2009年01月23日

◆新大統領のもう一つの側面

川原俊明(弁護士)

アメリカに新しい大統領が就任しました。

初代ジョージワシントンから数えて、第44代目の大統領となるオバマ氏。アメリカ史上初めてのアフリカ系アメリカ人が大統領となりました。アメリカンドリームという言葉にふさわしい大統領の誕生です。

アメリカのサブプライムローン問題に端を発した経済不況は、いま、全世界の経済に悪影響を及ぼしています。日本では、天下のトヨタでさえ、操業停止や期間工の契約更新拒絶など、日本経済の先行き自体が見通しのつかない逼迫した状態にあります。

ところが考えてみれば、資本主義経済は、好況と不況の波を交互に経験し、それなりに発展してきました。

不況の脱出は、一つのきっかけが必要です。マスコミを含めて、みんなが、先行きが見えない心理状態のもとでは、だれも蓄えを消費に使いません。資本主義は、金が世界をかけ回らないと、経済が好転しない仕組みになっています。まさに自転車操業的経済構造だと思います。

とはいえ、消費経済環境をつくるには、社会を構成する人々に、近未来に対する期待や希望、展望を持たせることが必要です。近代資本主義経済の発展の原動力は、意外と、身近な人間の心理に根ざしているのかもしれません。

その原動力の一つが、オバマ新大統領の誕生でしょう。

アメリカンドリームという心理環境のもとで、従来の殻を破った新しい大統領の誕生は、おそらく世界の人々の心理状態を動かし、景気回復への期待を抱かせて、消費経済が回復しはじめれば、車などの耐久消費財も、順次、売れるようになるでしょう。

社会の多くの人々は、世界経済の再出発という側面を、オバマ新大統領の出現に期待しているのだと思います。
 
オバマ新大統領のもう一つの側面。

それは、オバマ氏が、ハーバード法科大学院を出た弁護士だということです。実は、選挙戦で戦ってきた共和党のヒラリー・クリントン。彼女も、弁護士でした。

アメリカ大統領の戦いは、弁護士同士の戦いでもあったそうです。アメリカの歴代44大統領のうち、半数近くが弁護士出身です。大統領が弁護士であることは何を示しているのでしょうか。
 
法による統治。

この理解度が高くなる、ということは、完成度の高い平和な社会に近づく、ということだと思います。
 
だとすれば戦争のない平和な社会、経済格差のない豊かな社会の建設に、オバマ新大統領の力量を期待したいものです。
 
日本の社会も、オバマ新大統領並みの政治家が社会をリードすべきです。既存政治家のような、自分の集票活動だけの政治活動では、日本の経済も社会も発展しないと思います。

2009年01月14日

◆弁護士村は隔離社会なのか

川原俊明(弁護士)

最近、ある新聞社から取材を受けました。
弁護士法人 川原総合法律事務所のホームページには、弁護士費用の支払にクレジットカード決済が可能だと書いてあるが、日本で初めてのことなのか、ということでした。

その記者によると、現在、日本弁護士連合会が、東京・大阪など、各地域の単位弁護士会に対し、カード決済の是非について調査を開始している、とのことでした。

私は、この話を聞いて、弁護士の世界が、如何に現実の経済社会とかけ離れた実態であるかを痛感しました。
クレジットカードの歴史は、日本でもすでに約50年の歴史があります。

1960年、日本ダイナースクラブがプラスチックカードを発行したことが記録されています。現在の日本だけでも2億3000枚ほどのクレジットカードが発行され、人口を2倍上回っています。今や、複数枚所持が当たり前で、現金に代わるほど利用価値が高まっています。

これほど、カード社会の現代において、弁護士費用を現金でしか扱えないと考えている弁護士の存在自体が、時代錯誤ではないでしょうか。

私たち弁護士は、法的ノウハウを、商品として顧客たる依頼者に提供しているのです。

小売り販売店が扱う商品が、形のある電気製品や食品であり、私たち弁護士の扱う商品が、形のない法的ノウハウであろうと、「商品の提供」という意味では何ら変わりがありません。

