2012年05月17日

◆極秘会談失敗で大幅会期延長不可避の流れ

杉浦 正章


不成立に終わった民主党と自民党の第二回極秘党首会談と、実現した極秘幹事長会談の結果から見えてくるものは、終盤国会における消費税政局の展望が全く開けなかったことであろう。消費増税法案の会期内成立は極めて困難となり、大幅会期延長が必至の流れだ。


通常国会の会期延長は国会法の規定に基づき1回しかできないから、短期間では法案不成立の危険がある。ここは昨年と同様に8月までの大幅延長が不可避となりそうだ。それでも成立しない場合は1日だけ開けて臨時国会を召集するという非常手段もあるがまだ未知数だ。
 

2月25日に次ぐ第2回極秘党首会談が成立しなかった過程を見ると、野田の心理状態が浮き彫りになって面白い。野田が自民党総裁・谷垣禎一と元代表・小沢一郎の間で揺れ動いていることが分かる。


会談不成立をスクープした毎日の報道によると、野田からの再会談の打診は消費増税法案に反対する小沢に対して政治資金規正法違反事件の無罪判決が出た4月26日頃のようだ。官房長官・藤村修が自民党副総裁・大島理森に「首相が訪米から戻る連休後半に党首会談をお願いしたい」と5月3〜5日の日程を提示したという。藤村はこの記事について16日「なぜああいうカギかっこ付きの発言にされたのか意味が分からない。抗議している」と怒って見せた。


しかし谷垣が「自民党内で『連休中に首相と会ったらどうか』と言う人がいたが、問責決議が片付いておらず、『談合はできない』と言った記憶がある」と、事実上認めている。いくらばれたからといって藤村はカギかっこが付いていると言って怒るのも大人げない。 


そこで野田の心理状態だが、野田は無罪判決を受けた小沢の党員資格停止処分を解除する幹事長・輿石東の方針を黙認している。しかし、これで小沢がまた嵩(かさ)にかかって反消費税の動きを強めると思ったに違いない。そこで、野田は2月の極秘会談を思い出した。

会談では野田が「話し合い解散」をほのめかした結果、谷垣も上機嫌で成功裏に終わっている。野田はこれを再現しようと思ったか、極秘会談の日程を提案した。しかし両党関係は2閣僚への問責決議可決で冷え切っており、「小沢切り」に出られない野田への不満が自民党側にうっ積していた。2月のようにことは進まないことは最初から分かっているはずだった。


とりわけ谷垣は輿石が小沢の意向を受けて消費増税法案の継続審議を指向していること、これを野田が抑え切れていないことに不満を募らせていた。いくら野田が柳の下の2匹目の“ドジョウ”を狙っても無理があったのだ。
 

一方で、この極秘会談実現失敗を知った輿石は喜んだに違いない。今度はおれの出番だとばかりに、14日に自民党幹事長・石原伸晃と極秘に会談、打開策を見いだそうとした。しかし、谷垣と歩調を合わせる石原が、あわよくば継続審議を狙う輿石と話が合うわけがない。


会談はとても展望が開けるようなものではなかったに違いない。輿石がその後頻繁に解散先送りの発言を繰り返し始めたことからもうかがえる。かくして野田と輿石の自民党との接触は、いずれも終盤国会の展望を切り開けないままに終わった。
 

折から特別委員会における消費増税法案の審議も遅れがちだ。17日から質疑に入るものの、野党質問は21日からとなった。会期末の6月21日まで残りはわずか1か月間。民主党国対委員長の城島光力はかつて、「連日、委員会を運営すれば、6月4日の週あたりに審議の100時間が見えてくるので目安が付く」と述べているが、そうは問屋が卸さない状態となって来た。


懸案は消費増税法案だけでなく、宙ぶらりんの2閣僚問責問題、赤字国債発行法案、定数是正、原子力規制庁設置法案など重要案件がひしめいている。その上に、参院では首相問責決議の上程もささやかれ始めている。
 

野田は消費増税法案の実質審議が始まる前から会期延長の話はないとしているが、ひしめく課題を解決するにはとても時間が足りない状況に立ち至っている。


昨年は首相・菅直人が窮地に追い詰められて6月22日で終わる会期を70日間延長して8月31日までとした。今年は9月には民主党も自民党も党首選挙を控えており、大幅延長と言っても8月いっぱいが限度だろう。いずれにせよ、土俵を広げての勝負にならざるを得ないものとみられる。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月16日

◆野田は石原を制して尖閣を購入せよ

杉浦 正章

 

1日3000万円のペースで伸び続けている都知事・石原慎太郎の「尖閣諸島寄付金」が、都のホームページによると15日現在4万5000件で6億円を突破した。石原は欣喜雀躍で小躍りしているが、首相・野田佳彦はこの問題を放置したままでいいのか。


13日の日中首脳会談では、石原の諸島購入構想を背景に激しい応酬が交わされた。石原発言はついに首相・温家宝をして尖閣問題を「中国の核心的利益」とまで表現させてしまったのだ。一自治体の長が「政府にほえ面かかせる」と発言したとおりの事態としてしまったのだ。野田はまるで“暴走族の総長”のいいなりになっているかのように見える。このまま暴走を野放しにして武力衝突にでもなったら一体誰が責任を負うのか。
 

石原への寄付金が続く背景には、国民の間に10年の尖閣漁船衝突事件への民主党政権の対応に不満が根強く残っているのだろう。船長釈放を一地方検事の責任に転嫁して、政府の責任を逃れようとした当面糊塗策は、紛れもなく民主党政権最大の失政であった。その国民の政権への不満を蒸し返して、火をつけるのが石原発言の狙いであろう。一般大衆は政府が何も反応を示さないから、素朴な愛国心もあって寄付行為に出るのだろう。


しかし、石原の行為は一介の自治体の長でありながら国家の専権事項である外交・安保に身を乗り出して、これを蹂躙することを意味する。ノンフィクション作家・佐野眞一が毎日の紙面で「ほえづらをかかせるという言い方は“チンピラ”と同じだと思った」と述べているが、まさにチンピラと言うより暴走族だ。


寄付行為は石原の増長ぶりを促進させ、日中関係にとってマイナスだけの意味しかないことを寄付者たちは知るべきだ。暴走族の総長に暴走行為を繰り返させるだけの意味しかないのだ。
 

それにつけても、野田の無策ぶりには近ごろあきれて物が言えない。原発再稼働への躊躇(ちゅうちょ)、消費増税法案や定数是正を幹事長・輿石東の継続審議の意図を知りつつ放置。輿石が「衆参同日選発言」を繰り返しても、なぜか黙認している。そして尖閣で温家宝からドスを突きつけられて反論をしたものの、石原をたしなめることに思いが及ばない。
 

そもそも石原発言が出た後、政府は尖閣諸島を国が買う方針を鮮明にさせているではないか。官房長官・藤村修が「今は政府が借りているが、必要なら国が購入する発想の下に前に進めることも十分ある」と述べ、国有地化する可能性に言及した。野田も国会で「所有者の真意をよく確認し、あらゆる検討をする」と国有化に前向きな答弁をしている。それにもかかわらず石原が募金を開始しても何らこれを止めようとはしない。
 

石原と野田は4月27日、34分間会談しているが尖閣諸島購入問題については話題にならなかったとしている。しかし石原発言があり、野田が国有化に前向きな発言をしたばかりの時点での会談である。尖閣が話題に上らなかったことはあり得ない。


逆に購入について野田と石原の間で何か“密約”のようなものがあってもおかしくない。石原は会談後「国に譲ってもよい」とも述べている。にもかかわらず石原は寄付金募集をやめようともしない。善意の寄付が宙に浮くようなことを、この男ならやりかねないのだ。
 

いずれにしても暴走族の総長は取り押さえねばなるまい。言うまでもないが、尖閣問題は石原の無責任な大風呂敷で処理できる問題ではない。石原の路線を突っ走れば、武力衝突の事態が発生してもおかしくない。中国をシナと呼び、「日本核武装論」の石原にしてみれば、まさに思うつぼなのだろう。


