2013年01月07日

◆安倍型・小心翼戦略で危機突破出来るか

杉浦 正章
 

“自重”よりも“打って出る”時だ
 


ちょっと基本戦略が違うのではないかと思えて仕方がないのが、政権に就いた後の首相・安倍晋三だ。選挙期間中の勢いはどこえ消えたのか、ほとんどの公約を“先送り”してしまった。選挙で有権者が示した保守回帰の潮流はまるで無視して、安倍カラーを封印しつつある。


理由は参院選対策の安全運転だというが、これでは有権者はキツネにつままれたようになる。それどころか、民主党政権と同じ「やるやる詐欺」にあったような気分になる。これでは自民党は“固い基礎票”まで失って、参院選に勝てるわけがない。
 

確かに出だしは好調だ。スタートから弾みがついているとも言える。円安・株高がそれを象徴している。閣僚の発言をみてもまさに手だれの安定感がある。


安倍の新年早々の発言も「何より大切なのはスピード感と実行力だ」「喫緊の課題はデフレと円高からの脱却による経済再生だ」「まずは『強い経済の確立。国民一丸となって『強い日本』を取り戻していこうではないか」と言葉が踊る。


市場は本能的に「安倍ならやってくれるかもしれない」と反応しているのだ。老舗の自民党らしさが、久しぶりに市場と呼応した期待感を醸し出している。
 

昔から「景気は気から」と言われてきた。民間に「やる気」が生ずる事が、まず何よりも大切なのである。民主党政権で何をやっても駄目であった実態を見せつけられてきているから、市場はわらをもつかむ思いで「安倍買い」に走っているのだ。「アベノミクス」とはやしているのだ。


しかしこの「アベノミクス」はいつ「アベノバブル」とはじけてしまうか分からない危険な賭けを伴ったものである。野党が「口先介入」と批判するが、まだ実体が伴っていないことは言うまでもない。
 

安倍は「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」の3本の矢で、デフレ脱却を図るとしている。その手始めが日銀を押さえ込んだ2%のインフレターゲットの設定であり、2月に成立させる景気対策の12兆円といわれる巨額の補正予算だ。


一見もろ手を挙げて歓迎しているかに見える市場は民主党が封印してきた“公共事業の復活”に踊らされているのだ。というか、裏では株や為替で差益を引きだしていつでも逃げられるように、酔ったふりして踊っているというのが正しいかも知れない。超大型補正予算と言っても、景気を押し上げる効果は限定的で、財政を一層悪化させる可能性がつきまとう。


しかも効果が数字になって現れるのはとても参院選挙には間に合うまい。早くて1年後だ。加えて本予算は5月成立が最短であり、場合によっては会期末までもつれ込むかも知れない。参院選に間に合うわけがない。
 

したがって景気だけに頼った安倍の「安全運転」なる基本戦略の危険性はここにあるのだ。景気がつかの間のバブルとしてはじけたらどうするのかということだ。参院選挙は目も当てられない結果となるだろう。


ここで先の総選挙を振り返れば、景気回復はもちろん重要な柱であったが、基本的には中国の尖閣暴動に反発した保守化の流れが自民党圧勝に大きく作用した。自民党内やマスコミは自民党の得票が伸びていないことを“反省”材料として指摘し、参院選での揺り戻し警戒論が台頭しているが、何も圧勝して反省する必要はない。


2大政党の票が伸びないままの圧勝は、民主党圧勝の時と何ら変化はないのだ。米大統領選では、勝てば公約は確実に実行が求められるし、大統領はちゅうちょすることなく実行に移す。
 

ところが安倍は、かねてから指摘しているように“小心翼翼”丸出しの安全運転だけに徹しようとしているかに見える。それどころか、まさかやるとは思えないが、与野党首脳が政治生命をかけた消費増税すら封印しかねない姿勢を垣間見せている。


4〜6月の景気指数によって秋に政府が行う増税の最終判断で、14年4月実施の先延ばしがあり得ることをほのめかし続けているのだ。


原発も安全なものから再稼働すると宣言して選挙に臨み、原発立地地域はおろか全国的にもほぼ完勝したにもかかわらず、慎重姿勢に転じた。原発新設に「国民的な理解を得ながら新規につくっていくことになるだろう」と述べていた方針を覆し、「直ちに判断できる問題ではない。安全技術の進歩の動向も見据えながら、ある程度時間をかけて、腰を据えて検討したい」と述べた。


ここは産業空洞化を食い止め、景気回復を促進させるためにも早期再稼働は不可欠なのだ。夢にも電気料金の高騰をインフレターゲット実現に“活用”しようなどと考えるべきではない。それこそ本末転倒となる。
 

安倍が公約に明記させた集団的自衛権行使の確立についても、官房長官・菅義偉は「行使できる環境を整備したい」と述べ、有識者会議で検討する方針を明らかにした。


自民党では集団的自衛権の行使を可能にする「国家安全保障基本法」の制定まで決定しているにもかかわらず、今更「有識者」なる有象無象を集めて何を議論するのかと言いたい。憲法改正が伴う「国防軍」については「こ」の字も言わなくなった。


何も有権者がそっぽを向いた日本維新の会の石原慎太郎のごとき極右路線を取れと言っているのではない。同盟国に対する集団的自衛権などは世界の常識だ。こうして何でもかんでも先延ばしで、まさに触らぬ神に祟(たた)りなしに徹しようとしているのが政治姿勢の実態だ。はっきり言ってこれでは参院選に勝てない。八方美人では勝てないのだ。


なぜなら保守回帰を求めた有権者は自民党圧勝の“核”を構成していたのであり、ネットでは早くも落胆ムードが横溢(おういつ)し始めている。安倍は自らの参院選大敗を回想して、羮(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹いているときではない。ここは“びびって”あちこちに物欲しげな秋波を送っているときでもないのだ。


獲得した294議席を背景に、景気対策以外の公約でも“自重”よりも“打って出る”戦略に転換すべきだ。それこそが道を切り開くのだ。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月21日

◆内閣は安倍・麻生コンビ、党は石破主導

杉浦 正章
 


安倍につきまとう病気の不安
 

安倍新政権の骨格が固まってきた。太筆書きすれば自民党幹事長には総選挙の大功労者である石破茂を留任させ、副総理・財務相には親密な関係にある元首相・麻生太郎を起用して2本柱とする。内閣官房は“お友達”の側近でだけで固めるという構図だ。


総じて自ら名付けた“危機突破内閣”は、挙党態勢を目指して安定感があるといえる。人事の背景を分析すれば、「麻生副総理」は“石破強大化”へのけん制の側面を持ち、潰瘍性大腸炎再発による弱点を補う思惑があろう。
 

26日の組閣に先立って、永田町に様々な人事情報が飛び交っているが、確度の高いものを挙げれば、まず官房は圧倒的に側近で固めて防御ラインを敷いている。官房長官には安倍擁立の立役者の幹事長代行・菅義偉を起用。


同副長官には衆院から総裁特別補佐・加藤勝信、参院から政審会長・世耕弘成を内定。加藤は先の消費増税に関する3党合意をとりまとめた政策通の側近。世耕は第1次安倍内閣でも首相補佐官を勤めており、官房は手堅い布陣だ。
 


一方閣僚人事の目玉はいささか「昔の名前で出ています」気味だが、親しい麻生を副総理兼財務相に起用し、民主党政権で強大になりすぎた財務省に“重し”を乗せた。加えてやはり総裁経験者の谷垣禎一を重要閣僚に起用、親しい石原伸晃を入閣させ、挙党一致色と重厚さを濃厚に打ち出す。



側近の甘利明は景気回復の司令塔となる経済財政諮問会議と、新設の日本経済再生本部を担う「経済再生担当相」に起用する。


加えてやはり側近の下村博文を環境相に、公明党から入閣する前代表・太田昭宏を国交相とすることを検討している。防衛相には国対委員長・浜田靖一が取りざたされている。加えて政調会長・茂木敏充、参院から元副外相・山本一太、山谷えり子が入閣しそうだ。



新政権の内閣側は総じて“お友達色”が濃厚に出ているが、これは安倍の政治姿勢にも通ずる側面がある。つまり“身内”起用で防御の土塁を出来るだけ厚くしようということだ。安倍にはいささか“小心”さが感じられるゆえんであろう。



これには永田町でささやかれている問題が絡んでいる。それは第1次安倍内閣を退陣に発展させた潰瘍性大腸炎の再発である。


安倍は9月の総裁選では「2年前に画期的な新薬ができて、そのおかげですっかり完治いたしました。」と述べていたが、総選挙期間中はトイレに駆け込む場面も目撃されている。最近では説明も「医学的には完治していないが、新しい薬で十分コントロールできている。主治医から太鼓判を押されている」と変化して、再発を認めている。
 


