田中角栄の失脚について、ロッキード事件は田中を失脚させるためにアメ
リカが仕組んだ謀略だとの説が流れ、いつまでも消えていない。ところが
2004年12月20日に元ロイター通信の記者徳本栄一郎(1963年佐賀県生まれ)
という人が「角栄失脚 歪められた真実」という本(光文社)を出して完全
に打ち砕いた。
なにしろ田原聡一朗も立花隆も為し得なかったアメリカ政府の関係内部文書の入手
を果たすと共に英語に堪能なところを生かして当時の関係者に悉くインタ
ビューして「角栄失脚後30年トラウマ(心的外傷)」を解き明かすことに成
功したのである。
徳本が挙げる田中失脚陰謀説とは次のようなものである。
1.石油を初めとする田中角栄の独自の資源外交が米国政府を刺激し
た
2.ユダヤ系多国籍企業(ロックフェラー)の怒りを買った。
3.親中国・反米政策が米国を刺激した。
4.陰謀を発案したのはヘンリー・キッシンジャー国務長官らである。
5.陰謀を実行したのはCIAである。
6.陰謀の第一歩は、田中角栄を辞任に追い込んだ雑誌「文藝春秋」
の田中金追及の記事である。
徳本の取材では「結論から言えば、こうした陰謀説すべてが虚構だった」そ
うだ。また、かねてからすべてについて反論、否定していた金脈追及主役
の立花隆には、それを裏付けるアメリカ側からの資料なりインタビューが
なかったので迫力を欠いていた。
しかし徳本は日本人記者としては初めてアメリカ人たちへの切り込みに成功
した。「ロッキード事件は田中角栄を失権させるためにアメリカが仕組ん
だ謀略だ」と初めて書いたのは、評論家の田原総一朗である。「アメリカ
の虎の尾を踏んだ田中角栄」(「中央公論1976年7月号)だった。田
中真紀子をはじめ、多くの人が田原のこの論文を読んで、謀略説を信じて
いる。
田原が言う謀略説の根拠は、チャーチ委員会に届けられたロッキード関係
の内部資料が「誤配」によるものだからだが、そんな馬鹿な話はなくて、
これは何者かが意図的に仕組んだに違いないということだった。
ところが徳本が今度、事件を摘発した上院チャーチ委員会の調査責任者だ
ったジャック・プラム弁護士に尋ねた。そうしたところ、彼は「あれは委
員会に資料が渡らぬようロッキード社やキシンジャー国務長官らからの圧
力と委員会の強い要求との板ばさみに参ったロ社の監査法人事務所がロッ
キード社に“誤配”と嘘をついて当座の責任を逃れたもの。実際に持って
きたのは法律事務所の人間で、箱を渡して黙って出て行った」と答えた。