2016年04月17日

◆「侵略」の時効は?

石岡 荘十
             

先日、大学時代の友人数人と会った。その席でひとりがこう訊いて来た。

「歴史上、他人の国を侵略し、植民地化し、虐殺し、じつに多くの人を大規模に連れ去って奴隷とした例は数知れない。日本はいま、70年前の戦争をめぐって、近くの国から『謝れ。口ばかり出なく、謝罪の意を行動で表せ』と攻め立てられている」。

その上「戦争指導者を祀っているところに,総理がお参りするのはけしから。おまえの歴史認識をこっちと同じに改めない限り、会ってやらんと脅されている」

そこで、2つ訊きたいと友人は言う。

まず、歴史上、他国を侵略し、占領し、植民地化した国々が、謝った話はあまり聞かないが、あるとすればどこの国がどこにどんな謝り方をしたのか。先の戦争で謝罪をしたのは、ドイツと日本ぐらいだと思うが------。ほかにあったっけ? 

次に、歴史認識が国によって異なるのは当たり前だと思う。が、それを変えなければ、会ってやらんとごねた国は、歴史上あるのか。あるとすればどの国がどこの国にそう言ったのか。言われた方は、どう対応したのか。

日本はかつて蒙古に襲われたり、近海でロシアの海軍相手に戦ったりしたこともあった。防衛のために多数の死傷者が出ている。幸い、侵略未遂だったが、彼らは謝ったのか。

加藤清正のことを謝れとは言っていないようだが。

友人はつまり、先の戦争が「侵略」だったとして、それがいつになったら時効になるのか、そんなものに時効はないのか、教えてくれと言っている。

酒席だったこともあって、むにゃむにゃとごまかして、議論は消化不良のまま終わってしまった。

どなたか、正解を教えてくれませんか。

2016年04月11日

◆いちごの生産者だった夏 

石岡 荘十



「頂門の一針」主宰・渡部亮次郎氏が、本誌に掲載した「いちごの話」を読んで思い出したことがある。小学5年生だった一夏、私はいちごの生産者の端っくれだった。

敗戦翌年5月、私たち一家は中国の天津から引揚げ、父親の生家である秋田県・八森村へ落ち着いた。秋田音頭のしょっぱなに出てくる「八森ハタハタ、男鹿でオガブリコ〜」のあの寒村だ。

生家は父が若くして東京に出た後、弟(叔父)が家を継いで百姓をやっていたが、赤紙一枚で徴兵され満洲(中国東北部)の最前線へ。終戦と共に、シベリアへ持って行かれ、留守宅は祖母と叔母が幼い子ども2人を抱えてほそぼそと稲作百姓をやっていた。そこへ、われわれ一家4人が転がり込んだのである。

ご多聞に洩れず、農家も食糧難だった。畑で芋やナス、キュウリ、トマトを作り、山に入って山菜を採り、新米の収穫まで食いつなぐこととなった。

間もなく、生まれて初めての田植えにも駆り出される。父と母は、元を質せば百姓の生まれだから昔取った杵柄、手際はいい。慣れないとはいえ、小学5年生の私と中学生の兄、も立派な労働力だった。

夏。小柄だが目端の利く祖母が、そのころはまだ珍しかったいちごの栽培を始めた。ビニールハウスなどまだない。夜明けと共に、学校へ行く前に畑でいちごを摘む。

取立てのいちごを大きな背負い駕籠いっぱいに入れてこれを担ぎ、学校へ行く途中集荷所まで運ぶのが私の役目だ。集荷所までは子どもの足で小1時間。その日の売り上げを受け取り、空になった駕籠を担いで学校へ行く毎日だった。

草鞋を履くのも初めてなら、駕籠を背負って学校へ行くのも生まれて初めての経験であった。荷は肩に食い込み、草鞋の緒で足の指の間からは血が滲んだ。

何より恥ずかしかった。紺サージの制服にぴかぴかの革靴で学校に通っていた天津での生活は、いまやここでは別世界の出来事だった。そのうえ、学校の行き帰りには、「引揚者、引揚者」と蔑まれ、いじめにもあった。

それでも田植えで泥まみれになり、田の草をとり、秋には稲刈りもした。そうこうしているうちに秋。11月には父の仕事先が群馬。・高崎と決まり、半年過ごした秋田を後にしたのだが、この頃には、ずーずー弁もまあまあ操れるようになり、いじめっ子たちとの間にも友情が芽生えていた。

高台の集落を去る日、その日は日曜日だったが、10人ほどのガキが口々に大声で「まだ、こらんしぇ」(また、来いよ)といつまでも手を振ってわが一家を見送ってくれたのだった。

高校を卒業するまで高崎で過ごした。その後東京へ進学、就職。で、ここまで想い返してみると、報道に関わった日々を含めて、ニュース原稿は腐るほど書いたが、秋田を去った後、モノを生産したことは一度もなかったことに気がつく。

70年を越える今日まで、形のあるモノを生産した経験はいちご作りだけだった。あの夏、私はいちごの生産者の端くれだった。幼い肩に食い込むいちご駕籠の重みを懐かしく思い出す。

それにしても、いまどきの季節外れの、ビニールハウス育ちのいちごの味の薄いこと。自分が作って売ったあの本物のいちごの味覚に出会うことは二度とないのかもしれない。    

2016年04月07日

◆侵略の時効は?