商品の提供に対する対価が、現金であろうと、小切手、約束手形、クレジットカード決済のいずれであろうと、依頼者の要請に応じることに何ら問題がありません。法律事務所にとっては、カード会社に手数料を支払うデメリットがありますが、依頼者は、銀行から現金を引き下ろす手間を省け、カード会社からポイントが付くというおまけまで付いています。

もちろん、経済的に困窮した依頼者が破産手続を含む債務整理を依頼しようとする場合は、弁護士がカード決済に応じるはずがありません。

それは、場合によっては詐欺に荷担することであり、弁護士倫理に反することでもあります。

しかし、一般事件の依頼者に対し、カード決済に応じている法律事務所が物珍しいと思うこと自体、本来おかしいのです。

総合病院の治療費の支払いに、カード決済が導入されていて何ら不自然ではない時代なのです。
日弁連が、今頃になって、弁護士費用について、カード決済の是非を検討すること自体、感覚のずれを感じます。
弁護士は、もっと社会常識、経済動向を把握すべきでしょう。


2009年01月09日

◆大阪は無法地帯か

川原俊明(弁護士)

大阪で、いま、流行(はや)るもの。
昨年末からの交通事故ひき逃げ事件。今年に入ってタクシー強盗。
ひき逃げ事件は、道路交通法改正による飲酒運転の罰則強化に伴い、処罰を免れようとして、さらに殺人罪の適用など凶悪犯罪に至るものです。

本来、交通事故加害者は、業務上過失傷害・同致死罪だけですむものを、ひき逃げによって、殺人罪(刑法199条 死刑・無期または5年以上20年の懲役)という人生の十字架まで背負ってしまうことになるのです。

今年は、タクシー強盗。
東大阪から始まって、松原、高槻、寝屋川と、タクシー強盗が続発しています。模倣犯まで出てくる始末。タクシー運転手も、今や命がけの仕事となりました。

江戸時代では、「雲助」(くもすけ)といわれた籠かき屋が、人の弱みにつけ込んで法外な搬送代金をせしめる場面があったそうです。現代のタクシー運転手のことを、今でもそんな表現をする御仁もいます。

ところが、今の大阪では、タクシー運転手の方が、乗り込んでくる客を怖がっています。タクシーの狭い密室を利用し、人通りのいない場所にも指示通り連れて行ってくれるタクシー業務の特性を悪用して、強盗を働くのは、絶対に許せない行為です。

だいたい、タクシーの売り上げを想定してみても、多額の現金を車内にストックしておくことはありえません。タクシーを24時間、街中を走行させても、1日の水揚げが何十万円もなるはずがありません。冷静に考えれば、そんなことがすぐわかるのに、それでもタクシー強盗を働いて、刑務所に入りたいのでしょうか。

強盗の罪は重いのです。
単純強盗でも5年以上20年以下の懲役、強盗して人を怪我させた場合は6年以上20年以下の懲役、ましてや人を死に至らせた場合には、強盗致傷罪として死刑もしくは無期懲役となります(刑法第236条 240条)。

計算高い大阪人にしては、強盗を働いて人生を棒に振る代償として、
タクシー運転手のわずかな水揚げを狙うのは、余りにも短絡的です。

一方、タクシー車内の余りにも無防備さにも、改めて驚きです。タクシー車内が撮影できるカメラを搭載して、その映像を乗降時に本社送信したり、本社とタクシー運転手との会話が無線でつながれていること、などを車内表示したり、運転席を透明の遮蔽板で囲ったりなど、改善の余地が多々あるはずです。
 
タクシー会社に値下げ競争させるよりも、その分、車内装備に金をかけさせるべきでしょう。
大阪の汚名返上のためにも・・。


2009年01月03日

◆法曹の未来は・・・

                  川原俊明(弁護士)

