2008年03月18日

◆巴里だより サロン即ち試飲会

                  岩本宏紀(在仏)

フランス語のsalon(サロン)には展示会、見本市という意味もある。

巴里の南西、Porte(ポルト) de(ドゥ) Versailles(ベルサイユ)には10近いパビリオンがあり、いつも複数のサロンが開かれている。ぼくの仕事に直結する健康器具やダイエットの展示会もここで開催される。

変わったところではゲイの見本市もある。しかしなんと言っても、人気ナンバーワンはワインと食べ物だ。今回はワイン即売会を紹介したい。

冬が近づく11月末、全国の小さなワイン酒屋が自慢のワインをもってここに集結する。

年齢、職業などを書き込んだ用紙と一緒に入場料10ユーロ(1400円)を払うと、チューリップの形をしたグラスがもらえる。この試飲グラスを片手に、あちこちのスタンドで味見をし、気に入ったワインをその場で買うという仕組みだ。

通(つう)は色、香り、味をチェックした後、そばにあるバケツに飲まずに吐き出すのだが、ぼくにはそんなもったいないことはでず、最後の一滴まで飲んでします。

軽いLoire(ロワール)あたりから始めて、Alsace(アルザス)の白やBeaujolais(ボージョレ)へと移り、腰のあるBordeaux(ボルドー)や
強烈な個性のCahor(カオール)あたりまで来るとすっかり出来上がってしまい、もう何が旨(うま)いのか訳がわからなくなってくる。

いい心持(こころもち)になって3本、6本、1ダースという単位でどーんと買い込むのである。

翌年は買った酒屋から招待状が来るので、ただで入場できる。もちろんチューリップグラスももらえるので、すぐに聞酒(ききざけ)が開始できる。

2008年03月03日

◆巴里だより「こころの新陳代謝」の反響

<この反響編は、在仏の岩本氏のもとに寄せられたもので、本欄には3月1日号に掲載されています。ー編集部>

◆「反響編」                  岩本宏紀(在仏)



★本当にそうかなあ、でも 。。。広島の女性
わたしもなかなか捨てられないひとりですが、 ほんとうにその通りですね。 物も心も同じかもしれません。 捨てると新しい何かにときっと出会える・・・と よくいわれます。 ほんとうにそうかな〜と小心者のわたしはおもいますが、 きっと新しいなにかに出逢えるはずなんですよね。 整理しないと そこには何も入らないんですね。 新しい何かにであえるという予感・・・素敵ですね 。

★自分個人の文化 。。。仏の男性
全く同感です。 ただ、年代的には古いもので、普段は殆んど使わないものでも、自分的にはちっとも古くならない物もありますよね。 それを持ち続けるのも自分個人の文化なのかなとふと思いました。

(岩本:自分にとって古いか古くないか、 これが重要ではないでしょうか。あくまでも判断するのは自分自身。 使わなくてもそれを引っぱりだして眺めるだけで心が落着く、こういったものはずっと持ち続けたい。 逆に心の奥のほうから「もう飽きたかな。そろそろこいつから 卒業の時かも知れない。」という声が聞こえてきたら、 思い切っておさらばしたほうがいいと思っています。)

★捨てられない答案用紙 。。。大学の先生
「片付け 魔」で、机の上に書類がちらかっているだけで、もう仕事をする気になれない。だから、仕事の取っ掛かりの最初の作業は、 机の上の整理整頓です。 三つ子の魂百までとの例えのとおり、 この性格は直るものではなく、大学に奉職してからも、変わらない。僕の研究室に入ってくる人はすべて、「大学の先生の部屋じゃないみたい」と驚く。学生たちが休暇に入る2月末と7月末は、授業で使った配布資料、試験問題や解答用紙などなど、思い切って捨てる作業で1日か2日がつぶれる。

でも、どうしても取っておきたいものも出てくる。それは、学生たちが解答した答案用紙の中で、ピカッと光るものを見つけたときだ。こちらの設問に対して、真剣に考え、心のこもったメッセージが伝わってくるもの、こういうのは、やっぱり捨てられない。大事な宝物として保存している。あまりいい例えではないけど、どうでもいい答案用紙は、「義理チョコ」で、心ある答案は、「本命チョコ」ってことでしょうか。でも本命が一杯あるってのも良し悪しではありますが(笑)。

