2012年10月24日

◆自民党は審議拒否戦術を転換か

杉浦 正章


自民党執行部が早くも解散戦略の修正を迫られている。発足早々から審議拒否の強硬路線で突っぱねてみたが、野田の解散先送りの壁にあい、振り上げた拳を降ろさざるを得なくなったのだ。かねてから筆者が指摘してきたように審議拒否では事態打開は出来る見通しが立つわけがないのだ。


折から法相・田中慶秋の“仮病辞任”など首相・野田佳彦の責任を追及する材料は山ほどある。ここはごね得を狙っても始まらない。さっさと方針転換して審議に応じたうえで早期解散に追い込むべきだ。
 

それにつけても野田政権というのはここに来て本当に悪くなってきた。潔くない。解散に加えて田中辞任にまでうそをつき始めたのだ。野田がまず23日辞任の理由について「引き続き加療が必要なためだ。非常に残念なことだ」とすべてを病気のせいにした。官房長官・藤村修に到っては「首相の任命責任にはつながらない。体調不良で辞めることは、いかんともしがたい」と見え透いた逃げの手を打った。田中は決算委員会などに呼ばれても憲法違反の欠席を繰り返したが、なんと欠席をそそのかしたのは民主党執行部であったのだ。


おまけに入院を勧めたのも執行部だ。組織ぐるみのカバーアップをしておいて、逃げられないとみるや病気のせいにする。まさに見下げ果てた政権だ。24日付読売の編集手帳が野田について「就任した頃の純朴で誠実な印象はメッキが剥げた」と看破しているとおりだ。たしかに最近の野田は「どずるい」本性丸出しだ。
 

昔首相・橋下龍太郎は、ロッキード灰色高官の佐藤孝行を総務庁長官に任命して12日間で更迭せざるを得なくなったとき「自らの不明を恥じる」と述べたものだ。これが首相たる者の対応だ。「任命責任は認めるが職務にまい進する」では全く責任を認めたことにならない。


大阪の疝気筋・橋下徹が「人事の失敗は組織ではあり得る」と、相変わらずとんちんかんにも擁護に回ったが、弁護士のくせに「確信犯」を知らないのか。確信犯の用語は思想犯・政治犯・国事犯などに見られる道徳的・宗教的または政治的確信に基づいて行われる犯罪と、知りながらあえて行う悪い行為に分けられるが、野田の対応ぶりは明らかに後者だ。
 

法相辞任一つ取っても首相の任命責任追及の材料には事欠かない。ましてや首相の「近いうち解散のうそ」に始まって、復興予算の流用など追求すべき材料は山積している。宝の山を前にして審議拒否などしても国民の求める政権の欠陥解明義務は果たせない。


そもそも自民党は新執行部が出来たときの勢いもあってか、最初から審議拒否を打ち出している。幹事長・石破茂は5日、都内で記者団に「嘘をつく政府・与党を相手に国会審議に応じることにはならない」と審議拒否を明言している。


それが党首会談で解散問題が行き詰まり、野党間も共産、社民両党や日本維新の会が審議に応じる構えで、足並みが乱れる事態となった。おりから赤字国債発行法案が成立しなければ、11月末で国家財政は底を突く。民主党は自民党に責任を転嫁しようとしている。
 

このため執行部の方針もぐらつき始めた。自民党総裁・安倍晋三は22日、臨時国会について「審議拒否をするとか、私は一言も言っていない」と軌道を修正。石破も「審議拒否すると決めているわけでもなく、発言もしていない」とこれまた臆面もなくうそをついた。どうも石破は「その場限りの理路整然」の傾向があるが、気をつけた方がいい。竹下登の口癖「理路整然と間違う」の常習犯にならによう忠告しておく。
 

自民党執行部が煮え切らないのは通常国会で問責決議を可決させた経緯があり、この効果を持続させたいという思いがあるのだ。しかし事態はめまぐるしく展開しており、過去の問責を軸に野田を解散に追い込むことは極めて難しくなっている。


逆に赤字国債発行法案を前に審議拒否をすれば世論の矛先は確実に自民党に向かう。自民党は新戦術、つまり「寝る」のではなくて「起きて暴く」しか方策は無くなってきているといってよい。
 

それには常に急進的な「関東軍」となる参院自民党を押さえ込まなくてはなるまい。安倍も参院との調整の必要を漏らしている。しかし毎日によれば自民党参院国対委員長・脇雅史は23日開かれた参院野党国対委員長会談で「政府提出法案に協力することはあり得ない」と前置きしながら、特例公債法案について「自民党が(反対ではなく)欠席すれば参院で法案は成立する」と述べたという。


苦肉の策だがこのような手段を講じてでも、国会審議は拒否すべきではあるまい。むしろ蛮刀を振りかざさずに、赤字国債や定数是正にけりをつけつつ、野田を解散へと追い込む高等戦術に転換すべき時だろう。それが出来るかどうか。執行部の能力を問われている場面だ。


<今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2012年10月23日

◆「年内解散論」の前原は掃きだめのツルだ

杉浦 正章

 

貧すれば鈍するというが民主党政権の「前原批判」は、あるべき政治の原点を逸脱して、自らを腐った党利党略の泥沼に沈めるものになるだろう。国家戦略相・前原誠の発言の本旨は“うそつきドジョウ”の印象を払拭しようとしたものに他ならない。それに不快感を述べる首相・野田佳彦と官房長官・藤村修は天に唾するものであろう。批判すればするほど前原が民主党政権という掃きだめのツルに見えることが分からない。
 

前原発言は21日の発言が大きく報じられたが、既に筆者がいち早く19日の記事で指摘している。前原は18日の時点で「民主党政権がどうなるか分からないが、国家のために早期解散がいい。先送りしていると見られることは、決して良くない」と述べているのだ。


それが21日には「年明けに解散しては『近いうち』とは言えない」となった。22日も「私の考えは、きのうの発言と変わっていない。野田首相が、民主・自民・公明の3党の党首会談で思いを話し、解散に向けた条件を示したので、あとは信頼関係をもって3党で話をすることに尽きる」と“年内解散の見方”を重ねて示した。
 

この前原発言に対して永田町では様々な憶測が生じている。あまりの自公寄りの発言に「選挙後の自公政権へ秋波だ」と政権交代後の連立に向けてポストを狙ったという見方まで出ている。まさに“邪推”とはこのことを言うのだろう。外国人献金疑惑が出るやいなや世話になった韓国人女性をかばって、外相を直ちに辞任するほどの政治美学を持った男がそんなことを考えるわけがないではないか。むしろ野田への援護射撃と受け取るべきことだろう。


英語でうそつきの「ライアー」は最大の侮辱となるが、その“ライアー野田”が定着してしまわないように政治の常識を述べたものであろう。現に「総理は自分の言葉に責任をもち、審議を重んずる方だ」と付け加えているではないか。
 

もちろん前原にも持論がある。持論とは早期解散論だ。幹事長・輿石東がかつて主張したように衆参同日選挙をしては、衆参で自民党が圧勝することになるから、これを避けるべきだというものだ。さらに野田の支持率がまだあるうちの解散の方が“野垂れ死に解散”よりはましという判断もある。いずれも民主党を思っての発言であろう。


これに対して野田は、狭量なる判断をした。日本維新の会の国会議員団代表・松野頼久との会談で、松野が「閣僚が解散について言及するのはいかがか」とおべんちゃらを言ったのに対して、「私もそう思う」と不快感を示したのだ。藤村も「解散を決めるのは首相だけだ」とこれまた不快感。自分の内閣の閣僚の発言を首相やスポークスマンが批判して不快感を示す場面だろうか。それでは一日でも長く政権の座に居座りたいという邪心が丸見えではないか。不快感を示すくらいなら、直接会って戒めるべきだが、それが出来ないのは後ろめたさがあるからだ。
 

