2007年11月11日

◆巴里だより“美女と野獣”城に向けナイスショット!

                  岩本宏紀(在仏)

巴里の近郊で手軽にゴルフができることをご存知ですか?

車で30分から1時間走れば、会員でなくてもプレーできるゴルフ場が20箇所以上あります。料金は土日でも6千円から8千円程度と、日本に較べると格段に安い。キャディーさんはいないので、自分でゴルフバッグを引っ張って歩きます。僕は肩に担いますが。

お気に入りはラレー。江戸時代初期に建てられた狩猟のための城を、ホテルとクラブハウスに改装し、まわりの森と草原をゴルフコースに改造をしたところです。ジャン・コクトーの映画、“美女と野獣”の撮影はここで行われました。

春には菜の花畑の黄色い絨毯がゴルフコースの周辺に広がり、秋、冬には枯葉が風に舞う。
ときには珍しい動物に出会うこともあります。

子猫くらいの大きさで猪のような動物が出てきたので、仲間が捕まえました。ゴルフ場の職員に見せると、この森に住む狐のこどもとのこと。彼が巣のそばまで連れて行きました。てっきり、ししなべにされるものと思っていた僕はほっとしましたが、それ以上に親狐がほっとしたことでしょう。

先日、夏坂健の“ゴルフを以って人を観ん”を読み、スコアを追い求めること以上にゴルフの楽しみがあることに気づきました。

ゴルフ場を歩ける健康な身体をもっていること、一緒にプレーしてくれる友達がいるという喜び、青空、流れる雲、飛び交う燕、夕日のなかにシルエットとなって浮かび上がったゴルファーの姿、斜光線でその曲線をあらわにした小さな丘。数えあがればきりがありません。

なかでもラレーで最高にいい気分になるのは、最後のホールです。正面はお城。両側は10メートルをゆうに越える並木道。

夕日に照らされたこの城にむかって最後のティーショットを打つときは、ほとんど感動に近い気分。それまでのスコアの良し悪しはもうどうでもいい。ここで放った一発は最高の当りとなります。

一緒にプレーした仲間も快心の一打。思わず出た言葉は、“これがあるからゴルフはやめられない”でした。(完)



2007年10月26日

◆巴里だより「パイプオルガン」への読者の声


<同エッセイは,本欄10月21日に掲載されたものです・・編集部>
                   
岩本宏紀(在仏)
◆少年合唱団も 。。。京都の女性
素敵ぃ。私も偶然演奏を聴いたことがあります。
感動で、すぐに改宗したくなりました(笑)とっても有難い響きでした。
教会で少年合唱団に遭遇したときは、涙が止まりませんでした。
そして、跪いて懺悔したくなりました(笑)

◆天使の声の正体 。。。。巴里の女性
パイプオルガンって見ても美しいですよね。 ちょっと話は逸れますが、私がまだ子供の頃、引っ越した先の裏からコーラスの声が聞こえてきました。

真面目に「天使の声が聞こえる...」と言う私に 母が微笑んでくれました。
それは裏にあった中学校のコーラス部の練習で 都でも何度か優勝するほどの腕前だったそうです。
信仰の場所って宗教はなんであれ 厳かな気分になれます。

◆ジャズと校歌とパイプオルガン 。。。。巴里の郊外に住む男性
私にとっての最初のパイプオルガンは、通っていた学校(一環教育で幼稚園から大学まである)の礼拝堂にあるパイプオルガンです。

一緒にバンドをやっていた友達のピアニストと、こっそり入り込んで校歌を即興でジャズ風にアレンジして弾いていたら、学長が通りかかって、何処かで聞いた事ある曲だなと立ち止まったので、冷や汗をかいた思い出があります。
(岩本:みなさん、それぞれ教会にまつわるいい思い出をもっておられるのですね。
お寺や神社についてもきっとそうでしょうね。 ぼくの場合特に強烈な印象が残っているのは
1. 伊勢神宮の澄んだ空気
2. 中宮寺の弥勒菩薩
3. 出雲大社のしめ縄
4. 広隆寺の弥勒菩薩
5. 亀岡大本の万祥殿(ばんしょうでん)の清らかな空気 。みなさんはどうでしょうか)

