2016年06月19日

◆BNP検査をやってみよう

 
石岡 荘十(ジャーナリスト)



病院に心臓の薬の処方箋をもらいに行ったついでに、馴染みの循環器内科の女医さんの部屋に顔を出して「風邪のせいかなんとなくしんどい」と訴えると、「BNP検査をやってみましょう」とに勧められた。

以前、大動脈弁を人工の機械弁に置き換える心臓手術の経験をして以来、ヒマにあかせて、臓病関連の本を読みまくり、挙句、手術体験記(『心臓手術』 文藝春秋刊)を上梓したりした。

だから、こと循環器系疾病に関しては、人並み以上の知識を持っていると自負していたのだが、「BNP検査」は聞いたことがなかった。

で、詳しく訊いてみると、これはなかなか役に立ちそうなので、日本人の死亡原因第2位の心臓疾患の予備軍である高齢者向けに、聞いた話の受け売りをする。

BNPは「脳性ナトリウム利尿ペプチド」のこと。心臓に負担がかかると心臓の、主として心室から、一部は心房から血液に分泌されるホルモンの一種である。

血液検査で心臓にかかると交感神経を抑制したり、心臓が肥大する異常事態を防いだりする働きがある。

心臓にかかる負担が大きければ大きいほど多量のBNPを分泌するので、その分泌量を測ることで、心臓にかかっている負担の度合いを測定することが出来るというわけだ。

臨床的には、心筋梗塞、心不全の診断や治療・手術の後の判定によく使われる。血液検査で心臓の不具合の程度を測定できる唯一の検査だという。

心疾患の重傷度、つまり心臓がどの程度いかれているかの分類方法にNYHAという分類の仕方がよく知られている。「ニハ分類」、または「ナイハ分類」と読む。ニューヨーク心臓協会が定めた方法だ。4段階に分類してある。

・!)度 日常生活では症状は起こらない

・!)度 安静にしているときには症状は出ないが日常生活をすると疲れ、動悸、呼吸困難、狭心症  の症状が起きる

・!)度 軽い日常生活でも疲れる、動悸、呼吸困難、狭心症の症状が起きる

・!)度 安静にしていても胸に違和感を覚えたり心不全の症状や強心所の症状が起きたりする

このうち、健康診断などで心臓疾患の有無を診る方法で一番一般的な心電図検査だけでは、!)度の発見は困難だとされ、見逃されがちだ。!)度(軽度)もほとんど自覚症状がないこともあって、そのまま進行することが多い。

NYHA 分類は、自分である程度判断できるが手がかりにはなるが、感覚的な分類であるところが弱い。

こに対して、BNP検査で濃度を測定すると!)度、!)度もはっきり検査数値で確認することが出来る。

BNP値100pg/dl以下だと「心疾患なし」(pg/dl:ピコグラム・パー・デシリットル、ピコグラムは1兆分の1グラム)

私の検査結果は77・5でセーフだった。

100を超えると「専門医の診察が必要ですよ」という危険信号だ。
200を超えると治療が必要、500以上では重症心不全と判定される。待ったなしである。

日本人の年間の死者は110万人。死亡原因の第1位は癌で3割、2位の心疾患と3位の脳疾患を併せて3割、この3つで6割の人が亡くなっているが、病名別にではなく臓器別に見ると、心臓疾患による死者(17万3000人余)が一番多い。高齢者は明らかにこの予備軍である。

他の病気と同じように、心臓病も完治を目指すなら、「早期発見、早期治療」が鉄則である。
・なんとなく胸の辺りが重苦しい人
・血圧が高い人
・タバコを吸う人
は、健康診断や人間ドックの折にでも、オプションだが一度、心電図検査と併せて、BNP検査を申し出てみてはどうだろう。

(注) BNP:brain natriuretic peptide
                        

2016年06月18日

◆加齢疾病連発に悩まされた夏

石岡 荘十



今日書こう、明日こそはと思いながら、胸や背中を孫の手で掻くのに忙し
くて今日に至ってしまった。何の話か。すでに畏友毛馬一三氏が本誌で報
告しているように帯状疱疹“事件”の経緯についてである。

夏は、典型的な加齢疾病といわれる病につぎつぎと襲われ、悪戦苦闘した
3ヶ月だった。この間、私を襲ったのは帯状疱疹。発症から3ヶ月、やっと
終息にこぎつけたと思ったら今度は、加齢黄班変性といわれる眼球の疾病
である。これについては今なお加療の真っ只中であり、別稿で報告したい。

帯状疱疹の兆しが現れたのは6月の末のことだった。「夏バテ」というの
は夏だけの症状だと思われがちだが、気候の変化が激しい梅雨時や初夏に
も起こりやすい。

気温の乱高下に老体がついていけず、何もする気がしない。全身がともか
くけだるい。にもかかわらず梅雨明けの7月、以前からの約束もあって、
猛暑の中、秩父盆地のど真ん中にあるゴルフ場に出陣。疲労困憊、這うよ
うにして帰宅した。完全に体力を消耗していた。これが祟った。

思い返すと、その数日前すでに左胸の皮膚に違和感があり肋骨のあたりに
ピリピリ感があった。間もなく胸から左肩甲骨下にかけて赤い斑点がぽつ
ぽつ。ゴルフの後から左側の神経に沿って激痛が走るようになった。

にもかかわらず、まだ帯状疱疹とは気がつかず、市販のかゆみ止め軟膏
(レスタミン)を塗ったり、サロンパスの湿布を患部に張ったりして凌ご
うと試みていた。無知は恐ろしい。

そうこうしているうちに、赤い斑点は水ぶくれとなり、夜はベッドの上で
転々。背中を孫の手で掻きまくったものだから水ぶくれが破れ、かさぶた
へと変わったがかゆみと痛みは治まらなかった。

