2014年10月08日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)

2014年09月09日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、15年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)

2014年07月23日

◆なぜ高い日本の医療機器

石岡 荘十


薬事法上、医療機器はそのリスクに応じて3つに分類されている。

まず、高度管理医療機器。 副作用や機能に障害が起きたとき、まかり間違えば人の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

例えば、透析器、人工骨、人工呼吸器、PTCAカテーテル、ペースメーカなど(PTCAカテーテルは、狭心症や心筋梗塞を治療するための管)。

次に管理療養機器。前項以外の機器で、やはり副作用や機能に障害が起きたとき、それほどではないが患者の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

たとえば、MRI、腹腔鏡、電子式血圧計など。MRIは、日本語では「磁気共鳴画像診断装置」といわれ、強力な磁場や電波で脳や体を輪切りにした画像を撮影する大型の検査機器。

よく似た機能を持つものにCTがあるが、MRIはCTに比べタテ・ヨコ・ナナメなど断面を自由に設定できるなどの利点がある)。

さらに、一般医療機器。副作用や障害が起きても直ちに人命や健康に影響を与える恐れのないもの(聴診器など体外診断用機器、X線フィルムなど)。

これらの機器のうち、ペースメーカ、PTCAカテーテル、MRI、腹腔鏡の4つについて、公正取引委員会が詳細な実態調査を行なった。

それによると、まずペースメーカは100パーセント輸入。メーカーは欧米の10社程度で、日本国内での販売個数は47,460個。その市場規模は465億円だった。

ペースメーカは機能的には8つに区分され、国内価格は、116万円から185.2万円となっている。

ところが、たとえば国内で133万円のものがアメリカでは83万円余と、日本の価格はアメリカの1.6倍である。日本で148万円のものはアメリカで95万円、これまた1.6倍という価格差となっている。

実態調査報告書によると、保険適用が承認された最新型InSync3マーキー(419万円)の価格差は多少圧縮されて1.27といわれている。それでもこの比率で換算すると、アメリカでは330万円で売られている計算になる。その価格差は90万円である。

ことほど左様にPTCAカテーテルの場合の内外価格差はさらに大きく、2倍以上。

ペースメーカとカテーテルの価格差が大きいのは、国内の多すぎる医療機関の数に関係があるといわれている。

ペースメーカの植込み治療を行なっている病院は、人口比でいうと日本はアメリカの4倍。アメリカは大型集約型、日本は中小分散型で、日本では膨大な流通経費がかかる。

その差は5600億円(05年)と試算されている。これが機器の価格、ひいては医療費に上乗せされている。

ところが、である。

MRIの平均販売価格の対アメリカ比は0.75と、日本のほうが安いのだ。これはどうしたわけか。理由は2つ。

・国産のMRIのシェアが大きいこと

・販売台数の6割はメーカーが直接、医療機関に納品するため流通経費がかからなこと

普及率は60パーセントで世界一。海外でも売れている。メーカーによる売り込み競争は熾烈で、値崩れが起きている。業界では「半値の8掛け」といわれている。

そんなに優れた技術力があるのなら、技術的には遥かに簡単なペースメーカやカテーテルくらい国産で賄ったらよさそうなものだと思うかもしれないが、ほとんどが輸入品である。なぜか。

長年、医療機器の営業に携わっているセールスマン(ME:MedicalEngineerという)はこう言う。

「国民性ですかねぇ。医療機器の中でも、副作用や故障が起きたとき直接患者の命にかかわる高度管理医療機器については、いざというときには膨大な賠償や製品のリコールを覚悟しなくてはならない。

MRIやCTは検査機器ですから、まず命に関わるようなことは考えられないので、複数のメーカーが作っています。ペースメーカやカテーテルは1歩間違うと、訴えられて会社がつぶれてしまいます。

欧米のメーカーはそのリスクを乗り越えて、開発にしのぎを削っています。医療機器の内外価格差は、リスク回避の代償といえます」

「危ないことはごめん」

自分では作らないが危ないところは他所さんにお願いする。技術力があっても自分では作らないのは核と航空機と医療機器だ。

アメリカの核の傘で守られ、カネだけは出すという構図にどこか似てないか。

2014年06月23日

◆いま必要な「サラダ・ボウル理論」

石岡 荘十


日本では小さいときから障害を持つ子ども達を、特殊な存在として特別な学校で教育をすることが当然のように行われている。障害を持ち、盲・聾・養護学校で特別な教育を受けている児童・生徒は約10万人に上る。


「普通の学校へ通わせたい」


親がこう希望しても、障害を持つ子が一般の学校への入学を果たすには多くの困難を伴う。受け入れられると、上記の地裁決定のように、それが美談風なニュースになるほど稀である。


さすがに最近では、障害を持つ子どもが、障害を持たない同じ年代の仲間と一緒に学び成長していくことが、双方の人格形成に大きな意味を持つとして、障害児が一般の小・中学校で教育を受けるケースが増えているそうだ。しかし、まだまだ十分とはいえない。


私たちは障害を持った人をどのような存在として考えたらいいのだろうか。


福祉国家として知られるデンマークで「ノーマライゼーション」という考え方が生まれたのはいまから半世紀以上前のことで、社会福祉を考える上で極めて重要な理念だといわれてきた。


ノーマライゼーションの理論は、はじめは、障害者が社会に適応していく手助けをする、そのことによって障害者が出来るだけ普通の社会に適応できるようにする、障害者をノーマルにするという考え方だった。


道路の段差を無くす、駅にエレベーターを設置する、車椅子の購入費を補助する------「まだまだ」と批判されながら、国や自治体の行政レベルで進められてきた様々な支援策の根拠になっている思想だと言ってもいいだろう。


このような施策は「同化主義」、つまり健常者を基準にして作られている社会のバリアーをなくし、障害者が健常者主導の社会に同化できるよう手助けをしようという考え方だ。


しかし、そこには多数の健常者がノーマルな存在で、障害者は「特異な存在」だという偏見がある。このような初期のノーマライゼーション理論には限界がある、と批判された。


そこに登場したのが、「多元主義」という考え方である。障害者を特異な存在としてではなく、当たり前の存在としてありのまま受け入れ共に生きていこうというものだ。このような考え方を、「サラダ・ボウル理論」と言っている。

一つひとつの野菜の個性をそのまま残しながら、いろいろな種類のナマの野菜をサラダの入れ物(ボウル)に盛りつけることで、別の味覚を創造する。そんな社会をイメージした理論だ。


障害者が健常者に近づくのではなく、目が見えない、耳が聞こえない、歩けなくとも、手助けは必要だが、そのままノーマルな存在として受け入れられるという考え方である。


重要な認識は、障害者をノーマライズするのではなく、健常者がひそかに持っている偏見をノーマライズするということだ。このような認識でいうと、現実は、明らかに健常者サイドに問題がある。


