2012年08月01日

◆早期解散なら維新が民主を直撃

杉浦 正章

 

一見「当たらず障らず」のようだが、実際は“水に落ちた犬”をたたき始めているというのが、大阪市長・橋下徹に対する政界の潮流だ。


「当たらず障らず」は、山口県知事選の橋下系候補に対する自公の戦術と与野党7会派提出の大都市地域特別区設置法案提出など“争点回避”となって現れている。


逆に、橋下の女性問題を契機に、公然と批判する声も強まった。要するに政界は橋下への「チヤホヤ扱い」だけでなく、メッキはがしという“両刀遣い”をやるようになってきたのだ。知事選の結果は自公両党より民主党の浮動票を維新の会が奪う流れがくっきりと現れた。
 

6万7000票の大差で自公候補・山本繁太郎が原発反対の橋下系候補・飯田哲也を下した選挙結果は、総選挙を占う上で極めて興味深い。飯田は民主党が候補を擁立できない間隙を突いて立候補したが、その主張はエキセントリックな反原発一筋。山本は自公両党のアドバイスもあって、あえて原発の争点化を避けた。


この結果、飯田にとってのれんに腕押しの結果を招いて、当選に遠く及ばなかった。しかし重要ポイントは他にある。浮動票の流れだ。朝日の出口調査の結果がそれを物語っている。


無党派層の投票動向だけを見ると、飯田が53%に達し、山本が27%と半分にとどまったのだ。これが意味するところは、3年前の総選挙で圧倒的に民主党へと流れ、政権獲得への原動力となった浮動票が第3極に流れる兆候を示しているのだ。しかし、自公両党は、自民が支持層の76%、公明が支持層の85%をまとめており、総選挙の時のような支持層離反傾向が見られなかったことだ。


これが意味するところは浮動票を失った民主党が惨敗し、自公は締まってかかれば支持層をまとめられる流れであろう。恐らく候補を立てれば民主党は3位に終わったであろう。第3極が民主党を食う構図が顕著に浮上したのだ。
 

こうした傾向の反映もあって、橋下の主張する「大阪都構想」を後押しする「大都市地域特別区設置法案」がなんと7会派共同で提出され、31日審議入りした。8月中には成立の運びだ。東京23区のように複数の特別区をつくれるようにする法案だ。


しかし肝心の橋下が掲げた「都」への名称変更は盛り込んでいないため、実際には「大阪都」は実現しない。なぜ7会派がまとまったかだが、民主、自民の狙いは「触らぬ神にたたりなし」だ。対等に戦って相手を大きく見せては損だという、深謀遠慮が背景にある。公明は大阪と兵庫に6選挙区も候補を抱え、維新の会との連携を不可避と考えているのだ。


民主党には「これで維新の会は国政に進出する理由がなくなった」(幹部)という楽観的な見方も出てきているが、これは希望的観測で甘い。反原発にせよ、浮動票を稼ぐテーマには困るまい。
 

自民党幹部は「化けの皮がはがれるまでは、ケンカをしないということだ。やがて馬脚が全部現れる」と見通しを述べる。既に女性問題を契機に橋下批判の合唱が始まりつつある。同幹部は「普通の不倫ならまだしもコスプレはいかん。山崎拓が文春に変態と報じられて、首相の芽を断たれたのと同じだ」とも分析する。


確かにスチュワーデスの制服が、橋下のイメージとダブるようになった。今後もたたり続ける流れだ。裏情報の野中広務はテレビで「報道された女性問題はもっと人気を落とす事件に発展する」と不気味な予言をして「国政のトップに立てる人ではない」とこき下ろす。民主党最高顧問・渡部恒三も「大阪のあんちゃんがいろいろ女性で話題になっているが、これで時間の問題となった。来年になったらそんな人いたかということになる」と切り捨てた。
 

政党幹部も旗幟(きし)鮮明にし始めた。自民党総裁・谷垣禎一が「橋下さんが言うことは私どもとかなり違う」と一線を画したかと思うと、民主党幹事長・輿石東は「橋下さんとどう付き合うかは、あまり積極的に付き合おうとは思っていない」と述べている。政界の橋下に対する見方は大阪における維新の会躍進当初の危機感から、脱しつつあるようである。


橋下自身の政治家としての能力も、反原発から原発再稼働容認へと転換したり、政権を倒すと息巻いたと思ったら、首相・野田佳彦を褒めあげたりで、はちゃめちゃだ。今度の小選挙区制支持発言も、政治への無知をさらけ出した。いまや同制度は政治の停滞の原因であるという見方が支配的になっており、中選挙区に戻る流れが生じているのだ。


推進役であった河野洋平が「反省」して制度改正にその主張を転じたことも理解していないのだ。メッキは確実にはげるが問題はその時期だ。総選挙が迫っており、はげ切らないまま突入という事態も考えられる。


その場合は維新の会が、自公より民主党に壊滅的な打撃を果たす公算が強い。山口知事選はその“走り”なのだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月31日

◆朝日よ、安保もエネルギーも天から降らぬ

杉浦 正章

 

30日付の朝日新聞はまさに反原発一色の編集方針で覆われた。社説では、国会を取り巻く前日のデモを「もの言わぬ国民による異議申し立て」と礼賛した。「もの言わぬ国民」は普通サイレントマジョリティでデモに参加しない市民をさすのだが、朝日の用語は特別なのだろうか。


60年安保の時もそうであったが、その圧倒的影響力を使って朝日はデモ扇動の先頭に立っているようにみえる。間接民主主義では原発再稼働の動きを止められず、大衆を煽っての原発再稼働阻止に動き始めたように見える。


しかしこれは、民主主義、議会政治の否定につながりかねない危険な側面を持つものであろう。同紙はオスプレイ配備にも反対姿勢を強めている。朝日に代表される原発、オスプレイ反対の論調には、安全保障とエネルギーは天から降ってくるという、日本独特の甘いイデオロギーに貫かれており、説得力に欠ける。


60年安保に際して朝日は、そのあおりが利きすぎて死人まで出る事態に、読売、毎日に呼びかけて、「共同宣言」をそれぞれの新聞紙上に発表した。「暴力を排し、議会主義を守れ」という宣言である。これを機に引き潮の如くデモの波は収まったが、マスメディアのマッチポンプ性を物語る戦後最大の逸話である。


今回の場合も、30日付社説「民主主義を鍛え直そう」で、国会を取り囲むデモの動きを、デモ参加者の発言を各所にちりばめ、またもやマッチポンプのマッチを刷り続けている。しかし勢い余ってか各所にぼろが目立つ。「抗議の人波が膨れあがるのにあわせて、与野党の議員が行動に加わるようになった」とあたかも国会議員が大量に参加しているような調子で述べている。


だが、参加者はだれかというとルーピー兼宇宙人の鳩山由紀夫、テレビのマイクと見れば飛び付いて発言したがる川内博史、自民党の異端児・河野太郎、社会党左派の流れを後生大事に受け継ぐ福島瑞穂らである。議員ではないが瀬戸内寂聴も金切り声を上げて反原発を唱えるが、いづれも共通項がある。


それは度し難いポピュリズムだ。大衆にこびを呈することに生きがいをもった人々だ。60年安保の時は社会党委員長の浅沼稻次郎委員長は、こびなど売らずにデモの先頭に立ったものだ。規模も参加政治家も迫力が違った。
 

また社説は福島の原発事故を「これは天災ではなく、電力会社や政府による人災だ」と言い切ったが、これほど我田引水の社説を知らない。まぎれもなく1200年に1度の天災が、電源を直撃したことがすべての発端なのであり、東電現場職員は命がけで戦った。事故を止める方法が他にあったなら、提示すべきであろうが、できまい。


また社説は、抗議行動の主催者らと、首相・野田佳彦がみずから「話し合ってはどうか」と提案しているが、これも間接民主主義の否定だ。それでは首相は、原発再稼働論者の声なき声をどう聞くのか。朝日は27日付の社説でも関電社長・八木誠の「原発再稼働は需給ではなく、わが国のエネルギー安全保障を考えてのことだ」と語ったことに対して「本音は自社の安全保障を考えてだろう」と無礼千万の論評をしている。


