2012年06月12日

◆野田は“中央突破”で小沢を排除できる

杉浦 正章

 
消費税制局はいよいよ今週土壇場の攻防段階に突入する。与野党協議の流れは、重要ポイントの「社会保障制度改革国民会議」への棚上げで、曲折をたどりながら修正協議合意の流れだ。そうなれば民主・自民党首会談で“手打ち”となり得るが、首相・野田佳彦はお膝元の“造反”を抱える。幹事長・輿石東がせっせと“落とし穴”を掘っているのだ。

修正協議が合意に達しても、輿石は「持ち帰って党内協議」という高いハードルを設定して、最後の逆転を狙おうとしているのだ。野田はその場合、もう元代表・小沢一郎と決定的対決も辞さず、中央突破の腹を固めるしかない。


 「鼎(かなえ)の沸くが如し」とはまさにこのことを言う。協議ができる日数は実質5日となり、与野党協議が最高潮に達している。協議は最初から筆者が指摘している通り「国民会議」が焦点となり、民主党側はこれを受け入れる方針を固めた。


最大の障害である最低保障年金制度と後期高齢者医療制度撤廃問題は、この場に移して1年間かけて議論するという、事実上の棚上げだ。15日までの消費増税法案と関連法案の衆院採決で決着が付くかどうかだが、与野党協議が休日返上で続くのはその努力の現れであろう。


10日の協議では、民主党が「会議」方式を了承。しかし「最低・後期両制度」の根幹をなすマニフェスト政策の撤回を自民・公明両党が要求、民主党側は受け入れず、平行線となった。自民党は自ら主張する「会議」への棚上げの流れが出てきた以上、両制度撤回にこだわるのは論理矛盾である。法案が提出されてもいない問題で、これ以上求めるのは他党への内政干渉でもある。自民党は思い上がらない方がいい。いずれは軟化せざるを得まい。


 
順調にいけば18日に野田がG20でメキシコに行く前に自民党総裁・谷垣禎一との党首会談で“手打ち”となり得るが、またまた民主党内の問題が浮上してきた。G20などに行っていられなくなる可能性も出てきた。


元代表・小沢一郎の“代貸し”輿石がうごめいている。合意しても党に持ち帰って両院議員総会での協議が必要だというのだ。ここは政局の“急所”になり得る。なぜなら与野党協議で成案を得たものを党内論議でまたまたぶり返そうというのだ。輿石は一からやり直そうとしているのだ。


もしそうなって、問題がこじれれば、ことは確実に与野党激突につながる。自民党は、与野党協議合意を民主党がまたゼロからやり直そうとすれば、政権の当事者能力を問う動きに出ざるを得ないだろう。つまり、ぶちこわしとなれば内閣不信任案と問責決議の上程だ。内閣不信任案は否決できても、問責は可決される。そうなればすべてがご破算となり、野田は結局、総辞職か解散に追い込まれる。


 そこでどうするかだが、野田はまず輿石の暴走を食い止めなければならない。与野党合意は両院議員総会で“大衆討議”にかける必要など全くない。一方的「報告」で十分だ。なぜならもう党内の手続きは終了しているからだ。小沢がどう出るかだが、小沢陣営は粛々と関ヶ原の決戦に向けて兵力を集結し始めている。


小沢はもう消費増税反対の旗を降ろすまい。旗どころか消費税反対ののぼりが事務所に山積みされている。のぼりを立てて街頭で国民に直接訴えようとしている。ということはもう政策では聞く耳持たずで、ひとえに政局化を狙っていることになる。これが意味するところは、小沢は総選挙になっても消費税反対ののぼりを立てれば自らのグループの大敗を食い止められると踏んでいるのだ。

のぼりの意味するところは、大阪の役を招いた方広寺の鐘の「国家安康」の銘文よりも露骨だ。家康の家と康を分断したと看做され、大坂の役による豊臣家滅亡を招いたあの銘文だ。のぼりで反党行為は明々白々であり、野田は放置できないところまできている。


 したがって野田はもう小沢を説得しても無駄と悟るべきだ。そして最終的に覚悟を決めるべきときだ。澎湃(ほうはい)たる反対論を突破して原発再稼働に動いた野田である。意志の強さは証明された。自民党を含めた歴代首相でもまれに見る名裁断である。


これに消費増税への決断が加われば、戦後復興の吉田茂、日ソ交渉の鳩山一郎、日米安保改定の岸信介、沖縄返還の佐藤栄作、日中国交正常化の田中角栄らの名宰相に匹敵すると言っても過言ではない。消費税を逃げて郵政民営化などに走った小泉純一郎などは大きく凌駕する。

ここは「政治生命をかける」とした自らの言葉通りに、小沢を無視した中央突破に出るときだ。政局のすべては野田の意気込みにかかっている。中央突破すれば、自民党も野田を見る目が変わる。連立政権ならまさに“野田首班”になり得るところだ。解散が1番恐ろしいのは小沢とそのグループだ。尻は割れているのだ。


野田は消費増税を阻止されれば当然解散に踏み切るだろう。のぼりを立てても小沢グループは雲散霧消だ。解散権を握る限り、この勝負は野田の勝ちで小沢に勝ち目はない。陣頭指揮で白熱のやっちゃ場に臨むべきだ。

<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)

2012年06月08日

◆小沢さん「国民と民主主義」が泣いているぞ

杉浦 正章

 

確かに田中角栄が有罪判決を受けた後の、1983年12月の総選挙ほどすさまじい選挙は見たことがない。朝駆けすると田中角栄は「若い連中にはおれを批判してでも這い上がってこいと言っているんだ」と漏らしたものだ。新聞もこれを書いた。元代表・小沢一郎に言ったかどうかはしらないが、朝日によると小沢が7日若手議員との会合で、田中の言葉を引いて「俺をたたいて人気が出るなら存分にたたいていい」と述べたという。


小沢にも言っていたかも知れない。しかし本質も理解しないでうわべだけをまねることを猿真似という。いささか見当違いの発言ではないか。
 

あの時の田中には悲壮感があった。滅多に帰らない新潟3区にも度々足を運んだ。取材に行ったが、豪雪降りしきる山奥の集落で、リンゴ箱の上に立って田中は「みなさん、田中角栄がここまで来たと奥の部落の人に会ったら伝えてください」と訴えたものだ。同情票もあって田中は空前の22万票を取って当選したが、自民党は田中有罪判決がたたって、過半数割れとなった。首相・中曽根康弘は新自由クラブと統一会派を結成してしのいだ。
 

さて、小沢の場合はどうか。同じ1審判決でも無罪だ。田中の場合はロッキード事件がまさに争点だったが、今回総選挙が行われた場合は小沢判決が主要争点にはなり得ない。争点は紛れもなく消費増税の是非だ。消費税選挙で小沢批判をしてチルドレンが当選するか。そんなに甘いものでもあるまい。


世論調査では80%落選と出ている。日本の有権者はそれほど知的水準は低くない。「小沢グループに属しているのに小沢さんを批判して変な候補だ。節操がない」といわれるくらいがオチだ。小沢が田中を信奉するのは分かる。いったん近づいた政治家は敵も味方もものすごい吸引力で引け付けられる魔術が田中にはあった。しかし小沢の場合は請け売りが多すぎるのだ。
 


当時田中から受けた影響力が余りに大きいものであるから、何でも当てはめようとするのだが、政治状況にマッチせず、無理が生ずるのだ。発言はチルドレンから「地元に帰ると『小沢さんは何でも反対している』と非難される」と珍しく苦情が出たことに答えたもののようだ。


物語るのは「おれをたたけ」と言って、チルドレンを引きつけざるを得ないところまで小沢は追い詰められているのだ。心理状態が読み取れて面白い。
 


最近の小沢発言のキーワードは「国民が」と「民主主義」だ。やたらと「国民が許さない」と言う。7日も「ずっと以前から『このままの形では国民の大多数は絶対賛成しない。増税のみの押しつけは理解されないだろう』と言い続けてきたが、マスコミの調査でも、今、民主党政権が消費税だけを先行させようとしていることについては、NOの答えを出している」と発言した。