遂にたまらず、行きつけの病院の皮膚科に駆け込んだのはゴルフから3週
間を過ぎていた。

「帯状疱疹です。ずいぶん我慢強い方ですねぇ。もうかさぶたになり始め
ていますから、ペインクリニックに行きなさい」という。

帯状疱疹は、幼児に経験した水ぼうそうのウイルスが原因だ。ウイルスは
長い間体内の神経節に潜んでいて、加齢(50歳代〜70歳代)やストレス、
過労などが引き金となってウイルスに対する免疫力が低下すると、潜んで
いたウイルスが再び活動を始める。ウイルスは神経を伝わって皮膚に達
し、帯状疱疹として発症するとされている。

東京女子医大の統計によると、発疹する部位は、一番多いのが私のケー
ス。上肢〜胸背部(31.2%)、次いで腹背部(19.6%)、そして怖いのは
頭部〜顔面(17.6%)などとなっており、高校の友人が右顔面に発症。何
年か前のことだが、今でも顔面の筋肉がこわばっている。

最悪、失明をしたケースも報告されている。頚部〜上肢にも発症する。い
ずれの場合も体の左右どちらか一方に現れるのが特徴だ。

発症してすぐ気づき、すぐ適切な治療を受けた場合でも3週間は皮膚の痛
みや痒みが続く。痛みがやや治まってからも神経の痛みは容易に治まらな
い。数年間、痛みが消えなかったと言う症例もある厄介な加齢疾病である。

まして、私のケースは、初期治療のタイミングを逸した。その祟りで、い
まだにときどき、肋間や背中にピリピリと痛みが走る。

さて治療法である。皮膚科では坑ヘルペスウイルス薬を処方する。ウイル
スの増殖を抑える飲み薬で初期の痛みや痒みを抑える効果があるが、私は
そのチャンスを逃し、我慢強く無為に苦しんだ。

ペインクリニックでは、飲み薬と塗り薬を処方される。

【飲み薬】、

・鎮痛剤リリカプセル:今年4月、保健が適用されることとなった帯状疱
疹の最新特効薬だ。

・セレコックス:リリカカプセルが効かない場合に飲む頓服錠剤。炎症に
よる腫れや痛みを和らげる。
・メチコバール:末梢神経のしびれ、麻痺、痛みを改善する。

【塗り薬】、

・強力レスタミンコーチゾンコーワ(軟膏)

ペインクリニックでの治療5週間。月初旬にくすりの処方が終わった。発
症から3ヶ月の闘病であった。この間体力をつけようと金に糸目をつけず
美食に走った結果、太ってしまった。

毛馬一三氏が先日レポートしたとおりで、初動がこの病気治療の決め手で
ある。他山の石とされたい。



2016年06月17日

◆ワーファリンにご注意を

石岡 荘十



ワーファリンで危うく死ぬところだった。

その顛末を話す前にワーファリンについてどんな薬なのか、基礎的な“常識”を説明しておく。

ワーファリンは血液をさらさらにする代表的な薬だ。心筋梗塞や心臓の弁を人工の機械弁に置き換えた弁置換手術経験者は血液が固まって血栓を作りやすくなるため、これを防ぐべく処方される。

心臓病患者だけではなく慢性的な脳梗塞患者に対しても、血栓が脳に飛んで細い血管を詰まらせないように予防薬としても使われている。

もともとは、ネズミ取りの薬剤(殺鼠剤、商品名は、強力ラットライス、強力デスモア、ネズミランチdeコロリ)として使われていた。

ネズミにこの薬が入った餌を与えると、目の網膜内の内出血で視力が低下するため明るいところに出てくる。最終的には腹腔内の内出血で死亡するというわけだ。人間に対する治療薬として日本で使われ始めたのは30年以上前の1976年のことだった。

よく言われるように、薬はすべて毒物であり使い方、とくにその量を間違えると、死に至る。薬として有効かどうかは、微妙な量(専門的には治療域という)の調整が欠かせない。

ワーファリンは殺鼠剤に使われるくらいだから、とりわけ服用する量の調整が重要だとされている。

私は‘99年心臓にある4つの弁のうち血液の出口である大動脈弁を機械弁に置き換える手術を受けて以来、毎日朝食後、この薬を飲み続けて
いる。

私の場合、3ヶ月前までは毎日2錠(1mg×2)だったが、最近は加齢の影響もあってか、先月、血液検査の結果、効き目が落ちているとのことで、週3日は、プラス0.5mgの処方を受け、処方箋を病院の周辺に門前市をなす薬局の一つに出した。

エーザイが販売しているワーファリンは、0.5mg、1mg、5mgの3種類の錠剤だから、処方箋に従えば私の適量は

・月、水、金 1mg2錠と0.5mg1錠で合計2.5mg
・残る火、木、土、日は1mg2錠で2mg ということになる

ところが、である。

薬局で手渡された薬をその場で確認すると、0.5mgの錠剤は見当たらず、代わりに袋に入っていたのは5mgの錠剤だったのである。つまり、処方箋で指示された量の10倍の量のワーファリンを薬剤師が出したのだ。

ここでこのことに気づかず、服用したらどんなことになるか。殺鼠剤入りの餌を与えられたネズミになるところだったのだ。おお怖!   

「人は間違う動物」、医療の世界ではTo err is human.とよく言われるが、これは酷すぎる。まかり間違えば業務上過失致死に問われかねない過ちではないか。

いろいろな薬の中で、とりわけワーファリンに対する感受性は個体差が大きい。薬の量は大概、患者の体重によって決まるが、ワーファリンは同じ体重でも、年齢や食生活、疾患の種類などによって適量を厳密に調整する必要のある薬だとされ、同じ人でも、適量(治療域)は変わる。

このため、永年この薬を飲んでいる患者は、少なくとも月に1度は血液検査をして適量を決めなくてはならない。プロトロンビン時間測定(=PT-INR)という検査である。

昔は、トロンボテストという検査が一般的だったが、近年はPT-INRが推奨されている。その標準値は、1.6〜3.0(値が高いほど血が固まりにくい)が理想的である。(「1.8〜3.4 の間であれば、ワーファリンの投与量は変更しないほうがよい」という報告もある)。

