2017年01月31日

◆皇女和宮の死因は急性心筋梗塞

石岡 荘十


NHK大河ドラマとしては久々に当たった「篤姫」再放送のことをが思い出した。中々良く出来た大河ドラマだった。

ところで、このドラマに登場する将軍に降嫁した皇女和宮ことだが、和宮は脚気(かっけ)だったといわれる。挙句、今風に言えば、急性心筋梗塞に襲われたのだった。

簡単におさらいをしておくと、和宮は弘化3年(1846年)仁孝天皇の第8皇女として生まれるが、公武合体を図る幕府の画策の末、文久2年(1862年)、14代将軍徳川家茂の妻となった。ともに16歳だった。

慶応元年、家茂は20歳のとき、長州征伐のため大阪に赴いたが、翌年大阪城で病死する。死因は脚気だったとされている。

脚気はビタミンB1の欠乏による末梢神経障害、下肢のしびれ、心臓の機能に異常を起こす原因となり、心機能の低下、心不全(衝心)を起こすことから、昔から「脚気衝心(かっけしょうしん)」と呼ばれている。

NHKのドラマでは、家茂は江戸城で胸をかきむしって、最後は、勝海舟に抱きかかえられて息を引き取るシナリオとなっている。現代の病名で言うと、脚気から急性心筋梗塞を起こした、というのが定説である。

「将軍家十五代のカルテ」(新潮新書 石川英輔)によると、3人の将軍が脚気衝心で死んでいる。10代・家治、13代・家定、それに和宮の夫15代・家茂の3人だ。

10代・家治の頃(在職1760〜1786)から江戸の裕福な家庭では、ビタミンB1を含む米糠や玄米を丹念にといだ精米をたべる習慣が広まった。

まず富裕層に患者が多発、江戸末期には一般庶民にも患者が出るようになったことから「江戸患い」と呼ばれたという。115代桜町天皇(在位(1735〜1747)もこの病に冒されて亡くなったという説もある。

さて皇女和宮である。

和宮は夫・家茂の死後、大政奉還の後、1868年、江戸城を出て一時、江戸に住んでいた。明治になって京都に帰ったが、東京に移られた天皇の勧めで明治7年、東京に移住。

それが<数え32歳の頃、脚気の病になり、明治10年8月7日から箱根塔之沢「元湯」に静養のため滞在、(中略)26日目、俄かに衝心の発作が起こり>(以下、ウイキペディア)、他界した。

つまり現代医学で言うところの脚気の合併症たる急性心筋梗塞で亡くなったと考えられる。

脚気は明治時代、日本の風土病と考えられ、都市部の富裕層や陸軍に多発していた。が、じつは<脚気は栄養障害の一種と断定したのが高木兼寛、ビタミンB1の単離に成功したのが鈴木梅太郎である>

海軍では高木がパンや麦飯を出したところ、海軍では脚気を根絶した。

ところが陸軍では森林太郎(森鴎外)らが麦飯に反対。麦飯しか食えなかった田舎から徴兵した健康な兵隊に白米を食わせ、多くの脚気患者を”生産“するという皮肉な結果を招いた。

日清・日露戦争では戦死者より多い数万人の兵士を脚気で病死させている。麦飯を支給した海軍に病死者はなかった。

明治天皇も脚気に苦しみ漢方による食事療法を希望視したが、森を中心とするドイツ系学派の侍医に反対され、西洋医学そのものに不信を抱いていたといわれる。(この項については、主宰者がいつだったか詳しく書いている)。

原因がB1欠乏と分からないまま、<大正時代以降、精米された白米が普及し、副食を摂らなかったことで非常に多くの患者を出し、結核と並んで2大国民病とまで言われた>

脚気が根絶されたのは1952(昭和27)年になってからだ。ビタミンB1の工業生産に成功し、安く簡単に摂取することができるようになったためだ。

ところが、1972年に脚気が再燃したことが、日本内科学会誌で取り上げられている。原因は若者を中心に、砂糖の多い飲食品や副食の少ないインスタント食品といったビタミンの少ないジャンクフードをよく食べるようになったためだといわれる(糖分の消化にビタミンB1を大量に消費するため)。

脚気は心臓にダメージを与える。心筋梗塞は老人の病気だという考えが一般的だが、若い人の食生活を見聞きすると、家茂・和子夫妻がそうだったように、若くして脚気衝心から急性心筋梗塞を発症する患者が増えてくる恐れがある。(再掲)

2017年01月30日

◆大規模な中国のワクチン治療

石岡 荘十



ランセット(Lancet)と並んで世界的に権威のある医学誌だとされるNEJM(The New England Journal of Medicine)が、「さまざまな年代群における新型インフルエンザワクチン」 (A Novel Influenza A (H1N1)Vaccine in Various Age Groups)と題する論文を掲載し、専門家の注目を集めている。(原文は下記)