いまや野田政権の存在は日本にとって最大の“公害”となりつつある。消費税増税だけは虚仮(こけ)の一念で成立させたが、以後何が起きようが手つかずだ。


復興予算の流用という内閣不信任に該当する問題、法相の外国人献金、赤字国債対策などに際して、野田の存在感は全く見られない。近く辞任する法相・田中慶秋の人事は、大局を忘れた論功行賞人事で自らが招いた結果だ。任命責任に直結する。


そして、しでかしたことは中国国家主席・胡錦濤が、尖閣諸島の国有化に懸念を表明した翌日に国有化を閣議決定するという外交史上まれに見るほどタイミングを逸した誤判断だ。各国大使館は野田の断末魔の悪あがきを克明に本国に打電している。


この野田にロシアのプーチンが年末の野田との会談で実りある提案をするとは思えない。アメリカは日米同盟再構築を自民党政権に託すだろう。中国も関係改善はむしろ自民党総裁・安倍晋三に期待している兆候が見られる。
 

要するに民主党政権は3代にわたる“駄目首相”を国民の前にさらけだしたのだ。野田は新橋や銀座の飲み会で何と言われているか知っているのか。


「もう2度とだまされない」「絶対に民主党以外に投票する」が圧倒的だ。国民の信を失い、内政外交に渡って失政を繰り返した政権が、前原のまっとうな発言を批判する資格はない。薄汚い政権の座への執着は捨てて、野田は前原発言を忠臣の諫言と聞く度量を示すべきであろう。


<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年10月22日

◆野田は党首会談再開で解散へ踏み込め

杉浦 正章
 

いずれにしても早期解散に追い込まれるのだから、言ってみれば往生際が悪いと言うことだろう。3党党首会談で自民、公明両党を激怒させて、首相・野田佳彦が得たものは“野垂れ死に”路線に他ならない。このま政権にしがみつけば「嘘つき首相」の評価が定着する。


既に内閣支持率の急低下を招き、危険水域の10%台に突入した。竹下内閣並みの支持率3%もあり得る。解散しなければ政権を投げ出す総辞職しかなくなるのだ。進退は窮まった。ここは少しでも支持率があるうちに早期解散・総選挙に踏み切るしか選択肢はないのだ。


国家戦略相・前原誠司の野田が年内の解散に踏み切るという“読み”は1番まっとうだ。早期に党首会談を再び開催して、追い込まれ解散でなく話し合い解散を選択をすべき時だ。
 

自民党もマスコミも野田から解散で新提案が全くなかったかのように反応しているが、野田は本人にしてみればぎりぎりの解散新提案をしている。「政権の延命を図るつもりはない。条件が整えば自分の判断をしたい」と述べている。これは首相として発言の限界であろう。しかし前宣伝が悪かった。


野田が「一蓮托生」とする幹事長・輿石東が大ミスリードをしたのだ。輿石の「新しい具体的な提案」発言が、自民党総裁・安倍晋三をして年内解散と判断させる結果を招いた。安倍はすくなくとも「近いうち」の抽象表現から「年内」の表現くらいは入るだろうと思ったが、当てが外れたのだ。安倍と公明党代表・山口那津男が激怒するのも無理はあるまい。
 

かつて田中角栄は首相たるものの心得として「首相は衆院解散と公定歩合の変更については本当のことを言わなくてもいい。ただしウソをついてはいかん」と述べていた。この意味は解散判断の間違いは代議士ばかりではなくマスコミ関係者の「クビ」にも直結するものであり、人情味のある田中としては「うそによる解散ミスリード」を戒めたのだ。


今度の場合、野田は輿石発言の結果大うそをついたことになる。安倍にしてみれば、ぬか喜びをさせられたわけで、党内的にも信頼度の低下を招く結果となった。
 

この状況を見てか、副総理・岡田克也が「安倍さんが野党の党首として振る舞うか、次期首相になる人として振る舞うのかを見ていたが、野党の党首としての振る舞いであった。残念なことであった」と安倍をさげすむ発言をした。これには驚いた。政治家のレトリックは多種多様であってしかるべきだが、野田を見ていた国民がびっくりする。


なぜなら一国の首相が大うそをついたことを棚に上げているからである。筆者が岡田流に言えば「首相として振る舞うかどうかを見ていたが、野党もしない振る舞いであった」ということになる。
 

これに比較して前回も褒めたが、前原の「読み」はここに来て冴えている。21日前原は「年明けに解散をするのなら『近いうちに』とは言えない。野田首相は自分のことばに責任を持つ信義を守る人だ。年内に解散しないことはないと思う。赤字国債発行法案などをどうするのかという話をすれば、おのずと自民・公明両党の主張と同じようなところに落ち着くのではないか」と年内解散を明確に述べたのだ。


これを民主党幹事長代行・安住淳が否定しているが、自分の発言と矛盾する。安住は20日にテレビで「総理が近いうちに国民の信を問うことをしっかりと実行することは、いろいろな言葉を交えて言っている」と指摘しているではないか。自分の発言はよくて他人の発言は悪いことになり支離滅裂だ。野田が「発言の重みは自覚している」「延命を図らない」「条件が整えば判断する」と述べたことは、早期解散の意思表示と受け止めるべきだろう。
 


これに対して自民党は「喧嘩のための喧嘩」を展開しようとしているかに見える。石破は「これほど腹を立てたのは初めてだ」と強調する。まるでテレビで国民の同調を求めているような姿勢であり、鼻につく。野党が解散に追い込もうとする姿勢は理解できなくもないが、流れをうまく追求すれば「話し合い解散」へと結びつけられる事態を、あえてぶちこわすこともなかろう。もう少し大人になるべきだ。追及材料には事欠かないのだ。


今後どうなるかだが、まず野党の自民党は、おもちゃ売り場で駄々をこねている子供のように「解散を言わなければ審議拒否だ」と叫ぶ必要はない。もう民意は野田政権を離れた。


朝日の世論調査も最低の18%に落ち込んだ。まだまだ急降下するだろう。10%台では政権の延命は図ろうにも図れないのだ。これを死に体内閣という。まずこの急所を押さえた対応が必要であろう。そして責任政党らしさを発揮するのだ。


つまり29日の臨時国会から赤字国債発行法案と定数是正の審議に直ちに入り、その成立を条件に野田を臨時国会解散と年内選挙に踏み切らすのだ。野田は「他律的な解散」の状況作りを待っている側面もあるのだ。


そのために石破が国会までの間の再党首会談を提案し、安倍も「前原の発言を受けて、野田首相からも何らかの働きかけがあると思うのが常識だ」と再会談に期待を表明している。まさに再会談を行うべき時だ。


<今朝のニュース解説から抜粋>    (政治評論家)

2012年10月19日

◆大包囲網の中で野田が「解散新提案」へ

杉浦 正章

 
国家戦略相・前原誠司は独特の政治美学を持っていると思う。自らの外国人献金が発覚するや、「世話になったオモニに迷惑をかけられない」と直ちに外相を辞任した。法相やどこかの党の幹事長とは大違いだ。

その前原が、今度は焦点の臨時国会の解散について18日「民主党政権がどうなるか分からないが、国家のために早期解散がいい。先送りしていると見られることは、決して良くない」と発言したのだ。


まさに政局の核心を突く正論であり、野党に転落させるのが惜しい民主党の人材の一人である。いまだに首相周辺には「解散はない」のラッパを吹き続け、往生際の悪い党利党略人間がいるが、爪の垢でも煎じて飲めと言いたい。野田は観艦式で「言行に恥づるなかりしか」と訓示したが、まさに自らに言い聞かせたものと受け止めたい。
 