先月の私のINRは1.9。適正だった。そこへ、5mgを飲んだりすれば、血液は真水のようにさらさら流れ、体内の臓器、とりわけ脳出血のおそれもあった。

ほとんどの薬は、薬品メーカーが製造、医師が処方し、薬剤師が調剤し、患者は何の疑問も抱かず指示通り服用する。つまり水源から河口まで関係者はすべて性善説に立っている。

ワーファリンの販売元エーザイに確認すると、担当者は、「こんな間違いは初めてのケースだ」という。しかし、どんな仕事もそうだが慣れてくると、そこに’to err’が起こる。メーカーは貴重な教訓とし、包装紙の色を変えるなどの防止策がないか検討するというが、同時に、ユーザーである患者もやばい薬については特に確認をする努力を心がけたいものである。

(註)INR:International Normalized Ratio=国際標準比

2016年06月16日

◆「新型インフル」で死んだ法皇

石岡 荘十



インフルエンザというか、「はやり風邪」の記述を歴史の中にたどると、今で言う「新型インフルエンザ」はじつは昔から繰り返し起きていたことがわかる。だからいまさら「新型」というネーミングは「いかがなものか」と首をかしげる感染症や公衆衛生の専門家が少な
くない。

南北朝時代を描いた歴史物語、「増鏡」にこんな記述がある。

「ことしはいかなるにか 、しはぶきやみはやりて、ひとおおくうせたまふ」「しはぶき」は咳のことだから「咳をする病で多くの人が死んだ」ということだ。また、「大鏡」には、1000年前の寛弘8年(1011年)6月、一条法皇が「しはぶきやみ」のため死亡したと書かれている。

ずっと時代を下って享保18年(1733年)、大阪市中で33万人が流行性感冒にかかり、2,600人が死亡。この流行は江戸へ蔓延し、人々は藁人形で疫病神を作り、鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らし、はやし立てながら海辺で疫病神を送った、とある。

これらの出来事は、いずれも6月、7月の暑い季節に起きており、疫学的に証明されたわけではないが、どうも、寒い時期に起きるいわゆる季節性の風邪とは違うようだ。

さらに、江戸時代には天下の横綱・谷風がはやり風邪にかかり本場所を休んで、連勝記録が止まってしまった。世間では「谷風もかかったはやりかぜ」と怖れ、四股名にひっかけて、はやりかぜのことを「たにかぜ」と呼んだそうだ。

天保6年(1835年)の「医療生始」という書物には「印弗魯英撒(いんふりゅえんざ)」の言葉が早くも見える。

そして1918年春から翌年にかけて、第1次世界大戦の最中、海の向こうではアメリカに端を発した史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」がヨーロッパに持ち込まれて猛威をふるい、やがて全地球に蔓延する。

感染者は当時の全地球人口の三分の一の6億人、いろいろな説があるが死者は5000万人に達したといわれる。日本では、大正7年のことだ。当時の人口5500万人に対し最新の研究では死者は48万人に達していたと推定する説もある。当時の新聞の見出しはこうだ。
「西班牙風邪遂に交通機関に影響(東京朝日新聞 大正7年10月31日)」。「電信事務も大故障(読売新聞 大正8年2月6日)」---。

スペイン風邪については↓。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4570052/

これらは明らかに、季節性のインフルエンザとは違った。スペイン風邪の病原体が「新型インフルエンザ」と同じA型インフルエンザH1N1と分かったのは、1933年になってからのことである。

つまり、いま問題になっている新型インフルエンザはじつは「新型」でもなんでもなく、「旧型」のリバイバルなのである。その後1997年、アラスカの凍土の中から発見された4遺体から、肺組織の検体が採取され漸くスペイン風邪の病原体の正体が科学的に裏付けられた。

スペイン風邪だけでなく、6月や7月の湿気の多い梅雨のむし暑い季節に流行った「しはぶきやみ」もじつはいまの新型インフルエンザのご先祖様の仕業だったかもしれない。

「新型インフルエンザは時々現れる。1580年以来10〜13回パンデミック(世界規模の蔓延)が発生している」(国立感染症研究所の岡部信彦情報センター長)のである。

アジア風邪は1956年に中国南西部で発生し、翌年から世界的に流行した。ウイルスはA型のH2N2亜型である。H、Nの詳しい説明は素人には手に負えないのでここでは省くが、新型インフルエンザH1N1の親戚筋、「いとこ」か「はとこ」だ。死者はスペインかぜの1/10以下であったが、抗生物質の普及以降としては重大級の流行であった。

40年ほど前、前回の「パンデミック」である香港風邪(H3N2)が1968年に発生。6月に香港で流行を始め、8月に台湾とシンガポールに、9月には日本に、12月にはアメリカに飛び火する。結局、日本では2,000人、世界では56,000人が死亡したと言われている。日本では3億円事件のあの年である。

10年前、1998年にも香港風邪が流行った。このときはH3N2ウイルスだったが、アジア風邪(H2N2)のフルチェンジだったといわれる。

一昨年2007年に流行ったAソ連型インフルエンザの先祖は、30年前の1977年のソ連風邪(H1N1)だ。因みに、ソ連と名前が付いているが、“原産地”、つまり発祥地は中国だといわれている。1977年5月に中国北西部で流行をはじめ、同年12月にシベリア、西部ロシア、日本へ、さらに翌年1978年6月にはアメリカへと飛び火。

ウイルスがスペイン風邪と同型だったということで、研究室に保存されていたスペイン風邪のウィルスが何かの理由で漏れ出したという憶測もあるくらいよく似ている。

これらスペイン、香港、ソ連の風邪は、いずれも近年も流行を繰り返しているA香港型インフルエンザのご祖先、鳥インフルエンザから変異した新種のウィルスによるものだといわれている。

「新型インフルエンザ」とは、人間はまだ感染したことがない新種のインフルエンザのことを言い、新種のウィルスであるため、人間にとっては免疫が働かないとされているが、じつは中にはリバイバル、ちょっと“化粧直し”をして姿を現すものもあることがわかる。