しかし同じ世論調査で国民の8割は小沢が自らの疑惑の説明責任を果たしていないと答えているのだ。それを棚上げにしてはいけない。小沢発言を支持する調査結果ではあり得ないのだ。国民にしてみれば増税は反対だが、マニフェストでだました小沢に言ってもらいたくないと思っているに違いない。


「国民が」発言は、小沢が政界で完全に孤立して、いずれは不可避と見られる解散・総選挙に向けて「消費税反対」しか訴ええるテーマがないことを物語るのだ。「国民」にすり寄るしか小沢グループの激減を食い止める手段はないと思っているに違いない。


しかし、チルドレンはそんな姑息(こそく)な手段では当選できまい。国民は民主党政権の“体たらく”全体に「ノー」を突きつけようとしているからだ。
 

「民主主義発言」は7日も出た。小沢は「『消費税を通すためには、国民と約束したことは全部放棄してでも、とにかく賛成してもらえれば、あとは全部どうでもいい』と言う人がいるやに聞いている。


これは政党政治、民主政治の破壊につながる言い方だ。それが実行されるとしたら、まさに民主主義を冒とくし、破壊する行動だ」と首相・野田佳彦を批判した。しかしこれこそは、そのまま小沢にお返しすべき発言だ。民主主義を冒涜しているのは小沢自身ではないのか。


少なくとも野田は昨年の代表選挙でただ1人消費税増税を掲げて当選している。民主主義的な党内手続きで首相になったのだ。その野田が消費増税にまい進しなかったら、まさに政党政治と民主政治の破壊につながるのではないか。昨年末に消費増税を決定した党内手続きにも瑕疵(かし)はない。


だいいち小沢の持論は著書でも書いているように、自分たちで選んだ首相は、「少なくとも任期中は協力するのが、民主主義のルールだ」ではなかったか。ご都合主義で民主主義を言ってもらいたくない。言われた民主主義が泣く。 


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年06月07日

◆「決着先送り」に修正協議“妥協”の芽

杉浦 正章


新聞論調が口を揃えて、民主・自民両党による「税と社会保障をめぐる修正協議は難航必至」と決めつけているが、果たしてそうか。記者達は安易ではないか。難航と書けば物事を理解しているように見える。


それだけではないのか。鳥瞰図で見れば、修正協議入りというのは消費増税法案で民・自が一致しているからできるのであり、社会保障部分はいわば小骨だ。小骨が消費増税法案という背骨を動かせるかだ。その方が難しい。難航よりむしろ展望が開けつつあると見る判断が正解だと思う。その展望とは意外にも“決着先送り”という“合意”なのだ。
 

修正協議は確かに自民、民主両党の基本路線にかかわる協議である。自民党は年金に関して自助努力をまず前面に押し出す保守的価値観を重視している。一方、民主党は7万円の最低保障年金が象徴する社会主義的ばらまき政策が基本だ。このまま双方が「撤回せよ」、「いやし撤回しない」となれば路線上の激突コースであり、それなら最初からやらない方がよいのだ。


難航必至ならとても実質1週間で達成はできないことを意味する。しかし両党共に妥協点を目指そうという機運が芽生えているのだ。それも時間がなさ過ぎるから、一見綱渡りに見える打開策に頼るしかない。
 

まず、折衝の焦点は3つに絞られる。民主党の掲げる最低保障年金制度の創設と後期高齢者医療制度廃止と自民党の主張する消費増税に伴う弱者救済のための軽減税率の是非だ。交渉役の1人自民党の元環境相・鴨下一郎は「既に歩み寄れるところは歩み寄りましょうと、かなり寛容な助け船を出している」と述べている。


「寛容な助け船」とは何かといえば、簡単に言えばいずれも「論議先送りという決着」の流れだ。自民党が「最低・後期両制度」で提案しているのは、民間有識者による「社会保障制度改革国民会議」で1年かけて話し合えばよいという、いわば激突回避の棚上げ方式である。


また軽減税率についても幹事長・石原伸晃は「8%への引き上げ段階でなく10%の時点で考えることだ」と実施時期を2015年以降に設定すると共に、「税の問題は複雑だ。1、2か月で到底結論が出るわけはない。年末の税制改正まで先送りするしか解決策はない」とのべて、年末までの先送りに応ずる構えを見せている。
 

一方で民主党側はどうかと言えば、交渉に当たるのは税制調査会長・藤井裕久、元厚労相・長妻昭らだ。藤井はバリバリの消費増税論者であり、確実に“妥協”へと動く。消費増税法案のためなら自民党への“抱きつき”“丸のみ”も含めて何でもするという構えだ。


問題はミスター年金こと長妻だ。長妻は後期高齢者医療制度廃止法案を作成し、最低保障年金制度を一体改革の柱に据えるよう党内で強硬に主張した張本人でもある。幹事長・輿石東が交渉役に据えたのも“ぶちこわし”が狙いであることは言うまでもない。


幸い元代表・小沢一郎とは近くなく、中間派に属するが、首相・野田佳彦にとって中間派まで敵に回しては成るべきものも成らない。中間派の取り込みがまさに焦点なのである。
 

したがって長妻が何を言うかは修正協議を方向付けると言っても過言ではない。ところがその長妻が6日深夜のテレビ朝日の報道ステーションで重大発言をしたのだ。「最低保障年金も後期高齢者も取り下げないで協議することが前提だ。それでないと協議にならない」としながらも、「妥協すべきところは妥協するのが与党としての責任だ」と発言したのだ。


そして具体的に自民党が主張する国民会議に言及して「1年間かけて自民党とゆっくり協議する。合意点の議論とは切り離す」と述べたのだ。この発言からは大方の予想に反して、修正協議をこじらせようとする意図は見られない。むしろ決着指向と分かった。これは大きい。もちろん野田は国民会議に前向きだ。
 

一方で、自民党は総裁・谷垣禎一らが「最低・後期両制度」の撤回を主張してきたが、当事者らは修正協議に入るに当たって大きく軟化し始めた。キーマン中のキーマンは衆院一体改革特別委員会筆頭理事の伊吹文明だ。


その伊吹が6日「最低保障年金や後期高齢者医療制度廃止は法律が出ていない。したがって取り下げる必要は全くない」と主張したのだ。伊吹は民主党がマニフェストの根幹部分で譲歩することは困難と見て、大きな助け船を出したことになる。伊吹も「国民会議」での先送り論者なのである。
 

自民党内は石原幹事長がかねてから「いったん修正協議が始まれば時間はかからない」と述べていたが、少なくとも政策面では曲折をたどりながらも妥協が進展する流れであろう。流れが進めば衆院での消費増税法案可決が視野に入ってくる。


しかしここで問題になるのが政局だ。依然として「話し合い解散」の是非が、最大の破壊要因として存在し続けるのだ。さすがに輿石は首相・野田佳彦に経団連で大恥をかかせたのはまずいと思ったか、6日一転して21日までに採決する方向を明らかにした。だが、「解散阻止」では全く変わらない。


ここで対応を一任された自民党総裁・谷垣禎一が判断を迫られるのは、「話し合い解散」を延長国会への“継続審議”とするか、衆院段階できりきりと野田を追い詰めてすべてご破算にするかの選択だ。おそらく8月までの延長国会での勝負しか選択肢はないと見る。 


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年06月06日

◆もう、野田・谷垣会談で打開する時だ

杉浦 正章

 

首相・野田佳彦が幹事長・輿石東に「赤恥」をかかされた。煮え湯を飲まされたと言ってもよいだろう。おそらく野田は5日の民・自・公幹事長会談で消費増税法案の修正協議が合意に達すると確信していたに違いない。


だから同時刻に開かれた経団連での講演で、同幹事長会談の“実況中継”をしてしまったのだ。「会談がたぶん実ったと思う」「先ほど幹事長から電話(携帯の着信)があったので、たぶん報告があるのだろうと思う」と発言した。


野田は明らかに着信が修正協議に合意したという報告だと思い込んでいたのだろう。しかし講演後、幹事長会談の物別れが分かった。野田は憮然とした表情で「ああそうですか。まだ協議には入れないのですか」とつぶやいた。
 

