2012年11月15日

◆民主落城の野田“電撃自滅解散”

杉浦 正章

 

押している方がつんのめったような電撃的な解散の表明であった。総選挙惨敗覚悟の自滅解散だ。首相・野田佳彦による14日の決意表明により、16日解散で来月16日の選挙が確定した。選挙情勢をあえて分析すれば自民党が第一党になることは確実で、公明党などとの連立で政権に就く流れだ。


2009年9月16日に発足した民主党政権は、内政・外交に混迷をもたらした迷走の末3年3か月で終止符を打つ。新政権は年内に最終的予算編成に着手、通常国会に臨む。
 

首相がいったん解散の腹を固めると、これほど強くなって主導権を握れるものなのだ。歌舞伎で、口論の末に、両方掛け合いで、「さあさあさあ」と調子を高めていくせりふを「繰り上げ」と言う。ところが党首討論では野田が一方的に「さあさあ」というのに、自民党総裁・安倍晋三は狼狽(ろうばい)してオタオタ状態だった。無理もない野田は直前の国民新党代表・自見庄三郎との会談でも「『解散する』などということは申し上げるつもりはない」と大うそをついていたからだ。


安倍はつんのめって事態が理解できず、野田が解散日程を具体的に提示すると言っているのに「私の質問に答えていない」とピントが狂った反応。野田が通常国会での定数削減と引き替えに「16日解散」を口に出しても「今、私と野田さんだけで決めていいはずはない。議論をすり替えている」と、まるで見当違い。自民党席からメモが入って、野田が子供にも分かる表現で説明して、やっと理解できて「それは約束ですね、よろしいですね、よろしいですね」とよろけんばかりの喜び方だった。


乾坤一擲の場面では野田の方が数段上であった。副総理・岡田克也から「政治家の器の大小がはっきりした」と言われてしまってはどうしようもない。


野田が幹事長・輿石東に漏らしたのは党首討論直前であり、輿石をいかに信用していないかの左証だ。閣僚席を観察すれば岡田だけは知っていた感じだが、前原誠司は知らされていなかった。固唾をのんで聞いていた顔を観察するだけで分かる事だ。事実上「1人の決断」であったに違いない。


野田はうそつき呼ばわりが一番こたえていたとみえて、討論でも小学生時代の秘話をあえて明らかにしている。それは成績が悪い通知表を父親が怒るかと思ったら褒められたというエピソードだ。通知表の生活態度の欄には「野田君は正直な上に馬鹿がつく」と書いてあったというのだ。恐らく野田はこれが一番言いたかったことに違いない。
 

こうして電撃解散となったが、実態は筆者が1年前から一切ぶれずに言い続けてきた話し合い解散そのものである。政策上の3条件で話がついて解散を断行するということは、誰が見ても話し合い解散だ。


野田がここに来て解散に踏み切った背景だが、「うそつき批判の解消」に加えて大きな理由が2つある。1つは党内の「野田降ろし」。もう一つは第3極対策だ。


輿石の小沢一郎とつるんだ動きや、公然と野田降ろしが表面化する事態をこのまま放置すれば、野田にとって事態は悪化の一途をたどる。離党者は続出して、不信任案も可決し得る事態となる。そうなれば野党は手っ取り早く不信任可決に動く可能性が高い。解散反対閣僚も辞任するだろう。
 

解散をめぐって多数派工作が始まれば、野田は手足を縛られてしまうのだ。これには電撃解散で切り返すしか手はない。加えて18日からは東南アジア諸国連合(ASEAN)会議でのカンボジア行きが決まっており、解散しなければ留守中に“クーデター”となるのは必至だ。切り返した結果は党内反対派がひるんだ。ひるんでオタオタしている間にもう明日は解散となる。


選挙になれば、議員は選挙区対策でよほどの馬鹿以外は離党など本当はしていられないのだ。離党したければ何人でも勝手に出て行けというのが野田の解散断行決断だ。もっとも議員バッジがなくなった者が離党しても、もうマスコミもはやさない。鳩山由紀夫が離党すればこんなにすっきりすることもない。要するに民主党政権はもう“落城”なのだ。
 

もう一つは第3極だ。第3極などと言う言葉はマスコミが勝手に作った言葉であり、まだ「3,4,5、6極 」と言った方がいい。民主党議席への食い込みを狙う日本維新の会は、まだ全候補者を決めるに到らず、石原新党との候補者調整はおろか政策調整すら難航している。この虚を突くのが電撃解散の狙いでもあるのだ。


加えて今回の選挙ほど小党が乱立する例は珍しい。15党がしのぎを削るわけだから自ずと票も分散する。新党、小政党の態勢が整わないうちの方が民主党にとって負けが少ないのだ。
 

こうして、1票の格差是正の「0増5減」は実現しても、区割りと周知は間に合わず、違憲状態のままの選挙に突入する。選挙後に最高裁が無効判決を出しても、出す方の状況判断が問われる。有権者の信託を得た新政権が出来、政策の歯車が回り、内政・外交が進展している1年か2年後に無効判決を出しても、いたずらに国政を混乱させるだけだ。ここは衆院の意向として「0増5減」が実現して、次々回の改正に間に合えば十分だ。最高裁も観念するしかない。


それにつけても小沢の党首討論での精彩の無さは異常だ。愚にもつかないご託を並べて質問時間を稼いでいるようにしか見えなかった。小沢のお通夜のような質問は、いよいよ終わりの始まりなのだろう。

          <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年11月14日

◆まるで“政権亡者”の悪あがきだ:民主党内

杉浦 正章

 

解散反対の理由で幹事長・輿石東が、「幹事長室に陳情が来なくなる」と強調したのには驚いた。政権党の幹事長の職というのは、“おいしい”ポジションとは聞いていたが、そんなに離れがたい“特典”があるものであったのか。


輿石の扇動で噴出した、民主党内の解散反対論は一言で言えば“政権亡者”の露呈だ。反対論はひたすら国家国民より自分の身分が大切であり、3年あまりにわたる民主党政権の失政に次ぐ失政が解散論の根源にあることに気が付かない。一日でも長く「先生」と呼ばれたいのだ。


一方で民自公路線が赤字国債発行法案をめぐって復活した。野田は消費増税法案の際と同様に党内の反対を押し切り、同路線に乗って解散を断行する構図となってきた。
 

テレビに出て「解散反対」を唱える連中もまさに老いて醜い姿そのものだ。老醜右代表の渡部恒三が任期満了選挙を唱えれば、藤井裕久も任期満了のシュプレヒコールだ。両人とももう高齢で出馬しないのだから、あきらめが肝心であることに思いが到達しない。やはり任期満了論の菅直人の脳裏には原発事故の急場での大失政への責任などはかけらも残っていない。


かねてから一癖あると見ていた中山義活に到っては、公然と「解散するなら代表の頭を代えるべき」と「野田降ろし」を宣言した。「顔」を代えれば選挙が有利に働くという浅はかな考えに、国民がまたまた、だまされるとでも思っているとすれば愚かとしか言いようがない。
 

こうした動きを煽りにあおっているのが隙あらば「野田降ろし」を狙う小沢一郎と連携している平成の妖怪・輿石だ。13日も参院役員会で口火を切って発言し「年内解散をすれば完全に政権を失う。官邸を引き上げて党に戻ることになる。そういう現実が本当に分かっているのか。


幹事長室にも陳情が来なくなる」と強調した。輿石のこの発言も、全く事態を理解していない。世論調査でも明らかなように、「出ると負け」の民主党政権の失政に飽き飽きした国民は、一刻も早い解散による政権交代を望んでいるのであり、3年半も政権の座につけさせてもらえたことが“奇跡”であるのが分かっていない。


いまさら政権にしがみついて何が出来るというのだろうか。確実にこのまま支持率は急落を続け、選挙情勢は悪化するばかりだ。ダブル選挙なら民主党は参院での多数も失う。
 

進むも地獄退くも地獄なら進むしかないのだ。輿石以下民主党幹部は地獄の血の池に落ちてもまだ命乞いをする“政権亡者”そのものの姿となりきっているのだ。永田町では野田が輿石が辞任しなければ「輿石切り」に出たうえで解散を断行する可能性がささやかれている。


