2007年07月11日

◆巴里だより「ゴッホとゴーギャンのひまわり」


            岩本宏紀(在仏)

有名だからいい絵なのだろうが、本音をいうとどこがいいのか分からない、けれどもそれを打明ける勇気もない、そんな経験はありませんか。

ゴッホの“ひまわり”がぼくにとってはそうだった。何回か本物を観たが、風景画に較べて感動がなかった。バブルの時期とは言え、どうして日本の保険会社が、億単位の金額でこの絵を競落としたのか理解できなかった。

アムステルダムのゴッホ美術館でゴッホとゴーギャンの展示会が開かれていた時のことだ。フランス、イギリス、ロシア、日本などの美術館と個人からも貸出してもらい、総数は百を超える。“ひまわり”の絵もゴッホ美術館所蔵のものとあわせて、三枚が並んで展示されると聞いた。もう何年も見ていないのでいい機会と思い、連休を利用してオランダに出かけたのである。

人の波に乗って一時間ほど鑑賞したあと、この三枚に辿り着いた。左がロンドンのナショナルギャラリー、中央が安田火災の東郷青児美術館、右がゴッホ美術館所蔵のものだ。 縦約1メートル、横70センチメートル強。中央の絵が一番大きい。思わずうーんと唸ってしまった。

花びらも茎も動物のように躍動している。すでに花びらが散ったものも半分あるが、絵の具が盛上がり、まるで本物の種のようだ。日本では真夏の太陽の下だと、稲や草の葉がかげろうのようにゆらめき立って見えることがある。植物のオーラとも言うべきそのような波動が、ゴッホには実際に見えていたのではないだろうか。

続きを読む≫≫

2007年07月04日

◆巴里だより・「呼吸について」

  岩本宏紀(在仏)

フランスの子供柔道教室を見学させてもらった。10人以上が稽古をしているのに、聞こえるのは先生の教える声、そして畳を擦る足の音と受身の音だけだ。子どもたちが声を発しないので拍子抜けするほど静かだった。中学校の柔道部で「声を出せ!」と言われ続けたぼくにとっては、それはすごく不思議な光景だった。

行きつけのスナックでこの話をしたら、日曜大工歴数十年の男性がこんな経験を話してくれた。
「一人ではとても持ち上がらない扉も、火事場の馬鹿力のように、うぉーと叫ぶとふわっと持ち上がるんですよ。声を出した方がいいと思うけどなぁ。」

しかし、若い頃講道館で初段を取ったという男性はこう言った。
「技をかけるときに声を出さないのは当然ですよ。こっちが攻撃するぞ、というのが相手にわかってしまうでしょう。講道館の練習は静かなもんですよ。声はしない、音だけだから。」

なるほどそういうものか。テニスではボールを打つ瞬間大きな声を出す選手が多い。ほかのスポーツはどうなのか気になり、空手の有段者に質問してみた。

続きを読む≫≫

2007年06月29日

巴里だより・「E−メールは残るか?」への読者の声

 
                         岩本 宏紀(在仏)

◆フラッシュメモリーが全記録 。。。フランスの男性
先日妻とこのような事を話していました。 メモリーが今より飛躍的に大きくなり、写真も10万枚以上記憶出来、同時に動画も1万時間ぐらい入るようになったら、「これが貴方の生まれた時からの全記録ですよ」って、母親から嫁に行く娘に、小さな「フラッシュメモリー」1個が渡される様に
なったら味気ないですね。

・(岩本:「ザ・トップテン」という歌番組では、最後にいつも記念写真を撮っていましたね。司会の黒柳徹子は「わたくしの老後の楽しみですの。」と言っていました。我が家には3種類のアルバムがありました。「長女」「次女」「家族」。子どもの写真をプリントするとき、必ずもう一枚余分に注文し、「家族」のアルバムに貼っいました。娘たちは成人し、自分のアルバムをもって家を出ましたが、老後の楽しみがぼくの手元に残っています。)

◆出さずにしまったラブレター 。。。京都の女性
シュザンヌ・バラドンとユトリロの美術館にあった親子の手紙のやり取りを、感慨深く読んでらした、がんちゃんを思い出しました。

・(岩本:手書きの手紙はなかなか判読できませんが、字体がひとそれぞれに異なるでしょう? 便箋と文字を見ていると想像が膨らみます。)