いま大騒ぎしている新型インフルエンザは英語では‘Swine Flu’という。

‘New Type Influenza’などとは言わない。「新型」とまったく別のインフルエンザのような印象を与えるネーミングをしているのは日本だけのようだ。いま流行っているのはブタ由来のインフルエンザなのだが、死亡率が高く本当に怖いのは鳥由来のインフルエンザ(’Avian Flu’ Bird Flu’)である。

過去にも何度か鳥インフルエンザの“震源地”となった中国大陸の関連情報について業界では、今ひとつマユツバだという見方もある。ことによったら香港風邪のリバイバル型が周辺国を窺っているかもしれない。

軍事的な脅威ばかりが声高に議論されているが、ウイルスに対する警戒を怠ってはならない。

2016年06月13日

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十



欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に5〜6万円を補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。

2016年06月12日

◆ヒズ・マスターズ・ボイス

石岡 荘十



蓄音機から飛び出したラッパのような形をした大きなスピーカーの前に、きちんとお座りをして、ちょっと首をかしげた犬が音楽に聞き入っている。この図は、最近はあまり見かけなくなったが、歴史のある音響メーカー「ビィクター」のトレードマークである。

http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

昭和21年、群馬県新町(現・高崎市)に紡績工場があり、わが一家は中国から引揚げてきたばかりで、その社宅に住んでいた。木造平屋の粗末な建物だったが、その居間に、小型冷蔵庫ほどの大きさの電蓄がでーんと居座っていた。

クラシック好きの父親がどこでどう工面してきたのか、戦後間もない食うや食わずの時代にいかにも似つかわしくない“贅沢品”であった。

おまけに、唯一のレコード、これがすごかった。羊の皮表紙の12枚組みのアルバムで、その表紙の真ん中には「ヒズ・マスターズ・ボイス」が刻印されている。収蔵された曲は---

1.A&B パガニーニ作曲 「狂想曲イ短調」 ハイフェッツ
2A&B  ヘンデル作曲 「ピアノ組曲ニ短調」 フィッシャー
3.A&B  ヴェルディー作曲  歌劇「トラヴィアータ 第一幕、
(あヽ、そは彼の人か)」 ソプラノ独唱 アイデ・ノレナ

4.A&B  ヨハン・シュトラウス作曲 管弦楽 歌劇「蝙蝠 序曲」 
ミネアポリス交響楽団 
5.クラヴサン独奏 ランドルフスカヤ
A「燕・愉しき夢」
B シャコンヌ 円舞曲」

6. A&B  ハイドン作曲 「弦楽四重奏曲ヘ長調」 プロ・アルト弦
楽四重奏楽団
7.バス独唱 シャリアピン ムソルグスキー作曲 
A  ヴォルガの舟歌
B 蚤の歌

8. チェロ独奏 ピアティゴルスキー
 A ウエーバー作曲「アダヂオとロンド」
  B フランクール作曲「ラルゴーとヴィヴォ」
9. A&B 管弦楽 バッハ作曲 「トッカータとフーガ」 フィラデル
フィア管弦楽団 

10. A&B ベルリン独唱者連盟
  A バリトン独唱 ベートーベン作曲 「自然に顕はる神の栄光」
  B ソプラノ独唱 ヴェルディー作曲
     「アヴェ・マリア」
11. A&B  ヴァイオリン独奏 ヴェラチーニ作曲 「奏鳴曲ホ短調」
(ティボー)
12. A&B  管弦楽 ワグナー作曲 歌劇「ローエングリン」(第一幕
への前奏曲) ニューヨーク愛好家協会 

どうです、この見事な選曲と演奏者の顔ぶれ。珍品はシャリアピン本人のサイン入りのレコードだ。一つしかないこのアルバムを小学校の高学年から高校を卒業して家を出るまで繰り返し繰り返し聴いているうちに、全曲、鼻歌を歌うように何気なくハミングできるように刷り込まれてしまった。

その一方で、ラヂオから流れるハリー・ベラフォンテ、高校のときには、高崎市に本拠を置く群馬フィルハーモニーオーケストラ」(群響)合唱団でロシア民謡から第九まであらゆるジャンルの楽曲を歌い続けた。

群響はあの映画「ここに泉あり」(昭和30年 監督今井正、音楽団伊玖磨、出演岸恵子・小林桂樹)で知られた市民オーケストラで、当時大学生であった小沢政爾もしばしば指揮をとった。

この映画のストーリどおり、夏休みには県内の田舎の中学校を群響と一緒に巡回して移動音楽教室を開き、歌った。

当時、シルクを生産していた鐘紡では、年に1回、当時有名な歌手を工場に呼んで、社員の慰労演芸会を開いていた。高峰三枝子、林伊佐緒、奈良光枝、灰田勝彦・晴彦----ナマの流行歌手を目の前にして、ジャンルを問わない音楽にのめりこんだ。

音に対するこんな思い入れのきっかけとなったのが、「ヒズ・マスターズ・ボイス」だった。この出会いがなければ、この歳で、クラシックからカントリー、演歌まで、数百曲をパソコンに取り込んで、一日中BGMに濫読ならぬ“濫聴”する生活をエンジョイすることにはならなかっただろう。

1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって画かれビクターの商標となった原画は、フランシスの兄マークが亡くなるまで可愛がっていた愛犬のフォックス・テリア「ニッパー」が、兄のマークの生前、蓄音機に吹き込んだ声に聞き入っている姿を描いたものだそうだ。

愛犬ニッパーがラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っている姿だとビクターのHPにある。つまりHisMaster's Voiceに耳を傾ける姿なのである。

そこで話は飛ぶが---、

政権に関わる者は、この国の主である国民の声に耳を傾けるニッパーを見習ってもらいたいものである。         

2016年06月07日

◆子宮頸がんワクチン適齢期

石岡 荘十


欧米先進国では女の子どもが11歳になると親はまず、子宮頸がんから守るためのワクチン打つ。

11歳は、肉体的に成長の早い欧米ではセックスを始めて体験する“セックス・デビュー”の年齢だと考えられている。「うちの子に限って---」と考えたいところだが、現実は、そうはいかない。11歳は子宮頸がんワクチンを打つ“適齢期”であり、このタイミングでワクチンを打つのが、多くの先進国では常識となっている。

