2011年06月18日

◆被災者受領の義捐金は「収入」か

川原 俊明

何とも残酷な国であるか。 税金の無駄遣いばかりしている政治家や役人。

一方では、もともとの困窮者が、津波被害でどん底に陥っていってしまった場面をとらえて、生活保護給付を停止するのは、如何なものか。
 
生活困窮者は、申請により生活保護費が受給できるわけですが、その実態は、最低限の生活維持財源しか交付されません。

その困窮者が東日本大震災の被災ですべてを失い、家族も家財も身の回りの衣服もない、といっているのです。この人たちが、世界の善意で集まった義援金を受給しても、何の天罰も受けるはずがありません。

ところが、国は、義援金を受領した生活保護受給者には、義援金支給の範囲で、生活保護費の支払いを停止する、というのです。

今までも例がありました。
交通事故で怪我をした生活保護費受給中の被害者が、示談により損害賠償金を受けると、生活保護費を停止させられるばかりは、残りの賠償金も国に召し上げられてしまいます。

交通事故などによる損害賠償金の受領は、自分の肉体的、精神的、財産的、損失など、マイナスをカバーしてもらう性質のものにすぎず、全体として資産の増加に繋がる「収入」ではありません。あくまで「損失補填」にすぎません。

そのために、所得税制も、受領した損害賠償金には、税金をかけないのです。
このことを考えれば、義援金の受領により生活の立て直しをしようとしている生活保護費受給者から、義援金受給額に見合う生活保護費の停止は、即刻やめるべきです。

乾いたぞうきんを、さらに締め上げるのが、福祉国家日本国の姿勢なのでしょうか。
とんでもないことです。

また、全世界から2700億円もの義援金が集まっているのに、被災して3か月も経った現在でも、まだ、配布額は15%程度だといわれています。

集まった義援金は、すみやかに配布してこそ値打ちがあります。お役所の主張する形式的平等の壁が、これを阻止しています。

仮に配布の不公平が発生したとすれば、後で調整すればすむことです。
 
未曾有の被害に遭い、すべてを失った人々が、一日も早く未来に目を向け、再出発していただきたい。

そのためには、一日も早く、より多くの義援金を受け取ってもらうしかないではありませんか。

<ご連絡>
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◆<2295号 目次>
・分らない「関電の節電要請」:毛馬一三
・佐々木元東大総長が今ごろこんなことを… :阿比留瑠比
・孤島暮らしの喜びと悲しみ:平井修一
・「やませ(山背)」のこと:古澤 襄
・秋田に無いクスノキ(楠):渡部亮次郎
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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2011年05月28日

◆手続きミス多発の裁判所の喝!

川原 俊明

司法の一翼を担うべき裁判所。
裁判所の作成した呼出状一つにしても、権威があるべきです。以前は、あった、と思います。
最近の判決書や呼び出し状。いい加減にしてくれ、と思うほどに間違った記載が多々見受けられます。

時節柄、裁判所の新人研修の甘さが原因なのでしょうか。判決書の当事者欄の名前に誤記があった。被告の住所記載が間違っていた、など・・。

記載の間違った判決文を執行裁判所に提出しても、強制執行はできません。それほどに裁判文書の重要性が理解されず、裁判所書記官が、少し気を付ければ訂正できるような簡単な誤記の存在が目につきます。

裁判所の書記官諸君。君たちは、裁判所の権威をなくすつもりでしょうか!!!