障害を持つ子どもは特別の教育施設に“隔離”されている。そんななかで、“普通”の学校で育った子どもに、大人になって突然、「障害者を特異な存在と思うな」と言っても、長年、無意識のうちに刷り込まれてきた差別意識や偏見を拭い去ることが出来るだろうか。


ノーマライズされなければならないのは、むしろ健常者と言われる人々が抱いている差別意識や偏見だと言えるのではないか。


自宅近くに聾学校があり、手話で話す生徒とバスに乗り合わせることがよくあるが、健常者と見られるほかの乗客が彼(彼女)らを「当たり前の存在」と受け入れている様にはとても見えない。中には、見てはいけないものに出逢ったとでも言うように、ことさら目線を外らす気配さえ感じさせる。手話に興味津々の子どもの手を引っ張って、顔を無理やりそむけさせる親もいる。


「何で自分が-----」「まさか自分が------」


大きな病気になると、誰もがそう思う。ある調査では、障害者と認定された人、心臓病と診断された人は、100パーセントそう思うという。だが人は経験して学習する。心臓手術の後、私は身体障害者となった。


その経験は、身障者のことを改めて考えさせる “絶好”の大事件であった。よく言われるように「障害はその人の個性」である。自分もその個性を与えられたことで、別の世界が見えてきたような気がする。

日本は猛スピードで高齢社会に突き進んでいる。だから養老院、高齢者向け養護施設が盛んに造られている。それも空気のいい郊外に多い。


しかし、こうして高齢者をまとめて街から遠ざけ、若い世代の人たちの目に触れないところに体よく“隔離”する施策がノーマルといえるだろうか。「養護施設と小中学校は必ず隣合わせに作る」くらいの英断がなければ、サラダ・ボウルを目指す意識改革は無理かもしれない。

2014年06月10日

◆基礎疾患に注目しよう

石岡 荘十


「基礎疾患」は医学用語で「病気の大元の原因となる疾患」と定義される。

例えば、よく言われるのが心筋梗塞や脳梗塞の基礎疾患として挙げられる「死の四重奏」。

内臓脂肪型肥満(リンゴ型肥満)、高血圧、高脂血症、糖尿病の4つが揃っていることを言い、死亡率は、そうでない人に比べて30倍以上も高くなるという調査結果がある。これにさらに喫煙習慣を加えた五つ揃い文で「死の五重奏」という。

リンゴ型肥満というのは中高年男性の典型的な体型で、写真などで見る金正日氏がその典型的な体型である。女性の場合は、体脂肪が引力に逆らえず臀部に下がってくるので「(西洋)ナシ型肥満」ということになる。

体型で判断すると、多分、金正日氏は五重奏のいくつかを抱え込んでいると思われる。脳梗塞ではないかといわれたが、基礎疾患を改善しなければ、再発の可能性を否定することはできない。

内臓脂肪型肥満の人は動脈硬化になりすく、心臓病や脳卒中へと進んでいくリスクが高まるからだ。

本メルマガ主宰の渡部氏が治療の経緯を述べておられる。一応、犯人は脳血栓の予防薬プレタールの副作用ということになったようだ。渡部氏は数十年前に禁煙を実行しておられるし、お見掛けしたところ、内臓脂肪もそれほど大量に溜め込んでいる様子はない。しかし糖尿がある。

高血圧、高脂血については伺ったことはないが、もし該当するような疾患の症状があるとすれば、末永く健筆を振るわれるためにも基礎疾患を撃退するよう心がけて頂きたい。

一口に「撃退」といっても、そのほとんどが、長年のいわゆる生活習慣病の結果なのでそう簡単にはいかない。例えば禁煙。簡単に決別できる人もいるが、懲りるような事態、例えば片肺切除に追い込まれてやっと、止めることが出来たという友人もいる。

心臓手術は不整脈の基礎疾患だ。

筆者は、15年前(1999.2)、心臓の大動脈弁が機能しなくなり人工の機械弁に置換する手術を受けた。10歳の頃から大動脈弁がうまく閉じない障害がありながら、手術までの50余年間放置しておいた結果、心臓の筋肉が正常な人の2倍近い厚さ(1.7ミリ)に肥厚し、弾力性を失いかかっていた。

手術後、不整脈の一つである心房細動に悩まされたのは、心臓手術によって傷つけられ弾力性を失った心筋が基礎疾患となって、時々、心臓の細胞があちこちで異常な動きを見せるためだと診断された。そこで、心房細動の根治治療に踏み切った。

カテーテル(ビニールの細い管)を腿の付け根から差し入れて、心臓まで押し進め、異常行動を起こす細胞を捜索・特定し、高周波で焼き切る。

カテーテル・アブレーション(電気焼妁)といわれる最先端の不整脈治療法だ。その上、術後、何種類かの薬の服用を強いられ、辛うじて心房細動の再発を阻止している。

心臓手術を経験すると、心房細動を起こしやすくなる。橋本龍太郎元首相は、心臓の弁(僧帽弁)がうまく閉じなくなり、私と同じように人工の機械弁に取り替える手術を受けた。

その3年後(‘06)、同じように心房細動を起こし、心臓で出来た血栓(血の塊)が飛んで腸に栄養を送る動脈を詰まらせ、どんな鎮痛剤も効かない激痛を訴えながら死亡した、といわれる。

死因は「腸管虚血を原因とする敗血症ショックによる多臓器不全」だが、この場合の基礎疾患は心臓手術→心房細動である。しかし、いまさら手術経験をなかったことには出来ない。

そこで、薬で心房細動を抑え込むことになるのだが、「すべての薬は毒」である。大学の薬学部で教鞭をとっている友人は、学生にまずこのことを教えるという。

だから種類と量の処方にはくれぐれも慎重でなくてはならないのだが、日本では2万種類の薬が使われている。この中からピタリ鍵穴に合う一本の鍵のような薬を処方するのは、至難の技である。

マスターキーはない。そう考えると、副作用が出ないほうがおかしいともいうことが出来る。私もプレタールを服用しているが、渡部氏のような副作用は今のところない。鍵穴の型が異なるということだろう。

アメリカには「5種類以上の薬を処方する医者にはかかるな」というのが常識だそうだが、日本では65歳以上の高齢者は平均して6種類の薬を服用しているといわれる。

が、薬はあくまでその場しのぎの対症療法に過ぎない。その中で一番多いのは複数種の降圧剤だ。ほとんどの降圧剤には性的機能を不能にする副作用があることはあまり知られていない。「そのお歳でもういいでしょう」と、医者はなめて処方しているのかもしれない。なめるな! 

