2008年11月23日

◆振り込め詐欺犯を封じ込めろ

                 川原俊明(弁護士)

蔓延する振り込め詐欺。被害額は、全国で数千億円にも及ぶとされています。

独居老齢者などに対し、「息子」と偽り、「交通事故を起こした。至急、被害弁償金がいる。」など、緊急事態を装い、慌てた老齢者から、多額の金員を送金させてだまし取る手口。
 
最近、各銀行では、ATMによる自動送金手続の前で、携帯電話を片手に送金しようとする老齢者に対し、注意を呼びかけていますが、それでも振り込め被害は後を絶ちません。
 
被害者が、一旦送金してしまえば、犯人に対する振込金返還請求はなかなか困難なのが実情です。

しかし、振り込め詐欺の仕組みには、当然のことながら、犯人側の銀行口座が開設されていて、振り込んだ金は、特定の銀行口座に入金されています。
 
それならば、銀行口座の開設・運営を厳重に管理してこなかった金融機関に責任はないのでしょうか。

銀行口座の開設は、昔と異なり、架空名義ではできない仕組みになっています。このため、振り込め詐欺の場合、他人口座を借用したり、買い取ったりしての口座利用が圧倒的です。
 
では、他人口座では、取り締まりは全くお手上げでしょうか。決してそうではありません。
 
現代の銀行取引は、すべてコンピュータ管理です。特定のプログラムにより、当該銀行口座の異常な入出金のデータは、一瞬にして判明でき、管理できるはずです。しかも、今年6月から、振り込め詐欺被害救済法施行されました。

この法律に基づき、振り込め詐欺被害者の依頼を受けた弁護士から、振込先の銀行に対し、送金先の銀行口座を凍結するよう申し入れると、警察への通報とともに、現実に銀行口座凍結の事態が実現できます。

振り込め詐欺被害者が、一刻も早く、弁護士からの手続をとれば、被害回復の可能性が生じるのです。

しかも、最近、金融機関は、振り込め詐欺に利用した口座名義を、今後一切、口座開設を許さないことにしました。

安易に、犯罪に荷担して銀行口座を提供すれば、自分も、今後一切、銀行取引ができなくなるのですから、要注意です。
 
この事態は、振り込め詐欺にかかわらず、「ヤミ金被害」でも、同様の扱いがなされています。
 
ヤミ金業者は、超高金利をヤミでとり続け、脅しすかしで、被害者の骨の髄までしゃぶろうとしているのです。

被害者は、勇気を振り絞って、一刻も早く対策を講じるべきです。 (完)

2008年11月22日

◆長たる者の発言は

                    川原俊明(弁護士)

麻生太郎総理大臣が、首相官邸で開いた全国知事会議で、「医者は、社会的常識がかなり欠落している人が多い」と発言したことが、物議を醸しています。

麻生総理は、マンガ世代の単純な人なので、以前から、自分の思っていることを、ストレートに表現するタイプの政治家でした。

あとで、表面的にいくら弁明しようとも、彼の発言は、心の底から正しいと確信しているはずです。麻生総理に言わせれば、私たち弁護士を含む法律家も、非常識な専門バカなのでしょう。

一般論として、麻生総理は正直なのかもしれません。おそらく、麻生総理の次の非難は、弁護士にも向けられるかもしれません。でも、他人を非難する前に、政治家そのものに、非常識な人間の多いことを棚上げしてはなりません。 政治家は、あくまで国民一人一人の代弁者として選ばれたに過ぎません。

選ばれたエリートではないのです。
 
それを勘違いし、議員バッチをつけたとたん、人間が変わる人がいるのはどうしてなのでしょう。 政治家は、国民の代弁者にすぎないことを自覚するならば、国民の総意を反映した発言をすべきでしょう。

 国政の長たるもの、「選ばれた」ことの意味を勘違いして発言したり行動すべきではありません。麻生総理は、知事会議の直後に出席した全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会でも 、場違いな発言をしました。「しつけるべきは子どもじゃなく母親だ」と。
 
人の発言は、TPO(Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合) )をわきまえる必要があります。 ましてや社会の長たるもの、そのわきまえがないと、失格です。このことは、個人の表現の自由とは別次元の問題なのです。
 
そのいい例が、航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の、「日本は侵略国家でない」との論文を書いたことで更迭となったことです。 

