民党内や公明党にも反対論や慎重論が根強い。


反対論は分かりやすい。「こともあろうに震災復興の財源を切り取るとはどういうことか。それも所得増税はそのままに、優良企業だけを優遇するとは」という1点に絞られる。上げ潮派の陥りがちな弱者しわ寄せ政策の象徴と受け取られてしまうのだ。


当然世論も反発している。ねじれ解消後初の臨時国会も首相・安倍晋三にとって一筋縄ではいかない雰囲気となってきている。
 

他に財源を探せば良いのに、なんで大震災で一番苦しんでいる層を狙い撃ちしたかのように受け取られる政策を打ち出したかといえば、根底には安倍の慢心があるとしか思えない。アベノミクスの大当たりで「上げ潮路線の正当性が証明された。財政再建派は下におろう」という意識である。


これは消費税の3党合意の経緯に当時は参画していなかった安倍の弱点でもある。政治は「経緯」の上に積み重ねられてゆくのであり、これを無視しては成り立たない。


自公民3党は復興財源でも協力関係を作り出し、被災地のために、個人、法人の別なく等しく国民が負担を分かち合おうという「絆」と「連帯」の精神に基づいて、法人、所得両税の増税を決めたのだ。それを所得税だけをそのままに大企業や優良企業だけが払っている法人税に切り込んだのは慢心がもたらす失策であろう。


安倍は安倍で復興法人税前倒し廃止を、上げ潮路線の本丸である法人税実効税率引き下げへの突破口とすることを狙ったものであり、容易に引けない事情がある。


この結果、民主党内に、“結束”の材料を与えてしまった。左派が支配する執行部に対して右派の6人衆がどう出るかが政界再編と絡んで焦点だが、前首相・野田佳彦、前原誠司、岡田克也ら6人衆は当面党の結束を維持する方向だ。


訪米中の野田を除いて5人が3日集まり、今後の対応を話し合ったが、当面政界再編などの動きは慎重に対応して、臨時国会に向けて執行部と結束して対応することになった。臨時国会でも復興法人税前倒しなどに焦点を当てていく方針となった。


6人衆の中心の野田はいまや、前倒し撤廃批判の急先鋒である。訪米中も「復興をまだやっている最中。法人だけ切り離す意味は理解できない」と真正面から安倍を批判した。ブログでも「復興特別法人税の廃止なんて、官邸の一部の考えとしか思えません。ごく少数の法人べったりの声で、政府・与党の重要な意思決定が決まるとは…。おかしな空気が漂っています」と強調している。


こうした野田の批判は党内にも影響を生じさせており、代表・海江田万里は「復興法人税の廃止は復興を全国民で成し遂げると誓った絆の精神に反する」と批判。政調会長・桜井充も「大企業だけ優遇されるのはおかしい。中小企業の大半は法人税を支払っておらず、効力は全くない」と断定した。


民主党は野田を予算委の代表質問に立てるべきであろう。海江田よりよほど効果的だ。


一方で自民党税制調査会にも批判論が依然として存在する。先月26日の税制調査会では「被災地で説明できるのか」とか「法人減税をやっても経営者は簡単に給料を上げられない」との批判が相次いだ。福島県選出の議員らは安倍に、「復興法人税廃止に反対する要望書」を提出したほどだ。


公明党の税制調査会も反対論が一色であった。さらにマスコミの世論調査では反対が圧倒している。朝日の調査では反対が56%、で賛成27%の倍。読売の調査では自民党支持層の60%、民主党支持層の68%、無党派層の70%が反対だ。

さすがの安倍も突出は無理と判断したのか、自民党内をとりあえず復興法人減税撤廃を「検討する」ことでまとめた。経済成長を賃金上昇につなげることを前提に、「復興特別法人税の1年前倒しでの廃止について検討する」とするにとどめたのだ。


12月中に結論を得る方針だが、全く取り下げる意思はない。従って、臨時国会では前倒し撤廃をめぐって激しい論戦が展開されることになろう。


民主党は「前倒し撤廃の撤回」を求める方針であり、この線で与野党の同調者を扇動することになろう。安倍が提出するアベノミクスを支える「産業競争力強化法案」の審議にも影響が出ることは避けられない。


安倍にしてみれば、数を背景に強気で押し切りたいところであろうが、自公両党に反対論を抱える構図では容易ではあるまい。厳しい綱渡りを強いられることになりそうだ。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月08日

◆安倍政権で2度の増税は無理だ

杉浦 正章



費税10%は政局に直結


今回は消費税法通り8%の増税となったが、これが安倍政権で10%に出来るかどうかとなると、至難の技と言うしかない。煎じ詰めれば再来年の再増税で、その翌年の衆参同日選挙での政権維持が可能かどうかに絞られる。