野田の誤判断も無理はない。自民党から要求のあった問責2閣僚の更迭は、5人も更迭して“おまけ付き”で処理した。衆院での採決の日程も「21日まで」と期限を区切った。中央公聴会の日程も12,13両日で決まった。国対委員長の経験もある野田にしてみれば野党の要求はすべて聞き入れたから、「今頃は合意している」と経団連の“お歴々”に披露してしまったのである。


しかし野田は2つの点で甘かった。1つは輿石が一筋縄ではいかないどころか消費増税法案先送りの意図が変わっていないこと。もう1つは自民党の輿石不信が予想以上に根深いことである。
 

輿石はまるで“変圧器”だ。野田が経団連で「協議をやりながら、何としてもこの国のためにやらなければならないことは、しっかりと結論を出すという政治をつくりたい」と1000ボルトの発信をしても、輿石変圧器の二次コイルでは3ボルトに降圧してしまうのだ。


この場面は、普通の幹事長なら野田が「会期末21日までに消費増税法案を採決」を表明しているのだから、野党が採決時期を明示せよというなら、独自の判断で日程を提示してとりあえず修正協議に入るようにするだろう。「修正協議がなければ採決の日程は言えない」と開き直る場面ではない。


ところが輿石はどうも普通の幹事長ではないらしい。いみじくも参院自民党幹事長の溝手顕正が「八岐大蛇(やまたのおろち)かヌエみたいな、幹事長とも言えない怪しげな男がいて 日本の国を迷わせている。なぜヌエかと言うと、何も考えていないからだ」と述べている通りだ。


ヌエとは源頼政が紫宸殿上で射取ったという伝説上の怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎に、声はトラツグミに似ていたという。要するに得体の知れない怪獣なのだ。
 

だが得体が知れているのは、元代表・小沢一郎の路線を走っていることだけだ。あわよくば消費増税法案を21日の会期切れまでに採決せず、継続審議に持ち込んで、野田を窮地に陥らせ、民主党の実権を小沢に取り戻す。これがヌエの戦略なのだ。野田の経団連における“赤恥”は、輿石の姿勢をまだ甘く見ている証拠となった。


恐らく野田はその後輿石を詰問しているだろう。厳しく詰問してやっと動くか動かないかの局面だからだ。野田は、6日の民・自・公幹事長会談で輿石が発言すべき一言一句を指示すべきであろう。それなくして修正協議入りは難しいと見るべきだろう。
 

輿石は、5日の常任幹事会で、筆者が6日に書いたとおりに、3日の野田・小沢会談の実態が「話し合い解散なし」であったことを明らかにした。「元代表と首相との会談で確認したことは2つある。


1つは党内一致結束していこうということ。1つは今すぐ選挙ができる状況でもないし、やる状況でもないということだ」と述べたのだ。これは小沢に向けての懐柔であると同時に、自民党へのけん制である。野田は解散という最後の切り札を輿石にいいように使われている。衆参同日選挙論者の輿石は、「解散なし」という一点で党内をまとめようとしているが、消費増税法案成立にとっては、愚策中の愚策だ。だから信用されずに物別れに終わったのだ。
 

自民党も谷垣の「話し合い解散」路線と森喜朗ら長老の妥協路線との間で揺れている。自民党の場合は民主党が下手をすれば分裂含みなのに対して、分裂まで行くほど深刻ではない。


しかし、谷垣がいかに党内をまとめるかの手腕が問われている。このまま放置すれば民主、自民両党とも、党内論議に足を取られて、消費増税法案の成立という千載一遇のチャンスを失う。両トップの地位も危うくなる。この膠着(こうちゃく)状態を打破する最良の方策は簡単だ。「野田・谷垣会談」で大局から判断すればよいのだ。


お互いが抱える不満分子をトップ会談によるリーダーシップ発揮で、有無を言わさぬ状況に追い込む。トップ会談の重要な意義がそこにある。指導者としての責任をここで発揮しなければ発揮するチャンスはない。ようやくここまできた一体改革、消費増税を元のもくあみにに戻してはならない。


ここは日本という国家が衰退に向かうか、再生するかの急所なのだ。


<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家・元時事通信編集局長) 

2012年06月05日

◆野田は陣頭指揮で輿石クーデター阻止せよ

杉浦 正章
 


内閣改造で民間人を起用しようが当面の政局とは関わりがない。最大の問題は、幹事長・輿石東を留任させたことだ。首相・野田佳彦は輿石性善説に立っているのだろう。しかし、田中角栄ならこういうときは「ハブを懐に入れた」と表現する。終盤国会の様相は「輿石政局」の側面を色濃くしている。


野田は会期末までの消費増税法案の衆院通過にまい進する方針だが、18日から3日間はG20で政局の舞台から消える。来週15日までにすべての決着が不可欠だが、こじれた場合には会期末が超重要な駆け引きの場となる。よく東南アジアでは首相外遊中にクーデターが発生するが、「輿石クーデター」を避けるためにはG20などにのこのこと出席しているときではない。


家が火事で大団扇であおぐ者がいる時に、地球の裏側まで出かける者はいない。外相・玄葉光一郎を代理出席させれば十分だ。そして野田は自ら自民党との協議に臨むべきだ。
 

今回の改造人事の焦点は、名前を覚えるまでに代わってしまう閣僚人事などではない。輿石を更迭させるかどうかが永田町の最大の関心事であった。首相周辺では幹事長に藤井裕久、幹事長代行に仙谷由人起用で万全の態勢を整えるべきだとの声が強かった。野田も一時は乗りかけたといわれるが、1日の輿石との会談で輿石が“従順姿勢”を見せたため、踏み切れなかったのが実情だ。
 

こうして最大の危機的場面で元代表・小沢一郎の“代貸し”輿石がポストにとどまってしまった。野田がフルに信用しているかと言えば、いないだろう。野党ですらそうだ。自民党幹事長・石原伸晃も「輿石氏は信用出来ない」と漏らしているという。自民党にとって最大の問題点は、輿石が小沢の意向を反映して“解散ストッパー”であることだ。また自民党との消費増税法案修正協議に入るに当たって、腰石が野田の意を体して動くかどうかと言うと、「怪しい」の一言に尽きるのだ。
 

しかし、問責2閣僚の更迭は、のどに刺さったとげを抜いた形になったことは確かだ。自民党は与野党協議入りの条件として、採決時期の明示と中央公聴会の日程明示を求めている。理由はといえばやはり腰石が信用ならないからである。


自民党は「輿石氏が法案の継続審議を狙っている」という相当確度の高い情報を握っているといわれる。だから、法案成立に本気で取り組む“踏み絵”として日程提示を求めているのだ。輿石は「協議に入らないまま日程提示はできない」と拒否しているが、衆院可決については野田が、「会期内21日まで」と明言しており、自民党はこれ以上求めるべきではあるまい。公聴会も特別委員会で決めればいいことだ。
 

したがって自民党は、いずれにしても民主党との協議に入らざるを得ないだろう。これ以上問題をこじらせれば世論の総反発を受けることは必至だ。


民主党と自民党の意見の隔たりは、政策と政局の両面で存在する。政策は最低所得保障年金制度の撤廃と後期高齢者医療制度廃止の撤廃だ。民主党マニフェストの最後の根幹だが、野田が消費増税法案を取るか両制度を取るかと言えば明白だ。消費税を取る。自民党が提示している「国民会議」で時間をかけて協議する方向しかあるまい。


問題は政局だ。自民党が求めているのは「話し合い解散」と「小沢切り」だ。政策をクリアすれば、当然これが出てくるが問題は与野党協議に任せられる問題ではない。野田と自民党総裁・谷垣禎一が党首会談で処理すべき問題だろう。野田は輿石が怪しげな動きを見せ続けるなら、幹事長を飛び越して谷垣と直接交渉をするしかないのだ。