野田は消費税でもそうだったがいったん腹を固めると、てこでも動かないところがある。消費税不成立の場合は議員辞職も考えていたことを自ら明らかにしたが、いったん決意したら貫徹するタイプだ。その消費税で実現した民自公協力が解散に向けて再び復活した。民自公3党が13日、赤字国債発行法案の15日衆院通過と、本予算の成立との連動処理で一致したのだ。


今後のねじれ国会の“休戦協定”を意味しており、賢明なる合意だ。野田は、衆院予算委で、「日本の政治にとって大きな前進だ。自公両党の尽力に心から感謝する。解散の環境整備ができるようお互いに努力したい」と言明している。この画期的とも言える民自公路線の復活は、選挙後の自公と民主党“野田支持勢力”との大連立も視野に入れることが可能となるかもしれない。
 


野田は輿石が党内の解散反対を「党の総意」と伝達した会談もたったの17分で切り上げている。会談後輿石が小鬼のような顔つきで出てきたのを見れば内容は明白である。野田は輿石の反対論を一蹴したのだ。もう輿石は年内解散を決めた野田に反旗を翻し続けるなら、幹事長を辞任すべきであろう。こうした政局の動きは解散を遅らせるどころか加速させる傾向を見せている。


野田にしてみれば解散を遅らせるほど、解散反対の包囲網は強まるからだ。やはり老醜の石原慎太郎が、慌ててくだらない極右国粋主義新党を旗揚げしたのも出遅れを懸念してのことだ。石原は旗揚げが新聞のトップで掲載されると予想していたようだが、新聞の扱いの小ささにがっかりしていることだろう。やはり石原主導の「野合新党」ではブームなどは起きない。
 

永田町では「16日解散・12月9日選挙」までささやかれ始めたが、これはいかにも性急だ。少なくとも「0増5減」は、衆院を通過させておかなければなるまい。したがって解散は22日説、またはそれ以降説が有力だが、民主党内の動きによっては一挙に解散となる可能性も否定出来ない。


輿石以下の政権亡者の計算違いは、反対を唱えれば先延ばしできるという甘い考えがあることだ。解散権は首相にある。不信任決議よりも優先されるのだ。


民放テレビ報道ではピントが狂って吠えまくるみのもんたの朝ズバの解散見通しの迷走が一番目立ったが、その張本人の1人が元総務相・片山善博。「同日選挙」と断定を続けて、茶の間レベルの見通しを誤らせた。14日も「会社がつぶれるようなことを平気でやる」と野田に毒づいていたが、自らの判断力の悪さを棚上げにして首相に毒づいてはいけない。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
 

2012年11月13日

◆小沢は「必死」で詰み、不死鳥はない

杉浦 正章

 

2審で無罪判決が出ても、国民の生活が第一代表の小沢一郎は将棋で言う「必死」の状況だ。王手と張られて、受けがなく必ず詰む状態なのだ。


これまで数々の修羅場をくぐり抜け、不死鳥のように返り咲いた小沢も、まさにナイヤガラの滝壺に向かって落ちようとしているとうとうたる解散の流れには抗しきれないのだ。首相・野田佳彦が年内解散に打って出るのは、小沢と幹事長・輿石東の連携による「怪しげな動き」も視野の片隅に入れて、巻き返しに出ている側面があるのだ。
 

政局が読めずにハムレットの悩みを続けて来た朝日が12日夕刊でようやく年内解散に踏み切った。今さら報じても、石を見て「これは石だ」というような記事だ。「心の中も明かさない」と解散への言及を避けてきた野田は12日の国会答弁で、心の中をさらけだした。読める人が深く読めば明らかにさらけだしているのだ。


「解散は責任を持って判断する」と発言、ネックになっていた「0増5減」と定数削減との関係について「削減を決着させないことで解散を先送りする考えを持っていない」と述べた。何よりも「消費増税法案が通らなかった場合、将来の国民に申し訳ない、今を生きる皆さんにあすの責任を果たすことができない。議員辞職するつもりだった」という発言は、自公の協力への感謝の言葉に置き換えられる。もう「年内解散する」と言ったのと同様だ。
 

この発言から逆算すれば11日夜の野田・輿石会談の内容がつぶさに分かってくる。野田は解散に反対する輿石をねじ伏せたのだ。もう離党者など出てもよいという考えだろう。国会答弁では「野田おろし」の動きに関連して「内閣不信任決議案が通った場合以外に総辞職があるのか。ちょっと想像がつかない」とも述べた。


一連の発言は、野田が不信任案が通っても総辞職でなく解散で対処する方針を鮮明にさせたものだ。もっともたとえ小沢から不信任案が提出されてても解散を先に断行してしまえば、未決となって成立は不可能だ。


森喜朗と小泉純一郎は不信任案が本会議上程後の趣旨説明前に解散を断行している。したがって永田町で小沢と輿石が狙っているといわれる「野田降ろし」の解散阻止戦略などは、首相の解散権の前にはまず成り立たないことになる。それでもなお輿石は、小沢との関係について「消費税問題では見解を異にしたが、仲間だったのだから一緒にやれる点もあると言った気持ちに変わりはない」と言明した。


裁判の結果について野党が一斉に「小沢氏は説明責任を果たすべきだ」と反応したのとは好対照に、輿石の小沢への忠誠心は不変だ。
 

輿石は12日も「景気対策や外交防衛を考えれば解散で政治空白をつくれるのか」と空しい“抵抗”を繰り返しているが、うつろに響くだけだ。3年半に渡る民主党政権に終止符を打つ解散こそが、政治空白を早期に回避する道であることに考えが及ばないのだ。日教組の視野狭窄(きょうさく)がそのまま露出しているのが輿石だ。


こうして小沢・輿石による一種のクーデターめいた動きは封じられる方向となったが、なお自民党幹事長・石破茂が小沢の動きについて「今後、内閣不信任決議案とか、野田首相に代えて新しい首相を選ぶとか、いろんなことが考えられる」と警戒心を漏らしているように油断は出来ない。
 

しかし冒頭述べたように小沢には「必死」がかかっている。今後いくらあがいても第3極の中核などに躍り出ることはない。日本維新の会もみんなの党も、今日「太陽の党」として発足する石原新党も小沢に対しては「総スカン」の状態だ。石原に到っては「小沢君とだけは絶対に組まない」と述べており、わずかに鈴木宗男の新党大地が接近する様子を見せている。しかし収賄罪、政治資金規正法違反、議院証言法違反(偽証罪)で有罪が確定して公民権を有しない鈴木とまだ刑事被告人の小沢では“説得力”がない。
 

総選挙では落選必至のチルドレンを中心に37人の党員を抱えて、政党交付金も間に合わない。2審の無罪判決と言っても、国会議員に甘い現行政治資金規正法の抜け穴をすり抜けたことは誰でも知っている。事務所では「紙は裏白の紙を使え」と指示するほど細かい小沢が、4億円が動いた収支報告書を「関心は天下国家。収支報告書は見たこともない」と発言しても、信ずるものはいまい。無罪だからといって選挙が勝つ状態など生ずるわけがない。


本人は「消費税反対と脱原発で勝てる」と意気軒昂だが、実態は空元気だろう。恐らく10人が当選するかどうかの状態だろう。よわいは70に達し、もうご隠居さんの年齢だ。「必死」の王手を逃れて不死鳥となるのは無理だ。14日の党首討論が面白い。


<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年11月12日

◆野田の「TPP参加」は争点隠しにすぎない

杉浦 正章

 

いよいよ政局は今週から自民党総裁・安倍晋三のいう「クライマックス」の段階に突入する。大きな潮流は解散へと流れており、これを押しとどめることは極めて困難な情勢にある。なぜなら解散風は首相・野田佳彦本人の主導による側面が強いからだ。あとは幹事長・輿石東ら民主党内反対派を“掃討作戦”で、いかに黙らせるかだけとなってきた。