これこそまっとうな論壇では決して使ってはならない“邪推”を基にしているではないか。ここまで社長を侮辱にされては、関電は朝日に広告を出すべきではない
 

要するに論調を貫くものは無責任な「エネルギーが天から降る」思想である。朝日は今原発を止めて、うなぎ登りに上がるであろう電気料金に責任を持てるのか。料金値上げはすべてに波及する。間違いなく我が国経済の根幹を揺るがす。デモ参加者のミルク代にも影響しかねない。回り回って構造的不況に突入し、参加した老人の医療費、生活保護費、年金にも影響が出かねない。


デモを煽ってその結果招く事態に責任が持てるのか。60年安保のように「ポンプ」で沈静化すればよいとでも思っているのか。また原発のリスクを言うが、火力発電の排気ガスによる死者や発電所ダムの決壊による死亡者の方が圧倒的に多いという米国の調査結果があることも知るべきであろう。日本に原発事故で死者はいない。
 

オスプレイの導入にも社説で「配備強行は米にも不利益」と反対しているが、ここにも「安全保障は天から降る」思想が根底にある。


なぜこのように甘い論調を繰り返すのだろうか。米軍によるオスプレイの配備は安保条約上認められている装備の変更であり、緊張の度を加える北東アジア情勢に対処するものである。風評で事故ばかりが取りざたされるが、海兵隊の重大事故率はオスプレイが1.93であり、他の戦闘機の2.45より低い。


明らかに米国の戦略は尖閣列島も含めた極東全体を俯瞰してのものである。航続距離から見てもオスプレイは中国の尖閣諸島進出への抑止力になるものである。その証拠に中国の新聞はオスプレイを「中国に向けられた剣」と論じている。朝日は中国の空母建造など「尖閣に向けられた青竜刀」には目をつぶり、輸送力増強のための配備に難癖をつけられるのか。
 

海兵隊は輸送ヘリであるオスプレイの導入により、国内災害でも大量の人員や被災者の搬送に役立てるだろう。東日本大震災でめざましい活躍をした海兵隊にオスプレイがあれば、間違いなく救える被災者の数は増したのだ。だから筆者がかねてから言っているように自衛隊も災害対策に主眼を置きオスプレイを配備すればよいのだ。


災害など国難に直面したときだけ海兵隊を“使ってやろう”などという卑しい魂胆では、そのうちに安保体制そのものが崩れかねないことを知るべきであろう。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)



2012年07月27日

◆多数説となった臨時国会解散説を分析

杉浦 正章

 

なにやら筆者が10日前に書いた“臨時国会解散説”が永田町の多数説となってきたそうだ。元官房長官・町村信孝が言明した。これも常識になりつつある「野田再選」と併せて、2大政党の党首は9月に「野田と谷垣の再選」で秋の解散・総選挙い臨むという潮目が出てきたのだ。


しかし、まだまだ油断はできない。古狸の自民党は時々死んだふりをするからだ。今国会解散の目も否定出来ない。その証拠には自民党総裁・谷垣禎一は8月上旬の消費増税法案成立に固執している。何が何でも今国会での解散に追い込もうとしているのだ。
 

町村は総裁選に手を挙げているのだから、いくら町村派のオーナーでも元首相・森喜朗が引退表明に連動して谷垣再選を支持したことは不満であったはずだ。それがどんな根回しがあったのか森に同調するともとれる発言をしたのだ。25日仙台市で衆院解散・総選挙の時期に関し「10月に臨時国会を召集して解散し、11月に投開票というのが永田町の多数説だ」との見方を示した。


さらに加えて「一番早ければ9月上旬に解散、月末選挙だが、民主党は選挙が一日でも先になればいいと考えている。野田佳彦首相も解散を後ろ倒しにしている」 とも付け加えた。森は谷垣と首相・野田佳彦が再選した上での臨時国会解散を唱えており、軌を一にすると取られてもおかしくない発言だ。  
 

町村も立候補表明はしたものの党内的に支持者の広がりが見られず、9月の総裁選は森と同調して谷垣支持へと動く可能性を視野に入れ始めたことを物語っている。


しかしその一方で町村は26日の派閥会合では、あれだけ明言した森の「谷垣再選容認」を「必ずしも事実でない」と否定したという。揺れる心理状態を見せているが、こちらは派内の求心力がなくなるのを恐れての発言だろう。


「野田再選」の方は、政調会長前原誠司に続いて外相・玄葉光一郎も「外交をやっていて、首相の首をすげ替えることの不毛を感じている。首相がくるくる代わるのは大変な国益の損失であり、首脳間の信頼関係がなければ、北方領土交渉も最終的に結果が得られない」と発言、再選支持に回った。


注目すべきは民主党最大の支持団体である連合会長・古賀伸明も「5年で6人の首相が誕生した政治はよくない。続投すべきだ」と野田の再選を支持したことだ。これでよほどのことがない限り再選への流れは固まってきたと言える。よほどのこととは、早期解散による代表選前の総選挙で民主党が敗退して、野田が党内の支持を一挙に失うケースである。
 

焦点は野田が臨時国会解散を野党に確約できるかどうかであろう。自民党にとっては確約がなければ、野田が党勢後退の現状からいっても遅い方がよいに決まっている解散・総選挙をずるずると先延ばしにしかねない。現に民主党幹事長・輿石東は、大本命であるはずの消費増税法案の採決を先延ばしにしてでも解散・総選挙への流れを押しとどめようとしている。


自民党は激怒して、民主党にねじ込み、結局採決の前提となる中央公聴会を来月6日と7日に行うことで26日合意した。この結果10日前後の採決と成立の目が出てきたことになる。自民党としては採決直後から態度を“豹変”させて、一挙に野田を解散・総選挙に追い込もうとするだろう。したがって8月15日の旧盆休みに入る前に最大の山場を迎えることになる。
 

その手段としては、衆院に内閣不信任案、参院に首相問責決議案の上程がある。消費増税法案採決でさらに15人以上の民主党離党者が出るか、多数の欠席が出れば不信任案は可決され得る。問責の可決は確実だ。谷垣としてはぎりぎりまで野田を追い詰めなければ、解散の目は出ないと思っているに違いない。


ここで可能性として考えられるのは「8月解散9月選挙」「9月解散10月選挙」「10月解散11月選挙」の3択であろう。最初の8月解散は不信任案成立のケースだ。9月解散は同月8日までの会期末ぎりぎりに野田が解散に追い込まれるケースだ。問責決議が通った場合などに考えられる。そして町村が「永田町の多数説」と唱えた10月臨時国会冒頭の解散だ。このケースは民・自・公党首が話し合いで解散時期を野田に誓約させる方式となるだろう。


前提として赤字国債発行法案を冒頭で処理した上での解散となる可能性が高い。9月の党首選挙は民主、自民両党ともクリアした上での解散・総選挙となる。
 

さらに先延ばしして年末解散や来年の通常国会冒頭解散の可能性もゼロではないが、現段階では想定外だ。野田は、消費増税法案を成立させた歴史に残る首相となるが、これだけ国論を2分する大事を成し遂げて、解散をさらに先延ばしするのは憲政の常道に反する。解散作送りはせいぜい臨時国会までが限度だろう。


堂々と消費増税達成で民意を問う事こそが、総仕上げとして不可欠であることを知らなければなるまい。

★筆者より テレビでオリンピックを見なければならないので、月曜日は休みとします。俳句「一打ちで鎌倉の蚊を仕留めたり」


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月26日

◆野田は原発で火中のクリを拾った

杉浦 正章

 

心地よい駆動音を立てて大飯原発4号機がフル稼働の段階に入った。我が国のエネルギー危機はようやくその袋小路から脱する光明が見え始めた。国内に異論を残すが、大勢は小異を残して大同につく。もうこの流れが逆行することはなく、時代は火力、水力、原子力を主軸としたベストミックスの時代に移行する。これに自然エネルギーが加わるかどうかは将来の課題だ。