◆マドレーヌ寺院でこっくり 。。。。元巴里、今は大阪の男性
マドレーヌ寺院、ここは、ずいぶん昔に初めて観光旅行でパリを訪問したとき、偶然立ち寄った記憶が鮮明に残る寺院です。その時はバロックのコンサートが夜にあるというので、チケットを買って改めて夜に出かけたわけですが、あまりの気持ちよさに、日本との時差も加わり演奏時間中はコックリコックリしていた記憶があります。
(岩本:この教会の祭壇にはキリストがいない。多分マリアと天使だけです。珍しいですよね。
添付画像をご覧ください。)

◆演奏場所は狭そう 。。。巴里の男性
そうなんです!教会はその祭壇や左右の彫刻、天井画や絵画のすばらしさ、美しさより、
パイプオルガンの設備や荘厳さの方が面白いのですよ。(個人的には)僕は常にパイプオルガンが気になって、どの教会でも正面から入ると正面祭壇には目もくれず、直ぐに振り返って各教会の誇る?パイプオルガンを見比べています。

日本人女性の演奏者にも会って話を聞いたこともありますし、直ぐ傍まで近寄って観させてもらったこともあります。演奏者は少ないようで、鍵盤と立ち並ぶパイプ、それに音調を操作する装置に前後挟まって演奏している状態でした。
ピアノ線の調弦があるように、パイプの調筒なんていうものもあるのでしょうか?!教会内は常に涼しいので、パイプが膨張縮小することなんてきっとないのでしょう。
一度フルで演奏を聞いてみたいものです。
(岩本:一度パイプオルガンの機構を見せてもらいたいですね。
電気がなかった時代はだれかが一所懸命にペダルを踏んだりしていたのでしょうね。)

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2007年10月21日

◆巴里だより パイプオルガン

    
  岩本宏紀(在仏)

十字架を買いにマドレーヌ寺院へ行ったときのことである。

入ってすぐ右手にある売り場で、頼まれていた十字架を買い求めた。
友達が飼っている犬は、高齢で重病。何度か生死の境をさまよい、
今は薬と点滴で命をつないでいる。友達はこの犬のために、
マドレーヌ寺院の十字架を求めていた。

「買い物は済んだ。じゃあさようなら」というのも、教会に失礼なはなし。
折角なので、この犬に祈りを捧げようと思い、祭壇に進んだ。

そのとき、突然降ってきた大きな音にびっくりした。
見上げるように振返ると、壁一面にそそり立つパイプオルガンの威容。

音は心臓に直接響き、ぼくの心を見た神さまの、「良し!」という
声に聞こえた。

教会の天井は、オルガンの音や合唱の声が天から降ってくるように
聞こえるよう設計されていると聞いたことがある。
まさにそのとおりだった。

演奏者を探したが見つからない。人間の作り出した音楽というより、
高いところからのメッセージという印象を醸し出すために、敢えて
演奏している姿が見えないように設計してあるのかも知れない(完)

添付画像 マドレーヌ寺院のパイプオルガン 2007年10月6日

(124)2007-10-6Pipe OrganARE.jpg

2007年10月03日

◆巴里だより “二階建ての橋

” 
                        岩本宏紀(在仏)

セーヌにかかる橋はそれぞれに風情がある。ぼくが二番目に気に入っているのはビル・アッケン(Bir-Hakeim)だ。

エッフェル塔から旧日航ホテルへ歩くとすぐに見えてくる、二階建ての橋だ。下はひととクルマ、上を地下鉄が走っている。それをきくと機能一点張りのデザインを想像されるひとが多いだろうが、この橋は遊び心をうしなっていない。

アーチにはしぶい緑色の塗装。地下鉄を支える鉄柱にはわずかな曲線が施され、数十本が規則正しく二列に並んだ様は回廊の柱のようだ。ここでときどきファッションの写真撮影が行われるのも頷ける。

