2016年11月03日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十



昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)


2016年10月30日

◆「4割は死ぬ」手術をクリアした

石岡 荘十



〜心臓手術、怖れるに足らず〜

1 手術予測死亡率とは何か

すべての手術は一定のリスクを伴う。患者が死ぬこともある。一命をとりとめても、重い後遺症に苦しむこともある。しかし、こんな手術のリスクについて、ほとんどの人の認識は漠然とした不安の域を出ない。

手術で患者が死ぬかもしれないリスクのことを、専門的には「手術予測死亡率」という。「手術後30日以内に患者が死亡するパーセンテージ」のことだ。

手術に伴うリスクは、患者の症状や年齢、病歴、併存疾患(*)、懸念・想定される合併症などの危険因子を、手術前に点数化して積算した客観的な数字で表わされる。

*「併存疾患」は、併発している別の病気のこと。

患者にとっては手術死亡だけでなく、術後の重い後遺症もまたリスクであることに変わりはないが、術後30日を超えからの死亡や、死ななくともその後長い間、後遺症に苦しむかもしれないリスクは、この「予測死亡率」には含まれない。ではまず心臓手術のリスクとは、一体どれ程のものなのか。

心臓手術の実績、つまり手術方法が確立している“ありふれた心臓手術、“冠動脈バイパス手術や弁置換手術で患者が死ぬ割合は、大体どこの病院でも、緊急手術を除けば、3%以下だと言われる。1%以下、0.5%というところ(金澤大学病院「チーム・ワタナベ」)もある。

医療技術の進歩で、心臓手術のリスクはよく航空機事故の乗客死亡率に例えられ、限りなくゼロに近づいているといわれる。

ところがそんな中、昨年春、私は突然の体調異変から極めて難度の高い心臓手術を受けなければならない事態に追い込まれた。手術に先立って突きつけられた手術予測死亡率は39.9%という想像を絶する残酷な数字だった。

外科手術では、予測死亡率が20%を超える手術は「手術不適応」、つまりリスクがあまりにも高すぎて手術をする意味がないというのが“常識”だ。

だから、それが39.9%となると、最早、選択肢の一つとして手術を考えること自体、無謀、“非常識”な数字ということになる。それも高齢者の場合、患者はそんな危ない手術に耐えられるのか。

そんなリスクを承知の上で、丁度1年前、敢えて手術に踏み切らざるを得なくなった。72日間の入院治療、9時間に及ぶ大手術。“4割は死ぬ”かもしれない手術だけでも無謀なことなのに、これに加えて、術後6割近い確率で重い後遺症に苦しむことになる可能性が高い、その覚悟をするよう求められた。喜寿の11ヶ月目、高齢者の症例としては文句なしのハイリスク心臓手術だった。

以下、「今度こそやばい」と万一を覚悟して臨んだ手術体験の顛末である。

執筆に先立って、似たケースがほかにないか捜したが、類似の記録は見つからなかった。

2 胃潰瘍で緊急入院

小雪の降る寒々とした朝、足がだるい上、呼吸困難に陥って長男の車でかかりつけの東京女子医大病院(東京・新宿区)に駆け込み、そのまま入院を命じられた。

胃カメラ検査で胃の上部2カ所に胃潰瘍痕があり、それぞれ1×2センチほどの黒々としたかさぶたが確認できた。年末年始、年甲斐もなく調子にのった暴飲暴食が祟った。

<採血にてヘモグロビン量6.8(g/dL)と顕著な低下あり>(カルテ)ヘモグロビン量の通常の基準値は男性で13.0〜18.3(g/dL)とされているが、それが6.8しかない。ということは、基準値の半分から1/3。

体内のどこかで大量の出血があったことを疑わせる。それまで多分、ほぼ1ヶ月の間、胃潰瘍による大量の出血で、酸素を全身に運ぶ血液中のヘモグロビンが通常の半分以下に減少している。

こんなに大量の出血を招いたのには原因があった。毎日飲んでいたワルファリンという薬の影響だ。ワルファリンは、血液をさらさらに保つ薬で、心臓に人工弁を入れた患者にできやすい血栓(小さな血の塊)ができないようにする薬だ。

私は以前大動脈弁を人工弁に置き換える手術(大動脈弁置換術)を受けた結果、心臓内で血栓ができやすくなり、これを防ぐため、ずっと飲み続けている。その影響で血液は常にさらさら状態に保たれている。

で、潰瘍ができたりすると、普通の人以上に容易に出血して止まらない。あらゆる臓器が貧血、酸欠状態に陥ってダメージを受けていると診断された。酸素が足りない! 全身60兆個の細胞が悲鳴を上げている。

酸欠が引き金となって、心不全を発症。その上、心臓の筋肉に酸素と栄養を送る冠動脈が詰まって拍動は弱々しく、全身に充分な血液を送り出すパワーが落ちている。肺には血液が溜まり(うっ血状態)、呼吸困難を起こしている。