原発再稼働は民主党政権がもたらした最大のエネルギー危機であったが、首相・野田佳彦の愚直なまでの信念が崖っぷちで「エネルギーパニック」を食い止めた。マスコミも原発再稼働で真っ二つに割れたが、朝日新聞を始め、無知をさらして吠えまくったみのもんたのTBSなど民放テレビの反対派は、60年安保における敗退と同じで脱力感があるに違いない。報道の偏向という意味で反省すべき段階に入ったと言える。
 

関西電力社長の八木誠は、今売り出しの大阪市長・橋下徹など歯牙にもかけないサムライであった。“次の再稼働”について25日「高浜3、4号機が最有力」と明言。 時期については「国にはできるだけ審査を早くしてもらいたい」と述べた。


注目すべきは「電力需給ではなく、わが国のエネルギーセキュリティーを考え、安全性を確認できたプラントはできるだけ早く動かしていきたい」と強調した点だ。これは原発再稼働を単なる停電対策ではなく、日本のエネルギー安保全体を考える立場から行うという観点だ。電力会社存立の原点となる思想を堂々と表明したものといえ、注目に値する発言だ。
 

ここに来て電力会社の“巻き返し”が目立つ。政府の公聴会で中電の課長は「個人として意見を述べたい」とした上で、「福島原発事故では放射能の直接的な影響で死亡した人はいない。5年、10年たっても状況は変わらない」と発言した。


確かに推定10万人が死亡した核爆発のチェルノブイリとは根本的に異なる。マスコミ主導の反原発機運が覆う中で勇気ある発言だ。「電気を潤沢に使えないことで実現しない未来もある」と述べた社員もいる。一連の発言は国家経済の中枢をになう電力会社に、その“気
概”が戻ったものと見るべきであろう。気概をなくした国家に将来はない。
 

それにつけても、ここまで原発問題をこじらしたのはすべてが、繰り返すがすべてが前首相・菅直人の責任に帰する問題だ。たかが東工大で“かじった”くらいの知識で、国の原子力政策を根底から覆そうとしたのである。菅は原子力政策の根幹を揺るがす三つの誤判断を犯した。


まず発端は浜岡原発停止だ。福島原発事故への恐怖感を煽って、何の法的根拠もないままに、事実上の命令を発してストップさせた。これがやみくもなる原発反対ムードに火をつけた。次にいったん経産相・海江田万里が保障した九州電力玄海原発の再稼働“阻止”だ。菅は「ストレステスト」を持ち出してストップをかけたのだ。


これに加えて菅は、自然エネルギーで一儲けしようとしたソフトバンク社長・孫正義とつるんで「自然エネルギー活用幻想」を国中にばらまいた。しかし、1年たっても自然エネルギーが原子力に取って代わり得るめどなど立っていない。依然全体の1%以下でしかないのだ。


自然エネルギーなどに過度の期待を繋いだら、日本は亡国の道をたどるしかなかったのだ。菅政治の1年は一市民運動家レベルの政治屋に国の政治を任すとどうなるかが、恐ろしいほど分かった1年であった。
 

野田の“平衡感覚”は消費増税法案へのぶれない姿勢と共に原子力政策でも発揮された。崖っぷちまで行った反原発の流れにさおさして、巻き返しに成功したのだ。閣内には確信犯的に反原発の経産相・枝野幸男がいる。枝野は前述の八木発言をろくろく確かめもしないで「大変不快な発言であるというのが印象だ」とまでこき下ろした。


しかし枝野の常習犯的反原発発言はもう相手にされなくなってきた。枝野は政治的には原発発言で力量の限界を見せた。国家をになう人材ではない。野田は党に獅子身中の虫の幹事長・輿石東、内閣に枝野を抱えて、よくかじ取りができていると思うほどだ。野田は国連で「日本は原発の安全性を世界最高水準に高める」と演説、原子炉輸出にも積極的だ。
 

今後再稼働は四国電力の伊方、北海道電力の泊、東京電力の柏崎刈羽、関電の高浜3、4号機などが焦点となる。これからは先に法案が成立した原子力規制委員会が事実上決定することになる。委員長には高度情報科学技術研究機構顧問・田中俊一が就任することになる。


田中は「原子力ムラ」とは一定の距離を置く立場を取っており、原発再稼働についても「選択型再稼働」論であるようだ。中立性が求められる委員長人事は「ムラ」では駄目だし、「反原発」ではなおさら駄目。その中間を行く人事を野田はよく決めた。おそらく常識的な再稼働が推進されることになろう。


人事は読売のスクープだが、朝日はブンむくれて26日の社説で「候補者の所信を聞きたい」と難癖をつけている。この場合朝日が難癖をつければつけるほど正しい人事であろう。こうして日本のエネルギー危機は、虎口を脱した。自民党ですら選挙意識で逃げまくった火中のクリを野田はあえて拾ったのだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月25日

◆森の狙いは谷垣再選と話し合い解散の連動

杉浦 正章

 

イチローの電撃移籍の解説には熱心だが、どの新聞も元首相・森喜朗の“電撃引退表明”を解説できていない。なぜこの時点で表明したかといえば、ある意味で森は身を挺(てい)して「話し合い解散」の流れを推し進めようと言うことだ。


自民党内で消費増税法案否決論が高まりつつある中で、森はこれに水を掛け、総裁・谷垣禎一の再選まで条件に出して、消費増税法案の3党合意路線を進めようとしているのだ。いわば“遺言効果”を狙ったものなのだ。この森の主張は、恐らく首相・野田佳彦の琴線にも響くものだろう。
 

自民党内には、野田の早期解散否定と反比例するかのように3党合意破棄論が台頭し始めている。とりまとめの当事者である元幹事長・伊吹文明が「野田さんが党内を甘やかし、つらい決断をした自公両党の迷惑に気付かないのなら、ドラマは参院で始まる」と“ちゃぶ台返し”の可能性に言及。


谷垣側近の元厚生労働相・川崎二郎も21日、津市での記者会見で「党内は、日に日に関連法案の成立前に不信任案を出しても構わないという議論になっている。必ず解散に追い込む」と述べた。加えて「9月30日投票で準備している」とまで言い切って、あくまで今国会解散に固執する構えを見せた。


谷垣支持派としては解散がないまま9月の代表選挙を迎えては、党内の谷垣批判が拡大して再選が不可能になるとの判断が背景にある。
 

こうした中での森の引退表明である。引退の弁を整理すると、まず「今のところ、どう見ても谷垣さんしかいない。(総裁就任から)3年我慢してやってきたし、 瑕疵 ( かし ) はない」と谷垣再選を明確に支持した。これは事実上の町村派オーナーである森が、同派で総裁選に手を挙げている元官房長官・町村信孝と元首相・安倍晋三を支持しないということであり、大変な決断だ。


さらに森は「消費税率引き上げ法案が成立したあと、民主、自民、公明の3党の党首会談を行い、次の衆議院選挙で第1党になった党にほかの党が協力するという約束をして解散すべきだ。今の日本の政治を変える方法はそれしかない」と話し合い解散を明言した。それも3党のうち、自民党が第一党になれば谷垣を首班に、民主党が第一党になれば野田を首班に据えるという選挙後まで見据えた話し合い解散である。
 

森はこれまで解散強硬路線一点張りの谷垣を批判し、面罵するケースすら見られたが、なぜここで再選支持に急転換したかということだ。森は20日に谷垣と食事を共にして会談している。恐らく森は谷垣が少なくとも消費増税法案は成立させる姿勢であることを確認したのであろう。


森はかねてから消費増税法案での3党合意路線を主張してきており、谷垣の合意への姿勢を評価したに違いない。しかし、最近の自民党は、明治維新で司馬遼太郎がよく書いたように「長州藩の浪人志士団の暴発」のごとく参院の前政審会長・山本一太らの“暴発”の可能性が生じている。消費増税法案の成否など無視して首相問責決議案を上程、可決してぎりぎりの状態に野田を追い詰め、解散を獲得しようという動きだ。


これは衆院側にも波及しており、さすがに対自民党協調路線の公明党代表・山口那津男までが「合意を覆すような動きは国民に対して十分な説得力を持たない」と不満を述べる状況に到っている。
 

森はこのままでは消費増税の千載一遇のチャンスを失いかねないと判断したに違いない。そのためには谷垣支持グループに安堵感を与える必要がある。つまり「谷垣再選」を支持するという、インパクトを与えて、3党合意路線に流れを戻そうとしているのだ。