基礎疾患である生活習慣病の克服こそが根治治療法であり、それができれば “毒”をのまなくてよくなる理屈である。“夜明けのテント”も夢ではなくなるかもしれない。      

2014年05月29日

◆足の血管にもステント

石岡 荘十


数十メートル歩くと左足がだるくなって歩行困難になる。で、数分立ち止まって休むとまた歩けるようにはなるが、またすぐだるくなる。

このような症状を専門的には「間欠性跛行」という。「跛行」はビッコを引くという意味だ。こうなった経緯については、以前本メルマガ「齢は足にくる」

http://www.melma.com/backnumber_108241_4132433/

で述べたとおりだが、閉塞した足の大動脈にステントを入れる治療を受け、ビッコは解消し、元通り颯爽と歩けるようになった。

はじめ、「これはてっきり腰をやられた」思い込んで、近所の接骨院に駆け込んだら、「典型的な脊柱管狭窄症の症状だ」と断言する。つまり神経の管が腰のところで狭まっている疑いがあるとのことで、電気治療、針を数回やってもらったが、はかばかしくない。

業を煮やして、行きつけの大学病院の整形外科で腰のレントゲン、さらにMRIを撮ってみると、確かに、腰椎のひとつがずれているが、神経には触っていないことが確認できた。脊柱の管にはどこも狭くなっているところはない。ビッコの原因はほかにあるというのが整形外科医の診断だった。

考えられるのは、足に血液を供給する血管、動脈がどこかで狭くなっていて、血液や栄養補給が足の筋肉の運動量に追いつかないのではないか。血管の動脈硬化ではないかというのが循環器内科の医師のお見立てだった。

となると、検査法はPWV(脈波伝達速度)。両腕、両足に幅広のベルト(カフ)を巻いて四肢同時に血圧を測定する検査法である。この検査をすると、動脈の詰まり具合と動脈の硬さ(柔軟性)手足の動脈などの比較的太い動脈の高度狭窄の有無がわかる。

結果は、左足だけが標準値に遠く及ばない。病名は閉塞性動脈硬化症。左足へ行く動脈のどこかが詰まっている疑いが強まった。

血流が詰まる動脈硬化は、典型的な加齢疾病だ。脳の血管が詰まれば「脳梗塞」になるし、心臓の血管(冠動脈)が狭くなると「狭心症」、詰まると「心筋梗塞」になる。私の場合は足にきたというわけである。

造影剤を使ったCTで診ると、左足付け根から動脈を15センチほど遡ったところで90パーセント狭窄していることが確認できた。左足へは最大、通常の7割ほどしか血が流れていない。これではビッコになるわけだ。

治療法は、脳梗塞や心臓梗塞と同じだ。血管の狭くなったところにカテーテルを挿し込んでフーセンで拡げるとか、バイパスを作るとか、etc。

このあと、心臓カテーテル室でカテーテル台に横になると、若くて美形の看護婦さんが何の躊躇もなくパラリとT字帯をはずし、左足の付け根周辺の陰毛を電気かみそりで刈る(剃毛という)。慣れたものだ。

局所麻酔の後、この治療では実績も多い腕利きの医師が、モニター画面を見ながらカテーテルを挿入。先端には、中心部に細くすぼめたバルーンを仕込んだステントがある。

ステントは、ステンレスで出来た金網のチューブである。これを狭窄部分まで持っていってバルーンを膨らますと、すぼめてあったステントの内径も同時に拡がって、狭窄した血管を見事に押し広げた。

ステントは内径8ミリ、長さ40ミリ。心筋梗塞の治療に使うステントは内径2ミリほどだから、それに較べると大型だ。治療時間は1時間ほど、治療費86万円、自己負担9万円ほどだった。

心筋梗塞でステントを使う治療法はよく知られているが、足の大動脈狭窄にステントを使うケースはまだそれほど多くない。

治療を受けた東京女子医大では、ステントを使った心筋梗塞治療が今年すでに数百件に上るのに対して、足に使った症例は筆者でまだ56件目だという。

下肢(足)へ行く動脈が詰まると、下肢が腐ってしまい、痛いだけでなく、命にかかわるケースもある。そうなると「命には代えられない」とやむを得ず下肢を切断しなければならなくなる。日本では毎年1万人以上が足を切断されているという報告もある。高齢化で症例は増えている。

足にもステントを入れるという治療法は、循環器内科ならどこでもやっているわけではない。リスクもある。医師の選択には慎重でありたい。

元京都大学心臓血管外科部長・米田正始(こめだまさし)医師を中心とする研究グループは、新しい血管を作って下肢切断を救う「血管再生法」という試みを行なっていて、再生医学のひとつとして注目されている。が、成功症例はまだそれほど多くない。

「なんとなく足の先が冷たい」

これが、アラームだ。接骨院では治らない。専門の医師を選んで、治療を受ける必要がある。

2014年05月20日

◆心臓手術の“神の手”、東京で開業

石岡 荘十
 

日本で唯一人、ロボットを使って心臓を手術する金沢大学の心肺総合外科の渡邊剛教授(55)が大学を辞任し、12日、東京・杉並に新しい病院をオープンした。病院は彼の名前を冠して「ニューハート・ワタナベ国際病院」とした。

東京・杉並区の井の頭沿いにある鉄筋コンクリート構造5階建ての既存の建物をそっくり買い取り、昨年夏から内装を開始、40億円をつぎ込んで病院に改装した。
 
病室は37すべて個室、ICU9ベッド、手術室2。こじんまりした規模だが、最先端の治療をウリにしている。診療科は心臓血管外科、循環器内科を中心とする専門治療を行うとしているが、最大の特徴は、患者への負担が小さく安全性の高いロボットを使った心臓手術を行う日本でただ一つの病院だということだ。渡邊医師が「総長」の肩書きで総指揮を執る。
 
渡邊医師については、心臓手術ではゴッドハンド(“神の手”)を持つドクターとか、“ブラック・ジャック”として、新聞雑誌、テレビなどマスコミでも紹介しつくされた観があるが、ともかく目立つのは手術症例実績の多さと、次々と繰り出した斬新な手術法だろう。

東京・府中の出身で、麻布高校時代に手塚冶虫の漫画「ブラック・ジャック」にあこがれて金沢大学医学部に進学。卒業後、大学医局からドイツに留学、2年半の臨床留学中に2000例にのぼる心臓手術を経験した。

その数もすごいが、30歳とちょっとの若造がチーフレジデントとして心臓移植手術を手がけるなど、短期間に日本ではあり得ないキャリアを積んだ。帰国後、98年、全身麻酔が常識だった心臓手術を局所麻酔(アウエイク手術)だけで、患者と会話を交わしながら、胸を切り開く開胸手術をやってみせる。