橋の中央は“白鳥の散歩道”という人工島の先端にのっかっている。そこにはエッフェル塔に剣を突き出す騎士の像が立っている。

“フランスの力”と命名されたこの騎馬像の躍動感。その先にどっしりと聳えるエッフェル塔の重量感。

ここから眺めるライトアップされたエッフェル塔もまたすばらしい。十二月の寒い夜、三脚を立てて写真を撮りクリスマスカードにしたこともあるくらいだ。巴里祭の花火もこのアングルが最高だと聞いた。

機能はしっかり果たしながらも見る人を楽しませてくれるこんな橋を作った街。豊かというか懐が深いというべきか、とにかく脱帽です。

2007年09月26日

◆巴里だより・微笑みの天使

 
  岩本宏紀(在仏)

教会の正面玄関にはまじめな顔をした聖人の像が並んでいるのが常だ。ところがランス(Reims 巴里の東、150Km)の大聖堂はようすが違う。

聖人に混じって天使がふたり立っている。その表情が実にいい。小首をかしげて微笑んでいる。まるでいらっしゃいと語りかけているようだ。

三度目にここを訪れた時のこと。右側の天使を眺めていたら、ミサにやってきたスーツ姿の地元のマダムが話しかけてきた。

「ボンジュール、ムッシュウ。微笑みの天使として有名なのは左のほうですよ。第二次大戦中ドイツ軍に壊されてばらばらになったけれど、破片を拾い上げつなぎ合わせてあのように復元したのです。ご覧なさい、首が切られたような跡があるでしょう」

確かに至るところにひび割れが見える。翼には補強用の鉄材が埋め込んであり、痛々しい。幸い顔の損傷は浅く、とても穏やかなやさしい表情をしている。

久し振りに今日、ランスに行ってきた。大聖堂の大きさ、外観の荘厳さ、ステンドグランスの迫力、そして見上げるほど高い天井にはたしかに圧倒される。けれどもぼくは、二人の天使を眺めているのが一番好きだ。

石でできていることを忘れさせるほど温かいこの顔をみていると、自分の表情までゆるんでくるのがわかる。(了)


2007年09月15日

◆巴里だより 盆帰り

  岩本宏紀(在仏)

ぼくのふるさと、広島県西部には珍しい灯籠がある。竹の先を六つに割って広げ、紙を張って漏斗(じょうご)のようにしたものだ。中に蝋燭を立てる。おふくろによると浄土真宗安芸門徒特有らしく、同じ広島県でも東部では見ない。

盆のわずか数日間だけ墓の前に供え、終わると捨てる。通常は赤や青など派手な色だが、初盆には白い灯籠を供える。おやじが死んだ年には、それが我が家の墓地を取り囲んだ。

9年前から盆には必ず帰省するようにしている。そのとき中学時代の友達の墓を訪ねる。彼は大学二年の秋、事故で死んでしまった。

彼の墓の前に立つと、中学三年の夏が蘇る。高校受験を翌年に控えた夏休み。我々二人は彼の勉強部屋で、毎日試験問題集に取り組んだ。数学と理科に弱いぼくは、ずいぶん彼に助けてもらった。逆に英語ではぼくが彼の手助けをした。

もっともぼくにとっては勉強だけではなく、ひょっとしたら憧れの君が勉強部屋から見える道を通るかも知れないという淡い期待もあった。ともあれ、甲斐あって二人とも希望する高校に合格できた。

小椋佳の歌にこんな詩がある。
「愛するひとの瞳(め)に おれの山河は 美しいかと」
二十歳でこの世を去ったお前。細かったお前が、山登りを始めて見違えるほど逞しい身体になっていたな。工学部専門課程の勉強もまだ始まったばかり。さぞかし無念であったろう。

一年に一度お前と向かい合い、美しい山を築けたろうか、翳りない河を拓けたろうかと振り返る。そして怠惰な自分を叱る。 (完)