この森の姿勢は、大局観に根ざしており、森にしては見事な対応の部類に入る。野田はこうした動きを多としなければなるまい。ここは3党党首が話し合って、野田はこの際解散を確約すべきだ。


それも早期解散ではなく、民主、自民両党の党首選挙を終えた後での解散、つまり臨時国会冒頭解散を確約すれば良いではないか。9月の党首選挙をクリアして、」野田代表」、「谷垣総裁」で総選挙に臨むのだ。野党は解散先送りは信用出来ないかも知れないが、いったん約束すればもう流れは止まらない。確実に臨時国会解散へと動くものなのだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月24日

◆野田政治とサイレントマジョリティ

杉浦 正章



世の中には道理の分かる人も分からない人もそれぞれ多い。古来「目明き千人盲千人」と言うが、目の見えない人が果たして判断能力に欠けているかというと、下手な「目明き」よりよほど確かである。


したがってこのことわざは「賢者千人盆暗(ぼんくら)千人」と言い直すべきであろう。その盆暗千人を象徴する前元首相二人から首相・野田佳彦が揺さぶられている。元首相・鳩山由紀夫は反原発デモに参加、野田を「シロアリ」と呼び捨てた。前首相・菅直人は野田を面と向かって「国民の怒りの対象になっている」と非難した。オーバーなマスコミ報道で野田は一見孤立風に見えるが孤立しているのだろうか。
 

いま首相が思っていても絶対に口に出してはならないならない言葉を先人が発している。60年安保反対のデモに直面した時の首相・岸信介の発言だ。それは「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私には“声 なき声”が聞こえる」である。デモ隊を刺激して死者まで出した。結局岸は退陣に追い込まれた。


一方でその10年後の1969年に米大統領・ニクソンは、ベトナム戦争に反対する学生運動の盛り上がりに対して「サイレントマジョリティがいる」と発言。やはり問題になったが、今度は本当にサイレントマジョリティの存在が分かった。ニクソンは72年の大統領選挙で50州中49州を制して再選されたのだ。
 

岸の場合は厳しい冷戦構造の中で、ソ連、中国と通じた左翼勢力とのすさまじい戦いであり、明らかに安保改定は国家100年の計を見据えた見事な決断であった。野田の消費増税と原発再起動の決断は、左翼の思惑に一般国民の素朴な感情が加わって広がりを見せているが、これも10年後20年後には正しさが証明されるだろう。


「声なき声」は多数が、歴然と存在するのだ。米軍のオスプレイ配備も一過性の反対運動とみてよい。災害時に米軍がオスプレイで協力すれば一挙に国民感情は好転する。いまや災害救助隊そのものである自衛隊も災害対策に導入したらどうか。


昔、原子力空母寄港反対のデモが盛りあがったが、東日本大震災における米空母艦隊の「トモダチ作戦」で涙を流さんばかりに喜んだのは大多数の国民である。


安保条約は6条と交換公文で重要な装備の変更は事前協議の対象と定めている。だが両国政府はその範囲を核兵器の搬入に限定しており、米国は条約通りに日本防衛義務を果たそうとしているに過ぎない。マスコミの反対キャンペーンはそこに大きな見間違いがある。
 

そこで前元首相の発言に戻ると、あきれんばかりの大衆迎合である。まず菅だ。「『野田さん、あなたは国民の怒りの対象になっていますよ。分かっていますか』と言うと、野田さんは『え、そんなことになっているの』と言っていた」とのやりとりを明らかにした。

しかし、野田も菅にだけは言われたくない思いであろう。国民の怒りの“対象度”を独断ではかれば菅100に対して野田は0.5だ。事故調査の結果、原発事故も菅の初期対応の悪さが引き起こした部分が大きいことが証明されているではないか。


鳩山の「野田首相はミイラ取りがミイラになるように、シロアリ退治隊がシロアリになってしまった」発言も、これまた鳩山にだけは言われたくない発言だろう。雨合羽を着てデモに参加して元首相たるものが大衆にすり寄り迎合する。「みなさんの新しい民主主義を大事にしたい」と扇動する。馬鹿な発言を繰り返して民主党の土台を食い散らしたシロアリは自分であることに目覚めていない。
 

知識人もあきれんばかりだ。TBSの番組で政治学者の御厨貴が反原発デモを「かってのベ平連」と悪名高きベ平連運動にたとえて礼賛。エコノミストであるはずの浜矩子はまるで虎の皮のふんどしをしたカミナリのような表情で原発再起動を「血も凍る話し。刺客を差し向けたい」と物騒にも野田に刺客を出すと宣うた。あの顔から見ると本当にやりかねないから“怖い”のだ。原発停止でエコノミストたる者が国の経済の根幹を破壊しようというのか。もう何を言っても信用出来ない。
 

こうして「盆暗千人」たちは意気軒昂だが、親身になって野田の身を案じているのが消費税旗振り役の民主党税制調査会長・藤井裕久。23日野田に会って「あまり積極的にいろんなことを言うべきでない。九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く。消費税一本に絞るべきだ」と“友情ある説得”をした。


確かに野田は最大の課題の消費増税法案に加えて、原発再起動、尖閣国有化、集団的自衛権、オスプレイと次々に重要な決断を続けざまに出している。いきおい多正面作戦となり、それだけ自民党などが突くすきを見せることになりかねないのも確かだ。しかし、方向性が正しい限りどんどん推進したらいい。


その方が政治の停滞を打ち破れる。歯にきぬを着せぬ元官房長官・野中広務が「こんな首相はちょっとおらんなあという気持ちで眺めてきた」とベタ褒めなのも珍しい。自民党の伊吹文明が「ドラマは参院で始まる」と不気味なご託宣をしているが、野田はもとより承知だろう。ここはひるむことはない。自信を持って物事を進めるべきだ。


俳句:かみなりのふんどしつけしじょけつかな


<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年07月20日

◆橋下は自らを懲戒処分にすべきだ

杉浦 正章


「百年の恋も一時に冷める」というか「百日の説法屁一つ」というか、床屋談義風に言えば「大阪の橋下はんもえらいスキャンダルだすなぁ」。それよりも驚いたのは18日に「コスプレ不倫」が明らかになって、追及すべき記者会見の場が、お追従質問が出るような、なれ合いで“和気あいあい”の雰囲気であったことだ。


市長・橋下徹の笑顔と笑い声に満ちていた。馬鹿丸出しのテレビのコメンテーターがこれを見て、「大阪市民は橋下さんに聖人君子を求めていない」と宣うたのも無理はない。大阪はスキャンダルに甘いのだろうか。確かに会見はまるで半世紀前の政界に戻ったような「甘ちゃん」同士のやりとりであった。


大阪市営地下鉄運転士には「たばこ1本で停職1年」という厳しい懲戒処分を行いながら、自らの不倫疑惑には満面笑みで言い訳して逃れられるのか。これでは大岡越前ではないが「御政道が成り立ちませぬ」のだ。アメリカなら「維新の会」などすっ飛ぶほどの問題なのが分かっていない。
 

確かに政治家と女性問題は、宇野宗佑が89年に神楽坂の芸者に「3本指でどうだ」と30万円で愛人になるよう誘って、首相の座を棒に振るまでは寛容な雰囲気があった。「へそから下の話は男の甲斐性」的な雰囲気があった。


三木武吉は対立候補から「愛人を4人も囲っている」と攻撃を受け「4人は正確ではない。正確な数は5人であります。この女たちはいずれも、身寄りのないものであります。私が捨てれば、彼女等は路頭に迷うだけでしょう。これを捨て去るような不人情なことは、私にはできません」と反論、堂々の当選を果たした。


大野伴睦は暴漢に身を捨ててかばった芸者を愛人にした。その大野が「おれは一生一人の女を守ってきた」と発言、「二号さんがいるじゃないですか」と言われ「だからたった一人の二号を守ってきた」と述べたという。おおらかな時代であった。