(岩本:この文章で思い出したのが、小林秀雄。彼の回答は、まったく設問の答えにはなっていなかったが、あまりにすばらしい内容だったので、教授が感心したという話です。丸バツではなく記述式の試験では、回答に窮した学生が、「とは言うものの」で改行し完全に話題を変えて、自分の考えを書き連ねるということが、昔はよくあったそうですね。今もそんな学生がいるのでしょうか)

★赤十字のおかげ 。。。巴里の女性
お掃除をするともちろんお家がきれいになって、それだけで気持ちがいいのですが 、要らないものを捨てたり、空気を入れ換えるだけで 心がスッキリしますね。 引きこもりや鬱の人にもかなり効果的だそうです。
新品なのに結局気に入らなくって着なかった服とか 捨てられずにいたものも、年に何度かある赤十字の古着回収のおかげで思い切ることができます。

★移動させただけ 。。。京都の女性
なかなか捨てられないものがいっぱいの私なので、このあたりで身辺整理をしてみようかなという気持ちになりました。 物を減らしたいと言いつつ、思いつつ、なかなか行動に移せず、結局、物を移動させただけで終わっていました。

ですから、本気で物と向き合い、いるもの、使うものを分けていけば、自分にとって何が大切なのかが分かる気がしてきました。 どうしても捨てられないものがあってもいいし、捨てればいいというものでもないとも思います。もったいないという気持ちを忘れずにいれば、これからむやみに
ものを増やさず、大切にできるような気がします。

★ラジオからの誘惑 。。。関東の女性
風も無く、暖かい陽差し。まさに「春」が、 扉1枚向こうにいる様に感じらます。「さぁ!新しい洋服を買いに行こう!綺麗な春色の服を!」
と、聴いているラジオからそんなフレーズが流れてきます(笑)
まんま、刷り込まれて、重たい冬色の洋服から、華やかで明るい色の軽やかな新しい洋服が欲しくなるのですね(笑)。

そうやって、物がどんどん増えていってクローゼットの中は肥大していき生きている年令と共に 溢れ返ってきた物物を眺めては、ため息をついてる矢先に今回の岩本さんからのまさにタイムリーな「耳に痛い」話題でした。 よーーーく自分の心にも言い聞かせる様に、「巴里便り」を読ませて頂きます(笑)

そして、気持ち良く(きっと後髪引かれるのかな)えーーーい!と綺麗なお洋服や雑貨や諸々を捨てる事にします・・・。さぁーーーがんばって、勇気をふるい起こし(笑)。ゴミ袋に投げ込んでみます!

(岩本:季節が変わり女性がその季節にあった服を着る、これは男に愉しみでもあります。
是非続けていただきたい)(完)

2008年03月01日

◆巴里だより「こころの新陳代謝」

岩本宏紀(在仏)

★捨てられない性分
次から次へと買換えていつも新しいものをもっているよりは、
いいものを手に入れてそれを永く使いたいとぼくは思う。そのせいか古くなったものがなかなか捨てられない。 

十年以上前のこと。 ほとんど聴かなくなったカセットテープやCD、手にすることもない古い雑誌などがぼくの棚を占領しているのを見て、家族がこう言ったことがある。
「いらなくなったものは早いとこ処分したほうがいいわよ、おとうさん。
古いものをずっともっているとね、新しいエネルギーがやってこないよ。」

たしかにそうだ。もう聴きたいと思わなくなった、読みたいと思わなくなったということは、その音楽や文章を卒業し次の段階へ行く準備ができたということに違いない。未練を断ち切り思い切って処分すれば、新しい道に歩き出せるだろう。

★野球選手のロッカー
松井秀喜がロッカーの大掃除をしたことを週刊文春に書いていた。 調子が落ち込んでいたとき、ふとロッカーの掃除を思い立った。ニューヨークヤンキーズ球場にある自分のロッカーから中身を引っぱり出してみると、何か月も使っていないもの、存在すら忘れていたものがわんさか出てきた。片っ端から捨てて必要なものだけにすると、爽快な気分。おまけに翌日から急にヒットが出始めた、という話だった。