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0908535

論文は、中国で3歳から77歳までの2200人を対象に年齢別に4群に分けて、新型インフルエンザワクチンの有効性や安全性を調べた試験(治験)についてだ。具体的には

 ・プラセボ対照のランダム化比較試験
 ・1回接種と2回接種
 ・アジュバンドの有無
などによる抗体価(免疫力)の変化を調べている。

試験の詳細はきわめて専門的なものなので、ここでは、その概要の紹介にとどめる。

まず、「プラセボ対照のランダム化比較試験」というのは、治験に参加する人をランダムに2つのグループに分ける。一方にはワクチンを打つ、もう一方のグループには偽のワクチン(プラセボ)を打つ。その上で、双方を比較する試験のことで、これによってワクチンの効果を確かめることが出来る。

ワクチンに限らず、新薬が開発されたときなどには、相手の同意を得たうえで行われる標準的な治験方法である。

つぎの「1回接種と2回接種」は、2つのグループに分け、一方には1回しか打たない、もう一方には3週間後に2回目の接種を行う。そしてこの双方の効果にどれくらいの違いが出るかを比較する。

これによって、我国でも問題となった1回打ちでいいのか、2回打たなければ充分な効果が出ないのかを判断するデータを得ることが出来る。

最後の「アジュバンド(adjubant)」というのは、ワクチンの免疫力を強める目的でワクチンと一緒に投与される試薬のことで、国内産のものにはこれを使っていない。

しかし欧米から輸入を予定されているワクチンにはこれが含まれている。因みに「ブースター・ロケット」というと、ロケットの推進力を高める2段目の補助推進装置のことをいう。

ところが、厚労省医系技官のなかには、このことを理由に「輸入ワクチンは危ない」と否定的な意見を吐く者が少なくないが、じつは新型インフルエンザについて欧米でも日本でもきちんとしたアジュバンドの試験が行われたことはない。

中国でアジュバンドの有無を比較した治験が行われたとすれば、世界で初めてということになる。

NEJMによれば、研究を実施したのは、中国江蘇省をはじめとする行政機関、Southeast Universityなど。ワクチンを製造したのは、中国のHualan Biological Bacterin Companyだという。

新型インフルエンザワクチンの有効性について、このような大規模な治験は初めてのことだ。日本での治験は20歳から50歳までのわずか健常者200人についてのものだけで、ワクチンの有効性、全体像を評価するデータとしては不足だとされ、他の年代別の治験は先送りになった経緯がある。

ワクチン接種の回数をめぐっては、厚労省内部でごたごたがあり、マスコミを誤報へ追い込んだ。この“事件”については、10/23既報の通りである。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4648006/

自治医科大学感染免疫学講座・臨床感染症学部門准教授の森澤雄司氏は「この論文は二重の意味で、衝撃だった。臨床医学のレベルで日本は中国にはるかに及ばないこと、日本のワクチン戦略が世界標準から大幅にずれていることが浮き彫りになった」と述べている。

森澤氏は厚労省の新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会などで、専門家の立場から積極的に発言しているだけでなく、前厚労相に対しても医系技官の施策に批判的な意見を述べてアドバイスしているが、

同氏はさらに「日本では200人という規模で臨床試験をやっただけで、中間結果が報告されたのは10月16日だった。それに対して、中国では(大規模な)臨床試験の結果が既にNEJMに掲載されている。もう率直に言って、話にならない。

また、従来、感染症の領域ではドラックラグ、つまり新開発の薬を患者に投入できるまでの時間差、あるいは、海外での新薬を国内承認できるまでの時間差はあまり問題になっていなかったが、今回の新型インフルエンザでは、急に流行が開始し、早急な対応を求められる事態になり、ドラックラグが強く認識されるようになった。

中国で今回の試験が可能だったのは、ワクチンを海外に売ろうという意識を国策としてきちんと持っているからだ。これに対して、日本ではワクチンを作っているのは小規模のメーカー(4社)。

行政が企業を守り、護送船団でがんばるという発想はもうあり得ないはずなのに、まだやっている。今の状況は、そのようにしか見えない。

ワクチンを作るのであれば、ワクチンを輸出するくらいの心意気、ビジョンが必要なのではないか」。と憤懣やるかたない思いを医療従事者限定のメールマガジン(「m3.com」)で語っている。

「そもそも国産ワクチンと輸入ワクチンを区別して考えているのは、恐らく日本だけ。この考え自体が、世界標準からも大幅にずれている」と批判している。

仰るように、論文が示唆するところは少なくない。ただ、中国の食品問題で痛い目にあっている日本人としては、「エッ、中国製のワクチンだって?それは勘弁してよ」という庶民感覚があってもおかしくない。

治験に参加した人々がどのように集められたのか、重大な副作用がおきた場合の補償はどうなっているのか、NEJMの論文で示された科学的なデータだけではストンと腑に落ちない、別の次元での不信感は拭えないというのが、素人の筆者の正直なところである。