おそらく3%アップまでは、おうように認めた国民も、その痛打が忘れられないうちにさらなる2%の連続パンチを浴びせられては確実に安倍政権を見限るだろう。


首相・安倍晋三が前首相・野田佳彦のように政権交代まで決意してやるかというと、そこまでの信念はないとみる。まず「先送り」しか選択肢はあるまい。首相周辺から早くも「1政権が2度も増税するのはきつすぎる」という“牽制球”が投げられ始めた。


こんなガバナビリティ(被統治能力)のある国民は世界広といえども日本国民だけだろう。驚いたのは来年4月に消費税引き上げを「評価する」が朝日の世論調査で51%、読売で53%と過半数に達した。まだ実感がない事もあろうが、1000兆円達する借金財政改善と社会保障制度の維持に向けての切なる願いが率直に反映されたものであろう。


しかし同じ調査で再来年10月の10%への引き上げは、拒絶反応である。反対が朝日で63%、毎日が65%、産経が61%といった具合だ。要するに今回は大目に見るが次回は許さないという反応が如実に表れている。


さらに来年4月に実施された後に調査すれば、8%を実感した国民の多くは反発、内閣支持率を50%割りにするであろうことは確実だろう。


そこで安倍がどう判断するかだが、「経済は生き物だから、10%に上げるかどうかは、その後の推移を見ながら判断しなければいけない。世界経済のはらんでいる様々なリスクが顕在化するかどうか、というのも重要なポイントだ」と述べている。


さすがに状況の見極めはしっかりしている。とても現段階で判断出来るような状況ではないということだ。その意味でも公明党代表・山口那津男の10%を前提にした軽減税率導入早期決定論などは、政局を全く読めない判断間違えだ。


長期の政治日程をみれば14年4月に8%への引き上げ、15年4月統一地方選挙、秋に自民党総裁選挙、10月に10%への引き上げ、16年夏衆参同日選挙という段取りが描かれている。もちろん10%もダブル選も現段階での予想である。


それでは10%が可能かどうかを見ると、ここで再び消費税法付則18条の「景気条項」が問題となる。


何と書かれているかと言えばその1項で2011年度から2020年度までの平均において名目の経済成長率で3パーセント程度かつ実質の経済成長率で2パーセント程度を目指した総合的な施策の実施。2項で消費税率の引上げは、経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずるとなっている。


いささか玉虫色だが素直に読めば、消費増税を判断する時点で、景気が目標の成長水準に達していない場合は、増税凍結も含めた見直しを行うことができるというものであろう。


ところがその判断の前提になる14年度の景気動向は生やさしくない。


日本総研の見通しでは4〜6月期は大幅マイナス成長に。その後は、米国景気の堅調な推移や、金融緩和などを通じた円安が引き続き輸出環境の改善に寄与し、回復軌道に復帰。ただし、年度前半の落ち込みをカバーできず、2014年度の実質成長率はほぼゼロ成長となると見ているのだ。


三菱UFJもGDP成長率は前年比+0.2%と小幅プラスを予測している。これは安倍の増税したくないという思いにプラスに作用するものとみられる。今回もアベノミクス腰折れへの影響を考えて最後まで抵抗した安倍である。次回も抵抗する絶好の材料となり得るのだ。
 

そこで政治展望を鳥瞰図で見れば、引き上げが予定される再来年10月は、想定されるダブル選まで一年を切る段階である。選挙戦はとっくに開始されており、10%への増税が自公両党を直撃する。


ちょうど大平正芳が一般消費税を掲げて選挙に突入したのと同じで、有権者が離反して自民にとって選挙にならない事態が想定される。ダブル選挙は自民党に有利に作用してきたが、増税後の選挙は衆参同時敗退が必至のものとなるだろう。敗北傾向が増幅するケースとなり得る。


自民党は衆院で294議席の確保など夢のまた夢であり、240議席台まで落ちるだろう。もっと落ちるかも知れない。参院の過半数割れはさらに拡大して、自公でも過半数を維持できず、再びねじれ現象が生ずる可能性が高い。つまり安倍政権にとって“悪夢”の現出である。


この状態をひたすら望んでいるのが野党であり、小沢一郎が象徴的発言をしている。「消費増税を国民が肌身に感じたとき政治は動く」と述べるとともに、周辺に「10%にすれば確実にダブル選挙の争点は消費税だ」と漏らし、「最後の勝負」の時期到来をひたすら願っている。


こうした情勢を知りながら安倍がやすやすと10%に踏み切るとは思えない。8%でアベノミクスとのバランスを考えたほど消費税に消極的な安倍が、政権を賭けた10%に簡単に踏み切れるわけがないのだ。


首相官邸では早くも「何とか先延ばしするしかない」との声が漏れ聞こえるようになった。たしかにせっかく達成した安定政権を手放すか、先延ばしかとなれば為政者は99%先延ばしを選択するだろう。
 