直ちにCCU (Coronary Care Unit:冠動脈集中治療室)に運び込まれた。CCUは重篤な心臓病患者に濃密な治療をするための特別な治療部屋だ。

<高度の貧血が心不全の発症に大きく関与している>(レセプト症状詳記)ため、大量の輸血を続けると共に、心臓のパワーアップを図る強心剤の投与。特殊な酸素マスクで、強力な圧力で肺に酸素を吹き込む酸素吸入など、弱った心臓と肺の機能回復のため集中的な治療が行われた。

輸血量は全身の血液、約5000mlの三分の一近い10単位、1400mlにのぼった。急速に激減したヘモグロビンを補給するため、赤血球濃厚液も随時注入された。

酸素マスクはCPAPというフルフェイス型で、ベルトでがっちり頭に装着されている。自分ではずすことはできない、自分で呼吸ができないほど強力な酸素の圧力だ。「苦しい。マスクを取ってくれ」とわめくと、「今マスクをとったら死んでしまいます」と、取り合ってもらえない。精神錯乱状態で苦しさのあまり「死んでもいいからマスクを取れ」と怒鳴りまくる。丸々2日、こんな状態が続いた。

その結果、肺にたまっていた水がかなり少なくなり、自力呼吸ができるようになった。胃潰瘍は2週間ほどでかさぶたもなくなって、もう大丈夫と判断された。

3月1日、春一番が吹いたとポケットラジオで知った。その翌日(2日)、循環器内科の3階一般病棟に移った。尿道にはカテーテルが突っ込まれたままになっているが、ひとまず虎口を脱したと判断されたらしい。

3月18日、東京にさくら前線が上陸した、らしいが、ベッドはカーテンで仕切られ、シャバの空気は入ってこない。陽射しも見えない。

心臓機能は相変わらず不安定だ。引き続きドブポン(強心剤)を投与しながら本格的な心機能検査が始まった。

2016年10月25日

◆半身不随になった2人の友人

石岡 荘十



以前の話だが休日に、母校である群馬県の高崎高校の友人とゴルフに行くこととなった。ところが、幹事から送られてきた名簿に常連の2人の名前がない。「どうしたんだ」と電話で訊くと、「2人とも脳卒中で倒れて半身不随だ」という。


1人目は、寒暖が激しかったある日の明け方近く、様子がおかしいことに横で寝ていたかみさんが気づき、亭主の体をゆすって声をかけたが、「うーん」とうめいて言語不明瞭。夜明けが近かったので、迷ったがサイレンで近所に迷惑をかけてはと思い、そっとしておいた。夜が明けて救急車を呼んでかかりつけの地方の中核病院へ搬送。


もう“異変”から大分経っていたという。その病院でどのような処置が行われたのか、詳しい話しは聞けなかったが、察するに、このとき彼の脳内では、血管に血栓(血の塊)が詰まって血流を妨げ、そこから下流の脳細胞が壊死を開始していた。


脳細胞は壊死すると、その細胞がつかさどっている運動機能が麻痺する---。壊死した細胞は二度と機能を回復することはなく、余生を「よいよい」で過ごすことになる。本人は勿論、家族のご苦労を思えば胸が潰れる。


もう1人の友人はそれより前の時だったというが、発症後どんな対応を取ったのか、本人とは話しも出来ず、家族もきちんと説明することはなかったそうだ。


だが、この2人の家族に共通して言えることは、日本の3大疾病の3番目に挙げられている脳疾患(年間の死者15万人)について、高齢家族が持っていなければならない最低限の知識を持ち合わせていなかったのではないかという疑いである。


脳梗塞になっても、対応さえ間違えなければ何の後遺症も残さず、快適な老後を楽しむ治療法がある。このことさえ知ってさえいれば、2人の友人とはゴルフ場で再会の喜びを分かち合えたはずなのである。

その治療法を受けるための最低限の知識ははこうだ。

・体の片側、例え、それが片手の小指の先のしびれであっても、「おかしいな」と思ったら一刻も早く、夜中であろうと、明け方であろうと、迷わず救急車を呼んで病院に駆けつけること。


・だが病院ならどこでもいいいというわけではない。脳梗塞を解消するT-PAという特効薬(血栓溶解剤)の点滴を24時間体制でやってくれる専門医のいる病院でなくてはならない。

・この治療を受けることの出来る病院はそう多くない。24時間体制で専門医がいてMRIなどの検査が出来る医療体制が整っていなければならない。自分がいざというときに駆け込む病院をあらかじめ決めておかなければならない。


・というのも、このT-PAという薬は発症から3時間以内でなければ効果を発揮しないからだ。検査の時間を考えると、一刻も早く、出来れば2時間以内に病院に着いて精密検査を受けることが望ましい。