もちろん中国共産党副主席・トウ小平が「次の世代に任せる」と発言した“棚上げ方式”は、漁船衝突事件が象徴するように中国の海洋進出で既に不可能となっている。しかし日本の実効支配は継続しているのであり、中国は軍事的対応を避けている。石原の暴走でこのバランスを崩してはならない。尖閣問題はすぐれて日本政府が処理すべきことであり、尖閣諸島は政府が地権者から購入して、その責任において処理すべき問題だ。
 

ところが最近の野田はまるで政調会長・前原誠司の「言うだけ番長病」が伝染したかのように思える。二人の首相たちと同様のレベルに見えてきた。何かの1つ覚えのように「消費増税法案に政治生命をかける」と言っていれば、首相としての役割を果たせると思ったら大間違いであることを肝に銘ずるべきだ。


とにかくもう民主党政権の統治能力は十分すぎるほど分かった。早期に解散して国民の信を問うべき時だ。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月15日

◆野田は、原発再稼働で動け

杉浦 正章
 

〜電力制限令を避け〜

政府から関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働同意要請を受けていたおおい町議会は14日、11対1という圧倒的賛成多数で再稼働容認を決めた。おおい町長・時岡忍がこれを受けて再稼働容認に踏み切るのは時間の問題となった。首相・野田佳彦はこの機会を逸してはならない。一気に再稼働へと動くべきだ。


再稼働に動かずに電力使用制限令などを出せば、政権の無責任ぶりを露呈するだけである。憲法が保障する営業の自由、財産権の保障など経済的自由権確保に抵触する。また政府に電力供給を義務づける「エネルギー基本法」を無視する無策内閣として末代までたたるだろう。
 

おおい町議会の論議を聞いて、実に大局観のある論議をしていることが分かった。「日本の活力を取り戻すためにも現行安全基準で再稼働すべきだ」という発言などは、いまだに「原発は過渡的なエネルギーだ。新エネルギーに転換していかなくてはならない」などと机上の空論を唱える民主党元代表・小沢一郎に聞かせてやりたいくらいだ。


独自に安全性を検証してきた福井県の専門家委員会も近く、安全性確認の報告書を提出する。野田は先にワシントンで再稼働の是非について、「あくまで地元の一定の理解があるかどうかだ」と述べて地元の対応を見守る意向を明らかにした。また自分が先頭に立って地元説得に当たる意向も表明している。
 

ここで野田にとって重要なことは、国民への電力供給確保は憲法ばかりでなく、「エネルギー政策基本法」でうたわれた政府の根幹的な義務であることだ。同法は国及び地方公共団体の電力供給確保への責務等を明示するとともに、地方自治体には第六条で「国の施策に準じて施策を講ずる責務を有する」と規定されている。


要するに国は責任を持ってリーダーシップを発揮して電力を確保し、地方自治体を指導しなければならないのだ。自治体は本来「反対」を言える立場にない。一方、電気事業法に基づく電力使用制限令などはあくまで例外中の例外の措置である。大飯原発が再稼働すれば関電の抱える問題のすべてが解決するにもかかわらず、使用制限に動けば政治が自らの立場を放棄するに等しい。
 

したがって、野田政権には再稼働による電力確保の法的義務が課せられているのであり、そもそも地元の意向を最優先すべき問題ではないのだ。しかも地元が賛成に踏み切ったのであり、ここは野田自身が他の周辺自治体を含めて自ら説得に動くべき時であろう。


福井県知事・西川一誠もそれを同意の条件としている。周辺の府県のトップは総じて再稼働に反対である。しかし政府が再稼働を決定したときの激昂型反発は影をひそめてきた。電力危機の実態がようやく分かってきたうえに、地元財界などからの猛反発を受けてトーンダウンしたのだろう。
 

倒閣宣言までした大阪市長・橋下徹も元気がない。発言は相変わらずとんちんかんで「電力制限令をやって電力とはどういうものか身にしみて感じて、どういう供給体制を構築してゆくかだ」と述べた。まるで企業活動の成否や人命に関わる電力制限令を「理科の実験」扱いしている。


滋賀県知事・嘉田由紀子はおおい町議会の決定を「まるで出来レースだ」と茶化したが、自らのマスコミうけポピュリズムを棚に上げている。この種の自治体トップは脱原発と言うより、ポピュリズムに根ざした原発即時破棄論に近く、説得しても翻意はしまい。
 

しかし、これまで再稼働手続きで失敗を重ねてきた野田には、手続き上説得する義務があり、これまでのように副大臣クラスでことを処理すべきではない。自ら「脱原発だ」と公言する経産相・枝野幸男はこの場面においては信用ができないし、説得力にも欠ける。野田が自ら説得に当たり、その手続きを踏んだ上で再稼働に踏み切るべきであろう。
 

民主党政調会長・前原誠司は「再稼働しなかった場合、計画停電を関西地域はやらなければいけなくなる。これは医療機関などでは人の命に関わる」と発言している。確かに、電力制限令で救急救命センターへの電力供給がストップすれば、たちまち人命に関わる。自家発電など電力確保のすべがない中小企業は、倒産の危機に瀕する。


大企業は世界一高い電気料金の日本脱出にますます拍車をかける。失業率は高くなる一方だ。一般家庭は消費増税より一足先に電力料金の値上げという“増税”を食らう。要するに原発再稼働で確保出来る電力供給を放棄して、安易に電力制限令などに動けば、国の活力の根幹を喪失することになるのだ。


野田は消費税に全力投球もいいが、電力確保にちゅうちょしているときではあるまい。それも速い動きが必要だ。再稼働までには準備に1か月かかり、月内に決断しないと、電力需要がピークにさしかかる7月以降に間に合わない。まさに正念場だ。

<<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年05月14日

◆輿石発言で衆参ダブル選挙は消えた

杉浦 正章


首相・野田佳彦の政治家としての致命的欠陥はその人事にある。人事の想像を絶する稚拙さが、すべてブーメランとなって自分の身に降りかかってきている。


問責可決の防衛相人事などは言うに及ばずだが、今度は幹事長・輿石東だ。元代表・小沢一郎の側近中の側近と見られていたにもかかわらず、幹事長に据えてやっていけるのかと案じていたが、そのとおりになりつつある。できもしないダブル選挙発言で野党ばかりか党内からも総反発だ。自民党は輿石をまさに“敵視”しはじめた。
 

輿石は2010年1月に鳩山由紀夫と小沢について「この二人を見て、こんなに優しい人がなんでこんなにいじめられるのか。悔しい気持ちもある」と発言している。すべての原点はここにあると言ってよい。ばりばりの“小沢一派”なのだ。幹事長就任早々は鳴りを潜めて慎重な振りをしていたが、いよいよ消費税政局がやっちゃ場のようにになってくると、その本性が現れ始めた。
 

輿石の最近の言動からその正体を分析すると、小沢べったりの姿勢がすぐに浮かび上がる。政局のすべての重要ポイントにおいて「親小沢」であるのだ。まず「野田か小沢か」では小沢。「話し合い解散かダブル選挙か」では小沢の好きなダブル選挙。「通常国会延長か消費増税法案継続審議か」では継続審議。「国家優先か民主党内事情優先か」では民主党。


といった具合で、すべては小沢の利益につながる判断を下し始めたのだ。小沢の党員資格回復などは、輿石に取ってみれば思案以前の既定路線であったのだろう。
 

こうした中で「私に解散権はないが、来年7月には参院選がある。ダブルでいいじゃないか」発言が飛び出したのだ。政局の流れを見ていれば、なぜ発言したかが容易に分かる。輿石は野田と小沢の会談実現で動いており、小沢を説得するためには、小沢が恐怖感を抱く早期解散を否定しておく必要があるのだ。小沢を安心させて野田との会談を実現しようというわけだ。