政局の鼎(かなえ)がいよいよ沸き立った。19日午後4時からの党首会談で野田が2か月前に「近いうちに国民の信を問う」と述べた“つけ”を支払わされる場面に到ったのだ。政治状況はとみるとこれ以上ないほど完璧な“解散包囲網”が出来上がった。


まず国会では自民、公明両党に加えて、他の野党7幹事長らが18日野田に対して早期の国会召集と衆院解散を求める声明文をまとめ、民主党に突きつけた。声明文は「国民の声に背く政治姿勢をとり続ける野田内閣は不信任に値する。衆院を速やかに解散し、国民に信を問うべきだ」と一刀両断に解散を求めている。
 

加えて世論の動向も早期解散要求一色に流れている。毎日の世論調査では自民党総裁・谷垣禎一に野田が示した「近いうちの衆院解散」の約束について、「首相は約束を守るべきだ」が71%に達し、「守る必要はない」の18%を大きく上回った。民主支持層でも69%、自民支持層では78%が「守れ」の回答だ。

新聞の社説も早期解散要求一色だ。朝日が「早期解散へ、環境整えよ」と書けば、読売は「解散を遅らせることを目標とするような政権は、存在意義が問われる」と断じている。
 

こうした中でまず幹事長・輿石東が従来の主張を転換して、柔軟姿勢に変わった。選挙制度改革では「0増5減」の優先を認めた。判断力のない政治家や政治記者を惑わし続けた衆参同日選挙論も打ち消した。幹事長代理・安住淳は「野田佳彦首相は誠実な人柄。約束は守る」と確信ありげに述べるに到った。


3党幹事長会談の影にはこの安住と自民党幹事長代行・菅義偉の事前の根回しがあるが、菅は「だんだんと解散・総選挙に向けて流れ出した」と漏らしている。


注目すべきは自民党総裁・安倍晋三の党首会談へのコメントだ。菅の報告を受けたのだろう「年内の解散・総選挙が行われるという認識に至る、具体的な提案があると思う」と発言した。この発言は期待感と言うより、自民党総裁としてのメンツをかけた「判断」を打ち出したとみるべきだろう。
 

事実、輿石も「具体的なことは言えないが、首相から何らかの新しい具体的な提案があるのではないか」と18日の幹事長会談で自公側に伝えた。問題はその「具体的な提案」とは何かだ。少なくとも抽象的であった「近いうち解散」より踏み込まなければ具体的とは言えない。時期の明言はしないにしても、野田は早期解散に1歩も2歩も踏み込まざるを得ないだろう。


ここで自公と民主党との対立軸をみると、既に一点に絞られてきていることが分かる。焦点は自公が「解散なしに赤字国債発行法案も選挙制度改革もない」なのに対して、輿石が真逆の「法案成立なしに解散なし」の条件闘争に煮詰まってきていることだ。加えて赤字国債人質化を避けるために本予算と一体で成立させる方向での法改正も検討課題となっている。
 

これらの課題は赤字国債法案も定数是正も自公が認めればけりが付く話であり、定数是正などは「0増5減」が先行なら時間はかからない。既にある自民党案に民主党が乗るだけの話しだ。総選挙に間に合わなくても、最高裁には国会の姿勢を示しておけばこと足りる。


党首会談では「法案成立の確約」と「解散の確約」のはざまで、野田が自公も納得できる早期解散の表現をどうひねり出すかにかかっていると言えるだろう。野田は14日の自衛隊観艦式で異例の「海軍5省」を訓示に使った。旧日本帝国海軍の士官学校である海軍兵学校において、生徒がその日の行いを反省するために自らへ発していた5つの問いかけが「海軍5省」だ。


「至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか」「言行に恥づる勿かりしか」と訓示したのだ。これは野田の政治哲学にもつながる発言であると重く受け止めるべきであろう。うそをつく気がないが「至誠」であろう。とりわけ「言行に恥づる勿かりしか」と述べたのは「近いうち」のツケをしっかり払わざるを得ないという決意表明と受け止められる。


もう筆者がかねてから主張してきたように「話し合い解散」に踏み切るべき時なのだ。
 
<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月18日

◆政権に就けば“君子豹変”で参拝しまい

杉浦 正章



秋季例大祭とはいえなぜこの時期に自民党総裁・安倍晋三が靖国神社を参拝したかである。恐らく本人は綿密に状況と利害得失を分析して、総選挙にプラスと判断したに違いない。折から尖閣、竹島両島をめぐり世論は対中対韓強硬論が強く、保守回帰の潮流が生じている。近く行われるであろう総選挙では領土問題が大きなテーマとなることが確実だ。


しかし問題は政権復帰を果たしてから首相として参拝を続けるかどうかだが、おそらく“君子豹変”に出るだろう。対中、対韓関係改善に動くことが「安倍政権」の最大のテーマとなるからだ。
 

さっそく中国は洪磊副報道局長が17日夜、「日本は歴史問題について従来の厳粛な態度を守り、責任を持って処理すべきだ」と非難した。国営新華社通信も「惨敗は悪魔の影を呼び起こした。人気取りの意図は明らか。(参拝は)近隣外交の苦境をさらに深めるものだ」と論評した。

しかし一連の尖閣問題に対する激高の態度よりトーンが弱まっているように見える。中国も次期政権まで敵に回してしまってはまずいとの判断が働いている可能性がある。現に日経によると中国大使館関係者からから自民党の外交関係議員のもとに、電話で「安倍氏の参拝を止められないか」と要請があったという。「安倍政権」での関係改善を意識している証拠だ。一方、安倍自身も水面下で日中改善へと動いている。
 

中国側は第1次安倍内閣の際の安倍の態度急変が頭にあるものとみられる。安倍は2006年9月26日に首相に指名されるやいなや10月8日から中韓両国を電撃訪問した。中国では主席・胡錦濤と、韓国では大統領・盧武鉉と会談して、両国との関係を一挙に改善している。とりわけ中国とは「戦略的互恵関係」を樹立している。


日中両国がアジア及び世界に対して厳粛な責任を負うとの認識の下で、お互いが利益を得て共通利益を拡大し、日中関係を発展させることに大きくかじを切ったのだ。それまでは首相・小泉純一郎の6回にわたる靖国参拝で冷え切った日中関係打開への道筋を開いた。
 

今回首相になった場合そのような急変が可能だろうか。安倍は参拝後、記者団に「日中、日韓関係がこういう状況でいま、首相になったら参拝するかしないかは申し上げない方がいい」と述べている。これはかつて首相就任当初から、「 参拝するか、しないかは言わない」という“あいまい戦術”を取ってきたのと全く同じ路線である。


しかし今回の場合、安倍は総裁選挙の最中から靖国参拝を明言しており、先月下旬に総裁就任後も、「国の指導者が参拝するのは当然で、首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ」とまで言い切っている。


これに先立って極右・櫻井よしことの対談でも、より踏み切った発言をしている。首相に再選された場合の参拝について安倍は「靖国神社には当然、参拝する。実は総理の任期中には絶対参拝しようと思っていたが体調不調で辞めざるをえなくなってしまった」と弁明。「菅氏も鳩山氏も、閣僚に靖国神社への参拝自粛を求めたが、日中関係は悪化している」と靖国参拝と日中関係を切り離す発言までしている。
ここまで踏み切った発言をすれば、当然首相就任後も参拝を繰り返すという判断が成り立つが、果たしてそうだろうか。安倍の対中外交の“成功体験”がそれを抑制するのではないか。首相で参拝したとすれば、ただでさえ尖閣問題で緊迫の度を加えている日中関係に取り返しの付かない打撃を与えることは必定である。