・ 点滴を開始すると、動かなかった半身が15分で機能を回復し、歩いて退院したという実例が専門誌に紹介されている。


・問題は、地方ではそんな条件の整った病院はそう多くないということだ。そんな専門病院をどうやっての見つけるか。それはもうそのトシになったら、年に1回、定期的に脳ドックでも受けて、まず診察券を確保し、そのとき医者に訊くしかない。「T-PAをやってますか」と。やってなかったら他を当ってみよう。


インターネットで調べる方法もある。面倒なようだが、いざというときのことを考えると、どうせヒマなのだからこれくらいのトライはリクリエーションだと思えば、楽勝ではないだろうか。

で、ジジ、ババはトモシラガで天寿をまっとうできる。 (再掲)

2016年10月18日

◆ヒズ・マスターズ・ボイス

石岡 荘十



蓄音機から飛び出したラッパのような形をした大きなスピーカーの前に、きちんとお座りをして、ちょっと首をかしげた犬が音楽に聞き入っている。この図は、最近はあまり見かけなくなったが、歴史のある音響メーカー「ビィクター」のトレードマークである。

http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

昭和21年、群馬県新町(現・高崎市)に紡績工場があり、わが一家は中国から引揚げてきたばかりで、その社宅に住んでいた。木造平屋の粗末な建物だったが、その居間に、小型冷蔵庫ほどの大きさの電蓄がでーんと居座っていた。

クラシック好きの父親がどこでどう工面してきたのか、戦後間もない食うや食わずの時代にいかにも似つかわしくない“贅沢品”であった。

おまけに、唯一のレコード、これがすごかった。羊の皮表紙の12枚組みのアルバムで、その表紙の真ん中には「ヒズ・マスターズ・ボイス」が刻印されている。収蔵された曲は---

1.A&B パガニーニ作曲 「狂想曲イ短調」 ハイフェッツ

2A&B  ヘンデル作曲 「ピアノ組曲ニ短調」 フィッシャー

3.A&B  ヴェルディー作曲  歌劇「トラヴィアータ 第一幕、
(あヽ、そは彼の人か)」 ソプラノ独唱 アイデ・ノレナ

4.A&B  ヨハン・シュトラウス作曲 管弦楽 歌劇「蝙蝠 序曲」 
ミネアポリス交響楽団 

5.クラヴサン独奏 ランドルフスカヤ
A「燕・愉しき夢」
B シャコンヌ 円舞曲」

6. A&B  ハイドン作曲 「弦楽四重奏曲ヘ長調」 プロ・アルト弦
楽四重奏楽団

7.バス独唱 シャリアピン ムソルグスキー作曲 
A  ヴォルガの舟歌
B 蚤の歌

8. チェロ独奏 ピアティゴルスキー
 A ウエーバー作曲「アダヂオとロンド」
  B フランクール作曲「ラルゴーとヴィヴォ」

9. A&B 管弦楽 バッハ作曲 「トッカータとフーガ」 フィラデルフィア管弦楽団 

10. A&B ベルリン独唱者連盟
  A バリトン独唱 ベートーベン作曲 「自然に顕はる神の栄光」
  B ソプラノ独唱 ヴェルディー作曲
     「アヴェ・マリア」

11. A&B  ヴァイオリン独奏 ヴェラチーニ作曲 「奏鳴曲ホ短調」
(ティボー)

12. A&B  管弦楽 ワグナー作曲 歌劇「ローエングリン」(第一幕
への前奏曲) ニューヨーク愛好家協会 

どうです、この見事な選曲と演奏者の顔ぶれ。珍品はシャリアピン本人のサイン入りのレコードだ。一つしかないこのアルバムを小学校の高学年から高校を卒業して家を出るまで繰り返し繰り返し聴いているうちに、全曲、鼻歌を歌うように何気なくハミングできるように刷り込まれてしまった。

その一方で、ラヂオから流れるハリー・ベラフォンテ、高校のときには、高崎市に本拠を置く群馬フィルハーモニーオーケストラ」(群響)合唱団でロシア民謡から第九まであらゆるジャンルの楽曲を歌い続けた。

群響はあの映画「ここに泉あり」(昭和30年 監督今井正、音楽団伊玖磨、出演岸恵子・小林桂樹)で知られた市民オーケストラで、当時大学生であった小沢政爾もしばしば指揮をとった。

この映画のストーリどおり、夏休みには県内の田舎の中学校を群響と一緒に巡回して移動音楽教室を開き、歌った。

当時、シルクを生産していた鐘紡では、年に1回、当時有名な歌手を工場に呼んで、社員の慰労演芸会を開いていた。高峰三枝子、林伊佐緒、奈良光枝、灰田勝彦・晴彦----ナマの流行歌手を目の前にして、ジャンルを問わない音楽にのめりこんだ。

音に対するこんな思い入れのきっかけとなったのが、「ヒズ・マスターズ・ボイス」だった。この出会いがなければ、この歳で、クラシックからカントリー、演歌まで、数百曲をパソコンに取り込んで、一日中BGMに濫読ならぬ“濫聴”する生活をエンジョイすることにはならなかっただろう。

