2010年11月18日

◆控訴を勧める裁判長?

川原俊明

横浜地裁で、裁判員制度のもとで、審理された殺人事件において、初めて、死刑判決が言い渡されました。検察官が、論告という意見陳述の場面において、「この被告に死刑を言い渡さないで、この国で、誰を死刑にするというのか」とまで、言わせたくらいに、残忍な殺人事件でした。それだけに、裁判員の方々も、大変な役割を背負わされたものと、お察し申し上げます。

ただ、私には、裁判長の判決言渡しにあたり、気になることがあります。

マスコミ報道によると、判決言渡し後、裁判長が、「被告に控訴を勧めた」、というのです。もちろん、刑事裁判では、有罪判決言渡しの後、被告に対し、「この判決は、有罪判決なので、14日以内に控訴できる」ことを、必ず伝えています。

しかし、裁判所は、十分に審理した結果、これが間違いのない正しい結論だという前提のもとに判決を言い渡すのです。ただ、三審制をとる日本の裁判制度を前提に、異議申立の機会を被告に伝えているに過ぎません。

ところが、今回のように、裁判長が、被告に控訴を勧めた、というのは、もってのほかです。他の刑事事件でみても、どこの裁判長が、自分の言い渡した判決に対し、控訴を勧めてくれますか。聞いたことがありません。裁判長は、当該刑事事件で、十分に審理を尽くして、死刑判決が、間違いのないものとして、言い渡しをしたのではなかったのですか。

自分の判断が間違っているなら、もともと、死刑判決を読み上げるべきではありません。仮に、裁判長の発言に、「裁判員の意見が、死刑の方向に多く流れているから、やむを得ず死刑判決にしたので、控訴しなさいよ」、という趣旨が含まれるならば、その裁判官は、裁判員制度そのものを軽視したことになります。

裁判員制度のもとでの判決内容は、当該事件では、それがすべてなのです。もともと、裁判員制度は、民意を、裁判に生かす、という趣旨であったはずです。民主主義の国家では、民意を最大限に尊重すべきことが、大切なことです。

もちろん、いまの裁判員制度でも、6人の裁判員が、死刑を求め、3人の裁判官が死刑以外の量刑、たとえば無期懲役を選んだ場合には、死刑判決を下すことはできません。

【参考】
評決にあたっては、構成裁判官及び裁判員の双方を含む過半数の賛成を必要とする。
裁判員法67条1項
少なくとも一人の裁判官が、死刑への評決に加わる必要が明記されています。

このことを考慮しても、裁判長の、控訴勧誘発言は、納得できません。マスコミでは、裁判員の究極の心労を察し、裁判員に逃げ道を与えたかのような報道があります。しかし、それは、違います。

裁判長発言は、裁判員制度の否定につながるのです。裁判員が、心労の上、決断した結論を軽視するばかりか、司法制度を否定することになるのです。

被告に対する中途半端な説明は、覚悟を決めた被告自身にも、悪影響を与えます。
 


2010年11月11日

◆ビデオ流失の責任は誰?

川原俊明

尖閣諸島での中国漁船衝突ビデオが、インターネット上で流出されました。

政府が、一般公開しない方針を打ち出しているしろもののビデオ。国会内で、議員たちが、わずか数分間の要約版を見せられている間、インターネット上で、もっと詳細なビデオ画像が全世界に公表されてしまっています。

明らかに、日本政府の初動捜査ミス。日本政府の見解が正しく、中国漁船の違法性に確信を持っていたのなら、なぜ、直ちに、ビデオを全世界に向けて公表しなかったのでしょうか。

日本政府が、ぼやぼやしているその間に、中国が、日本の不当性をののしり、首脳会談までキャンセルし、別件の日本人逮捕劇までつけて、執拗に反日キャンペーンを張っていました。本来、その中国政府に対し、真っ先にビデオを送りつけるべきなのに、日本政府は、イヌの遠吠えで、領有権を主張するだけでした。