石岡 荘十



どなたか教えてください。

先日、大学時代の友人数人と会った。その席でひとりがこう訊いて来た。

「歴史上、人の国を侵略し、植民地化し、虐殺し、じつに多くの人を大規模に連れ去って奴隷とした例は数知れない。日本はいま、70年前の戦争をめぐって、近くの国から『謝れ。口ばかり出なく、謝罪の意を行動で表せ』と攻め立てられている」。

その上「戦争指導者を祀っているところに,総理がお参りするのはけしからん。おまえの歴史認識をこっちと同じに改めない限り、会ってやらんと脅されている」

そこで、2つ訊きたいと友人は言う。

まず、歴史上、他国を侵略し、占領し、植民地化した国々が、謝った話はあまり聞かないが、あるとすればどこの国がどこにどんな謝り方をしたのか。先の戦争で謝罪をしたのは、ドイツと日本ぐらいだと思うが------。

ほかにあったっけ? 

次に、歴史認識が国によって異なるのは当たり前だと思う。が、それを変えなければ、会ってやらんとごねた国は、歴史上あるのか。あるとすればどの国がどこの国にそう言ったのか。言われた方は、どう対応したのか。

日本はかつて蒙古に襲われたり、近海でロシアの海軍相手に戦ったりしたこともあった。防衛のために多数の死傷者が出ている。幸い、侵略未遂だったが、彼らは謝ったのか。

加藤清正のことを謝れとは言っていないようだが。

友人はつまり、先の戦争が「侵略」だったとして、それがいつになったら時効になるのか、そんなものに時効はないのか、教えてくれと言っている。

酒席だったこともあって、むにゃむにゃとごまかして、議論は消化不良のまま終わってしまった。

どなたか、正解を教えてくれませんか。


2016年04月04日

◆では、バターは大丈夫なん?

石岡 荘十



「危ない!?マーガリン」(既掲載)を読んだ小生のメルトモから以下のようなメールが届きました。

<トランス酸なるものを初めて知りました。バターがマーガリンにとって代わったのは、どういった理由だったか思い出せないくらい長いことマーガリン党です。

(アメリカに住んでいる)娘の所では勿論マーガリンで、それもマーケットに行くと、バケツに似た容器で売っていてとても使いやすく、どうして日本ではこうゆう容器で売らないのかしらと思っていました。でも、動物性脂肪のことはどう考えたらいいのかしら?>

そういわれてみると、寄稿した文章はいささか舌足らずだった。で、少し補足をしたい。

「マーガリンが危ないよ」というのはその通りなのだが、だからバターならばんばん摂っても問題ない、と言っているわけではない。

第6次改訂 日本人の栄養所要量(厚生省)によると、「反芻胃の微生物により合成され吸収されることから、反芻動物(牛)の肉や乳脂肪中にも存在するという研究報告がある」。

つまり牛肉にも含まれ、牛乳、その2次製品であるバターにも当然、トランス酸は含まれているからだ。

トランス酸が危ないというアメリカでの研究成果は、「動物性脂肪の塊みたいなバターに較べると植物性のマーガリンのほうが健康にいい」というかつての常識は、”神話“に過ぎなかったことを科学的に証明したものだ。

どっちがいいとか悪いということではなく、長期間でみれば双方に差が出ないという新しい常識を打ち出したところに研究成果の意味がある。

それじゃあ、肉も牛乳も有害食品なのかといわれそうだが、問題は摂取量だとされている。

日本マーガリン工業会はHPでこう言っている。

「日本のマーガリン、ショートニングは米国の物と違い、トランス酸の含有量が少なく、 国民1人当り1日のトランス酸の摂取量も、WHOの勧告値の1%未満である点から、トランス酸の摂取に関しましては日本人の食生活の現状で何ら問題無いと考えております。