残るのもの、消えて無くなるのも。ふと出てきた、出さずにしまったラブレター。何か切ないけれど、日常の雑事ですぐに忘れてしまいます。

◆写真はどうする? 。。。。広島出身、東京の男性

確かにその通りですね。考えさせられます。 Eメールだけではなくデジカメで撮った写真も同じですね。
私は写真もよく撮るのですが、デジカメにする以前は全てアルバムにして整理していたのに、それ以降はパソコンの中のデータのみ。 パソコンを開かなければ見ることも出来ません。
場所は取らなくて便利ですが、もしものことを考えたら途方に暮れてしまいますね。
まさか全てプリントアウトしてアルバムを作る訳にも行きませんしね・・・・。

・(岩本:銀塩写真でもデジタルでも、ぼくはいい写真だけをアルバムに貼り、あとは捨てています。
デジタル写真の場合、特に気に入ったものはプリントしています。パソコンの画面と印画紙にプリントしたものとでは、やはり趣が違います。)

◆絵葉書は残るか? 。。。京都の女性
少しおセンチになって、 ・・

・(岩本:涙の絵文字が6個)私の送った絵はがきも残りますかぁ〜? 誤字、脱字とか。 心配(笑)。)

◆痕跡を残さずに 。。。 巴里の男性
私は長年ゴルフをして、ゴルフから多くのものを学んできたつもりです。 そこで、自分の理想の死に様というものを考えさせられる時があります。

その姿というのは、自分が自分なりに精一杯生きてきたという痕跡を残さずに死ねたら良いのでは?  寧ろ、それが最低限のマナーなのだろう。 ティーグラウンドで前の組に打ち込まない、バンカーは綺麗に均して出る、ターフは元に戻して踏みつけておく、グリーン上のピッチマークは起こしてパターで平らに押さえておく、グリーン上を歩く時に足を引きずらない等々。

私は口うるさい先輩方々から厳しく躾けられてきたので、私がプレーした後は、ゴルフ場が以前より綺麗に成っているように常々気をつけています。 人生もその様に過ごして行きたいと思うし、そうやって死にたいと願っています。 Eメール、残らなくて良いのでは?

・(岩本:なるほど、そういう考え方もありますね。しかしぼくはその境地にはまだなれません。ぼくが生きた痕跡は残らなくても、家族や友達の痕跡は欲しい。矛盾しているようですが。)

◆親父からの手紙 。。。元巴里、今は東京の男性

私は 長いこと広報の仕事に携わっていたので マスコミ関係者 作家評論家の方々とお付き合いが 今でもある。 この方々は 年賀状ひとつとっても 最近はやりの印刷を極度に嫌う方々だ。 私は毎年 600通を 住所手書き 裏は 必ず添え書きにしているが 家人や子供達に馬鹿にされてる。

そんなことで お願い事や謝罪や御礼など こまめに手紙を出すことにしている。 やはり人と人とのやり取りには こころがなければならないのではないか。 昔山にこもって卒論と格闘していたころに
親父からもらった手紙の数々は 今でも含蓄があり 大切にしている。

・(岩本:一般的に父親から手紙を貰うことはあまりないと思います。貴重な手紙ですね。数少ないぼくの親父からの手紙にはいつも、ぼくに書くことが照れ臭いという気持ちが滲み出ていてとってもかわいかった。敢えて差し障りのないことを書き綴ってあり、含蓄はなかったなあ。)

続きを読む≫≫

2007年06月26日

◆巴里だより E−メイルは残るか?

   岩本宏紀(在仏)


ぼくより2歳若いゴルフ仲間が、52歳の誕生日の2日前に病気でこの世を去った。
見舞いに行くことをぼくはためらっていた。
いつも自信に満ちた彼のことだから、ベッドに横になっている姿を
ひとに見られたくないのではないか、と思ったからだ。

治療は病院で受けるが自宅療養を希望していると伝え聞いたので、
E−メイルで自宅の住所を尋ねた。けれども返信はなかった。
そこで会社あてに見舞いの絵葉書を送った。

2度目のカードには、誕生日おめでとうと書いた。
それを投函した4時間、訃報を受け取った。

ぼくが急死したら、友達や家族からもらった心温まるE−メイルはどうなるのだろう。葬式が終わってひと段落着いたころ、だれかがパソコンを開いてそれを見ることがあるだろうか。