11日夜の野田・輿石会談は、解散をめぐるぎりぎりのせめぎ合いが行われた公算が強い。今日12日から始まる予算委審議は、事実上選挙選の火ぶたを切るような激しい論戦が展開されるだろう。野田が選挙の争点に環太平洋経済連携協定(TPP)参加を持ち出したのは苦肉の策の争点すり替えだ。野党は対立の焦点にすることを避けるだろう。
 

野田の9月からの幹事長・輿石東への急接近について、筆者は「味方をだます方策」と推論したが、まさにその通りになって来た。野田は当時「1年間献身的に支えてくれた輿石幹事長とは一蓮托生(たくしょう)だと思っている。これからもしっかり力を尽くしてもらえればと思う」と歯の浮くような発言をした。


しかし現状はというと、輿石は2階に上ってはしごを外されつつあることになる。1人で「年内解散は物理的にない」のラッパを吹いてももう信用度がないのだ。


背景には何があったのかというと、やはり小沢の影が色濃く輿石に反映していたのだ。輿石は元首相・鳩山由紀夫と10月10日夜会談して小沢への取りなしを頼むなど関係修復に努めてきた。その後実際に小沢と秘密会談が実現した可能性が大きいといわれている。
 

永田町筋は、「そこで出てきた小沢の“悪知恵”が究極の野田降ろしだった」というのである。小沢の戦略は、いま総選挙をやったら「生活」が一ケタに落ち込みかねない。したがってどうしても解散を先延ばしにして、再起のチャンスをうかがいたいところだ。生活がもらえるはずの政党交付金11億円も、早期解散では借金の担保にもならない。


小沢は野田が解散するなら、野田に総辞職をさせるように輿石にけしかけたとされる。選挙の「顔」を細野豪あたりに変えて、衆参同日選挙に持ち込もうというわけだ。こうして輿石周辺から朝日への「総辞職」リークが始まったという。


朝日が政局記事で度々「総辞職」に触れた結果、党内には総辞職論が本当に生じそうになった。この裏面を知った野田が激怒しないはずがない。野田の武器は解散で切り返すことであり、あえて党内に反対の多いTPPを使っても解散断行することでしのごうとしているのだ。11日の会談後輿石は記者団の質問を無視して、車に乗り込んだが、野田との間で相当激しいやりとりがあった証拠だろう。野田の“優勢勝ち”だったに違いない。
 

まさに政局絡みのTPPだが、果たしてこれが本当に選挙の争点になり得るだろうか。まずなり得ないとみる。野田の争点隠しの苦渋の選択だからだ。なぜなら紛れもなく総選挙の争点はまず第一に3年半にわたる民主党政権の失政がやり玉に挙がるからだ。3代にわたる首相と、その内閣による内政・外交両面に渡る迷走で、国家、国民が被った“被害”を顧みて反省するのが選挙の第1の争点に他ならない。次に公約に反しての消費増税の導入も焦点にならざるを得ない。
 

この2大テーマを差し置いて、他にテーマがないかと考えあぐねた結果、野田が打ち出したのが、TPP参加表明後の解散断行だ。しかし、自民党にとってみればこれほど有り難いことはない。実際、自民党幹部は「消費増税に加えてTPPまでやってくれて野田さん有難う」だという。


自民党政権がやろうとすれば、農村部出身の議員の総スカンを食らいかねないが、野田がやれば話は違う。選挙では「野田がやってしまった」と批判して当選すればいいだけの話しだ。自民党が政権を取った後も、野田の参加決定をわざわざひっくり返すようなことにはまずならないのだ。
 

一方で「0増5減」の定数是正がたとえ成立しても区割りと周知が終了するまで解散は行うべきではないという議論が民主党内には根強い。これは解散引き延ばし派がよりどころとする最後の砦だ。最高裁が違憲判決を出したら、選挙結果がひっくり返ると主張する向きも多い。


しかし首相の統治行為のうちでも解散権は「核」となる性質のものであり、まず誰も侵すことは出来ない。それに国権の最高機関である国会が少なくとも「0増5減」の意思表示をした上の解散であり、たとえ次々回からの実施であれ、最高裁も配慮せざるを得ない。真正面からの違憲判決を出して、根底から国政を覆すことなど出来るわけがない。

したがって、解散反対派の最後の砦は既に崩れているのだ。こうして冒頭述べたように解散反対論者は掃討されつつある。今日からの2日間の衆院予算委、14日の党首討論は、まさに最大の見物となる。

       <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月09日

◆ようやく「年内解散」に“気付いた”マスコミ

杉浦 正章

 

繰り返し「政局観」に欠ける報道を続けて来たマスコミも、遅まきながら「年内解散」に“気付いた”ようだ。


それも慎重なNHKが8日朝から「首相、年内視野に解散時期を探る」と年内解散に踏み切ってから、にわかに追随し始めた。だらしのない「赤信号みんなで渡れば怖くない」の政治記事だ。政局を判断する能力の要諦は「政局観」があるかどうかにかかっている。洞察力のある、また政治記者本能に根ざしたともいえる「政局観」があるなしで、解散の判断が出来るかどうかが左右される。


さすがにNHKはこれまで「解散なし」とは報じなかったが、その他はおおむね「解散なし」ばかりか、幹事長・輿石東の宣伝に乗せられてなんと「衆参同日選挙」の可能性まで報じ、解散の判断は揺れに揺れた。
 

NHKが年内解散と報ずる根拠は判断力に加えて、場合によっては野田自身の懐に飛び込んで聞き出した公算がある。昔の官邸キャップは、政局緊迫の時期は自社の番記者が気付かないうちに首相の居間に忍び込み、直接話を聞いて、素知らぬ顔で記事を書いたものだ。そうした取材が背景にあるに違いない。
 

既に報じられた内容から判断しても早期解散を示唆する材料は多い。8日の本会議では、まず野田が「解散時期を判断する環境整備の中でも、とりわけ急がなければならないテーマとして、赤字国債発行法案の成立や、衆議院の1票の格差の是正と定数削減の問題、社会保障制度改革国民会議を挙げている。環境整備が整ったそのときにおいて、きちっと自分の判断をしていきたいと考えていることにいささかも変更はない」と述べた。


一見過去の言葉の繰り返しのように聞こえるが、NHKの報道を知っての答弁であり「いささかも変更ない」と述べたことがポイントだ。前日の7日には一年生議員との会合で解散を聞かれ「能動的に判断したい」と漏らした。これが「やるぞ」の示唆でなくて何であろうか。
 

さらに重要ポイントがある。それは8日になって12月に予定されていた日ロ首脳会談を延期したことだ。マスコミの多くが同首脳会談があるから「解散はない」と判断してきたが、ロシア側の日程調整がつかなくなったことを理由に延期したのだ。大統領・プーチンが辞める首相と会っても仕方がないと判断した可能性があるが、むしろ解散を意識した延期であろう。
 

8日には野田の掲げる解散3条件のうち赤字国債法案が15日に衆院を通過し、19日か21日にも成立するめどがついた。残る関門は選挙制度に絞られる。民主党内には愚かにも「0増5減」成立を「定数削減」と絡めることで遅らせて、解散の環境を作ろうとしない空気が濃厚だ。だが幹事長代行・安住淳は「0増5減」の先行採決に前向きであり、輿石がネックとなっている。


しかしこのところ輿石の突っ張りもどこか弱々しくなってきている。永田町には「輿石が解散ないと言っているのは、参院のことではないか」というジョークが飛び始めた。確かに参院には解散はない。


一方で輿石は「解散は首相が判断すること」とも述べており、突っ張りは離党防止策の側面が強いのだろう。1票の格差と定数是正は別々の法案で出される可能性が強く、その場合どさくさに紛れて1票の格差だけ先行させれば、解散の条件は整う。国民会議の設置などは半日あればできる。
 