大阪の18日の記者会見はその半世紀前の“おおらかさ”が残っているように見えた。記者が「コスプレをお好きなんですか」と、問題意識ゼロで“ヤワ”そのものの質問をすれば、橋下は満面に笑みをたたえて「それはメディアに出ているときから言ってましたけどね。茶髪にしていいかげんにやっていたときはいろいろありますんでね」と得々として答えた。もっぱら「家庭内のことですから」と強調して、「娘には制服を着ろとは言えなくなった」と冗談を飛ばした。
 

この橋下の姿勢は、冗談に紛らせながら事を「過去の出来事」であり、「家庭内のこと」であるというところに矮小化し、マスコミを誘導しようとする姿勢がありありとみられる。


「知事になる前は聖人君子のような生活をしていたわけではない」と言い訳する姿勢は、過去の不倫ならマスコミも追及しまいという判断が見え隠れする。「妻が大変」と強調して「ここでずっと泊まり込むか」と、こともあろうに神聖であるべき市庁舎に泊まって別居するとも言う。


公人としての意識がないのだ。記者団は公私混同を追及すべきところなのに問題意識ゼロで笑っているというありさまだ。
 

過去の問題で済むかと言えば、高い倫理性を求められる米大統領選挙では全く済まされない。共和党候補指名争いでケイン候補やギングリッチ候補が敗退したのは10年も20年も前からの女性スキャンダルだ。予備選挙の段階で、マスコミはもちろん対立候補もあらゆる手段を使って相手候補のスキャンダルをあばく。


とりわけ愛人問題や不倫、セクハラは格好の材料だ。1年間の選挙期間は長く、スキャンダルへの危機管理が出来ない候補は次々に淘汰(とうた)されてゆく。攻撃に耐え抜いて生き残った候補だけが大統領候補として成り立つのだ。だから“強い”大統領が生まれ、宇野のように就任後3日でスキャンダルが暴かれるようなことはないのだ。
 

政界は橋下に「大阪を都にせよ」など数々の暴論を唱えられて、「はいはい橋下様」と維新の会ブームに逆らわないようにしてきた。みんなの党のようにこびを売る党もある。


しかし「脱原発で倒閣論」をぶった橋下が「再稼働容認」、「野田礼賛」とくるくる変わるのを見て、「しょせんは田舎大名が馬脚を現し始めた」(民主党幹部)という見方が定着し始めている。そこにこのスキャンダルだ。


大いなる時代錯誤と大いなる田舎ムードの大阪市民も、ミニヒットラーのこの体たらくにはさすがに目を覚まし始めたのではないか。記者会見も19日になって遅ればせながら厳しい質問が出始めたという。これで府知事や市長になってからのスキャンダルが出れば、一巻の終わりとなる。


★筆者より、月曜(23日)は夏休みで休刊します


<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月19日

◆鳩山の対抗馬擁立では勝負になるまい

杉浦 正章

 
小さなカマキリが前足を振り上げて大きな車に立ち向かうことを「蟷螂(とうろう)の斧」という。「荘子」にあるが、もはや元首相・鳩山由紀夫がそう見える。


18日も首相・野田佳彦に対抗して9月の代表選への候補擁立に言及したかと思うと、離党カードを振りかざす。離党と対抗馬擁立は180度相矛盾していることなのに、堂々とルーピーは公言する。しかし離党カードは、川柳で言えば<えっまだ居たのと驚かれ>というくらいで、ブラフにはならない。対抗馬も消費増税法案反対派にはろくな候補がいなくて勝負にならない。
 

要するに鳩山は民主党に対するオーナー意識が強すぎるのだ。18日もネット番組で「私がたった一人で動き始め、民主党を作った。私がいなければ民主党はなかった。今の変節した民主党にも愛情はある。原点を取り戻すことが可能かどうか追求したい」と強調したという。本人は金も出したし、汗もかいた。この党をにっくき野田ごときにろう断されてなるものかという怨念に凝り固まっているのだ。


ひとたび作った政党が、本人の能力に起因して、ダメージを受け続けていることなどはとんと忘れている。普天間問題で「最低でも県外」発言に象徴される支離滅裂さが、内閣退陣の直接原因になったことも忘却の彼方だ。退陣が実現しなかったら作った民主党がつぶれていたかもしれないのだ。


自らが消費増税法案をめぐる戦いに完敗したことも、全く理解出来ていない。だから代表選を「民主党が政権交代の原点を取り戻すラストチャンスだ」と位置づけ、「次の代表選挙でどういう人材を擁立すれば、民主党の原点をもう一度取り戻すことができるのか試していきたい」と対抗馬擁立を宣言したのだ。


しかし代表選の候補になり得る人材は、副総理・岡田克也も政調会長・前原誠司も政調会長代行・仙谷由人も消費増税法案賛成派だ。反対派の山田正彦や川内博史では、とても戦えない。ジョークにもならない。先が読めないからこそ反対派であることが分かっていない。
 

それでは、離党カードの方はどうか。鳩山は「外で、野党的な立場から政権に対して正しい方向を求めていくのか、その辺の決断をしなければならない時が来る」と述べているが、本当にそのカードが切れるのか。鳩山が1人で離党しても様にならない。問題は何人付いて行くかにある。


民主党は相次ぐ離党騒ぎで、衆院で単独過半数割れまで11議席、参院では第1会派転落まで3議席に迫った。参院の方はもともとねじれているから大したインパクトはないが、衆院で過半数割れとなれば内閣不信任案が可決され得る。確かに代表選挙で首相を交代させるより、不信任案可決で追い込んだ方が一見インパクトが強いように見える。


しかしこれも淺知恵だ。可決されれば野田は解散を選ぶ。総選挙では、鳩山は間違いなく除名処分となって落選しかねない。鳩山への同調者も、盟友小沢一郎の新党も壊滅する流れだ。不信任案可決はまさに両刃の剣で自分に災いが降りかかることになるのだ。それを承知で、鳩山に付いて離党する衆院議員が何人いるかだ。
 

これは野田の懐柔策にかかっていることでもある。野田は金科玉条の3党合意を破壊しかねない“きわどい”発言で懐柔し始めている。18日も国会で3党合意の修正について「参院での議論の中で新たな観点が見つかったり、より改善されるなら、そういう議論があってしかるべきだ。予断を持っているわけではない」と述べ、参院での再修正に含みを持たせたのだ。


しかし本心では野党の反発が不可避の本格的な修正などできるとは思っていまい。苦し紛れの離党食い止め発言だ。


一方、参院では幹事長・一川保夫が同日夜、不満分子十数人を集め、懐柔工作に乗り出した。とりあえずは離党を避けることで一致したようである。野田にしてみれば鳩山などは出て行ってもらって結構くらいにしか思っていまい。


しかし同調者を増やしたくないのだ。対抗馬擁立にせよ離党にせよ、1人の当事者能力に欠けた政治家の言動をマスコミがもてはやしすぎるところにも問題はある。無視すればいいのだが、センセーショナリズムがそれを許さない。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月18日

◆自民の“輿石不信”で波乱含み:参院審議

杉浦 正章



どうも危機的状況の時に、言ってはいけない発言を繰り返す傾向があるのが民主党幹事長・輿石東。ここは参院議員3人の離党に続きそうな動きにストップをかけるべき時に、「政権が崩壊する」はない。おまけに造反防止策について「あったら教えてもらいたい」と開き直る。まるで学級崩壊放置の日教組だ。

衆院で消費増税法案の迷走を招いた張本人も輿石であり、これでは参院でも野党が反発して特別委員会における消費増税法案審議の行く末が思いやられる。参院自民党の幹部は「ネックは輿石幹事長」と漏らしている。全く信用されていないのだ。参院自民党と輿石の対立は野田が油断していると、思わぬ伏兵として作用する可能性がある。
 

社会保障と税の一体改革関連法案の審議が18日から始まり、いよいよ消費税政局は参院に所を変えてぎりぎりの攻防戦に入る。いまのところ審議時間は90時間程度が予定されており、順調にいけば、8月上旬か中旬には成立のはこびとなる。問題は順調にいくかどうかだ。


というのも首相・野田佳彦はいわば民主党を熱い風呂に入れている。焚き口からは消費増税法案のまきがくべられたかと思うと原発再起動の油が注がれ、ついでに尖閣諸島国有化、環太平洋経済連携協定(TPP)もくべてしまえとどんどん“可燃物”をぶち込む。政権に目標を絶やさないのが野田流運営術であり、方向としては大道を行く正しい姿だ。
 