安倍は尖閣問題についても総裁選で「船だまりを作る」とか「公務員を常駐させる」と石原慎太郎並みの踏み込んだ発言を繰り返している。従軍慰安婦で日本軍の関与を認めた官房長官・河野洋平談話と植民地支配をわびた首相・村山富市談話の見直し発言もしている。これらの“公約”の延長線上にあるものは、日中国交断絶や武力衝突に他ならない。
 

もちろん国論もそこまでの対中強硬姿勢を求めてはいない。対中関係改善は日米安保体制再構築に次ぐ重要案件であり、それを自らの主義主張のために最初から破壊する行動を取るとすれば、いくら右傾化の自民党政権でも最初から揺らぐ。


かって安倍自身がそうしたように持論・主義主張を抑制しながら国益を追求する姿勢が新首相に求められるのだ。したがって安倍は国益重視の君子豹変に出るしか選択の余地はないのだ。今のうちの靖国参拝は“靖国不参拝”のカードを切るための条件整備の性格をもたせる色彩が強い。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月17日

◆橋下のカリスマは事実上崩壊した

杉浦正章

 

奈良県久米寺の空飛ぶ仙人が女性の白いふくらはぎに見とれて神通力を失って墜落した伝説は有名だが、大阪の久米仙人も若いのに墜落の危機だ。単にコスプレ不倫だけでなく、現実政治に直面するにつれてそのメッキの剥げ方が著しいのだ。支持率の低下を招いている。


日本維新の会代表の橋下徹はカリスマが崩壊したのだ。カリスマとは特定の人物の非日常的な能力に対する“信仰”だが、その非日常的な能力が繰り返せなくなるとすぐに色あせる。マックス・ウェーバーによるとカリスマの崩壊は追随集団の急速な崩壊を招くと言うが、その兆候も見え始めた。
 

歴史的には橋下ブームは「大阪ポピュリズム」の浅薄さの証明となるものだろう。何しろ民放のコメンテーターらは連日「天才だ」「天才だ」と賞賛、新聞もその一挙手一投足を報じた。コメンテーターや大阪の記者の政治意識のレベルがいかに低いかを物語る傾向として興味深いものがあった。


だいたい最近の「天才政治家」は米国ではケネディ、イギリスではチャーチル、中国では毛沢東、日本では田中角栄くらいしかいないと思っているから、ばかばかしくて聞いていられないのだ。政治評論家も礼賛し続けたが、政治を判断する基本が出来ていない。
 

最近では橋下本人もカリスマ崩壊を認めている。「だんだん虚像じゃなくなってきて実像に近づいてきた。まだまだ下がる」と他人事のようなコメントをしている。なぜ崩壊したのかと言えば、もともと“虚像”であったからだろう。カリスマとは一度や二度空を飛んだくらいでは維持できない。ずっと飛び続けないと崩壊するのだ。


まず崩壊のきっかけとなったのはその国政に対する認識の甘さだ。発言も極端に変わる。超重要テーマでも消費税反対が賛成、原発再稼働反対が賛成と言った具合だ。極めつけが国中が怒っている竹島問題で「日韓共同管理」を提唱したのだ。あまりの無知、無節操ぶりに、これでは中学校の模擬国会の方がよほど立派だと思われ始めたに違いない。
 

まだまだ“久米仙人”の露呈はある。政党化するため松野頼久ら国会議員を取り込んだまではよかったが、石原慎太郎から「そうそうたるメンバーが集まったのならともかく、あの顔ぶれでは周りも失望するんじゃないか。橋下君自身が失望してるのじゃないのかね」とあきれられる始末。


たしかにあの顔ぶれはひどい。ほとんど見たこともない連中だが、後ろめたいのか皆お通夜の客みたいに暗い。大々的にPRするはずだった9月の橋下による“面接”も低調そのものに終わり、逆効果となった。かってはホテルの会場に溢れんばかりに集まった「維新の会」の政治塾も人が集まらず、「風」がやみつつあることを如実に物語っている。1番信頼性のある時事の世論調査によると政党支持率は自民党が16.8%なのに対して日本維新の会は1.2%だった
 

この傾向にどう対処するかだが、カニではないが甲羅に合わせた穴を掘り始めた。比例区と合わせて全国に400人も立候補させると豪語してきた路線を急転換させ、既成政党との連携へと動いたのだ。みんなの党との関係も、8月には橋下が渡辺喜美に「解党して合流してほしい」とねじ込み、さすがに渡辺も怒って決裂した。ところが国会議員7人の顔ぶれと能力を見て橋下はようやく、これでは国会に出ても潰されると気付いたに違いない。


このメンバーでは国会対策など出来るわけがない。もう既成の政党と連携して、利用するしかないと思ったのだ。ブレーンの元総務相・竹中平蔵の勧めもあってみんなの党とよりを戻したがっているのが現状だ。橋下は「両党が二つのグループのまま選挙を迎えるのは国のためにならない」と大仰な発言をしたが、まずポピュリズムそのものが国のためにならないことを知るべきだ。
 

恐らく総選挙でも選挙区のすみ分けをすることになるだろう。維新人気など元々ない関東、東北、北海道はみんなの党が力を入れており、同党の候補者の7割を占める。東はみんな、西は維新という流れにしようと言うことだろう。日中関係をめちゃくちゃにした天下の大老害・石原慎太郎も維新を利用しようとしているが、老害と落ち目の三度笠ではいずれにしても大したことにはなるまい。


筆者が繰り返し警告しているように元首相・麻生太郎も警告を発した。「おれおれ詐欺に引っ掛かる人は、大概2回引っ掛かる。前回民主党の『やるやる詐欺』に引っ掛かった人がいると思うが、今回大阪から似たような手口が出てきている。2回引っ掛かったらあほうだ」と発言したのだ。ポピュリズムに2度にわたって政治を蹂躙(じゅうりん)させるようでは、有権者も度し難いあほうだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月16日

◆自民の「世襲復権対策」は“ザル規制”だ

杉浦正章

 
今朝の朝日川柳に「世襲でなくて家業と言って」とあるがもっともだ。自民党の積年の病弊がまたぶり返した。こそこそと衆院選挙向けに世襲候補を決めていたが、ばれると15日、「現職が引退する選挙区の公募手続きに党員投票を加える」と発表した。幹事長・石破茂は「その人が本当にふさわしいかルールを明らかにした」と胸を張る。


しかしこの党員投票が果たして公平かというと、全く逆ではないか。端的に言えばおおむね党員は現職が集めたものだ。その投票となれば結果は知れている。しょせん世襲幹事長が決める世襲制限では“ザル規制”なのだろうか。
 

まさにのど元過ぎれば熱さ忘れるだ。自民党は凋落の原点を忘れている。同党は元幹事長・武部勤と元防衛庁長官・大野功統がそれぞれ北海道12区と香川3区に息子を擁立することを認めた。かねてより武部は「世襲候補は党公認ではなく無所属で立候補すべきだ」と世襲批判の先頭に立っていたはずなのに、自分のせがれの事となると音より早く方針転換だ。元首相・福田康夫と元幹事長・中川秀直も息子への世襲を実現しようとしているところだった。
 

そもそも世襲批判はどこから出てきたかを分析すれば、原因は長期自民党政治の停滞にあった。2009年の泥酔財務相事件が端的に象徴している。中川一郎の息子昭一が泥酔状態で、こともあろうにG7の財務大臣・中央銀行総裁会議に出席した揚げ句、記者会見でも酔態をさらけだした。長期自民党政権の停滞と二世議員の芯の弱さを見せつける事例であった。