穀類、肉類、魚介類、野菜、果物といった食物をバランス良く摂っていただくことが何よりも大切と考えております」。

つまり、何かというと、焼肉、バーベキュー、牛乳がぶがぶ。ポテトチップス、クッキー、ケーキ、クリーム入りコーヒー、アイスクリーム、レトルトカレー、その他ジャンクフードといった若い人たちの食生活を改めれば――という前提つきで「大丈夫」といっているのだが、いまさらこの勢いが衰えるとは思えない。となると、彼らが親になり、孫を持つ頃には、一億総トランス酸漬けになっている可能性を否定できない。
 
先のレポートでも取り上げたように、トランス酸を大量に摂取した人は、最も少ない人に比べ心筋梗塞などの心臓病になるリスクが30%も高いといわれる。

それだけではない。インターネットを検索していくと、“一億トランス酸漬け”の可能性を示唆するレポートや癌との関連を懸念する研究や統計も散見される。例えば、・トランス型脂肪酸の含有量は、通常の精製油(サラダ油など)で、大体1〜2.4%程度。マーガリンで、14%近く含まれてる。

・アメリカでのここ100年間のガンによる死亡率の上昇(1900年には30人に1人だったのが、現在は4人に1人)は、実は、トランス型脂肪酸含有の植物油の消費量の増加ラインと、ピッタリ一致している。

・欧米のメーカーは各種研究発表に早急に反応し、トランス脂肪酸を除去するメーカーも出ています。

・例えば英国では、1994年にトランス型が8〜12%含まれていたソフトマーガリン類は現在は1%以下に抑えられています。ちなみにオランダでは、トランス型脂肪酸の含まれた油脂は販売禁止となっている。

アメリカでは、ラベルには、 “partially hydrogenated”と表示する義務がある。日本ではこの表示義務はない。

BSE問題で日本はアメリカを責めている。が、食の安全性の観点で言うと、メクソハナクソ議論のように私には思える。

                          ( ジャーナリスト)

2016年03月22日

◆彼岸の風景

石岡 荘十

多分、彼岸はこんなところではないかと思わせる風景を垣間見る機会があった。といっても、自ら望んで体験をしたわけではない。

少年の頃のリウマチ熱が原因で、全身に血液を送り出す心臓(左心室)の出口の、扉ともいえる大動脈弁がうまく開閉しなくなった。

このため、1999年2月、開心手術、つまり胸を切り開いて、ナマの大動脈弁を切り取り、代わりにチタンとカーボンで出来た人工の弁を縫い付ける手術(大動脈弁置換手術)を強いられた。

64歳だったがまだ死にたくなかった。怖かった。幸い、手術は成功し、集中治療室(ICU)から三日ぶりに一般病棟に還ったのはいいが、その翌朝、突然、激しい不整脈に襲われる。

こんなときに一発で不整脈をしゃんとさせる方法は一つしかない。「ドカン!」である。

後でわかったことだが、ドカンというのは業界スラングで心臓に電気ショックを与える治療のことだ。ストレッチャーに乗せられて別室につれ込まれ麻酔注射をブスッ。記憶はここまでで、全身麻酔をかけられた後の、見た風景は------。

地下室のような真っ暗なところに私はいる。見上げると長い階段があって「うんうん」言いながら這い上っていくと、そこに一条の光と川の流れ-----花園。うっとりしていると、女の声。

「石岡さん、石岡さん、わかりますか」

別の女の呼びかけ。

「お父さん!」
「おやじ聞こえるかっ」

薄目を開けてみると、家族の顔があった。
 
あれは、よく言われる「臨死体験」ではなかったか。死に臨む、つまり彼岸直前の風景ではなかったか。研究者によると、こんな話は腐るほどあって、数多くの体験者からの聞き取りを統計的に分析すると、二つの特徴がある。

その一つは「体外離脱」。英語ではOut of Body Experience。直訳すると「肉体の外の体験」である。

手術台とか布団に寝ている自分を家族や医者が取り囲んで嘆き悲しんでいる風景を、肉体から離れたもう一人の自分が高いところから見ている状態をいう。

ある体験者は祖母が隠し通していたハゲが頭のてっぺんにあることをそのとき初めて見つける。生還した後そのことを祖母に言うと「いつ見たんだ」と不機嫌に問い詰められたという。

