2015年02月21日

◆判って貰えないがん患者の性

石岡 荘十


子宮、卵巣、子宮頸がんなど女性特有のがんを患い手術を受けた女性は、もう女ではないのか、こんな疑問を抱き続けてきた知人が、会員制の月刊誌の求めに応じて、自分の手術体験をふまえて、術後の女性の性について赤裸々に告白する記事をまとめ掲載された。

同誌は会員制の雑誌なので、ここに紹介する。

以下、要旨を引用。

「男性の方にうかがいたい。病気で卵巣や子宮を失った恋人や連れ合いのことを『女としてもうおしまいだ』と思っていませんか。婦人科のがん患者はその偏見に悩んでいます」

女性の場合、勃起する、しないに悩みが集中する男性とは異なり、パートナーや周囲の偏見による悩みが大きい。

病院で知り合った同じ病気をかかえる女性患者たちのなかにも、「夫のセックスの相手ができないのが申し訳ない」、「術後の女性の機能を知ろうとせず迫ってこられても、性交痛でセックスするのが嫌だ。

気持ちはあるけど応じられない」、「自分が女じゃなくなったのだから連れ合いが浮気をしても仕方ない」などと考える女性は多かった。しかし、そんな深刻な悩みをどこにも相談できない人もまた多いのだ。

病気をしたり、歳とったりした人は性の戦線からはずれて当然。60歳、70歳でセックスしてるなんて気持ち悪いと平気でいう若者もいます。病気で卵巣や子宮を取ると『もう女じゃないのね』と女性からいわれたこともありました」

女性にとっても、セックスは重要なのだ。命が助かった、仕事にも復帰できると一安心した時、「あのー、できますか?」と回診にきた主治医に思い切ってたずねると医師は、「うーん、性欲がいつ回復するかだけどね・・・。大丈夫だよ」と答えた。その後、退院時に渡された「退院の栞」の性生活についての説明に力づけられた。

「開始時期については個人差がありますので医師の指示に従うのが望ましいでしょう。初めは男性の方が浅いと感じますが性生活を繰り返していくうちに膣の部分が伸びていきます。

数か月で元に戻り、違和感がなくなります。膣の中の縫ってある部分がさけたり、傷ついたりすることはありませんので安心して行って下さい。また、性生活によって病気が再発することもありません。

ホルモン分泌の環境を整えるためには、むしろ積極的に性生活を行った方が良いと考えられています。

卵巣を摘出した方は性交時の分泌が減り、膣が委縮するため性交時痛が起こりますので、潤滑剤リュウブゼリーの使用をお勧めします。今までは、精子の一部が子宮の入り口より中に入り、膣内に排出された精子はすべて流れ出てきます(腹腔内には入りません)…」

退院後、夫に栞を見せ、セックスに挑戦してみた。

「まだお腹の傷も生々しい時期でしたから、お互いにお腹に触れるのが怖く、でも久しぶりの触れあいは素敵で、ただ抱き合い、触り合う時から体は反応して濡れました。

それでも挿入するとき彼はとても心配して『大丈夫?』と聞きました。久しぶりなので緊張もありましたが、始めの痛さはすぐに消えて、気持ちよくなりました。以前のようなオーガズムとは比べようもありませんが、満たされた気持ちで満足しました」

術後3年で夫とは別れたが、新しく出会う人に病気のことは話せても、ベッドに行きたいとはいえない。

「女性器を失っているという劣等感があるからです。婦人科がんを患い、離婚した芸能人カップルのニュースをみるたび、同じ悩みを抱えているのではと思うようになりました」

婦人科がん患者の悩みは病院での治療が終わってから始まる。しかし、医者や看護師との密接な関係はすでになく、相談相手もいない。前述の「栞」の内容を、引け目を感じている女性がパートナーに説明するのは難しい。

「退院する時に医師や看護師が、患者とそのパートナーに病気と性生活についての説明をし、疑問に答えてくれる機会があればどんなに救われるかわからない」。

これまでがん患者は命を救うことが第一とされ、セックスについてはタブーとされてきた。だが、若い世代も含め、2人に1人ががんに罹る時代だ。がん患者のセックスの問題は、生活の質という点からも真剣に取り組むべき時期に来ている。(引用終わり)

筆者は、私の大学の後輩で53歳のときから4回にわたって手術を受けた経験を持つ。高齢域に入って、ようやく率直に話せるようになったと告白している。  (再掲)

2015年02月06日

◆なぜ高い日本の医療機器

石岡 荘十


薬事法上、医療機器はそのリスクに応じて3つに分類されている。

まず、高度管理医療機器。 副作用や機能に障害が起きたとき、まかり間違えば人の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

例えば、透析器、人工骨、人工呼吸器、PTCAカテーテル、ペースメーカなど(PTCAカテーテルは、狭心症や心筋梗塞を治療するための管)。

次に管理療養機器。前項以外の機器で、やはり副作用や機能に障害が起きたとき、それほどではないが患者の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

たとえば、MRI、腹腔鏡、電子式血圧計など。MRIは、日本語では「磁気共鳴画像診断装置」といわれ、強力な磁場や電波で脳や体を輪切りにした画像を撮影する大型の検査機器。

よく似た機能を持つものにCTがあるが、MRIはCTに比べタテ・ヨコ・ナナメなど断面を自由に設定できるなどの利点がある)。

さらに、一般医療機器。副作用や障害が起きても直ちに人命や健康に影響を与える恐れのないもの(聴診器など体外診断用機器、X線フィルムなど)。

これらの機器のうち、ペースメーカ、PTCAカテーテル、MRI、腹腔鏡の4つについて、公正取引委員会が05年12月、詳細な実態調査を行なっている。

それによると、まずペースメーカは100パーセント輸入。メーカーは欧米の10社程度で、04年の日本国内での販売個数は47,460個。その市場規模は465億円だった。