記者会見での「党首間の会談は、どこかの段階では必ずやらなければならないと思う」という口ぶりから見て、この流れは不可欠だろう。もう秘密会談は無理だから正式にトップ会談を何度でも開けばよい。党首レベルの与野党協議で“輿石政局”を退けるしかない。
 

こうしてぎりぎりの段階に消費税政局は突入するが、野田が解散権と人事権を握っていることが最大のポイントだ。これによって輿石の“造反”にも限界が生ずるからだ。なぜかと言えば、野田は、輿石が邪魔をして消費増税法案が衆院通過をできない事態となれば、間違いなく解散に踏み切る。


野田が4日「日々全身全霊を傾けて、大事な決断をしたい」と記者会見で表明したのは、紛れもなく退路を断ったことを意味する。今国会で衆院通過を図れないなら内閣不信任案の成立と同等の政治的判断をするだろう。


その場合内閣総辞職ではなく、国民の信を問う解散だ。参院で不成立となっても同様だ。これは輿石にとって小沢の解散回避の“至上命令”を達成できなくなることを意味する。野田はエネルギーを野党と党内野党に半々で使わなければならない事態に直面していることになる。


局面によっては、遅ればせながら「腰石切り」に踏み切るのもやむを得まい。幹事長交代など30分あればできる。したがってよほど状況が好転して、15日までに衆院通過のめどが付き、会期延長でも合意しない限り、政権は断崖絶壁だ。G20などに出席すべきではない。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年06月04日

◆話し合い解散なし説で小沢の大幅譲歩か

杉浦 正章

 

「一期一会」と1回だけの会談を位置づけていた首相・野田佳彦がなぜ元代表・小沢一郎と二度目の会談を行ったかだ。そこには、ひとえに党分裂・離党の道を回避したいという小沢サイドの思惑が垣間見える。このままだと両者激突のまま分裂へと動きかねない状況を避けたいが故に、小沢は野田に内閣改造を是認し、対野党協議を了承し、記者団に党分裂を否定したのだ。


消費増税法案での物別れは事実だが、実態は小沢にとっては屈辱的ともいえる大幅譲歩であるはずだ。その背景には幹事長・輿石東による「話し合い解散なし」での説得があるという。
 

野田のかってない意気込みは30日の第一回会談で示され、輿石も分かったはずなのだが、動きが依然小沢の“代貸し”的で、野党の神経を逆なでし続けている。しびれを切らした野田が、1日、輿石を呼び、相当強く決意を述べたといわれる。


内閣改造もまず「輿石切り」から始まりかねない雰囲気であったという。輿石は憮然として記者団に「コメントしない」と八つ当たりしたほどだ。この野田の“覇気”は第2回会談に先立って小沢にも伝わり、小沢にとっても譲歩せざるを得なくなったのが実態だろう。


というのも、四面楚歌の小沢にとっては「分裂・新党」につながる路線は、選挙の敗北で自ら破滅を選択するのと同じである。小沢は政局で破れかぶれ的な対応をまずしない男なのだ。
 

この観点から会談を見れば、第2回野田・小沢戦の実態は、じりじりと野田が小沢を土俵際まで追い詰めた形となった。野田が「自民党との協議はしっかりやらなければいけない。協議は進めさせていただく」と述べたのに対して小沢は、「首相の意向で協議しようというのは当たり前のことだ」と容認。本来なら消費増税法案に反対だから、その実現に向けた与野党協議にも反対するのが筋だが、折れた。


「明日内閣改造を行う」と述べたのに対しては「首相の判断だし、それはよろしいではないか」と、自らのグループの閣僚更迭も了承した。会談後野田は記者団に「小沢氏の意向を踏まえて消費増税法案を修正するということはありえない」とダメ押しの一言を付け加えた。


小沢は物別れであるから当然記者団から離党の可能性を聞かれるが、「そんなことは考えておりません。私自身が先頭に立って、国民のみなさまに訴えて、そして任された政権ですから」と否定した。
 

いま「輿石切り」や「小沢切り」に踏み込まれてはとても対応しきれないという輿石の判断が背景にある。輿石は明らかに軟化し、会談に先立って、与野党協議と改造を認めるように小沢を説得したのだ。野田にフリーハンドを与えないと何するか分からないという危機感もあったのだろう。


輿石は、自らの根回しによる小沢の譲歩で“決別”の事態がとりあえず回避できたのがよほど嬉しいと見みえて、「党を割っていいと思うものは3人の中で1人も居ない」と胸をはった。輿石は野田から受けた心証を基に、「話し合い解散なし」で小沢を説得した気配が濃厚だ。


小沢グループ幹部は小沢の譲歩に「野田が早期解散なしを示唆したのかも知れない」と見る向きもいる。「それでなければ小沢さんの譲歩はありえない」という。野田は「首相は解散と公定歩合だけはうそをついてもよい」という、首相官邸に伝わる“秘伝”を使ったのかも知れない。


しかし野党に漏れればすべてが壊れる。極秘で表に出さない話しであったかも知れない。そう見ると小沢がとってつけたように「話し合いは平行線」と強調したのもあやしい。いずれにせよ小沢は、現時点での最終対決を見送り、決着を消費増税法案採決の場に移行させた形だろう。
 

こうして野田は自民党との消費増税法案をめぐる協議に入ることになる。そのために問責2閣僚ばかりか、在日中国大使館の元1等書記官が農林水産省の事業に関わったと指摘されていることを踏まえ、農水相・鹿野道彦と、弁護士報酬を巡って追及している法相・小川敏夫らも交代させるという。“大盤振る舞い”だ。


これにより自民党の要求している問責閣僚交代、小沢との決別、最低保障年金撤回、早期解散のうち、閣僚交代は満額回答。「小沢切り」は7割方達成したことになった。最低保障年金は自民党が「国民会議での協議」を主張しており、野田も前向き姿勢を示している。問題は解散の言質を自民党に与えるかどうかだ。
 

これは世論の動向や自民党内事情を確かめた上での対応となるだろう。野田にとっては最後の切り札であり、やすやすと切るわけには行かない。自民党側も谷垣の解散要求一点張りの強硬姿勢に、森喜朗や古賀誠ら長老から批判が生じている。加えて執行部内からも幹事長・石原伸晃のように「首相は絶対解散の確約をしないと思う。『解散する』と言った段階で力を失う。


『話し合い解散』はなく、あうんの呼吸しかない」と「あうんの解散」の言質でよいとする見方も生じている。谷垣は3日NHKで、自ら総裁選挙に出馬する意向を表明したが、ちょっとピントが狂っていないか。いまは小沢のように自分を前に押し出すときではない。


危機に瀕した国家財政がまず優先されるべき時だ。このさいもったいぶらずにさっさと野田との党首会談に応ずるべきであろう。


<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)

2012年06月01日

◆「原発橋下の乱」は“寝返り”で鎮定


杉浦 正章
 
これほど臆面もなく政治家が前言を翻した例は、“ルーピー鳩山”の普天間発言以来史上2度目だ。大阪市長・橋下徹が原発再稼働を繰り返し批判してきた自分自身の発言を覆した上に「机上の空論」と形容した。


かねてからその「オオカミ少年」性を指摘してきたところだが、国の最重要課題の1つで自らの“拙(つたな)さ”を認めたことになる。おそらく、再稼働を推進しようとしている首相・野田佳彦も、力余ってつんのめるほどの「敗北宣言」だ。


一自治体の長とはいえ、急進的反対論者の“豹変”によって、政府の再稼働の方向は定まった。我が国のエネルギー政策は原発と資源エネルギーなどのベストミックスの時代へと移行するための落ち着いた論議が可能となる。
 

橋下の一連の発言は、結果的に見て無責任で欺瞞(ぎまん)性に満ちたものであった。最初に野田が稼働方針を明らかにするやいなや、「絶対に許してはいけない。次の選挙で民主党政権は代わってもらう」「国家の重大危機だ」と扇動の火の手を上げた。


おりから維新の会ブームもあってマスコミもこれをはやした。「電力が足りないから原発が必要というのは、霊感商法と同じ」とまで言い切った。仮にも政府の政策を犯罪者集団扱いしたのである。野田に対しても「政治家が安全宣言をしたということは絶対におかしい。科学者はだれも安全性にお墨付きを与えていない」とまで言いきった。