★別れを告げてごみ袋へ
今はものを溜め込んでも文句を言われることもないひとり暮らしのだが、年に二、三回は押入れやたんす、本棚の整理をしている。 もう着なくなった服やネクタイ、興味の失せた本やCD。手に取ると思い出が蘇ってきたり、まだ使う機会があるかも知れないと思えたりして心は迷う。けれども「ながい間ありがとう。今日でさよならだ。」とつぶやいてごみ袋に放り込む。 すると古い自分に別れを告げたような気分になれる。新しい何かが起こる予感すら感じる。

★大掃除、大賛成
敢えて師走の忙しい時期に大掃除をすることを、ぼくはよしとする。 一年の埃を払い落とし、ご用済みの品々を処分してすがすがしい気分で新年を迎える。陳腐化したものを捨去ってできた空間に、新しい生命力を迎え入れる。年末の大掃除はフランスやオランダではお目にかかったことのない、紛れもなく素晴らしい日本の伝統行事である。

添付画像 : 塵ひとつない厨房。 磨き上げられた銀食器が整然と並ぶ様は、
あたかも美術館の展示のよう。清潔なこの空間から一流の料理が生まれる。 
 巴里の高級ホテルにて
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2008年02月17日

◆巴里だより 「相田みつを」

岩本宏紀(在仏)

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うつくしいものを
美しいと思える
あなたの
こころが
うつくしい

これは書道家「相田みつを」の詩だ。
この詩が書いてある小さな香皿を
友だちからいただいた。

お礼の電話で、この詩のなかの「あなた」がぼくのことだったら
どんなに嬉しいだろうかと、言うと

「そうですよ。」との答え。

こんなに嬉しい気分になれた電話は久しぶりだった。
そしてぼくは何年か前、初めて相田みつを美術館を訪ねたときのことを
思い出した。
以前から抱いていた疑問を、入館直後思い切って受付のひとにぶつけてみた。

「独特の字ですが、ひょっとして相田さんは身体に障害があったのでしょうか。」

「いいえ、健康な方でしたよ。
書道家ですので、もちろんきれいな字が書けます。
けれどもきれいな字だとそれに目がいってしまう。
字よりも書いてあることに注目してほしい。
それでこのような字で書かれたのです。」との答え。
なるほどと感心した。

静かな館内。直筆の彼の書を一枚一枚、小さな声で読んでみた。
ごく当たり前のことが書かれているのに胸に染み込んできて、
なぜか涙があふれた(完)

2008年02月08日

◆巴里だより “黄色いじゅうたん”

岩本宏紀(在仏)

毎年ぼくも花粉症になる。目と鼻はほとんど問題ないが、咳が一月半くらい続く。

先日健康診断があった。
「最近、病気にかかったことはありませんか」と尋ねられたので
「 花粉症です。」と答えた。するとこのフランス人医師曰く、
「統計によると花粉症のひとは、そうでないひとに較べて癌にかかる率が低いそうです。
アレルギーは一種の防衛作用なので、癌をやっつけてくれのでしょうね」とのこと。それを聞いて気が楽になった。

涙にしろはなにしろ、身体の外に出るものは、おそらく体内にたまった悪いものを捨て、
身体をきれいにする働きがあるのだろうとぼくは思っている。だから我慢できる程度なら薬でとめることはしない、というのがぼくの方針だ。咳をするたび、はなをかむたびに身体が浄化されていると思えば、多少は苦痛がやわらぐ。

花粉症と並ぶこの時期の名物は、菜の花畑だ。巴里から30キロメートルも離れると、あちらこちらに黄色いじゅうたんが広がっている。その雄大さ、その色鮮やかさには圧倒される。

毎春三脚を立てて撮影していたオランダのチューリップ畑は、完全にまっ平らで、色は主に赤。

フランスの菜の花畑は、「 北の国から」の富良野のようにゆるやなか起伏があり、黄色一色だ。いずれ劣らぬ4月の景色。花粉症はつらいが、自然はこんなにすばらしいものを見せてくれる。うまく釣り合いがとれているなぁと、つくづく思う。