いくら新人書記官であろうと、一文字の過ちですら、許されない職場であることを認識していないのでしょうか。たった一文字の誤りの存在によって、その判決文では、強制執行ができません。

仮に、更正決定の申立により修正が可能だとしても、その手続きのため、時期遅れの執行となり強制執行が空振りとなりかねないのです。自分たちのチェックミスによって、会社の命運に関わることがある、ということを理解すべきです。

我が事務所に依頼者が持参された呼出状に、出頭法廷場所に明らかな誤記が発見されました。
期日呼出状には、大阪地裁1102号法廷、と書かれていました。当事務所職員が、その法廷に出向いたところ、この法廷では、朝から、開廷された形跡がなかったのです。

担当部書記官に確認したら、呼出状の誤記で、別の法廷で裁判が開かれていることがわかりました。
職員が、本来の法廷に駆けつけたら、すでに裁判は終了していたのです。このまま放置していたら、「欠席判決」で処理されます。おそろしいことです。

最近の、裁判所。自ら、司法の権威を崩すことをしています。たとえ新人書記官の第一日目の仕事であったとしても、それは、プロとしての仕事であることを、裁判所は教育すべきでしょう。
(弁護士)


2011年05月11日

◆枝をためて花を散らす

川原俊明

浜岡原発停止要請の是非を問いたい。

東日本大震災の影響を受け、福島原発が壊滅状態になりました。この事態を受けて、菅総理は、中部電力に対し、静岡にある浜岡原子力発電所の全炉停止要請をしました。

原発の危険性を目のあたりにした私たちにとって、電力政策の見直しが必要なことは言うまでもありません。

しかし、菅総理の停止要請は、なぜ今、なのか。もっと科学的な説明を国民にすべきではないでしょうか。

たしかに巨大な中部地震が、明日にでも発生するかも知れません。可能性としてはあるでしょう。
ただし、この可能性を心配しての停止要請なら、日本列島すべてが地震の塊であり、太平洋プレートの崖の上に列島が位置している以上、日本にあるすべての原発を停止させなければなりません。

問題は、東日本大震災で壊れた日本の立て直しに、今何をすべきか、ということでしょう。原発の停止要請よりも別にすべきことがあります。

浜岡原子力発電所を津波から守る防波堤の建設に2年かかることが想定されています。むしろそれならば、工期を徹底的に短縮させ、1年以内の早期に完成させるべきでしょう。

中部地方には、日本経済を牽引するトヨタを筆頭に、大きな工業施設があります。原発の停止は、電力供給を減らすことにつながります。それも、計画的に、目処を立てて停止要請をするなら理解できます。唐突に記者会見をして、一方的に「停止要請」。それも命令でなく、停止するかどうかは企業側の判断、責任に委ねるというのは、余りにも無責任です。

東日本大震災により東北地方の工場が破壊され、全世界の工場で必要な部品供給が滞る状態になっています。世界のどこの企業が、日本の工場機能回復を待ってくれるのでしょうか。経済戦争は過酷です。おそらく他国の部品製造企業が、このときとばかり、日本製品に代わる代替品の売り込みに奔走している姿が目に見えます。

義援金の提供と、経済戦争とは、全くの別次元です。日本の復興は、全国民の力の結集で、急ぐ必要があります。にもかかわらず、工場の製造過程において、必要な電力の供給先を明確に議論しないまま、一方的な原発停止は、日本企業の再生を阻むものではないでしょうか。

今の政府は、民主党政権延命策としてのパフォーマンスが多すぎます。そんなことをしている場合ではありません。全国民の叡智を結集して、日本の復活を急ぐ必要があります。

このさい、明治時代の電力導入経過がもたらした東日本50キロヘルツ、西日本60キロヘルツの壁を取り除くシステムを構築すべきです。

狭い日本の国土で、ヘルツ(周波数)の異なる電力供給システムは、「無駄」の一言に尽きます。


2011年05月06日

◆弁護士バッチを外す若手弁護士

川原俊明

弁護士バッチは、弁護士の理念たる自由と正義が、ひまわりと天秤(てんびん)の形状で表されています。
 
最近の若手弁護士。このバッチを積極的に胸元につけようとしない風潮があります。大きな金色のバッチなので、目立ちすぎて気恥ずかしいと思うのでしょうか。あるいは、かっこ悪いとさえ思っているのでしょうか。