2003年には人工心肺を使わず、心臓を動かしたままのバイパス手術(心拍動下冠動脈バイパス手術:OPCAB)を成功させた。41歳で金沢大学心肺総合外科の教授となった。そして極めつけは外科手術用ロボット(ダ・ヴィンチ)を使った心臓手術を2005年、日本で初めて成功させたことだ。
           
ロボット手術といっても、機械が自動的に手術をするわけではない。患者の胸に1センチほどの4つの孔をあけ、そこから電気メスや内視鏡が組み込まれたアームを挿入して、このアームを少し離れたところにあるコンソールと呼ばれるコントローラーから指でリモ−ト操作する。医師が5ミリ動かすと、ロボットのアームが1ミリ動くので、人の手より精密な手術ができる。内視鏡手術で使っていたカメラの映像が2次元だったのに対し、ダヴィンチは3次元で見える。先端にカメラが2つあるため、映像が立体的に見え、実際より10〜15倍に拡大される。

ダヴィンチを使って、2センチ四方の紙で鶴を折ることもできる。胸を大きく切り開く従来の術式に比べ安全な上、患者への負担は少なく、術後も開胸手術の半分、1週間で退院できる。そんないいことずくめの術式がなかなか普及しないのは、ロボット心臓手術は保険の適用外になっているためだ。

2009年、ロボットを使った冠動脈バイパス手術が「先進医療」に指定されたが、費用は全額自己負担になる。これでは安全で患者に優しいとはいえ、手術方法を選ぶとき、患者が高額ロボット手術を選択するかどうか、難しいところだろう。病院サイドからいうと、ロボットが高額であることが、普及にブレーキをかけている。今回、病院が購入したロボットは一式2億7000万円だった。
            
日本では今年1月現在、東京医科大学病院(東京・新宿)や国立循環器病研究センター(大阪・吹田市)など国内で40台が導入されているが、保険が適用される泌尿器疾患の手術をしているだけで、最先端の心臓手術を行っているのは、日本では渡邊医師唯一人だ。

しかし一般消化器外科、心臓外科を除いた胸部外科、泌尿器科、及び婦人科の領域で、安全性と有効性が確認され始めている。いずれ、保険診療として認められるという展望を渡邊医師は持っている。

日本の冠動脈バイパス手術の患者平均死亡率は1.15%なのに対して渡邊医師在職中の金沢大学の「チーム・ワタナベ」の残した心臓手術実績の中で、患者死亡率は0.43%という驚異的な数字を残している。そんな実績、勲章を胸にぶら下げて、何が不満で大学を飛び出したのか。それは「大学病院に限界を感じたからだ」(渡邊医師)と言う。
            
公立であれ私立であれ、大学病院は例えば許・認可事項、医師の教育、時間外の緊急手術、何もかもが中途半端だ。10年前から、「大学病院には限界がある。自由に自分の理想・能力を思いっきり発揮できる環境を実現したい」と考えていたという。         

そうは言っても、おいそれと先立つものを調達する才能・才覚、コネはなかった。そんなときのアベノミックス。「これからの成長戦略は医療と教育、農業」という安部総理の発言が効いた。

大手の銀行からはすべて、担保がない実績がないと門前払いを食らったが、地方銀行である北國銀行と群馬銀行が”昨年3月、手を上げた。「民主党政権が続いていたら実現しなかっただろう。

形が見えない医療の将来性を一番評価する能力のないのは金融機関だ。大手銀行は土木工事と公共工事しか評価する能力がない、と皮肉る。         

渡邊医師は今後2年ほどをかけて、年間400例以上の心臓手術を中心とした最先端医療を実現したいと言っている。これが実現できたら、同じくらいの規模の病院をあと二つは作りたいと夢を語っている。

2014年04月10日

◆ハイリスク手術をクリアした(13)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖るるに足らず〜

28  心臓手術なんか怖くない

心臓や脳血管の疾患は、高齢社会の宿痾とでもいうべき病である。ところが、手術施設(病院)の乱立、野放しになっているえせ専門医の弊害が近い将来解消する展望はゼロである。日本人の死亡原因の6割は、がん、心疾患、脳疾患の3大疾病によるという厳粛な事実は当分変わらないだろう。

となるとせめて、中高年は年相応の“常識”を以って自衛をする必要があるのだが、社会的に高いステータスを誇る方々も、ほとんどの方が不思議と健康については無関心・無知である。3人の総理、大平、橋本それに小渕が心臓病で亡くなっている。

公開されている経過を検証した限り、最高の 病院、医師、治療のタイミングを選択できるステータスにありながら、ベ ストの選択をしたとは思えない。ご本人もさることながら、取り巻きもま た健康については非常識だったのは、不幸としか言いようがない。

心疾患や脳血管疾患である塞栓、梗塞も、心がけ次第で克服できる治療法が広く普及し始めている。だが、どこの病院でも最高の治療ができるわけではない。いざというとき迷わず駆け込む“駆け込み寺“を今すぐ決めておいたほうがいい。

心臓病や、脳疾患で死亡するのは、よほどのバカか、余生に大事なのは何かというプライオリティーを間違った罰だと言ったら、それは言いすぎだ、と懇意にしている“神の手”にたしなめられた。

失敬。これは言い過ぎた。だが、一人ひとりが生活習慣を正し、病の兆候を正確に捉え、医療施設と優れたドクターを選んで、治療を受けるタイミングを逃さなければ、大概の心臓疾患は高い確率で成功する。無知と無関心を克服すること。それができれば、「心臓手術なんか怖くない。怖るるに足らず」である。(以上)


2014年04月08日

◆ハイリスク手術をクリアした(12)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

25 心臓手術で死なないために

手術後、友人たちの感想や疑問は極めて素朴なものだった。曰く---「ペースメーカーを入れたのか」

「また弁を入れ換えたのか。心臓って弁がいくつあるんだ?」---。

私の友人が特別、教養がないというわけではない。社会的にそれなりに高いステータスを達成した面々だ。それなのに、心臓手術というとすぐペースメーカーと思ったり、心臓弁はひとつしかないものと思い込んでいたりする。

普段は天下国家を酒の肴にぶちまくるような“知識人”でも、心臓弁の名前ひとつ知らず、まして4つある弁の機能をちゃんと答えられる人は少ない。

その上、心臓疾患に関わる自覚症状があっても、その意味を理解せず、あるいは理解する“常識”がない。結果、最悪の事態を招いた症例や、普段から最悪の事態を想定していなかったことで重い後遺症に苦しむ結果を招くというケースは無数にある。