2008年01月24日

◆巴里だより“トゥルービルの日曜日”

                 岩本宏紀(在仏)

年末久しぶりに風邪をひいた。咳がなかなか止まらないので潮風に当りたくなった。

巴里のサンラザール駅から電車で二時間。英仏海峡に面する隣りあわせのふたつの町、トゥルービルとドービルにやってきた。

この程度の距離(200Km)なら、いつもはクルマで移動するのだが、12月に手に入れた本、“プロジェクトX, リーダーたちの言葉”が読みたかったので敢えて電車にした。

トゥルービルもドービルもリゾート地。カジノとホテルがあり、巴里から手軽にくることができる。長い砂浜には板の散歩道がつくってあり、とても歩きやすい。

老紳士に連れられた豚犬に出合った。顔と毛並みが豚に似ているので、家族が勝手にそう名づけた。なぜか右前脚と右後ろ脚を同時に出す愛嬌者だ。十代の恋人たち、ベビーカーを押す若夫婦、60代半ばの4、5人のグループ・・・・。フランスはジョギングをするひとは少ないが、散歩するひとが多い。

確か16年くらい前、50フラン札(当時1000円くらいの価値だった)が、“星の王子さま”のデザインに変わったとき、ある経験をしたことを思い出す。巴里の南、300KmのサーキットにF1を観に行ったときのことだ。

売店でもらったお釣りに、ふるい50フラン札が混ざっていた。
“もうこれは使えないから、新札にかえてくださいよ”と言うと
“新しいお札は見たことがないですね”との返事。この頃巴里ではすでに、お店が旧札を受け取るのをいやがっていた。

“巴里はフランスではない。巴里は巴里という名のひとつの国である”という言葉をきいたことがある。気質だけではなく、経済的にもそうなのかと実感したものだ。

マルシェ(朝市)で買ったクロワッサンを食べながら砂浜を散歩。歩き疲れてホテル・ノルマンディのバーでセイロン茶を飲みながら、これを書いている。我ながら贅沢な日曜日だなあと思う。(完)


2008年01月12日

◆巴里だより 馬車と石畳 


  岩本宏紀(在仏)

ヨーロッパの観光地には馬車が多い。初めて乗ったのはベルギーのゲントだった。天気のよい日、屋根のない馬車に家族四人で乗り、古い街並みをのんびり眺めて回った。

ドイツのノイシュバンシュタイン城の馬車には、大変お世話になった。クリスマスだったのでとにかく寒かった。底冷えのする城の内部を見学して、外に出ると雪だった。

オランダ暮らしで寒さに慣れていると思っていた娘二人も、ゴムの長靴を通して伝わってくる冷たさに根をあげ、帰り道は馬車に乗せてくれと訴えた。馬車のなかが暖かかったかどうかは記憶にないが、屋根のおかげで雪はまぬがれ足の冷たさも軽減されて、ほっとしたのを憶えている。

シャルルドゴール空港からくるまで20分足らずの田園地帯に、サンリスという古い町がある。このあたりを占領していたローマ帝国が、大和朝廷よりも早い3世紀に造ったという城壁が今も残っている。

道は当然のことながら石畳。これがロマンチックとはほど遠い代物(しろもの)で、ハイヒールはもちろんスニーカーでも捻挫(ねんざ)しそうなくらいでこぼこだ。

観光客があまり来ないこの町にも馬車がある。日本の友だちと散策しているとき、後ろからパカパカという音が聞こえた。一瞬テレビかなと思った。放送劇で使われる擬音のような、典型的な馬車の音だったからだ。けれども振向くと本物の馬車だった。

両側の民家の壁と石畳との三面でこだまして、蹄(ひづめ)の音が心地よい残響を生む、ということをこの時初めて知った。

土の道でもアスファルトの道路でも、こんな乾いた響きにはならないだろう。馬車の音を聞くのはヨーロッパの古い町、それも馬車一台しか通れない路地に限る。(完)

2007年12月29日

◆巴里だより フランスで自転車

  岩本宏紀(在仏)