ところがまぎれもなく政治家の1人橋下が一転して「事実上、容認する」と明言した。「科学的根拠」もなしに「政治家が容認」の判断をしたのだ。加えて、ぬけぬけと「机上の論だけではいかないのが現実の政治だ」と“分析”までしてみせたのだ。だいたい1日付の読売の社説がいみじくも指摘しているように、「容認」とは福井県に失礼だ。電力供給の恩恵にあずかりながら感謝の気持ちがない。



いくら市長レベルとはいえ、これだけの“変節”は久しぶりだ。背景に何があったのか。橋下のブレーンで反原発に“誘導”して大失敗したことになる元経産官僚・古賀茂明は、関西財界からの強い圧力を指摘する。「企業は首長や議員に働きかけ、『工場は外に出て行くしかないよ』と脅す」とテレビで述べている。


確かに財界からは表だった動きもあった。15日には関西の経済3団体トップが橋下に直接再稼働容認を働きかけた。要するに、一般市民には人命にも関わる節電を働きかけながら、財界が動くと、これにへつらうのが「橋下政治」なのであろうか。大阪の政治構造の実態がよく分かるエピソードであった。もちろん政府の圧力も強かったに違いない。府知事・松井一郎も「ものすごい権力を皆が感じている」と漏らす。
 

この「橋下大豹変」が象徴するものは、脱原発を標榜して自らの人気につなげようとする“首長ポピュリズム”の敗北であろう。滋賀県知事・嘉田由紀子も、こそこそと容認に転じた。加えて原発事故を原水爆禁止の運動と連動させ、脱原発を唱えるる左翼のイデオロギー思想の敗北でもある。


国政進出を目指す橋下は、この変節を全国から集まった維政治塾の塾生にどう説明するのか。得意の三百代言で「君子豹変は政治の常」とでも教えるのか。少なくとも国の施策の超重要ポイントで、ころころ変わる政治家が国政に進出すること自体この際控えてはどうか。小選挙区制導入以来「風」に動かされてきたこの国の政治が、節操のない「風」に翻弄されることにはもう終止符を打つべき時だ。
 

これまで感情的な反原発の論議に惑わされがちであった原発再稼働問題は、「橋下の乱」平定を突破口に全国的に進められていくことになろう。しかし推進に当たっては、地域の住民に安心感を与える安全対策の徹底が不可欠であることは言うまでもない。


大飯原発の場合も堤防のかさ上げ、フィルター付きベント装置の設置、オフサイトセンターの高台への移動などを急ぐべきであろう。1200年に1度の天災再来の確率は低いが、住民の安心感の確保が、エネルギー政策の核である。


政府の総合エネルギー資源会議は2030年を目途にした原発比率について0%、15%、20〜25%などの案を提示した。原発相・細野豪志は15%を妥当とした。しかし、これは今後の科学技術の進歩に委ねられる部分が大きい。


阪神大震災の教訓を生かした技術改良と補強で、東北新幹線が走行中であるにもかかわらず東日本大震災で1人のけが人も出さなかったことを考えるべきである。どんなエネルギーにもリスクはある。世界に冠たる日本の科学技術を信ずるべきであろう。固定観念でとらわれず、技術の進歩によっては25%以上も考慮に入れるべきであろう。
 

野田の決断によって、31日の株式市場では、原子力発電所を保有する電力会社株が逆行高を演じた。野田政権は、再稼働の実施で民主党政権始まって以来初めて市場の“信用”を回復したことになる。


原発再稼働問題は責任のかなりの部分が自民党にもあるにもかかわらず、選挙を意識して正面からの対応を避け、民主党政権に協力のかけらも見せなかった自民党は、その信頼性に大きなダメージを負った。


反原発で連日吠えまくっているみのもんたとそのコメンテーターたちは、橋下の豹変ではしごを外され、1日朝はお通夜のような雰囲気だった。 


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月31日

◆会談“決裂”で「6月政局」に流れ急

杉浦 正章


「会談は平行線」と当たり障りがないような報道が目立つ。民主党幹事長・輿石東も「1時間半もやったのだからどこも決裂とは書かないだろう」としたり顔だ。しかし、時間と内容は関係ない。これは「限りなく決裂に近い物別れ」だ。首相・野田佳彦は紛れもなく30日、事実上の「小沢切り」に出たのだ。


時代劇映画で後で斬られたことが分かるような手練の早業だ。その証拠に元代表・小沢一郎は側近に「このままなら6月政局だ」と漏らしたという。再会談などどこかに吹き飛んでいる。


野田が消費増税法案成立を目指して、自民党との協調路線に大きくかじを切ったのだ。さらに加えて野田は、大飯原発再稼働の最終決断への動きに出た。野田は政局でも政策でもここに来て一挙に勝負に出た形だ。政局は揺れながら解散・総選挙も視野に入る激動状態に突入した。
 

野田・小沢会談における発言で野田の立場を象徴するものは、消費増税法案成立がない場合には「決められない政治として日本の政治は漂流する」と述べた点だろう。民主党政権は2代にわたる首相の失政に次ぐ失政で、野田は「3度目の正直」を求められていた。ここでアクションに出ない限り、虻蜂取らずのじり貧に陥ることは確実であるからだ。


その大きな障害として立ちはだかったのが小沢だ。とっくに破たんしたマニフェストに原理主義者のごとく固執して、消費増税法案を政局の糧にして生き延びようとする必死の姿をあらわにして、隠そうともしない。
 

会談では端的に言えば今国会成立を明言した野田と、これに正面切って反対する小沢との激突であり、妥協点は一切感じられないものであった。もともと小沢は消費税には反対ではなく、時期尚早論であり、これが会談でも明白となった。


しかし、野田の説明した「時間軸での対立」は、妥協の見出しがたい問題である。政治生命をかけると言って今国会成立を至上命題とする野田と、ひたすら選挙に不利に作用することを意識して先延ばしを主張する小沢との「時間軸での対決」は抜き差しならないものであることは明白なのだ。事実上の決裂の結果で、野田には選択肢があるが、小沢にはない。
 

というのは、野田には自民党との協調路線の選択があるが、小沢は自らを袋小路に置いてしまったからだ。小沢は党を分裂させて新党を作ってもこれに手をさしのべる野党はない。じり貧のまま選挙大敗を待つのみであろう。したがって分裂・新党の選択はありそうで困難な選択なのだ。


小沢は“内弁慶”的に体制内闘争を展開するしかないのである。野田は、執行部に会期中の衆院での採決を指示するという、攻勢の追い打ちに出た。小沢は逆に消費増税法案反対投票か、お茶を濁して棄権するか、自由投票とするかの選択を迫られることになる。


乾坤一擲の勝負は7対3で野田が勝ったのだ。会談後小沢は打って変わってテレビに露出を繰り返し、国民に向け訴え始めた。訴えられる国民にしてみれば悪女の深情けのようで、気味が悪いくらいだ。
 

しかし野田は富士登山で言えば、5合目に到達したにすぎない。今後自民党を引き寄せるには、問責2閣僚の更迭と解散・総選挙への踏ん切りが求められるからだ。ここまで来た以上、野田にとっての選択肢は「後ずさり」はあり得ない。前進しない限り展望は開けてこないのだ。その手始めに問責2閣僚を早期に更迭することだ。更迭して得られる代償に比べれば、ダメージはほとんどないに等しい。
 

一方で、自民党も政権を担当し得る政党かどうかの真価を問われる状態に入った。当然消費増税法案成立に向けて前向きに動き出すべきときだ。それにもかかわらず、執行部の反応はいまだに様子見である。幹事長・石原伸晃に到っては問題を掌握しているのかと思えるほど極めて軽い。

まず「『大山鳴動してねずみ一匹』と言いたいところだ。これだけ大騒ぎして何もなかった」と事態の重大な進展を誤認している。「面白い話がどんどん入ってきている。野田首相は問責された2閣僚を来週にも罷免するという話だ」と本当なら機密に属する話しを公言してしまう。これで次の総裁候補だとは聞いてあきれる。
 