私はあえて言います。弁護士バッチがかっこ悪いと思うのならば、弁護士をやめてしまえばいい。 弁護士バッチをつけたがらない弁護士は、おそらく、このバッチに表された意味を理解していないのでしょう。あるいは、弁護士業務のなんたるかを理解しないまま、たまたまロースクールを卒業し、新司法試験に合格してしまった、という人種ではないでしょうか。

弁護士たるもの、法律家としてのプロ意識を持つべきでしょう。

私たちは、プロの仕事をして、その成果を依頼者から感謝され、そのうえで報酬という形で対価を得るのです。依頼者の立場から言えば、弁護士がプロの法律家であるという認識があるからこそ事件の依頼をし、着手金を支払っているのです。

たしかに、「弁護士」というのは、あくまで資格であり、バッチそのものではありません。しかし、弁護士は、そのバッチに表された弁護士業務のなんたるかを理解したうえ、責任ある仕事をすべきものです。

私がイソ弁時代、尊敬するボス弁の宮ア乾朗弁護士によく言われました。

「依頼者は、弁護士に対し、全幅の信頼を寄せて事件を託すものだ。弁護士は、そのバッチに恥じない仕事をせよ。弁護士たる資格に恥じない仕事をするためにも、弁護士バッチを必ずつけろ」と。

弁護士として目的意識の薄い、あるいは弁護士業務に自信のない連中が、バッチを外すのでしょうか。私には、その因果関係の程はわかりません。

しかし、最近の弁護士をみていると、プロ意識のない、サラリーマン根性しかない、なさけない弁護士がいることも事実です。 これは、依頼者にとって、大変迷惑な話です。


2011年05月02日

◆被災者救済は国民的課題

川原俊明

津波は天災です。多くの人が家族を失い、住まいを失いました。

多くの被災者は、この現実に直面しながらも、一日も早く、今までと同じような普通の暮らしを復活させたいと願っています。
 
全世界から多くの義援金が集まっています。私たちは、世界の人々に感謝しています。ありがたいことです。しかし現実はもっと多額の義援金が必要です。被災者の生活を守るには。

義援金が、まだ多くの被災者に行き渡っていないのはどうしてでしょう。少しずつでも、お渡しできるところから被災者に届くようにすべきです。

今は、迅速な分配が不可欠です。いくら公平分配のためといっても時間がかかっては意味がありません。被災者の今の生活補助が緊急の課題です。

次に必要なことは、被災者の生活支援です。
 
津波に流された家のローンを抱えたまま、誰が新しく家を建て替えることができるというのでしょうか。 国は、法律制定により、すべての被災者の住宅ローンを免除すべきです。金融機関は、国と一体となって、被災者救済を第一義とすべきでしょう。

もちろん、国は、民間の金融機関保護の法律も同時に制定すべきです。住宅ローンを支払えない被災者に対し、破産すればいい、なんて軽率な議論は絶対すべきではありません。

津波は人災なのです。自分の責任で住宅ローンが支払えなくなったのではないのです。国民の税金は、被災者の生活復活に最優先して使用すべきです。これが、日本の再生につながるのです。



2011年03月18日

◆東北地方の人々に義援金を

川原俊明

2011年3月11日。この日は、阪神大震災が発生した平成7年1月17日とともに、忘れられない日となるでしょう。東北地方における歴史的な巨大地震・大津波の発生でした。

マスコミ報道から見ても、被害の甚大さ、悲惨さは、目に余るものがあります。家が押し流され、家庭を崩壊され、家族を失う事態は、まさに現代の地獄絵です。

多くの被災者のみなさんには、心よりお見舞い申し上げます。犠牲者となられた方々には、心からお悔やみ申し上げます。

このようなときこそ、私たちは人道的観点から少しでもお役に立てることを実行すべきだと思います。

私たちが被災者のためになし得ることは、義援金の提供だと思います。

私も、みなさんとともに、声を大にして多くに人々に呼びかけたいと思います。可能な限り、少しでも多くの義援金の提供で被災者を支援しましょう。

2011年03月09日

◆ネットカンニング生徒の処遇は

川原俊明

京都大学の入試受験中に、インターネット掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿した、として偽計業務妨害容疑で、仙台市の予備校生が逮捕されました。
 