2007年09月09日

◆巴里だより・「宝塚と少子化」への反響

 
                   岩本宏紀(在仏・エッセイスト)

<この読者の声は、本欄に寄せられたエッセイ「宝塚と少子化」(8月28日掲載)について、在仏の岩本氏の許に寄せられたものです・・・・編集部>

・77歳の父 曰く 。。。東北の女性
宝塚の男役のかっこよさは、私たち女性にとっても憧れの的です。日々の厳しい訓練の賜物でしょう。でも私の父(77歳)にはあの魅力がわからず、「女が男のようなかっこうをすることぐらい、いやなものはない。」と言って、顔をしかめておりました。年代のせいでしょうか。

宝塚の男役の魅力と少子化を結び付けたのは興味深く、面白かったです。現代の独身者は、気楽な生活を失うことの恐れの他に、恋愛ができない、また恋愛しても結婚へと結び付けることができない、という情けない面も持ち合わせています。元カレ、元カノの増加がそれを物語っています。

コミュニケーション能力の不足は、子ども達ばかりではなく、大人にも広がっているのです。ま、そういう私も独身ですので、大きい顔をして独身者の批判などできないのですが。
(岩本:意思疎通の能力の低下、これは大いなる問題ですね。面と向かって会話するのが苦手の人が増えているようですね。反面「2ちゃんねる」を見て、匿名で投稿するひとの横暴さにびっくりしました。)

・「巨人の星」と宝塚 。。。女子高出身の埼玉の女性
「かっこいいハンサムな同性」に疑似恋愛感覚を 持ってしまう感性は理解できます。

宝塚ほど絢爛豪華(けんらんごうか)ではなくとも 女子高には、男性より男性らしく(?)
ホンモノのオトコよりもよりナイト(knight)で、 過弱気(かよわき)女性心を射止めてしまう世界が存在してました。私には無縁でしたが(笑) 少女漫画の世界に同じかな。

でも、あの神々しいメイクには憧れて、 オメメぱっちりの鼻筋くっきりのばさばさまつげを
真似した事があります(笑) 出来上がった私の顔は、宝塚・・・というより アニメの星飛馬(ほしひゅうま)に近かった・・・(泣)
(岩本:「その美しい横顔 姉のように慕い」という歌詞が「学生時代」のなかに
ありましたね。それを聞いた高校生のとき、一種の同性愛かなと感じたことを思い出しました。でも全然悪い印象は抱かなかった。)

・叔父は宝塚ファン 。。。元アムステルダム、今は大阪の女性
少子化、実は私はあまり実感出来てません。娘たちの周りに3人兄弟(姉妹)の友達が多いです。この夏アムステルダムに行ったとき、アメリカ人とブルガリア人の友達(二人ともオランダ人と結婚)と少子化の話になったときも「意外と多いよねぇ、3人兄弟」
と話してました。流行のようだ、とも言ってましたよ。

ちなみに二人は「自分の子供は二人で十分」と言っていました。私はもう一人くらい欲しかったです。(岩:今は娘さん二人)旦那はかっこいいとは言い難いですがね。

私も久々に宝塚、観に行きたいです。そういえば、大の宝塚ファンだった叔父は未だ結婚したことがない・・・
(岩本:宝塚の女役よりもきれいな女性は、日本でも巴里でも結構見かけます。
叔父さんは男役に憧れていたのでしょうね。)

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2007年08月28日

◆<巴里だより>・宝塚と少子化

  
岩本宏紀(在仏)

歌舞伎は男が女役を演じ、宝塚は女が男役を演じる。ぼくが好きな、
あるいは好きだった八千草薫や小柳ルミ子が宝塚出身ということで
多少は興味をもっていたが、わざわざ観に行こうと思ったことはなかった。

最近雑誌で、日本の女性は戦後、日本文学の中に恋愛を求めることを諦め、
宝塚の舞台にそれを求めている、という文章を目にした。日本独特の
この文化を、一度は自分の目で見ておくべきだと思い、お盆の一時帰国の際、
宝塚まで足を伸ばした。