日本の政治家は、またしても、世界から信用を失ってしまいました。日本の主張が正しければ、国際司法裁判所に、領有権の主張を提訴すべきです。

ましてや、日本という国の、国家管理体制のずさんなこと。「機密」といっているのなら、なぜ、厳重な体制をとらないのでしょうか。最近のテロ関連情報の漏洩など、今の政府の、国としての管理体制が機能していないことが明白です。

国としての信用に関わることです。今回の、ビデオ流出も、政府として公開しない、と公言している立場からすれば、あってはならない事態です。

政府は、海上保安庁の職員にもなめられています。職員も、国家公務員である限り、守秘義務を遵守すべき立場にあります。政府が、公開しないというべきものを、自分の判断で、インターネットに流出させて良いはずがありません。国家公務員は、国の機関です。国の命令に違反して、公務員が、自分の判断で、機密を漏洩すれば、処罰されるべきは当然です。

ここは、厳密に対処すべきです。
でないと、国としての管理体制が崩壊してしまうことになるからです。

とはいえ、根本の原因は、誰なのでしょう。今の政府の、筋の通らない外交体制です。

本当に日中関係が大切なら、菅総理は、事件発生後直ちに、胡錦濤(こ きんとう)国家主席とともに、インターネットを通じて、一緒に画像を見て、共通認識のもとで、あるべき方向を議論すべきでしょう。

政府の初動捜査ミス。これが、今回のすべての原因です。



2010年11月04日

◆離婚夫婦と子の面接

川原俊明

最近、離婚を前提にした母親が、子どもを連れて、一方的に家を出るケースが増えています。 父親の暴力を避けるケースであれば、それも当然と言えるでしょう。
 
しかし、必ずしもそういうケースばかりではありません。
離婚後に、子の親権を確保するため、既成事実化をはかろうとする母親の行動が見受けられます。勤めから帰った夫が、家の中に入ると、母子もろとも蒸発していた、というのです。

最近の社会現象でしょうか。父親が、子どもの養育に執着するパターンが増大しています。 少子化現象の裏返しなのでしょうか。

両親が、少ない子どもを取り合う場面が増えています。草食系男子の増加傾向と、因果関係があるかも知れません。
 
アメリカでは、国際結婚の破綻後、日本人の親が米国籍の子どもを、相手の承諾なしに日本に連れ帰る事例が多発し、これに非難が集中しています。 アメリカの下院では、国際間の親権問題を定めた「ハーグ条約」への加盟を、日本政府に呼びかける決議案を圧倒的多数で採択したそうです。

 アメリカでは、離婚後も共同親権が原則です。法律で、離婚後の単独親権を定める日本との認識の差があるのかも知れません。しかし、この問題は、子どもの立場を中心に考える必要があります。
子どもにとって、両親は、生涯のつながりです。

その意味では、離婚後の共同親権、というアメリカ方式が望ましいのではないでしょうか。
法改正を求めます。

日本国内でも、一方的連れ去り行為は、子どもの成長にとって決してプラスではありません。
 


2010年10月28日

◆裁判員制度と死刑求刑

川原俊明

裁判員制度は、もともと重大な刑事犯罪に対し、民意を反映させようとする制度として導入されたものです。今回、裁判員制度が導入されて初めて、検察官から死刑を求刑された事件を、裁判員制度のもとで審理されることになりました。

耳かきエステ店員ら2名の殺害事件です。エステでのサービスを自分への好意と勘違いした被告人が、店員の女性のみならず、女性の祖母までも殺害した、という事案でした。

人の命を奪う、ということは、とてつもなく重いものです。被害者の、未来ある人生を奪う、ということなのですから。私たちが神でない限り、自ら、他人の命を復活させることができないのです。ゲームの世界とは違って・・・。
 