1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって画かれビクターの商標となった原画は、フランシスの兄マークが亡くなるまで可愛がっていた愛犬のフォックス・テリア「ニッパー」が、兄のマークの生前、蓄音機に吹き込んだ声に聞き入っている姿を描いたものだそうだ。

愛犬ニッパーがラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っている姿だとビクターのHPにある。つまりHisMaster's Voiceに耳を傾ける姿なのである。

そこで話は飛ぶが---、

政権に関わる者は、この国の主である国民の声に耳を傾けるニッパーを見習ってもらいたいものである。
(再掲)        

2016年10月14日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十



正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めたが、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。
というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。
ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先まで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

インフルエンザは、熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。   

2016年10月01日

◆いまどき「飲み、食い合せ」

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう、母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない

2016年09月27日

◆では、バターは大丈夫なん?

石岡 荘十(ジャーナリスト)



「危ない!?マーガリン」(既掲載)を読んだ小生のメルトモから、以下のようなメールが届きました。

<トランス酸なるものを初めて知りました。バターがマーガリンにとって代わったのは、どういった理由だったか思い出せないくらい長いことマーガリン党です。

(アメリカに住んでいる)娘の所では勿論マーガリンで、それもマーケットに行くと、バケツに似た容器で売っていてとても使いやすく、どうして日本ではこうゆう容器で売らないのかしらと思っていました。でも、動物性脂肪のことはどう考えたらいいのかしら?>

そういわれてみると、寄稿した文章はいささか舌足らずだった。で、少し補足をしたい。
「マーガリンが危ないよ」というのはその通りなのだが、だからバターならばんばん摂っても問題ない、と言っているわけではない。

第6次改訂 日本人の栄養所要量(厚生省)によると、「反芻胃の微生物により合成され吸収されることから、反芻動物(牛)の肉や乳脂肪中にも存在するという研究報告がある」。

つまり牛肉にも含まれ、牛乳、その2次製品であるバターにも当然、トランス酸は含まれているからだ。

トランス酸が危ないというアメリカでの研究成果は、「動物性脂肪の塊みたいなバターに較べると植物性のマーガリンのほうが健康にいい」というかつての常識は、”神話“に過ぎなかったことを科学的に証明したものだ。

どっちがいいとか悪いということではなく、長期間でみれば双方に差が出ないという新しい常識を打ち出したところに研究成果の意味がある。

それじゃあ、肉も牛乳も有害食品なのかといわれそうだが、問題は摂取量だとされている。

日本マーガリン工業会はHPでこう言っている。
「日本のマーガリン、ショートニングは米国の物と違い、トランス酸の含有量が少なく、 国民1人当り1日のトランス酸の摂取量も、WHOの勧告値の1%未満である点から、トランス酸の摂取に関しましては日本人の食生活の現状で何ら問題無いと考えております。

穀類、肉類、魚介類、野菜、果物といった食物をバランス良く摂っていただくことが何よりも大切と考えております」。

つまり、何かというと、焼肉、バーベキュー、牛乳がぶがぶ。ポテトチップス、クッキー、ケーキ、クリーム入りコーヒー、アイスクリーム、レトルトカレー、その他ジャンクフードといった若い人たちの食生活を改めれば――という前提つきで「大丈夫」といっているのだが、いまさらこの勢いが衰えるとは思えない。となると、彼らが親になり、孫を持つ頃には、一億総トランス酸漬けになっている可能性を否定できない。
 
先のレポートでも取り上げたように、トランス酸を大量に摂取した人は、最も少ない人に比べ心筋梗塞などの心臓病になるリスクが30%も高いといわれる。

それだけではない。インターネットを検索していくと、“一億トランス酸漬け”の可能性を示唆するレポートや癌との関連を懸念する研究や統計も散見される。例えば、・トランス型脂肪酸の含有量は、通常の精製油(サラダ油など)で、大体1〜2.4%程度。マーガリンで、14%近く含まれてる。

・アメリカでのここ100年間のガンによる死亡率の上昇(1900年には30人に1人だったのが、現在は4人に1人)は、実は、トランス型脂肪酸含有の植物油の消費量の増加ラインと、ピッタリ一致している。

・欧米のメーカーは各種研究発表に早急に反応し、トランス脂肪酸を除去するメーカーも出ています。

・例えば英国では、1994年にトランス型が8〜12%含まれていたソフトマーガリン類は現在は1%以下に抑えられています。ちなみにオランダでは、トランス型脂肪酸の含まれた油脂は販売禁止となっている。

アメリカでは、ラベルには、 “partially hydrogenated”と表示する義務がある。日本ではこの表示義務はない。

BSE問題で日本はアメリカを責めている。が、食の安全性の観点で言うと、メクソハナクソ議論のように私には思える。 (再掲)