こうしてみると、肉体から離れたもう一人の自分こそ本当の自分であり、肉体はただの抜け殻ということになる。

もう一つの特徴は、私が体験した「他界経験」。英語でいうとNear Death Experience。これには次のような共通の特徴がある。

(1) トンネル体験

(2) 光の世界

 暗いトンネル体験の後、光が近づいてくるか、自分が光に近づいていく。そこは、花、水、鳥------楽園が現出する。

(3) 亡くなった身内に会う

(4) バリア体験

バリアは障害物、例えば川があって向こう岸に渡ってしまうと生還の可能性は少なくなる。生還した大概の人が渡る直前、家族に名前を呼ばれて引き返している。

私の場合は、亡くなった身内には会わなかったがそのほかの体験は合致する。

このような体験談は科学的、神経生理学的にはどのように説明されているか。有力な説は、脳の酸素欠乏説だ。

事故であれ不整脈であれ、最後の瞬間には、心臓が働かなくなって脳に十分な酸素が供給されなくなり、脳は低酸素状態になる。

すると、脳は広い範囲で無秩序に興奮し、正常な機能がマヒして幻覚が生じる、と説明する。しかし、なぜ「暗黒と光」がつきものなのか、学説は分かれていて、なるほどと思わせる説にはまだぶつかっていない。

それより興味深いのは、ほとんどの体験者が、いまわの際には至福、恍惚、安らぎを感じていることだ。清らかな水の流れ、花が咲き乱れ鳥が囀る楽園を見たという人もいる。

その意味で私の見た風景は、臨死としては“完璧”なものではないが、不整脈で一時的に脳に酸素が行き渡らなくなった可能性はある。

夏目漱石も体験者の一人である。43歳のとき胃潰瘍で大量の喀血をして、あやうく彼岸へ渡るところだった。そのときの感じを作品(『思ひ出す事など』)のなかで「縹渺とでも形容して可い気分------」と表現している。

この歓喜に満ちた恍惚感を生み出すのはエンドルフィンだという説が有力である。エンドルフィンは脳内麻薬物質といわれ、死に瀕して脳内が低酸素状態になると、脳内で活発に生産されるホルモンの一種であることが確認されている。

その作用はモルヒネと同じ、あるいは十数倍強烈で、これが脳の深いところでドーパミンという覚醒剤に似た物質を分泌させる。

その結果、瀕死の苦痛は次第に恍惚感に変わっていく、と説明されている。脳の酸素欠乏による幻覚に過ぎないという説もある。

「最後は安らかな表情でした」

長い闘病の末、愛する身内を看取った家族がこういう感想を漏らすことがよくある。その時、瀕死の身内は脳内に分泌した物質のおかげで恍惚の中にいるからだという説もある。

「死ぬのは怖い、間際では苦しい思いをする」という思い込みは、とんでもない誤解かもしれない。

臨死、そして死、来世の光景はどうも『蜘蛛の糸』(芥川龍之介)に描かれた地獄絵巻とはまったく異なる、恍惚の世界である可能性があることを、研究者は報告している。

命の灯がまさに消えようとするとき、皮肉なことに本人はやっとの思いでたどり着いた楽園をうっとりと彼岸に向けて逍遥しているらしいのだ。

ここでだれも名前を呼ぶものがいないと彼岸へと渡っていく。

脳梗塞で死に掛った大学時代の友人は、川岸でなくなった母親に会い、追い返されたと体験を語ってくれた。

「三途の川」というのは作り話だと思っていたが、「案外、創造主はそこまでお見通しで設計・創造しているのかもしれない」と手術後は、半分信じるようになっている。

恐るべし、創造主の叡智。

本文は拙著『心臓手術〜私の生還記〜』執筆の際書いて、都合で所載で出来なかった部分を補・加筆しました。なお執筆に際しては「臨死体験 立花隆 文春文庫 上下」他数冊を参考・引用にしました。
(再掲)


2016年03月15日

◆せめぎ合う内科と外科

石岡 荘十

医療技術の賞味期限は5年、といわれる。心臓疾患治療の分野もその例外ではない。

心臓の筋肉にエネルギーを送り届ける冠動脈の血管が狭まって血液が流れにくくなるのが狭心症、完全にふさがってしまうのを心筋梗塞という。こんな病状の患者の治療法をめぐって、内科医と外科医の陣取り合戦が繰り広げられている。

とりわけ、心筋梗塞の治療法は、かつては心臓外科医の独壇場だった。手術は胸の胸骨の真ん中を縦に真っ2つ切り離し、肋骨、つまり胸板を持ち上げて心臓を露出し、人工心肺を取り付けて、全身への血液循環を
確保しながら、心臓に張り付いた冠動脈の詰まったところをまたぐように別の血管を吻合(縫い合わせる)し、詰まった部分をまたいでバイパスを作る。

開心手術というが、医者にこんな説明を受けた患者は例外なく衝撃を受ける。だけでなく、その後肉体的にも患者には大きなダメージとリスクを強いる手術が待っている。

そこで、内科医は考える。

「心臓を露出しないで、詰まった血管を開通させる方法はないのか」と。

考え出された治療法が、細い管(カテーテル)を、血管を通して心臓まで挿入する。狭くなった部分にカテーテルが到達すると、そこで先端に仕掛けられたフーセン(風船)をぷっと膨らませて狭くなったところを広げる。あるいは、先端に仕掛けられたドリルで血管にこびりついたコレステロールを削り取ったり、最近、脳梗塞治療薬として人気が高まったt-PA で血栓を溶かしたりする方法だ。崖崩れでふさがったトンネルをあきらめてバイパスを作る外科心臓手術か、土砂を取り除いてもともとのトンネルを開通させる内科治療か。