ペースメーカは機能的には8つに区分され、国内価格は、116万円から185.2万円となっている。

ところが、たとえば国内で133万円のものがアメリカでは83万円余と、日本の価格はアメリカの1.6倍である。日本で148万円のものはアメリカで95万円、これまた1.6倍という価格差となっている。

実態調査報告書の翌年06年、保険適用が承認された最新型InSync3マーキー(419万円)の価格差は多少圧縮されて1.27といわれている。それでもこの比率で換算すると、アメリカでは330万円で売られている計算になる。その価格差は90万円である。

ことほど左様にPTCAカテーテルの場合の内外価格差はさらに大きく、2倍以上。
ペースメーカとカテーテルの価格差が大きいのは、国内の多すぎる医療機関の数に関係があるといわれている。


ペースメーカの植込み治療を行なっている病院は、人口比でいうと日本はアメリカの4倍。アメリカは大型集約型、日本は中小分散型で、日本では膨大な流通経費がかかる。

その差は5600億円(05年)と試算されている。これが機器の価格、ひいては医療費に上乗せされている。

ところが、である。

MRIの平均販売価格の対アメリカ比は0.75と、日本のほうが安いのだ。これはどうしたわけか。理由は2つ。

・国産のMRIのシェアが大きいこと

・販売台数の6割はメーカーが直接、医療機関に納品するため流通経費がかからないこと

普及率は60パーセントで世界一。海外でも売れている。メーカーによる売り込み競争は熾烈で、値崩れが起きている。業界では「半値の8掛け」といわれている。

そんなに優れた技術力があるのなら、技術的には遥かに簡単なペースメーカやカテーテルくらい国産で賄ったらよさそうなものだと思うかもし
れないが、ほとんどが輸入品である。なぜか。

長年、医療機器の営業に携わっているセールスマン(ME:MedicalEngineerという)はこう言う。

「国民性ですかねぇ。医療機器の中でも、副作用や故障が起きたとき直接患者の命にかかわる高度管理医療機器については、いざというときには膨大な賠償や製品のリコールを覚悟しなくてはならない。

MRIやCTは検査機器ですから、まず命に関わるようなことは考えられないので、複数のメーカーが作っています。ペースメーカやカテーテルは1歩間違うと、訴えられて会社がつぶれてしまいます。

欧米のメーカーはそのリスクを乗り越えて、開発にしのぎを削っています。医療機器の内外価格差は、リスク回避の代償といえます」

「危ないことはごめん」

自分では作らないが危ないところは他所さんにお願いする。技術力があっても自分では作らないのは核と航空機と医療機器だ。

アメリカの核の傘で守られ、カネだけは出すという構図にどこか似てないか。

2015年02月02日

◆皇女和宮の死因は急性心筋梗塞

石岡 荘十


「篤姫」の将軍に降嫁した皇女和宮は、脚気(かっけ)だったといわれる。挙句、今風に言えば、「急性心筋梗塞」に襲われたのだ。

簡単におさらいをしておくと、和宮は弘化3年(1846年)仁孝天皇の第8皇女として生まれるが、公武合体を図る幕府の画策の末、文久2年(1862年)、14代将軍徳川家茂の妻となった。ともに16歳だった。

慶応元年、家茂は20歳のとき、長州征伐のため大阪に赴いたが、翌年大阪城で病死する。死因は脚気だったとされている。

脚気はビタミンB1の欠乏による末梢神経障害、下肢のしびれ、心臓の機能に異常を起こす原因となり、心機能の低下、心不全(衝心)を起こすことから、昔から「脚気衝心(かっけしょうしん)」と呼ばれている。

NHKのドラマでは、家茂は江戸城で胸をかきむしって、最後は、勝海舟に抱きかかえられて息を引き取るシナリオとなっている。現代の病名で言うと、脚気から急性心筋梗塞を起こした、というのが定説である。

「将軍家十五代のカルテ」(新潮新書 石川英輔)によると、3人の将軍が脚気衝心で死んでいる。10代・家治、13代・家定、それに和宮の夫15代・家茂の3人だ。

10代・家治の頃(在職1760〜1786)から江戸の裕福な家庭では、ビタミンB1を含む米糠や玄米を丹念にといだ精米をたべる習慣が広まった。

まず富裕層に患者が多発、江戸末期には一般庶民にも患者が出るようになったことから「江戸患い」と呼ばれたという。115代桜町天皇(在位(1735〜1747)もこの病に冒されて亡くなったという説もある。

さて皇女和宮である。

和宮は夫・家茂の死後、大政奉還の後、1868年、江戸城を出て一時、江戸に住んでいた。明治になって京都に帰ったが、東京に移られた天皇の勧めで明治7年、東京に移住。

それが<数え32歳の頃、脚気の病になり、明治10年8月7日から箱根塔之沢「元湯」に静養のため滞在、(中略)26日目、俄かに衝心の発作が起こり>(以下、ウイキペディア)、他界した。

つまり現代医学で言うところの脚気の合併症たる急性心筋梗塞で亡くなったと考えられる。

脚気は明治時代、日本の風土病と考えられ、都市部の富裕層や陸軍に多発していた。が、じつは<脚気は栄養障害の一種と断定したのが高木兼寛、ビタミンB1の単離に成功したのが鈴木梅太郎である>

海軍では高木がパンや麦飯を出したところ、海軍では脚気を根絶した。

ところが陸軍では森林太郎(森鴎外)らが麦飯に反対。麦飯しか食えなかった田舎から徴兵した健康な兵隊に白米を食わせ、多くの脚気患者を”生産“するという皮肉な結果を招いた。

日清・日露戦争では戦死者より多い数万人の兵士を脚気で病死させている。麦飯を支給した海軍に病死者はなかった。

明治天皇も脚気に苦しみ漢方による食事療法を希望視したが、森を中心とするドイツ系学派の侍医に反対され、西洋医学そのものに不信を抱いていたといわれる。(この項については、主宰者がいつだったか詳しく書いている)。