さらに野田の同日の決断で特筆すべきは大飯原発再稼働に踏み切ったことだ。直接的な背景には関西広域連合の分裂・軟化がある。明らかに原発担当相・細野豪志が同日の広域連合の会合を事前の根回しで見事に陥落させた。それも「暫定的」という合い言葉で引き込んだ形だ。

細野は「今回示した大飯原発再稼働への安全基準は暫定的なもので、規制組織ができれば作り直す」と表明した。これを受けて広域連合は「政府の安全判断が暫定的であることを踏まえた適切な判断を求める」と稼働容認の声明を出すに到った。まるで出来レースであある。夏の電力不足も現実味を帯びてきて自治体トップも観念論を唱えてばかりはいられなくなったのだ。
 

大阪府知事・松井一郎が確信犯的に批判の立場をとったが、和歌山県知事・仁坂仁伸は理解を示すなど、各知事の対応も割れた。威勢のよかった大阪市長・橋下徹や京都、滋賀両県知事も「暫定的」という“落としどころ”の誘惑に“落とされた”のだ。


要するに腰砕けに終わったのが実態だ。橋下だけが相変わらず「基本的には認めない。しかしそういう原発の動かし方もあるのではないか」と支離滅裂な論理を展開しているだけだ。もっとも大飯原発が暫定的に稼働することはあり得ない。うそも方便とはこのことだろう。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月30日

◆野田は原発再稼働を直ちに決断せよ

杉浦 正章


一茶の句に「蝸牛そろそろのぼれ富士の山」があるが、首相・野田佳彦が大飯原発3,4号機再稼働で「そろそろ」といいだして10日以上立つ。しかし、いまだに「そろそろ」と言っている。


夏の電力確保が間に合わないと関電社長がしびれを切らして対応の遅れを批判し始めた。29日には原子力規制庁関連法案も審議に入り、与野党修正で今国会成立のめども立ちつつある。前首相・菅直人がくしゃくしゃにした再稼働問題の環境は整ってきている。この機会を逃さず、月内にも判断すべき時だ。
 

野田の「そろそろ」の始まりは17日。再稼働を最終判断する時期について、「そろそろ、その判断の時期は近い」と述べた。28日にはインタビューがあるから再稼働を発表するかと思ったら「福井県のご意見などもお伺いしながら、もうそろそろ判断をしていかなければならない時期に近づいていると思う」と「そろそろ」に「もう」を付けただけだ。


原子力規制庁の審議入りや国会の事故調査委員会、小沢との会談などをにらんでのことだろうが、慎重も度が過ぎると民主党政権の「決められない政治」がまたまた露呈する。
 

夏の需給見通しを見れば、7月からの電力消費のピーク開始にはもう間に合わない状態となりつつある。というのも3号機を動かすのに3週間、それに続く4号機も3週間、合計で1か月半が不可欠だからだ。今稼働を決断してもフル稼働は7月中旬になってしまう状況だ。


関電社長の八木誠が「時間がずるずるとたっている」と、遅遅として出ない野田の最終決断にいら立ちを表明するのも無理はない。「ただちに再稼働できても、7月2日からの節電期間に間に合わない」と指摘して、「早急に、国のご英断をお願いしたい」と述べているのは責任者として当然のことだ。


原発を抱える地方自治体や京都、滋賀、大阪など周辺自治体の長からも要望の強かった原子力規制庁の創設を柱とする原子力規制庁関連法案と、自民、公明両党による対案が衆院本会議で審議入りした。同法案に関しては既に政調会長代行・仙谷由人が自民、公明両党と水面下で根回しを続けている。


民主党は自公の対案に盛り込まれた国家行政組織法3条に基づく「原子力規制委員会」の創設を受け入れ、政府案を大幅修正する方向である。来月12日にも衆院を通過する可能性が出てきた。再稼働に向けての障害の1つが取り除かれる方向にある。
 

現地もおおい町議会が圧倒的賛成多数で再稼働容認を決めた。独自に安全性を検証してきた福井県の専門家委員会も、安全性を確認している。福井県知事・西川一誠も野田が原発の重要性を国民に自ら訴えることを条件として求めてきたが、29日の本会議では野田が「電力供給の3割を担ってきた原子力を直ちに止めては日本経済、国民生活は成り立たない」と強調した。


これは知事に対するシグナルと受け取られている。ただ野田は「最終的に政府として責任を持って判断する」とも付け加えている。国民への電力供給確保は「エネルギー政策基本法」でうたわれた政府の根幹的な義務であり、地元の「理解」は「政治」としては必要であるものの、国はむしろ地方自治体をエネルギー政策に沿って指導しなければならない立場にある。原発再稼働はまず「国の判断ありき」なのだ。
 

自民党も29日の総務会で、今後のエネルギー政策を了承したが、原発再稼働についても「安全第一主義の徹底」を前提に容認している。同党は、ずるがしこくも選挙を意識して原発再稼働で前面に出ず政権任せの姿勢を取っている。しかし、さすがに大飯原発再稼働で反対する方向にはない。国会の事故調査委員会も菅直人らからの聴取を終え、山を越えた。


マスコミも読売、日経、産経、NHKが再稼働推進または容認であり、表だっての反対論は少数となってきた。要するに再稼働を取り巻いて鼎は静かに煮えたぎってきたのだ。野田はこのチャンスを逃すべきではあるまい。ここでためらえば、またまた大阪市長・橋下徹のように、すきあらば自らの得点にしようという“疝気筋”の“活用”を許すのだ。


国家百年の計を考えるなら、大飯原発再稼働を地域住民の生活確保はもちろん、国のエネルギー政策再構築への突破口と考えて早急に踏み切るときだ。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月29日

◆パドックでみれば“一擲”の野田に勝算

杉浦 正章

 

乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負と言えば83年の田中角栄と時の首相中曽根康弘の会談を思い出す。首相対刑事被告人というパターンも全く同じだ。


28年前、田中は一審有罪判決を受けたばかりで、中曽根は澎湃(ほうはい)たる世論を受けて、田中に議員辞職を迫るかに見えた。しかし田中に首相の座に座らせてもらって、まだ1年。「田中曽根内閣」と呼ばれていただけあって、田中には全く頭が上がらない。結局会談は中曽根が田中にボコボコにされるだけに終わった。


首相官邸からは中曽根が議員辞職を求めるような前宣伝が流布されていたが、何が何だか分からないような、うやむやな会談となった。田中から後日聞いたところによると、中曽根は「辞職のじの字もしゃべらなかった」という。
 

政治家としての格が違うから中曽根の一方的な負けで終わったのだ。その後、未練たらしく中曽根は、田中の秘書だった故佐藤昭子に手紙を出して議員辞職を勧めてくれるように頼んだが、佐藤は田中には一言も報告しなかった。無視したのだ。


中曽根はその後解散・総選挙に踏み切ったが、自民党は大敗。田中だけは空前の22万票の得票で当選した。2年後の2月に田中が脳梗塞で倒れたとき、中曽根が恩人の病気であるにもかかわらず、1日中上機嫌で、はしたなくも冗談を飛ばしていたのを思い出す。作家・平林たい子は中曽根を「カンナ屑のようにペラペラ燃える男」と評したが、中曽根 は「うまいこと言うもんだなあ」と感心したという。


その後乾坤一擲の大勝負はとんとお目にかからない。10年12月の首相・菅直人と小沢の会談は、菅が小沢に政治倫理審査会出席を求めたが、小沢はこれに応じず決裂に終わっている。テーマも小さく、とても大勝負などと言える会談ではない。


野田・小沢会談について朝日の社説が24日「この仰々しさは何なのだ。こんな田舎芝居じみたやり方が、国民の政治へのうんざり感をいっそう強めていることに、国会議員たちは気づくべきだ」「欧米のメディアでは、一党員が党首に来週にも会うという記事は、まず目にしない」と書いた。