逆にぼくが送ったE−メイルはどうなっているのだろう。



続きを読む≫≫

2007年06月10日

◆巴里だより・「子どもとレストラン」への声


                   岩本 宏紀(在仏)

・メジャーと持ち歩くひと 。。。京都の女性
インテリアの勉強をする時に欠かせないのが、椅子と人間の関係でした。
それを思い出しました。また、メジャーを持ち歩いている人たちは、
高い確率でその仕事の人達です。

(岩本:アントワープのすし屋で、カウンターがちょっと高すぎませんか、と大将に言ったら
「これでも大工に指示してかなり低くしたんですよ。はじめはもっと高くて問題外だったんだから。でもこれが限界でした」との答えでした)

・椅子に正座 。。。2児の母親、名古屋の女性
そうなんですね。子供にとって、足がつかない椅子は大変なんですね。 気がつきませんでした。
我が家では、椅子の上に正座してます。 ぶらぶらするので・・・。 ちょっと勉強になりました。
外食の時気をつけます。

(岩本:椅子のうえに正座というのは妙案ですね。 ぼくは足の甲が高く、子どものころから正座が 苦手でした。 でも去年の1月からお茶を習い始め、否応なく 正座をするようになりました。 次第に慣れてきて、正座したときに背中がぴんと伸びる感覚が 好きになってきました)

・「華麗なる一族」と志摩観光ホテル 。。。元巴里、今は大阪の男性
「華麗なる一族」のなかで正月に一族が集まって食事を共にする、志摩観光ホテルへ行ったことがあります。わが国のバブルの最盛期である1980年代の末期、そのころは高橋という有名なシェフがいて、ディナーが5万円もした時代、そこへ三歳の長女を連れて行きました。

子供は丁重に断られるかと思ったのですが、すんなり通されると、そこは百貨店の大食堂のような雰囲気。(幸い子供はおとなしく3時間近く座っていたのですが)、わが国には大変な時代があったものです。

(岩本:バブル、おそるべし。5万円出して大食堂の雰囲気ではがっかりですね。巴里なら5万円(300ユーロ)出せば、ミシュランの星つきレストランで優雅に食べられます。きっとお釣りがくるでしょうね)


続きを読む≫≫

2007年06月06日

◆「巴里だより」「子どもとレストラン」


                         岩本宏紀
・ レストランは大人のもの

ロンドン郊外の日本食レストランに入ると、隣のテーブルに二歳くらいの女の子を連れた日本人の家族がいた。女の子は始めは大人しかったが、そのうち大声で泣き始めた。おかあさんが宥めてもだめ。もちろんおとうさんでもだめ。我々が会話できないくらいの泣き声で、親御さんはひたすら恐縮しておられた。

ぼくが住んだことのある国、オランダとフランスではレストランは大人の領域だ。レストランで静かにできない子どもやナイフとフォークがきちんと使えない子どもは、 ベビーシッターと一緒に家で留守番するのが普通だ。

フランスの場合、大半の店が犬の同伴を認めている。足元の黒い毛皮が動き出してびっくりすることも珍しくない。きちんと躾けられた犬は、小さな子どもよりも確かに行儀がよい。この方針にぼくは賛成だ。

・デザートで釣る
さて、聞分けのない子であっても、十歳にもなれば大声で叱らなくても話せばわかるようになる。
そのとき急にレストランにデビューさせても子どもはまごつく。できることなら自分の娘には、
小さいときから少しずつレストランの雰囲気と作法に、慣れるようにしてやりたいと思っていた。
幼稚園と小学校低学年の二人の子を行儀よくさせるにはどうすればよいか、20年前ぼくが考えたのは次の2点だ。
(甲) 子どもが喜ぶ店に連れて行こう。(大好きな料理がある、お土産がもらえるなど)
(乙) デザートで釣ろう。

「いい子にしていたら、何でも好きなデザートを注文してあげるからね。その代わり、静かにできなかったらデザートは抜きだよ。わかった?」とレストランに入る前に言い聞かせるのである。