仮に、田母神(たもがみ)俊雄幕僚長の意見が正しいとしても、自衛隊の文民統制を標榜する民主主義国家日本では、制服組が、歴史批判を受け入れている内閣の姿勢を踏み越えて発言してはならないのです。その分別ができないようでは、世の中の長たる資格はありません。
 
麻生総理の発言は、政治家の長としては、明らかに失格です。(完)


2008年11月08日

◆犯行隠匿と人命軽視

                                                  川原俊明(弁護士)

大阪梅田の交差点。3qにわたり、交通被害者を引きずり回したあげく逃走していた犯人。防犯カメラに映っていた「黒いミニバン」を約200台もしらみつぶしに捜索し、車輌所有者を割り出して、事件直後の退職従業員を逮捕するに至った状況は、大阪府警本部のお手柄です。

それにしても、ひき逃げ犯人。今年3月にも飲酒運転で検挙され、「執行猶予中」だったそうです。

 執行猶予付き判決の場合、懲役刑の言い渡しにより、本来実刑となれば、そのまま刑務所に収監されるところ、3年から5年内の執行猶予期間中、実社会で更生の機会を与えられます。

その間、犯罪をおかすことなく期間を終えれば、刑の言い渡しそのものが効力を失い、刑務所に収監されることがなくなります。

しかし、執行猶予期間中、犯罪により、再度、有罪判決を受け、執行猶予が取消された場合、前回の刑と、今回の刑をあわせた期間、刑務所に収容されることになります。

ひき逃げ犯人は、執行猶予取消による収監を恐れ、さらに重い罪を犯したことになります。
 
今回の交通事故による接触事故が、被害者が軽症の場合、被害者との交渉によっては、単なる物損事故扱いで治まることもあり、執行猶予取消のない場合もあるのです。 

最悪、執行猶予取消であっても、ひき逃げさえなければ、人命喪失など、最悪な事態は回避できたはずです。自分のささいな保身のため、罪もない人の命を3qも車底で引きずり回したものです。とても許されることではありません。

「ひき逃げ」の卑怯な手口が、弾劾されるのは当然です。

それだけではありません。被害者を車底で引きずれば、当然のことながら、人身に危害を与え、命が失われることになっても仕方がない、と認識している犯人は、余りにも、残忍卑劣な人間です。

被害者の家族の心情を察すれば、犯人こそ、江戸時代に行われた「市中引き回しの刑」に値するものでしょう。

最近、都会のジャングルに住む野蛮人には、社会に生活する一人一人が、家族の愛に囲まれて生活しており、それぞれが生きる権利とともに活動しているのだ、ということの理解が乏しいようです。(完)


2008年11月03日

◆世間に忍び寄る危険性「大麻売買事件」

                     
川原敏明(弁護士)

慶應義塾大学の構内で、大麻を売買していた慶大生が逮捕されました。慶大生の供述は、「同じ大学の何人かと一緒に吸った」、「興味半分」だそうです。

慶大に限らず、法政大学、関東学院ラグビー部など、一部の大学生が、興味本位とはいえ、覚せい剤や大麻など麻薬に手を染めている現実は、亡国の危機を感じます。

日本では、大麻の違法栽培、営利目的譲渡などが違法であることくらい、常識の範疇に属します。
大麻取締法では、みだりに所持し、譲り受け、または譲渡したものは、5年以下の懲役に処せられるのです。これが、営利目的だと、7年以下の懲役、情状により200万円以下の罰金も併科されます。(法24条の2)

ロシア出身の力士・若の鵬が、落とした財布から大麻が発見されたことから、稽古部屋でも吸引器が発見され、ついに相撲界を「解雇」されたことも、目新しいニュースでした。

私たちがよく聞く話は、西成の街中に立っていると、覚せい剤の売人がどこともなくにじり寄ってきて、購入を勧める、というのです。

暴力団の資金源となる覚せい剤にかぎらず、人間の脳を破壊し、体をむしばむ恐ろしい「白い粉」が、日本中に蔓延している可能性を危惧します。

些細なトラブルなのに、常識では考えられない殺人事件にまで簡単に運んでしまう事実。人の命を虫けら以下に扱うひき逃げ事件など。人間の理性を狂わせる背景の一つに、覚せい剤や麻薬・大麻がはびこっているのではないかと恐れています。

私たちが刑事事件を扱う中で、事件発生の背景となっているものの中に、覚せい剤などを原因とするものがあります。吸引・注射などにより、一時的快楽感があるものの、今度は、逆に、幻覚作用が生じて、恐ろしい被害妄想を感じ、他人に危害を加える犯罪者に生まれ変わっていくのです。

いつのまにか、世間に忍び寄る危険性。これは、覚せい剤など、薬漬けのために理性を失った人間が、集団となり、そして国が滅びた世界の歴史を、もう一度、振り返る必要があります。



2008年10月25日

◆梅田のひき逃げ事件は殺人罪!