子宮頸がんはすべての女性の80パーセントが一生に一度は感染しているという。子宮の入り口である頸部に発生する上皮性の悪性腫瘍であり、世界では年間約50万人が子宮頸がんを発症し、約27万人が死亡していると推計されている。

2分間に1人が子宮頸がんで命を落としている計算になる。日本では毎年約1万5000人の女性が子宮頸がんを発症し、約3500人が死亡している。

原因は、ほぼ100パーセントが性交渉、つまり皮膚と皮膚の粘膜の接触でヒトパピローマウイルス(HPV)というありふれたウイルスの感染することによることが1983年、明らかになっている。パピローマウイルスを発見した独がん研究センターのハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授には、2008年度ノーベル生理学医学賞が授与されている。この研究成果をもとに予防ワクチンが開発され、現在、世界100カ国以上で使われている。

子宮頸がんはいろいろながんの中でも例外的に原因が特定されているだけでなく、ワクチンによる予防法が確立されている。アメリカでは2006年ワクチンの使用を承認、昨年10月には日本でも使用が承認されたものだ。

成人になって、検診を受けずワクチンの接種もしない場合、がんは進行し、子宮をすべて摘出する手術が必要になることもある。

妊娠、出産の可能性を失い、女性だけでなく家族にとっても心身ともに大きな痛手となる。また、子宮のまわりの臓器にがんが広がっている場合には、卵巣やリンパ節などの臓器もいっしょに摘出しなければならなくなり、命にかかわる。


ワクチン普及のためのシンポジウムで、「子宮頸がんは予防ができるがんです。また、定期的に検診を受けることで、がんになる前に発見し、子宮を失わずに治療もできます。そのことを知らなかった私は、こどもを産むどころか妊娠することも出来ない体になってしまいました。死ぬではないかとこわかった。1人でも多く女性がワクチンを打ってください」と切々と訴えた。

子宮頸がんは、初期には全く症状がないことがほとんどで、自分で気づくことはほとんどない。このため、不正出血やおりものの増加、性交のときの出血などに気がついたときには、がんが進行しているということも少なくない。

進行するにつれ性交時の出血などの異常がみられ、さらには悪臭を伴う膿血性の不正性器出血、下腹痛や発熱などが認められるようになるという。

子宮頸がんは遺伝などに関係なく、性交経験がある女性なら誰でもなる可能性のある病気である。近年では20代後半から30代に急増、若い女性の発症率が増加傾向にある。子宮頸がんは、がんによる死亡原因の第3位、女性特有のがんの中では乳がんに次いで第2位を占めており、特に20代から30代の女性では、発症するすべてのがんの中で第1位となっている。

一度ワクチンを接種しておけば、その効果が20年は持つといわれる。だから、11歳という“適齢期“にワクチンを打った上で、定期的に検診を受け、早期に発見・手術を受ければ、術後に妊娠・出産が可能だという。

85パーセントに女性がワクチンを打っていれば、95パーセントの女性が助かるという研究報告もある。

ワクチンは3回に分けて打つ。初回、2回目がその1ヶ月後、さらに6ヶ月後に3回目。問題は費用が高額なことだ。

セックス・デビュー前の“適齢期“の女の子(11〜14歳)全員に公費でワクチンを打っても、費用はわずか200億円ほどと計算されている。今のまま放置しておくと、いずれこれを上回る医療費がかかる計算もあり、充分に元は取れるという。

地方自治体では、「健康・医療・福祉都市構想」を掲げ、在住の小学校6年生〜中学校3年生(12〜15歳)を対象に5〜6万円を補助することを決めている所もある。このワクチン接種費用が高額なことを解消するために、地方自治体は急ぎ対応を期すべきだろう。

2016年06月06日

◆このユニークな医療改革論

石岡 荘十

作家・村上龍氏が編集長を勤めるメールマガジンJM(JapanMailMedia)が、ユニークな論文を掲載している。

「政府予算から2兆円を自由に使えるとしたら?」という設問で学者や経済評論家の意見を求めたものだ。8人が応えて寄稿しているがこの中でもっともユニークな論文は、土居丈朗氏(慶應義塾大学経済学部准教授)の提言である。

こうだ。

<財政政策として期待できる分野は、少子化対策、教育強化、医師不足解消、貧困対策がまずは最重要なものとして挙げられるでしょう。(中略)限られた金額でできることなので、この4つにそれぞれ5000億円ずつ投じる>とした上で、

<少子化対策は、周産期医療と小児科医療を再構築・強化すべく、産科・小児科の診療報酬の大幅引上げや産科女医の復職促進を始め、これらでインセンティブをつけた上で産科と小児科の医学部生の育成を強化して将来に備える。>

ここまでは、まあ「うんうん」と頷いて読んでいたが、ここからが聞かせどころだ。

<開業医抑制策や小児医療の無料化は、資源配分を歪め、誤ったメッセージを医療関係者や患者にもたらすのでよくありません。その対策に加えて残った金額で、保育所の増強や育児手当等に充ててもよいでしょう>。

「えっ?」。そして本題に入る。真骨頂はここからである。 

<医師不足解消は、医師(医学部定員)の増員はほどほどにして、患者の移住促進(もっと露骨に言えば病院のある都市への引越しの補助)に重点を置きながら政府支出を投じる必要があります。

医師不足とは、単に供給側の医師が足らないという現象にとどまらず、供給側の医師と需要側の患者の間の需給のミスマッチという現象でもあります。

供給側の医師が急には増やせないとなれば、需要側の調整を進める必要があります。要するに、患者が医師のいるところに移住することです。

もちろん、移住を強制しません。しかし、抜き差しならない形で受診に片道2時間もかかるとかという状況を放置できない患者は、医師がその患者のところに赴くより患者が医師のいるところにもっと近づくしか即効性のある対策は講じられません。