原因がB1欠乏と分からないまま、<大正時代以降、精米された白米が普及し、副食を摂らなかったことで非常に多くの患者を出し、結核と並んで2大国民病とまで言われた>

脚気が根絶されたのは、1952(昭和27)年になってからだ。ビタミンB1の工業生産に成功し、安く簡単に摂取することができるようになったためだ。

ところが、1972年に脚気が再燃したことが、日本内科学会誌で取り上げられている。原因は若者を中心に、砂糖の多い飲食品や副食の少ないインスタント食品といったビタミンの少ないジャンクフードをよく食べるようになったためだといわれる(糖分の消化にビタミンB1を大量に消費するため)。

脚気は心臓にダメージを与える。心筋梗塞は老人の病気だという考えが一般的だが、若い人の食生活を見聞きすると、家茂・和子夫妻がそうだったように、若くして脚気衝心から急性心筋梗塞を発症する患者が増えてくる恐れがある。

2015年01月02日

◆保険料5割増で補償は半額

石岡 荘十



〜老人狙った新型医療保険にご用心〜

具体的なケースをまず提示する。

今年5月、79 歳の誕生日を待っていたようにアメリカンホーム保険会社から、新商品案内のパンフレットが送られてきた。「引受基準緩和型医療保険」という新型保険への勧誘である。

「引受緩和基準の緩和」というのは、多くの医療保険商品が80歳で補償打ち切り、重病歴のある人は加入不可となっている中で、この商品は80歳までに契約をすれば終身、死ぬまで一定の補償を受けられる。

契約に際して、持病があったり、入院歴があったりしても1年以内に入院していなければ加入契約が出来る、保険引受の条件を緩和した商品だということになっている。

私の場合、16年前心臓の大動脈弁を人工の弁に置き換える大手術を経験しているだけでなく、昨年4月には僧帽弁が不具合を起こし、これもまた人工弁に置換するという重病歴がある。とりわけ、昨年はひどかった。

2月に重症の胃潰瘍で急遽入院。大量の輸血と点滴で体調を整えたあとで弁置換手術に挑んだ。手術は10時間、術後の治療を含めた入院は70日間に及んだ。

この間の手術と入院の医療費総額は930万円余り。国民健康保険の3割負担に高額療養費制度を適用して押さえ込んだが、それでも五十数万円がカバーしきれず自己負担として残った。

が、当時入っていた「ザ大人の医療保険」(アメリカンホーム保険)から数万円の保険金が降りたおかげで、最終的な持ち出しは、10万円足らずという決算となった。仮に入院・手術という事態に遭遇せず、何事もなく過ごしていたとしても70日間の生活費は10万円では收まりきれなかっただろう。

だから、安くない国民健康保険料に加えて、月額12,000円余の「ザ・大人医療保険」がイザという時の役に立ったことになる。

そんなこともあって、この歳になると医療保険は欠かすことができない。新しい医療保険は、ちょうどそんなタイミングを見透かすように術後1年と1ヶ月のところでの勧誘だった。

で、新商品に飛びついた。「ザ大人の医療保険」は80歳補償が打ち切りになる。これからが健康が危うくなるという時に、医療保険なしという状態はいかにも不安である。

そんな時に少し保険料は高くなるが終身補償の勧誘である。早いほうがいいという勧めもあって6月、直ちに新商品に切り替える手続きを取った。保険料は5割増、保険料が月々6,000円ほど高くなる月額18,000円だが致し方あるまいと踏み切った。補償内容は

・ケガ・入院保険金(日額5,000円)
十・手術保険金 5万円
・通院保険金 2,500円/日

などの終身補償である。これで相当な重病になっても昨年程度の自己負担で医療費は賄えるはずだった。

そんな時またまた入院騒ぎだった。

今月初め、夜中に腹痛、トイレに駆け込むと猛烈な下血だった。真っ黒な便が便器の半分ほど。病院に駆け込むと直ちに胃カメラ(上部消化器官内視鏡)検査。結果は、急性出血性胃潰瘍で、直ちに入院。

翌日、全身睡眠薬を使って内視鏡で出血した部分(1ケ所)をアルゴンプラズマ凝固焼灼手術(APC)。つまり、出血した部分を高周波で焼いて固める止血手術を行った。

入院7日、この間3日絶食して点滴と輸血。3日目に流動食から始まって食事ができるようになった。

治療費請求書は(3割負担で)8万5,000円ほどだった。この場合の保険による保障額は

・入院費5,000×8=35,000円
・手術保険金50,000円

で、ちょうど合計8万5,000円となる勘定だった。

ところが、担当者に電話をすると、「契約1年以内の補償金は半額」になる、つまり、保険料がほぼ5割増になったのに、契約後1年間とはいえ補償額は半額ということだ。そのことはきちんと説明してあるはずだという。

ところが思い返してみても勧誘の時、「1年間半額」の説明を受けた記憶はなかった。しかし担当者に言われて改めて手許にある保険証券を仔細に点検すると---確かにありました。

補償内容欄の下半分に、80歳近い平均的な老人の視力では虫眼鏡でも使わなければ読めないような小さな活字で「1年間の保険金額は、50 %相当額とする」と書いてあった。

契約の時、ここをよく確認しなかった方が悪いといえばそのとおりなのだが、傘寿間近な老人をターゲットとするこの商品の説明書きとしては、お世辞にも顧客への思いやりのある但し書き、と受け取ることはできない。

営業的に都合の悪いことだからわざと読みにくい小さな字で目立たないように書いたと勘ぐられても致し方ないだろう。

契約勧誘の時期にも問題がある。79歳になってすぐ契約した結果、「1年以内補償半額」の罠にかかってしまった。早すぎた契約が不利な補償を強いる結果を招いた。結果論ではあるが、新商品への乗り換えを80歳ギリギリまで待っていたら、前の「ザ・大人---」で満額補償を受けられたことになる。