これは効果があった。駄々を捏ねたという記憶はまったくない。思い出すのはいつも、大人用の椅子にちょこなんと座り、デザートを待ちわびる嬉しそうな娘たちの笑顔である。

・椅子の高さ
この文章を書いていて、ふと思ったことがある。それは椅子の高さだ。高すぎると踵が床に着かず、落着かない。30分もすると膝や腿の裏が疲れてくる。ましてや脚が宙ぶらりんになっている子どもたちにとっては、大変な苦痛に違いない。

ピアニストの中村紘子がこんな経験を雑誌に書いていた。 教え子がレッスン中、いやに落着きが無い。ふと見ると脚をぶらぶらさせながら弾いている。そばにあったビール瓶のケースを持ってきて、その上に脚を乗せたら、急に落着いて弾くようになった。

レストランの高すぎる椅子に座らせられた娘たちは、脚が疲れて我慢できなくなっても、好きなデザートが食べたい一心で、大人しくしていたのだろう。いじらしい。どうしてこのことに気付かなかったのか、浅はかな父親だった自分を悔やむ。(了)


2007年05月31日

◆巴里だより・「落葉広葉樹」への読者の声


岩本 宏紀(在仏)  
<仏は新大統領になってどう変わるのでしょうかと岩本さんにと問い合わせたところ、「読者の声」に先立って送って下さったのが、この便りです。ご拝読ください。
−当ネ  ット主宰 毛馬 一三>

◆サルコジ新大統領 。。。巴里と日本を行き来している女性
パリはすっかり、初夏らしくなってきたようですね。私は4月から日本に帰国中です。フランスは新大統領になってどう変わるのでしょうか。パリに住む外国人には、どんな期待がもてるのでしょうか。5月16日から、フランスの若者たちが元気の出るような社会になりだすことを願っています。

それにしましても、日本の円は弱くなってしまってどうなるのでしょうか。
ユーロに換えるたびに弱くなっていき、このさき心配ですが、私のような立場の人たちが日本では少ないのでしょうと思いますが、日本にいると、円が弱いことなど、まったく話題になりません。
(岩本:移民に対して厳しい政策をとるでしょうね。大統領選挙の前にすでにこんな話しを聞きました。フランス語が出来ない日本人が赴任。新しい条例によると、週何時間か語学学校に通わなければならない。仕事が忙しいのでそんな余裕がない。やむなく家庭教師を会社によぶという
念書を提出して、勘弁してもらったとのこと。円安、ユーロ高は困ったものですね。ユーロ導入時に較べて5割くらい高くなりましたからね。)

<さて本編>
◆栗の粉アレルギー 。。。。 巴里の女性
パリの並木道はたしかに素敵ですよね。 でも私はおととし、「栗の粉アレルギー」が発覚し、最近この季節になると鼻がむずむずして、ふと上を見るとマロニエの花が咲いてたりします。マロニエアレルギーは残念すぎるので、違う違うと言い聞かせていますが、今年もなーんか気になり始めました。

こんな人もいるので、アレルギーのない皆さんには、マロニエ並木の散歩をしっかり満喫してほしいものです!(笑)
(岩本:巴里市内の並木は大気汚染で苦しんでいるそうです。死にかけた木は伐採し、新しい木を植えているとのことです)

◆掃除が大変 。。。広島の女性
マロニエの木は大樹になるのですねえ。あの幹の太さを見ると歴史を感じます。それにしても深い森のなかのような、重厚な並木道ですね。葉っぱも大きくて落ち葉の掃除が大変だなんて、変なところに気を使ってしまいました。
(岩本:実際秋になると、枯れ葉の掃除が大変です。半端な量ではありません)

◆はしか 。。。東京の女性
日本の大学では学生間に「はしか」が流行し、多くの大学、高校が休校になっています。私の大学もご他聞にもれずこの21日から29日までの長期休校となりキャンパスへの出入りは禁止されています。突如のお休みを休暇気分で喜んでおります。1昨日友人と奥多摩を歩いてきました。新緑がとてもきれいでした。巴里の緑の写真のお返しにお送りします。
(岩本:いまどきはしかとは珍しいですね。それも休講ではなく、休校になるほど広がっているとは。 地球の温暖化や異常気象の影響でなければいいですが。奥多摩の写真、ありがとうございます。 ぼくの故郷、広島県小瀬側の渓流を思い出しました)