安倍の言う画期的な新薬は「アサコール」のことのようだ。この薬は大腸の炎症を抑え、腹痛、血便などを改善するが、副作用もある。主な副作用として、腹痛、下痢、腹部膨満、吐き気、頭痛、潰瘍性大腸炎の悪化、大腸ポリープなどが報告されているという。下痢がさらに悪化する可能性があるのだ。


選挙戦の激務には耐えられても、首相の激務に耐えられるかどうかだ。選挙戦は“攻め”だが、首相の座はこれに神経をすり減らす“守り”が加わる。
 


こうした事情から安倍は「体調管理を優先し、休養できるところはちゃんと休養するという原則を持ちたい」と、発言しているが、これは言いたくはないが言った発言だろう。そこで最大の目玉である「麻生副総理」人事が「なるほど」と首肯できることになるのだ。「休養」の「補完」的な色彩を帯びるのだ。



加えて麻生人事には冒頭挙げた石破けん制がある。というのも今度の選挙は石破の功績が極めて大きい。石破は谷垣に政調会長をクビになった後、地方の落選候補支援に専念した。総裁選の際、地方党員票でトップに立ったのは、紛れもなくその努力の表れであった。


永田町ではいささか大げさだが自民党294議席中200議席が石破チルドレンとの説もある。石破の発言力は政権最大であろう。



麻生はかねてから石破とはそりが合わず、内閣の重鎮に据えれば党は石破主導型でも、内閣は安倍・麻生主導型で対応できるという算段がある。


しかし麻生は「お坊ちゃま型失言癖」があり、最近の街頭演説でも安倍のいる前で「安倍さんの健康がどうとか言っている人がいるが、言っていた人の方が倒れた。健康というのは、人がとやかく言うものではない。自分が一番分かっているのだ」と安倍がひたすら触れないできた病気に触れてしまった。


政権時代に露呈した漢字の読み違い、高級バー通いなどマスコミが喜びそうな性癖を持っており、記者会見や国会答弁が危惧(きぐ)されるところだ。


こうして様々な問題を抱えながらも安倍政権はスタートを切るが、久しぶりの本格政権であることは確かだ。かじ取りはうまくやってもらいたいものである。


★小生明日から冬休みに入ります。執筆再開は1月7日からとします。

          <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月20日

◆経済は自転車操業、安全運転の外交・安保

杉浦 正章
 


政権の実態は事実上自民党に移行
 

内閣発足前から政権の実権は自民党に移行した。矢継ぎ早に打ち出す総裁・安倍晋三ら執行部の方針は、明らかに景気回復最重視に貫かれており、「アベノミクス」として市場に好感されている。


株価は1万円を突破、為替相場もNY市場で84円台半ばと一時1年8カ月ぶり安値をつけた。10兆円の大型補正、2%の物価上昇目標、10年間200兆の公共事業投資とくれば市場は反応せざるを得ないが、問題は長続きするかだ。


安倍は金利急騰などの危険を避けるためには次々と対策を打ち出さざるを得ず、“自転車操業”的なリスクを伴う。 
 

副総理での入閣が取りざたされている元首相・麻生太郎は最近安倍に「参院選が終わるまでは景気・経済一本でいくべきだ。外交・安保・防衛には一切触れるな」と忠告した。安倍はこの麻生提言を忠実に守りそうな構えだ。選挙圧勝後の安倍は一気に景気対策に向けての動きを加速し始めた。


まず日銀総裁・白川方明と会談。一方で幹事長・石破茂が官房長官・藤村修に話しを通した後、19日には財務省、内閣府、国土庁の次官と会談。指示を連発するなどめまぐるしい動きを見せている。


公明党とも連立の政策協定を結び、10兆円の補正予算が固まった。正式な政権移行後は、小泉政権で重視された経済諮問会議を復活させマクロの経済対策を進める。自民党の公約である「日本経済再生本部」が中小企業支援策や雇用対策などに取り組むのと合わせて、車の両輪体制の「合同会議」で景気対策を推進する。


担当相には政調会長・甘利明を起用する方向だ。総じて安倍執行部の取り組みは、常に危なっかしさが伴った民主党政権に比べて、“手練れの安定感”があることは確かだ。
 

白川との会談の中身は出ていないが、明らかに安倍がさらなる金融緩和で押さえ込んだ形となった。白川はかねてから安倍の路線のリスクを指摘しており抵抗するかに見えたが、選挙圧勝を背景にした安倍の金融緩和路線を認めざるを得ない方向となった。


野田内閣とデフレ脱却への「共同声明」で当面「1%」に物価上昇を目指すとした方針は撤回され、安倍の「物価目標2%を」受け入れる方向となった。新政権や国会を無視できないという政治的妥協に動いたのだ。


これまで日銀はデフレ脱却の実績を全く上げていないだけに、押さえ込まれても無理はないところだろう。既に政界の関心は4月で任期が切れる白川の後任人事に移っており、元財務次官・武藤敏郎、前財務次官・勝栄二郎、元日銀副総裁・岩田一政、元経済財政相・竹中平蔵らの名前が取りざたされている。
 


こうしたアベノミクスを市場ははやしにはやし、筆者が先に予言したように株価は「安倍相場」で1万円台に届き、円安にも誘導されている。しかしこの1万円台乗せは“危うさ”を土台としている。買いの中心は外国人投資家であり、アベノミクスが本当に機能してゆくのかという懐疑論が常につきまとうからだ。


結果を出さない限り外人の投資はすぐに離れてしまうだろう。問題は日銀の金融緩和をメインに据えても限界があることだ。賃金の上昇が伴わない物価の上昇となれば消費はさらに冷え込む。設備投資が連動しなければ大量にカネを放出しても効果は出ない。


石破が19日今年度の新規国債発行額について民主党政権が上限に定めてきた「44兆円」を「超えないと断言できない」と述べたように、財政危機が拡大する副作用が常に伴う。


しかしそれだからと言って、手をこまねいていられないのが実情なのだ。来年夏の参院選までに結果を求められているのだ。ここはリスクがあっても“賭け”に出ざるを得ないのだ。
 

外交・安保でも安倍は圧勝後自らの主張を封じている。確かに尖閣諸島に船だまりを造り、公務員を常駐させるなどの方針をいま実行に移せば、日中軍事衝突もあり得る。石原慎太郎と歩調を合わせることなど百害あって一利なしだ。参院選にもマイナスに作用するし、米国は日中衝突を望んでいない。



1月下旬にも予定される、大統領・オバマとの会談では、同盟関係の強化をうたうことになろうが、日中間をきわどい方向に持って行く流れにはならないだろう。インド、東南アジア、オーストラリアを含めたゆるやかな対中封じ込めを進めることが大切である。オバマとはこの方向での合意を目指すべきだ。


集団的自衛権の確立は基本的に内政問題であり、実行して当然だ。そこで焦点となるのが環太平洋経済連携協定(TPP)だ。これは一種の対中包囲網の側面があり、安保関係にも強い影響をもたらす。


安倍は「聖域なき関税撤廃に反対」と述べてきたが、問題はその「聖域」をどうするかに絞られてくるだろう。地域の経済大国の日本が交渉参加しなければTPPは事実上成り立たず、オバマは強く交渉参加を求めるに違いない。交渉に参加して「聖域」を作る方向が流れだが、参院選前の方針明示が可能かどうかは微妙であろう。


こうして外交・安保では安全運転を余儀なくされるのが流れだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年12月19日

◆敗軍の真紀子に「兵」は語れぬ

杉浦 正章
 


史記に「敗軍の将兵を語らず」とある。戦に負けたものは兵法について意見をの述べる資格はないのだ。ところがこの内閣の落選閣僚は抜けしゃあしゃあと兵を語る。その先頭に立ったのが文科相・田中真紀子だ。


批判の矛先を野田の解散決断に向けた。日本には古来惻隠の情という言葉がある。負け戦の敵の大将を人間として思いやるような心である。その雰囲気が政界にも国民の間にも横溢しているのを、真紀子は読めない。負けたのは「あんたのせいよ」と言わんばかりの発言を繰り返した。


父田中角栄と真逆の性格を臆面もなくさらす。真紀子落選の16日は、角栄の命日であった。もうこれくらいにして生き恥をさらしてくれるなという父親の声が草葉の陰から聞こえるようである。
 


13閣僚のうち8人を落とした野田内閣は人間としても三流ばかりを集めたことになる。田中に加えて財務相・城島光力、郵政相・下地幹郎、厚労相・三井辨雄らの閣議後の陳腐な恨み節を聞くと、民主党というのは本当に人材の居ない政権であったと言うことが改めて知らされる。