25・1 ケースワーク「小渕元首相」

例えば、小渕恵三元首相(当時62歳)。2000年、脳梗塞で死亡ということになっているが、じつは不整脈のひとつ心房細動の前兆がありながら、適切なタイミングの適切な治療を逸したケースだ。千鶴子夫人が、文藝春秋(同年7月号)にこう書いている。

<竹下内閣発足前に一度倒れたため、ずっと心臓が悪いといわれてきましたが、不整脈が出るくらいでした>

不整脈(心房細動)でできた血栓(血の塊)が脳に飛んで血管を詰まらせた。心原性脳梗塞、心疾患が原因で脳血管が詰まった、つまり医学的には「脳塞栓」だったというのが専門医の間では定説となっている。心臓でできた血栓、血の塊が脳に飛んで脳の血管を詰まらせた。火元は心臓で脳の疾患は“もらい火”だったことになる。

25・2 ケースワーク「長嶋茂雄」

長嶋茂雄(当時68歳)さんは2004年、やはり小渕さんと同じ心原性脳梗塞で半身不随に陥った。多分、普段から不整脈の兆候はあったとおもわれる。しかし長嶋さんは、まさかこんな事態になることを普段から想定していなかった。だからイザというときに初動で躓いた。

多分、3月4日午前3時ごろ、体調に異変を感じて動けなくなった。幸い迎えに来ていたハイヤーの運転手の気転で、東京・青山にある東京女子医大の青山分院に駆け込んだ。そこは長嶋さんがいつも人間ドックを受けていた病院なのだが、青山分院では検査はするけど、手術はしない。

そこで新宿区河田町にある同病院の本院に転送されるが、脳神経治療の専門医師のところへたどり着くまで6時間もかかってしまった。その間、脳血管の詰まったところから下流では、脳細胞の壊死が始まっていた。

一命はとりとめたものの、重い後遺症が残った。「もう3〜4時間早く手当てが出来ていればこんなことにはならなかっただろう」と専門医は言う。

いまなら3時間以内に専門病院に駆け込むことが出来れば、t-PAという血栓溶解剤(静脈注射)を投与できる。これでうまくいくと3人に1人は何の後遺症も残さず、回復できる。当時はまだt-PAの投与は認可されておらず、結局、生涯右半身不随という後遺症が残った。仮に、このときt-PAを使えたとしても、治療まで3時間というタイミングを逸しているから、結果は同じことになっていただろう。

27 中高年の健康への無関心・常識の欠落

小渕元首相や長嶋さんに共通しているのは、年相応の“健康常識”への無関心と、日常生活における健康意識の低さだ。

50歳以上の中高年にとって、死亡原因第2位の心疾患に関する常識の有る無しが生死を分ける。にもかかわらず、人はなぜこんなに学習しないのか。

考えられる理由は、3大疾病の多くは自覚症状がない。気がついたときは手の施しようがない疾病であるためだ。症状があっても、それが心臓の不具合に起因しているかもしれないという知識がない。

つまり年相応の常識がなく、オレがそんな病気になるはずがない、と思い込んでいる。だから、心臓手術を宣告されると、不意を突かれたように、異口同音、患者のほとんどが発する台詞はこうだ。

「なんでこのオレが、わたしが---」

人は見たくないものは見えない、知りたくないことは覚えようとしないものだ。気持ちはわかる。だが、日本人の死亡原因を年代別に見ると、50代に入った途端、心疾患が死亡原因の第2位に登場する。

その後、89歳まで2位の座を譲ることはない。ということは、心臓病は50代以上の人なら誰が襲われても不思議ではない疾患だということになる。高血圧を含めると、250〜300万人が心疾患の“適齢期”なのだ。にもかかわらず、今そこにあるリスクに対する基礎知識のなさ、その無知蒙昧ぶりには眼を覆う。

定年退職する年代の人たちは、よく「これからは健康第一」と言うが、実は口だけで、日常生活に占める健康のプライオリティーが本当に「第一」かどうか、疑わしい。

だが、命に関わる手術を一度経験すると、健やかに老後を過ごせることの幸せを身に沁みて、実感させられることになる。

私は幸い、後遺症に苦しむことはなかったが、明らかに脳梗塞による後遺症で足を引きずっている高齢者を近所でもよく見かける。本人もさることながら、家族のご苦労はいかばかりか。長寿、結構。だがリハビリだけが人生では悲しすぎるではないか。

私は2度目の心臓手術でやや“手術慣れ“していたこともあって、手術のタイミングも、医師や病院の選択も大方、間違いなかったと自負している。それがなかったら、小渕さんや長嶋さんたちのように、最後にそのツケを払わされることになっていたかもしれない。

◆ハイリスク手術をクリアした J

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

23・3 突然死と心疾患

人事を尽くしても防ぎきれない心臓病がある。何の前兆もなく働き盛りの人を襲う心臓突然死だ。医学的には「発症から死亡までの時間が24時間以内」と定義されている。年間6万5000人、毎日180人が突然死しているといわれる。

突然死の原因には、急性心筋梗塞、狭心症、不整脈、心筋疾患、弁膜症、心不全など心臓病によるものが6割以上と多く、ほかに脳血管障害、消化器疾患などがある。

突然死の中でも心臓病に原因するものを心臓突然死といい、急性の症状が起こってから短時間で死亡するため、「瞬間死」ともいわれる。心臓突然死は年間約5万人といわれる。

23・4 高円宮さまの場合

典型的な突然死の症例として思い出されるのは高円宮憲仁さまのケースだ。高円宮さまは高齢心臓手術を受けた三笠宮崇仁さまの3男である。

2002年11月21日午後4時ごろ、カナダ大使館でスカッシュの練習最中に倒れた。直ちに救急車を要請。救急救命士がその場で心電図をとったところ、心室細動であることがわかった。

電話で東京消防庁の指導医の指示を受けたうえで、救命救急士が2回ほど電気ショックをかけたが、心臓の拍動は戻らなかった。車で5分ほどの慶応義塾大学病院に搬送されたが、既に心肺停止状態で、夜半になって容態が悪化、久子妃の同意を得て人工心肺装置を取り外した。まだ47歳の若さだった。

死因とされる心室細動は、最悪の不整脈だ。心臓は電気刺激が順番に伝わることでポンプ機能を果たしているが、この刺激が何かの拍子でうまく伝わらなくなる。

こうなると心臓の筋肉はぶるぶると震え、心拍が急に200まで上がったかと思うと急にゼロになり、血液を送り出すポンプとしての機能を喪失する。救急治療法は徐細動、電気ショックだ。

医療現場では「ドカン」といわれるショック療法で、心臓に衝撃を与えてシャンとさせる。3分以内に体外式自動徐細動器(AED)が使えれば、7割は助かるといわれるが、このタイミングを逸したら効かない。