2016年09月21日

◆いちごの生産者だった夏

石岡 荘十



小学5年生だった一夏、私はいちごの生産者の端っくれだった。

敗戦翌年5月、私たち一家は中国の天津から引揚げ、父親の生家である秋田県・八森村へ落ち着いた。秋田音頭のしょっぱなに出てくる「八森ハタハタ、男鹿でオガブリコ〜」のあの寒村だ。

生家は父が若くして東京に出た後、弟(叔父)が家を継いで百姓をやっていたが、赤紙一枚で徴兵され満洲(中国東北部)の最前線へ。終戦と共に、シベリアへ持って行かれ、留守宅は祖母と叔母が幼い子ども2人を抱えてほそぼそと稲作百姓をやっていた。そこへ、われわれ一家4人が転がり込んだのである。

ご多聞に洩れず、農家も食糧難だった。畑で芋やナス、キュウリ、トマトを作り、山に入って山菜を採り、新米の収穫まで食いつなぐこととなった。

間もなく、生まれて初めての田植えにも駆り出される。父と母は、元を質せば百姓の生まれだから昔取った杵柄、手際はいい。慣れないとはいえ、小学5年生の私と中学生の兄、も立派な労働力だった。

夏。小柄だが目端の利く祖母が、そのころはまだ珍しかったいちごの栽培を始めた。ビニールハウスなどまだない。夜明けと共に、学校へ行く前に畑でいちごを摘む。

取立てのいちごを大きな背負い駕籠いっぱいに入れてこれを担ぎ、学校へ行く途中集荷所まで運ぶのが私の役目だ。集荷所までは子どもの足で小1時間。その日の売り上げを受け取り、空になった駕籠を担いで学校へ行く毎日だった。

草鞋を履くのも初めてなら、駕籠を背負って学校へ行くのも生まれて初めての経験であった。荷は肩に食い込み、草鞋の緒で足の指の間からは血が滲んだ。

何より恥ずかしかった。紺サージの制服にぴかぴかの革靴で学校に通っていた天津での生活は、いまやここでは別世界の出来事だった。そのうえ、学校の行き帰りには、「引揚者、引揚者」と蔑まれ、いじめにもあった。

それでも田植えで泥まみれになり、田の草をとり、秋には稲刈りもした。そうこうしているうちに秋。11月には父の仕事先が群馬。・高崎と決まり、半年過ごした秋田を後にしたのだが、この頃には、ずーずー弁もまあまあ操れるようになり、いじめっ子たちとの間にも友情が芽生えていた。

高台の集落を去る日、その日は日曜日だったが、10人ほどのガキが口々に大声で「まだ、こらんしぇ」(また、来いよ)といつまでも手を振ってわが一家を見送ってくれたのだった。

高校を卒業するまで高崎で過ごした。その後東京へ進学、就職。で、ここまで想い返してみると、報道に関わった日々を含めて、ニュース原稿は腐るほど書いたが、秋田を去った後、モノを生産したことは一度もなかったことに気がつく。

80年を越える今日まで、形のあるモノを生産した経験はいちご作りだけだった。あの夏、私はいちごの生産者の端くれだった。幼い肩に食い込むいちご駕籠の重みを懐かしく思い出す。

それにしても、いまどきの季節外れの、ビニールハウス育ちのいちごの味の薄いこと。自分が作って売ったあの本物のいちごの味覚に出会うことは二度とないのかもしれない。    

2016年09月17日

◆「4割は死ぬ」手術をクリアした

石岡 荘十



〜心臓手術、怖れるに足らず〜

1 手術予測死亡率とは何か

すべての手術は一定のリスクを伴う。患者が死ぬこともある。一命をとりとめても、重い後遺症に苦しむこともある。しかし、こんな手術のリスクについて、ほとんどの人の認識は漠然とした不安の域を出ない。

手術で患者が死ぬかもしれないリスクのことを、専門的には「手術予測死亡率」という。「手術後30日以内に患者が死亡するパーセンテージ」のことだ。

手術に伴うリスクは、患者の症状や年齢、病歴、併存疾患(*)、懸念・想定される合併症などの危険因子を、手術前に点数化して積算した客観的な数字で表わされる。

*「併存疾患」は、併発している別の病気のこと。

患者にとっては手術死亡だけでなく、術後の重い後遺症もまたリスクであることに変わりはないが、術後30日を超えからの死亡や、死ななくともその後長い間、後遺症に苦しむかもしれないリスクは、この「予測死亡率」には含まれない。ではまず心臓手術のリスクとは、一体どれ程のものなのか。

心臓手術の実績、つまり手術方法が確立している“ありふれた心臓手術、“冠動脈バイパス手術や弁置換手術で患者が死ぬ割合は、大体どこの病院でも、緊急手術を除けば、3%以下だと言われる。1%以下、0.5%というところ(金澤大学病院「チーム・ワタナベ」)もある。

医療技術の進歩で、心臓手術のリスクはよく航空機事故の乗客死亡率に例えられ、限りなくゼロに近づいているといわれる。

ところがそんな中、昨年春、私は突然の体調異変から極めて難度の高い心臓手術を受けなければならない事態に追い込まれた。手術に先立って突きつけられた手術予測死亡率は39.9%という想像を絶する残酷な数字だった。