この判断は、まず、最初に患者の診断をする内科医が行なうが、内科医によるトンネル再貫通(カテーテル)方式は、1度貫通しても、かなりの患者の血管がまたふさがる(再狭窄)、何度も手術をしなくてはなら
ない。これが欠点だ。

一方、外科手術は患者に与える精神的な衝撃だけでなく、全身麻酔や人工心肺がもたらす肉体的なダメージやリスクも大きいが、同じ部分が再狭窄するリスクだけは避けられる。

一長一短だ。
そこへ登場したのが内科医によるカテーテル治療の新兵器「ステント」である。

ステントは金網でできた筒。まず、風船で押し広げたところへ、これそっと挿し入れて置き去りにすると、そこは再び狭窄しなくなる。掘ったトンネルを中から強固な金属の管で補強するような治療法だ。

しかし、ステントの金属が血管を傷つけて炎症を起こし、2・3割がまた再狭窄へ向かうという問題が起きる。

これを阻止できないか。
そこへ「薬剤溶出性ステント」が米国で03年4月に登場し、日本でも0年4月から使われるようになった。新型ステントは再狭窄を防ぐ効果
のある薬(シロムスリ)が塗ってある。

これが少しずつ溶け出して、再狭窄を防ぐ。再狭窄率は最大5%へと激
減した。ほとんどゼロだった。世界の内科医軍団は、もはや心筋梗塞治
療で外科医の手を借りることはなくなった、と胸を張った。

外科医によるバイパス手術と内科医によるカテーテルの割合は欧米で1
対1だった。日本では1対3から4だったが、それが1対7か8となり、
間もなく10人中9人がカテーテルという時代になるのではないか。

しかし、世の中そんないいことばかりあるわけない。問題が起きた。

血管内に異物であるステントを入れると、血栓ができやすくなり、かえっ
て心筋梗塞を起こすリスクが高まる。それを防ぐ薬を使うと、今度は重
い肝臓障害などの副作用が出て、死に至るというケースも報告された。
あちら立てればこちらが立たずというわけだ。

一方、外科医も指をくわえてこんな状況を見ていたわけではない。
外科手術の分野では、胸は開くが人工心肺も使わず、心臓を動かしたま
まバイパス手術を行なう手法(心拍動下CABG)や、胸も開かず、胸
を6〜7センチ切るだけで、そこから手術器具を挿入、バイパス手術を
行なうというすでに評価の定まった“名医”も登場している。

心筋梗塞治療をめぐる内科医と外科医の陣取り合戦はさらに熾烈なもの
となるだろう。

ちなみに、治療費である。
・人工心肺を使った冠動脈バイパス術 : 300万〜400万円
・使わないバイパス術: 200万円くらい
・カテーテル治療:技術料などを含めると100万円ほど。

額面の値段では内科方式に分がありそうだが、副作用の問題もある。治
療費用は一定額を超えるとほとんどが戻ってくる高額療養費制度もあるし、
致命を回避する費用としては、大差ない差額といえそうだ---。

さて、そうなったら、
♪あなたならどうする? (了)

2016年03月11日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十


正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めてまだ半年足らずだ。

それで、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。

その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。

というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。

ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先だってまで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。そこで、先日「ウイルスは季節に関係なく拡散しているのではないか、と疑わせる」と根拠もなく書いた(7/30)が、最近の定説は私の山勘どおりだった。

インフルエンザは熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

この春、新型インフルエンザの蔓延を経験した兵庫県医師会は、「兵庫県においても、初期規制の徹底で一旦ゼロとなったものが、再 び5月を上回るレベルになりつつあり、全数調査の全国的中止にもめげず、可能なPCR検査実施による確定数は増え続けています」と報告(8/6)している。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

最近の厚労省の報道リリースを見ても緊張感はない。記憶に新しい水際検疫作戦は、世界の非常識だったことを最近になってしぶしぶ認め、方針転換に踏み切ったが、日本国内の企業は秋口に備えてマスクの買いだめに走っている。

記者会見で、ワクチン不足を突かれた厚労省の医系技官は「輸入もありうる」とバカなことを言っている。「日本が世界のワクチンを買占め」などという非難を受けないことを祈るばかりである。

やはり、この際の世界の常識はWHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。  

2016年03月06日

◆「侵略」の時効は?