「1年間補償半額システム」の根拠について保険会社は「公開できない」という。なにかやましいことがあるのかもしれない。

それにしても、高齢社会のこの国でよぼよぼ老人は保険会社にとって絶好の”カモ”である。どこから個人情報を入手したのか、いろいろなところからパンフレットが送られてくる。「慌てる乞食は貰いが少ない」。用心するに越したことはない。


       

2014年12月16日

◆「新型インフル」で死んだ法皇

石岡 荘十


インフルエンザというか、「はやり風邪」の記述を歴史の中にたどると、今で言う「新型インフルエンザ」はじつは昔から繰り返し起きていたことがわかる。だからいまさら「新型」というネーミングは「いかがなものか」と首をかしげる感染症や公衆衛生の専門家が少なくない。

南北朝時代を描いた歴史物語、「増鏡」にこんな記述がある。

「ことしはいかなるにか 、しはぶきやみはやりて、ひとおおくうせたまふ」「しはぶき」は咳のことだから「咳をする病で多くの人が死んだ」ということだ。また、「大鏡」には、1000年前の寛弘8年(1011年)6月、一条法皇が「しはぶきやみ」のため死亡したと書かれている。

ずっと時代を下って享保18年(1733年)、大阪市中で33万人が流行性感冒にかかり、2,600人が死亡。この流行は江戸へ蔓延し、人々は藁人形で疫病神を作り、鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らし、はやし立てながら海辺で疫病神を送った、とある。

これらの出来事は、いずれも6月、7月の暑い季節に起きており、疫学的に証明されたわけではないが、どうも、寒い時期に起きるいわゆる季節性の風邪とは違うようだ。

さらに、江戸時代には天下の横綱・谷風がはやり風邪にかかり本場所を休んで、連勝記録が止まってしまった。世間では「谷風もかかったはやりかぜ」と怖れ、四股名にひっかけて、はやりかぜのことを「たにかぜ」と呼んだそうだ。

天保6年(1835年)の「医療生始」という書物には「印弗魯英撒(いんふりゅえんざ)」の言葉が早くも見える。

そして1918年春から翌年にかけて、第1次世界大戦の最中、海の向こうではアメリカに端を発した史上最悪のインフルエンザ「スペイン風邪」がヨーロッパに持ち込まれて猛威をふるい、やがて全地球に蔓延する。

感染者は当時の全地球人口の三分の一の6億人、いろいろな説があるが死者は5000万人に達したといわれる。日本では、大正7年のことだ。当時の人口5500万人に対し最新の研究では死者は48万人に達していたと推定する説もある。当時の新聞の見出しはこうだ。

「西班牙風邪遂に交通機関に影響(東京朝日新聞 大正7年10月31日)」。「電信事務も大故障(読売新聞 大正8年2月6日)」---。

スペイン風邪については、明らかに、季節性のインフルエンザとは違った。スペイン風邪の病原体が「新型インフルエンザ」と同じA型インフルエンザH1N1と分かったのは、1933年になってからのことである。

つまり、いま問題になっている新型インフルエンザはじつは「新型」でもなんでもなく、「旧型」のリバイバルなのである。その後1997年、アラスカの凍土の中から発見された4遺体から、肺組織の検体が採取され漸くスペイン風邪の病原体の正体が科学的に裏付けられた。

スペイン風邪だけでなく、6月や7月の湿気の多い梅雨のむし暑い季節に流行った「しはぶきやみ」もじつはいまの新型インフルエンザのご先祖様の仕業だったかもしれない。

「新型インフルエンザは時々現れる。1580年以来10〜13回パンデミック(世界規模の蔓延)が発生している」(国立感染症研究所の岡部信彦情報センター長)のである。

アジア風邪は1956年に中国南西部で発生し、翌年から世界的に流行した。ウイルスはA型のH2N2亜型である。H、Nの詳しい説明は素人には手に負えないので、ここでは省くが、新型インフルエンザH1N1の親戚筋、「いとこ」か「はとこ」だ。死者はスペインかぜの1/10以下であったが、抗生物質の普及以降としては重大級の流行であった。

40年ほど前、前回の「パンデミック」である香港風邪(H3N2)が1968年に発生。6月に香港で流行を始め、8月に台湾とシンガポールに、9月には日本に、12月にはアメリカに飛び火する。結局、日本では2,000人、世界では56,000人が死亡したと言われている。日本では3億円事件のあの年である。

1998年にも香港風邪が流行った。このときはH3N2ウイルスだったが、アジア風邪(H2N2)のフルチェンジだったといわれる。

2007年に流行ったAソ連型インフルエンザの先祖は、1977年のソ連風邪(H1N1)だ。因みに、ソ連と名前が付いているが、“原産地”、つまり発祥地は中国だといわれている。1977年5月に中国北西部で流行をはじめ、同年12月にシベリア、西部ロシア、日本へ、さらに翌年1978年6月にはアメリカへと飛び火。

ウイルスがスペイン風邪と同型だったということで、研究室に保存されていたスペイン風邪のウィルスが何かの理由で漏れ出したという憶測もあるくらいよく似ている。

これらスペイン、香港、ソ連の風邪は、いずれも近年も流行を繰り返しているA香港型インフルエンザのご祖先、鳥インフルエンザから変異した新種のウィルスによるものだといわれている。

「新型インフルエンザ」とは、人間はまだ感染したことがない新種のインフルエンザのことを言い、新種のウィルスであるため、人間にとっては免疫が働かないとされているが、じつは中にはリバイバル、ちょっと“化粧直し”をして姿を現すものもあることがわかる。

過去にも何度か鳥インフルエンザの“震源地”となった中国大陸の関連情報について業界では、今ひとつマユツバだという見方もある。ことによったら香港風邪のリバイバル型が周辺国を窺っているかもしれない。