消費税は法律で定められている限り実施しなければならないが、政権が無理と判断すれば、法改正で実施時期をずらすことも考えられる。ダブル選以降にずらすのだ。ダブル選自体を断念し、消費税を実行して16年12月の任期満了選挙という手もないわけではないが、三木武夫と同じで任期満了は追い込まれて敗れる。


こうした情勢から再来年の通常国会段階から、消費増税法改正問題が浮上する可能性がある。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月07日

◆山口の自己主張は度が過ぎる

杉浦 正章



いまや狼少年の「連立離脱」


「スピッツが手に負えんなぁ」と自民党幹部が嘆いている。公明党代表・山口那津男の一連の「安倍政治」批判に対してである。最近では憲法改正や集団的自衛権問題に関連して、たびたび連立解消をほのめかすにまでに至っている。その主張も政権内にある政党党首とは思えないほどの食い違いである。


むしろ自社対決時代の何でも反対の社会党のようですらある。15日からの臨時国会では、国家安全保障会議(日本版NSC)創設法案とこれに密接に関連する特定秘密保護法案が焦点となるが、秘密保護法案にも極めて慎重である。


首相・安倍晋三はこのまま「政権内野党」を野放しにしておくことも出来なくなる可能性が出てきた。安倍はノイジー・マイノリティ(声高なる少数派)よりサイレント・マジョリティ(物言わぬ多数派)を選択すべきである。


自公連立政権は、民主党政権時代を除いて1999年から続いているが、今回の連立の最大の欠陥は、自公の力関係と時代背景ががらりと変わったにもかかわらず無条件で継続させたことにある。最大の勢力関係の変化は自民党が衆院で294議席と31議席の公明党の10倍を確保して、衆院での連立が不要になったことだ。


参院自民党は113議席で121の過半数に足りないが、公明党が離れても維新と連立し、その9議席で124議席となり過半数を維持できることだ。時代背景は極東情勢の激変である。この3年間で自民党幹事長・石破茂がいみじくも「米ソ冷戦後の世界はこれであったか」と極東の緊張状態を指摘した通りだ。


中国の海洋進出が尖閣をめぐる厳しい緊張関係をもたらし、北朝鮮は核とミサイルのどう喝を繰り返す。まさに「極東冷戦」の状況の現出だ。


この変化を全く意識しないで、自公両党は過去の“習癖”を踏襲するとばかりに連立を組んだ。連立に先立ち少なくとも極東情勢の変化とその変化への安全保障上の対応が急迫していることくらいは、安倍と山口の間で重要ポイントとして確認すべきであった。


この結果山口は、絶対平和主義の創価学会の言うがままに天から平和が降ってくるとばかりに、およそ時代にそぐわない発言を繰り返すに至ったのだ。その象徴的な例が、集団的自衛権での憲法解釈変更が、「近隣諸国の理解を得る必要がある」などという、驚くべき認識欠如の発言につながる。


すべては近隣諸国による著しい軍事圧力によって触発されての集団的自衛権なのである。国民が衆参両院の選挙で自民党を圧勝させた最大の理由も、民主党がぼろぼろにした安全保障体制の再構築にある。


山口はそこが全く分かっておらず、思考停止状態であるかのように、一時代前の野党の主張を繰り返す。まさに創価学会婦人部のレベルを国政に持ち込んでいるのである。


その何でも反対路線が臨時国会にも反映されかねない状況もある。公明党はNSC設置法案と秘密保護法案の分離審議を主張しだしたのだ。是非の最終判断決定も臨時国会にずれ込ませる方針だ。これは明らかに秘密保護法案をつぶすか、骨抜きにしたい意図がありありと見える。


政権与党であるなら、まず与党間の調整をすべきなのに、それをろくろくせずにわなを仕掛ける。共産党でもしないような陰謀だ。さすがにそれに気付いた安倍と幹事長・石破茂は「両法案一括審議」を決めたが、危ういところであった。


さらに山口は、安倍が8%への引き上げを決めたばかりなのに、今度は「10%引き上げの際の暫定税率導入を現段階で決めよ」と唱え始めた。食料品や新聞などへの課税を軽減する暫定税率の主張の背景には創価学会と新聞首脳の強い働きかけがあるようだ。


安倍は再来年10月の10%への移行が可能となるかどうかを見極めざるを得ない状況にある。来年4月は何とか切り抜けても10%引き上げの連続パンチに、日本経済が耐えられるかどうかは全くの未知数だ。そのような政権全体の浮沈にかかわる問題を支持団体や一部マスコミの思惑などに左右されて主張するのは、まさに国会を村議会並みに考えているとしか思えない。


山口の主張を分析すれば、確かに冒頭紹介したようにスピッツ的である。少なくとも連立政権の一方の政党を代表するのなら、野党のようにマスコミに向けてまず発言して、マスコミの“同意”を求めるポピュリズムに走るべきではない。