石岡 荘十



どなたか教えてください。

先日、大学時代の友人数人と会った。その席でひとりがこう訊いて来た。

「歴史上、人の国を侵略し、植民地化し、虐殺し、じつに多くの人を大規模に連れ去って奴隷とした例は数知れない。日本はいま、70年前の戦争をめぐって、近くの国から『謝れ。口ばかり出なく、謝罪の意を行動で表せ』と攻め立てられている」。

その上「戦争指導者を祀っているところに,総理がお参りするのはけしからん。おまえの歴史認識をこっちと同じに改めない限り、会ってやらんと脅されている」

そこで、2つ訊きたいと友人は言う。

まず、歴史上、他国を侵略し、占領し、植民地化した国々が、謝った話はあまり聞かないが、あるとすればどこの国がどこにどんな謝り方をしたのか。先の戦争で謝罪をしたのは、ドイツと日本ぐらいだと思うが------。ほかにあったっけ? 

次に、歴史認識が国によって異なるのは当たり前だと思う。が、それを変えなければ、会ってやらんとごねた国は、歴史上あるのか。あるとすればどの国がどこの国にそう言ったのか。言われた方は、どう対応したのか。

日本はかつて蒙古に襲われたり、近海でロシアの海軍相手に戦ったりしたこともあった。防衛のために多数の死傷者が出ている。幸い、侵略未遂だったが、彼らは謝ったのか。

加藤清正のことを謝れとは言っていないようだが。

友人はつまり、先の戦争が「侵略」だったとして、それがいつになったら時効になるのか、そんなものに時効はないのか、教えてくれと言っている。

酒席だったこともあって、むにゃむにゃとごまかして、議論は消化不良のまま終わってしまった。

どなたか、正解を教えてくれませんか。

2016年03月02日

◆いま必要な「サラダ・ボウル理論」

石岡 荘十

日本では小さいときから障害を持つ子ども達を、特殊な存在として特別な学校で教育をすることが当然のように行われている。障害を持ち、盲・聾・養護学校で特別な教育を受けている児童・生徒は約10万人に上る。

「普通の学校へ通わせたい」

親がこう希望しても、障害を持つ子が一般の学校への入学を果たすには多くの困難を伴う。受け入れられると、上記の地裁決定のように、それが美談風なニュースになるほど稀である。さすがに最近では、障害を持つ子どもが、障害を持たない同じ年代の仲間と一緒に学び成長していくことが、双方の人格形成に大きな意味を持つとして、障害児が一般の小・中学校で教育を受けるケースが増えているそうだ。しかし、まだまだ十分とはいえない。

私たちは障害を持った人をどのような存在として考えたらいいのだろうか。福祉国家として知られるデンマークで「ノーマライゼーション」という考え方が生まれたのはいまから半世紀以上前のことで、社会福祉を考える上で極めて重要な理念だといわれてきた。

ノーマライゼーションの理論は、はじめは、障害者が社会に適応していく手助けをする、そのことによって障害者が出来るだけ普通の社会に適応できるようにする、障害者をノーマルにするという考え方だった。

道路の段差を無くす、駅にエレベーターを設置する、車椅子の購入費を補助する------「まだまだ」と批判されながら、国や自治体の行政レベルで進められてきた様々な支援策の根拠になっている思想だと言ってもいいだろう。このような施策は「同化主義」、つまり健常者を基準にして作られている社会のバリアーをなくし、障害者が健常者主導の社会に同化できるよう手助けをしようという考え方だ。

しかし、そこには多数の健常者がノーマルな存在で、障害者は「特異な存在」だという偏見がある。このような初期のノーマライゼーション理論には限界がある、と批判された。

そこに登場したのが、「多元主義」という考え方である。障害者を特異な存在としてではなく、当たり前の存在としてありのまま受け入れ共に生きていこうというものだ。このような考え方を、「サラダ・ボウル理論」と言っている。

一つひとつの野菜の個性をそのまま残しながら、いろいろな種類のナマの野菜をサラダの入れ物(ボウル)に盛りつけることで、別の味覚を創造する。そんな社会をイメージした理論だ。


障害者が健常者に近づくのではなく、目が見えない、耳が聞こえない、歩けなくとも、手助けは必要だが、そのままノーマルな存在として受け入れられるという考え方である。

重要な認識は、障害者をノーマライズするのではなく、健常者がひそかに持っている偏見をノーマライズするということだ。このような認識でいうと、現実は、明らかに健常者サイドに問題がある。

障害を持つ子どもは特別の教育施設に“隔離”されている。そんななかで、“普通”の学校で育った子どもに、大人になって突然、「障害者を特異な存在と思うな」と言っても、長年、無意識のうちに刷り込まれてきた差別意識や偏見を拭い去ることが出来るだろうか。