                     川原俊明(弁護士)

最近、人をはねた交通事故で、そのまま逃走を試みる残虐な犯行が目につきます。許されない気持ちです。
 
大阪梅田の繁華街で、人を引きながら3キロにわたり引きずり回した、という凶悪犯罪事件が発生しました。数日前にも、無免許運転の中学3年の女子生徒が、自転車に乗った人を180メートルも引きずって、なお逃走を試みた、という事件がありました。
 
自分さえ逃げ通せればいいと思ったのでしょうか。被害者の命はどうなってもいいのでしょうか。

身近に発生する交通事故のなかでも、一番卑怯なのは、ひき逃げ事件です。
 
最近、道路交通法が改正され、飲酒運転により人を致死に至らせた場合、危険運転致死罪として懲役20年以下の厳罰に処せられることになりました。

ところが、交通事故をおこしても逃走し、その間にアルコールを抜けてから自首することによって、危険運転致死罪を回避するパターンが出てきました。その一連で、「逃げ得」を計算し、重罪の危険運転致死罪を回避し、自動車運転過失致死傷罪の「7年以下」を狙って自首する、というとんでもない輩が横行し始めました。

しかし、ひき逃げによる犯行で、被害者を車体に巻き込んでいることを知りながら、逃走するのは、危険運転致死罪どころか、「殺人罪」です。

被害者の生命に明らかな危険が発生することが目に見えており、被害者が死亡してもやむを得ない、と考える場合では、「未必の故意」が認定され、殺人罪が適用されるのです。殺人罪は、当然のことながら死刑を含む重罰です。
 
ひき逃げによる卑劣な逃走は、決して許されるものでなく、それこそ厳罰で、法を適用すべきです。

人間として、交通事故を起こしてしまったなら、被害者の救済を最優先すべきです。 被害者の救済を放棄することは、殺人罪の適用につながることを認識すべきです。卑劣な逃走をしても、いつまでも逃げ切れるものではないのです。(完)


2008年10月14日

◆三浦元社長の自殺への遺族コメント


                      川原俊明(弁護士)

三浦和義元被告人が、約27年前、妻・一美さんの殺人容疑で、日本で裁判にかけられ、最高裁判所で無罪になった事件がありました。
 
それが、27年後の今年、元被告人が、アメリカ自治領のサイパン旅行で入国したところ逮捕されました。逮捕容疑は、殺人罪と共謀罪。
 
すでに日本の裁判所で刑事裁判として無罪が確定している元被告人に対する逮捕ないし裁判が許されるのでしょうか。
 
ここに、刑事裁判の基本原則とも言うべき「一事不再理」という不文律があります。一つの刑事事件で審理し、結論が出た事件は、これ以上蒸し返さない、というものです。
 
この不文律は、日本で確定裁判があれば、日本国内での裁判に限らず、アメリカを含む海外での裁判に一律適用されるべきものです。
 
その結果、サイパン地裁では、殺人罪を容疑とする逮捕・勾留請求は無効となりました。しかし、アメリカには、日本に存在しない形態の犯罪形態を別に定めていたのです。それが、共謀罪。
 
日本の共同正犯(刑法第60条)と構成要件を異にする類型の犯罪だそうです。その意味では、共謀罪での逮捕・訴追は、一事不再理に抵触しないことになります。
 
元被告人の犯罪地とされるアメリカ・ロスアンゼルスに移送決定された後、拘置所で自殺した事が報じられました。元被告人が、直前まで無罪を主張していたのに、自殺による事件の決着をみたのが、元被告人の真意だったか、という点は、議論がありそうです。
 
それでも、事件発生後27年を経た時点において、なお、アメリカが、刑事事件の真相を追求しようとする執念には敬服します。元被告人が、無罪を主張するなら、堂々と主張を続けるべきであり、自殺は、逃避に過ぎず、事件の解決になりません。
 