とりわけ田中がひどい。野田の解散を「自爆テロ解散」と形容し、「自民党から『辞めなさい』『いつ解散するのか』と、単純な二言をずっと言われて、極めて独りよがりに決断した」とこきおろした。


しかし文科相として常識外れの大学認可取り消しを得意げに発表して、世論のごうごうたる反発を買ったのは誰か。「自爆テロ」の火薬をせっせと詰めていたのは張本人ではないか。


「今まで民主党が発信してきたことを継続するのだったら、党代表を変えるとか、8月の任期いっぱいまでやって成果を出す方法はあったと思う」と首相を代えて解散を先延ばししたなら勝てたと強調した。


しかし勝てる要素は絶対無い。なぜならほぼ確定的に民主党政権は末期症状を呈し、国民に唾棄されているからだ。支持率を上げる材料などはゼロだ。内閣が続けば野党は通常国会で首相と文相への不信任案を提出したであろう。可決も必至であっただろう。


任期満了選挙などしていたら、それこそ社民党と議席を争うような政党になっていたのだ。野田の判断で辛うじて野党第1党にとどまることが可能となったのだ。
 

田中の選挙は負けるべくして負けた。真紀子が自らの宣伝カーのウグイス嬢に「下手だからおりなさい」と、車を降ろしたという話しが選挙区にあっという間に伝わった。これで勝負があったと思ったが、田中真紀子は案の定落選した。


田中角栄健在なりしころ、娘を田中邸にお手伝いに出す地元の親は「あそこには鬼が居るけど、角さんは優しい人だから我慢するんだよ」と因果を含めて送り出したものだが、早い娘は半日で飛び出して帰ってきたという。


それでも真紀子が当選できたのは、田中角栄の「情の政治」の残光があったからだ。今度ばかりは、さすがに我慢強い新潟の有権者も「ノー」を突きつけた。「図に乗るな」ということだろう。
 

どうして人間に優しい父親からこんな娘が出来てしまったのだろうか。真紀子発言はすべて敗者を水に落ちた犬を叩くように叩く。野田批判などはまだいい方で、安倍晋三などはかつて子供が出来ないのを理由に「種なしスイカではないですか。種なしスイカに何が出来る」と攻撃されている。


「かんぞうだか、しんぞうだか」と発言し、「51歳のコピー人間で頭が悪い」とまでこき下ろされている。「人間には、敵か、家族か、使用人の3種類しかいない」という人間不信で成り立っている思考形態は父親とは全く異質のものであり、その人生観には哀れみさえ覚える。


田中は首相時代秘書官に対してもわざわざ毎晩労いの言葉をかけたり、守衛にまで気を遣った。ライバル三木派の渋谷直蔵の妻が死去したのは夏だった。田中はすぐさま生花を贈った。本葬まで一週間あると知ると、「花が枯れている頃だ差し替えよ」と指示したものだ。
 


真紀子は今後の身の振り方について「この地域に責任がある」と述べ、政界引退は否定した。「政治は天命だと思っています。大好きな仕事ですから」と再出馬に含みを持たせた。不屈の精神だけは父親譲りのようだが、残念ながら田中の威光はもうない。


角栄の有名な言葉に「跳ねた鯉が地面に落ちたら干物になるだけだ」がある。もういいかげんにあきらめた方がいい。政治は君を必要としていないのだ。

          <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年12月18日

◆維新と未来に“亀裂”の兆し

杉浦 正章 



維新は参院選までの人気維持不可能
 

早くも第3極の内部矛盾が露呈し始めた。日本維新の会では代表・石原慎太郎と副代表・橋下徹の間で、首班指名の投票先をめぐる確執が表面化。本来なら党分裂に発展する重大事だが、何とか石原に投票することになった。


橋下と石原の「双頭のおろち」が枝に引っかかって動けなくなる兆しであり、今後同党は橋下と石原が我執の摩擦を起こし続けるのは必死だ。


加えて石原がほぼ100%の確立で舌禍事件を起こす。日本未来の党も代表・嘉田由紀子が党役員人事で小沢押さえ込みにかかっているが、甘い。コップの中の嵐ならぬ、ぐい飲みとおちょこの中の嵐が吹き荒れている。
 

ぐい飲みの嵐は維新。橋下が 「日本維新として安倍晋三自民党総裁に投票する」と発言したのには驚いた。自分の党の代表ではなく、他党党首に投票しようというのだから国政への理解度が分かるが、背後に石原との相当な確執があることを物語っている。


怒った石原はマスコミに向かって「政党のプライドというか独自性から言って論外だ。平沼さんが好ましい」と思ってもいない平沼赳夫の名前を挙げた。本来なら内々で調整するべき場面だがマスコミに向かって発言するところがポピュリズム政党たるゆえんだ。


結局石原の思惑通り自分への投票で決着がついたが、これをあえて維新の“崩壊の芽”と呼んでおこう。今後ことあるごとにこの種の摩擦が起きるのだ。
 

国会議員団も一枚岩ではない。東国原英夫が17日のテレビで石原について「顔なんか見たこともないし、今後も見ない」とこき下ろしたのだ。石原と東国原は知る人ぞ知る犬猿の仲。2007年の都知事選で石原が3選を果たした後、東国原がブログで「東京の傲慢が復活した」などと批判。


石原は「田舎モンが東京のことをとやかく言うな!」と記者会見で怒りをあらわにした。両者の“けんか”は依然として続いていることを物語っている。
 

こうしたあつれきの背景には選挙をめぐる確執がある。橋下は石原の口車に乗って、太陽との合流をしたが、これが大失策であったことが選挙結果に如実に表れた。当初は200議席、選挙直前でも100議席と言われてきた維新だが、筆者が夏頃から「せいぜい50議席」予言しているとおり54議席にとどまったからだ。


これははっきり言って橋下が石原の人気を過信した結果だ。「関西は橋下」は一応成功したが、「関東は石原」が惨敗となって現れ決定的に失敗したのだ。しかし苦労して「関西」が獲得した54議席は石原の“支配下”に置かれる図式では、何のことはない、橋下は石原に利用されただけとなる。


それも目標であった自公の過半数阻止は実現せず、「維新旋風」にはほど遠い結果となったのだ。路線も復古調の石原ペースに傾斜してしまった。石原と組んだ自業自得がなせる業である。
 

それでも石原は「これからは第2極となる」と胸を張ったが、庇(ひさし)を借りて母屋を取るのがやっとで、第2極が実現するだろうか。まずしないと思う。


なぜならるる述べてきたあつれきの構図に加えて、石原本人に根ざす欠陥が今後より一層表面化するからだ。それは老人特有のすぐ切ぶちれる短慮と、時代錯誤の極右国粋主義だ。こんご石原は憲法破棄、徴兵制実現、原爆所有発言などをことあるごとに繰り返し、こらえ性なく記者会見でぶち切れるだろう。


当然政治記者は甘くはない。ぶったたく。これが繰り返されて、維新の支持率はどんどん下がる。橋下が夏の参院選挙への出馬を狙っても、その頃は維新は息も絶え絶えではないか。
 

橋下はその参院選出馬に関して、自治体の長との兼職を禁止している地方自治法の改正を唱えているが、これにもあきれた。1自治体の長の“都合”のために法改正が実現するとでも思っているのだろうか。


すべては自分を中心に回す全体主義的な発想が止まらない。自民党幹事長・石破茂は「知事や市長が権力を持ったまま国会議員へ出馬となれば、当選するに決まっている。大阪で人気があるからと調子に乗り過ぎと違うか。そうて思うのは私だけだろうか」とこき下ろした。宜(むべ)なるかなである。
 


一方、おちょこの嵐は未来。読売の編集手帳が見事に嘉田の姿を描ききっている。「日本未来の党が嫌われた理由も分かる。嘉田由紀子代表は名前といい、おっとり典雅な語り口といい、甘ったるい夢物語で聴衆の耳をくすぐる手法といい、“女・鳩山”とでも呼びたいくらい由紀夫元首相にそっくりである。勝てる道理がない」。


その通りだ。まるで「鳩山山姥」(やまんば)の甘言のようで気色が悪いのだ。その嘉田が26日の国会までに未来の役員人事を「自分が責任を持って決める」と述べているが、基本は小沢一郎の押さえ込みにある。


しかしこちらも一知事が、衰えたりとはいえ政界の実力者への押さえ込みが利くと思っている方がおかしいのだ。61人が9人に減ったとはいえ事実上の小沢支配が続かざるを得ないのだ。16日の小沢との会談も思わしくなかったようだ。


滋賀県議会が党首と知事の兼務を問題視して嘉田への辞職勧告決議案の検討に入ったが、もっともだ。むしろこの際、不信任案を可決した方がいいのではないか。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月17日