外科手術では、予測死亡率が20%を超える手術は「手術不適応」、つまりリスクがあまりにも高すぎて手術をする意味がないというのが“常識”だ。

だから、それが39.9%となると、最早、選択肢の一つとして手術を考えること自体、無謀、“非常識”な数字ということになる。それも高齢者の場合、患者はそんな危ない手術に耐えられるのか。

そんなリスクを承知の上で、丁度1年前、敢えて手術に踏み切らざるを得なくなった。72日間の入院治療、9時間に及ぶ大手術。“4割は死ぬ”かもしれない手術だけでも無謀なことなのに、これに加えて、術後6割近い確率で重い後遺症に苦しむことになる可能性が高い、その覚悟をするよう求められた。喜寿の11ヶ月目、高齢者の症例としては文句なしのハイリスク心臓手術だった。

以下、「今度こそやばい」と万一を覚悟して臨んだ手術体験の顛末である。

執筆に先立って、似たケースがほかにないか捜したが、類似の記録は見つからなかった。

2 胃潰瘍で緊急入院

小雪の降る寒々とした朝、足がだるい上、呼吸困難に陥って長男の車でかかりつけの東京女子医大病院(東京・新宿区)に駆け込み、そのまま入院を命じられた。

胃カメラ検査で胃の上部2カ所に胃潰瘍痕があり、それぞれ1×2センチほどの黒々としたかさぶたが確認できた。年末年始、年甲斐もなく調子にのった暴飲暴食が祟った。

<採血にてヘモグロビン量6.8(g/dL)と顕著な低下あり>(カルテ)ヘモグロビン量の通常の基準値は男性で13.0〜18.3(g/dL)とされているが、それが6.8しかない。ということは、基準値の半分から1/3。

体内のどこかで大量の出血があったことを疑わせる。それまで多分、ほぼ1ヶ月の間、胃潰瘍による大量の出血で、酸素を全身に運ぶ血液中のヘモグロビンが通常の半分以下に減少している。

こんなに大量の出血を招いたのには原因があった。毎日飲んでいたワルファリンという薬の影響だ。ワルファリンは、血液をさらさらに保つ薬で、心臓に人工弁を入れた患者にできやすい血栓(小さな血の塊)ができないようにする薬だ。

私は以前大動脈弁を人工弁に置き換える手術(大動脈弁置換術)を受けた結果、心臓内で血栓ができやすくなり、これを防ぐため、ずっと飲み続けている。その影響で血液は常にさらさら状態に保たれている。

で、潰瘍ができたりすると、普通の人以上に容易に出血して止まらない。あらゆる臓器が貧血、酸欠状態に陥ってダメージを受けていると診断された。酸素が足りない! 全身60兆個の細胞が悲鳴を上げている。

酸欠が引き金となって、心不全を発症。その上、心臓の筋肉に酸素と栄養を送る冠動脈が詰まって拍動は弱々しく、全身に充分な血液を送り出すパワーが落ちている。肺には血液が溜まり(うっ血状態)、呼吸困難を起こしている。

直ちにCCU (Coronary Care Unit:冠動脈集中治療室)に運び込まれた。CCUは重篤な心臓病患者に濃密な治療をするための特別な治療部屋だ。

<高度の貧血が心不全の発症に大きく関与している>(レセプト症状詳記)ため、大量の輸血を続けると共に、心臓のパワーアップを図る強心剤の投与。特殊な酸素マスクで、強力な圧力で肺に酸素を吹き込む酸素吸入など、弱った心臓と肺の機能回復のため集中的な治療が行われた。

輸血量は全身の血液、約5000mlの三分の一近い10単位、1400mlにのぼった。急速に激減したヘモグロビンを補給するため、赤血球濃厚液も随時注入された。

酸素マスクはCPAPというフルフェイス型で、ベルトでがっちり頭に装着されている。自分ではずすことはできない、自分で呼吸ができないほど強力な酸素の圧力だ。「苦しい。マスクを取ってくれ」とわめくと、「今マスクをとったら死んでしまいます」と、取り合ってもらえない。精神錯乱状態で苦しさのあまり「死んでもいいからマスクを取れ」と怒鳴りまくる。丸々2日、こんな状態が続いた。

その結果、肺にたまっていた水がかなり少なくなり、自力呼吸ができるようになった。胃潰瘍は2週間ほどでかさぶたもなくなって、もう大丈夫と判断された。

3月1日、春一番が吹いたとポケットラジオで知った。その翌日(2
日)、循環器内科の3階一般病棟に移った。尿道にはカテーテルが突っ込まれたままになっているが、ひとまず虎口を脱したと判断されたらしい。