カンニングして入試に合格しようとする魂胆は、許されません。世間から大きな非難を浴びるのも当然のことです。まじめに勉強してきた受験生にとって、この事態が放置されることは、まさに正直者が馬鹿を見ることになるからです。

予備校生が、どんなに満点を取ろうが、落第は、当然でしょう。京都大学の合格発表前に、同じ予備校生が受験していた早稲田大学が、合格結果を無効としたのも、世間は納得するでしょう。

それにしても、今のネット社会。接点のない全くの赤の他人同士でも、ネット上で交流ができる社会。これには功罪があります。

人間同士がふれあう中で気持ちが通じ合うのが人間社会です。人類が誕生してから今日まで、変わりのない真実だと思います。なのに、ネット社会では、生の人間同士のふれ合いが少なく、他人との直接のコミュニケーションができない、そして人間としての互いの喜怒哀楽が理解できなくなる、というマイナス面の存在が心配です。

現代の多くの若者が、生の人間よりも、パソコンという機械を信頼している姿が問題です。そこには、血のかよった人間としての成長ができるのだろうか・・・。

カンニングは、人間社会が、試験制度を設けたときから、発生しています。中国の科挙試験(司法試験)のときも、衣服に解答を書きまくった、ともいわれています。人間の弱いところでしょう。

最近では、2004年に韓国の入試漏洩問題が大々的に報道されたことがありました。韓国の受験熱・学歴社会化が、この問題を引き起こしているのでしょう。
 
これほどまでに、ネットカンニングが、以前から問題とされているにしては、日本の大学側に対応に手ぬるいものがあります。

当然ながら、試験場に携帯電話の持ち込み禁止措置をすべきでしょう。京都大学が、禁止措置をとり、携帯電話の取り上げが、当然、という環境になっていれば、仙台市の予備校生は、「ヤフー知恵袋」を使わなくてすんだのです。

その意味で、今回の問題は、大学側がネット社会の現状把握をしていなかった、監督員もいい加減で、管理体制が不十分と言うにすぎません。 このことをもって、マスコミは、仙台市の予備校生をスケープゴードに仕立て上げてはなりません。

予備校生には、大いに反省させ、来年度に再受験させて、正面突破させるくらいの度量が、大学側に必要です。

若者の未来を、つまらないミスで、摘み取らないようにしましょう。 彼の人格は、カンニングで埋まっているわけではないのですから。 彼を、とってつけた犯罪容疑で、犯罪者に仕立て上げてはなりません。すみやかに、身柄を釈放し、まじめな予備校生に戻してあげるべきです。

マスコミとしては、カンニング問題が、ニュースとしておもしろいのかも知れません。 しかしこんなニュースよりも、マスコミは、もっと大事な役割があります。

先行きの見えない日本の動向について、国民全体で真剣に議論させるような題材を提供し、日本の再建に大きな力を発揮すべきです。

2011年02月24日

◆不倫のつけは、重い

川原俊明

タレントの森泉に不倫騒動が巻き起こっています。森泉といえば、ファッションデザイナー森英惠の孫で、モデル・オブ・ザ・イヤーを受賞するなどのカリスマモデル。そのお相手とされる男性は、Kさん。

このKさんー。

10数年前にも、女優の古手川祐子の妹・古手川伸子と不倫し、妻子を泣かせた前歴の持ち主。

私が、妻子の訴訟代理人弁護士として、古手川伸子さんを相手に、慰謝料など、損害賠償請求訴訟を提起し、裁判所で不倫の事実を認めさせたことがありました。

当時、民放のワイドショーで、大きく取り上げられていました。

婚姻関係にある男性との不倫は、妻側から見ると、家庭生活を破壊させたことになり、民法709条の不法行為を構成します。不倫女性は、男性とともに、民法719条の共同不法行為として、連帯して損害賠償義務を負担することになります。