◆マロニエアレルギー 。。。 巴里の女性
私はこのマロニエの花粉アレルギー。 マロニエの花が咲く気持ちの良い初夏に 花がグシュグシュして大変なんですよね。 花が散って実が生りはじめるとホッとします。
(岩本:凄まじい量ですよね。 羽毛枕を破って振回したようにのように綿のような花粉が宙を舞っていますからね)

◆ミモザアレルギー 。。。 京都の女性
私はミモザの花粉アレルギーです。 先日「丸紅コレクション展」でキースリングのミモザの絵の前で、くしゃみしてしまいました。 マイヨール美術館にて、午後からの半日を過ごし、閉館で出てきたのは夕刻。
カサコソと踏みしめて気がついた落ち葉たちに、8月末でしたが、小さな秋を見つけて感動したものです。

確か、ラスパイユ大通はマロニエでしたね〜 がんちゃんのお陰で、新緑のヒトンチットをお裾分けしていただけました。 素敵な土曜の朝になりました。 毎回、素敵な巴里のスケッチ!ありがとうございます。
(岩本:マロニエは葉っぱをつけるのが早い。その分落葉も早い。盆を過ぎるともう茶色に変わり8月末には落葉し始めるので、日本人にはとても奇異に写りますね)

◆街路樹はなぜ落葉樹なのか 。。。 元巴里、今は博多の男性
先週のテレビのクイズ番組で、「なぜ日本の街路樹は、落葉樹なのか」というのがあった。がんちゃんのいうとおり、夏は日陰を提供し、冬は太陽の光を取り込むという自然の摂理にのっとったもの。 話題は違うけど、今日の日本は全国的に、黄砂に見舞われ、視界が遮られる始末。ここ福岡はひどかった。
(岩本:工藤静香の歌に「黄砂に吹かれて」というのがありましたね。広島は中国山地に遮られているせいか、黄砂が降ってきたという記憶はぼくにはありません。今は変わっているかも知れませんが。 いずれにせよ、歌の題にするような風雅なものではないようですね)

◆マロニエの花 。。。埼玉の女性
こんにちは、 初夏の心地よい時季を埼玉で過ごしてます。 映画「ビフォー サン セット」 初夏のパリが舞台になっていました。 強い陽差しが作り出す輝きと 木陰の落とす影、その陽光の対比美を感じた映画でした。 初夏のパリの美しさを感じます。 私の行ってるヨガクラスへの道にも マロニエが並木となって植わっています。

5月にはいり、可愛いピンク色の花を付けていました。 前に読んだ本によると 「マロン」はもともとは「マロニエの実」との事。 焼き栗は、焼きマロニエの実。 一度食べてみたいと思っています。
(岩本:並木のマロニエの実は栗に似ていますが、実は似て非なるもの。食べられません。食べられる栗の実をつける木は chataignier (シャテニエ) という木です。ぼくも初めてマロニエの並木を見たとき、巴里では栗は掃いて捨てるほど獲れると期待したのですが。)

◆はなみずき 。。。広島の女性
素敵な並木ですね。この写真の場所は自動車の通らない道のように見えますが、こちらでは近頃、花みずきの木がよく植えられるようです。春一番に花が咲き始めます。ピンクと白の花がきれいです。でも植えられる理由は花が良いからではなく、木が大きくならないで手入れが楽だかららしいです。何せ、おおきくなる木は夏いっぱいに日を浴びてどんどんおおきくなった時、ばさばさ剪定されちゃいますものね。

日陰が出来て良いのに、それよりも電線に当たったり、風の被害とか、水やりもたいへんですよね。
花みずきの花は好きな花なので、どんな理由でも大歓迎です。我が家では今年は羽衣ジャスミンが剪定しすぎて花をつけませんでした。スイカズラだけ咲いています。スイカズラは香りが柔らかで、ベランダへの戸をあけただけで香るということはないので寂しい思いをしています。
(岩本:沢山の木があっていいですね。布施明の歌に 「くぐり抜けてみた はなみずき 」という歌詞がありますが、どんな花か、まだ見たことがありません。一青幻(ひととよう)にも 「ハナミズキ」という名曲がありますね。「ぼくの我慢がいつか実を結び 君と好きな人が百年続きますように 」という歌詞には胸を突かれました。こんなに深い愛情をもつひとが今どきいるのかと。「ジャスミンティーは 眠りを誘う薬」 という歌詞は今井美樹でしたか?木を見ながらいろんな歌を思い出せそうですね)