2017年01月26日

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十



医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流
れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。
こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。
手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を
持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を
確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐよう
に別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパ
スを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受
ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスク
を強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓ま
で挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に
仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを
広げる。

あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコ
レステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まっ
たt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。

崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術
か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医
によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなり
の患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはなら
ない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人
工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再
狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。

そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」
である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそ
っと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘った
トンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がま
た再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。

そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも0
4年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果
のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激
減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治
療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1
対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、
間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえっ
て心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重
い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。
あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。
外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたま
まバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸
を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を
行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なもの
となるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治
療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、
致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、
♪あなたならどうする? (了)

2017年01月22日

◆いま必要な「サラダ・ボウル理論」

石岡 荘十



日本では小さいときから障害を持つ子ども達を、特殊な存在として特別な学校で教育をすることが当然のように行われている。障害を持ち、盲・聾・養護学校で特別な教育を受けている児童・生徒は約10万人に上る。

「普通の学校へ通わせたい」
親がこう希望しても、障害を持つ子が一般の学校への入学を果たすには多くの困難を伴う。受け入れられると、上記の地裁決定のように、それが美談風なニュースになるほど稀である。さすがに最近では、障害を持つ子どもが、障害を持たない同じ年代の仲間と一緒に学び成長していくことが、双方の人格形成に大きな意味を持つとして、障害児が一般の小・中学校で教育を受けるケースが増えているそうだ。しかし、まだまだ十分とはいえない。

私たちは障害を持った人をどのような存在として考えたらいいのだろうか。福祉国家として知られるデンマークで「ノーマライゼーション」という考え方が生まれたのはいまから半世紀以上前のことで、社会福祉を考える上で極めて重要な理念だといわれてきた。

ノーマライゼーションの理論は、はじめは、障害者が社会に適応していく手助けをする、そのことによって障害者が出来るだけ普通の社会に適応できるようにする、障害者をノーマルにするという考え方だった。

道路の段差を無くす、駅にエレベーターを設置する、車椅子の購入費を補助する------「まだまだ」と批判されながら、国や自治体の行政レベルで進められてきた様々な支援策の根拠になっている思想だと言ってもいいだろう。このような施策は「同化主義」、つまり健常者を基準にして作られている社会のバリアーをなくし、障害者が健常者主導の社会に同化できるよう手助けをしようという考え方だ。

しかし、そこには多数の健常者がノーマルな存在で、障害者は「特異な存在」だという偏見がある。このような初期のノーマライゼーション理論には限界がある、と批判された。

そこに登場したのが、「多元主義」という考え方である。障害者を特異な存在としてではなく、当たり前の存在としてありのまま受け入れ共に生きていこうというものだ。このような考え方を、「サラダ・ボウル理論」と言っている。一つひとつの野菜の個性をそのまま残しながら、いろいろな種類のナマの野菜をサラダの入れ物(ボウル)に盛りつけることで、別の味覚を創造する。そんな社会をイメージした理論だ。

障害者が健常者に近づくのではなく、目が見えない、耳が聞こえない、歩けなくとも、手助けは必要だが、そのままノーマルな存在として受け入れられるという考え方である。

重要な認識は、障害者をノーマライズするのではなく、健常者がひそかに持っている偏見をノーマライズするということだ。このような認識でいうと、現実は、明らかに健常者サイドに問題がある。

障害を持つ子どもは特別の教育施設に“隔離”されている。そんななかで、“普通”の学校で育った子どもに、大人になって突然、「障害者を特異な存在と思うな」と言っても、長年、無意識のうちに刷り込まれてきた差別意識や偏見を拭い去ることが出来るだろうか。ノーマライズされなければならないのは、むしろ健常者と言われる人々が抱いている差別意識や偏見だと言えるのではないか。

自宅近くに聾学校があり、手話で話す生徒とバスに乗り合わせることがよくあるが、健常者と見られるほかの乗客が彼(彼女)らを「当たり前の存在」と受け入れている様にはとても見えない。中には、見てはいけないものに出逢ったとでも言うように、ことさら目線を外らす気配さえ感じさせる。手話に興味津々の子どもの手を引っ張って、顔を無理やりそむけさせる親もいる。

「何で自分が-----」「まさか自分が------」
大きな病気になると、誰もがそう思う。ある調査では、障害者と認定された人、心臓病と診断された人は、100パーセントそう思うという。だが人は経験して学習する。心臓手術の後、私は身体障害者となった。その経験は、身障者のことを改めて考えさせる “絶好”の大事件であった。よく言われるように「障害はその人の個性」である。自分もその個性を与えられたことで、別の世界が見えてきたような気がする。