せいぜい社説だけは読んでコメントする民放のコメンテーターたちが、一斉におうむ返しで同じセリフを繰り返している。これは状況把握能力に全く欠ける論議だ。朝日の政治部は論説に対して「机上の空論を書くな」と怒るべきだ。今は落ち目の「欧米」などはどうでもいいのだ。
 

言うまでもないが、焦眉の急の消費増税法案の行方を左右するまぎれもない超重要会談なのだ。会談の意味するところはまさに乾坤一擲であろう。乾坤は天と地をさす。すべてを運に任せて賭のさいころを1度だけ投げることが一擲だ。思い切って勝負するわけで、野田にとってはのるかそるかの戦いだ。


語源となった楚の項羽と漢の劉邦の戦いは劉邦が勝ったが、どうも小沢は関羽になりそうな気配だ。パドックで馬の下見をするように見ると、色つやといい気迫といい野田の方が勢いがある。一方小沢は風邪を引いてマスクをして辛気くさい。関ヶ原の戦いの朝、石田三成が「しくしくと腹が痛くなった」(司馬遼太郎)と言われるような気配が小沢にはある。
 

30日午前11時の会談内容の予測をすれば、野田が消費増税法案を党内でとりまとめた経緯を説明、成立への協力要請をする。小沢はマニフェストの原点に立ち戻り「国民のための政策実現」を目指すべきで、消費増税は時期尚早とはねつけるだろう。


このままでは紛れもなく決裂だ。そこを幹事長・輿石東がどう取り持つか。決裂の印象を避けるために再会談を言いそうな雰囲気だが、野田は「1回で決まればいいが、そうでないことはあまり考えないようにしたい。基本的には、一期一会のつもりで説明したい」と、輿石の引き延ばし作戦には乗らない決意を表明している。
 

問題は、決裂しようが、輿石調整で「次の会談」を設定して煙に巻こうが、その後の戦いは野田が有利に展開できることであろう。つまり野田はいずれにしても小沢の呪縛(じゅばく)から解き放たれるからだ。野田には消費増税法案成立への“王道”があり、これを錦の御旗に「小沢切り」を勧める自民党への接近を強めることができるのだ。小沢問題のネックを取り除けば、急速に展望が開けるのだ。
 

小沢が消費増税法案に反対投票に出ようが、党内にとどまるために棄権をしようが、野田が成立を図るには自民党と手を組むしか道はないのだ。その代償としての解散・総選挙をどうするかだが、法案を成し遂げれば、歴史に残る首相となる。野田は多くを望むべきではない。


ここまで来ると解散を先延ばしにしても、民主党が勝てる展望は開けない。堂々と消費増税法案成立の成果を問う解散・総選挙に果敢に打って出るべきだ。そうすれば道は自ずと開ける。


<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
 

2012年05月28日

◆野田は“破邪の剣”を抜くときだ

杉浦 正章

 

今週実現する首相・野田佳彦と元代表・小沢一郎との会談は煎じ詰めれば消費増税法案という「大局」と、自らの保身という「個利個略」との戦いだ。消費増税法案の民主党内手続きは正規に終了しており、野田はもう小沢に安易な譲歩をすべきではない。またずるずる会談を重ねることも小沢の引き延ばし戦略に乗ることになる。

あくまで一発会談で決着を目指すべきである。小沢が反対の方針を曲げない限り、ここの選択肢は「決裂と解散」の決断しかないだろう。もう野田は“勝負”に出るしかないのだ。
 

こと消費増税法案に関する限り、野田は一貫してぶれていない。これに対し小沢は会談前から「私自身の考え方は変わっていないので、議論は平行線になるかもしれない」と事実上の“決裂宣言”をした。27日も「我々が総選挙で何を国民に訴え、何を約束し、政権を任せてもらったのかを忘れてしまったら政権交代の意味がない」と述べ、マニフェストに盛り込まれていない消費増税法案に改めて反対する姿勢を示した。

小沢は破たんしたマニフェストでまだ国民を欺けると思い込んでいるように見える。野田は動ぜず、「腹を割って、大局観に立って、理解をいただくような会談にしたい」とあくまで説得する構えをくづしていない。しかし首相周辺は「もう説得は効かないだろう」という見方を強めている。

税制調査会長・藤井裕久は「平行線」発言について、「それでいいと思う」と述べた。決裂で結構というのだ。政調会長代行・仙谷由人に到っては小沢にはほとほとさじを投げたような発言をしている。「政策判断というよりも、いろんな理由から大きな声を出して反対している。少々思慮の足りない方がいらっしゃるにすぎない」と語った。「思慮の足りない」とはよく言ったもので、まるで愚か者扱いだ。
 

小沢が強硬に反対姿勢を崩さない限り、野田にとっての会談は、儀式のプロセスを踏むこと、簡単に言えばアリバイ工作なのであろう。それならそれで致し方あるまい。なぜなら妥協は小沢の“術中”にはまる危険があるからだ。幹事長・輿石東は小沢の先兵である姿勢を露わにしており、野田は信用すべきではない。


小沢・輿石戦略は解散先送りを最大の目標として、解散につながるあらゆる要素を除去しようとしている。大阪城の外堀を埋めるかのように、衆院の定数是正を先延ばしにし、消費増税法案の審議遅延をはかり、通常国会を9月の代表選をまたぐ大幅延長にしようとしているのだ。


特に定数問題では朝日が28日の社説で「輿石氏の無責任さにはほとほと、あきれる」と指摘し、小沢が党を割らずに済むように行動していると看破している。
 

この遅延作戦の一環として野田・小沢会談を見れば、輿石はあたかも決裂を避けるふりをして、再会談を繰り返す意図があるかに見える。


しかし、ここで再会談ができる余裕があるかといえば、もうない。今週で6月に入り、会期切れ21日までは実質で半月程度しか審議日程がない。1日も早く衆院の通過を図らなければならない段階であり、再会談などをしているひまはない。話がまとまりそうならぎりぎり翌日に再会談という手があるが、まとまらないまま無為に日を送る余裕はないのだ。すべてをずるずる遅延させる輿石の“狡知(こうち)”に踊らされてはならない。
 

要するに野田は言葉ではなく決断をここで求められていることに他ならないのだ。決断とは消費増税法案という政策が大局になっている現実を掌握して、成立へと突き進むことしかあるまい。ここは旧制一高寮歌でいくべきだ。「行途(ゆくて)を拒むものあらば、斬りて捨つるに何かある。


破邪の劍を抜き持ちて、舳(へさき)に立ちて我よべば、魑魅魍魎(ちみもうりょう)も影ひそめ、金波銀波の海静か」というではないか。「小沢切り」とはまさに破邪の剣を抜くことだ。抜けば魑魅魍魎は引き下がる。
 

したがってまず野田は藤井が言うように決裂を避けるべきではない。決裂覚悟で最初にして最後の会談と位置づけて臨むべきだ。次に野田がなすべきことは解散を決断することだ。野田自身が言うように法案成立後消費税実施までの間に解散するというのは、論理矛盾だ。大衆が消費税に反対の投票行動に出て、選挙結果が「増税ノー」を突きつけたら、成立した消費税を実施に移せるのか。時の政府は窮地に陥る。


したがってここは消費増税法案の成立と直近に連動しての解散に踏み切るしか手はない。衆参同日選挙を主張する輿石は反対するだろうが、いよいよとなれば問責2閣僚と共に改造によって幹事長を更迭するしかない。野田の選択は小沢との会談を契機に、いよいよ「小沢切り」「内閣改造」「解散」しかなくなってきているのだ。


これに踏み切る決断だけが袋小路の政局に活路を見いだせるのだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月25日

◆古希の小沢がすがる「蜘蛛の糸」

杉浦 正章


「老い木は曲がらぬ」というが、24日に70歳の古希を迎えた民主党元代表・小沢一郎は近ごろますます強情になってきたようだ。チルドレンを前に首相・野田佳彦との会談について「議論は平行線になる」と、消費税反対の立場が変わらないことを強調した。「今後、お互い力を合わせて行動しなくてはならないことが起き得る」とも述べ、“決裂”の事態への結束を求めだ。