巴里の日本人の中にも自転車好きがいる。Tour de France(トゥ-ル ドゥ フランスをもじってTour de Boulogne (トゥ-ル ドゥ ブローニュ)という同好会がある。

七月の暑い日、ロンシャン競馬場に六人が集まり、ブローニュの森を2時間ほど走り回った。最終目的地はかき氷のある日本人経営のケーキ屋。汗びっしょりになったあとのミルク金時は最高だった。

秋にはベルサイユまで行った。「とうりゃんせ」の逆で、往(ゆ)きはこわいが帰りはよいよい。登り坂の連続で20Kmに2時間かかった。

ぼくを含む50代の二人は、ついに途中で自転車を降り、休憩してしまった。宮殿を眺めながら草はらに車座になって、サンドイッチを食べた後は下り坂をスーイスイッ。実に爽快だ。

12月はじめ、今度は巴里の南西150Kmの田舎に集合。もちろん自転車はくるまに積んで。そこは同好会のメンバーのフランス人同僚がもっているシャトーだ。普段は巴里のアパルトマン、週末はこの田舎のシャトーで過ごすとのこと。

彼の先導でクルマがほとんど通らない、多少登り下りのある舗装道を走った。25Km1時間半のコース。森のそばでは野生の鹿を発見した。牧場では犬ではなく、2頭の馬が牛の群れを誘導しているところを見た。

今回は摂氏3度の曇り空だった。巴里で約10人がダイニングルームに集合。暖炉にはバレーボールくらいの直径の木が勢いよく燃えている。

20人は座れるテーブルを囲んで、自家製シードル(リンゴの発泡酒)と豪快は家庭料理の昼ご飯。フランスのゆったりした暮らしの一端を見せてもらった。(完)



2007年12月17日

◆巴里だより「セント・パンクラス駅の床」への 読者の声

         ★16日掲載された「巴里だより」への反響です

                       岩本 宏紀(在仏)
・材木屋に生まれた。。。巴里郊外の男性
材木屋の倅(せがれ)とすれば、常にふんだんに木がある所が我が家で、
遊び場でした。 父親から何時もうるさく言われ続けた事は、火の用心でした。
( 岩本:材木屋の息子さんでしたか。音楽、ボクシング、盆栽、野菜栽培、まさに多彩な
道のりですね。)

・石の文化よりも。。。元巴里、今は東京の男性
確かに 石の文化もいいですが やっぱり日本人は木の文化ですね。ヨーロッパの造形美より 自然の美しい庭園や木造建築に心が打たれる歳頃になりました。

我々も(注:旅行業界) 今は 旬に感じる日本の旅行を企画しております。
(岩本:木造建築といえば桂離宮。 高校のころからの憧れです。一般の人はなかなか見学できないそうですね。いつか見てみたいのですが。 エリザベス女王がここに来られたとき、靴を脱がれたそうですね。
日本人にとっては当然ですが、人前で靴を脱ぐことは下品とされているイギリス人にとっては、かなり抵抗があったと思います。)

・切った木も生きている。。。元巴里、今は東京の女性
我が家には楓の木でできた囲炉裏テーブルがあって、毎日木のぬくもりを感じています。このテーブルは10年前家を建て替える直前に父が購入して、半年ほどは家の完成を待ってビニールをかけられ倉庫で待機していたのですが、何とそのあいだに少し成長していて、しかも小さな葉っぱも出ていたんです。

テーブルになっても、床になっても、木は生きているんですね。だから温かみを感じるのかもしれませんね。
(岩本:小椋佳の歌に「夢のひこばえ」というのがあります。幹を切られた木が、また小さな枝を出すことがありますが、それをひこばえと言うのだそうです。しかし今回の話はまったく根がない状態からの成長ですから、もっとすごいですね。奥が深そうです。)

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2007年12月16日

◆巴里だより 「セントパンクラス駅の床」

                   岩本宏紀(在仏) 

ロンドンのユーロスターの駅が、この11月、ウォータールーから
セント・パンクラスにかわった。

古いレンガ造りの建物を改造した、ちょっと洒落た駅だ。
汚れをきれいに落としたレンガの壁が歴史を感じさせる反面、
ガラスがふんだんに使ってあり清潔感と斬新さが漂う。