日本は猛スピードで高齢社会に突き進んでいる。だから養老院、高齢者向け養護施設が盛んに造られている。それも空気のいい郊外に多い。しかし、こうして高齢者をまとめて街から遠ざけ、若い世代の人たちの目に触れないところに体よく“隔離”する施策がノーマルといえるだろうか。「養護施設と小中学校は必ず隣合わせに作る」くらいの英断がなければ、サラダ・ボウルを目指す意識改革は無理かもしれない。


2017年01月17日

◆加齢疾病連発に悩まされた夏

石岡 荘十



今日書こう、明日こそはと思いながら、胸や背中を孫の手で掻くのに忙し
くて今日に至ってしまった。何の話か。すでに畏友毛馬一三氏が本誌で報
告しているように帯状疱疹“事件”の経緯についてである。

夏は、典型的な加齢疾病といわれる病につぎつぎと襲われ、悪戦苦闘した
3ヶ月だった。この間、私を襲ったのは帯状疱疹。発症から3ヶ月、やっと
終息にこぎつけたと思ったら今度は、加齢黄班変性といわれる眼球の疾病
である。これについては今なお加療の真っ只中であり、別稿で報告したい。

帯状疱疹の兆しが現れたのは6月の末のことだった。「夏バテ」というの
は夏だけの症状だと思われがちだが、気候の変化が激しい梅雨時や初夏に
も起こりやすい。

気温の乱高下に老体がついていけず、何もする気がしない。全身がともか
くけだるい。にもかかわらず梅雨明けの7月、以前からの約束もあって、
猛暑の中、秩父盆地のど真ん中にあるゴルフ場に出陣。疲労困憊、這うよ
うにして帰宅した。完全に体力を消耗していた。これが祟った。

思い返すと、その数日前すでに左胸の皮膚に違和感があり肋骨のあたりに
ピリピリ感があった。間もなく胸から左肩甲骨下にかけて赤い斑点がぽつ
ぽつ。ゴルフの後から左側の神経に沿って激痛が走るようになった。

にもかかわらず、まだ帯状疱疹とは気がつかず、市販のかゆみ止め軟膏
(レスタミン)を塗ったり、サロンパスの湿布を患部に張ったりして凌ご
うと試みていた。無知は恐ろしい。

そうこうしているうちに、赤い斑点は水ぶくれとなり、夜はベッドの上で
転々。背中を孫の手で掻きまくったものだから水ぶくれが破れ、かさぶた
へと変わったがかゆみと痛みは治まらなかった。

遂にたまらず、行きつけの病院の皮膚科に駆け込んだのはゴルフから3週
間を過ぎていた。

「帯状疱疹です。ずいぶん我慢強い方ですねぇ。もうかさぶたになり始め
ていますから、ペインクリニックに行きなさい」という。

帯状疱疹は、幼児に経験した水ぼうそうのウイルスが原因だ。ウイルスは
長い間体内の神経節に潜んでいて、加齢(50歳代〜70歳代)やストレス、
過労などが引き金となってウイルスに対する免疫力が低下すると、潜んで
いたウイルスが再び活動を始める。ウイルスは神経を伝わって皮膚に達
し、帯状疱疹として発症するとされている。

東京女子医大の統計によると、発疹する部位は、一番多いのが私のケー
ス。上肢〜胸背部(31.2%)、次いで腹背部(19.6%)、そして怖いのは
頭部〜顔面(17.6%)などとなっており、高校の友人が右顔面に発症。何
年か前のことだが、今でも顔面の筋肉がこわばっている。

最悪、失明をしたケースも報告されている。頚部〜上肢にも発症する。い
ずれの場合も体の左右どちらか一方に現れるのが特徴だ。

発症してすぐ気づき、すぐ適切な治療を受けた場合でも3週間は皮膚の痛
みや痒みが続く。痛みがやや治まってからも神経の痛みは容易に治まらな
い。数年間、痛みが消えなかったと言う症例もある厄介な加齢疾病である。

まして、私のケースは、初期治療のタイミングを逸した。その祟りで、い
まだにときどき、肋間や背中にピリピリと痛みが走る。

さて治療法である。皮膚科では坑ヘルペスウイルス薬を処方する。ウイル
スの増殖を抑える飲み薬で初期の痛みや痒みを抑える効果があるが、私は
そのチャンスを逃し、我慢強く無為に苦しんだ。

ペインクリニックでは、飲み薬と塗り薬を処方される。

【飲み薬】、

・鎮痛剤リリカプセル:今年4月、保健が適用されることとなった帯状疱
疹の最新特効薬だ。

・セレコックス:リリカカプセルが効かない場合に飲む頓服錠剤。炎症に
よる腫れや痛みを和らげる。
・メチコバール:末梢神経のしびれ、麻痺、痛みを改善する。

【塗り薬】、

・強力レスタミンコーチゾンコーワ(軟膏)

ペインクリニックでの治療5週間。月初旬にくすりの処方が終わった。発
症から3ヶ月の闘病であった。この間体力をつけようと金に糸目をつけず
美食に走った結果、太ってしまった。