会談前から、得意の“脅し”に出ているのだ。これでは、野田もさじを投げて「小沢切り」となっても仕方がないところだが、なお「腹を割って、大局観に立って、理解をいただくような会談にしたい」と一縷(る)の望みを託している。しかし「年寄りの強情と昼過ぎの雨はたやすく止まらぬ」の例え通り、説得するのは容易ではあるまい。


古希という言葉は、唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)に「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」とあることに由来している。「酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもついてくる。だが、七十年生きる人は古くから稀である」というのだ。今は長寿化社会で70歳などざらだが、昔は稀だった。だから60歳は赤いちゃんちゃんこ、70歳は紫のちゃんちゃんこで祝ったものだ。

したがって古希を越えれば周りは若い者ばかりだから、自ずと考え方も、行動も老熟してくる。孔子は「吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず(従心)」と説いている。70歳になったらのりを越えてはならないという。
 

ところが小沢は、のりを越えないどころか越えっぱなしだ。加えて自らの「業(ごう)」に沈んでいるように見える。その「業」とは自分が繰り返してきた「力による政治」だ。多数を背景にして力で押し切ってきた政治家人生だった。

この政局でもその方式を踏襲しようとしているが、今度ばかりは難しい。というのも消費増税法案成立は、解散・総選挙に直結せざるを得ない側面があり、そうなれば小沢チルドレンが政界に再び顔を出す確率は10%だ。

小沢の「業」は、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」でカンダタが釈迦の垂らした蜘蛛の糸にすがろうとする“哀れさ”までも感じさせる。小沢は自ら推進してきた消費増税の信条を臆面もなく撤回して、既に誰の目にも破たんが明確になった「マニフェスト」という「蜘蛛の糸」にすがろうとしてるのだ。

チルドレンもこの細い糸に我がちにすがりつく。しかし重さに耐えきれず、糸が切れることを知らない。まさに小沢は孔子の言うのりを越えているのだ。

「寿(いのちなが)ければ則ち辱(はじ)多し」と述べているのは荘子だ。長生きすれば恥を受けることが多いというのだ。1審裁判では無罪となったが、この無罪判決自体が、小沢の「辱」を物語る。

事務所では「紙は裏白の紙を使え」と指示するほど細かい小沢が、4億円が動いた収支報告書を「見たこともない」と証言する。判決は「およそ信用出来ない」と断定しているのだ。各種世論調査でも小沢が説明責任を果たしていないとする反応は8割に達する。
 

「年寄りの居る家は落ち度がない」というが、民主党にしてみれば、“年寄り”が「落ち度」を一人でばらまいているようなものであろう。まるで「70の3つ子」のように駄々をこねまくっている。


小沢と誕生日が同じで、昨年は合同誕生会を開いた党最高顧問・渡部恒三は24日で80歳。同日急性十二指腸潰瘍で入院したが、かつて「小沢君は足るを知らない。少しは党の迷惑も考えるべきだ」と述べていた。

たしかに民主党にしてみれば「年寄りと仏壇は置き場所がない」というていたらくである。25日の朝日川柳に「一兵卒にお話ししたいと師団長」とあったが、古希の一兵卒・小沢は、55歳の誕生日を迎えた師団長・野田との会談を前に早くも“決裂”とばかりに勇み立っている。

「もう少し枯れよ」と小沢に言っても無駄か。それではもっと強く「年寄りと釘の頭は引っ込むがよし」となる。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年05月24日

◆野田は「0増5減」先行で輿石を押さえよ

杉浦 正章

 
これだけ“派利派略”丸出しの公党の幹事長を知らない。消費税政局が佳境に入ってきて、幹事長・輿石東が、“小沢別動隊長”としての“真価”を発揮しだしたのだ。衆院の定数是正と選挙制度を話し合う23日の幹事長・書記局長会談を、事実上ぶちこわす主役を演じた。「定数是正」がなければ「解散なし」とする元代表・小沢一郎の思惑通りに動いているのだ。会談の早期とりまとめを指示した首相・野田佳彦は結局コケにされた形だ。
 

野田は解散への主導権を確保するには衆院の定数を「違憲状態」とする最高裁の判決をクリアする必要に迫られている。首相の解散権は絶対で、「違憲状態」で解散・総選挙をした例はいくらでもあるから、ぎりぎりの局面では解散できないことはない。だが、政治的には問題視される。それには小選挙区議席の「0増・5減」だけは、決着をつけておかねばならない。


ところが 輿石は、幹事長代行・樽床伸二に命じて作らせたずさんきわまりない「私案」に固執、譲ろうとはしない。「私案」が一票の格差是正のために、小選挙区の定数を5減しているのは当然だが、比例区がはちゃめちゃだ。比例区を11ブロックから全国区にして、定数は75減だ。


素人が民主党と各党の要求をつぎはぎしたような安易な内容であり、野党の総反発でいったんお蔵入りになったものだ。公明党に到っては議席が半減する。激昂するわけで、まるで与野党協議を壊すための案かと勘ぐりたくなる。
 

本来なら、とりあえずは自民党も主張している「0増5減」だけを先行させて、比例区などの問題は制度の抜本改革に委ねるのが筋だ。野田はこれを意識して、輿石に幹事長レベルでの調整を指示したのだ。22日も「何としても消費税増税関連法案の衆院採決前に結論を出さなければならない」と意気込んでいる。


ところが輿石は野田の指示など馬耳東風と聞き流し、小沢の解散回避戦略の上で“踊り”始めたのだ。与野党会談の席でも、輿石は言わずもがなの特例公債法案や公務員制度改革関連法案の早期処理を求め、石原を「そういうことまで言うなら、私はここにはいられない」と退席させた。


さすがに日教組で磨きをかけた政治駆け引きのプロとあって、石原程度の“若造”を手玉に取るのはわけはないのだろう。怒らせた狙いは定数是正の処理を遅らせ、消費増税法案を継続審議に持ち込むことにある。どこ吹く風と輿石は記者団に「野党もやりたくなくて、わたしのせいにしている」とうそぶいているという。
 

要するに新聞向けには「党内融和第一。分裂回避」をいいながら、その実は解散先延ばしという小沢戦略の上に乗っているのだ。野田が肝心のポイントで「ダダ漏れ」では、輿石のいうがままとなり、定数是正もできないまま解散への動きをけん制され、主導権を握れなくなってしまうのは目に見えている。加えて輿石では野党の信頼を得られない。


したがって成案を得られる見通しは立ち難い。ここは、一刻も早く谷垣との党首会談を実現して大筋を決めるなど、自ら事に当たるしか解決策はあるまい。
 

方向はとりあえず自民党と一致している「0増5減」だけを先行させ、違憲状態を解消することだ。選挙制度は政治停滞の根源である小選挙区比例代表併用制から中選挙区制に戻すことだ。


小選挙区制はその時々の「風」で政権が左右され、死に票が多すぎて民意が反映されない。議員の質も比例当選者も含めて悪すぎる。一見「偏差値」の高そうな“優等生”ばかりが増えて、実行力を伴う「政治家」が出ない。まさにドングリの背比べだ。だから物事を「決められない政治」が定着してしまったのだ。
 


逆に中選挙区は“政治家”が輩出する。「合法的手段」を「がっぽうてきてだん」と読んだ国対委員長・中野四郎(故人)が、国対根回しに関しては右に出る者がいない。こういう政治家が中選挙区では一杯出てくる。“一芸”に秀でる議員が集まり、政権を支える形だ。日本型政治には2大政党制よりも民意をより正確に反映させる中選挙区による多党制が好ましい。
 

このように、1994年に導入が決まった現行制度は弊害のみが目立つようになった。推進した前衆院議長・河野洋平がその弊害を認め、国民に陳謝しているが、大それた失敗をしたものだ。これだけは謝って済む問題ではあるまい。朝日新聞を始め小選挙区制をはやし立てたマスコミも反省すべきだ。


樽床程度の政治家が作った案ではなく「選挙制度審議会」に専門家を集めて審議させ、中選挙区制度に戻すべきだ。定数が是正済みであれば次の選挙に間に合わす必要はない。次の次の選挙に間に合わせればよいのだ。 
 

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)