裁判員制度が、今年の5月から施行されるにいたり、すでに裁判員候補者に指名された人たちの反響が様々な形で上がっています。
 
忙しくて参加できない、あるいは、犯罪者に対する量刑を下す仕事にたえられない、など・・。
 
これらの意見の存在は、一般の人々と司法(裁判所)との乖離(かいり・かけ離れていること)が改めて鮮明に出て来たことの証明でもあります。
 
もともと、法律は、常識の集大成であり、社会の掟を明文化したものにすぎないはずです。

ところが、日本では、明治時代から今日まで、国は、法律を一般国民から理解しがたいほどに難しく条文化し、普通の常識だけでは解読しがたいものをつくりあげ、法律学者も、さらに難解な解釈論を組み立ててきました。
 
それも現実の社会の動向を無視して・・。法律を、国民から遊離させたのは法律家の責任です。

しかしながら、法律は、国民みんなが理解し、みんなの決まりとして存在すべきものです。

法律家は、エリートの錯覚から目を覚まし、一般市民のための法的サービス機関として、法律の理解を補助し、法律の適用を援助するように機能すべきです。

弁護士はもちろん、裁判官、検察官も同様です。一つの文章が、何十行にもわたる判決文などは、悪文の典型でしょう。

一般市民が、このような判決文を一読しても、直ちに理解できるはずがありません。法曹の未来は、一般市民の視線に合致してこそ、存在意義があります。

そのためにも、法曹人の意識改革がなにより必要です。私自身の自戒を込めて・・。


2008年12月20日

◆国技が泣く大相撲

川原俊明(弁護士)  
   
〜大相撲・時津風部屋序の口力士に対する傷害致死事件〜

元親方を除く、兄弟子たちの実行正犯部隊に対し、なんと執行猶予付きの寛大判決が言い渡されたのでした。
 参考までに、傷害致死罪(刑法205条)の法定刑は、3年以上20年以下の有期懲役とされています。
 元親方が中心となり、兄弟子たちが、気にくわない新人を相手に、命を落とすまで執拗に暴行を加え続けたこの事件は、ヤミに包まれた大相撲界の醜態を世間にさらけ出したものと言えます。
 もともと、相撲は、土俵の上で、裸の人間が力のせめぎ合いを見せる健全なスポーツです。
 力士の力量により、序の口から横綱まで、順位が定められています。多少の番狂わせがあるとしても、一般的には、横綱と序の口との勝負では、勝敗は、おのずと決まっています。
 新人が、序の口から登板し、体力も技も磨き、順次上位にのぼるシステムからみても、新人が、兄弟子に簡単に勝てるわけがありません。
 それにもかかわらず、「ぶつかりげいこ」の名のもとに、金属バットまで持ちだして新人に制裁を課す兄弟子たちの行動は、リンチ以外のなにものでもありません。
 部屋を代表する親方ともあろう者が、新人にリンチを加え、兄弟子たちも、一緒になって暴行を加える体質は、暴力団同士のリンチ集団と何ら変わるところがありません。
 日本を代表する国技が泣いています。
 野球の練習をするならともかく、相撲の稽古に金属バットは不要でしょう。
 金属バットを使って新人を殴打すれば、いくら体が大きくても、致死の結果は、十分に予想がつきます。
 そんなリンチの実行部隊に、執行猶予付きの寛大判決がはたして妥当なのでしょうか。
 相手の死が十分に予想される暴力沙汰に、甘すぎる制裁では、相撲界の浄化はできません。
 兄弟子たちも、何でも親方のせいにすればいい、というものではありません。
 大相撲八百長疑惑事件をはじめ、今回のリンチ事件などにより、私には、大相撲を神聖な国技として見ることができなくなりました。
 八百長試合も、観衆をバカにしています。
 大相撲は、旧態依然たる部屋制度の解体から始める必要があります。

2008-12-19 

2008年12月02日

◆裁判員制度の功罪

                  川原俊明(弁護士)