前記不倫訴訟では、古手川伸子さんが、損害賠償金を支払いました。その後、夫婦が離婚、そしてKさんと、古手川伸子との結婚。古手川伸子さんにとっては、一時的には、妻からKさんを奪い取ったことになるでしょう。

しかし、いま、そのKさんが、あらたに森泉との不倫騒動で、世間を騒がせているのです。おそらく、Kさんと古手川伸子の夫婦関係も、円満であるはずがありません。

因果応報というのでしょうか。

不倫で、男性を妻から横取りした女性には、その報いが来るのでしょうか。(完) <弁護士>



2011年02月03日

◆強制起訴は、国民の意思

川原俊明

小沢一郎元民主党代表が、政治資金管理団体の陸山会をめぐる政治資金規正法違反で起訴されました。

普通なら、検察官が、事件の捜査を遂げて、裁判所に起訴する、というのが、普通の刑事裁判の手続きです。

ところが、今回の陸山会事件。金の動きが灰色なのに、裏付けを取り切れていない検察陣のために、検察サイドでは「不起訴。」これに納得できない市民が、検察審査会での審査を求め、そこで「起訴相当」が決議され、この決議に基づいたのが、今回の起訴です。

自民党時代からの政治的行動からみても、小沢さんが、金に潔癖とは、決して評価できない政治家のイメージがあります。

今回の金の動きも、残された証拠も、小沢さん自身が、積極的に絡んでいると指摘されてもやむを得ない場面があります。その意味で、「起訴相当」決議は、国民の意思の反映でしょう。

検察役の弁護士は、起訴による有罪の有無を、マスコミから質問された際、有罪か無罪かはともかく、検察審査会の意見に従う、とコメント。 私も同意見です。

今までの検察。灰色ならば、証拠がそろっていない、という認識のもとに、起訴不起訴を認めてきました。

ところが、今回の場合、国民の意思によって「灰色」が「黒」に変わる可能性もあります。裁判所は、証拠の評価を、一般常識の目線で判断すべきです。仮に、最終的に、証拠が不足で無罪とされたとしても、国民は、政治家小沢一郎に、終止符を打つでしょう。

この強制起訴によって・・・。


2011年01月30日

◆漂流船 ニッポン丸

川原俊明

アメリカの格付け会社スタンダード・アンド・プアーズが、日本国債の格付けを1段階引き下げた、との報道がなされました。 いままでの「ダブルA」から、「ダブルAマイナス」に。

その理由は、指針なき国政が、原因とされています。端的には、民主党政権の失策が、日本の評価を確実に下げています。

行き当たりばったりの政策、現実離れの公約、実行力の伴わない閣僚、官僚を使い切れない政治家。
無策の政府を見ていたら、外国の目が、日本の評価を下げるのは、やむなし、と思わざるを得ません。
900兆を超える国の借金を目の前にして、さらに、国債という紙切れを増刷し、国家破綻から、一時しのぎをしているだけにすぎません。

政治の舵もとれず、財政の指針も立てられない今の政府に、日本の未来を任せられるのでしょうか。
深刻な日本の現状を打破しようとしない、今までの政治家は、総辞職すべきです。

ましてや、日本国債の格付け引き下げ報道に対する、菅首相のコメントは、明らかに総理大臣として失格で、あきれ果てました。「この問題に疎いので・・・」。日本国民をバカにしています。

国を代表する者が、国債格付けの引き下げ問題を、的確に判断できなくて、どう考えているのでしょうか。

今回の評価の格下げは、日本の信用を一段低めた、ということを意味します。海外との取引において、融資を受けられない、あるいは融資を受けるにしても、今までより高い利息を支払わなければならなくなる、国債のさばきがわるくなる、など、日本経済に、さまざまな影響を与えてきます。ボディブローが、じわりと効いてくるように。