ノーマライズされなければならないのは、むしろ健常者と言われる人々が抱いている差別意識や偏見だと言えるのではないか。

自宅近くに聾学校があり、手話で話す生徒とバスに乗り合わせることがよくあるが、健常者と見られるほかの乗客が彼(彼女)らを「当たり前の存在」と受け入れている様にはとても見えない。

中には、見てはいけないものに出逢ったとでも言うように、ことさら目線を外らす気配さえ感じさせる。手話に興味津々の子どもの手を引っ張って、顔を無理やりそむけさせる親もいる。

「何で自分が-----」「まさか自分が------」
大きな病気になると、誰もがそう思う。ある調査では、障害者と認定された人、心臓病と診断された人は、100パーセントそう思うという。

だが人は経験して学習する。心臓手術の後、私は身体障害者となった。その経験は、身障者のことを改めて考えさせる “絶好”の大事件であった。よく言われるように「障害はその人の個性」である。自分もその個性を与えられたことで、別の世界が見えてきたような気がする。

日本は猛スピードで高齢社会に突き進んでいる。だから養老院、高齢者向け養護施設が盛んに造られている。それも空気のいい郊外に多い。しかし、こうして高齢者をまとめて街から遠ざけ、若い世代の人たちの目に触れないところに体よく“隔離”する施策がノーマルといえるだろうか。「養護施設と小中学校は必ず隣合わせに作る」くらいの英断がなければ、サラダ・ボウルを目指す意識改革は無理かもしれない。

2016年02月17日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十



昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、「喰い合わせ」にはくれぐれも気をつけるよう、母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。

その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、17年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何百万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)

2016年02月12日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十



正直言って、「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めたが、まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”がいかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。
「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣
歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。
というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。
ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな
スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先まで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

インフルエンザは、熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと私は考えている。   

2016年02月03日

◆BNP検査をやってみよう

石岡 荘十(ジャーナリスト)

病院に心臓の薬の処方箋をもらいに行ったついでに、馴染みの循環器内科の女医さんの部屋に顔を出して「風邪のせいかなんとなくしんどい」と訴えると、「BNP検査をやってみましょう」とに勧められた。

9年前、大動脈弁を人工の機械弁に置き換える心臓手術の経験をして以来、ヒマにあかせて、臓病関連の本を読みまくり、挙句、手術体験記(『心臓手術』 文藝春秋刊)を上梓したりした。

だから、こと循環器系疾病に関しては、人並み以上の知識を持っていると自負していたのだが、「BNP検査」は聞いたことがなかった。

で、詳しく訊いてみると、これはなかなか役に立ちそうなので、日本人の死亡原因第2位の心臓疾患の予備軍である高齢者向けに、聞いた話の受け売りをする。

BNPは「脳性ナトリウム利尿ペプチド」のこと。心臓に負担がかかると心臓の、主として心室から、一部は心房から血液に分泌されるホルモンの一種である。

血液検査で心臓にかかると交感神経を抑制したり、心臓が肥大する異常事態を防いだりする働きがある。

心臓にかかる負担が大きければ大きいほど多量のBNPを分泌するので、その分泌量を測ることで、心臓にかかっている負担の度合いを測定することが出来るというわけだ。

臨床的には、心筋梗塞、心不全の診断や治療・手術の後の判定によく使われる。血液検査で心臓の不具合の程度を測定できる唯一の検査だという。

心疾患の重傷度、つまり心臓がどの程度いかれているかの分類方法にNYHAという分類の仕方がよく知られている。「ニハ分類」、または「ナイハ分類」と読む。ニューヨーク心臓協会が定めた方法だ。4段階に分類してある。

・!)度 日常生活では症状は起こらない
・!)度 安静にしているときには症状は出ないが日常生活をすると疲れ、動悸、呼吸困難、 狭心症の症状が起きる
・!)度 軽い日常生活でも疲れる、動悸、呼吸困難、狭心症の症状が起きる
・!)度 安静にしていても胸に違和感を覚えたり心不全の症状や強心所の症状が起きたりする

このうち、健康診断などで心臓疾患の有無を診る方法で一番一般的な心電図検査だけでは、!)度の発見は困難だとされ、見逃されがちだ。!)度(軽度)もほとんど自覚症状がないこともあって、そのまま進行することが多い。

NYHA 分類は、自分である程度判断できるが手がかりにはなるが、感覚的な分類であるところが弱い。

こに対して、BNP検査で濃度を測定すると!)度、!)度もはっきり検査数値で確認することが出来る。

BNP値100pg/dl以下だと「心疾患なし」(pg/dl:ピコグラム・パー・デシリットル、ピコグラムは1兆分の1グラム)