ある一定の客観的な基準を決めて、患者の移住を促進するように(もちろん一旦移住したが元々居たところに戻るならそれは補助対象にすべきではありません)政府支出を投じるとよいと考えます。

医師(医学部定員)の増員は、ある程度は必要ですが、将来人口が減少することを踏まえ、将来の医療需給の状況を見通しながら、将来医師過剰にならないよう対応すべきです。へき地に医師を強制的に赴かせるやり方は、職業選択の自由を妨げるとともに、「へき地」の不必要な延命につながるため、賛成できません>。

患者は医師のいるところに移住せよ、移住する住民にカネを出せ、「へき地」の住民は不必要なので延命に手を貸すな、と提言しているのである。医師は過剰になると困るので増員はほどほどに、ともいう。

何とユニークな発想ではないか。いちいち反論はしないが、土居丈朗氏とはいかなる人物かに、興味を持った。ネットで検索すると、財政、公共政策がご専門で、著書も多く、政府(厚生労働)関係の懇談会の委員や参院財政金融委員会の公述人も務めておられる立派なお方のようだ

そのせいか、「増員はほどほどに」「医師過剰にならないように」と政府サイドの主張にぴったりの提言が目に付く。それにしても、「患者を医師の多いところに移住させよ」はユニークだ。厚生労働省のお役人もビックリだろう。

人口1000人当たり医師数が一番少ないのは埼玉県である。都内では、東京都の中央部が12.6人なのに対して東部医療圏(墨田区、江東区、江戸川区)では1.6人、最もひどいのは江戸川区で、住民1000当たりの医師は0.9人に過ぎない。

土居先生のご高説に従えば、政府が5000億円で支援する。患者と医師、需要と供給のミスマッチを解消するために、埼玉県や墨田、江東、江戸川の病人・住民は医者を求めて川を越えて移住せよ、全国の過疎地住民は僻地を棄てて、都会の医者を目指せ、となるのだ。

土居先生に、筆者の意見と共に「反論があれば」、とメールを送ったが、現在、返事はない。

2016年06月04日

◆この秋、天使が舞い降りる

石岡 荘十



米NBCのオーディション番組、‘America’sGot Talent’から、1人の天才歌手、それもクラシックオペラのアリア曲を得意とする世界最年少のオペラ歌手が誕生した。

その名はジャッキー・エバンコ(Jackie Evancho)、まだあどけない11歳の少女だ。 ‘America’s Got Talent’は一昨年、スーザン・ボイドを送り出したことで日本でもよく知れれるようになった新人タレント発掘のオーディション番組のアメリカ版である。

まずは、その番組をYou Tubeでご覧頂こう。↓
http://www.youtube.com/watch?v=SKhmFSV-XB0&feature=related

謳い出しから満場騒然、謳い終わると聴衆は総立ちとなりスタンディングオベーションが鳴り止まなかった。審査員の1人が、
‘This is the moment ,you are the star!
と最大級の賛辞を絶叫した。

別の女性審査員は、こんなけいけんははじめてだわ。‘You are little gem, angel!とこれまた興奮気味だ。

こんな金の卵を、アメリカの凄腕プロデューサー、デヴィド・フォスターが見逃すはずがなく、自分の番組に引っ張り込んでティームに引き入れた。↓
http://www.youtube.com/watch?v=lIQTJyIzn2U

おまけは、あのバーブラ・ストライザンドとのデュエッとだ。↓
http://www.youtube.com/watch?v=QfUz4THEgX8

デヴィド・フォスターの力の入れようが窺えようというものだ。

フォスターはマイケル・ジャクソン、バーバラ・ストライサンドらを世に送り出しただけでなく、フランス語しかしゃべれなかったセリーヌ・ディオンに英語の手ほどきをし、映画「タイタニック」(1997年)の主題歌‘My Heart Will Go On’を謳わせた凄腕音楽プロデューサーだ。フィリピンのこれまた天才少女歌手シャリースを世に送り出している。↓

http://melma.com/backnumber_108241_5084102/

最後にYou Tube 255万アクセスのもう一曲 
http://www.youtube.com/watch?v=iiM9QVdJyVQ

この秋、この天使が東京に舞い降りる。  

2016年05月31日

◆ヒズ・マスターズ・ボイス

石岡 荘十


蓄音機から飛び出したラッパのような形をした大きなスピーカーの前に、きちんとお座りをして、ちょっと首をかしげた犬が音楽に聞き入っている。この図は、最近はあまり見かけなくなったが、歴史のある音響メーカー「ビィクター」のトレードマークである。

http://www.jvc-victor.co.jp/company/profile/nipper.html

昭和21年、群馬県新町(現・高崎市)に紡績工場があり、わが一家は中国から引揚げてきたばかりで、その社宅に住んでいた。木造平屋の粗末な建物だったが、その居間に、小型冷蔵庫ほどの大きさの電蓄がでーんと居座っていた。

クラシック好きの父親がどこでどう工面してきたのか、戦後間もない食うや食わずの時代にいかにも似つかわしくない“贅沢品”であった。

おまけに、唯一のレコード、これがすごかった。羊の皮表紙の12枚組みのアルバムで、その表紙の真ん中には「ヒズ・マスターズ・ボイス」が刻印されている。収蔵された曲は---

1.A&B パガニーニ作曲 「狂想曲イ短調」 ハイフェッツ
2A&B  ヘンデル作曲 「ピアノ組曲ニ短調」 フィッシャー
3.A&B  ヴェルディー作曲  歌劇「トラヴィアータ 第一幕、
(あヽ、そは彼の人か)」 ソプラノ独唱 アイデ・ノレナ

4.A&B  ヨハン・シュトラウス作曲 管弦楽 歌劇「蝙蝠 序曲」 
ミネアポリス交響楽団 
5.クラヴサン独奏 ランドルフスカヤ
A「燕・愉しき夢」
B シャコンヌ 円舞曲」