小沢に配慮と言うよりも、小沢の代弁をして見せたのだ。だがこの発言は小沢だけを見ていて、政治の流れを見ていない。「小沢を取って野党を捨てた」ことになる。輿石に「政治家」としての“ありよう”を求めるのはもともと無理で、本質は「政治屋」なのだ。


米上院議員とアーカンソー州知事を務めたジェイムズ・ポール・クラークは「政治屋(politician)は次の選挙のことを考える。政治家(statesman)は次の世代のことを考える」と言う有名な言葉を残したが、まさにぴったり当てはまる。
 

まず党内から反発が生じた。政調会長・前原誠司は「解散・総選挙というのは総理が決めることなので、ほかの者が総選挙の時期を口にするということは遠慮した方がいいのではないか」と正面切って反発した。


一方自民党の元官房長官・町村信孝は「輿石氏は党内融和だけを考えて、自民党との関係はどうでもいいと思っている。傲岸不遜(ごうがんふそん)で不適切な発言で、消費税に協力してほしいと言われてもだれが信用するか」と切って捨てた。
 

今後、自民党は「輿石相手にせず」を基調として国会に臨むだろう。早期解散戦略も一層激しさを増す。政調会長・茂木敏充も、「自民党に『協力してほしい』と言う一方で、『協力はいらない』と言っているようなもので、握手を求めながら左フックをくらわす状態だ」と発言した。


あらゆる手段を使って今国会の解散実現を目指すに違いない。輿石はやぶをつついて蛇を出してしまったのだ。この政治情勢下においてダブル選挙はあり得ない。マスコミも暫くすると政界の体たらくにあきれて「消費税を成立させて国民に信を問え」と言い始める。


「小沢切り」を要求している自民党にとって、輿石が「小沢の傀儡(かいらい)」(自民党幹部)であることがが明白になった以上強硬策に出ざるを得まい。
 

消費増税法案の成立に政治生命をかけて臨む野田にとって、政権の柱とも頼むべき幹事長が野党の信頼を失ってしまったのは大きい。野田にとっては「小沢切り」の前に、輿石を押さえ込めるかどうかが当面最大のカギとなってしまったのだ。


元官房長官・野中広務がテレビで「日教組のドンだかなんだか知らないが、古い形の政治家は排除すべきだ」と「輿石切り」の勧めを説いていたが、野田最大のミス人事がたたりにたたっている。


自民党総裁・谷垣禎一が「野田総理大臣のとるべき道は、党の分裂を避けるために小沢元代表の軍門に下って先延ばしするか、野党に協力を求めて成就させるかの2つに1つだ。野田総理大臣は腹構えを示すべきだ」と決断を迫っている。その通りの事態となった。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月11日

◆「野田・小沢会談」の危うい綱渡り

杉浦 正章

 

民主党元代表・小沢一郎の党員資格停止処分解除をサポートする首相・野田佳彦の国会発言が異常にオーバーだ。「無罪判決を受けて党の所要の手続きを踏んだ決定なので、党代表の私を含めてすべての議員が結果を尊重すべきであると考えている」と臆面もなく小沢の資格回復支持を言い放っている。


マスコミも野党も反発しているが、野田の眼中には世論も国会もない。狙いは場合によっては来週後半にも実現するかも知れない小沢との会談だけだ。会談で消費増税法案成立への流れが作れるとする幹事長・輿石東の“調整”に乗っているのだ。野田は小沢に“秋波”のサインを送っているのだ。
 

野田と小沢の間に立って“暗躍”していた、輿石の動きが連休明けに一挙に表面化した。背景には会期末まで1か月半を残すのみとなって、放置しておけば野田・小沢の激突で、野田が「話し合い解散」を選択する可能性が強まるという焦燥感がある。輿石の描く構図は、野田と小沢を取り持って政権消滅につながる解散・総選挙と党分裂を回避し、延命を図るところにある。


このまま放置すれば両者は間違いなく激突の軌道に乗ってしまうのだ。輿石は連休中に相当の根回しをしたに違いない、その根回しを連休明け7日の首相・野田佳彦との20分の会談で最終確認して、停止処分解除へと動いたといわれる。
 

根回しの内容とは(1)野田は小沢の党員資格停止処分の解除に応ずる(2)その代わり輿石は小沢との会談を実現して、消費増税法案の取り扱いを話し合い、小沢を賛成に回らせる(3)野田は早期解散を回避するーというもののようだ。


小沢は筆者がかねてから指摘しているように棒を飲んだような消費税反対一辺倒ではない。とりわけ1か月ほど前から親しい議員には「野田君が会いに来ない」と漏らし、会談への意欲的な姿勢をほのめかしている。小沢にしてみれば野田が解散に踏み切りチルドレンの“総落選”で自らの力を削がれることが1番恐ろしいのだ。
 

これらの動きは10日の輿石の発言からもほの見える。輿石は会談のために、処分を解除しておかなければならなかったという側面もある。処分を解除していなければ、小沢氏からすれば、どういう立場で臨むのか、発言権があるのかないのかということになる」と停止処分解除の理由を説明している。小沢を野田との話し合いに動かすためにも停止解除が不可欠であったというのだ。


そして野田・小沢会談の方向は「野田総理大臣も小沢元代表も、やがて国民に消費税増税をお願いしなければならないという考えは同じだと思う。野田総理大臣が、小沢氏ら増税に慎重な人たちと協議すれば、必ず合意形成できる。両者の会談は必要なことだと思っている」と言明した。


輿石は、表向きは「消費税反対」は撤回せず、「会談もない」する小沢が最終的には消費増税法案で譲歩するとして野田を会談に引き込もうとしているのだ。


これを受けて冒頭指摘したように、野田は過剰なまでの党員資格回復支持の発言を繰り返すに到ったのだ。輿石は野田に対して今国会の消費増税法案成立をほのめかしているに違いあるまい。そこの歯止めがないまま野田が会談に応ずるわけはないのだ。


小沢にとってのメリットは、分裂を回避し、チルドレン消滅につながる解散・総選挙も先送りできることだ。ということは民主党政権内で存在感を保てるというところに尽きる。もともと消費増税論者である小沢にとって、消費税などは政局のための道具にすぎないのだ。
 

野田が輿石の路線に当面乗ってみようと思っているのは、2閣僚問責決議案可決など野党の強硬姿勢で袋小路に追い込まれる危機感が背景にあるからだろう。しかし野田が輿石を全面的に信頼して、軸足の全てを乗せてしまうことの危うさは並大抵ではあるまい。


野田が、小沢と組んだ瞬間に、野党は敵に回る。例え衆院を民主党多数で通過させることができても、参院で可決成立させることは不可能に近くなる。小沢と輿石には参院段階での継続審議というオプションもある。そこを野田がどう解決するかの見通しが立たないままでは会談のメリットは生じない。

むしろ「話し合い解散」で野党との妥協を選択した方が、衆院も参院も通って成立への道が開けることは確かだ。したがって野田は「話し合い解散」のオプションを握りつつ、小沢と会談して“瀬踏み”を図ることになる。輿石の打った“トップ会談”のビリヤードの球がどう転がるかはまだまだ予測が付く段階ではない。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月10日

◆控訴は古希の小沢に戦略崩壊の直撃

杉浦 正章
 

不死鳥の如く返り咲くかに見えた民主党元代表・小沢一郎であったが、舞台は暗転、奈落の底へと落ちかかっている。党員資格停止処分解除という判断をした首相・野田佳彦と幹事長・輿石東は、そろってまれに見る誤判断をしたことになる。野田には内閣支持率低下だけがその“ご褒美”として残るだろう。


指定弁護士の控訴は、24日で70歳の古希を迎える小沢にとって、またとない誕生日プレゼントとなった。ひそかに党員獲得など代表選の準備に着手していた小沢は、出馬どころか、グループ崩壊の危機に直面したのだ。
 

輿石の判断の背景について政界の一部には、「控訴を予想してその前に党員資格を回復しようとした」という見方がある。しかし、控訴後の反応を見ればその逆だ。小沢自身が「理解に苦しむ」と反発、盟友鳩山由紀夫が「想定外」と述べているように、弁護士を含めて控訴は出来ないという判断が支配的であった。その証拠に小沢は自分の事務所に代表選での一般党員の支持獲得に動くよう指示している。