ぼくが特に気に入ったのは床だ。木でできている。
15年前によく利用した、コペンハーゲン空港の床を思い出した。
タイルよりもじゅうたんよりも木の床をぼくは好む。
特にヨーロッパの寒い冬の日には、適度の暖かさを感じるからだ。

中学校の校舎は木造2階建てだった。高校一年のときも同じく木造2階建て。なぜかキリマンジャロというあだ名で呼んでいた。
大学でもぼくがいた学部は木造だった。
しかしもう何年も前から、新しく建てられる校舎は鉄筋コンクリートと
決まっている。

いつだったか「子どもの情操を育む意味では、木造校舎が適している。
木の温かみを感じながら床や腰板に雑巾がけして磨きこんでいれば、
校舎への愛情が自然に湧くだろう。」という意見を雑誌で目にしたことがある。

思い出せば木造校舎の隙間風はたしかに寒かったが、鉄筋コンクリートとは
違いどこかほのぼのした風情があった。

それは歩けば軋む廊下、雑巾がけが終わったあとの床の光沢、
そして生き物だった木の温かみが醸し出したものだと思う。(完)

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2007年12月03日

◆巴里だより 「水と人参」 

                  岩本宏紀(在仏)

オランダのこどもたちはクリスマスよりも早くプレゼントがもらえる。シント・二クラウスと黒人の召使、ブラック・ピーターが、12月はじめにスペインからやって来るのだ。

馬に乗って町を歩き回り、大きなノートにこどもの名前を書きとめていく。いい子はプレゼントがもらえ、悪い子はスペインに連れて行かれるので、この時期大体こどもは親の言うことをきいてくれる。

こどもはグラスに入った水と生の人参を、窓際(まどぎわ)に置いて寝る。シント・二クラウスの馬のためだ。寝静まると、おかあさんはその水を飲むか捨てる。そして人参を齧(かじ)る。うっかり忘れると、翌朝冷汗をかくことになる。

「どうしてゆうべはシント・二クラウスが来なかったの?」と追及されるからだ。

いよいよ当日、玄関の呼び鈴が鳴る。けれどもすぐにはドアを開けない約束になっている。
はやる気持ちを抑えてしばらく待ったあとドアを開けると、そこにはプレゼントの入った袋が置いてあり、子供たちの歓声があがるという具合だ。

ぼくも含めて日本人のおとうさんは、この日は忙しい。感づかれないようにプレゼントを車に積んで出勤し、頃合い(ころあい)を見計らって家に帰り、プレゼントを玄関に置いて呼び鈴を鳴らす。

こどもに見つからないように急いで退散し、会社に戻ってまた仕事。夜は早めに帰宅し、素知らぬ顔で「シント・二クラウスからプレゼントはもらえたかな?」などと白々しい演技をしなければならない。

演劇部を経験したぼくはともかく、一般的なおとうさんにとっては、結構負担だったのではないだろうか。

当時小学生だった娘二人も今ではすっかり大人。先日彼女たちとこの話題になった。水と人参を信じてはいたが、「人参を齧ったあとが馬にしては小さいな」「アパートは8階なのに馬はどうやって登ってくるのだろう」と素朴な疑問を感じていたという。懐かしい思い出である。(完)

2007年11月27日

◆巴里だより「わかっちゃいるけどやせられない」反響編

岩本宏紀(在仏)

●「愚直に歩け」。。。元ドイツ、今は東京の男性
一つ、体験談に基づく助言をします。
摂取エネルギーよりも消費エネルギーを増やすことです。それも継続的な運動をしながら。
腹筋や腕立伏せやストレッチでどれだけのカロリーを消費しますか? 恐らくビール一口分ですよ。 筋肉は付くかもしれないけど、カロリー消費にはほとんど貢献していないと思います。6ヶ月間、毎日30分愚直に歩いてみてください。
その後、鏡に映った自分に惚れ惚れ?すること請け合いですよ。