人は誰でも、この世に生を受けた限り、自由に生を享受する権利を持っています。他人の人生を、奪うことなど、誰もできないのです。

にもかかわらず、自らの欲望を満たすため、自らの一方的な判断で、殺害という手段で他人の人生を遮断することは、自分の命をもってしても、償っても償いきれないものなのです。ことの重大性を、私たちも再認識すべきです。裁判員となった方々にとっては、大変重圧のかかる裁判に関与してしまった、と思われていることでしょう。

でも、死刑制度は、法律で定められた刑罰です。二人も身内を殺害された遺族にとっては、殺人鬼の加害者が、いまだに生きていること自体、不思議と思っているでしょう。

ただし、法は、目先の感情だけで、判断してはなりません。

しかし、法は、社会の常識の集大成なのです。健全な日本の法治社会において、国民の多くは、死刑制度の存続を求めています。
 
裁判員として、死刑求刑の事案という大変な刑事裁判を担当することになったとしても、勇気をふりしぼって、健全な社会を維持するために、意見を主張すべきです。社会の常識を主張されるべきでしょう。 

2010年10月05日

◆大阪地検特捜部解体論

川原俊明

郵便不正事件をめぐって、大阪地方検察庁の特捜検事が、押収した証拠品のフロッピーディスクを改ざんした,という事件が明るみに出ました。しかも、特捜部の上司である部長検事などが、さらに、隠蔽工作に荷担しているかの事実が、伝わってきます。

今、司法界に激震が走っています。検察への信頼崩壊から、刑事裁判への信頼に揺らぎが出ています。

刑事事件の場面では、検察官の権限は強大です。いままで、刑事裁判での有罪率として、99パーセント近い実態があります。従来の刑事裁判官も、検察からの証拠は、ほぼ100%近く、疑いの目で見ようとしません。それだけ、検察に信頼があったのでしょう。

本来、刑事裁判でも、検察官と弁護人は、対等の立場にあり、刑事裁判官は、予断を排除して、刑事裁判に望むべきが、あるべき姿です。
 
ところが、検察が、被疑者の身柄を拘束して有利な取り調べを進め、刑事裁判になっても、第一回公判で、起訴事実を認めたことを確認しないと、原則的に保釈を許さない刑事裁判のあり方は、極めて問題です。

特捜部に限って言うと、特捜検事の人脈・体質に問題があります。鬼の特捜検事といわれたT氏。やめてからは、逆にヤミの世界とつながっているという事実もあります。元特捜検事であったヤメ検といわれる弁護士。すべてがそうだとは言いません。

そのうちの何人かは、検察庁時代の役席をフルに活用して人脈を使い、部下であった現職検事を、退職後も手足に使うなど、明らかに権利の乱用が行われている、という噂もあります。 しかも、検察庁も、元上司のいいなり体質を抜け切れていません。

民事崩れの、どうでもいいような事件について、相手方を被疑者に仕立て上げ、摘発をさせ、自己の扱う民事事件を有利に扱おうとしたかのような事案にぶつかったこともあります。

要は、大阪地検特捜部には、徹底的にメスを入れるべきです。
裁判所よりも、移動の幅が少なく、濃厚な検察人脈形成要因が、今回の隠蔽体質のもとを作っています。 検察が、国民の信頼回復のためには、裁判所のような広範囲な人事異動体制をとるべきです。
 
その意味で、検察庁特捜部体制、特に、大阪地検特捜部は完全に解体すべきです。特殊な権益集団体制をなくすべきです。
 
しかも、検察庁は、元上司の(政治的・横暴的)介入を許さない体制を再編成すべきです。
 
検察機構は、一から出直すべきでしょう。国民に対し、検察の信頼、そして司法の信頼を回復するために。

 

2010年09月30日

◆国際ルール無視の中国

川原俊明

多くの善良な中国の人々が、どれだけ真実を知った上で、ネット上で意見を主張されているのでしょうか。かわいそうになってきました。

情報規制、極端な愛国主義教育、反日教育。

第二次大戦直後から今日に至るまで、偏った思想教育を進めてきた中国.独裁政治維持のため、14億人民の思想の自由を奪いながら、人民に対する締め付けを続けてきました。中国共産党一党支配のもと、中国政府の日本に対するヤクザまがいの主張は、世界の信用を一気に失った、ことでしょう。