自らを「ブレーキ役」と位置づけているが、新幹線のブレーキにバイクのブレーキを取り付けても壊れるだけだ。自らの政党の勢力を顧みてみるべきだ。衆院で自民党の10分の1、参院で5分の1の勢力でしかないではないか。この力関係では自民党の主張を10通した上で、自分は1の主張を慎ましく通すことが正しい。


それが国民の国政選挙における選択でもあるのだ。集団的自衛権にせよ改憲にせよ安倍の政策の1丁目1番地は分かっていたはずだ。これに反対するのなら、最初から連立への参加を拒否すべきだった。


公明党は過去の連立政権ではこれほどの“与党内野党”の姿勢は示さなかった。自らの主張をして最後には妥協へと動いて、政権を長期に維持してきた。これに比べて山口はことあるごとに連立離脱をほのめかしながらのけん制である。集団的自衛権の解釈変更を来春以降に先送りさせたことも、みずからの影響力の強さを誇りたいかのような口ぶりだ。


しかし、政権政党であることの“蜜の味”が、学会絡みの陳情や政策実現にどれほど効果を生じさせているかは、公明党自身が分かっていることである。これがなければ創価学会の勢力は見る影もなく縮小していたという見方が強い。


だから一見、反対のように見せかけて最後は政権につく“意図”が見え見えなのだ。まさに陋劣(ろうれつ)なる性格の側面を保有しているとしか言いようがない。自民党は臨時国会が集団的自衛権と改憲をめぐる公明党との駆け引きの前哨戦と心得るべきである。


秘密保護法案は衆院は難なく通過できるが、参院でもし公明が抵抗すれば、維新と組んででも成立を図るべきだ。数に応じた対応を自信を持って進めればよい。山口の強硬姿勢の背景には「学会票が自民党に回らなくなってもいいのか」というどう喝があるが、集団的自衛権や改憲は、それを覚悟で断行する価値がある。


公明党と創価学会というノイジー・マイノリティにひきづり回されて、サイレント・マジョリティの存在を見失うと災難は自民党に降りかかる。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月04日

◆日米同盟、片務から双務へ大転換

杉浦 正章



対中包囲網強化で日米の戦略一致


日本で初めて開かれた日米外務・防衛担当相会議 (2+2)は、米側が「歴史的会議」と位置づけていたとおり、日米安保体制の大転換をもたらすものとなった。首相・安倍晋三の「積極的平和主義」表明が米側からエコーとなって響き、集団的自衛権行使に向けた憲法解釈容認などへの動きを一層強める流れとなった。


日米安保体制は米国の軍事力に軸足を置いた「片務性」から、自衛隊の役割分担拡大の「双務性」へと大きくかじを切った。紛れもない対中共同防衛体制の確立の流れであり、中国は尖閣諸島への軍事圧力強化が、やぶで蛇をつつく結果をもたらしたことになる。
 

世界史の推移を見れば超大国のはざまにある国は、よく「番犬」として使われる。今回の米側の日米同盟積極活用の動きを大喜びするのは人が良すぎる。超大国の冷徹な外交・安保戦略を常に念頭に置く必要があるのだ。1902年の日英同盟が似通っている。


当時イギリスの海軍力は世界第一を誇っていたものの,ドイツ・フランス・ロシアの海軍増強がその優位性を揺るがせていた。ロシアを仮想敵国としていた英国は日本の果たす役割を無視することができなくなり,日本に防壁としての役割を期待して攻守同盟の締結へと進んだのだ。


日本はイギリスのために「極東の番犬」の役割を果たしながら,朝鮮半島支配という独自の利害を実現させようとした。


翻って米国の現状を見れば、中東における長年の戦争継続で国力は落ち、軍事費の大幅削減はオバマ政権が極東重視の方針を表明しながらも実体的には中東の泥沼に軍事予算をそそぎ込まざるを得ない状況を形成している。


台頭著しい中国に対して、米国は現在は圧倒的軍事力を誇るが、中長期的に見れば中国の太平洋への進出に一国で対決するのは苦しくなると判断せざるを得ないのだ。渡りに船となったのが尖閣諸島をめぐる中国の対日軍事圧力と北朝鮮の核とミサイルによるどう喝である。


強く反発した日本の世論は日米安保回帰の動きを見せ、有権者は右寄りの安倍政権を選択した。米国がその政策を見極めれば集団的自衛権問題にせよ敵基地攻撃能力にせよ、自国の極東戦略とマッチするものに他ならない。日本を「番犬」として使おうと判断したのは当然の成り行きだ。


米軍事戦略は日本を軸にオーストラリア、韓国を含めた軍事同盟のトライアングルを形成して中国を「封じ込める」ものであり、安倍の「積極的平和主義」は貴重なる“軍事資源”に他ならない。


しかし「番犬論」には盾の両面がある。日本にしてみれば米海兵隊は願ってもない「番犬」なのである。既に半世紀前からその見方は呼称を含めて確立している。66年に佐藤内閣の外相であった椎名悦三郎は国会で「米軍は日本の番犬であります」と答弁した。