裁判員制度が、来年(平成21年)5月から始まります。いよいよ、裁判員候補者に対する通知も発想されました。

この裁判員制度。裁判に民意を反映させようとするもので、理念としては誠にすばらしいものです。
 
選挙により民意を反映した国会(立法)や内閣(行政)。これに対し、裁判所(司法)は、端的に言えば、司法試験合格者による権力の掌握であり、考えてみれば従来の裁判制度は、民意を反映しない誠に危険な国家システムだったのかもしれません。
 
ただし、裁判というものにかかわったことのない大多数の国民が、裁判員制度だ、といって急に裁判所に呼び出され、「民意」を反映せよといわれても、反映しようのないのが現実ではないでしょうか。
 
裁判員制度の下でも、裁判官の「指導」が色濃く反映されるのは目に見えています。それでは意味がありません。
 
結局は、民意の反映された裁判だ、という体裁をとりたい国側の意向が見え隠れしています。弁護士から見ると、現実の刑事裁判では、本来「有罪判決があるまで被告人は無罪が推定される」、とする刑事訴訟法の理念を忘れたと思える裁判官が多く見受けられます。
 
刑事裁判を重ねてきた裁判官の多くは、その惰性で、起訴された被告人を最初から犯罪者扱いしています。
 
私は、刑事裁判において、本当の犯罪実行者に、軽微な訴訟手続き上の不備で、無罪判決がなされることは望ましいとは思いません。
 
しかし、刑事裁判を担当する裁判官は、もっと社会の常識を理解して裁判をすべきです。事実認定の判断の甘さを国民から非難されるような判決をしてはいけないと思います。
 
裁判員制度は、すべての刑事裁判に適用されるのでなく、重要、あるいは凶悪な刑事事件にのみ適用されます。
 
裁判員制度適用の有無にかかわらず、裁判官、検察官、弁護士は、裁判員に負けないよう、幅広い社会常識を備える必要があります。
 
その意味で、裁判員制度が、法律家そのものに警鐘を与える制度として機能すれば良いことだと思います。(完)

2008年11月23日

◆振り込め詐欺犯を封じ込めろ

                 川原俊明(弁護士)

蔓延する振り込め詐欺。被害額は、全国で数千億円にも及ぶとされています。

独居老齢者などに対し、「息子」と偽り、「交通事故を起こした。至急、被害弁償金がいる。」など、緊急事態を装い、慌てた老齢者から、多額の金員を送金させてだまし取る手口。
 
最近、各銀行では、ATMによる自動送金手続の前で、携帯電話を片手に送金しようとする老齢者に対し、注意を呼びかけていますが、それでも振り込め被害は後を絶ちません。
 
被害者が、一旦送金してしまえば、犯人に対する振込金返還請求はなかなか困難なのが実情です。

しかし、振り込め詐欺の仕組みには、当然のことながら、犯人側の銀行口座が開設されていて、振り込んだ金は、特定の銀行口座に入金されています。
 
それならば、銀行口座の開設・運営を厳重に管理してこなかった金融機関に責任はないのでしょうか。

銀行口座の開設は、昔と異なり、架空名義ではできない仕組みになっています。このため、振り込め詐欺の場合、他人口座を借用したり、買い取ったりしての口座利用が圧倒的です。
 
では、他人口座では、取り締まりは全くお手上げでしょうか。決してそうではありません。
 
現代の銀行取引は、すべてコンピュータ管理です。特定のプログラムにより、当該銀行口座の異常な入出金のデータは、一瞬にして判明でき、管理できるはずです。しかも、今年6月から、振り込め詐欺被害救済法施行されました。

この法律に基づき、振り込め詐欺被害者の依頼を受けた弁護士から、振込先の銀行に対し、送金先の銀行口座を凍結するよう申し入れると、警察への通報とともに、現実に銀行口座凍結の事態が実現できます。