私の検査結果は77・5でセーフだった。
100を超えると「専門医の診察が必要ですよ」という危険信号だ。
200を超えると治療が必要、500以上では重症心不全と判定される。待ったなしである。

日本人の年間の死者は110万人。死亡原因の第1位は癌で3割、2位の心疾患と3位の脳疾患を併せて3割、この3つで6割の人が亡くなっているが、病名別にではなく臓器別に見ると、心臓疾患による死者(17万3000人余)が一番多い。高齢者は明らかにこの予備軍である。

他の病気と同じように、心臓病も完治を目指すなら、「早期発見、早期治療」が鉄則である。
・なんとなく胸の辺りが重苦しい人
・血圧が高い人
・タバコを吸う人
は、健康診断や人間ドックの折にでも、オプションだが一度、心電図検査と併せて、BNP検査を申し出てみてはどうだろう。

◆BNP検査をやってみよう

石岡 荘十(ジャーナリスト)

病院に心臓の薬の処方箋をもらいに行ったついでに、馴染みの循環器内科の女医さんの部屋に顔を出して「風邪のせいかなんとなくしんどい」と訴えると、「BNP検査をやってみましょう」とに勧められた。

17年前、大動脈弁を人工の機械弁に置き換える心臓手術の経験をして以来、ヒマにあかせて、臓病関連の本を読みまくり、挙句、手術体験記(『心臓手術』 文藝春秋刊)を上梓したりした。

だから、こと循環器系疾病に関しては、人並み以上の知識を持っていると自負していたのだが、「BNP検査」は聞いたことがなかった。

で、詳しく訊いてみると、これはなかなか役に立ちそうなので、日本人の死亡原因第2位の心臓疾患の予備軍である高齢者向けに、聞いた話の受け売りをする。

BNPは「脳性ナトリウム利尿ペプチド」のこと。心臓に負担がかかると心臓の、主として心室から、一部は心房から血液に分泌されるホルモンの一種である。

血液検査で心臓にかかると交感神経を抑制したり、心臓が肥大する異常事態を防いだりする働きがある。

心臓にかかる負担が大きければ大きいほど多量のBNPを分泌するので、その分泌量を測ることで、心臓にかかっている負担の度合いを測定することが出来るというわけだ。

臨床的には、心筋梗塞、心不全の診断や治療・手術の後の判定によく使われる。血液検査で心臓の不具合の程度を測定できる唯一の検査だという。

心疾患の重傷度、つまり心臓がどの程度いかれているかの分類方法にNYHAという分類の仕方がよく知られている。「ニハ分類」、または「ナイハ分類」と読む。ニューヨーク心臓協会が定めた方法だ。4段階に分類してある。

・!)度 日常生活では症状は起こらない
・!)度 安静にしているときには症状は出ないが日常生活をすると疲れ、動悸、呼吸困難、 狭心症の症状が 起きる

・!)度 軽い日常生活でも疲れる、動悸、呼吸困難、狭心症の症状が起きる
・!)度 安静にしていても胸に違和感を覚えたり心不全の症状や強心所の症状が起きたりする

このうち、健康診断などで心臓疾患の有無を診る方法で一番一般的な心電図検査だけでは、!)度の発見は困難だとされ、見逃されがちだ。!)度(軽度)もほとんど自覚症状がないこともあって、そのまま進行することが多い。

NYHA 分類は、自分である程度判断できるが手がかりにはなるが、感覚的な分類であるところが弱い。

こに対して、BNP検査で濃度を測定すると!)度、!)度もはっきり検査数値で確認することが出来る。

BNP値100pg/dl以下だと「心疾患なし」(pg/dl:ピコグラム・パー・デシリットル、ピコグラムは1兆分の1グラム)

私の検査結果は77・5でセーフだった。
100を超えると「専門医の診察が必要ですよ」という危険信号だ。
200を超えると治療が必要、500以上では重症心不全と判定される。待ったなしである。

日本人の年間の死者は110万人。死亡原因の第1位は癌で3割、2位の心疾患と3位の脳疾患を併せて3割、この3つで6割の人が亡くなっているが、病名別にではなく臓器別に見ると、心臓疾患による死者(17万3000人余)が一番多い。高齢者は明らかにこの予備軍である。

他の病気と同じように、心臓病も完治を目指すなら、「早期発見、早期治療」が鉄則である。
・なんとなく胸の辺りが重苦しい人
・血圧が高い人
・タバコを吸う人
は、健康診断や人間ドックの折にでも、オプションだが一度、心電図検査と併せて、BNP検査を申し出てみてはどうだろう。