事務所は党員の資料を集めるなど準備を開始していたのだ。輿石は控訴できまいと楽観視して資格停止解除をしたのだ。輿石に丸投げしてしまった野田も同様の判断であったのだろう。野田と首相官邸の情報不足と判断力の欠如は、民主党政権樹立以来の3年間全く変わっていない事の証明でもある。民主党政権はもうダメだとさじを投げたくなるのだ。
 

指定弁護士の3人は控訴を挙手で決めたと言うが、その根拠は何か。弁護士らは「共謀がなかったとする1審判決には重要な事実誤認がある」と述べただけで明確にしていない。専門家の間では1審判決の“核心部分”である「小沢の共謀したとことへの“認識”が立証されていない」という指摘に無理があり、指定弁護士はこのポイントで覆すことが可能と判断したとの見方が強い。


それにしても東京地検が2度にわたって起訴を断念し、1審で無罪となった事件を控訴しても厳しく立証を求められることは確かだ。指定弁護士側には判決後強制起訴した検察審議会の在り方にまで議論が及んでいることや、また世論の判決批判の強さも考慮した、「政治控訴」の側面があることも否めまい。
 

指定弁護士の思惑がどうあれ、小沢に突きつけられた現実は「天網恢恢(かいかい)疎にして漏らさず」そのものだ。天罰を逃れることはしょせんできないのである。政治的には野田・小沢・自民党総裁・谷垣禎一の政局トライアングルの一角が崩れ始めた事を意味する。小沢の勢いが萎(な)えるのだ。


「代表選出馬」でチルドレンらの気を引き、グループを束ねる作戦がもろくも崩壊するのだ。いくら民主党でも刑事被告人が次期首相になり得る党代表選に出馬することは認めないだろう。したがって解散がないまま代表選となれば、野田の続投は確定する。解散があれば民主党は大敗するから、野田の首相としての地位も、代表としての地位も危うくなる。
 

小沢が萎えるということは、グループの求心力が遠心力に変わるということだ。消費税反対でグループ内全部をまとめることは難しいだろう。さすがの半可通のチルドレンも有権者から「疑惑の小沢派」と受け取られては選挙にならないことくらいは理解できるだろう。


しかし野党が反対した場合、衆院議員56人の造反で否決できるからそれくらいの力は残す可能性もある。一方で野田の「小沢切り」は、やりやすくなってくるだろう。小沢の党員資格回復で全国紙の社説が期せずして一致した点は「消費税に反対するなら離党せよ」である。


もともと水と油だ。小沢とその一派を野田が切れば、世論は歓迎、自民党は消費増税法案に賛成する流れであり、野田にとってはプラスに作用する要因だ。したがって、小沢は消費税に真っ向から反対して激突、解散・総選挙のコースを避けるためにも、消費税での方針の転換を迫られていることに変わりはない。


また小沢は大阪市長・橋下徹ににじり寄ろうとしているが、橋下も刑事被告人から秋波を送られても困るだろう。小沢も橋下人気を活用してチルドレンを生かそうとしてもしょせんは悪あがきにすぎないのだ。
 

ここは野田が、小沢グループと、露骨にも小沢べったりの正体をあらわにした輿石に対してリーダーシップを発揮して押さえ込みにかかるべき局面だろう。国家の将来を考えるなら党内融和などより消費増税法案を取るべきだ。それなくして袋小路脱出はあり得ない。


小沢も福田赳夫のように72歳で首相になった例がないわけではないが、福田は刑事被告人ではなかった。どっちみちここ2〜3年は裁判で身動きが取れまい。そろそろここらで観念して年相応に好きな釣りでもして暮らしたらどうか。

<<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月09日

◆「輿石主導」では消費増税までが危うい

杉浦 正章

 

消費増税法案の審議が始まり、いよいよ野田政権にとって「ガチンコ勝負」(自民党総裁・谷垣禎一)の段階に入った。図式は首相・野田佳彦と元代表・小沢一郎の対決の構図に、自民党総裁・谷垣禎一の「話し合い解散」路線が絡む三つどもえだ。その展望は、政治家の表向きの発言だけをとらえて判断すると間違う。


野田の「政治生命をかけると言った言葉に掛値はない」発言が本物か。本当にその指導権を発揮できるのか。小沢の消費増税法案反対に“揺らぎ”はないかのか。大転換して賛成に回る可能性はないのか。これらを見極めなければ展望は開けない。後半国会は何でもありと見なければなるまい。時間が足りず、大幅会期延長は不可避だろう。
 

野田は駅前演説で訓練しただけあって演説が“お上手”だ。「掛け値はない」発言も意気込みを表現するには十分だ。だが、最近ではこれが“巧言令色”に見えてくるから不思議だ。その原因はと言えば自らのリーダーシップが発揮できていない事が挙げられる。


まず、小沢の“執事”役の幹事長・輿石東に完全に党運営の主導権を奪われていることだ。島倉千代子の歌ではないが「想わぬひとの言うまま気まま」なのだ。まだ控訴が確定しないうちから小沢の党員資格回復を容認してしまった。


原発再稼働も方針決定までは威勢がよかったが、その後は揺らいで原発ゼロが継続している。これで本当に消費増税を達成できるのかという気分にさせてくれる今日この頃なのだ。
 

輿石はそういう野田を間近に観察して、逐一小沢にご注進に及ぶ。小沢は野田の心理など手に取るように分かるのだろう。輿石は野田の「政治生命」発言についても「実感がわかない」と漏らし、せせら笑っているかのようである。野田はこの辺で巻き返しをしないと、完全に輿石ペースにはまり、消費増税法案は廃案か継続審議へと追いやられることが分かっていない。


問題はトライアングルの一角谷垣の方にもある。谷垣は「土俵に上がる前に、『最後は俺はうっちゃりをかけるから』などという談合はしない。国会でがっぷり四つに組み、最後に上手投げか、すくい投げかうっちゃりが出てくるか、ガチンコ勝負をしなければならない」と述べている。


この土俵に上がる前は談合はしないということは、上がった後ではする事を意味する。谷垣にとっては「話し合い解散」が垂涎の的なのだ。谷垣は「谷垣降ろし」を回避するためにも、今国会で解散に持ち込むしか手はないのだ。


最後は野田と手を組むしかないと見る。谷垣にとっても、野田にとっても、小沢の攻勢を回避するためにも第2次極秘会談が不可欠であろう。極秘でなくても公式の会談でもいい。腹を割って話さなければ、確信を持った対応は出来ない。
 

こうした中で民主党内では、小沢が嵩(かさ)にかかって攻勢に出るという見方が強い反面、意外なことに「小沢が復権して余裕が出てくれば、消費税反対一本やりを変えるかも知れない」という見方も生じている。小沢にとってみれば、大量の「落選必至チルドレン」を抱えており、どうしても解散・総選挙を遅らせて自らの“延命”策を見出さなければならない。


そのためには9月の代表選で自分が立候補するかダミーを立てるかは別にして、野田に代わりうるという姿勢を常時表明し続けなければならないのだ。反面、野田を怒らせて解散権を発動させてしまっては元も子もなくなる。解散・総選挙を代表選以降に持ち込みたいのだ。消費増税法案などは小沢にとって政局のための“道具”にすぎないのだ。
 


では小沢が賛成に回った場合はどうなるか。まず野田の「話し合い解散」を封じることが出来る。民主党の分裂を回避して、体制内闘争に持ち込める。要するに谷垣を出し抜けることになるのだ。小沢は「超高齢化社会の中で消費税の議論を否定するわけではない」とも述べており、棒を飲んだような絶対反対一本やりとみると間違う。


もっとも、この構想の最大の欠陥は衆院を通過させても、ねじれの参院があって成立させられないことだ。「そこに輿石の出番がまたある」と民主党筋は述べる。衆院を通して参院段階での消費増税法案継続審議に持ち込めばよいというのだ。そして代表選を経た上での秋の臨時国会へと先送りしようというのだ。
 