毛馬一三氏が先日レポートしたとおりで、初動がこの病気治療の決め手で
ある。他山の石とされたい。
   


2017年01月12日

◆いまどき「飲み、食い合せ」

石岡 荘十



昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。

2017年01月05日

◆基礎疾患に注目しよう 

石岡 荘十



「基礎疾患」は医学用語で「病気の大元の原因となる疾患」と定義される。

例えば、よく言われるのが心筋梗塞や脳梗塞の基礎疾患として挙げられる「死の四重奏」。

内臓脂肪型肥満(リンゴ型肥満)、高血圧、高脂血症、糖尿病の4つが揃っていることを言い、死亡率は、そうでない人に比べて30倍以上も高くなるという調査結果がある。これにさらに喫煙習慣を加えた五つ揃い文で「死の五重奏」という。

リンゴ型肥満というのは中高年男性の典型的な体型で、写真などで見る金正日氏がその典型的な体型である。女性の場合は、体脂肪が引力に逆らえず臀部に下がってくるので「(西洋)ナシ型肥満」ということになる。


内臓脂肪型肥満の人は動脈硬化になりすく、心臓病や脳卒中へと進んでいくリスクが高まるからだ。

メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部氏が治療の経緯を述べておられる。一応、犯人は脳血栓の予防薬プレタールの副作用ということになったようだ。渡部氏は数十年前に禁煙を実行しておられるし、お見掛けしたところ、内臓脂肪もそれほど大量に溜め込んでいる様子はない。しかし糖尿がある。

高血圧、高脂血については伺ったことはないが、もし該当するような疾患の症状があるとすれば、末永く健筆を振るわれるためにも基礎疾患を撃退するよう心がけて頂きたい。

一口に「撃退」といっても、そのほとんどが、長年のいわゆる生活習慣病の結果なのでそう簡単にはいかない。例えば禁煙。簡単に決別できる人もいるが、懲りるような事態、例えば片肺切除に追い込まれてやっと、止めることが出来たという友人もいる。

心臓手術は不整脈の基礎疾患だ。

筆者は、、心臓の大動脈弁が機能しなくなり人工の機械弁に置換する手術を受けた。10歳の頃から大動脈弁がうまく閉じない障害がありながら、手術までの50余年間放置しておいた結果、心臓の筋肉が正常な人の2倍近い厚さ(1.7ミリ)に肥厚し、弾力性を失いかかっていた。

手術後、不整脈の一つである心房細動に悩まされたのは、心臓手術によって傷つけられ弾力性を失った心筋が基礎疾患となって、時々、心臓の細胞があちこちで異常な動きを見せるためだと診断された。そこで、術後8年目(‘07年)、心房細動の根治治療に踏み切った。

カテーテル(ビニールの細い管)を腿の付け根から差し入れて、心臓まで押し進め、異常行動を起こす細胞を捜索・特定し、高周波で焼き切る。

カテーテル・アブレーション(電気焼妁)といわれる最先端の不整脈治療法だ。その上、術後、何種類かの薬の服用を強いられ、辛うじて心房細動の再発を阻止している。

心臓手術を経験すると、心房細動を起こしやすくなる。橋本龍太郎元首相は、心臓の弁(僧帽弁)がうまく閉じなくなり、私と同じように人工の機械弁に取り替える手術を受けた。

その3年後(‘06)、同じように心房細動を起こし、心臓で出来た血栓(血の塊)が飛んで腸に栄養を送る動脈を詰まらせ、どんな鎮痛剤も効かない激痛を訴えながら死亡した、といわれる。

死因は「腸管虚血を原因とする敗血症ショックによる多臓器不全」だが、この場合の基礎疾患は心臓手術→心房細動である。しかし、いまさら手術経験をなかったことには出来ない。

そこで、薬で心房細動を抑え込むことになるのだが、「すべての薬は毒」である。大学の薬学部で教鞭をとっている友人は、学生にまずこのことを教えるという。

だから種類と量の処方にはくれぐれも慎重でなくてはならないのだが、日本では2万種類の薬が使われている。この中からピタリ鍵穴に合う一本の鍵のような薬を処方するのは、至難の技である。

マスターキーはない。そう考えると、副作用が出ないほうがおかしいともいうことが出来る。私もプレタールを服用しているが、渡部氏のような副作用は今のところない。鍵穴の型が異なるということだろう。

アメリカには「5種類以上の薬を処方する医者にはかかるな」というのが常識だそうだが、日本では65歳以上の高齢者は平均して6種類の薬を服用しているといわれる。

が、薬はあくまでその場しのぎの対症療法に過ぎない。その中で一番多いのは複数種の降圧剤だ。ほとんどの降圧剤には性的機能を不能にする副作用があることはあまり知られていない。「そのお歳でもういいでしょう」と、医者はなめて処方しているのかもしれない。なめるな! 