この“事件”を機に、慶応大学医学部三田村秀雄教授(当時)の呼びかけが、その後のAED普及の原動力となった。三田村元教授は「スカッシュ練習所にAEDがあり、みんなが使えるような訓練ができていたら、高円宮さまは助かったかもしれない」と著書(『心臓突然死は救える』)の中で指摘している。

24 日本胸部外科学会の罪

24・1 病院情報非公開が招く患者の犠牲

日本胸部外科学会(以下、学会)が手術施設(病院)の実態について2011年、学術調査を行ったことは紹介した。ところがこの調査は匿名を条件にデータを公表しているので、年間100例超の病院はどこか、バイパス手術患者死亡率40%の危ないところはどこか、肝腎の患者の気持ちに応える兆しはない。

学会は、病院名を公表しない理由として、「病院が公開に反対しているから」と言っている。これではばれたら困るようなことがある病院の言い分を丸呑みにしているようなものだ。

学会は所詮、業界の利益と都合を優先する利益団体であり、会員による、会員のためのいわば“医者ムラ”になっているといわれても仕方がないだろう。“人殺し”と批判されるような未熟な外科医に、学会は手を貸しているようなものではないか。調査アンケートに対して異常に高い死亡率を回答した病院を放置している。その罪は看過できない。

今日も、も多くの患者がうっかり死亡率の高いいい加減な病院に飛び込んで、えせ外科医の“修行”の犠牲になっているかもしれない。学会は、1日も早く調査対象になっている手術施設の固有名詞を明らかにすべきだろう。

24・2 多過ぎる専門医の弊害

もうひとつの問題は、多過ぎる専門医の存在だ。日本で心臓外科手術が必要な患者は6万数千人。多くとも7万人には達しない。これに対して、心臓関連の3つの学会(*)で作る、心臓血管外科専門医認定機構(以下機構)が。一定のスキルがあると認定した専門医は1979名(平成14年現在)だ。単純な算術平均で、一人当たり症例数は年間35例とちょっと。

*日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会、日本血管外科学会患者の数には限りがあるから、少ない手術チャンスを専門医が奪い合ってメスを振るっている構図が見えてくる。

なかには、カテーテル治療などの患者に優しい内科的な治療法でも治る患者まで、手術室に引きずり込んで外科医がメスを振るうというケースもある、と噂されている。恐ろしいことだ。なんぼなんでもとは思うが「何とかに刃物」---という言葉が浮かぶ。

手術実績2000例以上、「神の手」を持つといわれる現役バリバリの心臓血管外科医、東京ハートセンター(東京・品川)の南淵明宏センター長は「こんな専門医を送り出す専門医認定機構は、詐欺みたいなもので、患者にとっては百害あって一利なしだ」と切って捨てる。こんな惨い状態は、専門医制度が発足した10年前にはじまり、放置されている。

機構は自浄能力を失っている。その無策のあおりを食らって多くの心臓病患者が命を落としている、心臓手術の後遺症かもしれない脳梗塞後遺症で苦しんでいる。(つづく)

2014年04月05日

◆ハイリスク手術をクリアした(9)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

22 心臓手術はいくつまでできるか

手術のとき私は77歳と11ヶ月だった。心臓手術の看板を掲げている医療施設の中には、75歳以上の患者はハイリスクとクラス分けして、手術お断りという東京都内の有名病院もある。しかし、少なくとも高齢を理由に手術を拒否されることはなかった。

22・1天皇陛下の手術症例

そんな高齢の患者も心臓手術をできるのか、と世間が心配したのは天皇陛下の心臓手術だった。2011年、そのとき陛下は、今の私と同じ78歳の高齢者だった。

陛下は冠動脈の2ヶ所が75%から90%狭窄していることが確認された。病名は狭心症でバイパス手術を受けた。日本最高のVIPである天皇陛下の心臓手術。

どんな小さなミスも許されない。選ばれた執刀医は順天堂大学天野篤教授だった。東大病院に入院したのに、他の病院、それも一私立大学の医師に執刀を“外注”するというのは、異例中の異例である。

誇り高き東京大学が恥も外聞もかなぐり捨てて一私立大学に執刀医を“外注”したのはなぜか。どんな小さなミスも許されない手術の成否が、最後は執刀医のスキルにかかっていることを、東大がことのほか重く見ていたからだ。しかし、誇り高き東大には、天野教授に比肩できる安定したスキルを誇る外科医がいなかった。

私は胸を開いて人工心肺を使う開胸術だったが、いま心臓の最前線では体力のない高齢者に優しい手術方法が広く日常的に行われている。人工心肺を使わないオフポンプバイパス手術(off-pump CABG)である。

心臓を動かしたまま手術をするという意味で「心拍動下バイパス手術」ともいう。人工心肺を使った方法に較べ、患者への身体的な負担が小さく、術後の患者の回復も早い。手術に伴う心筋梗塞、脳の障害などの合併症も少ないというメリットがある。

この年の順天堂大学病院の心臓手術実績はトータル631例。このうち人工心肺を使わず、心を動かしたまま手術する「心拍動下バイパス手術」は134例で、死亡率はゼロだった。陛下もこの方法で手術を受けた。天野執刀医はその名手であり、ドクターの選択がいかに大切かということを世間に知らしめた典型的なケースであった。

東京大学病院のホームページを見ると、なるほど手術実績は公表しているが、なぜか、患者死亡率の数字はない。理由はわからない。

22・2 三笠宮崇仁さまの症例

それより驚かされたのが、三笠宮崇仁さまの心臓手術、僧帽弁閉鎖不全症治療のケースだ。陛下の手術の翌年2012年7月11日のことだ。宮様は御年96歳だった。

僧帽弁の不具合の原因は大きく分けて2つ。私の場合、少年時代のリュウマチ熱の影響でゆがんだ2枚の弁に、血液中の石灰質がこびりついて弁が肥厚し、2枚の弁がうまく閉じなくなった。三笠宮さまは、ひらひら開閉する僧帽弁の後ろ側にある後尖を支える糸(腱索)が切れた、と診断された。

弁がうまく閉まらない「僧帽弁閉鎖不全症」手術には2つの手術の方法がある。

 1)弁形成術:弁を支えている糸(腱索)が切れているような場合は、弁の形を整えて仕立て直しをする。

 2)弁置換術:硬くなっている弁を切り取って人工弁に置き換える。私は弁置換術、三笠宮さまは弁形成術が行われた。三笠宮さまのケースでは、手術の予測死亡率が13%だという説明も術前に行われた。