●「チベット体操若さの泉」。。。南仏の女性
もし今度日本にいらしたら、この本を手にとって見てくださいな。
ヨガのルーツとも言われる5つの体操を毎日やるだけで理想の体重になって健康になって、そして若さも蘇るらしいです。イギリス人の元大佐だったかのエピソードを読むと、おーって思ってしまいます。
ネットで検索すれば体操の概要はわかります。

●気温5度以下のオフィスで働く、巴里郊外で有機農業を営む男性
私のオフィスには天井が無いので、この時期気温5℃以下の場所に長時間居ます。寒いとそれだけで、体力を消耗します。 その時減るのは、糖分?水分?脂肪?筋肉? 教えてください。
ちなみに、鶏舎の鶏はこの時期は内臓の周りに脂肪が厚く層をなしています。
(岩本:水分、糖分、筋肉、脂肪の順だと思います。室井滋は寝室の温度が低いと、睡眠中の体重の減少が少ないと言っていました。それは汗をあまりかかないからでしょうね)

●肥らない巴里の女性
家事をこなすのに、狭い家でぱたぱたするのが、ダイエットです。 でもなにより、私は白人なみに平熱が高いんです。多分それで基礎代謝率が上がっている気がしますわ。

●ホットヨガを続ける関東の女性
フランスに居たころ、油っこい社員食堂の食事が合わなくて、あまり食べられなくなり、実は激ヤセしたんです!ところが帰国後に普通に食べられるようになったら見事10キロのリバウンド!!筋肉が痩せちゃってると、全て脂肪になるんですね。今はホットヨガで絞ってきていますが、おそらく少しずつ筋肉量が増えているため、体重は変わりません ここはグッと我慢の時期ですね。頑張ります!

●三日坊主を自称する、巴里郊外の男性
小職も腹筋・腕立てを過去10日ぐらいは続いた事はありますが、いつも長続きいたしません。また継続して続ける方法があれば、ご教示願います。
米国では護身術が流行っているとか、しかし常に三日坊主で、
仮にこれを始めても長続きはしないでしょうね!

●ブルワーカー!おぼえていますか? 巴里の男性
171cmで76kgはここ数年ずっと変わらず、夏に夕食前の空腹時にしていた30分の昔懐かしいブルーワーカー(なんと18歳の時に通販で買ったもの)でしていた筋トレも、秋冬到来で半裸になるのが寒くてヤメ。散歩やウォーキングも当然寒くてやらず、ゴルフも予算的に不可能。

因みに半裸は上半身で、いわゆる筋トレはボディービルダーのように自己顕示欲や自己愛の表れなので、ずっとそうしていました。僕の場合はなんとも続かないダイエットならぬ、運動不足解消、出っ腹回避トレーニングです。

●週2回の剣道。。。パリ郊外の女性
実は私も引っ越してから急に太ったのです。13歳から42歳まで私の体重は46.5キロと48.5キロの間から出なかったのですが、(妊娠時は別)、今年になってから、なんと51キロに。まあ、身長が168ありますから、太ったというほどではないのですが、この調子で太り続けたらちょっと怖いかなと。

最近はどんなに忙しくても週2回剣道の稽古に通うようにしています。というか忙しくてストレスがひどいので、無理しても通わないと、精神的に疲れてしまいます。汗流して体が疲労感を感じるのは心地よいです。
(岩本:剣道、いいですね。アムステルダムの街中で防具を売っている店とみたことがあります。またドイツの日本人同僚はシュツットガルトで剣道を教えています。フェンシングだけかと思っていたヨーロッパに剣道愛好家がいるとは驚きでした。)

●1時間のウォーキング 。。。 東北の女性
私は20代後半から、毎朝1時間のウォーキングを実践しています。歩くことはお金もかからず、練習の必要もなく、時間と少しのやる気さえあれば誰でも出来ますので、私にはピッタリのエクササイズです。

おかげでもう15年以上続いています。歩いた後の爽快さが心地よく、中年太りも今のところはありません。私の場合も、大切な人たちから「太らないね。」と言われたいのです。この気持ちって本当に大切ですね。岩本さんもそのお気持ちを大切に、太ったお腹をスリムにして、より健康的で素敵なままでいらしてください。