6. A&B  ハイドン作曲 「弦楽四重奏曲ヘ長調」 プロ・アルト弦
楽四重奏楽団
7.バス独唱 シャリアピン ムソルグスキー作曲 
A  ヴォルガの舟歌
B 蚤の歌

8. チェロ独奏 ピアティゴルスキー
 A ウエーバー作曲「アダヂオとロンド」
  B フランクール作曲「ラルゴーとヴィヴォ」
9. A&B 管弦楽 バッハ作曲 「トッカータとフーガ」 フィラデル
フィア管弦楽団 

10. A&B ベルリン独唱者連盟
  A バリトン独唱 ベートーベン作曲 「自然に顕はる神の栄光」
  B ソプラノ独唱 ヴェルディー作曲
     「アヴェ・マリア」
11. A&B  ヴァイオリン独奏 ヴェラチーニ作曲 「奏鳴曲ホ短調」
(ティボー)
12. A&B  管弦楽 ワグナー作曲 歌劇「ローエングリン」(第一幕
への前奏曲) ニューヨーク愛好家協会 

どうです、この見事な選曲と演奏者の顔ぶれ。珍品はシャリアピン本人のサイン入りのレコードだ。一つしかないこのアルバムを小学校の高学年から高校を卒業して家を出るまで繰り返し繰り返し聴いているうちに、全曲、鼻歌を歌うように何気なくハミングできるように刷り込まれてしまった。

その一方で、ラヂオから流れるハリー・ベラフォンテ、高校のときには、高崎市に本拠を置く群馬フィルハーモニーオーケストラ」(群響)合唱団でロシア民謡から第九まであらゆるジャンルの楽曲を歌い続けた。

群響はあの映画「ここに泉あり」(昭和30年 監督今井正、音楽団伊玖磨、出演岸恵子・小林桂樹)で知られた市民オーケストラで、当時大学生であった小沢政爾もしばしば指揮をとった。

この映画のストーリどおり、夏休みには県内の田舎の中学校を群響と一緒に巡回して移動音楽教室を開き、歌った。

当時、シルクを生産していた鐘紡では、年に1回、当時有名な歌手を工場に呼んで、社員の慰労演芸会を開いていた。高峰三枝子、林伊佐緒、奈良光枝、灰田勝彦・晴彦----ナマの流行歌手を目の前にして、ジャンルを問わない音楽にのめりこんだ。

音に対するこんな思い入れのきっかけとなったのが、「ヒズ・マスターズ・ボイス」だった。この出会いがなければ、この歳で、クラシックからカントリー、演歌まで、数百曲をパソコンに取り込んで、一日中BGMに濫読ならぬ“濫聴”する生活をエンジョイすることにはならなかっただろう。

1889年にイギリスの画家フランシス・バラウドによって画かれビクターの商標となった原画は、フランシスの兄マークが亡くなるまで可愛がっていた愛犬のフォックス・テリア「ニッパー」が、兄のマークの生前、蓄音機に吹き込んだ声に聞き入っている姿を描いたものだそうだ。

愛犬ニッパーがラッパの前でけげんそうに耳を傾けて、なつかしい主人の声に聞き入っている姿だとビクターのHPにある。つまりHisMaster's Voiceに耳を傾ける姿なのである。

そこで話は飛ぶが---、

政権に関わる者は、この国の主である国民の声に耳を傾けるニッパーを見習ってもらいたいものである。        

2016年05月26日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十



正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めたが、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。
というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。
ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先まで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

インフルエンザは、熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。   

2016年05月24日

◆歳は足にくる(前)

石岡 荘十



学生時代から体育会系で足腰には自信があるつもりだったが、古希を過ぎる頃から歳が足にきた。

ことの始まりは、高校の友人と花見がてら玉川浄水伝いの小道を小金井公園まで数キロ歩いたときだった。暫く歩くと左足がだるく、重くなって思うように歩けない。しばらく(数分)休むと回復してまた歩けるようになるのだが、また、だるく重くなる。

こういうのを間欠性跛行(かんけつせいはこう)といい、腰部脊柱管狭窄症の典型的な症状だとされている。跛行とはビッコを引くということだ。

人間の脊椎骨は上から頚椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)、仙骨(1個)、それに数個の尾骨から成っている。脊椎骨の中心を走る脊柱管の中に神経の柱がある。

一つひとつの脊椎と脊椎の骨の間には椎間板というクッションの役割を果たす軟骨組織がある。そしてさらにこれらは靭帯や背筋などの筋肉で支えられている。

ところが、40代後半になってデスクワークが増えたせいか、足に痺れや傷みが来た。背筋が脊椎を支えきれなくなって5番目の腰椎がずれていると診断された。それから、少なくとも一キロ/週、泳ぐ習慣をつけて今日に至っているので、重い足を引きずってビッコを引くようになろうとは思いもしなかった。

脊柱管狭窄症、つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、5番目の腰椎がずれている。が、神経には触っていないことが確認できた。脊柱管はどこも狭くなっているところはない。

しかし、MRIをよく見ると、3番目と4番目、4番目と5番目の間の椎間板がほかの椎間板より白く写っていて、炎症を起こしていると認められ、そのせいでごくわずか椎間板がはみ出して、脊柱管を押している。

治療法としては、腰椎を引っ張る、固定装具を使う、消炎鎮痛剤や飲み薬を使う、重症でそれでもダメなら外科手術をするということになる。みのもんたさんは手術をしたといわれるが、そこまでひどい症状は患者の一割程度だそうだ。

私の場合は軽症で、椎間板の炎症は飲み薬でなおる、ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

では、ビッコの原因は何か。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかない動脈硬化ではないかと循環器内科の医師は考えた。

これを立証するのが、「血圧波検査」だ。両腕、両足に幅広のベルトを巻いて一斉に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)がわかる。

結果は、左足だけが標準値に達していない、(専門的には「閉塞性病変の疑い」という)左足の血流は右足の7割しかないことが分かった。左足へ行く動脈のどこかが詰まっていた。