しかし、この参院での継続審議構想などに、野田が乗ったら足元をすくわれる可能性が高い。だから野田周辺は「廃案でも解散。継続でも解散」と漏らしているのだ。いずれにしても終盤国会は様々な動きが生じて百鬼夜行の状態となる。そのような状態が生じるのは野田が政局の主導権を確保出来ていないところにある。


野田はここで言葉だけでなく、輿石を切るくらいの迫力で褌(ふんどし)を締め直してかからなければなるまい。さもないと、消費増税法案成立で後世に名を残すどころか、前元2代にわたる暗愚宰相と同列に置かれることになる。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
 

2012年05月08日

◆朝日は原発ゼロではしゃいでいる時か

杉浦 正章

 

朝日新聞は原発ゼロがそんなに嬉しいのか。ゼロをてこに「原発即時廃止」を狙っているのか。それで日本は生きてゆけるのか。すべての原発が止まった5日から6日にかけての朝日の紙面は、誰が読んでもそういう印象と懐疑心を持たせるものだった。


他紙と比べて明らかに常軌を逸した感情移入に満ち満ちており、その結果が及ぼす影響には全く目を向けていない。このまま原発ゼロに向かって国民を誘導しようとする“意図”がありありと見られた。


昨年の東京電力の節電を大幅に上回る負担を大阪府民に強いて、その結果がもたらす責任を負えるのか。8日の社説でも「大飯原発が再稼働しなくても夏を乗り切らなければならない」と、その意図を一層鮮明にしている。
 

マスコミの原発再稼働に対する報道ぶりは、これまで朝日と共に反原発の最先端を走っていたNHKが、4日深夜の「時論公論」で大きく原発容認の路線にかじを切った。この論調は翌日の「ニュース深読み」にも反映されている。これまでNHKは恐らく社会部主導で、ニュース報道では事ある毎に反原発の姿勢を見せてきたが、組織内の良識派が論争に勝ったか、政界からの偏向批判の指摘があったのだろう。


新聞の社説に相当する「時論公論」でエネルギー担当解説委員の嶋津八生は、原発ゼロがもたらす悪影響を微に入り細をうがって説明した。特筆すべきは昨年3月の東電の計画停電で「救急救命センターですら通常の診療を行えなくなったところが半数に及んだ」と指摘、筆者のかねての警告と同様に「人の生死にまで関わってくる」と警告したのだ。


「原発を含めた電力供給をどうするのか、日本が何にエネルギーを求めるのか早く国民的合意が必要だ。さもなくば日本経済が衰退に向かう」とも締めくくった。


このNHKの原発報道正常化によって、大手マスコミは読売、日経、産経、NHKが原発再稼働論または容認論となり、朝日が突出して反原発。毎日は良識派的な脱原発論の構図となった。首相・野田佳彦はこの重要ポイントを見逃すべきではない。
 

朝日の鬼の首でもとっったような意図的な論調は、まず見出しから始まる。6日の朝刊では「原発ゼロ分岐点」と大見出しを取り、明らかに国民を原発ゼロに方向付けようとしている。編集委員・竹内敬二に「電力選ぶのは私たち」という記事を書かせている。


竹内は「政府はあわよくば全ての原発を稼働させようとしている」と根拠のない指摘をして、事実をねじ曲げている。「あわよくば原発をゼロにしたい」のが自分であることを棚に上げているのだ。「目指すのは国民が自分たちの手にエネルギー政策を取り戻すことだ」と、左翼の運動家が喜びそうな扇動をしている。


おまけに紙面では取って付けたように「企業、節電の夏へ先手」という見出しで、企業を節電策に“誘導”しようとしている。しかしトヨタなど大企業は、昨年工場を土日に操業する変則勤務にした結果、社業・社員への影響が大きすぎて、今年は全く消極的だ。


日産も最高執行責任者(COO)カルロス・ゴーンが日経電子版で7日「実施するのに大きな痛みが伴ったことを改めて強調しておきたい」と述べ、政府に「電力確保を」と訴えている。朝日は社説では、福島の事故と結びつけて「原発はゼロベースから考え直さなければならない」と強調した。
 

朝日の論調の致命的な欠陥は、各社の社説・論説が原発ゼロで、この夏をしのげるかどうかを具体例や数字を挙げて懸念しているのに対して、そこに踏み込まないことだ。節電と言うが、節電で効果が出るのは15%の不足のうちのわずか1%にすぎない。政府が電力使用制限令を出した場合、中小企業が耐えられるかにも触れない。ただでさえ息も絶え絶えの大阪の中小企業へのまなざしがない。朝日は停電でも発電機を活用出来るだろう。


しかし中小企業はその余裕がない。停電が救命センターを襲って「停電殺人」になる可能性も見て見ぬ振りだ。世界情勢も中国が200基の原発保有にまい進し、韓国が新たに原発2基を建設するという、世界の「復原発」の動きも意図的に無視だ。これでは読者は机上の空論に踊らされるだけではないか。
 

まるで昔マルクス・レーニンにかぶれたお坊ちゃまのように、朝日の新聞貴族たちは空理空論に走っているのだ。もちろん福島の原発事故によって一時は約10万人が避難し、長期にわたる居住困難地域をつくり出したことには常に温かい目を向けなければなるまい。


しかし事故は1200年に1度のまぎれもない天災によって発生したのだ。これでエネルギー政策の根幹を律するのは、いかにも無理がある。むしろ救命センターの電源が止まって人が死ねば、初めて原発事故による死者が出ることになるではないか。犠牲者に朝日は責任を取れるのか。


大阪府知事・ 松井一郎が「プールを無料で公開する」などと場当たり策をテレビでしゃべっていたが、噴飯物だ。まるで「パンがない」という庶民に「ケーキを食べればよい」といったマリー・アントワネットみたいな“とろさ”だ。大阪も、京都も、滋賀もトップは脱原発と言うより、大衆にこびた「原発即時廃止論」に近いとみたほうがよい。


野田は空論に踊らされるべきではない。粛々と規定方針通りエネルギーのベストミックスをめざして、手遅れになる前に再稼働に踏み切るべきだ。再稼働に踏み切らないで電力制限令などを出せば、自らのリーダーシップ欠如を世に示すことになる。無責任の極みだ。


再稼働がなければ日本は躍動する近隣諸国を尻目に、亡国の道を確実に歩くことになる。

<今朝のニュース解説より抜粋>  (政治評論家)

2012年05月07日

◆「小沢切り」か「野田降ろし」かの正念場に

杉浦 正章


〜消費税制局〜


連休明け政局は、早々から元代表・小沢一郎の党員資格停止解除問題で幕を開ける。自民党は最終的には「小沢切り」を求めており、停止解除問題はその試金石となる。首相・野田佳彦は、まずここで“壊し屋”小沢に対処する力量を問われ、対応次第で終盤国会にかけて消費増税法案、原発再稼働の成否に大きな影響を及ぼすだろう。


「切れない野田」の印象は内閣支持率を含めすべてにマイナスに働く。野田、自民党総裁・谷垣禎一、小沢の“政局トライアングル”がいよいよ正念場を迎える。要するに政局舞台のすべては、野田が指導力を発揮してコントロールできるかどうかにかかっているのだ。


まず小沢問題だ。小沢裁判の控訴期限は5月10日。検察官役の指定弁護士3人はさる2日に控訴問題を協議した。同弁護士・大室俊三は「高裁で判決を覆すことは容易ではない。慎重に判断する」と控訴に消極論を述べたようだ。


あと2人が同調すれば無罪判決は確定することになり、逆に控訴となれば、一審無罪が党員資格停止解除に相当するかどうかが党内議論を巻き起こす。無罪確定なら小沢は党員資格を文句なしで回復し、いよいよ、歌舞伎で言う“大見得”を切るだろう。控訴なら動きは削がれる。小沢は消費税法案に対する野田の姿勢を「国民に対する裏切りだ」と断定して、事実上の「野田降ろし」を宣言している。