このため 自民党は、09年衆院選の「次」の衆院選から、引退議員の配偶者と3親等内の親族を同じ選挙区で公認・推薦しないことをマニフェストに明記した。ところが大惨敗となった同年の選挙ではその世襲候補が大健闘したのだ。自民党で当選した119人のうち世襲議員は50人と、選挙に強いことを証明した。


この結果、自民党衆議院議員に占める世襲議員の割合は、解散前の32%から42%とほぼ4割となった。当時の総裁・谷垣禎一は選挙結果を受けて地縁・血縁のある者も考慮するとの方針を決定。マニフェストは事実上の骨抜きとなったのだ。
 

この傾向に対して世襲立候補を禁止している民主党は、副総理・岡田克也が「公約違反の結果になっている」と批判した。マスコミも批判の矛先を自民党に向けようとしている。


まずいと思ったか石破は「出来レースのように一部で決めずに、候補を公正にまた透明性を以て選ぶべきだ」と述べて、地方支部に党員投票で決めるよう指示を出した。しかし冒頭指摘したように、指示はザルに水を入れるのと同じ結果になる公算が大きい。


例えば福田や中川のような大物政治家の地盤がどうなっているかと言えば、自らが集めた党員でがっちり固められており、新人候補が手を挙げてもまず選ばれることはあるまい。息子が圧倒的に有利となるのだ。したがって執行部が決めた党員による投票は“ザル規制”となる可能性が強い。執行部の方針こそ「出来レース」であろう。
 

この世襲問題の根幹はやはり有権者の投票行動に起因する。真面目で好感が持てる自民党の政治家・小野寺五典がいい発言をしている。「世襲だと出世が早い」というのだ。「地元もそれを求めている」のだそうだ。2世3世は「あなたの親に世話になったとか爺さんに世話になったとかで依怙贔屓(えこひいき)される。」と指摘する。


確かに当選1回で党青年局長に抜擢された小泉進次カの例を挙げるまでもなく、親の七光りが出世に作用することは間違いない。ただし小泉の場合は竹下登に匹敵する名青年局長ではある。小野寺によると出世が早ければ地元の陳情も通りやすく、親のルートで処理するノウハウも身についているというのだ。「私のように何処の馬の骨とも分からない者より利用価値がある」わけだ。
 

要するに、有権者と政治家の癒着の構図が厳として存在するわけであり、ここでも「風」で投票する「衆愚」に匹敵する、地盤、看板、カバンにすり寄る「衆愚」が存在するのだ。自民党がせっかく政権を奪還しても4割の世襲議員のもつ“弊害”が、またまた頭をもたげる可能性があるのだ。


アメリカの世襲議員の比率は5%、イギリスは下院で3%である。同一選挙区からの世襲議員の立候補を制限することは、自由競争確保の観点から重要である。特定の政治家の“家業”に政治権力が集中することを避け、有能でやる気があり、多様な思考形態を持つ政治家を育てなければ、日本の未来はないと考えるべきだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年10月15日

◆輿石軟化でジワリ解散への流れ

杉浦正章

 

政局を読むには針の落ちる音が聞こえるくらいに「心耳」を研ぎ澄まさなければならない。心耳を澄ませる訓練をすれば針の落ちる音がやがて五寸釘を落とす音くらいに聞こえるようになる。その五寸針が何本も落ちだした。だんだん頻繁になっている。


首相・野田佳彦側近が選挙事務所を開設した。野田がマニフェスト作成を指示した。側近らが野田はうそをつかないと言いだした。そして極めつきが14日の幹事長・輿石東の大転換だ。急に柔軟姿勢に転じたのだ。これらの動きを見て何かあると感じないようでは感性に欠ける。
 

面白いのは経済産業副大臣・近藤洋介が13日、地元の山形県米沢市に選挙事務所を開いたという報道だ。「首相からは『(解散時期は)嫁さんにも言わない』と言われたが、投票日は早くて12月9日だろうと思い、2カ月前に(事務所を)開くことにした」と述べたという。近藤は野田の側近中の側近であり、普段なら野田は何でも相談する。


しかし野田が「嫁さんにも言わない」と述べたのは、近藤が事務所を開設した方がいいかどうかを聞いた証拠だ。その結果側近だから言葉の端でピーンと来るものがあったに違いない。一般論として野田が、「準備は常に怠るな」と言えば、声の抑揚だけで分かる。ましてや近藤はかつて敏腕記者だった。
 

野田は10日午前、民主党の幹事長代行・安住淳や政調会長・細野豪志を官邸に呼び、次期衆院選のマニフェストについて「できる限り国民の声を聴いてまとめてほしい」と作成を指示した。何も解散しないのなら今この時点で指示する必要はない。これを受けたように安住は13日「野田佳彦首相は誠実な人柄。約束は守る」と述べた。「近いうち解散」の約束は守るというのだ。これに先立ち国家戦略相・前原誠司も6日「首相は約束をたがえる人ではない。言ったことは守る人だ」と発言している。


こう見てくると野田に近いほど「解散近かし」と見ていることが分かる。遠くなるほど疑心暗鬼を生じさせているのだ。自民党幹事長・石破茂に到ってはまさに“暗鬼”が背広を着たような顔で毎日「解散」と唱えている。「赤字国債を通した途端に約束を忘れる」と“疑心”を述べるが、いくら野田でもそれはできまい。
 

こうした中で、口を開けば「衆参同日選挙」論を唱え、臨時国会早期開会にブレーキをかけ続けてきた輿石がNHK討論番組で大転換したのだ。持論のダブル選挙について聞かれると「勉強会で話題になったから、『参院は6年、衆院は4年の任期がある。任期を全うするのが本来の姿』と言っただけ」と、一般論に転じたのだ。


加えて固執してきた「0増5減」の定数是正と比例定数40削減、連用制一部導入の同時決着についても「各党が『定数削減は先送りしよう』ということであれば、そこは考慮する余地はある」と転換した。定数是正の先行で決着を図ろうとする姿勢に転じた。臨時国会についても「『民主党が衆議院の解散をおそれて、先送りしようとしているのではないか』と言われるが、できれば、今月からでもいいのではないか」と月内開催を認める妥協に出たのだ。


重要ポイントは「近いうち解散」の約束が、谷垣が辞めた後も継続されるかどうかについて「民主党代表野田首相との約束であり、谷垣さんも自民党の代表。その立場であるからつながっていると見るのが普通だ」と現在も有効であることを確認した点だ。
 

これではまるでジギルからハイドへの変貌だ。まさかジギルのように薬を飲んだわけでもあるまいが、なぜだろうか。筆者は野田の意向が強く作用しているに違いないと思う。この時点でのNHKでの発言ともなれば“公約”と同じ事になる。事前に首相に断りもなく政局の重要事項について発言できるわけがない。


首相日程を見れば発言前日の13日には約35分間会談している。ここで臨時国会月内招集、党首会談の早期実施、定数是正の先行実施の大筋を確認したのであろう。野田に近い議員ほど野田がうそをつかず、柔軟姿勢であることが分かっており、ようやくこれが輿石にまで“波及”してきたのだ。
 

野田が腹をくくったかどうかは別として、ボディーランゲージでは、野田は赤字国債と定数是正と引き替えに「“近いうち”の約束を守る」方向に傾いた事がうかがえる。しかし輿石は小沢との関係についてのみ自分の意見を述べている。「小沢さんとは消費税では一致出来なかったが、その他の面では同志であった。再協力を求める道もある」とも述べている。


筆者が先に報じたように小沢と組めば野田「信任」決議可決や、不振任案の否決など解散阻止の手段はいくらでもある。百鬼夜行はこれからが正念場だ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月12日

◆ささやかれる内閣「信任」決議の奇策

杉浦正章

 