総理のコメントに、野党各党が、怒ったのは当然です。野党でなくとも多くの国民は怒ります。
こんなトップを掲げる日本国民は、不幸です。

2011年01月13日

◆ワンちゃんは人の心をつなぐ

川原俊明

法律の世界とは、全く無縁の「俳句」という文化的な集まりがありました。

一人は、某公立大学文学部長、一人は、元大阪府のトップクラス公務員、一人は、元NHK記者の作家、一人は、民放関連現役マスコミ人、そして一人の弁護士。

これだけ、経歴の違う人間が、俳句について語ろうとしたとき、ふとしたきっかけで、自分の飼っているワンちゃんの話題に、みんなが力を入れて語り始めたのです。
俳句の話題をそっちのけで・・・。

16年飼っていたワンちゃんのことを思い出すだけで、大学の講義の最中でも涙が止まらない教授。
ワンちゃん、ペットちゃん、といわせるのも納得がいかず、「息子」と呼ばせる教授。
死期を感じたワンちゃんが、妻の前で、じっと立ちすくんだまま感謝の気持ちを伝え、そのまま夫の膝元に崩れ、そのまま逝ってしまったワンちゃんの話。

かわいくて、散歩の際に、女子高校生から年がいもなく「かわいい」といわれ続けたワンちゃん。自分の死を見せたくないのか、最期に、庭から何度も脱出を試みたワンちゃんの姿。
どれほど、ワンちゃんが、人の心を慰めてくれるのでしょうか。
 
俳句を題材に集まった人々の、心のあたたかいこと。ワンちゃんの話を通じて、このことが理解できました。

俳句は、文化であり、文化は、人の心の集まりである。 これが、今日の共通認識でした。

思い起こせば、人間の心を慰めてくれるのは、本来、「ヒト」ではなかったのでしょうか。「人」という文字も、象形文字の時代から、人が寄り添う、頼りあう関係を、「ひと」とみていたのではないのでしょうか。

現代社会では、人間の心の中に「思いやり」が薄れ、「自分さえ良ければ」という利己的な考えが、多く芽生えすぎたような気がします。

ところが、ワンちゃん、ネコちゃんは、人間よりも、もっと、純粋なのです。
「ヒト」が、つまらない「知恵」をつけ始め、紙切れにすぎないお金に、命より大事なものを、見いだすバカげた錯覚の現代世界。
 
人間は、徐々に、「心のふれあい」を失っています。

一方、ワンちゃん、ネコちゃんには、純粋な心だけを持っています。つまらない知恵を持たないだけに・・・。

最近の、余りにも希薄な人間関係の社会。
むしろ、「ヒト」よりも「ワンちゃん」「ネコちゃん」にこそ、「ワン格」「ニャン格」を与えるべきでしょう。

人間同士のバカげた争いで、人類が滅びたあとは、ワン類、ニャン類が、この美しい地球を守ってくれるかも知れません。    2011.01.11




2011年01月11日

◆日本再生への提言

川原俊明

今年は、私自身を含め、日本に「喝」を入れたい!

1945年の第二次大戦による敗戦以来、これほどまでに日本国民が自信喪失に陥っている現代の状態は、歴史的にも希有です。

一体、日本の何が悪いというのでしょうか。

戦後日本の人材力・技術力の蓄積は、いまだに世界に誇るほど、膨大なものがあるのに・・・。
過去の実績を評価せず、先行き真っ暗、の宣伝をするマスコミ体制は、目先のことしか考えない政治家と共に、淘汰されるべき存在です。

その意味では、日本をリードすべき政治家の不在と、不安材料ばかり提供するマスコミこそが、日本国民に自信喪失をあたる張本人でしょう。

そこで、私は、日本再生への提言をします。

●少子化高齢化は、島国日本からの脱皮のチャンス
○ 定年退職者のポイ捨て禁止。
 
どれだけの人的資源喪失か、理解すべきです。中国は、日本のリタイア組を、積極的に企業に取り込んでいます。これで、日本との数十年の技術力格差を、短期間で解消できるからです。