表向き、中国は、強者の論理を世界に示せた、と思っているのでしょう。しかし、誰が、中国のばかげた主張を支持するのでしょうか。

日本の腰抜け外交は別にしても、中国は、最後の勝者ではありえません。日本は、中国でなく、全世界に向けて、意思表示を発信すべきです。
 
ホントに尖閣諸島の領土主張が正しいのなら、全世界に向けて、正当性を発信すべきです。 日本の政治家は、党派を超えて、中国側に意見を述べるべきでしょう。 鳩山前首相は、自分なら、外交で解決できる、というコメントをマスコミに流しています。
 
しかし、口先だけでは、何の役にも立ちません。それなら、政治家として一人ででも、中国に乗り込むべきでしょう。 そんな政治家、もはや、いないのでしょうか。


2010年09月28日

◆武富士倒産の行方は

川原俊明

金融業者最大手・武富士が、会社更生法を申請するというニュースが流れました。数千億円の利息の過払い請求を受けるなど、サラ金業者の壊滅的破綻を象徴するニュースです。

サラ金の高金利規制は、許容の範囲を超えるもので、絶対に必要です。しかし、サラ金とはいえ、金融業者をすべて破綻に追いやるのも、日本経済全体を見ると、大いに問題があります。

昔から、ことわざがあります。
「角を矯めて牛を殺す」。

牛の曲がった角をまっすぐにしようと手を加えていたところ、牛そのものを殺してしまった、というたとえです。多少、問題のある事柄は、修正を加えるべきだけれど、企業の存続自体否定することになれば、日本経済全体にとって、もっとマイナスです。

もともと、サラ金利用者は、銀行が相手にしてくれない企業や零細企業の経営者が、資金繰りに頼ってきた、という側面があります。もちろん、法外な金利確保を是認してきた法律が悪いのですが、企業の息の根までも止めることまでは、問題があります。

企業の倒産は、従業員の解雇、資金供給の停止、連鎖倒産など、思わぬ余波があります。

過払い請求を前面に打ち立て、テレビコマーシャルまでしてきた一部の弁護士事務所や司法書士事務所。今後、サラ金業者の倒産により、返還を受けるべき過払金そのものが返ってこなくなったら、弁護士事務所や司法書士事務所への報酬もなくなり、事務所の運営ができなくなります。

風が吹けば桶屋が儲かる。風が吹けば、目にほこりが入り、目が悪くなってはいけないので、昔の人は、目隠し用に「桶」(おけ)を買った、ということで、このことわざができたそうです。

同じ因果関係でも、その逆パターンが想定されます。サラ金業者の連鎖倒産先が、弁護士事務所や司法書士事務所でないことを願っています。


2010年09月24日

◆検察の正義は何処に行った

川原俊明

郵便不正事件として起訴された厚生労働省の村木厚子局長に対する無罪判決が言い渡された事件がありました。

この事件の取り調べをした大阪地検特捜部の主任検事が、証拠品として押収したフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんした疑いで、逮捕されました。

国家権力を背景に、被疑者に対する生殺与奪の権利を握る検察官。

自ら描いた刑事事件の筋書きどおり、事件を組み立てようとして、証拠をねつ造したとすれば、司法の信用は、奈落の底にまで落ちてしまった、という感じがします。

逮捕された検事が、別件で捜査した案件まで、疑惑を抱かせることになります。捜査の基本を踏み外した検察官の責任は、極めて重大です。日本の司法界の根幹を揺るがすことになるでしょう。