◆自民党は勝って兜の緒を締めよ

杉浦 正章
 


「脱原発」政党は軒並み敗北、再稼働へ
 

選挙結果は自民党がやる気になれば総裁・安倍晋三の右傾化路線で突っ走れることを意味する。同党が294議席と300議席に迫り、自公で325議席と320議席の3分の2を突破し、その補完勢力として日本維新の会の54議席が登場したことが意味することは、そういうことだ。


しかし安倍も留任の幹事長・石破茂も当面はドラスティックな動きは控え、“慣らし運転”に徹する構えだ。内政では日銀法改正も含めた大胆な景気対策に全力を傾注して、超大型補正予算をまず1月の通常国会冒頭で成立させる。原発も亡国の「原発ゼロ」政党が軒並み敗北したことを受けて、安全なものから再稼働を進める。


外交ではまず民主党政権が毀損した日米安保体制の再構築に取り組む。安倍の1月訪米も視野に入れる。ただし自民294議席は、百家争鳴で党運営を極めて難しいものにし、公明党との連立も改憲や集団的自衛権確立を進めれば危うくなる危険を内包している。
 

総選挙結果を俯瞰(ふかん)すれば、小選挙区制特有の極端なぶれを示している。前回308議席を獲得した民主党が、その5分の1以下、選挙前の4分の1以下に激減、自民党が3倍増になったことが端的に物語る。


これは極端な政策の変更を招き、日本の政治を常に不安定な状況に置くことを意味する。中選挙区への回帰が不可欠であり、安倍は早期に第九次選挙制度審議会を発足させ、制度問題に取り組むべきだろう。


自公圧勝は参院のねじれを衆院の再可決でカバーできる体制を意味するが、これは憲政の常道からいってよほどの重要法案でもない限り禁じ手である。常には使うべきではない伝家の宝刀として温存すべきであろう。
 

ただし、日本維新の会が第3勢力として登場したことは自民党に新たな選択肢を与えることとなった。安倍が維新と連立を組むことは当面ありえないが、政策が一致すれば自公と維新で379議席に達しており、事実上の“大政翼賛政治”になり得る側面がある。


維新はその信条、保守路線から見て自民党の補完勢力としての役割を果たすことになりそうだが、代表・石原慎太郎の目指したキャスティングボートを握る構図にまでには至っていない。しかし、集団的自衛権の行使への立法措置など維新を活用すれば可能となる。


公明が反対しても自民と維新でも3分の2議席を上回ることが可能であり、やる気になれば安倍はその右傾化の信条の遂行が可能となった。また民主は、半年後の参院選をにらんで野党色を強めるものとみられるが、税と社会保障の一体化などでの自公民路線が選挙後にも継続される可能性があり、何でも反対路線は取りにくい。
 

もっとも安倍は16日夜選挙結果について「有権者は自民党を100%信用してくれたわけではない。3年間の民主党政権の混乱に終止符を打ったのだ」と慎重な分析をしており、姿勢は圧勝で上づっていない。憲法改正についても「国民的議論が必要であり一歩一歩進む」と述べている。


石破も同様の考えを述べており、自民党は重心を低くして政権運営を進める可能性が強い。とりわけ先に安倍を病気にした参院のねじれは解消されておらず、自公では16人が足りない。


みんなの党など小政党を引き込めば過半数を維持できるが、ここはやはり民主党との部分連合を模索することが適切だ。参院民主党が分裂して自民と合流すれば別だ。


常に足かせとなってきた赤字国債発行法案は3党合意で本予算と一体処理を確認しているのも、安倍にとってはプラスの作用をもたらす。


総選挙の焦点であった原発の是非については、原発立地の39選挙区で自民党が数区を除いて圧倒的な勝利を収めており、石破が述べていたように安全を確認した原子炉から再稼働が行われるだろう。
 

自民圧勝に導いたのは民主党の体たらくへの批判に加えて尖閣、竹島、北方領土など領土問題における新事態が大きく作用した。


とりわけ尖閣問題での中国政府の“官製暴動”が、有権者の強い反発を招き、安倍、石破の右寄り路線と響き合ったことが決定的要因となった。しかし安倍が外交・安保で極右の石原と同様の路線をとることは、日中軍事衝突につながる危険を帯びており、慎重な対応が望まれる。


つまり安倍は石原と同様に尖閣に船だまりを作り公務員を常駐させると公言しているが、そのような措置を取れば軍事衝突に直結しうるからだ。


彼我の軍事力は海軍も空軍も日本が優勢であり、これに米軍が支援すれば紛争の段階なら圧倒的に勝つことが出来るが、勝っても日中関係が大きく壊れては無意味で国益と逆行することは言うまでもない。だいいち米国が中国を挑発するような行動には反対するだろう。
 

米国は議会も政府も尖閣への安保条約適用を表明している。先の領空侵犯に対しても中国をけん制する動きに出た。しかし、これは極東で戦争が発生することを望んでいないからこその対応であり、狙いは紛争を起こさないための対中けん制にあることを見誤ってはならない。


安倍は選挙後の最重要外交課題に日米関係の立て直しから取り組む方針を明らかにしている。


民主党政権が毀損した安保関係のすきに乗じて近隣諸国が領土で揺さぶりをかけてきていることは確かであり、日米関係再構築はすべてに優先されるべき課題だろう。安倍は1月にも訪米して大統領・オバマとの関係修復に臨むことになりそうだ。
 

安倍は尖閣問題であえて火中のクリを拾う必要は無いが、米軍への攻撃を阻止する集団的自衛権の行使を可能にすることは別問題だ。これは憲法解釈の問題であり、安倍も16日夜「憲法改正でなく解釈の変更でいく」と述べている。あくまで国内政治の問題であり、中国や北朝鮮が文句を言う筋合いでもあるまい。


自民党は国家安全保障基本法案を作り、集団的自衛権の行使を可能とする方針を公約に明記した。維新もこれに事実上まる乗りの公約を発表した。法案にするか安倍が解釈を変えると表明するかは、むしろ解釈変更の方が格段にやりやすい。


しかし来年の参院選挙までは勝って兜(かぶと)の緒を締める期間と心得て、急激な対処は控えるべきであろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月14日

◆さらば民主政権、10年は復権不要だ

杉浦 正章

 

まさに鉄槌が下されるというのはこのことを言うのだろう。総選挙で民主党は壊滅的な打撃を受け政権の座を離れる。


3年3か月にわたる政権は戦後史上まれに見る政治混乱を作り出し、内政・外交にわたる国家的損失は測りがたいものがある。そこには経験不足では済まされない、国民を欺く“欺瞞の政治”があった。


慚愧(ざんき)に堪えないのは自然災害とはいえ1200年に1度の大震災が民主党政権時代に発生したことである。対応は後手後手に回り、復興は遅々として進んでいない。もう選挙民は10年は民主党政権の顔も見たくないのだ。
 

この体たらくでよく政権が3年3か月も持ったと思われるが、その最大の原因は有権者の誤判断による空前の308議席にある。途方もない議席数はその政権党が何でも出来ることを物語り、容易に交代できないという現実をもたらしたのだ。


まず初代首相が暗愚そのものであっても政権交代などとてもおぼつかない。続く首相が原発事故で致命傷の誤判断をしようが、外交上の大失態をしようが政権は継続する。まともな首相がやっと出来たと思えば、解散という政局最大のポイントでうそをつくし、対中外交で誤判断。


みな「衆愚の浮動票」がもたらした結果である。自民党政権の場合300議席前後は数回あるが、これほどの慢心と失政はなかった。
 

この308議席は首相・鳩山由紀夫と幹事長・小沢一郎をまさに有頂天にさせた。鳩山はまるで何をやっても良い免罪符を獲得したかのごとくに「改革」と称する「愚策」を内政、外交に渡って繰り広げた。


まず外交では、就任早々の国連総会で2020年までにCO2を25%まで削減するなどという虚構をまき散らし、各国代表をあぜんとさせた。日米安保条約を無視するかのごとく日米中正三角形論を説き、米国を離反させた。


それでも懲りずにインド洋での給油支援活動停止、米国抜きの東アジア共同体構想のうち上げとまるで遅れてきた非武装中立の社会党政権のような外交を展開したのだ。暗愚の極致が普天間移転問題で大統領・オバマに言った「トラストミー」である。


要するにそこらの知ったかぶりの床屋談義を、こともあろうに外交の場に持ち込んでしまったのだ。政治主導などというキャッチフレーズに自ら踊り、戦後毎週続いていた外務次官からの国際情勢聴取もやめてしまった。まさに情報ゼロで弱肉強食の外交舞台に躍り出て、国家を翻弄してしまったのだ。9か月でも長すぎる政権であった。
 