劇場入り口のそばに、ブロマイドや写真集を売っている大きな店があった。
見とれてしまうほどハンサムな男役、お姫様のような女役がずらりと並んでいる。

メイキャップの技術に恐れ入った。男の観客はごくわずかで居心地が悪いだろう、と覚悟していたがそうでもない。おかまっぽい若い男性も数人見かけたが、奥さんとお嬢さんを連れた中年男性が意外と多いので安心した。

午後3時、いよいよ開演。 照明、舞台装置、衣装、とにかく派手である。
けれども決して下品ではない。

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2007年08月20日

◆巴里だより “フランスパン事件”

 
岩本宏紀(在仏)

フランスのパンはうまい。一番安いのがバゲットという60センチくらいの細長いタイプ。日本ではフランスパンと呼ばれている。

塩味が適度に効いていて、空腹のときには何もつけずにちぎっては食べちぎっては食べているうちに、ひとりで一本を平らげることもある。

先日そんな調子で食べていたら、歯にかたいものが当たった。米に小石が混ざることは珍しくないが、パンでは経験したことがなかった。

指でつまみ出すとパンの白身に包まれた黒っぽい物体だ。オーブンの破片か、それとも歯の詰め物か。上の歯、下の歯を舌で丹念に調べたがどこにも穴はあいていない。ならば異物混入だ。

だがもう半分も食べてしまっている。べつに腹が立ったわけではないが、ここはやはりパン屋にこの事実を伝えようと決めた。

フランスのことだから平謝りということはあり得ないだろうが、新しいバゲット一本とショートケーキ一個くらいはサービスしてくれるかな、
まったく謝らなかったら口論しても無駄、すぐに帰ろう、その代わり二度とここでは買ってやるものかと強い覚悟を決めた。

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2007年08月05日

◆巴里だより “カフェと鏡“

 
  岩本宏紀(在仏)

巴里のカフェは、歩道にも椅子が並べてある。天気のよい日はこの席から埋まっていく。ところがすべての椅子が歩道を向いている。二人だと向かいあうのではなくて、映画館のように隣りあわせに座ることになる。そして道行くひとを眺める。

「着こなしがうまいなぁ」「あのスカーフの色、季節を先取りしてるぞ」「このおじいさん、かなりの年なのに背筋がぴんと伸びてるじゃないか」「逆光の髪がきれだなぁ」「おいおい、どうしとこの男とこんなに素敵な女が腕を組んでるの?」といった調子で退屈しない。ぼく以上に巴里のひとは、ひとの恰好を観察している。

間口は小さいのに、中に入ると意外に広いと感じるカフェが巴里には多い。「あれ、ぼくによく似た服のアジア人が座っているじゃないか」と、思うと自分が鏡に写っていたということが何回かある。鏡をうまく使っているのだ。

広く見せるだけではなく、おしゃれのチェックという効果も大きい。女性が鏡やショーウィンドウの前で立ち止まり、髪の乱れを直したり、衿元を整えたりする場面をよく見かける。

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2007年07月25日

◆巴里だより 「名前」に寄せられた声

 
                     岩本宏紀(在仏)

・幸子さん

私の名前「幸子(さちこ)」は現代ではかなりクラシックな名前です。父の名前から一字を取って命名されたこの名前が、私は大好きです。

「幸子という名の女性は、名前とは皮肉にも不幸になることも多い。」
などという話も聞いたことがあり、もっと若い頃には気にもなりましたが、
40代も半ばになった今では、言いたい人には言わせておけ、くらいの器に
なりました。

老若男女を問わず、「さっちゃん」と呼ばれることが多く、童謡にも歌われ、親しみやすいこともメリットです。「名は体を表す」と言いますから、この名に恥じないように、いつも幸せを感じることのできる人間でいたいものです。
<岩本: ぼくのおばも「幸子」、「さっちゃん」でした。我が家は妙な習慣があり、大人同士が呼び合う名前を、子どもも使っていました。小学生のぼくが、もう成人しているおばさんに向かって「さっちゃん」と呼んでいたのです。本当は良くないのでしょうが。>