私は、弁護士としての立場から、被害者の妻・一美さんの母の、以下のコメントが心にしみます。
「被害者の人権よりも犯罪者の人権を重んじる日本では、三浦が裁判に勝ち、正義は実現しませんでした。」
「死んだことで罪がすべて許されるなら、この世に倫理道徳はなくなります。」
 「三浦を有罪にする確信の元になった捜査資料の提出を公開して欲しい。」

私たち法律家の立場からしても、刑事裁判は、真相の究明こそ、大事だと思います。それが、刑事裁判をうける被告人に、有利であれ、不利であれ、事件の証拠はすべて開示すべきです。
 
最近、刑事裁判に関わって、検察官が、被告人に有利な事実、すなわち、刑事裁判の維持には不利な証拠について、弁護側からの被告人に有利な証拠も、「不同意」として、裁判所への提出を認めない例があります。これは、検察官の本来の立場を、見失った対応です。
 
検察官は、公権力を行使する国民の代表者として、刑事裁判の当事者であるべきです。

ところが、なぜか、いったん起訴された刑事事件を、なんとしてでも有罪にしなければいけないと考えているのか、弁護側の被告人に有利な証拠の裁判所に対する提出すら拒否している例が見られるのです。
 
検察官としては、起訴どおり証拠に基づき有罪であれば、それも一つの結論であり、仮に、弁護側からの証拠によって、無罪となっても、これも真実発見という刑事裁判の目的からすれば、何ら問題がないのです。
 
なにか勘違いしている検察官の存在によって、司法をゆがめていることが気になります。
 
先ほどの、被害者一美さんの母のコメントは、日本の裁判制度の問題を指摘されたご意見として、理解しています。(完)

2008年09月29日

◆政治家不在の日本

川原俊明(弁護士)

中山成彬国土交通大臣の「(地元住民)ごね得」発言、「日教組解体」論「日本の単一民族国家」論など、失言問題に、おそらく多くの国民はあきれかえっているでしょう。

政治家として、それなりの持論を持って国会に乗り込んできたのは理解するとしても、国務大臣に任命された以上、内閣の一閣僚として、言動に責任を持つべきです。

放言・失言はとんでもないことです。辞任、あるいは、罷免は当然です。
 
麻生内閣は、国会の内閣総理大臣指名に基づき、麻生総理大臣が組閣した行政府です。立法府としての国会と異なり、行政府としての内閣は、日本国のあるべき姿を示し、日本のより良き未来形成に向けて、内閣が、一丸となって行動すべき立場にあります。
 
国務大臣である一閣僚は、総理大臣によって任命されます。仲良し内閣とまで揶揄されるほどに、総理大臣の国務大臣任命権は絶対的なものです。それだけに、国を動かす内閣が、閣内不一致の意見を抱えていてはいけないことから、総理大臣の閣僚罷免権が、憲法第67条で保障されているのです。

それだけに、一閣僚としての発言は、時の内閣の方針なり、考え方、と見なされても仕方がありません。
野党が、麻生総理に対する任命責任を主張するのは、それなりの根拠があります。
 
それにしても、中山国土交通大臣の、閣僚としての自覚のなさは驚きです。国の命運を左右する閣僚としての見識は、全く見られません。
 
言うまでもなく、日本は民主国家です。多様な意見の存在は、思想信条の自由として保障されています。

しかし、閣僚としては、日本を全体として鳥瞰的に把握すべきその立場を理解なければなりません。閣内統一された意見でもない放言・失言をするようでは、閣僚としてはもちろんのこと、国会議員としても資格がありません。
 
実に情けない政治家が、国会議員として席を温めていることに、憤りを感じます。

この背景には、国会議員の政治家としての質の低下があります。各政党は、政党の得票率を上げるため、タレント議員の多用、二世議員の重用をし、日本の政治に不可欠な人材よりも、目先の集票マシンを候補に立てるばかげた習性があります。

ここに、日本の政治体制の後進性が見られます。橋下大阪府知事が、中山失言を支持するコメントを流しています。これにもあきれています。彼も、中山氏と同罪でしょう。

二世議員の登用について、小泉元首相の代議士引退声明に関連して、次男坊に票田を承継することを公表しました。靖国参拝評価を別にしても、それなりに活躍した小泉元首相でした。しかし引け際に、票田の世襲を明らかにすることにより、小泉元総理は、評価を大幅に下げたのではないでしょうか。