首相・野田佳彦が臨時国会召集とこれに先立つ党首会談を明言したのは、四つに組んだまま土俵中央からじりじりと土俵際に追い込まれてきたということだろう。自民党総裁・安倍晋三はこの際「解散を明言しなければ臨時国会に応じない」などという“大人げない”態度をとらずに、とりあえず臨時国会開会に持ち込み、山ほどある追及材料を駆使して解散に追い込むべきだろう。


最初から国民生活に直結する法案を人質に取って「約束せよ」と言っても、世論は支持しない。野田は「しぶしぶ追い込まれる」という高等戦術をとろうとしている可能性がある。これを見極めるべきだ。
 

こうした中で、あの平成の“怪人”輿石東がまたまた怪しげな動きをし始めた。案の定、生活代表・小沢一郎に接近しようとしている。10日夜の鳩山由紀夫との会談で「小沢に協力を求めてゆきたい」と関係改善への斡旋を求めたのだ。怪しいのはこの話をわざわざリークしたことだ。何も、もともと小沢の“執事”なのだから、いつでも本人に会えるはずだ。リークしたのは「この手があるぞ」と脅しをかけているのだ。


この手とは、最近永田町で囁かれている野田内閣「信任」決議の可決だ。とかく不信任にばかりに目が行くが、小沢の37人は不信任に同調すれば解散・総選挙で議席が4分の1になりかねない。民主党同様に選挙は遅いほどよいのだ。信任決議が否決されれば不信任案可決と同様に憲法によって解散か総辞職かとなるが、可決されれば政権は持ちこたえる可能性がある。
 

こういう“悪知恵”を輿石が考えているというのだが、輿石からすればとっておきのウルトラCであろう。のらりくらりと対応しているのは、小沢との根回しがまだ必要なのだ。小沢なら乗りかねないし、乗れば“解散阻止連合”の成立だ。もっとも事がリークしては、早期解散を主張するマスコミが総攻撃をするのは必定だ。あまりに党利党略に堕した手段であるからだ。

しかし自民党の突撃一本やりの姿勢をそらすためにに政権側は、奇策といえども追い詰められれば使うだろう。現に過去に二度決議されている。1992年の宮沢内閣と2008年の福田内閣の時に与党によって可決されており、いずれも“政権延命”に使われているのだ。まさに百鬼夜行の状況に事態は到達しつつある。
 

野田はこの“奇策”の相談をまだ受けていないようだ。財務省の信頼の厚い野田にしてみれば当面の至上命題は赤字国債発行法案の成立だ。成立を図るには解散をせざるを得ない状況に追い込まれるであろうことも意識しているに違いない。それに「近いうち解散」の公約は厳として存在する。ただ安倍との党首会談で解散を明言することは極めて難しいだろう。


解散を明言した時点で離党者は続出し、離党防止の“輿石カード”は使えなくなるからだ。永田町筋は「野田首相はむしろ追い込まれるのを待っているという高等戦術かも知れない」と漏らしている。自らは解散に言及できないが、事態の展開で解散をせざるを得なくなるのを待つというのだ。いいかげんな改造をしたのも、「わざと野党の攻撃の隙を作った」というのだ。
 

こうした状況の中で、自民党執行部の作戦はなっていない。せっかくの臨時国会開会を野田の“解散明言”を条件にして遅らせかねない対応をしている。国会を開会してしまえばことは確実に自公ペースで進む。外国人献金の法相・田中慶秋、失言女王の文科相・田中真紀子など追求対象には事欠かない。


こともあろうに復興予算の流用などという、それだけで内閣不信任に値する問題も発生している。おまけに任期は3年を過ぎて、これ以上の“解散適齢期”はない状況だ。これで追い込めなければ執行部は無能のそしりを受けても仕方がない。
 

そこで今後の日程だが臨時国会は29日招集説があるが、何でも先送りの輿石が邪魔をして月内招集できるかどうかは分からない。しかしいくら何でも11月上旬には招集されるだろう。


そこで自民党は早期解散の世論を背景にぎりぎりと詰めて、解散ムードを高めることになろう。自公が狙っているのは11月中旬解散、27日告示、12月9日投票だ。いずれにしても野田の臨時国会召集応諾で、解散への動きは加速されることは間違いない。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月10日

◆自民はふんぞり返って“秋休み”のときか

杉浦正章

 

民主党幹事長・輿石東の狡猾さもさることながら、自民党の“肥満2人組”は一体何様になったのか。総裁・安倍晋三も幹事長・石破茂も「民主党が挨拶に来ないから物事は始まらない」と9月26日の総裁選以来ふんぞり返っている。これでは政権の座に就いたら、手に負えない高姿勢内閣になるのではないか。1年で1番仕事がはかどる季節に入り、国内外に難問が山積しているというのに、政治はまるで「秋休み」の状態だ。そこには国家、国民の視点はなく党利党略の駆け引きだけが存在する。
 

一日でも政権の延命を図りたいと輿石がはかない抵抗をしているのは毎度のことで、もう怒る気もなくなった。結局輿石の悪あがきは無駄になることが目に見えているのだ。加えて貧すれば鈍するだろう。


幹事長代行・安住淳の政党交付金返上戦術は愚策中の愚策だ。年4回に分けて配られる政党交付金のうち、10月に受け取る分約41億円の申請を見送ると発表したのだ。赤字国債発行法案の成立のメドが立たないため、野党をけん制するパフォーマンスだ。共産党並みに一切返上するならむしろ潔いが、遅れて受け取るだけであり、馬脚は最初から現れている。小細工そのものだ。
 

こうした民主党の体たらくより、もっとひどいのは自民党執行部だ。総裁選で選出されて以来半月もなすこともなく日を送っている。就任以来安倍が「民主党の幹事長から何も言ってこない。あまりにも無責任だ」と不満を述べれば、石破は「調整にあたるべき民主党の輿石東幹事長から就任祝いの電話1本もない。与党による審議拒否のようなものだ」となじる。安倍と石破は口裏を合わせたと見えて、口を開けば「民主党から何も言ってこない」だ。そこから一歩も出ようとしないのだ。

石破に到ってはテレビで「予算委筆頭理事の際は与党の理事が気を遣ってくれた。毎日のように私の部屋にきて北海道の名産だよと土産をくれた。ここまで気を遣ってくれれば嫌な気分はしない」とまるで就任祝いを要求しているような口ぶりだ。
 

この姿勢は「どこか出だしから間違っていませんか」と言いたい。民間会社では社長に就任すればまず最初に自分から挨拶回りするのが常だ。日本の風習でもある。それを「来ない。来ない」と公言して、貴重な日時を費やしている。あきらかに肥満2人組の狙いは、野田以下民主党政権が、「近いうち解散」の約束を反故にして、政権に不利な解散・総選挙を回避し、一日でも延命を図りたいという「政治的醜さ」を浮き彫りにすしようという作戦なのだ。


“逃げの民主”を国民の前にさらけ出そうというわけだ。野田は野田で逆手にとって11日に自民党に挨拶に行くが党首会談ではなくあくまで挨拶だという戦法に出た。党首会談だときりきり詰められるから挨拶だけにしようというわけだ。


まるで「肥満2人組」対「肥満・激痩せ2人組」によるタヌキの化かし合いの様相だ。この体たらくに支持率急落の橋下徹が初めていいことを言った。「物事を進めようと思えば、トップが直接会って話をしなきゃダメだ」と述べたのだ。大阪のポピュリストから言われるようではどうしようもない。
 

要するに党首会談をしたかったら、安倍も堂々と首相官邸の門を叩けばよいのだ。野党第1党の党首が正面から会談を要求して、政権側が断れるわけがない。ふんぞり返って挨拶に来ないなどという方がおかしいのだ。何かもう政権を取ったような気分になっているように受け取れるのだ。