振り込め詐欺被害者が、一刻も早く、弁護士からの手続をとれば、被害回復の可能性が生じるのです。

しかも、最近、金融機関は、振り込め詐欺に利用した口座名義を、今後一切、口座開設を許さないことにしました。

安易に、犯罪に荷担して銀行口座を提供すれば、自分も、今後一切、銀行取引ができなくなるのですから、要注意です。
 
この事態は、振り込め詐欺にかかわらず、「ヤミ金被害」でも、同様の扱いがなされています。
 
ヤミ金業者は、超高金利をヤミでとり続け、脅しすかしで、被害者の骨の髄までしゃぶろうとしているのです。

被害者は、勇気を振り絞って、一刻も早く対策を講じるべきです。 (完)

2008年11月22日

◆長たる者の発言は

                    川原俊明(弁護士)

麻生太郎総理大臣が、首相官邸で開いた全国知事会議で、「医者は、社会的常識がかなり欠落している人が多い」と発言したことが、物議を醸しています。

麻生総理は、マンガ世代の単純な人なので、以前から、自分の思っていることを、ストレートに表現するタイプの政治家でした。

あとで、表面的にいくら弁明しようとも、彼の発言は、心の底から正しいと確信しているはずです。麻生総理に言わせれば、私たち弁護士を含む法律家も、非常識な専門バカなのでしょう。

一般論として、麻生総理は正直なのかもしれません。おそらく、麻生総理の次の非難は、弁護士にも向けられるかもしれません。でも、他人を非難する前に、政治家そのものに、非常識な人間の多いことを棚上げしてはなりません。 政治家は、あくまで国民一人一人の代弁者として選ばれたに過ぎません。

選ばれたエリートではないのです。
 
それを勘違いし、議員バッチをつけたとたん、人間が変わる人がいるのはどうしてなのでしょう。 政治家は、国民の代弁者にすぎないことを自覚するならば、国民の総意を反映した発言をすべきでしょう。

 国政の長たるもの、「選ばれた」ことの意味を勘違いして発言したり行動すべきではありません。麻生総理は、知事会議の直後に出席した全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会でも 、場違いな発言をしました。「しつけるべきは子どもじゃなく母親だ」と。
 
人の発言は、TPO(Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合) )をわきまえる必要があります。 ましてや社会の長たるもの、そのわきまえがないと、失格です。このことは、個人の表現の自由とは別次元の問題なのです。
 
そのいい例が、航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の、「日本は侵略国家でない」との論文を書いたことで更迭となったことです。 

仮に、田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の意見が正しいとしても、自衛隊の文民統制を標榜する民主主義国家日本では、制服組が、歴史批判を受け入れている内閣の姿勢を踏み越えて発言してはならないのです。その分別ができないようでは、世の中の長たる資格はありません。
 
麻生総理の発言は、政治家の長としては、明らかに失格です。(完)


2008年11月08日

◆犯行隠匿と人命軽視

                                                  川原俊明(弁護士)

大阪梅田の交差点。3qにわたり、交通被害者を引きずり回したあげく逃走していた犯人。防犯カメラに映っていた「黒いミニバン」を約200台もしらみつぶしに捜索し、車輌所有者を割り出して、事件直後の退職従業員を逮捕するに至った状況は、大阪府警本部のお手柄です。

それにしても、ひき逃げ犯人。今年3月にも飲酒運転で検挙され、「執行猶予中」だったそうです。

 執行猶予付き判決の場合、懲役刑の言い渡しにより、本来実刑となれば、そのまま刑務所に収監されるところ、3年から5年内の執行猶予期間中、実社会で更生の機会を与えられます。