政治の威圧ばかりが声高に議論されているが、ウイルスに対する警戒を怠ってはならない。

2014年11月20日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十



昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。

2014年11月01日

◆インフルエンザの常識・非常識

石岡 荘十



正直言って「インフルエンザとは何か」、関心を持って集中的に学習し始めた。まず気がついたのは、今までインフルエンザに関して持っていた知識・感覚、“常識”が、いかにいい加減で、非常識なものだったかということである。

と同時に、専門家の話をきいたり本を読んだりすると、ことによると国家を滅亡させる引き金ともなりかねないほどの猛威を振るう“身近な”病についていかに無知であるかを思い知らされる。

まず、
・病名について、である。

「インフルエンザ」はなんとなく英語のinfluenceから来たものと思っていたが、その語源はイタリア語の「天体の影響」を意味する「インフルエンツァ」であった。中世イタリアでは、インフルエンザの原因は天体の運動によると考えられていたからだそうだ。

・「スペイン風邪」は濡れ衣

歴史のなかでインフルエンザを疑わせる記録が初めて現れるのは、もっとずっと前の紀元前412年、ギリシャ時代のことだったという。

その後もそれと疑わせるインフルエンザは何度となく起こっているが、苛烈を極めたのは1580年アジアから始まったインフルエンザで、全ヨーロッパからアフリカ大陸へ、最終的には全世界を席巻し、スペインではある都市そのものが消滅したと記録されている。

より詳細な記録は1700年代に入ってからで、人類は以降、何度もパンデミック(世界的大流行)を経験している。なかでも、史上最悪のインフルエンザは「スペイン風邪」である。

というとスペインが“震源地”、あるいはスペインで流行ったインフルエンザだと誤解されがちだが、発祥は、じつは中国南部という説とアメリカのどこかで始まったという説がある。

が、確かなことは1918年3月、アメリカ・デトロイト、サウスカロライナ州、そして西海岸で姿を現したということだ。

その頃世界は第1次世界大戦の真っ只中にあり、アメリカからヨーロッパ戦線に送られた兵士を宿主としたウイルスがヨーロッパ席巻の端緒を開いた。大戦の当事国は兵士が病気でバタバタ倒れている事態を隠蔽し続けたといわれる。

ところが参戦していなかったスペインでは情報統制を行わなかったため、大流行がことさらフレームアップされ伝わったのではないか、と推測されている。「スペイン風邪」はとんだ濡れ衣なのである。

・第二波の毒性をなめるな

スペイン風邪の猛威は、その後2年間、第2波、第3波---と毒性を強めながら津波のように襲い掛かり、猖獗を極めた。第2波の初期、アメリカ東海岸から公衆衛生担当者が国内担当者に送ったアドバイス。

「まず木工職人をかき集めて棺を作らせよ。街にたむろする労働者をかき集め墓穴を掘らせよ。そうしておけば、少なくとも埋葬が間に合わず死体がどんどんたまっていくことは裂けられずはずだ」(『アメリカ公衆衛生学会誌』1918)積み上げられた死体の山を「ラザニアのようだ」と表現するほどだった。

毒性が弱い新型インフルエンザの場合はこんなことにはならないと言うのが今の見方だが、少なくとも秋口と予想される第二波がこの春よりはるかに強烈なものとなる可能性は否定できない。これが常識である。なめてはいけない。

・「寒い地域の病気」はウソ
つい先だってまで、インフルエンザは寒いところで流行るもの、と思い込んでいた。ただ、それにしては夏になってもじりじりと患者が増え続けるのはどうしたことか。

そこで、先日「ウイルスは季節に関係なく拡散しているのではないか、と疑わせる」と根拠もなく書いたが、最近の定説は私の山勘どおりだった。

インフルエンザは熱帯地域でさえ年間を通して穏やかに流行っている。だが熱帯ではマラリアやデング熱など、臨床症状がインフルエンザに似ているので、インフルエンザと診断されなかった可能性が否定できないという。人口当たりの死亡率は温帯・寒帯地域より高いという報告さえある。

新型インフルエンザの蔓延を経験した兵庫県医師会は、「兵庫県においても、初期規制の徹底で一旦ゼロとなったものが、再 び5月を上回るレベルになりつつあり、全数調査の全国的中止にもめげず、可能なPCR検査実施による確定数は増え続けています」と報告している。

日本では、新型インフルエンザは冬であるオーストラリアなど南半球に移っていったという一服感が支配的だ。世界中で笑いものになった日本のあの“マスクマン”も見かけなくなった。マスコミもあの騒ぎをお忘れになってしまったようだ。

しかし、ウイルスは日本だけでなく北半球のイギリス、ドイツでも決して衰えてはいとWHO(世界保健機関)に報告している。いまや新型インフルエンザは「地域の寒暖に関係なく1年を通して穏やかに流行している」というのが常識である。

最近の厚労省の報道リリースを見ても緊張感はない。記憶に新しい水際検疫作戦は、世界の非常識だったことを最近になってしぶしぶ認め、方針転換に踏み切ったが、日本国内の企業は秋口になるとマスクの買いだめに走っている。

やはり、この際の世界の常識は、WHOのホームページで確認するしかないと、私は考えている。(再掲)   

2014年10月27日

◆続・中村紘子さんが思い出す朝日記者

石岡 荘十
 


10月21日の本誌で、高名なピアニストであり、優れたエッセイストでもある中村紘子さんが、30年近く前、朝日新聞記者のインタビューを受け、不愉快な思いをした経験を紹介した。その直後、「犯人見つけた」とブログの主宰者である渡部亮次郎氏に一通のメール寄せられた。