基礎疾患である生活習慣病の克服こそが根治治療法であり、それができれば “毒”をのまなくてよくなる理屈である。“夜明けのテント”も夢ではなくなるかもしれない。        


2016年12月28日

◆大規模な中国のワクチン治験

石岡 荘十

ランセット(Lancet)と並んで世界的に権威のある医学誌だとされるNEJM(The New England Journal of Medicine)が、「さまざまな年代群における新型インフルエンザワクチン」 (A Novel Influenza A (H1N1)Vaccine in Various Age Groups)と題する論文を掲載し、専門家の注目を集めている。(原文は下記)

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0908535

論文は、中国で3歳から77歳までの2200人を対象に年齢別に4群に分けて、新型インフルエンザワクチンの有効性や安全性を調べた試験(治験)についてだ。具体的には

 ・プラセボ対照のランダム化比較試験
 ・1回接種と2回接種
 ・アジュバンドの有無
などによる抗体価(免疫力)の変化を調べている。

試験の詳細はきわめて専門的なものなので、ここでは、その概要の紹介にとどめる。

まず、「プラセボ対照のランダム化比較試験」というのは、治験に参加する人をランダムに2つのグループに分ける。一方にはワクチンを打つ、もう一方のグループには偽のワクチン(プラセボ)を打つ。その上で、双方を比較する試験のことで、これによってワクチンの効果を確かめることが出来る。

ワクチンに限らず、新薬が開発されたときなどには、相手の同意を得たうえで行われる標準的な治験方法である。

つぎの「1回接種と2回接種」は、2つのグループに分け、一方には1回しか打たない、もう一方には3週間後に2回目の接種を行う。そしてこの双方の効果にどれくらいの違いが出るかを比較する。

これによって、我国でも問題となった1回打ちでいいのか、2回打たなければ充分な効果が出ないのかを判断するデータを得ることが出来る。

最後の「アジュバンド(adjubant)」というのは、ワクチンの免疫力を強める目的でワクチンと一緒に投与される試薬のことで、国内産のものにはこれを使っていない。

しかし欧米から輸入を予定されているワクチンにはこれが含まれている。因みに「ブースター・ロケット」というと、ロケットの推進力を高める2段目の補助推進装置のことをいう。

ところが、厚労省医系技官のなかには、このことを理由に「輸入ワクチンは危ない」と否定的な意見を吐く者が少なくないが、じつは新型インフルエンザについて欧米でも日本でもきちんとしたアジュバンドの試験が行われたことはない。

中国でアジュバンドの有無を比較した治験が行われたとすれば、世界で初めてということになる。

NEJMによれば、研究を実施したのは、中国江蘇省をはじめとする行政機関、Southeast Universityなど。ワクチンを製造したのは、中国のHualan Biological Bacterin Companyだという。

新型インフルエンザワクチンの有効性について、このような大規模な治験は初めてのことだ。日本での治験は20歳から50歳までのわずか健常者200人についてのものだけで、ワクチンの有効性、全体像を評価するデータとしては不足だとされ、他の年代別の治験は先送りになった経緯がある。

ワクチン接種の回数をめぐっては、厚労省内部でごたごたがあり、マスコミを誤報へ追い込んだ。この“事件”については、10/23既報の通りである。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4648006/

自治医科大学感染免疫学講座・臨床感染症学部門准教授の森澤雄司氏は「この論文は二重の意味で、衝撃だった。臨床医学のレベルで日本は中国にはるかに及ばないこと、日本のワクチン戦略が世界標準から大幅にずれていることが浮き彫りになった」と述べている。

森澤氏は厚労省の新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会などで、専門家の立場から積極的に発言しているだけでなく、前厚労相に対しても医系技官の施策に批判的な意見を述べてアドバイスしているが、

同氏はさらに「日本では200人という規模で臨床試験をやっただけで、中間結果が報告されたのは10月16日だった。それに対して、中国では(大規模な)臨床試験の結果が既にNEJMに掲載されている。もう率直に言って、話にならない。

また、従来、感染症の領域ではドラックラグ、つまり新開発の薬を患者に投入できるまでの時間差、あるいは、海外での新薬を国内承認できるまでの時間差はあまり問題になっていなかったが、今回の新型インフルエンザでは、急に流行が開始し、早急な対応を求められる事態になり、ドラックラグが強く認識されるようになった。

中国で今回の試験が可能だったのは、ワクチンを海外に売ろうという意識を国策としてきちんと持っているからだ。これに対して、日本ではワクチンを作っているのは小規模のメーカー(4社)。

行政が企業を守り、護送船団でがんばるという発想はもうあり得ないはずなのに、まだやっている。今の状況は、そのようにしか見えない。

ワクチンを作るのであれば、ワクチンを輸出するくらいの心意気、ビジョンが必要なのではないか」。と憤懣やるかたない思いを医療従事者限定のメールマガジン(「m3.com」)で語っている。