その間、犯罪をおかすことなく期間を終えれば、刑の言い渡しそのものが効力を失い、刑務所に収監されることがなくなります。

しかし、執行猶予期間中、犯罪により、再度、有罪判決を受け、執行猶予が取消された場合、前回の刑と、今回の刑をあわせた期間、刑務所に収容されることになります。

ひき逃げ犯人は、執行猶予取消による収監を恐れ、さらに重い罪を犯したことになります。
 
今回の交通事故による接触事故が、被害者が軽症の場合、被害者との交渉によっては、単なる物損事故扱いで治まることもあり、執行猶予取消のない場合もあるのです。 

最悪、執行猶予取消であっても、ひき逃げさえなければ、人命喪失など、最悪な事態は回避できたはずです。自分のささいな保身のため、罪もない人の命を3qも車底で引きずり回したものです。とても許されることではありません。

「ひき逃げ」の卑怯な手口が、弾劾されるのは当然です。

それだけではありません。被害者を車底で引きずれば、当然のことながら、人身に危害を与え、命が失われることになっても仕方がない、と認識している犯人は、余りにも、残忍卑劣な人間です。

被害者の家族の心情を察すれば、犯人こそ、江戸時代に行われた「市中引き回しの刑」に値するものでしょう。

最近、都会のジャングルに住む野蛮人には、社会に生活する一人一人が、家族の愛に囲まれて生活しており、それぞれが生きる権利とともに活動しているのだ、ということの理解が乏しいようです。(完)


2008年11月03日

◆世間に忍び寄る危険性「大麻売買事件」

                     
川原敏明(弁護士)

慶應義塾大学の構内で、大麻を売買していた慶大生が逮捕されました。慶大生の供述は、「同じ大学の何人かと一緒に吸った」、「興味半分」だそうです。

慶大に限らず、法政大学、関東学院ラグビー部など、一部の大学生が、興味本位とはいえ、覚せい剤や大麻など麻薬に手を染めている現実は、亡国の危機を感じます。

日本では、大麻の違法栽培、営利目的譲渡などが違法であることくらい、常識の範疇に属します。
大麻取締法では、みだりに所持し、譲り受け、または譲渡したものは、5年以下の懲役に処せられるのです。これが、営利目的だと、7年以下の懲役、情状により200万円以下の罰金も併科されます。(法24条の2)

ロシア出身の力士・若の鵬が、落とした財布から大麻が発見されたことから、稽古部屋でも吸引器が発見され、ついに相撲界を「解雇」されたことも、目新しいニュースでした。

私たちがよく聞く話は、西成の街中に立っていると、覚せい剤の売人がどこともなくにじり寄ってきて、購入を勧める、というのです。

暴力団の資金源となる覚せい剤にかぎらず、人間の脳を破壊し、体をむしばむ恐ろしい「白い粉」が、日本中に蔓延している可能性を危惧します。

些細なトラブルなのに、常識では考えられない殺人事件にまで簡単に運んでしまう事実。人の命を虫けら以下に扱うひき逃げ事件など。人間の理性を狂わせる背景の一つに、覚せい剤や麻薬・大麻がはびこっているのではないかと恐れています。

私たちが刑事事件を扱う中で、事件発生の背景となっているものの中に、覚せい剤などを原因とするものがあります。吸引・注射などにより、一時的快楽感があるものの、今度は、逆に、幻覚作用が生じて、恐ろしい被害妄想を感じ、他人に危害を加える犯罪者に生まれ変わっていくのです。

いつのまにか、世間に忍び寄る危険性。これは、覚せい剤など、薬漬けのために理性を失った人間が、集団となり、そして国が滅びた世界の歴史を、もう一度、振り返る必要があります。



2008年10月25日

◆梅田のひき逃げ事件は殺人罪!