◆6月はテニスとくるま 。。。巴里の男性
この時期は年間で一番いい時期でしょうね。植物の噴出す自然界のパワーに追従できずに体調を壊す人間も多いのだそうですが。今年は4月が余りに天候がよかったのでこの5月は天候が少し不順です。

モナコグランプリ(F1)、カンヌ(映画祭)も終わり、ローランギャロス(テニス)、24時間耐久レース(ルマンのくるま)と5月に続き,6月もまだまだ賑やかな季節です。90年代は家族をほったらかしてよく遊んだものですが。
(岩本:ぼくもその一人ですが、花粉症に苦しむ人が多いですね。やっと花粉症から解放されるかなと思った今月、姫アスパラガスでアレルギーを起こし、1週間以上口内炎に泣かされました。 姫アスパラガスとは緑色の野生のアスパラガス。茎が細く先端はつくしに似ています。但し統計によると、アレルギー体質のひとは癌にかかりにくいそうです)                (完)

2007年05月28日

◆巴里だより  「落葉広葉樹」

岩本宏紀(在仏)

冬が終わり暖かくなっても、また寒さが戻ってくる。しばらくすると再び暖かくなり、

もう完全に春かなと思っていると、急に寒くなる。そんな天気の繰り返しが終わり、

気温が安定してくると、マロニエの木は一斉に葉をつける。その速さには毎年驚かされる。

ぼくの印象では、小さな葉っぱが生えると二週間くらいで、ヤツデくらいの葉っぱが生茂る。



巴里にはマロニエとプラタナスの並木が多い。逆光で見る並木道の新緑は実に瑞々しく、

透けて見える葉脈はまさに水と栄養の管のようで、生命の躍動を感じる。



落葉広葉樹は実に自然の摂理に適っているな、と感じるのがこの季節だ。

陽射しが眩しく日陰が欲しい季節には、大きな葉っぱで爽やかな陰を提供してくれる。



日照時間の短くなる季節には、バサバサと音を立てて落葉し、

人間が暖かい太陽の光を享受するのを妨げない。



春と夏のあいだにその大きな葉っぱで光合成をしっかり行い、栄養を作り出して成長し、

秋と冬には一番小さな姿に戻って、ひたすらじっと佇む。健気である。


(120)St Cloud 2007-05-1 MaronnierRE.jpg
添付画像 : サンクルー公園のマロニエ並木 2007年5月1日 

ペンタックス デジタル一眼レフ D ist

2007年05月14日

◆巴里だより“セーヌの川岸”


岩本宏紀(在仏)

ぼくの田舎は広島県の山村。大竹市に流れ込む小瀬川(おぜがわ)の中流にある盆地だ。

戦後大きな台風で川が氾濫し、犬以外家族全員が避難したことがあるそうだ。その後コンクリートの堤防が造られてからは、浸水したことはない。けれどもこの堤防、なんともあじけない。

岩国市に流れている西隣りの錦川は,コンクリートが少なく竹やぶが多かった。地下茎(竹の場合は根ではなく、茎だそうだ)が強く、土手をしっかり守ってくれるという理由からとのこと。当時中学生だったぼくは、錦川がうらやましかった。

セーヌの川岸は石で造られている。あるところは並木を植えた石畳の散歩道、あるところは自動車専用道、あるところは花木のある公園といった具合だ。或る日曜日、天気がよかったのでエッフェル塔の足元いから川上へと、自転車で川べりをじっくり見てまわった。

貨物船を係留してすみかにしているボートハウスの家族が、甲板にテーブルを出して昼食中だ。足元にはチャウチャウがうずくまっている。

ノートルダム寺院あたりでは、川岸におりる石段に座って本を読んでいる青年、ひなたぼっこの恋人たち。岸までおりると子犬をつれた家族連れ、抱き合ったままのカップル、二人組みで巡回中のおまわりさん。見ているだけでもおもしろい。