○ 韓国・中国の優秀な若手人材を。
ゲット国籍法による、帰国制度を改正しましょう。

周辺国から優秀な若手人材を取り込めば、日本の少子化問題は、解消します。 なぜ、日本  の国だけの人口で、少子化問題を考えるのでしょうか 日本は、国の成立段階から、ヤマト単一民族国家ではないのです。

戦後まもなくの飯の食えない時代。ブラジル移民が、国策で実施されました。日本で食えなけ れば、海外の新天地を求める。これは、当然のことです。逆に、日本に若手労働力が不足する、というのであれば、国籍に対する門戸開放をしましょう。少子化の課題は、いわば、黒船なのです。

●生産拠点の日本回帰

当初、中国での廉価な人件費に誘われて、日本から中国に多くの工場が移転しました。いわば、日本の空洞化現象と言われるものです。しかし、いま、これほどに中国の人件費増額傾向を考えれば、中国進出は、それほどにメリットのあるものでもありません。

人件費の高騰傾向を考えれば、インド、ベトナムへの工場移転も、時間の問題で、いずれ撤回を求められます。

であれば、製造拠点としての工場は、もともと日本国内であるべきです。これにより、国内の雇用拡大、経済再生が機能します。企業は、目先の人件費処理問題で、日本を空洞化させてはならないのです。日本の技術力をもとに、高付加価値商品を製造すべきでしょう。

● マスコミは、日本社会の牽引力たる立場を、自戒せよ。
 今の日本の悪いとこばかり指摘する、マスコミ体質は、総解散しましょう。現代社会では、マスコミは、司法・立法・行政とならんで4大国家権力と評価されています。

それであればなおさら、マスコミは、国民をバカにさせてはいけません。マスコミは、より良き日本を、指導する立場にあるのです。

つまらない、バカげたお笑い番組よりも、真剣に将来を憂いうる日本の若者を鼓舞し、日本再発見の情報を、大々的に提供すべきです。

● 司法再生
 無罪の被疑者を、犯罪者に仕立てるバカげた検察は、不要です。検察の意見しか頼れない裁判官も不要です。時代の要請に応えられない弁護士も不要です。

今、司法の世界に求められているのは、社会に貢献できる法律であり、そのように法律を機能させられる法律家です。

これらにより、日本の社会は、もっと良くなるのです。

2010年12月20日

◆受刑者に対する選挙権の制限

川原俊明

民主主義国家では、国民の多数意思を反映して国が運営されます。そのためには、国民が、それぞれ1票の平等な投票権を持つことが前提となっています。

最近の高等裁判所で、5倍もの格差ある選挙区での投票は、無効とされた例がありました。
考えてみれば、人それぞれに選挙権があるものの、他人に比べて半分以下の値打ちのない投票権は、その人の人格を半分しか見ない、と言うことと同じです。ましてや、5倍格差は、その投票権者の人格が5分の1、としか評価されていないことと同じです。この事態、明らかに憲法違反です。

もちろん、国の行政の区割りにおいて、完全平等の区割りは困難でしょう。
しかし、選挙区割りを平等に扱う、という配慮は、行政として可能な限り実現すべきです。
 選挙権について、さらに問題があります。

受刑者の選挙権制限です。公職選挙法では、次のようになっています。

第11条 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
1.成年被後見人
2.禁錮以上の刑に処せられその執行を終るまでの者
3.禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)

4.公職にある間に犯した刑法(明治40年法律第45号)第197条から第197条の4までの罪 又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律(平成12年法律第130号)第1条の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から5年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者

5.法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者

受刑者が、犯罪者として処罰されるのは当然ですが、必要以上の権利侵害は不要でしよう。窃盗犯が、服役中に選挙権を行使して、何が悪いのでしょうか。

今までの法律は、余りにも形式的すぎます。

犯罪者が、犯した罪の範囲で断罪されるべきは当然です。しかし、全人格の否定は、憲法違反となります。