3月18日、東京にさくら前線が上陸した、らしいが、ベッドはカーテンで仕切られ、シャバの空気は入ってこない。陽射しも見えない。

心臓機能は相変わらず不安定だ。引き続きドブポン(強心剤)を投与しながら本格的な心機能検査が始まった。

2016年09月12日

◆BNP検査をやってみよう

石岡 荘十(ジャーナリスト)



病院に心臓の薬の処方箋をもらいに行ったついでに、馴染みの循環器内科の女医さんの部屋に顔を出して「風邪のせいかなんとなくしんどい」と訴えると、「BNP検査をやってみましょう」とに勧められた。

以前、大動脈弁を人工の機械弁に置き換える心臓手術の経験をして以来、ヒマにあかせて、臓病関連の本を読みまくり、挙句、手術体験記(『心臓手術』 文藝春秋刊)を上梓したりした。

だから、こと循環器系疾病に関しては、人並み以上の知識を持っていると自負していたのだが、「BNP検査」は聞いたことがなかった。

で、詳しく訊いてみると、これはなかなか役に立ちそうなので、日本人の死亡原因第2位の心臓疾患の予備軍である高齢者向けに、聞いた話の受け売りをする。

BNPは「脳性ナトリウム利尿ペプチド」のこと。心臓に負担がかかると心臓の、主として心室から、一部は心房から血液に分泌されるホルモンの一種である。

血液検査で心臓にかかると交感神経を抑制したり、心臓が肥大する異常事態を防いだりする働きがある。

心臓にかかる負担が大きければ大きいほど多量のBNPを分泌するので、その分泌量を測ることで、心臓にかかっている負担の度合いを測定することが出来るというわけだ。

臨床的には、心筋梗塞、心不全の診断や治療・手術の後の判定によく使われる。血液検査で心臓の不具合の程度を測定できる唯一の検査だという。

心疾患の重傷度、つまり心臓がどの程度いかれているかの分類方法にNYHAという分類の仕方がよく知られている。「ニハ分類」、または「ナイハ分類」と読む。ニューヨーク心臓協会が定めた方法だ。4段階に分類してある。

・!)度 日常生活では症状は起こらない
・!)度 安静にしているときには症状は出ないが日常生活をすると疲れ、動悸、呼吸困難、 狭心症の症状が起きる
・!)度 軽い日常生活でも疲れる、動悸、呼吸困難、狭心症の症状が起きる
・!)度 安静にしていても胸に違和感を覚えたり心不全の症状や強心所の症状が起きたりする

このうち、健康診断などで心臓疾患の有無を診る方法で一番一般的な心電図検査だけでは、!)度の発見は困難だとされ、見逃されがちだ。!)度(軽度)もほとんど自覚症状がないこともあって、そのまま進行することが多い。

NYHA 分類は、自分である程度判断できるが手がかりにはなるが、感覚的な分類であるところが弱い。

こに対して、BNP検査で濃度を測定すると!)度、!)度もはっきり検査数値で確認することが出来る。

BNP値100pg/dl以下だと「心疾患なし」(pg/dl:ピコグラム・パー・デシリットル、ピコグラムは1兆分の1グラム)

私の検査結果は77・5でセーフだった。
100を超えると「専門医の診察が必要ですよ」という危険信号だ。
200を超えると治療が必要、500以上では重症心不全と判定される。待ったなしである。

日本人の年間の死者は110万人。死亡原因の第1位は癌で3割、2位の心疾患と3位の脳疾患を併せて3割、この3つで6割の人が亡くなっているが、病名別にではなく臓器別に見ると、心臓疾患による死者(17万3000人余)が一番多い。高齢者は明らかにこの予備軍である。

他の病気と同じように、心臓病も完治を目指すなら、「早期発見、早期治療」が鉄則である。
・なんとなく胸の辺りが重苦しい人
・血圧が高い人
・タバコを吸う人
は、健康診断や人間ドックの折にでも、オプションだが一度、心電図検査と併せて、BNP検査を申し出てみてはどうだろう。

検査費用:健康保険は効かないが、2100円。(入院患者の場合は1996年から保険が適用になった)
(注) BNP:brain natriuretic peptide        2008 1113

2016年09月09日

◆ヒズ・マスターズ・ボイス

石岡 荘十

蓄音機から飛び出したラッパのような形をした大きなスピーカーの前に、きちんとお座りをして、ちょっと首をかしげた犬が音楽に聞き入っている。この図は、最近はあまり見かけなくなったが、歴史のある音響メーカー「ビィクター」のトレードマークである。

http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

昭和21年、群馬県新町(現・高崎市)に紡績工場があり、わが一家は中国から引揚げてきたばかりで、その社宅に住んでいた。木造平屋の粗末な建物だったが、その居間に、小型冷蔵庫ほどの大きさの電蓄がでーんと居座っていた。

クラシック好きの父親がどこでどう工面してきたのか、戦後間もない食うや食わずの時代にいかにも似つかわしくない“贅沢品”であった。

おまけに、唯一のレコード、これがすごかった。羊の皮表紙の12枚組みのアルバムで、その表紙の真ん中には「ヒズ・マスターズ・ボイス」が刻印されている。収蔵された曲は---