日本は、江戸時代に戻ってはいけないのです。世界を見つめないといけないのです。国民は、憲法の精神を理解しない政治家を選ぶべきではありません。


2008年09月24日

◆幼児受難の時代

                     川原俊明(弁護士)

近時、福岡で小1男児、千葉で保育園女児が、それぞれ幼い命を失いました。

人間、生まれてきたからには、肉体が朽ちるまで、思い切った人生を歩む権利があります。

人それぞれに人生があり、運命があります。人生には、苦しみと楽しみがあり、山と谷があります。せっかく生を授かった生命体が、寿命が尽きるまではぐくむことは、神あるいは自然の摂理への義務です。 
 
しかしながら、他人によって自分の人生を打ち切られることは、余りにも殺生な話です。被害者が、生を受けてまもなくの乳幼児であろうが、何十年の人生を享受してきた老齢者であろうが、まったく同じことです。
 
他人を殺害することは、自分の命の尊さすらも理解していないからです。

これだけ文明が進んでも、人間が、細胞一つ、一から作り上げることはできていません。細胞の遺伝子を変える技術があったとしても・・・。
 
生命の神秘は、まさに神のみぞ知る分野でしょう。ましてや、幼児には、多くの未来が待っています。
 
福岡の小1男児の場合、たとえ多少の発達障害があったとしても、その男児は、寿命が尽きるまで人生を享受する権利があったはずでした。犯人とされる母親に、たとえ多くの事情があったにせよ、男児の生を奪うことは許されないことです。

ただし、往々にして、人の殺傷事件の背景には、社会問題が山積していることも事実です。経済問題、介護問題、環境問題、医療問題など、社会のるつぼの中に、多くの事件の発生があります。
 
この世の中から、少しでも犯罪をなくすには、平和で、多くの人が幸せを感じる社会環境が必要だと思います。それぞれに人生があります。
 
互いを思いやり、命の尊さを理解することが大切なことです。

2008年09月22日

◆C型肝炎患者の製薬会社との和解


                   川原 俊明(弁護士)

大阪地方裁判所で、製薬会社を被告として提訴していた、薬害に基づく損害賠償請求訴訟の原告であるC型肝炎患者が、製薬会社との間で、9月17日裁判上の和解を成立させました。
 
患者にとっては、4年半にわたり、訴訟を維持してきました。

しかし、今年2月に、国との和解が成立したこともあり、できるだけ早期決着に向けて、製薬会社との和解交渉を続けることにしたのです。

患者は、肝ガンに罹患し、重篤な状態にありながらも、他の多くの肝炎患者救済のため、自らの体を顧みず、患者救済の受け皿としてのNPO法人肝炎家族の会を立ち上げるなど、涙ぐましい努力をしてきました。
 
今回の和解内容には、製薬会社が、C型肝炎患者救済のため新薬開発に向けて最大限努力する趣旨の条項が入りました。
 
裁判上の和解調書という公文書において、製薬会社の新薬開発にむけての努力条項が記載されたことは、画期的なことです。
 
原告であるC型肝炎患者は、みずからの損害賠償金を放棄してまで、この条項を求めたのでした。

製薬会社には、原告患者のこうした気持ちを、汲んで上げてもらいたいと思います。
<川原敏明弁護士は、本訴訟の担当弁護士>


2008年09月17日

◆新司法試験合格率の意味

                     川原俊明(弁護士)

今年の新司法試験合格者が発表されました。2065人で合格率33%。
 
この結果は、様々な問題を含んでいます。元来、国は、法曹人口を拡大し、年間3000人の司法試験合格者を輩出する目標を設定しました。無医村ならぬ、無弁村をなくそう、との方針です。

その下に、近年、合格者は、年間1000人、1500人と徐々に増加してきました。日本弁護士連合会(日弁連)も、年間3000人合格路線を容認してきました。
 
ところが、昨年の司法試験合格者の深刻な就職難という現状は、安易な法曹人口の拡大方針に警告を発したものといえます。
 
しかしながら、基本的には、日本の法曹人口は、世界に比して極端に少ないのです。したがって、現代の錯綜した法律関係のもとでは、裁判官、検察官を含めた法曹人口の拡大傾向は、社会の要請ともいえるものです。
 