・清さん
私は、仕事の関係で<中国の工場>へよく出張ででかけます。「品質が大事だ」とか、「納期厳守」とか、「整理整頓」とか、さまざまなスローガンが掲示されています。そして工場の責任者は、広い大きな工場を案内しながら 「私たちは数量や仕様などの品質が一番大切だ。」と言い切ります。

よく、理解してるじゃないか・・?と瞬間判断しますが、スローガンが掲げてあるということは、その<テーマ>が未だ達成できていない、達成したい、いや達成しないといけないという事で、未達成・未検品の不良品を手にしてしまうことが多いのが<現状>です。

名前は、区別するための表記かもしれないが、親の希望を込めた<スローガン>に違いない!

実は、私に与えられた<スローガン>は犯罪者?に多いと言われた「清」です。自己紹介する時に、<清潔のセイ>です!とあえて言わずに <不清潔のセイ>です、とよく言っていました。

54歳まで生きてこれましたが、この歳月をすごしても、<親の期待>に応えられていない自分が、とても 情けなく感じています!いつまでも自己保身ばかりのつまらない奴です。みなさん!見捨てないでください。
<岩本:自己嫌悪に陥ったときに相田みつをの詩を読むと、すごく救われますよね。つまずいたっていいじゃあないか、人間だもの、といった言葉に。

・元巴里、今は東京の若いおかあさん
巴里だより、いつも楽しみに読ませていただいています。今日は特に感動したので、初めてコメントさせていただきます。

小学生のコメント、名前に込められた親の気持ちを思うとは、本当に
ハッとさせられますね。自分がそんな年頃に(いやその何倍の年になっても)そんなことを思ったことはあっただろうかと・・・。
私は去年親になりましたが、その立場になり、初めて名前の持つ重みを知りました。

タイガー・ウッズの名の由来は初めて知りましたが、そんな素敵なメッセージが込められていたのですね。改めて、名前は奥が深いなぁ、と思いました。

岩本さんの「ひとの名前はかならずフルネームで覚えるようにしている」、
私も見習わせていただこうと思います。

PS ちなみにうちの息子は岩本さんと同じ「宏」がつきます。1歳1ヵ月になりました。私も今月から仕事復帰し、息子は元気に保育園に通っています。
<岩:息子さんに宏の字がついているとは、すごく親近感をおぼえます。
ぼくも、坊やに恥じないひとにならなければ。>

・巴里郊外の男性
名前の話ではないのですか、兄の誕生の時の話です。兄は、12月31日、午後11時45分に生まれました。

・産婦人科のお医者さん
「僅かの差ですので、出生記録はおめでたいので1月1日にしておきましょうか?」

父「12月31日と記入してください。息子の人生を嘘から始めさせたくないので」

後年そのエピソードを聞いた時、父親の生まれてきた息子に対する深い愛と
未来の平穏無事を担保したい願いを感じ、私はそんな出生のエピソードを
持つ兄に対し、仄かな暖かな嫉妬心を覚えました。

俳句は世界で1番短い詩の形式だと言われていますが、名前は1文字から大体3,4文字ぐらいで表される、親から子に捧げられる1篇の詩なのでは?と思います。
<岩本:子を思う親の気持ちの深さを感じさせられますね。>

・名前に「真」と「紀」が入っている女性
子供の方がまだ染まっていない分 物事を正確に見つめられるのかもしれませんね。
私の名前はあんまり意味がないらしいので 名前負けはせずに済みます。
フランス人には「真実の世紀」と訳のわからない説明をしてますが、わかってんのかなぁ?
<岩本:ぼくは自分の名前の意味を「心がひろいが、規律も守る large mais discipliné」と説明しています。面はゆいですが。
                            完

2007年07月24日

◆巴里だより 「名前」

                  岩本宏紀(在仏)  