1.A&B パガニーニ作曲 「狂想曲イ短調」 ハイフェッツ
2A&B  ヘンデル作曲 「ピアノ組曲ニ短調」 フィッシャー
3.A&B  ヴェルディー作曲  歌劇「トラヴィアータ 第一幕、
(あヽ、そは彼の人か)」 ソプラノ独唱 アイデ・ノレナ

4.A&B  ヨハン・シュトラウス作曲 管弦楽 歌劇「蝙蝠 序曲」 
ミネアポリス交響楽団 
5.クラヴサン独奏 ランドルフスカヤ
A「燕・愉しき夢」
B シャコンヌ 円舞曲」

6. A&B  ハイドン作曲 「弦楽四重奏曲ヘ長調」 プロ・アルト弦
楽四重奏楽団
7.バス独唱 シャリアピン ムソルグスキー作曲 
A  ヴォルガの舟歌
B 蚤の歌

8. チェロ独奏 ピアティゴルスキー
 A ウエーバー作曲「アダヂオとロンド」
  B フランクール作曲「ラルゴーとヴィヴォ」
9. A&B 管弦楽 バッハ作曲 「トッカータとフーガ」 フィラデル
フィア管弦楽団 

10. A&B ベルリン独唱者連盟
  A バリトン独唱 ベートーベン作曲 「自然に顕はる神の栄光」
  B ソプラノ独唱 ヴェルディー作曲
     「アヴェ・マリア」
11. A&B  ヴァイオリン独奏 ヴェラチーニ作曲 「奏鳴曲ホ短調」
(ティボー)
12. A&B  管弦楽 ワグナー作曲 歌劇「ローエングリン」(第一幕
への前奏曲) ニューヨーク愛好家協会 

どうです、この見事な選曲と演奏者の顔ぶれ。珍品はシャリアピン本人のサイン入りのレコードだ。一つしかないこのアルバムを小学校の高学年から高校を卒業して家を出るまで繰り返し繰り返し聴いているうちに、全曲、鼻歌を歌うように何気なくハミングできるように刷り込まれてしまった。

その一方で、ラヂオから流れるハリー・ベラフォンテ、高校のときには、高崎市に本拠を置く群馬フィルハーモニーオーケストラ」(群響)合唱団でロシア民謡から第九まであらゆるジャンルの楽曲を歌い続けた。

群響はあの映画「ここに泉あり」(昭和30年 監督今井正、音楽団伊玖磨、出演岸恵子・小林桂樹)で知られた市民オーケストラで、当時大学生であった小沢政爾もしばしば指揮をとった。

この映画のストーリどおり、夏休みには県内の田舎の中学校を群響と一緒に巡回して移動音楽教室を開き、歌った。

当時、シルクを生産していた鐘紡では、年に1回、当時有名な歌手を工場に呼んで、社員の慰労演芸会を開いていた。高峰三枝子、林伊佐緒、奈良光枝、灰田勝彦・晴彦----ナマの流行歌手を目の前にして、ジャンルを問わない音楽にのめりこんだ。

音に対するこんな思い入れのきっかけとなったのが、「ヒズ・マスターズ・ボイス」だった。この出会いがなければ、この歳で、クラシックからカントリー、演歌まで、数百曲をパソコンに取り込んで、一日中BGMに濫読ならぬ“濫聴”する生活をエンジョイすることにはならなかっただろう。

1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって画かれビクターの商標となった原画は、フランシスの兄マークが亡くなるまで可愛がっていた愛犬のフォックス・テリア「ニッパー」が、兄のマークの生前、蓄音機に吹き込んだ声に聞き入っている姿を描いたものだそうだ。

愛犬ニッパーがラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っている姿だとビクターのHPにある。つまりHisMaster's Voiceに耳を傾ける姿なのである。

そこで話は飛ぶが---、

政権に関わる者は、この国の主である国民の声に耳を傾けるニッパーを見習ってもらいたいものである。         

2016年09月05日

◆心筋梗塞は予知できる

石岡 荘十



まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というのは単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそが「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、10数年前人工の弁に置き換える手術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわたって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復する。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管(冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かりやすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これは心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話して症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みではない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開している。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのような幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行きわたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった>とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバイスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。

http://www.melma.com/backnumber_108241_4024688/

それにもうひとつ大事なことを付け加えて言えば、いざというときどこの病院に駆け込むか、これが大切だ。

心臓疾患は突然、人を襲うわけではない。必ず予兆がある。背中が重い、肩が凝る、左の奥歯が痛む---。

「神の手」を持つといわれる米田正始元京都大学血管外科教授がいる。

彼は「心臓が動いているうちにつれてきて下さい。なんとかします」と豪語している。

http://www.melma.com/backnumber_108241_4234308/
                                            

2016年09月04日

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十



欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に5〜6万円を補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。