検察官は、容疑者に対する起訴・不起訴の権限を持っています。

そんな検察官による証拠ねつ造は、いわば、司法の権力者が、意のままに、犯罪者を作るということにつながるからです。

スコミの情報では、主任検事のデータ改ざんの事実は、上司の検事や、検事正(地方検察庁の所長)にまで、情報が伝わっていた、ともいわれています。検察の組織ぐるみの容認でしょうか。

恐ろしいことです。暗黒社会の復活ともなりかねません。大阪地検特捜部の解体にまで、議論が深まりそうです。(弁護士)

2010年09月12日

◆法曹への夢を壊すな

川原俊明

2010年9月9日、第5回新司法試験の合格発表がありました。昔の司法試験合格発表のとき、両親が喜んでくれたことを思い出しました。

ところが私たちの時と異なり、司法試験制度が変わりました。法曹の世界に、幅広い人材を送り込もう! 法曹人口を増やし、多くの国民が、法の救済を受けやすくしよう!これが新司法試験制度の目的であったはずです。

今回発表された新司法試験合格率25.4%は、制度趣旨から、大幅にずれています。 国は、法曹をめざす若者の夢を奪っているのです。

国が、いったん決めた制度・方式を、朝令暮改あるいは、猫の目のようにくるくる代わっていいものでしょうか。若者に対する国家的詐欺です。

少なくとも、新制度を公表し、それに呼応して、法曹をめざした若者に、国は最後まで責任を果たすべきでしょう。若者の夢を、つぶしてはいけません。

他にも、問題はいくつもあります。

新司法試験とは言え、それを支えるべき司法試験委員の感覚は、旧態依然たるものがあります。新司法試験制度を理解して問題を作っていません。現役の弁護士ですら、直ちに回答しかねる問題が多く、こんな問題を解かせて、法曹の世界に、幅広い人材を送り込める、とでも思っているのでしょうか。

さらには、合格者数の学校間格差を、問われています。しかし、合格者数上位校の多くは、弊害を指摘された、従来の司法試験予備校並みの体制をとっています。旧司法試験の弊害をなくすための新司法試験ではなかったのでしょうか。

新司法試験の理念のもとに、一般人を対象としたロースクールカリキュラムを組む大学が低位に留めていること自体が問題で、すべてのロースクールの学習体制を見直すべきでしょう。合格者数を誇ればいい、というものではないのです。

ロースクールの中にも、主に法学部卒業生を対象とした2年制既修コース、主に一般人を対象とした3年制の未修コースがあり、それぞれ卒業しないと新司法試験の受験資格がありません。

しかし、たかだか1年の差で、未修者の法律レベルが、既修者と肩を並べられるとは思えません。むしろ新司法試験制度を考えれば、未修者と既修者に同じ問題を提供すること自体が、糾弾されるべきです。幅広い人事を求める、といいながら、難解な法律問題を未習者に解け、といっているのですから。

ここまでくると、5年間の3回受験期限は、撤廃すべきです。若者のチャレンジ精神を国が奪ってはいけません。

さらには、せっかく、国が、一定の法的レベルありと認定した司法試験合格者の、司法修習終了後の処遇、就業確保体制を、国が真剣に考えるべきです。せっかくの人材を、国がつぶしては、日本の将来はありません。


2010年09月10日

◆ひき逃げ弁護士と検事の非常識

川原俊明

最近、東京で、若手弁護士が、酒気帯び運転の上、タクシーと衝突し、運転手と乗客に怪我をさせたまま、「逃げた」事件が報道されました。もちろん、その弁護士は、逮捕され、世田谷警察署に留置されました。

弁護士たるもの、聖人君子ではないので、日常生活において、全く法律違反がないとは言えません。左右どこにも車の影がないのに、長時間と思える赤信号にしびれを切らし、つい、赤信号のまま、歩道を横断することもあるでしょう。

これも、道路交通法違反といえば違反です。「道路交通法」(昭和35年法律第105号)
同法第7条  道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第一項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない。