こうして共同通信が「首相、年内解散視野」と報ずれば、読売も「首相年内解散を検討」とトップで踏み切った。日経は「年内解散、緊張高まる」、産経も「年内解散1月選挙浮上」とそれぞれトップだ。民放各社も記者の解説で年内解散の方向を打ち出している。朝日だけが出遅れた。ここまでくると解散への流れは止められない。


民主党内にはこの期に及んでも「離党する」と息巻く議員らがいるが、「もう勝手にしろ」と言いたい。「離党」で解散を食い止めるなどの動きは、あまりにも未練がましい。まるで見苦しい“命乞い”にそのものに見える。


具体的な選挙日程は最短で12月9日だが、いささか日程がきつい、同月16日の都知事選とのダブル選挙や、佐藤栄作がやった年末土曜日の22日選挙、年をまたいで年明け選挙などさまざまなケースが考えられる。いずれになるかなどは断定できる根拠はまだ不十分だ。

<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年11月08日

◆日米関係改善には早期政権交代しかない

杉浦 正章

 

オバマ政権の継続が決まったが、日本の政局の流動化が日米関係の改善に大きな影を落としている。鳩山政権が危機に陥れた日米同盟関係は辛うじて保たれているが、尖閣・竹島両問題や原発ゼロ政策など民主党政権がもたらした外交・安保上の失政は、オバマ前期の対日政策を3年間にわたり翻弄し続けた。


首相・野田佳彦はオバマとの首脳会談などに意欲を燃やしているが、レームダック政権は積極外交を控えるのが世界的な慣習である。


一方で、次期政権を担うとみられる自民党総裁・安倍晋三は、政権の最重要課題を日米関係の再構築におき、政権獲得後早期にオバマとの会談を実現すべきである。
 

民主党政権の数々の失策のうちでも最大級のものは、元首相・鳩山由紀夫による普天間移設発言と日米中正三角形構造の追求であろう。「最低でも県外」発言は自滅を招いたが、国の安全保障を米国の若者の命をかけた同盟関係に依存しながら正三角形はありえない。外交・安保上の無知がもたらす民主党政権の日米関係毀損の構図は野田政権にまで及んでいる。


「原発ゼロ」政策がその際たるものだ。強固な日米安保体制がもたらした最大の副産物の一つは日米原子力協定であろう。同協定の中核である核燃料サイクルの問題は原発ゼロ政策では成り立たなくなる恐れがある。米政府から危惧の念が表明され、野田は当面を糊塗した。


一方で「原発ゼロ」に警告する知日派有識者による「第3次アーミテージ・ナイ報告書」が発表された。同報告は「日本は一流国であり続けたいのか、それとも二流国になることに甘んじるのか」と鋭い問題提起をして、「日本の包括的な安全保障にとっても安全でクリーンな原子力発電は必須であり、原子力の研究開発に関する日米協力が不可欠である」と指摘している。
 

加えて日米安保の脆弱化は周辺諸国の領土的な野望を惹起(じゃっき)して、メドベージェフ、李明博の北方領土、竹島視察、尖閣諸島をめぐる中国のさまざまなけん制行為を生じさせている。すべてが民主党政権の3年間がもたらしたものである。とりわけ日中関係の悪化は米国の極東政策に影響を及ぼさざるを得ない情勢を招いている。


米国は中国が尖閣諸島をめぐり軍事行動に出た場合には安保条約第5条による日本防衛義務を果たすと中国側をけん制しているが、本音ではない。本音は極東における“日中激突”を望んではいないのだ。早期の関係改善を陰に陽に求めてきているのだ。
 


一部方向音痴の学者の中には対中妥協策の一つとしてに「中国に対して領土問題があることを認めよ」という主張があるが、問題は野田政権がこれに乗りかねないことであろう。安倍もテレビで「野田政権は領土問題の存在を認める方向で検討している。まさしく日本の危機だ。」と暴露、危惧の念を表明している。領土問題でつけいる隙を自ら作ってしまうのが、民主党政権である。
 

問題は沖縄問題にせよ、領土問題にせよオバマ政権側の政策変更で生じてはいないことである。すべては民主党政権に起因している日本の国内問題であることを忘れてはなるまい。オバマ再選でクリントン国務長官と知日派のキャンベル国務次官補が交代する方向であり、防衛相・森本敏は7日、「当面の関心は2期目の政権を支える閣僚や政策遂行の中心的な人物がどう代わるかだ」ともっともらしい解説をしている。



しかし大統領は再任であり、誰になろうと大きな変化はない。むしろ日米関係にとって最重要の問題は日本の政権がいかに早く交代するかの方なのである。したがって12月に開始する「日米防衛協力のための指針」協議も、事務当局だけに任せて野田政権の関与は避けるべきであろう。
 


安倍は自民党が政権を取った場合にはまず民主党政権の3年半がもたらした、外交・安保上の“崩壊現象”を早期に食い止めなければならない。まず国内的には原発ゼロ政策を改め、核燃料サイクルの流れを再び確立させて、安定的なエネルギー供給の路線を明示すべきであろう。その上で早期に訪米してオバマと会談、日米同盟関係を盤石の基板の上に置くことが必要だ。



さらに日米同盟の強化を裏打ちするためにも日中、日韓関係の改善にも取り組むことだ。とりわけ日韓関係はこのまま放置できない。贈収賄事件が身内にまで及んで、対日関係で国民の目をそらそうとした李明博はもう相手にする必要はない。新大統領の就任式典が2月25日にあるが、絶好の関係改善のチャンスとして安倍は訪韓することを検討すべきだ。日本の首相の式典参加は新大統領にとっても大きなプラス材料だ。


中国は3月の全人代で習近平に政権が移行するが、それを待って関係改善に乗り出すべきであろう。日中・日韓関係の改善が日米同盟関係の強化につながる構図であることを意識すべきだ。経済ではTPP(環太平洋経済連携協定)への参加問題がある。


野田政権はこれ以上の離党者が出るのを懸念して参加表明を避けているのが実情だ。自民党政権では参加の決断に向けて対米交渉を促進すべきであろう。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月07日

◆野田政権は断末魔、持っても1月までだ

杉浦 正章

 
夏に約束した「近いうち解散」だがもう立党だ。こともあろうに首相が解散でうそをつき、その後の改造ではまさかの「両田中論功行賞人事」で大失態に次ぐ超大失態の連続発生。すべてが自分が掘った穴に自分が落ちた形だ。この首相・野田佳彦の体たらく、そして民主党政権が3代にわたって“立証”した統治能力の欠如。民主党には恩も恨みもないが、公平に見てもう無理だ。末期症状だ。


恐らく国民大多数の願望は政権交代にある。解散・総選挙の日程にばかり目が行くが、発想を転換して政権が持つかどうかをあえて予測すれば、長期の特別国会になるか通常国会になるかは別として、国会審議を伴う次の国会を野田が招集することは80〜90%の確立でない。早ければ年度末、遅くても1月までが政権の限度だ。戦争や天変地異でも発生しない限り継続はない。
 

自民党総裁・安倍晋三がテレビで「今月22日までに解散がないと年内選挙の準備が整わない」と述べたことをとらえて、新聞が22日が年内解散の限界と書きまくっているが本当か。解散という何物にも優先される最高の政治テーマが机上の空論で左右されるのか。


新聞は「遅くても12月4日公示、同16日の投開票の日程が有力。公示までの準備には10日間程度が必要で、解散の期限は今月22日になる」という。しかし、これは安倍が野田を追い詰めるための“戦略”として期限を区切ったことにすぎない。実現すればめでたいことだが、実現しなくてもいくらでも日程は立てられる。
 

過去の歴史を見れば12月下旬から1月にかけての解散の事例は戦後4回ある。吉田茂が12月23日、鳩山一郎が1月24日、佐藤栄作が12月27日、海部俊樹が1月24日だ。事態の進展によってはいくらでもバリエーションが利くのだ。田中角栄による72年の日中解散は11月13日だったが、その後の特別国会は通常国会に代わるものとして召集され、280日間の長期にわたっている。
 