しかるに、日弁連は、近時、会長声明によって、増員問題に水を差すかのような、軌道修正路線を表明しました。たしかに、就職難の現実を目のあたりにして、増員抑制案は、やむを得ないのかも知れません。しかし、考えてみれば、日弁連の方針変換も無責任です。
 
3000人合格方針を信じて、すでに数年前から、若者達は、ロースクール受験生になるべく、今まで勤めてきた会社を捨て、預貯金をはたき、あこがれの弁護士を目指して、法律の世界に飛び込んできているのです。
 
旧司法試験に比べれば、弁護士になれる確率が高く、法律を学んでこなかった他分野の人材を法曹人として育てる、というロースクール制度の高邁な方針に共鳴して、多くの若者が新司法試験に挑戦しようとしているいるのです。
 
日弁連の変身は、法曹を目指す若者にとって、迷惑な話です。当初の合格率予想は、70〜80%程度でした。それならば、むしろ、ロースクール卒業生に対し、新司法試験合格者に対してはもちろんのこと、仮に、司法試験に合格しなくとも、ロースクールでの勉学の成果を習得した若者たちを、国や地方公共団体、企業が、何らかの就職の場を提供するべきでしょう。
 
増加する法曹人口に対し、社会が受入体制を築く必要があります。ちなみに、就職活動により、法律事務所で勤務する弁護士のことを「イソ弁」、といいます。近時、就職難の落とし子として、法律事務所に籍だけ置かせてもらうが、給与は出ない「軒弁」(のきべん)といわれる弁護士がいます。法律事務所の軒先も貸してもらえず、給与ももらえないで、最初から自宅で開業せざるを得ない弁護士のことを「宅弁」(たくべん)といいます。 「軒弁」、「宅弁」は、近年の新造語です。
 
熟練弁護士の指導を受けない「宅弁」は、事件を依頼する立場からは、果たして任せていいものかどうか、問題かもしれません。
 
裁判員制度が、来年から施行されます。裁判に対する国民の関心は増大します。これにともない、ますます法曹人口の拡大は、不可避でしょう。しかも、高い合格率を維持するためには、肝心のロースクールでの法曹教育体制を再検討すべきです。
 
今まで以上に質の高い実務的な法曹を、ロースクール教育に投入すべきでしょう。そのうえで、法曹人口を増やしていくべきだと思います。(完)

2008年09月05日

◆救急医療に免責・責任軽減制度!

                      川原俊明(弁護士)

福島地方裁判所でなされた産婦人科医師に対する無罪判決に対し、福島地検が控訴を断念し、無罪が確定しました。
 
帝王切開手術で大量出血した患者の死亡事故について、産婦人科医師が逮捕され、業務上過失致死の疑いで刑事裁判にかけられていたのです。
 
亡くなられた遺族の気持ちもわかります。しかし、医療体制に、どこまで司直の手をのばすべきか、慎重に検討すべき事案となりました。
 
この事案に限らず、産科・小児科の医師のなり手が少ないのは、他の科目の医師よりも、多くの医療訴訟に巻き込まれる危険が大きいからです。民事事件ならまだしも刑事事件にまで追求されるとなれば、医師としてやる気を失うのも、わからないではありません。
さらには、マスコミを賑わすものに、救急病院での患者のたらい回し現象があります。
 
医療機関が、時間外での緊急医療受け入れ体制を取り、限られた医師の手配による暫定治療の結果に対し、大きな医療過誤訴訟に回ってくるのでは、医療機関側にとって、割に合うはずがありません。それなら、最初から緊急患者を受け入れない方が、医療訴訟で攻められることがなく、医師にとって安心だからです。

しかしながら、これも、最終的には、患者につけが回ってきます。

結果的には、目の前に救急病院があっても、救急患者を受け入れてくれないのですから。
救命は、時間との戦いです。
 
そこで、緊急医療の場面では、患者も、とりあえずの暫定処置を期待している、と割り切る必要があります。

医療過誤訴訟では、医師の過失を判断する基準として、当該時期における医療水準を満たした処置がなされたかどうか、これが医師の注意義務違反かどうかを認定します。

しかし、緊急医療において、この原則をそのまま当てはめるのは、果たして妥当なのでしょうか。酷に過ぎる場合が発生します。
 
緊急医療の場合、いままでの治療歴の有無に関係なく、当該症状を訴える初対面の患者に対し、医師が、限られた時間で処置をするのです。この場面で、医療水準を満たした適切な処置がなされたかどうかの判断基準を適用する方が無理を言っているのは明らかです。
 