血流が詰まる動脈硬化は典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば脳梗塞になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると、狭心症や心筋梗塞になる。私の場合は足にきたというわけである。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを入れ込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、などなど。

診療科の選択は大事だ。教訓は、大雑把に言うと、足が「痛むとき」は腰の神経になにかが触っているのだから、整形外科へ、「だるい・重いとき」は循環器内科へ、である。

多くの病気は、原因が分かり適切な治療が行なわれれば治るし、治療が適切でなければ治るものも治らない。癌の多くが治らないのは、原因が分かっていない。原因はわかっても治療法がそこまでいっていないか、誤った治療法がまかり通っているためだ、と私は思っている。

いわゆる「難病」といわれるものは、原因が明らかでなく、従って治療法もわからないものをいう。

と、考えると、足がだるくなる間欠性跛行は難病ではない。脳や心臓の梗塞と同じ加齢疾病だと考えればいい。治療法はあり、医師を選び抜けば高い確率で治る。調べてみて“悲観”は飛んだ。

ただ、このような治療法は対症療法に過ぎない。創造主に逆らって老いを押しとどめる智恵はヒトにもない。例外はない。

ガキは頭にくる、なにかというとキレるらしいが、歳は足にくる。(続く)


2016年05月23日

◆基礎疾患に注目しよう

石岡 荘十

「基礎疾患」は医学用語で「病気の大元の原因となる疾患」と定義される。

例えば、よく言われるのが心筋梗塞や脳梗塞の基礎疾患として挙げられる「死の四重奏」。

内臓脂肪型肥満(リンゴ型肥満)、高血圧、高脂血症、糖尿病の4つが揃っていることを言い、死亡率は、そうでない人に比べて30倍以上も高くなるという調査結果がある。これにさらに喫煙習慣を加えた五つ揃い文で「死の五重奏」という。

リンゴ型肥満というのは中高年男性の典型的な体型で、写真などで見る金正日氏がその典型的な体型である。女性の場合は、体脂肪が引力に逆らえず臀部に下がってくるので「(西洋)ナシ型肥満」ということになる。


内臓脂肪型肥満の人は動脈硬化になりすく、心臓病や脳卒中へと進んでいくリスクが高まるからだ。

メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部氏が治療の経緯を述べておられる。一応、犯人は脳血栓の予防薬プレタールの副作用ということになったようだ。渡部氏は数十年前に禁煙を実行しておられるし、お見掛けしたところ、内臓脂肪もそれほど大量に溜め込んでいる様子はない。しかし糖尿がある。

高血圧、高脂血については伺ったことはないが、もし該当するような疾患の症状があるとすれば、末永く健筆を振るわれるためにも基礎疾患を撃退するよう心がけて頂きたい。

一口に「撃退」といっても、そのほとんどが、長年のいわゆる生活習慣病の結果なのでそう簡単にはいかない。例えば禁煙。簡単に決別できる人もいるが、懲りるような事態、例えば片肺切除に追い込まれてやっと、止めることが出来たという友人もいる。

心臓手術は不整脈の基礎疾患だ。

筆者は、13年前、心臓の大動脈弁が機能しなくなり人工の機械弁に置換する手術を受けた。10歳の頃から大動脈弁がうまく閉じない障害がありながら、手術までの50余年間放置しておいた結果、心臓の筋肉が正常な人の2倍近い厚さ(1.7ミリ)に肥厚し、弾力性を失いかかっていた。

手術後、不整脈の一つである心房細動に悩まされたのは、心臓手術によって傷つけられ弾力性を失った心筋が基礎疾患となって、時々、心臓の細胞があちこちで異常な動きを見せるためだと診断された。そこで、術後8年目(‘07年)、心房細動の根治治療に踏み切った。

カテーテル(ビニールの細い管)を腿の付け根から差し入れて、心臓まで押し進め、異常行動を起こす細胞を捜索・特定し、高周波で焼き切る。

カテーテル・アブレーション(電気焼妁)といわれる最先端の不整脈治療法だ。その上、術後、何種類かの薬の服用を強いられ、辛うじて心房細動の再発を阻止している。

心臓手術を経験すると、心房細動を起こしやすくなる。橋本龍太郎元首相は、心臓の弁(僧帽弁)がうまく閉じなくなり、私と同じように人工の機械弁に取り替える手術を受けた。

その3年後(‘06)、同じように心房細動を起こし、心臓で出来た血栓(血の塊)が飛んで腸に栄養を送る動脈を詰まらせ、どんな鎮痛剤も効かない激痛を訴えながら死亡した、といわれる。

死因は「腸管虚血を原因とする敗血症ショックによる多臓器不全」だが、この場合の基礎疾患は心臓手術→心房細動である。しかし、いまさら手術経験をなかったことには出来ない。

そこで、薬で心房細動を抑え込むことになるのだが、「すべての薬は毒」である。大学の薬学部で教鞭をとっている友人は、学生にまずこのことを教えるという。

だから種類と量の処方にはくれぐれも慎重でなくてはならないのだが、日本では2万種類の薬が使われている。この中からピタリ鍵穴に合う一本の鍵のような薬を処方するのは、至難の技である。

マスターキーはない。そう考えると、副作用が出ないほうがおかしいともいうことが出来る。私もプレタールを服用しているが、渡部氏のような副作用は今のところない。鍵穴の型が異なるということだろう。

アメリカには「5種類以上の薬を処方する医者にはかかるな」というのが常識だそうだが、日本では65歳以上の高齢者は平均して6種類の薬を服用しているといわれる。

が、薬はあくまでその場しのぎの対症療法に過ぎない。その中で一番多いのは複数種の降圧剤だ。ほとんどの降圧剤には性的機能を不能にする副作用があることはあまり知られていない。「そのお歳でもういいでしょう」と、医者はなめて処方しているのかもしれない。なめるな! 

基礎疾患である生活習慣病の克服こそが根治治療法であり、それができれば “毒”をのまなくてよくなる理屈である。“夜明けのテント”も夢ではなくなるかもしれない。