こうした日程を念頭に置けば、ちまちました“安倍日程”に必ずしもこだわる必要はない。もちろん安倍が解散を急ぐのは野党の戦略として当然のことだが、その先にバリエーションがあるのだ。


安倍は野田が「近いうち解散の確約」を「『うそつき』と言われないように頑張りたい」と発言したことを取り上げ、「何をどう頑張るのか、今週中に明らかにすべきだ」と述べ、野田に対し、年内解散に踏み切ることを今週中に確約するよう求めた。しかし安倍の戦い方の欠点は、これを直接野田に申し入れるのではなく、メディアに向けて発信していることだ。もどかしいのだ。
 

このため野田からは「メディアを通じた文通みたいだ。何か聞きたいことがあるのならば、むしろ国会での党首討論で、国民の見える前でやった方がいいと思う」と言われてしまったのだ。民主党の戦略は党首討論で安倍の赤字国債への対応をあぶり出して、法案成立への一里塚にしようというところにある。


また党首討論を14日に設定したのは少しでも遅らせたいという幹事長・輿石東の姑息(こそく)な思惑がある。時期はともかくとして、安倍は躊躇せずに党首討論に応ずるべきだ。
 

こうして安倍の早期確約要求戦略がまさに佳境に達しようとしている。野田が何らかの形で再約束すれば、それでけりがつく。しかしずるずると引っ張れば一定期間は引っ張れる。安倍は今週の確約に拘泥する必要はない。なぜならここまでくれば早期解散日程の選択肢はいくらでもある。


野田政権の「追い詰められ度」は尋常でないところまで来ているのである。田中真紀子の超大失態でとどめを刺される寸前まで来た。世論は、ごうごうたる政権批判の渦だ。


田中はずるがしこくも、自らの大失態を覆い隠すために「新しい基準のもとでもう一回審査をする」と“糊塗策”にでた。まさに誰もが分かる浅知恵であり、人生設計を狂わされる若者の気持ちなどつゆほども考えていない。先延ばしは事態をさらなる悪化に持ち込むことが分かっていない。
 

官房長官・藤村修はこの期に及んでも文科相の専権事項扱いしているが、野田の任命責任が免れるとでも思っているのとしたら甘い。政権は末期のそのまた末期にまで到達した。野田は当面の解散要求をかわしても、もう絶対に外れることのないトラバサミにかかったタヌキであることを認識すべきだ。国のためを思うなら次期政権による予算編成の余裕を残して潔く直ちに解散するのが憲政の常道だ。


臨時国会解散をたとえしのいでも通常国会冒頭解散は避けられない。もちろん野田が招集することになるが、事実上解散のための招集となる。その後の特別国会は次期政権が招集する。いずれにしても退陣が避けられないのなら、現段階で決断することが国民へのせめてもの“おわび”なのだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月06日

◆「暴走婆」田中が民主政権にとどめの一撃

杉浦 正章
 


「暴走馬」ならぬ「暴走婆(ば)」が予想通りの再登場である。思いつきのごとく文科相・田中真紀子が3大学による来年度の新設申請を不認可と裁断した。「学生も職員も人生が大きく変わる」(自民党総裁・安倍晋三)という愚挙だ。


問題は首相・野田佳彦も官房長官・藤村修も事前に報告を受けながら、問題の所在を掌握せず、これを黙認したことだ。当然野党は最大の追及材料が転がり込んだことになる。政権全体の責任問題として野党は追及することになろう。
 

安倍は5日のテレビで珍しく個人攻撃に出た。田中が秋田公立美術大、札幌保健医療大、岡崎女子大の新設申請を却下したことに関して「彼女と一緒に仕事をして彼女を褒める人を1人も見たことがない。日日言うことが違うし、平気でうそを言う。性格的な問題に根ざしていて、尋常な人ではない」と切り捨てたのだ。


たしかに立ち居振る舞いは尋常ではない。過去に文科相の諮問手続きを経て何年も検討した揚げ句、認可する直前にまでいっていた問題を根底から覆したのだ。答申が覆された例は、少なくとも過去30年間はない。雨後の竹の子のごとき“駅弁大学”制度を変えたいのなら、制度を中央教育審議会などを経て正面から改革すべきであり、既に文科省が積み上げた個個の新設方針をひっくり返しても制度は改正されない。短絡の極みのパフォーマンス政治である。
 

田中の言動の根底を分析すれば、ファザー・コンプレックスにたどり着く。そこには父・角栄の天才的なひらめきの政治があり、娘として常に比較されるから、これを何とか乗り越えたいという願望が深層心理に存在するのだ。


ひらめきの政治と言うが角栄は、常に人一倍努力をする政治家であった。多忙な昼間を避け、深夜に起きて役所の文書にすべて目を通し、頭に入れた上で物事に対応した。人間関係はとりわけ大切にした。ひとたび接した官僚は、手のひらの玉のごとくいつくしんだ。その上での指導力の発揮であり、今の民主党政権のように頭から官僚を批判し遠ざけてしまっては、政治主導など成り立つわけがないのだ。
 

真紀子を「じゃじゃ馬」と呼びつつも愛していた田中は、何とかこの性格を変えられないかと日日悩んでいた。時には喧嘩して家中追いかけ回すこともあった。ある朝筆者が、朝駆けすると手に包帯を巻いて出てきた。真紀子を追いかけて転んでねんざしたのだ。しかしこの田中の努力は徒労に終わった。真紀子は政治家になると、異常なまでの独善主義に陥った。父親とは似ても似つかぬ鬼っ子になってしまったのだ。


田中でも教育し切れなかったじゃじゃ馬が野に放たれたのだ。外相になれば「外務省は伏魔殿」と、よって立つ基盤を批判。「人間には三種類ある。家族と使用人と敵だ」と、人間関係至上主義の父親とはまるで異なる宇宙の怪獣のごとき政治家となったのだ。
 

一番悪いのは真紀子が、父親の血と汗の努力の上で打ち出す天才的なひらめきの政治のうわべだけを真似するようになったことだ。それも洞察力も展望もなく単純計算でマスコミに売り込めると考えて見当違いの“ひらめき”をするのだ。安倍が「人の人生が変わるような問題は、普通の人なら考えるが、考えないのが田中さんだ」と形容したとおりだ。これが3大学の新設却下の根源にあるのだ。


それにつけても目につくのは事務次官以下官僚のだらしのなさだ。自分が積み上げた政策をひっくり返されても、卑屈に揉み手のお追従を繰り返しているのだろう。職を賭して大臣をいさめるべきところを、それをする官僚はいない。どうせ政権交代ですぐ辞める大臣に、首を切られても仕方がないというのが文部官僚の自己保身の本音であろう。
 

加えて、藤村がはからずも述べた問題がある。それは藤村が、記者会見で事前に田中から新設不許可の方針について野田や藤村に報告があったことを認めた点だ。おそらく問題の所在を把握せず、軽い気持ちで聞き流したのだろう。これは野党の追及のポイントになる。政権ぐるみでの対応への追及となる。


自民党幹事長・石破茂は「いかなる根拠に基づいて審議会と違う見解を示したのか。法的に瑕疵があったのか。思いつきではないということをきちんと述べてもらわない限り、誤った政治主導だ」と発言、追及の構えだ。


3大学の申請については、田中が誤りを認めて撤回して責任を取るしか方法はあるまい。撤回しなければ安倍が認可を認めているように政権交代で認可されることになる。


いずれにしても内政・外交上の失政を繰り返して国民を苦境に追いやる民主党政権は、国内に“北朝鮮”を抱えているようないら立ちを感ずるようになった。首相・野田佳彦は早期に解散して政権交代をしなければ、国家が危機的状態に陥ることを認識すべきだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月05日

◆野田の総辞職論はまず実現しない

杉浦 正章

 