引き継いだ首相・菅直人も“第2次欺瞞外交”を展開。尖閣沖漁船衝突事件で、早々と船長を釈放しておきながら、それをこともあろうに地検の判断であるかのように言い逃れようとした。通常国会で菅はまさに窮地に追い詰められる寸前であったが、3.11に救われたのだ。



野田外交も、想像を絶するミスを犯した。中国国家主席・胡錦濤が会談で尖閣国有化に懸念を示したにもかかわらず、翌日に閣議決定をしてしまった。明らかに外交のエキスパートの声を聞いていない判断であった。


中国が大衆を煽って官製デモを暴発させ、日中双方に取り返しのつかない損失をもたらした。総じて言えば民主党政権は中国の海洋進出という地政学的な膨張路線に全く対応できていなかったのだ。
 

内政ではポピュリズムの極みの路線であった。その原点は出来もしない公約を並べたマニフェストにある。その公約があたかも節約と改革で実現できるという幻想をばらまいた。16.8兆円もの財源が「政権に就けば何とでもなる」という小沢の虚言に最後まで引っ張られたのだ。


国会をファッション写真の背景程度にしか心得ていない蓮舫が、事業仕分で工業立国の命運がかかるスパーコンピュータ事業を「なんで2位ではいけないの」と宣ったのがすべてを物語る。まるで「パンがなければケーキを食べたら」と言ったマリーアントワネットのごとき幼さであった。


3兆円捻出するはずの事業仕分けでは半分も引き出せず、それも後の予算編成では復活するという体たらくだ。コンクリートから人へのキャッチフレーズも空理空論に終わった。八ッ場ダム建設中止を前原誠司が国交相就任早々に断言したが、結局継続となった。
 


民主党政権はことあるごとにリーマンショックを経済停滞の原因に挙げるが、過去3年間で先進諸国も中国も韓国もショックを克服しているのに、日本だけが低迷しているのはなぜか。


自民党総裁・安倍晋三が日銀による国債買い上げなど景気対策に言及しただけで株価が「安倍相場」となるのはなぜか。野田は「口先介入」と批判するが、逆にに民主党政権の3年3か月は市場への「口先介入」 すら思いつかない日日であったことを物語るのだ。
 

野田は最後の最後で政権担当者としてはやってはならないタブーに手をつけた。苦し紛れに国家の存亡にかかわるエネルギー政策に救いを求めたのだ。「原発ゼロ」で失地を挽回し、自民党を追い込めると踏んだのだ。これは維新の橋下徹や未来の嘉田由紀子に勝るとも劣らぬ大衆迎合であった。


その結果はあさっての民主党惨敗となって現れるだろう。最初の308議席は3分の1以下に転落するのだ。場合によっては80議席まで落ち込む可能性もあり、そうなれば4分の1だ。この有権者の「ノー」が意味するものは、予見しうる将来にわたる「ノーモア民主政権」なのだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月13日

◆小沢、石原の乱入で第3極失速

杉浦 正章
 


第3極の不振は“政治に疎い”自治体の長が、すれっからしの政治家二人にだまされた構図が浮き上がっている。石原慎太郎と組んだ日本維新の会も、小沢一郎と組んだ日本未来の党も、そのマイナス効果だけが浮き彫りとなり、ひたすら自民圧勝へと導く結果をもたらしている。


一方で起死回生の“野望”を抱いた小沢、石原の二人は、民主党にだまされ続けた有権者の目が肥えて、再起不能の瀬戸際に立たされている。
 

「とんぼ釣り今日は何処まで行ったやら」は加賀の千代女の句だが、「小沢さん」と置き換えても当てはまる。小沢一郎の遊説活動に一貫性がないのだ。


4日の公示日は愛媛の田舎町で演説、得意の川上作戦を展開するかと思ったら、その後は鳴かず飛ばず。各社の世論調査で大敗北が伝えられると、いても立ってもいられないのか10日には急きょ都内6カ所で演説。候補者個人の応援ではなく、比例票の発掘に当たった。そして12日には異例の地元入り。


投票日前まで地元にへばりつくというのだ。地元では「小選挙区で敗れたら引退」とまで口走り、まさに小沢王国背水の陣の様相だ。この揺れる小沢の姿は、まさに第3極の実態を現しているのだ。
 


小沢は秋口から3回に渡って滋賀県知事・嘉田由紀子と秘密会談を持ち、口説きに口説いたようだ。マスコミの脱原発の動きに乗ろうと戦略を立て、知事で1番先鋭的な嘉田を担げば「風」に乗れると考えたのだ。


しかし今度ばかりは小沢のもくろみは大外れにはずれた。脱原発の風などそよとも吹かず、逆に原発推進を公言する自民党が躍進する結果を招いたのだ。
 

嘉田も田舎の知事レベルの“政治能力”しか発揮できなかった。選挙戦は最初から小沢のことでの言い訳だ。言い訳の選挙は必ず負けるというジンクスを知らない。「小沢さんには表に出ないでくださいということで話が付いている」と言われても、誰も信ずるものはいない。現に表に出ているのだ。「小沢さんは使いこなさせていただきます」と演説すればするほど、“冷笑”が返ってきていることも知らない。


衰えたりとは言え海千山千の政界の実力者を「使いこなす」が聞いてあきれるのだ。こうして小沢チルドレンなど61人の候補のうち当選するのは10人台という散々たる結果を招きそうなのだ。
 

一方、維新も石原に抱きつかれて橋下徹の持ち味である鋭角の切れ味が著しく鈍化した。原発推進論の石原の主張で、「原発ゼロ」があいまいとなった。逆に「核シュミレーション」発言や「憲法9条があるから拉致被害者を取り戻せない」という戦争志向の発言など、極右国粋主義者の「鎧(よろい)丸出し」となり、石原ペースの印象が強まった。


その思考能力も老化現象丸出しで、記者会見でもすぐぶち切れる。中国暴動の責任を問われて「そっちの責任だ」と支離滅裂にもメディアに食ってかかる。
 

そもそも石原の登場には本人の自信過剰と橋下の誤算が背景にある。都知事を13年もやると、一国一城の主だから回りは何でも言うことを聞く。こともあろうに尖閣諸島を都が買うと言っても、ろくろく反対論も出ない。やりたい放題の“裸の王様”になってしまったのだ。


おまけに尖閣で募金を募ればすぐに14億円も集まる。これで石原は新党を作れば石原ブームが生じて、首相になれると浅はかにも見誤ったのだ。橋下の誤算も、東京での維新ブームを起こすには石原の力を利用するしかないと判断したことにある。
 

しかし都民の反応は逆だった。名誉職の色彩が強い都知事には向くと判断しても、生活に直結する国政選挙のリーダーとは考えなかった。おまけに新銀行東京の破たんでは都民1人あたり約11000円に達するツケを払わせ、反省の弁はゼロ。


発言はインテリ層が多く、平和志向の強い都民が1番嫌う極右の思想に貫かれている。都民の間にはまさに“拒絶反応”が生じつつあるのだ。その証拠に維新は、石原自らの地盤である東京都で小選挙区は全敗の危機に陥った。小選挙区で出馬していたら石原も落選したかもしれない。


橋下は正直にも「東京では惨敗の状況だ。国民のご判断であれば仕方がない」と東京“落城”を宣言。かくして「石原首相」の目は潰えたのだ。都民は上方落語は好きでも“上方政治”には動かされないということなのだ。
 

こうして漁夫の利を占めるのは自民党という構図となった。維新対みんなの党の食い合いも、自民党を当選させる。42選挙区でつぶし合いをしている民主党と未来の党も自民党を当選させるといった具合だ。


圧勝した自民党は衆院では連立を組む必要もないが、公明とは連立して、参院があるから民主党との部分連合へと動くだろう。維新ともケースバイケースだ。石原の出番は改憲しかないが、改憲達成まで肉体的条件が持つまい。80歳だ。小沢も70歳で、小党のトップになってもせいぜい余生をしのぐ程度。政治への影響力は生じにくい。


      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月12日

◆自民圧勝で原発論争は勝負あった

杉浦 正章
 


「原発戦争」とも言うべき国論分裂の総選挙は、再稼働とベストミックスを主張する自民党の圧勝に終わる見通しとなった。公示前の世論調査より終盤の調査の方がさらに自民党が有利となる傾向を見せ、衆院で常任委員長のすべてを確保する絶対安定多数269議席を突破して300議席に迫る勢いだ。


筆者の指摘したバンドワゴン(勝ち馬)効果が続いており、このまま投票結果となって現れるだろう。今日は各紙が気付いていないことを書く。着眼点はもろに脱原発が争点となった原発立地39選挙区の分析だ。