この熱い風呂に我慢が出来なくなって最初に飛び出したのが小沢一派であり、続くのが今回の参院議員の離党だ。小沢は主として反消費税だが、今度は反原発であり、新展開だ。


おりから官邸の外では脱原発のデモが盛んに行われており、絶対に漏れてはならない護衛官に対する首相の車の中でのつぶやき「大きな音がしますね」がリークされ、あおっている。まるで60年安保闘争で岸信介が「プロ野球の後楽園球場、学生野球の神宮球場は人でいっぱいだ」と漏らして、デモの火に油を注いだケースとスケールは違うが似ていなくもない。

こうした弱点を選挙だけを考える「政治屋」が利用しようと考えるのだ。しかしそこには次の世代や国家100年の計への深い考察はない。自分の選挙だけがよければよいという破れかぶれの淺知恵とポピュリズムだけが存在する。
 

こうした中で輿石は3人の離党に「民主党ががけっぷちに立っているという危機的状況を共有しなければ、大変なことになる。国民の信を問う前に、政権が崩壊する」と述べたのだ。しかし3人離党したくらいで、選挙前に政権が崩壊するだろうか。


もともと参院は与野党が逆転しており、3人出ようが、自民党に追い抜かれようが大勢には変わりはないのだ。むしろ輿石が離党情報を事前に察知できなかったことの方が問題だ。当事者能力欠如を物語るのだ。輿石がやらねばならない最大の課題は離党予備軍への動揺を食い止めることであろう。
 

参院のドンなら、自ら率先して引き締めにかかるべきところを、「方法があったら教えてもらいたい」では、はじめから投げているとしか思えない。自分自身の統率力欠如を棚に上げて、まるで「消費増税が悪い」と言っているように聞こえるではないか。もともと衆院段階で輿石は消費増税法案の継続審議を狙って小沢を懐柔しようとしたが、危険を察知して野田が自らの陣頭指揮で3党合意を先行させた。ここはその3党合意路線をひたすら守り抜くしかないのだ。
 

こうした輿石の姿を参院自民党は全く信用していない。参院自民党急先鋒で“着火マン”の異名をとる山本一太は、自身のブログで輿石への不信感をあらわにすると共に、“ちゃぶ台返し”論を展開している。3党合意破棄論だ。山本は「民主党内の3党合意への造反を見るとちゃぶ台をひっくり返す、すなわちこの法案を参院で否決する又は成立させる前に総理問責を突きつけるほうが、国民のためになるのではないかという思いが、日々、強くなっている」と述べているのだ。
 

参院自民党執行部は先に防衛相・田中直紀らへの問責決議案を会期半ばで提出するという強硬手段に打って出て、事態を内閣改造へと発展させた。いわば関東軍であり何をしでかすか分からないところがある。小沢が早期解散を恐れて、内閣不信任案をちゅうちょしているのに対して、参院自民党は首相問責決議案を審議途中で出しかねないのだ。


こうした強硬姿勢を自民党総裁・谷垣禎一が、野田を解散へと追い込むために“活用”できればいいが、手に負えなくなって暴走させれば、消費税法案が吹き飛びかねない要素もある。谷垣の基本路線は「参院での仕事を成し遂げたら、直ちに衆院解散に追い込んでいく」と法案成立後の衆院解散だ。


この局面での大道を言うならば、まさに法案成立最優先して、その後での激突だろうが、寸前暗黒。野田は何が起きるか分からないと用心しておいた方がよい。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月17日

◆野田・谷垣再選で“臨時国会解散”説

杉浦 正章



 15日のTBSテレビで司会者から「野田再選」を聞かれて政調会長代行・仙谷由人は「多分ね」と答えた。この「多分ね」に“読み”を入れると背景が深い事が分かる。首相・野田佳彦が民主党代表に再選されるかどうかのキーポイントがそこに存在するからだ。

9月の代表選挙と自民党の総裁選挙が“8月解散”と“真逆”でかかわる構図が浮かび上がるのだ。野田は「解散イコール再選なし」、自民党総裁・谷垣禎一は「解散イコール再選可能」の図式が見えるのだ。その激突の構図を電話で“秘密会談”の二人が乗り切れるのかどうかだが、一部にささやかれ始めたのは秋の臨時国会への解散先延ばし説だ。
 

民主党内は小沢一郎の離党が「せいせいする」(首相側近)と「せいせい効果」をもたらして、返って民主党内は筋肉質に締まった感じが濃厚だ。鳩山由紀夫が「離党しないが消費税に反対」と駄々をこねているが、離党しないのでは迫力がない。当面執行部が懐柔し続けるだろう。

こうした中で15日になって、にわかに「野田再選論」が台頭し始めた。50人の党内最大グループを抱える政調会長・前原誠司が「首相はしっかりと仕事をされており、首相はころころ代わるべきではない。私はどんな立場でもしっかりと野田さんを支えていきたい」と再選支持の口火を切った。
 

さらに仙谷も冒頭述べた「多分ね」のあとに「消費税増税をやり抜きつつあるリーダーであるし、たじろがずに原発再起動も決め、外国から見ても評価が高い」と野田を褒めちぎっているのだ。両者の発言が象徴するものは、現在の民主党内の空気は「野田再選」へと動き始めているということだ。ただしそれには無言の条件がついている。解散先送りの条件だ。

野田には、民主党の置かれた選挙事情が密接に絡むのだ。3年前の「追い風」はぱたりと止み、今や逆風が吹きすさんでいる。同党所属衆院議員の願望は解散・総選挙が遅ければ遅いほどいいという一点に絞られている。それを無視して野田が8月解散・9月選挙に踏み切れば、結果は新聞に「惨敗」「大敗」の文字が躍るのだ。もはや政権与党ではあり得なくなるのが常識だ。

その民主党を惨敗に導いた代表を「再選」させるだろうか。憲政の常道として政党を破滅的な敗北に導いたトップが居座ることは困難なのだ。本人も辞退するだろう。それでも人が居ないケースはあり得るから、完全に再選を否定は出来ない。しかし「選挙大敗」の視点を欠いて「再選だ」と読むのは読みが浅いのだ。
 

一方で再選問題がやはり動き出しているのが自民党だ。昨年末ワシントンで総裁選への立候補を明言してひんしゅくを買った幹事長・石原伸晃は最近では「谷垣総裁を全力で支える」にトーンダウンした。

しかし「万が一の事態のために絶えず準備している」と立候補への意欲を維持している。この「万が一」という言葉は、再選がない可能性もあり得ることを物語ってる。つまり解散に持ち込めなければ再選がない可能性があるのだ。
 

谷垣の場合は、ただでさえ“ポスト谷垣”がうごめいている中で、8月解散に追い込めなかったらどうなるかだ。もはや総裁選候補とすらみなされなくなってもおかしくない。自民党内は石原、石破茂などへと急速な「若返り」志向をたどるだろう。

したがって谷垣は消費増税法案と関連法案が成立する8月上旬には、内閣不信任案や首相問責決議案を軸に、野田を解散に追い込むためのあらゆる手段を講ぜざるを得ないのだ。
 

要するにここで冒頭述べたように野田は解散すれば再選なし、谷垣は解散なければ再選なしの構図が浮かび上がるのだ。ぎりぎりでどちらが勝つかの土壇場状況になっていくことは間違いない。これが本筋の読みだ。

しかし“脇筋”の読みがないかというとそうでもない。両者の折り合う目は全くないわけではないのだ。まるでサーカスの空中ブランコのような荒技だが、永田町でささやかれている案が一つだけある。

それは野田が谷垣に10月の臨時国会冒頭での解散を確約する“紳士協定”を結ぶことだ。事実上の「話し合い解散」となるが、時期は言われていた今国会でなく、両党が代表選、総裁選を終えた秋の国会だ。秋ともなれば任期は3年を超え、政界はまさしく「解散適齢期」となる。加えて野田は選挙前だから代表再選が可能となる。谷垣も解散を確約させたのだから再選への道が開ける。