予算委で問題になり再答弁を求められた椎名は「失礼しました。それでは、番犬様です」と答えたことで有名だ。どっちも信頼できる「番犬様」と思っていればいいことでもある。


2+2の共同文書では、中国について「国際的な行動規範を順守し、急速に拡大する軍事上の近代化に関する開放性及び透明性を向上させるよう引き続き促す」と強調。さらに、「海洋における力による安定を損ねる行動」に対処する用意の必要性を確認、尖閣防衛の方針で一致している。


集団的自衛権の行使容認に向けた安倍政権の取り組みなどについては、米側が「歓迎し、日本と緊密に連携していく」と明記した。


この2+2をうけて、今後安倍政権は秋の臨時国会で国家安全保障会議設置法案とこれに連動する特定秘密保護法案の成立を図る。来年の通常国会で予算が成立するのを待って春にも集団的自衛権での解釈改憲に踏み切る。その上で来年末に締結することになった日米防衛協力のためのガイドラインの交渉に入る。


したがってガイドラインの中核となるのは集団的自衛権問題であり、安倍はこれに立ちはだかる公明党との調整を進めなければならない。


同党代表・山口那津男は先の訪米での米側の感触について帰国後「集団的自衛権をやれとは必ずしも言っていない」と報告していたが、事実誤認であった。むしろ2+2の結果は山口の恣意的な発言であったことを明確にしている。


公明党は結局政権にしがみつきたいのであって、政権を降りて日本維新の会にその席を譲る度胸はあるまい。妥協は目に見えている。


一方文書はオスプレイの沖縄における駐留・訓練時間を削減。米海兵隊部隊の沖縄からグアムへの移転を20年代前半に開始するなど沖縄の負担軽減への道も開いた。明らかに普天間移転を意識した沖縄懐柔策である。


知事・仲井間弘多は議会の答弁で辺野古への移転問題について「これは微妙と答えざるを得ない」と答弁した。民主党時代は怒りもあらわに「県外」一点張りだったが、自民党政権になって「微妙」にまで和らいだのは注目すべき変化だ。辺野古埋め立てに向けての年末の判断が注目されるところだ。


尖閣問題について国務長官・ケリーは「当事者に対して一方的な行動を取らないように強く求める。それより対話や外交で解決するべきだ」と日中双方に警告した。これはガードを堅めながらも偶発戦争に巻き込まれることを回避したい米国の立場を物語るものである。


軍事同盟強化の合意と二律背反で一見矛盾しているように見えるがそうではない。結局米ソ冷戦で米国がソ連に勝ったように、総力を挙げて同盟関係を密接にして、相手を追い込むというのがアングロサクソンの巧妙なる習性だ。そのうちに中国も内部矛盾が拡大して共産党1党独裁も崩壊すると見据えているのだろう。


それにつけても朝日の報道はどうしてこうひねくれているのだろうか。一面からだけ光を当てて「日米、同床異夢」と報じている。「同床同夢」の現実から必死で目を背けようとしている。これでは読者まで誤判断に導く。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月03日

◆小泉“原発ゼロ院政”は無理筋だ

杉浦 正章



「寂しい老人」は見守ってあげよう



中国のことわざに「騏(きりん=駿馬)も老いては駑(ど)馬に劣る」があるが、仮にも元首相に対してそんな侮辱的なことを言ってはいけない。日本のことわざでは「年寄りの達者は春の雪ですぐに消える」というが、そんな失礼なことも言ってはいけない。


むしろ「年寄りの強情と昼過ぎの雨はたやすくやまぬ」と言ってあげなければならない。「自民党をぶっ壊す」の小泉純一郎が狂ったように今度は「原発ゼロ」を唱え始めたが、71歳の年寄りに一から物の道理を説くのも、気が引ける。


言っていることは元首相・鳩山由紀夫の普天間基地発言「最低でも県外」とそっくりの“空想的理想主義”だが、鳩山は「ルーピーだからしょうがない」で済む。


しかし小泉は、名うてのアジテーターだから馬鹿なマスコミや、みんなの党あたりの政治家が利用しようと同調する。それではどうしたらいいかというと、「年寄りと釘頭は引っ込むがよし」などと言わずに、きっと寂しくなったのだから、静かに見守ってあげるしかない。そのうちに恥ずかしくなって自ずと引っ込む。


小泉は2011年5月頃から「原発の依存度引き下げ」を主張。今年の夏頃から「原発ゼロ」を唱え始めたが、マスコミにはほとんど無視されてきた。この無視に耐えられなくなって思いついたのがフィンランドの世界唯一の放射性廃棄物処分場「オンカロ」の視察だ。


日本では明治以来欧米の現状視察を背景に物を言うと、重みを持って迎えられることが分かっているからだ。案の定毎日のコラムが飛び付いて報道。これに勢いがついて膝小僧を抱えている政治家をアジったり、講演したりの毎日となった。