手術は、付き添っていた百合子妃(当時90)が合併症発生率約50%という数字を聞いた上で、「もし殿下の意識がはっきりしていたら手術を選ばれるに違いない」と話したと報じられている。

この予測死亡率の数字は私のケースほどではないにしても、平均的な心臓手術で予測される死亡率(3%以下)に較べるとはるかに高い。だからそれだけ、経験豊富な心臓外科医の技がモノをいうケースだった。

そこで、僧帽弁手術の第一人者として知られる聖路加国際病院の川副浩平心臓血管センター長(当時)が執刀医に選ばれた。川副医師は、天皇陛下の心臓バイパス手術と合わせ、国民に心臓の手術が身近になったと考えている。「多くの高齢者やその家族が勇気づけられた」と強調した。

ここまでくると、もはや患者が高齢だからといってそれだけを理由に心臓手術をためらう時代ではなくなってきていることがわかる。

22・3 高齢者に優しい心臓手術

そうは言っても、高齢化は心臓だけでなくほかの臓器も弱ってきていることは確かだから、そのことに充分に配慮した手術法や術後の管理が行われなければならない。

金沢大学医学部の渡邊剛心肺・総合外科教授が率いる「チーム・ワタナベ」は、高齢者の手術症例数が多いことでも知られ、さまざまな工夫を凝らしている。

渡邊教授は、日本ではまだ少ないロボット「ダ・ヴィンチ」を駆使した心臓手術の第一人者、数少ないゴッドハンドの一人だ。

チーム・ワタナベのホームページによると、例えば、素早い手術で心臓を止める時間を短くする工夫、手術術中心筋梗塞の予防、人工心肺を使わないオフポンプ手術の積極的な採用。

人工心肺を人工心肺を使ったときに心配される、肺炎や脳梗塞、心筋梗塞、手術ボケなどの予防に努めている。

1999年から始めたオフポンプ手術は2,000例を超えている。2012年までの5年間の高齢者の心臓手術実績は493例、死亡率は1%だった。しかしオフポンプ手術は、人工心肺を使っていないので、10分以内に正確に血管をつながないと心停止になることもある。

一歩間違えると怖い手術で、「多くの外科医は爆発物処理班の心境でやっているはず」だという(ホームページ)。私と同じ[弁膜症+冠動脈バイパス手術] (2000-2012年)148例の平均患者死亡率は、3.38%だった。私の同じ手術の予測死亡率の、実に10分の1以下である。(つづく)

2014年04月04日

◆ハイリスク手術をクリアした(7)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

16 ICUからの脱出、一般病室・退院へ

16・1 リハビリ開始

・9日午後、ICUから4階の外科一般病室へ移された。ドレーンをもう1本抜いた。

・翌10日 残る2本のドレーンもとれた。残る管は、尿を出す導尿カテーテルと腕の点滴チューブの2本だけになった。

・12日 歩行のリハビリが始まった。トレーナーの介添えで、点滴棒を杖代わりに廊下をそろそろ歩く。200メートル連続歩行。

・16日 午前11時入浴。入院以来、実に69日ぶりの入浴だった。

・手術結果確認のため心エコー検査を受ける。僧帽弁の血液の逆流はほとんどない。

16・2 術後の経過説明

退院に先立って夕刻、山崎医師から手術の経過について詳細な説明があった。
その要旨。

!)心臓が胸骨に張り付いていて、癒着した臓器の剥離に時間がかかった。

!)僧帽弁は弁自体が硬くなり、肥厚していた。

!)機械弁は20針でしっかり縫合した。

!)血液逆流は3%程度で、問題ない。

!)冠動脈のバイパスには左内胸動脈を使った。動脈は直径1.6mmで、充分長持ちすると思う。冠動脈バイパスは血液がよく通っている。
!)腎臓のクレアチニン1.06。ほぼ正常。術後の人工透析は杞憂に終わった。

!)心臓の機能が回復したことによって腎臓へも十分な血流が戻った。貧血による腎機能障害は回復した。これで、「予測死亡率+後遺症発症率=79.1%」⇒ほぼゼロとなった。奇跡に近い。

完全に治った「治癒」「完治」とまではいかないが、医学的には「寛解」という状態だ。一時的に回復したと判断された。

・18日 72日ぶりに靴を履いた。家族が迎えに来ていた。退院である。ナースステーションから看護師さんたちの暖かい拍手に送られて下りエレベーターに乗った。こみ上げるものがあった。

17 長期入院の廃用症候群

実に72日間という長期入院治療だった。長い入院治療で心配されるのが「廃用症候群」である。寝たきり安静状態が長くなることによって起こる、さまざまな心身の機能低下のことだ。足などの筋肉の萎縮、呼吸障害、物忘れ、床ずれ、尿漏れ、呆け---。

その衰えは想像をはるかに超えたスピードで襲ってくる。ベッド上で安静臥床を続けていると、足の筋力は1週目で20%、2週目で40%、3週目で60%も低下するという。

予想される症候群に対して、ベッドの上での足の屈伸、院内の廊下の歩行リハビリは手術前から始まり、術後は本格的な回復トレーニングが行われた。退院後も散歩を中心としたリハビリに励んだ。半年後には、1万歩(約7キロメートル)を達成した。尿漏れも徐々にコントロールできるようになり、小便のキレがよくなった。

入院時から13キロ減だった体重も、入院を機にタバコをやめたせいか、退院後半年ほどで10キロ取り戻した。ただ敢えて言えば、人工呼吸器を長時間喉に突っ込んでいたことで、声帯を痛めたか。術後一時、森進一のようなしわがれ声(嗄声)になってしまった。

要するにQLO、日常生活の質を大きくダウンさせるような重大な後遺症は、ほとんど残らなかった。

18 治療費総額 930万円也

さて、いざ大手術となったとき心配になるのは治療費だ。4月18日退院してから3ヶ月後、「医療費等通知書」が東京都後期高齢者医療広域連合(以下、広域連合)から自宅に送られてきた。

通知書によれば、2月6日〜4月18日まで72日間の入院治療費、この間の食費の一部、4人部屋の差額ベッド代(3,000円/日)、退院後の術後検診(4月中、1回)の総額は、930万6,034円だった。このうち、食費の一部(1食につき260円)と健康保険適用外の差額ベッド代(4人部屋1泊3.000円)は自己負担になるので、これを除く額の3割が自己負担となる仕組みになっている。だが実際には、この3割の金額に高額療養費制度
が適用される。この制度の計算式は、

80,100円+(医療費総額−267,000)×1%

その結果、自己負担分のトータルは57万円ほどになった。大雑把に言って今回の大手術の収支はこうなった。医療費総額930万円、このうち自己負担額57万円。但し、民間医療保険還付金42万円があったので、結局、家族の通院交通費などの雑費は別にして、持ち出しは15万円ほどで済んだことになる。