集中豪雨に見舞われる日本では,堤防は必要だ。だがちょっとした工夫で、生活に触れる、あたたかみのある堤防ができるのではないか。「奥の細道」は大垣が終点だ。松尾芭蕉の句碑がたっているところに小さな運河がある。

以前、友人がそこに案内してくれた。両岸はコンクリートの斜面だが、それにラグビーボール大の石が何列も埋め込んである。石の丸みのせいか情緒が漂っていた。

機能一辺倒の護岸工事はそろそろ止めにして、そこに近づきたくなるような、そんな堤防をつくりをしてもらえないものか、と願っている。


2007年04月30日

 ◆巴里だより「盗撮の反対」

  
  岩本宏紀

カメラをもって歩いているときれいな風景だけではなく、きれいな女性にであうことが少なくない。その女性が風景に溶け込んでいれば最高だ。そんなときは迷わずに声をかけることにしている。

「あなたを入れて、ここを写真にとりたいのですが。」とお願いして断られたことは、これまで一度もない。

20年以上前のリスボンの海岸通り。ペンタックスMEをもってぶらぶら歩いているとコンクリートの岸にあぐらをかき、長い黒髪を風になびかせて海を眺めている女性がいた。しばし見とれていると、そばにいたポルトガルのおばちゃんがぼくをつっついた。

これに勇気付けられて声をかけ、写真を撮らせてもらった。これが見知らぬひとに了解をとった第一号である。

ミュンヘンの雪の公園も忘れられない。茶色のロングヘアーにサングラス、茶色のロングコートを羽織って茶色の犬を連れて散歩している女性が近づいてくる。

「わたしでいいのですか?」と謙遜しながらも、嬉しそうに承諾してくれた。おかげで真っ白な公園に女性が一人だけという印象的の写真が撮れた。

ときには妙な具合なこともある。セーヌ河畔で見かけた、東欧とおぼしき色白の少女。となりにいた母親に了解をもとめると、なにやら質問し始めた。どうもポラロイドカメラで撮影し、高く売りつける悪徳カメラマンではないかと疑っているらしい。

なんとかアマチュアだとわかってはもらえたが、妹も一緒に写してほしいという。断るわけにもいかず、心ならずも二人まとめて写真に収めた。

写した直後に画像が見られるのは、デジタルカメラのおもしろさだ。ハイデルベルクの橋のたもとでひとを待っていた少女は、清純そのものだった。

「あっちを向いて自然に立っていてください。」というぼくの注文にも、素直にしたがってくれた。
「こんな具合に撮れましたよ。」と画面を見せると、嬉しそうににっこり笑った。

日本では盗撮が横行しているようだが、ぼくは事前了解撮影をお薦めしたい。

2007年04月19日

◆巴里だより 「早起きのススメ」

   
岩本宏紀(在仏)

50歳を過ぎてから目覚めるのが早くなった。目覚まし時計をセットしなくても6時半には一度目が覚める。けれども睡眠を増やすことを今年の目標にしているので、トイレに行ったあと再びベッドにもぐりこむ。因(ちな)みに最近の目標はお酒を減らすこと。これは実現できた。

休みの日には目覚めたら、そのまま起きだすことがある。自転車で近くを走ったり、ぶらぶら散歩したり。行き先が決まっていないときには、普段見逃していたものに気付くことが多い。

ぼくが住んでいるLa(ラ) Garenne(ギャレンヌ) Colombes(コロンブ) は、老人と子どもの多い町だが、ディスコを発見したし、小さな地鶏(じどり)専門レストランも見つけた。

珍しく霧の深い朝、セーヌの橋の上からデファンス地区の高層ビルと川岸の柳を写真に撮っていたら、日の出とともに霧はかなりの速さで薄れていく。かねてから写真におさめたいと思っていた場所へ急いで移動した。

岸の上から見るのと水面の高さから見るのとでは、川の風景はまったく異なる。係留(けいりゅう)されている船がいつもよりずっと大きい。川面(かわも)からはまだもやが立ち昇っている。そのなかを水鳥が泳いでいる。釣り糸を垂れているおじいさんがいた。

セーヌの釣り人は自分の手で竿(さお)をもたない。支柱に立てかけておき、ビクが動いたときに初めて竿に手を伸ばすのだ。だから一人で3,4本も竿を立てている人をよく見かける。