イギリスの日本人学校の生徒が書いた作文が、読売新聞欧州版に掲載されていた。こんな内容だった。

「犯罪をおかした人の名前に「生」「清」「美」といった字が入っている。
健康で立派なひとになるよう願いを込めて名付けたはずなのに、犯罪者として報道された我が子の名前を見る親の辛さはいかばかりだろう。」
鋭い視線をもっと小学生だと感心した。

ぼくの名前はちょっと凝っている。「宏」は訓読み、「紀」は音読み。「ひろき」と正しく読んでくれるひとはまずいない。必ず「ひろのり」または「コウキ」と読まれる。名付け親は祖父、一生(イッセイ)である。ちゃらんぽらんな人だったらしいが、初めての男の孫だったので、真剣に考えてくれたのだろう。

マルチナ・ヒンギスのおかあさんはチェコのテニスの選手で、マルチナ・ナブラチロワと同世代に活躍した人だ。自分の娘もナブラチロワのようになって欲しい、と願ってマルチナと名付けたという話は有名だ。

タイガー・ウッズの場合はもっと深い事情がある。彼の父親はベトナム戦争で戦友に命を助けられたが、その恩人の居所がわからなくなった。なんとか見つけ出して礼を述べたい。そこで生まれてきた息子に恩人の名前、タイガーを付けた。

息子はきっと偉大な男になり、世に知られるようになるだろう。そうすればこの珍しい名前を目にした恩人が、連絡をとってくれるかも知れないと考えた。

残念ながら父親は数ヶ月前にこの世を去り、恩人と再会することは叶わなかった。

夏目雅子が三蔵法師役で人気を博したころ、ゴダイゴというグループの

「ビューティフル・ネーム」がヒットした。
「名前、それは燃える命 ひとつの地球に 一人ずつひとつ
Every child has a beautiful name, beautiful name, beautiful name
呼びかけよう名前を beautiful name, beautiful name」

苗字は生まれる前から決まっているが、名前はだれかが付けてくれなければ決まらない。おかあさん、おとうさんの祈り、おばあさん、おじいさんの願いの結晶が名前だと思う。

だからぼくはひとの名前は必ずフルネームでおぼえるようにしている。

2007年07月16日

◆巴里だより・「嵐が丘」とゴッホ兄弟


                    岩本宏紀(在仏)

中学生の頃、筑摩書房の世界文学全集に収められていた「嵐が丘」を読んだ。身分の違う男女の叶わぬ恋の物語だが、最後の場面がすごい。この世では結ばれることは諦め、死後一緒になろうとする、しかも物理的に。

墓守だったか神父さんだったかに、二人の棺桶を管でつなぐよう頼むのだ。そうすれば死後数週間たてば、腐敗がすすんで二人は混じりあうことができる。火葬があたりまえの日本人にとって、このおどろおどろしいまでの発想は強烈だった。しかもエミリ・ブロンテという独身女性がこれを書いたということに、さらに衝撃を受けた。

ビンセント・ファン・ゴッホと弟テオの墓を見ると、いつもこの物語を思い出す。生きている間は認められず、常に弟の経済的支援を受けていたビンセント。彼は37歳のとき巴里郊外のオベール・シュロワーズでピストル自殺する。

彼が描いた教会と麦畑のそばの墓地に埋葬された。後を追うように翌年、弟は故国オランダで病死。数年後未亡人はテオの亡き骸をオベール・シュロワーズに運び、ビンセントの墓に並べて埋葬した。そしてこの画家を励ましつづけた医者、ガシェの家にあった蔦を植えた。

今ではその蔦はふたつの墓を覆い尽くし、まるでひとつの墓のようだ。向かって左に「ビンセント・ファン・ゴッホ ここに眠る」。向かって右に「テオ・ファン・ゴッホここに眠る」という石板が蔦のなかから頭を出している。

兄の才能を信じて支えつづけたテオ、それに応えておそるべき勢いで絵を描き続け、もうこれ以上弟夫婦に負担をかけられないと、自らの胸に銃弾を撃ち込んだビンセント。

蔦でひとつになったこの兄弟の墓を見ると胸がつまる。三度来たが、いつも雨が降る。(完)