日本の健康保険制度、医療システムの恩恵を充分に受けたケースだった。
 
19 いい病院・いい医者は「月100例の実績」が分かれ目

術後、手術成功の理由を聞かれて執刀医は「患者さんの自然回復力、死にたくない、どうしても生きたいという執念。患者さんが小太りだったのもよかったのかもしれません」と答えた。

しかし、ハイリスクな心臓手術が成功するかどうかの決め手は、なんと言っても執刀医のウデ。それと数多い手術実績を重ねてきた病院の手術スタッフのティームワークにかかっている。選択を間違えば、命の保障はできない。では、いざというときどのような基準で病院や医師を選んだらいいのか。

結論を先に言うと、まず患者を運び込む病院は年間最低100例の心臓手術実績のあるところを選ばなければならない。手術が必要と判断されたとき、執刀医は毎年100例以上の手術経験のある外科医でなくてはならない。

心臓血管外科の執刀医には、脳神経外科と並んで、高度で微細なテクニック(手技)が要求される。鉛筆の芯ほどの微細な何本もの血管を髪の毛より細い糸ですばやく縫い合わせる高度な(縫合)技術は、心臓血管外科医にとって基礎的だが必須の技術である。

この技術をマスターするのは容易なことではない。少なくとも数百例の手術経験を積んではじめて習得できるといわれる。しかも少なくとも毎年100例という実績を重ねていかなければ、そのスキルを維持できない。病院も年間100例以上の実績がなければ手術スタッフのティームワークを維持できない。これが “常識”である。

天皇の心臓手術の執刀医、順天堂大学の天野篤教授は、年間400例を大きく超える手術を続けている。これまでの実績は6000例以上。こうなると、「手術中は、85%ぐらいは反射的に手を動かさないといけない」(朝日新聞 天野医師)というレベルに到達する。
(つづく)

2014年04月03日

◆ハイリスク手術をクリアした(6)

石岡 荘十


〜心臓手術、怖れるに足らず〜

14 でも、ともかく生きている!

手術中、家族が待機する部屋が病棟6階にある。この日は、長男(50)と長女が、朝から9時間以上、手術が終わるのを待っていた。夕方6時過ぎ、手術が終わったのでICUまで来るようにという知らせが入った。2人が急いで2階のICUに向かう。

患者の手足は軽くベッドに縛り付けられている。麻酔から醒めかかったとき、点滴を無意識に引き抜くなど、患者が意識朦朧のときに事故が起こりやすいからだ。

手術前、「身体拘束の同意書」にサインをしてある。

何本もの管でがんじがらめになっている。?口から人工呼吸のチューブ、?栄養補給や薬剤を投与するため首の脇から体内に挿入した中心静脈ライン(点滴ライン)、?心電図モニターココード、?小便を排泄する導尿カテーテル、?滲み出した血液が体内に溜まらないように外に出す4本のドレーン(管)。合計8本。術後の患者のこんな様子からフォークに絡みついたパスタを連想するからだろうか、欧米ではスパゲッティー症候群という。

痛々しい。が---ともかく生きている!

ICUに入ってくるなり、目に飛び込んできたのは、何本もの管でがんじがらめになっている患者---かすかに息をしている父を見た長女が突然、声を上げて泣き出した。泣きながら駆け寄って「お父さん、よかった!」と父の手を握った。スタッフに「有難うございました、ありがとう---」。

ベッドサイドにいた医師や看護師さんたちに2人はコメツキバッタのようにペコペコ何度も頭を下げた。

間もなく山崎教授を先頭に、大勢の手術スタッフが患者のベッドを取り囲むように集まってきた。山崎ドクターは手に膿盆を持っている。その中に小さな肉片が載っている。山崎医師は、「これが切り取った僧帽弁です」。手術の模様を手書きで書いたA4の紙を示しながら手術経過と現状を説明する。

「手術はうまくいきました。危ない場面もありましたが、いい方へいい方へと転んで、いまのところ容態は落ち着いています。30分待機の後、何事もなければご家族は帰宅して結構です」とドクターは言った。

「予測死亡率39.9%」はクリアされたのだ。

15 臨死状態のICUの5日間

普通、初回待機手術などの場合は翌朝には目が醒める。しかし、私が意識を取り戻したのは4日目のことだった。

気がついて---「あれッ、オレは生きているぞ、生きてる、生きている---」。熱いものがこみ上げてくる。思いがけなく流れ出る涙に不意を突かれた。まだ朦朧としていると、看護師さんがガーゼで涙を拭いながら問いかける。

「気がつきましたか、分かりますか」/「うん」/「ご自分のお名前は?」/「いしおか---」/「ここはどこですか」/「女子医大病院の---」/「ICU、集中治療室です。手術をされたことは覚えていますか」/「はい」/「手術をしたのはいつですか」/「4月4日の---」/「今日は何日ですか」/「うーん---わからない」。まだ意識に混濁が見られる。

・8日(術後5日目) 覚醒。長時間の全身麻酔で覚醒が遅くなると、言語、思考、記憶などの認知機能が低下し、その後遺症が数年続くこともある。私は今のところ重大な脳神経障害はないようだった。

人工呼吸器は、自力で呼吸できることが確認できて、意識がちゃんと回復する前に抜いたらしい。だが、じつはこの5日間、私は不思議な世界を彷徨していた。

術後何日目かはっきりしないが、循環器内科の上野敦子医師がICUに様子を見に来たそうだ。上野医師は、15年前はじめて心臓手術を受けたときからずっと定期的に診察をしてくれた先生だ。

先生が来たことも覚えていないが、後で聞いたところでは、ぼうっとしている患者に「ご気分はどうですか」と声をかけると、「あれっ、先生もこっちに来ちゃったんですか」と答えたそうだ。先生は「そっちになんか行きませんよ」と応じたというが、そのときの私は間違いなく彼岸に居た。そうかと思うと---暗い。

箱の中に寝かされている。家族の声が聞こえる。が、身動きができない。火葬場のようなところの煙突が見える。何度か行ったことのある新宿・落合の葬祭場に似ている。まわりに家族の顔がそろっている---。「みんなさよなら--」と言いながらカマの中に入れられる---。あれは“臨死体験”か。現実と幻覚の間を彷徨していた。怖かった。

・術後の体内でじわじわとしみ出ていた血液や浸出液を体外に排出するためのドレーン(管)4本のうち、まず1本が抜かれた。

・昼、おもゆが出てきた。6日ぶりの口から入る食事だった。空っぽの胃に沁みた。ただの米の汁がこんなにうまいとは! (つづく)