筆者の予想では少なくとも79%以上の選挙区で自民党が勝利を占める流れだ。朝日、毎日、東京、TBSなど脱原発をあおったマスコミは、今後“敗戦”の虚脱感に覆われ、反省を迫られるものであろう。
 

1番激しく「原発戦争」が展開されたのが原発立地39選挙区だ。筆者が各選挙区ごとに分析した結果、既に自民党が31議席を確保しており、民主党はわずか4議席にとどまっている。


民主党優勢は女川原発の安住淳、福島の玄葉光一郎、大飯の前原誠司ら党幹部で、原発あるなしにかかわらず当選が見込める候補だ。大接戦が柏崎・刈羽の新潟5区で展開されているが、田中真紀子危うしの見方が強い。 
 

この立地選挙区での自民党圧勝が物語るものは、朝日を中心とする「東京目線」での脱原発論議がいかに民衆に根ざしておらず、上滑りのものであったかを物語る。地方だから分かっていないなどと言ってはならない。


原発と常に接してきた地域住民は、日常習慣的に国家とエネルギーを考える大局観が身につき、にわか仕立ての原発ゼロの主張などには動じない傾向を持っていたのだ。


もちろん原発の安全性への信頼も高い。原発に生活がかかっていることも否定は出来ないが、生活がかかっているのは国民全体も同じであろう。空理空論で、しかも広島、長崎の職業的な原爆反対イデオロギー闘争の色彩も混入した「原発ゼロ」派は、かくして大敗北を喫することとなったのだ。


当の朝日の分析でも民主党や日本未来の党など「脱原発」を公約に掲げる党の苦戦が目立つのだ。超党派の「原発ゼロの会」や脱原発基本法案の賛同者に名を連ねた前議員で、朝日新聞の調査で優勢だったのは1割程度にとどまるという。


その朝日が最後の頼みとしたのが原子力規制委員長・田中俊一による、敦賀原発稼働認めずの判断だ。朝日は「活気づく脱原発政党」と見出しを取って、「衆院選で脱原発を訴える政党は活気づいた」とあおった。しかしこの“作文原稿”は何か空しいものを感じる内容であった。


なぜなら自民党圧勝に何の影響も出ていないからだ。読売の調査では比例区の支持が自民党が比例選投票先で大幅に上昇し、無党派層でもトップの優勢を維持している。脱原発派は「活気づく」にはほど遠いのだ。おまけに規制委員長の判断は、逆に活断層が走っていない原発は再稼働ですることへの布石ととらえることが出来る。


委員長は“踏み絵”を演じたのであり、そのまま受け取る朝日は読みが浅いのだ。1つ2つの原発はどうでもいいのだ。
 

脱原発政党も無力感にさいなまれている。官邸筋は「もう勝負あっただ。身辺整理だ」と正直に“落城”を認めている。夏には原発再稼働に動いた野田も、急転換して節操のない原発ゼロを主張したが、まさに糠に釘の効果しか生まれていない。


「原発フェードアウト」の維新副代表・橋下徹に至っては早くも「維新は完全に負けている。自民党が圧勝だ」と敗北宣言をする始末。石原慎太郎の出馬にもかかわらず、東京では壊滅的敗北だ。


小沢一郎の背後霊が見える薄気味悪い日本未来の党代表・嘉田由紀子は、いまマスコミの“よいしょ”と現実との乖離(かいり)にやっと気付いて、内心りつ然たる思いであろう。


筆者が自民党の完勝を強調するのは、他の全党が「脱原発」を前面に押し出した選挙をしたにもかかわらず、自民党だけが「原発問題はスローガンだけで国を誤ることはしたくない。


原発は安全と安心が確保されれば必要なものは再稼働する。受けは悪いがそれを語る勇気を持たないでどうするんだ」(幹事長・石破茂)と果敢にも原発維持を掲げて選挙に臨んだことである。これは完勝以外の何物でも無く、我が国のエネルギー政策は亡国の危機から救われることになるのだ。
 

それにつけても「反原発」各紙の選挙誘導はひどかった。確信犯的かつイデオロギー的に脱原発の朝日は、巧妙なる脱原発への誘導記事を繰り返した。毎日も朝日に追随する傾向を見せた。朝日が社説で脱原発での「工程表作り」を主張すれば、遅れて毎日も「脱原発と再稼働 説得力ある工程表示せ」と追随。よく似ているのだ。


TBSのみのもんたは陳腐な正義感まがいのものを前面に押し出して、毎朝脱原発と怒鳴りまくり、民放全体の品位を落とした。


しかし3年前は衆愚であった浮動票は、今回は“衆賢”の浮動票に変ぼうを遂げつつある。東京は社説で「原発事故後の日本は、一体どんな選択をするのか。どんな未来を築くのか。世界も注視する選挙なのである」と高揚感丸出しの扇動をしている。これは俳句の会では「だからどうした」と言われるフレーズだ。


中日新聞のお膝元の浜岡原発を抱える静岡2区は自民。3区も接戦だが自民党がリードだ。有権者つまり読者の選択から東京の方針は浮いているのではないか。だいいち世界が注目しても何の腹の足しにもならない。中国も韓国も日本が原発ゼロに走って、亡国とならないことを内心残念がっているのだ。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月11日

◆安倍は「集団的自衛権」確立に取り組め

杉浦 正章

 

選挙終盤戦にいたって自民党が公約に掲げる集団的自衛権の行使をめぐる論議が活発化している。選挙後の政権の枠組みにも絡む問題だ。推進論は自民、日本維新の会の両党。反対は公明党。民主党は首相・野田佳彦個人が賛成だ。自民党総裁・安倍晋三は推進論の急先鋒だ。


しかし当面は自公路線を継続するしかあるまい。強行すれば公明の連立離脱に直結する恐れがあるからだ。マスコミも読売、産経が推進、朝日、毎日が反対と真っ向から対立している。


国論を2分する問題だが、国際的常識は国連憲章も認めているように集団的自衛権の行使が前提となる。日本の立場は非常識というか、国際的には通用しない。ここは長期戦で確立へと動くべきだ。
 

集団的自衛権の行使とは 同盟関係にある国が攻撃されたら、それを自国に対する攻撃とみなし、実力で阻止する行動だ。どの国にもある権利だが、日本には憲法9条があるから行使しないと政府は公式に表明している。「わが国を防衛する必要最小限度の範囲を超えるため、憲法上許されない」(内閣法制局)とする憲法解釈がその根拠だ。


しかし、この法制局の解釈は日米安保体制を累卵の危機に置くものであろう。米軍は若者の生命を代償に日本を守ろうとしているが、日本はその若者を見殺しにするのだから、最初から成り立たない論理だ。内閣法制局は時の政権のために法解釈を論理構成するのが“仕事”であり、三百代言の別名がそれを物語っている。


政府は安保論争華やかなりし頃は、この見解を活用して国会の論戦をしのいできたが、中国との尖閣問題、北朝鮮のミサイル発射という新事態を受けて、三百代言に寄りかかってばかりはいられなくなったのが実情だ。安倍も米軍を見殺しした場合について「その瞬間に日米同盟は危機に陥る」と危機感をあらわにしている。
 

このため自民党は国家安全保障基本法案を作り、集団的自衛権の行使を可能とする方針を公約に明記した。維新もこれに事実上まる乗りの公約を発表した。


これに対して公明党は自民党に対するけん制を続けている。10日も代表・山口那津男が「憲法の柱は守ることが重要だ。どうしてもはみ出したいと言うならば国民も懸念を持つし、外国にも心配を与える。限界が来るかもしれない」と連立離脱の可能性にまで言及している。


一方でマスコミ対政党の議論も白熱化している。毎日が9日の社説で「集団的自衛権 憲法の歯止めが必要だ」と反対を表明したのに対して、維新副代表・橋下徹が噛みついた。それも明かな選挙違反で「ボクは警察に逮捕されるかもしれない」と述べているツイッターで10日、毎日批判を展開したのだ。



橋下は毎日が「政治論だけで憲法論を乗り越えるという手法には違和感が残る」と書いたのに対して「 毎日は、憲法改正は嫌だし、国家安全保障基本法も嫌。それが絶対条件だから、ロジックがむちゃくちゃになった。毎日のこの社説は、大手新聞社の社説では見られないほどのロジック破綻」とまでこき下ろしている。
 

毎日は選挙報道まで共同通信に依存しており、果たして大手新聞社と言えるかかどうかは疑問が残るが、政局記事だけはさすがに老舗だけあって朝日、読売を上回る切れ味を見せることがある。