貧すれば鈍すると言うが見通しのよかった民主党最高顧問・渡部恒三までピントが狂いだした。4日のテレビで内閣不信任案が可決されれば解散でなく総辞職だというのだ。憲法上は可決された首相は解散か総辞職を選択することになるが、憲政史上例のない総辞職などまずあり得ない。


民主党幹部の中には苦し紛れに不信任案とは関係なく首相・野田佳彦を引きづり降ろして総辞職させ、代表に前原誠司や細野豪を据えて総選挙に臨むと主張する向きがいるが、これも溺れる者はわらをもつかむの類いだ。悪あがきであり、まず実現しない。
 

2度にわたって野田は本会議答弁でろれつが回らない失態を演じた。普段なら笑って済ませられるが、ここまで政局が過熱した状態下では問題になる。首相の心理状態が最大の関心事だからだ。官邸詰め記者を13年やったから首相の心理は手に取るように分かるが、首相官邸という場所のストレスは並大抵ではない。どんなに精神が図太い政治家でも1年目が一番参る。


あの田中角栄が首相に就任して1年目を後日振り返って「就任早々は勢いでやれるが、1年目というのは神経が参る時期だ」と述べている。「1年目はキツネがついたように何が何だか分からなくなる。自分の椅子に天地逆になって座っているような気になる」というのだ。これまで入っていた情報は入らないし、行動も護衛付きで制限され、羽が伸ばせない。激務と焦燥感で常人ならおかしくなるような場所なのだ。
 

田中ですらそうなのだから、中の中くらいの政治家が首相になればストレスは並大抵ではない。森喜朗はテレビで「ストレスでろれつが回らなくなることや、前が見えなくなることもある」と述べた。「いじめられて朝が来ない方がいいと思ったこともあった」とも漏らす。あの巨体で悶々として寝返りを打ち、「朝よ来るな」というのだから相当なものだ。安倍のようにノイローゼ状態になるし、福田のように突如政権を投げ出すケースもざらだ。
 

そこで、野田がその政権をを投げ出す可能性があるかどうかだ。


渡部は「不信任案が通っても解散はない。総辞職すればいい。野田首相の今の考えでは不信任案が通っても解散はしない」と断言した。確かに解散をしなければ総辞職しかないことになるがその選択が可能かと言うことだ。


戦後史をひもとけば不信任案可決で総辞職をしたケースはない。吉田茂は2度可決されたがいずれも解散。大平正芳も宮沢喜一も解散を選択している。森と小泉純一郎は不信任案が本会議上程後の趣旨説明前に解散を断行しているから、不信任案は「未決」のままだ。羽田努のように不信任案が上程される前に総辞職したケースはあるが、これも言うまでもなく「未決」だ。


憲政には常道というものがある。一国の首相が国権の最高機関から不信任案を突きつけられて、なを未練がましく政権党にバトンタッチしようとするということは、あり得ないし、あってはならないことだ。


渡部は「総辞職したら民主、自民で大連立を組めばいい」と“大風呂敷”を広げるるが、蟻地獄へ落ちつつある政権に手をさしのべる野党があるわけがない。さすがに野田も総辞職は参院本会議で「内閣総理大臣としての責任を放棄するものだ」と否定した。あと6人が民主党を離党すれば不信任案が可決されうる状況に到るが、その場合は解散だ。
 

それでは不信任案と関係なしに総辞職があり得るかというと、これは全くあり得ない話しではない。総辞職して国家戦略相・前原誠司か政調会長・細野豪に代えるというものだ。たしかに「嘘つき首相」のイメージが定着した野田よりは総選挙向きの顔としてはいいし、民主党幹部の中には代表交代論があるのも確かだ。


しかしこれも悪あがきの最たるものでしかない。そもそも民主党幹部は、今民主党が問われている問題を分かっていない。3年間にわたる稚拙な政権運営と国民を欺く公約違反を繰り返してきた政権の本質を問われているのであって、「顔」の是非が問われているのではない。


賞味期限切れの生牡蠣をポリ容器を変えてまた売るようなことは、通用しないし、これほど国民を馬鹿にした話はない。「うそつき解散」はかつて宮沢がやったことだが「うそつき総辞職」は聞いたことがない。
 

「顔」を代えても野党の解散攻勢は変わらない。通常国会は冒頭から動かない。国民の生活第一代表の小沢一郎も4日のNHKで「野田さんは今政権を投げ出すべきではないと思っているように見える。景気対策もあるから総辞職は考えていない」と分析している。


民主党は地獄で悪あがきをしても、もう蜘蛛の糸は垂れて来ないのだ。さっさと諦めて野田のようにやけ酒でも飲んで解散に踏み切るしか手はないことを悟るべきだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月02日

◆「太陽路線」選択の“賭け”に出た自民党

杉浦 正章

 
筆者の「太陽路線しかない」という1日の予言がもう当たった。自民党がその解散戦略を大きく転換した。審議拒否の「北風路線」から審議入りを容認する柔軟路線に転じた。「近いうち解散」の約束を事実上反故にされかねないにもかかわらず自民党総裁・安倍晋三は、解散へのさらなる環境整備を求める首相・野田佳彦の言葉を信用するという“賭け”に出たことになる。


この“賭け”が完全に解散恐怖症に陥った民主党政権に利くかどうかだが、野田の主張する3条件を満たすのだから、野田が“背水の陣”に追い込まれたことは間違いない。
 

安倍は1日の街頭演説で衆議院の解散・総選挙について、「野田首相が言う解散の前提条件は私たちも積極的にやっていきたいので、約束を果たして年内に投開票を行うべきだ。野田首相がASEM(アジア・ヨーロッパ首脳会議)に出かけている間に各委員会の議論をスタートしても構わないし、赤字国債発行法案も含めて議論してもいい」と発言した。


これは総裁選後同党執行部が取ってきた「嘘をつく政府・与党を相手に国会審議に応じることにはならない」(幹事長・石破茂)という審議拒否路線を完全に撤回したことになる。これにより国家や自治体財政に危機をもたらす赤字国債発行法案不成立という事態は早期に解消される方向となった。
 

方向転換には1日の衆院本会議における安倍と野田のやりとりが大きく作用した。安倍の解散要求に対して野田は「先の党首会談で、『近いうちに国民に信を問うと申し上げた意味は大きく、環境整備をしたうえで解散を判断したい』という話をしたが、これは特定の時期を明示しないなかでのぎりぎりの言及だ」と発言した。


さらに、環境整備のテーマとして、赤字国債発行法案や衆議院の1票の格差、社会保障制度改革国民会議を挙げ、「条件が整えばきちっと自分の判断をしていきたい」と明言したのだ。


安倍はこの野田発言に全体重を乗せたことになる。本会議の発言であり、8月の密室での「近いうち解散」の約束とは異なって、ただの公約ではない。議事録に残る公約の最たるものである。安倍はこれをあえて信用するという“賭け”にでたのだ。
 

さらに審議拒否路線を進めれば、赤字国債を人質に取った姿の露呈となり、世論の矛先は自民党に向かう。安倍はせっかく世論調査によっては民主党の3倍にも達している支持率が急落することを恐れたのだろう。こうした自民党の柔軟路線に対して政権サイドは、依然解散拒絶反応を続けている。


官房長官・藤村修は、「解散に関して、条件や前提があるということはなく、それははっきりと否定している。関係ないことだ」と発言。幹事長・輿石東にいたっては「俺の言った通りだ。向こうから動いてきた」と漏らしているという。
 

藤村も輿石もひしひしと解散包囲網を感じているのだろう。“強がり”で突っ張っているが、やがてかく“吠え面”が見たいものだ。


だいいいち野田が前提条件を示しているのに「はっきり否定している」とは何事か。スポークスマンが首相の発言を否定してはどうしようもない。藤村は自らの落選を恐れているのかも知れない。