今後の戦略は、党員資格を回復し、野田が政治生命をかけるとする消費増税法案を阻止し、あわよくば党代表復帰を狙うだろう。
 

既に小沢寄りの姿勢を露骨に示し始めた幹事長・輿石東は8日の民主党常任幹事会で、党員資格回復を決定する意向を表明している。輿石は消費増税法案について、幹事長職を活用して実に巧妙な形で“葬り去る”動きを舞台裏で展開している。


野田が連休前を望んでいた消費増税法案を扱う衆院特別委員会の審議入りを、何と5月16日まで先送りさせた。衆院の選挙制度改革をめぐる各党協議を暗礁に乗り上げさせている。党分裂回避が輿石の大義だが、何のことはない、小沢の意向を受けて消費増税法案を
廃案か継続審議に持ち込む動きをしているにすぎない。国家財政存亡の危機という大局など眼中になく、一介の政治屋の本性を見せ始めているのだ。
 

こうした輿石を野放しにしているのが野田であり、今後はその指導力が待ったなしに問われる局面となる。ところが最近の野田に目立つのは自分が直接前に出ない“前さばき”ばかりだ。野田は党員資格問題を「役員会、常任理事会で議論して決めることに尽きる」と党に丸投げした。


党が決めることとなれば、輿石ペースで事が進むことを容認したことに他ならない。原発再稼働についてもワシントン市内で同行記者団に、「あくまで地元の一定理解があるかどうかだ」と述べるなど、腰が引け始めた。


谷垣が「まるで他人事みたいだ」と批判するゆえんだ。どうやら野田は思考など高次機能を司る大脳のキャパシティが、消費増税法案で満杯となっているようだ。パソコンのメモリが足りなくなったのと同じ状態でフリーズ寸前のようにも見える。
 

ところが事態は野田が消費増税法案だけをやっていればよい状況を遙かに超えて、激動要因がひしめいている。野田は小沢の党員資格を回復させたら、世論の矛先は自分自身に向かうことに気付いていない。新聞の見出しが「首相、小沢氏の党員資格回復を容認」と踊るのだ。


原発再稼働も野田が逃げれば半数はいる推進論者の支持を失う。結果は虻蜂(あぶはち)取らずとなることが分かっていない。20%台乗せと危険水域に入った内閣支持率は、このままではさらに急落して内閣崩壊寸前の10%台に落ち込むことも時間の問題となる。
 

谷垣が「消費増税に『政治生命をかける』と言ってきた首相の本気度が試される局面だ」と述べているのはまさにポイントを突いている。谷垣ら自民党執行部の狙いは、野田に“意地悪”して気力を萎えさせ、「小沢切り」して自民党に付かざるを得ない状況に追い込むところにある。


狙いは「話し合い解散」であり、これに応じるしかないと野田に思い込ませる“高等戦術”だ。野田はそもそも水と油の小沢一派との関係をどうするか問われるが、小沢の消費増税法案反対に関しては「何人たりとも党員なら方針に従ってもらいたい。賛成が当然だ」と言いきっている。


どっちみち「解散・総選挙即小沢切り」につながるのであり、腹をくくって対処するしかあるまい。まずは党員資格回復などには応じず、原発は臆(おく)せずにかって自分が述べたとおり、地元説得の先頭に立って夏前に再稼働させる。消費増税法案は野党と協力して成立を目指す。


問責2閣僚を更迭し、場合によっては輿石を切って、内閣を改造してでも国会を延長して所期の目的を達成する。1票の格差問題も0増5減だけを先行して処理して違憲状態を解消する。これが連休明け政局に取り組む野田の選択肢の“王道”だ。

これを野田がやりきれるかどうかの正念場なのだ。そのリーダーシップを発揮できなければ、敵を作って自らを“誇示”することだけが習性の大阪市長・橋下徹ら疝気(せんき)筋がつけいる隙をますます露呈させることになるだけだ。


<今朝のニュース解説より抜粋>   (政治評論家)

2012年04月27日

◆野田は「解散主導権」発揮で「小沢切り」に

杉浦 正章

 

「無罪」の主文が判決文の後に読み上げられたら、誰もが有罪と受け取れる判決だろう。東京地裁裁判長・大善文男は近来まれに見る論理性欠如の“迷判決”を下した。判決文は読めば読むほど疑惑の闇の深まりを見せる。とても元代表・小沢一郎とその取り巻きが欣喜雀躍(きんきじゃくやく)出来る内容ではない。


むしろ解散・総選挙があれば、“疑惑を死守”する小沢グループが消滅する流れが増した。元代表・小沢一郎は嵩(かさ)にかかって消費増税法案反対の動きを見せるだろうが、これに首相・野田佳彦が解散・総選挙で切り返す構図が現実味を帯びてきた。解散に連動した「小沢切り」は時間の問題だし、野田と自民党総裁・谷垣禎一の「話し合い解散」の流れはまた台頭し始めるだろう。
 

判決を見ると、ちょっと地裁の判事には荷が重かったのではないかと思いたくなる。大善でなく大悪判決だ。判決はまず資金管理団体の収支報告書にうその記載があることを認定、小沢は元秘書の4億円をめぐる“操作”について「秘書が無断で行うはずがない」として「報告を受けて了承していた」と指摘した。検察審査会の起訴も有効と認めた。小沢の「事件の後も収支報告書を見たこともない」という証言を「およそ信用出来ない」と断定した。


注目すべきは小沢側の従来の主張の大半が否定されている点だ。それでは有罪かと誰もが思うだろうが無罪となった。なぜかといえば、小沢が元秘書らの行為が犯罪に当たると認識していたという一点で、指定弁護士の証明が不十分であったためだという。証拠が不十分であるとして従来の「共謀」を不成立としたのだ。
 


判決は「収支報告の記載について違法だとの認識が無ければ刑事責任を問えない」としたのだ。しかし小沢が「認識」せずに「報告と了承」をするだろうか。弁護士の間では「これでは普通の刑事事件では無罪が続出する」という見方が支配的だ。「認識しない」といえば皆無罪になるのか。明らかに論理矛盾があり、腑に落ちないというか、合点がいかないという判決だ。腸捻転(ねんてん)のような判決だ。指定弁護士は当然控訴する手がかりをつかんだはずだ。最高裁まで争わなければ国民は納得しないであろうし、正義が行われなければなるまい。
 


しかし小泉進次カがいみじくも指摘したように「判決の結果、政界の霧はさらに深くなった」ことだけは確かだ。判決文を冷静に読めば、疑惑の存在はいよいよ明白であり、小沢一派が喜び勇むことは返って出来なくなったともいえる。もともと裁判以前から秘書の有罪判決で小沢が証人喚問を要求されていたのだから、その構図には変化のきざしもない。政治的道義的責任の追及は当然なされるべきであり、小沢の足かせが取れたと思うのは大間違いだ。
 


今後小沢は消費増税法案反対を旗印に、同法案の否決か継続審議に持ち込もうとするだろう。「亡国の首相狙い」となる民主党代表選出馬をするかも知れない。幹事長・輿石東は、野田を裏切って小沢に付く姿勢がいよいよ鮮明になった。連休明けに党員資格停止処分の撤回で正面切って野田と対決しかねない様相だ。


小沢戦略にとって落としどころは継続審議という形の増税法案棚上げだが、場合によっては同法案に反対投票するところまでいく可能性がある。野党が反対した場合には56人の造反で否決できるからだ。しかし小沢にとっての最大の“弱み”は、裁判に勝ったからといって、選挙に勝つ見込みはないことだ。「風」に乗って当選してきた小沢チルドレンは8,9割が落選する運命にある。いずれにせよ小沢が権勢を振るえるのは総選挙までと相場が決まっているのだ。
 