アジられたみんなの党代表の渡辺喜美は、催眠術にかかったのか大感激で「いますぐ決断しなければ間に合わないという小泉元首相の危機認識は我々も非常によく共有している。みんなの党は原発ゼロをずっと目指してきた。危機認識を共有する偉大な政治家が現れ、大変大きな勇気をいただいた」ともろ手を挙げて礼賛している。


小泉の第1の狙いは「寂しくなった」ので反原発発言で、マスコミや政界反対派にチヤホヤされて、晩年を多忙に暮らそうという魂胆だろう。反原発ならば「ニーズ」があるとにらんだのだ。しかし小泉は最初から政治判断を間違っている。


オンカロ視察に同行した財界人から原発推進の旗頭になるように求められて「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線でまとめる自信はない。今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。ますますその自信が深まったよ」と述べた。


これは甘すぎる判断だ。とてもバッジのない小泉如きが「院政」に乗り出せる状況にない。「原発戦争」でもあった昨年末の総選挙をもう忘れたかと言いたい。


小泉と同じように「原発ゼロ」で大衆を引き寄せられると判断した小沢一郎が、滋賀県知事・嘉田由紀子をだまして、「日本未来の党」を結成。嘉田は気色の悪い甘ったるい声で聴衆の気を引こうとしたが、選挙民はそれほど馬鹿ではない。


散々の結果であった上に、「原発再稼働」を唱えた自民党が294議席を取って圧勝、同党内で原発ゼロを公言するのはエキセントリックを絵に描いたような河野洋平1人にとどまったではないか。


再び小泉が「原発ゼロだ。この指とまれ」で政界再編を目指しても、与野党を横断した勢力の糾合などは夢のまた夢に過ぎない。出来るものならやってご覧と言いたい。資金など集まるわけがない。小沢の二の舞がいいところだ。


小泉は世界の潮流が見えなくなったのだ。今のところ北欧の小国が世界でただ一国だけ実験的に地下埋蔵を開始しているが、この流れは確実に世界各国に拡大して、より安全な埋蔵方法も合わせて研究され、実現していく流れだ。


見学したのなら同行した財界人が一致したように「この方向しかない。原発は大丈夫だ」と確信しなければならない。核廃棄物は地球に戻せばよいのだ。しかし「寂しい」が原動力になった“邪心”が逆に「原発ゼロ」のアジテーションに向かわせているのだ。


小泉は「原発を経済成長に必要だからといってつくるよりも同じ金を自然エネルギーに使って循環型社会をつくる方が建設的じゃないか」と述べているが、もう少し科学的知識と経済学の初歩を身につけた方がいい。それが不可能だから世界の潮流は「入原発」なのだ。


フィンランドなど視察するひまがあったら、中国やインドの原発建造ブームを視察した方がいい。より安全で災害やテロにも耐える日本製原発が今ほど必要とされているときはないことが分かる。小泉の「政府・自民党が原発ゼロを打ち出せば一気に雰囲気は盛り上がる。


そうすると、官民共同で世界に例のない、原発に依存しない、自然を資源にした循環型社会をつくる夢に向かって、この国は結束できる」発言に至っては、ルーピーの「尖閣中国領」発言レベルであり、舞い上がってしまったとしか言いようがない。夢を食ってこの国の経済は生きて行けないのだ。


政府・自民党は官房長官・菅義偉が「言論は自由」と皮肉ったように、発言をまともに取り上げる必要は無い。幹事長・石破茂も「再稼働は不動」と述べている。「原発ゼロ」で有終の美を飾ろうとするのは勝手だが、後輩が苦心惨憺して、原発回帰で日本の経済力を回復しようとしている事まで邪魔すべきではない。


元首相たるものは小じゅうと根性は捨てよと言いたい。

     <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2013年10月02日

◆消費増税の「賭け」は安倍が勝つだろう

杉浦 正章



支持率低下は避けられない


賽は投げられた。ついに渋渋ながら首相・安倍晋三が消費増税に踏み切った。海外にも大きな反響を呼び、英ファイナンシャルタイムズ紙が「賭け」と分析すれば、AFP通信も「政治的ギャンブル」と報じた。国内でも海外でもアベノミクスが腰折れか、乗り越えられるかの瀬戸際であると見えるからだ。

しかしこの賭けは安倍が7対3で勝つだろう。なぜなら追い風が吹いているからだ。15日からの臨時国会では野党は追及し切れまい。企業も法人税減税を人参としてぶら下げられたら協力せざるを得ない。


しかし、ただでさえ不人気の増税だ。高止まりを続けてきた内閣支持率はまず50%を割り、今後下落傾向に転ずるだろう。
 

安倍の打ち出した経済対策は来年度の消費税の収入5兆円と全く同額である。それも復興法人税の前倒し廃止や、公共事業が含まれ、将来的には法人税実効税率の引き下げも視野に入る。