私は本誌で「いまさら犯人探しをしても詮無いことだが---」と書いたが、メールには「犯人探しをしてみました。すぐに見つかりました」とあった。

それによると、中村さんをインタビューしたのは当時朝日新聞の編集委員佐籐光房さんで、ご本人は2007年、74歳で病死、とのこと。メールには生前の佐藤氏のカラー顔写真まで添付してあった。

メールは、1999年2月1日の天声人語に触れている。その書き出しはこうだ。

<去年の冬、新聞社の先輩、コーボー(光房)さんのことを書いた。彼は10年 前、次女みどりさんを交通事故で奪われた。3日後が結婚式の予定だった>---。天声人語はさらに<記者生活の残りと、退職してからの年月を、コーボーさんは車社会の無法を訴え、告発することに費やしてきた>。

佐藤氏は交通事故の遺族を全国に訪ね、(中略)、冊子『遺された親たち』(T〜Y)に遺族の悲しみをまとめた。天声人語は珍しく、と2日続きで佐藤氏が交通事故の悲惨を訴えたことを紹介した。この冊子のうちの一つに、中村さんが送った手紙が掲載されている、とメール氏は書いている。

30年近く前だという中村さんの経験談と今回のメール、それにこの天声人語の記述を総合すると、中村さんに対する無礼・非礼なインタビューをしたのが佐藤氏であることは疑いない。ただ「読者のページ」(「声」)欄の掲載日やその内容は確認できなかった。

しかし、佐藤氏が読者を装ってお嬢さんの事故を投稿、悲惨な事故を訴えたことは間違いない。

だとすると、これは「なりすまし」だ。読者を騙したことになりはしないか。それだけでなく、佐藤氏のお嬢さんの事故は当時、社内では知る人ぞ知る出来事であったものと考えられ、朝日は社員が書いたものを投書という形式を取ることによって車社会の無法を訴えた、つまり「やらせ」だった疑いも拭いきれない。

その目的がいかに正しいものであっても、だから何をやってもいいというものではないだろう。「なりすまし」、あるいは「やらせ」だったとしたら、「声」は読者の声を反映する欄ではなくなる。「声」欄に対する信頼を取り戻すためにも、今からでも、佐藤氏の”投書”が採用された経緯を明らかにした上で、「なりすまし」あるいは「やらせ」であることが確認できた場合には、記事を取り消した上で謝罪すべきではないのか。同時に、中村さんには、当事者が故人となった今、社として非礼を詫びるべきだろう。

「声」欄の編集責任者のご見解や如何?

なお、佐藤氏は33年当時、秋田県警記者クラブで主宰者のライバルだったという。奇遇というべきか。
 

2014年10月25日

◆今が旬、アリス・ 沙良・オット

石岡 荘十


「芸術の秋」だから---というわけではないが、いつもこのシーズンになると座右の愛読書の一つ、「チャイコフスキー・コンクール」(中村紘子 中公文庫)を読み返しながら、YouTubeを逍遥、新たにアップされたクラシック新譜を渉猟するのが楽しみだ。

著者中村紘子さんは1965年、21歳の時、世界3大国際音楽コンクールの一つショパン国際ピアノコンクールで、最年少で4位に入選して以来、日本のピアニストの代名詞のように言われてきた。

それだけでなく、ショパンやチャイコフスキーの国際コンクールの審査員として国際的にもよく知られている。その一方で、1989年「チャイコフスキー・コンクール」で第20回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。「文武両道」のスーパーレディだ。

初版(1991年)以来、クラシックの入門書として重宝しているが、流石に最近は著書に出てくる名前の演奏者は”歴史上”の演奏家となりYouTube音源のなかには聞くに耐えないものも、ちらほら。

が、この10数年ほど前からだろうか、YouTubeにアップ(公開)されるクラシックのプログラムが飛躍的に充実してきた。お陰で昔のようにCDを買いに走ることはほとんどなくなった。

最近は、中村さんは毎月「音楽の友」に連載しているエッセイを愛読し、有望な若手を漁っている。その中で異彩を放つのが、アリス・沙良・オット(Alice Sara Otto)だ。

彼女は1988年、日本人の母とドイツ人の父の間に、ミュンヘンで生まれた。3歳の時母親と聞きに行った演奏会で、既にピアニストになろうと決心したと語っている。言葉ではよく表現できない自分の思いをピアノでなら言い表せると感じたからだという。

独語、英語、それに日本語を自在に駆使するだけでなく、玄人はだしのイラストで多彩な才能を表現する。中村さんが2004年、目をつけて日本に招いた。はじめて来日してから今年で10年。筆者は5年ほど前、初めてYouTubeを見て以来、追っかけをやっている。

まずは、2010年、4年前のインタビューをどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=sATEI35U_Fg

そのチャイコフスキーを聞いてみよう。2005年11月録画・2012年公開 ウクライナ国立交響楽団)
http://www.youtube.com/watch?v=3ZA_Vt3SQRE (37分40秒)

アリスはピアノ界のジャンヌダルクと評される超絶技巧のピアニストで、ドイツのグラモフォンから「超絶技巧練習曲集」が出ているほどだ。その実力を遺憾なく発揮した1曲、2012年デンマーク、ラジオコンサートホールでの演奏がある。曲はリストのカンパネラ(La Campanella 2012.05公開)。
http://www.youtube.com/watch?v=-lmFh_jVX0A

先週17日はフレデリック・ショパンの命日である。1849年、40歳の若さで死去。アリス・オットのワルツを聴いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=GfqqjlIqpt8&list=UU34DbNyD_0t8tnOc5V38Big

アリスは、今年1月から月刊誌「音楽の友」に連載エッセイ「ピアニスト世界を巡る」を日本語で掲載している。軽妙な文才とイラストを楽しむことが出来る。今が旬である。

2014年10月21日

◆中村紘子さんが思い出す朝日新聞記者

石岡 荘十



月刊誌「音楽の友」の11月号に、高名なピアニストであり、優れたエッセイストでもある中村紘子さん(70)が、慰安婦騒動をめぐる一連の騒ぎで、昔、インタビューを受けた朝日新聞記者のことを思い出したと、こんな話を紹介している。