野田にとっては小沢の弱みが逆に強みになる。その最大の武器が解散・総選挙だ。野田が解散・総選挙に踏み切るケースは「政治生命をかける」と発言してきた消費増税法案の不成立だ。否決でも継続審議でもよい。とにかく不成立なら、野田への不信任案成立と同等ととらえて解散に打って出るだろう。解散に打って出れば自動的に小沢グループは消滅するのだから「小沢切り」は達成できることになるわけだ。
 


そこで重要な役割を果たすのが自民党だ。谷垣は2閣僚に対する問責決議が成立したことを根拠に相変わらず更迭を要求しているが、自民党は審議に応じてしまったのだから迫力は無い。おそらく別の場面で妥協する可能性がある。それは野田が消費増税法案成立を前提に「話し合い解散」に応ずることだ。野田・谷垣・小沢の三角関係の構図は野田が谷垣に傾斜することによって、容易にバランスを崩すことができるのだ。


この切り札があるかぎり野田が政局の主導権を小沢に譲ることはあり得ない。ただ消費増税法案の審議入りが連休明けにずれ込み、かねてから指摘しているように、野田は国会の会期を延長して土俵の枠を広げる必要に迫られよう。


6月21日の会期は8月の旧盆前くらいまで大幅延長せざるを得ないかも知れない。戦いは暑い夏の延長戦に持ち込まれる公算が出てきた。

     <今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)
 

2012年04月26日

◆川柳で3大奇人を読み解けば

杉浦 正章

 

新聞の川柳は何と言っても政界の奇人、変人を詠んだものが1番面白い。朝日川柳と読売川柳への“出場”回数の多い人物を3人挙げるなら、民主党元代表・小沢一郎、東京都知事・石原慎太郎、大阪市長・橋下徹だ。いずれも甲乙つけがたい。<いつまでも残って消えぬ鳩の糞(ふん)>と一世を風靡(ふうび)した“超奇人”鳩山由紀夫は、もう飽きられつつある。
 

このところの1番のテーマが今日出される東京地裁の小沢判決。なにしろ、政党史上始まって以来と言ってもいいほど結果が政局を左右する。元首相・安倍晋三が「判決は無罪でも有罪でも政局の発火点」と述べているが、まさに<天下分け目の4・26>と詠まれるゆえんだ。


もうご本人は無罪判決と信じ込んでいるとみえて、怪気炎を上げている。周りの反応もみんなの党幹事長・江田憲司のように「小沢氏は終わった政治家」とまっとうなものばかりではない。卑しげにすり寄ってゴマを擦る者も現れる。愛知県知事の大村秀章が25日、「固唾をのんで見守っている。法と証拠に基づいて裁判が行われるのだから、方向は無罪で決まっているのではないか。

あす以降大いに日本の政治を引っ張ってほしい」と持ち上げた。知事の発言は県民を代表するものだが、そうか、愛知県民は「小沢礼賛論」一色なのか。
 

こういう“よいしょマン”がいるから本人は、張り切ってしまう。代表選にまで出馬すると言いだした。「それが天命だとすれば、私はどんな役割でもするつもりだ」「一兵卒としえ最後のご奉公をしたい」と当たるベからざる勢いだ。だから<無罪ならさぞあの人はうるさかろ>となるわけだ。<スグカエル一兵卒が戦地から> という傑作も生まれる。


一般国民は何かとしゃしゃり出る小沢に正直うんざりといったところだろう。<小沢氏のいない政治を見てみたい>と茶の間の溜息が聞こえる。<ゾウゼイイヤダ オザワモイヤダ>と政界への電報みたいな川柳もでてきた。今1番みたい政治家の顔を世論調査したら「有罪のときの小沢の顔」がトップになることは確実。
 

一方で川柳に出る自治体トップは、石原と橋下。< 東西で変人奇人策競う>というわけだ。なんでこんなトップを選んでしまったかを“衆愚”が分かるのはまだ先の話だが、確かに<選んだのは徒民浮民の私です>だからしょうがない。


「奇人変人大王」は何といっても石原の方だ。賞味期限切れの老人たちに担がれて「石原新党」に乗ったはいいが、ダメと分かると「ボクは迷惑」と急変。<新党も気分次第で白紙なり>と看破されることになる。


しかし何か話題を出さないと人気が落ちると考えてか、今度は「尖閣諸島を買う」ときたもんだ。とにかく若いときから石原の尖閣への“妄執”は度が過ぎており、さすがの政界もつまはじき。ようやく都知事に居場所を見つけたが、年を取ると幼児帰りが激しくなると見えて<ガンコ爺(じい)また繰り言をむし返す>と詠まれる。


総じて都の買収が実現出来ると思っている川柳人はいないとみえて<島包む大風呂敷を出す都知事><都知事から貰う物議という土産>と迷惑顔だ。都の職員も黙っていると<尖閣に転勤もある都職員>という目にあってしまうゾ。国が買ったら、石原御大を“尖閣鎮台”に据え、お先棒を担ぐ副知事・猪瀬直樹あたりを“副鎮台”にしたらいい。石原も尖閣を終焉(えん)の地にできてさぞ本望だろう。猪瀬も近ごろ愚にもつかない反原発論で先鋒に立っていてうるさいから“島流し”がちょうどいい。
 


「理想の上司で1位」だから橋下にも恐れ入る。<好きな曲君が代ですとわが上司>と極右になったり、反原発で極左と同じことを言ったり。確かに「支離滅裂」だ。この男一体何考えているのかと考えてしまうのだ。


「国政選挙で国の政治をろう断する野望家」とみれば、納得できる。自民党にすり寄るところなどは維新というより、徳川幕藩体制派なのか。だから<龍馬より新撰組が似合いそう>という鋭い“詠み”が入る。組合の体たらくも大阪勤務でよく知っているから、<職員を叩(たた)きゃ喝采浴びる街>という市民の感情も分からなくもない。


しかしやり方がミニ・ヒトラーでは、今時はやらない。<市庁舎に最初に造る晒(さら)し台>という川柳を読むと、市庁舎がアウシュビッツに見えてきた。人権も蹂躙され気味だ。<メールまで覗(のぞ)いて明日(あした)見えますか>は小気味よく橋下政治を形容している。



それにつけても既成政党のだらしのなさは格別だ。自公が大阪都構想にすり寄れば、民主は反原発に戻りたがる。だから<ボロクソに言われすり寄る永田町>ということになってしまうのだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)



2012年04月25日

◆橋下「反原発発言」の虚構を突く

杉浦 正章

 

「原子力発電の位置づけを理解し、自覚したうえで議論すべきで、政治的な材料にすべきではない」と福井県知事・西川一誠が大阪市長・橋下徹を真っ向から批判した。確かに橋下の主張が明確になるにつれて、自己都合の「暴論」で、国のエネルギー政策を「政局化」しようとする意図が鮮明になって来ている。


橋下発言は国民の感情を刺激するワンフレーズ・ポリティックに徹しており、西川の指摘するように、とても「理解し自覚」しているレベルではない。心ある自治体の長は橋下を軽蔑していることがこれで分かる。国のエネルギー政策がポピュリズムに蹂躙(じゅうりん)される前に、橋下発言に徹底した論理的反論を加えておく必要がある。


橋下と大阪府知事・松井一郎は24日上京して官房長官・藤村修と会談し、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働反対の意思表明をしたが、藤村は反論して物別れに終わった。この後橋下は「安全性について政権はごまかしている。政治家が安全宣言をしたということは絶対におかしい。科学者はだれも安全性にお墨付きを与えていない」と述べた。


まずこの発言から分析すると、橋下発言に共通しているのだが、独断と偏見に基づくものと言わざるを得ない。「科学者は誰もお墨付きを与えていない」というが、我が国最大の原子力専門家集団が首相・野田佳彦に稼働を進言した原子力保安院ではないか。その保安院が専門の科学者集団ではないというなら、日本のどこに専門家がいるのかと問いたい。