「そもそも国産ワクチンと輸入ワクチンを区別して考えているのは、恐らく日本だけ。この考え自体が、世界標準からも大幅にずれている」と批判している。

仰るように、論文が示唆するところは少なくない。ただ、中国の食品問題で痛い目にあっている日本人としては、「エッ、中国製のワクチンだって?それは勘弁してよ」という庶民感覚があってもおかしくない。

治験に参加した人々がどのように集められたのか、重大な副作用がおきた場合の補償はどうなっているのか、NEJMの論文で示された科学的なデータだけではストンと腑に落ちない、別の次元での不信感は拭えないというのが、素人の筆者の正直なところである。

2016年12月21日

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十



欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に5〜6万円を補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。

2016年12月15日

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十



医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流
れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。
手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を
持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を
確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐよう
に別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパ
スを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受
ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスク
を強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓ま
で挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に
仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを
広げる。

あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコ
レステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まっ
たt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。

崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術
か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医
によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなり
の患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはなら
ない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人
工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再
狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。
そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」
である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそ
っと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘った
トンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がま
た再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。

そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも0
4年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果
のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激
減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治
療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1
対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、
間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえっ
て心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重
い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。
あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。
外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたま
まバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸
を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を
行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なもの
となるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治
療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、
致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、
♪あなたならどうする? (了)

2016年12月07日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十



正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めたが、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。
というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。
ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先まで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

インフルエンザは、熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。(再掲)   

2016年12月04日

◆いま必要な「サラダ・ボウル理論」

石岡 荘十




日本では小さいときから障害を持つ子ども達を、特殊な存在として特別な学校で教育をすることが当然のように行われている。障害を持ち、盲・聾・養護学校で特別な教育を受けている児童・生徒は約10万人に上る。

「普通の学校へ通わせたい」
親がこう希望しても、障害を持つ子が一般の学校への入学を果たすには多くの困難を伴う。受け入れられると、上記の地裁決定のように、それが美談風なニュースになるほど稀である。

さすがに最近では、障害を持つ子どもが、障害を持たない同じ年代の仲間と一緒に学び成長していくことが、双方の人格形成に大きな意味を持つとして、障害児が一般の小・中学校で教育を受けるケースが増えているそうだ。しかし、まだまだ十分とはいえない。

私たちは障害を持った人をどのような存在として考えたらいいのだろうか。福祉国家として知られるデンマークで「ノーマライゼーション」という考え方が生まれたのはいまから半世紀以上前のことで、社会福祉を考える上で極めて重要な理念だといわれてきた。

ノーマライゼーションの理論は、はじめは、障害者が社会に適応していく手助けをする、そのことによって障害者が出来るだけ普通の社会に適応できるようにする、障害者をノーマルにするという考え方だった。

道路の段差を無くす、駅にエレベーターを設置する、車椅子の購入費を補助する------「まだまだ」と批判されながら、国や自治体の行政レベルで進められてきた様々な支援策の根拠になっている思想だと言ってもいいだろう。このような施策は「同化主義」、つまり健常者を基準にして作られている社会のバリアーをなくし、障害者が健常者主導の社会に同化できるよう手助けをしようという考え方だ。

しかし、そこには多数の健常者がノーマルな存在で、障害者は「特異な存在」だという偏見がある。

このような初期のノーマライゼーション理論には限界がある、と批判された。そこに登場したのが、「多元主義」という考え方である。

障害者を特異な存在としてではなく、当たり前の存在としてありのまま受け入れ共に生きていこうというものだ。このような考え方を、「サラダ・ボウル理論」と言っている。

一つひとつの野菜の個性をそのまま残しながら、いろいろな種類のナマの野菜をサラダの入れ物(ボウル)に盛りつけることで、別の味覚を創造する。そんな社会をイメージした理論だ。

障害者が健常者に近づくのではなく、目が見えない、耳が聞こえない、歩けなくとも、手助けは必要だが、そのままノーマルな存在として受け入れられるという考え方である。

重要な認識は、障害者をノーマライズするのではなく、健常者がひそかに持っている偏見をノーマライズするということだ。このような認識でいうと、現実は、明らかに健常者サイドに問題がある。

障害を持つ子どもは特別の教育施設に“隔離”されている。そんななかで、“普通”の学校で育った子どもに、大人になって突然、「障害者を特異な存在と思うな」と言っても、長年、無意識のうちに刷り込まれてきた差別意識や偏見を拭い去ることが出来るだろうか。

ノーマライズされなければならないのは、むしろ健常者と言われる人々が抱いている差別意識や偏見だと言えるのではないか。


自宅近くに聾学校があり、手話で話す生徒とバスに乗り合わせることがよくあるが、健常者と見られるほかの乗客が彼(彼女)らを「当たり前の存在」と受け入れている様にはとても見えない。