かれこれ30年近く前、人権問題を考える「アムネスティジャパン」チャリティーコンサートを終わった後、朝日新聞編集委員の肩書きを持つ男性のインタビューを受けた。インタビューの中身は特に記憶に残るようなものではなかったが、終わりの頃になって彼が突然、人が変わったように奇声を発した。「あんた、中卒だろう?それなのになんで、そんないろんなこと知ってるんだ?」と来た。

<確かに私は桐朋高校を中退して、アメリカのジュリアード音楽学院に留学してしまった。だから、日本での学歴は中卒、あるいは高校中退、ということになる。またこの時は、自著「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する前のことだった。もしその時点で受賞をしていたら、この記者は少しは敬意を払ってくれたのかもしれない>とやんわりと皮肉っている。が、話はこれでは終わらない。

彼(編集委員氏)は雑談の中で娘がヴァイオリニストでいろいろなオーケストラにエキストラとして出演している、と自慢。ところがそれから半年程後、朝日新聞の「読者のページ」欄に、こんな記事を発見した。

「ヴァイオリニストだった娘が、音楽仲間と結婚することになりウエディングドレスの試着に行った帰路、交通事故で帰らぬ人となってしまった---」
 
<私は、これはあの編集委員氏だと直感。お悔やみの手紙を出してしまった>
 
それから時が流れ、その編集委員氏から娘さんを追悼する一冊の文集が送られてきた。<そこにはなんの事前の断わりもなく挨拶の一言もないままに、私が送ったお悔やみの手紙が掲載されていた。載せてやって光栄に思え、ぐらいに彼は思っていたかもしれない>と中村さんは無礼・非常識を揶揄している。
 
今更、犯人探しをしても詮無いことだが、中村さんの記事から、読者を装って娘の交通事故のことを書いたなりすましは明らかだ。でなければ、「ことによったらヤラセかも」という疑いを拭うために、事実の解明は無意味ではない。その気になれば記者をいまからでも特定することができないはずはない。

それ以前に、<朝日新聞の記者たちのプライドの高さが傲慢さ、おごりに結びついて、「慰安婦問題」をこれだけのっぴきならぬ深刻な国際問題にまでこじらせてしまった。朝日の記者たちのプライドが日本という国家のプライドを完膚なきまでに貶め傷つけてしまったのである>と厳しく問題の本質を抉っている。
 
朝日は、中村さんの批判に異論があるなら、紙面で率直に答えるべきだろう。多分、無視だろうが---。

なお、中村紘子さんは1965年、21歳の時ショパン国際コンクール最年少で4位に入賞。その後、三大国際コンクールであるショパン、チャイコフスキーの審査員を長年勤めた。その一方で、1989年「チャイコフスキー・コンクール」で第20回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞という「文武両道」のスーパーレディ。毎月「音楽の友」にエッセイを連載している。


2014年10月08日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、16年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)

2014年09月09日

◆いまどき「飲み、食い合わせ」異聞

石岡 荘十


昔、上州の田舎の高校卒業後に上京するとき、喰い合わせにはくれぐれも気をつけるよう母親から戒められたことがあった。曰く、

・うなぎと梅干
・鮎とごぼう
・熊の胆とかずの子
・蛸と梅の実

などなど。「一緒に食べないように」と。本当かどうか分からないが、いってみれば、言い継がれた「おばあちゃんの智恵であった。その後、そんなこと、思い出しもしなかったが、ある“事件”で、いまどきの“飲み喰い合せの禁手(きんじて)”があることを思い知らされることとなった。

・抗血液凝固剤と納豆
・降圧剤とグレープフルーツ・ジュース

これを知るきっかけとなった事件というのは、15年前の心臓手術である。この飲み食いあわせは医学的に「禁忌」とされている。親譲りの大動脈弁が不具合を起こし、人工の機械弁に取り換えた。

が、人工弁は人の肉体にとって「異物」であるから、血流が異物に触れると小さな血の塊、血栓が出来る性質がある。この血栓が大動脈を経由して脳に流れ着くと、脳の血管を塞いで脳梗塞を起こす。

そこで、手術後、血栓が出来にくくする、つまり体内の血液をいつもさらさらに保つ必要がある。それが抗血液凝固剤で、その代表的なものがワルファリン(商品名:ワーファリン)だ。

心臓手術に先立って行われたインフォームドコンセントでも、「一生飲みつづけなくてはならなくなりますが、いいですね」とダメを押されていた。

毎日1回決まった量のワーファリンを飲むのも煩わしいことだが、つらいのは食い合わせに禁忌食品があることだ。納豆である。

理由を理解するためには、血液が凝固するメカニックを学ばねばならないが、複雑すぎて手に負えないのでここでは省く。要するに、納豆は体内で大量のビタミンKを作る。すると、ワーファリンが効かなくなる→血液が固まりやすくなり、最悪、脳梗塞を起こす恐れがある、ということだそうだ。

永年、朝食に納豆を欠かしたことのない年寄り(私)。ある日、耐え難くなってかみさんが買いだめしてあるヤツを盗み食いした。

翌日、かかりつけの循環器内科の医者にこのことを、ぽろっと洩らすと、大騒ぎになった。

自覚症状はなかったが、血液検査では明らかに薬の血中濃度が低下している。脳梗塞に危険が高まっているのだ。あわててその場でいつもの倍のワーファリンを飲まされ、さらに翌朝も倍。お陰で、その日の午後には、危険水域を脱したことが血液検査で確認できた。

薬はすべて毒である。が、過不足なく処方することで薬としての効能を発揮する。しかしその効能を阻害するもの(この場合納豆)を摂取するとバランスが崩れ毒に戻る。血栓が出来やすくなるのである。