しかし、これによって罰金を取られたり、民事上の賠償請求において、大きく過失相殺されたりするのも、自己責任の範囲内です。

しかし「酒気帯び」+「ひき逃げ」は、決して許されません。他人を怪我させ、その責任から逃げようとする態度は、法律家の行動として、情状酌量の余地がありません。

私が、問題にするのは、この事件で、ひき逃げ弁護士が、知人の検事とともに出頭してきた、という点です。

弁護士も検事も、同じ法律家仲間として、相談ごとはあるとしても、弁護士が、検事同行で警察署に出頭したことが問題です。

小学生の子どもでもないのに、なぜ、検事を同行させたのでしょうか。

おそらく、弁護士の脳裏には、検事の威力で、事件もみ消しを、期待したのでしょうか。もしそうなら、とんでもないことです。弁護士として、検事を同行させる、という判断そのものが、たとえ知人の検事であっても、検事という立場に迷惑をかける、ということを理解しなければなりません。

安易に同行した検事も、問題です。検事という立場を、捜査すべき警察に明らかにすること自体、無言の圧力になる、ということがわからないのでしょうか。

一般市民が、ひき逃げをした場合、警察への出頭に検事が同行してくれる場面があるでしょうか。
ひき逃げ弁護士も、付き添い検事も、社会の常識から、はずれていることを、理解しなければなりません。



2010年08月23日

◆司法修習生の体験航海が悪いのか

川原俊明

8月18日、香川県沖で、第6管区海上保安本部のヘリコプター「あきづる」が送電線に接触して墜落した事故がありました。犠牲者にはご冥福をお祈りします。

このへり、岡山地方検察庁主催の司法修習生実務体験の一環として、デモ飛行していた矢先のことでした。法律家の卵である司法修習生を巡視艇に乗せ、海上保安庁の業務内容を理解させようとしていたものです。

司法修習生による、社会修習。
私たち法律家は、社会のあらゆる現象から発生した紛争ないし事件の法的処理のため、幅広い社会知識の習得が必要です。司法修習を終え、法曹資格を得てからの実務に少しでも役に立てるように、との実務体験修習が、司法修習生に課せられた社会修習なのです。
 
私たちが、30期司法修習生の頃、大阪での実務修習には、パトカー試乗による違反車両の検挙、司法解剖立ち会いによる漂流死体の解剖見学などがありました。
 
今回、マスコミが、ヘリ墜落に伴い、飛行目的の組織的隠蔽、という場面に焦点を当てて問題を指摘しています。ヘリ墜落とは何の因果関係もないのに・・・。

いくら、情報化社会とはいえ、マスコミの取り上げ方に問題があります。
これによる、司法修習生の社会修習が、将来にわたってやめることになれば大変な社会的損失です。

私たちの時も、社会修習というものがありました。たとえば、近鉄の列車試乗です。 私たちが、司法修習生だったころ、近鉄電車の一区間を、運転手の指導の下に、実際に、電車のハンドルを操作し、車両を運転していました。
 
もちろん、一般乗客を乗せず、です。しかし、これも、数年後に、マスコミの指摘で、この社会学習が廃止されました。 資格のないものが、電車を運転している、というマスコミ報道のおかげで。

マスコミの取り上げ方如何で、司法修習生の社会修習の芽を摘んではなりません。
 

2010年08月05日

◆現代は姨捨山(おばすてやま)か

川原俊明

約1000年ほど昔の日本の説話「大和物語」。そこには、姨(おば 老女)を、山に捨てた男が、名月を見て後悔に耐えきれず、翌日連れ帰った、という話が残されています。貧しかった昔の日本には、家族の貧困に耐えきれず、やむなく老人を捨てる風習が、あったのでしょう。
 
現代の日本。

厚生労働省の役人ですら、高齢者のことを「後期高齢者」等と平気で名付け、高齢者を切り捨てています。姨捨山に老女を捨てた男でさえ、後悔して、翌日連れ帰った、といのに。人情の薄さを露呈する現代社会。