確かに一見すれば、個人の負担に依存する消費税を引き上げておいて、220兆円も内部留保として貯め込んでいる大企業を優遇する構図に見える。もちろん安倍の目的はアベノミクスでデフレからの脱却を何が何でも成し遂げたいからに他ならない。


最終的には企業減税を給与に回して消費能力を高め、物価を上昇させ、企業の収益をふやすという好循環を達成したいのだ。ところが「庶民の増税、大企業の減税」の構図は国民を感情的にさせ、野党がこれに乗ずる隙を作る。

安倍は消費増税の予定通りの引き上げに難色を示し続けた結果、責任を一身に背負う構図での決断となった。先送りから実施への“翻意”に当たって安倍は周辺に「野田の仕掛けたわなにはまった」と前首相・野田佳彦に対して見当違いの“逆恨み発言”をしているという。


よほど先延ばしできなかったことが悔しかったに違いない。安倍は「増税が賃金に反映しなければ安倍政権は終わる」と漏らすほど思いつめた上での決断だった。


たしかに過去2回消費増税を断行した政権は、あえない最期を遂げている。竹下内閣はNHKの調査で支持率が7%まで下がり、つぶれた。橋本政権も各社の支持率が急落して20%台になり、結局は退陣を余儀なくされた。


安倍は就任以来高支持率を維持し、9月は東京オリンピック招致成功もあって61.3%と60%台を回復している。しかし支持率の順風満帆はこれまでだろう。増税に加えて大企業優遇措置は説明しなければ理解されないから、言い訳めいて政権にとって確実に不利に働く。支持率はまず当初は50%を割るだろう。


それに加えて不人気または国論を2分する政策がひしめいている。臨時国会での秘密保全法案や、年末の法人減税決断などがマイナスに作用する。集団的自衛権問題や憲法改正も国論を2分して、支持率にはマイナスに作用する。しかし高支持率の“貯金”があるから、低支持率には至らぬまま恐らく30〜40%前後の中支持率を維持できる可能性が大きい。


従って中期的には支持率が竹下、橋本政権の例のように政権を直撃する可能性は少ない。


一方野党の動きはどうかと言えば、消費税とこれにつながる経済対策を追及する方向だが、野党第1党の民主党の腰が定まらない。代表・海江田万里は「消費税を上げる場合は、社会保障制度の充実が1丁目1番地だと何度も繰り返してきた。安倍晋三首相が進めている消費増税は、かなり話が違う」として追及の構えだ。


確かに野党が追及するのに大企業優遇批判は通りやすい。しかし一般大衆の感情論をそのまま政治の舞台に上げて追及しても、ポピュリズムとしては成り立つが、経済論議としてはすぐに論破されやすい。焦点の復興特別法人税の前倒し廃止にしても、安倍が25兆円の復興対策予算を崩さないと言っているのだから、批判しにくい。


ましてや安倍は民主党政権時代に17兆円だった復興予算を25兆円に増額しているのだから、民主党も後ろめたいだろう。最大のポイントは民主党が消費増税そのものには賛成しているのであって、どうしても重箱の隅をつつく質問になる。

維新も最終的には消費増税賛成に固まる流れだ。あとはみんなの党や共産党など弱小政党ばかりであり、雑魚が跳ねてもたいしたことにはならない。


安倍の経済対策を成功させる鍵は企業が握っている。法人減税を給与に回すかどうかが焦点だからだ。経済財政担当相・甘利明は「企業に強制はできないが、背中を押すことはできる」と述べた。


甘利は政府、労働界、経済界でつくる「政労使会議」で経営側の理解を求める構えだ。また経済産業省は個別企業の賃金引き上げ状況を監視し、賃金アップにつなげていく方針だ。自民党も賃上げキャンペーンを全国で展開する。


企業がどう出るかだが経団連会長・米倉弘昌が「首相の英断」と発言する以上協力せざるを得まい。賃上げは来年の春闘で結果が出ることだが、企業の業績は相当好転しており、給与引き上げの余力が生じてきている企業も多い。


経団連など経済団体は、この際、悪名高き内部留保を、給与や設備投資に反映するよう働きかけるべき時であろう。過去にあったリーマンショックや山一証券の倒産などが、安倍の経済運営を直撃する可能性がないとは言えないが、総じて消費税の「賭け」は安倍の勝ちで終わるものとみられる。

   <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2013年10月01日

◆再稼働後は原発新設・リプレーに転換

杉浦 正章



世界の潮流は圧倒的に原発依存だ
 

エキセントリックな原発再稼働阻止の越権行為を繰り返してきた新潟県知事・泉田裕彦がなぜか一変して常識的な「真人間」に戻ったように見える。東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働申請を認め、事態は来年春の再稼働に向けて大きく動き出した。