●巴里でみた真央ちゃん 。。。巴里の男性
女子フィギアスケートをベルシー(巴里の室内競技場)へ観に行きました。ディープインパクトの凱旋賞みたく日本人が大勢応援に来てましたね。会場は半分の入り。甲子園のように現場では、リンクがTVで観るより小さく、天井の放映用大画面と並行して観戦すると、TVでは足の太い選手はより太く、細い選手はより細く写ることも判りました。女子シングル後、ペアーが始まって終わったのは夜中の12時。凄い中国のワントゥー。

練習では三回転半成功してたのに本番ではまた失敗。でも優勝。他の選手も失敗したから。しかし真央ちゃんはTVより背が高く映えて見えましたね、体の線が細いから余計に。顔も小さく、高校生なのにあの髪型から随分大人っぽい感じでした。エントリー出場選手の演技10人ぐらいすべて見ると、下位選手と上位選手の違いは失敗以上に演技のエレガントさの差に尽きることが始めて判ったですね。特にペアーは歴然。

リンクの最前列から10列後ろの場所から、望遠駆使してトライしました。
今日、現像に出す写真は楽しみです。
(岩本:太いものはより太く、細いものはより細く写るのか。 テレビは残酷ですね。) (完)

2007年11月24日

◆巴里だより「わかっちゃいるけどやせられない」

  岩本宏紀(在仏)

●男85cm 女90cm
メタボリック症候群の判定基準に男のへそ周り85cm以上という項目がある。 

ぼくにも82cmという時代があった。年月を経て87cm、ときには88cmに達する今日この頃。鏡に映った我が体幹部は、本来くびれているべき箇所が外側に膨らんでいる朝もあり愕然とする。85cm以下がいいのは言われなくたってわかります。

●腹筋運動とゴルフ
ゴルフの飛距離を伸ばしたくて、2年前から腹筋運動、腕立伏せ、ストレッチをやっている。甲斐あって飛距離は着実に伸びている。しかしながらデブ腹はなおらない。年末年始の飲み会を思うと憂鬱だ。一体どうすればいいのだ。

●最後に脂肪が減る
食事を減らせば体重は減る。しかしそこには落とし穴がある。
フランスで体組成計(体脂肪だけでなく筋肉、水分、内臓脂肪などがわかる体重計)の説明会を開いたとき、肥満治療を専門とする医者は集まったジャーナリストにこう説いた。

「運動量を変えず食事を摂らなかったら、まず水分が減る。次に筋肉が小さくなる。脂肪が燃焼するのはその後。つまり体重は減るが健康な身体にはならない。筋肉を維持しながら脂肪を減らすのが正しいダイエット。それには運動が欠かせない。」

●20分未満でも効果あり
数年前までは 「脂肪を燃やすには少なくとも20分継続して運動する必要がある。なぜなら最初の20分は血液のなかの糖分がエネルギーとして使われ、
それを過ぎて初めて脳が、脂肪を燃やしてエネルギーとせよ!と命令するからである。」と言われていた。朝のわずか15分だけ筋肉トレーニングをする自分には、効果が現れないと悲観的になっていた。
 
ところが最近嬉しい説が出てきた。
「短時間の運動でも効果はある。なぜなら運動によって筋肉が増える。 
脂肪と違って筋肉はエネルギーを消耗するので、食べたものがしっかり消費され、肥りにくくなる。

脂肪がぐんと減ることは期待できないが、少なくとも今以上に肥ることはない。」という考え方である。この言葉に勇気付けられたぼくは、これかれも筋肉トレーニングを続ける。

●あなたに褒められたくて
実はもうひとつ重要な動機がある。それは「あなたに褒められたくて」という気持ちだ。高倉健は何をするにも、おかあさんに認めてもらいたいという気持ちが根底にあったことをこの題名の本のなかで吐露している。 ぼくの場合、自分にとって大切なひとから「デブ腹にならにように気をつけているじゃないか」と思われたい。

さらさらの髪、つるつるの肌、光沢のある爪を保ちたい女性も、自分の好きなひとに喜んでもらうため、と思えば日々の手入れも苦にならずむしろ喜びになるのではないだろうか。美しさ、自分のためのみならず。(完)