国民には隅々に到るまで、民主党のやり口や体たらくは“周知徹底”されている。それをこれでもか、これでもかと同じ発言を半月以上も繰り返せば、世論の矛先は自民党に向かうと心得るべきだ。党首会談をしたければ正式に申し入れるのが筋ではないか。また臨時国会開会を民主党がためらうならば憲法に基づいて招集を要求すればよいのだ。タカ派のようで受け身の2人組は猛省すべきだ。そして論議を国会の場に持ち込むべきだ。


国会議員が自らの土俵を無視してどうするのだ。震災復興予算を復興に関係のない事業に転用するという重大問題も起きている。もはや“職場放棄”しているときではない。 
<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)10.10

2012年10月09日

◆早期解散は今や野田の“良心”の問題だ

杉浦正章

 
昔の政治記者は政治家の“心境物”を書いたものだ。担当している政治家の発言、一挙手一投足を分析して自分がその政治家になったつもりになれば初めて書ける。最近はほとんど見られないのは客観性に欠けるからだろうが、今ほど首相・野田佳彦の心境を知りたいときはない。


あえてチャレンジすれば、国政への良心と党利党略のはざまで揺れ動く姿が見えてくる。良心が勝てば早期解散へと政局は動く。党利党略に堕するならば、臨時国会は開会しないでしのげても通常国会は地獄の様相だ。きっと良心が勝つに違いない。
 

幹事長・輿石東をはじめとする首相の周辺の三流政治家たちが、「首相に解散権があるから首相が『解散をしない』といえば解散はなく、任期満了選挙まで行く」と判断しているのは経験の浅さもさることながら、解散という政局の“エキス”の実態を知らないからだ。


もっと経験の浅い政治記者がこれに踊らされる。解散は自律的なものではなく、多分に他律的なものであると言うところまで判断がいかないのだ。解散権は首相にあると言っても、あらゆる政治情勢がナイヤガラ瀑布のように解散の滝壺を目指して流れているときに、たとえ首相であってもこれに抗することは出来ない。


しかし野田だけはこれを知っていると思う。知っているから筆者が書いたように8月8日の谷垣との会談で解散を「11月になりませんか」と打診したのだ。また破れかぶれの滞貨一掃の改造をしたのだ。予算編成までは出来ないと判断している証拠だ。
 

それなのになぜ「近いうち」が「解散に私から触れない」になったのか。自民党は元財務相・伊吹文明が「ドジョウにだまされたということだ」と憤れば、幹事長・石破茂は「こっちにも覚悟がある。なめんなよ」と爆発寸前の様相だ。


しかし石破ほどの政治家が野田の態度を表面的にのみ解釈しているとは受け止めることは出来ない。かならず野田の言動の裏を読もうとしているのだ。懸命に情報も収集している。来週には行われるであろう3党党首会談は、その収集した情報のぶつかり合いの場となるのだ。
 

その野田の“裏”を解釈すれば、まず離党の食い止めに必死の姿が浮かび上がる。あと5人で衆院民主党は過半数割れとなる。そうするとあの小沢一郎が舌なめずりする事態が到来する。小沢が野田の生殺与奪の権を握るのだ。小沢が不信任に賛成すれば解散か総辞職、反対すれば野田は当面をしのげるが、今後自公との対決は決定的なものになる。離党を食い止めることが生死の分かれ目となるのだ。


もしいまの段階で解散の「かの字」でも口にすれば、離党者は続出する。赤字国債発行法案も定数是正も実現することなく、そのまま激動政局へとなだれ込むのだ。だから党首会談のぎりぎりの段階でしか「かの字」に言及できない事情がある。
 

あの小沢に近く、消費税国会でことある毎に野田を裏切ろうとしてきた輿石を「献身的に支えて頂いた。一蓮托生で、代えることは全く考えていなかった」と歯の浮くような言葉で持ち上げたのも、小沢の残留組などの離党を食い止めるための方便に過ぎない。輿石を当面利用するしか手はないのだ。


自民党人事が決まっても予党の幹事長から何らお祝いの電話一本来ない事に関して、石破が「日教組というのはそういう文化がないのではないか」と“侮べつ発言”をしているが、野田にしてみればその方が有り難い。党首会談も出来るだけ引き延ばしたいのであり、輿石が自民党と和合してくれても困るのだ。
 

先にも書いたように野田の内閣改造人事は異常だ。滞貨を一掃した揚げ句に父親とは似ても似つかぬ田中真紀子まで重要閣僚に登用した。これは自らもう政権が長く続くまいと観念した現れと見るべきであろう。いくら何でも法務大臣が就任早々からいわく付きの外国人献金で1番首を取られそうになっているという失態は、改造そのものに理念も信念も、そしてやる気もない証拠だ。内調など調査機関の調査もなっていないのは、野田の事前の厳しい指示がなかったからであろうか。


野田の心理状態がはっきりと読める改造だ。解散はここまでくると自立的でないと書いたが、公党間の約束をほごにして、国内政局を大混乱に陥らせ、中国につけいる隙を作ってはならないことぐらいはわきまえているはずだ。極めて他律的に判断せざるを得ないのだ。


この国難の時に首相たるものが決定的な問題で虚言を吐いたとなれば、道徳的にも許される話しではない。消費増税の功績は薄れ、「歴史に残る虚言首相」になってしまう。したがって冒頭述べたように野田は良心に従って行動に入るものと思う。


良心で解散を決断し、代わりに赤字国債法案と定数是正を実現する。12月9日投票で、予算の最終決定を次期政権に委ねる。これこそが憲政の常道であり、少数党に転落しても民主党が3党合意路線を追求して、将来への布石を打てる道が残るのだ。
<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年10月04日

◆維新で内ゲバ、タコの共食い状態に

杉浦正章
 

まるで「一夏の恋だったのね維新の会」だ。落ち目というのは哀れなもので支持率が低下し始めると早くも内輪もめだ。築城の最中だというのにに国会議員団が党首の橋下徹に反乱を起こした。「橋下独裁にはしない」と議員がクギを刺せば、橋下は記者会見で「ボクが決める」と世間に主導権争いを公言してしまった。


普通の政治家なら“内紛”は表面化させずに“胆力”で押さえるべきところだが、橋下にはそれが出来ない。これまでの生き様がテレビメディア頼りで、笑って貰ってなんぼのタレント稼業だからだ。何でもメディアに頼るのだ。風が止まれば風車も止まる。後ろ足で砂をかけて既成政党を離脱した議員らもさぞお困りだろう。
 

新党「日本維新の会」(代表・橋下徹大阪市長)の国会議員団が3日、初めての両院議員総会を開き、松野頼久衆院議員を代表に決めた。衆院議員・松浪健太を幹事長に据えた。きっかけとなったのはその松浪のブログだ。「我々はもはやお客さんではない。言うべきことは忌憚なく言わせてもらう」と述べて橋下を独裁と決めつけた。


松野も「法案の採決は国会議員しかできない。当然、国会のことは議員団で決める」と同調している。発端は橋下の「竹島の日韓共同管理」発言にあるようだ。自らの領土主権を放棄するような荒唐無稽(むけい)さに、さすがの議員団も“切れた”のだ。
 

これに対して橋下も頭から押さえにかかった。「有権者が国会議員についてくるなら別に維新の会に所属しなくてもいいのではないか」と怒りをあらわにした。「変なパフォーマンスに走らないでくれ」と自分がパフォーマンスの権化であることを棚上げに批判した。