既に現在停止中の50基中14基が原子力規制委員会に再稼働の申請をしており、冬には再稼働が開始される。


しかし大きな方向としては世界一厳しい安全規制によって、50基の原発は20〜30基に減少せざるを得ない見通しが強まっている。ところが世界の潮流は圧倒的に原発依存の流れであり、日本は他国の原発を製造しているだけでは激しい経済競争に立ち後れる上に、アベノミクスも先細りにならざるを得ない。


現在のところは再稼働達成が最重要課題だが、中期的には筆者がかねてから主張しているように安倍政権は時期を見て原発新設または廃炉原発の新型へのリプレースを断行する方針を打ち出すしかない。


世界の原発市場はアジアを中心に今後20年間で100基を越える新設が予定されている。1基5000億円かかるから、100基で50兆円の大市場だ。既に首相・安倍晋三は成長戦力の柱と位置づけ、昨年前半はトップセールスを展開し、大きな成果を上げてきた。


しかしロシア、韓国、中国などがこの市場を虎視眈々と狙って既に動き出している。問題はその製品の質である。原発業界では「チャイナ・韓国リスク」がささやかれている。それはそうだろう。「墜落穴埋め新幹線事故」の例に見られるように、中国はまだまだ大型精密工業の段階にない。


韓国も売り出しに躍起だが、原発だけは低価格で競争すべきものではない。製品も質も最低の状況にあり、最近では偽造部品による建設が発覚して、国内23基中9基が停止を余儀なくされる事態に至っている。国内原発すら不良品では原発輸出などおこがましいのである。


チャイナ・韓国リスクの原発で東南アジアが席巻されたら、事故が起きれば偏西風で日本は影響をもろにかぶる。


そもそも輸出と言っても原子炉の中核中の中核である圧力容器は、事実上日本しか作る能力がなく、世界の原発市場の8割を制している。日本製鋼所が一手に引きうけているのであり、各国とも日本製圧力容器を使って輸出しようとしているのである。


翻って日本のエネルギー事情を見れば、国民は原発停止による電気料金値上げで青息吐息だ。化石燃料購入のために流出する国富は3.8兆円に達しており、国民1人あたり3万円に相当する。稼働しなければさらなる料金引き上げになり、製品コストは上昇する一方だ。


コストが上昇すれば、安倍がいくら法人税を引き下げて、給与を引き上げようとしても、コストに吸収されてしまい給与には反映しない構図だ。アベノミクスを成功させるためには、国富流出を防ぎ同時にコストを下げる原発を早期に再稼働させるしかないのだ。


このままでは消費税8兆円の半分の国富がアラブの石油成金諸国に吸い取られてしまうだけなのだ。


再稼働で浮かび上がる構図は輸出促進との関連が極めて重要なテーマとなって来ることである。輸出は世界一厳しい規制基準で、世界最高の技術が売りになるのであろう。しかし世界に安全で最高品質の原発を売り続け、日本の原子力発電が旧態依然のままということは中長期的視野に立てば成り立つことではない。


20〜30基が稼働しても、耐用年数40年の規制でやがては死を待つばかりの原発となってしまうのだ。アジア諸国が日本製原発で隆盛し、日本の原発だけが衰退の一途をたどる構図は洒落にもならない。


日本のエネルギー政策の根幹が成り立たないばかりか、アベノミクスの根底が崩れてしまうのだ。これは、政治がリーダーシップを発揮して原発アレルギーの度が“病的”にまで極まって思考停止にある世論を説得、誘導して方針の転換を図るしかない。


太陽光や風力発電など自然エネルギーが理想にしても、コストや稼働率から言って原発の比ではない。ベストミックスは一つの流れだが全エネルギーに占める自然エネルギーは現在1.4%に過ぎず、これが原発に取って代わる展望は現段階でも予見しうる将来でも存在しない。


こうして原発再稼働の先を見据えれば好むと好まざるとにかかわらず、安倍政権は、新設・リプレースの選択しかないのだ。だいいち規制基準に合格した古い原発が稼働を許されるなら、あえて反対派の好きな言葉を使えば「新安全神話」を達成しうる新型原発はなおさら稼働が許されなくてはおかしい。


安倍もかつては新設を語っている。昨年大晦日のどさくさで大きくは報道されなかったが、安倍は12月30日、TBS番組で今後の原発政策をめぐり「新たにつくっていく原発は、事故を起こした東京電力福島第1原発とは全然違う。


国民的理解を得ながら新規につくっていくということになる」と述べ、新規の原発建設を容認する姿勢を示しているのだ。今は発言を控えているが、本音はそこにあるのだろう。技術力はどんどん進歩する。


しかし将来に展望がない産業と若者が見限れば、世界に冠たる原子力製造技術の継承も人材の継続も続かなくなる。汚染水の問題を早急に処理して、再稼働から新設・リプレースへの流れを明示してゆくべきである。

    <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。