しかし、よほどの確約でなければ話しは成立しない。だからサーカス的なのだが、今後ぎりぎりの状況になれば浮上する可能性がある。激突の本流中で、わずかではあっても可能性を全く除外できないところに政治の面白さがある。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月13日

◆野田は今世紀初の名宰相だ

杉浦 正章

 

佐藤栄作以来の政権をウオッチしているが、21世紀に入ってからの日本は、何とすぐれたリーダーに巡り会えなかった国だろうかとつくづく思う。首相になった途端に首相番記者ごときと諍いを繰り返した森喜朗。劇場型パフォーマンスだけで消費税など肝心のポイントから逃げた小泉純一郎。ノイローゼの安倍晋三。


そつがないだけの福田康夫。はちゃめちゃの麻生太郎。そして首相の座に座ること自体が犯罪的であった鳩山由紀夫と菅直人。共通しているのは菅を除けば政治家一家に生まれた2代目、3代目などだ。いかに坊ちゃん政治家が“ヤワ”であるかを物語る存在ばかりであった。そこに登場した首相・野田佳彦は、ドジョウどころかまるで掃きだめ官邸に舞い降りたツルのように見える。なぜか。信念の政治を貫き通しているからだ。
 

東京駐在の外国人特派員、とりわけ米欧系の記者達は2線級だから信用していない。人が好い黄色人種の国に居ると、自分の国の体たらくは棚に上げて、どうしても上から目線でものを見る。


とりわけニューヨークタイムズなどに不愉快になる記事が多い。支える日本人スタッフの能力も低いケースが多いのだろう。ところが最近二つの有力報道機関の政治記事だけはポイントをとらえていると思う。


米紙ワシントンポストは野田を「ここ数年で最も賢明な首相」、英誌エコノミストは「野田氏は過去数代の自民党出身の首相の業績を足し合わせたよりも大きな仕事を成し遂げようとしている」と高く評価したのだ。なぜここに来て特派員らが野田の評価を高めているかと言えば、やはり歴代首相が出来なかった課題に果敢に取り組む信念の姿勢を評価したのだろう。
 

官邸詰めを13年も経験したから分かるが、首相の感ずるストレスは並大抵のものではない。あの田中角栄が「首相を1年やると狐がついたような精神状態になる」と漏らしていたほどだ。相当タフな精神状態でないと耐えられないポストなのだ。


とりわけ国民に不人気な政策に正面から取りかかろうとすれば、これを利用しようとする政治屋がシロアリのように群がり、政権をむしばもうとする。先の読めない政治屋が、もっともらしい理屈をつけて揺さぶりを掛ける。一連の消費税制局はまさに、その様相を濃くしている。暗愚宰相の見本のような鳩山までから「自民党野田派」といった、サルの尻笑いのような暴言も受ける。自分は「小沢派別動隊」であることは棚に上げてだ。
 

まず野田はこれに耐え抜いているだけでも偉い。耐えているだけではない、消費増税法案や原発再稼働への取り組みを見ていると10年、20年先を読んだ透徹した歴史観のようなものを感ずる。歴史的世界の構造やその発展についての一つの体系的な見方が野田の思考形態には存在するのだ。何が国民にとって、日本という国にとって最良かの判断がまず確固としてあって、ぶれないのだ。


消費増税にしても、「政局」だけに生きる小沢一郎的な邪悪さに真っ向から対峙する度胸もある。原発の再稼働ほど一部の感情論にとらわれない、胸のすくような決定はない。国の将来の発展を見据え切った対応だ。内政だけではなく、外交・安保についても同様な歴史観がある。


台頭著しい中国とどう向き合うかについても、判断は正しい。尖閣列島国有化発言がそうだ。都知事・石原慎太郎にリードさせておけば、日中関係が危機的な状況に陥るというバランス感覚が正確に作用しているのだ。
 

政局に立ち向かう姿も背骨が通っている。通常の政治家なら民主党の300議席のパイを何が何でも死守しようとするだろう。しかし野田歴史観はそれすらも遠ざけるかのようである。本人は口が裂けても言わないだろうが、国家、国民のためという視点から見れば一政党の議席など2次的なものだという視点が垣間見られるのだ。


ここに野田が孤独な戦いに臨むことのできるエネルギーが存在するのだ。外国特派員ですらこれを見逃さない。前述のエコノミスト誌は「解散総選挙に打って出れば野田氏率いる民主党は敗北が濃厚だが、氏はそんなことはどうでも良いと腹をくくっているから力を発揮できる」とその覚悟を称賛しているのだ。弁舌は巧みだが、巧言令色に陥らない。国会での失言もあきれるほど少ない
 

要するに野田は体を張っている。いま野田に匹敵する政治家が与野党に存在するかと言えば、いない。民主党内では岡田克也、前原誠司、仙谷由人がこの政局に鍛えられて伸びているが、野田には及ばない。


野党はどうかと言えば、自民党は優柔不断の総裁・谷垣禎一が政権の座に就いて野田と同様の信念の政治を発揮できるか怪しい。目立つのは石破茂だが党内的に弱い。石原伸晃はまだ嘴(くちばし)が黄色い。町村信孝は人望が広がらない。


政局は野党の解散指向もあって8月から激突段階に突入するが、野田を消費増税だけをやらせて葬り去るのは惜しい気がする。野田を軸にして政界再編が起きてもおかしくはないが、フィクサーがいない。党利党略はこれを許しにくい状況に立ち至るだろう。まだ55歳だからいったん首相の座を去っても本人にやる気があれば、再登板のチャンスは出てくる。

★俳句:流星の下で幻灯見しことも


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月12日

◆「落人新党」の展望なき船出

杉浦 正章



壇ノ浦の決戦は消費増税法案の衆院通過で勝負がついているのが「小沢新党」には理解できないのだ。今後は選挙区への「刺客」や他党による“落人狩り”が進む。今は遠巻きにしているが徐々に新党包囲の輪は狭まり、平家の頭領・小沢一郎は祖谷のかずら橋の先に落ち延びるしかないのだ。新党新党と騒がしいが、その実態はお先は真っ暗の展望なき船出なのだ。


頼みの綱は右往左往の公家集団を率いる鳩山由紀夫しかいない。本人は徹夜で考えた「自民党野田派」という“悪たれ口”で首相・野田佳彦をこき下ろすしかない。「おじゃる。おじゃる」がどこにおじゃるかだか、これも明日をも知れぬ身なのだ。
 

何を勘違いしているのか小沢チルドレンが世論調査の新党への期待が「15%もある」と喜んでいるそうだ。政党支持率で民主・自民に匹敵するのだそうだが、全く理解していない。


「新党に期待するか」と聞くから朝日で15%、NHKで14%なのであって期待しないは朝日78%、NHK82%だ。「どの党を支持するか」の政党支持率調査なら新党はコンマ以下で判別不能がいいところだろう。事ほどさように錯誤も錯誤、大時代錯誤なのが新党「国民の生活が第一」なのである。なぜ自分が権力闘争に敗れたのかすら分かっていないのだ。
 

党名が象徴するものは柳の下に泥鰌が2匹いるという誤判断でもある。09年の総選挙に掲げたキャッチフレーズをそのまま使った。しかし誰の目にもマニフェストの破たんは明確であり、野田が消費増税に踏み切らざるを得なかったのもそこにある。その破たんしたマニフェストにすがれば、小沢はもう一度風が吹くとでも思っているのだろうか。国民は「3年前にはだまされた。早く選挙にならないか」と思っているのだ。2度にわたって国民をだませると思っている政治感覚が疑われるのだ。
 

反消費税と脱原発、地域主権改革が旗印だが、まさにポピュリズムそのもので「風よ吹け」とばかりに、“第3極結集”の争点を投げかけたつもりなのだろう。小沢はマニフェスト至上主義だが、政権党にいる間、自らマニフェストを実行しようとしたとは寡聞にして聞かない。


逆に暫定税率廃止をひっくり返して、最初にマニフェストを破ったのは小沢自身ではないか。反消費増税も世論調査で反対が多いからの選択に過ぎない。次世代にツケを回さず、破たん直前の年金、医療を辛うじて支えるのに、他に方法があるのかは示したことがない。