                     川原俊明(弁護士)

最近、人をはねた交通事故で、そのまま逃走を試みる残虐な犯行が目につきます。許されない気持ちです。
 
大阪梅田の繁華街で、人を引きながら3キロにわたり引きずり回した、という凶悪犯罪事件が発生しました。数日前にも、無免許運転の中学3年の女子生徒が、自転車に乗った人を180メートルも引きずって、なお逃走を試みた、という事件がありました。
 
自分さえ逃げ通せればいいと思ったのでしょうか。被害者の命はどうなってもいいのでしょうか。

身近に発生する交通事故のなかでも、一番卑怯なのは、ひき逃げ事件です。
 
最近、道路交通法が改正され、飲酒運転により人を致死に至らせた場合、危険運転致死罪として懲役20年以下の厳罰に処せられることになりました。

ところが、交通事故をおこしても逃走し、その間にアルコールを抜けてから自首することによって、危険運転致死罪を回避するパターンが出てきました。その一連で、「逃げ得」を計算し、重罪の危険運転致死罪を回避し、自動車運転過失致死傷罪の「7年以下」を狙って自首する、というとんでもない輩が横行し始めました。

しかし、ひき逃げによる犯行で、被害者を車体に巻き込んでいることを知りながら、逃走するのは、危険運転致死罪どころか、「殺人罪」です。

被害者の生命に明らかな危険が発生することが目に見えており、被害者が死亡してもやむを得ない、と考える場合では、「未必の故意」が認定され、殺人罪が適用されるのです。殺人罪は、当然のことながら死刑を含む重罰です。
 
ひき逃げによる卑劣な逃走は、決して許されるものでなく、それこそ厳罰で、法を適用すべきです。

人間として、交通事故を起こしてしまったなら、被害者の救済を最優先すべきです。 被害者の救済を放棄することは、殺人罪の適用につながることを認識すべきです。卑劣な逃走をしても、いつまでも逃げ切れるものではないのです。(完)


2008年10月14日

◆三浦元社長の自殺への遺族コメント


                      川原俊明(弁護士)

三浦和義元被告人が、約27年前、妻・一美さんの殺人容疑で、日本で裁判にかけられ、最高裁判所で無罪になった事件がありました。
 
それが、27年後の今年、元被告人が、アメリカ自治領のサイパン旅行で入国したところ逮捕されました。逮捕容疑は、殺人罪と共謀罪。
 
すでに日本の裁判所で刑事裁判として無罪が確定している元被告人に対する逮捕ないし裁判が許されるのでしょうか。
 
ここに、刑事裁判の基本原則とも言うべき「一事不再理」という不文律があります。一つの刑事事件で審理し、結論が出た事件は、これ以上蒸し返さない、というものです。
 
この不文律は、日本で確定裁判があれば、日本国内での裁判に限らず、アメリカを含む海外での裁判に一律適用されるべきものです。
 
その結果、サイパン地裁では、殺人罪を容疑とする逮捕・勾留請求は無効となりました。しかし、アメリカには、日本に存在しない形態の犯罪形態を別に定めていたのです。それが、共謀罪。
 
日本の共同正犯(刑法第60条)と構成要件を異にする類型の犯罪だそうです。その意味では、共謀罪での逮捕・訴追は、一事不再理に抵触しないことになります。
 
元被告人の犯罪地とされるアメリカ・ロスアンゼルスに移送決定された後、拘置所で自殺した事が報じられました。元被告人が、直前まで無罪を主張していたのに、自殺による事件の決着をみたのが、元被告人の真意だったか、という点は、議論がありそうです。
 
それでも、事件発生後27年を経た時点において、なお、アメリカが、刑事事件の真相を追求しようとする執念には敬服します。元被告人が、無罪を主張するなら、堂々と主張を続けるべきであり、自殺は、逃避に過ぎず、事件の解決になりません。
 
私は、弁護士としての立場から、被害者の妻・一美さんの母の、以下のコメントが心にしみます。
「被害者の人権よりも犯罪者の人権を重んじる日本では、三浦が裁判に勝ち、正義は実現しませんでした。」
「死んだことで罪がすべて許されるなら、この世に倫理道徳はなくなります。」
 「三浦を有罪にする確信の元になった捜査資料の提出を公開して欲しい。」

私たち法律家の立場からしても、刑事裁判は、真相の究明こそ、大事だと思います。それが、刑事裁判をうける被告人に、有利であれ、不利であれ、事件の証拠はすべて開示すべきです。
 