自分の回りに群がる「御用学者」「御用官僚」の甘言だけを根拠にしてはいけない。「政権は安全と言うが科学者は言っていない」と言うが、科学者とはどこの誰か。野田は思いつきで安全宣言をしたわけではなく、一年間にわたる専門家集団の積み上げの上に立った発言をしていることが分かっていない。橋下は「科学的知見がないまま政権が安全宣言を出した」というが、自分の科学的知見がみのもんたとそのコメンテーター集団並みのレベルであることを早く自覚すべきだ。
 

橋下は「大飯原発の安全性は非常にあやふやだ。生活の利便性は安全性がはっきり見えるまで我慢すればよい。冷房を我慢するのと大飯原発再稼働とをてんびんにかけるべきだ」と主張するが、20%の電力不足が意味することを全く分かっていない。停電と節電を繰り返しては、まず地域の経済が持たない。


日本は世界でもまれに見る電力依存度の高い産業構造を作り上げている。ビルの窓は開閉が出来ない。大阪の蒸し暑さがオフィスを襲う。蒸し風呂の中で冷房なしでは人間の体が持たない。より重要なのは橋下が近代都市がコンピューター社会であり、すべてが電子機器によって管理されていることが分かっていないことだ。


病院のカルテも企業のデータ管理、処理も不可能となる。まず大阪から企業が逃げ出すのだ。工場だけでなく、オフィスも逃げ出す。停電は弱者を襲う。生命維持装置は稼働しない。年寄りの熱中症による死亡者が続出する。仙谷由人が「集団自殺」と形容、藤村が「命の問題に関わる」と橋下に指摘したが、これはまぎれもなく橋下行政による「停電殺人」となる話ではないか。米国なら訴訟が相次ぐだろう。


中小企業は電力不足の上に電力料金の値上げで息も絶え絶えとなる。原発の停止でそのエネルギーをLNG輸入に置き換えれば、年間4兆円が必要となるという計算がある。国民1人当たり4万円の負担となるが耐えられるか。戦争直後のようにローソクを灯して生活する覚悟があるのか。
 

「揚水発電がある。ピーク時の節電でしのげる」と言うが、科学的、数学的根拠を全く示していない。揚水発電と簡単に言うが、揚水のためには電力が必要だ。そのための夜間電力が原発なしでは余らないのだ。ピーク時の節電と言っても、企業、工場がもっとも活動する時間帯だからピークになるのであって、これに規制をかければ生産性はがた落ちとなって企業存続の危機となる。余剰電力を他の電力会社から回す」と言うが、すべての原発を止めてしまって四国も中国も九州も余剰電力など生じない。
 

橋下の発言の癖は、小泉の真似でテレビを見る一般大衆向けにワンフレーズで訴えることを得意としている。「電力が足りないから原発が必要というのは、霊感商法と同じ」と決めつける。国のエネルギー政策を犯罪者集団と同じだというのである。この言葉はミニ・ヒトラー橋下の全体主義志向発言の中でも極めつけであり、自らが大衆催眠術的な霊感商法の教祖みたいなものであることを自覚していない。


冒頭西川が指摘しているように、国のエネルギー政策を政治的な材料にすべきでない事は言うまでもない。橋下はエネルギーが天から降ってくるとでも思っているのか。「安全宣言は本当に恐ろしい。民主党政権を倒すしかない」とおっしゃるが、市政棚上げで、「風」だけを頼りに自らの政治的野望達成のため国政をろう断するつもりか。小沢一郎の政治と同じで必ず馬脚を現す。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

 
 

2012年04月24日

◆自民党は原発再稼働・消費税で逃げるな

杉浦 正章

 

「ここ数年で最も賢明なリーダー」と米ワシントン・ポスト紙が首相・野田佳彦を褒めているが、総じて何も知らない米特派員も倒閣宣言の大阪市長・橋下徹よりは物事が分かっているようだ。古来賞賛されるリーダーは一にも二にも責任感があって、ぶれないことが最重要条件だ。


野田にはこけの一念のような愚直なところがある。反面最近の自民党の体たらくを見ると、野党3年でここまで落ちぶれるものかと哀れに見えてくる。わずか4日で全面審議拒否の撤回だ。執行部の判断力の欠如を見事に物語った。もっとひどいのは消費税から逃げ、原発再稼働は見て見ぬ振りをするずるがしこさだ。
 

自民党総裁・谷垣禎一は確かに早期に交代させた方がいいかもしれない。ワシントン・ポスト流に言えば「ここ数年で最低のリーダー」なのだろう。全面審議拒否など“最後の手段”を早々と打ち出して、肝心のポイントで状況を大きく見誤った。問責閣僚の更迭は一挙に遠のいた。これでは将来たとえ野党第一党になって首相に選出されても、難局を乗り切れまい。


誰が見ても2閣僚の問責決議などを、会期末までまだ2か月もある時点で提出するのは無理がある。いまや猪突猛進の関東軍と化した参院自民党を押さえられない。友党であり正論を述べている公明党を「邪論」と決めつけた参院国対委員長・脇雅史や、執行部の方向転換も知らぬまま23日記者会見して「参院が暴走して何が悪い!」という画用紙パネルを掲げ、息巻いた山本一太レベルの政治家に、政局をろう断させてしまった。
 

2大政党の一方を担うという責任感もない。その象徴が原発再稼働と消費増税という重要政治課題に真っ正面から取り組もうとしないことである。まず原発再稼働では野田政権が、洞察力に欠けるテレビメディアや自治体トップの総スカンを食らって苦境に立たされているのを見て、しめたと舌なめずりしているのだ。


「安全性をきちんと確認し、地域の理解を得ることが前提で、再稼働すべきだ 」という党の方針が決まっており、谷垣も「現状では再稼働を認めざるを得ない。そうしないと工場などの操業もできず、雇用が失われていくことになりかねない」と容認する考えを表明している。


それにもかかわらず反対の嵐のなかで一転、拱手傍観しているのだ。根底には民主党政権に難題を押しつけて、選挙を有利に導こうという思惑がある。
 

しかし、原発推進政策はそもそも自民党政権時代以来のものであり、民主党が引き継いで総電力の53%mで高めることで一致していた。田中内閣が電源3法を成立させ、地元を財政支援する体制を敷いて以来、選挙基盤として活用してきたのは自民党に他ならない。


現在でも原発の地元は国会議員も、自治体トップや議員も自民党系が強力な発言権を持っているはずだ。それにもかかわらず、自民党が再稼働へ向けて民主党政権を応援するという動きは一切ない。


早期稼働の是非は政争を超越して、「亡国か興国か」をかけた戦いであると認識すべきだ。財界も政治家任せで黙っているべきではない。民放テレビ番組や、反原発で急先鋒の新聞の広告スポンサーを拒否するべきだ。これが1番効き目がある。
 

一方で消費増税法案についても、マニフェストで10%への引き上げを明記しておきながら、賛否をあいまいなままにしている。最大の焦点である「引き上げ率10%」で一致しているのだから、政治的には9割は歩調が合うはずだ。

要するに原発再稼働も消費増税法案も、たとえ自民党政権になってもけりをつけざるを得ない。政党を超越した国家の大計なのだ。野田政権に協力して実現を図るべき時は今をおいて他にない。それにもかかわらず原発反対、消費税反対の大阪の“あんちゃん”橋下にこびを売るように接近する。自民党は、早期解散を実現するため党利党略の亡者になってしまったのだろうか。
 

衆院の任期までは余すところ1年余。参院の山本一太に解散に追い込んでもらわなくても、延長通常国会末か遅くても秋の臨時国会冒頭解散は実現する流れだろう。野田は解散も辞さない方針を正月以来度々表明している。自民党が重要課題で協力しても食い逃げされて解散を先延ばしにされるのを恐れているとすれば、洞察力がない。


どっちみち選挙は近いのだ。この際、消費増税法案と原発再稼働で政権に協力姿勢を示すことこそ、自民党の政権担当能力を世に示すことになるのだ。これが責任政党として生き残る道なのだ。自民党は小沢一郎と“政局ごっこ”を競っているひまはない。

<今朝のニュース解説より抜粋>  (政治評論家)