脱原発の首相・菅直人への不信任案で自民党に同調しようとしたのは昨年夏のことではないか。今度は逆に脱原発を“活用”しようとしているのだ。まさに「政治家は次の世代を考え、政治屋は次の選挙を考える」を地で行くお方なのである。
 

地域主権も折から騒がれている地域政党ブームに秋波を送っている姿がありありだが、大年増どころか古希の婆さんの色目のようで背筋が寒くなる。石原慎太郎からは「死ぬほど嫌だ」と嫌われ、頼みの綱は大阪市長・橋下徹だ。


ところが大阪維新の会幹事長の松井一郎は11日、小沢との連携について、「我々の政策とは違う。その可能性はゼロ」ときっぱり絶縁宣言だ。反消費増税、反原発で「民主党政権には代わってもらう」と倒閣宣言をしていた橋下も「やっぱり野田さんはすごいですよ」と一転して野田をベタ褒め。田舎のあんちゃんのような節操の無さを露呈した。永田町では「小沢の秋波から逃げたい一心の発言」という見方が定着している。
 

こうして、小沢は新党結成史上でももっとも高揚感のない新党を発足させたことになる。武器は「野田内閣不信任案」を目指すくらいしかない。しかし、これにもジレンマがある。不信任案が成立すれば野田は当然総辞職でなく解散を選択する。解散となれば小沢新党の候補たちは“草刈り場”になってしまう。寄せ集めながら衆院での野党第2党を誇っていても、解散が早ければ早いほど、新党崩壊も早いということになるのだ。


だから小沢は11日も不信任決議案や問責決議案の提出について「参院議員の良識的な行動を望みたい。それがどうしてもかなわない状況になってから、いろいろなことは考えるべきだ」と煮え切らない発言にとどまっている。よくよく冷静になって考えてみれば不信任案は新党の自殺行為であることが分かってきたのだ。
 

「党を統治できないような状況で、国を統治できるのか」とこれまた徹夜で考えた“名言”で鳩山は不信任案賛成をほのめかす。全国民が鳩山の「統治」がなくなってほっとしていることも分かっていない。ひょっとしたら鳩山は“超然的な超大物”かもしれないと思えてきた。

確かに鳩山ら離党予備軍から15人が加われば不信任案上程が可能となる。野党の賛成で可決できても、自民・公明両党にはチャンス到来だが、「小沢新党」だけは展望は開けない。それどころかつぶれる。鳩山も今度こそ除名となるが、離党すれば選挙も落選だろう。


波乱要因となっても空しいことが遅ればせながら分かってこよう。いや、ルーピーでは最後まで分からないかもしれない。
★俳句 爽やかや稚(やや)の語ってゐるつもり


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年07月11日

◆野田は「尖閣国有化」を迷わず推進せよ

杉浦 正章


なりふり構わぬ直進型右翼政治家と思っていたら、都知事・石原慎太郎も79歳ともなると“老獪”型に変貌したようだ。尖閣列島の東京都による購入に拘泥して譲らない。そればかりか首相・野田佳彦を攻撃し始めた。浅薄にも「選挙対策だ」というのだ。

しかし、永田町には、尖閣購入を最大の旗印に新党を結成しようとしていたのは逆に石原だという見方が支配的だ。アイデアを横取りされかねないから怒っているというのだ。日中間に刺さった棘を、政界への己の見果てぬ夢のために利用しようとしている。そうだとすれば、これこそ国家を危機に陥れかねない野望ではないか。
 
ワシントンでの4月16日の講演で「尖閣は東京都が守る」と暴論を吐いて購入計画を明らかにした後石原は、帰国後に野田と会談している。この後石原は「尖閣問題は話に出なかった」と発言している。筆者は「うそを言うな」と思っていた。購入発言の直後に首相と会ってその話をしないはずはないと思ったからだ。

案の定、今になって「野田に会ったときにあなたに購入の意志があるのなら、2人で念書を交わして東京都が取得したらその後に国に渡す。それでいいじゃないかと言った。そうしたら野田は『はあ』とか言っていた」と重大な事実を明らかにしたのだ。
 
野田は石原の話があったからこそ、国が購入する計画を進め、6日に方針を伝達したのだ。国会で「尖閣諸島を平穏かつ安定的に維持管理するには、どうしたらいいかという観点のなかで、今、さまざまなレベルで、さまざまな接触をしている」とも述べた。

もともと国はかねてから地権者と接触を続けてきたが、埼玉の大地主だった地権者には、国に戦後農地改革で土地を接収されたわだかまりが潜在しているといわれる。よい返事を与えなかったのだ。石原の論理が矛盾しているのは、東京都が買った後国に譲渡するというのなら、なにも最初から国が買ってもおかしくないではないか。地権者が渋るのなら地権者を国に売るように説得すべきではないのか。
 
それが出来ない理由は何かといえば狙っている「石原新党」の結成と、寄付金13億円の処理だ。石原は当初亀井静香の口車に乗って3月にも新党を立ち上げる予定だったが、亀井やたちあがれ日本の平沼赳夫ではいかにもイメージが悪く、動くに動けない状況が続いている。

民主党筋によるとそこで考えたのが地権者との間で話が進行している尖閣購入問題の「石原新党」への活用だという。寄付金が何と13億円も集まる人気を目の当たりにして、尖閣を旗印に新党を立ち上げようと考えたのだ。その矢先の政権による朝日へのリークと、これに次ぐ野田発言であった。

虚を突かれた石原は激怒して口を極めて野田批判を展開した。石原は野田を「選挙を前にした人気稼ぎだ」と決めつけた。おそらく地権者周辺にも吹き込んだと見えて、周辺からは「選挙を前にしたパフォーマンスであり、消費税や原発再稼働をカムフラージュしようとしている」と、明らかに“玄人判断”の発言が飛び出している。
 
まさに、野田が意図したか、しないかは別にして、国による尖閣購入は、「石原新党」へのブレーキとなってしまったのだ。石原は飽くなき政界復帰への野望を捨てきれないまま、ふつふつとした思いにかられているのだ。おまけに国が購入するとなれば独走して集めた13億円もの寄付金の処置に困ることになりかねない。

石原は、もっと寄付金が集まるところを 国有化方針で寄付者がちゅうちょし始めると思っているに違いない。これも怒りを増幅させた原因であろう。国が購入すれば集めた金は宙に浮く。寄付者の目的通りに使われない場合には訴訟が起きかねない。
 
要するに1自治体のトップには、あってはならない国の外交・安保への“しゃしゃり出”が、自らを窮地に起きかねない事態を招いたのだ。もともと尖閣列島の主権は日本にあり、領土問題は存在していない。ことは単なる土地所有権の問題であり、所有権が個人であろうと国であろうと日本の領土であることに変わりはないし、実効支配も継続し続ける。

中国は最初は事の展開を理解できなかったといわれる。というのも中国はすべての土地が国有地であり、土地の売買など考えられないからだ。その中国をあえて意図的に刺激して、波乱材料として、原爆保有にもつながる極右の野望を達成しようというのが石原の意図なのだ。
 
野田はひるむことはない。そもそも領土の保全は国の主権の最たるものであり、1都知事の個人的な思惑で左右されるべきものでもない。このまま都の購入を認めれば、石原は諸島購入をいいことにして政府に対中強硬外交を進めさせるべく揺さぶりを掛けるだろう。

確実に日中間に危険材料を横たえることになる。国に譲渡すると言ってもそれまでに何をしでかすか分からないから問題ななのだ。現に腹心の副知事・猪瀬直樹は、国への譲渡について「リップサービス」とテレビに語っている。全く信用出来ないのだ。

野田の思惑には、石原に尖閣問題を委ねてはコントロールが効かなくなり、対中関係が一段と悪化する事への懸念がある。これは実にまっとうな外交・安保上の考察である。石原の個人的な主義主張や思惑に惑わされることなく、国による購入計画を推進すべきである。

一部国民は石原発言で対中弱腰外交への溜飲を下げるのもいいが、見当違いの石原の思惑にはまる寄付など思いとどまった方がよい。そんなカネがあったら社会福祉施設にでも寄付してはどうか。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)