一方で野田の方は1日「解散は寝言でも言わないが、常在戦場だ」と述べた。この切羽詰まった時点での常在戦場発言は、明らかに選挙近しの野田の心情を印象づける。
 

ただその野田が「近ごろ少しヘンよ」なのだ。2日の本会議でもろれつが回らず、原発に関する答弁で「経験のない困難を伴うことから」と言ったまではよかったが、言葉に詰まってあとは「ことことこと」と言うばかりで、先が続かなくなった。頬をたたいて「すみません」と謝ったが、前日の若手慰撫工作で相当呑んだものとみられる。


近ごろはハイビジョンの大画面でアップの表情を見られるから観察がしやすいが、野田の目はこのところ真っ赤になっていることが多い。酒の飲み過ぎか、一夜を悶々として過ごしているのか、重圧感は相当なものだろう。気迫も感じられず、読売からは「燃え尽き症候群」と書かれてしまった。まるで安倍政権の末期のような状況となってきたのだ。
 

無理もない、マスコミの論説はこぞって早期解散。財界も1日は日本商工会議所会頭の岡村正が「来年度予算は、新内閣が編成に当たるべきだ」と、野田内閣を見放す発言をした。これで経済3団体はすべて早期解散要求と野田政権不支持を表明したことになる。加えて自民党が3条件を呑む柔軟路線を打ち出した。四面から楚歌が聞こえ、包囲網が狭まってきていることをひしひしと野田は感ぜざるを得ないだろう。


ただ自民党の柔軟路線は時間がかかる。今月半ばまでの解散で12月9日か16日の投開票を目指す日程は物理的に遅らさざるを得なくなる可能性がある。ただし佐藤栄作がかつて12月27日の土曜を投票日にしたが、土曜を入れれば年末までの日程はバリエーションがいくらでもある。臨時国会の延長もやがて俎上(そじょう)に登る可能性も出てきた。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年11月01日

◆野田の新条件は解散先延ばしとは言えぬ

杉浦 正章

 

首相・野田佳彦の国会答弁の焦点を端的に言えば、従来からの解散3条件に経済対策第2弾を付け加えたことが、解散先延ばしかどうかの一点に絞られる。浅薄に見れば先延ばしで衆参同日選挙などという見方に“発展”するが、そうではあるまい。野田は党内の「先延ばし論」と野党の「即解散論」の中間を狙って微妙な球を投げているのだ。


経済対策の決定を前提条件にしてもそれは11月末であり、十分「年内解散・総選挙」に間に合う。最高度の政治判断を賭けた攻防はまだ右も左も断定出来る状況にはなく、継続する。
 

自民党総裁・安倍晋三は今さら自らの病気引退を本会議で陳謝することはなかった。これから大げんかを始めようとするときに謝っていては勢いが削がれる。しかし質問の内容はポイントを突いていた。「潔く国家国民のために一刻も早く信を問うことこそが今や最大の経済対策。一度、解散を約束した政権は、その存在自体が政治空白だということを肝に銘じてもらいたい」と野田の“急所”を突いて早期解散を迫った。


これに対して野田は2度にわたって解散に言及した。まず最初は「解散近し」を思わせた。「先の党首会談で、『近いうちに国民に信を問うと申し上げた意味は大きく、環境整備をしたうえで解散を判断したい』という話をしたが、これは特定の時期を明示しないなかでのぎりぎりの言及だ。


環境整備の中でも急がなければならないテーマとして、赤字国債発行法案や衆議院の1票の格差、定数削減の問題、それに社会保障制度改革国民会議を挙げているが、条件が整えばきちっと自分の判断をしていきたい」と述べたのだ。


本会議場は「おう」という声で反応した。あきらかに解散に踏み込んだととれる答弁だからだ。しかし野田はこの反応を見逃さなかった。このままではまずいと判断したのだろう。答弁の最後の方で「来月中をめどに、日本再生戦略の実現や東日本大震災からの復旧・復興に資する第2弾の経済対策をまとめるよう指示を出している。


このような経済状況への対応も含め、やるべきことをやり抜き、環境整備を行ったうえ、解散を判断していきたい」と前言を修正するように新条件を付け加えたのだ。
 

この発言から野田の“心理状況”の推移を分析すれば、まだいずれにしても「言い切る段階は時期尚早」ということであろう。党内は離党者が続出して、その防止策に懸命だ。恐らく答弁で疲れ切っているのに夜は前日に引き続いて若手議員らを公邸に招いて慰撫工作をしている。


野田は離党防止と法案成立の2正面作戦を強いられているのだ。民主党内は解散先延ばし論が圧倒的だ。重要ポイントは野田がそれをストレートに反映した答弁をしていないことだ。解散をするつもりがないなら、年末の日ロ首脳会談に言及したり、よりストレートに否定出来る状況である。
 

経済対策第2弾を追加したことは、決定が11月末であることを考えれば、解散の大幅先延ばしには結びつきにくい。首相が今ここで解散に言及したらどうなるか。もう政界は野田など見向きもしなくなる。一挙に求心力は失せ、総選挙一色となるのだ。


野田が本当に「きちっと自分の判断を出す」のなら、党内を最後まで引きつけつつ土壇場で解散を決断するしか策はないのだ。自民党が「解散小僧」のように朝から晩まで解散を言い続けても無理なのだ。
 

だから自民党は、たとえ“食い逃げ”の可能性がわずかでもあっても、それを承知で“賭け”に出るしか手はない。審議拒否や法案人質化の北風作戦出なく、太陽作戦で解散への最後の内堀を埋めるのだ。3条件を早期に実現させてまず条件を整えるのだ。赤字国債発行法案は自治体が苦境に陥り、処理は急を要する。自治体の借金の利子は結局国民の血税から払わされる。これ以上成立を先延ばしにすれば矛先は確実に自民党に向かう。


定数是正も「0増5減」の自民党案を可決させればよい。もとより国民会議の設置は3党合意事項だ。本来なら公明党が赤字国債早期成立を唱えるべきところを、人質に取った主戦論を唱えて足並みに乱れを生じさせている。公明党は自らの選挙に跳ね返ることを考えるべきだ。いずれにしてもここは早晩、自公は環境整備を整える流れに向かうだろう。
 

そうなれば野田は、退路を断たれる。退路を断たれれば自らの発言通り「環境整備をしたうえで解散を判断したい」というところに落ち着かざるを得まい。野田が幹事長・輿石東をチヤホヤしている背景には、日本の政治の原点「味方もだまして事をなす」というところが垣間見えるのだ。味方をだますくらいだからマスコミは軽くだまされる。


しかし社説などでマスコミが共通しているのは、条件が整えば解散すべしだ。条件が整ってもさらに野田が公党間の約束を破り、国民を裏切れば、支持率は限りなくゼロに近づく。野垂れ死にの道をたどるだけだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月31日

◆石原新党は冷めたソース焼きそば

杉浦 正章

 

「新党」の来月発足が決まったが、石原慎太郎の突然の結成表明以来1週間で出てきたものは、「数合わせの野合路線」にすぎない。石原本人は「小異を捨てて大同につけ」と呼びかけ、キャスチングボートを狙った第3極を目指す姿勢を鮮明にさせているが、自民、公明両党連立で過半数の政権獲得の流れにストップをかけることは難しいだろう。食われるのは民主党という流れだ。
 

文科相・田中真紀子が「かっこわるい暴走老人という感じだ」と形容したとおりだ。暴走老人が政界で浮いた感じが濃厚になってきている。驚くべきことは、石原が根回しもろくろくしないまま「新党」に突っ走ったことだ。よほど自信がないと出来ないことだが、4期も都知事をやると自分が「裸の王様」化していることが分からない。自分のカリスマがよほど高いと思い込んでいるに違いない。自信過剰だから大言壮語して「この指に留まれ」といえば皆付いてくると思い込んでいるのだろう。


政界の大勢は田中が「石原氏は約25年間も国会議員をしていた大臣経験者なのになぜその時しなかったのか」と指摘した通りで、さめている。国家戦略相・前原誠司は「全く別々の考えの人が選挙対策で『大同』と言うのは、国民をバカにした野合だ。基本政策は一致しないと、選挙互助会を広げるだけだ」と切り捨てている。政界に見切りをつけて飛び出し、また戻ってきても遅れてきた国粋主義者でしかない。
 