中には、見てはいけないものに出逢ったとでも言うように、ことさら目線を外らす気配さえ感じさせる。手話に興味津々の子どもの手を引っ張って、顔を無理やりそむけさせる親もいる。

「何で自分が-----」「まさか自分が------」
大きな病気になると、誰もがそう思う。ある調査では、障害者と認定された人、心臓病と診断された人は、100パーセントそう思うという。

だが人は経験して学習する。心臓手術の後、私は身体障害者となった。その経験は、身障者のことを改めて考えさせる “絶好”の大事件であった。よく言われるように「障害はその人の個性」である。自分もその個性を与えられたことで、別の世界が見えてきたような気がする。

日本は猛スピードで高齢社会に突き進んでいる。だから養老院、高齢者向け養護施設が盛んに造られている。それも空気のいい郊外に多い。

しかし、こうして高齢者をまとめて街から遠ざけ、若い世代の人たちの目に触れないところに体よく“隔離”する施策がノーマルといえるだろうか。

「養護施設と小中学校は必ず隣合わせに作る」くらいの英断がなければ、サラダ・ボウルを目指す意識改革は無理かもしれない。

2016年11月28日

◆プロメテウスは今なにを思うか

石岡 荘十



いうまでもなくプロメテウスはギリシャ悲劇に登場する火の神。天界にあった火を人類にもたらしたことで主神ゼウスの怒りを買って山に縛り付けられ、日々、鷲に肝臓を食い荒らされるという責め苦に遭う。

しかし肝臓は夜間にしぶとく再生し、プロメテウスは生き延びたとされる。原発災害を聞いたときすぐ思い出したのがこのプロメテウスの神話である。原発が世に出たころ、「プロメテウスの第二の火」と呼ばれていたからだ。

火が人類にもたらした利益は測り知れない。が、その一方で、人類に甚大な災禍をもたらした歴史的事実もまた否定することは出来ない。

にもかかわらず、ヒトの存在は最早、火を抜きに考えることは出来ない。他の動物との違いヒトのヒトたる所以は火を使いこなす動物だということだ。人類の歴史はプロメテウスがもたらした果実の歴史だったとも言えるだろう。

時代はずっと下ってダイナマイトが発明される。1866年のことだ。ダイナマイトがもたらした禍福もまた、火に劣らないどころか、その禍のスケールは火の比ではない。

ノーベル賞は発明者アルフレッド・ノーベルはダイナマイトがもたらした禍を償うことにあった、と昔習った。発明者は自爆テロを想像もしなかっただろう。

ついでに言うと、航空機や自動車という「文明の利器」の事故が原因となった世界中の犠牲者は、数え切れない。その禍はいまだとどまるところを知らない。それでも、人類は、その利便性に目がくらんで、手放すことが出来ないでいる。

そこで、原子力である。

西側で初めての商用原子力発電所を作ったのはイギリスである。1956年のことだった。以来、世界31カ国で435基が稼動中だ。計画中のものを併せると500基を超える。

この間、スリーマイルやチェルノブイリなどで世界を震撼させるような放射線漏れの大事故を起こしているが、今回の福島原発事故はそれに劣らない衝撃を世界に与えている。

そこでこれを機に、原発なんか要らないという反原発世論が日本だけではなく世界中で巻き起こっている。しかし、冷静に振返ると、火、ダイナマイト、航空機事故、自動車事故の犠牲者に較べ、まだ核による犠牲者それほど多くない。ヒロシマ、ナガサキの犠牲者を、核の犠牲者だと考えても、である。

東電も政府も安全対策の前提が甘かったと認めている。特に津波について、福島原発はチリ地震津波(1960年)のマグニチュード8,5を最大と想定しての安全対策だったことが問題だった。

その意味で「想定外」だった、と。貞観地震(869年)にでも耐えられる高いハードルを前提で福島原発が作られていたら反・脱原発の世論は起きなかっただろう。

原発の事故対応に国内外が一喜一憂しているが、ここを切り抜けることが出来れば、その功罪、得失、教訓を併せた反面教師としての原発事故安全対策のジャパンモデルケースとして標準化される時代が来るかもし
れない。

人類が火を手にしたのはギリシャ神話の時代、自動車が出現して二百数十年、ライト兄弟が飛行機を飛ばして100年以上。この間のさまざまな安全対策にもかかわらず犠牲者は絶えない。

犠牲者の数だけでその安全性を議論するなら、航空機も自動車も廃絶しようという世論が盛り上がらないのは不思議なことである。「プロメテウスの第二の火」が実用化されてわずか半世紀余り。

プロメテウスならいま原発の未来の存亡をどう占うだろうか。こう言うかもしれない。

「人類はまだ新しい火の扱いに慣れていないだけだ」と。

人類は、脳細胞に刻み込まれた甘い果実の記憶を容易には消し去ることは出来ない。朝日と毎日は脱原発の方向に舵を切ったようだが、核武装はともかく日本が原発を放棄・廃絶することはありえないと思う。