しかし毎日の社説はレベルが低いケースが多い。今回も「憲法が他国の領土における武力行使も容認していることになってしまうのではないか。


北大西洋条約機構(NATO)加盟の英国は集団的自衛権の行使としてアフガニスタン戦争に参加したが、憲法上は日本も参戦が可能となる」と、反対論者の常道である“拡大解釈”に陥っている。これはおかしい。共産、社民などの主張と同じだ。
 

“歯止め”がかからなくなることが反対の理由だが、アフガニスタンや中東までアメリカに従って参戦するという論理を展開している政党はない。より具体的には領土、領海内とその周辺における戦闘行動に限定する方向を法案に書き込めば良いのだ。問題はその法案に実現性があるかどうかだ。


国会的には極めて難しい。参院がねじれていることと参院選が半年後にあるという二つの事実が困難にするだろう。なぜなら安倍は選挙後の連立を当面自公を軸としたものにする方針である。自公を軸に政策ごとに維新や民主党と組むという部分連合が基本となるだろう。
 


もちろん維新と組めば集団的自衛権に法的根拠を与える国家安全保障基本法の衆院通過は見込める。両党の法案が一致している背景には安倍と橋下の事前調整があったフシもある。今の勢いからいくと場合によっては自民と維新で衆院3分の2の320は確保できるかも知れない。


そうすれば参院で否決されても、衆院での再可決が可能となるが、公明の連立離脱を覚悟しなければならない。参院選での自公選挙協力はねじれ解消には不可欠であり、公明の離脱は何としても避けなければならないのだ。その辺の“調整”がつくかどうかにかかっている。
 

それでは一朝有事の場合どうするかだが、ことは簡単だ。内閣法制局に首相が解釈の変更を求めれば良いのだ。そもそもこのような重大な憲法解釈を内閣法制局に委ねていることの方が問題だ。その上で首相自らが新解釈を打ち出せば良い。


「集団的自衛権の権利は認めるが、行使を認めない」などという“また裂き憲法解釈 ”の方がおかしいのであって、時代即応型解釈に変えれば良いことだ。また戦争というのは常に“超法規”であり、政府が臨機応変に対応して決めれば済むことでもある。

        <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月10日

◆安倍は早期訪米で対中包囲網を築け

杉浦 正章
 


3年3か月ぶりの自民党政権で、総裁・安倍晋三が取り組むべき課題は山積している。太筆で書けば民主党政権によるトリッキーな政治から脱却し、即断即行の政治を回復する必要がある。外交・安保での急務は日米安保関係再構築による対中包囲網の確立だろう。


安倍は1月早々にも訪米して大統領オバマとの首脳会談で、この大戦略をまず実現すべきだ。内政では景気の回復だ。市場は「安倍首相」の登場で株価1万円台乗せは確実視されており、いかに景気回復への期待が大きいかを物語っている。
 

とにかく民主党政権の再来を許さない有権者の判断は正しいと言わざるを得まい。自民党圧勝の流れはよほどの失言が無い限り動かないものと見られる。ただし安倍がこの有権者の支持を誤解または曲解してはならない。極右国粋主義の石原慎太郎が馬脚を現して、維新の支持を喪失させているのを見れば分かる。


国民は極端な右傾化を求めているわけではない。極右路線を取れば民主党政権への支持を首相・鳩山由紀夫が誤解して、内政外交で愚かなる失政を繰り返したことと同じ結果を招くことを指摘しておく。
 

安倍の選挙中の発言からすべきこと、してはならないことを指摘する。まずしてもよいことは「集団的自衛権」の行使を可能とすることだ。簡単に言えば尖閣防衛で出動した米艦を中国戦闘機が急襲した場合に、今までの憲法解釈では自衛隊が戦闘行動を起こして米艦を支援することは出来ない。


その事実を目の当たりにすれば米紙は「ジャップが傍観」と報じて、日米安保関係はサドンデスとなる。内閣法制局の憲法解釈を改めさせて解釈改憲で安倍は対処すべきであろう。法制局などはしょせん三百代言であり政権の言うことは何でも聞く。
 

オバマとはこうした問題を率直に語り合い、民主党政権が崩壊させた日米安保関係を正常な路線に乗せるべきだ。おりから米上院も尖閣への安保条約適用を議決しており、絶好のチャンスでもある。東南アジア諸国、インド、オーストラリアも含めた“緩やかなる”対中包囲網の確立は、遅れてきた帝国主義のごとくに膨張路線を取る中国政府への強いけん制になる。


まずこの大戦略を打ち立てるべきであろう。しかしするべきことはそこまでだ。包囲網の確立により、当面の勝負は付くのであり、中国は尖閣に手を出そうにも出せない状況となる。また改憲が必要な「国防軍」も、将来の自衛隊の在り方を唱えるだけで良い。間違っても石原維新との連立で実現しようなどということを考えてはならない。
 

その上で、対中融和に動くのだが、安倍の公約を見れば石原の進言を受けたかのごとくに「尖閣に船だまりを作る」「公務員を常駐させる」とドラスティックな発言に傾斜している。


徹底した反日愛国の“江沢民教育”を受けて育った世代を、またまた習近平新政権が“活用”して暴動を起こさせる口実を与えることになる。


習近平はこれによって国内で確固とした基盤を固めることが可能となる。自民党が圧勝したからといって、国民は第2、第3の暴動による日本企業攻撃を望んでいるわけではない。大勢は友好なる近隣関係の再構築にある。
 

したがって靖国参拝も同様である。安倍は「前回の首相在任中参拝できなかったことは痛恨の極みだ。国民のために命をかけた英霊に尊崇の念を評することに外国からクレームをつけられることはない」と、就任すればすぐに参拝しかねない姿勢だ。


しかし世代は変わった。首相の靖国参拝に感動する世代はもう翁(おきな)媼(おうな)の世代だ。首相が靖国参拝をあえて国益を代弁する最大の位置に格上げする必要など無いのだ。なぜ第1次安倍政権で参拝しなかったことを「痛恨の極み」などと言う必要があるのか。外交的配慮を優先した正しい判断であったではないか。
 

経済では消費税法案が実現したばかりなのに、早くも「景気条項」の論議が活発化している。安倍が「デフレがどんどん進行する中で消費税は上げない」と語れば、首相・野田佳彦が「選挙の前でおびえているのか」とやりかえす。


しかし景気条項は11年度〜20年度の平均で「名目3%程度、(物価変動を除いた)実質2%程度」という国内総生産(GDP)の成長率を目指すための取り組みを求めているのであり、安倍の言うように来年4月から6月の景気動向を条件にしているわけではない。


おまけに2%のインフレターゲットが4〜6月で実現することなど不可能だ。よほどのデフレ状態に陥らない限り消費増税は実行に移すべきだ。
 

ただし、安倍の主張するインフレターゲットでデフレを脱却するという方向は、重要なるオプションだ。世界的な金融緩和、通貨安競争の中で、民主党政権と日銀はなすすべもなく推移した。リーマンショックから世界が立ち直っているのに、日本だけ置き去り状態だ。日銀のデフレ維持政策はもう限界に来ているのだ。


政権はダイナミックなデフレ脱却への動きを示すべき時だ。株式市場が「安倍政権」をはやすのは、なすすべのなかった民主党政権への反動でもある。「安倍相場」は9500円台に乗っており、自民党圧勝は株価を1万円突破に導くだろう。第1次安倍政権時代の株価は平均1万8千円と言う“実績”もある。


できればどっちみち来年4月で任期が来る日銀総裁・白川方明の早期自発的な退職を求め、後任人事に着手すべきであろう。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家) 

2012年12月07日

◆自民圧勝で民主失政の3年に幕

杉浦 正章

 

安倍は維新との連立に向かうべきでない 。


ここまで来るとアナウンスメント効果はまずないだろう。「大失言」でもない限り自民、公明両党で300議席前後の議席を獲得して、第2次安倍晋三政権が樹立される方向だ。内政外交にわたり失政を続けた民主党政権による空白の3年間は幕を閉じる。


浮動票を狙った第3極は伸び悩み、詭道(きどう)を行く日本維新の会代表の石原慎太郎がキャスティング・ボートを握る事態には至らない。有権者は激動政治より景気回復を軸とした安定を求める選択をしようとしている。


安倍は参院のねじれ対策もあり、民主党との部分連合を考慮すべきだ。維新と連立して3分の2の多数を握り改憲へと動くなど政権不安定の道を選択してはならない。
 

アナウンス効果で1番顕著なのはある候補者が苦戦していると報道されると、激励票や同情票が集まるアンダードッグ効果(負け犬効果)だが、今回負け犬となる民主党に回復の余地があるかというとまずない。