そこで、救急医療においては、医師の注意義務を軽減するなどの処置を、立法的に明記して解決すべきです。

法律は、当該社会の実情に合わせたものでなればなりません。

限られた環境のもとでの適切な措置さえなされていれば、当該医師に対し、それ以上の民事・刑事の責任を追及すべきではありません。

そうすれば、救急医療機関も安心して救急患者を受け入れることができます。患者のたらい回しもなく、産科・小児科の医師不足も解消されるかもしれません。
 
現在の、医師責任追求型訴訟社会では、医師、とくに産科・小児科の医師がますます少なくなり、医療体制が整わないことによって、結果的に少子化現象を助長することになります。
 
これでは、決して、社会全体が、良くなりません。(完)


2008年09月02日

◆総理は日本の船頭なのに・・

                   川原俊明(弁護士)

9月1日夜、福田総理が辞任を表明しました。

日本の総理大臣の地位は、それほど軽いものなのでしょうか。行政の頂点に立つ総理大臣たるもの、一国の船頭さんに例えられます。

航海の途中で、総理の椅子の座り心地が悪くなったからといって、簡単に椅子を蹴っていいものでしょうか。ましてや、今年は、中国・韓国などとの関係を修復しなければならない大事なときに、仕事半ばで無責任にも辞任を表明するのは許されないことです。
 
韓国との竹島問題の平和的解決をどうするのですか。中国との関係強化も、目前に対策が迫られているではないですか。9月にも開かれようとしている日中韓首脳会談はどうするのですか。
 
総理大臣の「職場放棄」は、日本政治の後進性をまたしても世界に見せつけてしまうことにならないでしょうか。
 
福田総理が辞めたとしても、ただちに小沢総理になるわけではありませんが、もう少し、タイミングを考えて辞任時期を考えるべきでしょう。
 
世界の政治は、急速に進んでいます。ロシアの覇権主義が動き出しています。アメリカの大統領選挙結果によって、世界の流れが変わります。
 
ロシアとEU諸国との冷戦も、ぶり返す可能性を秘めています。そんなときに、自分だけ、身を引いて責任を取ろうとするのは、日本的ではあります。しかし、現代の世界には決して通用しない行動です。
 
総理大臣たるもの、命をかけて政治を動かすべきです。命をかけた仕事もしないで、辞任するのは、余りにも無責任です。(完)


2008年08月10日

◆「中国ギョーザ」とマスコミの対応

川原俊明(弁護士)

今年1月、中国・天洋食品製冷凍ギョーザに強い毒性を持つ農薬メタミドボスが混入していた事件が発生しました。

これに関連して、このたび、中国側が、中国国内でも、天洋食品製冷凍ギョーザを食べた中毒被害者が発生したことを日本に伝えてきました。

食の安全のため、早期の原因究明が必要です。
 
ただ、この件のマスコミ報道で気になることがあります。中国から、被害発生の連絡があって1か月も経つのに、日本政府が公表しなかったことをもって、あたかも政府の対応に問題があるかのような論調がマスコミで流されています。

これに応じて、昨日、小沢民主党代表が、政府の対応を批判しました。しかし、この問題は、食の安全という観点から報道されるべきでしょう。

今回の中国側の被害報告を日本政府が直ちに公表しなかったからといって、一体何が問題なのでしょうか。公表の遅れがあったことをもって、どうして政府の責任となるのでしょうか。原因究明がなされた、という結果報告があったわけでもないのに。

日中が、責任のなすりあいをしてきた本件にとって、あくまで捜査途上の報告にすぎず、この報告によって問題が解決したわけではありません。

むしろ日中友好を大切にするならば、日本政府の態度は、むしろ正解で、日中双方で、早期に問題解決を計るべきです。

政治というものは、大局的な観点で対処すべきです。
マスコミが小さなスクープをもって、鬼の首でも取ったような報道をすること自体が問題でしょう。

日韓問題にしても、日中問題にしても、政治家は、国家100年の計をもって行動すべきであり、マスコミの目先の興味本位の報道により、国際関係を揺るがせてならないと思います。今回のマスコミの報道姿勢を疑います。 (完)