その発言には維新の会の“風”を頼りに所属政党を裏切って入党してきたのに、何を言うかという思いがありありとみられる。頼ってきておいて文句を言うなんて本末転倒だというわけだ。橋下は「ボクには拒否権がある」と記者団に主張した。記者団言う前に、議員らを説得するのが先であろうに、その気配は見られない。
 

確かに松浪が言うように維新の会は橋下の独裁体制が敷かれていて国会議員の発言権などない。大阪維新の会と全く同レベルの扱いだ。国会議員はいちいち橋下の判断を仰がなくてはならない形になっている。党規約によると橋下が最高議決機関である「全体会議」を招集し、国会対策を決める「執行役員会」も主宰する。国会議員団は下部組織であり、松野が党副代表として執行役員会に加わる方向だが、議決は過半数となっていて意見は反映されない可能性が高い。


普通の政党はこれではもたない。議会制民主主義の政党としてはあり得ない独裁遠隔操縦体制だ。ヒットラー台頭の基盤となった政党「国家社会主義ドイツ労働者党」を思い起こさせる。
 

要するに橋下にしてみれば自分への風だけで成り立つ政党であるという思いが強いのだろう。橋下を取り除けばろくろく名前も売れていない国会議員と、一旗揚げようと野望を抱く816人もの立候補応募者では正に烏合(うごう)の衆だ。それならば橋下が自ら怖じけつかないで立候補すれば問題は片付くのだが、なぜか手を挙げないと断言している。


大阪からの遠隔操縦が可能だと思っている。ここに「議員の反乱」の核心があるのだ。議員らはたとえ当選しても大阪にいちいちお伺いを立てなければ物事が進まないようでは、国政のテンポに付いていけないと思っているのだろう。駆け出しでもそれくらいのことには気が付く。そのジレンマが浮き彫りになったのがこの「タコの共食い」なのだ。


しかし議員団は重要ポイントを忘れている。それは「橋下なくし維新なし」の現実だ。
 

政党支持率も比例での投票先も失速状態にある。最新の世論調査でも尖閣をめぐる国難を機に有権者の政治を見る“真剣度”が変わった。朝日の調査は政党支持率が自民21%に対して維新2%。比例区投票先も自民30%で維新4%。維新は責任政党とみなされていないのだ。



橋下は「まだまだ下がっていくだろう。実像にだんだん近づいてきているのではないか」と評論家のようなことを言っているが、立候補の300人に最低でも5千万円はかかる選挙費用を負担させて、1990年のオウムと同じで供託金没収ではいかんともしがたい。


朝日川柳には「こんなので選挙に臨む良い度胸」とあるが、真夏の恋は秋風が吹いて冷静になると破れるものなのだ。松浪が見限った自民党復調の流れに焦ってジタバタしているのも無理はない。


★筆者より:明日は秋休みで休筆です。
   <今朝のニュース解説から抜粋>  政治評論家

2012年10月01日

◆維新 自民に食われ“失速”の気配

杉浦正章

維新の会にいち早く乗り換えた9人の議員たちは、“目先”が利くから今度は何処に乗り換えるかを考え始めているかもしれない。「しまった。早まった」ということなのだ。

大阪市長・橋下徹が率いる維新の会が早くも“失速”をささやかれ始めた。最大の原因は橋下が内政・外交を語る度に“馬脚”を現し始めた事にある。加えて自民党総裁選が折からの尖閣・竹島問題で脚光を浴び“右バネ”が利きき始めた点もある。自民党内最右翼の総裁・安倍晋三、幹事長・石破茂といった論客が前面出て、本気で橋下の“稚拙”な発言、未熟な政策を逐一論破し始めたのだ。自民党の存在感が大きくなり、逆に維新がすぼまったのだ。食われるのは民主党という構図だ。

まず橋下は発言の度に自ら“墓穴”を掘る図式が次第に濃厚になって来ている。外交・安保は知らない。内政もデタラメ。要するにすべてが思いつきで付け焼き刃なのである。マスコミがもてはやして何でも報道するのが返って裏目に出ているのだ。

総裁選前は維新に接近していた安倍も、300選挙区で対決することの意味が分かって急速に離れた。安倍は維新の会について「消費税の地方税化やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)、原発政策について考え方が完全一致ではない。選挙の時は戦わざるを得ない」と“離別宣言”をしたのだ。
 
確かに政策を見たらとてもやっていける相手ではないのだ。いままで黙っていた石破も逐一反論に出ている。石破はまず維新の基本姿勢について「私たちはプロの政治家であり、プロならば維新八策のようなスローガンを並べるだけで駄目だ。根拠となる法律、政策の順位その相関性を述べなければ政党としてはなはだ無責任である」と断じた。ついで個個の橋下発言についてすべて反論している。

まず竹島の共同管理発言については「共同管理というのは一体何か。領有権との結びつきはどうなのか。全く意味が分からない」とその“思いつき性”を厳しく指摘している。大阪府知事・松井一郎の「普天間を関西で受け入れる覚悟がある」発言についても、「一分一秒を争う有事の時に朝鮮半島や尖閣、台湾海峡への距離はどうなのか。何処で海兵隊は訓練するのか。覚悟だけで済む問題ではない」と切って捨てた。内政では橋下の「消費税の地方税化」について「自治体間の財政力の格差、税率の違いをどうするのか。実現性のないことを掲げても無駄だ」といった具合だ。

こうして自民党は維新に対して本格的な対決姿勢を取り始めた。これまで橋下の発言だけを一方的に報じてきたマスコミは、安倍、石破の発言を同時に取り上げる傾向を示し始め、有権者の判断に影響を及ぼし始めている。とどめを刺すのは解散後の党首討論だろう。

テレビ各局は橋下、野田、安倍を最重視で討論番組を組むだろう。論客の安倍と野田にかかっては橋下は完膚なきまでに痛めつけられる図式となるだろう。これまで言いたい放題であった橋下は政治家が本気で討論の場に臨んだらどうなるかを知る羽目になるだろう。
 
こうした風潮を反映して世論調査にも陰りが生じ始めている。1番維新の“羽振り”がよかったのが9月上旬だ。産経が1、2両日に実施した合同世論調査で、次期衆院選の比例代表の投票先に維新を選んだ人が23・8%とトップになったのだ。自民党は21・7%、民主党は17・4%にとどまった。

しかしその後は下降傾向をたどっている。フジテレビによる首都圏での維新に対する調査では、9月2日に14.7%だった支持率が、13日に9.4%、30日には5%と何と10ポイントも下がっているのだ。毎日が29、30両日に行った調査では維新が前回調査比3ポイント下がり8%。注目すべきは地域別にみると、近畿では21%を占めているものの、東京ではわずか2%、北海道・東北、南関東でともに4%にとどまっていることだ。

全国規模に波及していないのだ。読売の18日付調査でも維新は前回、地元の「近畿」では29%でトップだったが、今回は27%で、自民(29%)に次ぐ2番目となった。「中国・四国」「九州」でも自民に次ぐ2番目だが、その他のブロックでは自民、民主に続く3番目だった。全体的に、東日本よりも西日本で強い「西高東低」の傾向が表れている。選挙が近づくにつれてじわじわと維新が全国規模で自民に食われる傾向が強まろう。
 
有権者は尖閣をめぐる日中の緊迫化で、真剣に情報を取り始めており、“遊び”で維新を支持するゆとりなどなくなってきたことが背景にあるものとみられる。多くの有権者が安倍・石破の右傾化コンビの発言を傾聴する傾向を見せ、橋下は霞んでしまったのだ。

しかし自治体選挙でみられるように維新が弱りに弱っている民主党を食い散らす目はまだ残っていると見た方がよいだろう。民主の戦う相手は自民よりも維新となるだろう。今後発表される有力紙の調査も自民好調、維新に陰り、民主続落の傾向を見せるに違いない。
<<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)