少なくとも同情票をかき集めるには「当落線上」とか、「当選まであと一歩」と報道されることが不可欠だが、つぶさに個別の選挙区を見れば、民主党候補は自民党に挽回不能な状況までリードされているケースが多いのだ。


この状況が意味するものは、自民党への雪崩現象生じようとしていることであり、個人や組織等が優勢候補支持になだれ込むバンドワゴン効果(勝ち馬効果)が生じようとしているのだ。


まず最大の原因は民主党政権の“ていたらく”にある。簡単に言えば、出来もしないマニュフェストで有権者を欺き、想像を絶する無能政治で首相・鳩山由紀夫がつまずき、大震災と原発事故という未曾有の災害に、首相・菅直人が大失策を繰り返した。


最後の野田だけは信念の政治を貫き消費増税を達成したが、党を束ねるリーダーシップに欠け、分裂を招いた。有権者にしてみればこれでもかのダメ押しが相次いだことになる。「いくらなんでも人を馬鹿にするな」という鉄槌(つい)が民主党に下されようとしているのだ。もう民主党政権が復活することは予見しうる将来にわたりない。


この間隙を縫うように、既成政党批判で台頭したのが大阪のポピュリズムであり、最後にはこともあろうに小沢一郎支配の大衆迎合政党まで便乗して出現した。マスコミは新聞、テレビを問わずにこれら第3極をはやしにはやした。しかし民主党ポピュリズムでこりごりした国民は、大勢としてこれに乗ろうとはしていない。


日本維新の会の“風”は大阪を中心とする関西地域でのみ吹くという現象が生じており、全国的な広がりを見せない。


とりわけ橋下徹が極右国粋主義の石原と組んだのは失敗であった。外見の新鮮さがダメージを受け、マイナスに作用したのだ。50議席前後では今後勢いも出ない。参院選までには馬脚が完全に現れる先細りとなるだろう。


滋賀県知事・嘉田由紀子による未来の党も、こともあろうに小沢にオブラートをかけるという“背景”が見え見えとなって、ブームとはほど遠い結果となる。小沢チルドレンらの議員勢力61議席は6分の1に落ち込む。小沢の未来活用の奇策は完全に失敗に終わる。小沢だけが当選しても落城の後始末しか仕事はない。3極について野田が「ごった煮となって輝きを失った」と自分の党を棚に上げて形容している通りだ。
 

さらに何と言っても重要なのは、エネルギー政策だ。朝日、毎日両紙とTBSのみのもんたに代表される露骨な「原発ゼロ」への誘導キャンペーンが、完全なる失敗に終わった。


なぜなら、自民党は安倍や幹事長・石破茂が堂々と「原発再稼働」を表明し、「10年後の原発を含めたベストミックス」を公約した上での選挙に圧勝しようとしているからだ。民主党の野田のように亡国の“ゼロ”でもなければ、維新のような“ごまかし”でもない。また各電力会社の電気料金値上げの動きが、国民を次第に「ゼロ」のもつ「欺瞞性」に目覚めさせているのだ。


有権者も世論調査などでは響きの良い「ゼロ」になびくが、電気料金2倍、企業の海外移転と失業者増大という「亡国のツケ」を前にして、賢明なる選択をしようとしているわけだ。
 

こうして自公連立政権が3年3か月ぶりに復活する方向となったが、肝心の安倍が危なっかしい。自民党支持の国論を誤解または曲解する恐れがあるからだ。とりわけ外交・安保でドラスチックな方向を打ち出す危険性がある。


例えば尖閣問題で、石原の主張に乗って船だまりや、公務員を配置する方針を述べているが、これは中国での第2次暴動、第3次暴動に間違いなく直結する。領有権の問題は米上院による尖閣への日米安保条約適用決議で勝負があったのだ。これを無視して中国が米中直接対決に直結する軍事行動に出ることはあり得ない。したがって安倍政権は関係改善を最大の課題とすべきなのだ。



対韓関係も河野談話の見直しなどは、火に油を注ぐ効果しかもたらさない。急進的な言動は避け、第1次安倍内閣と同じように両国の新政権との融和に動くべきだ。


ましてや維新を利用して自らの政治的野望を達しようともくろんだ石原と結託して改憲に動くようなことをすれば、国論は分裂して収拾が付かなくなる。自らの政権の命を縮めることを良く理解しておくべきだ。


自民党は2度と失敗は許されないと心得るべきだ。ここは自公連立に加えて、民主党と政策ごとの部分連合を志向すべきだ。維新との連立で3分の2を確保して衆院での再議決などの奇策は長続きしない。ゆめゆめ考えるべきではない。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年12月06日

◆橋下“ウエブ選挙”継続が許されるのか

杉浦 正章



自民党単独過半数と維新の伸び悩みが報じられる中で、焦っているのだろうか。日本維新の会代表代行・橋下徹の短文投稿サイト・ツイッターの更新が総選挙公示以降も止まらない。公選法違反の疑いを官房長官・藤村修が指摘しても、“確信犯”のごとく続行している。


カネのある自民党や民主党が「テレビでばんばん宣伝しているのに、カネのないボクはこれしかない」というのが継続の理由だ。しかし、それではやりたくても自粛している1500余人の候補は橋下の言う「馬鹿みたいなルール」にしたがっている馬鹿かということになる。弁護士のくせにこれ以上法律を馬鹿にした事例もない。司法の摘発がマストのケースだ。
 

藤村は5日、橋下のツイッターについて「公職選挙法の規定に抵触する恐れが強い。一般的には更新を自粛している事例が多い」と指摘した。同時に「違法か適法かの判断は関係機関がすることだ」として、適否の最終判断は司法機関などに委ねる考えを示した。公選法は選挙期間中、資金力で運動に差がつかないよう、「文書図画」の頒布・掲示を禁じている。


総務省の解釈ではホームページやブログ、ツイッターなどは指定外の文書図画にあたり、公示後の更新や新たな開設は公選法にふれるおそれがある。文書頒布の一種とみなされ、候補か否かに関わらず公示・告示後は禁じられる。
 

これまで自らをネットで発信してきた候補らは後ろ髪を引かれながらも、法律を順守して自粛している。各候補のウエブ拠点では「公選法により選挙が終わるまで更新をやめます」と表記されている。


ところがまさにツイッター中毒の気がある大阪のポピュリストだけは別だ。法律なっど無きがごときに選挙公示前から「ツイッターを続ける」と公言し、4日以降も「ダイレクトに投票呼びかけ行為はしないけどね」といいながら、維新の政策、主張を展開している。


「公示後の僕のツイッターが、公選法違反かどうか議論されている。結構なことだ。官僚組織がいかに硬直的か、社会的妥当性(常識)より、一度作ったルールを死に物狂いで守る習性がよく現れる」と公選法違反などそっちのけの我田引水論理を展開している。


さすがに藤村の指摘もあり、5日のツイッターでは「公選法での文書制限があり、ネットも文書にあたるという総務省の見解もあるので、バカらしいがそれを踏まえる」と書いた。
 

しかし「どう踏まえる」のかは言及しないまま5日も深夜まで堂々と主張を展開している。「脱原発依存体制の構築と具体的工程表が確定してから、国民の皆さんに宣言するのが、責任ある政治・行政」と原発ゼロを語るかと思えば、「今のテレビのような、事なかれ主義、とりあえず公平性を保ちましたの選挙番組では誰も見なくなるだろう。


ネットのリアル性には負ける。皆競争だ」とネット選挙を礼賛。公然たる公選法への挑戦の理由は「自民や民主はCMをどんどん流す。僕らには金がないから、宣伝方法は僕のせこいツイッターのみ」と述べる。要するに“確信犯”なのである。
 

もちろん筆者も現行公選法そのものがウエブ時代に対応していないことは痛感する。文書図画頒布の禁止なども、もっぱら資金力による不公平を意識したものである。ウエブは無料であり、その発信は資金力には関係がない。


総務省の判断もウエブに弱い守旧派政治家に対する役人根性丸出しの“配慮”の側面があることも否定出来まい。米大統領選を挙げるまでもなく、世界の潮流にさおさすのが半世紀も前の公選法だ。


だからといって、橋下は維新の代表代行たる立場にもかかわらず、法律を馬鹿扱いしてツイッターを継続して良いことにはならない。自分が立候補していないことは理由にならない。「候補か否かにかかわらず禁止」なのだ。選挙後法改正をして初めて可能になる。橋下は弁護士のくせに法治国家の形態も知らないのか。


そもそも橋下の政治手法には“唯我独尊”的なわがままが顕在している。自分の発言は何としてでも押し通す。まるで法律無視の和製ヒットラー台頭そのものである。このままではフェアな選挙戦は展開できない。警察は摘発をためらうべきではない。野放しにすれば御政道が成り立たなくなるのだ。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)