患者が納豆を盗み食いして脳梗塞になったのでは、洒落にもならない。担当医にとっても沽券にかかわるということだった。医師があわてるはずだ。

「出先で災害にあったりすると大変だから、いつもポケットに余分に持っていてください」と女医さんにたしなめられた。

歳をとると高血圧患者が増え、降圧剤が処方される人が多くなる。ところが、1991年、英国の医学雑誌「ランセット」に、「フェロジピンまたはニフェジピンとグレープフルーツ・ジュースとの相互作用」という論文が発表になり大騒ぎとなった。

2つともよく使われている降圧剤だが、これをグレープフルーツ・ジュースと一緒に飲むと、降圧剤がスムースに体外に排泄されなくなり、血液の中に滞ってしまう。結果、薬の血中濃度が異常に高くなり、血圧が下がりすぎる、という論文だったのである。

降圧剤を飲んでいる人は何十万人にも上るが、このことを知っている人はどのくらいいるか。ジュースがやばいのは分かった。ならばグレープフルーツの実はどうか。大丈夫そうだがまだ最終的な、科学的な結論は出ていないそうだ。

因みに、脳梗塞予防のために処方されたという抗血液凝固剤「プレタール」もグレープフルーツ・ジュースと「相互作用」を起こす薬だ。副作用を起こす恐れがあるとされている。

医者の中には、そんな説明をしないやつも居る。薬局で渡される注意書きは伊達ではない。小さい赤字で書いてあるが、よく読まれるようお薦めする。

筆者も、プレタールを飲んでいる。したがって、ワーファリンの関係で納豆、プレタールの関係でグレープフルーツ・ジュース、この2つはここ暫く摂取していない。
                      (ジャーナリスト)

2014年07月23日

◆なぜ高い日本の医療機器

石岡 荘十


薬事法上、医療機器はそのリスクに応じて3つに分類されている。

まず、高度管理医療機器。 副作用や機能に障害が起きたとき、まかり間違えば人の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

例えば、透析器、人工骨、人工呼吸器、PTCAカテーテル、ペースメーカなど(PTCAカテーテルは、狭心症や心筋梗塞を治療するための管)。

次に管理療養機器。前項以外の機器で、やはり副作用や機能に障害が起きたとき、それほどではないが患者の命や健康に重大な影響を与える恐れがあるもの。

たとえば、MRI、腹腔鏡、電子式血圧計など。MRIは、日本語では「磁気共鳴画像診断装置」といわれ、強力な磁場や電波で脳や体を輪切りにした画像を撮影する大型の検査機器。

よく似た機能を持つものにCTがあるが、MRIはCTに比べタテ・ヨコ・ナナメなど断面を自由に設定できるなどの利点がある)。

さらに、一般医療機器。副作用や障害が起きても直ちに人命や健康に影響を与える恐れのないもの(聴診器など体外診断用機器、X線フィルムなど)。

これらの機器のうち、ペースメーカ、PTCAカテーテル、MRI、腹腔鏡の4つについて、公正取引委員会が詳細な実態調査を行なった。

それによると、まずペースメーカは100パーセント輸入。メーカーは欧米の10社程度で、日本国内での販売個数は47,460個。その市場規模は465億円だった。

ペースメーカは機能的には8つに区分され、国内価格は、116万円から185.2万円となっている。

ところが、たとえば国内で133万円のものがアメリカでは83万円余と、日本の価格はアメリカの1.6倍である。日本で148万円のものはアメリカで95万円、これまた1.6倍という価格差となっている。

実態調査報告書によると、保険適用が承認された最新型InSync3マーキー(419万円)の価格差は多少圧縮されて1.27といわれている。それでもこの比率で換算すると、アメリカでは330万円で売られている計算になる。その価格差は90万円である。

ことほど左様にPTCAカテーテルの場合の内外価格差はさらに大きく、2倍以上。

ペースメーカとカテーテルの価格差が大きいのは、国内の多すぎる医療機関の数に関係があるといわれている。

ペースメーカの植込み治療を行なっている病院は、人口比でいうと日本はアメリカの4倍。アメリカは大型集約型、日本は中小分散型で、日本では膨大な流通経費がかかる。

その差は5600億円(05年)と試算されている。これが機器の価格、ひいては医療費に上乗せされている。

ところが、である。

MRIの平均販売価格の対アメリカ比は0.75と、日本のほうが安いのだ。これはどうしたわけか。理由は2つ。

・国産のMRIのシェアが大きいこと

・販売台数の6割はメーカーが直接、医療機関に納品するため流通経費がかからなこと

普及率は60パーセントで世界一。海外でも売れている。メーカーによる売り込み競争は熾烈で、値崩れが起きている。業界では「半値の8掛け」といわれている。

そんなに優れた技術力があるのなら、技術的には遥かに簡単なペースメーカやカテーテルくらい国産で賄ったらよさそうなものだと思うかもしれないが、ほとんどが輸入品である。なぜか。

長年、医療機器の営業に携わっているセールスマン(ME:MedicalEngineerという)はこう言う。

「国民性ですかねぇ。医療機器の中でも、副作用や故障が起きたとき直接患者の命にかかわる高度管理医療機器については、いざというときには膨大な賠償や製品のリコールを覚悟しなくてはならない。

MRIやCTは検査機器ですから、まず命に関わるようなことは考えられないので、複数のメーカーが作っています。ペースメーカやカテーテルは1歩間違うと、訴えられて会社がつぶれてしまいます。

欧米のメーカーはそのリスクを乗り越えて、開発にしのぎを削っています。医療機器の内外価格差は、リスク回避の代償といえます」

「危ないことはごめん」

自分では作らないが危ないところは他所さんにお願いする。技術力があっても自分では作らないのは核と航空機と医療機器だ。

アメリカの核の傘で守られ、カネだけは出すという構図にどこか似てないか。