石原は健康診断の結果政界復帰に耐えうると医師が判断したと言うが、政治の世界はそんなに生やさしいものではない。週にたった2回の都庁出勤で済ませて、後はサボっていた都知事時代とは違う。小党とはいえ党首になれば連日の激務が待っている。


それを予感したかのように本人は「『暴走老人』は途中で死ぬかもしれないが、それでもいいと決心した」と述べている。80歳の高齢だ。「大丈夫」のみたては政治家の実態を知らないやぶ医者の判断ということにやがてなるだろう。
 

おまけに新党の母体となるたちあがれ日本も、2005年に自民党を離党した平沼赳夫らが2010年に結成して以来、党勢は伸びず、鳴かず飛ばずの状態。これに石原が加わっても、冷えたソース焼きそばにからしを加えた程度のものでしかない。胃に悪いのだ。


問題は他の小政党への広がりを見せるかだが、これも難題だ。石原は「小異を捨てて大同につくべきだ」と陳腐な発言を繰り返すが、小政党とはいえども政党は政策を基にしてなり立っている。このまま石原の“扇動”に乗ることの利害得失を考える。


みんなの党幹事長の江田憲司が30日「小異を捨てることはやぶさかではないが、消費税や原子力発電所の問題は決して小異ではない」と述べている通りだろう。それなりに真面目なのだ。日本維新の会代表の橋下徹が「完全に一致していると言えないのはエネルギー政策と憲法だ」と危惧の念を漏らすのももっともだ。
 

そもそも石原は反米、反中の核武装論者であり、現行憲法を破棄して徴兵制を導入しようという時代錯誤の国粋主義者だ。この原点をあえて無視して石原の掲げた指にとまれる政党があるのかということだ。さらに総選挙の争点となるであろう個個の重要政策でも主張が異なる。


石原は原発維持であるのに対してみんなと維新は脱原発。みんなは消費税凍結、維新は消費税の地方税化なのに対して石原は消費増税是認。維新の橋下は竹島の共同管理なのに対して、石原は武力奪還も辞さぬ構え。憲法破棄論の小政党はない。
 

これらの重要ポイントを抜きにして、維新やみんなが石原の下に集合するならまさに「大異をなおざりにして野合につく」ことになる。


しかし石原の旗揚げは維新もみんなも“利用価値”があることは確かだ。旗揚げにつられて低落傾向をたどってきた維新の支持率も世論調査によっては持ち直している。小政党はたとえ一過性であっても節操を捨てて石原の“活用”に走るかどうかの分かれ道だろう。しかし亀井静香が「石原さんは可哀想なことになる」と不気味な予言をし、小沢一郎が「大きな広がりになるとは思えない」と述べている通りだろう。


「遅かりし由良之助」は「仮名手本忠臣蔵」だが、石原新党には「遅かりし慎太郎」の言葉を差し上げたい。いずれにしても石原はブームを起こすには力量不足だ。


<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年10月30日

◆“延命演説”では“明日への責務”欠落

杉浦 正章

 

所信表明演説から首相・野田佳彦の心理状態を分析すれば、相当追い詰められている事が分かる。自らの公約「近いうち解散」には一切触れずに、むしろ政権を「投げ出さぬ」と“延命懇願演説”の様相を呈した。「明日への責任」を20回も連発したが、その前提となる公約履行の「明日への責務」への言及がない。これでは野党も妥協点の探りようがない。


新聞論調とはあえて違う意見を述べれば、参院野党が所信表明演説を拒否するのも宜(むべ)なるかなである。スジ論としては「審議拒否はけしからん」だが、野党も問責決議を無視されている。政治論としては「何でもあり国会」の幕開けを印象付け、政権には相当な打撃となる。揚げ句の果てに野田は助けを有権者に求めて「後押しして欲しい」と弁舌豊かに強調したが、野田の口車には国民はもう懲りた。この演説を聴いて支持率が上向くことはあり得ない。
 

通常首相が所信表明演説で仮定の政治状況を作り出して、これを否定する演説はしない。ところが野田はこれに終始した。「道半ばで仕事を投げ出すわけにはいかない」「やみくもに政治空白を作って政策に停滞をもたらすようなことがあってはならない」といった発言は、首相たる者その事態が生じてから言うべき言葉だ。まだ誰もいじめていないのに子供が「○○ちゃんがいじめると言ったぁ」と泣くようなもので、大人が演ずると被害妄想となる。
 

そして焦点となっている「近いうち解散」の約束を履行するかどうかについては言及しないばかりか、内閣改造の大失敗が象徴する法相辞任も素通り。都合の悪い問題はすべて言及ゼロだ。これでは、「冷静にみれば首相は延命なんて考えていない」といくら幹事長代行・安住淳が強調しても誰も信ずるものはいまい。そこには反省はかけらもなく、開き直りと延命懇願演説の性格が浮き彫りになってくる。


何と言ってもこの国会の核心は「近いうち解散」の履行か否かなのだ。既に野田は党首会談で「条件が整えばきちんと判断する」と述べており、ここは当然その“条件闘争”のための対案を提示すべきところだ。「政局より大局」という野田が大局を理解していないのだ。
 

この演説の結果、国会は首相の“売った”けんかを野党が“買う”展開となる。当然ながら全野党が激しく反発している。先頭に立つ自民党は自民党総裁・安倍晋三が「野田政権に明日はない。『近いうちに国民に信を問う』という一番重要な約束を果たしていないなかでは、何を言っても心に届かず、言葉が空虚に空回りして痛々しい」とこきおろした。


公明党幹事長・井上義久も「既にレームダック状態になった死に体の野田内閣に課題をやり遂げる力も資格もないことを自覚すべきで、言葉だけがむなしく響いていた」と全面対決を前面に出している。
 

今後野党は野田が触れなかった“傷口への塩塗り”作戦を展開するだろう。作戦は“多正面作戦”となる。民主党は29日2人が離党して、あと3人の離党で単独過半数割れ、6人の離党で与党の過半数割れとなる。これが意味するものは政権の“風前の灯”だ。離党が進めば不信任案が可決され、憲政の常道として総辞職でなく解散を選択せざるを得なくなるのだ。


自民党幹部によると野党は、新党結成を表明した石原慎太郎も含めてあの手この手で民主党議員に離党を働きかけているようだ。これに対して野田は29日夜当選1回生19人を公邸に招いて“頭なでなで”をしたが、政権はこちらを押さえればあちらから離党の水が噴出して、まさに末期症状だ。安倍は「不信任は最大の武器」として、そのタイミングを計ることになる。
 

加えてここに来て内閣の要である国家戦略相・前原誠司が秘書のマンションを事務所扱いして経費を計上していた事が発覚したことは大きい。かつて民主党は安倍内閣で閣僚2人のクビを同問題で取っただけに、安倍の“逆襲”に会うことは避けられない。前原は絶対外せない罠(わな)のトラバサミにかかったようなものだろう。
 

ここにきて幹事長・石破茂が総選挙の時期について、12月9日としてきた次期衆院選の時期を1週間拡大した。「来年度予算案の編成を新政権でやろうとすれば12月9日か16日が投票日になる。11月の半ばには解散だ」と述べたのだ。明らかに都知事選とのダブル選挙を念頭に置き始めた。


暮れの総選挙は過去に例がいくらでもある。田中角栄が12月10日、中曽根康弘が同18日、佐藤栄作が同27日に行っているのだ。こうして野党の解散攻勢は一段と厳しさを増すことになる。新聞も判断が揺れに揺れている。読売は29日の朝刊で「解散先送り論強まる」とやったかとおもうと、30日朝刊では「与野党対決解散含み」とまるで正反対。これでは読者はたまらない。近ごろの政治記者は判断が甘いうえに安易だ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)