しかしながら、お年寄りは、私たちのルーツであり、私たちの行き着くところであります。若者だって、いつかは、年をとっていくのです。

日本の経済成長を支えてきた人たちに対し、働けなくなった年寄りとして、不要品扱いするのは、「人間のくず」です。

最近、東京都に住民票を置く男性の最高齢者とされる111歳の人が、白骨死体で見つかった事件がありました。それも数十年前に死亡している事実が判明。ところが、家族の供述も、二転三転。事実を隠蔽していると疑われても仕方のない状況です。

どこに問題があるのでしょうか。

一つには、昔の大家族制のように、お年寄りを中心とした家族のきずなが、崩壊しているのでしょう。儒教など、祖先、先達、先輩、年配をいたわる思想が、日本から消えてしまったのでしょうか。

アメリカ仕込みの個人主義の悪いところだけを真似してきた戦後教育制度。お役所の、形だけの高齢者対策。心を失った政治のなれの果てが、この問題の根源にあります。

心を失った人間関係も・・・。心の復活が、今、日本に求められています

2010年07月30日

◆司法修習生未就職率の責任は

川原俊明

新63期司法修習生の、就職未内定率43%。 裏返せば、就職率53%。
2010年6月末現在のデータをマスコミが公表しました。

法科大学院(ロースクール)を卒業したのち、晴れて司法試験受験資格を得、無事司法試験に合格したものの、社会の受け入れ体制がないという現実は、一体誰の責任なのでしょうか。
 
昔の司法試験制度を廃止し、新しくロースクール制度を設け、多様な人材を法曹界に受け入れようとしたにもかかわらず、この就職率は、一体どういうことでしょうか。

私たち、30期の弁護士からすれば、司法試験に合格し、司法修習生を終えてから法律事務所への就職がないなんて、聞いたことがありません。就職は、需要と供給のバランスによるものであることは、十分に理解しています。しかし、ロースクール制度を前提に、毎年の司法試験合格者を3000人にまで引き上げる、と主張していたオリックス宮内会長、およびその取り巻きの官僚たち。
 
まじめに法曹界に進出してこようとしている若者の人生をもてあそんではいけません。

はじめに毎年3000人司法試験合格ありき、という、このバカげた認識は、法曹界の実態を明らかに見誤っています。オリックス宮内会長は、就職未定者の司法試験合格者を、すべてオリックスの法曹部門で優遇採用してくれるなら、まだ、辻褄があうでしょう。
 
社会の変遷に伴い、法曹人口を順次、微増させようとする考えは、私も賛成です。 しかしながら、一気に、司法試験合格者枠を2倍も3倍も増加させても、法律事務所が、当然のように受け入れることは、できるはずがありません。 弁護士業務の飛躍的拡大を実感していないのですから。

弁護士の需要と供給の中で、法律事務所は、司法修習生の採否を決めていきます。一般的に弁護士事務所は、慎重派が多いので、一気に、2人も3人も採用する、というのは、中小の法律事務所では、かなりの決断を要します。
 
そうなると、法曹人口毎年3000人体制を標榜してきた責任は、一体誰がとるのでしょうか。 当時の日弁連執行部は、先を見通す力量がなかった、ということです。
 
政府も、司法の一翼を担うべき司法修習生の必要枠をミスった責任は重大です。司法修習生に対し、司法官僚としての採用を至急検討すべきでしょう。 
いずれにしても、司法修習生には、何ら責任がありません。

法曹全体で、裁判官、検察官の採用枠大幅増大を含め、緊急に検討すべき課題でしょう。

■本稿は7月31日刊全国版メルマガ「頂門の一針」1995号に
掲載されました。他の寄稿と共にご案内します。

◆<目次>
・厚労省調査「政務三役に驕り」:阿比留瑠比
・司法修習生未就職続出の責任:川原俊明
・反日勢力の蜂起:MoMotarou
・米大手企業には何が起きるか:前田正晶
・「日韓併合100年」菅首相の謝罪談話を阻止!
・ 話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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