クルマさえ走らない静寂のなかで足音が聞こえた。対岸を見ると人の男性がジョギングしている。ぼくは素早くシャッターを切った。いい写真が撮れた。早起きは三文の得とはよく言ったものである。(了)

2007年04月09日

◆巴里だより「マルモッタン美術館」

  
岩本宏紀(在仏)

出張で初めて巴里に来たのは1980年。そのころ巴里の美術館と言えばルーブルとジュー・ドゥ・ポームしか知らなかった。後者は印象派美術館と呼ばれており、オルセ美術館に展示してある多くの名画はここにあった。

エールフランスに乗ったとき、日本語の機内誌があった。葉書大で10ページそこらの小冊子だった。「Bon Voyage」(ボン・ボワイヤ-ジュ)という名前だったろうか。

そのなかでロダン、モロー、マルモッタンといった巴里のこじんまりした美術館が紹介されていた。モネが好きなぼくは、休みの日に迷わずマルモッタンに直行した。印象派という名前のもとになった絵、「印象・日の出」がそこにあると書かれていたからだ。

ベージュの石造りのこの建物は120年以上前に狩りの館として建てられたそうだ。今では高級住宅街のこの界隈だが、隣接するブローニュの森には当時は鹿や猪がいたのだろう。

地下展示室への階段を下りていくと、その絵は真正面にあった。一瞬、背中を氷水が流れ、ぼくは立ちすくんでしまった。淡い水色の朝もやの港に一艘の小船。やっと全貌を現した紅い太陽と、ほのかな朝焼け。海面には一条の朱色のひかりが反射している。

あの感動は27年経った今でもはっきり覚えている。「エトルタの夕陽というモネの有名な絵があるでしょう。」という友だちの言葉を思い出し、久しぶりにマルモッタンへ行ってきた。

「印象・日の出」は階段正面から左側面へ移され、以前はなかったガラス板が据えられていた。一度盗難に遭い、数年後にやっと発見されて、再びこの美術館に戻ってきたという事情を考えると、これもやむを得ないかと思う。

しかしこの絵の印象は相変わらず強烈だ。観光客の大きな喋り声にもかかわらず、何分も引き込まれてしまった。

アパートからこここにくるまで15分、行列もなく、6.5ユーロ(約900円)の入場料で、こんな感動が味わえる。あらためて巴里の豊かさを実感した。

エトルタの夕陽の絵もすばらしかった。縦21センチ、横37センチの小さなパステル(乾性絵具)画だが、燃えるような夕焼け雲に目を奪われてしまった。

2007年04月01日

◆巴里だより・「読者の声」欄

     
                         岩本宏紀

<これは「お茶とテーブルマナー・3月27日掲載」の執筆者・岩本宏紀さん(在仏)に寄せられた読者の声です。同エッセーは、テーブルマナーの基本精神は日本の茶道と同じく、同じテーブルに集う人に快く食事をしてもらいたいという思いやりなのではないだろうか、というものでしたー編集部>

◆元巴里、今は東京の元気なお嬢さん
確かに確かにテーブルマナーって大事ですよね。ご飯を食べにいって、お鍋を作ってくれるスタッフさんのお箸の持ち方があまりにも綺麗で、見とれていたら教えてくれました。わたしはまだお箸の持ち方が × になってしまうのですが(苦笑)

とりあえず食事は会話で楽しませて盛り上がればそれでよし?と思っていたけどそれだけじゃだめなんですよねー。がんばらなきゃ。
仕草が美しくなるにはお茶を習うのがいいって言いますよね。お茶を習うと謙虚な美しい動作ができるそうです。
(岩本:フランスでは、女性に料理を取分けてもらうことは、ほとんどありませんよね。それは給仕か男の仕事ですから。たまに日本に帰り、親切な女性が鍋からぼくの器に食べ物を取ってくれると、もう恐縮します。すごく大事にされているみたいで天にも昇る心持ちになります。そのときの仕草がきれいだと尚更です。)

◆着物が似合う、巴里の女性

また御薄(おうす)を一服点て合い、和気あいあいとお茶の世界のひとときを楽しみましょう。
(岩本:角帯の締め方がなかなか覚えられないぼくですが、心より楽しんでいます。)

続きを読む≫≫