最近、刑事裁判に関わって、検察官が、被告人に有利な事実、すなわち、刑事裁判の維持には不利な証拠について、弁護側からの被告人に有利な証拠も、「不同意」として、裁判所への提出を認めない例があります。これは、検察官の本来の立場を、見失った対応です。
 
検察官は、公権力を行使する国民の代表者として、刑事裁判の当事者であるべきです。

ところが、なぜか、いったん起訴された刑事事件を、なんとしてでも有罪にしなければいけないと考えているのか、弁護側の被告人に有利な証拠の裁判所に対する提出すら拒否している例が見られるのです。
 
検察官としては、起訴どおり証拠に基づき有罪であれば、それも一つの結論であり、仮に、弁護側からの証拠によって、無罪となっても、これも真実発見という刑事裁判の目的からすれば、何ら問題がないのです。
 
なにか勘違いしている検察官の存在によって、司法をゆがめていることが気になります。
 
先ほどの、被害者一美さんの母のコメントは、日本の裁判制度の問題を指摘されたご意見として、理解しています。(完)

2008年09月29日

◆政治家不在の日本

川原俊明(弁護士)

中山成彬国土交通大臣の「(地元住民)ごね得」発言、「日教組解体」論「日本の単一民族国家」論など、失言問題に、おそらく多くの国民はあきれかえっているでしょう。

政治家として、それなりの持論を持って国会に乗り込んできたのは理解するとしても、国務大臣に任命された以上、内閣の一閣僚として、言動に責任を持つべきです。

放言・失言はとんでもないことです。辞任、あるいは、罷免は当然です。
 
麻生内閣は、国会の内閣総理大臣指名に基づき、麻生総理大臣が組閣した行政府です。立法府としての国会と異なり、行政府としての内閣は、日本国のあるべき姿を示し、日本のより良き未来形成に向けて、内閣が、一丸となって行動すべき立場にあります。
 
国務大臣である一閣僚は、総理大臣によって任命されます。仲良し内閣とまで揶揄されるほどに、総理大臣の国務大臣任命権は絶対的なものです。それだけに、国を動かす内閣が、閣内不一致の意見を抱えていてはいけないことから、総理大臣の閣僚罷免権が、憲法第67条で保障されているのです。

それだけに、一閣僚としての発言は、時の内閣の方針なり、考え方、と見なされても仕方がありません。
野党が、麻生総理に対する任命責任を主張するのは、それなりの根拠があります。
 
それにしても、中山国土交通大臣の、閣僚としての自覚のなさは驚きです。国の命運を左右する閣僚としての見識は、全く見られません。
 
言うまでもなく、日本は民主国家です。多様な意見の存在は、思想信条の自由として保障されています。

しかし、閣僚としては、日本を全体として鳥瞰的に把握すべきその立場を理解なければなりません。閣内統一された意見でもない放言・失言をするようでは、閣僚としてはもちろんのこと、国会議員としても資格がありません。
 
実に情けない政治家が、国会議員として席を温めていることに、憤りを感じます。

この背景には、国会議員の政治家としての質の低下があります。各政党は、政党の得票率を上げるため、タレント議員の多用、二世議員の重用をし、日本の政治に不可欠な人材よりも、目先の集票マシンを候補に立てるばかげた習性があります。

ここに、日本の政治体制の後進性が見られます。橋下大阪府知事が、中山失言を支持するコメントを流しています。これにもあきれています。彼も、中山氏と同罪でしょう。

二世議員の登用について、小泉元首相の代議士引退声明に関連して、次男坊に票田を承継することを公表しました。靖国参拝評価を別にしても、それなりに活躍した小泉元首相でした。しかし引け際に、票田の世襲を明らかにすることにより、小泉元総理は、評価を大幅に下げたのではないでしょうか。

日本は、江戸時代に戻ってはいけないのです。世界を見つめないといけないのです。国民は、憲法の精神を理解しない政治家を選ぶべきではありません。


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